プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  柳澤健さんの
  『1974年のサマークリスマス』は
  ずっと読みたかった一冊。
  副題が「林美雄とパックインミュージックの時代」。
  この本のあとがきに
  こんな一文がある。

     人の世ははかない。
     はかない世を、人は懸命に生きる。
     本書は、懸命に生きた人々の小さな記録である。


  林美雄さんの深夜放送を
  聴いていた人も
  多くはシニア世代となっているだろう。
  この本はきっとそんな世代の心の奥底に
  そっとはいっていくにちがいない。
  この本に書かれた名画座の名前を見ているだけで
  胸キュンものである。
  もうあんな日々は
  もどってこない。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  君は林美雄を覚えているか                   

 TBSアナウンサー林美雄(はやしよしお)が亡くなったのが2002年7月であるから、彼のことを覚えている人も少なくなったかもしれない。
 林の場合、アナウンサーというより深夜放送のディスクジョッキーと呼んだ方がなじみがある。彼が受け持ったのは「パックインミュージック」という深夜放送。
 林がその番組を担当していた70年代「深夜放送は若者たちの孤独をエネルギーにして大きくなって」いた。
 タイトルにある「1974年のサマークリスマス」は8月25日生まれの林の誕生日と、その直前に発表された彼の「パックイン」が終了するのを惜しんで、熱狂的なファンたちが集まったイベントのことである。

 林の「パックイン」がどうしてこれほどまでに人気があったのか、それはこのイベントに登場したゲストでわかる。
 一人がまだデビューまもない荒井由実であり、一人が映画「八月の濡れた砂」の主題歌を歌った石川セリだ。
 林は深夜放送で新しい新人を発掘し、日本映画の掘り起こしに努めた。
 私が林の「パックイン」に出合ったのは、一旦終了した林の「パックイン」が1975年に水曜パックとして蘇ってからだ。
 林の「パックイン」で山崎ハコを知った。それはもう衝撃というしかない。
 あるいは原田芳雄の唄う「りんご追分」を聴いたのも、林の「パックイン」だった。
 私の記憶では沢木耕太郎を知ったのも林のこの番組だったように思うが、この本の中ではふれられていないから違うかもしれない。

 1975年といえば二十歳。まさに何もかも鬱屈としていた日々を林美雄の「パックインミュージック」は心に寄り添ってくれた。
 この本はそんな時代を見事にすくいとっている。
  
(2017/08/22 投稿)

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 関東の今年の夏は
 雨ばっかり続きます。
 さらに日照不足で
 野菜の値段も高騰と
 このところのニュースでしきりにやっています。
 本当に農家さんは大変だと思います。
 思わず天を恨めしくにらみつけたくもなるでしょうね。
 私の畑でも
 この天候で
 キュウリなんかもごらんのとおり
 変形しちゃっています。

  CIMG2172_convert_20170820095600.jpg

 もう終わりかな。

 8月19日の土曜日に
 なんとか青空がちらりと見えたので
 畑作業に行ってきました。

  CIMG2175_convert_20170820095700.jpg

 もっともこの日の夕方には
 豪雨でしたから
 この小さな青空も貴重。
 秋冬野菜の講習を受けて
 まずはこの秋何を栽培するかを
 決めないといけません。
 それに
 次の野菜のための畝準備も必要ですから
 少しの晴れ間も有効に使わないと。
 結局キュウリ小玉スイカはもうおしまいにしました。
 キュウリの今年の収穫は
 69本
 まずまずですかね。
 小玉スイカは結局1個
 これは少々残念。
 伐採して
 あとは次の野菜のために
 ほんの少し休ませます。

  CIMG2173_convert_20170820095630.jpg

 今週の収穫はこちら。

  CIMG2167_convert_20170820095424.jpg

 なんだと思います?
 これはサラダゴボウ
 普通のゴボウよりはミニサイズですが
 ゴボウ独特の風味はあります。
 ところで
 ゴボウって何科の野菜か知っていますか。
 ああみえて
 キク科なんですね。
 キク科の野菜はほかにも
 シュンギクとかフキとか、
 レタスもそうです。
 レタスの親戚とは意外でしょ。

 これも珍しい写真。

  CIMG2169_convert_20170820095457.jpg

 モグラの穴。
 野菜そのものに影響は出ていないのですが
 気になるので
 モグラの通り道に遮断の棒を打ち込みました。

  CIMG2171_convert_20170820095531.jpg

 まあ、割りばしですが。
 これで防御できるかは
 保証の限りではありません。

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プレゼント 書評こぼれ話

  どうもこの時期、
  つまりは夏のおわり頃、
  私は星野道夫に会いたくなるようです。
  昨年の9月の初めにも
  没後20年の「星野道夫展」を見に行ったりしています。
  その時に
  この『クマよ』を再録書評で紹介しています。
  だから、今回は正確にいえば再々録書評となりますが
  昨日紹介した星野道夫の『魔法のことば』のなかにも
  遠い世界のどこかにいるクマの息遣いを
  感じるという話が
  何度も出てきます。
  まさにそれこそ星野道夫の原点。
  この『クマよ』は
  だからこそ星野道夫そのものの
  絵本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私の一冊                   

  「いつか おまえに 会いたかった」
 グリズリーの静かな表情をとらえた一枚の写真とともに、この言葉があります。
 私の一冊は、アラスカの自然と動物たちを撮り続けた写真家星野道夫さんの『クマよ』です。
 本を開くと最初に出会うこの言葉に深く心を打たれました。
 何千語、何万語という言葉で紡ぎ出される思いの世界を、星野さんは、たった十三文字で言い切ってしまわれた。そのことの凄さもまた胸にせまってくる十三文字です。

 つづくページにこうあります。
 「あるとき ふしぎな体験をした 町の中で ふと おまえの存在を 感じたんだ」。
 星野さんは若い頃本当にそう思われました。
 私たち人間とくまは全くちがう世界にいるのではなくて、同じ時間を過ごし、同じ空間にいるのだと。
 だから、星野さんはクマに会いたいと思います。
 そして、たどりついたのがアラスカでした。
 星野さんのどの文章でもそうですが、遠く離れていても、そしてそれが人間であれ動物であれ、相手のことを深く感じ合えるという思いは、とても大切なことだと思います。

 私が星野さんの写真に初めて出会ったのは、二〇〇六年の秋、私の職場でもあった福島の百貨店での展覧会場でした。
 その展覧会ではたくさんの人たちに助けて頂き、会場内で星野さんの本の「読み聞かせ」をしました。その時、読んだのがこの『クマよ』です。
 この本の最後にこうあります。
 「おまえの すがたは もう見えないが 雪の下に うずくまった いのちの 気配に 耳をすます」
 星野さんはもういないけれど、星野さんが残してくれた、たくさんの写真と文章はいつまでも私たちに生命の尊さを教えてくれているような気がします。
  
(2008/01/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  なんとなく星野道夫が読みたくなった。
  そういえば
  文庫本で出た星野道夫の講演集が
  まだ手付かずになって
  本箱に並んでいたな。
  それがこの『魔法のことば』だ。
  文春文庫で出たのが
  2010年だから
  ずっと開かずにおいて
  すみませんでした。
  星野道夫さん。
  久しぶりに星野道夫を読むと
  やっぱりいいんだなぁ、これが。
  また時間を見つけて
  星野道夫の世界に
  戻ってこよう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  遠くのものを想うこと                   

 アラスカの雄大な自然とそこに生きる動物や人々の姿を、温かな目でフィルムと文章にとどめてくれた写真家星野道道夫がその生前さまざまなところで行った講演の記録を収めた講演集。
 ここには星野が亡くなるその三か月前に行ったものなど10の講演が収められているが、同じような話が何度も出てくることに読者は気づくはずだ。
 そのことに関していうと、解説を書いた池澤夏樹はこう書いている。
 「彼は本当に大事なことしか言わなかった。そして本当に大事なことは何度でも言った。」と。
 だから、時間をかけて読むことを奨めている。
 それは、この本のことだけではないだろう。
 星野の写真もそうだし、文章もそうだ。
 何度でも、じっくり時間をかけて。

 同じ話でいえば、アラスカに行く前星野にとって普段の生活の中で、同じどこかにヒグマがいることが不思議だったことが語られている。
 「いろんなものが同じ時間を同時に生きている不思議」と、星野を語っているが、私たちが当たり前にようにして感じることさえないことを星野は言葉にしてくれたのだと思う。
 そして、それは何度でも繰り返されないと私たちは忘れてしまう。
 あるいは、二つの自然も話も繰り返される。
 一つは私たちの近くにある自然。もう一つは遠い自然。遠い自然があることが私たちの日常を豊かにしてくれるのだと、星野は言う。

 この二つのことはよく似ている。
 つまりは遠いものを感じること、想像すること。
 そして、それは戦争であれ紛争であれいじめであれ、私たちが解決するために大事なことだと思うのだ。
  
(2017/08/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  重松清さんが1996年に発表した
  『幼な子われらに生まれ』を紹介しますが
  この本を読むきっかけは
  書評にも書きましたが
  まもなく封切られる映画でした。
  それが重松清さんの原作で
  しかも20年以上も前の作品だったと
  いうわけです。
  重松清さんは
  この映画に
  こんなコメントを寄せています。

    原作を書いたのは21年前でした。
    でも、映画は「いま」の物語になっていました。
    それが原作者としてなによりうれしい。
    最高の勲章です。


  この作品のテーマは
  決して古びていません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  家族とは何だろう                   

 重松清が『ビタミンF』で第124回直木賞を受賞したのは2000年。
 その後、『流星ワゴン』や『その日のまえに』などの作品でさまざまな家族を描いてきたが、直木賞以前の作品でもすでに壊れつつある家族とそれに直面する人たちの姿を描いたものがある。
 それが1996年の刊行されたこの作品だ。
 それから20年以上の月日が過ぎ、もしかしたら重松がこの20年間で描いてきた多くの作品の中で埋没しかけていたかもしれないのが、この秋、現代の日本映画の脚本家にあっておそらくトップランナーである荒井晴彦の脚本と「しあわせのパン」などの話題作を連発している三島有紀子監督で映画化された。
 20年経っても、重松がこの作品で描いた血のつながらない親と子の問題は古くなることもなく、それ以上に現代のテーマとして深刻度が増しているかもしれない。

 37歳になる主人公の「私」はバツイチ。別れた妻との間には娘がいた。その娘と同じ年の娘とまだ幼いその妹をかかえた現在の妻と再婚して4年になる。
 そんな「私」たちに子どもができる。
 それをきっかけに連れ子の薫が「ほんとうのパパ」に会いたいと言い出す。ためらう「私」。けれど「私」もまた離婚後も別れた娘沙織と会い続けている。
 やがて、薫との確執に自分を抑えきれなくなる「私」。
 私が願った家族の姿が崩壊していく・・・。

 さすがに重松は初期の頃から抜群にうまい。
 「私」の家族が最後にどうなっていくのかはここでは書かないが、重松はもしかしたら今でもその答えを持っていないかもしれない。
 その答えはこの作品を読む読者の一人ひとりが出すものだろう。
  
(2017/08/18 投稿)

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