FC2ブログ
プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気のひとつ、
  清明
  万物がこの頃より溌剌としてくるといいます。

    清明や鳥はくちばし閉ぢて飛ぶ    鶴岡 加苗

  そんな季節なのに
  新型コロナウイルスの影響で
  なかなか溌剌とまではいかない。
  せめていい本でも読みたいものです。
  今日は文庫本の紹介。
  川上未映子さんが聞き手で
  村上春樹さんがこれに答える。
  『みみずくは黄昏に飛びたつ』。
  その新潮文庫版
  単行本の方は2017年の6月14日に
  紹介しています。
  では、何故文庫本なのか。
  その答えを書評に書いています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  読むんだったら文庫本で                   

 文庫本というのは、文庫オリジナルというのは別にして、基本的には単行本が出てから大体2年か3年経ってから刊行されると聞いたことがある。
 作家の(というより純粋に村上春樹さんのファンという側面の方が大きいが)川上未映子さんが聞き手で村上春樹さんがそれに答えるというインタビュー集であるこの文庫本の場合、単行本が出たのは2017年4月。
 その当時出たばかりの村上春樹さんの『職業としての小説家』と『騎士団長殺し』をテキストにして4つのロング・インタビューが収められている。
 単行本の場合は出たばかりのエッセイと長編小説がテキストであったから、それは刺激的だったし、それから2年経って文庫本で読んだ時は正直色褪せたところもあったが、中には全然変わらなく、村上春樹っぽい(当たり前だけど)箇所もたくさんあった。

 それは春樹さんがいうところの「信用取引」で、私という読み手が村上春樹という書き手を全面的に信用しているということだと思う。
 そして、「文章自体はどこまでも読みやすく、素直なものを使いたい」という春樹さんの小説スタイルに共鳴しているのでもあるのだろう。

 そんな単行本から2年が経って文庫本になったわけだが、この文庫本にはなんといっても「文庫版のためのちょっと長い対談」がオマケでついている。
 そこでは春樹さんが「文藝春秋」の2019年6月号に書いた父親の話「猫を棄てるー父親について語るときに僕の語ること」のことが結構話されている。
 さらにいえば、前期のベステセラー『ノルウェイの森』についても。

 だから、こんなことを書くとおかしいかもしれないけれど、この作品を読むなら絶対文庫本の方がお得だ。
  
(2020/04/04 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  新型コロナウイルスのニュースの中に
  小さな訃報記事を見つけました。
  歴史学者山本博文さん死去。
  3月29日のことです。
  まだ63歳という若さでした。
  特に山本博文さんの著作を読んできたわけではないが
  その名前が覚えやすいので
  気になる歴史学者の一人だったのは間違いない。
  そこで今日は山本博文さんの著作から
  『江戸人のこころ』を
  紹介します。
  この本はさいたま市の図書館から
  電子書籍として貸出をうけました。
  電子書籍を読んだ感想はまた別の機会にして。
  今日の書評のタイトルに使った「ただ惜しむべきは」は
  滝沢馬琴が息子を亡くした際に
  知人への手紙に綴った文言です。
  きっと多くの人が
  山本博文さんの死にそう思われているのではないでしょうか。

  ご冥福をお祈りします。

  

sai.wingpen  追悼・山本博文さん -ただ惜しむべきは                   

 手紙を書いたのはどれくらい前だろうか。その逆もそうで、手紙をもらったのも随分前になる。
 ITが進んでメールでのやりとりが増えて、手紙を書くという習慣がうんと減っている。
 もしかしたら「恋文」などという言葉も死語に近いかもしれない。
 昔の文豪なら「夏目漱石書簡集」のように残された手紙でその人の心情などを追体験することもあったが、現代ではどうだろう。「村上春樹書簡集」といったものが出版されるとも思えない。
 この本の著者山本博文氏は東京大学史料編纂所で戦国時代以降の書状について研究し、そこで得た知見をわかりやすい語り口で多くの著作をものにしてきた。
 1992年には日本エッセイスト・クラブ賞も受賞している。

 山本氏はこの本の冒頭に「個人的には手紙を読むのがいちばん楽しい」と書いている。
 何故なら「過去の人物の心に迫ることができる」からだという。
 そんな山本氏が「歴史上の人物の感情がよく示されているものを選んで紹介」しているのが本書であるが、赤穂浪士で有名な大高源五や「南総里見八犬伝」の滝沢馬琴といった有名人だけでなく、その頃来日していた英国人にあてた遊女の「恋文」や大奥の女中にはいった名主の娘が親に小遣いをせがる手紙や天璋院篤姫の好物を国元に所望する手紙など多岐に及んでいる。
 討ち入りを前に母に宛てた大高源五の手紙など切ないが、山本氏のいうようにある面「楽しい」のは、歴史という流れに洗われたせいかもしれない。
 こういう本をきっかけに歴史に興味をもつようになれば、著者もどんなにかうれしいことだろう。
  
(2020/04/03 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
 私はスポーツが嫌いだ。
 スポーツというより運動という方が合っているかもしれない。
 私は運動が嫌いだ。
 運動が苦手だから嫌いといってもいい。
 先日、
 『1964年の東京オリンピック』という
 あの頃の多くの作家たちが書いたオリンピック観戦記を読んだが
 中でも松本清張の文章には驚いた。

   いったい私はスポーツにはそれほどの興味はない。
   私たちの青春時代に若い人でスポーツが好きなのは、
   たいてい大学生活を経験した者だった。
   学校を出ていない私は、スポーツをやる余裕も機会もなかったし、
   理解することもできなかった。
                         -松本清張「憂鬱な二週間」

 何だかスポーツをしている人に対する恨みが
 あふれているような文章だ。
 私は松本清張のような生活の違いからスポーツを嫌っているのではなく
 うまくできないからだ。

 そんな私がこの雑誌を紹介するのは
 1000号という偉業を達成したお祝いのようなものだ。
 その雑誌、
 それが文藝春秋の発行するスポーツ総合誌
 「スポーツ・グラフィック・ナンバー」である。

 
 
 これが正式雑誌名らしいが
 私はずっと「Number(ナンバー)」だとばかり思っていた。
 創刊したのが1980年というから
 かなり前のこと。
 やはり当時の人気スポーツといえば
 野球。
 この雑誌が扱ってきた記事の変遷をたどると
 93年のJリーグ開幕あたりから
 サッカー人気が高まって
 逆転しているが
 最近は拮抗している。
 おそらく大谷翔平などの大リーグ選手の活躍が大きい。

 この雑誌の表紙に登場したアスリートの1位は
 記念の1000号の表紙にも出ているイチロー
 2位は本田圭佑、3位が中田英寿、4位は三浦知良
 サッカー選手が続く。
 そして、5位が競馬の騎手武豊
 この雑誌の守備範囲の広さが判る。

 記念となる「スポーツ・グラフィック・ナンバー1000」(文藝春秋・750円)には
 創刊1000号記念特集として
 「ナンバー1の条件。」と題して
 イチローだけでなく宮里藍王貞治
 内村航平羽生結弦といった各界のスターが登場している。

 スポーツは嫌いだけど
 こういう記念号は永久保存として
 大事にしたい。
 最後に
 「アスリート40の名言フォトブック」という
 別冊付録から
 タイガー・ウッズの言葉を紹介しておく。

   毎日、目覚めて、
   いつも挑戦が目の前にある。
   戦い続ければ、乗り越えられる。

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
 今日から4月
 いつもの年であれば
 入学式や入社式と新しい門出に
 胸膨らむ月なのでしょうが
 今年はまるで様相が違います。
 まして
 あの人気お笑いタレント志村けんさんが
 新型コロナウイルスで罹患し
 亡くなってしまうなんて
 多くの人が驚愕し悲しんだことでしょう。

 さいたま市では
 図書館の休館が4月19日まで延長されました。
 すでに一ヶ月以上図書館の扉は閉まったままです。
 感染予防のために
 閉めざるをえないということは理解できますが
 全面休館ではなく
 利用者に本が届く工夫があってもいいのではないかと
 思わないでもありません。
 あの東日本大震災という大きな困難の際には
 本が被災された人たちをどれだけ癒されたことでしょう。

 幸いなことに
 さいたま市の図書館では電子書籍の貸出は
 今まで通り行っています。
 こういう環境下だからこそ
 従来の読書とは違った方法も試してみるのもいいかもしれません。
 それに
 新しい本ではなく
 家にある本を再読するのもありでしょう。

 今まで
 図書館にお世話になっていたのですから
 本や図書館とともに
 この難局を乗り越えられたと思います。
 今日は
 東日本大震災の復興支援として行った移動図書館の活動記録をまとめた
 鎌倉幸子さんの
 『走れ!移動図書館: 本でよりそう復興支援』を
 再録書評で紹介します。

 図書館が再開されるのを
 心待ちにしています。

   

sai.wingpen  たかが本かもしれないが                   

 本書は、公益社団法人シャンティ国際ボランティア会が、2011年3月11日に起こった東日本大震災の復興支援として行った移動図書館の活動の誕生経緯とどのような活動であるかをまとめた活動記録である。
 シャンティ国際ボランティア会は1995年の阪神淡路大震災でも積極的な支援活動を行ってきた団体で、内戦後のカンボジアでも図書室設置の活動などの実績がある。
 だからといって、日本国内での図書館プロジェクトの経験はなく、移動図書館そのものはまったく初めての取り組みであった。
 いってみれば、素人集団がどのようにしてその活動を成功させていったかを知ることは、今後起こりうるかもしれない災害での対処の方法として学ぶべきことが多い。

 彼らが復興支援の方法として「本」を取り上げた意味は大きい。
 震災後、現地入りしたスタッフは当初食べ物や衣服といったものが多くの被災者を救済している姿を見ている。しかし、ほどなくそれらだけでは被災者の心を満たさないことを知るようになる。
 「本を読みたい」という被災者の声を耳にし、改めて「心の栄養」が必要であることを痛感するスタッフ。
 「人々が困難な生活を余儀なくされた時にこそ持つ、本や図書館の存在価値」は、支援者側には見えにくいものかもしれない。そのことは、稲泉連氏の『復興の書店』にも書かれている。

 自分の手で本を選び、買う、あるいは図書館で借りるという行為は、「非日常から日常に戻るきっかけ」となる。
 彼らが図書館を始めるきっかけはそういうことであった。
 復興支援の難しさは、被災された側を特別扱いすることからどう普段の生活に戻していくかかもしれない。
 そのあたりも、被災した側と支援者側の視点のズレが起こりやすい点だ。
 また、彼らが常に意識した点はその土地土地にあった支援活動をどう行うかということでもある。
 彼らは移動図書館に並べる本そのものを支援で手にいれることはなかった。募金活動で得た資金をもって、被災地の書店から購入する。
 活動全体が被災地支援になることを意識することがいかに重要かだ。

 たかが本かもしれない。
 しかし、本の世界がどれだけ広いか、彼らの活動はそのことを教えてくれる。
  
(2014/03/01 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
プレゼント 書評こぼれ話

  今でも和田誠さんが亡くなったなんて
  信じられないでいる。
  だって、いたるところで
  和田誠さんが描いた表紙絵とか挿絵とか
  まだ見かけるもの。
  特に本の装幀なんかも
  たくさんされているから
  本棚からひょっと抜き出したら
  それが和田誠さんの装幀した本なんてことも
  よくある。
  今日はそんな和田誠さんの
  多彩な一面が本になった
  『和田誠切抜帖』を紹介します。
  やっぱり
  和田誠さんってすごいや。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  和田誠さんはいくつの顔を持ってたのかな                   

 昔「七つの顔を持つ男」と呼ばれた多羅尾伴内という探偵を主人公にした映画や漫画があったが、昨年(2019年)10月に亡くなった和田誠さんも七つぐらいの顔を持っていたかもしれない。
 イラストレーター、装幀家、エッセイスト、絵本作家、映画監督、作詞家、脚本家、まだまだありそう。
 そんな多彩な才能をもった和田さんの仕事の一端を覗ける貴重な一冊がこの本。

 2007年に刊行されたものだが、エッセイだけでなく、和田さんお得意の似顔絵や週刊文春の表紙を飾った何枚かのイラストも見られる。
 漫画家赤塚不二夫さんとの面白い対談もあれば、和田さんの愛猫シジミの話もある。
 読書のこともあれば、父親のことを語った文章もある。
 和田さんの父親は和田精といって日本の初期の放送界にあって欠かせない人物であったようだ。そんな父親だが、あまり和田さんにその功績を自慢することもなかったし、和田さんもまたそんな父親を自慢したりもしなかった。
 そんなところが和田さんのえらいところ。

 そして、この本の極めつけは四歳の時に描いたという絵本だ。(バラバラに描き散らかしていたのを母親がまとめて綴じておいてくれたというから、お母さんもいい人だったにちがいない)
 絵心というのは幼い時からあるものかどうかわからないが、こういう作品? を見せられると、やはり和田少年は成長してイラストレーターになるべくしてあったのかもしれないと思ってしまう。
 まさかその子が七つの顔を持つまでになるとは、さすがにお父さんもお母さんも思わなかったのでは。
  
(2020/03/31 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス