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プレゼント 書評こぼれ話

  今日から8月
  まさに夏休みの真っ最中。

     夏休み親戚の子と遊びけり     仁平 勝

  そんな時期に
  夏休みの宿題を思い出させてしまうようだが
  今日紹介するのは
  この夏の課題図書の一冊、
  すずきみえさん作の『そのときがくるくる』。
  低学年向きなので絵もたくさん。
  絵を描いたのは、くすはら順子さん。
  この本では
  ナスが苦手の男の子が登場します。
  ナスは料理のバリエーションもあって
  おいしい夏野菜だと思うのですが。
  彼に早く「そのときがくる」といいな。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  感想文が書けない、でも「そのとき」がきっときます                   

 夏が来れば思い出す、のは唱歌だけではありません。
 今年(2021年)もまた読書感想文コンクールの季節がやってきました。
 本書は、第67回青少年読書感想文全国コンクール課題図書の、小学校低学年の部に選ばれた作品。
 書いたのは、この作品がデビュー作というすずきみえさん。(姓がすずで、名がきみえとなっています)
 課題図書に選ばれたのですから、きっと多くの子どもたちに読んでもらえる、うれしい第一歩になったのではないでしょうか。

 不思議なタイトルだと思ったのですが、読み終わったあとは、うまくつけたものだと感心しました。
 この作品の主人公の男の子はナスが苦手。いつもは楽しい給食の時間も、ナスの料理だとなかなか食べ終わらない。
 夏休みになって、おじいちゃんとおばあちゃんの住む田舎で一週間泊まることになる。
 そこでも、ナスの料理が出るのだが、おじいちゃんは男の子に強要しない。
 いつか食べられるようになる日がくる。
 そう、「そのときがくるくる」だ。
 そして、男の子はほんの少しだけナスを食べることができるようになる。でも、大好きになるには、もう少し時間がかかりそう。

 この本を読んだ子どもたちは、「わたしもピーマンが嫌いなんです」とか「ぼくはニンジンが苦手」とか書きそう。この本を読んで、きっとそんな私たちにも「そのときはくるくる」と思います、なんて文章で締めくくりそう。
 でも、「そのとき」は食べ物だけではないはず。
 鉄棒ができなかったり、泳げなかったり。友達ができなかったり、そういう視点でも、この本は読めるはず。
  
(2021/08/01 投稿)

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 昨日『昭和の映画絵看板』という
 ゴキゲンな本を紹介しましたが
 映画という表現芸術は
 映画自身を題材にしてたくさんの映画を
 作っている点でも
 他の創作とはちがった見方をすることができます。
 先日、
 ニコール・キッドマン主演の「オーストラリア」という
 2009年公開の映画を観たのですが、
 ここでもジュディ・ガーランドの「オズの魔法使い」(1939年)が
 うまく使われていました。
 このように映画を使うだけでなく
 映画人や映画関係そのものを映画にした作品も
 たくさんあります。
 今日はそんな話です。
 
 映画そのものを
 あるいは映画館を描いた作品で
 ベスト1はやはり1989年公開の
 「ニュー・シネマ・パラダイス」ではないかな。
 ジュゼッペ・トルナトーレ監督のイタリア映画。

  

 物語の舞台は、シチリア島の小さな村。
 そこにある唯一の映画館の映写技師アルフレードを
 父同然に慕う少年トトの物語。
 この映画館に集まるトトをはじめとした悪ガキの子どもたちや
 さまざまな村の人々がなんともいい。
 昔は映画に一喜一憂していたのがよくわかります。
 どんな名画であってもキスのシーンの上映を禁止する司祭。
 アルフレードは仕方なくその場面を切断します。

 ある夜、
 映画館に入れない観客のために
 アルフレードは機転を利かして村の広場の建物の壁に
 映像を映し出す。
 ゆっくりと映像が動いていく場面の美しいこと。
 そして、そのあとの火災という悲劇。
 トト少年はその火災現場から
 アルフレードを助け出すことで
 二人の友情はさらに深まっていくのです。

 やがて、
 成長したトト少年は恋もし、失恋もし、
 村を去る日がやってくる。
 そんなトトにアルフレードは
 「若いのだから外に出て道を探せ、そして帰ってきてはいけない」と
 諭すのだ。
 この時にいうセリフは
 和田誠さんも『お楽しむはこれからだ PART5』に載せています。

   人生は映画とは違う。人生はもっと困難なものだ。

 トトは結局アルフレードの教えを守って
 村には戻らなかったが
 アルフレードの訃報を聞いて
 今では様変わりした村に戻ってきます。
 アルフレードの老妻から渡されたものは
 かつて禁止されたキスシーンだけを集めたフイルムでした。

 この映画はストーリーもいいし、
 エンリオ・モリコーネの音楽もいい。
 映画ファンにとって、絶対はずせない一本です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  私が生まれたのは
  だんじり祭りで有名な大阪・岸和田。
  大阪の繁華街であるミナミに行くには
  南海電車に乗って30分ばかりだろうか。
  子供の頃は
  そこにあった高島屋に行くのが
  とても豪勢なことだった。
  ただし、親に連れていってもらうのだが。
  一人であるいは友人とミナミまで出るのは
  高校生の頃だろうか。
  1970年あたりだろうか。
  それ以前となると、あまり記憶はない。
  今日紹介する
  『昭和の映画絵看板』には実はそれ以前の
  ミナミの映画館の景観が堪能できる。
  しかも、当時封切られていた懐かしい映画と
  それの宣伝を担った絵看板の数々。
  もう見ているだけで、
  大満足の一冊でした。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  かつてそこは夢の国への入り口だった                   

 映画観客人口が最も多かったのは、昭和33年(1958年)。その数、実に11億2700万というからすごい。
 もっともその頃、テレビの普及はまだされていなかったから、おのずと人々の関心は映画に向いたのだろう。
 その2年後には公開作品数と映画館数がピークになって、大都市だけでなく小さな町々に映画館ができたのはないだろうか。
 その当時の、昭和30年から40年にかけての映画館の前には上映作品のスチール写真やチラシの掲示だけでなく、看板絵師たちの手による手書き看板が道行く人々の興味を誘っていた。
 シネマコンプレックスの時代になって、今やそんな昭和の映画館の風景はほとんど見る機会がなくなった。
 そして、それらを記録したものも。

 ところが、ここに奇跡のような本が登場する。
 場所は大阪ミナミ劇場街。そこで昭和30年代の絵看板を記録した写真が見つかる。
 本書の監修を担当している国立映画アーカイブ主任研究院の岡田秀則氏は「それら技芸がもたらした成果を一つひとつの作品と見なし、臆することなく私たちの文化遺産であると見なす」と書いている。
 映画絵看板の記録だけでなく、映画館の前を行き交う人々、映画館に入る人々など、当時の人々の様子もうかがえるし、今やすっかり景観を変えた大阪のミナミの街並みも見ることができる。
 また、当時これらの絵看板の制作に携わった絵師たちの座談会も収録されていて、映画そのものではないが映画を盛り上がてきた貴重な資料といえる。
  
(2021/07/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  超豪華な一冊
  「THE GENGA ART OF DORAEMON ドラえもん拡大原画美術館」という本を
  紹介するのですが、
  「ドラえもん」が小学館の学年誌に最初に発表されたのが
  1969年.
  さすがにこの頃には中学生になっていたので
  「ドラえもん」世代ではありません。
  でも、最初の「ドラえもん」世代ももう50歳を超えているのでは。
  つまり、この国を背負っている多くの人たちは
  「ドラえもん」によって
  多くのことを学んできたにちがいありません。
  今日の本は
  そんな「ドラえもん」世代だけでなく
  漫画をこよなく愛する人たちにも
  読んでもらいたい一冊。
  ちょっと豪華すぎますが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  なんとも豪華な一冊です                   

 作家たちの自筆原稿には、加筆や修正など創作過程がわかって興味深いという人は多い。
 けれど、ワープロからパソコンと執筆形態も進化してくると、若い書き手たちの自筆原稿を見る機会は将来減っていくのだと思う。
 漫画の場合はどうか。
 最近ではパソコンを使って作画することも多いようだが、やはりそうなると作家と同じで創作過程が見れなくなる。
 そもそも漫画の創作過程を見ようとすれば、「原画」にあたるしかない。
 最近でこそ、漫画家の展覧会などが頻繁に開催されるようになったから、漫画の「原画」を見る機会も多くなった。

 では、漫画の「原画」をどう見るか。
 藤子・F・不二雄さんの不朽の名作「ドラえもん」の拡大原画で、藤子さんの創作過程や「ドラえもん」の世界観をまとめたこの豪華本の巻頭にこう記されている。
 「微妙なペンタッチや墨の濃淡、丁寧にホワイトで修正された跡、かすかに残る鉛筆の線」をたどることで、「原画の力」を読む解いていく。。
 この本では「原画の見方」という鑑賞のポイントをまとめたページがあるので、そこから入るのがいいでしょう。
 さらに、日本美術を専門にしたライターでもある橋本麻里さんによる、「ドラえもん」と日本美術との比較などがあって、今や漫画や「ドラえもん」が日本文化に欠かせないものであることがよくわかる。

 将来「鳥獣戯画」と「ドラえもん」の共同展覧会が開催されないとも限らない。
  
(2021/07/29 投稿)

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  最近吉村昭文学にはまっている。
  吉村昭さんの作品を初めて知ったのは
  随分以前のことで
  私が高校生あたりのことだったと思う。
  今日紹介する『花火 吉村昭後期短編集』のような
  中公文庫シリーズでいえば
  初期篇あたりだから
  かなり初めの頃から吉村文学にはまっていたことになります。
  もう少し読み続けるつもりです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  吉村昭の後期短編を堪能しました                   

 本書は中公文庫による吉村昭の短編集の、「初期1」「初期2」「中期」に続く4冊めにあたる「後期」篇である。
 これまでの3冊は、「自選」とあって、吉村が生前自ら編んだ「自選集」からのアンソロジーだったが、後期は吉村の逝去(2006年没)直前までの作品が収められているので「自選」ではない。
 純粋に本文庫の解説も執筆している文芸評論家の池上冬樹さんのよる編集となっている。

 この「後期」篇には短編11作と掌編5作が収録されている。
 そして、今までの短編集の中でももっともバリエーションに富んだ作品群となっている。
 吉村の得意とする歴史小説としても読みごたえのある「船長泣く」は大正末期の漁船の漂流を描いたものだし、巻末の「死顔」はいうまでもなく吉村の遺作となった生と死を描いた重厚な短編である。
 その一方で原稿用紙10枚ほどの掌編小説群、「観覧車」「西瓜」などは中間小説誌に発表されたもので、堅物と思われがちな吉村がこういう作品も書いていたことに、少々安堵した。

 中でも気にいったのは、平成10年に「文學界」に発表された「遠い幻影」で、幼い頃の記憶をたどる話ながら、単にノスタルジックな物語になるのではなく、ノンフィクション作家のごとく厳密に調査する姿勢に感服した。
 「死が訪れるまでの間に、曖昧な事柄をすべて明確にしたいという心理」と自ら分析しているが、吉村文学の魅力はそのあたりにあるような気がする。
  
(2021/07/28 投稿)

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