プレゼント 書評こぼれ話

  私が吉村昭の作品を最初に読んだのは
  もう随分前だ。
  多分高校生の頃だと思う。
  つまり50年近くになる。
  『星への旅』が最初だった。
  吉村昭はそのあと
  どんどん名作話題作を書いていって
  何作かは私も読んだが
  ずっと気になっていた作品がある。
  それが
  今日紹介する『戦艦武蔵』。
  吉村昭の記録文学の多くは
  この作品をもって始まったといえる
  記念すべき作品である。
  やっと読めた。
  今はそんな感慨だ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  読書の醍醐味を味わう                   

 言わずと知れた作家吉村昭(1927~2006)の代表作である。
 そして、この作品が吉村昭を文学史に残る作家にまで高めたといえる。
 作品自体もそうだが、この作品の誕生に至る経緯とそれにつながる吉村の心情そのものがまるで名作そのものだ。

 この作品が文芸誌「新潮」に一挙連載されたのは1966年9月。同じ年の2月、『星への旅』で第2回太宰賞を受賞した39歳の新鋭の作家にとって、この作品そのものがまるで自身の目指してきた道と乖離するものに映ったかもしれない。
 実際そんな吉村を「堕落した」と評した編集者もいたという。

 吉村はあるインタビューの中で、この作品を書けるかどうか「猛烈な脅え」があったと語っている。吉村が言うには、「小説っていうのは人間が主人公」だが、これはそうではない。
 船が主人公で、吉村は書くうちに人間が主人公でなくても、その世界に没頭していったらしい。

 この記録小説の主人公は「戦艦武蔵」という当時世界でも建造されたことのない巨艦である。
 その誕生から死までを描いたのがこの作品で、読むうちに「武蔵」が命あるものに感じられてくるから不思議である。
 文庫本にしておよそ300ページの作品だが、その誕生まで(完成品として海軍に引き渡されるまで)は約三分の二、残りで沈没までは描かれる。
 海軍に引き渡される場面が印象に残った。軍と民間人がともに手を携えて武蔵を完成させながらも、引き渡した途端、まるで世界が異なってしまうそのことに、当時の社会の構造の怖さが浮き彫りになるようであった。

 とにかくこの小説は読ませる。
 読書の醍醐味を味わう一冊といっていい。
  
(2017/06/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昨日のつづき。
  昨日木俣冬さんの
  『みんなの朝ドラ』という新書を
  紹介しましたが
  このブログでも
  結構「朝ドラ」のことを書いています。
  そこで、
  今日は2012年12月に書いた
  田幸和歌子さんの『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』を
  再録書評で紹介します。
  ちょうどこの時期は
  最近の「朝ドラ」でも極めて評判の悪い
  「純と愛」が放映されている頃。
  まあ暗い作品ではありましたね。
  ただ作品の良し悪しと
  視聴率は関係ないとはよくいいますが
  今回の岡田惠和さんの「ひょっこ」も
  いい作品なんですが
  どうして視聴率が伸びないんでしょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私、「朝ドラ」の味方です                   

 人によってそれはちがうだろうが、私の場合のNHK連続テレビ小説、通称「朝ドラ」初体験は『おはなはん』だったような気がする。
 この作品は1966年放送だから、私が11歳の時だ。
 「朝ドラ」開始から半世紀以上経つが、その中でもこの『おはなはん』という作品は、現代に脈々と続く「朝ドラ」の礎を築いたともいえるもので、私より上の世代の多くは記憶しているのではないだろうか。
 ヒロインを演じた樫山文枝さんの愛くるしさ、印象に残る音楽(今でも口ずさむことができる)など、子どもにも印象深い作品だった。
 だが、残念ながら現代とちがい録画といった方法もなく、1年間(当時の「朝ドラ」は1年間の放送だった)見続けたという記憶はない。
 それからあとの私の「朝ドラ」体験はほとんどない。あの『おしん』でさえ、見ていない。
 「朝ドラ」の時間帯には、学生時代は寝ているか、働きだしてからは通勤途上だ。
 だから、どうしても「朝ドラ」は女性、しかも家で働く女性が対象となっているかもしれない。

 ところが、私の「朝ドラ」事情は、2011年の下半期に放映された『カーネーション』で一変する。
 私の出身の大阪岸和田を舞台にしていたということもあるが、とにかく面白かった。
 この作品は今でも支持する人が多いようで、この本でも「朝ドラの熱狂」という最初の章は「カーネーション」小論となっている。
 今は録画という手段もあるから、毎日仕事から帰ってから見ていた。こんないいドラマを今まで見過ごしてきたのかという悔いも残った。
 それから現在の『純と愛』まで、あまりTVを見ない私としては唯一といえる習慣となっている。

 本書の著者の「朝ドラ」初体験は『マー姉ちゃん』(1979年)だったそうだ。
 これが6歳の頃というから、随分ませた子どもだった。ただ、父親も含めた家族の場での視聴だったようで、「朝ドラ」はそういう家族の絆づくりにも貢献していた。
 そんな著者だから、「朝ドラのヒロイン」「朝ドラの恋愛・結婚」「朝ドラの家族」といった内容はとても充実していた。むしろ、このページ数ではとても語り尽くせないのではないだろうか。
 著者は「日本の親たち・祖父母たちの代弁者として、いつでもたくさんの大切なことを教えてくれた」と「朝ドラ」を評価している。
 「朝ドラ」初心者の私としても、同感だ。
  
(2012/12/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日コーヒショップで休んでいると
  隣の席の男女の会話が
  耳にはいってきた。
  何の話をしているのかというと
  NHKの「朝ドラ」の話なのである。
  それをずっとしている。
  男性は30代なかば、
  女性はまだ20代。
  それがずっと「朝ドラ」なのである。
  すごいな、「朝ドラ」。
  そこで、というか、偶然なのですが
  今日は木俣冬さんの
  『みんなの朝ドラ』を紹介します。
  書評には書けなかったのですが
  現在放送中の「ひょっこ」の脚本家
  岡田惠和さんのインタビューも
  載っています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「朝ドラ」大好き!                   

 月曜から土曜の朝8時から15分放送されるNHKの「朝ドラ」、正式には「連続テレビ小説」という、は1961年の第1作「娘と私」から2017年上半期放送の「ひょっこ」まで96作めを数える。
 今でも20%を超える高視聴率番組だが、けっして平坦な道ではなかった。
 特に2000年代は20%に届かない作品が続出する。
 それが変化の兆しを見せ出すのが、2010年上半期の第82作の「ゲゲゲの女房」あたり。
 この本では2010年代の「朝ドラ」作品を中心にして、「朝ドラ」の魅力を探る。

 本書で章立てされて論じられている作品を見ていくと、「マッサン」(2014/下)「ごちそうさん」(2013/下)「あさが来た」(2015/下)「花子とアン」(2014/上)「とと姉ちゃん」(2016/上)「べっぴんさん」(2016/下)「まれ」(2015/上)「カーネーション」(2011/下)「あまちゃん」(2013/上)である。
 その他に主人公がシングルマザーだった「私の青空」(2000/上)と「朝ドラ」を語る上ではずせない第31作「おしん」(1983)が章立てに加わっている。
 私が「朝ドラ」を見始めたのが第85作めの「カーネーション」。脚本は渡辺あやで、この本の中でも「朝ドラを超えた朝ドラ」と絶賛されている。
 やはりいいドラマを観ると、継続視聴のきっかけになるような気がする。

 「朝ドラ」の人気が高い理由はさまざまだろうし、木俣氏がいうように最近の作品ではSNSでの評判拡散の影響が大きいこともわかる。しかし、それは「朝ドラ」に限ったことではない。
 いずれにしても「朝ドラ」を話し出すと尽きることはない。
  
(2017/06/27 投稿)

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 「歳時記」の夏の部を開くと
 野菜の名前が多いのは
 さすがに季節柄、たくさんの野菜が育つからでしょう。
 今日はその中から
 今までに紹介していない野菜を。

  CIMG2072_convert_20170625115003.jpg

 これは紫蘇
 夏の季語にもちゃんとあります。

    雑草に交らじと紫蘇匂ひたつ      篠田 悌二郎

 私の菜園ではシソも育てています。
 といっても、
 この俳句のように世話をしなくても
 ちゃんと大きくなります。

 今回は珍しい色の野菜の収穫のお話です。
 まずは、これ。
 そうお髭も茶色枯れて
 獲り頃のトウモロコシ

  CIMG2074_convert_20170625115041.jpg

 その皮をむくと
 ごらんのように真珠を並べたように
 真っ白。

  CIMG2076_convert_20170625115115.jpg

 ピュアホワイトという品種です。
 生でも食べられるほど甘いというので
 試しに畑でかじってみましたが
 さすがに青臭かった。
 好みの問題もあるでしょうが
 私はやはり黄色いトウモロコシがいいかな。

 次はカラフルニンジン

  CIMG2078_convert_20170625115156.jpg

 写真の上が黄色、次が普通のニンジン色、
 そして一番下がパープル。
 味でいうと
 意外とパープルが甘くっておいしかった。
 でも、やっぱりニンジンも赤いのがいい。

 そして、こちらは収穫までもう少しですが
 ようやく色が変わってきた
 ミニトマトイエローアイコ

  CIMG2081_convert_20170625115225.jpg

 まだ食べていませんが
 やっぱりトマトも赤がいい。
 つまり、私は何事も普通がいいという
 凡人なのでしょう。

 今年は夏野菜も順調に育っていて
 キュウリもすでに20本近く収穫しています。

  CIMG2068_convert_20170625114921.jpg

 ナスとのツーショットは
 夏野菜ならではですね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  絵本の世界を見ていると
  本当にこれで子どもたちが喜ぶのかと
  思うようなものもある。
  ところが、
  そういう作品に子どもたちが夢中になるのだから
  大人の感性では計り知れない。
  今日紹介する
  谷川俊太郎さん文、
  佐藤可士和さん絵の
  『えじえじえじじえ』もそう。
  本当に子どもたちにわかるのだろうか。
  多分「わかる」というのは
  大人が考えることで
  子どもたちはきっと
  感じるだけなんでしょうね。
  子どもに戻れる?

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  思わず、じぇじぇじぇ                   

 詩人谷川俊太郎さんが様々なアーティストと組んで作る「あかちゃんから絵本」の13作め。
 今回のお相手はクリエイティブディレクターの佐藤可士和さん。
 佐藤可士和さんといえば、キリンビールやユニクロのブランディングとか六本木の国立新美術館のロゴとかで有名で、『佐藤可士和の超整理術』とかの著作もたくさんあります。

 絵本といっても一人で絵も文も描かれる人もいれば、絵だけ、あるいは文だけという人もいます。
 特にそういう分業の場合、画家と作家は綿密な打ち合わせをするのでしょうか。
 それは楽曲を作る時もそうです。
 作曲家と作詞家。どちらのイマジネーションの方が先なのでしょうか。
 例えば阿久悠という昭和を代表するすごい作詞家がいましたが、阿久さんの場合は作詞が先だったのでしょうか、それとも曲があって、それに詩をはめていったのでしょうか。

 この絵本でいえば、谷川さんの詩が先にあったのではないかと思います。(違うかな)
 「すい/きーん/すぱん」「ンンンンカ/ムムムムタ…」みたいな、変な言葉が並んで、これに絵をつけられるかな、できるならやってみな、みたいな、何となく意地悪をしているみたいですが、谷川さんはこんな文にどんな絵がつくのか、自身楽しみにしていたのではないでしょうか。
 そういう弾むような感覚が、赤ちゃんにも届くのかもしれません。

 ところで、このタイトル、どんな意味なのでしょう。
  
(2017/06/25 投稿)

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