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プレゼント 書評こぼれ話

  人生たくさん生きていますが
  まだ行ったことのない
  あるいは見たことのないこととか
  いっぱいあります。
  相撲、見たいな。
  歌舞伎、見たいな。
  ねぶた祭り、見たいな。
  そんなひとつに
  寄席があります。
  CDやテレビで落語を聴いたり見ることがありますが
  寄席で生(なま)の落語を
  体験したことがありません。
  これって人生の片手落ちじゃないかな。
  今日は佐藤友美さんの
  『ふらりと寄席に行ってみよう』を
  紹介します。
  そして、今度は
  本当の寄席体験記を書きたいものです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  寄席に行きたい!                   

 恥ずかしながら、寄席に行ったことがありません。
 東京には常設の寄席が5つあって、そのうちの上野にある鈴本演芸場や浅草の演芸ホールは建物の前まで行ったことがありますが、入場には至りませんでした。
 その理由は、入場のシステムがよくわからなかったからです。
 そもそも寄席は途中から入場していいのか、その逆に途中で退場していいのか。
 映画であれば、上映している一つの作品を鑑賞する目的で入場しますが、寄席って何人もの演者が入れ替わり立ち替わり演じるので、よほど好きな噺家さんでもあれば別ですが、そういういくつもの芸を鑑賞することになるので、映画とかコンサートとかの鑑賞とは少し違います。
 独演会というのがありますが、あれは特定の噺家さんの芸を鑑賞するので、わかりやすいように感じます。

 私のような寄席未経験者の人向けに、この本はとても丁寧に説明してくれています。
 都内の常設の寄席の特長なんかも書いてあって、自分に合った寄席を探すこともできます。
 さすが日本で唯一の寄席演芸専門誌である「東京かわら版」の編集長が書かれた本だけのことはあります。
 この本では当代の人気落語家さんの紹介や寄席でよくかかる「古典落語」も簡単な紹介までついています。

 ところで寄席というのは落語だけ演じられたいるかというとそうではありません。
 漫才やコント、あるいは紙切りといった「色物」もはいっています。
 つまり、この空間ではたっぷり時間を楽しめるということではないでしょうか。
 寄席に行きたい!
  
(2019/03/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  アガサ・クリスティーの『ABC殺人事件』を
  紹介します。
  いつもの霜月蒼さんの
  『アガサ・クリスティー完全攻略』によれば
  評価は★★★★☆で
  満点には及びませんが
  高い評価になっています。
  今回の事件では
  私も犯人がわかりました。
  それも第4の殺人事件が起こる前ですから
  私なら
  最後の殺人事件は食い止められたかも
  なんて。
  ポアロものの必読の一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私の頭文字までまだまだ                   

 アガサ・クリスティーが1935年に発表した長編推理小説で、エルキュール・ポアロものとひとつだ。
 ポアロものにはアガサの作品でも人気作、代表作が多いが、この作品も人気が高い。
 読んでみて、とても面白かった。これなら、人気が高いはずだ。
 ただ、もしかしたら、殺人犯をあてるという点からすれば、見つけられた読者探偵も多いのではないだろうか。
 まったく難解な事件よりも、もしかしたらこの男(もちろん、女の時もあるが)が犯人ではないかと思える方が、先へ先へとページが繰りやすいということもある。
 最後にはがっかりするか、やっぱりと満足するか、結果次第だろうが。

 この事件はタイトルのとおり、アルファベットの頭文字がついた街で、しかもその頭文字の人が殺されていく。
 例えば、最初の事件は「アンドーヴァ」という街で「アッシャー夫人」が殺害されるという具合である。しかも、犯人からは事前に我が名探偵ポアロのもとに事前予告の手紙まで届くのである。
 A、そしてB、さらにはC…。
 次々と実行されていく殺人。
 しかも、被害者にはなんら共通点もない。
 犯人の動機もわからず、それはまるで狂気の犯罪のように見えてくる。

 この物語はポアロの友人であり、ポアロものではしばしばその語り部にもなっているヘイスティングズ大尉の視点で描かれているが、途中で彼の記述でない文章が差し込まれる。
 もちろんそれは事件に関係しているのだが、こういった構成の巧さもアガサの魅力にもなっている。
  
(2019/03/19 投稿)

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 今日は彼岸の入り
 彼岸の俳句といえば
 やはり、これ。

    毎年よ彼岸の入に寒いのは      正岡 子規

 病床六尺の不自由な生活ながら
 母親のなにげない一言を
 文芸の域にまで高めた技は
 さすが正岡子規
 そして、今週末には東京でも桜の開花宣言があるかも。
 桜より一足早く満開の花を咲かせているのが
 白木蓮

  20190315_084359_convert_20190316163808.jpg

    声あげむばかりに揺れて白木蓮     西嶋 あさ子

 この白木蓮のほかにも
 よく見ると
 春を感じる草花がたくさん咲き始めました。
 これは、土筆(つくし)

  20190315_084549_convert_20190316163903.jpg

    一握りとはこれほどのつくしんぼ      清崎 敏郎

 畑でもナズナの花を見つけました。

  20190315_115630_convert_20190316164258.jpg

 ぺんぺん草とも呼ばれるのは
 果実が三味線のばちに似ているからと
 「歳時記」にも書かれています。

    晩年の夫婦なづなの花白し     篠崎 圭介

 こうしてみると
 草も季節を伝える大切な手紙のように思えます。

 畑は春どりのダイコン
 先週に続いて収穫したり
 ナバナを少しばかり摘んだりしましたが
 本格的な夏野菜の栽培までは
 もう少し先。

 スナップエンドウもよく見れば
 花がつきかけてきましたが
 ごらんの通り。

  20190315_112240_convert_20190316164022.jpg

 まだまだ時間がかかるかな。

 こちらはニラ

  20190315_112642_convert_20190316164129.jpg

 春の草のように大きくなってきました。
 それもそのはず
 ニラ春の季語

    むさし野に住みつく韮の苗育て     沢木 欣一

 こんなところにも
 春をみつけた気分です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  中山千夏さん文、和田誠さん絵の
  『どんなかんじかなあ』を
  紹介します。
  書評にも書きましたが
  この本は2005年に出版されて
  今年(2019年)にはいって
  テレビ番組で紹介され
  また話題になっています。
  この本は
  2006年の夏休みの課題図書に選ばれていて
  その年の8月
  私も書評を書いています。
  その時の書評は
  ずっと前にこのブログでも
  紹介しました。
    こちらを。
  十年以上も前に書いた
  書評と比べてみて下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  いいものはいつまでもいい                   

 最近日本テレビ系の「世界一受けたい授業」という番組で紹介され、再び脚光を浴びている中山千夏さん文、和田誠さん絵の絵本。
 最初に刊行されたのが2005年7月、その年の第11回日本絵本賞を受賞しています。
 障害をテーマにしていて、とても考えさせられる絵本の名著です。

 なにごとにも好奇心旺盛の男の子、ひろくん。
 ともだちに目の不自由なまりちゃんがいる。
 だから、見えないというのはどんな感じなのか、考えてみた。
 そして、目をとじる。
 そうしたら、たくさんの音でいっぱいだった。
 さのくんというともだちは耳が不自由。
 だから、耳せんできこえなくした。
 そうしたら、今まで見えていなかったたくさんのものが見えてきた。

 ひろくんは好奇心旺盛だから、いろんなことに興味があって、それでわかることも出てくる。
 きみちゃんは神戸の震災で(あれは1995年でした)お父さんもお母さんも亡くしてしまった。
 ひろくんはそんなきみちゃんの気持ちを「どんなかんじかな」と考えてみた。
 でも、わからなかったのできみちゃんに聞いてみる。
 「すごくさびしいんだろうね」って。
 でも、きみちゃんはそうでもないという。

 私たちのまわりにはそれぞれ事情を抱えた人たちがたくさんいる。
 その人たちのことを「どんなかんじかな」と考えるだけで、少しだけ世界が違ってみえるのかもしれない。
 もし、いじめられているともだちがいたら、「どんなかんじかな」と考えるだけで、違う行動がとれるかもしれない。

 この絵本のすごいところは、最後。
 きみちゃんがひろくんのところできて、「いちにちじっとうごかない」て、「どんなかんじかな」と思ったという。
 どうしてだと思います?
 最後のページに描かれたひろくんを見て、胸が熱くなります。
  
(2019/03/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日三浦しをんさんの
  『本屋さんで待ちあわせ』という
  書評本を紹介しましたが
  書評といえば
  丸谷才一さん。
  丸谷才一さんが亡くなったのは
  2012年10月で
  もう7年近くなります。
  それでも
  丸谷才一さんが
  書評文化に残された功績は
  今でも色褪せるものではありません。
  今日は
  丸谷才一さんの書評本
  『快楽としての読書 日本篇』を
  再録書評
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  犬も歩けば書評にあたる                   

 丸谷才一さんは書評の特長として、まず内容の紹介であること、評価がきちんとされていること、文章として読む楽しみがあること、そして批評性、その四つをあげている。
 この本ではそんな丸谷さんの書評が122篇収められている(この巻では日本の作者による本、[海外篇]で外国の作者によるものと分冊になっている)。
 これだけの量ともなると、書評といってもいささか食傷ぎみになるものだが、そこはなんといっても丸谷さんの書評である。読み物として完璧なのだ。
 ここで取り上げられているのはさまざまな本で内容的には一般読者として難しいものもかなりあって、内容の紹介、評価といわれてもついていくのも大変だ。それを一気に読ませるのは、丸谷さんの筆の力といっていいだろう。

 どの書評も書き出しがいい。
 いったいにいい文章というのはまず読者をうまくひきつけるものだが、書評であっても文章の魅力は書き出しといいたいくらいに、丸谷さんはうまい。
 直球勝負の時もあれば、変化球でいなしてそのあとずばんとど真ん中へというのもある。あるいは、最初からつり球というのもあり。書評というよりも読み物として、書き出しは重要という見本。
 終わりもいい。褒めるのも貶すのもいい。貶すにしても優しさがあり、褒めるにしても節度がある。それでいて、終わりはいさぎよく直球のみ。読み手を迷わさない。
 では、真ん中はどうなんだといわれたら、丸谷さんの才が勝ちすぎて四苦八苦。快刀乱麻の配球に唖然と見送ることばかり。

 それとタイトルのつけかたが絶妙だ。
 井上ひさしの『私家版日本語文法』には「黒板のない教室」、高田静の『さつまあげの研究』には「西郷も大久保も食べた」と、こういうタイトルなら読む前から食指をそそられる。
 芥川賞の選評などでよくもう少し題名のつけかたに工夫をしたらと書かれることがあるが、実作者たちも丸谷さんの書評タイトルでもう少し勉強した方がいいかも。

 この[日本編]には書評のほかに「書評のある人生」としてまとめられた文章が三篇収められていて、日本の書評事情がよくわかる。もちろん、丸谷さんが大いに書評文化を喧伝した功績も大きい。
  
(2012/08/25 投稿)

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