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 季節と植物の関係ほど不思議なものはありません。
 今が見頃となった曼珠沙華を見るたびにそう思います。

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 この花、別名彼岸花といわれるだけあって、
 毎年決まって彼岸の頃に見頃を迎えます。

    人の世を遠巻にして曼珠沙華        角川 源義

 野菜の植え付けでもそうです。
 ダイコンの種まきの時期でも
 適期ということがあって
 それより遅れると発芽がしにくくなったりします。
 それも先人からの知恵です。

 毎週のように週末になると天気が悪くなって
 野菜の生育が心配になります。
 特に今年初めて栽培するネギ
 水を嫌う傾向があるので
 台風が過ぎた週なかばに様子を見にいったくらい。

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 写真は台風のあとのネギのようす。

 秋冬野菜の植え付けが終わったばかりで
 そのあとの雨続きですから
 それが生育にいいのかよくないのか
 心配ですが、
 どのように植え付けたのか見ていきましょう。
 まずは第1区画。

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 右側のまだナスが見えている畝が一の畝。
 ここには10月の中旬にソラマメスナップエンドウという
 冬越し野菜を植えます。
 その次の二の畝にはダイコンと葉物野菜、
 つづく三の畝には茎ブロッコリーミニハクサイミニキャベツ
 そして一番左に写っている四の畝には
 ネギとやっと芽の出たばかりのニンジンが植わっています。

 第2区画の方は、
 モロヘイヤオクラが見えているのが二の畝。

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 その左側が一の畝でカラーニンジンニンニクを育てています。
 三の畝には玉レタスプチヴェールミニハクサイ
 そして右に見える四の畝には聖護院ダイコンミニダイコン
 モロヘイヤの二の畝もそろそろおしまい。
 そのあとには、ここも冬越し野菜タマネギ
 植えようと計画しています。

 秋の長雨といわれるように
 雨が多い季節でもあります。

     秋雨は無声映画のやうに降る       仁平 勝

 毎日の天気予報が気になってしかたがありません。

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 絵本が描く世界は、とても広い。
 メルヘンもあれば、コミックのような表現もある。
 怪談もあれば、神話の世界も、落語噺もある。
 赤ちゃんの視線で描かれることもあれば、老人問題だってある。
 そして、この絵本『ぼく』は、子どもたちの自殺を描いた作品だ。

    

 「ぼくは しんだ」という、一文から始まる。
 文を書いたのは、詩人の谷川俊太郎さん。
 「じぶんで しんだ/ひとりで しんだ」と、続く。
 男の子がひとりで夜空を見ている絵に、この文がついている。
 絵は合田里美さんが描いている。
 激しい絵ではない。むしろ、淡い色合いが男の子の感情のようで、切ない。

 この男の子「ぼく」にも、夢があったはずだけど、死を選んでしまう。
 絵本の巻末に「編集部より」という一文がついていて、そこにはこうある。
 「「ぼく」がなぜこのような選択をしてしまったのか。どうしたら、生きることができたのか。
 それを考えることが「ぼく」がどう生きたかを、そして、どう生きたかったかを考えることでもあります。

 子どもたちの自殺の問題は難しい。
 まして、それを絵本で表現するのは難しい。
 絵本を読む前に、まず巻末の「編集部より」で制作者の意図を理解し、本文を読み、
 そしてもう一度巻末の文を読む。
 ひとりでなく、みんなと読んで、意見を交換する読み方もいいかもしれない。

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 先日フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』(村上春樹 訳)を紹介した際に、
 最初に読んだ文庫カバーに
 ロバート・レッドフォードがギャツビーを演じた映画の一場面が
 使われたいたと書きました。
 それなら、その映画を観てみようと思って
 TSUTAYAでレンタルしました。
 その映画が1974年に封切られた「華麗なるギャツビー」。
 実はギャツビーの映画はもう一本あって、
 2013年に公開された同じタイトルの作品です。
 この時ギャツビーを演じたのは
 レオナルド・ディカプリオです。
 こちらもレンタルして
 今日は同じ「華麗なるギャツビー」の2本立てです。

           

 どちらがよりギャツビーらしかったかというと
 やはりロバート・レッドフォードでしょうか。
 この頃のレッドフォードはめちゃくちゃかっこいいんです。
 ただ、成りあがってきたギャツビーの本質を体現しているのは
 レオナルド・ディカプリオの方かもしれません。
 若い頃に愛し合ったデイジーという女性を8年間も思い続け、
 貧しさを嫌悪し、デイジーと対等に愛しあえるほどの富を手にいれようとしたギャツビー。
 そのためには裏社会も歩かなければならなかったはず。
 デイジーの夫トムにその正体を暴かれ、
 狂暴性をあらわにした時のディカプリオの演技は必見です。

 それでも、私は1974年版の作品を推します。
 その理由は、
 なんといってもデイジーを演じたミア・ファローの魅力です。
 おそらく、デイジーとはこんな女性だったと思わせてくれます。
 奇麗で、かわいくて、しかも身勝手で、贅沢を好む女性。
 1974年版では、ミア・ファローの瞳に星のきらめきまでいれてしまいます。
 
 そして、1974年版は作品としてもよく出来ています。
 今回観て、初めて気づいたのですが
 この時の脚本は
 「ゴッドファーザー」や「地獄の黙示録」を監督した
 あのフランシス・フォード・コッポラなんです。
 しかも、この時期のコッポラ
 「ゴッドファーザー」などを監督していた絶頂期。
 1974年版の「華麗なるギャツビー」の出来がいいのは
 仕方ないですね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気のひとつ、
  秋分
  昼と夜の時間がほぼ同じ日で、
  これから冬至に向けて
  昼が短くなってきます。

     落ちてゆく重さの見えて秋没日(あきいりひ)     児玉 輝代

  夜が長くなってくると
  ミステリー小説も面白くなってきます。
  今日はアガサ・クリスティー
  『バートラム・ホテルにて』という
  ミス・マープルものの作品を紹介します。
  いつもの霜月蒼さんの
  『アガサ・クリスティー完全攻略』の評価は
  ★★★☆ですが、 
  私はもう少しきつい評価で
  ★★かな。

  じゃあ、読もう。

   

sai.wingpen  ミス・マープルものとしては異色の作品                   

 アガサ・クリスティーが1965年に発表した「ミス・マープルもの」で、ミス・マープルが活躍する長編小説としては終わりから三番目となる。
 原題は「At Bertram’s Hotel」で、邦題はそれを踏襲している。
 まず驚いたのは、この作品に「ビートルズ」の名前が出てくること。
 「例の髪を長くした」という形容詞までついている。
 アガサの時代とビートルズの時代が重なりあっていることに驚いたのだが、1965年の発表というと日本でいうなら昭和40年世代もまたアガサと重なりあう。
 つまり、アガサ・クリスティーは実に長い間、現役のミステリー作家として活躍していたことの証だろう。

 さて、この作品だが、ミス・マープルは確かに登場するが、彼女の推理が犯罪を暴くというより、たまたま犯罪の舞台となったバートラム・ホテルに彼女が投宿していて、事件の証言者となったぐらいで、彼女の活躍を期待する読者にとっては物足りないだろう。
 この作品では事件を解決するのは、「おやじさん」と呼ばれるロンドン警視庁のデイビー主任警部だ。
 日本の刑事ドラマで伊東四朗さんが演じる役どころと近い。
 しかも、今回の事件は古色蒼然としてホテルが舞台で、犯罪も大掛かりな組織によるもので、さすがにミス・マープルが扱うというには大きすぎたといえる。
 やはり、彼女にはセント・メアリ・ミード村に起こる小さな事件や人物からの類推で、殺人事件などを解決する、その手法が似合っているし、私は好きだ。
  
(2022/09/23 投稿)

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レビュープラス
 9月10日(土曜)の朝日新聞朝刊の
 「多事奏論」という記者によるコラム欄に
 「ハァちゃんが残したもの 泣き虫だっていいんだよ」というタイトルの
 コラムが載っていました。
 書いたのは河合真美江さんという大阪編集局の記者。
 政治のことでも国際社会のことでも、
 ましてや経済のことでもない。
 ここに書かれていたのは。2007年7月に亡くなった臨床心理学者河合隼雄さんが最後に書いた
 自伝風の物語『泣き虫ハァちゃん』のこと。
 ハァちゃんというのは、河合隼雄さん自身のことです。

   

 この物語は兵庫県丹波篠山市に生まれた自身の思い出話が少年物語のようにして綴られています。
 六人兄弟の五番めとして生まれたハァちゃんは幼稚園児になっても、すぐ泣いてしまう泣き虫。
 兄弟たちにもからかわれ、自身も引け目を感じている。
 そんなある日、お母さんが「男の子も、泣いてもええんよ」と教えてくれる。
 やさしいお母さん、おもいやりのあるお父さん、ハァちゃんをからかっても面倒見のいい兄弟たち。
 そして、学校に行きだしたハァちゃんには信頼できる先生や心が通える友達もできる。
 河合さんの描く世界はいいことばかりではありません。
 先生に告げ口する同級生もいたり、なじめない先生もいる。
 きっと誰もが経験したことのある、子ども時代です。

 朝日新聞の記事はこう結ばれています。
 「今あらためて、隼雄さんの本を開いてみてはどうだろう。
 かちかちになった心がほどけていくような言葉に出会えるはずだ
 2007年に出た、決して新しいものではない本だが、
 それでも忘れないでこうして紹介してくれたおかげで、私もハァちゃんに出会えて、
 少しは心がほどけたような気がします。

 最後に、岡田知子さんの挿絵も素敵だったことを
 書き足しておきます。

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