プレゼント 書評こぼれ話

  以前にも書いたかもしれないが
  どうも私はこの手の
  つまり読書ガイドのような
  本が好きである。
  今日紹介する
  安野光雅さんの『本が好き』も
  書店で見かけて
  思わずぐぐっと身が乗り出しそうになって
  いやいや我慢しようと
  踏ん張っていたのですが
  やっぱりどうにもこうにも
  ならなくて
  こうしてまた手にしてしまいました。
  読書ガイドではなく
  本当の作品をもっと読まないといけないのにと
  反省しきりの一冊でした。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  安野光雅さんが面白かった本たち                   

 この本の著者安野光雅さんといえば、美術家、装幀家、あるいは絵本作家と幅広い活躍をされていて、独特の水彩画は見れば安野さんの作品とわかる人も多いだろう。
 そんな安野さんが書いた読書ガイドがこの本で、その「あとがき」に安野さんはこんなことを書いている。
 「なぜ私が本が好きで、人に本を薦めるかというと、自分の面白かった世界をみんなに知ってもらいたいだけなのだ」と。

 では、安野さんが「面白かった世界」はどんな本だったかというと、『ファーブル昆虫記』『犬が星見た』(武田百合子)『方法序説』(デカルト)『モンテ・クリスト伯』(デュマ)『さざなみ軍記』(井伏鱒二)など、実に幅広い。
 ここに書いたのはほんのわずかで、この本で挙げられている本の数は30冊以上に及ぶ。
 しかも、この本の不思議な点はそれぞれが同じ分量で語られていないところだ。
 きっとお気に入りの本はどんどん書きたいことが出てくるのだと思う。
 そのあたりが先ほど引用した「あとがき」の言葉とつながっていく。

 これはいうまでもないことだが、安野さんはだからこれらの本を読みなさいとは強要していない。
 自分はこう読んだよ、ここが面白かったよ、あるいはこう考えたよと書いているに過ぎない。もちろん本をたくさん読んだ方がいいとは思っているだろうが、それを無理強いする程、安野さんも野暮ではない。
 むしろ、いい読書人ほど読書の強要ほどひどいことはないと思っているにちがいない。
  
(2017/10/05 投稿)

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  最近本棚を眺めつつ
  果たして自分はこれらの本を
  再読することがあるのだろうかと
  嘆息する。
  今日紹介する
  林望さんの『役に立たない読書』に
  こんな一節がありました。

    書棚には人生が凝縮している。
    (略)
    折に触れて本棚を見直すことは、
    自分を見つめ直す良い契機ともなるのです。


  私なんて
  毎日のように「自分を見つめ直」していることに
  なりそう。
  なんとかしないと。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  リンボウ先生の「読書について」                   

 ショウペンハウエルの『読書について』という本にこうある。
 「読書は、他人にものを考えてもらうことである。(略)だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。(略)読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない」と。
 読書好きにとっては何とも耳のいたい文章だ。
 そして、この本。作家で国文学者でリンボウ先生と親しまれている著者の読書論のタイトルが「役に立たない読書」というのも、痛烈だ。
 ただショウペンハウエルもリンボウ先生も、読書をするなと云っているわけではない。
 リンボウ先生の言を借りれば、「内的な契機のない読書には意味はない」ということだ。
 さらに、リンボウ先生は「読書量と人格はなんら関係がない」と云う。要は、「一冊の本をいかに深く味わい、そこから何を汲みとり自らの栄養にしたか」だと。

 この本の前半部分はこのような読書に関してのご意見鋭く、読んでいて小気味いいぐらい。
 ただ中盤あたりから、ご自身の職業的な話と関係して、古書とのつきあいとか古典の話になって、中だるみ(自分には合わない箇所なのでしょう)ですが、最後の章「書物はどこへ行くのか」となれば、さすがにリンボウ先生、本の特長をよくご存じで、興味が蘇る。
 リンボウ先生は、紙の本を内容だけでなく全体の装幀や紙質といった「オブジェクトとしての書物の形」を私たちは愛してきた経緯があるとみている。
 確かに、新刊を買ってその手触りを愛で、匂いをかぐなんてことは電子書籍にはできまい。
 本を愛するリンボウ先生ならではの、読書論である。
  
(2017/09/27 投稿)

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  今日は秋分の日
  秋の彼岸の中日にあたります。
  彼岸だけだと春の季語
  わけるために
  秋の彼岸とか後の彼岸と記せば
  秋の季語になります。

    人は灯をかこみて後の彼岸かな     三田 きえ子

  これから秋たけなわになって
  読書も本番。
  そこで今日は
  川口則弘さんの
  『芸能人と文学賞』を
  紹介します。
  この本で読むと
  昔から
  いろんな芸能人が本を書いていることが
  わかります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  表紙の芥川龍之介の写真がカッコよすぎる                   

 昔は作家としてデビューするまで苦節何十年、それでなんとかデビューしても芥川賞直木賞ともなれば取れればまるで奇跡のように言われたものですが、今の文壇を見ていると、案外作家デビューするにはお笑い芸人になるのが手っ取り早いような感じさえする。
 もちろんそれは芥川賞を受賞した又吉直樹さんの影響が大きいし、出版不況から抜け出せない出版社が顔も名前も売れているお笑い芸人に本を書かせたらそこそこ売れるだろうという皮算用があるせいだろう。
 まあ出版業界だけでなく最近のTV界も似たりよったりではあるが。
 それでは彼らと彼らが属している芸能界にいる人と文学賞はどういう関係にあるのか。
 芥川賞直木賞といえば、この人川口則弘さんと今や定説がある(多分)著者を引っ張り出しての、文学賞考察がこの本である。

 時代とともに順に見ていくと、なるほど又吉さんのインパクトは強かったものの考えてみれば結構芸能人が文学賞に関わっているケースが多い。
 ただ芸能人といっても最初は演劇関係の人、さらには脚本家、さらに作詞家、そして俳優、今はお笑い芸人と変遷していく。
 それって、芸能人というくくりそのものの変遷のような気がする。
 お笑い芸人の地位が高まったというか、俳優や歌手の格が落ちたというか、そのあたりの問題に過ぎない。

 ただ大手企業に勤めていたり大学教授であれば小説を書いて文学賞を受賞してよくて、お笑い芸人ではダメともなれば職業に貴賤があるかのようなことにもなる。
 川口さんのように文学賞を純粋に楽しんでいるのがちょうどいい。
  
(2017/09/23 投稿)

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  今日は
  長江貴士さんの『書店員X』という本を
  紹介します。
  長江貴士さんは
  書評にも書きましたが
  「文庫X」を仕掛けた
  盛岡にあるさわや書店の書店員です。
  この書店はユニークな本屋さんとして
  全国でも有名で
  そこの店長田口幹人さんの講演会の記事は
  このブログにも
  以前書きました。
  その時田口幹人さんは
  長江貴士さんが本を執筆中だとか話されていましたが
  きっとそれが
  この本だったのでしょうね。
  ただ、この本は書店員が書いた本という以上の
  インパクトがありました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「常識」を超えるところから始める                   

 この本の著者長江貴士さんについてまず書く。
 昨年盛岡のさわや書店フェザン店に端を発して全国の出版関係者書店員読書人を驚愕させた「文庫X」の生みの親が長江さんである。
 おそらく出版界のニュースの歴史にも刻まれるであろう「文庫X」は既存の作品(新潮文庫の清水潔の『殺人犯はそこにいる』)に長江さんのメッセージを書いた独自のカバーで書名を隠して販売したものだ。
 結果話題が話題を呼んで大きなセールスにつながった。
 この本ではそんな「文庫X」がどのようにして生み出されて、何故拡販していったかを直接の仕掛け人である長江さん本人が語っている。

 長江さんは「よい企画とは、お客さん自身ですら自覚していない潜在的な欲求を満たすもの」としているが、決してそういううがった考えで「文庫X」を作ったのではない。
 純粋に『殺人犯はそこにいる』という作品を多くの読者に読んでもらうにはどうしたらよいかと考えた結果だという。
 「文庫X」とすることで本来手に取られにくいノンフィクションの作品も読まれるのではないかと長江さんは考えた。
 「常識」からインパクトのある企画は生まれ難いとも書かれているが、この本は「文庫X」にまつわるマーケティング本ではない。

 驚くかもしれないが、この本は生きにくい時代を生きる、サバイバル本でもある。
 長江さん自身、慶応義塾大学に進学するも中退。普通の就活などすることなく書店のアルバイトとして10年ほど過ごし、さわや書店にスカウトされて経歴がある。
 「文庫X」は長江さんにとってはひとつの道標でしかない。
 だから、副題の「「常識」に殺されない生き方」が、この本のことをよく語っているといっていい。
  
(2017/09/22 投稿)

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  今日は
  元伊藤忠商事社長の丹羽宇一郎さんの
  『死ぬほど読書』という本を
  紹介します。
  書評に紹介できなかった
  名言のいくつかを
  書きとめておきます。
  まずは、

    思いもよらない形で好奇心の幅が広がる喜び、
    それを堪能させてくれるのが書店のよさです。


  これなどは書店員さんに忘れないでもらいたい。

    書評は読者にとってあまり参考にならないし、当てにならない。

  読書人ならではの厳しさ。

    考える力は生きていく力に直結します。

    本当の賢者とは、自分の欲望をコントロールできる自制心を持っている人


  この二つはビジネスでも役立ちます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この本で心を潤わせて下さい                   

 良き経営者の多くは、良き読書人であるといっていい。
 伊藤忠商事の社長の時に経済界の注目を浴び、勇退後民間人初の駐中国大使を務めることになった本書の著者丹羽宇一郎氏もそうである。
 実家が本屋だったという丹羽氏は本に関して恵まれた環境で育ったといえるでしょう。
 本を読むことには抵抗がなかったからこそ、「本の時代は復活する」とまで言えるのだと思います。

 何故、丹羽氏は本を読むことを薦めるのか。
 それは、この本の「はじめに」に書かれています。
 自分の軸を持つためには「知」を鍛えるしかなく、それには読書が欠かせないと。
 前段にこうあります。
 「「何でもあり」の世界は一見自由なようですが、自分の軸がなければ、じつはとても不自由です。それは前へ進むための羅針盤や地図がないのと同じだから」と。
 最近流行りの「定年後」がまさにこの「何でもあり」の世界です。
 「定年後」をしっかりと生きるためには、丹羽氏のいう「自分の軸」が必要だし、そのためには読書は必要です。

 この本はタイトルに「読書」と入っていて、本の話とか出版の話と思う人も多いと思います。
 確かに本の関する話もたくさんあって、さすが読書人丹羽氏の本領発揮と感じますが、その一方で働くということ生きるということの心構えを綴ったビジネス書でもあります。
 良き経営者ならではの本の読み方は良き働きかたにつながっているような気がします。

 「楽しいから読む。わくわくするから読む。心が潤うから読む。そういう気持ちで読むから本はいいのです」。
 読書人丹羽宇一郎氏の、極上のひと言です。
  
(2017/09/21 投稿)

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