プレゼント 書評こぼれ話

  正岡子規が生まれたのは
  慶応3年9月13日。
  ただこれは旧暦で
  今の暦に読みかえれば
  1867年10月14日になるそうだ。
  ということで
  今年(2017年)は生誕150年
  ちなみに
  夏目漱石は慶応3年1月5日。
  新暦でいれば1867年2月9日。
  漱石の方が
  少しお兄さんになる。
  そんな正岡子規なので
  関連本の出版も多い。
  森まゆみさんの『子規の音』は
  なかでも読んでおきたい一冊ではないだろうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人は町とともにある                   

 今年(2017年)生誕150年を迎える明治の文学者正岡子規。
 子規研究の本もすでに多く出版されている中、また一冊労作ともいえる本が出た。
 地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し、いわゆる谷根千ブームのきっかけをつくった森まゆみ氏が子規の生涯を丹念に追った子規本である。
 特に子規が東京に出てきてからの日々をその年の順にたどっていくと、森氏の熟知した上野の森の周辺の町が浮かびあがってくる。
 人は町とともにある。
 そう実感できる一冊だ。

 現在も子規庵は鶯谷の一角にある。少し歩けば、子規の俳句にも登場する羽二重団子や笹乃雪がある。
 子規庵の向かいには現在書道博物館があるが、森氏のこの著作によれば子規の時代には八石教会なるものがあったという。
 この教会のことはこの本で初めて知った。
 旧幕時代を支持する人々の集団であったようだが、子規が生きた時代というのはまだあちらこちらに江戸の匂いがただよっていたのだろう。
 そういう時代にあって、新しい時代を見据えていたのが子規ともいえる。

 生誕150年をともに迎える友人夏目漱石との比較を森氏はこう記している。
 「漱石は分析にすぐれ、子規は総合に優れていた」。
 だからこそ、子規が病床であっても「根アカ」であったのもわかるとしている。
 それにしても、子規の人生を考えれば、これだけの業績を残せたのが奇跡のようである。
 もっともだからこそ、こうしていつまでも絶えることなく関連本が出るのだろうが。

 この本の中でも圧巻は、子規が芭蕉の『奥の細道』の跡を訪ねた「はて知らずの記」のあとを、森氏もまた訪ね歩く章だろう。
 時代を超えて感性が交差していくさまの、なんという美しさか。
  
(2017/08/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  図書館にはよく行きます。
  今よく行く図書館は蔵書も多いし
  いい環境であることは間違いありませんが
  もっと工夫をすれば
  さらによくなるのにと思わないでもありません。
  きっと図書館にそんなささやかな不満を
  持っている利用者は
  少なからずいると思います。
  だから、ぜひ図書館で働く人には
  この岡本真さんとふじたまさえさんによる
  『図書館100連発』を
  参考にしてもらいたいと思います。
  きっとそこには
  たくさんのヒントがあると思います。
  この本で私がいいなぁと思ったのは
  福井県鯖江市図書館でされている

    トークイベントで図書館を「知の舞台」に

  です。
  図書館利用カードでの
  近隣ショップの割引なんかもいいですよね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  いいことは共有しよう                   

 会社なんかでよく見かけるが、「提案箱」のようなものを設置し、より売上を伸ばす方法やコストをさげるやり方を募集することがある。
 そうはいってもなかなかうまいアイデアが出るわけではない。
 そういう時には競争相手の事業所などに出向いてアイデアをさがしたりする。
 あるいは、いいアイデアが浮かんでも上司が取り上げてくれなかったりして、やる気がそがれたりする。
 こういったことは営利目的の会社だけに当てはまるわけではない。
 図書館でも、こういうことが日常行われている。
 そして、これは会社と同じだと思うが、案外組織の中にはいってしまえば、自分たちの姿しか見えなくなる。
 反面、利用者は他者との比較を冷静にしているもので、会社であれば売上に直接的に影響してしまうから早めに手が打ちやすい。
 図書館だって同じだと思う。
 貸し出し点数が減ったら大ごとだ。
 利用者が減少したら、大変なのだ。

 本書では全国さまざまな図書館が取り組んでいるちょっとした工夫を紹介している。
 書名にあるように「100」個である。
 小さな取り組みでも100個ともなれば大きなインパクトになるというところから、この書名になったらしいが、確かにここまで集まると圧巻だ。
 こんなにも成功事例が紹介されているのだから、ぜひ各地の図書館に広がって欲しいものだ。
 「あとがき」で著者が図書館内での写真撮影不可のことで苦言を呈している。
 せっかくいい取り組みだから、堂々と写真撮影をオープンにすればいい。
 いいものを共有しないという狭い了見でどうするのだ。
  
(2017/07/14 投稿)

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  最近の村上春樹さんを見ていると
  若い人たちに
  たくさんのメッセージを送り続けているような気がします。
  『職業としての小説家』もそうですが
  川上未映子さんが聞き手で
  村上春樹さんがそれに答える
  インタビュー本の
  この『みみずくは黄昏に飛びたつ』でも
  たくさんメッセージを送ってくれています。
  こういう本を読むと
  やっぱり村上春樹さんっていいなと
  思うわけだし、
  デビュー作から順番に
  もう一度読み直してもいいなと
  思ったりする。
  やれやれ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  『騎士団長殺し』の前にこの本を読んではいけない                   

 村上春樹さんの『騎士団長殺し』に登場する免色という人物を、彼は村上春樹さんが大好きなフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』だとまるでアメリカ大陸を最初に見つけた気分でいたが、きっと誰もが気づいていたのですね。
 川上未映子さんとの対談で、村上春樹さん自身が「これはギャツビーだ」と思ったくらいですから、まあ少なくとも第一発見者は村上春樹さんということになる。
 当たり前だけど。

 この本はそんなふうにびっくりするような作者の本音がたくさん聞ける。
 聞き手は川上未映子さんで、どうも彼女は大の春樹ファンでもあるようで、2015年に村上さんが書いた『職業としての小説家』についてのインタビューが最初となった。
 その部分は、この本の第一章になっている。(私はこの第一章が一番面白かった)
 そのあと、2017年に出た村上さんの『騎士団長殺し』に関して、長時間インタビューが試みられている。
 この本では三つの章に分かれていて、インタビューの日時もそれぞれ違う。
 特に最後の第四章は、「村上さんのご自宅」でのインタビューで、「たくさん絵が掛かっていて、絨毯がどれも素敵」な、それこそ村上さんの秘密基地かギャツビー宅のようにも感じた。
 きっと村上さんなら、そんなことないんだけどと言うだろうけど、そんなことありますよ、きっと。

 『騎士団長殺し』という作品のたくさんの謎がこの対談で明らかにされているが、どちらかといえば、え、本当!? というものばかり。
 だから、絶対にこの本から読んではいけませんよ。
  
(2017/06/14 投稿)

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  私がJPIC読書アドバイザーだということは
  以前書いたことがあると思います。
  そのJPIC読書アドバイザー養成講座の修了生有志による自主運営組織を
  JRAC、ジャラックと呼んでいます。
  今日、その総会が
  埼玉県川口で開催されます。
  養成講座を修了して
  埼玉支部の読書会に参加して
  昨年の秋ぐらいから
  会場の選定とか
  当日のイベントだとかの話し合いにも
  いれてもらって
  いよいよ今日総会を迎えました。
  せっかくなので
  長田弘さんの『本という不思議』を
  蔵出し書評で紹介します。
  本当に本の不思議を感じます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  僕はこのようにして書評を書く                   

  この本には詩人の長田弘さんが書いた、本についての短文がまるで宝石箱のようにつまっています。
 詩人の言葉のひとつひとつが柔らかく、優しく、詩を読んでいるような豊かな時間をくれる。
 こんな本を読んでいると、人生って捨てたものじゃないと思います。

 詩人は書いています。
 「好きな本を贈ることが、心を伝える最良の方法であり、読んだ本について語ることが心を通わす最良の方法であるような時間です」

 本を読むと心が潤います。心がゆったりします。
 そして、そのような幸福を伝えたい気持ちでいっぱいになります。
 私が書評を書いているのは、そんな気持ちからだといえます。
 詩人はこの本の最後にこう書きました。
 読書如何。
  
(2002/07/28 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  村上春樹さんはその小説を
  まだ欠かさずに読んでいる
  私にとって稀有な人です。
  翻訳本も初期の頃は
  ついていけていましたが
  あまりの量に
  とうとうついていけなくなりました。
  一体どれだけ翻訳したのか、
  それをまとめたのが
  今日紹介する
  『村上春樹翻訳(ほとんど)全仕事』。
  最初の頃のレイモンド・カーヴァー本なんか
  懐かしかったな。
  私が好きだったのは
  カポーティの『クリスマスの思い出』かな。

  じゃあ、読もう。


  

sai.wingpen  村上春樹のいる風景                   

 もし村上春樹がいなかったら、私たちはレイモンド・カーヴァーというアメリカの作家の作品を読むことはなかったかもしれない。
 あるいはスコット・フィッツジェラルドという作家の再発見もなかったかもしれないし、サリンジャーもチャンドラーも新しい翻訳でめぐりあうこともなかったのではないか。
 村上春樹が翻訳をしたから彼らを読んだというのは言い過ぎだろうか。

 村上春樹が『風の歌を聴け』で小説家デビューしたのが1979年。随分長い職歴になったものだ。
 しかも副業ともいえる翻訳本も70冊くらいあるというのだから、普通の会社なら上司から嫌味のひとつくらい言われそうだ。
 まあ本業もしっかりしているから嫌味もでないのだろうけど。
 その副業のほうの仕事ぶりを「ほとんど」全部まとめたのがこの本だ。
 最初のカーヴァー本は1983年の『ぼくが電話をかけている場所』で、このタイトルそのものが村上春樹らしい。

 この本では村上春樹の翻訳した本が「ほとんど」紹介されているのに合わせて、同期(会社でいえばちょっと若いのにメチャ優秀な奴)の柴田元幸との対談がいい。
 案外この対談のなかに小説家村上春樹を知るヒントが隠されたりする。
 例えば、「翻訳作業が僕の教室みたいなもの」だったり、「角を曲がると新しい光景が出てきて、それをそのまま描写する」みたいであったり。

 きっと村上春樹にとって翻訳という副業があったからこそ小説家という本業が成功したのだろうな。
  
(2017/05/26 投稿)

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