本 二日続けて
 宮本輝さんのエッセイ集を
 紹介したので、
 今日は2009年9月に書いた「私の好きな作家たち」の
 宮本輝さんのことを書いた
 記事を再録します。
宮本輝
本 宮本輝さんにはまったのは、
 三〇代前半の頃ですね。
 やっぱり、『錦繍』でとりこになりましたね。
 今でも、秋が深まる頃には読みたくなる一冊です。
 書き出しがいい。
 
   前略
   蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと
   再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。

 この『錦繍』は、元夫婦の間でやりとりされる書簡体文学なんですが、
 本当にきれいで、深い、愛の物語です。
 作中に出てくる、

   生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかもしれない。

 なんて、今でもふっとすぐに思い出されます。
 本当にこの『錦繍』は何度読んだことでしょう。

本 もちろん、宮本輝さんの初期の川三部作、
 『泥の川』『蛍川』『道頓堀川』もいいですし、
 『青が散る』『ドナウの旅人』『優駿』の長編もいいし、
 『二十歳の火影』『命の器』といったエッセイ集もいい。
 本当にあの頃は宮本輝さんの本が出るたびに読みふけっていました。
 これほど、いっときにはまった作家も少ないですね。
 たぶん、三〇代の私の心のありようと、
 宮本輝さんの描く作品がうまくあったのでしょうね。

本 そもそも、私がbk1書店というオンライン書店に書評の投稿を始めたときに
 使った「夏の雨」というネームも、以前書きましたが、
 宮本輝さんの『朝の歓び』という長編小説にでてきた一節、

   あなたが春の風のように微笑むならば、
   私は夏の雨となって訪れましょう。

 からとったものです。
 慈愛の風と慈愛の雨。
 この『朝の歓び』が単行本で出たのが1994年ですから、
 本当に私の三〇代は、宮本輝さんの作品にどんなに癒されたことでしょう。

 宮本輝さんの作品のような色合いの物語は、
 人生でたった一度きりの出会いなのかもしれないと思います。

本 それに、宮本輝さんの本の装丁で、
 有元利夫さん(1946-1985)という画家に巡り逢えたのはよかったと思います。
 もし、宮本輝さんの本を読まなかったら、
 有元利夫さんの、深い悲しみをこめたような作品を知ることは
 なかったでしょうね。
 それもありがたい。
 今回掲載した、新潮文庫の『錦繍』のカバーも、
 有元利夫さんの作品です。

本 最近でこそ、あまり宮本輝さんのいい読者ではありませんが、
 この人をはずして、自身のあの頃がないと思うと、
 やはり、大切な作家のひとりです。

 紅葉が織りなす、秋の一冊として、
 『錦繍』はぜひおすすめします。

錦繍 (新潮文庫)錦繍 (新潮文庫)
(1985/05)
宮本 輝

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 その時、私は15歳の高校一年でした。
 それなのに、その日のことは記憶のなかに
 彼が着ていたカーキ色の制服とともに刻まれています。
 三島
 彼、三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で
 衝撃的な割腹自殺をしたのは、
 今からちょうど40年前の今日、11月25日でした。

    今日はここでちょっとCM。
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 三島由紀夫を「私の好きな作家」のひとりにいれるかどうかは
 悩むところですが、
 一時期三島由紀夫は読まないと、と思ったことはあります。
 新潮社からでている三島由紀夫の全集の何冊かを
 漁って読んだこともあります。

 三島由紀夫はあまりにも衝撃的な死で
 私たちの記憶に残りましたが、
 三島由紀夫の文学はもっと純粋なところで
 その頃の私たちを魅了していたのではないでしょうか。
 名作といわれる『金閣寺』、『仮面の告白』、
 たびたび映画化もされた『潮騒』、
 最後の作品となった『豊饒の海』。

 特に『潮騒』は少年から青年一歩手前の私には
 どきどきする物語でした。
 若い主人公たちが焚き火をはさんで裸体をさらす場面を
 少年の私はくいいるように読んだものです。

 三島由紀夫の作品の魅力は
 その技巧のうまさにあるように思います。
 小説とは女子供が読むものかどうかはわかりませんが、
 三島由紀夫はそのことをきちんと理解していたように
 思います。
 だから、物語としてはとても面白く書けています。
 現代の若い書き手は、せめて三島由紀夫ほどの
 面白い物語を描かないといけないのではないでしょうか。

 そんなことを書いていると、
 三島由紀夫の作品を読みたくなってきました。
 あの太宰治に若い三島由紀夫
 「私はあなたが嫌いだ」といったことがあるといいます。
 その時、太宰は照れたように、
 「本当は好きなんですよ」と答えたという
 伝説のような、
 私の記憶ちがいかもしれない、
 逸話があります。

 やはり、三島由紀夫
 「私の好きな作家の一人かもしれません。
 ワープロで初めて読書ノートをつけたのは
 1989年でした。
 もう20年以上も前になります。
 その記念すべき第一冊めが
 よしもとばなな(当時は吉本)さんの『哀しい予感』でした。
 最初にこう書いています。

  1988年の文学界は、春樹・龍の両村上の年だったが
  同時に新人吉本ばななの年でもあったという。

 でも、この時にはあまり好きではなかったように
 書き留めています。
 どうも当時の、30代前半の私には、
 「ばなな」なんてふざけた名前をつけた
 文学かぶれの女の子にしか映らなかったとようです。
 ところが、次に読んだ『TUGUMI(つぐみ)』はこう絶賛しています。

  彼女(よしもとばななのこと)はまちがいなく「学習」して、成長してきた。

 なんと、なまいきな読者でしょうね。 
 しかも、この『TUGUMI(つぐみ)』を私はその年の第二位にあげているんですよね。
 そのコメントを書いておくと、

  89年は、昨年からの<ばなな現象>がそのまま続いた年だった。
  数多の彼女の作品群では、『白河夜船』の完成度が一番だと思うが、
  ここではあえて『TUGUMI(つぐみ)』をあげる。

TUGUMI(つぐみ)TUGUMI(つぐみ)
(1989/03)
吉本 ばなな

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 やれやれ。
 お若いの、おぬし、っていう感じですね。
 ちなみに書いておくと、
 この年の私のベストワンは
 丸谷才一さんの『光る源氏の物語』でした。

 その『白河夜船』の読書ノートには
 作品からこんな文章を書きとめていました。

  まるで祈りのような気分だった。
  -この世にあるすべての眠りが、等しく安らかでありますように。

 そんなよしもとばななさんがずっと好きで
 最近の作品を全部読んでいるわけではないですが
 やはり、いまでも気になる「好きな作家」の一人です。
 明日は、
 よしもとばななさんの新しい本、
 『もしもし下北沢』を紹介します。
 お楽しみに。

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 最近、詩集を何冊か取り上げましたが、
 詩という文芸は、どちらかというと好きです。
 そういえば、「私の好きな作家たち」で
 詩人を書いたことがなかったので、
 今回は、中原中也について書きます。

 中原中也といえば、
 「汚れっちまった悲しみに/今日も小雪の降りかかる」という
 有名な詩がありますが、
 確かこの詩との最初の出会いが、
 「柔道一直線」というスポ根ドラマだったように思います。
 いくつか説明が必要ですが、
 まず、スポ根ドラマというのは、スポーツ根性ドラマの略で、
 この「柔道一直線」は梶原一騎さんが原作の柔道物語。
 漫画が原作で、桜木健一さんが主人公を演じていました。
 問題の中也の詩ですが、主人公のライバルとして登場する
 役名は忘れましたが、近藤正臣さん演じる青年が
 雪のなかでもんもんとする場面で、
 この「 汚れっちまった悲しみに」の詩の朗読がはいるのです。
 かなり記憶があやふやですが。

中原中也 中原中也は写真を見ればわかるように、
 とてもナイーブな感じがあります。
 そして、若くして亡くなっています。(わずか30歳です)
 詩人の繊細さを一身に引き受けた感があります。
 だから、あこがれに近いものを中也にもっていました。

 中原中也といえば、恋人だった長谷川泰子をめぐって、
 あの小林秀男と三角関係になるんですよね。
 それは中也にとってはつらい出来事だったでしょうが、
 後世のものからすると、
 そういう恋愛のごたごたも含めて、
 詩人とはそうあらねばと思いましたね。
 もちろん、そんなことはありませんが。

 でも、私のなかの理想的な詩人として、
 長く中原中也はありました。
 角川書店から出た『中原中也全集』を持っていた時期も
 ありましたが、
 何度かの引越しで処分してしまいました。
 結局、詩人にはなれませんでしたし、
 詩というものからも遠く離れました。

 それでも、
 時に「 汚れっちまった悲しみに/今日も小雪の降りかかる」という一節が
 くちびるからこぼれおちることがあります。
 中原中也は、
 私のなかではいつまでも
 永遠の詩人なのです。

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 ここしばらく、
 第142回の芥川賞の候補作を続けて読んできて、
 そういえば、「私の好きな作家たち」に
 芥川龍之介のこと書いていなかったことに
 気がつきました。

 そこで久しぶりの「私の好きな作家たち」は
龍之介 芥川龍之介
 まずは、左の写真をごらんください。 
 かっこいいですよね。
 今風の言葉でいえば、
 神経質なイケメンというところでしょうか。
 それにすごく知的な感じしますよね。
 私も若い頃は彼に近いくらいに
 痩せてたんですがね。

 文学青年なら一度は龍之介のポーズを
 してみたんじゃないかな。
 次が太宰のポーズ。
 漱石のポーズはしなかったなあ。

 たぶん私が龍之介の作品に初めて接したのは
 小学生の高学年か中学生の頃。
 なぜか家に日本文学全集みたいな本の一冊だけがあって、
 それが「芥川龍之介集」だったように
 おぼろげながら記憶しています。
 それには『蜘蛛の糸』とか『杜子春』とか『』とか載っていて
 挿絵もついていたのではないかしら。
 考えてみたら、それ以降、ほとんどの作品は
 読んでいるんですよね。

 では、龍之介のベストは何かと聞かれてら、
 『トロッコ』とか『蜜柑』あたりかもしれません。
 あるいは『手巾』も好きな作品です。
 晩年の『或阿呆の一生』とか『歯車』よりはずっと好きですね。

 最近の人は芥川龍之介を読むのかな。
 どうも教科書的というか、優等生的すぎて
 敬遠されていはしないか。
 もし、そうだとすれば、やっぱりもったいないですよね。

 ちょっとまた、読みたくなってきました。

 じゃあ、読もう。

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