今日から8月
 子どもたちは夏休みの真っ最中。
 もちろん、大学生も同じで
 それでも大学の構内は
 オープンキャンパスとか構内見学とか
 結構人がいるものです。

    下宿屋の西日の部屋や夏休み     高浜 虚子

 この俳句のような「下宿屋」も
 今では少なくなったのでは。

 そんな夏休み期間中の
 早稲田大学に行ってきました。

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 行ったのは
 大学の構内にある
 演劇博物館

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 ここで「大テレビドラマ博覧会」と「山田太一展」が
 開催されているのです。
 この演劇博物館
 あの村上春樹さんも通ったという
 時代を感じる建物で
 歩くと
 廊下とか階段がギシギシいいます。
 でも、なかなか風情があります。

 まずは「大テレビドラマ博覧会」。

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 案内のチラシに
 「ドラマがテレビの見る夢」とありますが
 ここではテレビ創世記の
 『七人の刑事』とかの台本とか
 当時の映像とかが
 昔のチャンネル付のテレビを使って
 うまく展示されています。
 テレビが庶民の暮らしに入り込んでいったのは
 1960年前後だと思いますが
 こうやって時代順にテレビドラマが並べられると
 自分がいかに
 テレビを見ていたか、
 当時「テレビっ子」という呼び方がありましたが
 まさにそんな風にして
 大きくなったもの。
 ところが
 ある年齢のところから
 ぱったりドラマを見ていないことに
 気づきます。
 ちょうど働きだして
 仕事に追いまくられている頃。
 1990年前後のドラマは
 ほとんど見ていません。

 それが最近の朝ドラでもそうですが
 再び私の「テレビっ子」時代がやってきています。
 ちなみにこの展覧会では
 朝ドラ「カーネーション」で主演をつとめた
 尾野真千子さんの講演や
 脚本家野木亜紀子さんのトークショーもあったようで
 残念ながら
 機会を逸しました。

 これと同時開催されている
 「山田太一展」は
 山田太一さんが早稲田大亜額芸術功労者を受賞され
 それを記念して開催されたもの。

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 山田太一さんは早稲田大学の卒業で
 大学であの寺山修司と知り合い、
 「手あたり次第本を読み本の話ばかりしているような時間」を
 過ごしたそうです。
 いつまでも
 そしてここまでも
 評価される脚本家も
 珍しいのではないでしょうか。

 どちらもいい企画でしたが
 もっと大々的にやってもよかったように
 感じました。
 こんなに面白いのに、惜しい。
 この展覧会、
 8月6日(日)までですから
 興味ある人は急いで、いそいで。
 しかも、
 入場無料ですよ。

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 作家司馬遼太郎さんが72歳で亡くなったのが
 1996年.
 2016年に没後20年を迎え、
 それにちなんで
 司馬遼太郎展
 先日まで横浜そごうで開催されていました。
 題して

    21世紀”未来の街角”で

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 全国巡回の展覧会ですが
 首都圏では横浜のここだけで
 7月9日に終了しました。
 その前日、
 大急ぎで展覧会に駆けつけました。
 
 今回の展覧会のキャッチ・コピーは

    司馬さんにあう。
    本にあう。

 いいでしょ、まったく。

 はいってまず驚いたのは
 1962年6月から1966年5月まで
 産経新聞に連載されていた
 『竜馬がゆく』がずらり。

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 まさに圧巻。
 今回の横浜展では
 先日見つかった
 司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』の自筆原稿も
 展示されていました。

 そこから
 戦国時代の諸々の作品や
 それに関連した初版本や自筆原稿、
 あるいは当時の武将たちの手紙や
 当時の合戦図なども展示されていて
 単に作家の回顧展という以上の
 奥の深い展覧会になっていました。

 戦国のあとは
 幕末と明治。
 坂本竜馬が姉乙女に送った手紙(複製でしたが)があったり
 土方歳三が使った鉢金があったり
 司馬遼太郎さんが創造した世界観と
 実際に存在した事実が
 うまく合わさっていました。

 そして、
 『街道をゆく』の世界です。
 大きな日本地図に
 司馬遼太郎さんが歩いた街道がしるされています。
 司馬さんの文章を支えた
 須田剋太さんや安野光雅さんの挿絵も
 展示されていました。

 最後は
 司馬遼太郎さんが小学6年生たちに残したメッセージ
 「二十一世紀に生きる君たちへ」が
 どーんと大きなパネルで。
 そして、
 その時の司馬遼太郎さんの色鉛筆で
 さまざまに書き、削られ、加筆された
 美しい原稿が。

 司馬遼太郎さんに
 私たちは今生きているこの時代のことを
 どう説明したらいいでしょう。
 政治的な問題、
 地政学的なリスク、
 あるいは天災や戦争、
 司馬遼太郎さんに
 いい時代になりましたよと
 言えるでしょうか。

 展覧会図録を2000円で購入しました。

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 本としては高いですが
 展覧会でしか買えないものだし
 中身もとっても素敵。
 巻末につけられた
 司馬遼太郎さんの文庫本一覧の
 書影を見て
 うっとりしています。

 ちなみにこの展覧会、
 首都圏では終了しましたが
 9月から松山で
 10月から姫路で開催されるそうです。

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 昨日紹介した
 津村節子さんの『時の名残り』というエッセイ集のなかに
 「ひぐらしの里」という文章があります。
 それを読んで
 ハッとさせられました。
 このエッセイには
 津村節子さんの夫吉村昭さんの生前に
 荒川区長であった西川太一郎さんが訪ねてきて
 吉村昭文学館を建てたいと申し出られたことが書かれています。
 その時は吉村昭さんは固辞したそうです。
 その後も西川区長は熱心で、ついに計画が実行されることになります。
 津村節子さんのエッセイから引用します。

   文学に親しみ、文化を育む空間として、図書館、文学館、子ども施設の
   三つの機能を持つ複合施設設立が進められた。資料を整理管理する学芸員の方たちも
   充実している。
   平成29年3月に開館する複合施設「ゆいの森あらかわ」の中の
   「吉村昭記念文学館」となり、
   吉村が愛してやまなかったふるさとに、
   かれは帰ってくるのである。


 この日付に「ハッと」させられたわけです。
 吉村昭さんの文学館ができるって話を耳にしていて
 すっかり忘れていたわけで
 そうか、ついに出来たか、
 ならば行くしかないと
 初夏の陽気のような
 5月12日に行ってきました。

 もよりの駅は
 地下鉄千代田線の「町屋」駅。
 もちろん京成線の「町屋」でも
 都電荒川線でも大丈夫。
 ちょうど都電の線路脇ではバラが見頃を迎えていました。
 そこへ都電がやってきたので、
 思わずパチリ。

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 そこから歩いて10分たらずで
 「ゆいの森あらかわ」に着きます。

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 「ゆい」というのは
 漢字で書くと「」。

   人と人、本と人、地域と人、文化と人が結びつき、…

 と、その名前の由来があります。
 津村節子さんのエッセイにあるように
 ここは荒川区の中央図書館吉村昭記念文学館、それに子どもひろば
 併設されています。
 たまたま裏の方から入ったのですが
 いきなりえほん館
 柳田邦男さんの薦める絵本がずらり。
 荒川区では柳田邦男絵本大賞という企画もしています。
 それに吹き抜けになったホールがあって
 その壁面にも絵本がずらり。
 きっとこういう環境だったら
 子どもたちも本が大好きになるだろうな。

 吉村昭記念文学館
 2階にあります。
 こちらが入り口。

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 常設展示のコーナーでは
 吉村昭さんの足跡を順にたどることができます。
 奥に吉村昭さんの書斎が復元されています。
 奥さんの津村節子さんが書いた「開館に寄せて」という文章に
 この書斎のことも綴られています。

   机は資料を置くために長い板を窓の前に設置したもので、
   その右手脇にカルテ棚を設け、取材ノートや書き上げた原稿を
   納めていた。


 ちなみにこの机の前の椅子には座れますよ。
 気分は
 すっかり吉村昭です。

 吉村昭さんの作品草稿や原稿の復元品もあるのですが
 実に細かい字でびっしり書かれています。
 作家吉村昭さんの真摯な精神に触れる感じです。
 今開館記念企画展として
 「映像化された吉村作品の世界」が展示されています。
 こちらは7月23日までの企画です。
 そうそうこの文学館の入場は無料というのもいいですよね。
 あっぱれ! 荒川区。

 実はこの図書館には
 「現代俳句センター」というコーナーもあって
 現代俳人の句集や結社誌もずらりと並んでいます。
 こういう空間に一日いたら
 どんなに幸せでしょうか。

 今度また行ってみたい
 ゆいの森あらかわでした。

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 漫画家水木しげるさんが亡くなったのが
 2015年11月30日。
 水木しげるさんが93歳の時。
 もし、生きていたらこの3月8日で95歳になられてました。
 その誕生日に合わせて
 東京・松屋銀座で回顧展の決定版ともいえる
 「追悼水木しげる ゲゲゲの人生展」が開催されました。
 いいなぁ、みたいなぁ。
 ということで
 下駄をカランコロンさせて
 銀座まで出かけました。

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 今回の回顧展は6つの章でできていて
 その冒頭が水木しげるさんのへその緒ですから
 びっくりです。
 びっくりするのはまだまだ早い。
 水木しげるさんの子供時代に描いたという絵画のうまさに
 感嘆。
 水木漫画の原点がここにあったんですね。
 つづいては従軍時代。
 出来がわるかった水木しげるさんは南方の戦場に送り込まれて
 九死一生を得たのは有名。
 戦地から両親に宛てた手紙も展示されています。
 次は貧乏時代。
 腐りかけたバナナを食べていたという有名な逸話や
 紙芝居、貸本時代。
 そして、ゲゲゲの鬼太郎の登場で
 水木しげるさんは一躍人気漫画家になります。
 その時水木しげるさんは40代なかば。
 水木しげるさんの代表作のひとつ
 『悪魔くん』は実写版で
 テレビでも放映されていました。
 放映されたのが1966年ですから
 私が11歳の頃。
 水木漫画とともに大きくなりました。
 下の写真は
 私が今愛用している
 鬼太郎のトートバックです。

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 同じ商品が
 グッズコーナーで販売されていました。

 今回の展覧会では
 水木しげるさんの書斎の再現や
 「ゲゲゲの女房武良布枝さんのインタビュー映像など
 ビジュアルでも充実。
 もちろん、
 水木しげるさんの漫画原稿もたくさん。
 何よりも驚いたのは
 子供時代の絵画だけでなく
 通知表や日記、
 あるいはネタ帳といった思い出の品が
 たくさん残っていること。
 きっと奥さんがとっておいたんでしょうね。
 いい奥さんだな、まったく。

 松屋銀座での回顧展は
 3月20日まで。
 そのあと全国をまわるようですので
 お近くの街に来た際にはぜひ。
 ちなみに
 松屋銀座ではその隣で
 「君の名は。」展も開催していて
 こちらには若い人であふれていました。
 でも、やっぱり私は「ゲゲゲ」がいい。
 年季がちがいます。

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 テレビドラマをたくさん見ている方ではないと思いますが
 それでも今は
 NHK朝の連続テレビ小説「べっぴんさん
 NHK大河ドラマ「おんな城主直虎
 NHKの「精霊の守り人」の3本は
 欠かさず見ています。
 さらに、
 かつてNHKで放映されていた「坂の上の雲」も
 毎週DVDで見ています。
 それだけ見れば十分と言われそうですね。

 ドラマを見ていると
 脚本の力もそうですが
 演出だけでなく音楽とか小道具とかいったことも
 大切だとわかります。
 それになんといっても
 役者さん。
 へたな役者さんだと
 せっかくのドラマも生きてきません。
 そんなドラマ作りの妙を
 人気脚本家大石静さんが語ってくれるトークショーに
 3月5日行ってきました。

 東京・有楽町で開催された
 「第11回FRK住まいと暮らしのセミナー」がそれで
 大石静さんのトークショーは
 その第2部として行われました。
 演題は「テレビドラマの作り手として」。

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 このセミナーには
 これで三回目の参加になります。
 前々回が脚本家の中園ミホさん
 前回が林真理子さん。
 そして、今回が脚本家の大石静さん。
 大石静さんといえば
 NHK朝の連続テレビ小説「ふたりっこ」や
 「セカンドバージン」といったドラマを手掛けた脚本家。
 それに
 今回のお話を聞くまで知らなかったのですが
 かつて作家たちに愛された駿台荘の女将に養女のように
 育てられたそうで
 その中で
 人間というのは多面を持った
 立体的なものであるということを
 学んだそうです。

 そんな大石静さんは
 ドラマはみんなの力で作るものだと
 話されていました。
 ここが小説家と脚本家の大きな違いです。
 大石静さんは
 向田邦子さんの辛口のホームドラマがよかったそうで
 映画だったら
 フランソワ・トリュフォーだそうです。

 大石静さんの話を聞いていると
 かつてのモーレツ社員のような印象があって
 「仕事以外に面白いことはない」なんていう言葉を聞いたら
 現代の人たちは非難しそうですが
 私はわかるような気がします。
 きっと
 大石静さんのような人たちが
 向田邦子さんたちがつくった基盤のようなものを
 さらに進化させ
 守ってきたのではないかしらん。

  死ぬまで現役でいたい。

 大石静さんの自信を感じました。

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