プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  今人気の俳人夏井いつきさんと
  その妹のローゼン千津さんの
  『寝る前に読む一句、二句。』を
  紹介します。
  この本にも書かれていますが
  夏井いつきさんの
  いつきは本名。
  漢字で書くと、伊月。
  夏井いつきさんは愛媛県つまりは伊予生まれなので
  この名がついたとか。
  名前について
  夏井いつきさんはこんなことを
  書いています。

    名は体を表す。
    己の名を己で考える事によって、
    己を客観的に見るきっかけになったりもするぞ。

  俳号を考えるのもいいかも。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  いつきを反対から読めばきついになります                   

 最近の夏井いつきさんの人気はすごい。
 本屋さんの俳句本のコーナーには夏井さんの名前がはいって本が並ぶ。
 もしかしたら、今日本で一番有名な俳人かもしれない。
 夏井さんの名前を一躍有名にしたのがTBS系で放映している「プレバト!!」という番組内での俳句コーナーの辛口添削。
 辛口なのだが、さすがにマトを得ていて、誰もが納得、誰もが俳句やってみるかと思ってしまう。
 そんな夏井さんが実の妹であるローゼン千津さんと言いたい放題の俳句ばなし。と言いたいところだが、やはり夏井さんだけあって、言いたい放題の家族の話、姉妹の話、あれやこれや。
 それに負けていないのがローゼン千津さん。アメリカ人のチェリストと結婚したつわもの。
 この姉にしてこの妹あり。

 あげられている俳句は作者は有名ながらあまり耳にはしないものが多い。その分、二人の話に自由度が出ているともいえる。
 例えば松根東洋城の「いつくしめば叱るときける寒さかな」では、夏井さん教師時代(夏井さんは8年間中学校で国語を教えていて、一大決心して俳人になることを決意したそうです)の苦悩? な日々が語られたりしている。
 言いたい放題に見えるが、「もろもろを俳句にして吐き出す事で、心のバランスを取ってる」というぐらいだから、結構繊細なのである、夏井さんは。

 そんな姉妹言いたい放題の本ながら、夏井さんはしばしば「季語が動いていない」という表現をしている。どんな季語でもはまるようであれば、いい句とは言い難い。
 さすが夏井先生の指摘はここでも的確でした。
  
(2018/04/18 投稿)

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  俳句の本が続いたので
  今日も正岡子規について。
  このブログはさまざまなジャンルの本を
  紹介していますが
  正岡子規の本についても
  すでにたくさん紹介してきました。
  実は昨日紹介した『子規に学ぶ俳句365日』も
  単行本で読んでいたのを
  忘れていたくらいで
  読み終わってから気がつきました。
  やれやれ。
  そうして調べると
  たくさん正岡子規の本を
  読んでいました。
  今回はその中から
  坪内稔典さんの『正岡子規 言葉と生きる』を
  再録書評で紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  横丁で遊ぶ子供のように                   

 司馬遼太郎さんは正岡子規の文章について「呼吸の温かみのあるふだんの声で、しかもただの世事や、ほのかな心境が語られている」と、「言語についての感想」というエッセイのなかに書いています。
 その文章にはつづきがあって、「子規は、横丁で遊ぶ子供のように、仲間をあつめてその共有化のためにささやかな文章改革運動をさえおこした」と記しています。
 こうして私たちが日常何気なくなく使っている文章の端は正岡子規という、わずか34年の短い人生であった、明治人によって生み出されたともいえるのです。

 坪内稔典さんのこの本は「言葉と共に生きた」正岡子規の生涯を言葉という点に焦点をあてたものです。
 子規の短い人生ながら、「少年時代」「学生時代」「記者時代」「病床時代」「仰臥時代」と分け、それぞれの子規の思いを時々の文章とともに写し取っていく方法がとられています。
 少年時代の子規は弱虫で、凧をあげたことさえなかったといいます。それほどの弱虫は大抵苛められるものですが、子規は「言葉による表現活動」で多くの仲間を集めます。そのことは、子規の生涯続きました。
 このエピソードは、漫画の神様といわれた手塚治虫を想起させます。手塚もまた少年時代弱虫でした。しかし、子規と同じように手塚も「漫画による表現活動」で人気者となります。
 言葉であれ漫画であれ、表現することで少年たちの空想の世界を大きく開いたにちがいありません。

 坪内さんは子規の最後の場面に注目しています。それは子規の弟分であった碧梧桐と虚子が書きとめた、子規の母親の言葉です。
 死んでいった子規の骸に「サア、も一遍痛いというてお見」という「母の言葉が最後の最後に子規の言葉と響き合った」と書いています。坪内さんの感傷に近い文章ながら、子規がめざした文章改革がここに極まったと思わせるいい文章です。
 正岡子規は「言葉と関わることで」育ち、そして病床にあって「書くことでその状況を離れて」いきます。そういう生き方そのものが、正岡子規という明治の人をいつまでも愛してやまない人にしているのではないかと思います。
  
(2011/02/07 投稿)

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  今日は春分の日
  昨日正岡子規

    毎年よ彼岸の入に寒いのは

  という俳句を紹介しましたが
  確かにこの句には前書があって
  「母の詞(ことば)自ら句になりて」と
  あるそうです。
  そのことは
  今日紹介する
  『週刊俳句』編の『子規に学ぶ俳句365日』に
  載っています。
  永六輔さんも
  たくさんの俳句を詠んでいましたが
  正岡子規はそれ以上。
  詠んで
  詠んで
  だからこそ名句が残せたんでしょうね。
  この本は単行本で
  2012年2月に読んでいます。
  だから、これは再読です、文庫本ですが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  正岡子規の俳句を堪能する                   

 プロの写真家の撮影風景を見ていると、何度もシャッターを押していることに気づかされる。同じ被写体でありながら、シャッターを押すことをためらわない。
 その点、素人の私たちはたった一度シャッターを押して、それでいい写真を撮ろうというのだから、どちらがプロなのかわかりはしない。
 フィルムの時代であればシャターを押すことでフィルムを無駄にすることもあったが、今はデジカメ、スマホカメラの時代である。
 プロ並みにシャッターを押すことはできる。
 そこからこれはという一枚が生まれるのではないか。

 俳句もよく似ているかもしれない。
 近代俳句の先駆者である正岡子規はその生涯がわずか34年ということもあって、俳句に携わった期間はわずか15年あまりだという。
 それでいて子規が詠んだ俳句は二万句にのぼるという。
 まさに子規はシャッター押しの名人だったことがわかる。
 その中から、タイトルのとおり365の俳句を関係するであろう日付で並べたのが本作品である。
 子規の句に若手俳人9人が短評をつけているので、単に俳句鑑賞だけでなく、子規の人生や子規の人間関係までもうっすらとわかる構成になっている。

 例えば子規が亡くなった9月19日にはもちろん子規絶筆のひとつ、「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」が挙げられているが、残りの二つの句もこの短評のなかにしっかり載っている。だから、実際には365句以上の子規の俳句がこの作品には収められていることになる。
 それでも、子規が詠んだ俳句は膨大である。
 だから、子規は俳人になれたのではないか。
  
(2018/03/21 投稿)

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  俳句の世界では
  単に「彼岸」といえば、
  まさに今この時期の春の彼岸のことをいいます。
  なので、秋の時は
  わざわざ「秋彼岸」と詠まないといけません。

    毎年よ彼岸の入に寒いのは    正岡 子規

  彼岸といえば
  この句が浮かびますが
  正岡子規の母の言葉でしょうか、
  なにげない言葉を見事に俳句として詠み込んだところに
  この句のすごさがあります。
  彼岸に入ったので
  永六輔さんの句集
  『六輔五・七・五』を
  紹介しましょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  これは永六輔さんの俳句集です                   

 永六輔さんが亡くなったのが、平成28年七月七日。
 さすが六輔さんだけあって、亡くなる日にも数字にこだわったか。
 そんな六輔さんが「五・七・五」といえば、俳句のこと。
 「俳句を詠まなければどんなに楽しい会だろうか」と同じ句友であった柳家小三治がいったという「東京やなぎ句会」が始まったのが、昭和44年(1969年)。
 当時の主なメンバーは江國滋、小沢昭一、桂米朝、加藤武と多士済々。
 このあと、「話の特集句会」にも参加するようになったというので、六輔さんののめり込み度がわかるというもの。

 何しろ六輔さんにいわせると、俳句のせいで作詞家までやめてしまったのだから、でもこれは本当かしら、俳人にもなろうとしたわけではないだろうに。
 なにしろ、最初に詠んだ句が「煮凝をいれてみようと姫初め」と「元旦に別ればなしの老夫婦」というのだから、どこまで本気であったのか。
 特に最初の句はいけない。
 それは六輔さんもそう反省していたようで、この本に収まっているエッセイでもこの句を消してしまいたいと嘆いている。

 ところが、六輔さんの生涯に詠んだ俳句の中から二千句あまりが選ばれて岩波書店というりっぱな出版社から出たこの俳句集でも、その冒頭がこの二句なのだから、もう消しようがない。
 しかし、これはこれで、こんなところからスタートして、六輔さんの俳句が年を経るごとにうまくなっていくのは、読めばよくわかる。
 俳句とは詠んでいるうちにその口あたりが俳諧仕様にもなるようだ。
 だとしたら、先の二句もあっぱれな句といえるかもしれない。
  
(2018/03/20 投稿)

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  いよいよ今日
  平昌冬季五輪が開幕します。
  オリンピックといえば
  誰もが金メダルを期待してしまいますが
  感動をくれれば
  それでいい。
  思い出に残る冬季五輪といえば
  私は1972年の札幌五輪ですね。
  トワエモアが唄った
  「虹と雪のバラード」は
  今でも歌えるのではないかしら。
  そういう記憶に残る
  五輪になればいい。
  今日は
  茨木のり子さんの詩集
  『倚りかからず』を紹介します。
  この詩集、何度読むことになるのかな。

  じゃあ。読もう。

  

sai.wingpen  新しい朝に詩を読む                   

 ドキュメンタリー映画「人生フルーツ」に感銘し、映画でその暮らしぶりを映し出されていたつばた修一さんと英子さん夫婦の本まで手にした。
 その中の一冊、『ききがたり ときをためる暮らし』を読んでいて、「倚りかからずに生きたい」と修一さんと英子さんが話しているという話が出てくる箇所がある。
 二人の生活は互いに「倚りかからず」ではないにしろ、この夫婦をひとつのかたまりだと考えれば、やはり「倚りかからず」生きていると思えてくる。
 もしかしたら、詩人茨木のり子さんが「倚りかからず」と書いたのは、できあいの「思想」とか「宗教」とか「学問」といった堅苦しいものではなく、もっとシンプルでわかりやすい、例えばつばたさん夫妻のような、暮らしぶりのことであったのかもしれない。

 茨木のり子さんのこの詩をもって、「精神の背骨が、ぴんと伸びている」と朝日新聞の「天声人語」に書いたのは栗田亘さん。
 1999年10月16日の朝の新聞だった。
 そのせいもあるだろうが、茨木のり子さんのこの詩集は大ヒットした。
 しかし、記事を書いた栗田さんは、やはり茨木のり子さんの言葉の力があればこその大ヒットだという。
 その詩集を手にすると、あまりにも有名になった「倚りかからず」だけでなく、心に反響するいい詩を発見するだろう。
 私は「木は旅が好き」や「店の名」、あるいは「水の星」が好きだ。

 特に「水の星」。
 その星に、茨木のり子さんのような人やつばたさん夫妻のような人たちがいる。
 「倚りかからず」に、背骨をぴんと伸ばして。
  
(2018/02/09 投稿)

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