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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は彼岸の入り
  となれば、
  いつも頭に浮かぶのがこの俳句。

     毎年よ彼岸の入に寒いのは      正岡 子規

  母親がそうつぶやくのを
  詠んだというこの正岡子規の俳句こそ
  俳句という文芸が広く
  愛されている理由だと思います。
  すっと詠める、
  それでいて心に残る。
  こんな文芸は類まれです。
  そこで今日は俳句の本、
  長嶋有さんの
  『俳句は入門できる』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  俳句の世界は一つではない                   

 この本の著者長嶋有さんは2002年に『猛スピードで母は』で第126回芥川賞を受賞した、れっきとした小説家だ。
 その一方で、ブルボン小林という名前で漫画評論も手がける、マルチな才能をもった人でもある。
 さらには俳人という肩書も持つ。
 何をもってすれば「俳人」と名乗れるのか、少なくとも長嶋さんの場合句集も出しているし、俳句同人も立ち上げているから、その肩書は詐称ではあるまい。
 しかも、2019年の「NHK俳句」の第2週めの選者を務めたぐらいだから、俳句評論あるいは俳句エッセイともとれるこの本を執筆してもおかしくはない。

 当初長嶋さんの「NHK俳句」はとても楽しみだった。
 というのも、従来の俳句の型にはまったような世界観からはみ出している発言、そしてこの本でもそうなのだが、は面白い鑑賞法だったし、詠み方だと感じたからだ。
 それは今も変わらないし、おそらく長嶋さんのような俳句の接し方は有りだと思う。
 けれど、長嶋さんの回で司会を務めていた岸本葉子さんが最後まで何か違和感を感じるような困惑した表情を消せなかったように、その他の選者である宇多喜代子さんや井上弘美さんの鑑賞の仕方の方が落ち着いてしまうのはどうしてだろう。

 俳句は季語や定型やさまざまな制約を持つ文芸である。
 その制約を破ろうとする人たちが出てくるのは仕方がないし、それでいいと思う。
 しかし、制約があるからこそ俳句を面白いともいえる。
 長嶋さんの俳句はちょっと線を越えたところにある。
 それをどう味わうか、人それぞれだろう。
  
(2020/03/17 投稿)

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  今日は二十四節気の一つ、
  啓蟄
  暖かくなって
  冬眠していた虫たちが出てくる頃。

     啓蟄や鞄の中の電子音      長嶺 千晶

  今年は
  穴から出た虫たちも
  地上の感染病に
  また土の中に戻りたいかもしれません。
  そうはいっても
  春のいい季語。
  俳句気分になったところで
  今日は
  堀本祐樹さんとねこまきさんの
  『ねこのほそみち』を
  紹介します。
  ちょっと前に紹介した
  『ねこもかぞく』より前に出た
  本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「猫の恋」という春の季語が好き                   

 猫派? 犬派? とはよく聞かれる質問だ。
 どちらも苦手だ。吠える(猫は鳴くだが)し、噛む、引っ搔くというのは苦手だ。
 それでもかつて犬を飼ったことがあるのは、昭和の頃はテレビなどで犬が主人公のドラマをしていたせいかもしれない。
 最近は猫の勢力も増しているように感じるが、どうだろう。

 気鋭の俳人堀本祐樹さんが猫を詠んだ俳句を選び、それに短い解説とかエッセイを書く。同時に夫婦ユニットのイラストレーターねこまきさんがその俳句に誘発された漫画を描く。
 その数88句。
 タイトルの『ねこのほそみち』はもちろん俳聖松尾芭蕉の『奥の細道』からもらったものだろうが、芭蕉の句は入っていない。
 俳句の大衆化ともいえる小林一茶から「猫の飯相伴するや雀の子」など3句が採られているが、猫もそのあたりから大衆に愛されていったのだろうか。

 残念ながらこの本には採用されていないが、猫といえば夏目漱石も忘れてはいけない。
 正岡子規と交友を結んで数多くの俳句も残した漱石だから猫の句もある。
 「時雨るゝや泥猫眠る経の上」。
 漱石の俳句の先生でもあった正岡子規は2句載っている。

 猫好きの俳人が多いというよりも猫好きの人が増えたことで俳句に詠まれることも多くなったということだと思う。
 そんな句を鑑賞する上で、「読み手の気持ち一つで、俳句は色合いを変える」という堀本さんの言葉が感銘を呼ぶ。
  
(2020/03/05 投稿)

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  先日藤沢周平さんの
  『一茶』という小説を読みましたが
  これは読み応え十分の長編小説でした。
  小林一茶の人生は
  なかなか複雑ですから
  藤沢周平さんが長編にしたのも
  わかります。
  その一方で
  大岡信さんは「折々のうた」の
  解説文わずか180文字で
  小林一茶の略歴をしるされています。
  長谷川櫂さんの選による
  『大岡信「折々のうた」選 俳句(二)』の

    瘠蛙まけるな一茶是に有     小林 一茶

  につけられた解説文が
  絶品です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  近代大衆俳句は一茶から                   

 詩人の大岡信さんが「朝日新聞」朝刊一面に詩歌のコラム「折々のうた」を掲載したのは1979年から2007年、途中に休載した時期もあったが、その連載は6762回に及ぶ。
 新聞連載に際しての大岡さんの思いなどは岩波新書版の『折々のうた』第1巻の「あとがき」に詳しく書かれている。その中で「採りあげる作品を短歌、俳句に限らない」ということを条件にしたとある。
 大岡さんは「和歌も漢詩も、歌謡も俳諧も、今日の詩歌も、ひっくるめてわれわれの詩」と考えておられたようだ。
 なので、連載時は昨日は和歌の紹介であっても次の日は俳句、その次は狂歌みたいなつながりとなっていた。

 今回の「選」集では、俳句で2巻、短歌で2巻、そして詩と歌謡で1巻の、全5巻となっている。
 俳句「選」集は俳人の長谷川櫂氏の編集で、この巻が2巻めである。
 長谷川氏は2巻に編むに際して、第1巻めを芭蕉・蕪村までの「古典主義俳句」とし、第2巻めは小林一茶から始まる「近代大衆俳句」としている。
 あえて明治期の正岡子規から近代としなかった理由については巻末の長谷川氏のエッセイに詳しい。
 つまり、俳句の大衆化(=近代化)はすでに江戸時代後半に始まっていて、古典など知らない庶民も俳句をつくるようになっていたという。
 明治期になって子規や虚子の活躍により、それは一層明確になっていく。
 俳句の隆盛は現在まで続いているが、もちろんこの「選」集のもとは大岡さんの「折々のうた」であるから、最近の若い俳人の句は、残念ながら載っていない。
  
(2020/02/27 投稿)

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  今日は
  二十四節気のひとつ、雨水。
  「歳時記」によれば
  「降る雪が雨に変わり、積もった雪や氷が解けて水になるとの意」と
  書かれています。

    金色に竹の枯れたる雨水かな      津川 絵里子

  今日は
  ちょっと変わった俳句の本を
  紹介します。
  堀本裕樹さんとねこまきさんのコラボ
  『ほんのり俳句コミック ねこもかぞく』。
  俳句コミックとありますが
  漫画本ではありません。
  漫画も半分ありますが。
  こんな風に
  俳句を楽しむことができるのですね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  俳句もここではおもちゃみたい                   

 この本の著者堀本祐樹さんは1974年生まれの気鋭の俳人だ。
 「NHK俳句」の選者でもあるし、芥川賞作家又吉直樹さんと『芸人と俳人』という共著を出したり、若い読者に向けた『俳句の図書室』という本も書いている。
 この本では「ほんのり俳句コミック」とあるように、見開きのページの半分、この本でいえば右のページが堀本さんが選んだ俳句とその俳句から浮かんだエッセイやショートストーリー、左のページに夫婦ユニットであるイラストレーター「ねこまき」さんが描く漫画が載っている。
 俳句と漫画、ましてや猫の漫画という組み合わせのユニークなこと。
 でも、こういう組み合わせが俳句の面白さを若い読者にまで広げる活動になるのだと思う。

 しかも、この本の中で堀本さんが選んだ俳句のテーマが「家族」。
 「朝ざくら家族の数の卵割り」(片山由美子)といったようにはっきりと家族を詠み込んだ句もあれば、「海を向くベンチの上の雪だるま」(松尾隆信)といった句のように一見家族と関係なさそうな句もある。
 ただこの句の場合もそうだが、堀本さんは「よくよく読んでみると、家族の姿が浮かんでくる句」を採り上げたそうだ。
 そして、これらの句に付けられた堀本さんの文章が面白い。
 真面目な解説なような文もあるが、採用句に関係したショートコントが傑作だ。
 さすが和歌山県の出身というだけあって、関西系の笑いがお好きなようだ。

 もちろん「ねこまき」さんの漫画も面白いから、この本はいろんな要素が詰まり過ぎて、まるでおもちゃ箱みたいな一冊だ。
  
(2020/02/19 投稿)

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  今日は二十四節気のひとつ、
  立春

    川下へ光る川面や春立ちぬ     高浜 年尾

  暦の上では今日から春。
  なので、「歳時記」も「春の部」に
  置き換えましょう。
  せっかくなので
  今日は長谷川櫂さん監修の
  『大人も読みたいこども歳時記』を
  再読書評で。
  といっても、
  今回の書評は2014年6月21日に書いた書評の
  春バージョンで
  先の書評を少し書き直しただけのものにしました。
  興味のある方は
  2014年の記事と比べてみて下さい。

  じゃあ、読もう。 

  

sai.wingpen  子供たちに何をのこしてあげられるだろう                   

 今年の冬はまれにみる暖冬で、例年であれば立春の頃はまだ寒くて、「暦の上では春ですが、まだまだ寒い日が」なんてよく言っていたものだが、今年はどうも暦どおりに春が来そうだ。
 元来この国の四季は、もっと優しかったはずなのに。
 優しい季節に育まれて、山の緑が映え、川のせせらぎが癒し、波の音が胸にしみた。動物たちは命をつなぎ、植物は四季折々に色をそえてきた。
 そこで生きる私たちもそんな優しい四季に寄り添うような営みを続けてきたのだ。
 多分、「歳時記」は俳句の世界だけでなく、そんな私たちが生み出した叡智だと思う。
 私たちの先人がこしらえてきた豊かな四季を終わらせてはならない。
 子どもたちへ、それに続くものたちに、この優しい四季をつなげていかなければいけないのだ。

 この本は「歳時記」を小学生や中学生にも使いやすいように編集したもの。
 見出し季語あるいは傍題季語が並んでいるのは普通の「歳時記」と同じで、「歳時記」と同じように例句もついている。
 「こども歳時記」であるから、例句にも小学生や中学生が詠んだ句も収められているが、有名な俳人たちの句もあって、鑑賞にも十分耐えられるようになっている。
 例えば、「春来る」という春の季語の例句は中学3年生の佐々木さんの「靴紐を結びなおして春来たる」もあったり、松尾芭蕉の「春たちてまだ九日の野山かな」であったりする。

 俳聖松尾芭蕉と無名の少女の句を並べてみたが、読者にはどう響いただろうか。
 さすがは芭蕉、と感じた読者もいるだろうが、佐々木さんの俳句だって負けてはいないと私は思った。
 この本の監修をした俳人の長谷川櫂氏は子どもの俳句には二つの資質が必要だと書いている。
 ひとつが子どもにしか作れない俳句であること、もうひとつが大人の鑑賞にも堪えるものであることだという。
 佐々木さんの俳句にはその二つもがあるし、芭蕉の俳句も新鮮な気分が込められているのが少年のように初々しい。
 
 「歳時記」を開くことで自然の豊かさを味わう、そのことでこの地球の未来を考えてもらえたらうれしい。

 表紙絵は安西水丸氏の作品。
 安西氏の絵もまた生き生きとした子どもの目を感じる。 
  
(2020/02/04 投稿)

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