プレゼント 書評こぼれ話

  楠木新さんの
  『定年後』という本を読んで
  色々考えさせられることが多いのですが
  今日紹介する
  金子みすゞの『わたしと小鳥とすずと』も
  そういうことでは
  定年後の私たちのことを
  詠った童謡だとも言えます。
  定年後の過ごし方など
  金子みすゞがいうように
  「みんなちがって、みんないい。」のです。
  答えなんかはどこにもない。
  定年後をいかに生きるかということこそ
  その答えになるのだと思います。
  たまには
  金子みすゞなんかを朗読してみる
  定年後の生活であってもいいのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  みんなちがって、みんないい。                   

 金子みすゞは明治36年に生まれ、昭和5年、26歳の若さで自死した童謡詩人です。
 その悲劇性と詩の清らかさが相まって、度々ドラマ化されるほど人気がありました。特に2011年3月11日の東日本大震災のあと、何度も繰り返しテレビで流された「こだまでしょうか」は、私の心を祈りの感情で満たしました。

 どうして金子みすゞは自死したのでしょう。
 それにはきっと様々な理由が重なったと思います。一説には不仲(のちに離婚)だった夫との確執がいわれていますが、本当のことは誰にもわからないでしょう。
 誰にもわからないから、金子みすゞはどんどん作られていったのだと思います。
 もし、私たちにできるとすれば、彼女がうたった童謡を私たちがどう感じ、どう思うかということだけなのではないでしょうか。

 「赤信号みんなで渡れば怖くない」、昔流行ったギャグですが、私たち日本人の性格をよく言い表しています。
 集団心理というのでしょうか、みんなと同じであれば安心だし、みんなと違えばどことなく不安。できればみんなと同じようでありたい。
 けれど、明治生まれの金子みすゞはそうではなかった。
 表題詩でもある「わたしと小鳥とすずと」の最後のくだりでこう書きます。
 「みんなちがって、みんないい。」と。
 柔らかな童謡で、生きる上でとっても大事なことがさらっとうたわれていることに今さらながら驚きます。
 金子みすゞのこの一言が、彼女の生涯も、彼女が伝えたかったメッセージも、すべて含んでいるように思えます。
  
(2017/06/17 投稿)

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  世の中には
  色々なコンテストがあって
  「公募ガイド」といった雑誌まで
  出ているくらい。
  たくさんあるコンテストの中でも
  川柳の募集が割と多い。
  私も挑戦してみたいのですが
  ちっともいい川柳が
  浮かんでこない。
  笑いは嫌いではないが
  どうしたものだろう。
  そこで手にしたのが
  上野貴子さんと江畑哲男さんが監修した
  『はじめての五七五 俳句・川柳』。
  でも、やっぱり頭の中には
  笑いが浮かんでこない。
  真面目すぎるのも考えものだ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この本読んでサラリーマン川柳に応募しよう                   

 サラリーマン川柳が今年(2017年)30回を迎えたそうだ。
 その応募句数は5万を超えるというから、その人気の程がわかる。
 毎年その入選句を見て思うのだが、実に鋭い。その年の世相なりが見事に反映されている。ちなみに30回めの入選作でいえば、映画が大ヒットした「君の名は。」をもじった句が多い。
 それがコツなのだろうが、作句となると難しい。

 この本は川柳だけの入門書ではない。
 俳句と川柳を並べてみて、その魅力と違いを教えてくれるというものだが、それぞれ監修者がいるせいか、微妙に本づくりに相違が出てしまっている。
 顕著な例でいえば、川柳の方は例句に作者名の表記があるが、俳句の方はそれがない。ここはやはり作者名を載せるべきだ。
 では、何故俳句の方には作者名が載っていないかというと、添削を試みているせいではないだろうか。
 原句に朱をいれて、添削後の句を載せると変化がわかりやすいことはわかるが、どうも俳句の部で引用された句は切り口が鈍い。
 せっかくの入門書なのだから、本物を読ませないといけないのではないだろうか。

 その点川柳の部の方がうまくまとまっている。
 しかし、この本を読んだからといって川柳が詠めるかといえば違うような気がする。
 本書の中で川柳の作句の技術として「うがち」が重要と書かれているが、まさに読み手が「ハッ」とするそんな視点をどう持つかが大事なのだろう。
 映画のタイトルだけで句が浮かんでくる、そんな風にならないものか。
  
(2017/06/09 投稿)

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  先週5日に立夏を迎え
  そばに置いている歳時記
  夏の部に変えました。
  立夏といえば
  西東三鬼の有名な俳句があります。

     おそるべき君等の乳房夏来る      西東 三鬼

  とても印象的な俳句です。
  次の句はよく似ていますが
  さすが女性俳人、やわらかい一句です。

     いち早く少女等に夏来りけり      今井 千鶴子

  私も詠んでみたいところですが
  なんだか品格をそこねそうなので
  遠慮しておきます。
  今日は
  井上泰至さん編の『俳句のルール』。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「かわいそうなほど小さい器の詩」を学ぶ人のために                   

 テレビ「プレバト!!」で辛口俳句の先生夏井いつきの人気は高い。
 あの番組を見た人たちは異口同音に「面白い」というが、俳人仲間ではどうなのだろうか。
 気になったのは、俳句のルールをやさしく説明したこの本の中に「テレビ番組などでも俳句のセンセーがタレントの作った句について批評し」と記述があって、あえて「センセー」と書いた書き手の意図が理解できなかったりする。
 あの番組から俳句人口が増えるのはいいことだと思うのだが。

 そういうちょっとしたことはあっても、この本だって負けてはいない。
 俳句をやってみようという人には入門書的にちょうどいい内容である。
 ルールは10。
 おなじみ「季語」から始まって、「定型・字余り」「省略・連想」「切字・切れ」あたりが俳句特有のルールだろうか。
 「句会」「文語と口語」「滑稽・ユーモア」「写生と月並」「無季・自由律」と続いて、最後が「国際俳句」となる。
 最後の「国際俳句」がルールかどうかはともかく、全方位的に網羅されている。

 しかもこの本では「高校の教科書に載っている作品」が中心になっていて、どうもそのあたりは高校の国語の先生あたりをターゲットにしているのかとも思えるが、一般の、それも夏井いつきの番組を見て俳句をやってみようかと思っている人にはぴったりの本だろう。
 ルール毎に執筆者はちがう。
 編纂に携わった井上泰至は「季語」も担当。
 その中の「俳句は和歌よりいっそう短い、かわいそうなほど小さい器の詩」という文章に、感銘を受けた。
  
(2017/05/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  これまでにたくさんの本を買って
  たくさんの本を売ったり
  なくしたりしてきました。
  住居スペースの問題もありますから
  仕方がありません。
  それでもちゃんと残った本がたくさんあります。
  時々それらの本を眺めながら思うことは
  この本をもう一度読むことは
  あるのだろうかということです。
  そんなこと思うこと
  ありませんか。
  大岡信さんの『折々のうた』シリーズも
  私の蔵書に残ったもの。
  今回再読しようと考えたきっかけは
  書評に書いた通り
  大岡信さんの逝去ですが
  これをはじめにして
  シリーズを順番に読んでいこうと
  思っています。
  ちなみにこの巻で心に残った短詩は

    天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ     柿本人麻呂歌集

  「月の船星の林」、いい日本語じゃないですか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「言葉の宝庫」を堪能しよう                   

 久方ぶりに本棚から引っ張りだして読んでみるきっかけは、著者の大岡信さんの逝去だった。
 著者の死が再読のきっかけなど不謹慎と言われればその通りなのだが、本を開くきっかけはそういうことも必要かもしれない。
 特にこの本のように朝日新聞に連載が始まったのが1979年1月、岩波新書として一年分の記事がまとまった1980年3月、それから余りにも長い歳月が過ぎて、そういう本を手にとるきっかけとなれば、著者の死でもあっても仕方がない。
 どころか、どういうきっかけであれ若い人にはこの本を読んでもらいたいものだ。

 大岡信さんにはこの本を若い人々に読んでもらいたいという思いがそもそもあって、だから手軽な新書として刊行することを希望したと、「あとがき」に記されている。
 この「あとがき」であるが、ここから続くどの巻でもこの「あとがき」の文章がよくて、ぜひ味わってもらいたい。
 特にシリーズ最初のこの巻では新聞連載と新書版との文字数の違い(ちなみに書いておくと新書版は新聞より30文字多い210字らしい)や、大岡さんがこの連載で試みたこと(これもちなみに書いておくと、「日本詩歌の常識」づくり、とある。これはどういう「常識」かというと、「和歌も漢詩も、歌謡も俳諧も、今日の詩歌も、ひっくるめてわれわれの詩、万人に開かれた言葉の宝庫」であるという常識を、明らかにすることだと読めます)などが記されています。

 著者の死が大きなニュースになって、その功績も語られて、この連載や本が出版された時にはまだ親の世代も若かっただろう、今の若い人たちにもぜひ「言葉の宝庫」を楽しんでもらいたい。
  
(2017/05/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昭和の日
  私達のような昭和世代でいえば
  昭和天皇誕生日の祝日。
  今日から何連休だろうと
  指折っている人もいるでしょうが
  ゴールデンウィークのはじまりです。
  まあ遠出はできなくても
  弁当持って
  近くの公園に出かけるのもいいではないか。
  そんなささやかな幸せの単位のような
  家族も
  いいですよね。
  この季節、そんな瑞々しい
  若い家族が似合います。
  そんな人たちにも読んでもらいたい歌集めいた一冊を
  今日は紹介しましょう。
  河野裕子さんと永田和宏さんが編んだ
  『たとへば君 四十年の恋歌』。
  歌でも詠み合ってみるのも
  いいではないか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  うたに抱かれて                   

 人がその姿かたち、性格とさまざまであるように、家族のありようもさまざまだ。
 昭和と呼ばれた時代の家族像と平成のそれでも違うだろう。
 それでも、家族は生活のひとつの単位ではある。
 そのもとになるのが夫婦だろう。
 大学の時の出会いから伴侶のガン死まで四十年にわたる夫婦が残してきたもの。
 それは夥しい数の歌であった。
 特異ではあるが、それもまたひとつの夫婦像、家族像なのだ。

 本書は、2010年8月に乳がんで亡くなった歌人河野(かわの)裕子とその夫である同じく歌人永田和宏の、その出会いから別れまでの長い期間に互いに詠み合った相聞歌ともいえる短歌の数々と、二人のその時々のエッセイを抜粋して出来上がっている。
 タイトルにもなっている「たとへば君」は、まさに二人の出会いの頃に河野が詠んだこんな歌からとられている。
 「たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてくれぬか」。

 そういう若い愛を詠んだ歌を好きな読者もあるだろうが、やはり私は河野の短歌の代名詞ともいえる、家族を詠ったそれの方が好きだ。
 「たつたこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる」。
 この歌のあとに、「これからも私は、たったこれだけの家族にかかずらわって歌を作ってゆく」、河野のこんな文章を添えて、エッセイも残している。 

 それでいて、河野は療養中何度も狂気のふちを歩くことになる。
 家族はそんな妻をそんな母を受け入れるしかない。
 そういう凄惨な事実を家族という殻で包み込むのもまた、家族なのだ。
 河野はそれさえもすべてわかって、この世を旅立ったにちがいない。
  
(2017/04/29 投稿)

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