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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日発表された
  第167回芥川賞直木賞の結果は
  私としては大満足となりました。
  芥川賞高瀬隼子さんの『おいしいごはんが食べられますように』、
  直木賞窪美澄さんの『夜に星を放つ』。
  高瀬隼子さんについては
  このブログでも何度も書いていたように
  今私の推しの作家ですし、
  窪美澄さんはデビュー当時からずっと読み続けてきた作家でもあります。
  しかも、今回の2つの作品については
  すでに読了済みですから
  受賞予感としては大当たり。
  今日はまず
  高瀬隼子さんの『おいしいごはんが食べられますように』を再録書評
  明日は窪美澄さんの『夜に星を放つ』を
  紹介します。

  何はともあれ
  おめでとうございます。

  

sai.wingpen  小説だからこそ描ける関係                   

 第167回芥川賞受賞作。
 第165回芥川賞候補作となった『水たまりで息をする』は受賞には至らなかったが、評価的には悪くなかったし、難しい題材ながら文学作品としてすっと心に届いた。
 なので、高瀬隼子(じゅんこ)という作家は覚えておこうと思った。
 それに続く作品が本作ということになる。
 職場の中の微妙な人間関係を描いて、それはきっとどこの職場でもアルアルなのだが、高瀬さんが描くと独特なニュアンスの、人と人との息が届く距離感が巧みに浮かぶ上がってくる。

 主人公の二谷という若い男は食べ物に関して、カップ麺で腹が満たされたらいい程度で、ほとんど興味をもっていない。
 彼と同じ職場に芦川さんという若い女子社員がいる。体が弱いのか、仕事にさほど意欲を持っていないが、その態度がかわいくて、男の先輩社員らの受けがいい。
 そんな芦川さんが苦手という、押尾さんという女子社員がいる。
 彼女が二谷にこう声をかける。
 「わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」

 ところが、二谷と芦川さんがいつの間にか関係を持ち、芦川さんは二谷のために手料理をつくる関係になっていく。
 そればかりか、職場に手づくりのケーキやクッキーなんかも持ってくるようになり、職場での芦川さん人気はさらに高まる。
 こういう関係って、ありそうだ。
 押尾さんがそんな職場からはじかれていくのは仕方がないが、面白いのは食べ物に関心のない二谷だ。
 芦川さんの好意を見えないところで拒絶している男。
 多分日常の世界では覗きえない人との関係を、小説なら描けるんだと、高瀬さんは証明してくれている。
  
(2022/05/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  5月15日に
  沖縄は本土復帰50年を迎えます。
  今放映中の
  NHK朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」は
  今まさに復帰前の沖縄が描かれています。
  ドラマの主人公たちが使っているお金は
  ドル。
  そんな時代から50年経ちました。
  今日は
  沖縄で初めての芥川賞受賞作となった
  大城立裕(おおしろ たつひろ)さんの
  『カクテル・パーティ』を紹介します。
  この作品が書かれた頃は
  まだ沖縄は占領下でした。
  芥川賞はある意味
  時代の目撃者でもあったといえます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  沖縄初の芥川賞受賞作                   

 第57回芥川賞受賞作。(1967年)
 作者の大城立裕(おおしろ たつひろ)は、芥川賞の「受賞のことば」という短文で、ある大先輩から「ぼくらの明治以来の夢をかなえてくれた」と握手を求められ、会う人ごとに「沖縄のひとみんなの誇りだよ」と言われたと書いている。
 この頃まだ占領下にあった沖縄(沖縄返還が実現したのは1972年)で、沖縄初の芥川賞ということで、島全体が沸いたことでしょう。
 沖縄が置かれていた政治的社会的な問題下で、当時の選考委員の選評もややとまどいが見える。
 「現実の問題と、作品の価値とは全く別のもの」(永井龍男)、「沖縄に同情して選んだのでもない」(川端康成)、そして中でも舟橋聖一の一文がもっともわかりやすい。
 「あくまでも作品本位で選んだことは、私も証明しておきたい。が、いかに弁明したところで「芥川賞海を渡る」底の、一般の通俗的印象は、避け難い」
 以上、文学史的な覚書として書いておいた。

 物語は前章、後章という二部構成になっている。
 前章では占領下の沖縄の米軍基地のカクテル・パーティに集まった、沖縄人(主人公)、日本人、中国人、アメリカ人の何気ない、しかしそこに過去と現在の痛みを隠した、大人の会話がはずむ。
 後章では一転して主人公の沖縄人の娘がアメリカ兵に強姦された事件で、四人のそれぞれの立場が露呈していく。
 中国で日本兵が犯した罪、沖縄でアメリカ兵が犯した罪、それらが二重構造になっている。
 ラスト、占領下の司法制度の中で不利な戦いとわかっていながら、告訴を決めた主人公。
 そのまなじりの強さは、大城さんは終生持ち続けることになる。(大城さんは2020年10月逝去)
  
(2022/05/13 投稿)

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  芥川賞は単行本で読んだとしても
  受賞作が全文掲載される
  総合誌「文藝春秋」は買うようにしています。
  というのも、
  選考委員たちの「選評」も
  同時掲載されるからです。
  例えば、
  今日紹介する
  第166回芥川賞受賞作
  砂川文次さんの『ブラックボックス』については
  小川洋子委員が
  「真正面から文学にぶつかっていった作品」と絶賛しています。
  その他の候補作の選評なり
  読めるのは「文藝春秋」しかないので
  これからも
  発表のたびに購入するでしょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  作家の熱量                   

 第166回芥川賞受賞作。(2022年)
 受賞が決まったあと、作者の砂川文次さんがかつて自衛隊に勤務していたことで話題となったが、漫才師であろうが女子大生であろうが専業主婦であろうが小説を書くのだから、元自衛官が書いたとしても何の不思議もない。
 ただやはりどこかで迷彩服を着た短髪の男が原稿用紙に向かう姿を想像してしまうのだろうし、2016年に文學界新人賞を獲った『市街戦』にしろ先に芥川賞候補作になった『小隊』にしろ、自衛隊での経歴が作品を生み出してきたことは否めない。
 今回の受賞作では自衛隊という組織の影響は消えている。
 自転車便のメンセンジャーである主人公に自衛隊員の影はない。
 しかし、何故か、雨の中を駆ける主人公の体から発せられる体臭なりに、それに近いものを感じる。
 つまりは、国を守る、あるいは被災地を救援する自衛隊の姿は、ある意味人間としての基の姿を喚起させるものがあるのではないだろうか。

 本作は中編ながら、二部構成でできている。
 メンセンジャーとして生活していくしかない主人公の姿を描いた前半と、その彼が暴力事件を起こして刑務所に収監される後半。
 前半の疾走感は、当然後半閉鎖された空間での話だから失われる。
 それでも、その中で主人公の暴力性は外に出ようととして発揮される。
 「遠くに行きたかった」という主人公の思いは、刑務所内での話ではないだろう。その肉体を突き破るようなそんな力を彼は持て余しているのだ。
 それはおそらく、作者が持っている熱量ともいえる。
  
(2022/04/07 投稿)

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  今日は二十四節気のひとつ、
  白露
  露が凝って白くなるという意味だが
  要は秋の深まりをいっている。

     姿見に一樹映りて白露かな      古賀 まり子

  先週、
  第165回芥川賞受賞作
  李琴峰さんの『彼岸花が咲く島』を紹介しましたが
  今日は
  同時受賞となった
  石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』を
  紹介します。
  この作品を読んでいる頃、
  現在放送中のNHK朝ドラ「おかえりモネ」でも
  東日本大震災を経験した主人公たちが
  震災についての思いを語っている場面がありました。
  この作品でも
  そういう思いが語られています。
  震災から10年経って、
  小説やドラマできちんと語られるようになったのだと
  感じました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  小説でしか出来ないやり方とは                   

 第165回芥川賞受賞作。(2021年)
 この作品で第64回群像新人文学賞を受賞し、デビューしたというから、まさにまっさらな新人作家の誕生といえる。
 しかも、選考委員の「選評」を読むと評価が高いのがわかる。
 「完成度の高い作品」(吉田修一委員)、「小説にしかできないやり方で、東日本大震災の体験を刻み付けようとする本作の試みを高く評価したい」(小川洋子委員)、同じように山田詠美委員も「小説でしか出来ないやり方」という表現を使って評価している。

 この作品における「小説にしかできないやり方」とは何だろう。
 主人公はドイツで暮らす美術史研究者の女性。(作者の石沢麻依さん自身大学院で西洋美術史を専攻し、ドイツに留学し、現在もドイツで暮らしている)彼女はあの東日本大震災を仙台で経験している。そこにやってくる大学の同級生野宮。しかし、彼はあの時の津波で行方不明になったままで、「幽霊」という設定になっている。
 そこにかつてそのドイツの街に住んでいたという「寺田寅彦」も現れることで、時空も彼岸も此岸も超えた空間が生まれることになる。
 そんな空間の中で、主人公は死と向き合うことになる。

 自身が仙台で経験した「喪失感」は、もっと大きな被害にあった人とは「喪失の深度」が違う、と感じる主人公だからこそ、「幽霊」の野宮と対話できるのかもしれない。
 決して読みやすい作品ではないが、コロナ禍のこの時代に(ドイツでのコロナ禍での生活も描かれている)読む意味は大きいように感じた。
  
(2021/09/07 投稿)

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  今日は昨日につづいて
  李琴峰さんの作品の紹介です。
  今日が彼女の名前をいっきに広げた
  第165回芥川賞受賞作
  『彼岸花が咲く島』。
  私はどちらかいうと
  昨日紹介した『独り舞』の方が読みやすかったですが
  李琴峰さんは
  受賞作の方は「書きたいものを書いて力を出し切った」という
  手ごたえを持った作品だそうです。
  今後彼女がどのような作品で
  この日本やこの社会と対峙するのか
  興味があります。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  これはSF小説といってもいいかも                   

 第165回芥川賞受賞作。(2021年)
 作者の李琴峰(り ことみ)さんは台湾出身で、日本語を母語としない作家としては『時が滲む朝』で第139回芥川賞を受賞した楊逸(ヤン イー)さん以来2人めの受賞だそうだ。
 もちろんだからといって、特別な目で見られることを作者は受け入れていない。受賞後のインタビューで、「台湾出身ですが、台湾で人気のタピオカミルクティーは好きじゃない」とユーモア含めて答えていたのが印象に残った。

 受賞作は<ニホン語>と<女語>が話される架空の島が舞台になっている。
 言語が重要な意味を持つという点では、やはり自身の母語と日本語が意識されたのだろうか。
 その島に流れ着いた若い女性が主人公。彼女は過去の記憶を失っていたが、島の娘や若者に助けられて島の生活になじんでいく。
 やがて、彼女は、ここが男に支配された場所から逃げ出した人々が作った国であり、これから先も男の支配を許さないための言語をもつ場所であるといった島の歴史を知ることになる。
 まるでSF小説を読んでいるような感覚になる作品だ。

 芥川賞の「選評」を読んでも、松浦寿輝委員は「言おうと思えばいくらでも不満を言える作品」といい、吉田修一委員は「少し未熟な作品」としながらも、この作品を推すにあたっては作者の未来に向いた視線の強さが決め手になったようだ。
 「選評」で印象に残ったのは、小川洋子のそれで「性の揺らぎの中で怯える若者たちの青春小説として読んだ」といい、「それで十分、賞に値すると思った」と潔かった。
  
(2021/09/03 投稿)

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