プレゼント 書評こぼれ話

  第158回芥川賞の発表から一週間。
  多くの書店で
  この本、
  若竹千佐子さんの『おらおらでひとりいぐも』が
  品切れになっている。
  本屋さんでうろうろしている間に
  何人もの人が
  この本を求めていたのを目撃しました。
  しかも、その誰もがシニアの女性たちでした。
  私はこの作品を文芸誌「文藝」冬号で
  読みましたが、
  活字が小さい分、余計に煩雑に感じたので
  読むなら単行本をオススメします。
  若竹千佐子さんは
  「文藝賞」の「受賞の言葉」で
  こんな風に語っています。

    プレ婆さんの私としては、目指すのは青春小説とは対極の玄冬小説。
    老いの積極性を描きたい。滅びの美しさを描きたい。
    そうやって一人生きる私の老いを乗り越えたい。


  才能ある新しい作家の誕生です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  『定年後』読んでる男性が桃子さんに敵うはずはない                   

 第158回芥川賞受賞作。(2018年)
 読了してまず感じるのが、言葉の圧倒的な力。
 タイトルの示す通り、東北弁と標準語が交じり合った文章は、そういえば宮沢賢治の詩「永訣の朝」の気分によく似て、それは確かに賢治の『虔十公園林』の引用があったり、賢治への愛情を感じるように仕込まれている。
 それにして、作者が63歳の主婦ということで、彼女の身体の中にこれだけの言葉がその歳月とともに重ねられ、ここにおいてそれが極まり、迸ったという感覚は、読んでいて恐ろしくもある。
 それは自身の中の言葉と会話する主人公の75歳の桃子さんとて同じことで、まさか女性には、どこかの国の童話ではないが、「王様の耳はロバの耳」と言葉を封じ込めていた革袋が破裂する瞬間があるのやもしれん。
 それを思うと、男性は女性には敵うはずもない。

 75歳の桃子さんには、75年分の日常があって、それは今豊穣な言葉で綴られる。母との確執、故郷からの脱出、高度成長期の東京、そして夫との出会い、子供の誕生、夫の死、子供の離反、老い、圧倒的な老い。
 それでもいま、桃子さんは「おらおらでひとりでいぐも」と生命を言葉に変える、そんな生き方を選択、そう選び取る力を生きていく。

 先走るが、この作品の最後の場面で「文藝賞」の選考委員である町田康氏は桃子さんの死を感じたようだが、まさか「あしたのジョー」ではあるまいし、やはり桃子さんの生命の強さを感じるべきではないか。
 それにしても、最後の場面が三月三日の雛祭。主人公の名前が桃子さん。
 なんという企みであろう。
 この作者、並みの主婦ではあるまい。
  
(2018/01/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日で8月もおわり。
  今年の夏は雨ばかりで
  いろんなところに影響が出たのではないか。
  海の家とかの営業も大変だったのではと
  心配するが
  きっと想像以上の打撃ではないだろうか。
  今回の芥川賞受賞作を受けて
  本屋さんの売上はどうだったのだろう。
  結構地味な作品だから
  販促は大変だったのではないか。
  ということで
  今日は
  第157回芥川賞受賞作
  沼田真佑さんの『影裏』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  小説を読むのは難しい                   

 第157回芥川賞受賞作。(2017年)
 小説の読み方は自由だ。たとえその作品が名の通った選者たちによって選ばれた作品であったとしても、まして選者たちが全員認めた作品であるわけでもなく、それが読者にとって理解されない、理解という堅苦しい言葉でなく受容できないとすれば、それはそういう縁だったというしかない。
 選考委員の選評を読むと、否定票を投じた委員たちも、この作品の書き手の「うまさ」を認めているが、それさえあまり納得がいかない。
 そもそもが「わたし」として表現される人物像がよくわからない。
 それはあえてゲイであることを誘導させる小細工のような気がするし、ここにその必然があるわけではない。
 むしろ、主人公をそう描くことで読者に現代風という仕掛けを施したということではないか。
 同じことが東日本大震災の扱いにもいえないか。

 ではこの作品にまったく魅力がないかといえば、そうではない。
 奥泉光委員がこの作品を「ハードボイルドふうの味わいのある作品」とし、「これは序章であって、ここから日浅と云う謎の男を追う主人公の物語がはじまるのではないか」と書いているが、確かにその通りである。
 だとしたら、この作品自体直木賞での受賞の方は相当であったかもしれない。しかし、桜木紫乃ほどの巧さはない。

 島田雅彦委員の選評に付けられたタイトル、「賞は結局運次第」はこの作品を指しているのか、受賞からもれた作品なのか、どちらなのだろう。
  
(2017/08/31 投稿)

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  昨日第156回芥川賞受賞作
  山下澄人さんの『しんせかい』を
  紹介したので
  今日は芥川賞関連の一冊を。
  小谷野敦さんの
  『芥川賞の偏差値』。
  毒舌という言葉がありますが
  この本の小谷野敦さんも
  ズバズバ書いております。
  思わず、
  こんなこと書いちゃって怒られないのって
  心配するくらい。
  まあズバズバ書いたから
  正しいということはないですが。
  小気味いいことは
  間違いない。
  私もこんな風に
  云ってみたいけど…。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  文学の評価は難しい                   

 「偏差値」というのは、「集団の平均値よりもどれくらい上または下に偏っているかを、標準偏差を目盛りとして表すものである」と調べると出てくる。
 わかったようなわからないような説明だが、そういう「偏差値」に悩まされて人は成長していくともいえる。
 この本でいえば、芥川賞の「受賞作の中での偏差値」とある。
 点数の方がわかりやすいと思うが、文学には似合わないと著者はいう。
 じゃあ、「偏差値」が合うかというと、さてどうだろう。

 著者の小谷野敦氏は比較文学者だが、小説家でもある。
 かつて2度芥川賞の候補にもあがっているが、受賞には至っていない。
 そういう感情って、「偏差値」に影響しないのだろうか。
 それは措くとして、この本のいいところは一番近い第156回芥川賞の、山下澄人氏の『しんせかい』(偏差値は48だが)まで網羅していることと、受賞作の表紙画像が初書籍化当時のものを使っている点だろう。

 なんといっても表紙画像を見るだけで、帯に「芥川賞受賞」という文字が躍っているのが目につく。
 この本で見ると、第10回受賞作『密猟者』(寒川光太郎)で、すでにその文字が見える。
 そういう点では、芥川賞という賞が宣伝効果を持っていることは事実だし、読書をするかどうかの判断基準のひとつとして、芥川賞に限らず賞の効果はあるのだろう。

 芥川賞と直木賞の人気の差であるが、小谷野氏は受賞発表の掲載誌の違いをあげている。
 文学なんかに興味もない人も雑誌「文藝春秋」は読む。一方の「オール讀物」は読まない。
 なるほど。そうかもしれない。
  
(2017/04/14 投稿)

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  この春から始まった
  NHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」は
  人気脚本家岡田惠和さんの作品で
  ナレーションが
  女子マラソンの増田明美さんには
  びっくりしました。
  東京オリンピック前の
  昭和39年の東京。
  楽しみにしています。
  そして、
  もう一つ話題なのが
  倉本聰さんが脚本を書いた「やすらぎの郷」。
  こちらは未見なので
  なんともいえないのですが
  話題を集めているようです。
  そして、
  今日紹介するのは
  第156回芥川賞受賞の
  山下澄人さんの『しんせかい』。
  山下澄人さんは
  倉本聰さんの富良野塾2期生なのです。
  そういうつながりで
  今日のこぼれ話を書きました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  川上弘美は「口ごもる」と評価している                   

 第156回芥川賞受賞作。(2017年)。
 受賞の報道などで周知だろうが、作者の山下澄人氏は脚本家倉本聰氏が主宰した「富良野塾」の2期生で、そうなるとこの作品に出てくる【先生】は倉本氏のはずで、どこまでが実体なのか興味はあるが、それが作品の評価に当然ならない。
 ただ、読む前の興味としてはすごくあった。
 ここに書かれているのが事実なのか、山下氏は受賞後のインタビューで「記憶にあることを使ったというよりは、ないことを足がかりにした」と述べている。

 この作品の評価はすこぶる低い。
 選考委員が十人になって伯仲したかというとどうもそうではないようだ。
 「今回はまったく刺激がなかった」と選評で書き起こした村上龍委員は、この作品の受賞が「熱烈な支持も、強烈な拒否もな」かったと書いている。その上で、「つまらない」と断じている。
 さらに宮本輝委員は主人公の青年の寡黙さは語彙不足で「それはじつは作者その人の語彙不足なのではないか」とまで書いている。

 私はそれでもこの作品は面白く読んだ。
 19歳の、なんの目標もない、浮遊物のような青年がひょんなことから演劇の道にはいっていく。その【谷】での生活は、あの青春という時期でしかたどり着けない空間であったと思う。
 その点では吉田修一委員の「一流の青春小説」という評価に近い。

 ただ、文体のあちこちに【先生】である倉本氏の代表作「北の国から」の主人公純の口ぶりのようなものがあって、いささか苦笑してしまった。
  
(2017/04/13 投稿)

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  昨日第156回芥川賞直木賞が発表されました。
  芥川賞
  山下澄人さんの『しんせかい』。
  直木賞
  恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』。

  

  山下澄人さんは倉本聰さんの富良野塾の卒業生です。
  受賞作も
  著者自身「私小説」と呼んでもいいというぐらいですから
  これは面白そう。
  一方の恩田陸さんは
  すでに『夜のピクニック』で第2回本屋大賞を受賞している程ですから
  新人というか
  中堅というか
  大物ですよね。
  まあそれでも受賞はうれしい。
  今日は芥川賞直木賞を記念して
  文春文庫から出たばかりの
  川口則弘さんの『芥川賞物語』を
  紹介します。
  もちろん、
  この本にはまだ山下澄人さんのことは
  載っていません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  日本人は芥川賞が大好き                   

 この文庫本のもととなるバジリコ版の単行本が出版されたのは2013年の1月で、書かれているのが日本でもっとも有名な文学賞である芥川賞の歴代受賞劇にかかる悲喜劇事情である。
 当然そのあとも芥川賞は営々と続いているわけで、今回の文庫化にあたっては単行本化のあとの第148回から第155回分が追記されている。
 ちなみにこれらの回の受賞作を即座に言える人は少ないのではないだろうか。
 言えたとしても又吉直樹氏の『火花』(第153回)か、せいぜい前回の第155回の『コンビニ人間』(村田紗耶香)ぐらいだろう。
 二つの間の第154回の受賞作すら忘れている人は多いのではないか。

 発表時には注目される。
 しかし、それがいつまでも続くわけではない。
 そのあたりにことを川口氏は文庫本の版で「何十年やっても、百五十回以上やっても、結局深く興味をもつのは一部のマニアだけで、大多数に浸透することはなかった」とし、だからこそ「長年にわたって芥川賞が注目を保ちつづけている理由」と、煙にまくような説明をしている。
 私が考えるのは習慣である。
 芥川賞は単なる習慣に過ぎなく、習慣ゆえに人々は安心しているだけのような気がする。
 さらには出版事情とも密接につながっているから、この賞があるだけで本の売れ行きにも影響することは間違いない。

 芥川賞の一方で直木賞がある。
 著者の川口氏は「文庫版あとがき」にでも、自身が直木賞好きであることを告白しているが、残念ながらこうして文庫本化されるのは芥川賞の方だ。
 つまるところ、日本人は芥川賞が好きなのだ。
  
(2017/01/20 投稿)

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