プレゼント 書評こぼれ話

  今日から6月
  もうすぐ梅雨入りにはいりそうな
  天気が続きます。

     六月を奇麗な風の吹くことよ      正岡 子規

  昨日、松本清張の『張込み』という
  短編小説を紹介しましたが
  あの作品の中で「S市」と書かれていたのが
  佐賀のこと。
  野村芳太郎監督作品「張込み」は
  橋本忍脚本で
  日本映画屈指の名作ですが
  そのロケ地は
  もちろん佐賀。
  松本清張の映画化に心血を注いだ
  男たちを描いた
  西村雄一郎さんの
  『清張映画にかけた男たち』を
  今日は再録書評で紹介します。
  この書評を書いたのが
  2015年9月、
  その「こぼれ話」のおしまいに
  「それにしても松本清張。
   もっと読まないといけないんでしょうね。

  なんて書いたのに
  読んでません。
  反省してます。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  映画みたいに面白い                   

  この本は映画評論ではありません。
 あえていうなら、昭和33年に封切られた、松本清張原作、橋本忍脚本、野村芳太郎監督、大木実、高峰秀子主演の、映画「張込み」制作の、ノンフィクション作品です。
 何しろ著者の、映画評論家西村雄一郎氏の実家は佐賀の老舗旅館松川屋で、この宿屋こそ主演の大木たちが撮影のために宿泊した宿屋だったのです。
 西村氏にとって、映画「張込み」の制作日記をたどることは、自身の子ども時代の日々をたどることでもあり、そういった人と人との交差が、この作品の魅力になっています。
 タイトルに「清張映画」とあるように、前半部分は映画「張込み」のドキュメント、後半は数多く作られた松本清張原作の映画をみていきます。
 その中には「清張映画」の代表作ともいえる「砂の器」(これも野村芳太郎監督)も当然はいっています。
 しかし、なんといっても前半の「張込み」制作のドキュメントの、なんという面白さ。なんというスリリングさ。それだけで、1篇の映画を観ているような気分になります。

 そもそも「張込み」は松本清張の短編小説で、それを2時間の映画に仕上げた橋本忍、野村芳太郎の才能はすごいものがあります。
 そのすごさは佐賀でのロケにも現れていて、野村芳太郎は松竹の本社からしばしばロケ中止の勧告を受けたといいます。それでも、野村は撮影をやめなかった。
 そのあたりがとてもミステリアスに描かれています。
 そして、透かし絵のように現れるのが日本映画の巨匠黒澤明です。
 野村は黒澤のような粘る演出を一度はしてみたいと念願していました。それが「張込み」の撮影につながっていきます。
 脚本を書いた橋本忍は黒澤明の作品を何本も書いています。
 橋本と野村をかつて引き合わせたのも、黒澤明でした。
 つまり、映画の観客人口はもっとも大きい時代に今でも残る名作となった「張込み」には、黒澤明の影がちらちらしているのです。

 このドキュメントが生き生きとし、しかも刺激的なのは、初めてのロケ隊に興奮した佐賀の普通の市民がいたからでしょう。
 人の渦が、この作品を熱くし、面白くさせています。
 実に熱い一冊です。
  
(2015/09/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  まずは愚痴、文句から。
  この春から
  NHKが実験的に始めた
  過去の「朝ドラ」を夕方に放送するという試み。
  その先鞭として選ばれたのが
  「カーネーション」だが
  しっかり見ようと
  録画もばっちりしたのだが
  国会中継とかで何度も延期になって
  とうとう挫折。
  やっぱり放映するなら
  放送時間の変更のない時間帯で
  やってほしい。
  せっかく「カーネーション」楽しみにしてたのに。
  なので
  矢部万紀子さんの
  『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』で
  溜飲を下げました。
  「カーネーション」大好きな人に
  ベストな一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  わたし、女子のお友だちです                   

 通称「朝ドラ」と呼ばれるNHK「連続テレビ小説」の放送が始まったのが1961年。その第1作が「娘と私」で、現在放送されている「半分、青い。」(北川悦吏子脚本)は98作めになる。
 タイトルに「朝ドラ」とついているので今までの「朝ドラ」の全作品が紹介されているように思うが、本書の中には1966年の「おはなはん」には少し触れられているが「おしん」も「ちゅらさん」も省かれている。

 では、どんな作品が紹介されているかといえば、「ちりとてちん」(2007年下期)「ゲゲゲの女房」(2010年上期)「カーネーション」(2011年下期)「あまちゃん」(2013年上期)「ごちそうさん」(2013年下期)「花子とアン」(2014年上期)「まれ」(2015年上期)「あさが来た」(2015年下期)「とと姉ちゃん」(2016年上期)「べっぴんさん」(2016年下期)「ひよっこ」(2017年上期)といった作品である。
 「朝ドラ」を評する場合、「おしん」を頂点とする高視聴率作品群と低視聴率の作品群、そして「ゲゲゲの女房」以降の復活作品群で区分けされるが、本書はその復活作品群でも全作品ではないのが少し物足りない。
 「べっぴんさん」を「うっすいドラマだった。学芸会を見せられているよう」とまで書く著者だから「純と愛」(2012年下期)の評価を聞きたかったが。

 私とすれば「カーネーション」が特別枠のような章で二度紹介されているので大満足。
 しかも二度目の紹介では「カーネーション」での戦争の扱いがきちんと取り上げられているのもいい。
 しかもあの作品では性格的に強い人の、自分で気づかない怖さも描かれていて、著者はその点も見逃さない。

 著者は「あとがき」で「「朝ドラ」の話にのれる男子は、女子のお友だちなんだ。リトマス試験紙なんだ」と書いているが、「朝ドラ」の話ならまだまだ出来る私は「女子のお友だち」になれるだろうか。
  
(2018/05/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  4月から始まった
  NHKの朝ドラ98作目、
  「半分、青い。」、見てますか。
  「恋愛ドラマの神様」みたいにいわれる
  北川悦吏子さんのオリジナル脚本。
  第1週が終わったところですが
  「マグマ大使」や「あしたのジョー」が出てきたり
  私はすっかりはまっています。
  これからが楽しみです。
  そして、
  全国「カーネーション」ファンの皆さん、
  お待たせしました。
  いよいよ今日夕方4時20分から
  毎日2話ずつ再放送が始まります。
  NHK朝ドラ初の
  夕方の時間帯の再放送です。
  もう朝ドラとはいえない。
  夕ドラ。
  でも、朝見ても
  夕方見ても
  「カーネーション」はいい。
  今からわくわく。
  そこで、今日は
  『ぼくらが愛した「カーネーション」』という本を
  再録書評で。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  余熱                   

 放送が終わって随分経ちますが、まだ余熱の中にいます。
 佐藤直紀さんのテーマ曲を毎晩聴きながら眠りについたりしています。
 2011年の下半期に放送された、NHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」は、そんな私だけでなく、放映後にこうして書籍化されるほど、余熱の中にいる人がたくさんいる、人気番組でした。

 もし、このドラマが私の出身地大阪・岸和田と同じでなければ、きっと観ていなかったと思います。
 それほど朝ドラは私には遠い存在でした。
 たまたま舞台が岸和田であったおかげで、朝ドラ最高傑作とまでいわれたドラマを全話見逃さなかったことは、とても幸運だったといえます。
 とにかく、このドラマは渡辺あやさんの脚本もいいし、佐藤直紀さんの音楽もいい。
 糸子役を演じた主演の尾野真千子さんも、また糸子の晩年を演じた夏木マリさんもよかった。
 あるいは糸子の父を演じた小林薫さん、母親役の麻生裕未さんといった脇役陣の好演もひかった。
 女性の活躍、戦争の姿、子供たちの成長など、そのどれひとつとっても新鮮だった。
 「カーネーション」が放送されていた毎日が、私にとってはドラマでした。

 そんな「カーネーション」をこよなく愛する人たちが集まって生まれたのが、この本です。
 まず、「心を震わせた名台詞30」がドラマの進行にあわせて紹介されています。
 私が好きな台詞は、糸子が幼馴染の勘助の母親からなじられる、「あんたの図太さは毒や!」です。この台詞に打たれた人はたくさんいます。
 本書で対談をしている評論家の宇野常寛さんも「あのひと言があるおかげで、どれだけ「カーネーション」っていう作品の世界が広がったか」と、評価しています。
 正しいと思って行動する主人公を一刺しする台詞ですが、朝ドラの善を良しとしていた視聴者の胸にも突き刺さる台詞だったと思います。

 その他、なぜこのドラマが「それまで朝ドラなんてほとんど見たことがなかった」中年文系男子に受けたのかを分析したコラムニストの石原壮一郎さんの評論や、脚本家渡辺あやさんの手法をみる大学の先生による評論など、いたって真面目に「カーネーション」を読み解いています。
 また中年期の糸子を愛した北村を演じたほっしゃん。さんのインタビューもあったり、余熱を感じさせてくれます。
 できれば、キャスト・スタッフ一覧といった資料編があれば、もっとよかったのですが。
  
(2013/02/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日大屋尚浩さんの
  『日本懐かし映画館大全』を
  紹介したので
  今日は映画館つながりで
  高瀬進さんの
  『映画館物語 - 映画館に行こう!』を
  再録書評で紹介します。
  書評の中で
  銀座並木座のことを書いていますが
  今でもとっても懐かしい
  名画座です。
  時代が違うので
  閉館も仕方がないでしょうが
  できれば
  ずっと残って欲しかった
  映画館でした。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  思い出箱                   

 「映画館を私は時々、思い出箱と呼ぶことがある」

 私は大阪の地方都市に生まれ、育った。
 その街の中心地にも邦画五社の専門館がすべて揃っていたが、どこか暗く汚い感じは否めなかった(六〇年代後半の頃の地方の映画館はみんなそういういかがわしさがあったのではないだろうか。今は懐かしいが)。
 だから、洋画を観る時は大阪ミナミの繁華街に出ることが多かった。すべてに肩肘を張っていたような、高校生の頃である。
 その当時観た映画で今でも忘れられないのが「愛とはけっして後悔しないこと」で大ヒットした「ある愛の詩」だ。
 この映画を松竹座で観た。松竹座はこの本の中でも紹介されているが、大阪ミナミの映画館の中でも大きくておしゃれな映画館だった。そんな松竹座で観たのがいけなかったのかもしれない。周りがほとんどカップルばかりで、私は一人この悲しい恋愛映画を観た。
 死んでいったヒロインよりも、つらい気分だった。

 映画に夢中になった高校生の私は「キネマ旬報」という映画雑誌を購読し、いっぱしの映画青年きどりだった。その雑誌に載っていた東京の映画館の上映番組を観てはため息をついていた。
 銀座並木座、池袋文芸座、渋谷全線座、飯田橋佳作座…。それらの映画館は当時の私にとって、綺羅星のような存在だった。大学を東京にしたのも、そんな映画館に行きたかったからかもしれない。

 上京して初めて行った、銀座並木座。
 観た映画は黒澤明の作品だったように思うが、それ以上に並木座という映画館そのものが記憶に残った。想像した以上に狭い館内、小さな銀幕、観客の熱気。そして、上映番組の情報を載せた並木座の小さな冊子は、今でもどこかに仕舞われたままだ。
 肩まで髪を伸ばした、学生時代の私の写真とともに。
 そんな並木座も、黒澤明の死と同じ年の九八年秋に閉館した。

 青春の映画館。
 この本に紹介された多くの映画館の写真を見ながら、私はしばし青春の日々を彷徨した。
 あの頃、どうして私は映画館が好きだったのだろう。
 あの暗闇と光の中に映し出された夢の数々。夢を見る時間はいくらでもあった。
 多くの夢をなくしたように、今はそんな時間さえ失ってしまっている。
 次の休日には、久しぶりに映画館に行ってみようかな。
  
(2003/03/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  有楽町の駅前にあった
  TOHOシネマズ日劇が閉館になって
  寂しくなったが
  日比谷はなんといっても映画の街。
  そこに3月29日にオープンするのが
  TOHOシネマズ日比谷
  なんとここは11スクリーンで
  全部で2300席というから
  すごい。
  一度は行きたいもの。
  そこで
  今日は新しくはないけれど
  懐かしい映画館を紹介する
  大屋尚浩さんの『日本懐かし映画館大全』を
  読んでみました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  映画館には人を魅惑するものがきっとある                   

 私が生まれ育った大阪の地方都市にも昭和30年代には映画各社の専属映画館があって、だから5つばかり小屋があったように記憶している。
 高校生になって行動範囲が広くなると、大阪ミナミの繁華の映画館まで足を向け始めた。
 その頃が洋画と呼ばれる作品との出会いであった。
 そうしてすっかり映画の魅力にはまって、「キネマ旬報」に掲載されていた東京の名画座のラインナップに誘われるようにして、上京することになる。
 あの頃、映画館の暗闇はどうしてあんなに魅力的だったのだろう。
 あの暗闇があって、どんなにたすけられたことか。

 映画館には人を魅惑するものがきっとあるのだろう。
 この本の作者大屋尚浩さんもその一人だ。1964年生まれというから私より10歳ほど若いが、観た映画はよく似ているのは同時代感覚なんだろう。
 というのも、この本には大屋さんが収集している前売り券とかパンフレットなんかも載っていて、それだけであの頃、60年代から70年代が彷彿とされるのだ。
 しかも、大屋さんの映画館にかける情熱は都会だけにとどまらず、全国、どうしてこんなところに映画館があるのっていう小屋まで取材を敢行しているから、映画館愛は半端じゃない。

 読んでいて気がついたが、結構多くの映画館がすでに閉館においやられている。
 町から本屋さんが消えているように映画館もまちがいなく消えている。
 その一方で新しい映画館が誕生しているのも、本屋さんによく似ている。
 そういえば、映画館も本屋さんも夢にあふれているのも同じだ。
  
(2018/03/15 投稿)

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