プレゼント 書評こぼれ話

  今話題の呉座勇一さんの『応仁の乱』。
  今日はそちらではなく、
  石ノ森章太郎の「マンガ 日本の歴史」の22巻め、
  「王法・仏法の破滅―応仁の乱」を紹介します。
  実はこの「マンガ 日本の歴史」シリーズは
  かつて全巻読んだことがあります、多分。
  とてもよく出来たマンガで
  この当時石ノ森章太郎
  萬画ということを
  提唱していました。
  マンガという表現手段は
  あらゆる事象を表現できる万画というのが
  石ノ森章太郎の主張でした。
  こうして歴史書であっても
  マンガで表現できるという
  熱い思いがあったのでしょう。
  今は誰もがそう思っているのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  マンガから始めても悪くない                   

 今年(2017年)の上半期の出版界のニュースといえば、中公新書の『応仁の乱』(呉座勇一 著)の大ヒットもそのひとつ。
 そもそも中公新書は数多い新書レーベルの中でもいたって真面目で昔ながらの知的入門書の色彩が濃い新書で、しかも取り上げられているのが日本史の中でも極めて地味な応仁の乱。
 乱が始まったのは1467年ということで、今年550年めということもあるのか、この新書が売れに売れている。
 しかも、出版元の中央公論新社には石ノ森章太郎が描いた大作「マンガ 日本の歴史」シリーズもあって、その22巻めが「王法・ 仏法の破滅―応仁の乱」で、ならばということで本屋さんの店頭に2冊が同時に並ぶことになった。
 ならばと手にとったのが、石ノ森章太郎のマンガの方で、これがなかなか読み応えがあった。

 そもそもこの「マンガ 日本の歴史」は石ノ森章太郎が四年がかりで取り組んだ一大プロジェクトで、全48巻にも及んでいる。
 この22巻めが発行されたのが1991年だから、今から思えばマンガ文化の質を高めた、実に上質な出版物に出来上がった。
 だから、歴史をこのシリーズから学び始めたとしても決しておかしくない。
 いや、むしろいきなり中公新書より、ここから始めた方がいいかも。

 さて、応仁の乱である。
 室町時代後期の、京都を舞台にした11年に及ぶ内乱で、中学・高校の歴史で勉強したはずだが、日野富子という名前ぐらいは覚えている程度。
 今回その舞台背景をマンガで読んでも、どうもピンとこないのは、ヒーローがいないからではないか。
 みんながみんな欲の塊で、しかも愚かに見えてしまうのは、マンガだからか、それともそういう歴史だったか。
  
(2017/07/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日キネマ旬報のベストテンの話を
  書きましたが、
  同じ頃マンガにも夢中になっていて
  「COM」なんかはよく読んでいました。
  ただ残念ながら「ガロ」は読まなかったな。
  だから、
  つげ義春とか白土三平のすごさに
  疎いまま過ごしてきた感があります。
  今日は「ガロ」以前の
  貸本マンガが全盛であった頃のことを描いた
  高野慎三さんの『貸本マンガと戦後の風景』を
  紹介します。
  書評にも書きましたが、
  私は貸本屋さんには行った記憶がありません。
  家の近くになかっただけだったのかもしれません。
  紙芝居は見たことは
  覚えているのですが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  こういう時代だったことを忘れてはいけない                   

 現代のマンガ文化の隆盛は突然起こったものではない。
 マンガ史をたどれば、手塚治虫漫画に代表される優等生的なマンガ(それであっても酷評された歴史がある)がある一方で、暗いイメージをもったマンガも多く量産されていた時代があった。
 それが「貸本マンガ」である。
 著者は「貸本マンガを戦後史的な文脈のなかで捉え直そうと」、マンガ研究だけではなく歴史の側面にも光を与えようとしたのが、この本である。

 そもそも「貸本マンガ」とは何だったのか。
 その登場は1953年で、消滅したのは1968、9年だという。
 最盛期には全国で2~3万軒の貸本屋があったそうだ。
 貸本料金が「一冊10円、一日増毎5円」。
 私は1955年の生まれだが、残念なことに貸本屋の記憶が全くない。生まれた土地にもよるのだろうが、近所にはなかったのだろう。
 だから、そのシステムはよくわからないが、現代でいえばCDやDVDのレンタルショップ店に近いのだろうか。
 そういえば、コミックのレンタルもある。

 ただ一般に流通している小説やマンガではなく、貸本向けに描かれた作品が多かったようだ。初期の頃は紙芝居作家の作品も多くあったようだ。
 そののち、白土三平や水木しげる、あるいはつげ義春といった、のちのビッグネームが登場してくる。
 この本でもつげやその弟のつげ忠男、小島剛夕といった特異な漫画家の作品も取り上げられている。

 いずれにしても、こういう時代があって、マンガは現代に続いている。
 そのことを忘れてはいけない。
  
(2017/02/08投稿)

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  今日は
  赤田祐一さんとばるぼらさんによる
  『消されたマンガ』という
  問題作を紹介します。
  問題作といっても
  マンガ好きな人にとっては
  懐かしのマンガが起こした事件が
  たくさん収録されていて
  それはそれで面白い。
  なかに現在の自主規制の証言もあって
  最近の自主規制はスゴすぎみたいな
  裏話も載っています。
  例えば、「〇〇屋」の「屋」。
  あれがダメというのですから。
  八百屋ではなく
  青果店。
  そば屋でなく
  そば店。
  どうなんでしょうか、そこまでくると。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  それはマンガだったからなのか                   

 焚書というのは過去の歴史の事件かと思っていたが、「クールジャパン」と今では称賛されることの多いマンガの世界でも焚書はあったし、今もそれは残っている。
 この本はそんな「消された」マンガを集め、何故それらが「消された」のかを検証した問題作である。

 手塚治虫といえば「漫画の神様」と今でも称賛される漫画家だが、手塚はもしかしたらもっとも攻撃された漫画家の一人かもしれない。
 手塚などの活躍により昭和40年代にかけて大学生までもの漫画を読むと嘆かれた時代、手塚の作品を攻撃することは「見せしめ」としても効果があったのだろう。
 人種差別、歴史上の誤認、身体的障害、性や暴力表現、さまざまな場面で手塚は攻撃されていく。
 しかし、手塚はそれらに屈することはなかった。
 おそらく手塚自身が劇画という新しい表現に対峙しながら、漫画の攻撃とも戦い続ける。
 現代の漫画の隆盛はやはりそういった先人たちのおかげといっていい。

 では、そういった漫画に対する攻撃は減ったかというと、歴年体で編まれたこの本では2000年以降の作品でも「消された」ものがあるという。
 そのなかには漫画家の他の作品からのトレース問題などネット時代ならではの指摘や攻撃も生まれている。

 進化ということはすべてが許されることではない。
 言葉や表現は進化することで差別的な言い方を抑制してきた。それは評価すべきことだろう。
 その一方で過剰な抑制は自由な発想を縛ってきたのも事実だ。
 マンガという媒体を通して、そのことを考えてみるのもいい。
  
(2017/01/11 投稿)

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  年末に
  本棚の整理をしたことは
  以前書きましたが
  その時ひょっこり見つけたのが
  上村一夫の『凍鶴』。
  なんといっても
  今年は酉年
  なんともぴったしの一冊です。
  上村一夫
  昨年没後30年を迎えましたが
  私には
  いつまでも心に残る漫画家です。
  青年期、
  上村一夫の漫画に
  どれほど胸ときめかしたことでしょう。
  ちなみに
  私の持っているこの文庫本には
  上村一夫の親友
  阿久悠が巻末エッセイを書いています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  酉年に読んでおきたい漫画                   

 「昭和の絵師」と呼ばれた漫画家上村一夫が亡くなって、昨年(2016年)で30年経った。
 亡くなったのが昭和61年。
 昭和も遠くなったものだ。
 この作品は『同棲時代』で人気漫画家となった上村がビックコミック誌上に1974年から80年にかけて不定期に連載したものだ。

 時代は中国との戦争が拡大し始めた昭和の初め。貧しい田舎からわずかなお金で「置屋」に売られてきた「仕込っ子」つるの半生を描いている。
 全14話のうち「仕込っ子」時代を描いたのが7話までで、8話以降は美しい芸者「おつる」の話となっている。
 この、まだ胸も膨らむ前の少女がつると呼ばれたのは「故郷で子守をして」いて「凍えた足をぬくもらせるためにいつも片足で立っていた」、そう鶴のように、だから。
 そういう貧しい時代が昭和の初めにはあった。

 「置屋」を舞台にしているから、意に染まない男との交わりといった女たちの哀しい姿が描かれているが、上村の描く女性の美しさといったらどうだろう。
 上村にはそういう女性の美しさを掘り当てる才能があったのか、少女時代のつるは特別の美少女として描かれてはいない。
 年を経て、経験を重ね、つるは「おつる」となって、美しい女性へ変貌する。
 それは蝶の変身に似ている。
 上村漫画の醍醐味はそういった女性の変化の美しさともいえる。

 やや唐突に物語が終わりを迎えるのは残念であるが、脂ののった時期の上村漫画を楽しめる作品だ。
  
(2017/01/07 投稿)

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  お待たせしました!
  松田奈緒子さんの漫画
  『重版出来! 8』の登場です。
  この漫画を知ったのは
  この春放映されていたテレビドラマにはまったおかげで
  その時の脚本家が野木亜紀子さん。
  実は今再び
  野木亜紀子さんが脚本を書いたドラマにはまっています。
  そう、『逃げるは恥だが役に立つ』。
  TBSの火曜夜のドラマです。
  主人公の新垣結衣さんが素敵素敵。
  相手役の星野源さんもいい味出してる。
  星野源さんといえば
  NHK大河ドラマ「真田丸」では
  徳川秀忠を熱演しています。
  ああいう頼りない感じ、
  なかなかできません。
  野木亜紀子さんの脚本で
  「重版出来!」の続編も見たいなぁ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  エモいぞ、この巻                   

 「泣き言や文句だけ言って許されるのは子供だけだ。どんな状況でも知恵を出しあってやりぬくのが大人の仕事だろ」。
 さすがにお仕事マンガと言われるだけのことはある。このセリフに痺れてしまった。
 第8巻の「第四十六刷(話)」の中に出てくる。
 続くのはこんな言葉、
 「やれることを全部やって天命を待つ。それ以外ないだろう」

 この巻では主人公のマンガ編集者・黒沢心(こころ)が初めて担当した新人漫画家中田伯の
 初めての単行本刊行にいたるエピソードが中心となっている。
 先のセリフもその中で出てくる。
 黒沢だけでなく、若い営業マン小泉くんや書店員の熱い努力で、この巻のおしまいには涙がこぼれそうになってしまうこと間違いない。
 今年(2016年)の新語大賞の2位になった言葉でいえば、「このマンガ、いつも以上にエモいな」となる。
 (注)「エモい」とは接した人の心に強く訴えるかける様子を表わしているらしい。

 それだけでなく、一人暮らしを始める黒沢の日常生活を描いた「第四十三刷 ON・OFF!」なんかも楽しめるエピソードだ。
 色々見て回って黒沢が暮らし始めるのが谷中だというのもいいし、その理由が肉とネコだというのもいい。
 これだけ読んでも多分何のことかわからないでしょうから、ぜひ読んでみて下さい。

 次の9巻が出るのは来春らしいので、しばらくはこの巻を何度か読み返すしかない。
  
(2016/12/10 投稿)

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