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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  睦月影郎さんの『ぼくのマンガ道』という本を
  紹介します。
  副題に「マンガに夢中だった」とあります。
  そんな少年時代、
  昭和30年代後半から
  昭和40年代前半でしょうか、
  その頃のマンガの話がずらり。
  睦月影郎さんもこの本に書いていますが
  「思い出せばきりがない」。
  それにしても
  この本に出て来るマンガのことは
  ほとんど覚えているというのは
  私もまた
  「マンガに夢中だった」ということ
  なんでしょうね、
  やっぱり。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  流星号、流星号、応答せよ!                   

 この本の著者睦月影郎という名前で、あああの作家とわかる人はかなりの官能小説好きかもしれない。
 睦月さんはその名前で官能小説を500冊以上刊行しているというから、官能小説家としては大御所なのだろう。
 官能小説家だからそういう類の本ばかり書いているかというと、そんなことはない。
 実際睦月さんは「ならやたかし」という名前で漫画も描いているという。
 睦月さんは官能小説家である前に、マンガ大好きな少年だったのだ。

 この本はそんな睦月さんが子供の頃に出会い夢中になったマンガの話満載なのだ。
 しかもうれしいことに睦月さんは昭和31年(1956年)生まれだから、昭和30年生まれの私とほぼ同い年。なので、ここに並んだマンガのほとんどに私もまた夢中になったものだ。
 手塚治虫やちばてつやの名作の数々は覚えている人も多いだろうが、「遊星少年パピイ」や「宇宙エース」、「スーパージェッター」なんかになるともうあの時代に子供だった世代にしか通用しないマンガのような気がする。
 何しろ睦月さんにとって、理想の乗り物は「スーパージェッター」の流星号というのだから、思わずわかるぅって叫びたくなる。
 「流星号、流星号、応答せよ!」なんて、やっていたものだ。

 世代が同じだとマンガを読む歩みもよく似てくる。
 「マガジン」「サンデー」から「COM」とか「ガロ」を読みだし、自分も漫画家になりたいと思いだす。
 そのうち上村一夫が描く妖艶な女性に悶えだしたりする。
 この本はまるでタイムマシンのように私は少年時代に連れていってくれた。
  
(2020/02/26 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  前回の朝ドラ「なつぞら」のモデルとなった
  女性アニメーターを描いた
  『漫画映画漂流記』を紹介します。
  主に聞き書きとなっている
  小田部羊一さんは
  女性アニメーター奥山玲子さんの夫でした。
  残念ながら
  奥山玲子さんは2007年に亡くなっています。
  小田部羊一さんは
  あの名作アニメ「アルプスの少女ハイジ」で
  キャラクターデザインをした人で
  高畑勲さんや宮崎駿さんといった
  アニメ界の巨匠たちと
  共に働いていた
  とっても有名なアニメーターです。
  「なつぞら」にはまった人なら
  これを読めばさらに記憶が鮮明になるかもしれません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  朝ドラ「なつぞら」のモデルとなった女性アニメーター                   

 NHK朝の連続テレビ小説(通称朝ドラ)の影響力は大きい。
 さすがにかつての「おしん」のように視聴率が50%を超えることはなくなりましたが、現在でも20%を超えることもあって、日本で一番見られているドラマといってもいいでしょう。
 その100作めの作品が「なつぞら」で、広瀬すずさんが演じた主人公のモデルとなったアニメーターが奥山玲子さんです。
 もし、朝ドラのモデルになることがなければ、奥山玲子という名前もその夫である小田部羊一の名前もアニメファンだけのものに終わったかもしれません。
 まして、こうして「おしどりアニメーター」として一冊の本になることはなかったともいえます。
 まさに朝ドラ恐るべし、です。

 この本は小田部さんと奥山さんのことをよく知る、当時の友人関係者たちからのインタビューと小田部さんの回想聞き書きで出来ています。
 インタビューを受けているのは、奥山さんが日本で初めての女性作画監督をした作品で演出をした勝間田具治さんや宮崎駿さんの奥さんで奥山さんと同じ時期に女性アニメーターだった宮崎朱美さんなどです。
 特に同じ女性という立場で、共働きで子育ての忙しかった日々を送った宮崎朱美さんのインタビューは、現代の女性から見ても共感を得るところが大きいと思います。
 朝ドラでも描かれていましたが、昭和40年代の始めに子供を預けて女性が働くということは現在以上に大変で、奥山さんはそれでも仕事を続けます。
 そういう姿が後輩の女性たちに勇気を与えてといいます。

 当時を知ることのできる写真なども多く、アニメファンだけでなく、楽しめる一冊になっています。
  
(2020/01/29 投稿)

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  今日はアニメ『サザエさん』放送50周年記念ブック
  『サザエさん ヒストリーブック』という本を
  紹介するのですが、
  そこで問題です。
  アニメ「サザエさん」の主人公
  フグ田サザエさんはおいくつでしょうか。
  さっそく答えです。
  アニメでは24歳の設定なんです。
  もしリアルに50年過ぎていたら
  御年74歳。
  ちなみにお父さんの磯野波平さんは54歳ですから
  人生100年時代であっても
  さすがに天寿を全うしてそう。
  ところが
  その点はアニメですから
  サザエさんは永遠の24歳だし、
  波平さんは老けてみえても54歳。
  だから、平和なんです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  日本で一番有名な家族                   

 日本で一番有名な家族、と訊かれて、もしかしたらスッと頭に浮かぶのはサザエさん一家かもしれない。
 何しろこの一家がテレビアニメとして私たちの生活に飛び込んできて2019年で50年になるという。
 もちろんその原作となる長谷川町子さんの四コマ漫画はもっと古いが、テレビアニメとなることでこの一家はうんと身近な存在になったかもしれない。
 隣の住人のことは知らなくても、テレビの中のこの一家のことはたくさんの人が知っているのだ。

 アニメ「サザエさん」のテレビ放映が始まったのは1969年10月5日。
 1969年というのがどんな年であったかといえば、その年にアポロ11号の月面着陸があった年で、その翌年1970年には月から持ち帰った月の石が人気となった大阪万博が開かれている。
 なんとサザエさん一家は大阪万博にも行っている。
 それから半世紀、日曜夕方6時半の不動の地位は揺るがず、「サザエさん症候群」や「磯野家の謎」はたまた「磯野家の相続」といったさまざまな社会現象まで巻き起こしている。

 そんな超有名一家の歴史を振り返るビュジアルブックがこの本である。
 サザエさん一家の紹介から始まり、その家系図、一家が暮らす「あさひが丘」の住民たち、さらには50年の歴史をその時々のニュースを交えながら紹介していく。
 後半はアニメ制作の裏側の説明で脚本家や声優の加藤みどりさんのインタビューまで載っている。
 最後にはアニメの設定資料も公開されていて、磯野家の間取りだけなくカツオくんのクラスの座席表まで載っている。

 ここまで赤裸々に公開されて、有名な一家になるのも大変である。
  
(2020/01/08 投稿)

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  昨日は敬老の日でしたが
  そもそも敬老の日って
  何歳からの人を敬うのかな。
  調べると、
  決まっているわけではなくて
  「長寿を祝う日」となっているそうです。
  まあ、高齢者と呼ばれる65歳からとするのが
  いいのかな。
  そうなれば、
  いや俺はまだ若い、という人が出てきそうだけど。
  でも、人間いずれみんな年をとっていくのですから
  敬老もいいし
  敬若だっていいのかも。
  今日は
  岡野雄一さんの『続・ペコロスの母に会いに行く』を
  紹介します。
 
  じゃあ、読もう。

  


sai.wingpen  まだまだ「ペコロスの母」は続きそう                   

 この作品の前作にあたる『ペコロスの母に会いに行く』は介護漫画として話題となって、ベストセラーになったのが2012年。
 その翌年には森崎東監督で映画化され、その年のキネマ旬報ベストワンに選ばれた。この映画で初主演となった赤木春恵さんは2018年秋に亡くなっている。
 前作以後、『ペコロスの母の贈り物』とか『ペコロスの母の玉手箱』といったふうに、ペコロスシリーズともいえる漫画本が刊行されたので、まさか『ペコロスの母に会いに行く』の続編が出るとは思わなかった。先にあげた作品だって、続といえば続のように思えるし、この作品でもってあえて「続」ということもないような気もするが。
 ところで、「ペコロス」というのは「小さなたまねぎ」のことで、この漫画から知った人も多かったのではないだろうか。

 人はその人のことを覚えている限り亡くなったことにはならない、とよく言われる。
 この作品の主人公である「ペコロスの母」みつえさんは前作ではグループホームでのほほえましいエピソードなどで私たちを笑わせ、みつえさんを介護する「ペコロス」雄一さんの姿に涙した人も多いだろう。
 そのみつえさんは2014年91歳で亡くなっている。
 この作品は今はいないみつえさんやその連れ合いの、なつかしいエピソードを描いたものだが、作者の岡野雄一さんの中では母はまだ生きているのだろう。だから、まるで昨日の日常が描かれているような錯覚に陥る。
 そんな息子を持って「ペコロスの母」はあちらの世界で照れているのだろうか。それともあきれているだろうか。
  
(2019/09/17 投稿)

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  「漫画の神様手塚治虫さんは
  嫉妬心も大変強い人で
  石ノ森章太郎さんとか若い漫画家にも
  ライバル心を持ち続けていました。
  もちろん、そのことで
  手塚治虫さんの評価は変わりませんし
  むしろそういう嫉妬心が
  いつまでも一番であろうという意欲を
  駆り立てていたのだろうと推測します。
  今日は長崎に原爆が落とされた日。
  長崎忌
  手塚治虫さんの「戦争漫画」を集めた
  『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』を
  紹介します。
  漫画でも戦争の悲惨さを表現できるのです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「昭和」とともに生きた手塚治虫だから描けた「戦争漫画」                   

 手塚治虫は昭和3年(1928年)に生まれ、昭和が終わって間もない平成元年(1989年)2月、60年の短い、けれど激動の生涯を閉じた。
 ほとんど昭和とともに生きた人だったといえる。
 幼年期、少年期は戦中、そして昭和20年8月の終戦時には多感な青年前期で、すでに漫画に夢中になっていた。
 戦後手塚は売れっ子漫画家として数多くの名作を世に生み出すことになるが、少年期青年期に体験した戦争のことは、生涯忘れることはなかった。

 手塚の作品の膨大なことは、彼の漫画全集が全400巻に及んでいることからもわかる。
 そして、手塚は「戦争漫画」と呼べる作品も数多く描いている。
 この本はそんな手塚の「戦争漫画」から7つの短編を収録している。
 これらの作品が発表されたのは1968年から1979年にかけてで、発表誌も「少年ジャンプ」や「少年サンデー」など、手塚の主戦場ともいえる少年漫画誌であった。

 「戦争漫画」といっても、手塚の場合戦争を肯定するものではない。
 名作の誉れが高い「紙の砦」では戦争が終わったもののその直前の空襲で自分の夢をくじかれた少女の姿を切なく描いている。
 あるいは、「すきっ腹のブルース」では戦争が終わったものの食べるものがなくいつもすきっ腹を抱えている漫画家の卵を描いて、飢餓のために恋さえ実らせることのできない悲哀を描いている。
 また、戦争による環境破壊を描いた「ゼフィルス」など、手塚のこだわりを感じる。

 これらの作品は、昭和を生きた手塚だからこそ描けた「戦争漫画」だったような気がする。
  
(2019/08/09 投稿)

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