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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日は敬老の日でしたが
  そもそも敬老の日って
  何歳からの人を敬うのかな。
  調べると、
  決まっているわけではなくて
  「長寿を祝う日」となっているそうです。
  まあ、高齢者と呼ばれる65歳からとするのが
  いいのかな。
  そうなれば、
  いや俺はまだ若い、という人が出てきそうだけど。
  でも、人間いずれみんな年をとっていくのですから
  敬老もいいし
  敬若だっていいのかも。
  今日は
  岡野雄一さんの『続・ペコロスの母に会いに行く』を
  紹介します。
 
  じゃあ、読もう。

  


sai.wingpen  まだまだ「ペコロスの母」は続きそう                   

 この作品の前作にあたる『ペコロスの母に会いに行く』は介護漫画として話題となって、ベストセラーになったのが2012年。
 その翌年には森崎東監督で映画化され、その年のキネマ旬報ベストワンに選ばれた。この映画で初主演となった赤木春恵さんは2018年秋に亡くなっている。
 前作以後、『ペコロスの母の贈り物』とか『ペコロスの母の玉手箱』といったふうに、ペコロスシリーズともいえる漫画本が刊行されたので、まさか『ペコロスの母に会いに行く』の続編が出るとは思わなかった。先にあげた作品だって、続といえば続のように思えるし、この作品でもってあえて「続」ということもないような気もするが。
 ところで、「ペコロス」というのは「小さなたまねぎ」のことで、この漫画から知った人も多かったのではないだろうか。

 人はその人のことを覚えている限り亡くなったことにはならない、とよく言われる。
 この作品の主人公である「ペコロスの母」みつえさんは前作ではグループホームでのほほえましいエピソードなどで私たちを笑わせ、みつえさんを介護する「ペコロス」雄一さんの姿に涙した人も多いだろう。
 そのみつえさんは2014年91歳で亡くなっている。
 この作品は今はいないみつえさんやその連れ合いの、なつかしいエピソードを描いたものだが、作者の岡野雄一さんの中では母はまだ生きているのだろう。だから、まるで昨日の日常が描かれているような錯覚に陥る。
 そんな息子を持って「ペコロスの母」はあちらの世界で照れているのだろうか。それともあきれているだろうか。
  
(2019/09/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  「漫画の神様手塚治虫さんは
  嫉妬心も大変強い人で
  石ノ森章太郎さんとか若い漫画家にも
  ライバル心を持ち続けていました。
  もちろん、そのことで
  手塚治虫さんの評価は変わりませんし
  むしろそういう嫉妬心が
  いつまでも一番であろうという意欲を
  駆り立てていたのだろうと推測します。
  今日は長崎に原爆が落とされた日。
  長崎忌
  手塚治虫さんの「戦争漫画」を集めた
  『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』を
  紹介します。
  漫画でも戦争の悲惨さを表現できるのです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「昭和」とともに生きた手塚治虫だから描けた「戦争漫画」                   

 手塚治虫は昭和3年(1928年)に生まれ、昭和が終わって間もない平成元年(1989年)2月、60年の短い、けれど激動の生涯を閉じた。
 ほとんど昭和とともに生きた人だったといえる。
 幼年期、少年期は戦中、そして昭和20年8月の終戦時には多感な青年前期で、すでに漫画に夢中になっていた。
 戦後手塚は売れっ子漫画家として数多くの名作を世に生み出すことになるが、少年期青年期に体験した戦争のことは、生涯忘れることはなかった。

 手塚の作品の膨大なことは、彼の漫画全集が全400巻に及んでいることからもわかる。
 そして、手塚は「戦争漫画」と呼べる作品も数多く描いている。
 この本はそんな手塚の「戦争漫画」から7つの短編を収録している。
 これらの作品が発表されたのは1968年から1979年にかけてで、発表誌も「少年ジャンプ」や「少年サンデー」など、手塚の主戦場ともいえる少年漫画誌であった。

 「戦争漫画」といっても、手塚の場合戦争を肯定するものではない。
 名作の誉れが高い「紙の砦」では戦争が終わったもののその直前の空襲で自分の夢をくじかれた少女の姿を切なく描いている。
 あるいは、「すきっ腹のブルース」では戦争が終わったものの食べるものがなくいつもすきっ腹を抱えている漫画家の卵を描いて、飢餓のために恋さえ実らせることのできない悲哀を描いている。
 また、戦争による環境破壊を描いた「ゼフィルス」など、手塚のこだわりを感じる。

 これらの作品は、昭和を生きた手塚だからこそ描けた「戦争漫画」だったような気がする。
  
(2019/08/09 投稿)

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  今日は立秋

    キオスクの新聞抜くや今朝の秋      押野 裕

  毎日猛暑で
  嫌になっているのに
  何が立秋だ、と文句のひとつもいいたくなるような気候。
  いくら暦の上といえ
  今年の立秋の肩身の狭いこと。
  そんな日に紹介するのは
  滝田誠一郎さんの
  『ビッグコミック 創刊物語』。
  石ノ森章太郎さんの展覧会から
  その自伝を何冊、
  その流れで石ノ森章太郎さんも創刊号に執筆した
  「ビッグコミック」がどのように誕生したかを
  描いたノンフィクションを読んだが、
  実はこの本は2009年2月11日に読んでいて
  書評も書いています。
  10年前に読んだ本だから
  ほとんど初読みたいな感じでしたが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  すごい雑誌を作ったものだ                   

 小学館のマンガ雑誌「ビッグコミック」が創刊されたのは、1968年(昭和43年)2月29日。
創刊号を飾ったのは5人の漫画家。
 白土三平、手塚治虫、石ノ森章太郎(当時は石森という表記)、水木しげる、そして、さいとう・たかを。
 それから月日を重ね、昨年50周年を迎えた。
 2018年秋から2019年1月にかけて、川崎市市民ミュージアムで記念企画展も開催されていて、創刊号の現物も展示されていた。
 ノンフィクション作家滝田誠一郎のこの作品は、そんな「ビッグコミック」の誕生とその後に焦点をあてたもので、2008年に刊行されている。
 すなわち創刊から40年のタイミングで、創刊当時の編集長で、その後に「コミック界のドン」とまで呼ばれるようになる小西湧之助に取材できたことで、この作品に奥行きができたといえる。

 「ビッグコミック」の魅力は5人の漫画家のすごさだけではない。
 創刊号の表紙を描いたのは伊坂芳太良。伊坂を選んだのも小西だという。このあたりは第5章「だから表紙に使おうと決めた」に詳しい。
 半世紀が経ってもなお、この表紙を見て感動すら覚えるのは伊坂の功績だろう。
 その伊坂の突然の死によって、「ビッグコミック」の表紙は新しい書き手が必要となった。
 それが、その後何十年と「ビッグコミック」の表紙を描き続けることになる日暮修一。

 そんな風にみてくると、一つの雑誌が生まれ、その後何十年にわたって読者から支持されるのは並大抵ではないことがわかる。
 このノンフィクション作品はそんな視点で読むのも面白いが、それ以前に大好きな「ビッグコミック」の話だからいいのだ。
  
(2019/08/08 投稿)

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  昨日、石ノ森章太郎さんの
  『章説 トキワ荘の春』という本を紹介しましたが
  今年になって
  また一冊「トキワ荘」を描いた本が
  出版されました。
  それが中川右介さんの
  『手塚治虫とトキワ荘』。
  読み応え十分の一冊ですが
  その内容の深さと広さに
  大満足です。
  石ノ森章太郎さんのお姉さんの話も
  当然書かれています。
  泣くことがほとんどなかった石ノ森章太郎さんですが
  さすがにこの時
  赤塚不二夫さんの前で泣いたといいます。
  そういうこともきちんと
  書かれています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あの頃、あの場所に、みんないた                   

 「トキワ荘」は東京・豊島区椎名町にあった木造二階建てのアパートで、1952年頃建ち、1982年に老朽化のため解体されている。
 昭和の時代にどこにでもあったアパートが今でも多くの人の口にのぼるのは、このアパートに「漫画の神様」手塚治虫をはじめ、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、寺田ヒロオといった漫画雑誌が月刊誌から週刊誌へ変わろうとする時代を牽引し、その後のマンガを支えた漫画家たちが住んだことに由来する。
 時代が進んで、1970年頃雑誌「COM」に「トキワ荘物語」という当時そこで暮らした、あるいは関わった漫画家による回顧ものが「トキワ荘神話」構築の第一歩だったと、この本の中に記されている。

 その後「トキワ荘」は石ノ森章太郎や長谷邦夫といった漫画家だけでなく、丸山昭といった編集者も独自で本を出していたりする。
 そういうものも参考にしつつ、さらに当時をよく知る水野英子たちからの取材も含め、実によくできた「トキワ荘」ドキュメントといえる。
 何しろ、この本は383ページで、しかも2段組みであるから、その内容の豊富さは半端ではない。
 単に「トキワ荘」というだけでなく、手塚治虫の漫画家としての歩みや藤子不二雄たちを生んだ伝説の漫画雑誌「漫画少年」、さらにはその雑誌に関わった加藤謙一や講談社や小学館の編集者たちなど昭和30年代のマンガ史を描いた労作である。
 この一冊であの頃のマンガ界を全貌できるわけではないが、少なくともこの本は「トキワ荘」を語る上において、重要な一冊になることは間違いない。
  
(2019/07/27 投稿)

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  昨年11月に
  川崎市市民ミュージアムで開催された
  「連載50周年記念特別展 ゴルゴ13 用件を聞こうか…」展のことは
  このブログでも書きましたが、
  今度はその作者である
  さいとうたかをさんを特集した
  本が出ました。
  本のタイトルはずばり
  『さいとうたかを本』。
  この本は
  さいとうたかをさんだけでなく
  劇画黎明期に興味のある人には
  欠かせない一冊だと
  思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  強い個性が時代を切り開く                   

 あの「ゴルゴ13」が2018年連載50年を迎えた。
 ひとくちに50年といっても、半世紀になるわけだから、とてつもない時間の堆積である。
 連載を始めた時、作者のさいとうたかを氏は32歳。
 すでに劇画の一翼を担う漫画家だったが、まだまだ若い逸材だった。
 もし、さいとうたかを氏がいなければ、日本の漫画の世界も全く違ったものであったかもしれない。

 この本は一冊まるごと「さいとうたかを」で出来ている。
 目次を見るだけで、さいとうたかをファンなら唸るに違いない。
 まず劇画家池上遼一氏による総論「さいとうたかをとは何か」に始まり、作品各論が続く。
 作品としては初期の「台風五郎」にはじまり、「無用ノ介」「影狩り」「ゴルゴ13」「鬼平犯科帳」などさいとう氏の代表作が並ぶ。
 その執筆陣も高橋克彦氏、みなもと太郎氏、夏目房之介氏、佐藤優氏など多彩な顔触れである。

 さらにはスペシャルインタビューとして、漫画家あだち充のインタビューがある。
 「タッチ」を描いたあだち充氏とさいとう劇画は一見遠そうだが、あだち氏は学生時代からさいとう劇画のファンだったという。

 そして、この本の中心ともいえるのが、さいとう氏の聞き書き「俺は劇画家だ!」。
 副題に「もう一つの“トキワ荘物語”」とあるが、さいとう氏にとって手塚治虫さんを頂点とする子ども漫画があったからこそ、劇画という別の道を切り開いたともいえる。
 この中で手塚治虫に会いにいくも、手塚の母堂に門前払いをされた挿話も披露している。

 その他にもまぼろしの「台風五郎」の復刻や全作品リストなど、さいとうたかをファンなら絶対手が出る一冊だろう。
  
(2019/02/28 投稿)

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