08/28/2019 蜩ノ記(葉室 麟):再読書評「再読して見えてくる重厚さ」

本屋さんには
毎週一度行きます。
面白そうな、新しい本は出ていないか
確認しています。
一度読んだ本と新しい、未読の本となると
どうしても読んだことのない本に
手が出てしまうのですが
できるだけ
再読も心掛けたいとも
思っています。
葉室麟さんが亡くなって
もう2年近くになりますが
葉室麟さんの作品などは
再読したいところ。
今日は葉室麟さんの直木賞受賞作
『蜩ノ記』を再読で。
私と葉室文学の出会いは
まさにこの作品からでした。
じゃあ、読もう。

第146回直木賞受賞作。(2012年)
いうまでもなく葉室麟の作家としての地位を固めることになった出世作である。
5度目の候補での受賞で、受賞が決まった際には「ほっとしました。もうこれで直木賞候補にならなくてすむのが一番嬉しい」と語っている。
それはおそらく葉室の本音であったろうが、同時にいくつまで小説を書けるだろうという不安と焦りもあったにちがいない。
葉室がその後2017年に急逝したことを思い合わせると、この受賞の際には書きたい思いがひたすらであったのではないだろうか。
この作品は葉室が生み出した架空の藩羽根藩を舞台とする時代小説である。
この作品のあと羽根藩を舞台とした作品が数作描かれることになるが、今回改めて読んでいくと、実に細やかに藩の造形が作られていることに気づかされた。
おそらく作品と仕上げていくまでに、葉室は城下の町のありさまや主人公である戸田秋谷が幽閉されている村の配置など念入りに作り出したのだろう。
さらには秋谷が策略により罰を受け、その刑として藩の家譜をまとめるという作業では、藩が誕生してからのさまざまなことを作品にするまでに持っていたのであろうと思う。
もちろんそれは秋谷や彼を監視する役を仰せつかりながら秋谷に魅かれていく檀野庄三郎といった登場人物でもそうで、その履歴を葉室はきちんと準備していたにちがいない。
この作品はそういう葉室の生真面目さが成功したといえる。
直木賞受賞の選評で伊集院静委員は「修練を積んだ作家の技」と評し、「これからもおおいに読者を愉しませてくれるはず」と記した。
まさにそのようにして、葉室麟は風のように逝ったのだと、改めて思う。
(2019/08/28 投稿)

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08/18/2018 下町ロケット(池井戸 潤):書評「私たちに勇気と感動をくれた」

今本屋さんに行くと
池井戸潤さんの新作『下町ロケット ゴースト』が
どーんと平積みされています。
さらに同シリーズの2作めにあたる
『下町ロケット ガウディ計画』も文庫化されて
こちらもどーんと積まれています。
池井戸潤さんの人気は
衰え知らずといえますね。
せっかくなので
池井戸潤さんが
第145回直木賞を受賞した
『下町ロケット』から順に読んでいこうと
思っています。
読む前から
楽しみです。
じゃあ、読もう。

第145回直木賞受賞作。(2011年)
この年の3月東日本大震災が起こって日本全体が打ちひしがれていた状況の中で、池井戸潤さんの代表作ともいえる、東京の下町の町工場の社長である佃航平とその工場で働く人々の姿を描いた長編小説が直木賞を受賞した意味は大きい。
振り返ればあの年、女子サッカーのなでしこジャパンが女子ワールドカップで優勝をし、どれだけ私たちに勇気と感動を与えてくれたか。同じ夏、池井戸の作品が直木賞を受賞したことで、同じような感動を覚えた人も多かったにちがいない。
選考委員の一人伊集院静氏は「さまざまな事情を抱えた今夏の日本に活力を与える小説」と選評で記したし、桐野夏生委員は「震災後の日本の姿を、是非、池井戸さんに書いて頂きたいと願う」とした。
この作品をきっかけにして、池井戸さんの作品はデビュー作から見直されていくことになる。あるいは、「半沢直樹」シリーズのように映像化と相まって、多くの読者を獲得していく。
受賞作となったこの作品ものちにテレビドラマ化され、ドラマのインパクトが小説の展開とリンクして、小説単独では味わえない面白さを、受賞から7年も経っても、味わうことができるのはうれしい。
ただ林真理子委員が「登場人物のすべてがステレオタイプなのが気にかかった」と選評で書いているように、もしかしたら池井戸さんの作品がドラマ化されて面白いのは、そういう点があるともいえる。
この時の選考会で「わたしはここまで読みものに堕したものは採らない」と否定的意見を述べたのは渡辺淳一委員だが、私は決してこの作品を「堕したもの」とは思わない。
「読みもの」であってもいいものは、いいのだから。
(2018/08/18 投稿)

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07/13/2018 ナポレオン狂(阿刀田 高):書評「短編小説の味わいというよりミステリーかな」

短編小説大好きの
作家阿刀田高さんは
短編集『ナポレオン狂』で
第81回直木賞を受賞しました。
阿刀田高さんから
短編小説の魅力を教えてもらうだけではもったいないので
阿刀田高さんの短編集を
読んでみました。
確かに短編なのですが
例えば芥川龍之介のそれとは
ちょっと感じが違いました。
エスプリ、
つまりは才気がかちすぎていて
抒情性が少ない。
そんな印象を受けました。
じゃあ、読もう。

第81回直木賞受賞作(1979年)。
最近の直木賞受賞作はどれも長い。というより、切れにいい短編小説が少なくなったということもある。
新人の場合、短編の方が書きやすいと考えがちだが、むしろ長編小説でドラマチックな展開の方が描きやすいのかもしれない。
阿刀田高氏の受賞作は『ナポレオン狂』という短編集一冊が対象になっている。
この回同時受賞だった田中小実昌氏の場合、短編集から2篇が受賞対象だから、阿刀田氏のような受賞は珍しいかもしれない。
何しろこの短編集には13篇の短編が収録されているから、そのすべてが受賞に値するかといえば決してそんなことはない。
例えば選考委員の新田次郎氏は「作品集「ナポレオン狂」の中で、「ナポレオン狂」「来訪者」「ゴルフ事始め」「縄」の四作を勝れた作品」と選んで、選評しているが、それが正しいような気がする。
さらに新田委員は「一言半句も無駄のない、よく計算された筋運びの中で、現代社会を風刺」と絶賛に近い選評を寄せているが、一方で村上元三委員は「ガラス細工のような脆さもおぼえる」としているが、この受賞から40年近く経ってみると、阿刀田氏は脆くもなく、骨太な作家になったといえる。
さて、この13篇から私が選ぶとすれば、やはり表題作の「ナポレオン狂」だ。
なんとも薬味の効いた作品で、ラストには思わずゾクッとさせられる。ブラックユーモアyというよりもミステリー仕立ての短編といっていい。
ただこういう短編も今ではなかなか読まれていないのでは。
直木賞受賞作として触れてみるのもいいような気がする。
(2018/07/13 投稿)

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第158回芥川賞直木賞が発表されました。

お、すごい、
直木賞の方が先ですね。
でも、記事の中は
やっぱり芥川賞が先。
まあ、五十音順と思えば。
芥川賞は石井遊佳さんの「百年泥」(新潮11月号)と
若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」(文藝冬号)が受賞。
直木賞は門井慶喜さんの「銀河鉄道の父」(講談社)が受賞した。
門井慶喜さんの受賞作『銀河鉄道の父』は
すでにこのブログで紹介してますね。
こういうのって
先見の明というのかな。
さっそく
再録書評で載せておきます。
まずは、おめでとうございます。

第158回直木賞受賞作。
門井慶喜さんの作品は第155回直木賞候補となった『家康、江戸を建てる』しか読んでいないからエラそうなことは言えないが、作品の捉え方が独特でいい。
この作品にしてもそうで、宮沢賢治というあまりにも有名な作家の生き様をその父の視点から描こうというのは、今までありそうでなかった視点といえる。
それでいてそれが変化球かといえば決してそうではない。
むしろ直球ストライクど真ん中というのが、読んでいて気持ちいい。
この物語の主人公は賢治の父政次郎である。
賢治の実家である質屋を父喜助から引き継いで、岩手花巻の富豪であり名士であった。
賢治もそうであったが、政次郎も子供の頃からよく出来て「花巻一の秀才」と言われたという。そうなると当然上級の学校となるが、喜助の「質屋には、学問は必要ねぇ」の一言でそれを断念することになる。
しかし、自分の息子がそうなった時、政次郎は進学を許す。賢治の妹のトシもそうである。
それは時代の流れといえばそうかもしれないが、もし喜助のような性格であれば賢治は果たして上級の学校に行けたか。
もっというなら、賢治が童話や詩を書くに至ったかはわからない。
それを政次郎の甘さといえなくもない。
読んでいてここまで息子や娘に優しい父をうらやましいと思うが、賢治を後世いわれる宮沢賢治に仕上げたのはこの父なのではないか。
いや、もしかしたら政次郎こそ宮沢賢治になりたかったその人なのかもしれない。
けっして重くならない門井さんの文体もこの作品にはよく合っている。
(2017/12/02 投稿)

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10/13/2017 花のれん(山崎 豊子):書評「朝ドラよりも面白い」

第97作めとなる
NHKの朝の連続テレビ小説「わろてんか」が
始まりました。
このドラマ、吉本の創業者吉本せいを
モデルにしているようですが
吉本せいという女性は
その生涯が波乱万丈ということもあって
たくさんの小説やドラマの
モデルになっています。
そこで今日は
山崎豊子の『花のれん』を
紹介します。
この作品、新潮文庫にはいったのが
昭和36年ですが
今回の朝ドラにあわせて
表紙カバーも刷新して
書店で平積みされています。
すごいですね、
朝ドラの力って。
じゃあ、読もう。

第39回直木賞受賞作。(1958年)
今や157回を数える直木賞だから、この作品がどれだけ古いかわかろうというもの。
そして、このあと『白い巨塔』『不毛地帯』『大地の子』といった社会派長編小説を手掛けた山崎豊子の出世作といえる作品である。
選考では大方の委員の評価を集めたようで、中でも川口松太郎は「今度の作品中では、どれよりも優れているような気がして自信を持って推薦」と絶賛。海音寺潮五郎は「材料を豊富に用意しておいて、速射砲的にポンポン撃ち出して行く手法が面白い」と評価するも、小島政二郎は「彼女の成功のイキサツが実にイージー・ゴーイング」と厳しい点をつけている。
この長編小説は現在の吉本興業の創業者吉本せいをモデルとした女一代ものである。
大阪船場の老舗に嫁いだ多加だが、その夫吉三郎の道楽がひどく、店もつぶれてしまう。そんなに道楽が好きならいっそのこと好きな芸能興行をしてみてはと吉三郎にもちかけたのが、多加の商いの始まりであった。
少し芽のでてきた商いに吉三郎の道楽がまた顔を出し、ついには愛人の家で命をおとしてしまう始末。
その葬儀、二人の夫にまみえないという覚悟の白い喪服を着て、多加は商いへの覚悟を決める。
ここまでがおよそ三分の一。これから先、多加がほのかに想いを寄せる男の登場もあるが、それをふりきっても商いにまい進する女性の強さが見事に描かれて、面白かった。
桂春団治やエンタツ・アチャコといったお笑い界の名人とのエピソードもうまくはめこまれて、満足の一編である。
(2017/10/13 投稿)

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