プレゼント 書評こぼれ話

  あれから7年。
  2011年3月11日に起こった
  東日本大震災から7年という月日が
  流れました。
  あの日から
  多くの東日本大震災関連本を読んできましたが
  この池澤夏樹さんの
  『春を恨んだりはしない』は
  再読しようとずっと思ってきた一冊です。
  今回は中公文庫となった作品で
  再読をしました。
  その中で
  池澤夏樹さんはこんなことを書いています。

    亡くなった人たちを中心に据えて考えれば、
    我々がたまたま生き残った者でしかないことは明らかだ。

  生き残った者として
  誇れる7年であったか
  もう一度考える必要があるかもしれません。
  政治のこと
  原子力のこと
  地方のありかた、
  この国の未来のこと。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  生き残った者として                   

 あの日、2011年3月11日、あの時、午後2時46分、のちに東日本大震災と名付けられることになる大地震が東北地方を襲った。その地震に続いて大津波が関東から東北にかけての沿岸地域に到達し、2万人近い死者と行方不明を出した。
 そのあと、作家の池澤夏樹は何度か被災地を訪ねたり、ボランティア活動に参加した。それらを通じて、あるいは池澤がそれまで経験してきたことから、考えたいくつかのことをヴィスワヴァ・シンボルスカという詩人の詩の一行からとったタイトルのエッセイにまとめ、2011年9月に刊行した。
 その二ヶ月後、青森の三沢から福島のいわきまでの三陸地方を縦断した記録を「東北の土地の精霊」と題して、雑誌「考える人」の2012年春号に掲載する。
 そして、2016年1月、単行本のエッセイと雑誌に掲載した文をまとめて、中公文庫の一冊とした。この時、「東北の土地の精霊」は「東北再訪」と変更された。

 だから、この文庫本には2011年8月に単行本のために書いた「書き終えて」と、文庫化にあたって2015年12月に綴った「文庫版のためのあとがき」という2つの文章が掲載されている。
 特に後者の「あとがき」は震災から四年と三カ月を経て書かれたものであるから、「この五年の間に事態は想像もしないほど悪い方に動いた」と書かざるをえなかった作家の苦悩がにじみでて、その時からさらに2年を過ぎた2018年にそれ以上の「悪い方」に私たちは向かっていったかもしれないと、暗い気持ちにならないわけではない。
 しかし、それでもこの「あとがき」の最後に、「我々はやはりあの日に何かを学んだのだろう」とある池澤夏樹の言葉を信じて、これから先も、春を恨むこともなく、前に進むしかないのではないだろうか。
  
(2018/03/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  またあの日がやってきます。
  3月11日。
  7年前の2011年のこの日、
  私たちは経験もしたことのない
  大きな悲しみと
  原発事故という
  いわれのない恐怖を知ることになります。
  あれから7年経って
  すべてが解決したわけではありません。
  特に原発事故は
  これからも何年も何十年も
  未来にこうべを下げ続けるしかありません。
  ただ、あの時
  それでも懸命に戦った人たちがいることも
  忘れてはいけません。
  今日紹介するのは
  門井隆将さんが
  2012年12月に刊行した
  『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あの日あの場所で戦い続けた人たちの物語                   

 泣いてはいけない、そう思っていた。
 この作品、2011年3月11日に起こった東日本大震災をきっかけにして起こった福島第一原子力発電所の事故とその危機迫る現場で何が起こっていたかを描いたノンフィクション作品は、原子力エネルギー政策に走ったこの国の政治と多くのことを利益優先で怠った東京電力という大企業が為した結果を冷静に読まないといけないと思いつつも、全22章の最後の3つの章、「家族」「七千羽の折鶴」「運命を背負った男」に至ると、もう涙が止まらなかった。
 人災とまでいわれる原発事故。あれから7年の歳月が過ぎても故郷に帰れない多くの避難者がいる現実。あれだけの事故があってもまだ原子力はこの国の重要なエネルギー源であり、経済の資源であり続けている。
 そういう批判の描き方はさまざまあるだろうが、この作品で描かれているのは原発事故の「悲劇の実態」だけではない。
 その「悲劇」に命をかけて挑んだ人たちの物語がここにある。

 あの日刻々で変化していく福島第一原発はまるで悪魔の生き物であった。
 それに挑んだ吉田昌郎氏(彼はこの時所長という立場で現場を指導。しかし、この本が刊行されたあと、2013年7月、58歳で死去)をはじめとした東電の社員、協力会社の人たち、自衛隊の隊員たち、彼らは死の恐怖に直面しながらも、必死になって最大規模の事故だけは防ごうとした。
 その思いを著者の門田氏は「何か」と書いた。
 「それが使命感なのか、責任感なのか、それとも、家族と故郷を守ろうとする強い思いなのか」、それでも表現できない「何か」。
その「何か」は福島第一原発だけではない。
 東日本大震災に直面した多くの日本人の心に宿った、「何か」だったと思う。
  
(2018/03/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から6年が経つということは
  福島原発事故から6年が経つということです。
  昨年来からたびたび報道されてきた
  原発避難者へのいじめの問題。
  最近では「原発避難いじめ」などといった
  言葉までできてしまっています。
  今日再録書評で紹介する
  松本猛さんと松本春野さんの『ふくしまからきた子』は
  2012年に出た絵本です。
  一時の風評でいじめられて子どもたちもいたでしょう。
  でも、時がそのことを解決したと思っていたら
  実際には全くそうではなかった。
  原発事故で避難を余儀なくされた人たちに
  一体どんな罪があるというのでしょう。
  もし、子どもたちがそのことでいじめを行っているとしたら
  大人たちは痛烈に反省しないといけません。
  子どもたちは
  大人たちの鏡です。
  子どもたちはきっと大人たちの言動を見ています。
  この絵本が
  この問題を解決する一冊になることを
  願っています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  七代先の子どもたちへ                   

 自分の先祖を順番に並べたら、たかだか5人ぐらい前で江戸時代あたりの先祖になるのだろうか。
 私の前が父母で、その前には祖父祖母、その前が曾祖父母。このあたりになるとすでにどんな人だかわからない。
 人類の歴史などと大仰にいっても、その程度なのだ。
 本書の作者で、画家いさわきちひろの子どもである松本猛さんがこの絵本の終わりに、「七代先のことを考えて判断しなさい」というアメリカ先住民の言葉を紹介しているが、七代先とは言葉でいえば簡単だが、実は途方もないくらいの年数ということだ。

 ヒロシマやナガサキの原爆からでもせいぜい三世代前といえる。
 たったそれだけの年数なのに、この国は原子力発電を容認し、拡大していったわけである。そして、東日本大震災による東京電力福島原発での事故。
 それは、「まさか」であったのか、「やっぱり」であったのか。
 高度成長期のこの国は豊かさを国民にもたらしたが、その一方で「七代先のことを考える」ことはしなかったのだ。

 松本猛とその娘である松本春野の共作となったこの絵本は、原発事故によって福島から広島に避難してきた一人の少女と同級生となったサッカー好きの少年の物語だ。
 ひとり仲間にはいらない「ふくしまからきた子」、まや。
 彼女のことが気になるだいじゅ少年は家で彼女の事情をきいてみる。
 放射能、原爆、避難。ヒロシマとフクシマ。
 その夜、少年は母の背にしがみついて泣くまやの姿を見る。

 子どもたちに罪はない。
 「七代先のことを考え」なかった大人たちの責任だそのことをきちんと伝えていくことが、今の私たちの大きな課題といっていい。
 物語であれ、ノンフィクションであれ、本書のような絵本であれ、子どもたちに、「七代先」の子孫たちに、伝えていくことがどんな大事なことか。

 そういえば、この絵本で絵を担当した松本春野はいわさきちひろから二代めにあたる。祖母ちひろの柔らかなやさしさを受け継いでいるようなタッチの絵が、いい。
  
(2012/10/11 投稿)

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  東日本大震災から6年。

  2011年3月11日午後2時46分。
  あの日皆さんは何をしていましたか。
  私は今でもあの日のことを
  くっきり思い出すことができます。
  東京にいた私でさえそうなのです。
  あの日東北にいた人たちの
  記憶はどんなにつらいものでしょう。
  6年という時間の厚みが
  どれほどのものかわかりませんが
  それぐらいで
  人びとの悲しみは消えないくらいのことは
  わかります。
  東日本大震災が私たちに残したものを
  次の世代につなげていく。
  それは忘れてはいけないことだと思います。
  今日は
  吉村昭さんの『三陸海岸大津波』を
  再読書評として紹介します。

  海に、こうべをたれて。

  

sai.wingpen  何度でも読み返したい一冊                   

 またあの日を迎えました。
 3月11日。
 これからも何度でもやってくる一日ではありますが、2011年のあの日から私たちにとってこの日は特別なものになりました。
 2011年3月11日午後2時46分、発生した地震とそのあとの大津波は今を生きる私たちにとって想像もしなかったものでした。
 死者の数は1万5千人を超え、今も行方のわからない人は2千人以上います。
 かつて三陸海岸を襲った大津波のことを記録したこの本を読むたびに、もしあの日作者の吉村昭氏が存命であればあの日の光景を見てどう思っただろうと考えてしまいます。
 だから警告していたのにと思ったでしょうか。それとも、もっと声を大にして叫んでいたらよかったと悔やんだでしょうか。

 三陸海岸には東日本大震災以前にもたびたび大きな津波が襲っています。
 その中でも被害の大きかった明治29年と昭和8年、それと昭和35年のチリ地震の際の津波を記録したのがこの作品です。
 初出は1970年の中公新書ですから、かなり以前の作品です。吉村氏もまだ40代前半でした。
 現地の図書館での資料探索から始まって、明治の津波を知る古老をたずね、昭和の津波ではその当時の被災状況を綴った児童の作文にまで目を通しています。
 そして、最後に紹介されていた「津波は、時世が変ってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、(中略)死ぬ人はめったにないと思う」と古老の言葉は、実にあっけなく覆えられてしまうことになりました。

 そのことこそ、この本の重い教訓ではないでしょうか。
 これからも津波は襲ってくるでしょう。そして、油断をしていれば、また悲劇は繰り返されるのだと。
  
(2017/03/11 投稿)

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 東日本大震災から明日で6年。
 今日はその1日前にあたります。
 6年前の3月10日、
 海は穏やかだったでしょう。
 山は静かだったでしょう。
 鳥も樹々も今しばらく春を待っていたでしょう。
 そして、人たちもまた。
 たった1日。
 時がまわって
 私たちは未曽有の経験をすることになります。
 なくなった人たちの
 悲しみにくれた人たちの
 6年前の3月10日を想像するだけで
 つらくなります。

 先日(3月6日)、
 
生活クラブ生協川口ブロック浦和東支部主催の
 「大地を受け継ぐ」という映画の上映会と
 この映画の井上淳一監督の講演会に
 行ってきました。

  

 「大地を受け継ぐ」について
 少し書いておきます。
 この映画は福島で農業を営む樽川和也さんの家を
 11人の学生がたずねていくところから始まります。
 福島で農業といえば
 これまでにも多くの報道があったように
 東日本大震災の際に起こった
 福島原発事故による放射能汚染で
 樽川和也さんの畑も被害にあってしまいます。
 収穫まぢかだった8000株のキャベツを
 放棄せざるをえなかったといいます。
 農家の人にとって
 丹精込めて育てた野菜は子供同然だったでしょう。
 そんな中
 樽川和也さんのお父さんが絶望し、自ら死を選んでしまわれます。
 この映画は
 11人の学生たちを前にして
 樽川和也さんとお母さんが
 原発事故以降の理不尽な日々を
 淡々と語る姿を追った
 ドキュメンタリーです。

 ここには劇場映画で体験するような
 起承転結はありません。
 けれど、井上淳一監督はこの映画について
 こんなことを書かれています。

    言葉を撮ること - 言葉を語る彼を
    言葉に詰まる彼の沈黙を撮ること -で、
    言葉の向こう側にあるものが想像できるのなら、
    それこそが映画ではないか。

 上映後の講演会でも
 井上淳一監督は同じようなことを
 話していました。
 「樽川さんの沈黙の向こうに福島の人々の声があるのではないか」と。
 そして、
 「想像してみて下さい」と。

 福島市出身の詩人長田弘さんが
 こんなことを書いています。

    沈黙とは - 語られなかった悲しみのことだ。

 沈黙という言葉が
 つながっていきました。
 発せられないものであっても
 私たちは想像する力でその向こうにあるものを
 理解することができるのです。

 映画の中で
 「風評被害なんかではない。実際に被害はあるんだ」と
 語る樽川和也さんの言葉の
 なんと重いことか。

 あれから6年が経とうとしていますが 
 私たちは何も知らないのではないか。
 あるいは
 何も知ろうとしていないのではないか。
 そんなことを突き付けられた映画でした。
 大きな劇場では上映されないだろう
 映画ですが
 もし機会があれば
 ぜひ見て下さい。

 受け継ぐのは
 私たち一人ひとりなのですから。

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