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プレゼント 書評こぼれ話

  大河ドラマに続いて
  ついに朝トラ「エール」
  今週から再放送となりました。
  コロナ禍で
  収録が追いつかなくなった影響です。
  ドラマはまだ半分ほど。
  これから戦争に突入して
  主人公の活躍、
  つまりは名曲の数々の誕生が
  描かれるはず。
  その後、モデルとなった古関裕而さんが
  どんな人生を歩むか
  気になる人はぜひお読み下さい。
  今日は
  古関裕而さんの自伝
  『鐘よ鳴り響け』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  朝ドラロスになった人はぜひお読み下さい                   

 その生涯で5000曲以上を作曲したといわれる作曲家古関裕而さん。
 古関さんが1989年(平成元年)8月に80歳で没してから30年以上経って、2020年にNHK朝ドラ「エール」のモデルになったことで、再び脚光を集めている。
 この本は1980年(昭和55年)に刊行された古関さんの「自伝」である。
 その「あとがき」に、「作曲家になって満50年になった」とある。
 1909年(明治42年)生まれの古関さんにとって、ある区切りの執筆であったのだろう。

 この自伝でも古関さんの有名な曲が生まれたエピソードが曲ごとに綴られている。
 早稲田大学の応援歌「紺碧の空」であったり、初のヒットとなった「船頭可愛や」や戦時中の「露営の歌」や「暁に祈る」などの名曲は戦争が終わったあとも歌われていたほどだ。
 戦後は菊田一夫氏とのコンビで名曲を次々と発表。
 「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」、「フランチェスカの鐘」、そしてサトウハチロー作詞による「長崎の鐘」。
 古関さんは自身の曲に「鐘がつくもの」が多いのは偶然と書いているが、自伝のタイトルもそこから付けられたものにちがいない。
 ちなみに、古関さんの奥さんの名前は「金子(きんこ)」。
 彼女もまた古関さんにとっての「カネ」だったのかもしれない。
 金子さんとの結婚までのエピソードも今では有名になったが、この自伝ではあまり書かれていない。

 あまりに有名な歌が多すぎて、「オリンピック・マーチ」のエピソードもさらりとなっていたりするが、古関さんの人生をたどるには欠かせない「自伝」であることは間違いない。
  
(2020/06/30 投稿)

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  今年2020年は
  漫画家長谷川町子さんの生誕100年にあたる。
  長谷川町子さんを知らない人がいても
  マンガ「サザエさん」を知らない人はいないだろう。
  長谷川町子さんは
  1920年生まれで亡くなったのは1992年、72歳の時。
  作者が亡くなっても
  アニメ「サザエさん」はずっと放映されていて
  今では作者の手を離れた感が強い。
  今日紹介する
  工藤美代子さんの
  『サザエさんと長谷川町子』は
  長谷川町子さんの評伝。
  どんな人生であったか
  たどるのも
  また面白い。

  じゃあ、読もう。


  

sai.wingpen  対象と肯定的に向き合うこと                   

 ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんがまだデビュー間もない頃、吉本隆明氏と対談している。  その時、吉本氏は沢木さんの魅力を「書かれる対象に対しては、とにかく肯定である。とにかく肯定的な表象で書くということ」と語っている。
 この対談を読んだ時、なるほど、沢木耕太郎さんのノンフィクションの魅力はそうだったのかととても納得した。
 では、漫画家長谷川町子とその家族の姿を描いたこの評伝にあって、ノンフィクション作家工藤美代子さんはどう対象と向き合っていただろうか。
 私には、決して「肯定的」には感じられなかった。

 もちろん、ノンフィクションの書き手が、その対象となるものを「肯定的」に書かなければいけないことはない。
 むしろ、書く対象を突き放すことで、対象が客観的に描けることもあるだろう。
 しかし、例えばこの作品の冒頭の章を、長谷川町子の死後その遺骨が盗まれた事件から書き始めることは、最初から「肯定的」であることを否定している。
 町子とその姉妹の間に何らかの確執があったことを匂わせる書き出しである。
 もしかしたら、若い沢木耕太郎さんであれば、こういう書き出しを選らばなかったのではないだろうか。

 ほのぼのとした家庭漫画「サザエさん」を描いたからといって、作者である長谷川町子やその家族がひっそりと暮らす必要はない。
 印税等でどれだけの資産があってもそれは町子が稼ぎ出したものだ。むしろ、そのことを大々的にいうこともままならない事情の方が切ない。
 工藤さんにはそういう「肯定的」な書きぶりで長谷川町子と向かい合ってもらいたかった。
  
(2020/06/06 投稿)

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  朝ドラ「エール」
  毎回楽しんで見ています。
  今回の朝ドラは
  歌あり笑いあり涙ありと
  ちょっと従来の朝ドラとは雰囲気が違いますが
  こういう朝ドラもありかなと
  満足しています。
  ところが
  残念なことに
  今回のコロナ禍で
  6月27日の放送をもって一旦休止だとか。
  ドラマ制作の現場も
  大変です。
  今日紹介する
  辻田真佐憲さんの
  『古関裕而の昭和史』は
  その朝ドラのモデルとなった作曲家古関裕而さんの
  評伝です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  あの歌もこの歌も、古関裕而の歌ばかり                   

 2020年上半期のNHKの朝の連続テレビ小説(通称朝ドラ)「エール」のモデルということで話題となったている作曲家古関裕而の生涯を昭和史に添って描いたこの作品の「あとがき」の書き出しはいささか刺激的だ。
 「古関裕而は、今日かならずしも有名な作曲家ではない。」
 しかし、この印象は少なからずある。
 国民栄誉賞を授賞した古賀政男や服部良一はその名前が先に来るが、古関の場合、彼の名前よりも彼が作曲した歌の方が先に来る。
 早稲田大学の応援歌「紺碧の空」、阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」、怪獣映画「モスラ」で歌われた「モスラの歌」など。
 古関が作った楽曲は5000曲を超えるそうだ。そのうち、どれだけ古関が作った歌だとわかって私たちは歌っているだろうか。

 古関は1909年8月福島県福島市に生まれた。
 東北人の特長でもあるが、福島の人もあまり自分を表立って表現しない。
 古関と彼が作った歌との関係を見ていると、福島の人の気質を見ているようで面白い。
 それでいて、彼には「なりたい、なりたいと希望し続けること」、そんな強い意志も持っていたと著者は書く。
 そんな強さも福島の人の良さのような気がする。

 そして、この評伝が「昭和史」と付けられているように、古関の作曲家人生が実に昭和とリンクする。
 軍歌で国民と寄り添い、社歌や校歌で国民を鼓舞し、それらをたどると見事に昭和の年表と重なるような思える。
 まさに著者が最後に綴った、「昭和は古関裕而の時代であった」のは間違いない。
  
(2020/06/04 投稿)

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  今日は今話題の本
  本橋信宏さんの
  『全裸監督 村西とおる伝』を紹介します。
  村西とおるさんといえば
  黒木香さんが主演した
  「SMぽいの好き」というアダルトビデオが有名。
  この作品が出たのが
  1986年.
  ビデオだって一家に一台という時代に
  まだなっていなかったかも。
  アダルトビデオの監督の半生を描いた作品が
  話題になっているのは
  これもNetflixという
  新しい媒体のせいともいえる。
  時代は常に新しいものを
  求めています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  なんともナイスなタイトルです                   

 我が家にある「広辞苑(第五版)」の厚さはおよさ8㎝。
 AV監督村西とおるの波乱にとんだ半生を描いたこの本の厚さはおよそ4㎝。
 ナイスです。
 「広辞苑」が枕なら、こちらは昼寝用かも。
 ファンタスティックな夢が見れそう。

 この作品は最近山田孝之さんの主演でNetflixで映画化された話題作の原作。
 若い読者にはその方がわかりやすいが、ビデオ創生期にアダルトビデオに触れた読者なら当時「AVの帝王」と呼ばれた村西とおるの作品を一度は見たのではないだろうか。
 ベーカムという重い業務用の撮影カメラを自ら担ぎ、BVDの白いパンツ姿で、あの独特なセリフ回しで女優たちに迫る男。
 まさにこのタイトルそのものである「全裸監督」。
 なんとインパクトのあるタイトルをつけたものか。

 村西とおるは1948年福島で生まれた。いわゆる団塊世代の一人である。
 団塊世代の多くがこの国の高度成長を牽引したように、村西もある意味時代を引っ張った一人であることは間違いない。
 ビニ本、裏本、で何億というお金を稼ぎ、摘発されるや出始めたばかりのアダルトビデオの監督になり、ここでも荒稼ぎをする。
 しかし、度重なる逮捕で前科7犯、さらには放漫経営の果てに50億円の負債を抱えることになる。
 まさにジェットコースターのような人生を歩んだ男だからこそ、読んでいる方からすればドラマのように面白い。

 作者の本橋信宏氏は1956年生まれ。
 一時期村西とおるとの接点もあり、間近で村西の狂気ともいえる生活を見てきた。
 そんな本橋氏は「保存されざる文化こそ私が活字で残しておかなければ」と綴る。
 村西とおるの半生もまた「保存されざる文化」なのだろう。
  
(2020/03/25 投稿)

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  今日は昨日の朝ドラつながりで。
  現在放映中の朝ドラ「スカーレット」も
  いよいよ終盤で
  感動の回が続いています。
  そして、次の102作めの朝ドラは「エール」。
  そのモデルが今日紹介する
  五十嵐佳子さんの
  『金子と裕而』の古関裕而さん。
  なので
  この本は朝ドラのための
  予習のようなものです。
  といっても
  私は予習本はすでに2冊めですね。
  早くも
  次の朝ドラが楽しみで
  しょうがありません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  こんな素敵な名前だからこそ                   

 最近は減っているようだが、一頃子どもに「キラキラネーム」をつけるのが流行っていた。そういう名前は小さい頃はよく似合っているが、年を重ねていくと違和感が出てくるのではないかと懸念していたがどうだろう。
 「金子」(きんこと読む)といい名前はよく見るとこれ以上の「キラキラネーム」はないような気がする。何しろ「金」、ゴールドだもの。
 そんな名前がついた女性が、愛知県豊橋にいた。明治45年に生まれた女の子だ。
 幼い頃は「かねかね、コガネムシ」や「金庫番」などとからかわれたという。
 ただ中国の人からは「高貴で縁起が良くて素晴らしい」と褒められたらしい。
 そんな金子さんは成長して後、まさに金のような男性と結婚することになる。
 それが裕而さん。
 夏の高校野球の定番「栄冠は君に輝く」や1964年の東京オリンピックの行進曲など数々の名曲を作曲した、古関裕而である。

 この小説は裕而の妻となった金子の視点で描かれた二人の物語である。
 二人が結婚するまでの経緯が現代とかなり違って面白い。
 裕而は明治42年福島に生まれた。
 若い頃から作曲家を目指していた福島の裕而の元にある日会ったこともない愛知の女性から手紙が届く。裕而があるコンクールで入賞した、それを祝う内容だった。
 名前は金子。さぞかし裕而は驚いたに違いない。
 しかし、彼は律儀に返事を返す。
 それをきっかけにして、二人は何度も文通を重ね、それが恋になり、ついには結婚にまで至るのであるからすごい。

 戦中戦後と古関裕而の曲にどれだけ多くの日本人が癒されたことだろう。
 まさに彼女は名前の通りの人生を歩んだ女性なのだ。
  
(2020/03/13 投稿)

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