プレゼント 書評こぼれ話

  先日芥川賞が発表されたが
  芥川賞を受賞できなかった作家の中で
  吉村昭ほど
  切ない未受賞作家はいないかもしれない。
  受賞しましたという報を受けて
  会見場に向かった吉村昭
  そこで手違いだったことを知らされる。
  落選である。
  こんなひどいことはない。
  それでも吉村昭は腐ることなく
  書き続け、
  文学史に名を残す作家になった。
  今日はそんな吉村昭の実像に迫る
  柏原成光さんの『人間 吉村昭』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  彼は磯野波平に似ていないか                   

 勝手な想像だが、吉村昭の愛読者は男性の方が多いのではないかと思う。
 その作品の気骨さだけでなく、吉村の眼光鋭い風貌ながら、浮かべる微笑は軟らかく、そういうところはなかなか男性には真似できない。
 真似ができないから、憧れる。
 それは妻への接し方も同じだ。吉村の妻といえば、同業の津村節子だが、彼女に対する愛情は細やかで深い。それでいて、亭主然としている。
 さらにいえば、「しきたり好き」なのも、男性の好みではないか。
 吉村は敗戦の日と関東大震災の日には必ずすいとんを作ったという。あるいは季節ごとの行事の習わしは頑固に守ったそうだ。
 保守的であるが、それを維持するのも難しい時代にあって、やはり男性は吉村のような男に憧れるのではないか。
 そういえば、漫画「サザエさん」に登場する波平にどことなく似ている。

 吉村昭の生前、仕事を通じて交流のあった、元筑摩書房の編集者だった著者が、その交流から描くのではなく、吉村が残したたくさんのエッセイから、その生涯と人間像をまとめたのが本書である。
 吉村はエッセイには本当のことしか書かないといっていたそうだし、そこに描かれたのは小さい頃のことだけでなく、芥川賞をとれなかったことや代表作となる『戦艦武蔵』を書くに至る経緯など、実にうまく、まとめられている。
 この一冊の本を上梓するまで、著者は吉村の作品だけでなく妻の津村節子のものまで細かくたどったに違いない。
 まさに、ここには一人の「人間」が描かれている。
  
(2018/01/18 投稿)

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  偶々、
  佐野洋子さんの『役にたたない日々』と
  今日紹介する
  ちばてつやさんの『屋根うらの絵本かき』を
  続けざまに読んだのですが
  このお二人とも
  中国からの引揚者でした。
  生まれた年も近く、
  ともに10歳にも満たない年で
  過酷な日々を過ごしたことになります。
  それでも
  生きていれば
  一人は絵本作家に
  また一人は漫画家になるのですから
  いのちとは
  本当に尊い。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ちば漫画はこうして生まれた                   

 絵本作家佐野洋子さんは1938年生まれ。終戦の後、2年中国の大連で飢えとともに過ごし、日本へ引きあげてきた。その年、四歳の弟が死に、翌年兄を亡くしている。佐野さんは「栄養失調だったんだと思う」と書いている。
 よく似た体験を、この本の著者漫画家ちばてつやさんも過ごしている。
 ちばさんは1939年生まれ。満州の奉天で終戦を迎えた。
 この自伝ではその時の辛い思い出が何ページかにわたって描かれている。
 書名の「屋根うらの絵本かき」はその混乱期に一人の中国人によって匿われた時の生活シーンからとられている。

 ちばてつやさんといえば、「あしたのジョー」や「のたり松太郎」といった少年向けの作品で有名だが、この自伝ではそういった作品にかかるエピソードも描かれている、少女漫画も私は好きだ。(この自伝ではあまり取り上げられていないのが残念だが)
 ちばさんの描いてきた漫画で自分の子供時代を振り返れば、老成していたようなちば漫画であったが、あの「あしたのジョー」を描いていた時ちばさんはまだ30歳になったばかりだったことに驚いてしまう。

 そんなちばさんだが、母親にはいつまでも頭があがらなかったそうだ。
 そういえば、佐野洋子さんも「あの敗戦の混乱期をどうにか切り抜けたのはなりふりかまわぬ小母さんパワーだった」と書いているが、ちば漫画の原点も、幼い子どもを抱えながら中国から引きあげてきたお母さんの力が大きかったのだと思う。
 この本には、ちばさんの自伝エピソード漫画も数編収録されている。
  
(2017/06/22 投稿)

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  最近世の中を騒がしている中学生がいます。
  藤井聡太四段、
  将棋界に彗星の如く現れた
  スーパー中学生です。
  昨日デビューから一気に23連勝まで駒を進めました。
  すごい。
  私は将棋のルールもほとんど知らないのですが
  対局の場面なんかを見ていると
  かっこいいですよね。
  そこで
  今日は蔵出し書評
  大崎善生さんの『聖の青春』を
  紹介します。
  村山聖という
  将棋に青春をささげた男の物語です。
  この書評、2002年に書いたもの。
  15年前なんだ、
  感慨深い。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  一度だけ彼を見た                   

  村山聖(さとし)。将棋界の最高峰であるA級に在籍したまま亡くなった。
 この物語は「わずか二九歳で他界した稀有な天才棋士村山聖の青春の物語である」。
 将棋をまったく知らない私でさえ、村山の短い生涯に感動した。
 それは、云ってみれば青春という言葉が持っている、恥ずかしいほどの純粋さに胸が震えたといえる。

 村山は幼い頃に大病を患い、以後闘病生活を余儀なくされた。
 その入院時代に将棋を覚えた。そして、名人になるのだという、そのことだけを支えに生き急いだ。
 目標に向かってひたすらになることこそ青春時代の特権であるとしたら、村山の生涯はそのことだけについやされたといえる。
 しかし、彼が仕合わせだったというのは生き残った者たちの驕りだろう。なぜなら、村山自身がもっともっと生きつづけることを願ったはずだから。

 平成一〇年の夏、彼はその生涯を閉じるのだが、私は多分たった一度その姿を見ているかもしれない。
 NHKの将棋番組でぷっくらと太った棋士の姿。あれが村山だったに違いない。
 それは私が見た、たった一度の彼だった。
  
(2002/07/21 投稿)

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  やっぱりどうも
  私は開高健という作家が好きなようで
  今日紹介する小玉武さんの
  『開高健 - 生きた、書いた、ぶつかった!』も
  本屋さんで見つけて
  そのままググッとひきつけられました。
  新潮社版の
  開高健全集はしっかりとまだ
  所蔵していますが
  なあに全巻再読することがあるかといえば
  それはないに決まっているのですが
  どうも手離す気になれません。
  それでも
  いくつかかの作品は
  やっぱり読み返したいものです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ずばり、開高健                   

 著者の小玉武氏がサントリーの宣伝部に入った時の上司は、あの山口瞳だったそうである。そのつながりで『係長・山口瞳の<処世術>』という作品を書いた。
 当時のサントリー宣伝部には「あの」と呼んでいい大物たちが出入りしていて、今回の作品の主人公である開高健ももちろんその一人だし、この本のカバー絵の柳原良平もそうだ。
 開高健がサントリーの前身壽屋に入社したのが昭和29年で、『裸の王様』で芥川賞を受賞したのが昭和33年、その年には退社して嘱託となっている。
 だから、開高とサントリーの実質的(契約的といった方がいいか)関係は短いが、佐治敬三との関係を含め、因縁深いことは間違いない。
 だから開高が平成元年58歳という短い生涯を閉じるまで、そのあとのことも小玉氏は伴走者のようにしてあった。

 この作品は開高の評伝として読み応え十分の小玉氏の労作だが、単に評伝としてではなく、開高の代表作でもある『夏の闇』をどう読み解いていくかといった作品論も合わせもったものになっている。
 中でも興味深いのは開高の「悪妻」という評判の高い牧羊子のことで、小玉氏は牧のことを「地球の時間は、自分を中心に回っている」と考えていたのではないかと書きつつも、けっして非難も批判もしていない。
 むしろ、開高の人生の節目に牧が果たした役割が大きいことを書きたかったのではないかと思える。

 開高の代表作のひとつである『オーパ!』が今から振り返ればすでに「晩年」の作品だとした記述に胸を打たれた。
 開高健はもっと、評価されても、いい。
  
(2017/05/25 投稿)

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  今日紹介する
  『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』は
  タイトルでもわかるとおり
  かつて人気を博した作家の評伝です。
  書いたのは荒川佳洋さん。
  巻末の著者プロフィールでは荒川佳洋さんが
  どういう人なんかよくわかりませんが
  とにかく富島健夫という作家に
  ぞっこんなのはよくわかります。
  こんなファンがいて
  富島健夫は幸せです。
  私が富島健夫を読んだのは
  多分中学生の頃だと思う。
  あの当時の学年雑誌には必ずといっていいほど
  富島健夫の小説が載っていたように思う。
  なかでも
  『雪の記憶』の印象が残っているが
  今、なかなか手にするのが難しい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  富島健夫の記憶                   

 今富島健夫といっても知らない人も多いと思う。
 1998年に66歳で亡くなった作家である。
 代表作でいえば『おさな妻』ということになるのだろうが、作家としての後半期である80年代は官能作家として活躍し川上宗薫や宇野鴻一郎らとともに「官能小説御三家」とも称された。
 では、前半期はどうであったか。
 学生時代に書いた『喪家の狗』で芥川賞候補になったぐらいであるから作家としての力量は十分にあった。そして書いたのが数多くの「ジュニア小説」だった。
 60年から70年代にかけて中学高校であった世代の多くは富島作品を読んだ経験があると思う。
 それぐらい富島の作品はあふれていた。

 しかし、いつしか富島健夫は忘れさられていった。だが、そのことが不名誉なことではない。何故ならそれは富島に始まったことではないからだ。
 作家たちの多くは記憶の果てにうずもれていく。それはたとえ芥川賞作家であってもそうなのだから、富島が埋もれたとしても仕方がないのかもしれない。
 むしろ、富島の幸福はこのぶあつい評伝と巻末に収められた詳細な年譜を書いた荒川佳洋という書き手を得たことだ。
 富島にはそれだけの魅力があった。

 富島の「ジュニア小説」と「官能小説」の間にはギャップがある印象があるが、富島にとってそれは地つながりであったのだと思う。
 「性に悩まない青春などあるはずがない。そこを避けて描く青春文学などありえない、というのが富島の青春文学の基本的な姿勢」と、荒川が看破したとおりだ。
 いずれにしても、荒川の労作に拍手を送りたい。
  
(2017/03/03 投稿)

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