プレゼント 書評こぼれ話

  先日の葉室麟さんの訃報には
  たいへんびっくりしましたが
  そういえば
  今月2日には
  元ザ ・フォーク・クルセダーズ
  はしだのりひこさんが72歳で亡くなったのも
  私には驚きでした。
  はしだのりひこさんといえば
  「」とか「花嫁」とか
  私たちの世代には欠かせない名曲が多い。
  そんなはしだのりひこさんももういない。
  まさに

    何かをもとめて振り返っても
    そこにはただ風が吹いているだけ

  だ。
  そういえば、
  今年亡くなった人の中に
  漫画家の谷口ジローさんもいた。
  今年の2月11日でした。
  谷口ジローさんもまだ69歳。
  とっても端正な絵を描く漫画家でした。
  谷口ジローさんの絵が好きでした。
  もっとたくさんの作品が描けたでしょうに。

    そこにはただ風が吹いているだけ

  ご冥福をお祈りします

  

sai.wingpen  終焉した明治から続く坂道                   

  「『坊っちゃん』の時代」と題された、関川夏央と谷口ジロー共作による漫画文庫の最終巻である。
 第一部(『坊っちゃん』の時代)で漱石を、第二部(秋の舞姫)で鴎外を、第三部(かの蒼空に)で啄木を、第四部(明治流星群)で秋水を描き、最終巻である第五部(不機嫌亭漱石)でもう一度漱石を描いた。
 青年漫画誌に連載が始まったのが一九八五年。関口によると「当時もっとも同時代的な表現分野であったマンガ」で、確かに二人は見事に、明治という青春群像を描ききったといえる。

 司馬遼太郎が「坂の上の雲」執筆に際し四〇歳台の多くの歳月をその作品に注いだように、関川も谷口もこの五部作を描ききるにあたり十二年かかったという。(関川はかなり司馬を意識してあとがきにそう書いたのだろう) そして、司馬の作品と遜色ない、漫画表現の最高峰ともいえる作品に仕上げた(第二回手塚治虫文化賞受賞作)。
 それは、漫画という表現分野をもった、私たち同時代人の幸福な果実である。

 さて、最終巻であるこの作品(不機嫌亭漱石)は、漱石の修善寺での吐血事件を描きながら、何分間は死んでいたという漱石の挿話を上手く使って、前作までの登場人物を織り交ぜた「明治の終焉」を描いている。
 司馬の「坂の上の雲」が明治の青春の光を活写した小説ならば、この「『坊っちゃん』の時代」はまさに登りつめた坂の上からの転落の始まりを描いた暗い物語といえる。

 関口と谷口がこの作品を書き始めた八五年からの十二年間は、日本という国そのものが明治以後もっとも華やかな時代とそこからの転落を経験した年月だった。
 最終章で幸徳秋水らの死刑の報を聞いた石川啄木が唇を噛みしめながら「日本は…駄目だ」とつぶやく場面は、バブル崩壊後の関川たちの苦々しい述懐だったに違いない。
 今という時代は、終焉した明治から続くとてつもなく長い下り坂の途中なのかもしれない。
 漫画は、そんな苦渋まで表現できる文化となったのだ。
  
(2003/02/23 投稿)

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 昼のNHKニュースを見ていて
 葉室麟さんの突然の訃報
 思わず腰が浮きました。
 えっ! と声が出たかもしれません。
 間違いかと思いました。
 でも、NHKが間違うはずもなく
 どうもその時自分がどうこの感情と向き合えばいいのか
 わからなくなりました。

 葉室麟さんが亡くなったのは
 昨日12月23日。
 66歳でした。
 葉室麟さんが『乾山晩愁』でデビューしたのが2005年。
 54歳の遅いデビューでした。
 その後、『蜩ノ記』で第146回直木賞を受賞したのが2012年。
 以降、意欲的に作品を発表し続けました。
 デビューが遅かった分、
 どんどん書かないと残されて時間は多くないと
 葉室麟さん自身が思っていたのでしょう。

 『蜩ノ記』以降
 葉室麟さんの作品をずっと読み続けてきました。
 その多くの作品で胸うたれ
 小説の面白さを堪能させてもらいました。
 2012年7月に書いた
 『蜩ノ記』の書評には作品に接した喜びが
 あふれています。

 ご冥福をお祈りします。

 ありがとうございました、
 葉室麟さん。



sai.wingpen  追悼・葉室麟さん - 再録書評「武士(もののふ)の心」                   

 第146回直木賞受賞作(2012年)。
 あれはバブル経済がはじけた頃だったでしょうか、企業再生の弁護士から「自動車産業が日本経済の牽引者になるとは思わなかった」ということを聞いたことがあります。それによく似た感想ですが、時代小説がここまで日本文学を席巻するとは私は思いませんでした。
 ちょんまげ、刀、侍、そのような道具立てはいずれ廃れていくとみていました。
 何しろ着物を着るという風俗さえ今ではほとんど見かけなくなっています。そういう若い世代にとって時代小説とは時代錯誤も甚だしい文学になると思っていたのです。ところが意外にも、時代小説は今大層な人気を誇るジャンルとなっています。
 直木賞でも定期的に時代小説の新人が受賞します。やはり日本人の血が時代小説を求めるのでしょうか、それとも現代の日本があまりにもぎすぎすしているのでしょうか。
 少なくとも時代小説に人間の魅力を、そしてそれはもしかすると日本人の美点ともいえるかもしれませんが、そういうものを21世紀に生きる私たちは求めている証しのような気さえします。

 葉室麟の直木賞受賞作となったこの作品は、羽根藩という架空の藩を舞台に藩の家譜(藩の歴史書)の作成を任じられた戸田秋谷という人物の生きざまを描いた時代小説です。
 秋谷という人物はかつて評判のいい郡奉行でその後江戸表の中老格用人にものぼりつめた、藩では優秀な逸材でした。ところが、江戸表でのある事件をきっかけにして今は蟄居の身、しかも家譜完成後には切腹を逃れられません。秋谷が起こした事件には何やら陰謀の影がちらつきます。
 そんな秋谷の動向をさぐるべく、庄三郎という若い武士が彼の家に配されます。しかし、その庄三郎は秋谷の振る舞いにいつしか感化されていきます。

 選考委員の一人阿刀田高はこの作品を「姿のよい作品」と評しました。
 時代小説には「腕ききの船頭の操る舟に乗るときみたいに、読者はゆったりと身を委ねて小説を読む楽しみに没頭できる」ものがいいと阿刀田はいいます。現代の時代小説のブームは、読者を心地よくさせるそういう腕ききの船頭のような書き手が現代文学で少なくなったということでもあります。
 この作品における葉室麟の書き手としての姿は、物語の主人公秋谷のように凛としています。
 それこそが「武士(もののふ)の心」というものかと思います。
 重厚な気品のある書き手が時代小説のジャンルにまた誕生したことを喜びたいと思います。
  
(2012/07/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  日野原重明さんの訃報に
  日本中が悲しみに視線を落としました。
  105歳という年齢を聞けば
  その死は納得がいくのですが
  日野原重明さんの場合だけは
  それでも惜しまれてならない。
  そんな感じです。
  私は日野原重明という人を
  よく知りませんでした。
  訃報に接して
  日野原重明さんが
  日本経済新聞の「私の履歴書」を書いていて
  その連載を主とした
  本があることを知りました。
  それが、この『人生、これからが本番』。
  日野原重明さんという人を
  たどるには
  いい本だと思います。

  ご冥福をお祈りします。
  
  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  追悼・日野原重明さん - あなたが教えてくれたこと                   

 先日(2017年7月18日)、医師で聖路加国際病院名誉院長だった日野原重明さんが亡くなった。105歳であった。
 確か瀬戸内寂聴さんだったと思うが、故人を偲んでのコメントで「この人は死なないと思っていた」というようなことを話していたが、そう感じていた人は多かったのではないだろうか。
 『人生、これからが本番』というタイトルがついたこの本を上梓した時(2006年)、すでに日野原さんは94歳だったのだから驚く。
 普通の人だったら終わっていてもいい年齢ながら、日野原さんは「これから」だという。
 そういう日野原さんに勇気をもらった人は多い。

 日野原重明という人はどんな人物だったのか。
 実は日野原さんは1990年に日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」に執筆をしている。
 その時、日野原さんは79歳。
 ここまでの半生で、日野原さんの人生を大きく変えた「よど号ハイジャック事件」(1970年に起こった事件で、この時日野原さんはこの飛行機に乗り合わせていた)はあったものの、その後日野原さんが人命救護で活躍された1995年の地下鉄サリン事件はもう少しあとだ。
 さらに2001年には『生きかた上手』という本がベストセラーになって、ここで「日野原ブーム」が起こる。そして2005年に文化勲章受章。

 そんな日野原さんの人生を見ていくと、人生には幾度となく「本番」と呼ぶべきイベントが訪れるのがよくわかる。
 それは日野原さんだからではなく、誰にも等しく訪れるものだ。
 人はいつか死を迎えるが、命の火が消えるまで、「本番」がやってくるかもしれない。
 日野原重明さんはそういうことを教えてくれた人だった。
  
(2017/07/25 投稿)

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  昨日(4月5日)の夕刻、
  詩人の大岡信(まこと)さんの訃報が
  速報で流れました。
  86歳だったそうです。
  私にとって
  大岡信さんは詩人であるよりは
  朝日新聞朝刊に連載していた
  「折々のうた」の著者としてありました。
  1979年1月25日、
  この日から連載が始まりました。
  このコラムで
  日本の短詩の魅力にはまった人も多かったと思います。
  連載が岩波新書としてまとめられて
  第一集が刊行されたのが
  1980年3月です。
  その「あとがき」で大岡信さんは
  新書予告の一文を再掲しています。

    和歌も漢詩も、歌謡も俳諧も、今日の詩歌も、ひっくるめてわれわれの詩、
    万人に開かれた言葉の宝庫。
    この常識を、わけても若い人々に語りたい。

  日本語の美しさはこの本から
  教えてもらったように
  今更ながら感謝しています。
  今日は追悼の意を込めて
  昨年7月に書いた
  『自選 大岡信詩集』を再録書評
  掲載します。

  心からご冥福をお祈りします。

  大岡信さん ありがとうございました。

  

sai.wingpen  詩人とは                   

 詩人大岡信(まこと)に注目したのは、昭和54年(1979年)から朝日新聞で始まった「折々のうた」以降だ。
 そういう人は多いだろう。
 短詩に大岡による短いコメントが付記されたこの連載は好評を博し、2007年まで連載された。新聞連載のあとには1年分がまとめられて岩波新書で出版された。
 そういう啓蒙的な活動に注目が集まってが、大岡は詩人である。
 こうして岩波文庫で、自選となるぶ厚い詩集が出るくらいであるから。

 しかし、正直にいえば大岡の詩はほんのいくつかを除いてほとんど今回が初めてといっていい。
 最近岩波文庫になった詩人でいえば、谷川俊太郎や茨木のり子、あるいは石垣りんといった戦後の詩人に比べて聞き知った詩は断然少ない。
 彼らの詩が時に平易すぎるような言葉で紡がれている一方、大岡の詩は極めて真面目な印象を受ける。
 それは、この文庫の解説を書いた三浦雅士の文章から引用すれば、「まず批評家として登場」したことが原因しているのだろうか。
 批評家としての言葉と詩人としての言葉のありようが違うのかもしれない。
 教科書的な、という感じさえする。

 けれど、そんな大岡がいなければ、現代の日本語はもっと小さな世界になっていたかもしれない。
 自ら歌うことはなかったが「折々のうた」で大岡が為したことの意味は大きい。
 詩人はただ歌うのではなく、詩のこころを広めることも使命である。

 最後に書き留めておくと、大岡の詩では「はる なつ あき ふゆ」がいい。
   
(2016/07/15 投稿)

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  絵本作家のディック・ブルーナさんの
  訃報には驚きました。
  89歳の人生で
  どれだけの作品を残したでしょう。
  私の娘たちも
  小さい頃はブルーナさんが描いた作品に
  夢中になっていたものです。
  ぜひブルーナさんの作品を紹介したいと思って
  せっかくなので
  石井桃子さん(この絵本ではいしいももこと平仮名表記)が
  訳された絵本と思い
  『ちいさなうさこちゃん』にしました。
  もちろんブルーナさんの絵本は
  たくさん出ていますので
  子どもの頃に読んだという人も
  ぜひもう一度読んでみて下さい。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  追悼・ディック・ブルーナさん - これからも愛され続けるだろう、うさこちゃん                   

 世の中には有名なウサギがたんといます。
 『不思議な国のアリス』に出てくる白うさぎやビアトリクス・ポターの児童書に登場するピーターラビットなどは中でも有名。
 彼らに負けないくらい有名なのが、もしかしたらディック・ブルーナのこの絵本に出てくる
 「ちいさいうさこちゃん」かもしれません。
 このうさぎの絵がついたお弁当箱やお道具入れを持っていた子どもたちもたくさんいたのではないでしょうか。

 この絵本を描いたディック・ブルーナさんが2017年2月17日に亡くなられました。
 89歳でした。
 ブルーナさんはオランダのデザイナーで絵本作家です。
 もちろんオランダだけでなく世界中の子どもたちに愛された絵本作家ですが、日本でもブルーナさんが描いたうさこちゃんやミッフイーは知らない人がいないのではないでしょうか。
 ブルーナさんの絵の素晴らしさはなんといってもぱっと目をひく色です。
 これは「ブルーナカラー」と呼ばれているそうで、赤や黄色、緑、青といった色が鮮やかに使われています。
 それと造形の線。うさこちゃんを見ればわかるように、とてもシンプルだけど、強い線といえると思います。
 この色と線が、赤ちゃんからも愛される魅力ではないでしょうか。

 この絵本の奧付を読むと、1964年6月発行とあります。そして、2010年に改版されています。
 つまりこの絵本が日本で刊行されてから半世紀以上経ちます。
 それでも今も読み継がれているのですから、すごいというしかありません。
 そして、ブルーナさんにこう言いたい。
 ありがとう、ブルーナさん。
  
(2017/02/26 投稿)

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