プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昨日のつづき。
  昨日、葉室麟さんの
  『雨と詩人と落花と』という小説を
  紹介しましたが、
  その主人公広瀬旭荘が塾長を務めた
  大分・日田の咸宜園の創設者広瀬淡窓を描いた作品があることを
  思い出しました。
  それが『霖雨』。
  そこで今日は
  2012年6月に読んだ本の
  再録書評です。
  正直、6年前の作品となると
  覚えていませんが
  ちょっとしたきっかけで
  その本のことを
  思い出しました。
  それもまた
  うれしい限りです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  止まぬ雨はない                   

 司馬遼太郎は『街道をゆく 豊後・日田街道』で、この物語の舞台となった日田を訪ねている。そして、「かつて漢学書生が町中を闊歩していた町」の理髪店で顔をあたるなど木漏れ日のような日田小景を描きとめた。
 この物語はそんな日田を全国的に有名にした咸宜園の創設者広瀬淡窓を主人公にした歴史小説である。
 また司馬遼太郎に戻ると、淡窓のことを司馬はこう書いている。「日田の富商の家にうまれ、年少のころ福岡で学んだだけで、そのあとは多病のために江戸などに留学せず、日田に帰って私塾をひらいた。(中略)その間、入門簿によれば三千八十一人という多数の青年がこの塾で学んだ」(『街道をゆく 豊後・日田街道』より)
司馬のこの文章にはこの物語を構成するいくつかの鍵がおさめられている。

 ひとつは、淡窓が「富商の家」に生まれたということ。よって、この物語では淡窓の学問に対する思いを軸にしながら、その富商の後を淡窓に代わって継いだ弟久兵衛の現実的な活動もまた映える構造になっている。
 次に、咸宜園に全国から多数の青年が学びのために日田を訪ねたということ。物語の発端はこのことを背景にして、一組の男女が淡窓のもとを訪れ、入塾を乞うところから始まっていく。

 淡窓の時代、それは江戸後期だが、全国の私塾が活気を帯びていた。
 その中でもこれだけの入塾者を受け入れたのだから、淡窓の名が全国に広まっていたと思われる。同じ頃、大阪で洗心洞という私塾を開いていたのが大塩中斎。のちに大塩平八郎の乱で時の政府を震撼とさせた人物である。
 静と動。剛と柔。淡窓は強面の郡代の圧政に堪え、静かに雨のやむのを待つ。その一方で、大塩は雨の中をはねあげながら走り出す。
 どちらか正しいということではないかもしれないが、日本人の好みとしては淡窓に軍配があがるような気がする。

 ちなみに題名の「霖雨」とは、何日も降り続く雨のことだが、淡窓は父からこんなことを聴かされる。
 「ひとが生きていくには、長く降り続く雨の中を歩き続けるのに似ている。しかしな、案じることはない。止まぬ雨はない」と。
 これは、東日本大震災を経験した日本人への、葉室麟からの強いメッセージであろう。
  
(2012/06/19 投稿)

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  本屋さんに行って
  葉室麟さんの名前を見つけると
  やはり今でも心がじんとなります。
  今の時点で
  今日紹介する
  『雨と詩人と落花と』が
  葉室麟さんの一番新しい文芸新刊に
  なっています。
  それにしても
  なんと美しいタイトルでしょうか。
  これは
  この物語の主人公広瀬旭荘
  「春雨到筆庵」という漢詩の一節。
  葉室麟さんもまた
  詩人であったのだ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  なんと胸打つタイトルだろう                   

 江戸時代後期、おそらく都市の有り様は現代とは大きく違っていただろうし、それらの街々を結ぶ情報網も現代の感覚で見ることはできないはずであろうに、各地に私塾が出来、その塾長ともなればその知見、人格が広く世間に広まったのであるから、当時の人々の知識欲とうのは生半可なものではない。
 そんな時代、豊後の国(今でいう大分県)日田に咸宜園という私塾があった。創設したのは広瀬淡窓。しかし、淡窓が病弱であったため、そのあとを託されるのが弟の旭荘である。
 2017年12月、その早すぎる死が惜しまれてならない葉室麟が2016年秋から2017年春にわたって雑誌連載したこの物語の主人公が、この広瀬旭荘だ。

 旭荘には激情があったとされる。
 些細な事でかっとなり、時には人をうつこともあったという。それで先の妻に去られ、二度目の妻を迎えるところから物語が始まる。
 時は天保三年(1832年)、黒船が来航するのが1853年だから、時代は大きな波をうけようとしている。
 そんな中、旭荘に嫁いだ松子はしばしば夫の暴力を受けながらも、夫の詩人としての資質を信じ、けなげにも夫とともに日田を離れ、大阪あるいは江戸へと付き従っていく。

 なかなか世に認められない夫としかしその才能を信じた妻との切ない夫婦の物語といってしまえばそれまでだが、葉室はその生涯ずっと描き続けてきたように耐え忍ぶ生き様を、旭荘もその妻松子も共に歩んできたということだろう。
 「ひとは才において尊いのではない、ひとを慈しむ心において尊いのだ」、葉室の声は静かだが貴い。
  
(2018/04/13 投稿)

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  先日、本橋信宏さんの
  『東京最後の異界 鶯谷』を読んでいて
  その中で
  江戸川乱歩の『陰獣』の
  おどろおどろしい世界が紹介されていました。
  その作品に登場する男女が密会するのが
  鶯谷あたり。
  そこから気になって
  そしてとうとう読むことが出来たのが
  今日紹介する
  桜庭一樹さん選の
  『江戸川乱歩傑作選 獣』です。
  この文庫に収められている作品は
  今日の書評に書きましたが
  おそらく江戸川乱歩を読みたい人には
  まずもって
  この文庫がおすすめです。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  江戸川乱歩を読むなら、この文庫から                   

 子供の頃にもしかしたら「少年探偵団」シリーズを読んだかもしれないが、江戸川乱歩の主だった作品が未読なことにずっと引っかかっていた。
 今ではどの文庫でも読めるし、「青空文庫」でも読めるようになっている。
 それでもなかなか読むきっかけがつかめなかったのだが、文春文庫から出ている「傑作選」の、特に直木賞作家桜庭一樹さん選の、この「獣」のラインナップを見て、これだけ読めば江戸川乱歩の初級読書体験はできるはず。
 こうして、江戸川乱歩の世界に入り込んだのだ。

 この文庫に収められた作品は、乱歩のデビュー作「二銭銅貨」、「一枚の切符」、あの明智小五郎探偵が初登場する「D坂の殺人事件」、これはずっと読みたかった「屋根裏の散歩者」(なんといってもこのタイトルがいい)、「一人二役」、「パノラマ島綺譚」、「陰獣」(これもタイトルがいい)、そして随筆が2編という豪華さである。
 初めて読んで一番驚いたのは「パノラマ島綺譚」。この文庫では一番長い作品でもある。
 何が驚いたかというと、亡くなったうり二つの知り合いになりすますために墓場を掘り起こす場面のおどろおどろしさをいったら、ない。
 現代でいえばそういうホラー映画もたくさんあるが、この作品が発表されたのが大正15年というから乱歩の先見性に脱帽するしかない。
 そして、その狂気の男が作り出したパノラマ島もちっとも古臭くない。むしろ、時代を先取りしていた感さえある。

 そして、「陰獣」。いうまでもなくエンターテイメントの傑作だろう。
  
(2018/04/12 投稿)

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  今日は二十四節気のひとつ、清明
  ちょうどこの頃、
  万物が溌剌としてくるという意味。

    清明や壺に満ちゆく水の音     片山 由美子

  そんな日に紹介する一冊は
  第158回芥川賞の候補作だった
  木村紅美さんの『雪子さんの足音』。
  この中編の主人公は
  大学生の頃高円寺の下宿に住んでいたという設定ですが
  私は
  新井薬師の下宿にいたことがあります。
  その街を再度訪れたのは
  40年近く経ってからですが
  残念なことに下宿のアパートは
  なくなっていました。
  そんなことを
  思い出しました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この作品が受賞作でもよかったのに                   

 第158回芥川賞候補作。
 すでに受賞作が決定しているから、候補作どまりとなった作ともいえるが、選評を読むと総じて評価は高い。
 第158回芥川賞の候補作が全部で5作で、受賞したのがその内の2つだから、受賞できなかった作に順位をつけても仕方がないかもしれないが、読む人によって次点あたりだろうか。

 舞台は20年前の東京・高円寺にあった下宿屋・月光荘。
 選考委員の吉田修一氏は「二十年前の東京の様子が、とてもうまく描かれている」と評しているが、自分が東京で学生生活をしていた四十年前の気分もどこかにあって、若い人にとっての(作者の木村紅美(くみ)さんは1976年生まれだから、私とは実際に20年の開きがある)学生生活はあまり変わらないのかもしれない。
 主人公の薫はその下宿の大家である雪子さんに可愛がられ、何かと面倒をみてもらうようになる。二十年後、その雪子さんが90歳で亡くなったという新聞記事を目にして、主人公は一気にあの雪子さんがまとわりついた時代へと回帰することになる。
 ここにもう一人、小野田さんという女性の下宿人を配置することで、薫はのっぴきならない生活に取り込まれたことを実感する。

 なんともいえない怖さと雪子さんの好意を振り切る残酷さは青春期の一面だし、その意味ではこの物語は懐かしい匂いのする青春小説だといえる。
 「「草食男子」の誕生秘話のようにも読める」と書いた島田雅彦氏の選評には笑ってしまったが。
  
(2018/04/05 投稿)

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  昨日のアガサ・クリスティーではないが
  たくさん本を読んできたが
  なんだかとってもおいしい読書を
  食べずにきたかもしれない。
  今日紹介する吉村昭もそうで
  その作品の何作かは読んできたが
  吉村昭記録文学のジャンルの作品を
  どうも読みこぼしてきたようだ。
  今頃になって
  あわてて読んでいる次第。
  今日紹介するのは
  『高熱隧道』。
  これも読みごたえ十分な作品。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  人は自然に対してどこまで謙虚でいられるか                   

 吉村昭が亡くなったのは2006年7月だから、もう10年以上経ったことになる。
 それでもその作品は決して古びていかないのは、吉村が描いたのが単に歴史の真実というだけでなく、人間が持っている根幹であったからだろう。
 戦争が拡大しつつある昭和11年、黒部渓谷に発電所を作るべく、大自然の驚異に挑んだ男たちを描いたこの作品は、記録文学というジャンルではあるが、登場する人物は吉村の創作である。
 そのことを作品の「あとがき」に「私の主題を生かすために高熱の充満する隧道工事をかりて、それと接触した人間を描きたかった」と記している。

 そうまでして吉村が描きたかった「主題」とは何だろう。
 それは「なぜ人間は、多くの犠牲をはらいながらも自然への戦いをつづける」のかといったことだともいえる。
 この物語の主人公たる本工事の課長という立場にある藤平の心の内を借りながら、吉村は理屈ではない「隧道貫通の単純な欲望」と見ている。
 えらそうはことをいうのではなく、掘りさぐれば、そこに人間のどろどろとした欲望が誰の中にもある。
 吉村昭が多くの作品で描こうとしたのが、それではなかっただろうか。

 ちなみにこの物語の舞台となる黒部発電所は「第三」で、のちに「黒部の太陽」として描かれる黒部は「第四」である。
 「隧道」は「ずいどう」と読む。簡単にいえばトンネルのことで、この工事で掘り進めた隧道内はダイナマイトが自然発火までするほどの高温度だったという。
 この工事による犠牲者数は300名を超えていた。
  
(2018/03/30 投稿)

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