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 小池真理子さんが同志と呼んだ夫の藤田宜永さんをガンで亡くしたのは
 2020年1月。
 そのせいで、7つの短編を収めた『日暮れのあと』という短編集に
 死の匂いが濃いのだろうかと思ったが、
 実際書かれたのは2015年や2018年2019年のものもあり、
 藤田さんの死とは直接関係しないようだ。
 それでいて、2023年に発表された表題作「日暮れのあと」は、
 老いとまっしぐに向き合う女性が描かれ、感動は深い。

  

 山裾の小さな町で暮らす絵本作家雪代の家の庭の剪定にやってきた若い植木職人。
 彼が話しだした交際相手というのが64歳になる現役の風俗嬢というのを聞いて、
 雪代は不思議な感動を覚える。
 72歳になる雪代は「日が沈んでも月が昇る。星が瞬く。」、そんな当たり前のことに
 あらためて気づかされる。
 愛する人と別れてもなお、人は生きていく。
 その生はけっして暗く、悲しいだけではない。
 そんな強い思いを感じさせてくれる作品だ。

 算数障害だった叔母との甘酸っぱい思い出を描いた「ミソサザイ」や
 若い青年に女装させるしか愛させない女性との奇妙な生活を綴る「アネモネ」など
 どの作品をとっても巧い。
 「日暮れのあと」もそうだが、
 そこに描かれていることを実際私たちが経験することはまれだろう。
 それでいて、何の違和感もなく物語の中に入り込める。
 まさに円熟の短編集である。

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 「地霊」という言葉がある。
 大地が持っているとされる霊魂を指す。
 窪美澄さんが2021年秋から2023年の年初にかけて
 雑誌「小説宝石」に発表した5つの短編小説は、
 まるで「地霊」に呼び寄せられたような連作短編集だ。
 タイトルは『ルミネッセンス』という。

  

 その場所のことを、最初の作品「トワイライトゾーン」の中に
 こう書かれている。
 「築何年になるのだろう。団地は古ぼけて、昭和という時代だけを
 深く刻んでいるような気がする。老朽化した団地群は、巨大な象の墓場にように思える。」
 そんな場所に寄せ集められたのは、そこで中学時代を過ごし、
 今は50歳を少し過ぎた男女数人。
 それぞれがそれぞれの時間を持ち、それでも何かに引かれるように
 またこの場所で出会うことになる。

 疲れきった数学教師はこの街で美少年と夢のような邂逅をし、
 かつての文具屋の娘だった女性はあの頃池で死んでいた少年の亡霊を見、
 あの頃あこがれだった少女が自分を好きだったことを知った男は
 まるであの時代に引き寄せられるようにのめり込む。

 表題作である「ルミネッセンス」とは、日本語訳で「冷光」というらしい。
 「物質が吸収したエネルギーの一部または全部を光として放出する現象。」という
 ややこしい説明がつくが、
 この「物質」を「土地」に変えれば、窪さんがこの連作短編集に何故
 このタイトルをつけたのかがわかるような気がする。

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 この『十二月の十日』は、アメリカの作家ジョージ・ソーンダーズが書いた短編集である。
 2013年に発表されるや、全米でベストセラーとなり、
 「短編小説の復権」とまで言われた作品。
 日本では2019年の暮れに出版された。翻訳は岸本佐和子さん。
 岸本さんの略歴を読むと、ショーン・タンの作品など日本でも話題となった
 多くの作品の翻訳をされている。

  

 この短編集には表題作「十二月の十日」をはじめ、10篇の短編が収録されている。
 もっとも短い作品はわずか2ページのもの(「棒きれ」)から、
 長い作品は65ページ以上ある「センブリカ・ガールの日記」まで幅広い。
 おそらくアメリカでは短編集全体として評価されるのだろう。
 この本の袖についている作者略歴によると、
 ソーンダーズという作家は「奇妙な想像力を駆使して現代に生きるリアルな感覚を描く」とある。
 これはある意味では、読者に「奇妙な想像力」についていくことを示唆している。
 例えば、表題作の「十二月の十日」は孤独ないじられっ子の少年と自殺しようとしている男の
 奇妙な出会いを描いた作品だが、
 少年の視点と男の視点が交互に描かれるとともにそれぞれの独白についていけないと
 作品の面白さを感じられない。

 もしかしたら、世界はとてつもなく広くで、
 ここからはじまる物語は果てしもないのだろうか。
 そんな短編集を拍手喝采で迎えたアメリカも果てしもない国だ。

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 人気時代小説家であった葉室麟さんが2017年の暮れに亡くなって、
 途方に暮れたことを今も覚えている。
 葉室さんが『蜩ノ記』で第146回直木賞を受賞(2012年)以降、
 新刊が出るたびに読み続けていた作家だったから、
 これからもう葉室さんの新しい作品が読めないんだという落胆だった。
 それから5年以上過ぎ、
 どうやら葉室さんの次、時代小説の書き手をようやく見つけたかもしれない。
 それが短編集『江戸染まぬ』の作者、青山文平さんだ。

  

 青山さんは1948年生まれ。
 『つまをめとれば』で第154回直木賞を受賞(2016年)。
 この『江戸染まぬ』には2018年から2020年にかけて雑誌に掲載された
 短編時代小説7篇が収められている。
 表題作でもある「江戸染まぬ」は、
 昨年(2022年)にいくつかの賞を受賞した長編『底惚れ』の原型となる短編。
 収録作品の中でのお気に入りは「町になかったもの」。
 これは江戸時代の小さな町に住む男の話。
 町というには小さな村から江戸へ用事で出向いた男が目にしたもの、
 それが書肆、つまりは本屋さん。
 男は一念発起して町に戻って書肆をつくることになる。

 青山さんの作品にはこの短編のような、本に対する愛がほのみえることがある。
 そのあたりが自分にははまったのだろう。
 葉室さんの骨太い優しさとは違う作風ながら、
 大人の味わいがあって、気持ちのいい読書を味わえるのがいい。
 いい時代小説家を見つけた。

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 第169回芥川賞の選評を読むと、
 乗代雄介さんの『それは誠』は受賞作に次ぐ評価を得たようだが、
 受賞には至らなかった。
 以前にも芥川賞候補となった『旅する練習』がよかったので
 それ以降乗代さんの作品に注目していたから
 残念というしかない。

  

 この作品は高校生の修学旅行を利用して
 かつて別れたおじさんを密かに訪ねていく少年の物語。
 その少年と行動を共にする三人の少年。
 さらには同じ班である三人の少女。
 彼らのキャラクターを巧みに描き分けている。
 特に主人公の少年と悉く対決する優等生の男の子がいい。
 そういったことから見て、青春小説として読んでも面白い作品といえる。
 乗代さんの作品には純文学ぽくないエンターテインメント性が感じられて、
 おそらくその点が私の好みでもあるし、
 選考委員にはその点を高く評価する人と
 作為的とする意見が対立しているといえる。

 特にラストのシーンがいい、と高い評価をしたのは吉田修一委員。
 「これまでにも数多ある青春小説の名作と並べてもまったく見劣りしない」と、
 絶賛している。
 乗代さんがこれから芥川賞を受賞するかどうかはわからないが、
 これからもこのような作品の系統を書き続けてもらいたい。

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