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 私が参加している読書会のメンバーで
 ミステリ小説の面白さがわからないと悩む女性がいる。
 わからないでもない。
 私もこの読書会に参加するまでミステリ小説をほとんど読まなかったから。
 なので、まずは読んでみてと、
 アガサ・クリスティーの作品などを薦めるのだが、
 むしろ松本清張の初期のミステリ作品8編を収めた
 この『なぜ「星図」が開いていたか』を薦めて方がよかった。
 何故なら、戦後まもないにしても日本が舞台であること、
 それに短編だから気軽に読めること、
 そして何より面白い。

  

 この短編集は新潮文庫のオリジナルだが、
 すでに多くの作品を文庫化してきた新潮文庫にあって
 2022年の秋に出たばかりというのもうれしいではないか。
 収録されているのは、
 表題作である「なぜ「星図」が開いていたか」(いいタイトルだ)を始め、
 清張の初期の代表作のひとつ「張込み」のほか
 「顔」「殺意」「反射」「市長死す」「声」「共犯者」である。
 表題作以外は実にそっけないタイトルだが、
 これは読者にあまり予見を与えたくない清張の工夫かもしれない。

 「市長死す」の突然市長が予定を変更してまで殺される場所に向かうきっかけが、
 こののち名作『砂の器』に使われていたり、
 清張ファンにはなんともうれしい一冊ではないだろうか。
 これなら、読書会のメンバーにもミステリ小説の面白さが
 わかってもらえるかもしれない。

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 今日は節分
 明日が立春で、まさに冬と春の分かれ目。

    節分や海の町には海の鬼      矢島 渚男

 と、いっても
 季節の変わり目ほど曖昧なものはなく、
 まだまだ春とはいえない冬の寒さが続きます。
 もしかしたら、真と贋の境もそんな風なものかもしれない。
 そんなことを考えさせられる、
 今日は松本清張の短編、『真贋の森』を紹介します。
 (『黒地の絵 傑作短編集(二)』所収)

  

 この短編を読むきっかけは、
 1月21日の朝日新聞朝刊の書評欄に載った
 「つんどく本を開く」という企画記事に
 現代美術家の野口哲哉さんがこの作品のことを書いていたからだ。
 野口さんはこの短編を学生の頃繰り返し読んだという。
 この作品は昭和33年(1958年)に発表されているから、
 松本清張の作品の中でも初期に入るだろう。
 美術界のアカデミズムの壁に苦汁をなめた一人の男が復讐のため、
 贋作事件を計画する。
 絵の巧い名もない男を発掘し、彼に贋作を描かせる。
 その絵を本物であると鑑定させることで、
 美術界の大御所に一泡吹かせようとする男。
 「人間の真物と贋物とを指摘して見せたい」、
 それが男の野望だが。

 野口さんが記事に書いているように、
 この作品の「多くの紙幅が、権威やアカデミズムに対する糾弾に割かれて」いて
 松本清張が初期の頃よりそういう権力への厳しい視点を持っていたことが
 よくわかる短編だといえる。
 後半はミステリー仕立てになっているが、
 結局この計画が破綻する原因も
 人間の見栄という愚かさというのが
 いかにも松本清張らしい。

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 松本清張が亡くなったのが1992年8月だから
 今年(2022年)で没後30年になる。
 今でも多くの愛読者を持つ国民的作家に、
 まさか「全集」や短編集にこれまで収録されてこなかった作品が
 まだあるとは驚きだし、
 しかもそれらの作品が決して駄作でないことに
 あらためて松本清張という作家の偉大さに気づかされる。
 それが2022年11月に刊行された、『松本清張未刊行短編集 任務』だ。

  

 この短編集には表題作である「任務」のほか、
 「危険な広告」「筆記原稿」「鮎返り」「女に憑かれた男」
 「悲運な落手」「秘壺」「電筆」「特派員」「雑草の実」の
 全10篇が収められている。
 これまでに刊行されなかったということなので
 初期の頃の作品が多いが、
 半生を綴った自伝作品「雑草の実」は1976年のもので
 しかも清張の若い頃の生活を知る上で貴重な作品といえる。

 しかも、これらの作品群はバラエティーに富んでいて
 「危険な広告」は社会派作品だし、「鮎返り」は恋愛もの、
 「悲運な落手」は将棋の対戦を描いた作品(私のオススメはこれ)、
 「秘壺」は清張ならではの美術界を題材にしたもの、
 「電筆」は速記を生み出した伝記小説と
 読みごたえのある短編ばかりといえる。

 これから松本清張を読もうと考えている人だけでなく、
 すでに清張作品を読破してきた愛読者でも堪能させる
 短編集であることは間違いない。

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プレゼント 書評こぼれ話

  1923年(大正12年)の今日、
  9月1日、
  相模灘一帯を震源とする大地震が
  関東一円を襲いました。
  いわゆる関東大震災です。

    万巻の書のひそかなり震災忌      中村 草田男

  今日紹介する吉村昭さんには
  『関東大震災』という問題作もありますが、
  今日は短編集『帰艦セズ』の紹介です。
  吉村昭さんは
  若い時に結核になり生死の境を歩いたこともあって
  死をみつめる作品が多くあります。
  この短編集でも
  そんな視点で描かれています。

  じゃあ、読もう。

 

sai.wingpen  短編を書くことはまことに苦しい                   

 吉村昭さんが1988年に発表した、7つの短編を収めた短編集。
 昭和という時代が終わる寸前で、このあと間もなくして「自選作品集」が刊行されることになる、吉村さんの中期から後期が始まる頃の充実した時期の短編といえる。
 「あとがき」に「短編を書くことはまことに苦しいが、私の生きる意味はそこにこそある」と書いた吉村さんは、それがゆえに「絶えず神経を周囲に働かせて、格好な短編の素材はないか、探っている」と続けている。

 「鋏」は吉村さんがたびたび描いてきた篤志面接委員と元受刑者との心の綾を描いた作品。
 「鋏」というタイトルはこの元受刑者が包丁を使わず、いつもキッチン鋏を使っていたという、彼が犯した犯罪をほのかに浮かび上がらせておわるところが不気味である。
 「白足袋」は遺産をめぐる物語。
 「霰ふる」は能登半島の小さな村で起こった岩海苔採りの遭難死を取材した作品。
 「果物籠」は、戦時中に中学生を恐れさせた教練の教官との戦後になってからの邂逅を描いた作品。
 「銀杏のある寺」「飛行機雲」、そして表題作の「帰艦セズ」は、吉村さんが戦時中の事件を取材している中で生まれた短編で、特に「飛行機雲」は長編『大本営が震えた日』で描いた兵士の残された妻との交流を描いたもので、吉村さんが「私小説の部類に入る」と書いている。
 「帰艦セズ」も長編『逃亡』から派生した作品で、若い兵士が何故所属していた艦に戻らなかったか、その理由が一個の弁当箱の紛失だったという、あまりにも切ない戦争のひとつの悲劇を描いている。
  
(2021/09/01 投稿)

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レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  ドイツの作家フェルディナント・フォン・シーラッハさんの
  『犯罪』という短編集を
  紹介します。
  ほとんど海外小説を読んでいない私ですが、
  この作品を読むきっかけは
  中公文庫の「吉村昭短編集」シリーズの解説を担当している
  池上冬樹さんにあります。
  池上冬樹さんは
  吉村昭さんの文体が
  ドイツのこの作家によく似ていると書いていました。
  私はまったく未知の作家だったので
  どんな作品だろうかと
  初めて読んでみました。
  それがなんととっても面白い。
  海外小説でも
  こんなにいい作品があるのだと
  あらためて感じました。
  それに、確かに吉村昭さんの文体に
  よく似ていると思いました。
  いい作家を知りました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  読むのがやめられなくなる短編集                   

 ドイツの弁護士でもあるシーラッハ氏の、作家としてのデビュー作。
 11篇の短編が収められた短編集で、書籍タイトルのとおり、犯罪小説といっていい。
 本国ドイツで2009年発表され、ベストセラーとなり、日本での翻訳は2011年。
 日本でも話題となって、2012年本屋大賞「翻訳小説部門」で第1位になっている。

 11篇それぞれストーリーが面白いが、この作品の魅力はシーラッハ氏の文章力だろう。
 創元推理文庫版の「解説」で松山巌氏は、氏の文体を「短い一節で時空間の流れを畳み込むように表現する」と説明している。
 そのせいか、妻殺しであれ(「フェーナー氏」)であれ、偽証罪であれ(「ハリネズミ」)であれ、銀行強盗であれ(「エチオピアの男」)であれ、犯罪を扱っていながら、湿気がほとんど感じられない。
 いとも淡々と、事実が羅列されていく。

 そして、これらの短編は単に犯罪を描いただけではない。
 そこには必ず人間の秘めた姿がある。
 冒頭の「フェーナー氏」は妻殺しの犯罪ながら、妻に蔑まれながらも耐えてたえて行ったもの。法はそんな彼を裁くが、彼を裁いているのは彼自身といえる。
 11篇の短編の中では「チェロ」という作品がいい。
 豪腕な父との生活を嫌って家を出る姉と弟の物語。しかし、二人には過酷な生活が待っている。病にかかり、死の前にあった弟を手にかけてしまう姉。その姉もまた拘置所で自殺してしまう。そして、あの父もまた、二人のあとを追う。
 悲しみの色濃い作品である。
  
(2021/08/06 投稿)

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