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プレゼント 書評こぼれ話

  以前
  湯川豊さんの
  『一度は読んでおきたい現代の名短篇』という本を
  紹介しましたが
  今日紹介する
  宮部みゆきさんの「片葉の芦」は
  そこに取り上げられていた名短篇です。
  その短篇を収めたのが
  『本所深川ふしぎ草紙』。
  もともとこの短篇集は
  平成3年に刊行されたものです。
  湯川豊さんはこの短編について
  登場人物たちが
  「江戸時代の表情を身につけている」と
  書いています。
  江戸時代の気分を
  存分に味わって下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この短篇集の中で「片葉の芦」は評価が高い                   

 宮部みゆきさんといえば、日本のミステリーを牽引する第一人者だ。
 宮部さんの魅力はミステリーだけにとどまらない。SFも書けるし、時代小説も書ける。まさに「宮部ワールド」と称されるだけのことはある。
 さらに宮部さんの作品は長編、それも「大」がつくほど長い。
 宮部さんの作品を苦手としている人は、私もその一人なのだが、その長さに圧倒されるのかもしれない。
 しかし、そんな宮部さんにも短編小説の名篇がある。
 それがこの本所深川の七不思議を題材とした7篇の短編を収めた作品である。

 7篇の作品は登場人物がそれぞれ異なるが、同じなのが舞台が本所深川ということと「回向院の親分」岡っ引きの茂七が必ず登場することだ。
 本所深川というのは、現在の両国を含む北側を本所、両国よりも南側を深川といったそうだが、その名を耳にするだけで江戸の風情が浮かんできそうだ。
 そこにある七不思議とは「片葉の芦」「送り提灯」「置いてけ掘」「落葉なしの椎」「馬鹿囃子」「足洗い屋敷」「消えずの行灯」で、それぞれが作品のタイトルになっている。

 中でも名短篇の評価が高いのが、「片葉の芦」。
 貧しい少年に食べ物を施す大店の娘。そんことをしても少年のためにはならないとたしなめる父親。鬼とまで呼ばれた父親があるある日殺されてしまう。誰が何のために。
 今はりっぱな若者に成人したその少年がこの事件をきっかけに鬼と呼ばれた男の本当の姿を知ることになる。

 「宮部ワールド」には山本周五郎までもがいるようだ。
  
(2019/10/30 投稿)

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  太宰治の『女生徒』を
  読むのは
  何十年ぶりだろうか。
  太宰治のたくさんの作品の中でも
  この作品は
  最初に読んだ印象と
  再読した印象が違わない部類に
  入るのではないだろうか。
  今読んでも
  いい。
  暗い作品ではないけれど
  太宰治らしい甘さがほどなく効いている。
  この作品の巧さからいえば
  太宰治はずるいくらい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  切なくて、涙が出そうになる                   

 昭和14年(1939年)に「文學界」に発表された太宰治の短編。文庫本で45ページほどの作品だが、太宰の晩年期の作品と違って、明るさがあり、太宰の多くの作品の中でも人気の高いものではないだろうか。
 太宰がこの作品を書いたのは30歳あたりの頃で、太宰の読者であった一人の女性から送られてきた日記をもとに書かれたことは有名な逸話。

 この作品の魅力はなんといっても、その流れるような文章力だろう。
 「あさ、眼をさますときの気持ちは、面白い。」という書き出しから、実にテンポよく流れる。この作品を読んだことのある人は、こっそり声に出して読んでみたりしなかったか。
 どこまで送られてきた日記が生かされているのか知らないが、主人公の14歳の女生徒が飼っている二匹の犬、そのうちの一匹が醜く、「可哀想で可哀想でたまらないから、わざと意地悪くしてやるのだ」といった心の状態など、いかにも太宰っぽい。
 こういう天邪鬼的なところが太宰の魅力ともいえる。

 その醜い犬が物語の最後、寝床についた彼女の、この短編は朝起きて夜眠るまでのわずか一日の話なのだ、耳に庭を歩く足音として登場する。
 「カアは、可哀想。けさは、意地悪してやったけれど、あすは、かわいがってあげます。」と女生徒は思う。
 この時、太宰も読者も醜く可哀想な犬なのかもしれないかわいがってくれる人があらわれるのを、ただ待っている、可哀想な犬なのだ。
  
(2019/09/19 投稿)

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  松本清張は生まれたのが1909年で
  今年生誕110年になります。
  もう一人、
  生誕110年になった文豪といえば
  太宰治
  松本清張がデビューした時には
  もう太宰治は亡くなっていたので
  二人には直接的な関係はありません。
  しかも
  作品の傾向はまったく違いますが
  二人とも短編小説の巧い書き手でした。
  今日は
  松本清張の短編の中から
  「鬼畜」を紹介します。
  そういえば、この短編、
  太宰治の「桜桃」の中の一節、

    子供より親が大事、と思いたい。

  みたいな短編です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  今でも「鬼畜」はあとをたたない                   

 昭和32年(1957年)に「別冊文藝春秋」に発表された、文庫本のページで50ページほどの短編である。
 発表から20年ばかり経った1978年に野村芳太郎監督(脚本は井出雅人)で映画化され、主人公の小心な男を緒形拳が演じてその年の男優賞を総なめした。
 この映画で作品を知っている人は多いだろうが、原作もいい。
 短篇だが、濃厚。
 読み物としての深みが凝縮されている。
 短くても物語の面白さや怖さは十分に伝わるのだということがよくわかる。

 主人公の宗吉は30過ぎまで各地の印刷屋を転々とする渡りの印刷工だったが、腕がいいことや真面目な性分でこつこつと金を貯め、自分の印刷所を持つようになる。
 27歳の時に結婚したが、その妻お梅は気性の勝った女だった。
 二人には子供がいなかった。その分、お梅も共に働いて、自営の印刷所は繁盛していく。
 そうなればなったで、本来小心な宗吉もついはめが外れて、料理屋の女中と関係を持ってしまう。
 その女菊代との間に子供まで出来たが、商売がうまくいっていることで、妻にばれないまま八年の年月が過ぎる。
 最初に出来た子が男の子で、次に女の子、さらには生まれたばかりの男の子と、三人の子供が出来たところで、宗吉の商売がうまくいかなくなる。
 生活に困った菊代は三人の子供を宗吉に押し付け、失踪。
 もちろんお梅はそんな子供をやっかいばらいしようとする。
 末っ子が栄養失調で亡くなったのを皮切りに、幼い女の子を捨て、さらには上の男の子までも殺そうとする宗吉。

 「鬼畜」というのは子供を殺そうとしたり捨てたりする親のことだが、この物語が発表されて半世紀以上経っても「鬼畜」はあとをたたない。
 そういう点では松本清張が描いたのは未来小説であったのかもしれない。
  
(2019/09/04 投稿)

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  第161回芥川賞直木賞が昨日決定しました。
  芥川賞今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』、
  直木賞大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓(いもせ やまおんなていきん) 魂結(たまむす)び』。
  今回は直木賞の候補作は全員女性ということで
  話題となっていましたが
  結果芥川賞直木賞ともに
  女性の作家の受賞ですから
  勢いは女性にありですね。
  今日は『或る『小倉日記』伝』で
  第28回芥川賞を受賞した
  松本清張のデビュー作『西郷札』を
  紹介します。
  松本清張ほどの巨匠でも
  もしこの作品で入賞していなかったら
  どんな人生になったかわかりません。
  だから、
  今回の受賞2人にも大作家めざして
  がんばってもらいたい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ここから松本清張はじまる                   

 1951年に「週刊朝日」の「百万人の小説」という公募で3等に入選した、松本清張の処女作。文庫本で60ページほどの作品だが、この年の直木賞の候補となった程で、読ませる力量は処女作とはいえさすがその後巨匠になるだけのものがある。
 松本清張が『「或る『小倉日記』伝」』で第28回芥川賞を受賞するのは、この2年後である。

 タイトルの「西郷札」は「さいごうさつ」と読む。明治の西南戦争時に西郷軍が発行した軍票のことを指す。
 この札をめぐって一攫千金をねらおうとする男が利用したのが、この物語の主人公雄吉。
 彼の波乱万丈の半生に灯をともすような存在であったのが義理の妹季乃。小さい頃に別れて以来、会えないままだった季乃に偶然会ってしまった雄吉。
 互いにほのかに兄妹以上の感情がありながら、それをしまうこむ。何故なら季乃はすでに結婚をして、その相手は大蔵省の役人。
 そんなところにつけこまれて、西郷札の買い占めに利用される雄吉だが、季乃の亭主が雄吉と妻との関係を怪しんでいることに気がつかない。
 雄吉や季乃の運命はどうなるのか。
 そこがまた松本清張らしく、読者にミステリを仕掛けておわる、
 雄吉も季乃も悪人ではない。
 むしろ季乃の亭主が明治維新後の薩長閥に取り入る姿が悪のようにも映る。
 松本清張は作家としての最初から官僚とか役人の悪が嫌いだったようだ。
  
(2019/07/18 投稿)

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  少し前に
  島崎今日子さんの『森瑤子の帽子』という
  作家森瑤子の評伝を読んで
  そういえば
  森瑤子の作品を読んでいないのではと
  思って
  それならデビュー作『情事』を
  読んでみるかと
  ページを開きました。
  1978年の作品ですから、
  もう40年も前の作品ですが
  ちっとも古さを感じませんでした。
  これがデビュー作かと思うほど
  巧みで
  これなら女性たちに支持されたのも
  わかるような気がしました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この時彼女はまだ帽子をかぶっていなかった                   

 第2回すばる文学賞受賞作。(1978年)
 人はいつ青春のおわりに気づくのだろう。
 あるいは、人はいつ自分の老いの予感に恐れるのだろう。
 「夏が、終わろうとしていた。」という一行から始まる、このデビュー作を書いた時、作者である森瑤子は37歳の専業主婦だった。

 そして、この物語の主人公ヨーコは35歳の主婦。英国人の夫と娘が一人。
 「三十三歳を過ぎた頃から、自分はもう、若くはないのだ」という考えに捉われ始めた。
 彼女を脅かしたのは肉体の衰えでなく、「精神の緊張感を失う」ことだった。
 そして、「セックスを、反吐が出るまでやりぬいてみたい」と、数人の男たちと関係を持ち、この夏また新しい男と知り合う。
 それがレイン。
 関係を持つ最初から不安な感情に持ちながらもヨーコはレインに魅かれていく。
 しかし、たった一つの嘘、結婚していないという嘘が、彼女を苦しめていく。
 これは愛情なのか、それとも単なる情事なのか。

 森瑤子はこの作品をきっかけにして人気作家の道を駆けのぼっていくのだが、おそらく彼女を支持したのもまた彼女が作品の中で描いたような女性たちだったのではないだろうか。
 正確にいうならば、小説の主人公のような行動はとれないまでもそこに至る感情を共有した女性たちといっていいかもしれない。
 本名伊藤雅代は「森瑤子」という名前とともに、たくさんの「ヨーコ」を読者にしたのだ。
 そして、またちがった夏が、彼女に始まるのだが、それはもう本当の夏ではなかったにちがいない。
  
(2019/06/12 投稿)

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