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 「犬が人を噛んでもニュースにはならないが、
 人が犬を噛んだらニュースになる」とよく言われる。
 そこからすれば、親族間の殺人事件がニュースになるのは、
 普通親族間の間には愛情という絆があって、そこには殺人などが入る余地はないと
 多くの人が考えるからかもしれない。
 しかし、ノンフィクション作家の石井光太さんが2021年に刊行した
 この『近親殺人』によれば、
 日本の殺人事件の半数が家族を主とした親族間で起こっているという。
 その傾向は変わらず、最近も幼い子供を殺した夫婦や両親を殺害した15歳の少年など
 「近親殺人」は止まらない。

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 だが、私たちは起こってしまった事実はわかるが、
 その背景をどこまで知り得ているだろうか。
 この作品で石井さんが追跡した7つの殺人事件、
 「まじ消えてほしいわ」と母親を「介護放棄」によって死に至らしめた事件、
 「ひきこもり」の息子を殺した父親、
 貧しくて老いた母とともに心中しようとして自分だけ生き残った男、
 精神疾患を患った姉から追い詰められてついにはその姉を殺害してしまう妹たち、
 老老介護の果てに夫を手にかけてしまう老いた妻、
 幼い息子を虐待し窓から転落死させる母、
 そして、派手な生活が止まらず幼い子供を殺してしまう女。

 どれもが悲惨であるし、どれもが殺された側にも殺した側にも病巣があったように見える。
 当然殺人事件として殺した側は裁かれるのだが、
 本当に彼らだけに罪があったといえるのだろうか。
 「人が犬を噛む」、もしかしたらそんなことも不思議なことではないかもしれない。

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 早川書房といえば、アガサ・クリスティーの作品など
 ミステリーやSFまたノンフィクション作品の出版社として知られている。
 その早川書房が2023年6月新しい新書レーベルを立ち上げたニュースには驚いた。
 その名も「ハヤカワ新書」。
 どうせミステリーやSF関係の関連新書かと思いきや、
 創刊ラインナップをその想像を思いきり超える知的な著作を揃えた。
 ちなみに巻末の「「ハヤカワ新書」創刊のことば」にこうある。
 「切れ味鋭い執筆者が政治、経済、教育、医学、芸術、歴史をはじめとする
 各分野の森羅万象を的確に捉え、生きた知識をより豊かにする読み物である」(早川浩
 この『原爆初動調査 隠された真実』(NHKスペシャル取材班)は、
 そんな「ハヤカワ新書」の12作目として刊行されたものである。

  

 広島・長崎で原爆投下した直後行われた「原爆初動調査」。
 投下側であるアメリカ軍によって行われたその調査において、
 残留放射線が計測されていたにも関わらず、
 人体への危険性は無視できる程度と結論づけられる。
 何故、そんな結論が出たのか、
 これはその謎を解明すべくNHKスペシャル取材班が番組制作にあたって知りえた事実を
 書籍化したものである。
 (番組は2021年8月9日に放送された)

 残留放射線は爆心地だけにあったわけではない。
 爆心地から離れたところでも確認されながら、「残留放射線は皆無」とした軍や政治家たち。
 この取材でその存在の事実を聞かされた関係者の
 「人間を人間として見ていない」という言葉は、重い。

 これからも「ハヤカワ新書」に期待したくなる、いい作品であった。

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 昨日紹介した絵本『ヒロシマ消えたかぞく』をつくった指田和(さしだかず)さんは埼玉県生まれの女性で、
 出版社で子どもの雑誌などの編集に携わったあとフリーで活動しています。
  『ヒロシマ消えた家族』は2019年7月に出版されましたが、
 そのあと2020年に夏の課題図書(小学校高学年の部)に選ばれ、
 多くの読者を得ました。
 おそらくそんなことで、何故埼玉に住む指田さんが
 広島に落とされた原爆で命をおとされた一家の写真と出会ったのか
 疑問の感じた子どもたちも多かったのだと思います。
 この『「ひろしま消えたかぞく」のあしあと』は、
 指田さんがどのようにして、鈴木六郎さんの写真と出会い、
 鈴木さんの残したたくさんの写真から一冊の絵本に仕上げていく過程を綴った
 ドキュメント作品です。

  

 指田さんが鈴木さんの写真と出会うのは、
 広島平和記念資料館での展示からでした。
 2016年夏のことです。
 展示されていた写真に心を打たれた指田さんは、その後、
 展示の写真を提供していた亡くなった鈴木さんの親戚を訪ねます。
 そして、鈴木さんが遺した1500枚におよぶ写真と出会います。
 そうして、絵本づくりが始まってきいきますが、
 指田さんはそれだけでなく、
 鈴木さん一家がどのように亡くなったかそのあともたどっていきます。
 あるいは、鈴木さん一家が暮らしていた町の様子も
 当時の資料とその頃を知る人から話を聞いて
 立体的に組み立てていきます。
 指田さんのそういった熱意がなければ、
 鈴木さん一家のことはこれほど多くの人に知られることもなかったでしょう。
 絵本『ヒロシマ消えたかぞく』を読んだ読者なら
 ぜひこの「あしあと」も読んでみてもらいたい。
 そして、これから読まれるならぜひ2冊合わせて読んでもらいたい。

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 この本の著者河合香織さんは
 1974年生まれのノンフィクション作家だ。
 2004年に発表した『セックスボランティア』が話題となり、
 その後2019年に『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で
 大宅壮一賞新潮ドキュメント賞をW受賞している。
 この『母は死ねない』は、著者自身の出産時に体験した思いから
 母にまつわるさまざまなことを描いたノンフィクション作品である。

  

 さまざまなこととは、自身が体験したことのほか、自身の知人が体験したことや
 山梨のキャンプ場で行方不明となった女児の母親への取材、
 あるいは2001年に起こった池田小学校への侵入事件で犠牲となった母親の思い、
 また同性婚の夫婦として子どもをもった女性の願いなど、
 いまという時代の中にあって、
 それでも子どものために生き続けるのが母なのかと
 著者は問う。
 「不完全な女たち」という章では、一人の母親が自身の大学院受験のために
 娘をひと夏保育所に預けていた際の体験が描かれる。
 自分の都合のために子どもが保育所に行きたがっているのかも問えなかった自分は
 「不完全」であったことに気付く。
 彼女がたどりついたところは、もう「母は死ねない」という完璧を求めていない。
 そういう完璧さを脱ぎ去ったところに、女性たちの自由がある。

 著者は最後にこう記す。
 「子どもは母と一体化した相手ではなくて、自分の思い通りにならない他者である。」と。
 取材を通じて、著者自身が母という呪縛から解き放たれている。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日9月1日は関東大震災があった日。

    路地深き煮ものの匂ひ震災忌        平川 雅也

  地震が発生したのが午前11時58分だったことから、
  大きな火災が起こって被害が拡大したことは知られている。
  今年(2023年)は関東大震災から100年
  この機会にぜひ読んでもらいたいのが
  吉村昭さんの『関東大震災』。
  この作品が書かれたのは、震災から50年後の1973年。
  何故この時になって吉村さんはこの災害を書こうとしたのか。
  ノンフィクション作家の石井光太さんはこう考えている。
  「時代に浮かれている日本人に、もう一度自分たちが生きている日本に潜む
  地震の恐ろしさを思い起こさせる機会をつくりたい」と思ったのだろうと。
  今回あらためて読んでみて、
  震災の脅威とともに吉村文学のすごさを感じた。
  今日は2019年のこの日に書いたものの再録書評にしましたが、
  100年と節目だからこそ
  ぜひ読んでもらいたい一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  天災は忘れた頃にやってくる                   

 大正12年(1923年)9月1日午前11時58分。
 相模湾を震源とする大規模な地震が関東地方を襲った。のちに「関東大震災」と呼ばれることになる大災害である。
 これは吉村昭がこの震災をもとに手がけた記録文学である。
 吉村は昭和47年から48年にかけてこれを執筆、その年この作品などの一連の執筆により第21回菊池寛賞を受賞している。

 文学としてこの作品の評価が高いのは、構成の巧さであろう。
 冒頭にこの大地震にさかのぼる大正4年に関東で発生した群発地震の模様を描く。一見あまり関係のないような挿話で始めて、これが地震学者間の対立となって続く。
 一方は近い期間での大きな地震とそれによる被害の大きさ、一方はまだまだ大きな地震が来ないという。しかも、もし地震があったとしても「道路もひろく消防器機も改良されている」から江戸時代のような大災害にはならないという説。
 しかし、実際にはそれは気休めに過ぎなかった。
 関東大震災の犠牲者は10万とも20万ともいわれる。
 吉村は時に当時の人たちの証言を織り込みながら、冷静に沈着に被害の模様を描いていく。
 特に当時の東京市の死者の半分以上の3万人以上がそこで亡くなったという本所被服廠跡での痛ましい状況である。
 さらに、吉村はこの大震災がもたらした朝鮮人への暴力や大杉栄事件を描いていく。
 あるいは犯罪の多発についても、吉村は冷静に見つめる。

 関東大震災は自然災害としての被害も大きかったが「人心の混乱」も目を覆いたくなる災害であった。
 あれから96年が経った令和という新しい時代にあって、私たちは大きな災害にあっても冷静に向き合えるか。
 少なくともこの本を自戒ふくめて読んでおく必要があるように思う。
  
(2019/09/01 投稿)

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