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 沢木耕太郎さんが1984年に発表したエッセイ集『バーボン・ストリート』に
 この『昔日の客』を書いた古書店の店主関口良雄さんのことを書いたエッセイ、
 「ぼくと散歩と古本がすき」が載っている。
 そのエッセイで沢木さんは関口さんの古書店「山王書房」を時々利用していたことを明かし、
 その際に見かけた関口さんのことをこう綴っている。
 「親父は話し好きらしく、よく店先で客と談笑していた。痩身で眼鏡をかけた
 いかにも神経質そうな風貌のわりには、喋る声は大きく、笑い方が陽気だった」。
 そんな関口さんが亡くなったあと、古書店の組合報などに書いた随想をまとめた遺稿集が
 この『昔日の客』なのだ。
 沢木さんはその文章について、「これが驚くほど面白い」と書いている。
 「ユーモアに富みながら、それでいて程よく抑制がきいている」と。

 それから幾星霜。
 おそらく沢木さんが読んだだろう『昔日の客』(1978年刊行)は絶版になっていたはず。
 そんな時、2010年になって、一人の出版人が関口さんの遺族のもとを訪れた。
 彼こそひとり出版社夏葉社を立ち上げたばかりの島田潤一郎さん。
 そして、私たちはこうして再び関口良雄さんの『昔日の客』を読むことができるようになった。

  

 本を読むというのは、とても個人的な行為だが、
 本を媒介にして、実は人と人がつながっていることが、関口さんのエッセイから
 とてもよくわかる。
 「昔日の客」というタイトルのエッセイでは芥川賞作家野呂邦暢氏との心温まるふれあいが描かれていて、
 この文章を読めたことがなんだかとても温かい出会いであったように思えた。
 読書の秋にぴったりの一冊だ。

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 永井路子さんが1964年に初期の鎌倉時代を描いた短編集『炎環』で第52回直木賞を受賞した際、
 選考委員の今日出海氏は「鎌倉時代を知る作家には、折角の知識も、それほど高く評価されなかったが、
 少なくともその知識を気楽に扱えるだけ、消化し、自分のものにしていることは事実」と評価している。
 鎌倉時代というのは、それほどに地味な時代だったともいえる。
 2022年度のNHKの大河ドラマが「鎌倉殿の13人」と決まった時は、
 源頼朝はともかくとして13人の名前すらわからないのに、
 大河ドラマドラマとして成立するのか心配もしていたが、
 いざ始まると、これがとても面白い。
 脚本家の三谷幸喜氏の筆が冴えているのもあるし、俳優陣の巧さもあるだろう。
 私の中では、ここで一気に鎌倉時代が花開いた感じがする。

  

 そうなれば、もっとこの時代のことを知りたい。
 そうはいっても、やはりこの時代は地味なのか、あまり多くの関連本が見つからない。
 そういう時こそ、永井路子さんの出番である。
 この『源頼朝の世界』は、まさに鎌倉時代の人間ドラマを描いた歴史エッセイだ。
 いくつかの文章が「頼朝とその周辺の人びと」「逞しき東国武者」「西国の権謀家たち」という、
 三つの区分けで括られている。
 そのうち、「頼朝とその周辺の人びと」では、
 頼朝のほか、北条政子、比企尼と阿波局。頼家と実朝、
 そして大河ドラマで主人公となっている北条義時が描かれている。
 永井さんは義時のことを「日本史上稀な冷静な史眼と決断力の持主であった」と評価している。
 しかし、彼が大河ドラマの主人公になるとは、まさか思ってもいなかったにちがいない。

 いやあ、鎌倉時代って面白い。

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 昨日8月22日は
 作家向田邦子さんの忌日「木槿(むくげ)忌」でした。
 向田邦子さんが台湾での飛行機事故で亡くなったのは
 1981年(昭和56年)8月22日でしたから
 もう40年以上前になります。
 向田さんの忌日を「木槿忌」と呼ぶのは、
 向田さんと親交のあった山口瞳さんが
 急逝した向田さんを偲んで綴られたエッセイにちなんだもの。

 向田邦子さんは
 脚本家として名を成し、
 その後エッセイスト、そして作家となった。
 直木賞を受賞したのは亡くなる前年、1980年だから
 もし、亡くならなければどんな作品を残しただろうと
 多くの人が悔しがった。
 その向田さんの最初のエッセイ集がこの『父の詫び状』。

    

 初出は「銀座百点」という雑誌で
 1976年から1978年にかけて掲載されたもの。
 単行本になったのが1978年秋。
 掲載終了後まもなくだった。

 そして、文春文庫に入ったのが、
 亡くなった1981年12月で、
 文庫化に際し、向田さんはその解説を
 まだ若い書き手だった沢木耕太郎さんを指名する。
 沢木さんは向田さんの期待に応えるべき、
 文庫解説としては長い文章を綴っていく。
 そして、ようやくその仕事にめどがついた8月22日、
 沢木さんは向田さんの突然の訃報に接することになる。

 文春文庫版の『父の詫び状』は
 向田邦子さんの第一エッセイ集という誉れと
 エッセイとしての読み応えのある愉しみと
 それを最後に見送ることになった
 沢木耕太郎さんの慟哭がつまった、
 本としても貴重すぎる一冊といえる。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は長崎原爆の日
  今回も「歳時記」から。

    8月9日には長崎にも(原子爆弾が)投下され、
    7万人余りの人命が失われたと推定される。

    首上げて水光天に長崎忌          五島 高資

  長崎といえば
  作家の吉村昭さんが100回以上訪れたという街。
  私も仕事で何度か行ったことがあります。
  できれば、もう一度行きたい街のひとつ。
  今日は沢木耕太郎さんの旅エッセイ集
  『飛び立つ季節 旅のつばくろ』を
  紹介します。
  2020年に出た『旅のつばくろ』の第2弾なので
  表紙の燕に2羽になっています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  沢木耕太郎さんが見ている、来た道、行く道                   

 人生は旅である、あるいは旅は人生に似ていると、よく耳にする。
 沢木耕太郎さんの旅のエッセイには、その言葉がよく似合う。
 沢木さんが『敗れざる者たち』というノンフィクション短編集で颯爽と登場したのは、1976年で、沢木さんはまだ二十代の青年であった。
 それから現在(いま)にいたるまで、沢木さんの作品とともに読者である私もともに歩んできたような気がする。
 いくつか年上の兄のような存在として。

 JR東日本の新幹線車内誌「トランヴェール」に連載されていた国内の旅エッセイ35編を収録した本作は、2020年に出た『旅のつばくろ』の第2弾になる。
 なので、新型コロナウイルスの影響で国内といえども旅がままならない時期でのエッセイということもあって、いくつかの文章にその影響がみられる。
 そのひとつが女優の吉永小百合さんに修善寺でインタビューした時のもので。沢木さんは「細心の注意を払いつつ、全力で普通でありつづける」と吉永さんを評している。
 そして、そのあとに「ウイルスの流行というこの特別な状況においては、やはり「細心」と「全力」が「普通」であるための必須のものであるに違いないのだ」と続ける。
 沢木さんの文章の構成のうまさは、若い頃から変わらない。

 今回のエッセイには16歳で初めて東北一周の旅した時間の記憶がしばしば訪ねられている。
 そのことをもって、沢木さんも年をとったということもできるが、何故か私には16歳の少年の後ろ姿をじっと見つめる沢木さんのまなざしの柔らかさを感じる。
  
(2022/08/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日の7月31日は
  作家吉村昭さんの忌日、悠遠忌でした。
  亡くなったのは2006年ですから
  もう16年になります。
  私が吉村昭さんの作品を知ったのは
  10代の終わり頃の
  新潮文庫で出た『星への旅』だったと思います。
  なので、半世紀も前のことです。
  こちらが年を重ねるうちに
  吉村昭さんの魅力が増していくように感じます。
  ちょうどいまあたりが
  私にとって吉村昭文学がぴったりくる感じです。
  今日は
  『縁起のいい客』という
  エッセイ集を紹介します。
  これからも吉村昭作品は読んでいこうと思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  吉村昭という人間を知る道標                   

 吉村昭さんの著作リストをひも解くと、氏の代表作ともなった『戦艦武蔵』などの記録文学や『桜田門外ノ変』などの歴史小説以外に、エッセイ集も数多く刊行されているのがわかる。
 この『縁起のいい客』は2003年1月に刊行されたもので、2006年7月31日に亡くなった氏の晩年期のエッセイ集といえる。
 晩年期でありながら、氏の筆ののびやかで、特に日常のありのままの一コマを綴ったエッセイでは円熟の技を感じさせてくれる。
 読書が心地いい。

 この本の「あとがき」で、氏はエッセイについてこう書いている。
 「エッセイは、人間を書くことにつきると思っている。(中略)私という人間を書くことにもなる。」
 つまりは、氏のエッセイは作家吉村昭だけでなく、人間吉村昭を知るための道標のような存在といっていい。

 このエッセイ集はいくつか多分連載のようにして、雑誌や新聞に発表してきたもので、特にテーマが統一されたものではない。
 面白かったのは、「エッセイは事実です」というエッセイで、そこではエッセイが創作されたものだと時々言われることに、子供のように憤慨している姿だ。
 それはほかのエッセイにもあって「随筆は、眼で見、耳できいたことを事実そのまま書く」と記したことがある。
 だから、エッセイは吉村昭さんの生の姿を体験できる楽しみといっていい。
  
(2022/08/02 投稿)

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