プレゼント 書評こぼれ話

  今テレビ朝日
  お昼の帯ドラマで「トットちゃん!」が
  放映されている。
  いうまでもなく
  黒柳徹子さんの物語だ。
  脚本は大石静さん。
  トットちゃんのお父さんを山本耕史さん
  お母さんを松下奈緒さん、
  小林宗作先生を竹中直人さんといった
  豪華配役で
  始まっている。
  せっかくなので
  黒柳徹子さんの大ベストセラー
  『窓ぎわのトットちゃん』を
  読んでみた。
  これだけのベストセラーだから
  読んだはずだが
  今回読んでみて
  ちっとも思い出さないところからすると
  初めて読む?
  まさか、と思うけど。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  誰もがトットちゃん                   

 言うまでもなく戦後最大のベストセラーである。
 どれくらい売れたかというと、1981年に単行本として刊行されて以降文庫本になったり児童向け書になったり英語版になったりとシリーズ総計で800万部を超えているというからすごい。
 それにこれが一時的なものでなく今でも読まれ続けているというから、また驚く。

 書いたのはタレントの黒柳徹子さん。
 小さい頃自身「徹子」と言えずに「トット」と呼んだのが愛称の所以で、「窓ぎわ」というのは刊行当時流行っていた「窓際族」からとったという。
 つまりトットちゃんと呼ばれた女の子は小学1年にして授業の妨げになると退学を命じられた、まさに「窓際族」だった。
 そんな彼女をやさしく受け入れてくれたのが、小林宗作先生が創った「トモエ学園」だ。

 この世紀の大ベストセラーはその「トモエ学園」でのエピソードを綴ったもので、トモエ学園のちょっと常識とはちがう教育の仕方なども紹介されている。
 トットちゃんが規格外であったように、「トモエ学園」もまた規格外であったのだ。
 のちにトットちゃんの退学に至るふるまいは「学習障害」とみられるようになったが、病気として名前がついたというだけで、それを受け入れるということは並大抵ではない。
 小林先生が為したことは、トットちゃんのような子どもときちんと向き合ったということだ。
 それはいつの時代でもそうだろう。

 この作品は一時的な流行本ではない。
 いつまでも変わらない、一冊だろう。
  
(2017/10/21 投稿)

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  慶応3年の今日、
  大政奉還がなされた記念すべき日。
  しかも
  今年で150年という節目の年。
  150年といえば
  長いようで
  先祖を並べたら3人ぐらい前の人の時代では
  ないでしょうか。
  その当時の人たちにとって
  実際どう受け止められていたのでしょうね。
  今回の選挙は
  政権選択の選挙とかいわれていますが
  自ら政権を返上した徳川慶喜
  やはり英断だったのでしょうか。
  今日は
  中村彰彦さんの
  『歴史の坂道』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  歴史の落穂を拾いあつめ                   

 第15代将軍徳川慶喜が政権を返上した大政奉還から150年になる。
 慶応3年10月14日、西暦でいえば1867年の秋のことである。
 そこから時代は大きく動いていく。
 明治維新はここから始まったともいえる。
 幕末好みの人にとっては、たまらない150年前といえるだろう。
 その主戦場となった京都だけでなく、それぞれの場所に歴史が息づいていることは間違いない。
 ひとつ、それは紅葉の始まった会津もそうかもしれない。
 その時期の会津はまさに坂道が始まらんとしていたのではないか。
 そういう落葉をひとつずつ拾い集めたエッセイが、この本といえる。

 作者は『二つの山河』で直木賞を受賞した中村彰彦氏。
 おそらく氏が今までの書いてきた歴史小説の取材の中で、言葉通り落穂となったエピソードが短い文章の中に日の目をみていく感がある。
 特に会津に関わるエッセイは、会津が持っている悲劇性と相まって、読者を魅了する。
 私も久しぶりに何年か前の大河ドラマ「八重の桜」のことを思い出したりした。

 この本の面白いところは、収められた多くのエッセイの初出が東京・新宿にある花園神社の社報「花その」だったということだ。
 ああいう神社にも「社報」なるものがあることも初めて知ったし、その中にこのようなエッセイが掲載されているのも驚きであった。
 神社の風格がそもそも歴史の坂道の、それが昇りであれ、下りであれ、始まりのようなものであるようにも感じる。
  
(2017/10/14 投稿)

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  趣味を聞かれて
  「読書」と答えるのは常だが
  もしかして「美術鑑賞」も結構好きかもしれない。
  今までの人生で
  一体どれくらいの展覧会に
  行っただろう。
  どうしても東京での開催が多いから
  その近くで住んでいて
  よかったと思うのは
  そういう展覧会がある時だ。
  今日は
  原田マハさんの『いちまいの絵』という
  絵画ガイドの一冊を
  紹介します。
  この中で
  クールベの「オルナンの埋葬」のガイドで
  クールベのこんな言葉が
  紹介されています。

    自分は天使を描かない。
    なぜなら天使を見たことがないからだ。

  かっこいいな、
  クールベ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  自分だけの「いちまいの絵」をさがして                   

 最近の印刷技術は格段に進化しているから、絵画にしてもより本物の色合いに近い。
 そうはいっても、残念ながら、本物とは違う。全然違う。
 それは大きさのこともあるだろう、照明の具合も関係しているかもしれない。
 できれば、絵画は本物を見たい。
 『楽園のカンヴァス』や『暗幕のゲルニカ』といったアート小説で今や絶大の人気を誇る原田マハさんはかつて「アートの専門家」としてその関係の職業にも関わっていたから、世界のどこであっても、本物の絵画に触れてきた。
 原田さんのように恵まれていなくても、もしかして東京に住んでいるというだけで、本物の絵画に触れる機会はうんと多いはずだ。
 東京近郊に住んでいる人はそれだけでも幸福だといえる。

 原田さんのように海外まで足を伸ばして絵画に触れる機会こそなかったが、東京で開催された多くの美術展には出かけるようにしている。
 ピカソもゴッホもセザンヌもマネもモネもドガもフェルメールも、ルソーだって本物を見た。
 その度に心の琴線に触れてきたはず。
 そして、それらの名画の鑑賞をガイドしてきた多くの本があった。

 原田マハさんが著したこの本も、新しい名画鑑賞のガイド本に加わる。
 紹介されているのは26枚の「生きているうちに見るべき名画」たち。
 ただルノワールはないし、モディリアーニもない。
 色々な制限があったのだろうし、あくまでもこれは原田さんが薦める名画の数々。
 きっと本当の「いちまいの絵」は、自分だけのものとして、見つければいい。
  
(2017/09/29 投稿)

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  なんとなく星野道夫が読みたくなった。
  そういえば
  文庫本で出た星野道夫の講演集が
  まだ手付かずになって
  本箱に並んでいたな。
  それがこの『魔法のことば』だ。
  文春文庫で出たのが
  2010年だから
  ずっと開かずにおいて
  すみませんでした。
  星野道夫さん。
  久しぶりに星野道夫を読むと
  やっぱりいいんだなぁ、これが。
  また時間を見つけて
  星野道夫の世界に
  戻ってこよう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  遠くのものを想うこと                   

 アラスカの雄大な自然とそこに生きる動物や人々の姿を、温かな目でフィルムと文章にとどめてくれた写真家星野道道夫がその生前さまざまなところで行った講演の記録を収めた講演集。
 ここには星野が亡くなるその三か月前に行ったものなど10の講演が収められているが、同じような話が何度も出てくることに読者は気づくはずだ。
 そのことに関していうと、解説を書いた池澤夏樹はこう書いている。
 「彼は本当に大事なことしか言わなかった。そして本当に大事なことは何度でも言った。」と。
 だから、時間をかけて読むことを奨めている。
 それは、この本のことだけではないだろう。
 星野の写真もそうだし、文章もそうだ。
 何度でも、じっくり時間をかけて。

 同じ話でいえば、アラスカに行く前星野にとって普段の生活の中で、同じどこかにヒグマがいることが不思議だったことが語られている。
 「いろんなものが同じ時間を同時に生きている不思議」と、星野を語っているが、私たちが当たり前にようにして感じることさえないことを星野は言葉にしてくれたのだと思う。
 そして、それは何度でも繰り返されないと私たちは忘れてしまう。
 あるいは、二つの自然も話も繰り返される。
 一つは私たちの近くにある自然。もう一つは遠い自然。遠い自然があることが私たちの日常を豊かにしてくれるのだと、星野は言う。

 この二つのことはよく似ている。
 つまりは遠いものを感じること、想像すること。
 そして、それは戦争であれ紛争であれいじめであれ、私たちが解決するために大事なことだと思うのだ。
  
(2017/08/19 投稿)

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    僕が早稲田の学生だった頃、
    そんなにしょっちゅう大学には来なかったんですが、
    一番よく足を運んだのは、文学部の食堂と、演劇博物館だったと思います。


  そんな内容のはいったスピーチは
  村上春樹さんの
  早稲田大学坪内逍遥大賞の受賞あいさつです。
  今日紹介する
  『雑文集』にはいっています。
  また、同じスピーチで
  こんなことも。

    僕らは「エンパク」って言ってたんだけど、(中略)
    古い素敵な建物で、
    だいたいいつもすいていたので、
    あそこに行ってよく一人で本を読んでいました。


  ちなみに早稲田大学演劇博物館
  今でも「エンパク」って言ってますし、
  「だいたいいつもすいて」います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  雑に書かれた文章ではありません                   

 「雑文」といっても、雑に書かれた文章ということではない。
 村上春樹さんが1979年に『風の歌を聴け』で作家デビューしてから2010年までに、さまざまな媒体にさまざまなスタイルで書いた(あるいは喋った)もので、「雑多」な文章が集められている。
 どれぐらい雑多かというと、安西水丸さんのお嬢さんの結婚式に寄せたメッセージが収録されているほどに、雑多。
 その一方で「壁と卵」が話題となったエレサレム賞の受賞スピーチがあったりする。

 雑多といっても、いくつかのカテゴリーで分かれてはいる。
 例えば、音楽(ここに収められた文章を読むと、村上春樹さんと音楽がいかに密接につながっているかがわかる)とか翻訳(これはいうまでもない)とかいうように。
 真面目な論考もあって、「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」という文章で、村上さんはこんな一節を綴っている。
 「物語とは風なのだ。揺らされるものがあって、初めて風は目に見えるものになる。」
 とっても、いい文章です。

 カテゴリーの中には「小説を書くということ」というのもある。
 村上春樹さんという作家は寡黙な人のようにも見えたりするが、その実、書くということについてさまざま語っていることに気づく。
 村上春樹流の徒弟制度の、師匠が(あるいは兄貴分が)さりげなくその技を見せて教えている、そんな感じの文章が多いのだ。
 だからといって、誰もが村上春樹になれるわけではないが。

 この本の解説は和田誠さんと安西水丸さんの対談形式というのも、村上春樹さんの本らしい。
  
(2017/08/03 投稿)

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