プレゼント 書評こぼれ話

  なんとなく星野道夫が読みたくなった。
  そういえば
  文庫本で出た星野道夫の講演集が
  まだ手付かずになって
  本箱に並んでいたな。
  それがこの『魔法のことば』だ。
  文春文庫で出たのが
  2010年だから
  ずっと開かずにおいて
  すみませんでした。
  星野道夫さん。
  久しぶりに星野道夫を読むと
  やっぱりいいんだなぁ、これが。
  また時間を見つけて
  星野道夫の世界に
  戻ってこよう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  遠くのものを想うこと                   

 アラスカの雄大な自然とそこに生きる動物や人々の姿を、温かな目でフィルムと文章にとどめてくれた写真家星野道道夫がその生前さまざまなところで行った講演の記録を収めた講演集。
 ここには星野が亡くなるその三か月前に行ったものなど10の講演が収められているが、同じような話が何度も出てくることに読者は気づくはずだ。
 そのことに関していうと、解説を書いた池澤夏樹はこう書いている。
 「彼は本当に大事なことしか言わなかった。そして本当に大事なことは何度でも言った。」と。
 だから、時間をかけて読むことを奨めている。
 それは、この本のことだけではないだろう。
 星野の写真もそうだし、文章もそうだ。
 何度でも、じっくり時間をかけて。

 同じ話でいえば、アラスカに行く前星野にとって普段の生活の中で、同じどこかにヒグマがいることが不思議だったことが語られている。
 「いろんなものが同じ時間を同時に生きている不思議」と、星野を語っているが、私たちが当たり前にようにして感じることさえないことを星野は言葉にしてくれたのだと思う。
 そして、それは何度でも繰り返されないと私たちは忘れてしまう。
 あるいは、二つの自然も話も繰り返される。
 一つは私たちの近くにある自然。もう一つは遠い自然。遠い自然があることが私たちの日常を豊かにしてくれるのだと、星野は言う。

 この二つのことはよく似ている。
 つまりは遠いものを感じること、想像すること。
 そして、それは戦争であれ紛争であれいじめであれ、私たちが解決するために大事なことだと思うのだ。
  
(2017/08/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

    僕が早稲田の学生だった頃、
    そんなにしょっちゅう大学には来なかったんですが、
    一番よく足を運んだのは、文学部の食堂と、演劇博物館だったと思います。


  そんな内容のはいったスピーチは
  村上春樹さんの
  早稲田大学坪内逍遥大賞の受賞あいさつです。
  今日紹介する
  『雑文集』にはいっています。
  また、同じスピーチで
  こんなことも。

    僕らは「エンパク」って言ってたんだけど、(中略)
    古い素敵な建物で、
    だいたいいつもすいていたので、
    あそこに行ってよく一人で本を読んでいました。


  ちなみに早稲田大学演劇博物館
  今でも「エンパク」って言ってますし、
  「だいたいいつもすいて」います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  雑に書かれた文章ではありません                   

 「雑文」といっても、雑に書かれた文章ということではない。
 村上春樹さんが1979年に『風の歌を聴け』で作家デビューしてから2010年までに、さまざまな媒体にさまざまなスタイルで書いた(あるいは喋った)もので、「雑多」な文章が集められている。
 どれぐらい雑多かというと、安西水丸さんのお嬢さんの結婚式に寄せたメッセージが収録されているほどに、雑多。
 その一方で「壁と卵」が話題となったエレサレム賞の受賞スピーチがあったりする。

 雑多といっても、いくつかのカテゴリーで分かれてはいる。
 例えば、音楽(ここに収められた文章を読むと、村上春樹さんと音楽がいかに密接につながっているかがわかる)とか翻訳(これはいうまでもない)とかいうように。
 真面目な論考もあって、「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」という文章で、村上さんはこんな一節を綴っている。
 「物語とは風なのだ。揺らされるものがあって、初めて風は目に見えるものになる。」
 とっても、いい文章です。

 カテゴリーの中には「小説を書くということ」というのもある。
 村上春樹さんという作家は寡黙な人のようにも見えたりするが、その実、書くということについてさまざま語っていることに気づく。
 村上春樹流の徒弟制度の、師匠が(あるいは兄貴分が)さりげなくその技を見せて教えている、そんな感じの文章が多いのだ。
 だからといって、誰もが村上春樹になれるわけではないが。

 この本の解説は和田誠さんと安西水丸さんの対談形式というのも、村上春樹さんの本らしい。
  
(2017/08/03 投稿)

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  今日は昨日のつづき。
  昨日
  NHKEテレの番組が書籍化された
  『ヨーコさんの”言葉”』を紹介しましたが
  その中にあった
  「段々畑を上がっていった家にお嫁にいった」というエッセイが
  収録されているのが
  今日紹介する
  『私はそうは思わない』。
  書いたのは
  もちろん佐野洋子さん。
  このエッセイ集には
  そのほかにも番組になった文章がいくつか
  収められています。
  もしあの番組から
  佐野洋子さんのエッセイを読んでみようかという人には
  このエッセイ集などはいいかも。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「情」のある文章                   

 佐野洋子さんといえば絵本『100万回生きたねこ』で有名な絵本作家である。
 それだけではなく、著述家としても多くの作品を残している。
 佐野さんは2010年に72歳で亡くなったが、その後も佐野さんの人気は衰えない。
 この文庫本は佐野さんのエッセイ集でもともとは1987年5月に刊行されたもので、まだまだ佐野さんも元気そのものである。
 元気さが文章に勢いを与えている。

 文庫本では群ようこさんが「解説」を書いている。
 その最後、群さんはこう記した。「佐野さんの文章には情がある」と。
 佐野さんの多くの著作の中から、この一冊を選んだのも、思えば佐野さんの文章の「情」に惹かれたのかもしれない。
 それが、「段々畑を上がっていった家にお嫁にいった」という文章に代表される。
 これは佐野さんの伯母さんの話で、同じ話の別バージョンがこの本には別のものも載っているから、佐野さんもこの伯母さんと伯父さんの夫婦の話に感銘したのだろう。

 畑仕事の嫌いな伯父に変わって畑仕事と家事と育児を黙々とこなした伯母。
 晩年彼女は脳軟化症になって子供のようになる。
 それを伯父が一生懸命面倒を見た。それでも伯父は伯母に感謝していると言ったという。
 そんな伯父に、佐野さんはゆさぶられたとある。
 佐野さんの文章を読むとどこかドライで、とんでもないところから球が飛び出すような感じがあるが、本当はこのささやかな文章にあるように、心がゆさぶられる「情」が濃い人なのだ。
 だから、佐野さんの文章は今でも多くのファンがいるのではないだろうか。
  
(2017/07/20 投稿)

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  関西の人にとって
  桂枝雀の落語ほど印象に残る笑いはないのでは
  ないか。
  ある時期単身赴任をしていた頃
  桂枝雀の落語を録音して
  寝る前に聞いていたことがあった。
  笑い過ぎて
  眠るどころではなかったが。
  そのあたりが私の落語ブームの第一次、
  そして今が第二次だろうか。
  そこで今日は
  柳家花緑さん監修の
  『やさしい落語』。
  いつか寄席デビューをしたら
  報告したいと思います。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  最近の客はやりづらくってしょうがないや                   

 今私の中では人生何度めかの「落語ブーム」を向かえています。
 きっかけはこの春からNHKEテレで始まった「超入門!落語THE MOVIE」で、この番組は落語家の噺にあわせて俳優たちがアテフリを行うというもの。落語の鑑賞としては邪道でしょうが、噺も情景もわかりやすいので入門編として楽しんでいる。
 もうひとつ、こちらもNHKEテレの「日本の話芸」。こちらでは30分じっくり落語を楽しめる本格派。
 そして、手にしたのがこの本。しかも「マンガで教養」とあるくらいだから、きっとわかりやすいんだろうと思った次第。

 これが期待以上によかった。
 全編マンガかと思いきやマンガの部分は落語家志願の青年の修行生活を描いているだけで、その他はきちんと文字で書かれています。
 それが「定番落語演目紹介45」(読み応え十分でいい)であったり「落語界のレジェンドたち」であったり「今、面白い落語家30」であったりと、まるで落語の参考書のような一冊なのです。
 まさか参考書を持って寄席に行くことはできないでしょうが、寄席に行く前の予習、噺を聞き終わってからの復習にぴったし。
 いやあ、最近の客はやりづらくってしょうがないや、というぼやきが聞こえてきそうだが、

 そしてなんといっても寄席に足をはこぶためのガイド本にもなっている。
 市民寄席など最近では多く開催されているが、一度寄席の雰囲気を味わいたいと考えている人には欠かせない。

 それでは、おあとがよろしいようで。
  
(2017/05/23 投稿)

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  年をとってくると
  最近太ったね、よりも
  お、痩せたんじゃない、は
  危険な言葉のような気がする。
  云われた方も
  なんだかビクッとして
  そうかな、そんなに変わんないだけどと言ったり
  ジムに通ったりしてるからなんて言い訳めいたことを
  言ったりする。
  あとで、こっそりあいつ大丈夫かなんて
  言われてなんかいないか。
  そういうデリケートな年頃なんだぞ、
  60歳を過ぎると。
  そこで明るく、
  東海林さだおさんのように言わないと。
  ガンになっちゃったって。
  『ガン入院オロオロ日記』。
  面白いですぞ。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  ガン見舞いはむづかしい                   

 ガンの人をお見舞いというのはむづかしい。
 なんか顔に「あとどれくらいの命なんですか」みたいな表情が出るのではないか、もしその人がガンの告知を受けていなかったら、「ガン」なんて言葉は使えない。
 昨日の晩ごはんは「がんもどき」なんて絶対言えない。昔見た「さすらいのガンマン」も言えない。「ガンばって」もあぶない。
 そうなのだ、ガンの人を見舞うのは難しいのだ。

 ところがこの本、あの東海林さだおさんが自ら「ガン」であることをカミングアウト、しかも人生初の長期(40日は長いかという問題はあるが)入院を少し(というか、かなり)誇らしげに綴ったエッセイをメインに(書名にもなっているからメインなんだけど、17篇あるエッセイや対談の3篇をもってメインと呼んでいいのかと思わないでもないが)なっているエッセイ集。
 まあ入院といっても3篇なんだから、あんまりやばい話に踏み込んでも困るので、話を変えると、やはり東海林さんは食べ物のエッセイが面白く、この本では「粉もん」とか「ミリメシ(ミリタリーメシということらしい)」とか「肉フェス」突撃レポートとか蕎麦街道の旅とか、がやはり面白い。

 この本は雑誌「オール讀物」に連載されている「男の分別学」の2014年4月号から2016年4月号までをまとめたもので、そうなると食べ物の話も入院の話も「男の分別」の範疇になるのであって、男子たるもの一度は長期入院で治験を高める必要もあるようだ。
 残念ながら健康という人は、この本でお腹の皮をねじってみてはどうだろう。
  
(2017/05/12 投稿)

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