プレゼント 書評こぼれ話

  図書館で新しい本を借りようとすると
  何百人も予約が入っていて
  なかなか読むことができないことがある。
  そのことで
  不満や不平をいう人がいるが
  図書館は新刊の貸出を主としているわけではない。
  むしろ、本屋さんでなかなか手にはいらない
  旧刊本などを読みたい時は
  図書館に頼るのがいい。
  そんな本なら待っている人もほとんどいない。
  花房観音さんの『くちびる遊び』を読んで
  その装幀画が気にいって
  図書館の蔵書を調べて見つけたのが
  今日紹介する
  池永康晟さんの
  『君想ふ 百夜の幸福』。
  こんな時に図書館ほどありがたいところはない。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  官能とは                   

 「ジャケ買い」という言葉がある。
 その中身を知らずにCDや本などを店頭で見かけたジャケットが気に入って購入してしまうことで、本なども表紙の装幀を見て思わず手がのびるということはよくある。
 最近でいえば、新潮文庫の花房観音の『くちびる遊び』の装幀がよかった。元々花房観音のファンだから、作品は読むつもりであったが、それ以上にその装幀画が目をひいた。
 それを描いたのが。池永康晟(やすなり)。
 裸婦でもないのに、そこに描かれた女性のなまめかしさに、花房観音の官能小説がよく似合った。

 この本はその池永康晟の画集である。
 画集であるから、あの文庫本の装幀に描かれた女性の姿が全ページに描かれている。
 ここには一人の女性だけではない。
 複数の女性が描かれているが、一人として裸体はない。
 裸体はないが、どの女性も濡れるような瞳でこちらを見つめてくる。何かを求めるように。何かを隠すかのように。

 もしかしたら、この女性たちの魅力を言葉にすることができれば、官能の秘密を暴くこともできるのではないかと思ってしまうが、私にはそんな語彙はない。
 ただただ呆然と彼女たちを見つめるだけだ。

 池永康晟の略年が巻末に掲載されている。
 1965年に大分に生まれ、最初の個展を2003年に開いている。そのあとの展覧会の事績はわかるが、彼がどのようにして彼女たちと出会い、どのように接していったのかわかるはずもない。
 そういう秘密を池永の絵は見る側と共有しようとする。

 官能とは秘密の共有のことか。
  
(2018/02/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  さあいよいよ明日から
  NHK大河ドラマ西郷(せご)どん」が
  始まります。
  昔とちがって
  大河ドラマといっても
  なかなか視聴率がとれなくなっていますが
  見ている側からすれば
  視聴率よりも
  面白ければよくて
  1年という長い放送期間を考えれば
  視聴率が低いのも
  仕方がないような気がします。
  けれど、今回はなんといっても
  人気者西郷隆盛が主人公ですから
  期待も膨らみます。
  その前に
  歴史を楽しめるよう
  磯田道史先生の『日本史の内幕』を読んでおきましょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  古文書が読めたらどんなに楽しいだろう                   

 今や大人気の歴史学者磯田道史先生は、古文書が大好き。
 日本史の内幕を知りたいなら、古文書を読むしかないとまでいう。
 ただ古文書を読むのは至難の業だ。まずもって、みみずがのたくったような字が読めない。まして文語体の「候」なんて書かれていてもわからない。
 だとしたら、磯田先生の本を読むしかないでしょ。
 「細部にこだわると、(中略)歴史観に関わる大きな問いかけの答えにも近づける」と、磯田先生はおっしゃっている。

 その磯田先生は今年のNHKの大河ドラマ「西郷(せご)どん」の時代考証を担当している。
 ちなみにこの本は「読売新聞」に2012年から2017年にかけて連載していた「古今をちこち」が基本の収録になっているので、これらの年度の大河ドラマの主人公についての古文書裏ばなしも多く収録されている。
 例えば、井伊直虎や「花燃ゆ」の吉田松陰、あるいは「真田丸」の真田幸村とか。
 面白かったのは「秀吉は秀頼の実父か」という話で、磯田先生の説は「違う」というもの。では、実父は誰かという詮索は、残念ながら、ここでは書かれていない。

 西郷隆盛のことだが、彼の書いた書状のことはこの本でも紹介されている。
 ただ磯田先生は維新の頃の京都の民衆が訴えた書きつけを紹介した話(「維新の京都、民衆の肉声」)で、こんな風に書いている。
 「維新史から「民衆」の視点が抜け落ちてはいけない」と。
 歴史には多くの偉人や巨人が登場するが、磯田先生のいうように、本当に歴史を動かしたのは名もない民衆だったにちがいない。
 だからこそ、歴史は面白いのだから。
  
(2018/01/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日映画にはまった頃のことを
  書きましたが、
  東京の大学を選んだのも
  (東京の大学で、東京大学ではありませんよ)
  映画が結構影響している。
  大阪の高校生は
  映画雑誌「キネマ旬報」なんかで
  東京の名画座で上映されている映画を
  垂涎のまなざしで
  見ていたわけで
  念願かなって東京に出てきて
  そんな名画座をはしごして
  ほとんど大学には行かなかったなぁ。
  今更反省はしませんが
  後悔は少しあります。
  そんな自分と重ねても
  東海林さだおさんの『ショージ君の青春記』は
  面白かった。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  道に迷っているばかり                   

 森田公一とトップギャランが唄った「青春時代」はいまでも胸がキュンとなる青春ソングだ。
 作詞は昭和歌謡の雄、阿久悠さん。その歌詞の一節、「青春時代が夢なんて/あとからほのぼの想うもの/青春時代の真ん中は/道に迷っているばかり」、多くの人に受け入れられるのではないだろうか。
 この楽曲ができたのが1978年だが、それより遡ること2年、1976年(昭和51年)にまさに「青春時代」そのもののような本が出ていた。
 それが、東海林さだおさんのこの本。

 「青春記」とあるとおり、漫画家でエッセイストである東海林さだおさんの「初恋物語」から疎開先での暮らし、そして早稲田大学での暗い青春と漫画研究会の仲間たちとの交流とやがては漫画の連載を持つにいたる、抱腹絶倒の青春時代エッセイである。
 正直、この本を読みながら、何度笑い転げたか。

 では東海林青年の青春時代はおかしかったのかといえば、けっしてそんなことはない。
 邪な理由で早稲田の露文科にはいってしまって、学業についていけず、かといって漫画で成功するわけでもない。
 その当時の東海林青年の基本的な考え方は「ま、なんとかなるだろう」で、朝家を出てそのまま新宿の安い名画座に入り、昼には学校のそばのラーメン屋にもぐりこむ。
 学校のそばまで行くが、授業には出ない。漫研の部室で時間をつぶし、そのまま家に帰るという生活の繰り返し。
 そんな青春時代があってもいいし、実際東海林青年と同じような「楽隠居生活」を送ってきた私とすれば、「青春時代」よりもさらに身のつまされる思いがする一冊だ。
  
(2017/11/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  読書週間のこの時に
  こんな素敵な本に出合えて
  やっぱり本はいいなと
  思います。
  それがかこさとしさんの
  『未来のだるまちゃんへ』。
  この本の中のいくつかの名言を
  書き留めておきます。

    子どもという生き物は、それぞれに自分でも気づかない鉱脈を
    秘めているのです。それに気づかせてやれば、そこから一気に
    花開いていく力を持っているものです。


    この世界は多様であり、自分はそのどこか端っこにいる。
    (中略)
    真ん中だけがエライんじゃない、端っこで一生懸命に生きている
    者もいるんだよ。


    未来を生きる子どもたちに、その手がかりとなるこの世界の地図を
    手渡すような気持ちで、僕は絵本をつくってきたのだと思います。


  本当にいい本です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  この本と出合えてよかった                   

 正直にいうと、わたしはかこさとしさんの絵本が苦手でした。
 代表作である「だるまちゃん」シリーズを読んでも、絵もあまりうまくみえないし、だるまとかてんぐとかふるそうだし、第一お名前を漢字で書けば加古里子ってまるで女性みたいだし。だから、たくさんの人がかこさんの絵本を褒めるのもわからなかった。
 ところがもう一つの代表作である「からすのパンやさん」を読んで、たくさんのパンやからす一羽一羽描き分けていて、これはすごい、と感心した訳です。
 その絵本に載っていた著者略歴で、かこさんが東大工学部という理系の出身というのにも驚き、さらには高校時代の恩師に俳人の中村草田男がいて、里子というペンネームは俳号によくある形だとわかりました。
 もっとかこさんのことが知りたいと、見つけたのが2014年に刊行されたこの本だったのです。

 この本にはかこさんの子供時代の姿や父親との確執、軍人にあこがれた少年期、そこに挫折し大学生の時に学んだこと、その延長としてセツルメント活動で子どもたちと接して感じたこと、そして絵本という果実が生まれた経緯がすべて書かれています。
 かこさとしという絵本作家がわかるだけではありません。
 かこさんを通して、子どもを理解することができるのではないでしょうか。その点では、先生を目指す若い人だけでなく、現役の先生にも読んでもらいたいと思います。

 たくさんの名言がこの本にはありますが、もっとも素晴らしいのをひとつ書き留めておきましょう。
 「生きるということは、本当は、喜びです。生きていくというのは、本当はとても、うんと面白いこと、楽しいことです」。
  
(2017/11/01 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  大好きな酒井駒子さんの
  『森のノート』という
  おしゃれな画文集。
  書評には書かなかったのですが
  この作品集のエッセイ、
  つまり文章に使われている
  活字がユニークでした。
  活字といえば
  明朝体とか教科書体とかがよく知られていますが
  この本では独特の字体が使われています。
  本屋さんで
  パラパラと見てみて下さい。
  特に「し」の文字に特長があります。
  これって、
  何体というんでしょう。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  思い出がつまっている文房具のような画文集                   

 絵本でもなく、エッセイ集でもない。
 絵本作家でもあり挿絵画家でもある酒井駒子さんが書いた(描いた)この本は画文集と呼ばれるらしい。
 画と文、確かに言い得て妙な言葉だ。

 酒井駒子さんの絵のファンは多い。
 私もそのうちの一人といっていい。
 酒井駒子さんの装幀画でその作品を読んでみたいと思うこともしばしばある。そういう画家さんはあまり多くないだろう。
 だから、酒井駒子さんは稀有な画家だ。

 その魅力は何だろう。
 そのヒントがこの画文集にある。ここに収められた数々の絵に描かれている少女や少年、いやもう少し年は若い。つまり幼年期の男の子や女の子。
 彼らが持っているのは無垢な心だけではない。幻想的であり、さらにいえば邪(よこしま)な性を、酒井駒子さんは隠そうとはしない。
 つまり、そこには妖精もいるが魔女もいる。男もいれば女もいる。
 それが陽炎のように立ち上がっているのが、酒井駒子さんの絵の魅力ではないだろうか。

 この作品はもともと『ちくま』という雑誌に「引き出しの森」と題されて連載されていたそうだ。
 そういえば、酒井駒子さんの絵は「引き出し」にしまいこまれた文房具のようでもある。
 懐かしくもあり、切なくもある。
 思い出がつまっている文房具のような、画文集だ。
  
(2017/10/25 投稿)

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