プレゼント 書評こぼれ話

  このブログでも
  毎週月曜は「わたしの菜園日記」を
  書いていますが
  今日は直木賞作家の荻原浩さんの
  『極小農園日記』というエッセイ集を
  紹介します。
  その中に名言があって
 
    考えすぎたり、よけいなことをしたりするのが、
    素人菜園の楽しさ


  よおーくわかります。
  まさに、同士よと
  肩抱きたくなりました。
  荻原浩さんはイラストも巧くて
  表紙のそれが
  荻原浩さんの手によるもの。
  ぜひ、続編をお願いします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  農園の話なら極小どころか大きく大きく                   

 会社を定年して、さてこれからとっても長い時間をじっくり楽しもうと思っていた矢先、近くで菜園の貸出の募集が始まった。
 それ以前から野菜作りに興味があって、いいな、うらやましいなと見ていたので、少し高かったが借りることに決めた。
 借りるといっても、わずか10㎡。3.3坪の「極小農園」だ。
 それから4年。小さいながらも楽しく菜園生活をおくっている。
 だから、そういう方面の本とか雑誌にもアンテナが立ってしまって、直木賞作家の荻原浩さんのこの本にも敏感に反応してしまった。
 まるで黄色い花に吸い寄せられる虫のように。

 荻原さんの「極小農園」の広さは4㎡というから、私の畑より小さい。
 それでいて色んな品種の野菜に挑戦しているのだから、さすが「素人菜園」。
 その菜園でどんな農作業をしているかを綴ったのが「極小農園日記」というエッセイだが、初出は毎日新聞に2008年10月から翌年3月に連載されたもの。
 この時期の「農園日記」なんて本当は考えられません。
 菜園は、なんといっても夏が本番。
 空へ空へと延びる夏野菜ほど楽しめるというもので、秋から冬にかけての菜園くらい寂しいものはありません。
 そんな悪条件であっても、より楽しくよりおかしく書くのがプロ。
 さすが荻原浩さん。
 でも、さすがにそれではいけないと思ったのでしょう、今回初エッセイ集となるこの本を刊行するにあたって、夏編を書き下ろしで追加しています。

 荻原さんのエッセイ集が今までなかったというのが不思議なくらいですが、同じ「極小農園」仲間とすれば、それだけで一冊にして欲しかったと思います。(旅のエッセイも面白かったですが)
  
(2018/06/12 投稿)

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  最近日本大学アメフト部のことが
  大きく取り上げられている。
  日大といえば
  昭和43年(1968年)に起こった
  日大闘争を思い出す。
  その大学紛争を皮切りにして
  全国の多くの大学に
  学生運動が広がったと
  記憶している。
  その発端は大学側の経営の不透明感に
  当時の学生たちが反発したものであった。
  あの闘争を経験した人たちこそ
  団塊の世代の人たちであろうが
  今の日大のありよう、
  学生たちの姿を
  あの日大闘争を経験した人たちは
  どう見ているのだろうか。
  今日紹介する谷岡一郎さんの
  『定年後の知的生産術』は
  団塊の世代に
  多くの期待を寄せてはいるが。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  定年後こそアウトプットが重要                   

 「定年後」と「知的生産術」という興味のある(好きな)ワードが二つも並べば、やはり読むしかないと手にした新書です。
 ただ全部で6章あるうちで二つのワードが関係していると思われるのは、最初の章と最後の章ぐらいで、あとは「定年後」でなくともどの世代であっても知っておくといい「知的生産術」の内容になっています。
 どれくらい著者の意図があったのかわかりませんが、「定年後」をつければ他の新書のようにバカ売れするかもしれないと考えた編集者がいたのではないでしょうか。

 この本の中で著者は「比較的高年齢の人々のうち、知的生産に生きがいを感じる人々」を「クリエイティブ・シニア」と名付けている。そして、団塊の世代にそのような人たちがたくさんいて(分母が大きいのだからどうしても多くなる)、彼らがこれからの日本を先導するのではというしている。
 団塊の世代はこの国の高度成長期を支えた人たちであることは間違いない。
 中でも、その先頭を走ってきたエリートたちは仕事を終えたあとも「知的エリート」であり続け、この国全体の知の環境を補完していると著者は見る。

 実際、団塊の世代の人たちの知への探求心は衰えるところはない。
 ある地方都市の経済に関する市民講座の出席者は、そんな団塊の世代の人たちで満席になっている。
 この新書は「定年後」に関係なく「知的生産術」の指南書になっているが、それは同時にインプットに傾くシニアの人たちにアウトプットを促す、応援歌とも読めないだろうか。
  
(2018/05/25 投稿)

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  10年をひと昔というなら
  昔百貨店で働いていたことがある。
  その時に経験した文化催事が
  「星野道夫展」だった。
  そのことがきっかけで
  星野道夫さんの文章や写真に魅かれたのだから
  百貨店の展覧会は
  一人の人間の魂に影響を与えることすらあると
  いうことだろう。
  そんな百貨店の文化催事を
  「昭和のみせもの」としてまとめたのが
  今日紹介する
  志賀健二郎さんの
  『百貨店の展覧会』。
  戦後史としても面白く読める一冊です。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  新しい時代でも百貨店に展覧会は必要か                   

 多くの百貨店の催事場は文化催事と物販催事の併用で組まれている。
 物販催事といえば有名なところでいえば「北海道物産展」や「全国駅弁大会」だ。多くの集客だけでなく商品の購入が伴うから百貨店側のうまみも大きい。
 一方、文化催事は「写真展」や「人間国宝展」、あるいは「いけばな展」などが知られているが、そのほとんどは赤字覚悟の催しとなる。
 入場料を取ったり図版や関係商品の販売はあるにしてもそれで開催の諸費用が回収できることはまずない。
 それでも百貨店が文化催事を開催しようとするのは、百貨店としての品格が旧態依然としてあるし、シャワー効果で全館の販売数が増えることを期待するからだろう。
 本書はそんな百貨店の文化催事に焦点をあて、戦後の1945年からバブル崩壊直前の88年までの東京都心の百貨店の「展覧会」を読み解くという画期的な社会史になっている。

 戦後まもない時期の百貨店の「展覧会」の内容を見ていると、現代でいえばさまざまな美術館で開催されているような重厚で日本でなかなか見ることができない内容のものが多い。
 そういうラインナップを見ると、確かに百貨店が文化的インフラの一翼を担っていたことがよくわかる。
 昭和30年代で百貨店に行くというとよそ行きの服で着飾って年に数回あるかないかという家族の一大イベントだったし、そこに「展覧会」や大食堂がセットされると、極上の休日になったものだ。
 しかし、果たしてそれが現代にもつながるかというと多分ちがうだろう。
 百貨店のビジネスモデルにもう「展覧会」は成立しないかもしれない。
 本書はそういう観点からも興味深く読める一冊だ。
  
(2018/05/17 投稿)

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  明日、4月29日は
  昭和の日
  昭和の時代には
  「天皇誕生日」だった祝日。
  そこで
  今日は峰岸達さんの
  『昭和少年図鑑』という本を
  紹介しますが、
  もうここに描かれているものすべてが
  懐かしく
  この本だけで
  ずっと話したい気分です。
  ぜひ、昭和生まれの皆さん、
  明日の昭和の日には
  昭和の思い出を
  話してあげて下さい。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  こういう本は話し出すととまらない                   

 4月29日の祝日を「昭和の日」という人はたぶん平成生まれの人だろう。
 昭和に生まれ育った人にとっては、やはりこの日は「天皇誕生日」の方がしっくりくる。
 しかし、平成の時代もすでに30年。そして、それもまもなく終わる。
 西暦のほかに元号があるのは面倒だという意見もあるようだが、元号があるおかげで、なんとなく自分の領域や立ち位置がはっ きりするような感じがする。

 ただ昭和といっても64年もあったので、戦争をはさんで戦前とか戦後とかで微妙に生活感も違ってくる。
 私は昭和30年生まれだが、戦後は終わったかもしれないが、まだまだ戦前の生活をひっぱっていた印象がある。
 だから、昭和19年生まれのイラストレーター峰岸達さんが自身のイラストから昭和の少年少女の風俗(タイトルには「少年」の単語しかないが、「少女」の風俗もあることはある)を抜き出して図鑑風に編集したこの本に紹介されているいくつかは私もしっかり体験している。

 例えば、紙芝居。一番のピークは戦前だろうが、私も見た記憶があるし、紙芝居のおじさんからお菓子を買ったことも覚えている。
 あるいは、メンコ。これにはこの本で数篇のエッセイを載せているねじめ正一さんがメンコが強かった思い出を綴っているし、峰岸さんもその成果を自慢しているあたりは昭和の少年にとって譲れないプライドなのだろうか。
 私は「メンコ」でなく「ベッタン」と呼んでいた大阪の出身だが、私もよく遊んだ。結構強かったとうっすらと覚えているような。
 これも昭和の少年のプライドだろうか。
  
(2018/04/28 投稿)

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  今日は
  二十四節気のひとつ、穀雨
  この時期降る雨は穀物を育てる雨だとか。

    まつすぐに草立ち上がる穀雨かな     岬 雪夫

  それなのに
  この週末、真夏のような天候かも。
  やはり温暖化の影響なのでしょうか。
  今日は
  水瀬ケンイチさんの
  『お金は寝かせて増やしなさい』を
  紹介します。
  こういうお金の本は
  日本経済新聞の広告から
  読みたくなるものが結構あります。
  そういう点では
  新聞の広告も効果があるのでしょうね。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  私は小心者ですが、どうしましょう                   

 「お金にも働いてもらわないといけない」ということをよく言います。
 それと、この本のタイトル『お金は寝かせて増やしなさい』は相反するようですが、実は同じことを言っているのだと思います。
 お金は寝てても一生懸命働いて(というより成長しているという方が実感に近い)いるので、あわてて起こしたり、あちらこちらに走らせない方が、長い目で見た場合、得ですよというのがこの本の主旨だ。
 その方法として著者はインデックス投資を勧めているが、投資そのものが苦手という人もいるだろうから、その人に合った読み方をすればいいだろう。

 特に読者の年齢によって、投資に対する考え方が違ってくる。
 投資というより「リスク許容度」の問題で、この本のいいところは、この問題もきちんと記されている点だ。
 著者いわく、「人は加齢とともリスク許容度が下がっていくものだと考えるのが自然」で、だからこそ加齢とともに保守的に資産配分を変更していく方がいいとなります。
 その目安もこの本には載っていて、それによると「100から年齢を引いた割合で株式を持て」という米国の教えがあるそうです。
 ただこれもあくまでも「教え」であって正解ではありません。
 そもそもお金の話に正解などないのではないでしょうか。
 正解がないから、いつの時代であってもお金の本が書かれ、そして読まれているのだと思います。

 ましてや自分の「リスク許容度」もわからないのが実状で、お金よりも自分が寝ているしかないような気もしますが。
  
(2018/04/20 投稿)

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