プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、夏至

    地下鉄にかすかな峠ありて夏至     正木 ゆう子

  昼間が一年中で一番長い日。
  ということは
  この日を境に日は短くなっていきます。
  夏が来て、
  そのどこかにもう冬の気配がある。
  宇宙の不思議です。
  今日は
  そんな不思議パワー全開の
  佐野洋子さんの『役にたたない日々』という
  エッセイ集を
  紹介します。
  役にたちますよ、きっと。

  じゃあ、読もう。



sai.wingpen  役にたつ本                   

 NHKEテレの、わずか5分の絵本風の番組「ヨーコさんの”言葉”」の第34話「二〇〇八年冬」に思わずジーンとして、ならば原作を読んでみようと手にとった。
 「ヨーコさんの”言葉”」は絵本作家佐野洋子さんのたくさんのエッセイから、これはという作品が選択され、北村裕花さんが絵本風の絵を描き、上村典子さんの読み聞かせが入る。
 この「二〇〇八年冬」は、乳ガンになった自身を痛快に描いたエッセイだ。痛快だけど、しみじみとしてしまうのは上村さんの読み聞かせの巧さだろうか。

 佐野洋子さんは2010年11月に亡くなった。
 72歳の生涯を短かったというのは簡単だけど、佐野さん自身はどう思っていただろう。
 亡くなる2年前のこのエッセイでは、病気が判明したあとの気持ちをこう綴っている。
 「人生が急に充実して来た。毎日がとても楽しくて仕方ない。死ぬとわかるのは、自由の獲得と同じだと思う。」
 佐野さんの作品が人気の高いのは、この突き抜けたような剛毅さだろう。
 佐野さんはさまざまなところで、男性と女性の違いを書いているが、こういう強さも女性ならではかもしれない。

 この短いエッセイにはどうしても書き留めておきたい、名言がある。
 「私は死ぬのは平気だけど、親しい好きな友達には絶対死んで欲しくない。死の意味は自分の死ではなく他人の死なのだ」
 この「二〇〇八年冬」だけではない。
 この本のページを開くと、書き留めておきたい名言があちらにもこちらにも。
 佐野洋子さんのファンが減らないはずだ。
  
(2017/06/21 投稿)

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  そろそろまた夏の文庫まつり
  本屋さんで展開される頃です。
  毎年書いていますが
  新潮文庫の100冊から
  井上ひさしさんが消えて久しい。
  これは絶対いけません。
  少なくとも
  井上ひさしさんの『父と暮せば』は
  途切れさせてはいけないと
  思います。
  今年はどうでしょうか。
  やっぱり期待できないのかな。
  今日は井上ひさしさんと
  次女の井上綾さんの往復書簡
  『井上ひさしから、娘へ』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  井上ひさしさんの本が消えませんように                   

 作家であり劇作家でもあった井上ひさしさんが亡くなったのは2010年4月ですから、かなりの歳月が過ぎたことになります。
 それでもこうして生前次女と、雑誌「月刊いちかわ」の連載とはいえ、交わした往復書簡が単行本化されるのですから、まだまだ人気が高い作家でもあります。
 しかし、井上さんと往復書簡を交わした次女の綾さんが「あとがきにかえて」という巻末の文章で「父の本が、本屋さんから消えませんように。」と切実に書いているように、直木賞作家とはいえ井上さんの本が本屋さんから消えてしまうということがないわけでもない。
 こういう本を契機に、もう一度井上さんの小説なり戯曲なりが読まれたら、どんなにいいでしょう。

 さて、この本ですが、なかなか読者には難しいものがあります。
 それは往復書簡の一方の相手である娘の綾さんのことがよくわからないことです。
 読んでいくと井上家でも問題児だったのだろうとか精神的に弱いところがある女性だとかがなんとなくわかるのですが、この父娘の書簡が互いに響きあっているようには思えません。
 綾さんには井上さんは甘えられるたった一人の父親だったのでしょう。しかも、かなり有名で、忙しくて、家庭のいざこざを一身でしょい込んでいるような。

 一方の井上さんの書簡の方も次女を気遣いながらもあまり父娘の関係に深入りするようなことはありません。
 昔の思い出とか井上さんの母親のこととかを記しています。
 そのあたりから井上ひさしという作家の像が浮かびあがってきます。
  
(2017/06/20 投稿)

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  児童文学者の石井桃子さんの
  晩年のメッセージに

    おとなになってから、老人になってから、あなたを支えてくれるのは
    子ども時代の「あなた」です。

  というものがある。
  もしかして、このメッセージは
  定年後の過ごし方をどうするかという課題を説いた
  楠木新さんの『定年後』にある、
  「子どもの頃の自分を呼び戻す」ということと
  どこかつながっているように感じた。
  この本は
  「定年後」の過ごし方に悩んでいる人には絶対読んでもらいたい。
  きっと行くべき道が見つかるのではないだろうか。
  最後にこの本の中から引用しておきます。

    何をやってもよく、何をやらなくてもいい。
    自らの個性にあった働き方、生き方をすればよいのだ。
    大切なのは退職後の一日一日を
    気持ちよく「いい顔」で過ごせることだ。

  じゃあ、読もう。  

  

sai.wingpen  「いい顔」になろう。                   

 Amazonでこの本のタイトルである「定年後」をキーワードにして検索すると3000件近い商品がヒットした。近くの公共図書館だと、230件近い本が出てきた。
 そのことからわかることは、「定年後」は多くの人にとって興味深い問題なのだろう。
 この本の著者の楠木新氏は「戦争のない平和で豊かな時代に会社員という一つの仕事に従事してきたこと、および雇用者の全体の人数が増加して人口に占める割合が急激に高まって」、定年後の過ごし方は重要な社会的な課題になっているとしている。

 ただ一口に「定年後」といっても、その過ごし方は様々だし、ましてや各人の経済的な事情もあるから、一様ではない。
 楠木氏も実に多くの定年退職者と接触を持って、この本が出来上がっているが、だからといってあるべき答えが提示されているわけではない。
 「声高に自分のやっていることを説明」したり、忙しくもないのに「時間がなくて」と言ったりする、定年退職者のある程度の姿は括られていて、同類相憐れむれむ的な読み方にもなるのだが、憐れむこともないはず。
 要はまだまだ新しい社会的な課題であるから、自分たちでその答えを見つけていくしかない。

 そのヒントがこの本にはたくさん書かれている。
 例えば、地域や家庭で私的な人間関係をどう築いていくかの課題では「大阪のおばちゃん」化を推薦したり、集団の中では「煩わしいこと」をやらないと居心地はよくならないとか、
 もし今「定年後」の過ごし方に悩んでいるなら、この本は欠かせない。
 別に他人と同じである必要はない。
 ただ著者がいうように、「定年後は「いい顔」になること」が一番大切なのだ。
  
(2017/06/15 投稿)

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  今日は
  平田オリザさんの
  『下り坂をそろそろと下る』という
  この国全般の問題点の解決方法を説いた
  極めて示唆に富んだ
  一冊を紹介します。
  この本の最後に
  平田オリザさんは現在の日本を
  こう見ています。

   1. もはや日本は、工業立国ではない。
   2. もはや日本は、成長社会ではない。
   3. もはやこの国は、アジア唯一の先進国ではない。

  もちろん、これに異論を唱える人も
  大勢いると思います。
  まだ坂を上っていきたいという人。
  でも、私は平田オリザさんの説に
  賛成といいたい。
  ただし、下りる時には
  転んでしまいたくはありません。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  坂をともに下ろう                   

 司馬遼太郎が産経新聞夕刊に「坂の上の雲」を連載したのは1968年4月から1972年8月にかけてのことである。
 その当時この国は高度成長期そのもので1973年秋の石油ショックまでの謳歌に酔っていた頃である。
 それでもこの国の人々は司馬が描いた明治という時代の勇躍とした若者たちの姿に感動し、自分たちもまた坂をのぼっていく気分であった。
 それから半世紀近く経って、坂はすでにのぼりきったはずなのに、まだまだ高見があると思っているのが今の姿かもしれない。
 劇作家平田オリザ氏はこの本で下り坂のおり方を模索する。
 つまり、「日本は、自分勝手に坂を転げ落ちることさえ許されない立場」にあるということだし、おり方を急げば自身怪我をしかねない。

 平田氏は地方のありかたとして「大卒者の雇用の場をできるだけ確保するとともに、一度出て行った県内出身者にも、いずれ帰ってきてもらえる環境を整える」ことが必要だという。
 この「いずれ帰ってきてもらえる環境」には「自己肯定感」が欠かせない。そのためには「文化政策とハイセンスなイメージ作り」をすべきと説く。
 若者たちが東京を目指すのは単にそこに雇用があるだけではない。生まれた場所では味わえない文化密度が濃いのだろう。

 この本で「文化資本」という言葉を初めて知った。
 地方の再生に欠かせないのが単に経済資本という考え方だけでなく文化資本をどう確立しそれをどう生かしていくかということだろう。
 坂を下るとき、時に私たちは誰かも支えが必要になる。
 この本はそんな一冊である。
  
(2017/06/03 投稿)

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  珍しい体験をしました。
  珍しいというか
  人生初の体験ですね、きっと。
  それが夫婦の作家の本を
  しかもどちらもエッセイですが
  同時に読んだ体験です、
  それが昨日紹介した
  吉村昭さんの『東京の下町』と
  今日紹介する
  津村節子さんの『時の名残り』。
  寝る前に
  夫吉村昭さんの文章を読んで
  起きたら
  妻である津村節子さんの文章を読む。
  これって
  貴重の体験だと思うのですが
  そんなことを思うのは
  私ぐらいかも。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  夫唱婦随は婦唱夫随でもある                   

 津村節子さんが吉村昭さんと結婚したのは、昭和28年吉村さんが26歳、一つ年下の節子さんが25歳の時でした。
 大学の文芸部で知り合った二人はともに作家をめざすライバルでもありました。
 二人は同人誌で地道に執筆活動を続け、何度か芥川賞直木賞の候補になります。そしてついに節子さんは昭和40年『玩具』で芥川賞を受賞しますが、夫の吉村さんはついにこの賞とは縁を結ぶことはありませんでした。
 しかし、吉村さんは作家として大成します。『戦艦武蔵』といったノンフィクション小説を構築し、多くのファンを集めました。
 吉村さんは平成18年79歳の生涯を閉じましたが、節子さんは現在も作家としてエッセイも小説も書き続けています。

 この本は新潮社のPR誌「波」に平成23年から平成28年春まで書き続けてきたエッセイをまとめたものです。
 長い連載でしたからテーマはさまざまで、「旅の思い出や、各地各種の取材、身内のように親しかった編集者の方々の死、(中略)戦時中の青春の思い出」と多岐にわたります。
 中でもやはり夫吉村さんを偲んだエッセイは数も多く、この本では「夫の面影」という章でまとめられています。
 吉村さんの取材旅行にも足を運んだ節子さんですが、それでも夫のすべてを知っていたわけではありません。
 「不思議な夜」というタイトルのエッセイで、吉村さんのなじみのバーに足を踏み入れた節子さんは「かれにはかれの世界があったのだという至極当りまえのこと」に気がついたと綴っています。そんなことに胸をつかれたりしました。

 なお、タイトルの「名残り」は「なごり」と読みます。
  
(2017/05/17 投稿)

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