FC2ブログ
プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  東海林さだおさんの
  『ひとりメシ超入門』。
  これはあの「丸かじり」シリーズから
  40編を選びだして構成した新書です。
  この中では
  色々なお店が登場してきます。
  実名入りのものもありますが
  中に「ひきこもりラーメン」という話があります。
  仕切りのあるスペースで
  ラーメンを食するというお店。
  この回には実名がないのですが
  これってどう読んでも
  あの有名ラーメン店「一蘭」でしょ。
  コロナ時代を先取りしたような
  お店です。
  ちなみに
  「一蘭」のHPでは
  「味集中カウンター」となっています。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  新しい時代のサバイバル本・・・かも                   

 新型コロナウイルスの感染予防対策で休業を余儀なくされて、今街の飲食店は苦境に立たされています。
 緊急事態宣言が解除されたのちも、飲食店では席の間隔を取るであったり、できるだけ横に坐ってもらい対面を避けるなどの対策が求められます。
 相席や大皿での提供も避けるようにするというのもあります。
 食事はできれば大勢の人と楽しくしたい。
 美味しいものを食するだけでなく、人と楽しくおしゃべりするのも、食事の楽しみですが、新しい食事の楽しみ方をつくらないといけない。

 まさかそんな時代を見越した訳ではないでしょうが、(この本が出たのは2020年2月)、これからは「ひとりメシ」をもっと楽しむのがいいかもしれません。
 東海林さだおさんといえば、漫画家であるとともに食のエッセイストとしても、今やレジェンド。
 あの「丸かじり」シリーズは1987年の連載開始から今でも続くご長寿エッセイになっていて、この本ではその膨大な中から「ひとりメシ」ネタを40編収録しています。

 中でも私が抱腹絶倒、大笑いしたのが、「うどん屋の地獄」という話。
 ある日、ショージ先生、ひとりで某うどんチェーンのお店に入ったところ、四人掛けの席に案内されます。この時、お店は八分の入り。
 ところが、次第に込みだして待ちのお客さんがずらり。
 こんな時に限って、四人掛けの席で一人のショージ先生が注文したのが、熱い熱いけんちんうどん。
 待ちのお客さんの冷たい視線であたふたする様子がもう「地獄」。

 きっとこういう事態も、新しいコロナとの共存時代には当たり前になるのかな。
  
(2020/05/26 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  今日から5月
  もしかしたら今が一番
  気持ちのいい季節かもしれない。
  しかし、現実は厳しい。
  今年のはじめに
  こんな5月になるなんて
  誰が想像しただろう。
  新型コロナウイルスの感染は
  まだ衰えていない。
  アメリカの第16代大統領リンカーン
  未来について
  こんなことを言っている。

    未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ

  コロナウイルスに負けないで
  新しい未来を創りたいもの。
  今日は
  河合雅司さんの
  『未来の年表 2』を紹介します。
  これもさいたま市の図書館から借りた
  電子書籍で読みました。
  ちなみに
  昨日さいたま市の図書館の
  5月31日までの休館延長が
  発表されました。
  残念ですが
  しんぼうします。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  未来を信じて、変わろう                   

 先にベストセラーになった『未来の年表』に続いて、2018年に刊行された第二弾。
 タイトルに「2」と入っているのでわかりやすい。
 この本も「少子高齢化」が日本にもたらす影響とその対策を提言しているが、前作の副題が「人口減少日本でこれから起きること」とあるように政府や自治体がとるべき施策なりが描かれていた。
 一方今回の続編では「人口減少日本であなたに起きること」と、個人や企業レベルでできることの提案がなされていて、前作よりわかりやすかった。

 それにしても、本を読むというのは時代のありように随分影響される。
 この本が刊行された時に読んでいたら、もうひとつピンとこなかったことも、2020年のコロナ感染禍の時代に読むと、著者の河合雅司さんが書かれた内容がヒシヒシと伝わってくる。
 8つの提言の中の一つ、「テレワークを拡大する」など、まさに2020年にぴったりの提言である。
 ここで河合さんが提案しているのは「テレワーク」によって通勤時間が削減され、業務の効率があがるのではないかというものだ。
 そして、2018年時点のテレワーク導入率なども明記されている。
 もし、企業がこの時点でもっとテレワークに踏み込んでいれば、今回のコロナ感染禍での導入はもっとスムーズになされていただろう。
 そして、もし私たちにチャンスがあるとすればコロナ感染が収束したあと、元の勤務状態に戻るのではなくテレワークを常態化できるということである。
 少なくとも河合さんの提言の一つは達成できるはず。

 未来は私たちの力できっと変えることができるはずだ。
  
(2020/05/01投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  女優の岡江久美子さんが
  新型コロナウイルスで亡くなりました。
  たまたま先日の木曜の昼下がり、
  テレビで情報番組を見ていて
  飛び込んできたニュースに
  声がでませんでした。
  さよならも言えずに
  逝ってしまうなんて悲し過ぎます。
  こんな悲しいことが
  今たくさん起こっています。
  今こそ一人ひとりの心がけが大切です。
  愛する人を守るのは
  自分自身だと思います。
  今日は
  河合雅司さんの『未来の年表』という本を
  紹介します。
  これはさいたま市の図書館から
  電子書籍で借りました。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  まるで今を予言したかのよう                   

 この本が刊行された2017年度の新書ノンフィクションの部で堂々の3位というベストセラーになった作品。
 副題にあるように「人口減少日本でこれから起きること」と、少子高齢化の日本が向かえる危機を、単に煽るだけでなく、その対策もまとめた提言の書である。
 そうはいっても「2020年 女性の半数が50歳超え」とか「2027年 輸血用血液が不足」と書かれると、一体日本はどうなるのだろうと気になることは間違いない。
 それから3年。
 本来であればオリンピック熱で高まっている頃であったが、新型コロナウイルスという感染症の拡大で、想像もしていない未来を向かえている。

 しかし、この本をよく読むと、まるで現代の緊急事態を予言したような記述を見ることができる。
 「少々具合が悪いくらいでは医療機関で受診できないという時代が到来」「それ以前の問題として、病床が足りなくなる」。
 これは2026年の「未来」の記述だ。
 しかし、新型コロナウイルスの影響で、すでに事案が発生している。

 最近よく言われている「医療崩壊」はいずれ「少子化が進めば」「十分な医療サービスを提供」できなくなるという「未来」は、まさに今2020年に起こってしまっている。
 農業も問題も同じだ。外国人受け入れでなんとかしのいできたが、「彼らがいなくなった途端、どうなるのか。これは極めて危うい」。
 その危うさも今や「未来」の話ではない。

 この作品は「少子高齢化」で浮き彫りになる様々な問題を提起しているが、今回の感染症の拡大がその事実を私たちの目の前に叩きつけているといえる。
  
(2020/04/25 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  東京オリンピックの延期が決定しました。
  新型コロナウイルスの
  世界的な広がりを考えれば
  仕方のないことかと思います。
  1年程度をめどに延期となっていますが
  選手のことを考えるなら
  開催日は早く決めてあげるべきなんでしょうね。
  今日は
  石井正己さん編の
  『1964年の東京オリンピック』という本を
  紹介します。
  書評にも書きましたが
  あの時のオリンピックは
  「筆のオリンピック」とも呼ばれて
  多くの作家たちが
  開会式や競技観戦、閉会式の模様を
  書き残しています。
  今、読むのも面白い。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  「二度やるのはバカだ」と書いた作家がいた                   

 「何かの理由で、東京オリンピックが中止になったら、さぞ快いだろうなと思うくらいである」。
 これは2020年のコメントではない。
 1964年の第18回東京オリンピックが開催される9月の週刊誌に掲載された、「憂鬱な二週間」と題された松本清張の文章の一節である。
 それから半世紀以上経って、この国にもう一度オリンピックがやってこようとしている。

 先のオリンピックは「筆のオリンピック」とも言われ、「おおぜいの小説家や評論家が、オリンピックについて、なにかを書いてきた」と、書き手の一人である菊村到が「やってみてよかった」という文章に書いている。
 冒頭の松本清張の否定的な文章ほどではないにしても、そのすべてがすべてオリンピックを歓迎している訳ではない。
 ただそういう言論の自由度さは今よりうんとあったような印象を、この本に掲載された多くの文章から感じる。
 何しろあの時はまだ戦争が終わって20年にもなっていなかった。
 そこからしたら、2020年の私たちは結構不自由な時代に生きているような気がする。

 この本で紹介されている執筆者はすでに鬼籍にはいっている人も多い。
 三島由紀夫、松本清張、開高健、丸谷才一等々。
 もちろん今でも現役の書き手もいる。
 大江健三郎、石原慎太郎。曽野綾子、瀬戸内寂聴等々。
 そんな彼らもさすがに年老いた。
 まさかこの国で二度めのオリンピックを見られるとは思わなかったのではないだろうか。
 先に引用した菊村到の文章の最後はこうだった。
 「やはりオリンピックは、やってみてよかったようだ。富士山に登るのと同じで、一度は、やってみるべきだろう。ただし二度やるのはバカだ」。
 きっと誰も菊村の文章を覚えていなかったに違いない。
 
(2020/03/26 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス
プレゼント 書評こぼれ話

  今の若い人からすれば
  パソコンもスマホも
  生まれた時からあったというかもしれません。
  ましてや
  テレビがなかった時代なんて
  考えもできないのではないでしょうか。
  私が生まれたのは昭和30年。
  もちろんテレビはありません。
  だからといって
  テレビが我が家に来たのも
  いつだったか覚えていません。
  昭和30年代であったことは
  間違いないのですが。
  今日は、
  「見たこともない昭和30年代」という副題のついた
  高野光平さんの
  『発掘! 歴史に埋もれたテレビCM』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

  

sai.wingpen  テレビがやってきた日を覚えていない                   

 「もはや戦後ではない」と綴ったのは、昭和31年(1956年)の「経済白書」でした。
 戦後ではなかったかもしれませんが、昭和30年代はまだまだ貧しかった。
 テレビの民間放送が始まったのは昭和28年(1953年)8月。当然そこからテレビCMが始まるのですが、本書ではほとんど誰も覚えていないようなテレビCMを掘り出していく。
 そこには決して華やかではないが、確実に変貌していく日本の社会が映し出されている。

 我が家にテレビが来たのはいつだったか、とんと覚えていない。
 大相撲でいえば胸毛の朝潮が横綱だった頃は叔父さんの家までテレビを見せてもらっていたことはよく覚えている。なのに、自分の家にテレビが来たのは覚えていない。
 だから、この本に出て来るテレビCMはほとんど知らない。
 けれど、子供向けのCM,それはおもちゃであったりお菓子であったりするのだが、を紹介する章の最後にこんな文章がある。
 「モノに囲まれて育った世代」と小タイトルが付き、「そんな彼らも還暦をすぎ、勤め人は定年を迎えているが、オタク第一世代でもある彼らは、年をとっても少年少女の心を持ち続けているように感じる」と。

 世代論という大枠ではこれは当たっているように思う。
 テレビという機械が家の中に入ってきて、貧しいがゆえに、そこに映し出されるCMの世界は憧れでもあり、希望でもあった。
 「経済白書」ではなく、消えていったテレビCMがそれを明らかにしてくれている。
  
(2020/02/13 投稿)

    芽 「ブログランキング」に参加しています。
     応援よろしくお願いします。
     (↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 今日もクリックありがとうございます)
 
    にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

レビュープラス