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世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか
(2008/01/18)
岡田 芳郎

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sai.wingpen  もっけだの                     矢印 bk1書評ページへ

 JR酒田駅は日本海に面した歴史ある港町にしては、思いのほか小さな駅だ。
 改札を出ると駅前ロータリーがあって客待ちのタクシーが何台か止まっている。
 駅前にはかつて大手スーパーがあったらしいが、今は更地のままぽっかりと置き座りになっている。その向こう側にこの物語にも登場する「東急イン」の看板がみてとれる。タクシーに乗って中心街に向かう。
 「最近どうですか」と聞くと「よくないのぉ」と運転手は静かに答える。語尾の<のぉ>が特徴的な話し方だ。

 駅前からこの物語に紹介されている「日本一のフランス料理店」レストラン欅のある中心市街地まで車で走ると五分くらいだが、街のおおよその表情はつかめる。
 寂しい。
 どこの地方都市もが陥っている衰退がここにもあることがわかる。
 それゆえに、この物語で紹介された「世界一の映画館」や開高健や丸谷才一といった文人が絶賛したという「フランス料理店」がここ酒田にあったというのが不思議に思える。
 「レストラン欅」のあるビルの側に、これも本書の中に登場する「清水屋デパート」が今も街の中心にある。しかし、ここにはもうこの物語の主人公佐藤久一が作った大食堂「ル・ポットフー」はない。というより、この「清水屋デパート」は酒田大火のあと、現在の地に建替えられたものだと聞いた。
 酒田の天気はめまぐるしく変わる。
 海の向こうに暗雲があったかと思うとものの数分で街は雨になり風が強く吹く。強い風にも酒田の人は動じない。よく吹く海風だ。
 昭和51年10月の酒田の大火の際にも強い風が吹いていた。
 その火事が残したものは街に少なからずダメージを与えた。
 現在の、小さな街でありながら広い道路幅は延焼というものを招いた反省の上からできあがったものにちがいない。それがいっそう街の表情を殺伐とさせている。
 同じだけの人がいるとすれば、狭いところであれば<賑わい>にうつり、広いところであれば<閑散>に見える。
 地方都市が今後の都市整備の中で考えなければいけない視点だ。

 この本の読み方はいくつもあるだろう。
 主人公佐藤久一の人間としての魅力や彼の残した光あるいは影の人間ドラマとしての側面以外に、この本は街のありようについてなんらかのヒントを与えてくれている。
 佐藤久一はある意味破天荒な人物であったかもしれないが、彼の根っこにあったのは故郷酒田への思いであったことがわかる。
 佐藤久一は単に「世界一の映画館」や「日本一のフランス料理店」を作りたかったのではない。彼はそれを日本海に面した小さな街酒田に作りたかったのだ。
 今そういう思いをもった久一のような人物が地方都市には必要なのかもしれない。

 レストラン欅での食事は所用があって出来なかったが、清水屋デパートに面した商店街に紺地に染められた暖簾がさがっているのが目にはいった。
 そこにはいくつかの酒田の方言が白く染められていた。
 「もっけだの」は「どうもありがとう」の方言らしい。
 久一の声がどのようなものであったか知らないが、この本を閉じた時、静かに「もっけだの」とつぶやく久一の声が聞こえるようでもあった。
(2008/04/21投稿)

プレゼント 書評こぼれ話
  再録
  これは「佐々木なおこ」さんからコメント頂いた本の書評です。
  この本には「佐々木なおこ」さんもbk1書店で書評を書いています。
  実はこの書評を書いた後、酒田市にある「レストラン欅」で食事をする
  機会がありました。
  とても落着いた雰囲気のお店でした。
  お昼の食事でしたが、ゆっくりとした時間が流れていました。
  お店の人は、この本が注目をされたおかげで、遠いところからも食事
  に来られる人が増えましたと話されていました。 
  すてきな笑顔の女性でした。
  「もっけだの」と言ってお店を去りたかったのですが、
  やはり恥ずかしくて出来ませんでした。
  でも、この本は、映画になったらいい映画になると思うのですが。
  だれか映画にしてくれないだろうか。
  
  

大好きな本 川上弘美書評集大好きな本 川上弘美書評集
(2007/09/07)
川上 弘美

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sai.wingpen  明日に架ける橋                     矢印 bk1書評ページへ

 書評とは何だろう、って考える。
 それを書いた人にとっては(本を読んだという)過去の経験であり、それを読んだ人にとっては(本を読むという)未来への招待みたいなものだ。
 つまり、昨日であり、明日でもあるんだ、書評って。
 もちろん、それを読んでいる今もある訳だから、昔観たイタリア映画みたいに「昨日・今日・明日」と言い表せるかもしれない。
 もう少し素敵な表現をすれば、書評とは「明日に架ける橋」ともいえる。(懐かしいなぁ、「明日に架ける橋」って。サイモン&ガーファンクルの、1970年の名曲です。ちょっとその雰囲気のまま、この書評が書ければいいのですが)

 本書は、作家川上弘美さんの「初めての書評集」である。
 だから、この書評は書評を集めた本を書評しているわけで、「明日に架ける橋」がふたつも架かった、とても魅力にあふれた構図になるはずだ。
 しかし、見方をかえれば、先頭で渡されたリレーのバトンを、次の走者がばたばたして転んでしまうこともあるのだから、そう単純にはいかない。
 でも、この「本を勧めたい、という気持ちは」「強くあるから」、いい橋が架けられればいいのだが。

 この本で紹介されている本の数は144冊にのぼる。
 新聞の書評欄や文庫本の解説として書かれたもので、さすがにこれだけの書評を集めると単行本で400頁超の大部になる。さしずめ長編小説を読むようなものだ。
 もちろん、ひとつひとつは短文(特に新聞に掲載されたものは短い)なのだが、頁数だけでなく、気分的には心地よい長編小説を読んだ感じである。しかも、極めて川上弘美的な。
 新聞の書評欄というのは大概面白くないものだが(それは本の選定にも問題があるような気がする)、川上弘美さんが書かれた書評はすこぶる面白かった。勧めたいという性根がちがう、とでもいえばいいのだろうか。

 「私は少しびくびくしながら読んだ」(紅一点論)
 「いつも思うのだが、なぜ多くの人は恋愛などというしちめんどくさいことをするのか」(机の上で飼える小さな生き物)
 「ううううう、とつぶやきながら読みおわった」(兄帰る)
 「実を言えば、小説を読むとき、はんぶんくらいの場合は、びくびくしている」(停電の夜に)
 こういう言葉で書かれた書評(もちろんすべてがそうであるわけでもないが)の、書き手の心にそった豊穣な言葉のつむぎの、(毛糸の玉の感触を楽しみながらセーターを編んでいくような文章とでもいうか)なんという暖かさだろう。
 それは、彼女の創作群にもつながる、川上弘美さんがもっているひとつの世界観かもしれない。

 サイモン&ガーファンクルの曲の最後はこうだ。

 「荒れた海にかかる橋のように/君の心に安らぎを与えよう」。

 やはり、書評とは「明日に架ける橋」だ。
 少なくとも、川上弘美さんの書評はそうだ。そして、本を読むってことは素晴らしいということを堪能してもらいたい。
 そう思う、一冊である。
(2008/05/04 投稿)

プレゼント 書評こぼれ話
  昨日「春一番」さんから、以前bk1書店に投稿した、川上弘美さんの
  『大好きな本』についてコメント頂いたので、再録しておきます。
  投稿時とは若干文章の組み立てを変えています。
  段落が多くなった程度ですが。
  実はbk1書店に投稿し始めてから、かなり経つのですが、何度か
  文章の構成の仕方を変えています。
  文章というのは、ある意味、生き物ですから、構成を変えるだけで
  雰囲気もちがってきます。
  書くということは、そういうことも含めて楽しい習慣です。
  
  

本 今回もNHKBS2の「私の冊 日本の100」の話です。
ただ、すでに放映済(12月3日)なのですが、どうしても書いておきたいんですよね。

本 この回は作家で書誌学者のリンボウ先生(林望さん)が紹介していた「わたしの一冊」です。
リンボウ先生お奨めの一冊は、田中冬二さんの『青い夜道』という詩集なんですね。
しかも、昭和四年に刊行された本なんですが。
みなさん、、田中冬二さん(1893-1980)という詩人、知ってました?
私は、今回初めて知りました。
この番組の中でも何篇か、、田中冬二さんの詩が紹介されていたのですが、
これが、また、いいんですよね。
ちなみに、ひとつ書いておきますね。
くずの花」という題名の詩です。

        ぢぢいと ばばあが
        だまつて 湯にはひつてゐる
        山の湯のくずの花
        山の湯のくずの花


どうです? これだけの短い詩なんですが、静かな風景がにじんできませんか。
それでいて、湯の音が聞こえてきそうではありませんか。
リンボウ先生は「こんなに美しい日本語があるだろうか」って言ってましたが、
日本語というのは饒舌な言語ではなく、寡黙が似合う言語かもしれませんね。

本 そうそう、今回書きたかったのは、、田中冬二さんの詩のことではなく、
彼の詩集(昭和四年刊行 第一書房版 絶版)についてなんです。
リンボウ先生がとてもいいことを言っていました。

  「なんて綺麗な本だろうって思いました。
  詩集っていうのはやっぱり、単なるデジタル、文字データではなくて、
  こういう本というオブジェ全体がひとつの芸術になっているというのが、
  日本における詩集のスタイルなんですよね。
  一種の美術品なんですよね、詩集って」

リンボウ先生が「オブジェ」って言葉を使った時、鳥肌がたつような気分でした。
何かがわかったというか。
私たちが日頃何気なく手にしている本というのは、そういう観点で見たとき、
ものすごく違ったものに見えてくる。
それがこの「オブジェ」という言葉に凝縮されているような気がします。
だから、どんなにITが普及しても、本のもっている形とか匂いとか手触りとかは
絶対になくならないと思うんですよね。
そんなことを考えさせられた、番組でした。



青い夜道 (愛蔵版詩集シリーズ)青い夜道 (愛蔵版詩集シリーズ)
(2006/03)
田中 冬二

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