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12/20/2008    書評:風の棲む町
風の棲む町風の棲む町
(1996/10)
ねじめ 正一

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sai.wingpen  風の吹く町                     矢印 bk1書評ページへ

 日本海に面した山形県酒田市は風の強い町である。
 だから。同じ県でありながら新庄のように雪は深く積もらない。しかし、それゆえに大きな災禍をもたらしたのも事実である。
 昭和五十一年(1976年)、雨まじりの風が強く吹いた十月二十九日、「世界一の映画館」とまで評された「グリーン・ハウス」を火元とした火災により酒田の町は甚大な被害うけることになる。
 特に「本町通りから日和山公園へ向かう先を眺めれば、市街と周辺の町から中町商店街へ繰り出した大勢の人びとで黒山の人だかり。これはお祭りではない。休日の酒田のメインストリートの姿であった」(仲川秀樹著『メディア文化の街とアイドル』276頁)とまで語られる中町商店街を主とした町の中心部を喪失してしまう。

 ねじめ正一の『風の棲む町』はその酒田の中町商店街を舞台にして、歴史的な大火から復興にかける街の人々を、十七歳の拓也という少年を主人公にしてみつめた物語である。
 おそらく本作を執筆するに際して、ねじめ氏は周到な取材をされたのだと思う。冒頭の大火の場面の臨場感がそれを証明している。
 なかなか現場にたどりつけない主人公の拓也。拓也の両親が経営する至山堂書店の罹災のあらまし。女性従業員の聞き書きのような語り口をはさんで、街の崩壊の様子が描かれていく。
 そして、その後、街が復興をめざす中で、住民たち同士の葛藤があり、行政への不満が噴出していく。
 あるいは復興にかけずりまわる拓也の父を中心にして、一家の葛藤が描かれる。
 街はやがて新しい商店街として生まれ変わった。
 しかし、「大学か。何をやりたいかわからないのに、とりあえず大学か-」と思う、大学受験に失敗した拓也の心境にそれは似ている。
 何をやりたいかわからないのに、とりあえず復興ありきだったのだろうか。

 物語は、常務として父親の書店を切り盛りする三十五歳の拓也を描きつつ、商店街から活気がなくなったことを言葉少なに語りながら終わるのだが、それは酒田市の中心市街地の問題だけでなく、多くの地方都市が近年陥った問題でもある。
 ただ、もし酒田の街に機会があったとすれば、あの大火の後だったにちがいない。あの時が千載一遇の機会だったかもしれない。
 ただ街に風が吹かなかったのだ。
 だから、明日の風を読めなかったのだ。
 しかし、現在も多くの酒田の人たちが街の活性化につとめている。
 彼らは風を必死になって読もうとしている。
 
 前掲の『メディア文化の街とアイドル』は酒田のそんな現在の取組みを紹介したものだが、その中でこんな記述がある。
 「大火の火元という状況もあり<グリーン・ハウス>を論じるにはデリケートな部分も多いかもしれない。しかしメディア文化の街を説明するのに<グリーン・ハウス>を抜きには語れない。あれから時も経過し、再び<グリーン・ハウス>にスポットをあてる時期に入ったという認識が、著者にはある」(前掲書46頁)。
 この考察は重要だろう。
 かつて地方都市の中心市街地はそれぞれの都市の「文化」の発信地であった。それは東京を頂点として都会の「文化」を醸し出しながら、多くの人々を魅了してきた。
 しかし、今、地方都市の中心市街地が取り戻さないといけないのは、都市にない独自の「文化」である。
 もし、酒田の人々が「グリーン・ハウス」というシンボリティックな映画館を乗り越えられるとしたら、他の地方都市にはない、新たな街の創造が実現するかもしれない。
 ねじめ氏が物語の中で主人公の父親に「本は文化だ。本がよく売れる町は、文化もそれだけ高いのだ」と語らせたことは、酒田の街の将来の姿を暗喩しているようにも思える。
 風が棲む町は、人が住む町なのだ。そして人が生きていく町なのだ。
 風は明日へ吹いていくはずだ。
(2008/12/20 投稿)

プレゼント 書評こぼれ話
  酒田の街には何度も行ったことがあります。
  風の強い街です。そして、以前の書評でも書きましたが、
  多くの地方都市と同様に、「寂しい街」です。
  しかし、今年の晩春の夕暮れのことでした。
  多くの人が街の中心部に歩いてきます。
  正装した中年のご夫婦。
  若い人の群れ。
  多くの車。
  どうしたのだろうと思いました。
  たまたま車に見知った人がおられたので、
  「何があるのですか」とお尋ねしました。
  「大江健三郎さんの講演があるのです」とその人は教えてくれました。
  大江さんの講演をこんなにも多くの人たちが愉しみにしている。
  酒田ってそんな素敵な街なんです。
  ぜひ新しい街づくりに成功して欲しいと思います。

  なお、この書評を書くに際しては『メディア文化の街とアイドル』(仲川秀樹著)を
  参考文献にしています。

メディア文化の街とアイドル―酒田中町商店街「グリーン・ハウス」「SHIP」から中心市街地活性化へメディア文化の街とアイドル―酒田中町商店街「グリーン・ハウス」「SHIP」から中心市街地活性化へ
(2005/07)
仲川 秀樹

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