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プレゼント 書評こぼれ話
  
  冒頭の文章をどう書くかで書評のトーンも変わってきます。
  今回の書評では、最初に『モモ』を書いたことで、最初書こうとしていた
  ことが変わりました。
  本田直之さんの考え方をほとんど紹介できませんでしたが、
  教えられる点も多かったことは書いておきたいと思います。
  ただ、昨年の金融危機から起こったことは、成果主義がもたらした弊害も
  あったのではないかと思っていることも事実です。
  効率だけを求める時代は終わったのではないでしょうか。
  新しい心の有り様、生活の有り様を考えていきたいと思います。


レバレッジ時間術―ノーリスク・ハイリターンの成功原則 (幻冬舎新書)レバレッジ時間術―ノーリスク・ハイリターンの成功原則 (幻冬舎新書)
(2007/05)
本田 直之

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sai.wingpen  モモ、再び                     矢印 bk1書評ページへ

  ミヒャエル・エンデの『モモ』(1976年・岩波書店)は、時間どろぼうに盗まれた時間を人間に取り返す一人の女の子の物語だが、その中にこんな一節がある。
 「時間とはすなわち生活なのです。そして生活とは、人間の心の中にあるものなのです。人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそって、なくなってしまうのです」

 こういう言葉のあとで、本書にあるような「時間も投資」的な言葉がやや違和感を持つのは仕方がないかもしれない。
 本書では人だれにも等しい二十四時間という時間をいかに有効に活用するかを教え、そのことで生まれた時間を「再投資」することで成果をあげることを示す。
 『モモ』が発表されて三十年以上経って、成果を求める生き方が何よりも優先してしまう時代になったことを痛感する。
 モモが取り返した時間は決して「再投資」されるものではなかったはずである。

 こういう時間術が成果をあげるのであれば、多くの人はそれをめざすだろう。
 なぜなら成果とは欲望の実現であり、欲望は常に上へ上へと向かうものだから途切れることはない。
 『モモ』の最後に、エンデの「みじかいあとがき」が載っている。その中でエンデは『モモ』の物語は過去に起こったように話したが、将来起こることとして話してもよかったというようなことを書いている。

 しかし、エンデが懸念した以上のことが起こっているような気がする。
 私たちは時間を失っているのではなく、生活そのものをなくしたのではないか。
 心の中の何かをなくしたのではないか。
 だとしたら、今度モモが取り返すとすれば、心そのもののような気がする。
 時間をお金ではなく、もっと温かいものとしてとらえる見方こそ、新たな時代を迎えた今、必要かもしれない。  
(2009/01/03 投稿)