書評こぼれ話
今回、書評の中で紹介した司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』ですが、
引用したのは第一巻の「あとがき」です。
私がもっている八分冊の文庫版でいうと、最後の八巻めに、
すべての「あとがき」が収録されています。
書評を書くために、久しぶりに読んだのですが、
『坂の上の雲』で描かれた時代の様相と、戦後の昭和というのは
本当によく似ていると感心しました。
書評の中で紹介した以外に、司馬サンはこんなことも書いています。
「被害意識でのみみることが庶民の歴史ではない。
明治はよかったという。その時代に世を送った職人や農夫や教師などの多くが、
そういっていたのを、私どもは少年のころにきいている」
ね、今の「昭和ブーム」とよく似ていると思いませんか。
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建設中の東京タワーの足元に市電が走り、その向こうに国会議事堂を望む。
そんなカバー写真(昭和33年7月23日とキャプションがついている)を見ていると、かつて司馬遼太郎が『坂の上の雲』の「あとがき」で記したこんな文章に思い至る。
「前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう」。
司馬氏の『坂の上の雲』は明治維新から日露戦争終結に至るまでの明治という時代を生きた人々を描いた名作であり、読むたびに大きな時代変革を伴いながらも妙な明るさをもった時代の不思議さを思わざるをえない。
そのことを司馬氏は「その日本史上類のない幸福な楽天家たち」と表現した。

この本の基になっているHNK教育テレビの番組は、まだ放送中です。
興味をもった人は毎週土曜日夜11時から放映されていますので、
一度見るといいですね。
なかなかユニークな番組です。
私は今のところ欠かさず見ていますが、本と比べると、
本の方が出来がいいというか、わからない時は、
前に戻ることもできるし、
何度も読むこともできるし、
こういうものには合っているような気がします。
できれば、テレビやラジオの英語学習のように、
テキスト形式で「経済学」が勉強できれば面白いと思うのですが。
それとこの本で紹介されている経済学用語で面白いと思ったのは、
「モラルハザード」です。
その単元で、「取引後に行われる隠れた行動」と
「取引前に知ることができない隠れた情報」という、
「情報の非対称性」という用語も勉強します。
これってよく考えると、男女の恋愛事情と読めないこともない。
うーむ。
経済学は奥が深い。
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出社が嫌になる理由。
嫌味な上司。セクハラする同僚。捗らない仕事。能力以上の仕事。自分に不向き。向かいの席の彼女の、冷たい視線。
それでも、給料(お金)のために出社しないといけない。かくも、働くとは難儀なものだ。やれやれ。
そこで一念発起、この本を読んで(あるいは、この本の基になったNHK教育TVの番組を見て)自分を変えてみたいとチャレンジしようと思った人には申し訳ないが、これで「出社が楽し」くなるかというと、おそらく、そううまくいかないにちがいない。
何故なら、出社が嫌になる理由がこの本(あるいは番組)で解決しきれないからだ。

「太宰治」さん、つまり太宰です。


そうですね、17、18歳の頃ですね、すっかり太宰にはまりました。
まさに太宰の文学はその頃の青年にとっては、
麻疹のようかもしれません。
最初に読んだのは新潮文庫の『きりぎりす』っていう短編集でした。
「おわかれ致します。」っていう書き出しで、いきなりガーンとやられましたね。
この作品で「こおろぎ」のことを昔は「きりぎりす」って呼んでいたことを
知ったぐらいでした。
そこから、多分全作品を読んだと思います。
作品だけでなく、太宰の人となりや履歴、死にいたるまでの日々と
もう追っかけ状態でした。

三鷹の禅林寺の「桜桃忌」にも出かけました。
太宰の墓石を見たときは感慨無量のものがありました。
その夜、ひとり桜桃をかじりながら、
お酒を飲んだことを覚えています。
太宰流の気取りです。若かったなぁ。
働きだしてから、機会があって、太宰の生家である「斜陽館」に
泊まった時もうれしかったな。
今は確か宿泊はできないんじゃあなかったかしら。
それほどに、私にとっての太宰はあこがれでした。

これはなかなか難しいですが、
『トカトントン』とか『桜桃』といった、戦後の短編がやはり好きですね。
「子供より親が大事、と思いたい」
なんていう、『桜桃』の書き出しもいいですよね。
でもですね、いつの間にか太宰熱が過ぎたというか、
年を重ねてから、再読しようかと思いましたが、
読めなかったですね。
どうしてでしょう。


「文庫本サイズのノート」について書きます。
あ、これってこの本では「A6ノート」って呼ばれているものです。
「100円ノート」って呼ぶこともあります。
でも、私的には「文庫本サイズのノート」。
だって、A6っていわれても、すぐさまどんな大きさなのかわからないし、
「100円」っていわれたら、100円ショップで売られているものって
思ってしまうんですよね。
この本を読む前にたまたまコンビニでこのノートを買いました。
確かに100円でしたね。
私の場合、どう使ったかというと、「単語帳」みたいに使いたくて買ったのです。
大人が「単語帳」をめくるっていうのもなんだか恥ずかしくって、
それで、手頃な大きさのこのノートにしたんですよね。
『情報は1冊のノートにまとめなさい』の奥野宣之さんは、
このサイズのノートで「情報管理」、
本書の松宮義仁さんは「シンプルマッピング」、
そして、私は「記憶」。
うーむ、「文庫本サイズのノート」って奥が深い。
ということで、この本を読んでから、
三冊セットで買いました。
お得な価格でしたよ、もちろん。
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本というのは時々どのように読めばいいのか困ることがあります。また、どのようにその本のことを伝えたらいいのか悩むこともあります。
この本の場合、書かれている内容は、「図解表現技法」のひとつである「マインドマッピング」を活用した「シンプルマッピング」という技法ですが、著者の松宮義仁氏も書いているように「シンプルマッピングは、「ノート」術の一種」(182頁)と考えるべきで、どちらかといえば「ノート」はこのようにも使えると、あっさり読んだ方がいいかもしれません。
しかも、松宮氏の提唱しているのは「A6ノート」であり、『情報は1冊のノートにまとめなさい』でベストセラーになった奥野宣之氏と同じサイズです。おそらく携帯するのに、このサイズが合うのでしょう。ここでは、そのことも、あっさり読んでしまいましょう。

今回の本の著者和田誠さんは、私の大好きなイラストレーター。
和田さんの書く映画の本とか本の話とか、装丁の数々とか、
表紙の絵が和田さんの絵だとつい読みたくなってしまったりします。
今回の書評はなかなかいいタイトルが浮かんでこなくて
苦労しました。
そこで、もしかして、和田さんの名作『お楽しみはこれからだ』を
あたってみようと、手にしたのがシリーズの一巻め。
その表紙にあったのが、
「セリフなんて要らないわ。私たちには顔があったのよ」
という、映画『サンセット大通り』のセリフ。
ご存知の人には申し訳ありませんが、
ここで『お楽しみはこれからだ』の説明を少し。
これは映画大好き人間の和田誠さんが、古今東西の映画の中の
名セリフを、和田さんのイラスト付きで紹介している、
ゴキゲンな一冊です。
絶対持ってないと損します。
というわけで、今回の書評タイトルはそこから拝借しました。
私としては、かなり上出来な仕掛けと思っているのですが。
うふふ。
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なんとも素敵な本である。
どこから見ても、いつ見ても、どこで見ても、何度見ても、心がほかほかしてしまう、そんな本である。
巻頭で丸谷才一氏が「万邦無比と言ひたくなる出来」と書いているが、「万邦無比」という固い単語がこの本では逆に生きている、これは見事な、和田誠さんの「読書漫画」の集大成本なのである。

その中で、「新潮文庫」の「太宰治と松本清張の生誕100年」の全面広告が
とても印象に残っています。
キャッチコピーは、「百年後だって、人間はきっと変わらない。」でした。

朝日新聞2月17日の夕刊の「窓-論説委員室から」という記事です。
タイトルは「「百歳」の人気作家」。記者は山口宏子さん。
冒頭はこうです。
「意外なふたりが同い年だと知って、ちょっと驚くことがある。
例えば作家の太宰治と松本清張。ともに1909年生まれ、今年で生誕100年になる」
このあと、太宰と清張の話があって、「ほかにも、」と続きます。
「ほかにも、33歳で早世した「山月記」などの中島敦、「レイテ戦記」「事件」など
で知られる大岡昇平(79歳で死去)、未完の大長編「死霊」を残した
埴谷雄高(87歳で死去)らが同年生まれだ」
うわーっ。すごいですね。綺羅星のごとく、ってこういうのをいうのでしょうね。
この記事の最後がいいんですよ、これがまた。
「芥川龍之介の死を18歳で知り、「蟹工船」発表は20歳の頃。30代は戦争の中・・・。
彼らが生きた時代のあれこれと、その時、同い年の少年、青年だった作家たちを
思い浮かべると、作品を読み返す楽しみが広がりそうだ」
この、「芥川龍之介の死を18歳で知り」っていう箇所、キマッテますよね。
さすが、記者さん、うまいですよね。

もうひとり、すごい「百歳」の人を見つけました。
写真家・土門拳(81歳で死去)です。
『古寺巡礼』とか『ヒロシマ』といった写真集で有名な、
まさに写真界の巨人です。
その土門拳の記念館が彼の故郷山形県酒田市にあります。

庄内の風景の見事さに時間を忘れてしまいます。
記念館もとてもすばらしい。
横の写真は、内部の模様ですが、
本当にりっぱです。
訪問した時は、土門の「昭和のこども」の展示でしたが、
寺院の静謐な写真とは違う、明るさというものを感じました。
もし、酒田に行くことがあればぜひ寄ってみて下さい。
ぜったい、いい。

改めて、感動しました。
書評こぼれ話
以前本田直之さんのセミナーの話を書きました。
そのセミナーで本田さんは「すぐ読めてしまいます」っていいながら、
「本屋さんの立ち読みで終わらないで」って笑っていました。
本当にスイスイ読めてしまいます。
でも、こういう本って何度でも書きますが、
「実践」しないとダメなんですよね。
どうして、私が何度も書くかというと、
私自身がそうはいっても「実践」できないから。
だから、多分に自分に言い聞かせているのです。
この本の法則をひとつでも、ということでいえば、
「タッチタイピングを極める」(法則51)というのを
頑張ってみようかな。
少しは練習しているのですが。
今回の書評の書き出しで落語のネタみたいな噺を書きましたが、
本当は図書館とかで調べたんですが、やはりわかりませんでした。
落語の内容から題目を探す方法ってあるのかしら。
世の中、わからないことが多すぎます。
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記憶で書く。だから、あてにならない。調べればちゃんとわかるかもしれないが、「面倒くさい」ので、記憶で書く。
落語か、あるいは「まくら」の噺である。あるところに「面倒くさがりや」の父と息子が住んでいた。息子が云う。「お父っちゃん、仏壇の灯明の火が消えてないよ」父が応える。「わしゃ、面倒くさい。お前が消せや」「俺だって面倒くさい」さらに「お父っちゃん、灯明の火が仏壇に燃え移ったぞ」「わしゃ、面倒くさい。お前が消せや」「俺だって面倒くさい」最後にこの「面倒くさがりや」の父と息子がどうなったのか記憶がないのだが、何故かこの箇所だけが不思議と頭に残っている。
「面倒くさがりや」の愚かさが鮮明なのか、そんな「面倒くさがりや」になってはいけないという自省なのか。

この本の中にこんな表現があります。
「バイトの瞬間は視覚に訴える華麗な形容詞であり、
水面でのジャンプは壮烈な副詞であり・・・」
作家開高健は「形容詞から先に腐っていく」みたいなことも
書いていますが、先にあげた滝田誠一郎さんの表現のように、
開高健の魅力のひとつは形容詞や副詞の使い方の
うまさにあると思います。
文章のリズム感がすこぶるいい作家だといえます。
なんだか今年にはいってから、妙に開高健が気になって
仕方がありません。
「また読みなさい」と天国から大兄が誘っているのかしら。
本って誘惑が多い。
だから、うれしくて困ります。
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小説家開高健の作品『オーパ!』は、全集の中にも収められている釣り紀行だが、やはり高橋の写真がふんだんにはいった本、それもできれば文庫本でなく大型の単行本で読みたいものだ。
あれこそ文字の力だけでなく、作家と写真家と出版社とが混在し合った作品だと思う。
残念ながら所載誌だった「PLAYBOY日本版」は2009年1月号をもって終刊となったが、この連載をもったことひとつとっても、あの雑誌が時代に刻した存在価値は大きかったといえるだろう。

「キネマ旬報・ベストテン発表号」の話は書きましたが、
昨日『芥川賞を取らなかった名作たち』の書評を書きましたので、
今回は「芥川賞受賞作」が掲載された「文藝春秋」の話をします。


お手軽にすませている訳ではないのですが、
毎回受賞作が掲載されている「文藝春秋」を買っています。
単行本とちがって、「文藝春秋」には「選評」と受賞作家の「受賞の言葉」が
同時に掲載されるということがあって、ずっとこれにしています。
でも、「文藝春秋」ってそもそもが分厚い雑誌で、
保管するのに大変なんですよね。
今手元の三月号の厚みを計ったら、2cmはありました。

解体しています。
まずは、表紙を切り離します。(これは後で使います)
つぎに、「選評」も含めて受賞作の部分だけ取り外します。
取り外すといっても、「文藝春秋」は分厚いので大変です。
手では無理。
まずは、裂け目をつけて、カッターナイフで丁寧に切り離していきます。
最後はそれに、表紙をつけて、ホッチキスでとめます。
残りの記事は読みたいものだけ読んで、
捨てます。(本当にゴメンなさい。編集部の皆さん)
そうして、本棚へ。

読んだらまた書評を書きますね。
しばしお待ちを。
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第140回の芥川賞受賞作が掲載された「文藝春秋」3月号が、
今書店の平台にどーんと山積みされています。
新聞にも全面広告も掲載されていて、
やはり社会的な影響が大きいのでしょうね。
そういったタイミングで出たのが、この本。
でも、極めて真面目な文学の本でした。
さて、著者の佐伯一麦さんですが、『ア・ルース・ボーイ』で
三島由紀夫賞を受賞されているんですが、
私は残念ながら、読んだことがないんです。
すみません。
それどころか、
名前の「一麦」をどう読むのかさえ知らないという、
みっともない状況で、恥ずかしい限り。
今回それが判明しました。
「かずみ」。うーん。読めないですよね。どう考えても。
本当にすみません。さえきかずみさん。
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本書巻末に収録されている歴代の「芥川賞候補作一覧」を見ると、芥川賞といえども、見逃した作家たちも多くいることがわかる。
本書でも取り上げられている太宰治や吉村昭をはじめとして、中島敦や島尾敏雄、近くでは村上春樹や吉本ばななといったところだろうか。
作家として彼らは名を残した(あるいはもちろん現役で活躍中)が、あくまでもこの賞は作品の評価であるために(選考委員の好みもあるだろうが)、たまたまその作品が選ばれなかったというしかない。

恩田陸さんの新作『ブラザー・サン シスター・ムーン』は大変口あたりのいい
青春小説に仕上がっています。
同じ地方都市の高校を出た三人の男女の、大学四年間の物語です。
この男女の間に特段濃い恋愛関係があるわけでもありません。
どちらかといえば、それぞれの「自覚」の物語です。
恩田陸さんは私とは10歳近く年齢が離れていますが、
大学が同じということもあるのでしょうか、
大学生活の匂いというか、雰囲気に近いものを感じます。
ぎりぎり同時代という感じです。(恩田さんには失礼かもしれませんが)
この本の書名『ブラザー・サン シスター・ムーン』ですが、
1972年に公開されたフランコ・ゼフィレッリ監督(舌噛みそう)の映画の題名です。
物語の中でも登場します。
私も何回か観ました。音楽がいいんですよね。
このゼフィレッリ監督は、オリビア・ハッセーの『ロミオとジュリエット』の監督です。
これは、私にとっては思い出の一本。今でも観てしまいます。
物語は全く違いますか、『ロミオとジュリエット』の勢いをそのままにした
映画でした。
物語の中では、主人公たち三人で名画座で観た設定になっています。
恩田さんの実体験がはいっているのでしょうか。
私は公開時に観たような、気がしますが、うつろです。
そういう風に考えれば、この物語が本とか音楽とか映画とかを
うまく使っています。
青春の小道具三要素、といえるかもしれません。
あ、お酒も少々。
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青春とは、なんていう問題を
解こうなんて思いもしないし
解けるとも思いもしない
ただ それは そこにあっただけ
そこを過ぎていっただけ
もし 強いていうなら
前夜祭
必ず 終わるの来る
前夜祭
燃えさかる篝火のまわりで
踊っている女も
歌っている男も
やがて その篝火が消えてしまうことを
消えてしまえば みんな去っていくのを
わかっているのに
わかっているから
いつも それは
前夜祭
本があって
音楽があって
映画があって
女がいて
男がいて
男がいて
「繋がっているけど繋がっていない人たちの話」
どこにも謎なんてない
もし 強いていうなら
空から蛇が落ちてきたあの夏の日 と
聖フランチェスコの伝記映画
それが 前夜祭の開始の合図
それが 前夜祭の終わりの予告
青春とは、なんていう問題を
解こうなんて思いもしないし
解けるとも思いもしない
ただ それは そこにあっただけ
そこを過ぎていっただけ
もし 強いていうなら
物語
必ず 終わるの来る
物語
(2009/02/18 投稿)

この本の書評をどうしようかと正直迷いました。
なんとなく今まで読んできた本とは系統がちがうというか、
合わないというか、ありますよね。
でも、読んだことには違いありませんし、
しかも楽しく読んだのも事実ですし、
書評というのは、そういった「読書の記録」という面もありますし、
と、くだくだ書いてもしょうがないですね。
で、書いたのが今回の書評。
興味本位になることなく、
うまくまとまったように思いますが、いかがでしょうか。
もちろん、覗き趣味的にこの本を読んでみるのも
面白い。
まあ、肩肘張らない読書もいいでしょう。
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最近のTVや新聞をみていると、新卒だけでなく転職も含め就職事情がとても厳しいことがしきりに報道されている。
先月の終わりに総務省から発表された2008年12月の「完全失業率」は4.4%、前月比でいえば41年ぶりの大幅悪化だという。それに対して、厚生労働省が同日発表された「有効求人倍率」は0.72倍とこれまた悪化している。
失業者が増える一方で企業側からの求人が減っていることがわかる。
そして、求人情報があったとしても、雇用条件は厳しくなっているし、表面的には出ないとしても実際には年令制限とかあったりする。
また、職を求める側からいえば、その仕事がどのようなものか不安もある。そういう不安を取り除くためには、やはり実際その現場で働いている人の生の声を聞くのがいい。見た目はきれいでも実際にはとてもきついなんていうのはざらにある。
先日の土曜日(2.14)は関東地方は春みたいな陽気でした。
コートを脱いで、桶川市にある「さいたま文学館」に行ってきました。
作家の北村薫さんの講演を聴くのが目的。
ということで、今回はそのときの様子をお伝えします。 まずは北村薫さんについて。
私が北村さんにはまったのはやはり『スキップ』(1995年)からでしょうか。
それまではあまりよく知りませんでした。
むしろ、「薫」って名前から女の人を想像してたくらいです。
もちろん今は男の人だって知ってますが。
それから『ターン』『リセット』と続く三部作を読んで、
初めての作品『空飛ぶ馬』に戻ったのかな。
北村さんは、もともと埼玉の出身で、
(今回の講演の中でも「埼玉の東部の"たいら"な所に育ったので、
海とか山とかに素直に感動するといったことを話されていました)
学校を出てから「県立春日部高校」の国語の先生をされていたんですよね。
当時の北村先生が生徒に人気があったかどうかわかりませんが、
実際、生(なま)でお話を聞いていると、
きっと優しい先生だったんだろうなって思います。
昔の詩や歌のことを書かれた『詩歌の待ち伏せ』みたいな授業をされていたのかな。
うらやましい。 さて、そんな北村さんですが、講演とかが苦手のようで
今回も講演というよりインタビュー形式で行われました。
演題が「書くこと・読むこと」
壇上に、写真のような応接セットが用意されて、
ざっくばらんに北村さんが話されるという雰囲気で進みました。
お相手は、「さいたま文学館」の北本さんという妙齢な美人。
そういえば、北村さん、うれしそうだったな。
北村さんはマイクもつけないことに感心していましたが、
やはり若干音量が小さかったように感じました。
何しろ、会場には700人近い人がいましたからね。
私は前から3列目に座りましたから、北村さんの表情とかよくわかりましたが、
後ろの人はどうだったでしょうか。
あ、これって文句じゃあないですよ。
今後の参考にして下さいっていう、気持ち。
無料で生(なま)の北村薫さんのお話を聞けたのですから、
「さいたま文学館」の今後の参考にでもなれば、うれしい。 さて、北村さんのお話。
ここからですよ。やっとたどり着きましたが。
北村さん、「読む」ことについて、冒頭からいいこと言ってました。
いわく、「読むことは創作」。
ね、ね、いいでしょう。
「その時々で読み方が変わっていいが、ただ何気なく読んでいるとわからない」
「特に読む本にこだわることはなく、無差別に読んでいけば、それらが自分の蓄積
になっていくし、これが宝の一冊だと見つけることができるものです」
さすが、国語の先生。元(もと)ですが。
それに、北村さんが、本大好き人間っていうのが話の随所で出てましたよね。
初めて買ってもらった本(イソップの絵本だったそうです)とか、
岩波文庫を買った話だとか、
今の子供は図書館が充実しているからいいね、だとか。 「創作の秘密」も話してましたよ。
最後の方で一般の方からの質問に答えるみたいなコーナーがあって、
その中で多かったのが、北村さんが「どうして女性の気持ちがわかるの?」
っ ていう質問でした。
私もそう思います。北村作品を読むと、それは強く感じます。
薫っていう名前で、ああいう作品を書かれると、本当に女性が書いているのかと
思いますよね。
で、その答えですが、もう少しカッコいい答を期待したのですが、
「距離があっていい」とか「そのテーマを書くのに女性が適している」とか、
結構冷静なお答えでした。
そういえば、「書く上で大切にされていることは?」という質問に、
「書きたいことがあるかどうか、を大切にしている」と答えてらっしゃった。 思うに、北村薫という作家は、とても真面目な書き手だと思います。
それは、昔国語の先生をされていたことと関係しているのだと思います。
北村さんにとって文学とはけっして裏切らないもの。
信じられるもの。
そういうことを感じました。
素敵な国語の先生風の、作家北村薫を知ってよかったと思います。
春の隣の土曜日の、充実した90分でした。
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「サザエさんをさがして」シリーズの主たるテーマは「昭和」です。
それを「探しものは何ですか?」という井上陽水さんの『夢の中へ』という
歌の一節で表現したのが、私の一連の書評のテーマです。
井上陽水さんの歌にはとってもいい歌があって、
どれが一番好きとか決めにくいのですが、
どちらかといえば初期の作品群がやはり印象に残っています。
『二色の独楽』とか『氷の世界』とか『小春おばさん』とか。
もちろん大ヒットした『心もよう』も好きですね。
これは好きというよりも思い出がある曲です。
人には忘れられない一曲があるものですよね。
今ではそういう歌にまつわる物語を作れなくなっているのが、
逆に悲しいですよね。
そんなことを考えると、
流行歌(という言い方そのものが古いですが)は若い人のために
あるような(大括りでいえばですよ)気がします。
今回の本で『サザエさんをさがして』シリーズの蔵出しは終わりですが、
まだまだ新しい本が出ることを楽しみにしています。
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先日カラオケに行った。同年代の人と一緒だったので、懐かしのフォークソングやアニメの主題歌の連続だった。
思えばカラオケが流行りだした頃、マイクをとっては軍歌や演歌を歌う先輩たちの姿につくり笑いをしていた自分を思い出して、その頃の先輩たちと少しも違わないなと苦笑いをしてしまった。
あの頃、先輩たちもこういう郷愁のような気持ちで歌っていたのだなぁ。
たまたま先輩たちの時代の歌が軍歌であり、私たちの場合がフォークソングだったというだけだ。「次、何する?」「陽水、陽水。<夢の中へ>を歌おうよ」

今回取り上げた本は、詩人の茨木のり子さんが、
中学生や高校生のために書いた、岩波ジュニア新書の一冊です。
もちろん、大人が読んでも十分素晴らしい詩の解説書です。
(この岩波ジュニア新書は、経済の話とか社会の話とかが
とてもわかりやすく書かれている、私の大好きな新書です)
この本の冒頭にこうあります。
いい詩には、ひとの心を解き放ってくれる力があります。
いい詩はまた、生きとし生けるものへの、いとおしみの感情を
やさしく誘いだしてもくれます。どこの国でも詩は、その国の
ことばの花々です。
そして、茨木さんが本書で紹介しているのが49篇の詩です。
今回の「書評詩」の中で、
黒田産と書いているのは黒田三郎さんですし、金子産は金子光晴さん、
河上産は河上肇さん、石垣産は石垣りんさん、のことです。
もちろん、そのほかにも谷川俊太郎さんとか川崎洋さんとかの詩も
紹介されています。
こうして、ひとかたまりのいい詩を読むと、
詩というのがいかに洗練された言葉でできあがっているかがわかります。
きっとなかなか詩を読むことはないと思いますが、
時にはこうして詩を読むことは大事なことじゃないでしょうか。
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石屋の女は 大きな荷物を抱えて やってきた
四十九個の石を 路上に並べ
さてさて 口上いたします
「大事なコレクションのよってきたるところを、
情熱こめてるる語ろう」(iii頁)
大きな石
小さな石
形の整いし石
ひしゃげた石
赤い石
白い石
石屋の女は 幸福げに
四十九個の石を みつめてる
― この石は?
それは 黒田産
さわってみると いいさ
ぽっと温かい
これは 金子産
きいてみると いいさ
大きな波のうねりを閉じ込めて
響いてくるのは 太古の太鼓
さむらいたちの城壁は
こうした石たちを ひとつひとつ 積み上げて
都会の摩天楼は
こうした石たちを ひとつひとつ 練り上げて
造ってきたはずなのに
みんな そのことを忘れてる
これは 河上産
軽やかに成長する 石
これは 石垣産
涙の染み出す 石
どれも これも
「それぞれの浄化装置をかくしていて、
かなしいくらいの快感を与えてくれた」(187頁)
石たち
石屋の女は それだけ言って 立ち去った
椅子に 透きとおった石を 残して
(2009/02/15 投稿)

今回の書評の中で「東京タワー」が出てきます。
私が東京タワーに昇ったのはいくつの時だったか、
あまり覚えていません。
学生の頃に行った記憶があまりないんですよね。
二十歳前後の青年にとって、「東京タワー」ってあまり魅力を感じなかったのか、
当時新宿の副都心に続々と高層ビルが建ち始めた頃でしたから、
そちらの方が行ったように思います。
娘たちがまだ小さい頃、行った記憶があります。
今あるのかどうか知りませんが、私の記憶には「蝋人形館」が
「東京タワー」の中にあって、その暗くて貧弱な印象が残っています。
娘たちが怖くて泣き出したものです。
あれってどうして陰気な雰囲気だったのでしょう。
どうもよくわかりません。
「東京タワー」の大変な時期だったのかもしれません。
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「東京タワー」は今の「昭和ブーム」のひとつのシンボルになっている。
2005年に封切られた映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で、まだ建設途中の東京タワーが描かれ、それが夢の途中であった昭和三三年という時代背景によく合っていた。
また「東京タワー」は東京という都会のシンボルでもあった。
大阪の郊外にある地方都市の中学校の修学旅行は箱根から東京というコースであったが、当然東京タワーはその見学コースのひとつであった。(残念ながら私の時は霞ヶ関ビルという高層ビルができたばかりで東京タワーでなくそちらの方に行った)
つまり、「東京タワー」は今ではない未来、田舎ではない都会、を象徴した建造物であった。東京タワーが完成した昭和三三年以降、この国はたいへんわかりやすい中心地をもったことになる。それから四年後の昭和三七年に、東京の人口は一千万をを超える。

『サザエさんをさがして』のこれが最初の巻です。
実は新聞四コマ漫画「サザエさん」を同時代的に読んだ
記憶が、私にはあまりありません。
家で読んでいてのが「毎日新聞」だったからだと思います。
だから「フクちゃん」(横山隆一)とかの方が思い出にあります。
むしろ、「サザエさん」といえばアニメの方がなじみがあるかもしれません。
でも、あの番組はすごいですよね。
1969年開始といいますから、もう40年も続いているんですから。
つまり、その時生まれた人は40歳ですよ。
すごいなぁ。
しかも、視聴率はいつも上位。
それでいて、不思議と時代を感じさせないんですよね。
でも、家電商品とか日常生活とか、変わっているんでしょうね。
ずっと続いているから、気がつかないだけで。
そういえば、最近見てませんね。
やはり、あのアニメは子供が小さい頃に家族で見るものなんでしょうか。
オジサンオバサンだけでは見ないかな。
どうなんでしょう。
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かつて作家司馬遼太郎は歴史(小説)についてこんな風に言及している。「ある人間が死ぬ。時間がたつ。時間がたてばたつほど、高い視点からその人物と人生を鳥瞰することができる」「要するに<完結した人生>をみることがおもしろいということだ」(私の小説作法)。
そういう観点から今の「昭和ブーム」をみると、司馬サンは「ちっともおもしろくない」と言うかもしれない。昭和、特に戦後以降ということになれば完結した歴史としてはまだ未熟ということになる。
それなのに多くの関連書物が発行されるのは、約800万人ともいわれる団塊の世代が一斉定年を迎え、新たな生き方を模索し始めたことが大きく影響していると思われる。
昭和二三、四年生まれの人にとって今ブームとなっている昭和三十年代、四十年代といえば少年(少女)期、青年期といった夢多き多感な時代であった。その時代をただ懐かしむのではなく、自分たちは何を得、何を喪ってきたのかをさがす多くの人々の姿は<完結した人生>を模索する姿でもある。

今回の書評のタイトルをみて「????」と思われた人がいるかもしれませんが、
この『サザエさんをさがして』の既刊本すべてに書評を書いています。
それで、書評のタイトルもそれに合わせています。
第一巻めが「探しものは何ですか?」でした。
明日から、既刊3冊を順番に蔵出ししますから、楽しみにして下さい。
今回の本の中で「パンダ」のことが書かれていましたが、
その記事についていた当時の写真が面白かったですね。
私たちは今普通に初代のパンダ(昭和47年)を
「ランラン」「カンカン」ってカタカナ表記しますが、彼らが来たときは
「蘭蘭」(ランラン)「康康」(カンカン)って漢字表記だったんですね。
私もこの上野のパンダを行列の中で見に行きました。
あれはいくつだったのか、
まだ行列ができていましたからね。
しずしずという感じで見た記憶があります。
でも、あんまし動いてなかったような。
やっぱり動物園では動いている動物を見たいですよね。
そういえば、アレしてるライオンの男女? を見たことがあります。
そういうのも、困りますが。
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俳人中村草田男の有名な句「降る雪や明治は遠くなりにけり」は彼の第一句集『長子』(昭和11年)に掲載されているから、少なくとも「明治」という時代が終わって20数年後の草田男の感慨であった。
草田男の思いは、「昭和」という時代をすでに二十年以上過ぎた私たちの思いでもある。
すでになくなったもの、それらを前にして「昭和も遠くになりにけり」とする感覚は過去への愛惜である。
もう戻らない日々だから、それらはいとおしい。

今回の書評に書きましたが、私は「自己啓発本」が好きです。
でも、「自己啓発本」はあくまでも指南書みたいなもので、
これだけでは頭の筋力は強くならないのです。
それでもつい読んでしまうのは、「これは」っていう見たこともない
秘訣を求めているんでしょうね。
では、何が「これは」というと、
簡単・すぐさま、ということでしょうか。
しかし、やはりそううまくいくものではないでしょうね。
自戒をこめて、今回は書きました。
あ、そうそう、この本の中で小宮一慶さんが、
「新聞は一面から読んだ方がいい」って書いていました。
どうしてかというと、読むエネルギーがなくなってくるからだとか。
確かに。
TV欄から読み始めると、政治経済のページを読むころには
ほとんど青色吐息ですものね。
いいこと教わりました。
やっぱり「自己啓発本」は、やめれないなぁ。
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昨年(2008年)の夏に腰を痛めて立ち上がれなくなった。松田優作風にいえば「何じゃこりゃあ」みたいものである。
それで通い出した接骨院で「晒(さらし)」を巻いてもらって、爾来それをはずせなくなった。いつまでも治りきらないので病院を変えると、腰まわりの筋肉が落ちていることを指摘された。「晒(さらし)」に依存してしまったことで、筋肉が自ら強くなろうとしないようなのだ。
私にとっての「自己啓発本」ももしかしてそういう現象を起こしていないか、気にかかるところである。

最近のノンフィクション作品はあまり面白くないと思っていました。
ところが、今回紹介する一冊はすこぶる面白い。
著者の滝田誠一郎さんのことを知らなかったということを
恥ずかしく思います。
だから、書評に力がはいってまた1000文字を超えてしまいましたが、
なんだかそれでも書き足りないくらいです。
色々な角度から書評を書けるような気がします。
こんなうれしいことはありません。
少し書いちゃうと、
この本の口絵にも紹介されていた創刊号(表紙は伊坂芳太郎)を見て、
パァーツと思い出したというか、これ知ってるという感じで、
記憶が立ち上がってきました。
その頃、漫画青年でもありました。
しかも、この時の執筆陣が、手塚治虫、石森章太郎、白土三平、
水木しげる、そしてさいとうたかをですから、
「すごい」って思ったことまで甦ってきました。
この五人をそろえた事情もこの本では書かれています。
当時の漫画誌の事情とか、まだまだ興味ある記述がたくさんあります。
本当に素晴らしい一冊です。
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一冊の本の魅力とは、そこに書かれている「情報」の質と量にかかっている。そのことにあらためて気づかせられた、滝田誠一郎のビッグな一冊である。
ここで「情報」というのは広義な意味で使いたい。つまり、それは「感情」であったり「知識」であったり、広く私たちの心にはいってくるもの全般である。だから、本書のような「ノンフィクション」だけでなく、いわゆる小説や詩といった「フィクション」であっても同じことがいえるだろうし、学術書やビジネス本であってもそれは変わらない。
やはり、人は未知なるものに対して深く心を動かされる。読むことの楽しみはまさにそこにあるように思う。

それが「キネマ旬報」。
昨年(2008年)の「キネマ旬報ベストテン」が掲載されている号です。
それと、これはもうすぐですか、
芥川賞受賞作が掲載される「文藝春秋」。
どちらも、もう何年も買っています。
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この雑誌そのものが、若い頃のあこがれみたいなところがあって、
毎月2回必ず買っていた時期があります。
町の書店ではなかなか手にはいらなくて、
少し大きな町、例えば急行電車が停車する町、の書店まで
買いに行っていたことがあります。
この雑誌に「映画評」として投稿していたこともあります。
最初に掲載された時は、やはりうれしかったですね。
アーサー・ペン監督の『奇跡の人』の映画評でした。

日本映画が『おくりびと』、外国映画が『ノーカントリー』、
これがベストワンでしたね。
あまり映画館で観なくなりましたが、
昨年はそれでも10本近くは映画館で観たかな。
私の近年においては、めちゃくちゃ稀なことです。
その中でも、この『おくりびと』(滝田洋二郎監督)は映画館で
ちゃんと観ました。
とてもいい映画でしたから、いろんなところで、
ベストワンってこれしかない、って言い続けていました。
何がいいかというと、風景がすごくいいんです。
もちろんその前にいいストーリーだし、俳優陣もいいし、音楽もいいんですよ。
でも、風景がいいんですよね。
撮影されたのは鶴岡とか酒田といった、山形県庄内地方。
川の土手で主演の本木雅弘さんがチェロを弾いている場面があるのですが、
風景がすべてを癒してくれる、
そんな気がしました。
東京のような都会も嫌いではないですが、
やはりああいう風景の中に住むということは、
とても大事な気がします。

TVやレンタルでもいいですから、観た方がいいですよ。
その時は、ぜひ、風景も堪能して下さい。

まずは、めでたい。
以前書きましたが、漱石先生の誕生日でもあります。
こちらの方がずっとめでたい。
それと、手塚治虫さんの亡くなった日(89.02.09)でもあります。
もう亡くなってから20年にもなるんだ、という感慨とともに
「私の好きな作家たち」の第五回は、手塚治虫さんです。


それも没後20年にして、今も多くの作品が色々な形で出版される
「漫画の神様」です。
有名な作品だけでも数限りない。
まずは「鉄腕アトム」。アトムの顔なら、まだ描けますよ、私。
「ジャングル大帝」「火の鳥」「リボンの騎士」「ワンダー3」「マグマ大使」
「ビッグX」「三つ目がとおる」「ブラックジャック」「アドルフに告ぐ」・・・
いやあ、まだまだあります。
たぶんあれだけ書いた手塚さんですから、人によって好きな作品も
違うでしょうね。
でも、本当に宇宙人みたいな人ですよね。

今でも私の書棚にありますよ。
原作もいいけど、TVアニメ(1965)が素晴らしかった。
カラーアニメのさきがけですよね。
たしか冨田勲さんが音楽だったと思いますが、
テーマ音楽も重厚でした。
昭和40年とはいえ、まだこの国は貧しかった(現在と比べて)ですから、
もう壮大というか、こんな世界があるのだろうかと
文化的なショックを子供なりに受けましたね。
だから、私にとっての手塚治虫さんは漱石以上に感化を受けた
作家といってもいいかもしれません。

手塚漫画が時代の先を見続けてからに違いありません。
あと10年、20年経っても、
まだ手塚漫画を読んでいる、そんな気がします。
今回の付録のような書評は、
手塚治虫さんがあの岩波新書として出版された時の
私の「読書ノート」からのものです。
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今回の手塚治虫の新書は、次の二点においてかなりユニークである。
まず一つは、著者がすでに亡くなっていること。それも没後八年(注:この岩波新書は1997年に出版)にもなる著者から新刊が出るなんて珍しい。実際には手塚生前の講演記録などからテープ起こししたものらしいが、読んでいて、天国から直に手塚が語っているようにも感じた。
次に、これは間違いなく新書で初めてのケースだろうが、マンガが収録されている。収められているのは、手塚の「ゴッドファーザーの息子」。そのことにあまり違和感をもたないのは、いかに手塚の作品が充実しているか、あるいは普遍のものであるかという証明だろう。
(1997/05/31)

昨日に続いて「書評詩」に挑戦してみました。
実はこれはかなり苦労しました。
やはりスタイルが確立しないからでしょうか、
あるいは、「書評」には「詩」は不向きなのでしょうか。
「書評」とは、昨日も書いたようにまずは「本の紹介」で
なければなりません。
「書評」を読んで、読者が本を読みたくなるもの、
これが第一義。
次に批評性は必要だと思います。
そうであっても「読ませる」「書評」でありたいですよね。
私はこの三点目をかなり重視しています。
だから、本とは独立した形で「書評」はあっていいと思います。
それで「書評詩」に挑戦していますが、
いやあ、思ったより大変です。
散文で書くのがずっと楽。
今回の「書評詩」を書くのにかかった時間、およそ三時間。
疲れました。
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戦友がいなくなった
青年を残して
長女がいなくなった
父母を残して (注1)
妻がいなくなった
夫を残して (注2)
作家がいなくなった
9冊の手帳を残して (注3)
「生きて在る限り
目に見えぬ紐のつながり」 (注4)
そば屋のおばさん 台詞
― 今日はお一人?
作家 息をのむ
その向こうの席
夢の妻 台詞
― いつもここで待ち合わせなの
夢の妻 笑っている
まるで小津の映画のワンシーン
「男と女の間の
長いゆとり 短いゆとり」 (注4)
「私をボケと罵った」と手帳に書かず (注5)
「ふわり ふらふら ふうらふら」と手帳に書く
鈍々楽
どんどんらく
「この世との
長いゆとり 短いゆとり」 (注4)
― ママは?
作家が最後に口にした言葉
「男と女の間の
長いゆとり 短いゆとり」
あとは 夢
青年は「もえる様な赤いスーツ、白いブラウス」の少女と出会う (注6)
ひたすら 夢
(注1)1955年長女弓子逝去
(注2)2000年妻容子逝去。『そうか、もう君はいないのか』は亡き妻を綴った城山三郎の遺稿。
(注3)2007年3月22日作家城山三郎逝去。城山が残した9冊の手帳からこの本はなっている。
(注4)城山三郎の詩『紐のつながり』から引用。(本書69頁掲載)
(注5)2002年当時個人情報保護法案に反対していた城山に対し「ボケ」と暴言した国会議員がいた。それへの反論としてのインタビュー記事が文藝春秋読者賞を受賞した『私をボケと罵った自民党議員へ』。
(注6)本書には妻容子さんと出会った年(1951年)の手帳の断片も掲載されている。「 」内はその年の十月二十七日に記載されていた城山の文章からの引用。
(2009/02/08 投稿)

今回の書評は、「詩」(のようなもの)として書いてみました。
書評という基本的には「本の紹介」というジャンルにあって、
それを散文ではなく、詩や俳句や短歌の形式で描けないだろうかと
思って書いたのが、今回の「書評詩」です。
それと、今回の本の衝撃が大き過ぎたのも、「詩」の形式にした
理由です。
これはすごい本です。
多分そういう一語をどうすればわかってもらえるだろう、
そうしたら、「詩」(のようなもの)が浮かびました。
ただ書評のタイトルは「無題」にしました。
それ以上は書けませんでした。
この本はたくさんの人に読んでもらいたいと思います。
そのことを強く、思います。
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衝撃が 走る
言葉にすれば なんのことはない でも
ショウゲキガ ハシル
咽喉の奥
こころにつながる咽喉の奥
何匹もの蟋蟀(こおろぎ)が
羽を鳴らす
震えが 走る
言葉にすれば なんのことはない でも
フルエガ ハシル
足の裏
こころからのびた足の裏
何匹もの飛蝗(ばった)が
足踏みをする
石内都という写真家の
『ひろしま』という写真集
「透視光によって」浮かびあがる
「縫い目や形やしわなどの細部」 (注)
それは あの日 あの時
彼らに 彼女らに
流れていた 血
そして あの日 あの時
とまってしまった
彼らの 彼女らの 時間
少女のワンピース
少年の学生服
スリップ
眼鏡
くりかえせば
燃え残った 少女のワンピース
ちぎれかかった 少年の学生服
黒い雨のあとが残った スリップ
とけた 眼鏡
くりかえせば
すべて主人を喪った
ものたち
石内都という写真家の
『ひろしま』という写真集
一着のワンピースが
少女の去った方向を
まっすぐ さししめす
『ひろしま』という写真集
(注)「 」内の文章は、写真集『ひろしま』の「栞」に掲載されていた柳田邦男氏の文章より引用しました。
(2009/02/07 投稿)

この「恋愛小説」は書評にも書きましたが、
小道具の使い方がとてもいい。
きっと若い読者にはわからないと思いますが、
若い人にも「あの頃」という時代があって、
その時々の音楽であったり本であったり映画があるのだと思います。
「過ぎてしまえばみな美しい」というのは、
森田公一とトップギャランの唄だったと思いますが、
私にとっても過ぎた「あの頃」は泣きたいくらい、
なつかしい。
今回の書評タイトル「いつもいつも想ってた」は『サルビアの花』の
歌詞の一節。
この物語の主人公たちより私は少し若いけれど、
この歌はよく歌いました。
そして、それはいつも悲しい記憶です。
それと書評の中で「柴田翔」という名前を書いていますが、
この人は『されどわれらが日々』という作品(芥川賞受賞作)を書いた人です。
もちろん、私も読みました。
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主人公の二人が「六年前に妻を亡くした拓と、二年前に離婚した由香」という五十半ばの男女で、しかも惹句には「30年の歳月を経て、再び出会った男女の愛の物語」とあるが、ここに描かれているのは大人の恋愛物語ではない。
むしろ、実らなかった、幼い恋の物語が思い出として描かれているにすぎない。
甘ったるいと感じるかもしれないが、同時代を生きた読者なら、誰もがきっと小さな痛みとともに思い出す、そんな物語である。

先日、星野道夫さんの『クマよ』の書評で、字数の関係で
書けなかった話を今日は書きます。
昨年の蔵出しですが、どうしても紹介しておきたい書評です。
著者は、星野道夫さんの奥様の星野直子さん。
私と星野道夫さんの写真との出会いは、
先日の書評でも書いたとおり、百貨店の展覧会でした。
その際に、星野直子さんにも来場していただいて、
書評にもあるとおり、星野道夫さんとの思い出話をしてもらいました。
今から思うと、大変つらいことをお願いしたものです。
今回の「アイの風景」という書評タイトルは、
私自身とても気に入っています。
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一度だけ星野直子さんにお会いしたことがあります。二〇〇六年の秋、ある地方都市の百貨店で開催されていた「星野道夫展」の会場ででした。
星野道夫さんが九六年に不慮の死を遂げたことは知っていましたので、ついついそのような目でみてしまっていたのかもしれませんが、直子さんは華奢で線の細い印象がありました。たまたまその会場で直子さんご自身が星野の写真をスライドで見せながら、当時の思い出を語るという場面もあったのですが、直子さんは慣れない感じで訥訥と話されていました。
それもまた、儚さというのでしょうか、見ていて思わず涙がこぼれてきたことを思い出します。


よく天気予報のお姉さんが「暦(こよみ)の上では春ですが・・・」
といいますよね。
そう、まさに暦の上では、今日からが春です。
立夏、立秋、立冬、そして立春。
四季の節目をあらわす節気です。
昨日(2.3)は「節分」でしたよね。
あれは節気を分ける日だから「節分」といいます。

私はあの豆まきが結構好きなんですよね。
寒い冬空に向かって「鬼は外」と叫ぶのは爽快ですよね。
でも家の人が嫌がるから、最近は小さい声でしかしませんが。
それでも昔はそういう豆をまく声が聞こえていたように思いますが、
最近はほとんど聞きません。
本当に大きな声で「鬼は外」っていうのは気持ちいいんですが。

立春以外にも「春立つ」とか「春来る」とかいいます。
「立春大吉」なんていうめでたい季語もあります。
なんでそういうことに詳しいかというと、
いつか書こうと思っていたのですが、
毎週『日本の歳時記』という雑誌を買っています。
小学館から出ている「ウィークリ-ブック」のひとつです。
今週号でもう42巻め。
全50巻ですから、いよいよ終盤です。
この雑誌は、季語とか俳句とかを奇麗な写真とともに紹介しているのですが、
「ウィークリーブック」としては、
以前朝日新聞社から刊行されていた「街道をゆく」以来の、
全巻揃えになります。
いずれ「ウィクリーブック」のことはまた書きますね。

きっといいことが訪れる。
この季節にはそういう予感めいた気分があるのがいいですね。
今度、春の本でもさがしてみましょう。

今回書評に書いたこの本の中でも紹介されていますが、
最近とてもインパクトのあったTVCMは、
『サザエさん』一家の将来を実写版で描いたグリコのものです。
ワカメちゃんが宮沢りえさんが演じているアレです。
この本の中では「日本中を愕然とさせた」とまで書かれています。
いやあ、あのCMはとってもうまく作られていて、
一体誰の法事なのか興味津々ですよね。
私的には、ぜひあの配役で映画版をリリースして欲しいと
思います。
絶対ヒットすると思いますが。
でも、そうなると、「サザエさん」は誰が演じるのでしょうか。
年齢的には50歳過ぎなのでしょうか。
とすれば、風吹じゅんさん。
あ。これは、私の好みでした。
でも、なかなかいいと思うのですが。
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「都市伝説」とは、WEB百科事典『ウィキペディア』によれば、「近代あるいは現代に広がったとみられる口承の一種」という意味であるらしい。
1970年代頃に初めて使われた言葉であるようだが、私が学生の頃にはすでに「口裂け女」や「なーんちゃってオジサン」のような口承はすでにあったような気がする。
その多くは当時の学生たちや青年たちの心の拠り所であった「深夜放送」を媒体にして急速に広がったように記憶している。
さらに遡れば、幽霊や怪奇現象も元々は人々の口から口へ伝わったものだろう。
そういう意味で「都市伝説とは伝言ゲームであり、伝播するうちに変化するものなのだ」(94頁)という著者の考察は極めて正しい。

今回の書評の中にも書きましたが、
「どうも私はこの時代及びその後の十年あたりの歴史が好きである」。
だから、このテの本を読んでいても楽しくて仕方がないですね。
それで、書いていても楽しい。
で、気がつくとまた長い書評になっていたりします。
今回も少し長めかもしれません。
今回、人の記憶について触れていますが、
実はこの文章を書いていて幼稚園時代の記憶がぱっと
よみがえってきました。
幼稚園の噴水に落ちて泣いている、なんとも情けない記憶でしたが。
人間の脳って、そこから考えても不思議ですよね。
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三島由紀夫の、文学的な出発点となった『仮面の告白』(昭和24年)の冒頭の書き出しはこうである。「永いあいだ、私は自分が生れたときの光景を見たことがあると言い張っていた」。
私は三島ほど鋭利な精神を持っていないので、自分が生まれたときの光景など思い出すはずもない。それどころか、人生最初の光景すら曖昧なままなのである。

机が欲しい。
結婚したばかりの若い頃、ずっとそう思っていました。
わずか二部屋のアパートにそれを置く場所もなく、
机がないから創造的なことができないのだと思っていました。
それで買ったのが折りたたみ式の机でした。
まあ、それでも机は机です。
もっともそこから何かが生み出されたということはありませんでした。
何度かの引越しのあと、
今の家に越してきて、ちゃんとした(?)机を買いました。
でも、やはり何も出てきませんでした。
物置き場と化しています。
パソコンがでんとあって、その横に読まれるのを待っている本たちが
崩れかかるようにあります。
これは、机でしょうか。
私にとっては机とは「創造の場」なんですが、
やはりそれにはかなり無理があるようです。
だから、他人の机を見ているしかないのかもしれません。
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他人(ひと)の机をみて何が楽しいのって言われそうだが、楽しいのだから仕方ない。
特に、本書で紹介されているようなクリエイターたちが、どのような「現場」で仕事をしているのか興味がわくところだ。それは、いいかえれば創造の「現場」である。それが覗き見れるのであるから、これほど楽しいことはない。
まさか杖をひと振りして、何かを創り出しているのでもあるまい。