03/31/2009    涙の理由:書評詩
プレゼント 書評こぼれ話

  ここしばらく、個人的に、ちょっときついことがありました。
  涙が、ふいに、出てとまらなくなりました。
  「なぜ涙を流すのだろう?」
  この本『涙の理由』の最初の問いかけは、
  私自身の問いでもありました。
  悲しいとかつらいとか、そういうことでもない。
  よく涙は「浄化」ともいわれますが、
  涙を流すことで、心が救われるということはありますが、
  そればかりではない。
  私は「涙を流す」のは、「心の器」があふれることでは
  ないかと思います。
  感情の行き場所が涙となってあふれることで、
  「心の器」のバランスをとっているのではないか。
  そんなことを思っていました。
  この『涙の理由』の書評を書くにあたって、
  散文で書き始めたのですが、
  どうしても書ききることができませんでした。
  書かないでおくことも選択としてあるのですが、
  どうしても、今、この本のことを書いておきたい、と思いました。
  そうして、この書評詩を書きました。
  
涙の理由涙の理由
(2009/02/07)
重松清茂木健一郎

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sai.wingpen  二匹の魚                     矢印 bk1書評ページへ

  この河のはじまりは どうなっているのだろう
  ある日 二匹の魚が 不思議に思って 話しました
  そうして 
  二匹で 河の上流に向かって
  泳ぎはじめたのです

  瀬を越え
  急流をのぼり
  滝の前では すこうし ためらいましたが 
  勇気を 出して

  大水がでたり
  濁流にのまれそうになったり
  支流に迷ったり

  二匹の魚は
  そのたびに
  自分たちの旅が 正しいのだろうかと
  迷いました

  風景が 変わり
  光が ほどけ
  かわおとは 交響曲を奏でました

  河は やがて 
  一筋の 細い 源流となりました

  二匹の魚は 鱗を煌めかせ
  水をはね 
  さらに さらに
  のぼりました

  ようやくに
  二匹の魚は
  河の源に たどりつきました

  それは 小さな泉でした
  この河の たったひとつの 源
  この星の あふれる 生命

  小さな泉には
  ちっぽけな虹が ひとつ
  かかっていました

  二匹の魚にも
  その虹は のびてくるようでも ありました

 本書は小説家重松清と脳科学者茂木健一郎が「人はなぜ涙を流すんだろう?」という、素朴だけれど根源的な問題について、三年にわたり、語り合った対談集である。
 その答えをここで書くわけにはいかないが、茂木が本書の「おわりに」に書いた「自分にとってはかけがえのない価値」という言葉が印象に残った。
 あなた自身があなた自身の「涙の理由」を探すこともまた「かけがえのない価値」になる、そんな一冊といっていいだろう。
  
(2009/03/31 投稿)

03/30/2009    奇縁まんだら:書評
プレゼント 書評こぼれ話

  書評では書けませんでしたが、
  瀬戸内寂聴さんの、この本『奇縁まんだら』の
  「はじめに」という文章がいいんですよね。
  冒頭の文章を少し書きますね。

    生きるということは、日々新しい縁を結ぶことだと思う。数々ある
    縁の中でも人と人の縁ほど、奇なるものはないのではないか。
    思いもかけない人と人が出逢い、心惹かれたり、うとましく思ったり
    する。一つの縁から次の縁に結びつき、縁の輪が広がっていく。


  この「はじめに」の文章はわずか3頁ですから、
  本屋さんでも立ち読みして下さい。
  また、挿絵の横尾忠則さんの画は本当にいいですよ。
  単に作家たちの肖像画を描いたというより、
  横尾さんの絵画による作家論というところです。
  
奇縁まんだら奇縁まんだら
(2008/04/16)
瀬戸内 寂聴

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sai.wingpen  横尾忠則の描く水上勉はやはり男前                矢印 bk1書評ページへ

 ゴシップというのは興味本位の噂話のことをいうが、そのことを話す人聞く人はその話から影響を受けない安全地帯にいるようで好きではない。
 かつて文壇と呼ばれた世界で活躍した作家や芸術家との交遊録を収めた瀬戸内寂聴の『奇縁まんだら』は、松本清張の女関係や谷崎潤一郎の豪華な吉兆の弁当といったゴシップまがいの話を描きながら、単に興味本位でない、あるがままの作家たちの姿が垣間見え、楽しく読めた。
 それは作者の飾らない文体と開け放たれた性格によるものかと思える。
 数多くの作品を書き継いできて、「書評のような感想を書いた」であるとか「シュールの絵を見たり、音楽を聴いて「わからないけど、何かしら気持ちがよくなった」という感動」などといった文章はなかなかに書けるものではない。
 飾らない文体というのは実に読みやすい。
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03/29/2009    表紙はうたう :書評
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  今回の『表紙はうたう』は絶品というか、毎夜
  隣で寝たいくらいに素敵なのです。
  (もっとも固い本ですからそういうわけにもいきませんが)
  私は「週刊文春」が和田誠さんの表紙画に切り替えた時の
  記憶がうっすら残っています。
  当時22歳で、すでに和田誠さんは有名なイラストレーターでしたし、
  映画の絵とかたくさん書かれていて、
  その頃にはもうファンでしたから。
  その和田誠さんが週刊誌の表紙を描くということで、
  興味深深でした。
  といっても、記憶がずっと残っていたわけではなくて、
  この本を開いて、そんな記憶がどこからか
  浮かびあがってきた感じです。
  この『表紙はうたう』という画集には、
  和田さんの素敵な短文も掲載されていて、
  そのことも書評で紹介したかったのですが、
  できずに残念です。

表紙はうたう―和田誠・「週刊文春」のカヴァー・イラストレーション表紙はうたう―和田誠・「週刊文春」のカヴァー・イラストレーション
(2008/10)
和田 誠

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sai.wingpen  都会のメルヘン                     矢印 bk1書評ページへ

 豪奢な一冊である。
 縦30センチ、横22センチ、幅2センチ。手に持つとずっしりと重い。キッチンスケールで計ると、重さは1330グラム。すごい器に盛られた極上の一品だ。
 本書は、和田誠による週刊誌「週刊文春」の表紙画を集めた画集である。
 収録されている点数は、1558点。何しろ和田が同誌に表紙画を描き始めた1977年5月12日号から2008年9月25日号までの、31年間すべての作品が収められているのだから、これはもういうことはない。ただひたすら読むしかない。
 もちろん、これだけの内容であるから、値段もそれなりにお高い。9,950円也。つい値段の話など書くのは書評子の品格が賤しいからと、お許し願いたい。
 この値段であっても、たまには珠玉の贅沢な時間を過ごすのもいい。
 三ツ星の高級レストランで食事をしたことを思えば、あちらは所詮雲古となって雲散霧消の世界だが、こちらはいつでも、何度でも王様になれる一品である。
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プレゼント 書評こぼれ話

  今回『横浜少年物語』の書評にも書いているように、
  この本を読もうとしたきっかけは「本の話」を読みたかったからです。
  本には色々なジャンルがありますが、
  このブログのカテゴリーにもあるように「読書」に関する本も
  たくさん出ていますし、
  どうも私はそのカテゴリーの本が好きなようです。
  本が苦手だという人は、そういう「読書」についての本を
  案内書にして読むと、読書の幅が広がるように思います。
  書評の中に書いた『昭和シネマ館』は以前このブログに
  書評を書いていますので、
  未読の方はぜひどうぞ。
  
横浜少年物語―歳月と読書横浜少年物語―歳月と読書
(2009/02)
紀田 順一郎

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sai.wingpen  小さな双葉がしめした希望                 矢印 bk1書評ページへ

 困った。
 本書の副題に「歳月と読書」とあるのに、「身震いするほど本が読みたかった」という本好きには堪えられない宣伝惹句があるのに、なかなか「本の話」が出てこないのだ。困った。
 作者の紀田順一郎は今までにも「読書」についての著作を数多く書いてきているので、この本では自身の少年時代の思い出とともに氏の「読書」経験も楽しめると期待していたのに、じれったいといったら、ありゃあしない。
 やきもきしているうちに「第一部 戦時下の横浜少年」が終わり、「第二部 横浜少年の戦後」が始まる。それでも、「本の話」は出てこない。
 ページがさらに進んで、ようやく「第二部」の「第二章」で、本の話「小学生の古書店まわり」にたどりつく。


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プレゼント 書評こぼれ話

  初めて漫画週刊誌に出会ったのは、
  近所の友達の家でした。
  表紙はとれていて、なかったように思います。
  石森章太郎さんの『怪傑ハリマオ』があったので、
  その表紙のとれた雑誌は『少年マガジン』だったのでしょう。
  しかも、その記憶が昭和35年頃のものだと
  『怪傑ハリマオ』の連載期間からわかります。
  私が5歳の頃です。
  でも、少年漫画週刊誌だけでなく、『少女マーガレット』とか
  『少女フレンド』だって読んでいました。
  楳図かずおさんの恐怖漫画は、これらの少女漫画週刊誌で
  初めて出会いました。
  
少年マガジン・トリビア134少年マガジン・トリビア134
(2008/12/16)
週刊少年マガジン編集部

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sai.wingpen  彼らがいたから毎週楽しかった                 矢印 bk1書評ページへ

 トリビア。「瑣末な」とか「雑学」とかいう意味だが、そういうどうでもいいことが明日の糧になることもある。「友がみな/われよりえらく/見ゆる日よ/花を買ひ来て/妻としたしむ」と詠んだのは石川啄木だが、啄木も少しトリビアをもっていたら、友よりえらく思えたかもしれない。
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03/26/2009    河は眠らない:書評
プレゼント 書評こぼれ話

  また、また、また、開高健です。
  しかも、今年の2月に出たばかりの写真エッセイ集です。
  書評の中でもチラッと書きましたが、
  これは生前開高が撮ったビデオ作品を元に作られています。
  いやぁ、でも、この写真の開高さんはものすごく
  ダンディですよね。
  1984年とありますから、当時54歳。
  今の私とおない歳ではありませんか。
  もう私なんか、すたこらさっさと逃げてしまいたくなります。
  でも、今年にはいってからの開高さんとの邂逅ぶりは、
  (少しシャレましたが)
  開高さんがおいでおいで(天国にじゃあないですよ)を
  しているのかしら。
  本棚の「開高全集」の埃を、少し吹こうかな。
  ぷっ。
  
河は眠らない河は眠らない
(2009/02)
開高 健青柳 陽一

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sai.wingpen  森を彷徨(ある)く               矢印 bk1書評ページへ

 開高健が亡くなって、今年で二十年になる。
 新しい読み手が開高文学にどのように出会い、頁をめくっているのかは知らないが、もし二十年前の作家として未知であるなら、ぜひ開高文学の豊穣さに触れてほしいものだ。
 そのきっかけがどのようなものであれ、開高を知らずにいるのは不幸だろう。
 開高は文体が腐ることを怖れたが、その瑞々しさは二十年経っても変わることはない。
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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日(3.24)のWBC決勝戦、日本対韓国戦、見た人多いでしょうね。
  私なんか、小心者だから、もうこわくてこわくて、9回裏なんかは
  見れませんでしたね。
  でも、日本人というのはこういうことにはすごく熱中しますね。
  日頃野球など見ない人まで、夢中になってるような感じがします。
  野球の本というのもたくさんあるのですが、
  私はあまり読んでいませんね。
  スポーツノンフィクションとかで、野球を取り上げた名作も多いですよね。
  山際淳司さんの『江夏の21球』とか。
  それで、今日は野球の本の書評を、と昔の「読書ノート」から
  探しました。
  数少ないのですが、結局『「巨人の星」の謎』っていう本にしました。
  1993年11月に読んでいます。
  本のイメージがなかったので、
  「巨人の星」の漫画表紙をつけました。
  
  

巨人の星 (6) (講談社漫画文庫)巨人の星 (6) (講談社漫画文庫)
(1995/07)
梶原 一騎川崎 のぼる

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sai.wingpen  祝 WBC優勝                 

 ワァッ~、ザァッザァッ、カーン、♪ジャーァン、ジャーン、ジャジャジャーン・・・と、わけのわからないこの擬音は、アニメ「巨人の星」の最初の音である。このあとに、あの有名な♪思い込んだら試練の道を、で始まる主題歌が続く。
 そう、私は「巨人の星」の大ファンだった。
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プレゼント 書評こぼれ話

  今回も蔵出しです。
  春が近づいているのに、こういう秋の光景の表紙の本を紹介するのは
  おかしいんだけれど、
  読んだ時の救われるような感じが、
  私のどこかにあります。
  

デッドエンドの思い出デッドエンドの思い出
(2003/07/26)
よしもと ばなな

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sai.wingpen  秋が深まる頃にもう一度読んでみたい               矢印 bk1書評ページへ

 いちょうの黄色い葉にすっかりうまった公園のような場所を、まだ幼い二人の子供が駆けていく。たぶんきゃっきゃっ云っているのだろうが、周りの景色の荘厳さが音を消し、静かだ。どこかで見たような、誰にとっても懐かしいような光景。人はそんな場面をどんな時に目にしてきたのだろうか。
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プレゼント 書評こぼれ話

  今回も蔵出しで、ごめんなさい。
  今回の書評の中に出てくる「D君」とは、
  私のいとこです。
  2003年の夏、彼の父親が亡くなりました。
  その際に書いた書評が今回の書評です。
  
  
世界の中心で、愛をさけぶ世界の中心で、愛をさけぶ
(2001/03)
片山 恭一

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sai.wingpen  悲しくても乗り越えないといけないこと                   矢印 bk1書評ページへ

  D君へ。
 今年は冷たくて長い梅雨がいつまでも続きます。山間の、君の住む小さな町もどんよりとした雨雲が張りついたままです。中学生になって初めての夏休みを迎えようとしていた終業式の日の夜、君のお父さんは突然亡くなりました。君はその悲しみも今後の不安も、まだ実感する余裕すらないかもしれないですね。でも、いつか梅雨空が消え去って夏の日差しが差し込むように、君もお父さんのいない深い悲しみにふいに襲われるかもしれません。

 でも、D君、考えてみて下さい。(人の死は多くの人に考えるということを教えてくれる尊厳なものです)その時、君が感じる悲しみは誰にも理解できない程深いものでしょう。でも、君のお父さんが死の直前に感じただろう悲しみはどれほどつらいものだったでしょうか。お父さんはまだ四十三歳でした。君は背丈が大きくなったといっても、まだ中学一年になったばかりです。お父さんはこれから君と過ごせただろう日々のこと、君が素敵な彼女を連れて歩いたり進学や就職に悩んだり、やがて美しい人と結婚するだろうその日に、父親として君のそばにいてあげれない悔しさにどんなにつらい想いだったことでしょう。

 「好きな人を亡くすことは、なぜ辛いのだろうか」。片山恭一の「世界の中心で、愛をさけぶ」は恋人の死をめぐっての、高校生の純粋な愛の世界を描いた小説です。中学生の君にはまだわかりにくい作品かもしれません。あるいは今の君にはつらい内容かもしれません。でも、悲しくても乗り越えないといけないことがいっぱいあるのだということを君にもわかってもらいたいし、乗り越えるということ自体が今の君の大きな課題だと思います。悲しみから逃げてはいけません。悲しみは乗り越えないといけないのです。

 「ずっと以前になくしたものが、ある朝ふと、もと置いた場所に見つかることがある。きれいな、昔あったままの姿で。なくしたときよりも、かえって新しく見えたりする。まるで誰か知らない人が、大切にしまってくれていたかのように」(205頁)

 D君。君もいつかお父さんの死が君に教えようとした大切なことをわかる日がくるにちがいありません。そして、それがいつもより長い梅雨の年の、中学生最初の夏休みのはじまりの日だったことを、悲しみの想いを封じ込めてなつかしく思い出す日が来るでしょう。
  
(2003/07/22 投稿)

03/22/2009    書評:無名
プレゼント 書評こぼれ話

  ちょっと個人的に色々あって、
  新しい書評を書くのがつらくて、蔵出しします。
  
  文学、あるいは本は、
  人を救うのことができるのでしょうか。

  そんなことを思っています。
  
無名 (幻冬舎文庫)無名 (幻冬舎文庫)
(2006/08)
沢木 耕太郎

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sai.wingpen  同じ色の涙                     矢印 bk1書評ページへ

 さだまさしに「椎の実のママへ」という一枚がある。有名な「精霊流し」の誕生秘話ともいえる一曲で、さだの叔母さんであった<椎の実のママ>の一生を感動的な楽曲に仕上げたものである。沢木耕太郎の「無名」という作品を読んで、ひさしぶりにこの曲を思い出した。

 沢木耕太郎の「無名」は、沢木が自ら父の死を描いた作品である。肉親の死を描いているとわかっていながら、私はこの作品を読んで不覚にも涙をこぼした。病に倒れ、死が確実になったとはいえ、肉親にとってはそれが回避できるものであればそれに越したことはない。沢木の父もそうであった。余命宣告を受けたものの、自宅療法に変えたことで、父の表情に明るさが戻った。しかし、死は突然訪れる。<第七章 白い布>の冒頭、沢木は付き添っていた姉から一本の電話を受ける。「お父さん、もうだめみたい」…。私はその時不意に涙をこぼした。

 私は幸いにもまだ肉親の死に立ち会ったことはない。しかし、この時沢木の姉が口にした一言は、肉親の死に向かいあった者だけが持ちうるあらゆる感情を表現しているということは想像できる。肉親としての悲しさ、肉親としての無念さ、肉親としての切なさ。おそらくこの時の感情のままでは沢木は作品を残すことはできなかったにちがいない。肉親の死という題材は湿りけを帯びる。そのことが作品をひとりよがりのものにしてしまうことを、沢木を何よりもわかっていたはずだ。だから、沢木が「無名」というひとつの作品を書き上げるまで、実は五年近くの歳月を必要としたのだろう。

 さだまさしの「椎の実のママへ」という曲の最後にこんな歌詞がある。「椎の実のママが死んだ晩に/みんな同じ色の涙を流した/結局愛されて死んでいった彼女は/幸せだったと思っていいかい」父の死後、落穂拾いのようにして父の俳句をまとめあげようとした沢木も同じようであったにちがいない。そして涙がようやくにして乾いた先に、読者の心を強くうつこの作品が生まれたといえる。
  
(2003/10/12 投稿)

本私の好きな作家たち」の第八回は、 
 ちょっと唐突のような感じもしますが、「倉橋由美子」さんです。

倉橋由美子
本 これには理由があって、実は
 今月号の「文学界」(4月号)で、その倉橋由美子さんの特集を
 しているんですよね。
 題して、「倉橋由美子の魔力」。
 魅力、じゃあなくて、魔力。すごいですよね。
 でも、本当に久しぶりに「文学界」を手にしたというか、開きました。
 一時期毎月買っていたこともあるんですよね。
 なんだか、私の性癖を語るようで恥ずかしいですが。
 でも、仕事を始めて、やっぱり「文学界」じゃないよねって、
 買うこともなくなりました。
 別に「文藝春秋」に鞍替えした訳でもありませんが。
 で、今回久しぶりに手にしたのは、倉橋さんの特集があったからなんですよね。
 倉橋由美子さんの作品をずっと読み続けてきたのではないんですが、
 いつまでも、気にかかる書き手であったことは事実です。

本 今回の「文学界」の特集のメインは、
   「大江と村上」の間を生きた孤高の作家 
 と題された、加藤典洋さん(文芸評論家)と関川夏央さん(作家)、
 それに川上未映子さん(作家)による座談会です。
 加藤さんがご自身の体験として「大江、安部(公房)、倉橋というのが
 新しい小説家の御三家みたいなところがあった
」と書かれていますが、
 私もまったく同じですで。
 地続きというか、必然的に、そういう流れにあったように思います。
 私の場合でいうと、倉橋さんを初めて読んだのが、『パルタイ』でした。
 多分、文春文庫の出始めの頃だと思います。
 その前には、もう大江とか安部は読んでいたように思います。
 でも、ほとんどよくわからなかったというか、
 まったく理解できなかったですね。
 今回の座談会で、川上未映子さんが「『パルタイ』はいわゆる「感動」というものが
 まったくなかったんです。投影も共感もないし、面白かったのかと聞かれても、
 よくわからない
」と話されていますが、これは現代の読み手の感覚でしょうね。
 当時読んだものからいえば、「わからない」からよかった。
 安部公房も同じだと思います。
 高校生程度でわかるはずもない。今でも自信はないですが。

 今回の特集では、北杜夫さんがエッセイを書かれたりしています。
 面白かったのは、元「文学界」の編集者だった豊田健次さんが「パルタイ」誕生という、
 当時25歳だった倉橋由美子さんをゲットする話が面白い。
 芥川賞落選の経緯とか、記録としても貴重じゃないでしょうか。

本 今回蔵出し書評で、倉橋由美子さんが亡くなった時に書いた(2005.07)書評を
 掲載しておきます。
 私の「好きな」理由がおわかりになるかもしれません。

ぼくを探しにぼくを探しに
(1979/04)
シェル・シルヴァスタイン

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sai.wingpen  追悼・倉橋由美子−十八歳のぼくを探しに                矢印 bk1書評ページへ

 作家倉橋由美子さんが六月十日亡くなった。六十九歳だった。
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03/20/2009    書評:断る力
プレゼント 書評こぼれ話

  勝間和代さんの最新刊、と書こうと思ったら、3月18日の新聞に
  光文社新書からの新刊案内が出ていました。
  『会社に人生を預けるな』。
  いやあ、負けたというか、この環境下で、この題名で来るか、って
  いう感じですね。 これ、絶対売れますよ。
  勝間さん、絶好調ですね。
  それはともかく、二番目に新しい本のことです。
  勝間さんは以前かつて感銘を受けた本として、
  神田昌典さんの『非常識な成功法則』を紹介していたことがあるのですが、
  その中にも「断る力」の事例が出ています。
  「殿様バッタのセールス」という章。
  なーんだ、勝間さんは二番煎じかということなかれ。
  勝間さんはこの本の中でこうも書いています。
  それは「自己啓発本」について書かれた頁(255頁)です。
  「◎自己啓発本を読んで、ピンと来た手法を愚直に実行する
   ことです。この場合も大事なことは、
   「自己啓発本を読むだけのマニア」にはならない
   ことです。自己啓発書は古今東西、ほぼ同じことが書かれていると
   言われます。実際この本に書いてあることも、個別具体的な手法や
   エピソードは除いても、自己啓発書マニアにとっては新しいことでは
   ないかもしれません

  ね、ちゃんと書いているでしょ。
  そして、次が極めつけ。

  読んだら、必ず、何か一つでもいいから、実行してみましょう

  私は「勝間」ブランドの魅力は、ここに集約されているように
  思うのですが。

断る力 (文春新書)断る力 (文春新書)
(2009/02/19)
勝間 和代

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sai.wingpen  「勝間和代」に「No!」といいますか               矢印 bk1書評ページへ

 新書の一冊であるのにレーベルデザインではなく、真っ赤な表紙。そして、書店の平台ではお馴染みとなったご本人の顔写真。しかも、今回は正面にむかってパーンと手のひらを広げて「No!」のサイン。
 勝間和代という書き手はとてもブランディングの上手い人です。「勝間和代」ブランドをどう認知させ、高めていくかということで、本のデザインであったり販売戦略が組まれているように感じます。
 書物というものは不思議で、あくまでも商品ですから大量に流通されるべきものなのですが、一方で質を重視しそのように販売戦略を組むこと自体毛嫌いする傾向があります。「勝間本」というのはその矢面に立ちやすい事例でしょう。
 それをわかった上で、今回この『断る力』という本の出版をもってくるあたりが、勝間さんの自信の表れのように思います。
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プレゼント 書評こぼれ話

  筑紫哲也さんが岩波新書に書いていたのは知っていましたが、
  まったく読む意識がありませんでした。
  ちょうどこの本『スローライフ』が出版された頃は、
  私は仕事に熱中していたものです。
  実はこの本は先日紹介した『それでも会社を辞めますか?』と
  対(つい)で読んでみたいと思って手にしました。
  そして、思っていた以上に、「生き方」を考えさせてくれました。
  働くということ、生活するということ、生きるということ、
  それぞれはとても大切なことです。
  しかし、流されるだけでは「もったいない」。
  自分の意思で素敵に働くこと(決して独立を指すのではありません)、
  自分の意思でよりよい生活をすること(お金だけではありません)、
  自分の意思で強く生きること(他人ではなく自分の一生です)
  が、大切ではないでしょうか。
  本当にこんないい本を読み損ねていたのが残念ですが、
  逆に考えれば、「無所属の時間」だから読めた一冊と思えば、
  それも、また、良しかな。
  
スローライフ―緩急自在のすすめ (岩波新書)スローライフ―緩急自在のすすめ (岩波新書)
(2006/04)
筑紫 哲也

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sai.wingpen  自分という「木」                     矢印 bk1書評ページへ

 携帯型音楽再生機が普及し始めた頃、交通機関や公共場所での「音もれ」が社会問題になったことがある。それを「カシャカシャ」という擬音で表現したものだ。最近「癒し系」の音楽(特にクラッシック)などを聴いているのだが、それが「カシャカシャ」ではない音楽のテンポであることに気付く。
 流行歌など聴かなくなって久しいが、彼らのリズミカルではあるけれど溢れんばかりの音量と速すぎるテンポについていけないのだ。
 音楽の世界にモーツァルトが残ってよかった。
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プレゼント 書評こぼれ話

  会社を辞めて9ケ月になります。
  夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬になり、
  そして春の日差しがさす頃になって、
  ようやくむくむくと「また仕事がしたい」と
  思うようになりました。
  ところが、本書にもあるように、
  中高年の再就職はかなり厳しいのが現実です。
  まして、このような不況ともなれば、なおさらです。
  もし、辞める前に本書を読んでいたら、
  辞めるのを躊躇ったかといえば、おそらくそれでも
  辞めたと思います。
  ただ自分の中では「潔い」と思ったことも、
  世間ではなかなかうまく受けとめてもらえないのも
  事実です。
  あるいは「キャリア」があっても、
  それがどれだけ次の会社に合致するかもわかりません。
  会社にはしがみつくことが大事です。
  しかし、それは居座ることではありません。
  きちんと仕事をすることでしがみつくのです。
  仕事もしないでしがみつくのは、
  その人の人間性の問題だと思います。
  
それでも会社を辞めますか? 実録・40歳からの仕事選び直し (アスキー新書)それでも会社を辞めますか? 実録・40歳からの仕事選び直し (アスキー新書)
(2009/02/11)
多田 文明

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sai.wingpen  備えあれば                     矢印 bk1書評ページへ

 私の経験からいって、中高年(40歳以上)の人は、会社の倒産という不幸な場合以外は、何がなんでも今の仕事を辞めてはいけません。転職で新しいキャリアが生まれることは稀だし、年齢の壁は厚い。今以上のことは望めないと覚悟すべきなのです。
 それでも、「今の仕事がどうにも合わない」という人もいるでしょう。精神的に追い詰められているかもしれません。そういう人こそ、「明るい明日」ばかりではないことを知るべきだし、本書に書かれている「厳しい現実」を凝視した方がいい。そのうえで、辞めることを決断しても遅くはありません。
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03/17/2009    雨後の竹の子新書
本 忘れないうちに書いておかないと、あれ、どっか行っちゃった、
 みたいなことになってしまうので、急いで書き留めておきます。
 3月12日の「朝日新聞」の「文化欄」に出てた記事のことです。
 タイトルが「新書ブーム市場沸騰」。
 結構、今の新書ブームがわかりやすくまとまっていました。

本 冒頭の文章はこうです。引用しますね。
 「本屋を歩けば嫌でも目につく新書の山。点数は膨大で、内容も
 ルポものや歴史本、経済本からタレント本まで、フィクション以外なら
 何でもあり、の状態だ

 とあります。
 これ、実感としてあります。
 最近本屋さんに行くと、新刊書の棚よりも新書の棚の方に
 じっくり時間をかけています。

 では、本当にどれだけ出版されているのかというと、
 記事によれば年間1500点以上というからすごいものです。
 しかも、「新書」とついたレーベルが40以上あるというのですから、
 これまたすごい。
 みなさん、いくつ言えます?
 岩波新書、中公新書、講談社現代新書(これら三つが新書御三家です)、
 ちくま新書に新潮新潮、PHP新書、文春新書、・・・
 いやあ、すごい。
 記事の中で「中央公論」の間宮編集長の言葉として紹介されていたのが、
 「雨後の竹の子新書」。
 「形は新書だが著者も中身もタイトルも何でもありの新書
 という現状を皮肉った命名。
 にょきにょき。
 それはそれで現代の出版事情と関係しているようで、
 本が売れないので、廉価な本(ここでいえば新書)を量産するしかない、
 ということらしい。
 読み手側からすると、廉価である程度の知識欲が満たされ、しかも
 持ち運びな新書は魅力ではありますが。

本 実は、1997年の私の「読書ノート」にこんな書き込みを見つけました。
書いたのは、1997年5月31日、もう10年以上前の記述ですが。

   岩波新書が創刊2000点に達した。1938年11月に斎藤茂吉や寺田寅彦ら
   20点から始まって、綿々60年にしてこの数字になった。岩波書店によると、
   「永遠の生命をもつことをめざす文庫とはちがい、何よりもそのときどきの
   現代的な課題にこたえたいというのが、出発時からの方針」だったという。
   僕が初めて岩波新書を読んだのは、中学の終わりか高校生の頃だ。確か
   日高六郎の「昭和史」だったと思う。あの当時岩波文化はかなり進歩的、
   左翼的と見られていた節があって、新書を読んでいるだけで少し高尚な
   気分になれたものだ。その新書も、ある時期(赤版だったと思う)からぐっと
   印象が変わる。(中略)それでも「現代的な課題にこたえたい」というので
   あれば、それも十分に理解できる。社会主義は崩壊し、事件・事故は極めて
   個人的な領域に限定されるとすれば、テーマは常に流動せざるをえない。


 いやあ、すごくまともな97年の私です。
 この文章から12年、新書はまったく新しい世界にはいっています。

新書大賞〈2009〉新書大賞〈2009〉
(2009/03)
中央公論編集部

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プレゼント 書評こぼれ話

  この本は先に読んだ荒川洋治さんの『読むので思う』で紹介されていて
  知った、一冊です。
  私にとっての「読みたい本」というのはそういうようにつながっていきます。
  面白いのは、この画集が「文学」をテーマにしたものだということ。
  これを今回書いた書評にあるように「書評」のひとつだと
  言い切るには異論もあるでしょうが、
  私の中では、ひとつの作品をどう感じたかを表現することも
  「書評」というくくりにしていいのではないかと思っています。
  これはまた別の機会に書きたいと思いますが、
  私が今「書評詩」にこだわりたいのも、そういう考えがあるからです。
  でも、こういう機会がないと、ささめやゆきさんという画家を
  知ることもなかったでしょうから、
  本の世界というのは、本当に、広いけれど、どこかにつながっている
  ような気がします。
  未知のものとの出会い。
  それも読書の楽しみです。
  
  
ヘッセの夜 カミュの朝ヘッセの夜 カミュの朝
(2008/03)
ささめや ゆき

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sai.wingpen  書評画を愉しむ                   矢印 bk1書評ページへ

 文芸誌『すばる』の表紙絵として、絵本作家・画家のささめやゆきが1998年から2005年までの八年間描き続けた作品から選りすぐりの六〇作をまとめた画集である。
 テーマは「文学」。そういう意味で、「書評画」とでも呼びたくなる表現形式である。
more open !?
プレゼント 書評こぼれ話

  ブログの中で、ここ何回か、丸谷才一さんの本をテキストにしながら、
  「書評とは何だろう」って考えてきました。
  そんな時に、偶然読んだのが、今回紹介しました小川洋子さんの
  『心と響き合う読書案内』という本でした。
  この本で紹介されている52篇は、それぞれが字数にして、
  おおよそ3500文字くらい。
  ちゃんと数えましたよ。
  それだけの分量は書評としては長いでしょうね。
  読む方とすれば、著者の略歴とかちょっとしたエピソードとかも
  はいって楽しめますが、
  書く方としては、しんどい分量かもしれません。
  そして、読みながら、考えていたのは、
  もし、この文章を1000文字程度にするなら、
  つまり三分の一ですよね、
  どの箇所を削るだろうか、ってことでした。
  それでも、人に「読みたい」という思いを伝えきれるか。
  書評にも書きましたが、この本は、
  読む楽しみとともに、書くことのいいお手本です。
  
  
心と響き合う読書案内 (PHP新書)心と響き合う読書案内 (PHP新書)
(2009/02/14)
小川 洋子

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sai.wingpen  書評の書き方を学ぶ                     矢印 bk1書評ページへ

 書評めいたものをずっと書いてきて、いまさらながらに「書評とは何だろう」と思うことがある。それで、子ども向けの「読書感想文の書き方」みたいな本を何冊か読んでみることにした。
 それらの本が「まずどんな本を読むか」というようなことから書かれていることに少なからず驚く。
 感想を書く以前にどんな本を読んでいいのかわからない。そういうものなんだ、現実は。
 これはおとなだって同じかもしれない。そういう人たちに、この本はここが面白いんだよ、ここが感動するんだよ、と教えてあげられるもの、それが書評なのかもしれない。
 だから、書評は、道に迷った人たちへの「読書案内」なのだ。
more open !?
本 世の中には、私たちを分類する、色々な言い方があります。
 例えば、「保守的vs進歩的」とか「王貞治vs長嶋茂雄」とか。
 私が二十台の頃には「キャンディーズvsピンクレディー」というのもありました。
 私は「キャンディーズ」。その中でも「スーvsランvsミキ」というふうに細分化して
 いくのですが、もちろん、これは今回の話と関係がありません。
 そうした分け方のひとつに(ここからです)、
 「文系vs理系」というものがあって、(やっときました)
 私は「完璧文系」です。
 その私が「物理学」の講演を聴きたいと思ったのは、
 昨年「ノーベル物理学賞」を受賞したお二人の生の声、生の姿に接したいという、
 かなり、というか、ほとんどミーハー的な気持ちでした。
 なにしろ「ノーベル賞」ですよ。
 こんな機会はめったにありません。

本 というわけで、先日(3.11)に有楽町朝日ホールで行われた、
 「ノーベル物理学賞受賞記念 小林誠・益川敏英講演会」に
 身の程知らずに、行ってきました。
       小林        益川

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本 昨日につづいて、丸谷才一さんの『蝶々は誰からの手紙』という本
 をテキストにして、「書評って何だろう」と考えますね。

 今回はこの本の、bk1書店に投稿した書評がありますので、
 それにサブテキストにして、書きます。

本 私の書評の中で、丸谷さんの言葉を引用しています。
 「書評は読む快楽の出発の合図
 かっこいいですよね。
 もう少し分解すると、「書評読む快楽のための出発の合図を担っている」
 ということですよね。わかりやすいように、色つけちゃいましたが。
 つまり、ここにもうひとりの読み手(この人はまだ読んでいません)になるだろう、
 第三者が登場します。
 書評とは、その第三者に、読みたいという気持ちを喚起させるものといっていいんでしょうね。
 その第三者って、誰なのか。
 まったく未知の人でもいいし、自分の子供さんや両親だって構わない。
 学校の先生だって構わない。

本 もし、学校の宿題で「読書感想文」が出て、書きますよね。(仕方なく)
 それで、それを読んだ先生が、読みたくなったら、
 これは間違いなく「書評」なんだろうと思います。

本 どうでしょうか。


蝶々は誰からの手紙蝶々は誰からの手紙
(2008/03/21)
丸谷 才一

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sai.wingpen  真面目さは肩にくる                     矢印 bk1書評ページへ

  書評の、あるいは書評に関する本である。
 しかも丸谷才一大兄の著作である。それなのに、である。オンライン書店「bk1」の書評子が誰も投稿しないのは何故か(書評子注:この書評のあとでちゃんと投稿されています、念のため)これはかなりミステリアスな問題であるが、ここではそれを論議せずに、丸谷大兄に敬意を表して、まずは本書の書評を書こう。
 気合をいれて書きますよ。
more open !?
本 毎日こうして「書評」を書いていますが、
 時々、というか、割と頻繁に、
 「書評」って何だろう、って考えます。
 今日は、丸谷才一さんの『蝶々は誰からの手紙』という本をテキストにして
 少し真面目に「書評」とは何かを考えてみたいと思います。
 明日、この本の書評も蔵出ししますので、
 楽しみにして下さい。
蝶々は誰からの手紙蝶々は誰からの手紙
(2008/03/21)
丸谷 才一

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本 私は書評家としての丸谷さんを尊敬していまして、
 この人の書くエッセイも好きですが、書評に対する「読み」も
 深く敬愛しています。
 そんな丸谷さんですが、この本の「書評と「週刊朝日」」という文章の中で
 いくつか、それを考えるヒントが書かれています。
 「本を買ふためだけに書評を読むとは限らない。本のダイジェストとして
 書評を読むということもある
」(36頁)
 ここ大切なので、下線を勝手に引きました。
 「本のダイジェスト」が書評には必要だということです。
 丸谷さんは他の文章(「扇谷正造と斎藤明が作つたもの」)の中でこうも書いています。
 「紹介、つまりダイジェストを上手にやり、適切な批評を加へる。
 文章を引きずりこんで、おしまひまで読ませる、わかりやすくてしやれた書き方をする
」(54頁)
 ここで、うんと簡単に解釈しますよ。
 つまり、書評とは「紹介(ダイジェスト)+批評性」をもったジャンルだということです。

本 「紹介」というのもかなり難しい技術だと思いますが、
 もっと難しいのが「批評性」。
 丸谷さんはそのことについて、こう書いています。
 また、別の文章(「イギリス書評の藝と風格について」)からの引用です。
 「対象である新刊本をきつかけにして見識と趣味を披露し、
 知性を刺激し、あはよくば生きる力を更新することである
」(67頁)
 すごいな、丸谷さん。
 丸谷さんのいう「批評性」って、いいとかダメだといったことではないんですよね。
 なんてたって「知性を刺激」させないといけない。びーんと。
 さらに「生きる力を更新」させるぐらいの力がないといけないのです。
 書評を読んで、海に向かって「バカヤロー」ぐらい叫ばないと。

本 こうして書くと、「書評」と「感想文」の違いがわかってきますよね。
 「感想」はどうしても自分が主体になるけれど、「書評」はそうではない。
 もちろん、「批評」するためには確たる自分が必要ですが。
 その上で、
 「何と言つても大事なのは、その書評の書き方の感じだと思ふ。
 しつかりした文章、藝のある話術、該博な知識、バランスのとれた論理、
 才気煥発の冗談などを駆使する
」(37頁)
 となるわけです。

本 なんかすごく奥深いのです、「書評」って。

プレゼント 書評こぼれ話

  今回書きました久世光彦さんは知らない人がいるかもしれませんが、
  かつて『時間ですよ』とか『寺内貫太郎一家』とか『ムー一族』といった、
  TBSの黄金期を作った演出家です。
  『時間ですよ』の放映は昭和45年。覚えている人もいるでしょうが、
  なんといってもドラマの舞台が「銭湯」というのが驚きでした。
  毎回ちらちらと裸の女体が画面に登場するのですから、
  血気盛んな少年期の私にとっては、やはり忘れられない番組ですね。
  天地真理さんとか浅田美代子さんが売れ出すのもこの番組から。
  吉田拓郎さんも出たような記憶があるのですが、
  ちょっと曖昧です。
  『寺内貫太郎一家』の暴力シーン? も見ごたえがあったというか、
  それまでのドラマではない演出でしたよね。
  つまり出来上がりつつあった既成概念を、
  一生懸命壊そうとしていたのが久世さんだったように思います。
  
久世光彦vs.向田邦子 (朝日新書)久世光彦vs.向田邦子 (朝日新書)
(2009/02/13)
小林 竜雄

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sai.wingpen  まっとうな「久世光彦論」                     矢印 bk1書評ページへ

 ぼにょぼにょ書かずに、ばーんと書きます。
 この本の書名はひどい。
 いったいどのような経緯でこのような書名がついたのかわからないが、あんまりなつけかただ。
 百歩譲って、副題程度ならまだ我慢できるが、この本は純粋に「テレビドラマを作りながらエッセイや小説も書いてテレビ界と文芸の世界を往復」(199頁)した、奇才久世光彦論であり、向田邦子はその過程の接点にすぎない。それを「VS.」という形にしてしまうのはどういう理由だろう。
 おいしいアジフライ定食をミックスフライ定食と名付けてしまうようなもの。
 「死んでも向田邦子のお世話になるのかい」と天国の久世も苦虫を噛んでいるようで、それもまた面白いのだが。
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プレゼント 書評こぼれ話

  今年の初め(1.16)に行った「本田直之さん×田島弓子さん」のセミナーの際に
  購入した、本田直之さんの本をやっと読み終わりました。
  ブログの中で「近いうちに書きますからね」って書いたのに、
  二ヶ月も経ってしまいました。
  いやぁ、季節の移ろいの早いこと、早いこと。
  なんて、とぼけないで、すみませんでしたって、素直に謝ります。
  そのかわり、めちゃくちゃ、ほめまくった書評になっています。
  関係ありませんが。
  セミナーで本田さんご自身が「思い入れの強い本」と話しておられましたが、
  違う言い方をすれば、「自信のある本」といえます。
  経営者っていうのは本当に難しいと思います。
  何故なら、「経営」のいうのはなかなか経験できないキャリアだからです。
  どちらかといえば、「手探り」でやるしかない。
  やがて、経験を積んでいくとしても、やはり恐いですよね。
  そういう時、こういう本があれば随分違うでしょうね。
  それくらい本田さんのノウハウが詰まっています。
  そして、できれば経営幹部の皆さんにも読んでもらいたい、
  (経営者からすれば読ませたい)一冊でしょうね。
  なかなか経営者の思いって伝わりにくいものです。
  こういう本を媒介にして、意思の統一を図るのも大切だと思います。

  
  
レバレッジ・マネジメント―少ない労力で大きな成果をあげる経営戦略』レバレッジ・マネジメント―少ない労力で大きな成果をあげる経営戦略』
(2009/01/16)
本田 直之

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sai.wingpen  すべてのレバレッジはこの一冊に通ず              矢印 bk1書評ページへ

 「レバレッジ」シリーズでおなじみの、本田直之さんの渾身の一冊です。
 この本を書くために、今まで本田さんはシリーズを書き継いできたのかと思えるほどで、カエサル風に「すべてのレバレッジはこの一冊に通ず」と言いたくなるような本なのです。

 ここで、「レバレッジ」という考え方をもう一度おさらいしておきましょう。
 本書からの引用です。「レバレッジ」とは、「少ない労力で大きなリターンを継続的に生み出」(8頁)すことです。
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プレゼント 書評こぼれ話

  今回紹介する本は、重松清さんが「週刊ポスト」に一年半連載した物語です。
  やはり、こういう時っていうのは、作者も読書層をある程度意識するのだと
  思います。年齢的には40台、仕事的にはちょうど油ののった時期、
  家庭的には子供たちが思春期を迎える難しい頃。
  この物語の主人公は数年前に妻をガンでなくした私。中学三年の娘と、
  小学五年の息子がいます。
  彼らが、亡くなった妻が子供の頃に過ごした街、「希望ヶ丘」に越してくる
  ところから物語は始まります。
  これは、私の想像ですが、
  重松さんは最初この物語を、妻にかかわる人とからめて書こうとしたのでは
  ないかと思うんですよね。
  もちろん、この物語には妻の同級生や、初恋の人が登場するのですが、
  本当はもっとたくさんの人を登場させようとしたのではないか、
  そうすることで、亡くなった妻を描きつつ、この三人の家族を描くつもり
  だったのではないか。
  それが、かなり個性的な人物たちが登場することで、
  広がりではなく、深みのある作品になったのではないか。
  ところが、重松さんの、これは課題ですが、
  どうしてもその深みというのは、家族の問題とか、いつものテーマに
  なってしまうんですよね。
  それはそれで、重松ファンは期待もしているのですが、
  ここまで来ると、ちがう重松さんをいつも期待してしまう。
  そういうふうに感じながらも、重松さんの新作を読んでしまうのも、
  ファンとして、いささか因果でもありますが。

  今回、書評詩にしましたが、読んでいて、ふっと浮かんだのが
  「小石の影」というイメージでした。
  それで、今回、こんな詩にしました。
  
希望ヶ丘の人びと希望ヶ丘の人びと
(2009/01/16)
重松 清

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sai.wingpen  小石の影                     矢印 bk1書評ページへ

 大きな石には影ができるのは当然かもしれない
 でも
 小石にだって 
 影はできる

 大きな石が目の前にあったら
 人が何人も集まって それをうんうんいって運ぶだろう
 でも
 小石だったら
 ぽんと足で蹴りあげて
 おしまい

 この星は
 ずっと昔に燃える火の玉で
 それが 何億年もかけて
 石の星になった

 石は
 土になり
 水がわき
 木々を育て
 私たちをつくった

 私たちが
 みんなちがうように
 石たちも みんなちがう

 そして

 石たちが
 みんなちがうように
 私たちも みんなちがう

 大きな石には影ができるのは当然かもしれない
 でも
 小石にだって 
 影はできる
  
(2009/03/09 投稿)

本私の好きな作家たち」の第七回は、「雨ニモマケズ」の、
 「宮沢賢治」さんです。

本 宮沢賢治との出会いは、わりと記憶にあって、
 小学六年の時です。
 宮沢賢治
 国語の教科書に出ていた『虔十公園林』が最初に出会った作品です。
 その時、授業の中で、有名な『雨ニモマケズ』の詩を暗誦させられました。
 全部覚えないと、いつまでも立たされて、
 そのことは少年の私にはとてもつらかった。嫌な先生だと思いました。
 でも、大人になってみると、今でも全部とはいえないけれど、
 あの詩は諳んじていえるんですよね。
 考えてみれば、あの時、そういう経験がなければ、
 きっとそういうことはなかったにちがいありません。
 少年の心ではつらいけれど、いつかそれが自分の宝物になる。
 『雨ニモマケズ』は、そんなことを考えさせてくれる詩でもあります。

本 それで、「宮沢賢治集」みたいな単行本を買ってもらって、
 『風の又三郎』とかいくつかの作品を読むことになります。
 たしかに賢治の作品はたくさん有名な作品が多いのですが、
 最初に出会ったのが『虔十公園林』でよかったと思います。
 あの作品の中の「虔十(けんじゅう)」という少年は、どこか
 「雨ニモマケズ」に通じるところがあるんですよね。
 賢(さか)しらではないが、純朴であること。
 賢治の文学の魅力はそこにあると思います。

 『よだかの星』も好きな作品です。
 みんなに嫌われて(現代風にいえば、イジメみたいなものでしょうか)
 生きているのも嫌になって、ぐんぐん空へと昇っていく、よだか。
 そんなよだかの口に小さな羽虫がはいっていく。
 みんなに嫌われている自分だけど、こうして何の罪もない虫たちを
 殺してしまうんだ。
 生きとし生けるものにはすべて意味がある。
 嫌われるよだかもそうだし、よだかに食べられる虫たちもそうだ。

本 大人になってから、賢治の作品のほとんどを読みました。
 文庫本でも、ほとんど読むことができます。
 やはり最も好きなのは『銀河鉄道の夜』です。
 もう何度読んだでしょうか。
 ある時、子供の頃なら夏休みとなる季節に、毎年この本を
 読もうと決めたことがあります。
 それは、子供の頃に「雨ニモマケズ」を暗誦させられたことに
 つながっているんですね。
 小学生や中学生の頃に、夏休みというと決まって「読書感想文」を
 書かされますよね。
 ああいう風に押し付けられると、その時はすごく嫌だけど、
 いつかその時に読んだ本がきっと役に立つことがある。
 それと同じことを、私は賢治の『銀河鉄道の夜』で試したわけです。
 あの作品は何度読んでも、深い感銘を覚えます。

本 そうそう、賢治といえば、童話だけでなく、詩人としても有名です。
 詩といえば『永訣の朝』。
 「けふのうちに とほくにいってしまうわたしのいもうとよ
 という一節で始まる、慟哭の詩です。
 その詩のなかに、「あめゆじゅとてきてけんじゃ」という言葉が
 何度も何度も出てきます。
 最初、これがわからなかった。
 「あめゆじゅとてきてけんじゃ
 熱で乾いた咽喉をうるおしたい妹とし子の言葉なんですよね。
 「おもての霙(みぞれ)を取ってきて」

本 賢治は本当にたくさんの作品を残しました。
 そして、本当にいい作品がたくさんあります。
 私はそんな賢治を生んだ、盛岡も大好きです。
 そして、「風ニモマケズ」を暗誦させてくれた先生に
 感謝します。
プレゼント 書評こぼれ話

  この本は「ちくまプリマー新書」という、若い人向けの新書です。
  私は、結構この新書が好きですね。
  「岩波ジュニア新書」もいい。
  私たちのまわりには、たくさんのわからないことがあります。
  おとなだからといって、全部が全部わかるということなんか
  ありえません。
  「経済」もそのひとつ。
  今回の「金融不況」の問題もすんなり答えられる人なんか
  なかなかいなかった。
  あるいは、その後の「未曾有」の不況も、ひょっとしたら
  全体の構図が見えていないかもしれません。
  そんな人たちが政治をしているのです。
  もちろん、すごく勉強されていると思います。
  でも、その結果として、本当に「定額給付金」が議論されたのでしょうか。
  よくわからないところがあります。
  まあ、そんなこともあったりして、
  まずは、若い人向けの新書から勉強しているような
  「真面目な」私です。
  

経済学はこう考える (ちくまプリマー新書)経済学はこう考える (ちくまプリマー新書)
(2009/01)
根井 雅弘

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sai.wingpen  若い読者のための読書案内                  矢印 bk1書評ページへ

 おそらくこの本の読者層であろう、若い人たちにこの書評を書きます。
 若いみなさんからすれば、私はあなたがたのお父さんと同じか、それよりは少し年上になる、「オジサン」世代になります。
 残念ながら、学校では「経済学」は勉強しませんでしたから、マーシャルやケインズといってもどのような経済学者なのか全くというほど知りません。
 それでもなんの問題もなく(少しはあったかもしれませんが)、三十年働くことができました。
 ためしに、みなさんのお父さんにでも聞いてみて下さい。きっと「むにゃむにゃ」って答えるでしょうから。
 みなさんはそんなお父さんを軽蔑してはいけませんよ。ケインズは知らなくても、お父さんだってお仕事でうんと悩んだりすることはあるのですから。
more open !?
03/06/2009    書評詩:読むので思う
プレゼント 書評こぼれ話

  今回紹介する本は、詩人の荒川洋治さんのエッセイ集というか短文集です。
  66篇の短文が収められています。
  この本を読みたいと思ったのはbk1書店の、
  佐々木なおこさんの書評を読んだからです。
  そうしたら、今月号の「文藝春秋」(芥川賞が掲載されている)で、
  エッセイストの平松洋子さんが「今月買った本」という記事で
  この本のことを書かれていました。
  こういう偶然って時たまあって、不思議な気分になります。
  平松さんは「なかをあらためるまでもなく買うのは荒川洋治さんの本」と書いて、
  「虚を突かれるタイトル」と感心されています。
  今回の書評詩は、そんな荒川さんの本の中から
  「春とカバン」という短文にひかれて書いたもの。
  わずか4ページの短文ですから、ここだけでも読んで欲しい、
  いい文章です。
  その短文のなかにこんな文章があります。

  「ぼくは自分のことしか見えない人間だ。ずっとそうだ。
   ひごろ人のために役立つことをしていない。
   ぼくはいつか、このカバンのようになりたい。
   そんなふうに思っているのかもしれない
」(91頁)

  そんな思いから、今回の詩はできあがりました。
  
読むので思う読むので思う
(2008/11)
荒川 洋治

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sai.wingpen  春のカバン                     矢印 bk1書評ページへ

 朝の混雑時間を 少し過ぎた電車の中で
 私は 吊り革につかまって
 うとうと 眠っていた
 仕事をさがしに いくところ だった

 腰のあたりに じゃれつくものがあって
 細く目をあけると
 隣で 男も 同じように 吊り革につかまって
 うとうと 眠っていた

 「すみません
  カバンがあたるので 痛くてしょうがありません」
 丁寧な口調で 申し出た
 男も細く目をあけると
 「これは まことに
  申し訳ないことでした」
 丁寧な口調で あやまった
 「すこしばかり にぎやかなようでもありますが
  これはどのようなカバンなのでしょう」
 興味がわいたので 丁寧な口調で きいてみた
 「これは 春のカバンです」
 男は すんなり 答えてくれた
 「それは また すてきなカバンですね」
 感心したので すんなり いえた
 「何がはいっているのですか」
 これも すんなり いえた

 男は まるで 魔術師みたいに、
 そのにぎやかなカバンから 次々 ものを出してみせた

  鉛筆
  消しゴム
  のり
  ハサミ
  各種付箋
  画鋲
  文庫のしおり
  文庫の目録
  最近出た全集の内容見本

 あまりに見事だったので
 拍手をしたくなったが
 恥ずかしいので しなかった

 かわりに
 「春のカバンは いいですね」
 といったが 
 少し 物欲しそうに 聞こえので
 恥ずかしく なった

 男は 得意そうにして
 また 魔術師のように 次々 ものをしまっていった

 電車がゆっくり日暮里の駅に着いた
 
 「さようなら ここで失礼します」
 男が 丁寧に 礼をしたので
 「さようなら ここで失礼します」
 と 私も 丁寧に 礼をした

 どこで春のカバンが手にはいるのか
 聞けばよかった
  
(2009/03/06 投稿)

プレゼント 書評こぼれ話
  
  今日は「啓蟄」です。
  二十四節気のひとつであることは、今回の書評に書いたとおりです。
  冬のあいだ土の下で眠っていた虫たちが、
  春の気配を感じて地上に出てくる、そんな言葉ですね。
  「啓」というのは「開く」という意味だそうです。

    啓蟄の雲にしたがふ一日かな
  
  俳人加藤楸邨の句です。
  でも、今年はちょっと色合いが違うかもしれませんね。
  地上に出てきた虫たちは、すっかり景気が低迷した世の中を見て
  びっくりしてしまうかもしれません。
  こんなはずじゃあなかった。
  もう一度土の中にもぐりこみたくなるかもしれません。
  それでは困ります。
  やはり、冬の次は、春になる。
  だからこそ、がんばれることも多いと思います。
  虫たちにも頑張ってもらって、春の息吹を共有したいものです。

和の暮らし術一 歳時記のある暮らし (和の暮らし術 1) (和の暮らし術 1)和の暮らし術一 歳時記のある暮らし (和の暮らし術 1) (和の暮らし術 1)
(2008/11/27)
坂東 眞理子

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sai.wingpen  蟄虫戸を啓く                  矢印 bk1書評ページへ

 この本は「歳時記」そのものでもありませんし、「和の暮らし術」そのものでもありません。どちらも寸足らずです。
 それでいて、懐かしいような、手元に置いておきたくなるような、そんな温かい本なのです。
 こんな本がそばにあって、冬から春への変わり目の、ぽかりとした暖かな陽だまりでゆっくり暮らせたらいいでしょうね。
more open !?
sai.wingpen 何度かここでも書きましたが、作家・開高健がなくなって
 今年で20年になります。
 開高 会場
そこで、今、東京杉並にある「杉並区立郷土博物館」で、
 「悠々として急げ -開高健と昭和ー」という写真展が開かれています。
 (ちなみに、3月15日までです)
 その展覧会に合わせて、記念講演会が三回開かれました。
 その最後、三回目が先日の日曜(3.1)にあったので、
 杉並まで行ってきました。
 今回は、その報告です。


sai.wingpen 杉並と開高さんとの関係ですが、
 開高さんは昭和49年までの20年間を杉並の下井草・井荻駅近くに
 住んでいたんですね。
 まだ痩せていた頃です。
 作家を目指し、寿屋(現サントリー)の宣伝部にいた頃です。
 今回の写真展では普段着姿で歩く開高さんや、
 寿屋の社内での開高さんや、
 通勤途上の開高さんといった、あまり目に触れなかったような
 「サラリーマン・開高健」の貴重な写真も見ることができます。

sai.wingpen さて、「講演会」ですね。
 今回の講演は、長年開高さんと交友関係にあった「菊谷匡祐」さんです。
 演題は「開高さんとの出会い -人間・開高健-」。
 楽しみですね。
 それで、出かけたのですが、私、あまり東京の西部というか、
 あのあたりがまったく不慣れで、最寄りの駅が「井の頭線」の「永福町」です。
 そこから、会場の「杉並区立郷土博物館」までは歩いて15分。
 なんかいい町ですね。そう、町っていう感じ。
 先を急がないと、講演が始まりますね。14時開演でした。
 今回の講演は、先着60名ということで、無料。
 でも、あふれた人のために一階のロビーでも聴ける(見れる)ように、
 博物館の人が手配されていました。
 私はなんとか、席につけました。
 もう少し若い人がいるのかと思いましたが、結構年配の方が多かったように
 感じましたね。多分開高文学を現役で共有していた世代でしょうか。

sai.wingpen では(やっと)、「講演録」です。
 菊谷さんが開高さんと出会ったのは、開高さんが東京に出てきた頃
 数年してからです。
 菊谷さんは、早稲田大学の新聞部の学生だった頃。
 ちょうど、開高さんが『パニック』(昭和32年)で評判になりかけた頃。
 この『パニック』は評論家平野謙さんが絶賛したというのは有名ですよね。
 それで、文芸各紙の編集者たちが開高さんのところに殺到したそうです。
 ちょうど、そんな頃、菊谷さんは当時茅場町にあった寿屋の会社に
 原稿依頼に訪れます。
 その時、開高さんは「文春(押しかけた編集者で最初にゲットしたのが
 文藝春秋だったそうです)で手一杯なんや。これは<借り>にしておいてや。
 いつか払う」と答えたそうです。
 それで、菊谷さんは開高さんが芥川賞を受賞(昭和33年)した後、
 早稲田大学での講演をお願いしたそうです。
 いやぁ、若いってすごいと思います。
 その時の講演(昭和33年5月)のメンバーがまたすごい。
 大江健三郎さんに遠藤周作さん、ほかほか。
 大隈講堂がいっぱいになったそうです。

sai.wingpen 先に進みます。
 その頃、昭和30年代前半でしょうか、菊谷さんは開高さん家は
 「すごく家庭円満だと思った」そうです。
 「牧羊子(開高さんの奥さん)さんに生涯惚れていたと思うが、
 あまり締め付けが厳しいので、(開高さんは)そこから逃れようと思った」
 それは開高さんだけでなく、男には願望としてありますよね。
 縛られることが嫌いなのか、放浪癖なのか。
 「<独り暮らし>に対するあこがれがあった
 開高健という作家を考えた場合、案外これは重要かもしれません。
 開高さんは、戦争にも行った、釣りにも行った、と、旅を好んだ作家でも
 あるからです。
 旅というより、「家」から逃げたかったのかもしれません。

 菊谷さんは開高さんの『流亡記』を読んで「愕然となった」といいます。
 「散文家よりも詩人」だといいます。
 そして「若い人が文章を書く上で手引きになる」といいます。
 私もそのとおりだと思います。
 確かに亡くなって20年という、たくさんの水が橋の下を流れましたが、
 今でも開高さんの作品は出版されています。
 でも、もっと若い人がどんどん開高さんに熱中してもらいたいと思います。
 冒頭、今回の講演で若い人が少ないと書きましたが、
 やっぱりどんどん開高健を吸収して欲しいですね。

sai.wingpen 講演つづきます。
 さて、開高さんの最高傑作『夏の闇』ですが、
 そこに登場する女性にモデルがいたという話も菊谷さんは
 されましたが、ここは割愛しますね。
 興味がある方は、菊谷さんの『開高健のいる風景』をお読み下さい。
 ひとつだけ書いておくと、
 やはりあの作品が出てから「奥さん(牧羊子さん)の態度が変わった」らしい。

 そんな開高さんですが、菊谷さんは「大変気を使う人だった」と評しています。
 「人に対してすごくサービス精神旺盛なんだけど、実は人間嫌いな面があった」とも。
 これって、もしかした「関西人」特有のものかもしれないとも思えます。
 相反していますので、他人にはわからない、自身の悩みみたいなものが
 あったと思います。

 最後に菊谷さんは「開高さんは若くして(58歳)亡くなったけれど、
 死に時だったかもしれない」とポツリと話されました。
 「多分、書けない苦痛が続いたかもしれない」と。
 私は運命論者ではないのですが、それに近いことは思いますが、
 やはり開高健にはもっと書いていて欲しかった、
 あるいは自身に続く作家を見出して欲しかった、
 と、やはり残念です。

sai.wingpen 講演は予定の時間を少しオーバーして終わりました。
 二時間の講演でしたから、聴きごたえありましたね。
 それでも、まだまだネタはあったと思います。
 それくらい、開高さんの幅の広い作家ですから。
開高 パンフレット
講演のあと、写真展を見て、
 記念図録をゲットしました。
 これがまたいいんですよね。(600円)
 本当に秘蔵の写真などがたくさん収まっているし、
 資料としても一級だと思います。

 いい日曜の昼下がりでした。
 杉並っていいですね。

03/03/2009    雛まつり
本 先週発売された「週刊 日本の歳時記」(3/3号)は、
 「雛遊び」という題でした。
 ひなまつり
 そして、今日は「雛まつり」です。
 どういう日なのか、
 『歳時記のある暮らし』(監修:坂東眞理子)という本を
 参考に書いてみますね。
 「赤い毛氈の段々に並んだおひな様、白酒、菱餅、桃の花。
  の子の祭りとして親しまれている三月三日のひな祭り。
  正しくは「上巳(じょうし、またはじょうみ)の節句」といい、三月最初の
  巳の日に行うものでしたが、次第に三日に定着していきました


 ふーん。そうなんだ。
 ちょっとした雑学でしょ。
 雑学ついでに、同じ本から、もうひとつ。
 雛と女雛の並びですが、
 関西では「古く左を上位とする風習から男びなは女びなの左手」、
 関東では「大正天皇の即位以来の並び方を模して」逆だそうです。
 結構、奥深いですね。

本雛まつり」といえば、黒澤明監督の晩年の作品『』にも登場します。
 映画の中では、桃の精でしたね。
 土手いっぱいに「雛人形」たちが並ぶ、雅やかな場面でした。
 どうして、昔からの桃の木を切ったのだと少年に問いただします。
 外国の人は、あの場面はどのように観たのでしょう。

本 たびたびこのブログで紹介している山形県酒田市ですが、
 あそこにも素敵な習慣があります。
 傘福
 「傘福」というもの。
 雛人形をつるすのですね。
 横の写真がそうです。
 初めて見た時は、その素晴らしさに圧倒されました。
 こういう吊り飾りは各地にあるようですね。
 「週刊 日本の歳時記」には、福岡のものが紹介されて
 いました。福岡では「さげもん」と呼ぶらしい。
 確か「傘福」のキットも販売されていたように思います。
 そういう素敵な風習は残しておきたいですよね。

本 我が家では、今年はとうとう「雛人形」を飾り損ねました。
 娘たちも大きくなって、場所だけとるので、
 つい億劫になってしまいます。
 よく雛人形を仕舞うのが遅くなると婚期が遅れるとか
 いいましたが、どんなんでしょうか。
 娘たちに悪いので、コメントは差し控えます。
 『歳時記のある暮らし』によれば、
 「啓蟄までに片づけるのがよいとされている」と、あります。
 ちなみに「啓蟄」は3月5日ですので、
 お忘れなく。
プレゼント 書評こぼれ話

  今回はすごく真面目に「読むこと」を書いてみました。
  あ、いつも真面目に書いていますよ、もちろん。
  でも、今回の書評を書くのに一週間ぐらい、
  こうかな、ああかな、と書きあぐねていました。
  最終的に今回のような「真面目な書評」になってしまいました。
  まあたまにはこのように「読むこと」って何だろうと
  考えることはいいことだと思います。
  今回紹介した本の書名に「カリスマ編集者」ってついていますが、
  これは著者の川辺秀美さんが、あの「夢をかなえるゾウ」で
  すっかり有名になった水野敬也さんを発掘したからです。
  いい読み手だということでしょうね。やはり。
  
カリスマ編集者の「読む技術」 (新書y)カリスマ編集者の「読む技術」 (新書y)
(2009/01/07)
川辺 秀美

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sai.wingpen  読むということって何だろう                     矢印 bk1書評ページへ
 
 最初に書いておきますが、この本は「読む技術」の本ではありません。
 もう少し正確にいうならば、「タイムリミット法」であるとか「定規黙読法」といった「読む技術」も紹介されていますが、それよりもこの本で重要なことはもっと根本的なことです。それは、最初のページに書かれています。
 「本を読むことは簡単だ。だからこそ、読むことって、何だろう?」
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