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sai.wingpen 何度かここでも書きましたが、作家・開高健がなくなって
 今年で20年になります。
 開高 会場
そこで、今、東京杉並にある「杉並区立郷土博物館」で、
 「悠々として急げ -開高健と昭和ー」という写真展が開かれています。
 (ちなみに、3月15日までです)
 その展覧会に合わせて、記念講演会が三回開かれました。
 その最後、三回目が先日の日曜(3.1)にあったので、
 杉並まで行ってきました。
 今回は、その報告です。


sai.wingpen 杉並と開高さんとの関係ですが、
 開高さんは昭和49年までの20年間を杉並の下井草・井荻駅近くに
 住んでいたんですね。
 まだ痩せていた頃です。
 作家を目指し、寿屋(現サントリー)の宣伝部にいた頃です。
 今回の写真展では普段着姿で歩く開高さんや、
 寿屋の社内での開高さんや、
 通勤途上の開高さんといった、あまり目に触れなかったような
 「サラリーマン・開高健」の貴重な写真も見ることができます。

sai.wingpen さて、「講演会」ですね。
 今回の講演は、長年開高さんと交友関係にあった「菊谷匡祐」さんです。
 演題は「開高さんとの出会い -人間・開高健-」。
 楽しみですね。
 それで、出かけたのですが、私、あまり東京の西部というか、
 あのあたりがまったく不慣れで、最寄りの駅が「井の頭線」の「永福町」です。
 そこから、会場の「杉並区立郷土博物館」までは歩いて15分。
 なんかいい町ですね。そう、町っていう感じ。
 先を急がないと、講演が始まりますね。14時開演でした。
 今回の講演は、先着60名ということで、無料。
 でも、あふれた人のために一階のロビーでも聴ける(見れる)ように、
 博物館の人が手配されていました。
 私はなんとか、席につけました。
 もう少し若い人がいるのかと思いましたが、結構年配の方が多かったように
 感じましたね。多分開高文学を現役で共有していた世代でしょうか。

sai.wingpen では(やっと)、「講演録」です。
 菊谷さんが開高さんと出会ったのは、開高さんが東京に出てきた頃
 数年してからです。
 菊谷さんは、早稲田大学の新聞部の学生だった頃。
 ちょうど、開高さんが『パニック』(昭和32年)で評判になりかけた頃。
 この『パニック』は評論家平野謙さんが絶賛したというのは有名ですよね。
 それで、文芸各紙の編集者たちが開高さんのところに殺到したそうです。
 ちょうど、そんな頃、菊谷さんは当時茅場町にあった寿屋の会社に
 原稿依頼に訪れます。
 その時、開高さんは「文春(押しかけた編集者で最初にゲットしたのが
 文藝春秋だったそうです)で手一杯なんや。これは<借り>にしておいてや。
 いつか払う」と答えたそうです。
 それで、菊谷さんは開高さんが芥川賞を受賞(昭和33年)した後、
 早稲田大学での講演をお願いしたそうです。
 いやぁ、若いってすごいと思います。
 その時の講演(昭和33年5月)のメンバーがまたすごい。
 大江健三郎さんに遠藤周作さん、ほかほか。
 大隈講堂がいっぱいになったそうです。

sai.wingpen 先に進みます。
 その頃、昭和30年代前半でしょうか、菊谷さんは開高さん家は
 「すごく家庭円満だと思った」そうです。
 「牧羊子(開高さんの奥さん)さんに生涯惚れていたと思うが、
 あまり締め付けが厳しいので、(開高さんは)そこから逃れようと思った」
 それは開高さんだけでなく、男には願望としてありますよね。
 縛られることが嫌いなのか、放浪癖なのか。
 「<独り暮らし>に対するあこがれがあった
 開高健という作家を考えた場合、案外これは重要かもしれません。
 開高さんは、戦争にも行った、釣りにも行った、と、旅を好んだ作家でも
 あるからです。
 旅というより、「家」から逃げたかったのかもしれません。

 菊谷さんは開高さんの『流亡記』を読んで「愕然となった」といいます。
 「散文家よりも詩人」だといいます。
 そして「若い人が文章を書く上で手引きになる」といいます。
 私もそのとおりだと思います。
 確かに亡くなって20年という、たくさんの水が橋の下を流れましたが、
 今でも開高さんの作品は出版されています。
 でも、もっと若い人がどんどん開高さんに熱中してもらいたいと思います。
 冒頭、今回の講演で若い人が少ないと書きましたが、
 やっぱりどんどん開高健を吸収して欲しいですね。

sai.wingpen 講演つづきます。
 さて、開高さんの最高傑作『夏の闇』ですが、
 そこに登場する女性にモデルがいたという話も菊谷さんは
 されましたが、ここは割愛しますね。
 興味がある方は、菊谷さんの『開高健のいる風景』をお読み下さい。
 ひとつだけ書いておくと、
 やはりあの作品が出てから「奥さん(牧羊子さん)の態度が変わった」らしい。

 そんな開高さんですが、菊谷さんは「大変気を使う人だった」と評しています。
 「人に対してすごくサービス精神旺盛なんだけど、実は人間嫌いな面があった」とも。
 これって、もしかした「関西人」特有のものかもしれないとも思えます。
 相反していますので、他人にはわからない、自身の悩みみたいなものが
 あったと思います。

 最後に菊谷さんは「開高さんは若くして(58歳)亡くなったけれど、
 死に時だったかもしれない」とポツリと話されました。
 「多分、書けない苦痛が続いたかもしれない」と。
 私は運命論者ではないのですが、それに近いことは思いますが、
 やはり開高健にはもっと書いていて欲しかった、
 あるいは自身に続く作家を見出して欲しかった、
 と、やはり残念です。

sai.wingpen 講演は予定の時間を少しオーバーして終わりました。
 二時間の講演でしたから、聴きごたえありましたね。
 それでも、まだまだネタはあったと思います。
 それくらい、開高さんの幅の広い作家ですから。
開高 パンフレット
講演のあと、写真展を見て、
 記念図録をゲットしました。
 これがまたいいんですよね。(600円)
 本当に秘蔵の写真などがたくさん収まっているし、
 資料としても一級だと思います。

 いい日曜の昼下がりでした。
 杉並っていいですね。