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プレゼント 書評こぼれ話

  東海林さだおさんの『ナマズの丸かじり』を読んでいて、
  今回紹介したように、読書と食事はよく似ていることに
  ふと気がつきました。
  ですから、よくブログで、
  あっちのラーメンがおいしかったの、
  こっちのトンカツが分厚かったの、
  みたいな評価は、
  私のような本の書評ブログとよく似ていることになります。
  姉妹都市契約でも交わそうかな。
  食事した人も、
  本を読んだ人も、
  まあ勝手に、あのラーメンはどうの、
  この本はどうの、というわけですが、
  やっぱり好みが合うというのが一番かもしれませんね。
  ラーメンが嫌い人はラーメンを食べません。
  哲学嫌いな人は哲学書を読みません。
  食事も好き、本が好き、という人は、
  多分、東海林さだおさんの「丸かじり」を読むんでしょうね。

ナマズの丸かじり (文春文庫)ナマズの丸かじり (文春文庫)
(1996/08)
東海林 さだお

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sai.wingpen  読書の反省                     矢印 bk1書評ページへ

 -本を読み終えたあと、大抵の人は、今読んだものについて、なんらかの感慨を持つ。
 どういう感慨かというと、大した感慨ではない。
 「おもしろかった」とか「つまらなかった」とか、そういった程度の感慨である。
 どうです? ここまでの文章。
 これ、東海林さだおさんの「食後の反省」(『ナマズの丸かじり』所載)の冒頭部分のパクリなんです。
 著作権とか愛知県とかの侵害になるのかどうかはわかりませんが、読書と食事とはかくも似ているということでしょうかね。
 だから、ということもないですが、もう少しつづけます。
 -何を読んでも「おもしろかった」も「つまらなかった」もない人というものはいるものなのだ。
 「高かった」「安かった」という感慨もある。
 読後、反省のようなものをする人も多い。
 (パクリはここまで)
 どうです? やっぱり読書と食事は似ているでしょ?
 特に、値段の高低なんかそうで、「この値段はどこからつけたのか」みたいな憮然たる態度で本を閉じることもままあるわけです。
 昔は一流シェフ(ちがった。著者でした)だったかもしれないが、それがこれじゃあなあ、なんて思ったりするわけです。
 文庫本になるまで待っとけばよかった、いやいや、ブックオフでいいか、いやいやバザーでいいか、みたいな無茶なことを思うわけです。
 これが無名の新人シェフ(ちがった。著者でした)だったら、おおこの新人なかなかやるな、と相手を褒めつつ、「その新人を見つけたのは俺だしな」みたいな納得感がたまらないわけです。
 いつの間にか一流スカウトみたいになっています。
 ついでだから、サングラスでもかけちゃおか。
 「きみ、いい線いってるよ」と、閉じた表紙をなぜてみたりします。
 それに著者の顔写真でもあれば、自分を指差し、「おれ、おれ」みたいに発掘した自分を売り込みにかかります。
 これで、若い女の子だったりしたら、もうムフフとしてしまって、「赤い糸の伝説ってあるんだな」と一人ご満悦であります。
 もちろん、著者の方は所詮顔写真ですから、顔を赤らめたりはしませんよ。
 でも、こういう読者ばかりでなくて、「重たかった」とか「軽かった」みたいな、肉体系の読者もいます。
 でっかい写真集なんかを仰向けになりながら見ている人なんか、読み終わった後、腕が痺れてビリビリしています。
 それでも、「いやあ、いい筋肉ついた」と、満足するわけです。
 こういう人が、薄い文庫本なんか読むと、「バカにするな」と突然その文庫本を放り投げたりします。
 そのうち、この「薄文庫本投げ」がオリンピック競技に採用されて、12m43㎝が世界記録になったりします。
 投げられた文庫本はどうなるか。
 ぴひゃーって飛んでいって、著者の顔写真を下にべちゃってグラウンドに落下します。泥濘だったら、著者の顔写真が泥まみれになる。
 もちろん、著者の方は所詮顔写真ですから、泥まみれになっても、笑っています。
 そういうことが、本を読み終えたあと、起こるわけです。
 もっとも東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズだけは、いつも満腹になって、反省もなく終わることになります。
  
(2009/10/11 投稿)

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