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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、体育の日
  もともと、10月10日がそうだったのですが、
  今や祝日も彷徨う時代でうから、今年は12日。
  何故、10月10日が体育の日だったかというと、
  東京オリンピックがこの日開催されたんですよね。
  昭和39年(1964年)、10月10日。
  テレビの前で多くの国民が世紀の瞬間に酔いしれていました。
  45年前の今日、東京オリンピックが開催されました。
  当時としては過去最多の94の国と地域が参加。
  入場行進の最後に国立競技場に姿をみせた、
  日本選手団の姿にやはり胸がはずむ思いでした。
  日本という国が大きく変動しようとした瞬間だったかもしれません。
  この大会のあと、
  小学校で作文を書かされて記憶があります。
  この時の最終聖火ランナーが当時19歳の坂井義則さんで、
  私は自分の名前の一文字が同じでうれしい、みたいな
  たわいもないことを書いたように思います。
  書くことがほかになかったんでしょうかね。
  今日紹介する『死ぬのによい日だ』は、その年(実際には前年ですが)の
  ベスト・エッセイを集めた本ですが、
  やはり上手な書き手による、いい文章は参考になります。
  今なら、もう少し、
  うまい作文が書けると思うのですが。
  どうでしょう。

死ぬのによい日だ―’09年版ベスト・エッセイ集死ぬのによい日だ―’09年版ベスト・エッセイ集
(2009/08)
日本エッセイストクラブ

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sai.wingpen  浜の真砂は尽きるとも              矢印 bk1書評ページへ

 毎年おなじみとなった、日本エッセイスト・クラブ篇のベスト・エッセイ集の最新刊である。
 最初の集『耳ぶくろ』が刊行されたのが1983年だから、もう27年つづいている。石川五右衛門ではないが、「浜の真砂は尽きるとも」と見得をきりたくなる。つづく言葉は「世にエッセイの種は尽きまじ」である。
 今回の集では、表題作となっている「死ぬのによい日だ」をはじめ、全55篇のエッセイが収められているが、書くことを生業としている、いわゆる作家とか随筆家といった人たちの割合が27年前と比べると、随分少なくなっている。書くことで自分自身をみつめなおすといったような、趣味でエッセイを書く人たちが増えているのだろう。こういうところにも高齢化社会の影響、もちろん、いい影響であるが、がでているといえる。

 表題作の「死ぬのによい日だ」は料理研究家丸元淑生さんの死へと向かう闘病の姿をご子息である康生さんが描いた短い文章ながら、父の食に対する心構えとゆるやかに訪れる死への旅立ちが温かな目線で語られている。「生まれ変わるとしたら何になりたい?」という妻に、「生まれ変わりたくない。パパは疲れたよ。もう休みたい」と答える病床の淑生さんの姿に、男子の一生とはかくも大変なものかと、ひどく胸を衝かれた。
 女優の十勝花子さんが「転ぶ老女」という文章に綴った、人とのつながりを求めて故意に転ぶ老女の姿などを読むと、丸元康生さんの文章とは肌合いのちがう、人生というものが儚さというだけでは表現できないアクのようなものを感じる。
 その一方で、三浦しをんさんのおばあさんのような明るい、ほほえましい老いを見させてもらい、ほっとする(「祖母とわたし」)。

 人生にこれが正解も、これがまちがいもない。
 人それぞれ、たった一篇の、小さな物語があるだけかもしれない。
  
(2009/10/10 投稿)

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