本 今年もいよいよ今日でおしまい。
 大晦日。大つごもり

本 今年の漢字は、「」でしたが、
 たまたま私にとっても「新」らしい生活が
 始まった年でもありました。
 でも、私たちはいつだって「新」らしい生活を
 始められます。
 ただ、それができるかどうか、だと思います。

本 今年私が読んだ本は、243冊
 たぶん、今までの人生でも最高の読書数になりました。
 それが小説であれ、俳句集であれ、
 ビジネス本であれ、「丸かじり」であれ、
 あるいは再読の本であれ、
 私にとってはいつも「新」らしい感動や感銘をもらった
 本たちでした。

  本は、いつも新しいページから始まります。

本 先日(12.27)の朝日新聞日曜の書評欄で、
 今年の出版界を振り返る記事があって、
 なかでも、オリコン情報誌の葛城博子編集長の言葉が印象に残ります。
 引用しますね。

  今年のキーワードは『日本人』。
  深刻な不況を生き抜くために先人の知恵を学び直し、
  日本人のアイデンティティーとは何かを改めて考えた印象が強い。

 たしかに、私たちはもう一度、
 自分たちはどこからきて、どこへ行こうとしているのかを
 一生懸命見つけようとしているのかもしれませんね。

本 そんななかから今年のベスト本を選ぶとすれば、
 どうしても書評が書けなかった、
 川上未映子さんの『ヘヴン』。
 いじめをテーマにしながら、人間の善と悪の問題を真摯に描いた
 一冊だったと思います。

ヘヴンヘヴン
(2009/09/02)
川上 未映子

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 書評が書けなかった悔しい、この一冊を
 私の2009年のベストワンにします。

本 このブログをこの一年毎日読んでいただいて
 ありがとうございました。
 みなさん、よい新年をお迎えください。
 そして、来年も、
 本のある豊かな生活でありますように。

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プレゼント 書評こぼれ話

  私にとっての今年(2009年)は、
  たくさんの著名人の講演を聞く機会に恵まれた年でも
  ありました。
  このブログでも都度、その内容を書いてきました。
   ※未読の読者は「講演記録」というカテゴリーを開いてみてください。
  かっこいい五木寛之さん、あこがれの大江健三郎さん、
  ほんわか和田誠さん、大阪弁が素敵な小宮一慶さん、
  直木賞受賞前の北村薫さん、
  そして、今日紹介する茂木健一郎さん、
  などなど。
  この『脳を鍛える読書のしかた。』は、
  私が聞いた茂木健一郎さんの講演をもとに構成された本です。
  この本のなかでも、
  茂木健一郎さんは「素晴らしい講演もまた、
  言葉を駆使した表現を学ぶ上でとても役に立ちます
」と、
  書いています。
  来年(2010年)はどんな講演を聞けるのか、
  楽しみです。
  今回も400字書評です。

45分でわかる! 脳を鍛える読書のしかた。 (MAGAZINE HOUSE45MINUTES SERIES # 7)45分でわかる! 脳を鍛える読書のしかた。 (MAGAZINE HOUSE45MINUTES SERIES # 7)
(2009/11/26)
茂木 健一郎

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sai.wingpen  「活字」の力                矢印 bk1書評ページへ

 2009年7月に開催された「第16回東京国際ブックフェア」で行われた「茂木流『読書のすすめ』という講演をもとに活字化されたのが本書である。
その講演を聞く機会があったが、こうして活字になると、内容は同じであれ、味わいと理解がちがう。そのことは、本書の冒頭で書かれているような「活字」の持つ力といっていい。
講演では茂木健一郎氏の息遣いであったり、言い直しであったり、あるいは茂木氏の話に反応する会場全体の雰囲気が、その話の内容を補完しながら、講演全体を印象づけるが、こうして活字になることで、会場に足を運べなかった人にも茂木氏がなぜ読書の必要性を説き、何を危惧しているかが伝播され、広く共有される。
また、わからなければ何度でも元に戻ることができる。
そういう「活字」の力を、私たちは大事にしていかなければならないし、読書とはまさにその「力」を実感しうる行為だといっていい。
  
(2009/12/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する本は、
  以前紹介した『俳句の作りよう』の姉妹篇でもある、
  といってもこちらの方が先に書かれたお姉さんですが、
  高浜虚子の『俳句とはどんなものか』。
  先の『俳句の作りよう』もそうですが、
  角川ソフィア文庫の一冊です。
  少し前なら、こういう内容のものは岩波文庫が得意としていましたが、
  角川さんも頑張っているな、と拍手したくなります。
  ところで本書の解説を書いている深見けん二さんですが、
  高浜虚子に師事した俳人で、
  深見けん二さんが詠んだこんな句があります。

   糸瓜忌や虚子に聞きたる子規のこと

  俳句のつながりを感じさせる、いい句です。
  今日も400字書評で、お楽しみください。

俳句とはどんなものか (角川ソフィア文庫)俳句とはどんなものか (角川ソフィア文庫)
(2009/11/25)
高浜 虚子

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sai.wingpen  目次を読んで俳句を詠もう             矢印 bk1書評ページへ

 本書は、俳人高浜虚子が大正二年に雑誌「ホトトギス」に連載した「六ヶ月間俳句講義」を改題したものであるが、「小学生に教えるくらいの程度の俳話」として書かれている。とはいえ、やはり小学生では少し難解なように思えるが、虚子の書く「俳句とは・・・」という言い切りは小気味よく、それなら小学生だってわかるかもしれない。
 文庫版の解説を担当した俳人の深見けん二も書いているように、「本書の内容については、目次がよく出来ていることが注目される」。いくつか書き出すと、「俳句は十七字の文学である」、「俳句には必ず季のものを詠みこみます」、「俳句には多くの場合切字を必要とします」などで、この目次を読めば、俳句の文芸としての特徴が理解できる。さらに、「俳句略史」にいたっては、わずか五十文字ばかりで、その歴史をまとめあげている。
 目次だけで小学生も俳句のことがわかる、一冊といっていい。
  
(2009/12/28 投稿)

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本 2009年も色々ありました。
 なんといっても政権交代。
 さすがに100日以上経つと、不安も目立ってきましたが、
 まあ今年のビッグニュースですよね。
 私個人的には、
 「さいたまブッククラブ」の参加は結構高位置にあるかな。
 本を読む人っていうのは、どちらかというと孤独というか、
 あまり本の話をしても聞いてくれないというか、
 話してもわかってくれないみたいな雰囲気がありますよね。
 そんな時こそ「ブッククラブ」。

本 ブッククラブがどんなものかはわからなかったのですが、
 自由な時間を手にいれた時期だったので、
 さいたま市内で開催されていた「さいたまブッククラブ」に
 初参加したのが、春、4月。
 まだ会そのものは2回めの開催で、
 参加者は私を含めて、4人でした。

本 あれから9ヶ月経って、
 先日(12.26)行われた例会には、
 新しい人も含めて12人の参加がありました。
 この「さいたまブッククラブ」というのは、
 参加者がそれぞれ感銘を受けた本を紹介しあう形式をとっていて、
 その性別も年齢層もばらばら。
 紹介する本もばらばら。
 たとえば、今回の例会でいえば、
 宮本輝さんの今年の話題作『骸骨ビルの庭』もあれば、
 須賀敦子さんの秀作『遠い朝の本たち』もあれば、
 三島由紀夫太宰治もあったりするし、
 ビジネス本に歴史書、あるいは写真集もあったりする。
 外国文学、これは『メモリーキーパーの娘』(キム・エドワーズ)という本で
 Oさん(♂)が紹介してくれたのですが今月一番興味を持ちました。
 今度読もうっと。
 さらに現代の教科書と昭和13年の「算術書」を比較して
 教科書問題やゆとり教育まで。

本 Sさん(♂)が「これがこのブッククラブの特徴だね」と言っていましたが、
 まさにその通りですね。
 あるいは、S青年(♂)が今回紹介した細野晴臣さんの『分福茶釜』ではないですが、
 本からもらえた幸福を分けてくれる、
 そんな集まりともいえます。

細野晴臣分福茶釜細野晴臣分福茶釜
(2008/06/03)
細野 晴臣鈴木 惣一朗

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本 また、来年もそんな仲間のみなさんに会えることを楽しみにしています。
 そして、新しい仲間との出会いもまた楽しみです。

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プレゼント 書評こぼれ話

  いよいよ年の瀬も押し詰まってきました。
  明日が仕事納め という人も多いんじゃないですか。
  実は私は昨日から早々お休みに入りました。
  いいでしょ、
  それで、今日から実家のある大阪に帰省します。
  正月に実家で過ごすのは本当に久しぶり。
  私の実家ではお雑煮は白味噌仕立て。
  しかも丸餅。
  なかにいれる具材は、人参とか里芋とか豆腐とか。
  元日の最初の火をいれるのは男の仕事となっていて、
  子供の頃はずっと父親の仕事でした。
  今は兄がしています。
  この元旦には久しぶりに故郷のお雑煮が味わえます。
  それが楽しみ。

コロッケの丸かじり [「丸かじり」シリーズ27] (丸かじりシリーズ 27)コロッケの丸かじり [「丸かじり」シリーズ27] (丸かじりシリーズ 27)
(2007/09/07)
東海林 さだお

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sai.wingpen  元旦まで待てない                  矢印 bk1書評ページへ

 ♪もういくつ寝ると 
 (ソレ、ソレッ)
 お正月
 (ハー、ソレカラドウシタ)
 お正月には
 蛸食べて ごまめ回して遊びましょ
 (ごまめを回してどうするんだ、という非難の声にもめげず)
 早く 食べたい  お正月
 (ハイ、ハイ)
 という童謡を歌ったことはないかと思いますが、(私も初めて歌いました)
 東海林さだおの「丸かじり」シリーズには正月料理が付き物なのです。
 なぜかというと、そもそもが週刊誌での連載をまとめたのが「丸かじり」シリーズで、その目安としては概ね1年分の連載なわけで、そうなるとどうしても正月の食べ物が欠かせないわけです。
 今回の『コロッケの丸かじり』でも、正月の定番、お雑煮のことが書かれています(「お雑煮の悲運」)。
 東海林さん、かるた。(しまった、かたる、でした。どうも、正月気分にはまっている)
 「お雑煮は寂しがっているのです」
 それは独楽った。(ちがった、困った、でした)
 なぜかというと、「自分は不遇だ、そう考えている」そうで、「一年のうち一度だけ、つまり元旦だけ、晴れの舞台に登場したあとお呼びがかからない」からだそうです。
 本当にそうなのか。
 この雑煮発言には虚偽疑惑はないか。
 検事側証人として出廷する運びになりました。
 「あなたは元旦に雑煮を食べますか」と、検事。
 「もちろん、日本人ですから」と、証人A。
 「二日はどうですか」
 「もちろん、食べますよ。もういいや、というのにお正月は雑煮だといわれて食べますよ」
 「三日はどうか」
 「もちろん、食べますよ。そろそろラーメン食べたいのですが、まだまだお正月ということで雑煮を食べさせられます」
 と、おもむろに検事は裁判長に向き直り、「証人Aの申すのが日本人の食生活であるならば、雑煮が元旦だけのものというのは虚偽であり、当事者雑煮は島流し、またその嘘の事実を全国に広めた東海林なるものに百たたきの刑を求刑するものであります」と、張りきるにちがいない。
 そこで、弁護士の登場です。
 できたら、美人弁護士でお願いします。
 「ところで、証人Aさん。あなたは元旦には雑煮以外に何を食べますか」
 「それはもちろん、おせち料理を」
 「お酒は?」
 「何を言っているのですか、お正月ですよ。お酒を飲まずして日本人といえますか」
 「いくつの時から?」
 「十五・・う・・」
 「十五と聞こえましたが」
 と、おもむろに弁護士は裁判長に向き直り、「裁判長、証人Aには未成年飲酒の事実が発覚いたしました。よって、証人Aを一年間雑煮ばかりを食べる刑に処するのが相当と考えます」
 証人Aはこれにより、毎日まいにち雑煮を食べることになったのだが、そうすると証人Aは毎日お正月気分でいいなと思うのは大間違いで、ラーメン食べたい、コロッケ食べたい、と悲惨な日々をおくったそうです。
  
(2009/12/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  書評というのは、やはり読んで、その本が読みたくなる。
  そういう気分にさせるのが第一義だと思います。
  今回紹介する高田郁さんの『銀二貫』は、書評を読んで
  読みたくなった一冊です。
  その書評はbk1書店書評欄に、
  佐々木なおこさんが書いていたもの。
  佐々木なおこさんによれば、
  「涙があふれる目で文字がかすみながらも、次を読み進めたい。
   久しぶりに泣きながら読んだ本です。いやぁ~感動しました。

  とあります。
  これは読みたいと思いますよね。
  まあ、書評の書き手とすれば、
  佐々木なおこさんの二番煎じはできませんので、
  大阪弁で書いてみました。
  速球に対して変化球で逃げたみたいですが。
  たぶん、このブログで初めて紹介する時代小説です。
  お楽しみあれ。

銀二貫銀二貫
(2009/06)
高田 郁

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sai.wingpen  ええ夢でおました                     矢印 bk1書評ページへ

 なんか、ようわからへんけど、心の臓のあたりがあったかあになって、恥ずかしいから大っきい声でいはれへんけど、ぽとんと涙が落ちました。
 商人の苦労話やいうたらそれまでですが、嘘かほんまかわからへんけど、ほんまにあんじょうでけた物語(はなし)やす。読みおわったあと、おおきに、ごちそうはんと、いいたあなる、それぐらい、美味しい物語(はなし)でおます。

 安永七年、大坂で寒天問屋を営(や)ってはった和助はんは偶々遭遇した武士の仇討ちに、大火で燃えてしまはった天満宮の再建のために持ち合わせていはった銀二貫を差しだして、「仇討ち買い」をしなはったんだす。
 その時、助けはったのが、まだ十(とお)にもみたない袴姿の少年、のちに和助はんとこの店の丁稚となりはって、名も松吉と変えはったのが、この物語の主人公だす。
 松吉はんが子供ながらも武士を規律を捨て、商人(あきんど)として、やがて和助はんの店の再興に奔走する姿を描いたこの物語(はなし)の魅力は、なんといっても登場人物たちの話す大坂弁だす。
 まるで「でしゃばらへん。せやからこそ、それぞれの旨味を、喧嘩させんと上手いこと」引き出す寒天のように、物語に艶と情をもたらしておます。そういやあ、作者の高田郁(かおる)はんは漫画原作者としての経歴をもってはって、そのあたりはお手のものとちがいまっか。

 そら、物語(はなし)やさかい、悪いお方もでてきはりますが、そんなんはあんまし気にならしまへん。それより、松吉はんも和助はんも、松吉はんが好きにならはる嬢(いと)さんも、こうるさい番頭はんも、みいんなええ人なのもうれしいやおまへんか。
 それに、ええ人だけやない。
 みいんな、なんぼ苦しいことがあってもくじけへん。なんぼでも立ち上がりはる。強おおまっせ。それが大坂の商人(あきんど)気質というものでっせ。
 そうや、この物語は、夢みたいなもんや。せっかく夢みさせてもろたんやさかい、気持ちのいい夢のほうがええに決まってます。なんか得した気分や。

 ほんにええ物語(はなし)でおました。
  
(2009/12/26 投稿)

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さとと-サンタクロース 昨日予告したように、
 今日はクリスマス特別企画として、
 17歳の私が映画雑誌「キネマ旬報」の「読者の映画評」欄に投稿して
 初めて採用された映画評を紹介します。

さとと-サンタクロース 映画はアーサー・ペン監督の『奇跡の人』。
 公開されたのが1962年ですから、
 私が見たのは、リバイバル上映の時ですね。
 「キネマ旬報」に掲載されたのは昭和47年11月下旬号。

さとと-サンタクロース 正真正銘、17歳の私が書いた文章です。
 今から37年前の文章です。
 この時の肩書きは「17歳学生」。
 いやあ、初々しいというか、独りよがりというか、
 今ならこんな感じでは書かないでしょうね。
 でも、基本的にはあまり変わっていませんが。

奇跡の人 [DVD]奇跡の人 [DVD]
(2007/02/02)
アン・バンクロフトパティ・デューク

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sai.wingpen もし、うつむくことが一つの自己表現として許されるのなら、ぼくはうつむく若者でありたい。空をふりあおぐことだけが若者の特権であるというなら、ぼくはそれに反発したい。強い人間よりも弱い人間になりたい。近ごろのぼくは、しみじみそう思っていた。そんな頃、この<ふりあおぐ>映画を見た。それは、ぼくに対する挑戦だった。見ることも聞くことも、それにしゃべることもできない一人の少女がふりあおぐことによって得た”水”という言葉。そして、その少女をふりあおがせてみせた女先生。二人がかりでふりあおぐことのすばらしさを、喜びを、これでもかとばかり、うつむいたぼくに見せつけてくる。ぼくは、ただ、試写会の固い椅子の上で、身を震わせているだけだった。恐かったんだ。生きることに、これほどまでに執念を燃やす、二人の人間が。
 ぼくのまわりには、欲望を満たすだけのある程度の自由がある。その中で、ぼくは権力を持ちたくはないのだ。弱い人間でいたいのだ。しかし、少女には色も音もない暗黒の世界しかない。彼女は、自分のまわりの全てを知りたいのだ。欲望を満たしたいのだ。だから、彼女にはうつむくことは<死>であり、ふりあおぐことしかできないのだ。-彼女が、両手を宙にかざし、ヨロヨロと何か(!)を求めて歩くシーンは、ぼくを強烈にたたきのめした。だが・・・・。
 見終わった時、ぼくはやっぱりうつむいたままだった。三重苦をふりあおぐことによって乗り越えた少女を見たからといって、ぼくはふりあおげないんだ。ふりあおいで生きることはすばらしい。でも、ふりあおいで権力をもちたくない。ぼくは、うつむくことこそ、権力を捨てた、自己表示ではないかと思うのだ。


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鉛筆 今日はクリスマス・イブ
 本当ならクリスマス関連の本を紹介したいところですが、
 気になる雑誌を見つけたので、「雑誌を歩く」にします。
 その雑誌とは「キネマ旬報」(キネマ旬報社)の12月下旬号。
 「キネマ旬報」のことは過去にも何回か書いたことがありますし、
 いずれどこかでまた書くこともあるでしょうし、
 わざわざ書くことがないくらい、馴染み深い雑誌です。

キネマ旬報 12月下旬号キネマ旬報 12月下旬号
(2009/12/05)
不明

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鉛筆 ただ今回は、創刊90周年(おめでとうございます!)ということで、
 今号の表紙は過去の「キネマ旬報」の表紙の数々。
 私なんか、この表紙だけで大満足。
 この表紙の時、購読してたよね、と、
 タイムスリップしてしまいそうです。
 私が読んでいたのは、17歳から20歳過ぎの青春真っ只中の頃ですから、
 もう30年以上も前になりますね。
 今でも、ベストテン発表号は買い揃えています。

鉛筆 さて、「創刊90周年特別企画」の第1部は、
 「写真で見る映画スター、伝説の瞬間」。
 映画スターって言葉、最近使いませんよね。
 でも、ここに載っている人たちはスターとして輝いていた人たち。
 高峰秀子森雅之渥美清勝新太郎藤純子浅丘ルリ子
 若き日の水谷豊原田美枝子
 もちろん高倉健吉永小百合も。
 いやぁ、懐かしいし、綺麗だし、ダンディだし。
 映画スターってこうだったんだと感慨ひとしお。
 もちろん、最近の寺島しのぶ藤純子の娘さん)も本木雅弘もいいですよ。
 映画って、彼ら彼女たちが演じる虚構の世界であるには違いないですが、
 やはり夢をあたえてくれるんですよね。
 現実の世界だけだと殺伐とするじゃないですか。
 映画スターたちに、乾杯!

鉛筆 「創刊90周年特別企画」の第2部は、
 「映画批評を考える」シリーズで、「評論家それぞれの「映画批評」との出会い」。
 記事冒頭の文章を引用しますね。

   映画をもっと深く、もっと広く、もっと豊かに、もっと楽しく、もっと違う目で・・・。
   映画批評の果たしてきた役割は、とても有り体の言葉の枠にはおさまりきらない
   ものだったと思います。

 その通り、と声をかけたくなります。
 そこで、この企画では映画評論家のみなさんが、どのようにして
 「映画評論」と出会ったかを特集にしています。
 幾人かを紹介すると、まず尾形敏朗さん。
 少し引用しますね。
 
   本誌の『読者の映画評』コーナーが始まったのは1970年。そのころ私は四国松山の
   高校1年生だった。
 (※私もそうでした)
   (中略)
   せっせと投稿をはじめたものの入選は三回くらいかな。第一次通過として名前のみが
   多く、鋭くユニークな論を展開される常連投稿家には、あこがれと悔しさの両方を感じて
   いた。後にプロの書き手になった常連には、秋本鉄次さん、寺脇研さん、藤田真男さん
   など。

鉛筆 私もこの「読者の映画評」に投稿していた一人で、
 入選して活字になったときはうれしくと仕方がありませんでした。
 尾形敏朗さんの文章にもあるように、その時の常連だった寺脇研さんには
 本当にあこがれましたね。
 そんな寺脇研さんの文章もあります。
 寺脇研さんも初めて「掲載されたときには、軽い眩暈がするほど驚いた」と
 あります。
 みんな若かったんだと思います。

鉛筆 ということで、明日はみなさんに
 クリスマスの贈り物として、
 私が「キネマ旬報」の「読者の映画評」に初めて掲載された
 文章を転載します。
 お楽しみはこれからだ。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、天皇誕生日
  おめでとうございます。
  と気安くいうのもなんですが、
  おめでたいことにはちがいない。
  私が子供の頃の天皇誕生日といえば、
  4月29日。
  もちろん、昭和天皇のお誕生日でした。
  今は、この日は「昭和の日」の祝日になっています。
  ということで、
  今日紹介するのは、佐野眞一さんの『昭和が終わった日』という
  ノンフィクション作品です。
  私の人生の半分以上は「昭和」ですし、
  昭和という時代にやはり思いいれがあります。
  その時代がまさに終わろうとしていた時、
  この国はどんな様相であったのか。
  今日も400字書評です。
  
ドキュメント 昭和が終わった日ドキュメント 昭和が終わった日
(2009/10)
佐野 眞一

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sai.wingpen  ノンフィクションの危機                     矢印 bk1書評ページへ

 ノンフィクションが不振だ。
 2009年も見るべき作品がほとんどない。「月刊現代」の休刊に際してその執筆人がノンフィクションや雑誌の未来に危機感をもってシンポジウムを開いたりしているが、決して明るい展望があるわけではない。
 そんななかにあって、本書は佐野眞一による正統なノンフィクション作品である。作者の弁によれば、「昭和天皇の死という正夢と、それにともなって日本人が知らず知らずふくらませていったバブルという逆夢をノンフィクションでたどった物語」だという。
 佐野は昭和という時代は物語をもちえた最後の時代という。政治家や経済人のみならず、それぞれが昭和という時代がもっていた物語を共有し、かつ、自分たちの物語をもちえた、幸福な時代であったとみている。
 もし、平成という時代がそのような物語性を喪失した時代であるとすれば、ノンフィクションの冬の時代はまだ続くだろう。そんな危機感も、この作品には内包されている。
  
(2009/12/23 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は二十四節気のひとつ、冬至
  冬至といえば、一年中で一番昼が短いって習いましたよね。
  でも、この日を境にして、また日がのびだす、
  そんな日でもあります。

   ややゆらぐいのちとなりて冬至の日  和知喜八

  冬至には、ゆず湯にはいったり、かぼちゃを食べたりする習慣がありますが、
  みなさんのお家ではどうですか。
  わが家では、まだやっていますね。
  お風呂のふたをあけると、
  ゆずがぽかんと浮いていて、「冬至か」と
  思い出したりします。
  あれは、「融通(ゆうずう)がきくように」からきているのだとか。
  本当かな。
  今日紹介するのは、永江朗さんの『書いて稼ぐ技術』。
  400字書評で書いてみました。
  さて、今回の書評、
  融通がきいたかどうか。

書いて稼ぐ技術 (平凡社新書)書いて稼ぐ技術 (平凡社新書)
(2009/11/14)
永江 朗

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sai.wingpen  夢にちかづくために               矢印 bk1書評ページへ

 何かを書きたい、本にしたいという人は多い。しかし、実際に彼らが書きはじめることはほとんどない。なぜなら、書いた途端に、将来の作家という夢が壊れてしまうことが怖いからだろう。
 その一方で、ライターという職業がどのようなものかもよくわからない。当然だが、紙と鉛筆だけでライターという職業をまっとうできるはずもない。書いたものでどうやって稼ぐのか。それを知りたい人も多いはずだ。
 本書は、洋書店に勤務しながら文筆活動にはいり、その後フリーライターとなった永江朗氏の25年の体験から、書いて稼ぐことをめざす人向けに書かれた、書き手としてどう生き抜いていくかの心得を綴ったものである。特に、自らの経験にそった「Part1 書いて生きるということ」は今後「書いて稼」ぎたいと思っている人にとっては興味深い内容だろう。
 本書を読んで、現実の厳しさを知るか、あるいは夢に一歩近づけるか。それはあなた次第。
  
(2009/12/22 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する本は、シェル・シルヴァスタインさんの
  『コノヒトタチつっつくべからず』という、
  詩集のような絵本、絵本のような詩集、という
  不思議な一冊。
  川上弘美さんが翻訳に初めて挑戦した一冊でしたので、
  読んでみようと手にしました。
  表紙をごらんになればわかりますが、
  この本のなかには「不思議な生きもの」が
  たくさんでてきます。
  ちなみに表紙に描かれた生きものは、
  「とおったあとには くずひとつ残らぬスライヌ
  です。
  そのほかにも「むくむくちゃん」だとか
  「タチマチーナ」とか「オゴリタカブリ」といったような
  奇妙な生きものがいっぱい登場します。
  この本を訳しながら、
  今朝日新聞に『七夜物語』という小説を連載(今朝でちょうど100回でした)を
  している川上弘美さんは
  とても参考になったかもしれません。
  いつか『七夜物語』に、
  本書に登場した「不思議な生きもの」が出てこないとも
  限らない。
  それはそれで、また、楽しみ。

コノヒトタチ つっつくべからずコノヒトタチ つっつくべからず
(2009/11/05)
S. シルヴァスタイン

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sai.wingpen  こどものわたしがみた夢                     矢印 bk1書評ページへ

  夢をみた

  こどもの頃にみた 夢をみた

  何かに追いかけられているのだが
  それが何かわからない
  でも それはとてつもなく怖くって
  こどものわたしは 誰もいない校舎のなかを
  逃げている

  それが何かわからない
  でも それはとてつもなく怖くって

  おとなのわたしは 逃げるこどものわたしが
  かわいそうで たまらない

  きっと怖いんだろうな

  でも たすけてあげれない

  わたしはおとなで 夢のわたしはこどもだから
  こどものわたしが みている夢だから

 『ぼくを探しに』で有名な作家シェル・シルヴァスタインの1964年発表の処女詩集。詩集というより絵本のようでもある。
 シルヴァスタインの作品は倉橋由美子が何冊も訳しているが、倉橋が亡くなったので、本書は川上弘美が訳を担当している。倉橋ならどんな日本語訳をつけただろうかと興味がわくが、川上の楽しげな日本語もまたいい。
 それに川上も本書に登場するような「不思議な生きもの」たちが大好きな作家だし、訳しながら、彼女が一番楽しめたのではないだろうか。
  
(2009/12/21 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  日本海側では記録的な大雪だそうで、
  雪国の人は本当に大変です。
  東京にいると、そのあたりのことが実感として
  なかなかわからない。
  せいぜい1センチでも積もろうものなら、
  電車は止まるは、すべって怪我人はでるは、でもうパニック。
  北国の人はこれから春まで大変なんだぞ。
  1センチで電車をとめるな、すべって転ぶなと
  文句もいいたくなる。
  それでいて、雪が降ろうものなら、
  大口あけて、「アイスが降ってきた」と喜ぶ奴はだれだ。
  すみません。
  私でした。
  雪をみたら、蜜をかけたくなる。
  イチゴにするか、メロンにするか悩んでします。
  だから、食べるなって。
  宇治金時は好きだけど。
  でも、本当は心配しています。
  雪をみてもアイスのことは思いません。
  でもな…。

パイナップルの丸かじり (丸かじりシリーズ)パイナップルの丸かじり (丸かじりシリーズ)
(2007/02)
東海林 さだお

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sai.wingpen  週刊誌で読むか、単行本で読むか、はたまた文庫本で読むか 【携帯篇】       矢印 bk1書評ページへ

 犬を散歩している人をよくみかけます。
 かわいい犬もいれば、大きな犬にひきずられている人もいる。
 あれってどちらが主人なのかよくわからない。
 「おい、さだお、散歩にいくぞ」「はい、ポチ。ただいま。」なんて、尻尾をふる。まあ、人間には尻尾がないから、舌をだしてハアハアするのかな。
 連れて歩くのにどんな大きさがいいか。
 これが今回のテーマ。
 東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズを連れて歩くのは、週刊誌がいいか、単行本がいいか、文庫本がいいかという、深い考察です。

 まず、週刊誌。「週刊朝日」。「丸かじり」の素となる「あれも食いたいこれも食いたい」が掲載されている雑誌です。
 週刊誌は持ち運びがしやすい。筒状に丸めてもつこともできる。
 丸めてもつと、つい人の頭をぱこーんと叩きたくなるけど、それで死ぬことはない。もちろん、怒られますが。
 ただ、残念なことに、「丸かじり」がたった一回分しか楽しめない。
 他の記事を読みたいときはいいけど、「丸かじり」だけだったら、あとはどうすればいいんだと悩んでしまう。
 ポイ捨てだけはしないでください。

 次に、単行本。元祖「丸かじり」。しかも、単行本といっても「丸かじり」シリーズは少し小型化しているので、持ち運びに便利。
 昔のウォークマンみたい。
 「丸かじり」を読みながら、チャカチャカ踊る人はいないけど、ぐふふふと笑っている人はいい。
 これで決まりと思ったらいけません。
 ipodの登場です。
 あんな小さい器(っていうのだろうか)にどうしてあんなに音楽がはいってしまうのか。
 「丸かじり」の文庫本もそう。
 当然文庫本だから、ジーンズのポケットにもはいってしまう。
 しかも、笑いが満載。
 もうこれに決定と思ったら、ウォークマンが巻き返しを図った。
 音質です、音質。
 でも、これは本の問題だし。
 何をいってるんですか。文庫本では老眼の人は困るでしょ。単行本は目にやさしい。
 それもそうだ、とうなづきかけると、先ほどポイ捨て寸前の週刊誌が異議をとなえる。
 単行本で人をごつんと叩けば、怪我をするじゃないですか。(叩かないって)
 文庫本で人をぺたんと叩いても、面白くないじゃないですか。(だから叩かないって)
 と、いつのまにか書籍凶器論に発展しかねない。
 それに、ぱこーんをとるか、ごつんをとるか、ぺたんをとるかは、音響論にもなりうる。

 困りながらも、つい鞄に××サイズの「丸かじり」を一冊忍ばせる。
  
(2009/12/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今回紹介する丸谷才一さんの『人形のBWH』は、
  丸谷才一さんのおなじみ薀蓄エッセイの最新刊です。
  以前このブログの「私の好きな作家たち」でも書きましたが、
  丸谷才一さんのこのシリーズが大好きなんですよね。
  文章そのもののリズムがいいんですよね。
  それでつい、書評まで旧かなづかひで書きたくなってしまうのですが、
  私の用法はあまりあてにしないでくださいね。
  雰囲気で味わってください。
  それくらい丸谷才一さんの文章はいい。
  ところで、今回の書名の『人形のBWH』のBWHですが、
  これはバスト、ウエスト、ヒップのこと。
  私は最初BMWと勘違いしてしまいました。
  ということで、おなじみ和田誠さんのイラストも
  各章ごとにいろいろな人形のものが描いてあって、
  それも楽しめる一冊です。

人形のBWH人形のBWH
(2009/11/26)
丸谷 才一

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sai.wingpen  知ったかぶりと性差について                     矢印 bk1書評ページへ

 「知ったかぶり」というのは「それほどよくは、または、まるで知らないようなふうを(得意になって)すること」と広辞苑にあるが、この説明の括弧のなかの「得意になって」が人の顰蹙をかふのでせうね。なんだ、あいつは。みたいな。
 おなじみ、丸谷才一氏の薀蓄エッセイを読んで、はたしてそう思ふ読者がいるかどうかはわかりませんが、私などは毎回毎回楽しくてしようがない。ただ、丸谷大兄が書く分にはいいが、私などが大兄のエッセイからかじりかじりしながら何かいふと、やはり「知ったかぶり」になるんだろうな。
 それでもちょっといいたくなるのが丸谷大兄の薀蓄エッセイの魅力といふか、大兄の文章の藝だと思ふ。

 たとへば、上野公園の西郷隆盛像の横にゐる犬の名前なんかはいいたくてしかたがない。あの犬は「カヤ」といふ(本書所載「犬と人間」より)。これってどうでもいいのだろうが、つひ誰かに話したくなる。これが「知ったかぶり」でしょうね。
 ついでに西郷さんのことを、やはり本書の「ロンメル戦記」から引用すると、彼、もちろん西郷さんのことですよ、の身長は一七八・八センチ、体重は一〇八・七五キロだったそうで、当時とすればかなりの大男だった。そういふ人だったから、明治維新といふ大きな革命ができたんでしょうね。

 「知ったかぶり」と身長の話でいふと、男性といふのは少しでも自分を大きく見せたいもので、身長のミリ単位は絶対切り上げる。もっといへば、センチメートルだって切り上げる。先ほどの西郷さんだって、一七九センチくらいはいったかもしれないし、もっといへば、「おいどんは一八〇センチでごわす」ぐらいはいったかもしれない。これってどこか「知ったかぶり」に通じてませんか。
 これが女性だったら、絶対切り下げるだろふな。
 西郷さんが女だったら、「一七〇センチあるかしら」ととぼけさう。だとしたら、「知ったかぶり」をするのは男性の方が多そうだ。
 だから、丸谷大兄のこの薀蓄エッセイはどちらかといふと男性読者が多そうな「オール讀物」に連載されているのではと睨んでいるが。
 この説、けっこういい線いってると思ふがどうだろう。
  
(2009/12/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  正岡子規の三つの大きな仕事として、
  今日紹介する、坪内稔典さんの『正岡子規の<楽しむ力>』には
  「俳句の革新、短歌の革新、文章の革新である」と
  書かれています。
  俳句や短歌のことはここでは触れないにして、
  「文章の革新」という点では、
  司馬遼太郎さんも絶賛しています。
  この『正岡子規の<楽しむ力>』にも引用されていますが、
  司馬遼太郎さんの本のなかにしばしば(あ、これ駄洒落じゃないですよ)
  書かれています。
  私たちがいま、ごく普通に話したり、書いたりしている日本語ですが、
  明治の時代にあって正岡子規とか夏目漱石の文章があって
  成し得たものだというものです。
  そういう点でも子規はえらかった。
  本当に正岡子規というのは、奇跡なような日本人だったといえます。

正岡子規の“楽しむ力” (NHK出版生活人新書)正岡子規の“楽しむ力” (NHK出版生活人新書)
(2009/11)
坪内 稔典

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sai.wingpen  青空のような人                     矢印 bk1書評ページへ

 私はどうやらほんのりと正岡子規が好きなようである。正岡子規の三大随筆といわれる「墨汁一滴」「病床六尺」「仰臥漫録」を読んでも、あるいは本書のような子規の評伝の類を漁っても、わずか三十五歳の若さで亡くなったとはいえ、あっけらかんとした生命の明るさを感じ、無性にこの人物にひかれてしまうのである。
 本書の著者である俳人の坪内稔典氏はそのような感じを、「子規を読んだり、子規のことを考えると、、おのずと自分が生き生きとする」と、「あとがき」に記している。もちろん坪内氏も生前の子規には会ったことがない。知っているのは、活字となった子規の足跡である。
 にもかかわらず、坪内氏や私を魅了する子規はあまりにも不思議な存在だ。ちょうどそこにあるだけで、心が浮き立つような、青空のようなもの、といっていい。

 坪内氏はそんな子規の魅力を、「他者を巻き込んで楽しむ力」、すなわち「楽力(らくりょく)」にあったのではないかとしている。
 他者を巻き込むばかりでなく、病気に対しても、子規は「楽しむ力」を発揮している。わずか六尺の病床にありながら、子規はその世界に無限の広がりを見ていた。子規にとっては、今ある世界がどうであれ、それを楽しまずにはいられない「楽力」があったとしかいいようがない。
 そして、子規のそういう力が生前彼に影響を受けた仲間たちだけでなく、坪内氏や私のように百年近く隔たった読者をも楽しませてくれるのであるから、感服する他ない。
 もっといえば、現代のようにぎすぎすした社会にあって、子規の抜けるような明るさは稀少というしかないし、見習うべき点がいくつもある。

 それは「受容力」といってもいいだろう。
 子規は六尺の病床でさえ受容し、楽しんだのである。子規と比べれば、なんとも広い世界に生きながら満足することなく、不平や不満ばかりをあげつらっているのが私たち現代人だといえる。
 子規から学ぶことは多い。いや、学ぶというのではなく、本書で坪内氏が書いているように子規を楽しむことこそが、今の私たちにとっては大切なのかもしれない。
  
(2009/12/18 投稿)

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鉛筆 今回の「雑誌を歩く」は、
 本好きな人なら一度は手にしたことがあるちがいない、
 「ダ・ヴィンチ」(メディアファクトリー)です。
 この雑誌には少々思い出がある。
 記憶で書くと、
 創刊号の表紙は映画『おくりびと』で熱演した本木雅弘さんで、
 手にしていたのは『悪童日記』(クリストフ)、
 というところまで覚えています。
 今回WEBで調べるとそれは正しかった。
 1994年の5月号が創刊だったらしい。
 今から15年の前のこと。
 なのに、よく覚えています。
 それくらい私にとってはインパクトが強かった。
 毎月毎月刊行されるのが楽しみで、発売日には必ず買っていました。

鉛筆 これは今でも続いていますが、
 「新刊文庫・新書情報」をチェックしては、
 あ、この本、文庫になるんだ、とか、この新書ははずせない、
 みたいな気分でページを繰るのが楽しくて仕方がなかった。
 ちょうど、40歳手前の頃でしょうか。
 今回久しぶりに手にしてみて、
 あまり当時と変わっていないことにホッとしました。
 でも、その時以上に「ダ・ヴィンチ」という雑誌の評価は
 高まっているように感じます。

ダ・ヴィンチ 2010年 01月号 [雑誌]ダ・ヴィンチ 2010年 01月号 [雑誌]
(2009/12/05)
不明

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鉛筆 さて、今回紹介するのは「ダ・ヴィンチ」の2011年1月号
 特集記事は、「BOOK OF THE YEAR 2009」ということで、
 本好きな「ダ・ヴィンチ」読者5000人近くが選んだ今年の一番本を
 紹介しています。
 こういう試みは以前紹介した「一個人」でもありましたが、
 なんといってもこちらは本好きが選んだランキング。
 1位は村上春樹さんの『1Q84』。
 妥当なところでしょうか。
 ちなみに2位は東野圭吾さんの『ガリレオの苦悩』。
 「ダ・ヴィンチ」の面白いところは、本のランキングだけでなく、
 「好きな作家ランキング」というのもあって、
 こちらは東野圭吾さん(男性作家篇)と宮部みゆきさん(女性作家篇)が1位。
 お二人とも人気ありますよね。
 「赤丸急上昇作家ランキング」では湊かなえさん。
 やっぱり『告白』が衝撃的だったんでしょうね。
 面白いのは、「好きな出版社ランキング」で、
 こちらは1位が講談社さん、それに新潮社さんが追いかけています。

鉛筆 ここまで書いてきて、思い出したことがあります。
 昔、個人的な読書ノートを書いていた頃、
 「ダ・ヴィンチ」のページから本の表紙の写真を切り取って、
 そのノートに貼っていたことがある。
 私にとっては、そんなことも懐かしい、
 思い出の雑誌だし、
 今でも「ダ・ヴィンチ」はすごい。

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プレゼント 書評こぼれ話

  東京の交通機関は刺激的です。
  週刊誌の情報なんかはこれでしっかり手にいれます。
  政治、経済、芸能、なんでもあり。
  その点、地方ではなかなかこうはいきません。
  第一、地方ほど車社会といってもよくて、
  一家に一台どころか、みんな車をもっているような状況です。
  だから、地方のバスなんかも厳しい経営だし、
  電車なんかでも広告が少ない。
  広告というのは、今のトレンドなんかをウォッチするには
  とても有効な手段だと思います。
  今回紹介した小宮一慶さんの『新幹線から経済が見える』は
  そういう点ではとても面白い。
  書評のなかにも書きましたが、
  これから小宮一慶さんの本を読もうと考えている人には
  絶対はずしてほしくない一冊です。

新版 新幹線から経済が見える (祥伝社黄金文庫)新版 新幹線から経済が見える (祥伝社黄金文庫)
(2009/07/24)
小宮 一慶

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sai.wingpen  地下鉄に乗っても経済が見える                     矢印 bk1書評ページへ

 先日渋谷から三軒茶屋方面に向かう地下鉄を利用した際に、その車両全部が海外のバックブランドC社の広告に占拠されていたのには驚いた。
 いつもなら週刊誌の広告があるはずの吊り広告だけでなく、壁面の広告もそうだし、はてには吊りかわに至るまで、ピンクを基調にしたC社の広告なのである。いくらクリスマスが近いとはいえ、これはどういうことだろうか。
 どれだけの広告費がかかっているのかはわからないが、どうしてC社はこういう販促戦略にうってでたのだろうか。
 C社といえば日本でも人気ブランドである。それがこのように過剰な広告を行うには理由があるのちがいない。もしかすると、この不況でいくら人気ブランドであっても売上げが低迷しているかもしれない。あるいは、逆に売上げ好調で一気呵成に攻めの戦略となったのかもしれない。(最近国内の人気衣料店N社が行った販促はおそらく後者であろう)
 このように普段なにげなく見ている生活の場面にも、経済を考えるヒントがあふれている。

 本書は経営コンサルタント小宮一慶氏が2003年に上梓したものに、2008年のリーマン・ショック以降激変した2009年の経済社会を加筆修正したものだが、著者自身が「私にとっては大変お気に入りの本」というように、経済や経営の基本部分がきっちりとおさえられているだけでなく、読み物としても面白い。
 2003年から2009年への変化には単に経済事情だけでなく、著者自身もベストセラー作家として大きく飛躍しているのだが、本書には小宮一慶氏の経営の視点のベースがあるように思える。
 小宮本を攻略したい人にとってははずせない一冊ではないだろうか。
 
 たとえば、冒頭に書いたようなことは、本書の第二章「「野立て看板」からみる企業経営」に詳しいが、それだけではなくビルのクレーンから地価の変化を読み解いたり(第三章)、新幹線の空席と景気の関係をみたり(第四章)、さらにはフルムーン夫婦の旅行風景からも最新の経済状況を見る(第五章)といったように、実は私たちのまわりにはさまざまな場面で経済に関する問題や課題がうごめいているのがわかる。
 そういう「見る」訓練が私たちの経済感覚や仕事感覚に影響していく。もっともそのためにも最低限の経済スキルもまた必要なのだが。
  
(2009/12/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日も1周年記念の、新しい試みです。
  先に紹介した、勝間和代さんの『目立つ力』には
  ブログのコツがたくさん紹介されています。
  そのなかで、一回あたりの文字数は500~1000文字が
  理想と書かれていました。
  その点、私は書評自体で1000文字近くありますから、
  少し長い。
  反省しています。
  そこで、これからは400字書評に挑戦しようと思っています。
  たまたま、今日紹介する宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は
  朝日新聞日曜書評欄の「百年読書会」(重松清ナビゲーター)の、
  12月の課題図書ですが、
  投稿の規程は400字以内。
  長く書くのも難しいですが、
  短く書くのは、より難しいかも。
  色々な書きわけをしていきたいと思います。
  今回も書評句つきで、
  お楽しみください。

新編銀河鉄道の夜 (新潮文庫)新編銀河鉄道の夜 (新潮文庫)
(1989/06)
宮沢 賢治

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sai.wingpen  ほんとうのさいわい                

  オリオンの 静かに動く 夜寒かな

 何度銀河鉄道の旅にでただろう。
 少年期、青年期、そして壮年期。同じ風景を見ているはずなのに、読むたびに新鮮で、心うたれる。まさに名作である。
 なかでも「ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく酔ったよう」な「蝎の火」の挿話は感動が深い。それは生きていく意味を考えさせられる内容だからだろうか、どのように年を経ようと、何度銀河鉄道の旅にでようと、ジョバンニたちのように「蝎の火」に吸い寄せられてしまう。
 だからこそ、つづくカムパネルラの言葉は哀しく、涙のしずくになって心に沁みてくる。「ほんとうのさいわいは一体何だろう」。
 ほんとうのさいわい。お金でもなく名誉でもなく、生きてやがて死んでいく人間の永遠の哀しみを包みこむもの。それが見つかるまで、私の銀河鉄道の旅は何度でも続くだろう。
  
(2009/12/13 投稿)

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笑い。 ブログ開設1周年の機会に、
 新しいコンテンツを立ち上げていきます。

 今回は「 ★ほんのニュース★ 」という新企画。
 「ほんの」というのは、広辞苑によれば

  ほん-の【本の】①まことの。本当の。②ただそれだけの。ただ名ばかりの。

 という意味ですが、もちろん、本(書籍・雑誌)という言葉も
 含ませています。
 なにしろ、「本のある豊かな生活」をめざすブログですから。

笑い。 ということで、これから不定期に、出版事情や作家たちの動向など
 気になった「本のニュース」のあれこれを取り上げていきます。

 今回は、12月13日付の朝日新聞朝刊一面から。

 汗;; 本の販売 21年ぶり 2兆円割れ 
    -少ないヒット作 雑誌離れも加速-

記事12.13
普通。 ね、結構衝撃的な内容でしょ。
 この記事によれば、
 「今年の書籍・雑誌の推定販売金額が2兆円を割る込むことが
 「出版科学研究所の分析で明らかになった」とあります。
 出版業界は最近ずっと不況といわれていますが、
 96年に過去最高の2兆6563億まで伸びて、その後はずっと減少。
 特に雑誌の落ち込みが目につきますよね。
 最近よく雑誌の休刊が報道されていますが、
 その数なんと170誌(今年の10月まで)というからすさまじい。
 やはりインターネットの影響が大きいのかもしれませんね。
 雑誌のありかたを見直さないと、
 こういう危機的な状況から抜け出せない。

汗;; 一方書籍とはいうと、
 ベストセラーが少なかったということもありますが、
 私は出版点数の増加の問題が大きいと考えています。
 昨年の新刊点数が約7万6千。
 今年は10月時点ですが昨年より3.2%も増加しています。
 売れないから新刊の点数を増やす。
 そのことで書店で販売される期間がずっと短くなっている。
 この記事では書店からの返品率40.7%(10月時点)らしい。
 半数近くが返品されている勘定です。
 これってかなり衝撃的な数字です。

普通。 一体どうすればこの状況を打開できるか。
 読者と書店と出版社と作者が一体となって考えないといけない。

 私はこのブログで
 本の楽しさを語りつづけるしかないかな。

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日、「今年の漢字」で「」が選ばれたという
  ニュースがありました。
  政権交代があって、たしかに当初は「」という
  雰囲気はありましたが、
  なんだかすっかり「」になったというか
  「」になったというか、
  「」めな状態に見えてしまうのは何故でしょう。
  「」はその瞬間から「」の始まりなんでしょうね。
  ところで、「丸かじり」風にいえば、
  「」といえば新じゃが、新米、そして新酒。
  なんか「」がつくと、
  これ、おいしいんじゃない、と思ってしまいますよね。
  実際おいしいんですが。
  「」にはそういう期待感も込められているんですよね。
  新政権も国民の期待感を裏切らないようにしてもらいたい。
  いつまでも新鮮でいてほしい。

うなぎの丸かじり (丸かじりシリーズ (25))うなぎの丸かじり (丸かじりシリーズ (25))
(2006/09)
東海林 さだお

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sai.wingpen  週刊誌で読むか、単行本で読むか、はたまた文庫本で読むか   矢印 bk1書評ページへ

 東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズは、「週刊朝日」の連載後、単行本としてまとめられ、そのあと文庫本となる。
 では、そのどれを読むのがもっとも正しいか。
 そりゃ、週刊誌ですよ。
 なにしろ最新ネタはここでしかお目にかかれない。
 おぼこですよ、なにしろ。
 おでこじゃないですよ。
 世間づれしていない人のこと。生(き)娘。
 ほら、これでぐっときた。
 なにをおっしゃる、週刊誌さん。
 所詮は一回ぽっきりじゃありませんか。
 しかも、おたく(週刊誌のこと)は「丸かじり」という名前ででてないでしょ。
 私こそ、元祖「丸かじり」。と主張するのが単行本。
 一冊すべてが「丸かじり」。
 もう堪能しました、の世界です。
 それじゃあ、あなたには和田誠さんの装丁がありますか。各界著名人の解説がつきますかと、文庫本だって負けてない。
 何を今頃ひょこひょこと、と単行本は怒るにちがいない。
 文庫本なんていつでますか。「うなぎの丸かじり」が文庫本にありますか。
 くやしかったら出してみろ。
 そういう癇癪があなたの悪い癖ですよ。このデフレの世の中で、いかに安く読者に提供するかということも考えないと競争に勝てません。
 そうしたら、私が一番手頃な価格なんですが、と隅に追いやられた週刊誌がぼそっと発言しようものなら、単行本、文庫本双方から、「丸かじり」でもないのに黙っていろとにらまれる。
 単行本の攻勢はさらにつづく。東海林さんのさしえもこちとらはでっかいぞ。
 大きいばかりがいいんだったら、恐竜はどうして滅んだんだ。文庫本だって負けてない。
 文字だってでっかいぞ。高齢者のことも考えろ。と、単行本。
 そんなことで少子化は乗り切れるのか。と、文庫本。
 あのですね、と週刊誌が発言を求めようとすると、単行本、文庫本がギラリとにらむ。
 「もうお前たち、喧嘩するのはおよしよ。母さんはこれからも一生懸命がんばるから」
 このひとことが効きました。
 単行本、文庫本ともに目に涙を浮かべて、こういうだろう。
 「お母ちゃん、もうぼくたち喧嘩はしないから、いつまでも元気でいてね」
 かくして、週刊誌、単行本、文庫本はともに末永く楽しく暮らしました、とさ。
  
(2009/12/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  bk1書店というオンライン書店に、
  「書評ポータル」というコーナーがあって、
  昨日(12.11)更新された記事のなかに、私のブログのことが
  書かれています。
  ちょっと引用しますね。

   “夏の雨”さんは“『目立つ力』の書評の中で
   「書評ブログ『本のブログ ほん☆たす』を開設して一年が経ちました」と
   報告されています。
   おめでとうございます! 本の話題がいっぱいで楽しいですね。
   「書評こぼれ話」というのもユーモアが効いていて面白いです。

  わぁー、うれしいな。
  このこぼれ話は面白いって褒めて? くれています。
  そもそもブログを始めたときに、
  書評に書ききれない、何気ない思いとか感じたことを
  この「書評こぼれ話」に書こうと思ったのです。
  だから、この「書評こぼれ話」は、
  このブログに来ていただいたみなさんだけの、
  私のプレゼントのつもりです。
  これからも、そのつもりで
  書いていきますから、楽しみにしていてください。

再会再会
(2009/10/23)
重松 清

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sai.wingpen  みんな、ちょっとずつチャーリー・ブラウン             矢印 bk1書評ページへ

 あの頃、私はみんなになんて呼ばれていたのだろう。
 あの頃、そうちょうど重松清の短編集『再会』に描かれているような小学五年生のような、「遠い、遠い、昔」の、あの頃、だ。
 苗字で呼び捨てだったのかもしれないし、君づけだったような気もする(女子は大抵男子をそのように呼んだ)。あるいは、あだなだったかもしれないし(そして、それはどうせくだらないものだ)、ちゃんづけだったかもしれない。
そんなことさえ忘れてしまったあの頃なのに、妙に消えない思い出があるものだ。
 たとえば、学芸会で犬の役をしたこと(ああ、なんてことだ)や先生に叱られたこと(ああ、なんてことだ)やストーブ当番のこと(当時は石炭ストーブだった)などだ。
 そういう誰もがもっている、あの頃のことと、重松清が描く世界はまったく同じではないのに、いつも重松の作品を読んで感じることは、そうだよな、あの頃はそうだったよな、ということだ。
 どうしてなんだろう。同じことではないのに同じ匂いがするのは。
 なぜなんだろう。違う世界なのに同じ世界に見えてしまうのは。

 短編集『再会』には六つの短編が収められている。そのうち、冒頭の「いいものあげる」と最後の「ロング・ロング・アゴー」は、同じ女の子を描きながら、前者は小学五年生の世界で、後者はそれから二十年経った世界だ。
 町の老舗百貨店の一人娘であった美智子は、地方の衰退の波にさらされるようにして、やがてクラスの仲間たちの前から消えていく。小学五年生は子供でありながら、どこか大人のように狡賢く、大人の世界の事情に友情もひきづられていく。「いいものあげる」はそういうあの頃を描きながらも、それでも去り行く友を必死になって追いかける少女の姿を重松は温かな目でみつめる。
 それにくらべると、二十年後のあの町を描いた「ロング・ロング・アゴー」に登場するすでに大人となあった者たちの方が、ずっと純な姿で描かれている。
 人は、知らないゆえに残酷で、知ったがゆえに純粋になろうとするものだろうか。

 「ロング・ロング・アゴー」は美智子という女の子の後日談のような物語だが、二十年前転校していく美智子を走って追いかけた少女の心のつながりに慰撫される。

 だれもが過ぎ去ったあの頃に、「遠い、遠い、昔」のあの頃に、ふっと心がうばわれる短編集である。
  
(2009/12/12 投稿)

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鉛筆 先日(12.8)、講談社さんとレビュープラスさんのご好意で、
 再び「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 」編集部を襲撃、
 ちがいました、
 訪問させて頂きました。
 集合したブロガーさんは、私を含めて8人。
 こちらは先々月にもおじゃましていますので、
 まるで我が家に帰ってきた気分です。(そんなことないか)

鉛筆 それで、古賀編集長から直々に頂戴したのが、
 発売前の2010年1月号の「COURRiER Japon 」。
 なにしろ、出来立てほやほやですから、
 かすかに湯気が立っていました。(そんなことないか)

COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2010年 1月号 [雑誌]COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2010年 1月号 [雑誌]
(2009/12/10)
不明

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鉛筆 今回の「雑誌を歩く」は、
 「COURRiER Japon  」の古賀編集長との一問一答形式で
 (かなり独断で偏見の、もちろん文責は私)
 2010年1月号を紹介してみたいと思います。

鉛筆 -遅ればせながら、創刊4周年おめでとうございます。
 そもそも「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 」という雑誌ができた
 きっかけは何だったんですか。

 古賀  講談社という会社は雑誌がとても弱い体質だったんですよね。
     それで、創業100周年を機にオンリーワン雑誌を作ろうと、
     社員から企画を募集したんですよ。
     それで、「COURRiER Japon  」の元になる、
     海外の視点から見た日本ということを骨子に企画書をつくったわけです。

 -どうしてそこにこだわっったのですか。

 古賀  ちょうど2004年にイラクで日本人誘拐事件が起こりましたよね。
     その時、日本中が拘束された人たちを勝手なふるまいと責めました。
     そのなかにTさんという人がいたのですが、実は彼女は以前食事をしたことがあって、
     どうも日本国内で言われていることに違和感があったわけです。
     それで、彼らのことを海外のメデイアがどうみているのかと知りたくなって、
     そういうトーンで新雑誌の企画書をつくったわけです。

 -結果はどうだったんですか。

 古賀  B賞だったかな。

 -でも、それが現在の「COURRiER Japon 」にも脈々と続いている
  わけですね。
  例えば、この1月号の「世界が見たNIPPON」のなかで、
  「一匹狼ランナー」加納由理をとらえたニューヨーク・タイムズの記事なんかは
  日本の視点ではなかなか読めない記事ですよね。
  最初から雑誌名は「「COURRiER Japon 」と。

 古賀  最初は「じゃなげん」と。

 -それはまた微妙な・・・。
  今回は1月号ですが、何か特別な思いはありましたか。

 古賀  それはあまりありませんね。
     ただ、一年を振り返るような企画として、
     フォトグラファーの心を捉えた光景を巻頭にもってきたりしてます。

 -そのなかのアホウドリの雛の死骸がすごかった。
  親鳥がエサとまちがってゴミを与えて死んでしまった雛鳥の写真は
  かなり衝撃的でした。
  そのほかにも特集として統合後20年が経った「新世紀ベルリン」も
  面白い。

 古賀  ベルリンの取材中に泥棒にあったりしました。
     そのことは1月号の私のコメントにも書きましたので、読んでみてください。
     それと、これはなかなか気がつかないでしょうが、
     背表紙上部のシミのようなものに注目してください。
     次月以降並べると、世界地図になるような仕掛けになっています。
     先ほどの話ですが、どちらかといえば、来年出る2月号には
     やはり力をいれますね。

 -もう企画ができているのですか。

 古賀  詳しくはいえませんが、未来がテーマかな。

 (本当はもう少し詳しく聞いたのですが、ここではこれくらいに)

 -来月も楽しみにしています。
  今日はありがとうございました。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今回紹介した本田直之さんの『走る男になりなさい』を
  書店で見つけたとき、
  やっぱり、というか、ついに、というか
  そんな感想を抱きました。
  これは本田直之さんの、
  初小説なんですが、
  書評にも書きましたが、本田直之さんのような書き手は
  やはり小説を書きたいと思うものなんでしょうか。
  私なんかは「餅は餅屋」にまかせておけばいいと
  思うのですが。
  同じ言葉でいえば、「海のことは漁師に問え」とか
  いいますよね。
  だって、あえて小説を書かなくても、
  本田直之さんを支持する人は多いのですから。
  みなさんは、どう思います?

走る男になりなさい走る男になりなさい
(2009/10/21)
本田 直之

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sai.wingpen  夢をかなえるラン              矢印 bk1書評ページへ

 「レバレッジ」シリーズで多くのファンをもつ本田直之氏の初めての小説である。しかも、「自己啓発小説」とある。といっても、ベストセラーとなった水野敬也氏の『夢をかなえるゾウ』とは趣きはやや違う。
 水野氏の作品も「自己啓発小説」といっていいのだろうが、あれは主人公がインドの神様ガナーシャが求めるいくつもの課題を克服していくことで自分を高めて夢をかなえていくコミカルで、それでいてもしかすると読者が持っている夢もまた実現できるかと期待させる物語だったが、本田氏の作品ではそういう期待感はうすい。
 むしろ、組織のなかでどのようにして全体の目標を達成させていくか、そしてその時個人はどのように活動すべきかが、物語として描かれている。

 主人公は27歳の、傾きかけた出版社の広告営業部に所属する、あまりぱっとしない青年。ある日突然新雑誌の創刊準備室に異動になるのだが、集まった面々はどうもみんな「わけあり」で、新雑誌がうまくいかなければその先はない。そんな吹き溜まりのような組織のなかで、主人公たちは「ランニング」を通じて、仕事の目標を共有化し、互いの個性を認め合っていく。つまり、主人公だけでなく、組織自体が活性化していく姿が描かれる。
 やがて、成功目前で彼らの夢は一瞬潰えてしまうのだが、そのまま終われば夢の実現にはならないから、物語ではどんでん返しが用意されているが、これは読者の楽しみにとっておこう。

 でも、そんなことってあるのっていうのが正直な感想だ。もしかしたら、ガナーシャの出現の方がありえそうに思えたりする。まあ物語だから、そういう形になるのだろうが、漫画の原作ぐらいにしておけばよかったかもしれない。「レバレッジ」シリーズの方が納得感もあるし、読者を喚起させるという点でもこの作品よりも有効だろう。
 それにしても、本田直之氏にしろ小説を書きたいという勝間和代氏にしろ、書くということがお好きなんだろう。
 そして、そんな彼らにすると、やはり小説というフィクションの世界は現状とは別次元の夢の世界なのだろう。
 本田氏は小説を執筆するという夢をかなえたことはまちがいないが、読者をうならせる夢が実現したかどうかは定かではない。
  
(2009/12/10 投稿)

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鉛筆 雑誌の号というのは気の早いもので、
 今回の「雑誌を歩く」で紹介する、
 「一個人」(KKベストセラーズ)は2011年1月号
 一足早く、おめでとう、です。
 といっても、今号は2009年に生誕100年で大いに賑わった
 太宰治の、おなじみの憂い顔がばーんと表紙一面を飾って、
 「発表!2009年度版最高に面白い本大賞」の大特集。
 これは本好きとしては、触手が動きます。

一個人 (いっこじん) 2010年 01月号 [雑誌]一個人 (いっこじん) 2010年 01月号 [雑誌]
(2009/11/26)
不明

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鉛筆 ところで、この「一個人」という雑誌ですが、
 「私の時間を愉しむ実用情報誌」というキャッチコピーにあるように、
 料理だったり旅行だったり週末ドライブだったりと、
 読者層としては年齢が高めかもしれません。
 こういった余裕のある生活に憧れますよね。

鉛筆 さあ、さっそく紙面をのぞいてみましょう。
 今回の特集は先ほど書いたように「最高に面白い本大賞」なんですが、
 これはカリスマ書店員(最近、こういう言い方が大変目につきますよね)41人が
 文芸とか文庫とかノンフィクションといった各ジャンルごとに厳正審査して
 順位付けしたものです。
 書店員が選んだといっても売上げ順位ではありません。
 ちなみに、今年もっとも売れたのは、先日もニュースになっていましたが、
 村上春樹さんの『1Q84』。
 そういえば、これって「流行語大賞」に選ばれても不思議ではなかったですよね。
 この雑誌の「3人の超カリスマ書店員が斬る2009年度出版事情」という記事で
 青山ブックセンター間室直子さんがこんなことを話しています。
 「まるで蒸発したように2日ぐらいで消えました。
 (中略)もうこれは都市伝説の域ですよね

 大都市の書店にとってはそうだったのでしょうが、
 地方都市の小さな書店では一体どうだったのでしょう。
 そういうこともきっちりおさえていかないと、出版界の将来は厳しいですよね。

鉛筆 では、1位の発表!!
 といって、ここで書いちゃうと雑誌が売れなくなるといけないので、
 詳しくは「一個人」1月号をお読みください。
 ひとつだけヒントを書いておくと、
 村上春樹さんの『1Q84』は2位でした。

鉛筆 こういう雑誌を参考にして、
 みなさんの年間1位を決めるのも、
 読みこぼれた本をチェックするのも、
 いいでしょうね。
 私的には、川上未映子さんの『ヘヴン』がオススメ、かな。

鉛筆 この号にはそのほかにも、
 「「戦国武将」もの傑作ランキング」や
 北方謙三さんや柳美里さんといった人気作家8人による
 「人生、もう一度読み返したい本」など、
 本の情報が満載の、
 至福の一冊となっています。
 年末年始の読書計画をたてるには最適の一冊かもしれませんね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今回紹介した『松尾芭蕉この一句』は、
  bk1書店さんからの献本です。
  書評にも書きましたが、なかなかユニークな芭蕉俳句の本です。
  この本のことは11月25日の朝日新聞天声人語」でも取り上げられていて、
  それを読んだ人もいるかもしれませんね。
  そのなかにこう書かれています。
  
   すそ野が広いから攻め方がいくつもあり、仰ぐ高峰は
   異なる姿を見せるのだろう。改めて山の大きさを思う。

  さすがにうまい。
  私の書評など足元にも及ばない。
  さて、書評にも書きましたが、
  1位の句は書けないのですが、
  実は私の好きな句と一致しました。
  それもまたうれし、です。

松尾芭蕉この一句松尾芭蕉この一句
(2009/11/25)
柳川 彰治有馬 朗人

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sai.wingpen  あなたなら何を選ぶか、芭蕉の一句            矢印 bk1書評ページへ

 俳聖松尾芭蕉がその生涯につくった句はおよそ一千といわれる。なにかしらの句は、私たちの口にのぼり、記憶としてとどめられているにちがいない。
 では、そのなかで最も人気のある芭蕉俳句はなんだろう。そういう発想で作られたのが本書である。
 評価をつけたのは全国の俳句結社に参加している同人・会員といった現役俳人312人で、その人たちの投票によるランキングという、いままでありそうでなかった、絶妙な企画といえる。

 選ばれた芭蕉の句は157作品。俳聖松尾芭蕉とはいえ、157作品ともなれば未知の句も多く、芭蕉俳句鑑賞としても楽しめる。
 なによりも、いったい栄えある一位はなんだろうという、サスペンス趣向が読書のスピードを増す。その結果が書けないのは残念だが、これを書いてしまえば興味は薄れてしまう。
 かつてヒッチコックが映画『サイコ』(1960年)の公開にあたって、ストーリーの口外を禁止したように、本書でもこれは書けない。自分の目で確かめてもらうしかない。

 そして、ぜひお薦めしたいのが、本書を読む前に、自身の好きな句を選んでおくこと。
 本書では「投票結果の予想」を勧めているが、むしろ自分の好きな句が何位になるのか、現代の俳人たちの評価と比べてどうなのかといった興味がわくにちがいない。
 それにしても芭蕉の句の多彩なことといったらない。
 本書を読み終わったあと、またひとつ、お気に入りの芭蕉俳句が生まれるかもしれない。

  これもまた芭蕉の句なり浮御堂   夏の雨
  
(2009/12/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日今年の「流行語大賞」が発表になりました。
  残念ながら「カツマー」は選ばれませんでしたね。
  そうであっても、今年の勝間和代さんの活躍は
  特筆すべきだと思います。
  今回紹介した『目立つ力』は勝間和代さんの新しい本ですが、
  しかもブログについての本で、
  私としてはちょうどブログ開設から1年が経って、
  そんな時にこの本が読めたのは
  なんだかうれしくて仕方がありません。
  勝間和代さんはこの『目立つ力』のなかで、
  ブログの文章は「スクロールせずに読める長さ」(500~1000字)と
  書いています。
  私のブログは少し(かなり、かも)長いですよね。
  それを毎日読んでくださるみなさんには
  いつも感謝しています。
  ありがたい。
  これからは、そういうあたりを少し頭にいれながら、
  更新していきたいと思います。

目立つ力 (小学館101新書 49)目立つ力 (小学館101新書 49)
(2009/10/01)
勝間 和代

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sai.wingpen  新しい人よ、跳びなさい            矢印 bk1書評ページへ

 書評ブログ「本のブログ ほん☆たす」を開設して一年が経ちました。
 なんとか勝間和代さんがいわれる「ベストは毎日の更新」を実践することができました。
 そんな私ですが、もともとブログを開設してみたいとは思っていたのですが、なかなかそこに踏み込むことができなかったのも事実です。。
 仕事が忙しかったせいもありますが、コンピュータにそれほど自信がなかったので自分のなかの障壁が高かったともいえます。
 ただ本書に書かれている勝間さんの言葉を引用すれば「自己承認欲求」が強かったかもしれません。この欲求は「すべての人が実はほぼ等しく、しかも強烈に持っている」もので、ブログはそんな「自己承認欲求」を満たす、「ありえないくらい、優れた手段」だと勝間さんは書かれています。
 私の場合でいえば、本によってもたらされる充足感をたくさんの人に伝えたいという思いと、生きている記録として書きとめておきたいという気持ちがありました。
 ところが、先ほど書いたように、私にはコンピューターが不得意という壁がありました(残念ながら、これはいまでも残っていますが)。
 その壁を跳び越える後押しをしてくれたのは、勝間和代さんの著作でした。
 勝間さんがブログの魅力を書き、それを実践する重要性を書いてくれなければ、あるいは私はブログをつくらなかったかもしれません。

 そんな勝間さんの書いたこの本は、ブログの素晴らしさを徹底的につめこんだ一冊といっていいでしょう。「面白いブログ・コンテンツを書くための20のルール」などはとてもわかりやすく、ブログ作成のコツを伝授してくれています。
 もし、いま、ブログをつくろうかどうしようか迷っている人がいれば、この本を読むといい。この本のなかには難しい(そうな)コンピューター用語は出てきません。書かれているのは、跳ぶことをためらっているあなたを励ましてくるれる勇気だけです。

 「ブログを作るということは、自分専用の、自分だけにカスタマイズした雑誌を作るようなものです」(41頁)と勝間さんは書いています。
 世界でたった一冊の雑誌をつくる編集者になれるとしたら、こんな魅力的で楽しいことはないかもしれません。
 さあ、ブログでつながってみませんか。
  
(2009/12/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今回紹介する『トンカツの丸かじり』の書評で、
  東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズ既刊30冊のうち
  (と書くつまりが、先日最新刊『ホルモン焼きの丸かじり』が
  出版されたので、既刊31冊となりました)
  文春文庫として刊行された24冊、
  全読破となりました。
  これで、しばらく和田誠さん装丁による文庫版と
  お別れかと思うと、
  涙がドバッーと流れました。
  と、思ったら、わさびのききすぎた
  お寿司を丸かじりしてたなんて。
  冗談閑話。
  でも、こうして毎週一冊ずつ、
  東海林さだおさんの「丸かじり」を読むのも
  読書生活の励みになります。
  そういう本の読み方も面白いですよ。
  ぜひ、めしあがれ。

トンカツの丸かじり (文春文庫)トンカツの丸かじり (文春文庫)
(1995/10)
東海林 さだお

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sai.wingpen  トコロ天の困惑、納豆の誤解               矢印 bk1書評ページへ

 本書『トンカツの丸かじり』の所載の「トコロ天は磯の香り」を読んで、いささか心がうずいた。
 漫画家であり食べ物エッセイストでもある東海林さだお先生がこう書かれている。
 「醤油と酢だけのほうがずっとおいしい」
 なになに、トコロ天は醤油と酢だって?・・・
 さらに、「ポン酢で、サラダ感覚で食べるのも乙だ」だって。
 さすがの東海林先生も何か大事なものを忘れてしませんかって文句をいいたい。
 「おろし生姜も意外に合う」。
 ちがうって。
 私なんか、晩ごはんの席にトコロ天が出てきたら、怒りますね。
 時間帯が違うだろう。ここは大人の時間だから、子どもはあっちに行ってなさい、って叱りたい。
 トコロ天には黒蜜でしょ。
 夏の三時のおやつでしょ。
 ところが、そんなことを書くと、こちらの方が何か不思議な生物みたいな目で見られてしまうのですね。
 文化の違い、風土の違いに驚いた。
 どうも全国一般では、トコロ天には醤油と酢になっているようで、黒蜜派は圧倒的に不利みたい。
 それで、晩ごはんにトコロ天醤油酢未知との遭遇に挑戦したのがかれこれ十年前。
 まずいとはいわないけれど、やはり隠れトコロ天黒蜜派でいたい。

 これとよく似たケースが納豆で、小学生の頃に痛い思い出がある。
 国語の教科書に納豆を売る少年の話が出てきて、先生が「納豆食べたことない人?」と質問されたことがあった。
 ちなみに私は大阪の小学生。
 大阪の人は納豆なんて食べない。
 あのねばねばが気にくわない。
 大阪人はもっとすぱっとしてまっせ。
 ところが、納豆知らない大阪の小学生はその教室で私一人だったわけであります。
 エエー。なんで。なんで、こいつら、納豆知ってるの?
 泣いておうちに帰って、ばあやに、ちがった、母親に納豆恥事件のあらましを告白した。
 母親はそれまで納豆を子供に食べさせなかった自分の不甲斐なさを嘆き、そこらへんのお店から納豆を少しだけ買占め、「さあ、食べ。これが納豆よ」と、私に納豆初体験をさせてくれたのであった。
 ふぉふぉきいに。(納豆の糸で口がねばねばしてうまく言えなかったが、これはおおきに、つまりありがとうと言ったわけ)
 ところが、あとでクラスメートに聞くと、納豆は納豆でも、彼らが知っていたのは甘納豆だったという。

 そうなんだ。大阪では納豆といえば甘納豆で、トコロ天といえば黒蜜なのだ。
 東海林さだお先生には、ぜひそういう大阪の甘い食生活も書いて欲しいものだ。
  
(2009/12/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介した『「1秒!」で財務諸表を読む方法』は、
  経営コンサルタントの小宮一慶さんの本ですが、
  初めて小宮一慶さんからこのブログに
  コメントをもらった時には驚きました。
  これは秘書の人とか会社の人とか、少しは疑いましたね。
  わざわざベストセラー作家がコメント書かないだろうって。
  でも、何度か頂いて、しかも講演の時には
  話しかけてもらったりして、
  疑った私がいけませんでした。
  人を信用しないと。
  小宮一慶さんを信用しないと。
  そういうことではブログの面白さを実感できた
  できごとではありました。
  これからも、
  そういう出会いがあることを願っています。

「1秒!」で財務諸表を読む方法―仕事に使える会計知識が身につく本「1秒!」で財務諸表を読む方法―仕事に使える会計知識が身につく本
(2008/01/25)
小宮 一慶

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sai.wingpen  翼よ、あれはどんな灯か                     矢印 bk1書評ページへ

 最近JALの問題が喧しい。ここにきて、「崖っぷち」などと報道されているが、昨年10月の世界同時不況で突然起こった問題ではない。もちろん、それによって危険水域にいたる速度は増しただろうが、すでにその兆候は以前からあった。
 2008年2月に刊行された、小宮一慶氏のこの本のなかでも「なぜ、航空券には早割り格安チケットがあるのか?」という「増し分利益」を説明した章で、JALの戦略とANAのそれとを比較し、小宮氏はANAのそれの優位性を認めている。
 こういうふうに、時間の経過とともに本を読むと、経営コンサルタントの資質がよくわかる。こういうビジネス本にどれだけ信用をおくかは、やはり著者に正しい知見があるかどうかということだろう。

 本書は『「1秒!」で財務諸表を読む方法』とつけられているが、かなり幅ひろく、興味深い内容となっている。しかも、先ほどのJALのように具体的な事象がちりばめられて、読む側としては理解しやすい。
 特に、最終章の「なぜ、企業業績は良いのに『現金給与総額』は上がらないのか?」は、この本の刊行後、企業業績は一挙に悪化して章タイトルと現実はそぐわなくなっているが、書かれている内容は今多くの企業が陥っている利益の悪化という問題にどう対処すべきかで、いま大いに参考になる。
 小宮氏は、「想定した売上高から、出すべき利益をまず決めて、売上高からその利益を引いたものの範囲内に費用を抑える」べきだとしている。その売上げも想定できない未曾有の不況では、どうあるべき利益を決めるべきか。そのことにも本書では触れているので参考にできる。
 そして、業績が低迷しているときに、どのコストから手をつけるべきかも書かれていて、今まさにこの本を読むべき時だといってもいい。

 こういう時代だからこそ、経営者も従業員も知恵を出すしかない。
 さもなくば、JALの問題はあなた自身の会社の問題になりかねない。
 知恵のないところに再建はない。
  
(2009/12/05 投稿)

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本 ブログ開設から、昨日でちょうど1年になりました。
 最初おぼつかない感じで始めたのですが、
 おかげさまで、この1年、1日も休まず、
 更新しつづけることができました。

本 このブログを訪ねてくれた本を愛するたくさんのみなさんや
 小宮一慶さんをはじめとした著者自らのサプライズ訪問に励まされた、
 365日でした。
 なによりも、
 この日々をずっと並走しつづけてくれた私の本たちに、
 ありがとう。

         ほん

本 あれも読んだ、これも読んだ、
 それでも、
 本たちはこれから先も、私たちが来るのを待ってくれています。
 たくさんの感動を用意して。
 私はそんな本たちとの出会いを楽しみにしていますし、
 そんな本たちのことを
 これからも、
 このブログに綴っていきたいと思います。

本 これからも応援よろしくお願いします。

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プレゼント 書評こぼれ話

  新潮社の「とんぼの本」というシリーズは、
  写真本といえばいいのでしょうか。
  一つのテーマをたくさんの写真で紹介する構成に
  なっています。
  今回紹介する「とんぼの本」のテーマは、
  『遠い朝の本たち』などの著者、須賀敦子さん。
  須賀敦子さんはイタリアで暮らした時間の長い人でしたから、
  イタリアの風景、美術の写真がたくさん収められています。
  また、須賀敦子さんが大好きだったという、
  着物の数々も見ることができます。
  須賀敦子さんと着物の取り合わせは意外でしたが。
  でも、こういう海外の風景をみると、
  やはり実際この目で見てみたいと
  思います。
  私など海外に行った経験はほとんどなくて、
  一度でいいから欧州の町並みは見てみたい。
  日本の街もそんなに知らないのに
  ぜいたくかもしれませんが。

とんぼの本 須賀敦子が歩いた道とんぼの本 須賀敦子が歩いた道
(2009/09/26)
アレッサンドロ・ジェレヴィーニ須賀 敦子

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sai.wingpen  須賀敦子という風景                     矢印 bk1書評ページへ

 人はその生涯においてどんな風景とともに歩むのだろうか。
 生まれた土地の風景、青春期を過ごした街の雑踏、恋におちた静かな夜景、新しい家族と寄り添う見知らぬ街、やがてまたひとりとなって、終の住処となるところ。
 私たちの前に突然現れて魅了し、瞬く間に逝ってしまった須賀敦子という作家の、作家以前のイタリアでの風景を写真でたどる本書は、須賀が生まれ育った芦屋夙川の学校へとつづく坂道からはじまる。その坂道を「爪先に力を入れて歩いた」須賀は、その生涯に大きな影響を与えたイタリアの町の坂道も、そのように歩いたのかもしれない。
 それは宗教という坂道をたどる、須賀の歩みだったろうか。それとも、人との出会いを求めての歩みだったろうか。
 
 シエナの坂道、坂の町アッシジ、ペルージャの極楽通り、ローマのアラチェリの大階段、坂のない街ミラノ、トリエステの山の通り。
 それぞれの街の表情をおさめる豊富な写真を見ると、須賀が見た風景の多くが石でできた街だったことに気づく。それは彼女が生まれた日本のそれとは大きく異なる。
 そして、須賀が残した文章もまた、これらの石の街のように、幾重にも積み重ねて出来上がったものだということに思いがいたる。
 風にさらされ、雨にうたれ、それでもそれらの石の町が崩れることもなくそこにありつづけるように、須賀の文章もまた没後十年を過ぎても、いまだに多くの読者を魅了し、あらたな読者を生み続けているといえる。

 須賀敦子にとって、これらの風景はどのように映っていたのだろう。

 今しも、その石の坂道の、光の届かない影から、ふっと須賀が姿を現わしそうな気がする。そう、一瞬。その姿を追い求めて、私たちもまた、石の坂道をくだり、のぼる。
 そうして、須賀敦子もまた、ひとつの風景になる。
  
(2009/12/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  11月の「さいたまブッククラブ」の例会で
  私が紹介したのが、この『憂魂 高倉健』という
  横尾忠則さんの写真集です。
  この本が一体いくらすると思います?
  なんと。
  15000円(+税)という、超豪華本なのです。
  たぶん、このブログで紹介したたくさんの本のなかでも
  もっとも高価な一冊でしょうね。
  それでも高倉健さんのファンには堪えられない、
  垂涎の一冊かもしれません。
  この写真集には、若き日の藤純子さん(現富司純子)の写真もあって
  私にはうれしかったですね。
  寺島しのぶさん(彼女の好きですね)は藤純子さんの娘さん。
  「さいたまブッククラブ」でこの本の紹介をした時に、
  高倉健さんがやくざ映画の主役というより
  『鉄道員(ぽっぽや)』の真面目な駅員というイメージなのを知って、
  やはり時代を感じました。
  藤純子さんが緋牡丹お竜だったなんていっても
  誰もわからないのかも。

憂魂、高倉健憂魂、高倉健
(2009/06/01)
横尾 忠則

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sai.wingpen  待ってました、健さん              矢印 bk1書評ページへ

 グラフィック・デザイナー横尾忠則の編集による役者高倉健の、豪華写真集である。
 一冊まるごと高倉健なのであるが、同時にこの本全体が横尾の作品であるともいえる。
 そもそもこの写真集は復刻版である。その経緯は、「付録」リーフレットに収められた、今回の出版元である国書刊行会の「プロダクション・ノート」に詳しいが、本書のオリジナル版は1971年に刊行されたものなのだが、色々な事情があってそのオリジナル版が書店に並ぶことはなく、その一部は古書店に流通しただけだという。それに、それよりも以前に、この本のもとになった『高倉健賛江』にいたっては見本数冊を作っただけで出版さえ実現しなかった。
 それから38年めにして、ようやくこうして復刻したのである。

 ただ時代があまりにも変わってしまって、当時の高倉健を支持する大衆の熱もすっかり冷めてしまったといえる。高倉健という役者は、ヤクザ映画のそれではなく、『幸福の黄色いハンカチ』や『鉄道員(ぽっぽや)』を演じた俳優として記憶されている。
 「あの時代の空気を胸いっぱいに吸い込んでぼくはこの本を編集、製作をした」という横尾忠則は今回の出版に関して、「当時の映画をオンタイムで観ていない現在の若者にぜひこの本を手に取らせたい」と綴っている。
 しかし、これはもはや、役者高倉健の写真集というよりも、1970年という時代の写真集だといっていい。
 東映やくざ映画のなかの高倉健はたしかにカッコよかったが、そのカッコよさそれさえもがあの時代の残光に思える。
 うらぶれた映画館の固い座席にうづくまりながら、オールナイトで高倉健の忍従と刹那にしびれて、「待ってました、健さん」と大向こうから声を発した多くのファンたちもまた、あの時代の風景となっている。
 実際この写真集でもっとも強く見入ってのは、高倉健の姿ではなく、当時の映画館のロビーのベンチに転がり眠る男たちであり、臭いまで思い出しそうな映画館のトイレの写真だった。
 それらを見ていると、70年代は、映画館の暗闇が時代に疲れた者たちを慰撫した、最後の時代だったかもしれないと思える。

 現在の若者たちにとって、父親や母親が青春を生きた時代はどのように映るだろうか。高倉健という役者に熱狂した時代をどのように見るだろうか。
 健さんの背中一面の唐獅子牡丹に飛び散った血に涙した時代を想像することさえできないのではないだろうか。
  
(2009/12/02 投稿)

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