04/14/2010 追悼・井上ひさし その二 - 本の運命:書評

4月12日の朝日新聞夕刊に
論説委員の山口宏子さんが
井上ひさしさんの「評伝」を書いていました。
題名は「奇想と笑い 多彩な山脈」。
書き出しはこうです。
作品群を改めてみると、質と量の迫力に圧倒される。
戯曲は60を越え、小説も多数。エッセーや対談は数え切れない。
一作一作が高い峰。それがどこまでも続く。雄大な山脈のようだ。
たしかに井上ひさしさんはたくさんの著作を
私たちに残してくれました。
では、その半生はどんなものであったのか。
そう思った人におススメなのが、
今日紹介する『本の運命』です。
この本で井上ひさしさんがどのような
半生をおくってきたかわかるかと思いますが、
何よりも本との出会い、図書館との出会いが
井上ひさしさんには重要だったように思います。
書架の前で本を手にする井上ひさしさんの
表紙もいいです。
じゃあ、読もう。
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先日亡くなった井上ひさしさんの遅筆は有名だった。
開幕寸前まで脚本が出来上がらず、小屋主や演出家とトラブルになったことも何度かある。それは約束を違えた側が悪いにしろ、いい作品を書きたいという井上さんの矜持があったにちがいない。
そのことを悪びれもせず、自ら所蔵していた13万冊の本を寄贈した場所に「遅筆堂」(山形県川西町)と名付けたのも井上さんのユーモアだったといえる。
山形県川西町は井上さんの生まれ故郷である。
この『本の運命』ではそこを出発点にした、井上さんの半生が綴られている。
小説家志望だったという父とは五歳の時に死別する。そこから井上さんの苦労が始まるのであるが、けっして井上さん自身がみじめな青年期をおくったわけではない。なぜなら、いつもそばに本があったから。
だから、この本は井上さんの半生記でもありながら、本への賛歌にもなっている。
「いい本というのは寿命がとっても長い。繰り返し繰り返し、集められたり、散ったりしながら、そのたびにその人の文脈に組み込まれていく」と井上さんは本書のなかで書いているが、「人の文脈に組み込まれ」たという点においては、井上ひさしという人間がその実例そのものであったといえる。
いい本で出来上がった人間だったからこそ、井上ひさしという書き手は、いつもいい小説を書こうとし、いい戯曲を作りあげようとした。
そして、そんな自分を作り上げてきた本を生まれ故郷の人たちに戻すことで、新しい人たちの誕生を願った。
「いろんな知恵が、本という形に纏められ、逆にこんど人間がそれをうまく次の世代へ伝えていく道具となる。本はそうやって、人の寿命をはるかに越えて生き延びていく」。
井上さんは本のことが大好きだった。
1987年に「遅筆堂文庫」を開設した時の、井上さん自筆の「堂則」がこの本のなかに掲載されている。そのなかの最後に、井上ひさしさんはこう書いている。
「読書によって、過去を未来へ、よりよく繋げんと欲す」。
井上ひさしさんは、本の力を、読書の力を、終生信じた人であった。
(2010/04/14 投稿)

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