プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは、江國香織さんの
  『真昼なのに昏い部屋』ですが、
  実にうまいタイトルです。
  本を読めばよくわかりますが、
  主人公の心情をうまくいいあてています。
  この本の表紙装丁に使われているのは、
  ゴヤの『気まぐれ』と題された
  版画です。
  軽やかに踊る少女の周りに
  悪魔でしょうか、不気味なものたちがいます。
  サブタイトルが「お前は逃げられまい」。
  これもまた、物語をうまく暗喩しています。
  このように、
  本というのは内容だけでなく、
  いろいろな側面で
  世界を作り上げているのがわかります。

  じゃあ、読もう。

真昼なのに昏い部屋真昼なのに昏い部屋
(2010/03/25)
江國 香織

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sai.wingpen  水は少しずつ滲みだして                矢印 bk1書評ページへ

 嫌な言い方を承知のうえで書けば、不倫小説である。
 不自由のない暮らし、それも夫が会社の若き社長という上流の生活を営む美弥子が大学の先生である近所のアメリカ人ジョーンズ、彼にはアメリカに離婚をしたいと願う妻がいる、といつの間にか「世界の外に出て」しまう。
 そういう二人の関係を世の中では不倫と呼ぶのだが、美弥子自身が自ら「不倫妻だわ」と気づくまで、物語はゆったりと二人の日常を描いているにすぎない。
 この物語の面白さは、あるいは怖さといってもいいのだが、そこにある。

 愛によって結ばれ結婚しともに生活を行うこと、それはふちいっぱいまではられた水甕のようなものだ。美弥子と夫の浩もそうであった。
 しかし、二人の会話が微妙にずれ、感情が交差しなくなり、いつの間にか少しずつその水が滲みだし、もれていることに気づかない。そのあたりの江國香織の描写はさすがにうまい。
 そんな美弥子のそばに別の水甕があらわれる。それがジョーンズだ。美弥子はジョーンズといると、「何もかも単純にたのしく、輝やかしく、お互いに相手といると、自分がとても身軽に、いっそ子供になったように、感じる」のだが、そういった感情が少しずつ水甕に水を満ちてきていることもまた彼女はほとんど気づいていない。

 不倫とは既婚の生活の水位と別の生活の水位が逆転することでうまれる。
 ゆるやかな水のもれはある時、大きな損傷で大量に流れ落ちる。そのとき、別の水甕に水が満ちていれば、新しいそれは自身にとってゆるがないものとなる。
 人はそんな水甕をいくつももっている。時にこの物語の主人公たちのように新しいものに変えることがあるが、ほとんど底にたまりのようになった水甕であってもそれを捨てることはない人もある。あるいは、もれていく水をくいとめようとする人もいるだろう。自ら叩き割る人だっている。

 ただいえることは、どんな立派な水甕をもっていても、人は新しいそれを欲しがるものだ。ただ、美弥子のように、そこに水が満ちるかどうかはわからない。
  
(2010/05/31 投稿)

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 週末の金曜日(5.28)の夜、
 朝日新聞社さん主催の
 「第14回手塚治虫文化賞贈呈式・記念イベント」に行ってきました。
 手塚賞1
 とはいっても、残念ながら用事があって
 贈呈式は間に合わず見れませんでした。
 残念。
 贈呈式の模様は5.29付きの朝日新聞にでていますので
 興味のある方はそちらをご覧ください。

 今回の受賞作ですが、
 マンガ大賞山田芳裕さんの『へうげもの』。
 知っている人は知っていて、知らない人は知らないのですが、
 この作品は安土桃山時代の武将茶人の古田織部
 ということで、後半の記念イベントは
 永青文庫館長の竹内順一さんと作家の荒俣宏さんの対談、
 「数奇とひょうげ」と題されて行われました。

 歴史とかお茶、工芸の造詣の深い人は
 古田織部といえば当たり前のようにわかるでしょうが、
 どうもこのあたり、私はとんとわかりません。
 わからないので、難しかったですね。
 荒俣宏さんが「私の師匠でもある水木しげる・・・うんぬん」という
 言葉だけが印象に残りましたが。

 ところで、山田芳裕さんの『へうげもん』ですが、
 子供時代に手塚治虫さんの漫画に親しんできたものとしては、
 山田芳裕さんの漫画のタッチは苦手です。
 ストーリーは面白そうですが。
 そういえば、昨年の第13回マンガ大賞を受賞した
 よしながふみさんの『大奥』ですが、
 今度柴咲コウさんと人気グループ嵐の二宮和也さん主演で
 映画になるんですよね。
 もしかしたら、今回の受賞作の『へうげもん』も
 いずれ映像化されるかもしれませんね。

 そのほかの賞ですが、
 新生賞市川春子さんの『虫と歌』、
 短編賞ヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエ』、
 そして、特別賞が故米沢嘉博さん。

 実はこの「手塚治虫文化賞」ですが、
 手塚賞2
 イベントに参加すると、
 とっても素敵なものがもらえるんです。
 それが、左にある、ピンバッチ。
 今年のデザインはベレー帽をかぶったひょうたんつぎ。
 これが欲しくて参加したみたいで、すみません。
 でも、ほかにもいいことがあって、
 会が終了して会場をでると、
 漫画評論家の夏目房之介さんをみかけてこと。
 夏目房之介さんといえば、夏目漱石の孫でもあります。
 そのことだけでも、
 行ったかいがありました。

 あ、うっかり忘れるところでした。
 山田芳裕さんはじめ受賞者の皆さん
 おめでとうございました 
 
  昨年の受賞式の模様はこちらで。

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プレゼント 書評こぼれ話

  とっても楽しい本を見つけました。
  最近読んだ本、
  そのなかには村上春樹さんの『1Q84 BOOK3』もはいっていますが、
  のなかでも
  飛びぬけて楽しい本です。
  それは絵本で、みやにしたつやさんが書いた
  『おとうさんはウルトラマン』。
  こういう本を紹介できるって
  本当にうれしいです。
  本を読んでいて
  こういうときが一番いいかも。
  表紙を見ただけで
  楽しくなりませんか。
  うーん。
  私が男の子(元ですよ、もと)だからかな。
  今子どものあなただけでなく、
  元男の子のあなたも
  ずっと以前に男の子だったあなたも
  読んでみてください。
  女の子のあなたにも
  おすすめします。

  じゃあ、読もう。

おとうさんはウルトラマンおとうさんはウルトラマン
(1996/05)
みやにし たつや

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sai.wingpen  おとうさんだってウルトラマン           矢印 bk1書評ページへ

 「ウルトラマン」のTV放映が始まったのは昭和41年(1966年)、私が11歳の時です。ちなみに本作の作者みやにしたつやさんは1956年生まれですから、ほとんど同世代にあたります。
 TV放映が始まると全国のたくさんの子どもたちが熱狂しました。すぐに怪獣のことなら何でも知っている怪獣博士がクラスのなかに誕生します。いまでいう、怪獣オタクのようなものです。
 当時はそんな怪獣博士がクラスの人気者でした。
 「ウルトラマン」だけでなく、出現しては倒されていく怪獣たちの体重や身長、強力な武器などを諳んじて、同級生たちをびっくりさせてくれました。彼は時に詳しい怪獣の絵もかいてくれました。この本の表紙絵を見ながら、なつかしさがひたひたと心にしみてきました。
 私たちはそういう世代です。

 そんな私たちもおとなになって、結婚して、子どもが生まれます。そして、ふっと、「ウルトラマン」には子どもがいたのだろうかと想像します。
 どんな怪獣にも無敵の「ウルトラマン」でも、「めちゃくちゃ よわい あいても いる」らしい。それが、こどもです。とっても強い「ウルトラマン」ですが、息子の描いた自分の似顔絵にしんみりしたり、怪獣をやっつけるのにキズがたえなくても「こどもの けがには めっぽう よわ」かったりします。
そんな自分によく似た「ウルトラマン」にしんみりします。
 きっと怪獣博士だって、想像できなかったでしょう。

 子どもが読むよりも先にお父さんが独りじめしたくなるような絵本です。
 そして、読み終わったあと、きっと子どもにしているにちがいありません。
 シュワッチ、って。
  
(2010/05/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  月の終わり近くなったとはいえ、
  まだ五月。
  それなのに、夏休み恒例の
  青少年読書感想文コンクール
  課題図書が発表になりました。
  いやあ、子どもたちも大変ですね。
  青少年読書感想文コンクールは
  今年で56回を数えます。
  私より先輩なんですね。
  今日紹介する、村上しいこさんの
  『とっておきの詩』は
  今年の、小学生低学年向けの
  課題図書の一冊です。
  でも、子どもたちのみなさん。
  おじさんの書評をまねてはいけませんよ。
  みなさんの感性でお書きなさい。
  感性っていうのは、
  この本を読んでどう感じたかということ。
  むずかしいね。
  そのヒントは本書のなかにありますよ。

  じゃあ、読もう。

とっておきの詩 (とっておきのどうわ)とっておきの詩 (とっておきのどうわ)
(2009/11/03)
村上 しいこ

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sai.wingpen  なんでやねん                 矢印 bk1書評ページへ

 子どもたちだって大変です。
 夏やすみでも冬やすみでも春やすみでも、大嫌いな宿題があります。
 小学二年生のつよしだって、そう。冬やすみの宿題は、「詩」を書くこと。担任の先生が夏休みにつづいて、文集を作ろうとがんばっています。
 でも、つよしには「詩」がどんなものかよくわかりません。せっかくできた「詩」もお母さんの大反対にあってボツになります。「かあちゃんの ケツは でかい」と書いたからかもしれません。
 つよしはおかあさんと一緒に町の商店街にでかけます。そこでみかけた光景を「詩」にしてみます。でも、やっぱりおかあさんの猛反対にあって、ボツ。
 もう、なんでやねん。

 大阪弁で書かれたユニークな童話。ことばがいきいきととび跳ねているのは、大阪弁の力が大変効いています。
 さまざまな風景をいろいろ観察することで、主人公のつよし少年は、「とっておきの詩」にちかづいていきます。
 文中になにげなく挿入されている詩ですが、子どもたちはこんなふうにしてものごとを言葉にしていくのだとすいこまれます。そして、子どもたちの素直な表現が、おとなになる知恵を背負い込んで、かざったり嘘をまじえたりゆがんでいくようで、すこし残念です。

 できれば、かぎのかかるひきだしにしまった子ども時代の「とっておきの詩」にみなさんが出あえたら、とっても素敵なんですが。
  
(2010/05/28 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する吉村昭さんは
  『戦艦武蔵』や『破獄』といった
  記録小説で人気の高い作家でした。
  でした、と書くのは、
  吉村昭さんが2006年に亡くなっているからですが、
  私が吉村作品を初めて知ったのは、
  第二回太宰治賞を受賞した『星への旅』でした。
  その後、自身の若い頃の病の姿を描いた作品や
  そういう題材の作品を多く読みました。
  今日紹介する作品『冷い夏、熱い夏』は
  肉親の死を描いた、
  吉村昭さんの中期の傑作です。
  刊行された当時読んで、
  深く感動したことを覚えています。
  どうしても再読したかった作品のひとつです。
  悲しみは物語だけが背負うものではない。
  書評であっても、
  悲しみは表現しうるはずです。
  万感の思い。
  そんな書評もあっていいのでは
  ないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

冷い夏、熱い夏 (新潮文庫)冷い夏、熱い夏 (新潮文庫)
(1990/06)
吉村 昭

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sai.wingpen  先に逝きしものよ                 矢印 bk1書評ページへ

 どうして彼は私よりも先に逝ってしまうのか。
 生者にはつづく時間があり、死者はその時間を共有できない。死者のとまった時間を置き去りにして、生者は生きる者してと当たり前だが、死者のいない時間を生きることになる。
 そのことに意味はあるのか。
 彼が残るのではなく、私が残ることに。
 もし、それが私よりも年若い弟であれば、なぜ、私は残り、弟は逝ってしまうのか。
 そのことにどんな意味があるのか。

 吉村昭氏の『冷い夏、熱い夏』(1984年刊)は、戦後の混乱のなかで双子のようにして支えささえあって暮した二歳年下の弟に突然襲った癌とその死を、まるでドキュメントのように淡々と描いた長編小説である。
 兄は死の迫る弟の姿を、作家として冷徹にじっと見つめている。そのことの方が弟の死よりも怖ろしいくらいだ。そんな作家をなじる妻や兄弟がいることも、吉村昭は書きつづる。そこに記録としてのバランスが生まれる。
 たった一人の弟、しかも死の淵をさまよった自身の若い時代を支えてくれた弟、の死にいたる日々は、弟が生かしてくれた者として、このようにして書くしかない。そんな吉村昭の決意を感じる。

 しかし、この物語が重い意味をもち、深い悲しみをたたえるのは、そのことが理由ではない。
 作家の緊張が時に破綻し、兄としての心情があふれだすからだ。
 あと二、三日しか持たないと医者に宣告されたあと、「ホームに立った私は、急に体が激しくふるえるのを感じ、階段の下に身をいれた。弟は死ぬはずはない。死なせてなるものか、と思った。嗚咽がつき上げてきた」と、まさにむきだしになった、裸の兄の姿が描かれる。
 そのとき、物語は死に逝く者の記録の視点をではなく、残りうる生者の心の深層をみごとに描いていく。

 物語の最終部、柩にはいった弟を運ぶ車の前を折りしも祭りの隊列が行き過ぎる。「紅白の綱をひく子供たち」に生の意味も死のとまどいも、ない。ただ祭りを楽しんでいるだけだ。彼らにある時間を、死者はもう共有しない。
 それは、なぜ、私ではなく彼なのか。もちろん、死者はこたえてはくれない。
  
(2010/05/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  お待たせしました。
  村上春樹さんの話題作、『1Q84』の三巻目、
  「BOOK3」の登場です。
  まず、あっさりと書いてしまうと
  これはしんどい小説ですね。
  物語があまりにもうまく出来すぎているために、
  といっても、
  私は「BOOK1」と「BOOK2」の方が断然面白かったですが、
  たくさんの人が謎をさぐりすぎのように
  感じました。
  村上春樹さんはもっとわかりやすい作家だったように
  思うのですが。
  あまりにも深刻になりすぎています。  
  これに続編があるのかどうか、ですが
  私はあると思います。
  いわゆる解決篇のようなものが。
  みなさんはどう思われますか。
  このブログでは
  「BOOK1」の書評
  「BOOK2」の書評を読むことができます。

  じゃあ、読もう。

1Q84 BOOK 31Q84 BOOK 3
(2010/04/16)
村上 春樹

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sai.wingpen  「ミステリアスな疑問符のプールの中に取り残されたままに」その3          矢印 bk1書評ページへ

 机の上の携帯電話が小さな光を発して着信を知らせる。
 間髪おかず、ルルルルと着信音が響く。ほんのわずかな時間。向こうの世界とこちらの世界がすこしばかりずれている。
 携帯電話をとる。昔のように配線が存在することはない。だとしたら、小さな箱は何によって、向こうの世界とつながっているのだろうか。
 たしかに声はする。しかし、それは彼もしくは彼女の声と微妙にちがっている。向こうの世界からこちらの世界に届くとき、声はゆがんでしまうのかもしれない。空中のダストに過敏に反応してしまうアレルギー患者のように。

 いまやほとんどの人が何気なく使っている携帯電話であっても、こういうふうに描いてしまえば、そのことに人々はなんらかの意味を探ろうとする。
 それが作者の仕掛けであればそれも甘んじてうけなければならないだろうが、村上春樹の話題作『1Q84 BOOK3』にはそういう描写があまりにも多い。
 この世界は、あるいは1Q84年の世界はというべきだろうか、謎にみちすぎている。
 読者はそれらの謎の意味を解こうと懸命だが、もしかしたら、それはただの携帯電話しかないかもしれない。そこには何の意味もないかもしれない。

 物語の二人の主人公、天吾と青豆。彼らがどのようになっていくのかという好奇心と『BOOK1』と『BOOK2』で描かれた多くの謎が解決されるのだろうかという興味で本作を読みすすんだものの、結局は何も解決しないまま、物語はおわる。
 どこかで答えを見落としてしまったのだろうか。小さな風景。なにげない言葉。引用される物語。あやまりはないか。意味は理解したか。すべてがそんな気分になってしまう。
 もしかしたら、月が二つ空にあっても構わないかもしれない。

 この長い物語はまだ終わらない。
 天吾と青豆はまだ何も行動していないし、何も生み出してもいない。だったら、「僕らはボートから降りて、地上の生活に戻る」ことは、まだできはしない。
 物語は、はじまったばかりだ。
  
(2010/05/26 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日の「さいたまブッククラブ」5月例会で
  私が紹介したのが、
  今回の松浦弥太郎さんの『今日もていねいに。』。
  本の帯には、
  「よく働き、よく暮らすための実用集」って
  あります。
  もともとは図書館で借りて、
  何度でも読みたくなって
  ちゃんと購入した本です。
  しかもフィルムコートまでしちゃいました。
  本の読み方って色々ありますよね。
  本屋さんの店頭に並んだときに
  まっさきに買ってしまう本。
  図書館で借りてすましてしまう本。
  文庫になってから買う本。
  それぞれの本への思いで
  いろんな接し方があります。
  松浦弥太郎さんの『今日もていねいに。』は
  私にとっては、
  大切な一冊となった本ということです。

  じゃあ、読もう。

今日もていねいに。今日もていねいに。
(2008/12/11)
松浦 弥太郎

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sai.wingpen  白いハンカチ                     矢印 bk1書評ページへ

 雑誌「暮しの手帖」の最後のページに「編集者の手帖」というコーナーがあります。いわゆる編集後記と呼ばれるものでしょう。その文章の最後が、本書のタイトルにもなっている「今日もていねいに。」。
 はじめてその一文を目にしたとき、はっとなって、前の号はどうだったのかと既刊号を何冊も開いてみました。そこにも、「今日もていねいに。」とあります。
 わずか九文字なのに、なんて美しい言葉なんだろう、と打たれました。
 「今日もていねいに」につづく文章とは何でしょう。
 編集者としては、おそらく「読んでもらってありがとう」でしょうが、それだけではない、作り手の思いが、最後の「。」に込められているように感じます。
 書いているのは「暮しの手帖」の編集長、松浦弥太郎さんでした。

 本書には、そんな松浦弥太郎さんの「暮らしの中のひとつひとつの出来事と向き合い、じっくりと考え、頭だけでなく自分という存在すべてで取り組むためのやり方」、毎日の「暮らしのなかの工夫と発見」がたくさん紹介されています。
 書かれていることは難しいことではありません。
 たとえば、「とことん話すのは無理な相手でも、自分から「おはよう」と言ってみましょう。相手ばかりか自分まで気持ちが変わり、朝がすてきになるはずです」(20頁)みたいな、あたりまえのような工夫。
 そのことを松浦さんはこんなふうに書かれています。
 「慌しい世の中や人間関係でブレてしまった心の矛先を、そっと自分自身に向けなおす」と。

 「ブレてしまった心の矛先」。この時、「ブレて」いるかどうかの判断は自分自身です。この本のなかに書かれているようなことを知らなかったら、「ブレて」いるかどうかさえ、わからないかもしれません。あるいは、自身の生き方の指針のようなものがまったく違えば、ブレようがありません。
 それは間違っているかもしれませんし、ただしいかもしれません。
 それを判断するのは、自分自身です。

 松浦さんは、「間違ったことをしたら潔く謝り、失敗はちゃんと認め、決して嘘をつかず、いつも正直・親切を心がける。これが心の清潔を保つ方法です」(43頁)といいます。
 清潔な真っ白いハンカチでなくても手は拭けるでしょう。
 でも、私ならやはりそんなきれいなハンカチをもっていたい。持つように心がけたい。
 「今日もていねいに。」といえる、生き方をしたい、と思います。 
  
(2010/05/25 投稿)

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 先日の土曜日(5.22)、久しぶりに
 「さいたまブッククラブ」の定例会に参加しました。
 三ヶ月お休みをして、
 しかもこの日も用事があって遅刻。
 主宰者のNさん、ごめんなさいね。

 さて、会場のさいたまコムナーレに行くと、
 なんとチームが二組になっているではありませんか。
 参加人数が増えて、増殖分裂したんですね。
 すごいな。
 ひとつがくまさんチームで、もうひとつがリスさんチーム。
 なんてことはありません。

 主宰者のNさんとこの会の発足時から参加のOさんが
 それぞれの牽引役としてわかれているようです。
 この日の参加者が私も含めて15人ですから、
 終了時間とか考えるとこの処置は仕方がありません。
 もっとも、それぞれのチームでどんな本の紹介があったか
 わからなくなるのが難点で、
 今回は早く終わったチームが途中合流。
 最後に再度簡単におさらい、みたいになりました。

 久しぶりの参加で、
 初めての人がいたり
 お久しぶりの人がいたりで、
 みなさんの紹介される本に「これは、」と感心したり、
 この路線弱いなと黙ったり、
 やはり本好きの集まりっていいですね。
 紹介される本も千差万様。さまざま。
 池波正太郎あれば立原えりかもある。
 『菊と刀』もあれば『乳と卵』(川上未映子さんの芥川賞受賞作)もあれば
 茨木のり子さんの詩の世界や
 鴻上尚史さんの演劇の世界の名セリフ集もある。
 SFの名作もあれば恩田陸さんもある。
 みなさん、さすがです。
 私が今回紹介したのは、
 松浦弥太郎さんの『今日もていねいに。』という本。
 明日、このブログに書評を書きますね。

 いつものMさん(♀)のお宝本ですが、
 昔の教科書とかいくつかあったのですが、
 目をひいたのが、太宰治の『斜陽』。 太宰
 昭和23年の刊行のものですが、
 もしかして初版?
 だとしたら、すごい掘り出し物。
 奥付けには「太宰」という著者検印もあったりして。
 右の写真がそうなんですが、
 あまりよくわかりませんね。
 でも、すごいな。

 私が参加する少し前に、
 「岩波文庫目録」が紹介されたらしいのですが、
 カタログ
 今回から初参加のMさん(♀)、すばらしい。
 文庫解説目録は各文庫が作成します。
 どんな本を読もうかと悩んだときや
 あの物語どんなのだったかなと振り返りたいとき
 すごく便利なすぐれもの。
 左の写真はそんな解説目録の数々です。

 ハインラインの『夏への扉』を紹介されたSさん(♀)。
 ハヤカワ文庫にこの作品ははいっているようです。


 いつものように、楽しい3時間でした。


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プレゼント 書評こぼれ話

  一冊の本にであうまでには
  何本かの線が必要かもしれません。
  『岸辺の旅』の湯本香樹実さん、
  『ぼく、おかあさんのこと・・・』の酒井駒子さん。
  この二つの線が交わって
  であったのが、
  今日紹介する『くまとやまねこ』という絵本です。
  この絵本は絵本屋さん大賞を受賞しています。
  それは抜きにしても
  とてもいい絵本です。
  かわいいとかきれいとかおもしろいのではなく
  深い絵本です。
  こういう絵本を読まずにいるのは
  とてももったいないですね。
  大人だって充分読み応えのある作品です。
  子供がいなくても
  きっと読んで、考えされる絵本だと思います。

  じゃあ、読もう。

くまとやまねこくまとやまねこ
(2008/04/17)
湯本 香樹実

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sai.wingpen  絵本というにはあまりにも              矢印 bk1書評ページへ

 いのちのことを考えているのではありません。
 死んでいったもののことを思っています。私よりも先に逝ってしまったもののことを思っています。
ちょうど、この物語の、なかよしだったことりをなくしたくまのように。

 これは湯本香樹実さんが書いた絵本です。絵は酒井駒子さんが担当しています。
 湯本さんの細やかで奥深い文章と、酒井さんの静かで哀しい色調の絵が相まって、深い物語の森へいざなってくれます。
 そこで、ちいさなことりの死に悲しむくまを見つけます。
 でも、くまにはぽっかり何かが抜け落ちています。なくしたものの悲しみに、そのことを見失っています。
 くまは、いのちのことなんか少しも考えていません。自分より先に冷たい骸(むくろ)になったことりを抱きしめるだけです。

 そんなくまはやまねこに出あいます。やまねこの奏でるバイオリンの音色に、なかよしだったことりとの楽しかった時間を思い出します。
 くまはことりだけでなく、そんな時間もなくしていたのです。
 「くまはなにもかもぜんぶ、思いだしました。」
 死んでいったものではなく、ようやくいのちのことを思い出します。
 
 深い悲しみに満ちた絵本です。
 それでも、この絵本によって、いのちのことであったり、死んでいったものたちであったり、生きていく途上で私たちが避けることができない多くのことに気づかされるのです。
  
(2010/05/23 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介した『ざらざら』は
  昨日の『パスタマシーンの幽霊』の
  前作にあたる、川上弘美さんの短編集です。
  この二つの短編集は、
  雑誌「クウネル」に連載されていた
  短編を集めたものとして
  同じ雰囲気をもった作品集です。
  その数編には、
  おかまの修三ちゃんというキャラクターも
  登場しますから、
  まあシリーズ1、2みたいな感じかな。
  今日は2006年に書いた蔵出し書評ですが、
  かなり苦戦しながら書いているのが
  よくわかります。
  川上弘美さんは
  書評を書く側の立場でいえば、
  かなり書きにくい作家です。
  川上弘美さんの雰囲気を
  どう伝えるかが難しい。
  今日は、そんな苦心のあとも
  お楽しみください。

  じゃあ、読もう。

ざらざらざらざら
(2006/07/20)
川上 弘美

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sai.wingpen  川上問答                    矢印 bk1書評ページへ

 前略 川上弘美様
 わたくし、あなた様の作品を大切に読まさせていただいている、五十一歳の男性です。
 大切にと書きましたが、あなた様が芥川賞を受賞されました『蛇を踏む』はもちろん読みましたが、実際私の読書歴の中であなた様が大切な場所を占領なさったのは名作『センセイの鞄』からであります。
 あの作品の、なんと心地よい読後感であったことでしょう。正直申し上げて、あの作品の再読が恐くて、いまだにできないでいます。あの作品を読んだあとの心の奥深いところの震えが次こなかったらどうなるのか、私にもわかりません。しかしながら、あの作品のあと、あなた様は間違いなく私にとってたいそう大切な作家になりました。

 では、私にとってあなた様の何が大切なのか、ということであります。
 実は私にもわからないのです。
 というか、うまく表現できないのです。ひとつの物語が生まれる。それをたくさんの人が読む。そして、たくさんな人が、その作品の良さを、たくさんの言葉をもって表現する。
 でも、あなた様の作品はそんな表現を拒んでいるかのようです。
 あなた様の『ざらざら』でもそうです。どれほど多くの川上弘美愛読者がこの本を読まれたことでしょう。それなのに書評がほとんど書かれないということはどうしてでしょう。そこにあなた様の不思議な魅力があるのではないかと推測しています。

 それは、あなた様の作品が書評という行為を拒絶されている魅力といってもいいかもしれません。
 書評を書いてみるなら書いてみてもいいけれど、それがすべてではないんだよ。そんなふうにあなた様の作品が云っています。
 どうして「よかった」「感動した」だけではいけないのでしょう。どうしてたくさんの言葉を弄してまで書評を書かなければならないのでしょう。あなた様の作品は常にそういい続けています。
 言葉が紡がれる。あなた様の作品をいつもそのようにしてあります。そんなきれいな言葉の紡ぎにどのようなしかめっ面の書評も似合いません。

 「あいたいよ。あいたいよ。二回、言ってみる。それからもう一回。あいたいよ」(39頁・『コーヒー・メ−カー』)
 何を、どのように書けば、この文章にふれたその時の自分を表現できるのでしょうか。
 川上弘美様。
 あなた様の作品は私には手ごわすぎます。いいえ、そうではない。あなた様の作品こそ本を読むということの本当の意味を教えてくれているのかもしれません。
 素直に、心から「よかったね」といえばいいんだと。
  
(2006/08/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介した川上弘美さんの
  『パスタマシーンの幽霊』ですが、
  興味をひく、いい題名ですね。
  もっとも、私はパスタマシーンを知らなかった。
  そこで、調べてみました。
  これが、パスタマシーン。

GEFU パスタマシーン 28400GEFU パスタマシーン 28400
()
GEFU

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  マシーンというだけあって
  なんだかかっこいいですよね。
  機械なんだと、
  わかる形態がいいですよね。
  これで、パスタを作ったら
  やっぱりおいしいんだろうな。
  私、パスタ好きなんですよね。
  昔はミートスパゲェティとかイタリアンぐらいしか
  食べることなかったのですが、
  今はいろんなパスタが楽しめて
  それは、それで大好き。
  パスタを食べるように、
  川上弘美さんの世界を
  堪能してください。

  じゃあ、読もう。

パスタマシーンの幽霊パスタマシーンの幽霊
(2010/04/22)
川上 弘美

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sai.wingpen  他の目的には使用しないで下さい            矢印 bk1書評ページへ

 渋谷の東急ハンズにパスタマシーンを見に行った。
 クロムメッキの輝きが、実に近未来的な台所道具だ。これで、お手製のパスタが作れるのだから、かなり心ときめく。
 使用説明を読むと、ハンドルを回すと麺がにゅるにゅると出てくる(もちろん、その前に小麦粉をこねたり、生地をのばしたりするのだが)ようである。
 そんなパスタマシーンを、しかもけっこう使い古されたそれを、彼氏の部屋で見つけたら、あなたならどうするだろう。それが死んだ「ばあちゃん」の形見なんて言われて、しかも時々「ばあちゃん」の幽霊がパスタを打ってるなんて言われて信じるだろうか。
 「ばあちゃん」の幽霊がハンドルを回すと、麺がにゅるにゅるとでてくるなんて。

 川上弘美の短編(どちらかといえば、ショート・ショートに近い)集である。
 「ばあちゃん」の幽霊だけでなく、山口さんというコロポックルが出てきたり、おかまの修三さんが出てきたりする、不思議な短編集だ。
 22篇の物語の主人公はみんな女性。恋をしたり、失恋したり、落ち込んだり、喜んだりしている。
 女性とは、パスタマシーンより、もっと、ずっと不思議だ。でも、その不思議が素敵だ、と男の私は思う。
 ちょうどパスタマシーンのように。

 川上弘美はしごくまっとうな作品を書く一方で、時々理解を超えた作品をつくりだす。それはどこかしら、パスタマシーンをあやつる幽霊に似ている。ハンドルを回すという古風な使い方とクロムメッキの輝き。そして、にゅるにゅるとでてくる、作品群。
 もし、夜中に「ばあちゃん」の幽霊が原稿用紙を埋めているらしい、と言われたら、少し信じてしまいそうな、川上の不思議な世界が堪能できる作品集である。
  
(2010/05/21 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、昨日のつづき、
  のような。
  昨日の『めくらやなぎと眠る女』に先立って、
  海外で刊行された短編集の、蔵出し書評です。
  書評を書く際には、
  割とタイトルには気をつかいます。
  その点、今日紹介する『象の消滅』の
  書評タイトル「月面を歩く」は
  結構お気に入りの部類にはいります。
  その理由は書評を読んでもらえればわかりますが、
  シンプルな感じが村上春樹さんの作品ぽくて
  好きです。
  この短編集が出版されたのは2005年ですが、
  今の村上春樹さんは
  その時よりももっと大きくなったのでは
  ないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991「象の消滅」 短篇選集 1980-1991
(2005/03/31)
村上 春樹

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sai.wingpen  月面を歩く                     矢印 bk1書評ページへ

  アポロ11号が月面に着陸したのは1969年7月20日だった。月から届けられた映像に全世界の人が釘づけになった。今でもあれは映画会社のスタジオで撮影されたのではないかといった疑惑が出るくらいだから、多くの人にとって月面を歩く宇宙飛行士の姿は夢のような出来事だったにちがいない。村上春樹は20歳だった。その時と同じくらいすごいことを彼は1990年の夏に経験する。アメリカの雑誌「ニューヨーカー」に彼の短編『TVピープル』が掲載された時のことを、村上春樹は「月面を歩く」のと同じくらいすごいことだったと、アメリカからの逆輸入版(原書は1993年にクノップフ社から出版された『The elephant vanishes』)であるこの本の書き下ろしエッセイの中で書いている。

 この『象の消滅』を本屋さんの店頭で手にした時の気分は「月面を歩く」とまでは言い過ぎだけど、充分わくわくさせるものがあった。まず何よりも装丁がいい。黄色い地(まさか月の色を模したわけではないだろうが)に英語の書名、それに藤掛正邦による象のワイヤーアート。象という誰もが知っている愛らしい動物がまるで未来の空間を表現しているみたいで、万博のどこかのパビリオンかなにかのように見える。何か新しい物語が始まる予感のする素敵な装丁である。それに、表紙だけでなく天も地も小口もすべて黄色い本は、若い頃に無理して丸善かどこかで買ったアメリカの原書のようで、当時大阪の片田舎から東京に出てきたばかりの若い私をときめかせた気分が漂う。この『象の消滅』という本はすでに何度も読んだ村上春樹の初期短編17編が収録されているだけなのに、私にとってはまるで新しい本なのである。

 この国には「錦を飾る」という、故郷を離れている人が立身出世して故郷に帰ってくることを意味することわざがある。収録作品もその順序も英語版そのままのこの本は確かに「ニューヨーカーに選ばれ、世界に読まれ、日本に再上陸」してきたわけだが、なんだか「錦を飾る」という古風な言い方からはもっとも遠い地平にあるような気がする。もっと単純に気分が浮き立つ感じなのだ。それは村上春樹という作家が誕生した時に、日本文学に与えた高揚でもある。それを今またこの『象の消滅』という初期短編集で楽しめるなんて、こんな素敵なことはない。
  
(2005/04/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  村上春樹さんの短編小説は
  好きです。
  長編小説よりも好きです。
  単行本で読んで、
  文庫本で読んで、
  全作品集で読んで、
  こうしてこの『めくらやなぎと眠る女』のように
  海外で刊行された短編集として
  読んでいます。
  それでも、いつも新鮮なのが
  村上春樹さんの短編の
  魅力ではないでしょうか。
  今や『1Q84』で圧倒的な人気を誇る
  村上春樹さんですが、
  短編だって侮れません。
  私は好きだな。

  じゃあ、読もう。

めくらやなぎと眠る女めくらやなぎと眠る女
(2009/11/27)
村上春樹

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sai.wingpen  まずはサラダをめしあがれ                     矢印 bk1書評ページへ

 短編小説を書くことは「喜び」であると、外国の読者に向けて編まれた第二短編集である本書のイントロダクションの冒頭で、村上春樹は書いている。
 その理由は、書くという「作業が比較的短い期間に終了」すること、「どんな些細なことからでも、ひとつの物語を作り上げてしまえる」こと、だという。
 これらの「喜び」は作者のものであって、読者のものではない。
 だから、村上春樹の短編についての読者の「喜び」は、読者自ら探し出さなければならない。夕刻の影踏み遊びの影をさがすみたいに。

 まず、読むという「作業が比較的短い期間に終了」すること。これはいい。
 村上春樹は自身「基本的には長編小説作家と見なしている」のだが、初期からすれば、物語はどんどん長くなっている。思わず、やれやれ、とつぶやきたくなるくらい。長編小説を読みきる「喜び」はまた別のもので、こと短編小説は時間的な「喜び」である。
 ちなみにいえば、これほどに忙しい社会にあって、村上春樹に限らず、物語がどんどん長編化していくのはどうしてだろうと思っている。
 良質な短編集がもっと読まれていい時代だと思うのだが。

 村上春樹の短編を読む「喜び」のもうひとつは、多彩なスタイルだろう。
 この短編集には24の作品が収められているが、それぞれがまったく独立している。24人の王様が太鼓をたたいている。
 だから、『めくらやなぎと、眠る女』が好きだという人もいるだろうし、『かいつぶり』がお気に入りだという人もいる。『蛍』が断然いい、という人もいる。それは、ちょうどサラダボールのなかのトマトが好きな人とピーマンが好きな人がいるのと同じだ。トマトはピーマンではない。でも、サラダボールのなかにある。そして、それらはサラダなのだ。

 今回も藤掛正邦のワイヤーアートによる装丁がいい。
 持っているのもおしゃれな本である。できれば、ドレッシングも一緒に持ち歩きたくなる。
  
(2010/05/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  書評のなかに書きましたが、
  ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を
  読んだのは初めてなんですよね。
  どういう物語かも知らなかった。
  ディズニーのアニメを
  娘たちが子供の頃、
  夢中になって見ていたのは
  わかっていたのですが、
  とうとう今まで知らずじまいに
  きてしまいました。
  娘たちがビデオを何度も何度も
  見ていたのは
  この物語にえもしれない
  魅力があるからだと思います。
  でも、残念ながら
  今の私にはその魅力の半分も
  理解できていないかもしれません。
  本という不思議は
  そんなところにもあります。
  ちなみに今回の書評のタイトルは
  この物語の冒頭にでてくる言葉です。

  じゃあ、読もう。

不思議の国のアリス (新潮文庫)不思議の国のアリス (新潮文庫)
(1994/03)
ルイス キャロル

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sai.wingpen  いまがこの次!                  矢印 bk1書評ページへ

 きっと誰にだってあるのだと思う。国語の授業とかで必ず紹介されているのだが、なんだか読みすごしてしまった物語は。
 私にもいっぱいある。あの本、この物語、えとせとら。
 もうすでに若いとはいえない年齢になってしまえば、それら、読まれなかった物語に出逢える確率はうんと少ないのだが、それでもなんとかそのうちの一冊でもこうして読めたことは、うれしい。

 こんなに有名な物語を、初めて読んだ。
 人生の、おそらく、半ばを過ぎて、ようやくアリスと一緒に不思議な穴に飛び込むことができた。
 もし、十代の時にアリスに出会っていたら、人生は変わっただろうか。仮に、二十代ですぐ首を切れと叫ぶ女王様を知ったら、人生は変わっただろうか。

 アリスに今まで出逢えなかったのが、残念だ。
 過ぎ去った時代を、アリスを知らなかったことでうんと損してきたかもしれない。だから、若い人にはぜひ読んでもらいたい。
 今しかないアリスに出逢うために。
  
(2010/05/18 投稿)

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 昨日(5.16)、東京・上野の国立科学博物館
 「大哺乳類展-陸のなかまたち」を見に行ってきました。
 哺乳類が好きかと聞かれたら、
 大哺乳類
 うむと一拍おいて、どうかなと答えます。
 なにしろ、彼らはおおむね
 吼えるし、
 噛むし、
 走りまわる。
 だから、それがシロクマのように大きな哺乳類でも
 犬や猫のような小さな哺乳類でも
 どうも苦手。

 では、どうして「大哺乳類展」を見に行ったかというと
 写真家星野道夫さんの展示コーナーがあったからなんです。
 今回は星野道夫さんが愛用したものとか
 作品があるとか聞いていたので、
 勇気をだして(大げさですが)
 出かけました。

 日曜ということもあって
 会場の国立科学博物館はたくさんの家族連れで
 賑わっていました。
 でも、若い人たちは少なかったな。
 たいがい、小学生ぎらいの少年少女たちが
 動物たちのはく製や骨格や化石の前で
 きゃあきゃあ賑わっていました。
 でも、はく製なんですよね。
 そりゃあ、珍しい生き物もたくさん展示されていましたが
 国立科学博物館の隣には動物園もあるんだから、
 そこに行けば、生きた象もキリンもいますよ。
 やっぱり骨やはく製よりはいいと思うんですが。

 そういうコーナーをめぐって、
 「オオカミ王ロボ」などで有名なシートンの世界が
 紹介、展示されています。
 もちろんシートン、知っていますが、
 どうも子供の頃から哺乳類が苦手でした。
 読んだことがない。
 けっこうつまらない少年時代を過ごしたものです。
 もし、子供の頃にシートンをきちんと読んでいたら
 きっともっと勇敢な人間になっていたかもしれない。
 そのシートンですが、
 今年生誕150年なんですって。

 そして、楽しみにしていた
 星野道夫さんのコーナーです。
 ところが、残念ながら
 このコーナーがとっても小さいんです。
 星野道夫
星野道夫さんの写真も
 大きなパネルで2、3点だし、
 せっかく宣伝するならもう少し展示して欲しかったなぁ。
 星野道夫さんの写真から
 子供たちが感じることもたくさんあると思うのですが。
 でも、星野道夫さんの生原稿や
 アラスカでつけていたノートなどが見れてよかったですが。
 それにしても、
 やっぱり星野道夫さんは星になるのが早すぎた。
 もっともっと星野道夫さんの写真を見たかったし、
 清潔な文章を読みたかった。

 そんな思いで会場をあとにしましたが、
 隣接の常設館もまた面白かった。
 この展覧会は6月13日まで。
 できたら、お子様と行かれることをおすすめします。

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プレゼント 書評こぼれ話

  この1週間は不思議な1週間でした。
  突然、このブログの訪問者が増えたのです。
  どうも記事のなかで、
  人気グループのことを書いたからかもしれない。
  違うかもしれないですが、
  どうもよくわかりません。
  もし、のファンのみなさんが
  せっかくのぞいてくれたなら
  それはそれで
  ありがたいことですが。
  いい本をたくさんの人に知ってもらいたい。
  ほんの興味で訪問して、それがきっかけで
  いい本にめぐりあうのもいいように思います。
  今日紹介する絵本、
  イーヴォ・ロザーティさんの『水おとこのいるところ』は
  のファンの皆さんだけでなく、
  大野智さんにも
  櫻井翔さんにも
  相葉雅紀さんにも
  二宮和也さんにも
  松本潤さんにも
  読んでもらいたいくらい
  いい絵本です。
  えーと、上の五人こそ
  のメンバーの名前です。
  しっかり覚えれば
  明日の職場では人気者になりますよ。
  多分。

  じゃあ、読もう。
  
水おとこのいるところ水おとこのいるところ
(2009/08/26)
イーヴォ・ロザーティ

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sai.wingpen  絵本だからこんなにしみじみしてしまうのかも        矢印 bk1書評ページへ

 なんと美しい絵本でしょう。
 まず、一面水色の表紙に魅きつけられます。イーヴォ・ロザーティさん文章もいい(翻訳は田中圭子さん)。ガブリエル・パチェコさんの絵も素晴らしい。暗い色調が水色を引き立たせます。
 そして、何よりも「ひらいたままのじゃぐちからうまれた」「水おとこ」というキャラクターが秀逸です。 
 さすがに第15回絵本賞の読者賞を受賞しただけのことはある読み応え十分の絵本です。

 「水おとこ」は「人とはちがっていることで」たくさんの誤解をうけます。だから、街の人びとから追いかけまわされたり、どなりつけられたりします。「水おとこ」はちっとも悪くはないのに。
 そんな「水おとこ」ですが、時が少しずつ流れて人びとは少しずつ心を開くようになってきます。素直に「水おとこ」を受け入れたのが子どもたちだというのが素敵です。
 でも、「水おとこ」がほんとうにいるところは、ここではありません。川や海や雨の中。だから、「水おとこ」は前に進みます。「水おとこ」はどうなるのでしょう。
 少しだけヒントを書けば、最後のページは、一面の水色。

 なんとなく村上春樹さんの翻訳で読みたい気分になる絵本です。
  
(2010/05/16 投稿)

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  今日紹介した湯本香樹実さんの
  『岸辺の旅』を読むきっかけは
  bk1書店に掲載されていた
  佐々木なおこさんの書評
  いい書評なんですよ、これが。
  やはり書評というのは
  それを読んで、その本を読んでみたいと
  思わせる力があるかどうかだと
  思います。
  今回の私の書評にその力があるかは
  読者のみなさんが
  判断していただければいいのですが
  これは
  一読の価値ある、物語です。

  じゃあ、読もう。
 
岸辺の旅岸辺の旅
(2010/02)
湯本 香樹実

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sai.wingpen  水の淡い                  矢印 bk1書評ページへ

 死者はどこにいるのだろう。
 導くものとして我々の前をいくのか、残されたものとして我々の後にあるのか。それとも。
 そう、それとも、我々生きる者とともに死者はここにあるのだろうか。

 三年前に忽然と姿を消した夫優介がある日妻瑞希の前にもどってくるところから、この生者と死者の物語ははじまる。
 「海の底で蟹に喰われてしまったんだよ」と、最初から優介は死者であることを隠そうとはしない。瑞希もまた目の前の優介が死者であることをなんとなく納得している。すでに瑞希は、優介という死者とともにある。
 二人は優介が妻と再び出会うために過ごしてきた時間を遡るように、「あるときは海辺を、あるときは山里をとさまよう」。
 めざすのは、おそらく永遠の別れ。
 旅の途中で出会う人々も、死者であり、生者であり、彷徨うものたちである。
 優介は死者であるにもかかわらず、彼らとつながることで、妻の知らなかった存在を身にまといだす。あるいは、夫婦として過ごした日々のそれでも知ることのなかった夫の過去があぶりだされていく。
 生者は死者の何をわかっていたというのだろう。もしかしたら、生者は死者とこのように繋がることでしか、死者を理解できないのだろうか。

 なんとも切ない物語である。
 切ないのだけれど、手のひらで水をすくうように、こぼれ落ちた水の淡いがたまらなくいとおしい、そんな物語でもある。
 死者はここにいる。やがて、別れゆく、そのために。
  
(2010/05/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東京・世田谷区池尻に
  「ほーちゃん」という食事処があります。
  まあ、そば・うどんのお店かな。
  このお店、私にとってはとても
  思い出深い店なんですよね。
  学生時代に東京に出てきて
  初めて暮らしたのが
  池尻にあった学生寮。
  村上春樹さんの『ノルウェイの森』にでてくる
  寮の雰囲気に近いかな。
  それで、関東風の濃いダシのうどんを
  初体験したのが、「ほーちゃん」でした。
  あれから、35年。
  久しぶりに訪れた池尻で
  あの時の場所にそのお店を発見して
  どんなにうれいかったか。
  少し(かなり?)改装されてきれいになっていました。
  池尻の街も
  さすがに35年も経つと様変わりしていますが
  このうどん屋さんが残っていて
  ホッとしました。
  うれしかったなぁ。
  もちろん、関東風の濃いダシのそばは
  ちゃんと食べてきました。

  じゃあ、読もう。

映画館のある風景 昭和30年代盛り場風土記・関東篇映画館のある風景 昭和30年代盛り場風土記・関東篇
(2010/03/26)
キネマ旬報社

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sai.wingpen  ちっぽけな都市論           矢印 bk1書評ページへ

 都市は膨張する。より華やかさを求めて。より利便性をもとめて。
 都市の盛衰はまさに人間の欲望の移り変わりをみているようだ。なかでも繁華街は、人間の有象無象の欲望のまま、出現し、変容し、消滅する。繁華街に捨てられた多くの夢は枯渇することなく、新たな夢を紡ぎ出す。
 繁華街とは、都市とは、そういうものだ。

 本書は、映画雑誌「キネマ旬報」に昭和28年(1953年)春から昭和34年(1959年)春まで掲載されたグラビア企画「新・盛り場風土記」を当時の紙面そのままに再現した、貴重な記録である。
 この巻では、東京及び関東近郊の街が「関東篇」としてまとめられている。
 なかでもわかりやすい場所といえば、たとえば銀座。
 本書には昭和29年1月の銀座の風景が色褪せた写真とともに紹介されている。
 驚くのは写真に写るG・Iの姿ではなく、銀座の空が妙に広いということだ。戦争体験を経て、まだ街は生まれてこれから成長しようという段階であることがみてとれる。
 この記事の書き出しがふるっている。「銀座は風土としての美は、他のどんな地方の盛り場にも及ばない」(原文のまま)。
 つまり、風土、歴史がないということだ。しかし、だからこそその後の銀座は怪物にように膨張していったといえる。じゃまするものなどありはしない。
 人間の欲望さえあれば、映画館が乱立し、商業施設が出来ては消え、ファストフード店がまるで歴史などなるするものだとばかりに開店する。
 今の銀座と当時の銀座を比較すれば、ただただ見事というしかない。銀座ひとつとってもそうなのである。
 本書に紹介された、渋谷、新宿、池袋といった日本を代表する繁華街だけでなく、横浜や千葉、浦和といった東京近郊の街でも、大なり小なり同じである。

 都市は膨張する。その一方で、衰退もする。
多くの地方都市が抱える問題は、中心市街地の衰退である。
人間の欲望が大都市の繁華街に集中していることも要因だろう。それは、本書のなかで取り上げられた映画館の多くが現存しないこととよく似ている。
 地方の中心市街地がもっていた夢こそ、映画館の銀幕のなかにあった夢そのものだったのではないだろうか。
  
(2010/05/14 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年はNHKの大河ドラマ「龍馬伝」の影響もあって
  坂本龍馬が大ブームです。
  福山雅治さんの熱演もいいですよね。
  多くの人が龍馬のように生きたいと願っている一方で
  今回の書評に書いたように
  公務員志向の若者も多くいます。
  もちろん、そのなかでも
  本当に龍馬のように熱意をもって
  この国を変えたいという若者も
  たくさんいると思いますが、
  残念ながらその実態は
  龍馬の生き方とはマ逆のように
  感じられてなりません。
  今の若い人がどうのこうのではなく
  昔から若い人には
  どうしようもない安定志向の根は
  あったと思います。
  そのことを否定はしませんが
  ぜひ本当にやりたいことを
  じっくり考えてください。
  あるいは、それが叶わなかったとしても
  そのなかでどう自分を磨いていくかを
  見つめてください。
  今日の本田直之さんの
  『意思決定力』の書評は
  そんなつもりで書きました。
  ところで、昨日このブログは
  いつもの倍の訪問者がありました。
  怪物くん効果というより
  大野智さんの効果かなと思っています。
  さすがだけのことはある。
  さすが大野智さんのことはある。
  でも、よりも大野智さんよりも
  フガー効果だったりして。
  それはないですね、やっぱり。

  じゃあ、読もう。

意思決定力意思決定力
(2009/10/17)
本田 直之

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sai.wingpen  何故ならそれはあなたの人生だから         矢印 bk1書評ページへ

 公務員試験が過熱しているらしい。
 説明会の会場には予想以上の希望者が殺到して急遽会場を変更した自治体もあったという。
 就職氷河期といわれる時代にあって、若者たちが公務員を希望するのは、国や地方のために働きたいと願うのではなく、将来への安全志向だろう。単に安定や安全のために公務員になろうとするのであればやめるべきだ。
 自治体といって潰れない保障はどこにもない。今や国だってどうなるかわからない時代なのだ。それよりは、会社や組織に依存しない自分作りをめざすのが先決だろう。

 そのためにも自身のライフスタイルを確立しておく必要があるし、その要所要所で「他人」ではなく自らが決断をしていかなければならない場面に出くわすことがある。
 レバレッジシリーズで人気を博した本田直之氏のこの本には、そんな「決断」を仕組み化するための、55のルールが書かれている。
 書かれていることをどのように実践していくか、本田氏が本当に言おうとしていることはどういうことかをしっかり読み解く必要がある。なぜなら、これからはそのことが強く求められる時代になるだろうから。

 就職時期を迎え、世の中全体が不安定なことは確かに不運だといえる。
 しかし、考えようによっては好調な時代では体験できなかった自分さがしを今経験しているのかもしれない。あるいは、そういう時代に揺さぶられない自治体のありかたを作り出せれば、立派な公務員にだってなれるだろう。
 こういう時代だからこそ、一人ひとりが自分の「決断」で生きていかなければならないのだ。
 本書の最後で本田氏はこう書いている。「あなたの人生を運転するのは、あなたしかいないのですから」と。
  
(2010/05/13 投稿)

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 本屋さんの雑誌のコーナーを歩いていて
 お、これは! と目をひくのは
 やはり表紙のインパクトかもしれません。
 前回の「雑誌を歩く」では、ゲゲゲの鬼太郎に目をひかれ、
 今回は「怪物くん」に大注目です。
 雑誌の名前は「CUT(カット)」(690円・ロッキング・オン)5月号。

Cut (カット) 2010年 05月号 [雑誌]Cut (カット) 2010年 05月号 [雑誌]
(2010/04/19)
不明

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 この雑誌、実はまったく初めて目にしました。
 それだけ「怪物くん」の表紙にひかれたわけですが、
 この雑誌はエンタテイメント系の雑誌のようで、
 映画とかTVの記事が多いようです。
 今回は、何はともあれ「怪物くん」、
 ちがった、
 原作者の藤子不二雄Ⓐさんの魅力満載の雑誌の紹介です。

 題して、

   藤子不二雄Ⓐの主人公は深くて強い

 まずは特集のリード文から引用しますね。

   人間には誰にも欠点はある。大切なのはそれをどう対象化
   するかということ。
   藤子不二雄Ⓐが描くマンガに登場する主人公の多くは
   いつもそのことに気付かせてくれる

 なるほど、そうかもしれません。
 リード文の最後はこう。

   76歳になったいまなお連載を3本も担う
   巨匠の不屈なるバイタリティにとことん迫ってみる

 ここから先はもうすっかり藤子不二雄Ⓐさんの世界。
 代表作のオンパレードです。
 いきますよ。

 忍者ハットリくん。怪物くん。まんが道。プロゴルファー猿。
 笑ゥせえるすまん。・・・・・・・

 これらの作品が、ストーリーとか作品の位置付けといった
 説明文付きで楽しめます。
 私的には、本誌のなかで
 ちょこっと登場している「フータくん」という漫画が
 お気に入り。
 記憶で書くと、たしか「少年キング」連載だったと思います。
 毎週なんやかやのアルバイトをして
 おこづかいを稼いだり、使ったりするフータくん。
 結構現代風にアレンジしたら、
 人気がでると思うんだけどな。

 雑誌にもどると、
 このあと藤子不二雄Ⓐさんのインタビューがあったり、
 この春から日テレ系で始まった、
 人気グループ大野智さんが主人公を演じて話題沸騰の
 「怪物くん」ですが、
 その大野智さんと藤子不二雄Ⓐさんの対談とか
 大野智さんのロング・インタビューとか、
 もうハットリくんもびっくりな企画です。

 楽しい一冊でした。
 なあ、フランケン?

 フガー

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する柏葉幸子さんの
  『つづきの図書館』は
  ある地方の町の小さな図書館が
  舞台となっている、児童書です。
  たまたま新聞記事でこの本のことを見つけて
  図書館が舞台の物語って
  どんなのだろうって感じで
  ページを開きました。
  挿絵は山本容子さん。
  不思議な物語の世界と
  うまくマッチした山本容子さんの挿絵に
  これはこれだけで楽しめます。
  本の不思議を存分にお楽しみあれ。

  じゃあ、読もう。

つづきの図書館つづきの図書館
(2010/01/15)
柏葉 幸子

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sai.wingpen  つづきのつづき                     矢印 bk1書評ページへ

 本を閉じて、さてこの物語のつづきはどうなるのだろうと思うことがよくある。
 例えば、夏目漱石の『坊つちゃん』。四国松山での事件のあと、東京に戻った彼は街鉄の技手になったとあるが、果たしてその後結婚したのだろうか。奥さんはどんな女性で、子供はいたのかいなかったのか。それは息子なのか娘なのか。そういったことである。
 そういったつづきを読みたいと思う人はいるもので、『坊つちゃん』でいえば作家の小林信彦さんが作中の登場人物うらなり君のその後を描いた『うらなり』という物語を書いている。

 柏葉幸子の『つづきの図書館』はその逆。
 絵本の登場人物たちが自分の物語を読んでくれた人物のつづきを訪ね歩くという、ファンタジー物語である。
 田舎の図書館に司書として勤めはじめた桃さんの前に最初に絵本から飛び出してきたのは、はだかの王様。王様は桃さんにこう言うのである。「本をさがしてもらいたいのではない。青田早苗ちゃんのつづきが知りたいんじゃ」って。
 早苗ちゃんは病気で入院をしていて、そのあいだずっと「はだかの王様」の絵本を読んでいたのだという。こうして、桃さんとはだかの王様の、早苗ちゃん探しが始めるのである。

 『つづきの図書館』は、そんなはだかの王様だけでなく、「おおかみと七ひきの子やぎ」の狼や「うりこひめ」のあまのじゃくなどが読者のつづきを探す物語だが、同時に桃のこれまでもを探すことになっていく。
 はだかの王様は図書館の本から抜け出してきたのだが、そんな王様がぽつんとこんなことをいう。「一人の人間に一生愛されて、その人間のそばにおいてもらえる本もあるじゃろ。そんな本は幸せじゃ」。
 この言葉のなかの「本」を「人間」に変えたとき、この物語のまんなかにたどりつく。

 きっとこんな素敵な物語にもつづきがあって、それは閉じられたページのなかでつづいているにちがいない。もちろん、それは読者だけに与えられた密やかな楽しみでもある。
  
(2010/05/11 投稿)

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 いやぁ、昨日も東京は五月晴れ。
 緑はぴかぴかだし、光は弾んでいるし、
 やっぱり五月はこうでなくちゃあというぐらい
 いい天気でした。
 しかも、待望の重松清さんの講演会
 重松清
 行けたのですから、
 言うことなし。
 いえいえ、これからいっぱい書きますから
 言うことはあり、なんですが。

 昨日の重松清さんの講演は
 講談社さんと朝日新聞社さんが主催で
 有楽町の朝日ホール
 600人以上の人が集まっていました。
 さすがに重松清さんは人気が高い。
 なぜ講談社さんかというと、
 講談社創業100周年記念の「書き下ろし100冊」の一冊として
 重松清さんが『十字架』という作品を上梓してるから
 なんですよね。
 そうそう、この『十字架』は第44回吉川英治文学賞を受賞しています。
 おめでとうございます。

    このブログでの『十字架』の書評はこちらから。

 なぜ朝日新聞社さんかというと
 この間まで朝日新聞に「百年読書会」をナビゲートしてたから。
 たぶん、そういうことだと思います。

 さて、生(なま)重松清さんの登場です。
 想像していたより小柄な印象。
 何しろ一番前の席に陣取ったもので
 ちょっと寸法まちがっているかもしれませんが。
 今回の講演の演題は、
 「おもしろくて、ためになる活字の力」。
 重松清さんはまず「「ためになる」という言葉を狭く考えないで欲しい」と
 切り出しました。
 ためになる、ということは単に損得ではないんだと。
 それで、
 自分の作品は解決がないという批判をもらうことがあるが
 正解はひとつではなく、たくさんの正解があることや
 いろんな人がいることをわかってもらうことが
 小説を書く役目だと考えている、と話されました。
 つまり、小説の力とは
 人には色々な考えがあり、自分とは違う考えをする人がいる。
 色々な幸せで世の中ができていることを
 教えてくれることだと。
 「百年読者会」のナビゲータをして
 色々な感想があることがわかって、そのことが
 うれしかったそうです。

 それと小説の素晴らしさは、
 たくさんの古典をもっていることだと話された。
 自分たちが読むことで
 作品はいつまでも生き続ける。
 それが未来へとつながっていく。
 そして、重松清さんはこう言った。

   本を読むということは、毎日を豊かにしてくれる。

 わぁ、なんだかこのブログと同じことを
 重松清さんの口から聞きました。
 そうなんですよ。
 本を読むことで、豊かになることなんですよね。
 それは冒頭に戻りますが、
 けっして損得の問題ではない。
 いろんな人がいたり、いろんな考えがあったり
 笑ったり、泣いたり、嘆いたり、怒ったり、
 そういういろんなことが本にはあるから
 豊かになるんだと思います。

 最後に、
 重松清さんは「生きることが嫌になるような小説は書かない」と
 きっぱり話された。
 そのことが印象的でした。

 いい五月の日曜の昼さがりでした。
 講談社さん、朝日新聞社さん、ありがとうございました。
 もちろん、重松清さん、素敵なお話、
 ありがとうございました。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は母の日

   母の日のかがやくばかり塩むすび  角川照子

  そんな日にぴったりの絵本が
  今日紹介するアリスン・マギーさんの
  『ちいさなあなたへ』です。
  今日の書評のなかで
  私の母の手紙を紹介していますが、
  たまたま別の本で野口英世博士のお母さんの
  手紙を見つけたので紹介しておきます。
  研究のためアメリカに渡った野口英世
  宛てた切々たる手紙です。

   はやくきてくたされ。
   はやくきてくたされ。
   いしよのたのみて。ありまする。
   にしさむいてわ。おかみ。
   ひかしさむいてわおかみ。しております。


  ほとんど字の書けなかった野口しかさんでしたが
  なんと心あふれる手紙でしょう。
  ただ、私の母は自分はさびしくとも
  私には周りの人に喜んでもらいなさいと教えました。
  もしかしたら、
  野口英世博士のお母さんよりえらかったかもしれません。
  もちろん、息子の出来は違いますが。
  それにしても、
  おかあさんというのは
  なんと素敵な響きでしょう。

  じゃあ、読もう。

ちいさなあなたへ (主婦の友はじめてブックシリーズ)ちいさなあなたへ (主婦の友はじめてブックシリーズ)
(2008/03/06)
アリスン・マギー

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sai.wingpen  お母さん、ありがとう                 矢印 bk1書評ページへ

 先日84歳で亡くなった母は、亡くなる少し前にちいさなメモを残していました。そこには「ありがとう」という言葉が何度も何度もつづられていました。
 母はけっして完璧な人ではありませんでした。
 学歴もなく、嫌なところもたくさんありました。そんな母を強く叱ったこともあります。
 でも、母は精一杯の力で、私たち子どもたちを、家族を守ろうとしてくれたことだけはまちがいありません。
 もう何年経つでしょうか、私があるところで重い地位をもらったときのことです。
 母から一通の手紙が届きました。便箋3枚にもなる長い手紙でした。
 そのなかで、母は「これからもなお一そう信頼される人になって豊かな心を持って、人にやさしく(偉い人にならず賢い人)になってもらいたいです。そして皆様にかわいがってもらつてほしいです」と書いてくれました。そして、「自分が持っている、やさしい気持ち、暖かいまなざしで、人様に伝えていき、頑張ってくれる事を遠い大阪よりお祈りする次第です」と書き添えていました。
 母はこの絵本に描かれる女性のようには綺麗ではありません。人にはおせっかきで、人前で大きな口をあけて笑い、涙もろい。絵本の女性とはまったく似ていません。でも、母となった絵本の女性が子供に託す思いと同じものがあったと思います。「いつの日か」(原題は「SOMEDAY」)と、子供たちにたくさんの祈りをこめたにちがいありません。

 お母さん。
 「ありがとう」というのは私のほうです。お母さんがいなくなったのはさびしいけれど、本当はお母さんが一番さびしかったでしょうね。だって、お母さんは生きていることが大好きでしたから。
 ありがとう、お母さん。
  
(2010/05/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  明日は母の日
  なので、今日と明日は母の日にぴったりの
  絵本を紹介したいと思います。
  今日は、酒井駒子さんの『ぼく おかあさんのこと…』。
  酒井駒子さんといえば、
  今朝日新聞連載の川上弘美さんの『七夜物語』の
  さし絵を担当していることは
  このブログでも何度か書きました。
  酒井駒子さんの絵の魅力って
  とても繊細なところではないでしょうか。
  さびしいそうにしている表情の
  うまいことといったら。
  ですので、
  この絵本でも
  おかあさんにかまってもらえないうさぎの男の子の
  さびしそうな表情はなんともいえません。
  子どもが読むというより
  お母さんが夢中になる絵本ではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

ぼく おかあさんのこと…ぼく おかあさんのこと…
(2000/05)
酒井 駒子

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sai.wingpen  おかあさんはさびしんぼう                矢印 bk1書評ページへ

 男の子にとって母親とはどんな存在だろう。初めての異性? それはそうだけど。恋人? まさか。結婚相手? とんでもない。
 酒井駒子さんが2000年に描いた、この絵本の主人公の「ぼく」は、どうもおかあさんと結婚したいと思っているくらい甘えん坊なんだ。ふん、おかしいやい。そんなやつ、もう遊んでやんないぞ。どこかでそんなふうにおこっている男の子がいそうだ。
 そうかな。かわいいじゃない。おかあさんなんか大キライだって言ってお家をとびだしても、やっぱりおかあさんの胸のなかに飛び込んでくるなんて、これくらいの子どもにしかできないわ。どこかでそんなふうに微笑んでいる母親がいそうだ。
 きっとこの本の目線が、母親のそれなんだろう。
 だから、この絵本を読んだ君なら、少しはわかるかもしれない。おかあさんはいつもえらそうにしているし、おこりんぼうだけど、本当はすこしばかりさびしんぼうだってことが。
  
(2010/05/08 投稿)

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  しまったなぁ。
  今日の本田直之さんの
  『人を動かすアフォリズム」90』は
  連休前に紹介しておけばよかったなぁ。
  ビジネスマンにとって
  なかなか長期間の休暇などは取れないし、
  そういった時間を活用して
  読書三昧という訳にはいかない。
  今回の連休で、
  たまっていた本を読もうと思っていた人にも
  たまには読書でもするかと思った人にも
  この『人を動かすアフォリズム」90』に紹介されている
  数々のビジネス書は
  読んでみる価値はあったかもしれませんね。
  少し紹介しておくと、
  ドラッカーの『経営者の条件』『プロフェショナルの条件
  D・カーネギーの『話し方入門』『人を動かす
  などなど。
  ちなみに本書で私が気に入った名言は
  本田直之さんが本文で引用していたダーウィンの言葉。

   最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。
   唯一生き残るのは、変化できる者である。


  じゃあ、読もう。

本田直之「人を動かすアフォリズム」90本田直之「人を動かすアフォリズム」90
(2010/01/05)
本田 直之

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sai.wingpen  名言は自分で探し出せ                     矢印 bk1書評ページへ

 本書で引用されているビジネス本からの名言の数々は、『レバレッジ・リーディング』で多様な読書術を披露した本田直之氏が厳選したものである。しかも、単に「名言集」というのではなく、それらの言葉がつづられた書物の、読書案内にもなっている。

 本田氏はビジネス書のなかでも「実務家が自分の経験を書いた本」を読むことを推奨している。彼らの「成功経験の中から、使えそうなノウハウを抽出し、自分なりの工夫を加えて実行」すれば、読み手の経済的効果が高まるとしている。
 確かに人類の進化とともにビジネスの世界も常に進化しているわけで、先人たちの智慧を有効に使わない手はない。ただ、それを生かすかどうかは読み手自身にあるということを忘れてはならない。

 ただし、時代の寵児は明日の成功者だとは限らない。彼らの成功を最終的に評価するのは、時間の経過かもしれない。
 もし、「名言」という定義があるとすれば、どのような時代にあっても有効な言葉ということだろう。そして、そのことを見極めるのは、読者自身ではないだろうか。
  
(2010/05/07 投稿)

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 母の法事が終わって昨日戻ってきました。
 この連休、暑かったですよね。
 新大阪までの帰り道、少し寄り道をして
司馬1 念願だった「司馬遼太郎記念館」に行ってきました。

 場所は近鉄奈良線の「八戸ノ里」にあります。
 どんなところかというと、
 けっして高級住宅地ではありません。
 ごく普通の人が暮している、そんな町です。
 その一角に司馬遼太郎さんが暮した住居があります。
 あの司馬サンが生活をしたところだといって、
 すごい城があるわけではなく、
 こんなところにあるんだという印象です。

 門を入ると、
 司馬2
 司馬サンが最後まで執筆活動をされたという書斎に面して
 庭が続きます。
 ちょうど新緑の緑がまばゆい。
 こんな風景を見ながら、
 司馬さんは思索し、原稿用紙のマスを埋めていたのでしょうか。

 庭奥には、
 右の写真のような司馬3
 司馬サン自筆の花供養碑があります。

 そして、建築家安藤忠雄さん設計による
 記念館にはいります。
 そうそう、ちなみにこの記念館の入場料は
 大人500円でした。
 記念館は残念ながら
 撮影禁止。
 中にはいると、まず圧倒されるのが
 司馬サンが所蔵していたという
 二万余の蔵書。
 これはすごい。
 司馬サンだから格調高い本ばかりかというと
 そんなことはありません。
 文庫だってあります。
 帯が破れた本もあります。
 しかし、ここには、知の巨人、司馬遼太郎の頭脳があります。
 本ばかりではなく、
 司馬サン愛用の眼鏡、バンダナ、そして推敲用の色鉛筆。
 ちょうど、企画展として
 『アメリカ素描』『ニューヨーク散歩』の自筆メモの展示が開催中で
 司馬サンの色鉛筆をふんだんに使ったメモの数々は
 まるで絵本のよう。
 司馬サンにとって、
 見るもの聞くもの、すべてが夢の世界、
 妖精が作り出した世界だったのかもしれません。

 私は司馬遼太郎という人を
 単なる歴史作家だとは思っていません。
 司馬遼太郎は詩人だった。
 それが色鮮やかなメモにも刻まれている。
 そんなことを思いました。

 帰りは、司馬サンの『二十一世紀に生きる君たちへ』の
 司馬4 一節が刻印された碑のある中小阪公園まで
 歩きました。
 その碑の横で
 おじさん二人が缶ビールを飲みながら
 談笑していました。
 まだお昼前の時間なのに。
 知の巨人、司馬遼太郎が生きた町は
 そんな大阪庶民の町なのでした。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は子供の日
  
    子供の日小さくなりし靴いくつ  林 翔

  もうみなさんはかしわ餅食べましたか。
  私はかしわ餅大好きです。
  粽(ちまき)よりうんと好き。
  なんというのかな、
  あの形状も好きですね。
  柏の葉をこうぺりりとはがして
  ちょっとぬべっと指にくっつく感じも
  嫌いではありません。
  ああ、今かしわ餅を食べているんだという
  実感がいい。
  今日は子供の日にちなんで
  絵本の『金太郎』を紹介します。

  じゃあ、読もう。

金太郎 (新・講談社の絵本)金太郎 (新・講談社の絵本)
(2002/02/18)
米内 穂豊

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sai.wingpen  WE LOVE 金太郎               矢印 bk1書評ページへ

 せっかく「子供の日」なんだから、それらしい本は何だろうと考えて思い浮かんだのが『金太郎』。
 本宮ひろ志さんの『サラリーマン金太郎』ではなくて、ほら、五月人形とかで「金」の文字のはいった腹掛けをした、ぷくぷくした元気そうな男の子がいるでしょう、彼のこと。童謡にもあります。「まさかりかついだ 金太郎 クマにまたがり お馬のけいこ」、その金太郎。
 でも、『金太郎』ってどんな物語だったのか思い出せない。クマと相撲をして投げ飛ばしている金太郎の絵はすぐに頭に浮かんだのだが。
 そこで、手にしたのが、新・講談社の絵本シリーズの一冊、『金太郎』。
 なにしろこのシリーズは昭和初期に出版された絵本を新編集にて復刊したというもので、この『金太郎』の巻は米内穂豊(よないすいほう)という歴史画を描いていた人の手によるもの。これが現代の絵本にはない風格があって、金太郎がとても強そうなのです。しかも滋味豊富なミルクキャラメルを舐めているような、甘い舌触りがなんともいえない。
 思わず、金太郎に声援をおくりたくなります。
 さて、その金太郎ですが、すもうでクマに勝っただけではなく、強さと優しさを武士に認められて京にのぼる途中で鬼退治までしてしまうのです。やっぱり金太郎は強かったのです。
 最後はおさむらいになって故郷の山に帰ってくるのですが、りっぱな着物を着ていてもまさかりだけは担いでいる、おちゃめな金太郎でもありました。
  
(2010/05/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日はみどりの日
  五月は本当に新緑があざやかに
  映えます。
  風光るというのは、春の季語。
  風薫るは、夏の季語。
  そうい う言葉のほんの小さな違いですが
  季節の変化をよくあらわしています。
  今日紹介するのは、
  幸田露伴の娘で、作家でもある
  幸田文さんの随筆集、『季節の手帖』。
  せっかくいい季節になったのですから、
  いい文章にふれるのもまた
  いいのではないでしょうか。
  そして明日は、もう立夏

    おそるべき君等の乳房夏来る  西東三鬼

  じゃあ、読もう。

幸田文 季節の手帖幸田文 季節の手帖
(2010/02/20)
幸田 文

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sai.wingpen  心のたけ                  矢印 bk1書評ページへ

 たけ、という言葉を今の若い人は使うのだろうか。袖丈という言葉にあるように、衣服の全体や部分の長さをいう時に使う言葉だ。
 本書は幸田文さんのたくさんの随筆からそれぞれのテーマによって編まれたシリーズの一冊だが、そのなかの「雪」という短文で幸田さんは「心のたけの深さ」という言葉を使っている。

 短文「雪」は、雪の夜に幸田さんがでくわした、とりとめもないひとつの情景である。
 一面の雪に「なんだかばかに嬉しくなって、その辺を一とまわり」しようとする幸田さんも粋だが、そんな彼女を追いかけてきた若い芸妓もまた「雪を見ておかないのは惜しい」といい、幸田さんに声をかけないで行ってしまうのは、幸田さんにも自分にも「そっけない」とこたえる。そんな妓を幸田さんをしっかりと見て、「心のたけの深さにはまいるものだ」とつづった。
 たけという言葉はあまり使われなくなったが、こういうふうにして美しく使うものだと感心した。

 言葉だけでなく、この文集には今では忘れさられた日本人の心がたくさんつまっている。
 それは、四季折々の季節にそっとふれる柔らかな心だし、季節の変化にためらいつつもそれをしっかりと受けとめる強い心でもある。
 どこかに置き忘れたものを幸田文さんの文章は、とんとんと背をたたくようにして思い出させてくれる。それは、春の風のようにやさしい。
 「心のたけ」を増してくれる、いい文集である。
  
(2010/05/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  俳句の季語に「竹の秋」というものがあります。
  秋という言葉がはいっていますが、
  これは春の季語。
  歳時記によると
  「竹は前年から蓄えた養分を地下の筍に送るため
  葉が黄ばんだ状態になる
」ので、
  秋という言葉が使われているそうです。
  
    門前の古き旅籠や竹の秋  中村吉右衛門

  母のことを想います。
  私たち子供のために母は一生懸命
  生きてくれました。
  そんな母がいたから私は大きくなれた。
  やがて、母は竹の秋のようになって
  春に亡くなったのだと思います。
  今日は、母の法事。
  今日の書評を読んだら、
  母はきっと
  「もっとしっかりしなさい」と
  叱りそうです。

  じゃあ、読もう。

人間的なアルファベット人間的なアルファベット
(2010/04/02)
丸谷 才一

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sai.wingpen  鼻にこだわるには訳がある              矢印 bk1書評ページへ

 鼻の大きさと男性のあそこの関係は子供の頃から聞き知つていた。誰に教わつたものだろふか。まことに少年時代の、あちら方面の知識吸収の貪欲さといつたら、ない。
 どうしてそんな話から書き始めたかといふと、今回丸谷才一氏のエロスとユーモアにあふれた(これは、どちらが先でもかまはないのだが)本書のなかで、久しぶりにそのチン説に邂逅したからです。

 書かれているのは、ずばり「NOSE(鼻)」の項目。
 ここで注釈をいれますね。
 この本は、AからZまでのアルファベットの頭文字で始まる言葉を丸谷流の薀蓄と博識で、どちらかというと性の話をはずさないで書かれたエッセイ集という体裁でできています。丸谷氏は、書評といふのは「紹介と批評性」だと以前何かの本で書かれていたので、紹介がてら書いてみました。
 注釈おわりですが、鼻とあそこの関係でしたね。
 その「NOSE(鼻)」の項のなかで、丸谷氏はスティーヴン・カーンという人の『肉体の文化史』という本から「大きな鼻は大きな生殖器と性能力のしるし」という文章を引用して(丸谷氏の読書の幅の広さにはまつたく敬服します。それだけでも本書を読む価値ありと思うのですが)、そのあと「わたしも聞いたことがある」と書いている。
 正直ですね。ここを読んで、少年時代の妄想が晴れる思いがした。あの珍説はみんな知つていたのだ。
 まつたく男といふものは。
 そのあと、ゴーゴリとか芥川龍之介の『鼻』という作品にも言及するという念のいれようはさすがです。このあたりの展開なんかはもう名人芸だし、だから丸谷氏の薀蓄エッセイは面白い。

 ただ残念なのは、そういう珍説があって、鼻を大きくしようとしきりに鼻をこすつていた少年のことは書かれていない。
 丸谷少年は真面目だつたにちがいない。
  
(2010/05/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  またまた、図書館の話です。
  私はさいたま市に住んでいて
  だいたい近所の市立図書館を利用します。
  3つの図書館がそれほど苦労もせずに
  行けてしまうので、
  その時々に応じて使いわけをしています。
  さいたま市には何しろ26の図書館があるので
  図書館環境としては、
  言うことはありません。
  それらの図書館が相互に貸出しをしていますから
  便利ですよね。
  また、インターネットも整備されていますから、
  予約手続きや検索はとても簡単にできます。
  私としては大満足です。
  今日は、昨日紹介した飯島朋子さんの
  『映画の中の本屋と図書館』の後編。
  蔵出しです。

  じゃあ、読もう。
  
映画の中の本屋と図書館〈後篇〉映画の中の本屋と図書館〈後篇〉
(2006/04)
飯島 朋子

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sai.wingpen  図書館に行きましょう                 矢印 bk1書評ページへ

 本作は2004年に刊行された同名の著作を追補する形で出版された「図書館映画」の紹介本である。
 『前篇』(2004年に刊行された本にはつけられていないのだが、今回の本に「後篇」とあるのであえてこう書く)と同様、映画の中のワンシーンにでも図書館(本屋さんや本のある風景も含まれている)が出てくる映画ばかりが集められている。
 著者の飯島朋子さんのことは『前篇』の書評でも少し書いたが、一橋大学付属図書館に勤務(現在はすでに退職)される傍ら、本書のように「図書館映画」を紹介することで図書館をより身近に知ってもらおうと活動されている、実に素敵な女性である。

 もちろん図書館に行くと、要領をえない図書館員や融通のきかない図書館員も数多くいるのは事実だし、本のことにまったく興味がなさそうな図書館員がいたりする。
 その一方で、飯島さんのように熱心に図書館の普及に努められている方もいれば、私が知っている図書館員で地元の街が描かれた書物を紹介した手作りの冊子を作った方もいるし、休日でも街の子供たちに<朗読会>をしている方もおられたりする。
 そのような活動でなくても、図書館に行ってある本のことを訊ねたら「この間新聞に載っていましたね」なんていわれるとうれしくなってしまう。
 図書館が好きだけで図書館員になれるとも思わないが、少なくとも本が好きであって欲しいと思う。

 では映画の中で図書館員がどのようにイメージされているのかが本書の中で紹介されている(47頁)。
 それによると、「めがねをかけた地味な女性」ということになる。紹介されている映画は『阿修羅のごとく』(2003年)。演じていたのは深津絵里さん。なんとなくおとなしそうなイメージである。
 私はこの映画は未見だが、同じ単元で紹介されている米映画『素晴らしき哉、人生!』(1946年)では確かに<もうひとつの人生>として描かれた場面で主人公と結婚しなかった彼の妻が「めがねをかけた地味な女性」になっているという場面がある。そこからすれば、図書館員というのは不幸を背負った人という類型があるのかもしれない。
 たしか『ある愛の詩』(1970年)でも最初の図書館の場面ではヒロイン役のアリー・マックグロウはめがねをかけていたような気がするが、どうだっただろう。
 それも図書館というのが暗い空間のイメージがあったからだと思う。現在のように明るい空間となった図書館では「めがねをかけた地味な女性」は似合わないかもしれない。むしろ『Love Letter』(1995年)に登場する中山美穂さんのような現代的な女性の方が似合う。お行儀はいまひとつだとしても。

 そういうイメージではなく、この本には図書館員が書いたという性格がよく出ている箇所がある。
 それは各単元に付された文献の紹介である。
 しかも、著者は、「関連文献」はその単元で取り上げたメインの映画や原作に関するもの、「注」や「参考文献」は記述に関するもの、と明確に分類している。
 そこでは映画雑誌だけでなく新聞記事や多様な分野の書籍があげられている。こういうものをみると、インターネット検索ではない、人によるレファレンス(必要な資料の紹介や資料を探すための相談を受けること)も信頼できるかなと思えてくる。
 今春「第10回 図書館サポートフォーラム賞」を受賞した著者は「今後また図書館映画の本を書きたい」と語っている。その日を楽しみにして、今日も図書館に行こう。
  
(2008/10/05 投稿)

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