プレゼント 書評こぼれ話

  朝日新聞朝刊の新聞小説
  川上弘美さんの『七夜物語』は
  まだ続いていて、
  最近はいい読者ではないですが
  まだずっと切り抜きは続けています。
  ゆっくり読む時間がなくて、
  そういう時は
  酒井駒子さんのさし絵だけでも
  見るようにしています。
  酒井駒子さんの絵、
  好きだな。
  ということで、
  今日紹介する酒井駒子さんの絵本
  『ゆきがやんだら』で
  酒井駒子さんの絵の魅力について
  書いてみました。

  じゃあ、読もう。

ゆきがやんだら (学研おはなし絵本)ゆきがやんだら (学研おはなし絵本)
(2005/12)
酒井 駒子

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sai.wingpen  はじまりの色                   矢印 bk1書評ページへ

 絵本作家酒井駒子さんの絵の特長といえば、黒だろう。
 黒を下絵にして色を塗っていく手法で描かれている。だから、あちらこちらに黒が顔を出す。
 はじめにあるのは何も描かれていない白ではなく、漆黒の世界から世界が生まれてくる。
 これは、宇宙の誕生に似ていないか。
 宇宙がどのようにできたかは詳しくは知らないが、無は黒い暗い世界だったのかもしれない。そこに一粒の光が生まれて、やがてそれらが集まって、大地になり、海になり、花になったのではないか。少なくとも酒井駒子さんはそう感じているのではないかしらん。

 「あさ、おきたら」ゆきがいっぱいふって幼稚園がお休みになっていた。「ゆき!」って、こうさぎはうれしくてしかたがない。でも、そのゆきのおかげで大好きなパパが仕事先から帰ってこれなくなった。酒井さんはそんなうれしさ半分さびしさ半分のこうさぎの表情をていねいに、そしてやさしく描く。 圧巻なのは、一面の雪景色となった夜の風景だろう。白い雪の下に夜の黒い世界がひろがっている。白い雪は黒い世界をまったく違うものに変えてしまう。夜はいつもの夜ではない。こうさぎが初めて経験する夜だ。

 この絵本は物語よりも酒井さんの絵の魅力、黒の魅力が存分に楽しめる一冊だ。
 でも、黒ってはじまりなのだろうか、それともおわりなのだろうか。
  
(2010/10/31 投稿)

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 昨日(10.30)の朝日新聞の夕刊の一面コラム「素粒子」に
 いい記事が載っていたので紹介します。
 ちょうど筆者の交代ということで、
 これまでの論説委員が惜別の辞として書いたものです。

 「我が子とその世代への手紙」という題されています。

  国は足踏みをし、人は内にこもる。息が詰まるような時代だ。
   でも、おぼえておいて欲しい。自分の人生は、決して誰かの責任には
   できないということを。茨木のり子さんの詩の一節のように「駄目なことの
   一切を 時代のせいにはするな」。
   君たちの生は、君たちだけが切り開く。遠くへ行こう。誰も
   行ったことがないほど遠くへ。

 このコラムで紹介されている茨木のり子さんの詩は
 『自分の感受性くらい』という詩です。
 茨木のり子さんの詩のはじめはこうです。

  ぱさぱさに乾いてゆく心を
  ひとのせいにはするな
  みずから水やりを怠っておいて

 そして、数節おいて、「素粒子」にある一節があります。

  駄目なことの一切を
  時代のせいにはするな
  わずかに光る尊厳の放棄

 それにつづく、最後の一節。

  自分の感受性ぐらい
  自分で守れ
  ばかものよ

 茨木のり子さんの強い願い。
 「素粒子」を書かれた朝日論説委員さんの祈るような願い。
 たくさんの人に届けば、いい。

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プレゼント 書評こぼれ話

  星野道夫さんの本を
  こうして毎週紹介しているのですが
  私自身が星野道夫さんの写真であったり
  文章であったりを
  とても求めているんだなと思うときが
  あります。
  砂漠のなかのオアシス。
  闇夜のなかの小さな灯。
  それは癒されるということかも
  しれませんし、
  再確認ということかもしれません。
  星野道夫さんは
  忘れかかった何かを
  もう一度思い出せてくれるのです。
  「Michio’s Northern Dreams」のシリーズも
  今回で4冊めとなりました。

  じゃあ、読もう。
  
森に還る日―Michio’s Northern Dreams〈4〉 (PHP文庫)森に還る日―Michio’s Northern Dreams〈4〉 (PHP文庫)
(2006/02)
星野 道夫

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sai.wingpen  彼の物語                     矢印 bk1書評ページへ

 本書は、「Michio’s Northern Dreams」と名付けられた、写真家星野道夫のたくさんの未発表作品を含むアラスカの写真と透き通るような珠玉の星野の文章で編まれた、シリーズの四冊めである。
 なにげなく使っている言葉につまづくことがある。たとえば、物語。創作されたお話と、簡単に言ってしまえないなにかが、物語という言葉にはある。
 星野道夫が「あらゆる自然にたましいを吹き込み、もう一度私たちの物語を取り戻すことはできるだろうか」と語った、物語とは、何だろう。

 この巻には太古の森の写真が何枚も収められている。そこではかつてそこに生きた先住民が残したトーテムポールが傾き、絵柄さえ消えかけ、朽ちようとしている。それは「人間が消え去り、自然が少しずつ、そして確実にその場所を取り戻してゆく風景」だった。
 私たちは星野の写真でそのような自然の姿を目の当たりにする。
 これは普段私たちが目にしている風景とはまったく異質のものだ。それは、別の何かを生みだす世界だ。それは快楽か。憎悪か。はたまた、ハレルヤか。

 「深い森の中にいると川の流れをじっと見つめているような、不思議な心の安定感が得られるのはなぜだろう。(中略)川の流れに綿々とつながってゆくその永遠性を人間に取り戻させ、私たちの小さな自我を何かにゆだねさせてくれるのだ」。この文章のあと、星野道夫はこう書いた。「それは物語という言葉に置きかえてもよい」と。
 星野道夫にとって「物語」とはいつまでもつづく、大きな流れのようなものであったのだろう。アラスカの太古の森がそうであったように、「誕生、死、そして再生という無窮のサイクル」をもったものだったにちがいない。

 彼の物語がそこにある。きまじめにいのちをみつづけて、そこにある。
  
(2010/10/30 投稿)

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  今日は昨日につづいて、
  池上彰さんの新聞についての本、
  『新聞勉強法』。
  昨日の『新聞活用術』は今年の新刊ですが
  この本は2006年刊行の本です。
  この4年間に何が変わったかということが
  二つの本の表紙を比べるとよくわかります。
  ずばり、池上彰さんの写真の扱いです。
  この2006年にでた本では
  池上彰さんの写真が帯のなかでしかありません。
  ところが、今年出た『新聞活用術』では
  表紙に池上彰さんの写真が
  デーンとでています。
  つまり、この4年の間に
  池上彰さんのTVとかでの露出が
  とても多くなったということです。
  本の表紙のつくりだけでも
  そういった情報がわかります。

  じゃあ、読もう。

池上彰の新聞勉強術池上彰の新聞勉強術
(2006/09/15)
池上 彰

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sai.wingpen  新聞を読む前に                     矢印 bk1書評ページへ

 就職活動に新聞は欠かせない、と書くのが新聞記事であったりして、手前みそすぎるきらいもないではない。新書二冊分の情報があるという新聞を読めて当然というのは、インターネットで育った若い人を知らなすぎるのではないか。
 では、ということで、若い人にもお薦めなのが、池上彰さんの『新聞勉強術』であったりする。

 新聞の種類といった基本編から新聞記事の構成や用語の意味などの「読み方作法」、さらにはその情報整理術まで、至れり尽くせりの内容に、さしずめ新聞を読まない若い人(という限定の仕方はよくないが)にもわかりやすく解説されている。
 新聞を読めという新聞記事はまずこの本を読んでから新聞を読めというのが本当だろう。

 でも、新聞って最新ニュースではないという反論があるかもしれない。インターネットの速さに新聞は対処できていないのも事実だ。
 しかし、速さだけがすべてではない。スピードの遅さを補うものが新聞にはある。
 自分では興味がないと思っていた分野の記事に目がとまったりする。そういうことはインターネットの世界ではなかなかない。喩えていえば、オンライン書店と本屋さんの違いに似ている。(ここまで書いて思ったのだが、この本のように新聞の勉強法があるなら、本屋さんの勉強法もあってはいいのではないか。もっともすでにあるのかしらん)

 著者の池上さんは「もっとも身近にあって、いろいろな角度から材料を提供してくれるメディア、それが新聞」と書いているが、政治、経済、社会から娯楽にいたるまで新聞にはほとんど網羅されている。特に最近の新聞は周辺記事の充実が目立つ。
 なにしろ、新書二冊分の情報量である。それを生かすのは、読者のアンテナ次第だろう。
 そのためにも、まずはこの本を読んで、新聞の魅力を知ってもらいたい。
  
(2010/10/29 投稿)

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  気がついてみれば
  今年もあと二ヶ月と少し。
  今年の私の読書歴の特長といえば
  今日紹介した『新聞活用術』の著者、
  池上彰さんの本を
  たくさん読んだということがいえそうです。
  池上彰さんといえば
  わかりやすい解説と伝え方で人気ですが
  新聞大好き人間でも有名です。
  池上彰さんのわかりやすさは
  案外新聞のわかりにくさの裏返しかも
  しれません。
  実はこの本に先立つ4年前に
  池上彰さんは新聞について
  本をだされていて、
  明日はその本『新聞勉強術』の
  書評を書いてみたいと思います。

  じゃあ、読もう。

池上彰の新聞活用術池上彰の新聞活用術
(2010/10/01)
池上彰

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sai.wingpen  新聞を読んでから                  矢印 bk1書評ページへ

 私はいま朝日新聞と日本経済新聞を読んでいます。以前は毎日新聞や読売新聞を読んでいたことがあります。地方で生活をしていたときは地方紙と呼ばれる新聞を読んでいたこともあります。
 新聞というのは、大抵は家で購読しているものです。ですから、結婚前はどうしても親が購読していた新聞を読むことになります。自分で気にいった新聞を購読する。案外結婚というのはそういう小さなことの積み重ねかもしれません。

 この本は朝日新聞に連載されていた『池上彰の新聞ななめ読み』という記事がベースになっています。朝日新聞に掲載されていたときから興味をもって毎回楽しみにしていました。(残念ながらこの連載は毎週一回から月一回に変更になりました)
 こうして一冊の本になってあらためて読みかえしてみると、掲載をしていた朝日新聞に対しても辛らつな意見が多いことに気がつきます。
 新聞は公平公正でなければならないでしょうが、やはりそれぞれの新聞には特長も必要です。すべての新聞が同じ内容であっては面白くもないですし、一方的な意見に偏ります。その点では、新聞の性格である公平公正を池上彰さんの連載は忠実に守っていたことになります。執筆の依頼主でもある朝日新聞であっても、よくないことは戒め、いいところは褒める。池上彰さんのこれがいいところです。

 この本では「ニュース力」や「数字力」、あるいは「伝える力」といった七つの力を磨こうと、七章で構成されています。毎日の新聞でそのような力が身につくのなら購読料はけっして高いということはありません。
 私が朝日新聞以外にも日本経済新聞(これは駅売りで毎朝買っています)を読むのも経済感覚を維持したいということからです。もちろん、朝日新聞でも経済記事がありますが、やはり日本経済新聞の方が経済では圧倒的に強いと思います。
 単に記事でニュースを読むのではなく、そういった目にみえない力を取得するのに新聞は大きな力をもっています。

 インターネットの普及などで新聞の読者数が減っているのは事実でしょう。でも、池上彰さんがいうように、新聞にはさまざまな魅力があります。単に読むのではなく、それを活用できるかどうかです。
 この本を読んで、もう一度新聞を見直してみるのもいいのではないでしょうか。
  
(2010/10/28 投稿)

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 今日(10.27)から11.9まで読書週間です。
 今年の標語は、

  気がつけば、もう降りる駅。

 確かに本に夢中になっていて
 目的の駅で降りそこねそうになったりしたことって
 ありますよね。
 そういう本に出会えること。
 とっても仕合わせだと思います。

 ということで、今回の「雑誌を歩く」は
 本屋さんの特集を組んだ、
 「OZ magazine (オズ・マガジン)」11月号(スターツ出版・500円)です。

OZ magazine (オズ・マガジン) 2010年 11月号 [雑誌]OZ magazine (オズ・マガジン) 2010年 11月号 [雑誌]
(2010/10/12)
不明

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 まずは最初のページから。
 本好きにはたまらないリード文です。

  「本」が好きです。

  始まりがあって、終わりがある。
  そのすべてが、手のひらにある。
  100年前のことも、架空の世界のことも。
  前向きな夢とか、明日の希望の物語。
  自分の人生しか生きられない私たちを、
  別の場所に連れていってくれる。

 で、この「OZ magazine (オズ・マガジン)」11月号の大特集が

  本屋さんに行こう

 だから、もうたまりません。
 本だけでなく、本のある素敵な空間が
 たくさん紹介されています。
 本があることは
 おしゃれなことなんだと教えてくれます。
 そうそう、松浦弥太郎さんの書店「COW BOOKS」(中目黒)も
 紹介されています。
 行きたいな。
 行きたいな。

 さらには、
 本好きで有名な蒼井優さんと岡田将生さんの対談
 「本と本屋さんとどう付き合ってますか?」も
 いいですよ。
 さらに、さらに、

  物語を訪ねて 遠くの本屋さんへ

 という記事もいいですね。
 京都・一乗寺の恵文社さんや長野の本の家さんが
 紹介されています。
 旅と本。
 いい組み合わせですね。

 そして、もちろん

  この秋に読みたいこの一冊

 という記事もあります。

 まさに読書週間にぴったりの雑誌です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  イラストレーターの和田誠さんのことは
  このブログでもたびたび書いています。
  今日紹介する『もりのくまとテディベア』も
  和田誠さんの絵本です。
  文章(この絵本では詩となっています)は
  詩人の谷川俊太郎さん。
  このお二人なら、
  私にはもう大満足です。
  好きな二人が作った本ですから
  これ以上のごちそうは
  ありません。
  絵本としてより
  贈り物にしたい、そんな一冊と
  いっていいのではないかな。

  じゃあ、読もう。

もりのくまとテディベアもりのくまとテディベア
(2010/09)
谷川 俊太郎

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sai.wingpen  この本は・・・                   矢印 bk1書評ページへ

 この本は詩集です。和田誠さんのすてきな絵のついた、谷川俊太郎さんの詩集です。
 森で生きているくまと、部屋のなかで動かないテディベア(縫いぐるみのくま)を対比させて、生命の輝きをそっとみつめています。
 美しい日本語がそこにあります。「このまがくれの おひさまあびて」は、漢字で書けば「木の間隠れ」ですが、ひらがなにすることで、小さな子どもにも読めます。小さい時から、このような美しい日本語にふれることは、とても大切なことです。
 できれば、テディベアのように、ずっと手元においておけたら、どんなにいいでしょう。

 この本は絵本です。谷川俊太郎さんの美しい詩がついた、和田誠さんの絵本です。
 和田誠さんが若い頃に絵本を作りたいと思っていた頃に協力してくれたのが詩人の谷川俊太郎さんだったそうです。それで、和田誠さんと谷川俊太郎さんは、お二人でたくさんの絵本をつくってきました。
 和田誠さんのイラストの魅力はその多彩さにあります。漫画的な手法のものもあれば、この本のように線画を巧みにつかったイラスト風のものもあります。
 森のなかを歩いているくまがいます。ほとんど緑で塗られたそのページに、何本かの点線がくまにふりそそいでいます。谷川俊太郎さんの文章はこうです。「このまがくれの おひさまあびて」。何本かの点線が「このまがくれ」です。光なのですが、まるで音楽の音符のようでもあります。木の間隠れの、なんともいえない安らぎが、みごとに表現されています。

 だから、この本は、詩人の谷川俊太郎さんとイラストレーターの和田誠さん、お二人の友情の本なのです。
  
(2010/10/26 投稿)

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  東野圭吾さんといえば、
  今や超がつくくらいの人気作家です。
  東野圭吾さんの本は
  出る本出る本、どれもベストセラー。
  さらには映画化、TV化と
  東野圭吾さんの名前を目にしない日は
  ないくらいです。
  なのに、このブログでは
  初登場。
  これはもう私の怠慢というしか
  ないですね。
  世の東野圭吾ファンのみなさん、
  ごめんなさい。
  それで選んだ作品が
  今日紹介する『時生』。
  職場の人が東野圭吾さんの作品なら
  これが一番と話していたのが
  読むきっかけになりました。
  きっと異論反論いろいろあるでしょうが、
  まずは読んでみてください。

  じゃあ、読もう。

時生 (講談社文庫)時生 (講談社文庫)
(2005/08/12)
東野 圭吾

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sai.wingpen  ウォークマンが誕生した頃                 矢印 bk1書評ページへ

 「31年の歴史に幕」。そんな見出しがついて、ソニーのカセット式ウォークマンの国内出荷が終了したことを伝える記事が先日(10.23)の新聞に掲載されていました。
 世界で4億台を売ったというウォークマンですが、音楽が街に飛び出したという点では画期的な製品でした。
 そのウォークマンの1号機が発売されたのが1979年。この物語の主な時代です。主な、と書いたのは、この物語がタイムトラベル的な要素をもっているからです。

 はじまりは1979年から20年以上も過ぎた現代。難病の子供を抱える一組の夫婦がいて、いままさにその子供が死にいこうとしています。その時、夫である拓美が20年以上も前に息子に会っていたと不思議な話を始めます。
 子供の死はとても不幸なことです。しかし、その息子が23歳のぐれた若者だった男のところに現れて、更生させていく。これは、そんな物語です。

 お金のなくなった主人公たちが、日本ダービーでカツラノハイセイコで勝つ場面など、タイムトラベルものとしてはよく使われる手法です。もちろん、これも1979年。
 ぐれた青年が未来から現れたトキオという少年によって更生されていく。トキオにとっては、青年が更生してくれないと困ることがあるのです。なぜなら、まともになってくれないと、トキオ自身が生まれないのですから。未来の息子が、新しい父親をつくっていくという、これは再生の物語でもあるのです。
 クライマックスにも1979年に起こった大きな事故が描かれています。七名の死者を出した日本坂トンネル火災事故です。事実をうまく使うことで、ありえない物語が絵空事ではなくなっていきます。東野圭吾さんの巧さといえるでしょう。

 そして、物語は最後にもう一度はじまりに戻ります。
 はじまりがあるように、おわりも必ずあります。人間はしばしば過去の運命に縛られます。けれでも、それを捨てることで、新しいはじまりがうまれます。トキオは死んでいくのですが、それは自身の誕生というはじまりをつくるためでもあるのです。
 おわりは、ひとつのはじまりでもあります。
  
(2010/10/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  私たちは頭ではわかっているのですが
  なかなか出来ないということが
  たくさんあります。
  人を憎んだり、嫌悪したりということも
  そうです。
  そんなことはしてはいけないと
  頭ではわかっていても
  ついしてしまう。
  相手が悪くなくて、自分が悪いときもそう。
  「ごめんなさい」の一言がでない。
  今日紹介する柴田愛子さんの『ぜっこう』という絵本は
  そんなことを考えさせてくれる良書です。
  『ぜっこう』とは絶交のこと。
  子供だけでなく、
  おとなの皆さんも、
  じっくり考えてみてください。

  じゃあ、読もう

ぜっこう (からだとこころのえほん)ぜっこう (からだとこころのえほん)
(2002/07)
柴田 愛子

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sai.wingpen  許すということ                   矢印 bk1書評ページへ

 表紙の顔がこわい。つりあがった眉、充血した目、小鼻をふくらました鼻。彼はものすごく怒っています。
 「ぜっこうだ!あたまにきた。しゅんたろうと ぜっこうする!」と怒っているのは、がくという少年です。それで、しゅんたろうはみんなから仲間はずれにされてしまいます。

 どうしてみんなから仲間はずれにされたのかしゅんたろうにはわかりません。「あそび島」の先生のあいこさんががくにたずねます。すると、出るわ、出るわ。いままでしゅんたろう自身が気がつかなかったたくさんの「ゆるせねえ!」ことが。がくだけでなく、みんなもいろいろいいます。
 あいこ先生はみんなにしゅんたろうと許すようにいいます。でも、がくは絶対に許そうとしません。
「ひとごろしもゆるせるのか!」とがくはあいこ先生に迫ります。

 この絵本は「許す」ということを深く考えさせてくれます。
 私たちは、本当に人を「許す」ことができるのでしょうか。一度「ぜっこう」だと決めたことを、とくなんてことができるのでしょうか。
 がくが怒ることはよくわかります。でも、私たちは怒っているがく少年の顔がこわいと思います。人と「ぜっこう」するということは、この少年のように、自身も醜くさせているのでしょう。
 「ぜっこうを とく」そう言った時、がくの目から涙がでました。一滴の涙にどんな意味があるのでしょうか。「許す」ということは、がくが涙を流したように、とてもつらいことかもしれません。
 しかし、その涙を流すことで、また笑顔がもどってくるのならば、一滴の涙をながすことも恥ずかしいことではありません。

 よくがんばったね、がく。そう声をかけたくなりました。
  
(2010/10/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  そろそろと各地から紅葉の便りが
  届きはじめました。
  もう何年前になるでしょうか、
  父と母を連れて
  水上温泉に行ったことがあります。
  ちょうど今時分の季節だったように
  思います。
  水上温泉で一拍して
  谷川岳のロープウェイで
  登りました。
  紅葉まっ盛りでした。
  あれは、本当にいつだったでしょうか。
  母はいつまでもそのことを
  喜んでくれたものです。
  その母はこの春、亡くなりました。
  今日は星野道夫さんの『Michio’s Northern Dreams』シリーズの
  三冊目です。

  じゃあ、読もう。

最後の楽園―Michio’s Northern Dreams〈3〉 (Michio’s Northern Dreams 3)最後の楽園―Michio’s Northern Dreams〈3〉 (Michio’s Northern Dreams 3)
(2002/01)
星野 道夫

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sai.wingpen  彼の季節                     矢印 bk1書評ページへ

 本書は、「Michio’s Northern Dreams」と名付けられた、写真家星野道夫のたくさんの未発表作品を含むアラスカの写真と透き通るような珠玉の星野の文章で編まれた、シリーズの三冊めである。
 この秋、野菜の値段が高騰した。夏の記録的な猛暑の影響で、産地リレーがうまくいかなったそうだ。自然の力とはいえ、そういった物事の連鎖が私たちの生活にも大きく影響してくる。
 しかし、考えてみれば、たとえばトマトは夏の食べ物だったわけで、一年中食べられるものではなかった。季節ごとのの野菜や果物があったはずだ。それを壊したのは、私たち人間だろう。
 そのことで生活は豊かになったが、どこかで季節感なり旬ならではの味覚や感じ方を忘れてしまったようにも思う。

 「人は、めぐる季節で時の流れを知る。心に区切りをつけることができる」という星野道夫の文章がこの巻にはいっていた。
 季節はめぐるものだとあらためて教えられた。季節の流れに、衣服を着替えるように、私たちも、心をやすめ、着替えることが必要だ。そのことを忘れてはいないだろうか。
 星野道夫の写真であり文章は、平易ななかに、私たちが忘れてしまったなにごとかをふっと思い出させてくれる。それは、まるで紅葉の初めてのひとひらであり、初雪のあわあわとした感じに似ている。

 季節でいえば、こんな文章もある。
 「花を眺め、木々を眺めて一年を過ごしていると、季節の移り変わりは何と人の一生と重なったいるものなのかと思う」。
 星野にとってのアラスカでの季節の移り変わりは、日本という国で過ごしたそれよりももっと濃厚だったにちがいない。星野はアラスカでそのことをより実感し、そのことの大切さをこうして私たちに伝え、遺してくれたのだ。

 彼の季節はそこにある。移ろいながらも、しっかりと、そこにある。
  
(2010/10/23 投稿)

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  自分がなかなか読むことのなかった
  作家の本を読むことは
  それは刺激的ですが、
  その一方で大好きな人が書いた本を
  読むのもとても心地いいものです。
  松浦弥太郎さんは
  大好きな書き手の一人ですが、
  この人の文章の、
  口あたりのよさには
  いつもながら感心します。
  どうしたら、
  松浦弥太郎さんのような
  やわらかい文章が書けるものなのか。
  松浦弥太郎さんは私より若い書き手ですが、
  尊敬みたいな気持ちで
  読んでいます。

  じゃあ、読もう。

あたらしいあたりまえ。あたらしいあたりまえ。
(2010/01/16)
松浦 弥太郎

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sai.wingpen  生き方をさぐる                     矢印 bk1書評ページへ

 この本のタイトル『あたらしいあたりまえ』は一見矛盾しているように感じます。
 「あたりまえ」なことって、「あたらしい」? 
 ずっとそこにあるから「あたりまえ」になっているのではないかと思ってしまいます。「あたらしい」ことは「あたりまえ」でないから、「あたらしい」のではないだろうか。
 その答えみたいなことを、この本の「はじめに」著者の松浦弥太郎さんは、こう書いています。
 「僕が毎日毎日、仕事と暮らしをしながら考えたり、思ったり、試したりしていることは、今、自分の目の前にある、あたりまえを心を込めてはかり直して、あたらしいあたりまえを見つけることです」と。
そのことは、古い「あたりまえ」を捨てることでもないと、松浦さんは書いています。
 肝心なのは、「心を込めてはかり直」すこと。
 「あたりまえ」だといわれていることも、自分の心で「はかり直」してみれば、それが本当はちっとも「あたりまえ」ではないかもしれません。

 この本では雑誌「暮らしの手帖」の編集長であり書店経営者であり文筆家でもある、松浦弥太郎さんの「あたらしいあたりまえ」がふんだんに紹介されています。
 でも、こうして書かれたことで、それは古い「あたりまえ」になっているかもしれません。
 松浦さんが紹介してくれた「あたりまえ」を、そっくりそのまま使うのではなく、読者がそれぞれに「心を込めてはかり直」すことこそが、本当に松浦さんが言いたいことのような気がします。

 それでも、これだけは松浦さんのようでありたいと感銘する「あたりまえ」もあって、それは私にとっては「できるだけ、おだやかにいること」といった「あたりまえ」だったりします。
 「いつでも自分のペースで、平常心をもって、ていねいに暮していくこと」。
 これが私の「あたらしいあたりまえ」になればいいのにと、思っています。
  
(2010/10/22 投稿)

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  今日も人気作家の
  本ブログ初登場です。
  有川浩(こう)さん。
  今日紹介した『ストーリー・セラー』も
  今たくさん売れている、
  有川浩さんの最新刊です。
  有川浩さんは女性作家です。
  私は最初有川さんは男性だとばかり思っていました。
  字面だけみると、
  どうみても浩(ひろし)じゃないですか。
  有川浩さんが女性と知ったときは、
  本当にびっくりしましたし、
  赤面してしまいました。
  男だからとか女だからとか
  ないのですが、
  いやはや、でした。

  じゃあ、読もう。

ストーリー・セラーストーリー・セラー
(2010/08/20)
有川 浩

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sai.wingpen  作家の宿業                  矢印 bk1書評ページへ

 「面白い物語を売る」というコンセプトで書かれた二つの物語。
 Side:Aは女性作家が夫を残してなくなってしまう話、Side:Bは、女性作家の夫がなくなってしまう話と、主人公も状況もまったくちがうが、対のような形になっている。
 Side:Bに登場する女性作家がSide:Aを書いたようにも描かれている。
 つまり、虚構が虚構が生むような多層的な仕掛けでできた作品集である。

 恋愛小説風でもあるが、むしろ作家有川浩の「書く」ということへの自己問いかけとして読める。二つのSideの主人公ともに女性作家であり、そのパートーナーである夫は妻の作品の良き読み手となっている。おそらく、有川浩のなかでは、この二つ(「書く」ということと「読む」ということ)は同居しているのだろうが、物語のなかのパートナーがそうであるように、「読む側」に満足している人は多い。
 「書く」ことと「読む」ことはやはりちがう。そのどちらがいいというのではない。ただ読書という行為は「書く」ことではなく「読む」ことであり、「読む」ことで新しい世界を広げることになる。

 「読む側」にいるパートナーをうしなう女性作家は不幸だろうか。
 Side:Bの主人公である女性作家は夫の死の告知に対して、こうひとりごちる。「あたしは作家だ。物語を商う作家だ。(中略)腹の足しにもならない空想を、絵空事を、夢をこの世でお足に替えている。あたしは夢を操る生き物だ」と。
 だから、本当は夫の死を虚構にさえしてしまう力をもっているはずだ。しかし、夫は死んでしまう。それさえも、作家が仕掛けたわなにさえ思える。

 では、作家とはすべての世界をつくりうる神なのかと問われれば、それさえもちがうというしかない。世界はそう単純ではない。男や女が息づくのは、読む人があってはじめて生まれる。
 だとすれば、読む人こそ、世界をうごかす神ではないか。物語の世界にあっては。
  
(2010/10/21 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  人気作家桐野夏生さんの
  本ブログ初登場です。
  今日紹介した『東京島』は映画化されて
  話題にもなっていますが、
  主人公の清子役は女優の木村多江さんが
  演じていますが、
  原作の清子は木村多江さんほど奇麗だとは
  思えません。
  木村多江さんほど奇麗だったら、
  東京島はもっと悲惨になっていたでしょうね。
  物語としては
  とても読み応え充分な作品で
  さすが桐野夏生さんは
  すごいなと、
  感心しました。
  映画を観るか、
  原作を読むか。

  じゃあ、読もう。

東京島東京島
(2008/05)
桐野 夏生

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sai.wingpen  誰が生き残るのか               矢印 bk1書評ページへ

 無人島に流されるとしたらどんな本を持っていきますか、というのは古典的ともいえる質問だが、まさか31人の男とたった1人の女が無人島で繰り広げる葛藤を描いた桐野夏生の『東京島』を持っていくとは思えない。
 いや、もしかすれば、無人島でのサバイバル読本として、それもまたありかもしれないが。

 トウキョウと名付けられた無人島は「潰れた腎臓の形をしており、縦が七キロ、横が四キロ程度」の島である。もちろん、電気も水道も何もない。
 そんな島に32人の人間が、しかもたった1人の女が含まれているのだから、どのようなことが繰り広げられるかは容易に想像がつく。ただたった1人の女である清子がすでに四十を超えているというのは面白い意匠だ。
 最初は清子をめぐっての男たちの戦いがあったものの、いつしか彼女への興味は薄れていく。女であることを武器にして、それは無人島ではサバイバルナイフよりも有効であったのだが、生き残りをはかろうとする清子という主人公の、狂気や愚かさが全編をひっぱっていく。

 しかし、この物語でもっとも面白いのは、その清子が唯一抱かれることを拒んだワタナベという青年の存在であろう。
 ワタナベは清子の夫である隆が残した航海日誌(それは同時に無人島へ漂着してからの日記でもある)を盗みだして、ただ一人の読者として読むことの快楽を独占している。
 「ワタナベにとって、隆の日誌はバイブルであり、エロ本であり、映画で、テレビだった」わけで、彼ほど恵まれた島民はいなかったにちがいない。しかも、その日誌には白紙のページも残されていて、ワタナベは書くこと、想像し、記録する行為も一人占めしていたことになる。

 この長い物語で、男たちと1人の女の生存競争よりも、このワタナベを描いた第二章は圧倒的に面白い。
 もしかすると、無人島に持っていくべき本は、何も書かれていない白い本なのではないだろうか。
 狂気を救うのは、想像力ではないか。
  
(2010/10/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近面白いなと思ったというか
  とても気になったニュースは、
  文藝賞の受賞内定者の作品の
  重要な箇所がインターネット記事から
  依拠されていたというものです。
  その事実を判明させた審査員の人も
  すごいと思いますが、
  どのような書き手だったかは
  わかりませんが、
  文学の本質というか
  本当の在り方を
  もう一度勉強された方がいいですね。
  今日紹介した池内紀さんの『文学フシギ帖』を
  読みなさいとまではいいませんが、
  本当の文学に触れてみることは
  これからそういう世界を目指そうという
  人にも肝心なことだと思います。

  じゃあ、読もう。

文学フシギ帖――日本の文学百年を読む (岩波新書)文学フシギ帖――日本の文学百年を読む (岩波新書)
(2010/07/22)
池内 紀

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sai.wingpen  文学というかくれんぼう                  矢印 bk1書評ページへ

 最初に断っておくと、今の人たち(若い人と限定してしまうほどには読書の世界の広くないかもしれない)は、どんな本を読んでいるのか、詳しくは知らない。
 漱石は依然人気はあるとしても、島崎藤村や幸田露伴となるとどうだろう。芥川龍之介や志賀直哉は読まれているのか。どちらかといえば、教科書の世界を出ないのかもしれない。そのことを嘆くことはない。時代はまちがいなく進み、我々の世代の龍之介と今の世代の龍之介は立居地が明らかにちがう。
 十年、五十年、そして百年と時が進めば、あるものは人気をなくすだろうし、あるものは脚光を浴びる。文学もまたそのような商品としての側面を持っていることを否定できない。

 そうはいっても、池内紀の本書はフシギ、かつ魅力的な日本文学案内である。
 一作家一テーマで書かれた53人の作家たちは全体を書かれていないにもかかわらず、きちんとその作家の個性がとらえられている。
 例えば、林芙美子。本書で紹介されているのは代表作『放浪記』ではなく、芙美子が23歳の時に書いたデビュー作『風琴と金魚』である。それでいて、池内が「林芙美子の文学のすべてが、二十三歳のときの作品に尽くされている」と言い切る。そのことは池内が芙美子のデビュー作だけを読んだのではなく、ほとんどの作品を読み終えたからいえることだろう。そのような気配がほとんどの作家にうかがえる。

 池内は「言葉のフシギを味わうためには、読者の側にも、フシギをつくり出す能力が必要なのではあるまいか」と書く。何故なら「文学は、なかんずくのイタズラ者で、かくれんぼうを好むからだ」。
 池内はかくれたものを、片っ端からみつけていく。そのことの巧みさに舌をまく。と同時に、見つけ出されたものの正体をのぞきこみたくなる。お前はどんな顔をしているのか、と。
 文学のフシギは、なんと魅力的なのだろう。この本一冊あれば、当分、読む本に困らない。
  
(2010/10/19 投稿)

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 世の中の、どれだけの人が
 芥川賞とか直木賞に興味を持っているのでしょう。
 文学の世界では
 やはり重要な賞なんでしょうが、
 あくまでも新人賞ってことには変わらないのですが。

 そうはいっても、出版社さんとか本屋さんは
 芥川賞、直木賞がないと売上げに困るわけで
 それならそれで、
 読者としては、いい作品、期待の作家が受賞すれば
 一番うれしいのですね。

   島田雅彦さんが芥川賞選考委員に 六回の落選経験

 という記事が、10月13日の朝日新聞に出ていました。
 記事によると、

   島田さんは1983年の「優しいサヨクのための嬉遊曲」以来、
     芥川賞で最多となる6回の落選を経験し、同賞を受賞していない。

 とあります。
 島田雅彦さん、曰く

   因縁はあるにせよ、ほかの新人賞の選考委員での功績が認められた
    ことと、芥川賞の歴史的役割は終わったなどと言っている人間が入った
    方が賞が活性化すると思われたようです。

 さあ、芥川賞に新しい風が吹くのか、
 次回の選考会が今から楽しみです。
 でも、六回も落選したら、
 精神的にはかなりきつかったでしょうね。
 よく、がんばりました、島田雅彦さん。

  ちなみに、直木賞の選考委員に
 伊集院静さんと桐野夏生さんが新しく加わるそうです。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する『おへそのあな』は
  長谷川義史さんの絵本です。
  長谷川義史さんの絵本は
  このブログでも何回か紹介しましたが、
  私には長谷川義史さんの絵が
  上手なのか下手なのか
  よくわかりません。
  もちろん、きっとお上手なんですが、
  これなら私にも描けちゃう、
  (絶対描けませんよ、念のため)
  と思わせる不思議なものがあります。
  それと、生命力というのでしょうか、
  そういう力をものすごく
  感じます。
  一度手にとってみてはいかが。

  じゃあ、読もう。

おへそのあなおへそのあな
(2006/09)
長谷川 義史

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sai.wingpen  この世界はあなたを待っている             矢印 bk1書評ページへ

 おへそにどんな役目があるのか知らないが、少なくとも母とつながっていた痕跡であることは間違いない。
 誰もがおへそを持っているということは、誰もが母とつながっていたということ。たとえそれがどのような母であれ、胎内にいるとき、このへそで母とつながっていたのだ。
 母を愛すること、母を憎むこと、母を慈しむこと、母を嫌うこと。それは人それぞれだ。
 しかし、おへそがあるということは、母は自分を胎内で育ててくれた、その痕跡である。

 長谷川義史さんの絵本『おへそのあな』は、おなかのなかにいる胎児がおかあさんのおへそからこっそり生まれてくる世界をのぞきみる世界を描いている。
 おにいちゃんは生まれてくる赤ちゃんのためにロボットを作り、おねえちゃんはきれいな花が咲くように苗木を育て、お父さんは歓迎の歌をこしらえる。
 胎児がのぞいた世界はなんと期待に満ちているのだろう。

 そんな楽しい家族がしばしば憎悪の対象になることは毎日のニュースでいやというほど見聞きする。おにいちゃんは作ったロボットを投げ捨てるかもしれない。おねえちゃんは花と同じ色に髪を染めるかもしれない。お父さんは愚痴や嘆きを口にするかもしれない。
 絵本だから、そんな暗い明日は描かれない。でも、そのことに目をそむけることはできない。ただいえることは、おへそが母とつながっていた確かな痕跡であるように、この絵本の胎児がおかあさんのへそのあなからのぞいた世界も確かな世界であろうということだ。

 誰もがあなたの誕生を待っている。だから、怖がらないで。
 この世界はあなたを待っている。
  
(2010/10/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  写真家星野道夫さんの生涯は短い。
  それでいて、
  星野道夫さんには後悔はなかったのではないか。
  今日紹介する『ラブ・ストーリー』のなかに
  こんな言葉を見つけた。

   たとえこころざし半ばで倒れても、
   もしそのときまでに全力をつくして走りきったならば、
   その人の一生は完結しうるのではないだろうか。


  この文章を書いたとき、
  星野道夫さんが自分の死をどこかで
  意識していたとも思えない。
  しかし、
  星野道夫さんは常にそう思い、
  行動してにはちがいない。
  私にはできるか。
  そう自問している。

  じゃあ、読もう。

ラブ・ストーリー―Michio’s Northern Dreams〈2〉 (Michio’s Northern Dreams 2)ラブ・ストーリー―Michio’s Northern Dreams〈2〉 (Michio’s Northern Dreams 2)
(2001/12)
星野 道夫

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sai.wingpen  彼の時間                     矢印 bk1書評ページへ

 本書は、「Michio’s Northern Dreams」と名付けられた、写真家星野道夫のたくさんの未発表作品を含むアラスカの写真と透き通るような珠玉の星野の文章で編まれた、シリーズの二冊めである。
 この第二巻めに収められた星野道夫の言葉のなかに、印象的なものがある。「すべてのものに、平等に、同じ時が流れている」というのがそれで、それとほぼ同じものが数ページあとにも出てくる。「どこにいようとも、すべてのものに平等に同じ時が流れている」。
 この二つの文章の初出は、1993年に刊行された『イニュニック[生命]』と1999年に刊行された『長い旅の途上』なのだが、6年という長い時間がその間にあるにもかかわらず、星野はほとんど同じ文章を書いていることになる。
 星野の、大きくいえば彼の思想に、この時間に対する考え方はずっと変わらずにありつづけたのではないだろうか。
 すべてのものに平等に流れつづけるもの。
 星野のいう「すべてのもの」は、人間だけでなく、グリズリーやカリブーといった動物や植物や氷山や大地といった自然にあるものすべてを指している。
 それはまた、アラスカだけではない。この宇宙にあるもの、すべてである。

 いまこの時、どこか遠くのところにいるクマと自分が同じ世界に共存しているというのが、星野の感性である。それは、今をさすだけではない。まだ見ぬものたち、未来との共存でもある。
 本書の冒頭の言葉、「いつか おまえに 会いたかった」(初出『クマよ』)は、そんな同じ時間をともに生きた、愛すべきものへの深い思いがすべて込められている。
 
 星野道夫の写真や言葉に込められたものは、星野の死後もこうして共有できる。いま、この瞬間に星野の写真に夢中になっている人がいるかもしれない。
 そのことは、星野がいうように「その事実は、考えてみると、限りなく深遠なことのような気がしてくる」。

 彼の時間はそこにある。空間をこえて、そこにある。
  
(2010/10/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する本は
  「藤子・F・不二雄大全集 別巻」です。
  藤子
  藤子・F・不二雄さんといえば、
  誰もが『ドラえもん』を思い出すでしょうが
  私は『パーマン』が好きですね。
  ちょうど週刊漫画雑誌が出始めた頃、
  藤子・F・不二雄さんは
  大きく活動の場をひろげていきました。
  それに、TVのアニメブームが
  重なって、国民的アイドルになって
  いきます。
  『オバケのQ太郎』がTVアニメになった時のことは
  子供でしたが、
  なんとなく記憶に残っています。
  きっと、TVの前で楽しみにして
  座っていたのでしょうね。
  今回は何故か表紙イメージがなかったので
  写真でつけておきます。

  じゃあ、読もう。

藤子・F・不二雄大全集 別巻 Fの森の歩き方 藤子・F・不二雄まんがワールド探検公式ガイド藤子・F・不二雄大全集 別巻 Fの森の歩き方 藤子・F・不二雄まんがワールド探検公式ガイド
(2010/07/23)
藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄大全集』編集部

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sai.wingpen  私たちを幸せにしてくれた仲間たち               矢印 bk1書評ページへ

 今回の書評は替え歌でいきましょう。
 元うたは、もちろん、藤子・F・不二雄さんの代表作『ドラえもん』です。
 では、元気よく歌ってみてください。

  こんな本いいな 読めたらいいな 
  あんなまんがこんなまんが いっぱいあるけど
  みんなみんなみんな 読ませてくれる
  大全集で 読ませてくれる
  ギャグまんがで 笑いたいな
  「ハイ! オバケのQ太郎」
  アンアンアン とっても大好き 藤子・F・不二雄

 本書は『藤子・F・不二雄大全集』の別巻で、藤子・Fさんのたくさんの作品の、キャラクター説明や誕生場面、愛すべき主人公たちが繰り出した夢の道具など、もりだくさんに紹介されています。
 こうして全体を俯瞰するように、藤子・Fさんの業績をみると、いかに藤子・Fさんの漫画が身近にあったことがわかります。
 こういう本が一冊そばにあるだけで、幸福な気分になります。

  あんな友だちいいな できたらいいな
  こんな子あんな子 たくさんいるけど
  みんなみんなみんな たのしい仲間
  大全集で 読ませてくれる
  ヒーローまんがで わくわくするぞ
  「ハイ! パーマン」
  アンアンアン とっても大好き 藤子・F・不二雄
  
(2010/10/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  もう一日、和田誠さんつながりします。
  今回は、和田誠さんが
  村上春樹さんの『全作品1990~2000』の
  装丁をされているので
  蔵出し書評ですが紹介しておきます。
  村上春樹さんの全作品集は
  1期と2期出版されています。
  そのどれもが
  和田誠さんの装丁です。
  特に、1期の切手をあしらった装丁は
  和田誠さんの装丁のなかでも
  白眉じゃないかしら。
  この2期では、
  街の地図のようなイメージになっています。
  それがあって、
  書評のタイトルに「地図」とつけています。
  そんなことを思うと、
  本というのは作品だけでなく
  装丁もとても重要ですね。

  じゃあ、読もう。
  
村上春樹全作品 1990~2000 第1巻 短篇集I村上春樹全作品 1990~2000 第1巻 短篇集I
(2002/11/21)
村上 春樹

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sai.wingpen  地図−あるいは村上春樹の九〇年代はいかに始まったかのささやかな考察      矢印 bk1書評ページへ

 村上春樹全作品の第二期の刊行が始まった。今回は一九九〇年から二〇〇〇年までの十年間の作品が全七巻に収録されている。そして、その一巻めの本書は「TVピープル」「夜のくもざる」「使いみちのない風景」「ふわふわ」などの短編が収められている。「青が消える」という日本で初めて発表される作品もある(この作品はフランスのル・モンド紙に九二年に発表されたもので、ミレニアムの大晦日が題材になっている。この全作品との不思議な縁を感じさせる作品だ)。

 歴史的にいうと、九〇年代は湾岸戦争で始まった(一九九〇年八月イラクのクウェート侵攻が始まり、まるでTVゲーム感覚の湾岸戦争と発展していく)。そして、九五年には阪神大震災と地下鉄サリン事件が時代を象徴するように発生し、世紀末の喪失感にとらわれていく。その一方で、ミレニアムという言葉に浮かれていく人々たち。「失われた一〇年」というのは、元々八〇年代にラテンアメリカ諸国を見舞った厳しい経済状態をさすが、「無きに等しい一〇年」という意味では九〇年代の日本もそうであったといえる。

 その十年の間に、村上春樹は何を書いて何を書かなかったか。それは大きな意味では日本文学が時代に対してどんな警鐘を鳴らし、どう対峙してきたかということでもある。あるいはあの十年間に、僕たちはどう生き、何を嘆き、何に対して怒りをおぼえたかの検証でもある。「TVピープル」の不思議な感覚を味わった日、「神の子どもたちはみな踊る」で阪神大震災の悲しい風景に再会した夜、「アンダーグランド」に明かされるサリン事件の闇、「ねじまき鳥クロニクル」のどこまでも続く物語。この全作品を通じて、自身の九〇年代を振り返ってみたいと思う。

 この第一巻に収められた短編集は、「ノルウェイの森」に始まる圧倒的な「現象」に村上春樹が落ち込んでしまった「書けない状態」から「復帰」するきっかけとなった短編「TVピープル」から始まる。だからこそ、彼は「自作解題」の中で「僕にとっては重要な意味を持つ短編集である。内容的に、というよりはあくまで位置的に。個人的に」と書く。つまり九〇年代は村上春樹の文学は「復帰」から始まったのである。そして、そのことはどう続いていくのか。僕たちはまだ大きな地図を手にいれた、始点に立ったばかりである。

 「僕は思うのだけれど、人生においてもっとも素晴らしいものは、過ぎ去って、もう二度と戻ってくることのないものなのだから」(使いみちのない風景)。
  
(2002/12/01 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  和田誠さんつながりということで
  今日は、和田誠さんが詩人の谷川俊太郎さんと
  つくった絵本『あな』を紹介します。
  書評にも書きましたが、
  この『あな』の原画の一枚が
  「和田誠の仕事」展の図版の表紙に
  使われています。
  私にはデザインのことがよくわかりませんが
  そこには多分色指定の数字が書き込まれています。
  そのように、
  できあがるものなんでしょうね。
  詩人の谷川俊太郎さんと和田誠さんは
  絵本の世界でもたくさんいい仕事を
  されています。
  機会があれば、また今度紹介します。

  じゃあ、読もう。

あ な(こどものとも絵本)あ な(こどものとも絵本)
(1983/03/05)
谷川 俊太郎

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sai.wingpen  穴はなくなれば穴ではないのだろうか               矢印 bk1書評ページへ

 この絵本を読むには、まず縦を横に、横を縦にしてください。
 どうしてかって?
 それはページを開く、お楽しみということで。

 「にちようびの あさ、なにも することがなかったので、ひろしは あなを ほりはじめ」ました。
 どんどん深くほっていきます。でも、どうして、穴をほっているのか、ひろし君にもわかっていません。ただ、穴をほっているだけです。
 自分の身長よりも深くほって、ひろし君は思います。「これは ぼくの あなだ」と。
 そして、穴のなかから上を見上げると、「そらは いつもより もっと あおく」思えるのです。
 しばらくして、ひろし君は、穴を出て、それを埋めてしまいます。
 たったそれだけのお話です。
 そのことに意味があるのでしょうか。ないかもしれません。あるかもしれません。
 うめられた穴はもう穴という存在ではない。たとえば、ドーナツのあなみたいに、食べてしまえば、穴はなくなっているように。

 そんな不思議な物語が、和田誠さんのほのぼのとした絵のタッチで、ちっとも不思議に思えません。
 谷川俊太郎さんと和田誠さんのみごとな勝利です。
 和田誠さんは絵本の仕事について、特別展「和田誠の仕事」の図版のなかで「本が好きで、絵が描けて、デザインもできるとなると、絵本を作りたくなるのは自然の流れ」と書いています。そういう自然な楽しみがこの絵本にはあります。
 そういえば、その図版の表紙は、この絵本の原画です。
  
(2010/10/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日和田誠さんの展覧会の記事を書きましたが、
  その和田誠さんつながりではありませんが
  今日紹介する丸谷才一さんの
  『あいさつは一仕事』の装丁は
  和田誠さんです。
  しかも、この本の巻末には
  丸谷才一さんと和田誠さんの対談つきという
  丸谷才一ファン、和田誠ファンにとっても
  涙なしには読めない一冊になっています。
  今回の本は丸谷才一さんが
  色々な場面で挨拶をされた内容が収められているのですが、
  それにちなんで
  書評の方もそんな挨拶ふうに
  書いてみました。
  これから結婚式などで
  挨拶をお願いされている人には
  マニュアル本として
  使われるのも
  いいのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

あいさつは一仕事あいさつは一仕事
(2010/09/07)
丸谷 才一

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sai.wingpen  本日はまことにおめでとうございます           矢印 bk1書評ページへ

 エー、突然のご指名を頂きまして、あ、マイクはいってます? はいってます、はいそのようです。
 ええっと、しかも挨拶名人の丸谷才一先生の後ということで、少し興奮しております。何しろ丸谷先生には先ほど「かういう席でのスピーチもわたしの文学的業績と認められています。そんな文学者は、日本文学史はじまつて以来でせう」と話されて大笑いさせて頂いたばかりです。前半だけだと嫌味になるけれど、後半の「日本文学史はじまつて以来」とすることで、ユーモアになる。いやはや、まさに名人芸でございます。
 私のようなものにはとてもできるものではございません。
 しかも、丸谷先生の挨拶というのは、単に美辞麗句といった日本のスピーチの悪しき慣習と申しますか、そのような空疎なものではない。実にごりっぱなものです。
 特に文藝評論に関するお話は真面目な内容にもかかわらず、その場の空気を読んだ、このスピーチを聴いて本日のこの芽出度い宴席に出席してよかったと思わせるものがあります。ああいう内容ともなれば、丸谷先生が日頃からおっしゃっておられますように、きちんと原稿を書くことの重要性に思い至るわけでございます。
 先ほどの丸谷先生のお話の際には皆さん熱心に、何人かのお方は本日のかくも豪華な献立表の余白にメモまでお取りになられておられましたが、私にマイクが向けられた途端、談笑、談笑で誰ひとりとして聴いちゃあいない。これは、お前早くひっこめというお叱りの、婉曲な表現かと思う次第です。挨拶名人の丸谷先生でさえ、そういう場で挨拶を引き受けられたこともあるということは先ほどのお話のなかにもでてまいりましたが、先生のように「祝 乾杯」と書かれたボードを差し上げるという芸当もありません。
 だから、丸谷先生の後でスピーチなど引き受けるものじゃあない。
 早々に引き下がることと致します。
 本日はまことにおめでとうございます。
  
(2010/10/12 投稿)

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 10月1日からタバコが値上げになって
 愛煙家の私としては、
 この先どのように対処すべきか困っています。
 やめるべきか。
 続けるべきか。
 そこで、東京・渋谷にあるたばこと塩の博物館
 文句を言いに行ってきました。
 と、いうのは冗談で、
 和田1
 先日(10.9)たばこと塩の博物館で開催されている
 「和田誠の仕事」展に行ってきました。

 どうして、和田誠さんの展覧会が
 たばこと塩の博物館で開催されているかというと
 今年はハイライトというタバコの銘柄が発売されて
 40年になるそうです。
 そのハイライトのパッケージデザインをしたのが
 和田誠さんなのです。
 今回の展覧会のパンフレットに和田誠さんは
 こんなことを書いています。
 
   喫煙には風あたりの強い時代だし、ぼくも今は吸っていませんが、
   たばことの縁を忘れないでおこうと思ったのです。

 まさに、和田誠さんの原点から始まる展覧会なのです。

 しかも、この日なにげなく行ったのですが、
 なんとそこに本物の和田誠さんがいるではないですか。
 えーっなんでいるの、っていう感じです。
 しかもですよ、
 和田誠さんが自作の前でひとつひとつ説明されているのです。
 夢みたいで
 思わずそばにいた係りの人に尋ねました。
 係りの人いわく
 和田誠さんが卒業された多摩美大の学生さんたちへの講義だそうで、
 そういえば和田誠さんの周りには
 若い人たちが熱心に聞いていました。
 私もちゃっかり聴講させてもらいました。

 この展覧会では
 和田誠さんの数々の作品が
 和田2
 「ポスター」とか「映画」とか「絵本」とか「装丁」といった
 ジャンルにわかれて紹介されています。
 しかも、門外不出?の
 製作風景のビデオ上映もあったりして
 和田誠さんファン必見の展覧会なのです。
 もっとも、生・和田誠さんに会えるとは限りませんので
 念のため。
 帰りにはりっぱな図録まで購入できます。
 私の宝モノにします。

 開催期間は11月7日まで。
 入場料が300円というのもうれしいかぎり。
 ぜひ、行ってみてはいかがですか。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する、いせひでこさんの
  『ルリユールおじさん』も
  先月行った「2000年代の日本の絵本展」で
  見つけました。
  そして、遠い記憶のなかで
  この『ルリユールおじさん』が
  とても話題になったことがあったことを
  思い出しました。
  人でもそうですが、
  本でもめぐり合うその時というのは
  縁(えにし)のようなものが
  あるのかもしれません。
  みなさんも
  そんなふうにひょっこりと
  いい本に出逢えるといいですね。

  じゃあ、読もう。


ルリユールおじさんルリユールおじさん
(2006/09)
いせ ひでこ

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sai.wingpen  もう一度つなげる                     矢印 bk1書評ページへ

 絵本作家いせひでこさんの代表作といってもいいこの絵本は、一冊の図鑑を大切にする少女と年老いた製本職人の物語です。
 何度も何度も読んでボロボロになった図鑑を持って少女はパリの街を駆け回ります。こわれた本をなおすために、ルリユールを求めて。
 いせさんの美しい水彩画と流れるようなページ構成が、絵本でありながら、まるで動画を観ているような気分にさせてくれます。音楽さえ聞こえてきそうです。それほどまでに美しい絵本です。

 「ルリユール」というのは製本という意味の言葉ですが、物語のなかで老職人は少女に「ルリユール」という言葉には「もう一度つなげる」という意味があることを教えます。
 「もう一度つなげる」。
 こわれたもの、ばらばらになったもの、それらが大切なものであればあるほど、「もう一度つなげる」ことは重い意味をもちます。家族との結びつき、恋人との関係、友人とのつながり、といったような人が人とつながるそんなものがこわれてしまった時、本当はもう一度元に戻りたいと願っても、互いの意地がなかなかそれを許さない。
 「もう一度つなげる」ことはとても難しい。

 「ぼうず、あの木のようにおおきくなれ」と、かつて「ルリユールおじさん」は父親にいわれたことがあります。そして、名をのこさなくてもいいから、「いい手をもて」とも教えられます。それは、本を再生する職業のことだけでなく、「もう一度つなげる」ための教えだったように思えます。
 「もう一度つなげる」ためには、おおきな木のような、すべてをつつみこむ深さやひろがりが必要なのでしょう。それは、ゆるすということかもしれません。
 いせひでこさんは、そのことをこの美しい絵本を描きました。いせさんは、この絵本で「ルリユールおじさん」の「魔法の手」をもてたのではないでしょうか。

 「ありがとう」といって、本を閉じました。
  
(2010/10/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  前にも書いたかもしれませんが
  私が星野道夫さんのことを
  ちゃんと知ったのは
  福島の中合という百貨店の
  星野道夫展が最初でした。
  もう4年も前のことです。
  大きな写真パネルで展示された
  星野道夫さんの
  写真の数々に圧倒されましたし、
  その時地元の読みきかせのボランティアの人たちの
  星野道夫さんの文章に
  深い感銘を受けたのが
  まるで昨日のように思い出されます。
  星野道夫さんが
  アラスカに夢みたもの。
  それを何回かたどりたいと
  思います。

  じゃあ、読もう。

オーロラの彼方へ―Michio’s Northern Dreams〈1〉 (Michio’s Northern Dreams 1)オーロラの彼方へ―Michio’s Northern Dreams〈1〉 (Michio’s Northern Dreams 1)
(2001/11)
星野 道夫

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sai.wingpen  彼の風景                  矢印 bk1書評ページへ

 本書は、「Michio’s Northern Dreams」と名付けられた、写真家星野道夫のたくさんの未発表作品を含むアラスカの写真と透き通るような珠玉の星野の文章で編まれた、シリーズの一冊めである。
 星野の妻である直子さんは「発刊によせて」の冒頭にこう書いている。「あんなに魅せられていたアラスカに、星野道夫はなにを見つづけていたのでしょうか」。そして、「本シリーズには、夫がアラスカと長く関わり、見つめつづけることで見えてきた「夢」の軌跡がテーマ別に綴られています」と。
 星野道夫が見つづけてきたもの。
 本書を読むことは、それを見つける旅でもある。

 この第一巻めには、オーロラの写真がいくつも収められている。
 アラスカの闇に浮かぶ雄雄しき光の帷(とばり)。赤く、青く、または白く、それは幻想的である。
 オーロラのことを星野は「闇の中に見え隠れする未来」と喩えた。また「オーロラの不思議な光が語りかけてくるものは、それを見つめる者の、内なる心の風景の中にあるのだろう」とも書いた。
 あまりにも短すぎる自身の死を星野はどこかで自覚していたのではないだろうか。彼の内なる心の風景はそのことまで映していたかもしれない。

 星野は「さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉ではなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えられたりすることがきっとあるように思う」と書いた。
 それは自身の目が見た風景だけではないはずだ。
 若き星野をアラスカへと向かわせたのが一枚の写真であったように、私たちも星野が映したたくさんのアラスカの、自然の、動物たちの風景に励まされるし勇気づけられる。
 星野道夫は見つづけるとともに、指し示す人でもあった。

 彼の風景はそこにある。時をこえて、そこにある。
  
(2010/10/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  長田美穂さんの『ガサコ伝説』にさそわれて
  山口百恵さんの『蒼い時』を読んだり、
  なんだかあの70年代を
  うろうろしている気分がつづいている。
  そういえば、長田美穂さんは
  あの頃のアイドル、アグネス・ラムさんのことも
  書いていたことを思い出して、
  今日の『アグネス・ラムのいた時代』を見つけた。
  読んだのは2008年。
  蔵出し書評ですが、bk1書店への投稿は
  もう少し長いもの。
  当時の時事的な表現は今回カットしました。
  興味のある人は、
  bk1書店の書評をお読みください。
  さて、アグネス・ラムさんですが、
  かわいい顔をして迫力のあるボディ。
  当時本当にアッという間に
  全国の男子諸君をとりこにして
  しまいました。
  この表紙の写真をみても
  かわいいことはわかってもらえると
  思います。

  じゃあ、読もう。

アグネス・ラムのいた時代 (中公新書ラクレ)アグネス・ラムのいた時代 (中公新書ラクレ)
(2007/02)
長友 健二長田 美穂

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sai.wingpen  もう一度あの場所へ                矢印 bk1書評ページへ

 アイドルがアルドルになるためにはいくつもの要素がある。
 プロダクションとしての営業戦略、レコード会社(あるいは雑誌社)の嗅覚、周辺の人々の同一化、等々。本書の「聞き書き」の対象となった、<大衆写真家>長友健二の仕事もその一つだろう。
 被写体としてのアイドルをどう撮るか、それ次第でアイドルの売れ行きが左右される。そう、アイドルとは商品なのだ。そして、アイドルをとりまく周辺の人々は、その価値をどう上げていくかに深く関与する人々なのだ。
 だから、その商品価値がなくなれば淘汰されていく。アイドル自身の個性はそこでは優先されない世界だ。(本書の中で映画黄金時代のスターとの交流をまとめた章があるが、その時代ではスターの個性は尊重されている。つまりアイドルとは映画からTVへと移行するにあわせて登場した産物といえる。そして、TVが発信する情報の速度がアイドルの賞味期限を短くしていった構造が垣間見える)

 そのアイドルを、例えば本書の表題となった「アグネス・ラム」や「キャンディーズ」のように同時代のキイワードとして共有できるのはどういうことか。かつて大宅壮一が「一億総白痴化」という言葉を生み出したように、TVはその量においても圧倒的な力を発揮してきたことの証明だろう。
 だから、全国どこにいようと同じアイドルを共有できることになる。そのようなTVの力に相乗りをするような形で雑誌のグラビアも、アイドルをアイドル化していく役目を担っていく。それは録画媒体をもたなかった時代の、重要なアイテムでもあった。
 あの時代の少年たちの部屋にどれだけ多くの「アグネス・ラム」たちがいたことか。

 <大衆写真家>長友健二は、写真家としてどう評価されていくかわからないが、少なくともあの時代を明確に写し取った一人であるには違いない。
 かつてのアイドル「キャンディーズ」の「大同窓会」の招待状ともいえる新聞広告にこんな表現があった。「もういちどあの場所へ。もういちどあの気持ちで。ただ時が過ぎたのではない。そのことを証明しよう」私たちがあの場所に戻るために、長友の撮ったグラビアは大いに必要とされるだろう。そして、それこそが<大衆写真家>長友健二の勲章である。
  
(2008/06/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズは
  全冊読破しちゃったから
  もうおわりかというと、
  ありがたいことに文庫本という形で
  出版されるから
  まだまだ書けちゃうわけです。
  今回は2006年に出版された「丸かじり」の
  文庫化です。
  ところで、この『うなぎの丸かじり』に登場する
  「ひきこもりラーメン」ですが、
  東海林さだおさんは文中に店名を書いていない。
  そこで、ここで書いちゃいます。
  あれは「ラーメン一蘭」のことだと思います。
  私は上野駅の「一蘭」にはいったのですが
  「ラーメンを引き寄せたとたん、スダレがサッと降りて」なんて
  絶対あれは「一蘭」ですよ。
  好奇心ある人はぜひ。

  じゃあ、食べよう。

うなぎの丸かじり (文春文庫)うなぎの丸かじり (文春文庫)
(2010/07/09)
東海林 さだお

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sai.wingpen  刺身のツマ                   矢印 bk1書評ページへ

 みなさんは刺身のツマ食べますか?
 私は食べたり食べなかったり。必ず食べるということはしない。どちらかといえば、本体である(こんな言い方はしないでしょうが)刺身の量が少ない時などは割と食べる。口がさびしくなるんでしょうね。
 ところで、刺身のツマという言い方ですが、あれは主となる料理のそばに置かれているところから、「妻」と呼ばれるようになったとかいいますが、別に控えているのが「妻」だなんていったら案外問題になったりするのではないかしら。
 かといって、今日から刺身の「夫」というのも何ですが。

 文庫本の解説というのは、どことなく刺身のツマに似ています。
 読むのもいいし、読まなくても、まあどうってことない。
 先に読む人もいれば、後に読んでも構わない。私は後派ですが、前派を糾弾するかといえば、それはない。所詮は主たる文章のそばに置かれているのですから、刺身のツマと同様の扱いを受けざるを得ません。
 ところが、その解説が読みたくなる文庫本があるのです。
 それが、東海林さだおさんのおなじみ食のエッセイ「丸かじり」シリーズの文庫本なのです。
 東海林さだおさんのエッセイが面白いからだと思いますが、解説を担当している諸氏もなんだか東海林さんに負けまいと気合がはいって、解説というよりは、ひとつのエッセイみたいな文章を書いている。
 この『うなぎの丸かじり』の文庫本では、作家の逢坂剛氏が我こそは東海林さだおさんファンの第一人者といわんばかりに、東海林さんとの草野球シーンまで披露されている。どうもこの文庫本のシリーズの解説者は私が一番のファンです、みたいなそういうトーンが多くて、かわいくて仕方がない。

 こうなれば、これが刺身のツマといえるかどうか。
 もうリッパな刺身になるのではないかと思ってしまう。
 いつか「東海林さだおさん「丸かじり」シリーズ文庫解説集大成」みたいな本ができるのではないでしょうか。
 もちろん、その時のカバー絵は、和田誠さんだろうな、やっぱり。
  
(2010/10/07 投稿)

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 先日、村上春樹さんのインタビュー集、
 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(文藝春秋)が
 刊行されましたね。
 本屋さんの平台にたくさん積んであります。
 やっぱり村上春樹さんの本というだけで
 売れるんでしょうね。

 そこで、今回の「雑誌を歩く」は
 その村上春樹さんのノルウェーでの独占インタビューを掲載した
 「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 」11月号を
 取り上げます。

COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2010年 11月号 [雑誌]COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2010年 11月号 [雑誌]
(2010/09/25)
不明

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 「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 」はここでも
 何回も取り上げていますが、
 最近の数多ある雑誌のなかでも
 個性がしっかりしていて、ファンが多いんじゃないかな。
 今回の特集では、
 ノルウェー最大の新聞「アフランポステン」が行った
 村上春樹さんの独占インタビューを
 取り上げています。
 題して、

  村上春樹 「ノルウェイにて」

 書き出しがいいですよ。

  この夏、オスロで行なわれた村上春樹(61)の講演会の入場券は
  わずか12分で完売した。

 村上春樹さんの人気はいまや日本にとどまらないことを
 うかがわせます。
 こんな記事を読むと、今年こそノーベル文学賞は
 村上春樹さんなのかと考えたくなりますね。
 ぱんぱん。(神様に祈っている音です)

 オスロの「ホテル ブリストル」のロビーに現れた
 村上春樹さんのファッションは、
 フードつきのパーカにショートパンツだったらしいですが、
 今回の記事にはそんな村上春樹さんの写真も
 掲載されていますので、
 興味のある方はぜひ開いてみて下さい。

 そのインタビューのなかで
 村上春樹さんはいろいろなことを話していますが
 例えば、村上春樹さん本人は、主人公は小説ごとに変化してきているとして
 それは60歳を超えた年齢のせいかと尋ねられて

  「年をとったのではなく、作家として成熟したということでしょう。
  オールドになったのではなく、マチュアになった、と」
  
 と答えています。
 また、女性については

  「ぼくにとっては男の人を描くよりも、女の人を描くほうが興味深いのです。
  女の人が強いですから」


 と語っています。
 そして、この記事の最後に

  「物語というのは、ぼくたちが理解しあうための手段」

 と話しています。
 物語性ということを考えたとき、
 村上春樹さんの強いこだわりを感じさせる発言だと思います。

 このほか、今月号の「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 」には

  本当に必要な知識はマスコミでは得られない
  「情報収集力」があなたの人生を決める

 という大特集もあって読みごたえ充分です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  私のここ数年、というか十年以上続いている
  本の習慣のひとつに
  今日紹介する日本エッセイスト・クラブ編の
  「ベスト・エッセイ集」があります。
  毎年秋の始まりに新刊がでます。
  それを読みます。
  そのあと、数年経つと、
  やはりこのあたりに
  文庫本で出版されます。
  今年でいえば、
  文春文庫の9月の新刊で
  「07年版ベスト・エッセイ集 ネクタイと江戸前」が
  でています。
  これも読む。
  そうした習慣がもう十年以上続いています。
  今日は400字書評
  お楽しみください。

  じゃあ、読もう。

散歩とカツ丼―’10年版ベスト・エッセイ集散歩とカツ丼―’10年版ベスト・エッセイ集
(2010/08)
日本エッセイストクラブ

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sai.wingpen  おいしい新刊入荷しました                矢印 bk1書評ページへ

 この時期、スーパーなどに行くと「新米入荷」の吊りPOPが目立ちます。「おいしい新米はいりました」みたいな。白いお米がほかほかの湯気をたててる写真なんかがあれば、それだけで食欲がそそられるものです。
 本好きの私にとっても、この時期楽しみにしている「新米」ならぬ「新刊」があります。
 それが、日本エッセイスト・クラブ編の「ベスト・エッセイ集」。「おいしいエッセイが入荷しました」みたいな気分で、ほくほく本屋さんに出かけます。
 今年のタイトルは、作家の新井千裕さんのエッセイの題名「散歩とカツ丼」が採用されています。全部で51篇の採れたてエッセイ(といっても、昨年発表された作品がまとめられているのですが)を読むのが、私にとっては「読書の秋」のはじまりです。
 どこから読んでもおいしい、一日いくつ読んでもおいしい。
 そのどれもが、ゆったりと流れる読書の豊潤な時間を与えてくれるのです。
  
(2010/10/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日の書評のなかにも書きましたが、
  山口百恵さんという伝説の歌姫が
  引退間近に出版した『蒼い時』という本を
  読んでみようと思ったのは
  先に読んだ長田美穂さんの『ガサコ伝説』が
  あったからです。
  その本を読んで、妙にこの『蒼い時』という本が
  気になって、図書館で借りました。
  私が読んだのは1982年12月に出た集英社文庫で
  この時すでに19刷とあります。
  ページは少し黄ばんでもいました。
  30年という歳月はいったいどれだけの
  重みを人にもたせるのでしょう。
  そのことだけにも
  思いがいきます。
  いい本です。
  ぜひ読んでもらいたいと
  推薦します。

  じゃあ、読もう。
  
蒼い時 文庫編集部 (集英社文庫 126-A)蒼い時 文庫編集部 (集英社文庫 126-A)
(1981/04/20)
山口 百恵

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sai.wingpen  彼女が残してくれたものを、いま玉手箱のようにして開く    矢印 bk1書評ページへ

 長田美穂の『ガサコ伝説』というノンフィクション作品には、副題が「百恵の時代の仕掛人」とあるように、いまや伝説の歌姫となった山口百恵と「平凡」編集者であったガサコと呼ばれた折笠光子の交流が描かれた章が単独に設けられている。
 そのなかに、山口百恵が引退直前に刊行しベストセラーになった『蒼い時』をめぐる逸話が書かれていて、著者の長田は、当時山口百恵と親交のあった折笠光子の手で手掛けられた可能性は充分あっただろうとしている。そして、当時、山口百恵から折笠光子に他の出版社から刊行されたことのお詫びの言葉が向けられたと書いている。

 百恵伝説という言葉があるのどうかはわからないが、少なくともいまだに多くのことが語られるとすれば、山口百恵が引退してすでに30年の月日という時間の流れとあいまって、やはり伝説といってもいいのだろう。
 芸能生活わずか8年ばかりでありながら、多くの人を魅了し、その絶頂期に結婚引退という、人生の選択をした山口百恵は、アイドルを通り越して、もっと別の意味合いをもった女性だったのだろう。写真家の篠山紀信は「時代が山口百恵を必要とした」と語ったというが、山口百恵が活躍した70年代とは大きく社会が変わろうとする時代であり、その時代の終焉とともに、彼女は引退をしてしまう。
 それはまるで「夕鶴」のおつうのようなものであったのかもしれない。
 あの当時の人々は、一羽の鶴が変化(へんげ)した少女から、たくさんの喜びをもらったはずだ。そして、最後に自分の生い立ちや性、結婚にいたるまでの、実に硬質な文章となった、自伝風エッセイ『蒼い時』を残して、旅立っていった。

 この本は当時話題になったし、大ベストセラーにもなっている。私自身は芸能人の書いた本ということで敬遠していたこともあって、手にしたことも読んだこともなかった。
 30年が過ぎて、長田の『ガサコ伝説』に誘われるようにして今回読んでみて驚いた。ちっとも古ぼけていないのだ。いま、刊行されたとしても充分読ませるだけの力がこの本にはある。
 確かに山口百恵という時代の寵児が書いたものではあるが、父との確執、恋人とのときめき、初めての性、仕事に対する考え方、どれもが時代を感じさせないのだ。
 そして、もしこの本をいま読む意味があるとすれば、30年前のアイドルの手記に接するというだけでなく、あの頃の自分自身と向き合えることかもしれない。
 あなたは30年前、何をしていましたか。

 山口百恵が最後のステージで、そっと置いていった白いマイクが残像のようによみがえる、名著である。
  
(2010/10/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する長谷川義史さんの
  『ぼくがラーメンたべてるとき』は
  第13回日本絵本賞、第57回小学館児童出版文化賞を受賞した
  最近の名作絵本です。
  こういういい絵本を
  絵本というだけで子供たちだけに
  読ませるのはどうかと思います。
  ぜひ大人のみなさんにも
  読んでもらいたい一冊です。
  そして、深く考えてください。
  私たちが「ラーメンたべてるとき」
  世界で何が起こっているのかを。
  そのことを知ることは
  大変大切なことです。
  これからも、
  大人の人にもいい絵本を紹介していきたい。
  そう思います。

  じゃあ、読もう。

ぼくがラーメンたべてるときぼくがラーメンたべてるとき
(2007/08)
長谷川 義史

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sai.wingpen  風が吹いています                   矢印 bk1書評ページへ

 「人はみかけで判断してはいけません」と小さい頃から教えられたものです。本も同じ。
 長谷川義史さんの『ぼくがラーメンたべてるとき』を最初に手にしたときは、なんだこんなふざけた書名をつけて、もっと絵本らしくした方がいいのに、と投げ出していました。
 そのあと、友人が「この本すごいわよ」と勧めてくれたので、どちらかといえばしぶしぶ、表紙を開いたのが正直なところです。
 読み終わって、悲しみといえばいいのか、怒りといえばいいのか、複雑な石ころのようなものが胸にこみあげてきました。涙の塊といっていい。この絵本はそれほど深い。
 本はみかけで判断してはいけません。

 最初のページでは男の子が満足げにラーメンを食べています。その隣で猫のミケが大きなあくびをしています。
 次のページでは女の子がテレビのチャンネルをかえようとしています。その次のページでは、別の男の子がトイレでウンチを流そうとしています。その次の、その次の、と場面がどんどん変わっていきます。いつしか、この日本という国も離れていきます。
 同じ時間。男の子が「ラーメンたべてる」、その同じ時間。まったく違うことが世界中におこっています。平和もあります。戦争もあります。喜びも悲しみもあります。悔しさも怒りもあります。たぶん、今この時点でもたくさんのことがおこっています。

 この絵本の最後がどうなるかは書かないことにします。
 ただ、風は誰にもおなじだけ吹くということ、絵本だってみかけで評価してはいけないということ。
 それだけは書きとめておきます。
  
(2010/10/03 投稿)

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