プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  浅田次郎さんの『鉄道員(ぽっぽや)』。
  高倉健さん主演の映画でも有名になりました。
  この作品は1995年に発表されていますから
  かなり前の作品です。
  おそらく浅田次郎ファンだけでなく
  多くの人の胸をうつ名作です。
  私は今回久しぶりに読み返しました。
  短編小説に分類されるくらい
  短いのは意外でした。
  雪といえば、
  三好達治の「」という有名な詩があります。

   太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪振り積む
   次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪振り積む


  今日の書評のタイトルは
  この詩から引用しました。  

鉄道員鉄道員
(1997/04/28)
浅田 次郎

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sai.wingpen  雪ふりつむ                     矢印 bk1書評ページへ

 肩にひとひらの雪が舞いおちたかのように、ふいに浅田次郎さんの『鉄道員(ぽっぽや)』が読みたくなった。きっと先日佐々木潔さんの絵本『ゆきのひ』を読んだせいだ。
 あの絵本に描かれていた雪をかぶった小さな駅舎のホームで雪かきをする駅員に、『鉄道員(ぽっぽや)』の主人公乙松のまっすぐに背筋を伸ばし手旗を振る姿が重なる。そして、乙松の死んだ娘雪子の愛らしい笑顔もまた。

 『鉄道員(ぽっぽや)』は人気作家浅田次郎さんの出発地点にある作品です。この作品で第117回直木賞を受賞されています。
 舞台は北海道幌舞の小さな駅。もうすぐ定年を迎える駅長佐藤乙松が主人公の、雪のように切ない、物語です。
 乙松は定年後どんな仕事にも就くつもりはありません。友人の仙次が系列の駅ビルの重役になるような、そんな器用な生き方ができない、根っからの鉄道員(ぽっぽや)なのです。なにしろ乙松は妻の死にも幼い娘の雪子の死にも立ち会うことがなかったのですから。人はそんな乙松を非難しますが、乙松はじっと悲しみを堪え、駅のホームに立ち続けるのです。
 「ポッポヤはどんなときだって涙のかわりに笛を吹き、げんこのかわりに旗を振り、大声でわめくかわりに、喚呼の裏声を絞らねければならないのだった。ポッポヤの苦労とはそういうものだった」

 そんな乙松の寂しい正月に一人の小さな女の子がやってきます。女の子は次の日も、またその次の日も乙松の駅舎を訪れます。やがて、高校生の姿で乙松の前に立つその子こそ、幼くしてなくなった乙松の娘雪子なのです。
 それは乙松の幻覚でしょうか。それとも雪の幻想でしょうか。

 雪降る小さな駅舎を舞台にしたこの作品はいつの時代にあっても多くの人に感動をくれます。雪がしずかにつもるように、心にしみこんでくる名作です。
  
(2011/01/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  何年か前に福島に住んでいたことがあります。
  福島自体はそれほど雪が多い訳ではありませんでしたが、
  会津であったり酒田(山形)であったり
  八戸であったり函館であったりと
  飛びまわっていたので、
  雪国の厳しさは少しばかりわかります。
  特に地方都市の高齢化で
  雪掻きをしているのが老夫婦といったような
  風景は何度も目にしました。
  今年はそれに雪が多いみたいで、
  雪国の人の苦労は多いと思います。
  それでも、
  私は雪国が好きですね。
  じっと閉じこもるように
  住んでみたいと思わないでもありません。
  今日紹介するのは、
  そんな雪国の小さな駅舎を描いた
  佐々木潔さんの『ゆきのひ』。

  じゃあ、読もう。

新装版 ゆきのひ (講談社の創作絵本Best Selection)新装版 ゆきのひ (講談社の創作絵本Best Selection)
(2002/11/22)
佐々木 潔

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sai.wingpen  たどりついたら、雪              矢印 bk1書評ページへ

 雪というのは大きな都会に住んでいる人にとってはなんともいえない郷愁をかきたてられるものです。。雪いいね、雪景色最高! 。でも、雪国に住んでいる人にとっては、雪は生活さえ脅かす苦労の種ということも多いのでは思います。
 最近は特に若い人が都会へ出てしまうことが多く、老人ばかりの雪国であの雪降ろしや雪掻きはとても対処できない重労働です。しかも、冬は長い。
 それでも、都会に親しんだ人間はつい思ってしまいます。佐々木潔さんの『ゆきのひ』という絵本を読んで、雪国のこんな小さな駅に降り立ってみたいと思ってしまうのです。

 田舎の小さな駅が、この絵本の舞台。ホームのまんなかに小さな駅舎がたっています。しんしんと雪が降っています。
 朝。駅員がひとり、ホームに雪掻きをします。小さな駅でもここから仕事場や学校に向かう人がいます。雪はやみません。
 昼。貨物列車が荷物を運んできます。きっと都会にでかけた息子や娘からの、心のあたたまる届け物でしょう。雪はまだやみません。
 夜。駅舎に灯りがともります。ようやく、雪も小降りになりました。
 そして、深夜。しんと静まりかえった駅舎はまた、朝を待ちます。

 この絵本には言葉はありません。列車の音や駅員の挨拶もあるでしょうが、それらも雪が消しているかのようです。きっと寒さも厳しいでしょう。
 でも、どうしてか、この絵本を読んでいて、心がほんのりしてきます。これも、雪のせいかもしれません。
 雪の苦労はあるとしても、雪国の人の心のあったかさもやっぱり雪のせいかもしれません。
 雪に閉ざされた家のなかでこの絵本を読むのもいいかもしれないと、都会の人間はつい思ってしまいます。
  
(2011/01/30 投稿)

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 皆さんは励ます時にどんな言葉を使います?
 私は、つい「ガンバレ」って言ってしまいます。
 なんだか芸がないようで、
 変えてみたいのですが、
 やっぱり「ガンバレ」。
 なんとも貧弱で、こちらの本当の気持ちが
 伝わらないようで、もやもやしてしまいます。
 そんなことを思いつつ、
 今日は「ガンバレ! 本」と言いたくなるニュースの紹介です。

 先日(1.25)の朝日新聞から。

   本の販売 低落止まらず
   新刊書籍数が激減

 これは、昨年の本の出版状況を伝える記事なんですが
 記事によると
 「2010年の書籍・雑誌の推定販売金額は前年比で3.1%の減少」で

    前年を下回るのは6年連続
    雑誌は13年連続、書籍は4年連続の減少


 だったそうです。
 新聞1.25
 しかも、昨年は「書籍の新刊点数は7万4714点で、前年より4.9%減った
 といいます。
 それまでは販売金額の減少をなんとか食い止めようと
 新刊点数を増やしてきた出版業界ですが
 ここにきてその点数も減少というのですから
 出版不況は深刻です。

 昨年100万部以上売れた、
 いわゆるミリオンセラーですが
 『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』、
 『1Q84 BOOK3』『KAGEROU』『巻くだけダイエット』『体脂肪計タニタの社員食堂』の
 わずか5点だったそうです。
 なんだか寂しいなぁ。
 こういう状況を知ると、
 やっぱり、つい「ガンバレ」って言ってしまうんですよね。

 ガンバレ! 本

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介したのが『するめ映画館』であれば
  今日は「名画座」の紹介です。
  阿奈井文彦さんの『名画座時代』。
  2006年の蔵出し書評です。
  名画座といえば、
  今回の書評のなかにも
  いくつかの名前を書いていますが
  忘れられないのが、
  東京銀座にあった並木座です。
  並木座は小さな映画館でしたが、
  私の学生時代には
  ここで黒澤明などの日本の名作を
  勉強させてもらいました。
  こういう名画座があったから、
  私の青春時代はすこしばかり
  幸福だったともいえます。
  最近はDVDで家で昔の映画を観れますが、
  やはり名画座の雰囲気は
  格別だったと思います。

  じゃあ、読もう。
  
名画座時代―消えた映画館を探して名画座時代―消えた映画館を探して
(2006/03/28)
阿奈井 文彦

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sai.wingpen  ラスト・ショウ                   矢印 bk1書評ページへ

 「誰の胸にも一軒の名画座が蔵(しま)ってある」(252頁)

 映画には映画館を描いた佳作が多くある。(映画という芸術は他の芸術以上に映画自身を描くといった不思議な力が強い)例えば邦画でいえば山田洋次監督作品の「虹をつかむ男」(1996年)や神代辰巳監督作品の「恋人たちは濡れた」(1973年)、洋画でいえば大ヒットした「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989年)など枚挙にいとまがない。
 なかでも1971年に公開されたピーター・ボグダノヴィッチ監督作品「ラスト・ショウ」は青春映画の佳作として評価も高い。何度観ただろう。

 舞台はテキサスの小さな町の寂れた映画館。白黒画面の映像がテキサスの小さな町の表情をよく描いていた。その映画館に通う2人の高校生はどこか物足りない日常の中でそこにはない場所を探している。年上の人妻と恋におちる主人公。わがままな美人高校生に夢中になる彼の友人。二人ともが傷つき、町を去る日が近づく。そして、小さな町の映画館も終焉の時を迎える。
 最後の上映作品は西部劇「赤い河」だった…。映画館が静かに幕を閉じるその時に二人の若者も、その青春第一期を終える。誰もが何か苦いものを味わうようにして大人への扉をあけていくのだ。映画「ラスト・ショウ」はそんな多感な若者の姿を見事に描いた作品だ。
 そして、彼らを取り巻く風景のなかで、映画館が果たす役割は大きい。映画館はどこか青春の風景の残影として欠かせない場所のような気がする。

 この本の著者阿奈井文彦は「名画座には二通りある」と<あとがき>に書いている。
 ひとつはロードショー館の興行のあとで上映される二番館とか三番館のこと。
 もうひとつは「独自のプログラムを立て、旧作を上映する」(252頁)名画座のことである。
 この本で紹介されている13の映画館は後者の範疇にはいる名画座である。そして、その多くは残念ながら映画「ラスト・ショウ」に描かれた映画館のようにその姿を消してしまった。それでいてこのような本が書かれるように、多くの人々にセピア色の記憶を呼び起こす青春の風景でもある。

 この本で紹介されている東京神楽坂にあった「佳作座」も渋谷にあった「東急名画座」(この本の中でこの名画座が無料で配布していたチラシが紹介されているが、私も今でも持っている)も70年代後半の、私の青春の風景そのものだ。京都の「京一会館」には大阪の片田舎から出かけたこともある。
これらの名画座のラインナップのなんと光り輝いていたことか。これらの名画座は私にとってまばゆい文化であり、今いるところではないどこかであった。
あれから何年経ったというのだろう。あの時代にあって、私が逃れようとした場所は何だったのか。それらのことを「思い出」という手段でしか語ることができなくなっている自身に気づく。
 名画座が華やかだった時代。しかし、もうあの時代に戻ることは、私にはできない。
  
(2006/08/01 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先週は本についての本の
  紹介をしてきて、
  今週は映画が関連する本の紹介みたいに
  なっているのですが、
  今日紹介するのは
  ずばり『するめ映画館』。
  なんじゃこりゃ、と思われる人もいるでしょうが、
  楽しいたのしい映画のおしゃべり集です。
  村上春樹ファンにも
  楽しめる一冊です。
  村上春樹さんの大好きなヤクルト・スワローズの
  話なんかもはいっています。
  映画っていうのは
  一人で観るのが基本だと
  私は思っているのですが、
  その話はこの本のように
  楽しい仲間とするのがいいですよね。
  本当はこの本の書評を
  400字でおさめるなんて至難ですが、
  きっと書き出したら
  あっちこっち行きそうだから
  今日はがまんの400字書評です。

  じゃあ、読もう。

するめ映画館するめ映画館
(2010/10/27)
吉本 由美

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sai.wingpen  「するめ」しゃぶるのも忘れるくらい              矢印 bk1書評ページへ

 なんとも楽しい本だ。
 そもそも「するめ映画館」という題名からして楽しい。村上春樹さんによれば「あんまりポピュラーではないけれど、噛めば噛むほど個人的に味が出る」映画を、愉快な仲間たちと語りあうという趣向で、登場する仲間も先の村上春樹さんをはじめ、和田誠さん、都築響一さん、中野翠さん、リリー・フランキーさん、等々といった顔ぶれで、進行役の吉本由美さんといい、こんな仲間と「するめ映画」を語ったら、夜も明けないだろうなと思われる。
 特に、後半の吉本由美さん、村上春樹さん、和田誠さん三人によるおしゃべりは、四つめの席に座らされているようで、つい聞き入ってしまう。
 これは吉本さんも書いているのだが、和田誠さんの「映画記憶力のすごさ」はさすがというしかない。年季がちがう。こんな人がいたら、映画談義は絶対面白い。古今東西、有名無名、老若男女、なんでも来いなのだから。
 和田誠さんに乾杯、と言いたくなる。
  
(2011/01/27 投稿)

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  今日紹介する新堂冬樹さんの『不倫純愛』は
  新潮文庫の先月の新刊。
  文庫表紙の白いシーツの中で抱き合う男女と
  タイトルにひかれて、手が伸びました。
  この作品も最近映画化されています。
  表紙の男女は映画のシーンですね。 
  矢崎仁司監督で、嘉門洋子さんが濡れ場に初挑戦だとか。
  いま、「濡れ場」って書きましたが、
  どうして官能シーンを「濡れ場」っていうんでしょうね。
  なんとなく感じ出てますが。
  で、この本を読む心得として書いておきますが、
  かなり官能描写が多いですから
  R18指定ぐらいの作品です。
  映画ではどんな表現されているのか
  興味がないでもないですが。
  
  じゃあ、読もう。
  

不倫純愛 (新潮文庫)不倫純愛 (新潮文庫)
(2010/12)
新堂 冬樹

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sai.wingpen  官能はファンタジー                 矢印 bk1書評ページへ

 『不倫純愛』という、「不倫」を重視するのか「純愛」を求めるのか、なんとも摑みどころのないタイトルにひかれ読み始めたが、過激な官能描写に、これはもしかしたら「不倫官能」とか「濡れた純愛」のまちがいではないかと思った。
 主人公は結婚十五年になる、中年というには少し早すぎる編集者の京介。容姿端麗な妻の真知子は実年齢よりは十は若くみえるという。これで何が不服なのかわからないが、「愛しているのに、恋愛感情はない」。そんな京介が担当したのが流行作家の岡で、京介は岡の事務所で秘書の澪香と出会い、めくるめく官能の嵐にはいっていく。
 そもそも「不倫」と「純愛」は並びたつものなのだろうか。図式化すれば、「不倫」という大きな円のなかに「純愛」は含まれるし、「純愛」という枠内に「不倫」という関係が含まれる。要は互いがどのように意識するかということだ。
 やはりこういう物語は一種のファンタジーとして楽しめればいい。
  
(2011/01/26 投稿)

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  映画『武士の家計簿』がロングヒットですね。
  監督森田芳光さん、主演が堺雅人さん、仲間由紀恵さん。
  やっぱりこういう時代だから、
  武士とはいえ清貧に生きる人たちの生活に
  興味があるんでしょうね。
  私も観たい観たいと思いつつ、
  行くきっかけがなかなかできません。
  そこで、原作である磯田道史さんの
  『武士の家計簿』を読んでみようかと
  思っていたら、
  2003年にもう読んでいました。
  そこで今回は蔵出し書評で
  お楽しみ下さい。
  書評にある「たそがれ清兵衛」は
  山田洋次監督作品ですが、
  原作は藤沢周平
  この映画もいいですよ。

  じゃあ、読もう。
  
武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)
(2003/04/10)
磯田 道史

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sai.wingpen  たそがれ清兵衛は貧しかった              矢印 bk1書評ページへ

 2002年の映画賞を総なめにした、山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」をビデオで観た。期待以上の作品であった。清兵衛役の真田広之も彼の幼馴染役の宮沢りえもいい演技だった。藤沢周平の原作の魅力もあるだろうが、山田洋次監督の丁寧な演出がやはり光っていた、一級の作品だろう。

 時は幕末。主人公の井口清兵衛は庄内海坂藩の、御蔵役五十石の平侍である。妻を労咳で亡くしたばかりだ。その葬式の費用は親戚や知人から借金して賄った。しかも、家には呆け始めた老婆と二人の幼い娘が残された。そのため、彼は仕事が終わっても同僚と付き合うこともできず、夕方には家路につかざるをえない。そのため、人は彼のことを「たそがれ清兵衛」と呼んだのである。

 たそがれ清兵衛は貧しかった。家来は少し知恵の足らなそうな男が一人。庭での畑仕事、夜の虫かご作りの内職と、武士としての仕事以外に彼は働かざるを得なかった。それでも毎日お風呂にはいることもできなかったし、体からは異臭がでるようになった。何故、清兵衛はそれほどに貧しかったか。その答えは、新潮新書創刊一〇冊の内の一冊、磯田道史氏の「武士の家計簿」を読めばわかる。ちょうど清兵衛が生きたほぼ同じ時代、場所も庄内に近い加賀藩。磯田氏は古文書から「加賀藩御算用者」であった猪山家の家計簿を発掘し、当時の武士の経済事情を解き明かしていく。武士が親戚付き合いや冠婚葬礼にいかに多くのお金を必要としたか。そして、それは武士の本質を解明する手掛かりでもある。

 たそがれ清兵衛は藩命で謀反者の征伐役を受けてしまう。愛する娘や幼馴染を残して、彼は果し合いへと向かう。何故、彼は藩命を断れなかったか。ある意味で彼は実直過ぎたかもしれないし、それゆえに維新の混乱の時代を生き残れなかった。この「武士の家計簿」の主人公は維新後も官僚軍人として活躍する。しかし、二人のどちらが幸せであったかなど、誰もわからない。ただ、清兵衛は私たちに感動をくれたことは間違いない。
  
(2003/05/04 投稿)

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  昨日、兄弟漫才で一世を風靡した
  喜味こいしさんが亡くなったという
  訃報がありました。
  読売新聞のウェブから。

    しゃべくり漫才・ご意見番…喜味こいしさん死去

    「いとこいさん」の愛称で親しまれ、兄の夢路いとしさんとのしゃべくり漫才で
    人気を集めた喜味こいしさんが、23日肺がんのため亡くなった。83歳だった。


  若い人にはなじみがないでしょうが、
  夢路いとし喜味こいしといえば
  関西漫才の大御所でした。
  しゃべくりだけで観客を笑いにつつみ
  とげもなく、なんともいえない
  話の面白さで大変人気があった漫才コンビです。
  今日は、喜味こいしさんの逝去を悼み、
  生前喜味こいしさんが書いた『いとしこいし想い出がたり』の
  蔵出し書評を掲載します。
  2008年に書いたものです。
  いとしこいしのような漫才は
  もう二度ででてこないかもしれません。
  それは、とても寂しいことです。

  喜味こいしさんのご冥福をお祈りいたします。
  

いとしこいし想い出がたりいとしこいし想い出がたり
(2008/06/20)
喜味 こいし、戸田 学 他

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sai.wingpen  「お笑い前史」は芸人たちも面白い           矢印 bk1書評ページへ

 お笑いの世界の進化のスピードには目を見張るものがある。今は「第五世代」の時代らしい。またTVの人気番組からとって「エンタ世代」ともいうらしい。
 では、どういう進化をしてきたかと振り返ってみれば、<演芸>と呼ばれていた「第一世代」はTVの初期の隆盛期と呼応する。「第二世代」は俗に「MANZAIブーム」と呼ばれ、これもTV番組「オレたちひょうきん族」を頂点に活躍した芸人たちをいう。
 続く「第三世代」はいわゆる師弟関係から出てきた芸人というよりタレント養成所のようなところから誕生して世代で、浜田・松本両氏によるダウンタウンのように今のお笑い界では主流といっていい。
 「第四世代」はバブル崩壊後のお笑い芸人群だが、現在の「第五世代」と比較してもこれという芸風を持ち合わせているとはいいがたい。「ひな壇芸人」とも呼ばれるらしいが、あまり名誉ある呼び方ではない。
 最近の「第五世代」の特徴といえば、<ピン芸人>の台頭といえる。私はその意味を一回限りの人気芸人の意味かと思っていたが、実際は相方を求めず一人で行う芸のことをいう。小島よしおや桜塚やっくんといった芸人たちである。ただ書評子が思ったように、一年ももたずに消えてしまう<ピン芸人>も多いのは事実だ。

 本書はそのようなお笑いの歴史以前の<前史>をかつて多くの漫才ファンを魅了した喜味こいしが語っている(聞き手は上方のお笑い界に詳しい戸田学)ものをまとめたものである。
 随談という言葉が使われているが、字面そのままに語られている内容は楽しい。
 本書の主役である<夢路いとし喜味こいし>の漫才コンビであるが、「あとがき」での戸田学の説明によれば・「夢路いとし・喜味こいしのご両人は、上方漫才の歴史の中でしゃべくり漫才の最高峰に位置づけられる名コンビ」(203頁)ということになる。
 しかし、残念ながら多くの若い人には未知の漫才師だろう。

 少し説明すると、<いとしこいし>は兄弟漫才のはしりである。
 この本で随談をしている喜味こいしは弟の方で、兄のいとしは惜しいことに平成15年に逝去した。
ふたりとも旅回りの一座で子役としてデビューしたあと、兄弟漫才を組むことになる。ふたりが活躍したのは戦争をはさんで、寄席からラジオ、そしてTVへと芸人たちの活動の場が広がっていく戦後まもない時代である。
 先に書いたように、それは「お笑い前史」と位置づけていいだろう。同時にTVの黎明期でもある。
 兄のいとしの、顔の表情を大きく崩しながら「五万円、七万円、十万円、運命の分かれ道・・・」と叫ぶ有名なギャグはあるTV番組から生まれたものだが、これなどは極めてTV的なお笑いだといえる。
 ただし、彼らの漫才が大きくブラウン管からはみ出すことはなく、そういう意味では寄席あるいはラジオの世界を逸脱するものではなかった。

 そして、そういう世代がゆえに彼らの芸や彼らの生き様が記録されることの少ないことを考えれば、本書のようにこういう形で歴史として残されることは歓迎すべきことだ。しかも、文章のはしばしに当時の<いとしこいし>の話芸の片鱗がうかがえるのもうれしい。
 そのようなしゃべくりで、多くの<前史>の芸人の表情もとらえられている。その中にはすでに忘れられた芸人も多くいるが、浮き沈みが激しい世界ゆえの悲喜劇といえる。
 しかし少なくともこうして語られると、当時の彼らのお笑いを思い出されるのはやはり時代の中でかれらの笑いがいかに我々を楽しませてくれたかのあかしだ。
 今のお笑い芸人たちは将来このように書き留められ、思い出されることがあるだろうか。
 エンターテイメントの幅が広がっている中で、次の時代を切り開くような芸をみたいものだ。もっともこいし師匠にいわせれば「そんなに固いこといいなさんな」ということになるのだろうか。
  
(2008/08/09 投稿)

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  先週の日曜に
  いせひでこさんの『まつり』を
  紹介しました。
  その日の「こぼれ話」にも書きましたが、
  『まつり』に先立つのが、
  今日紹介する『大きな木のような人』。
  これがまたいいんです。
  さえらっていう女の子が
  「木の先生」に出会うところは
  フランスの植物園。
  植物園ですから
  たくさんの草や木々があります。
  それがまた、いせひでこさんの絵が
  素晴らしすぎていうことありません。
  こんな絵本を知らないのは
  あまりにももったいない。
  絵本が子供のものだとしたら
  大人なんてあまりに損。
  ぜひ、読んでもらいたい
  極上の絵本です。

  じゃあ、読もう。

大きな木のような人 (講談社の創作絵本)大きな木のような人 (講談社の創作絵本)
(2009/03/19)
いせ ひでこ

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sai.wingpen  「ひこばえ」                  矢印 bk1書評ページへ

 大きな木をはさんで、少女さえらと「木の先生」が立っている、表紙のなんと美しいことでしょう。
 絵本を読むことは、まず表紙をじっくり味わうところから始まります。これはいったいどんな物語なのだろうという楽しみはここから始まっています。
 物語の舞台は、フランスの大きな植物園(これは実在の植物園がモデルとなっているそうです)。そこでスケッチをする日本人の少女がいます。それが、さえら。不思議な名前ですが、フランス語で「あちこち」を意味します。作者のいせひでこさんが言葉のひびきと語彙からつけたのでしょう、いい名前です。
 さえらはそこで世界中の森を歩いている「木の先生」と出逢います。

 この絵本はこの植物園でさえらが人や木々と出会い、そして別れていくまでの季節が描かれています。そして、いせさんのいつもながらの優しい水彩画がたくさんの植物を描いています。
 そんなことはないはずなのに、ページに鼻を押しつけると、木々の新鮮な匂いが立ち上がってくるような気がします。
 そえられた文章はポエムのようです。ちょうど枝えだをわたりあるく小鳥たちのさえずりのようにこころにはいっていきます。
 たとえば、こんな文章。「大きな木よ。じっと記憶する木よ。/おまえが見てきたものに、わたしは耳をすます。/おまえから生まれたことばが、わたしの物語になる」
 詩はこころにしみわたります。

 私たちは文明という名の暴力で多くの自然を破壊してきました。そのために、本当は自然が教えてくれた大切なことをうしなうことになりました。
 今からでも遅くない。小さいさえらがそうしたように、ひとつの種からもういちどじっくりと育てること。そのことをこの絵本は教えてくれます。
 老いた切り株からでる新しい芽のことを「ひこばえ」というのだと、「木の先生」はさえらに教えています。この絵本こそ、「ひこばえ」なんだと思えてしかたがありません。
  
(2011/01/23 投稿)

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  今週はずっと
  本についての本を
  紹介してきました。
  その関連でいえば、
  今日はその最後で、
  そのものズバリ『』という本を
  紹介します。
  2004年の蔵出し書評ですが、
  その中にも書いているように

   本の役割として書いた人の心のほとばしりを「分けつづける」
 
  ことが大切なことだと思います。
  それが電子書籍であれ
  従来型の書籍であれ
  本質的には同じだと思います。 
  これからも
  本とは何かをゆっくりと
  じっくりと
  考えていきたいと思います。

  じゃあ、読もう。 

本―起源と役割をさぐる (岩波ジュニア新書)本―起源と役割をさぐる (岩波ジュニア新書)
(2004/06/18)
犬養 道子

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sai.wingpen  たくさんの人に読んでもらいたくて             矢印 bk1書評ページへ

  私は岩波ジュニア新書が大好きです。<ジュニア>ということで子供向けの他愛もない内容ではないかと誤解される人もいるでしょうが、子供向け(このジュニア新書は中学生から高校生を主たる読者として書かれている訳ですが)ということは物事を平易に表現しているだけで、幼稚であるとか未熟であるといったことではありません。ジュニア向けだからこそ、まっすぐに伝わってくることがあります。大人と呼ばれる人にこそ読んでもらいたい作品も多くあります。

 私は大人(一体幾つから大人という範疇にはいるのでしょうか)になってから何冊も岩波ジュニア新書を読みました。経済の本であったり政治について書かれた作品であったり歴史の本であったりと、ジャンルはさまざまでしたが、どの本も途中で投げ出すことはありませんでした。むしろ大人のために書かれた多くの新書よりも物事の本質がわかったような気がします。こういう新書を中学生や高校生だけに独り占めさせておくのはもったいない。小難しい顔ではなく、素直な気持ちで本と向かいあいたいと、いつも思います。

 そういう意味で、ぜひ大人の読者にも読んでもらいたい一冊が、犬養道子さんが書かれたこの『本 起源と役割をさぐる』です。『聖書を旅する』などの多くの著作を書いてこられた犬養さんの作品ですから(二〇〇三年九月に開催された<信州岩波講座>での犬養さんの講演がもとになっているようですから、もともとは大人向けの内容だったのでしょう)、書かれている内容も重厚だし、文章もいい。単に本の起源を説明するのではなく、人類がたどってきた歴史や思想とかがきちんと書かれています。

 犬養さんがこの本の中で何度も書かれていることがあります。引用します。「全人類の文化文明のたどる道のあちこちのだいじなところに立つ人々は、ほとんど無名です。それら無名の人々こそ、のちに有名になる王や学者の先導役なのです」(42頁)こういった無名の人々の重要性を犬養さんは特に大切にしようとしています。犬養さんのそのような考えがこの作品の力強い背骨になっています。ゆるがない思いというのは気持ちのいいものです。

 特にこの本の「6章 本の性格・本とのつきあい方」は良質な読書論です。中学生や高校生の若い人たちがこの本から本がいかにすばらしいものかということを知ってもらいたいし、大人の人たちにはもう一度新鮮な気持ちで本と向かいあってもらいたいと思います。犬養さんは本の役割として書いた人の心のほとばしりを「分けつづける」というような表現をしています。書評を書くという行為も「分けつづける」ものです。たくさんの人にこの本を読んでもらいたくて、この書評を書きました。
  
(2004/07/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  本屋さんを歩くのは
  楽しい。
  新刊の平台、
  文庫の棚、ビジネス本のエリア、
  雑誌のコーナーで少々立ち読み。
  至福の時間です。
  最近何かと忙しくて
  なかなかそういった時間がとれなくて
  それでも帰りの通勤時間で
  ダッシュしながら
  本屋さんをのぞいています。
  今日紹介する
  長友啓典さんの『装丁問答』も
  そんなダッシュのなかで
  本屋さんで見つけた
  一冊です。

  じゃあ、読もう。

装丁問答 (朝日新書)装丁問答 (朝日新書)
(2010/12/10)
長友啓典

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sai.wingpen  一瞬で恋におちる                 矢印 bk1書評ページへ

 「電子書籍」時代にはいったといわれる時代になって、本はこれからどうなるかを多くの識者の意見でまとめた『本は、これから』(池澤夏樹編)という岩波新書のなかで、装丁家の桂川潤氏が本の重要な要素である装丁について、「装丁という仕事は、要はテクストに、「身体性(物質性)」というコンテクストを与える仕事と言っていい」と書いていました。
 今後電子書籍がどのように進化していくのかはわかりませんが、装丁の魅力は従来型の本に敵わないのではないかと思われます。それこそ、従来型の本がもっている「身体性」の魅力です。
 見た感じ、手触り、匂い、まさに従来型の本は人間に近いものとして、私達のそばにあったといえます。
 そして、そのこと自体が本の活路であると思います。

 本書は、長年多くの装丁に関わってきた長友啓典さんが、雑誌や新聞に装丁の魅力について書いてきた文章をまとめた一冊です。小さな装丁論ともいえますし、思わず読んでみたいと触手が動く書評的側面ももっています。
 それと本屋さんのこともたくさん書かれています。たとえば、こんな文章。「本って本屋さんって素晴らしい。本屋さんに行くのが楽しい。目的もなし、目的のついででも良い、ぶらりと散策すると何かと出会う、何が見つかるか分からない」。
 これこそ、「リアル書店」の魅力、本屋散策の愉しみです。

 最近私の町でも小さな本屋さんが閉店しました。大型書店のようにたくさんの本が置かれているわけではありませんでしたが、ぶらりといくにはちょうどいい本屋さんでした。そういう愉しみがまたひとつなくなったのです。
 「インターネット書店」は確かに多くの利点を持っています。しかし、「何かと出会う」という側面では「インターネット書店」もさまざまな工夫をしていますが、「リアル書店」の比ではありません。
 出会うのは別の場所で、購入する目的でが「インターネット書店」という利用が多いのではないでしょうか。
 そういった偶然性の愉しみをこれからも大事にしていきたいものです。

 長友さんは「「これだ」と思った装丁本を購入して内容のつまらないものに出くわしたことがない」と書いています。
 一瞬で恋におちる。
 なんとも素敵な出会いです。
 この本は、本の楽しみをまたひとつ、増やしてくれました。
  
(2011/01/21 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は大寒
  一年でもっとも寒い日といわれる日。
 
   大寒の水を豊かに染工場  村上清人

  そこで熱くなる本を紹介します。
  長岡義幸さんの
  『マンガは何故規制されるのか』です。
  昨年の暮れに
  東京都で一部のマンガが規制される
  青少年条例が議会を通ったことが
  新聞などで報じられていましたが
  本書はそのようなマンガの規制問題を
  詳細に論じた一冊です。
  最近「タイガーマスク」が復活しているなど
  当時のマンガが脚光をあびる機会も
  増えています。
  マンガ文化といわれる時代、
  光の面だけでなく
  迫害? の面もみていくのも
  その歴史をたどるいい勉強になるでしょう。

  じゃあ、読もう。

マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防 (平凡社新書)マンガはなぜ規制されるのか - 「有害」をめぐる半世紀の攻防 (平凡社新書)
(2010/11/16)
長岡 義幸

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sai.wingpen  「ハレンチ学園」は本当にハレンチだったのか           矢印 bk1書評ページへ

 いまでは「ハレンチ」という言葉もあまり聞かなくなりましたが、永井豪さんの『ハレンチ学園』(少年ジャンプ)が世に出た68年はこのマンガに誘発されるように「ハレンチ」という言葉が蔓延していました。マンガの規制ということでは、この『ハレンチ学園』も多くの「良識的な大人」から批判された一冊だったといえます。
 本書のなかにも書かれていますが、最初にこのマンガの「追放」を決定したのはある地方都市の校長会でした。「有害図書」「俗悪本」と『ハレンチ学園』は非難されました。
 そもそもマンガの規制が論じられる前提には、青少年に対する大人たちの過度な配慮があります。特に『ハレンチ学園』などのように性的表現が多いものに対しては「健全な育成」に反するとして過敏に反応してきました。

 1968年といえば、私は13歳の少年でした。『ハレンチ学園』も読みましたが、スカートめくりは一種の遊びとして受けとめていたにすぎません。大人たちが考えるほど、子供たちは幼くもないし、分別がないわけではないのです。
 あれから何十年も経ち、おそらく『ハレンチ学園』を読んで育った世代があふれ、当時の「俗悪本」という評価のおかしさが充分わかっているはずなのに、2010年の東京都の青少年条例改訂問題などがまことしやかに議論されるのは何故かしらと首を傾げざるをえません。
 大人は子供が成長してできたものではなく、子供時代を忘れさるものなのでしょうか。

 『ハレンチ学園』の時代と現代のマンガ表現を比較した場合、大きく進化していることも事実です。表現は過剰になり、よりリアル感をもって性的なものも描かれています。そのことをもって、規制に動くのは、文化の成長に横槍をいれることに等しい。
 表現は自由な地点に立たないかぎり、進化しないでしょう。その点はもっと議論されていいと思います。

 本書はそのような「マンガの規制」に関する半世紀にわたる事実を詳細に描いています。惜しむらくは、出版のタイミングで東京都の青少年条例の決着を描けなかった点でしょうか。
 本というのは、そのような鮮度も充分に考慮しなければならないものです。
  
(2011/01/20 投稿)

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 池澤夏樹さん編の
 岩波新書『本は、これから』には

  みんな「本」を愛している!

 という素敵なコピーのはいった帯がついています。
 そんなんだ。
 みんな「本」が好きなんだ。
 そんなことを思ってほかほかしていたら
 これまた

  本が好き

 と大きく書かれた雑誌を見つけました。
 そこで、今回の「雑誌を歩く」は
 anan」1/19号を、歩いてみます。

an・an (アン・アン) 2011年 1/19号 [雑誌]an・an (アン・アン) 2011年 1/19号 [雑誌]
(2011/01/12)
不明

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 ところで、ここで表紙を紹介したいところですが
 何故か人物のところが写っていません。
 これはマガジンハウスのHPでも見れなくて
 いったい誰? といいたくなりますよね。
 今号の表紙はSMAP草剛さん。
 やっぱり肖像権とかなにかややこしい問題が
 あるのかしらん。
 写真で貼ってもよかったんですが、
 ややこしい問題には首をつっこまない主義なもので
 やめておきます。
 でも、表紙の草剛さん、二冊の本を
 胸に抱えて素敵なんだけどな。

 今号の特集は、

  別世界へトリップ 本が好き

 ということで、

  絶対にハズさない! 本とマンガ228冊

 が、ドーンと紹介されています。
 今年の読書計画に困っている人には
 うってつけの一冊ですよ。
 巻頭に、草剛さんのインタビュー「僕は”言葉”が好きなんです。」があって
 そのなかで、草剛さんは

  読んだ本って自分の中で噛み砕いて消化して
  血と骨になると思うんです。

 なんて、いいこと話してます。

 今号には、
 「「無人島に持っていく」3冊、教えて!」 とか
 「林真理子さんの書棚を拝見!」 とか
 「本当に面白い本は、書店スタッフに聞こう!!」とか
 やたら「!」がついた特集が並んでいますが
 そこで紹介されている本の数々に
 もううれしいやら、今度読みたいやら
 ページをめくるのも忙しい!
 「大人女子のための傑作絵本7冊」というのもいいページ。

 一方マンガの方も
 女子マンガ部源泉の「マンガは最高のカウンセラー!」で
 マンガ選びもこの一冊におまかせです。

 とにもかくにも
 みんな、本が好き
 なのです。

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 第144回芥川賞、直木賞が決定しました。
 なんと、今回は両賞ともアベック(アベックなんて言い方も古いですが)受賞!
 朝日新聞のネットから。

   朝吹さん・西村さん芥川賞 直木賞は木内さん・道尾さん

 なんともめでたい。
 これをもって文芸バブルというかどうかは
 作品を読んでからでないとなんともいえませんが、
 少なくとも、本屋さんは喜んでいるでしょうね。
 豊作だ! 豊作だ!

   芥川賞に朝吹真理子さん(26)の「きことわ」と
   西村賢太さん(43)の「苦役列車」、
   直木賞に木内昇さん(43)の「漂砂(ひょうさ)のうたう」と
   道尾秀介さん(35)の「月と蟹(かに)」が選ばれた。

 
月と蟹月と蟹
(2010/09)
道尾 秀介

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 これからいろんな批評がでてくるでしょうが
 芥川賞、直木賞ともに一里塚。
 四人の作家たちが
 切磋琢磨して文学の世界に
 新らしい風を吹き込むことを
 期待しています。

 まずは、めでたい。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日、1月17日は
  阪神大震災があった日です。

   あれから16年。

  2年前のこの日にも
  このブログで阪神大震災のことを書きましたが、
  私にとっても
  あの日とそれにつづく日々のことは
  忘れられません。
  いつも思うのですが、
  あの日犠牲になられた多くの人たちと
  私たちとは紙一重でしかなかったはずです。
  地震ばかりではないでしょう。
  多くの事故は
  そのような運命ともいえる何がしかで
  死んでいくものと生き残るものを
  分けるのではないでしょうか。
  それは、別れるものと出逢うものと
  いってもいいかもしれません。

  そのような世界にあって
  本は私たちのそばで
  いつも生きる勇気をくれます。
  そんな本のことを考えてみたいと
  今日は『本は、これから』という
  本を紹介します。

  じゃあ、読もう。
  

本は、これから (岩波新書)本は、これから (岩波新書)
(2010/11/20)
池澤 夏樹

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sai.wingpen  本の明日を考える                  矢印 bk1書評ページへ

 2010年は「電子書籍元年」と呼ばれ、ipadの登場でより身近に電子書籍を利用できる環境に近づいたといえます。
 そんな中、多くのマスコミが従来私たちが本と呼んできた出版形態が生き残れるだろうかといった議論を展開しています。本書もそのような議論のひとつです。
 作家の池澤夏樹氏が編者となって37人の識者の皆さんが本について、本のこれからについて語っています。まさに「本は、これから」と題されたパネルディスカッションを見ている感じで、37人のパネラーの意見はそれぞれに刺激的で、全体としてとてもまとまっている印象を受けました。

 37人の識者の皆さんをみてみると、学者、書店、編集者、経営者、装丁者と、本に関わる広いジャンルから集められています。ただ出版社の関係者と作家の人達が少ないのが残念です。
 出版社でいえば、本書は岩波新書の一冊ですので、岩波書店で電子書籍を担当されている部署の人を加えるなどの工夫があってもよかったのではないかと思います。それと、いわゆる大手の出版社、書店チェーン、印刷会社がはいれば、またちがった意見がでたのではないでしょうか。

 本書の37人の意見の中で参考になったのは、評論家の紀田順一郎氏の「電子化を奇貨として、日本の書籍を何らかの程度に国際商品へと衣替えしようという出版人や著作者は現れないものか」という発言でした。
 紀田氏は「世界につながらない電子化なんて」とした上で、「これからの本が「どうなる」ではなく、「どうする」という意志」が必要だと説いています。
 紀田氏の説のように、電子書籍の普及は避けられないと思います。だとすれば、従来型の本の「これから」だけではなく、それをどう活用していくかという議論も欠かせないでしょう。

 私は「電子書籍」はこれからもどんどん広がりをみせるだろうと考えています。「電子書籍」しか知らないという世代もいつか誕生すると思います。
 しかし、池澤夏樹氏がいうように、「本には体積と重量」があります。そういった総量としての本は今のような大量出版ではなくなるでしょうが、いつまでも残ると信じています。
  
(2011/01/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近めっきり寒くなって
  冬本番ていうところでしょうか。
  そこでテンプレートも
  冬バージョンにしてみました。
  いかがですか。
  さて、今日紹介するのは
  絵本作家いせひでこさんの
  昨年秋にでたばかりの『まつり』という絵本。
  てっきり日本の祭りを描いた
  絵本かと思ったのですが、
  実は同じいせひでこさんの
  『大きな木のような人』という絵本の
  続編でもあったのです。
  もちろん単独でも充分楽しめます。
  いせひでこさんの絵の魅力が
  存分に楽しめる1冊でもあります。
  次には、ぜひ
  その『大きな木のような人』を
  紹介したいと思います。
  それまでお楽しみに。

  じゃあ、読もう。   

まつり (講談社の創作絵本シリーズ)まつり (講談社の創作絵本シリーズ)
(2010/11/11)
いせ ひでこ

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sai.wingpen  いのちがほとばしる時                     矢印 bk1書評ページへ

 さえらは小さな女の子。パリの植物園で出会った「木の先生」から久しぶりに手紙が届きます。「木の先生」は世界中の森などを研究していました。だから、ぎゅっと抱きしめたら、「いろんな国の木と草のにおい」がします。
 そんな先生が「まつり」の準備におわれる、さえらの町にやってきました。

 いせひでこさんの優しい水彩画の絵本です。日本の「まつり」の美しさが見事に表現されているだけではなく、祖先の人たちから伝承されてきた自然との共存を静かに伝えています。
 「まつり」に使われる彫刻屋台(山車)は森のたくさんの木々から生まれます。その作業をするのが彫り師と呼ばれる人たちで「一本の木から、いろいろな、いのちを生み出す」のです。

 森の木々は森の生活を終えて、彫刻屋台になって、私たちの生活を彩ってくれます。いせさんはそのことを「森の神さまたちが、形をかえてまつりにあらわれる」と書いています。

 そして、「まつり」がはじまります。町じゅうの人たちが集まってきます。
 太鼓をたたく若者、提灯をかかげる老人、山車をひく子供たち。はっぴの「背中の紋は町のほこり」です。
 この絵本の終盤のページの「まつり」の躍動感に圧倒されます。
 森と人と、動と静と、光と闇とが一体となって、いのちの輝きを祝っているかのような、すばらしい絵本です。
  
(2011/01/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  川本三郎さんの自伝エッセイ
  『マイ・バック・ページ』は
  今春映画化されるということで
  話題になっています。
  主演は妻夫木聡さんと松山ケンイチさん。
  なかなかこういう作品は
  映画化されにくいと思いますが、
  ようやく日本映画も変わってきたのでは
  ないでしょうか。
  5月公開予定ですが、
  今年期待の1本かもしれません。
  この作品の背景は
  1960年代後半。
  生まれていない人もいるでしょうが
  そういった時代の空気に
  満ちた作品といえるでしょう。

  じゃあ、読もう。

マイ・バック・ページ - ある60年代の物語マイ・バック・ページ - ある60年代の物語
(2010/11/26)
川本 三郎

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sai.wingpen  俺たちに明日はあったのか                 矢印 bk1書評ページへ

 七〇年代前半、なまいきにも映画青年きどりで映画雑誌「キネマ旬報」などを読み始めた私はそこで初めて川本三郎という若手の新進気鋭の映画評論家を知りました。
 川本さんの文章はけっして過激でなく、やさしく銀幕と対峙していた印象があります。どちらかといえば、エッセイ風なほのぼのとした優しい文章で、それは現在の、昭和の記録であったり文芸評論であったり、もちろん映画評論でも変わることはありません。
 そんな川本さんの略歴をみれば「東京大学法学部卒業後、朝日新聞社入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者を経て、評論活動に入る」とあります。わずか、これだけの略歴のなかに、おそらくその後の川本さんを作り上げた、大きな鍵がいくつもひそんでいます。
 本書は、まさにそんな日々を描いた作品だといえます。

 鍵のひとつは、東京大学を卒業したあと、川本さんは「就職浪人」という時間を「新宿の裏通りでバーテンのアルバイト」をしながら過ごしています。その時によく通ったのが、永島慎二さんのマンガでおなじみの阿佐谷にある「ぽえむ」という喫茶店ということで、川本さんの文章のやさしさはそんなことろを原点にしているのだと思います。

 もうひとつの鍵は、本書でも詳しく書かれていますが、朝日新聞をある政治的事件をきっかけにして「解雇」されたことです。つまり、川本さんは積極的に「評論活動」に入ったのではなく、やむなき事情が現在の川本三郎をつくったといえます。
 本書はいわばわずか三年ばかりの朝日新聞で働く、若きジャーナリストの挫折の記録といっていいでしょう。
 今から思えば、大阪万博に世の中が浮かれていた1970年は、よど号事件や三島事件など、多くの影も共存していたのです。その影にひきづられるようにして、川本さんは挫折していくのです。

 本書の題名はボブ・ディランの曲からとられています。そのなかに、「あのころの僕はいまより年をとっていた」という歌詞があるそうです。1988年にこの本を初版を上梓した時、川本さんは四十代。こうして新装版がでた今は六十代の半ばを過ぎました。そんな川本さんにまだ「あのころの僕はいまより年をとっていた」という感慨はあるのでしょうか。少なくとも、今の川本さんの原点がここにはあります。
  
(2011/01/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  文庫本にはいくつかの
  効用があって、
  そのうちのひとつは
  単行本の際には読み落とした作品と
  文庫本で初めて出逢えることも
  あるのではないでしょうか。
  本屋さんでは
  文庫本の新刊などはしっかり平台で
  陳列されていますから
  目につくことが多いのだと思います。
  今日紹介する唯川恵さんの
  『とける、とろける』も
  そんな一冊です。
  女性作家が官能を描くということは
  最近では珍しくなくなりましたが
  この『とける、とろける』も
  女性ならではの官能にせまっています。

  じゃあ、読もう。

とける、とろける (新潮文庫)とける、とろける (新潮文庫)
(2010/10)
唯川 恵

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sai.wingpen  白いのっぺらぼう                 矢印 bk1書評ページへ

 女性が性を語るのは今や珍しいことではない。特に女性作家たちは果敢に官能を表現し、性を描こうとする。互いに性を持ち、互いに快楽を享受するならば、そのことに不思議はない。しかし、やはりどこかで男性の性と女性のそれは微妙に違うように感じる。
 「著者初めての官能恋愛小説集」とうたわれた唯川恵の九篇の短編集には、さまざまな立場の女性が描かれている。幸福な家庭の主婦、キャリアウーマンとして活躍する女性、婚期を過ぎたOL、・・・。立場や環境は違えども、彼女たちはけっして幸福ではない。満たされない思いに悲鳴をあげている。その満たされない思いはすべて愛情や性欲というものではない。強いて言うならば、自分をひきとめてくれる何かだろうか。

 「来訪者」という作品には二人の女性が描かれている。一人はほとんだ結婚生活が破綻している博子。もう一人は博子の学生時代の親友美里。美里の結婚生活は充足しているように見える。
 しかし、美里には夫以外の恋人がいて、彼女はそのことで満足しているのだという。
 「セックスにいちばん邪魔なのは羞恥だってこと。私はもう、彼の前で恥ずかしいことなんて何もない」と博子にうそぶく美里。そのことに謎が潜むのだが、この二人の女性のもとに密やかに忍んでくる「来訪者」とは、彼女たちの心の奥底にひそむ官能への誘いであり、自分をひきとめる強い力の渇望だといえる。

 同じような構図の作品がある。「白い顔」と題された作品の主人公秋子こそ、結婚し子供をもうけ幸福の絶頂にある。しかし、獰猛な男の幻影に惑わせれて、自らの顔さえ喪っていく秋子の姿は、女性としての幸福とは何だろうかという問いかけでもある。
 秋子も「来訪者」の博子や美里同様に、自ら心の闇に「来訪者」をひきいれてしまうのである。

 この短編集に描かれた九人の女性たちが誰ひとりとして幸福に見えないのはどうしてだろう。あるいは、これらの作品に登場する男性もまた存在感が薄いのは何故だろう。
 唯川恵の描いた「官能」こそ「目も鼻も口もない、つるりと白いのっぺらぼう」であり、存在しない「来訪者」のような気がする。
  
(2011/01/14 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近世の中「タイガーマスク」が
  大活躍していますね。
  梶原一騎原作、辻なおき作画の
  マンガの名作ですね。
  こんな話をしても
  若い人は信じてくれないかもしれませんが
  私が子供の頃は
  マンガを読んだらバカになると
  揶揄されたものです。
  もっとも子供たちは
  そんなことはものともせず
  マンガに読みふけったものです。
  そのマンガが今や日本文化の代名詞にも
  なっているのですから
  世の中変わるものですね。
  そんなマンガの教養を高めるために
  中条省平さんの『マンガの教養』という本を
  紹介します。
  選ばれた100作品、
  あなたはどれだけ知っていますか。
  それも楽しみのひとつの
  1冊です。

  じゃあ、読もう。

マンガの教養―読んでおきたい常識・必修の名作100 (幻冬舎新書)マンガの教養―読んでおきたい常識・必修の名作100 (幻冬舎新書)
(2010/11)
中条 省平

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sai.wingpen  マンガ教養を高めるために                  矢印 bk1書評ページへ

 著者の中条省平さんはエミール・ファゲの『読書術』の校注を担当するなど書評家としても活躍されているフランス文学者ですが、手塚治虫文化賞の選考委員になっているように漫画にも造詣が深い。
 本書はそんな中条さんが現代の日本文化の一翼を担うマンガの「教養」を高めるべく、読んでおきたい「常識・必修の名作100」作品を解説したものです。
 2ページでひとつのマンガを解説していますが、「マンガの多様性と歴史性、テーマと話法と作画技術の豊かさ」といった点で書かれています。

 まずはこうの史代さんの『この世界の片隅に』(2007年)から始まります。中条さんは1954年生まれですから、私と同時代の人ですが、最近のマンガに疎い者としては、しっくりこない、作品がわからないというのが実感でした。
 それで、思い切って100作品めの織田小星さんの『正チャンの冒険』(1923年)から逆読みをしました。本書の100作品は現代から過去に戻る編年体となっているので、私はその逆、過去から現代へ順番にたどる読み方にしました。

 そうなれば、若い頃に夢中になったマンガの数々と出逢えてとまらなくなりました。横山光輝さんの『伊賀の影丸』(1961年)、川崎のぼるさんの『巨人の星』(1966年)、石ノ森章太郎さんの『ジュン』(1967年)など思い出深い作品が紹介されています。
 まさにマンガの「教養」を高めるための常識作品といっていいでしょう。
 ちなみに漫画の神様手塚治虫さんはその選択がいいかどうかは別にして、『アドルフに告ぐ』(1983年)が取り上げられています。

 このように編年体でマンガをたどってみると、1970年代のマンガ雑誌『COM』と『ガロ』の功績がいかに大きかったかがわかります。私は『COM』派でしたが、あのマンガ雑誌からどれほどの天才奇才が誕生したことか。そして、「ジャンプ文化」と称してもいいと思いますが、「少年ジャンプ」から生まれた作品もまた現代のマンガ文化に大きく寄与していることがわかります。
 個人的にはこの100作品のなかに、永島慎二さんの『フーテン』が選ばれていなかったのは残念でしようがないのですが、そんな個人的100作品を想像してみるのも一興です。
  
(2011/01/13 投稿)

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 業界用語としてそういう雑誌のことを
 なんて呼ぶのか知りませんが、
 ほら、よくあるでしょ、「週刊百科」みたいな
 連続シリーズ。
 しかも、創刊号は特別価格でご提供、みたいな。

 私はけっこうそれにハマるというか、
 いくつもシリーズを持っています。
 例えば、「昭和の名人」という落語集であったり
 (これは創刊号だけ買いました)、
 「週刊昭和」であったり(これは何冊か持っています)、
 「東宝特撮映画」(これも創刊号)とか
 つい買ってしまうのです。

 この「週刊○○」で実現しないだろうかと
 ずっと思っていたのが
 山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズなのです。
 映画は全48作ですから、ボリュームとしてもちょうどいい。
 しかも、映画の中では渥美清さん演じる
 寅さんが全国津々浦々旅をするじゃないですか。
 あのあたりも観光案内的に記事になる。
 寅さんの名言・迷言の数々、
 マドンナとの恋の物語、などなど
 付属の雑誌の方も充実するに決まってる。
 ずっとそう思っていました。

 それがついに実現したのです。
 講談社から先週発売されたのが
 「男はつらいよ 寅さんDVDマガジン」。
 創刊号はお決まりの特別価格790円

男はつらいよ 寅さんDVDマガジン 2011年 1/18号 [雑誌]男はつらいよ 寅さんDVDマガジン 2011年 1/18号 [雑誌]
(2011/01/06)
不明

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 さっそく購入しました。
 これから隔週で発売されるそう。
 でも、ですよ。
 何年か前にNHK衛星で
 全シリーズが放映されて、
 しっかり録画してしまったんですよね。
 これは困る。

 全巻揃えても7万円台で圧倒的な安さ
 というのもこのシリーズのウリのひとつなんですが、
 「いやあ実に困った」と、
 正月早々、帝釈天の御前様のように悩む
 私であります。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は鏡開き
  正月に供えた鏡餅を食べる日ですね。

   傍観す女手に鏡餅割るを  西東三鬼

  まあ気分的には
  正月がおわりですかね。
  そこで今日紹介するのは
  駆け込み的に正月気分の一冊、
  昨年亡くなった井上ひさしさんのエッセイ
  『ふふふ』。
  2006年の正月に書いた蔵出し書評です。
  新春らしくいろは歌留多ふうに
  まとめています。
  最後の「と」のところは
  今回改稿しました。
  天国の井上ひさしさんも
  ふふふ、と喜んでくれたらいいのですが。

  じゃあ、読もう。

ふふふ (講談社文庫)ふふふ (講談社文庫)
(2009/01/15)
井上 ひさし

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sai.wingpen  初春いろは歌留多                   矢印 bk1書評ページへ

 初春の目出度さに、いろは歌留多でもしましょうか。

 「い」…井上ひさしに興味津々。本書は「小説現代」に連載されていた、井上の徒然の記である。

 「ろ」…論より笑い。本書に収められている小話は政治や社会の問題から井上が過ごした浅草フランス座の文芸部進行係の頃の思い出話まで多岐にわたっているが、やはり面白いのは笑いを描いたいくつかだろう。俳優「森川信」(映画「男はつらいよ」の初代おいちゃんを演じた俳優)や「てんぷくトリオ」(今や個性派の役者といってもいい伊東四朗がかつて在籍していたお笑いトリオ)の話がいい。時事問題を語る時よりも彼らを語る時の方が井上の筆運びは滑らかだ。

 「は」…「ははは」より「ふふふ」。昨年の日本はいつの間にか景気が上昇してバブル前兆の気配すら出てきた。ただかつてのバブル期は多くの人が中流だと思っていたが、今は社会格差が広がっている。「勝ち組」と「負け組」がはっきりとしてきた。好調なのは「勝ち組」とその周辺の人々だけで「負け組」にはいった人たちにまだ春は遠い。多くの人を犠牲にした好景気だ。「ははは」と高笑いしている「勝ち組」の人たちに「負け組」の人たちの心の痛みはどこまで理解できるのだろう。井上が書く「ふふふ」の笑いは人を踏みにじりにはしない。冷静にこの世の動きを見つめ続けること。それが本書の書名「ふふふ」に込められた、井上の思いのような気がする。

 「に」…日本語は大切に。かつて司馬遼太郎は正岡子規や夏目漱石がつくった日本語があったからこそ小説から論文にいたる広範囲の世界を描くことができるようになったと書いたことがある。そういう意味で井上の日本語はしっかりと時事問題を説く一方で自身の個人的な思い出話をしっとりと聞かせる技をもっている。言葉をしっかりと身につけることで伝わる思いがあることを多くの人にわかってもらいたい。

 「ほ」…本当に好きなプロ野球。井上がプロ野球ファンであることは本書を読めばよくわかる。野球の話がたくさん収められている。連載当時プロ野球の統合や選手会のストの問題があったから余計に井上の論は厳しい。井上の野球への強い思いは、彼の演劇に対する熱意とつながっているように思う。その根底には常に「観客」がいる。井上にとってプロ野球であれ演劇であれ「観客」を楽しませることが最も大切なことなのだ。

 「へ」…平和を求めて。最近の井上は戦争をテーマにして戯曲を書き続けているのは周知だろう。自分たちが伝えなければ新しい人たちに誰が平和の重要性を伝えられるというのか。井上の思いは確かだ。だから本書の中でも彼の国此の国の政治家に対して論調は厳しい。

 「と」…というわけで、井上ひさしがいなくなった世界はまことにさみしい。
  
(2006/01/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は成人の日
  新成人の皆さん、おめでとうございます。
  皆さんにはとてもいいところがあります。
  それは、私よりうんと未来が長いということです。
  今が苦しかっても
  今がつらいときでも
  皆さんにはそれを乗り越えるだけの
  たくさんの時間があります。
  それは何より素晴らしいことです。
  今日紹介するのは
  奥野宣之さんの
  『人生は1冊のノートにまとめなさい』です。
  この本を読んで、
  「人生の記録」をつけてみるのも
  成人の日には
  ふさわしいかもしれません。
  変えるのは、あなた。
  変えられるのも、あなたです。

  じゃあ、読もう。

人生は1冊のノートにまとめなさい―体験を自分化する「100円ノート」ライフログ人生は1冊のノートにまとめなさい―体験を自分化する「100円ノート」ライフログ
(2010/11/27)
奥野 宣之

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sai.wingpen  人生ふりかえれば                  矢印 bk1書評ページへ

 『情報は1冊のノートにまとめなさい』でブレイクした奥野宣之さんの、『読書は1冊のノートにまとめなさい』に続く「100円ノート整理術」の第三弾です。
 先の二冊ではA6ノートを推奨していましたが、本書ではA5サイズに宗旨変えしています。思わず「たくさん買ったA6ノートどうしてくれるの」とツッコミをいれたくなりますが、著者は「だんだん書くことや貼るものが増えてきたこと」とその理由を書いた上で、「サイズひとつとっても「最強の一冊」はありません」と胸をはっています。
 こういう時に使うんでしょうね、やれやれって。

 それはともかく確かにA6ノートは携帯には便利ですが、書くにしてもスクラップにしてもかなり不便であったことは事実です。もちろん、だからといってA5サイズがいいかといえば、きっとまたいろんな理由で変わることも考えられるので、ここは自分に合ったサイズを自分で探すしかありません。
 こういうことも人生にはよくあることです。本書で提唱している「ライフログ」(人生の記録)にちゃんと書きとめておきましょう。

 本書のいいこところは、どのようなノートを使うかであったりどのように記録するかであったりではなく、「読み返し」を説明しているところにあります。
 たくさんの情報整理術の本がでていますが、そのことをきちんと説明しているのは少ないのではないかしらん。著者は「書いたものは読まないと意味がありません」と書いていますが、「読書ノート」や「日記」といった類のものは記録するだけでなく、「読み返し」をすることで情報が生きてきます。だから、「三年日記」に今でも根強いファンがいるのだと思います。「三年日記」であれば「読み返し」は容易ですから。

 「読み返し」は「過去の自分が今の自分に向かって送ったメッセージ」だと著者は書いています。そのことを書いたという点で、この本は評価されていいと思います。
  
(2011/01/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年もたくさんの絵本を読んで
  紹介していきたいと
  思っています。
  その最初に、エリック・カールさんの
  『はらぺこあおむし』を
  選びました。
  この表紙を見ただけで
  この絵本読んだことがあるって
  思い出した人、
  多いのではないでしょうか。
  たくさんの子供たちに
  愛されてきた絵本の名作です。
  何よりも
  その色使いがすばらしい。
  こういう色に接するだけで
  今夜の夢がおいしくなるんじゃないかな。
  そんな夢が見たくて、
  人生半ばを過ぎたおじさん(私のことです)も
  絵本を読むのです。

  じゃあ、読もう。

  追伸 このブログには「ページをめくって」という
     カウンターを設定しています。
     FCブログの追加サービス(無料)なのですが
     先日トラブルがあって一部データが消えてしまいました。
     1月4日に50,000の訪問者を記録しましたが、
     それも消えてしまって残念です。
     結構訪問者の数というのは
     ブロガーにとって励みなんですが
     仕方ありません。
     これからも応援お願いします。
  

はらぺこあおむしはらぺこあおむし
(1989/02)
エリック=カール

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sai.wingpen  なんだかいいことがありそうで                  矢印 bk1書評ページへ

 おとなは子どもに戻ることなんてできるのだろうか。
 エリック・カールの絵本の名作『はらぺこあおむし』を読んで、そんな他愛もないことを思った。
 表紙の、ユーモラスで、大胆で、色あざやかな「あおむし」を見て、子どもの<私>はきゃっきゃっ喜んでいる。こわごわとそのくねった「あおむし」のからだにさわってみたくなる。でも、おとなの<私>はそんなことはしない。

 はらぺこの「あおむし」がたべたりんごの穴に指をいれたくなるのは子どもの<私>。
 つぎからつぎへとむしゃむしゃ食べていく「あおむし」の食欲に、ほおおっとため息をつくのも、子どもの<私>。
 たくさんの食べ物の穴から向こう側をのぞいてみるのも、子どもだからできること。おとなの<私>がのぞけば、何が見えるのだろう。もしかして、こちらを見ている子どもの<私>の目だったりして。
 おなかいっぱいになった「あおむし」がきれいな「ちょうちょ」になったとき、子どもの<私>はハッとするのだろうか。おとなの<私>は知ったかぶり。

 おとなは子どもには戻れない。
 でも、こういう絵本で、すこしは子どもの頃の<私>に戻れるかもしれない。
 ちょっと、うれしい。
 なんだか、いいことがありそうで。
  
(2011/01/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  よしもとばななさんの小説は
  あらすじがあるようで
  漠としてとらえどころがない。
  その感じも
  またよしもとばななさんの
  魅力ではあるのですが。
  新しい本、『どんぐり姉妹』でも
  そんな漠とした感じがいいのですが
  書評となるとなかなか手ごわい作品です。
  この本は不思議な造りになっていて
  途中で写真が数枚はいっています。
  それもまた漠として
  この不思議な物語の気分を
  増しています。
  一度、本屋さんで手にしてみて
  その不思議を味わってみて
  ください。

  じゃあ、読もう。
  
どんぐり姉妹どんぐり姉妹
(2010/11)
よしもと ばなな

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sai.wingpen  虚構の二重奏                     矢印 bk1書評ページへ

 ネットの世界は、誤解を恐れずにいえば、虚構だ。発信者の顔を見ることはない。無数にいるだろう受信者の姿も見えない。ただ、言葉が行き来し、互いに喜びも励ましも罵倒もある。ブラウザの向こうにいるのは誰?
 小説も虚構だ。原作者という作り手がい、読者という読み手がいる。小説のなかで行われることなど、この世界のどこにも存在はしないはずだが、読者はその世界を体感する。活字の向こうにあるのは何?

 よしもとばななの『どんぐり姉妹』は、そんな虚構の二重奏になっている。ネットという世界を介在し、「だれかにメールしたいけれど、知っている人にはしたくない」、そんな思いを受けつけるサイトを立ち上げた、どん、と、ぐり、の姉妹。ふたりのサイトトップには「このサイトの中にしか存在しない姉妹」と書かれている。彼女たちはサイトの中にしかいない虚構であり、虚構の物語の主人公でもある。これは、よしもとばななの物語の世界なのだ。
 そもそも、どんとぐり、そんな名前の姉妹なんているだろうか。彼女たちが生まれた産院の中庭にあった椎の木。父親は初めて生まれた娘にどんと名付け、かならず生まれるであろう次女ぐりの誕生を待つ。それだけで、そこはもう、よしもとばななの世界といっていい。

 そんな風変わりな両親は彼女たちが幼い頃亡くなる。その後何人かの親戚を転々としながら、姉妹はけなげに生きていく。そして、「どんぐり姉妹」というサイトを開設するところから物語は始まる。物語の進行とともに彼女たちの生い立ちや現在のありようが描かれていく、中篇というには短い物語にたくさんの死がまぎれこんでいる。それでいて、その死という暗い穴ぼこからのぞきこめば、不思議ときらめくばかりの生を感じられるのは、よしもとばななのうまさである。

 よしもとばななはネットという虚構を小説という虚構で描いた。どんぐり姉妹など、どこにも存在しない。
 だとすれば、主人公たちがかわすこんな言葉がこの物語をもっともうまく表現しはいないか。
 「どうする? みんな夢だったら」
  
(2011/01/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  一時期「自分史」というのが
  流行になったことがある。
  最近では「遺言」が流行だったりする。
  高齢者社会になって
  そういう自分探しみたいなことが
  これからも続くのではないかと
  思っています。
  日記をつけたり
  読書ノートをつけるのも
  あるいは、こうしてブログを書くのも
  自分を綴るということのひとつなんでしょうね。
  今日紹介した『ある小さなスズメの記録』の中に
  こんな文章がありました。

   ラブ・ストーリーのない伝記は完璧とはいえない

  生きていくことに
  少しばかりのラブ・ストーリーを。
  ぐっと「自分史」が引き立つのでは
  ないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯
(2010/11/10)
クレア・キップス

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sai.wingpen  玄冬をどう生きるか                  矢印 bk1書評ページへ

 青春、朱夏、白秋、玄冬という言い方がある。それぞれの季節に色を配し、その季節を言いえて妙だ。若い頃のことを「青春」と呼ぶのはここからきている。
 私はいま、五十五歳。季節でいえば、白秋の終わりだろうか。実りある秋、満足と充実の季節である。その一方で、静かに自分をみつめる玄冬の準備の時期でもある。
 厳しい冬をどう乗り切っていくのか。人生の冬の先にはもう春はこない。ならば、その冬をどう生きていくのか。そんな冬のために何をすべきか。そんなことを考える。

 本書はどこにでもいるスズメの「伝記」である。
 生まれたばかりで巣から追い出された瀕死の一羽のスズメが、本書の著者であるキップス夫人に拾われ、手厚い看護のあと小さな命をとりとめる。
 クレランスと名付けられたスズメはその歌声やささやかな芸によって、第二次大戦の戦火のなかで夫人や周囲の人たちの心を癒すのである。スズメにそのような芸が可能なのかは知らないが、こうして「伝記」として綴られたことは多くの研究者には刺激になったことだろう。

 もっとも感動的なのは、老いを迎えたスズメの生き方である。季節でいえば、玄冬だろうか。
 若々しい羽毛が抜け、体が衰弱していくなか、クレランスはそれでも精一杯生きようとする。「決して失望や絶望に屈することはなかった」。
 そんな肉体的危機を乗り越え、老境に達したクレランスの姿を著者はこう記している。「体力の衰えが進むに従い、スズメの精神力は強くなっていくようだった」と。

 小さなスズメ、クレランスはこうして十二年と七週と四日の生を閉じる。
 キップス夫人が書きとめたスズメの「伝記」は、小さな愛玩動物の記録としてではなく、命あるものの記録として、多くの人たちに感銘を与える。はたしてこのスズメのように、たくましく私たちは老うことができるのか。
 誰にでも玄冬は訪れる。その時、どう生きるかで生きてきたすべてを問われるのではないだろうか。
  
(2011/01/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  元旦の新聞に女優高峰秀子さんの
  訃報が報じられていました。
  高峰秀子さんといえば
  昭和を代表する女優です。
  ちょうど映画黄金期を支えた一人と
  いっていいでしょう。
  木下恵介監督の『二十四の瞳』の
  大石先生役は代表作のひとつ。
  私もDVDで観たことがありますが
  小柄な大石先生を自身小柄だった
  高峰秀子さんの熱演が光っていました。
  また昭和が遠くなった印象です。
  合掌
  今日紹介するのは
  瀬戸内寂聴さんの、今は亡き人たちとの
  交遊録の、シリーズ三作目。
  きっと、いつか
  高峰秀子さんのことも
  書かれるのではないかと思います。

  じゃあ、読もう。

奇縁まんだら 続の二奇縁まんだら 続の二
(2010/11/23)
瀬戸内 寂聴

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sai.wingpen  生きることは出逢い                 矢印 bk1書評ページへ

 日本経済新聞日曜朝刊に好評連載の、瀬戸内寂聴さんの「生涯の途上で出逢い、一言でも言葉を交わした人たちを、記憶のままに書きとどめた」作品も、三巻めとなった。横尾忠則さんのさし絵も変わらずに、いい。
 この三巻めには2010年に亡くなった梅棹忠夫さんをはじめ、美空ひばりさんや長谷川一夫さんといった芸能人、吉行淳之介さんや佐多稲子さんといった作家など41人の人たちとの「奇縁」がつづられている。
 そのなかでも異色なのは、田中角栄氏との「奇縁」だろう。寂聴さん自身、「政治家とのつきあいは案外少なかった」と書いているが、そんななかでやはり田中角栄氏は「強烈な個性の人」であったようだ。記憶に残る政治家の一人には違いない。

 「生きることは出逢いである」と寂聴さんはいう。そして、「出逢いの中でも人との出逢いが一番強烈な影響を人に与える」と。
 人は交わりのなかで生きていく動物である。それをもって、社会的動物ということもある。だから、いくつになっても交わりを捨てることはできない。寂聴さんの魅力は90歳に近い高齢ながらも、常にその交わり、出逢いを捨てないところにある。そして、その人々たちを記憶することで自身を高めてきたともいえる。
 41人の個性をのぞきみるというだけでなく、寂聴さんのそんな生き方がこのシリーズをより面白くさせている。

 きっとまだまだ多くの「奇縁」が寂聴さんにはあるだろう。昔話をねだる子供のように、もっと聞きたいと思う。もちろん、横尾忠則さんの絶妙なさし絵も。
 さらなる巻の刊行を楽しみにしている。
  
(2011/01/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  仕事や学校は始まったものの
  どうも正月明けというのは
  なかなか本来の気分に戻らないものです。
  正月的気分というのは
  なんとも強敵である。
  本当はそんな気分のままで
  過ごせたらどんなにいいか
  わかりません。
  今日紹介するのは
  丸谷才一さんの評論集『星のあひびき』なのですが
  読み側からすると
  こういう文章なら毎日読んでいたいと
  つい思ってしまいます。
  それで、今回の書評タイトルには
  「正月的気分」とつけました。
  このニュアンスは
  結構気にいっています。

  じゃあ、読もう。  

星のあひびき星のあひびき
(2010/12/03)
丸谷 才一

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sai.wingpen  正月的気分                     矢印 bk1書評ページへ

 書評文化を語らせれば丸谷才一大兄の右に出るものはおそらくいないでせう。
 書評に関して実に多くのことを教わつた。そのたびに、天を仰ぎみる気持になるのであるが、所詮は器も器のなかにはいつているものも違いすぎて、ただただ平身低頭するばかり。
 丸谷大兄はどこかの論で、書評とは内容紹介と批評であると書かれていたが、この批評といふのがすこぶる難しい。
 本書に所載の「わたしは彼女を狙つてゐた」といふ米原万理さんの書評集の文庫解説文のなかで、「批評は比較と分析によつて成り立つもの」という丸谷大兄の丁寧な解説を戴きながら、やはりこれはなかなかもつてできるものではない。

 丸谷大兄の域には達しなくとも、なんとかならぬものかと、ここは米原万理さんを褒め上げた大兄の理由になぞらえて、「本をおもしろがる能力を高」めていきたい、「褒め上手」になりたい、と願う次第である。米原さんを褒める理由はもうひとつあつて、それは「一冊の本を相手どるのではなく、本の世界と取組んでゐる」なのだが、そこまでいけば、大兄のいふ「比較と分析」ができることになりはしまいか。ここは前の二つで我慢しよう。

 ところで、この本には、書評だけでなく、随筆も何篇か収められていて、ちなみにいえばそれぞれ「評論的気分」「書評35本」「随筆的気分」「推薦および追悼」「解説する」という章立てになつていて、随筆はとうぜん「随筆的気分」に収められてゐる。
 丸谷大兄の随筆こそもはや藝の極地とも呼べるもので、読んでゐると、なんともほんわかとして気分になるのは私だけだろうか。
 本書に「眠る」という随筆が収められているが、そのなかでいい音楽や芝居を見物していると眠くなるのは「耳に楽しく、子守唄のやうにいい気持にさせて、それで眠気を誘ふのだらう」と書いているが、この気分は大兄の文章を読んでいても起こる現象である。
 いい文章は、「子守唄のやうにいい気持にさせ」てくれるもので、正月まだ日の高いうちからお屠蘇をいただき、炬燵のなかでうたたねをする、それは正月気分に似ている。

 正月そうそう、丸谷大兄の文章を読んでいると、ああ今年も何事もなく終わりたいものだとささやかではあるが願わずにはいられない。
  
(2011/01/05 投稿)

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  今日から仕事初めという人も
  多いでしょうね。
  そこで、今日紹介するのは
  昨年2010年大ブレークした
  『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』。
  なにしろ著者の岩崎夏海さんは
  昨年のNHK紅白歌合戦の審査員として
  登場したくらいですから。
  しかもこの3月から
  NHK総合でアニメ番組として
  登場します。
  「もしドラ」ファンの皆さん、
  要チェックですぞ。
  今日の書評タイトルの
  浅倉南は名作漫画『タッチ』のヒロイン。
  自慢じゃないですが、
  私、『タッチ』の全巻持ってます。

  じゃあ、読もう。
  
  

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらもし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
(2009/12/04)
岩崎 夏海

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sai.wingpen  浅倉南は可愛かったな                  矢印 bk1書評ページへ

 長い書名である。世間の人は縮めて「もしドラ」と呼んで、これが空前のヒット。「もしドラ」は2010年の流行語にもなった。
 アイデアがいい。ビジネスマンなら一度は読んでみたいと思っているドラッカーの『マネジメント』を下敷きにしたことが一点め。二点目は登場人物のモデルを人気絶頂のAKB48という女性アイドルのメンバーをモデルにしたこと(といっても、この本を読んだ中高年がAKB48のメンバーの名前をどこまで知っているかは別であるが)。さらには、表紙や挿絵に今風の少女のイラスト(絵はゆきうさぎさん)を使用したことも、そのヒットに貢献したのではないか。
 物語の舞台を多くのひとになじみのある高校野球にしたこともいい。主人公の名前がみなみなのは、中高年にとっては高校野球を描いた漫画『タッチ』(あだち充)の浅倉南を思い出して親しみがあった。主人公の友人の死もどちらかといえば『タッチ』的で、世代を超えて(特に批判もなく)読まれた要因になったと思われる。

 では肝心のビジネス本としてはどうかといえば、これはなかなか悪くない。
 主人公の女子マネージャーみなみが「甲子園にいく」という大目標にむかって、ばらばらだった部員の心をひとつにまとめていく過程は、物語とはいえ、参考になる。
 特に、部員全員との面接は、ぜひ実行されていい。なかなかこういうことは出来そうでできない。一人ひとりの思いが違うのは、この物語の野球部員だけでなく、ビジネスの現場でよくあることだ。それをじっくり聞くこと。みなみの成功の大きな要因はそこにあるような気がする。

 多くの人が、そしてそれは若い人だけでなくマネジメントを求められている中高年の人もこの物語を読んだ。それを単に社会的現象ということやベストセラー本を読んだということにとどまらず、みなみがしたことのひとつでも、それはさしずめドラッカーの『マネジメント』を読むことかもしれないが、実行することが、ビジネスの成功に近づくかもしれない。
 だって、この本が売れたという事実が、成功のひとつの見本ではないだろうか。
  
(2011/01/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年(2011年)初めて紹介する本を
  何にしようかと
  あれこれ迷いましたが、
  小川糸さんの『つるかめ助産院』にしました。
  なんといっても
  「つるかめ」なんて
  お正月らしいでしょ。
  これが決め手になりました。
  やはりお正月はめでたい、めでたい。
  とはいっても、
  内容は浮かれ気分とはなりませんが、
  そこはご勘弁を。
  新しい年を迎えて、
  それぞれが抱負をもたれたと
  思います。
  それらが叶うように
  今回の書評のタイトルとしました。

  じゃあ、今年も読もう。

つるかめ助産院つるかめ助産院
(2010/12/03)
小川 糸

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sai.wingpen  新しいいのち                     矢印 bk1書評ページへ

 昨年(2010年)の暮れから朝日新聞が「孤族」という社会のひずみに焦点をあてた連載を始めました。それは「無縁社会」が流行語にもなった時代を写し取った企画でもあります。
 「家族」という縁から今私たちは「孤族」という寂しい現実と向き合っています。もはや「個」ではなく、「孤」なのです。急速に広がるその社会にあって、私たちはどう生きていけばいいのか。
 『食堂かたつむり』の作者小川糸さんの新しい作品は、そんなことを考えさせてくれる物語です。

 ある日夫が突然失踪し、失意にくれるまりあは、かつて夫と旅行した思い出の南の島へと向かいます。そこで、彼女は不思議な場所と人々に出逢い、やがて新しい命の誕生とともに自身もまた生まれ変わっていく物語です。
 題名にもなっている「つるかめ助産院」がその場所です。助産院の先生である鶴田亀子先生との出逢いがまりあの運命を大きく変えるのです。なぜなら、まりあは妊娠をしていたのですから。
 子供をもつということはまりあの人生にとって重い意味を持っていました。彼女は孤児だったのです。

 そんなまりあだから、「つるかめ助産院」で出逢った人々によって、いつしかこんなふうに思うようになっていきます。「ある意味、人は生まれ落ちた瞬間から、誰もが捨て子なのかもしれない。どこまでも孤独で、だからこそ、人と触れ合ったり助け合ったりすることに喜びを見出せるのだ」と。
 「無縁社会」や「弧族」といわれる時代に、まりあのように新しい縁に出逢うことは容易ではないかもしれません。しかし、それらを助けようという人や社会があるかぎり、まりあのように「弧族」から生還する人もあるのです。

 それは「再生」ということでもあるのかもしれません。「つるかめ助産院」は新しい命の誕生を導くだけでなく、心を癒し、「再生」させる場所でもあるのです。
 それはどこかの南の島にあるのではなく、きっと、あなた自身がみつけるところに生まれてくる場所なのだと思います。
  
(2011/01/03 投稿)

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01/02/2011    元旦の新聞から
 元旦の新聞を楽しみにしているということは
 毎年、このブログでも書いています。
 各出版社の広告があるからです。
 これは、もうずっと昔からの楽しみで、
 今年もそれらの広告に心躍らせられました。
 朝日新聞東京版で、感想を書いてみます。

 今年はなんといっても
 集英社の全面広告に驚きました。
 ベトナム戦争に従軍した際の開高健の写真に
 「本」の一文字がかぶさります。
 それに「人」の字がくっきりと。
 キャッチコピーはこうです。

  兵士に囲まれ、平和を思った。
  平和に囲まれ、君は何を思う。


  読む人と、つくる人がいて、本になる。

 これは集英社の創業85周年を記念して
 6月刊行予定の「戦争×文学」を意識したものですが、
 元旦に開高健のほとんど虚脱した写真を目にすると
 私たちが暮しているこの社会を
 思わざるをえません。
 開高健はこの従軍のあと、
 さまざまな名作を描きますが、
 きっと彼の生き方を変えたものがここにはあります。

 次に老舗の文藝春秋新潮社です。
 これはちょっと面白いのですが、
 文藝春秋はこの2月より「電子版文藝春秋」を
 海外向けに発信するそうです。
 その一方で、新潮社はこんなメッセージを
 書いています。

  わたしたちは「紙の本」を基本にして、その喜びを届けていきます。

 「その喜び」のことは、
 その前段にこうあります。

  ぶらぶらと店の中を巡っていると、お目当ての本とは
  別の本に出会えるからです。
  そしてまた新しい蓄積をしていくのです。
  思いもよらぬものと出会える喜び。

 そう、本にはそんな喜びがあります。
 今年も多分、「紙の本」と「電子書籍」のことで
 出版界は話題豊富になるでしょうが、
 それぞれがともにその利点を生かした
 棲み分けが必要だと思います。

 岩波書店は、『語感の辞典』の全面広告で

  ことばを伝える
  人が伝わる

 というコピーです。
 講談社は、創業100周年の記念事業だった
 「書き下ろし100冊」のオンパレード。
 小学館は、やはりドラえもんで決まりです。

 出版各社が今年どんな作品を提供してくれるか、
 それを本屋さんがどう売り込んでみせるか。

 本というのは、心をつなぐリレーです。

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