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プレゼント 書評こぼれ話

  どうも時間に余裕がなくなると
  季節の移ろいが目にはいらなくなります。
  季節は立春を過ぎ、
  そろそろ梅の香が漂いだす頃なのに
  そのことに疎くなってしまうのが
  自分でも残念でなりません。
  せめて本だけでもと
  手にしたのが今日紹介する
  長谷川櫂さんの『日本人の暦』。
  「今週の歳時記」とあるように
  週ごとに季節を描いています。
  今の季節であれば
  梅、鶯、東風(こち)、野焼く
  などが紹介されています。

   東風吹かば西へ東へ帆掛け舟  長谷川櫂

  なるほど。
  季節はしっかりと移ろって
  もうすぐ、春。

  じゃあ、読もう。


日本人の暦 (筑摩選書)日本人の暦 (筑摩選書)
(2010/12/15)
長谷川 櫂

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sai.wingpen  春、遠からじ                  矢印 bk1書評ページへ

 日本語の素晴らしさは「歳時記」につまっています。
 たとえば「惜しむ」といういいかた。本書のなかでもそのことは何度も書かれていますが、「それは人間にとって何かしら「いいもの」である」ということで、春や秋は「惜しまれ」ますが、夏や冬には使いません。もっとも水泳が好きな人やスキー愛好者の人にとっては、夏も冬も惜しまれる季節でしょうが、普通は使わない。
 それと、それが消えていくものであることです。永遠に残るものは「惜しむ」とは言いません。よく「惜しい人を亡くした」といいますが、それも消えいくものとして残念だという思いが込められています。
 そういった日本語の細やかさが「歳時記」から読めるのです。

 本書は俳人の長谷川櫂さんが「週刊日本の歳時記」に連載されていた「今週の歳時記」というエッセイを加筆修正したものをまとめたものです。新たに、長谷川さんの俳句などたくさんの例句が収められていますから、新しい「歳時記」といってもいいでしょう。
 長谷川さんは日本人の季節感について「季節を探る」ことだと書かれています。「まだ暑いうちに秋を探る、寒いうちに春を探る」、そういった探る心が日本人の季節感を生み出したのだとしています。
 また、それに関連するかもしれませんが、日本人が太陽暦だけでなく旧暦や太古暦をいまだに使い分けしていることも、単に暑い寒いだけではなく、季節を探り、季節を待ち、そして惜しむことのあらわれでしょう。

 よく「暦の上では」といいます。立春、立夏、立秋、立冬といった二十四節気に季節の区分けは実際の季節でいえばまだ程遠い日にあたります。だから「暦の上では」ということわりがはいります。しかし、これも「季節をさぐる」という日本人の季節感によく合った言葉の使い方です。
 せめて「歳時記」を読みながら、うしなってはいけない日本語の美しさを再確認したいものです。
  
(2011/02/24 投稿)

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