05/19/2011 心はあなたのもとに(村上 龍):書評「人と人をつなぐもの」

今日紹介するのは
村上龍さんの『心はあなたのものに』。
550ページある長編小説です。
私はどうも長編小説が苦手で
苦手というより
なかなかかたまりで読書の時間がとれないので
避けているようなところがあります。
ただこの『心はあなたのもとに』は
村上龍さんの久々の恋愛小説ということで
読んでみました。
単に恋愛小説というには
もっと重いテーマかもしれません。
でも、ぐいぐいとひっぱってくるものは
いい本といっていいでしょう。
村上龍さんは最近は経済にも造詣があって
この本でもそんな場面がたくさん描かれています。
じゃあ、読もう。
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これは恋愛小説なのだろうかということをずっと考えていた。確かに男と女の関係を描いた物語ではあるのだが、それを単に「恋愛」という二文字で括ってしまうと何か大切なことが指の間からこぼれおちてしまいそうだ。
もっと本質的なこと。
そう、この物語は「人間の関係性」について描かれたものではないだろうか。
物語は香奈子という元風俗嬢の死から始まる。香奈子は一度結婚の経験があり30歳を少し越えたばかりだ。彼女には1型糖尿病という持病があって、インスリンをコントロールする専用の装置を手放せなかった。一方、主人公である投資組合を経営する50歳の西崎には妻と二人の娘がいる。
西崎は高級風俗嬢である香奈子と出逢い、単に性的な関係だけではなく、心から強く惹かれるようになっていく。彼らはしばしば逢っていたわけではない。むしろ、ほとんど逢瀬をしていない。
西崎はともかく忙しすぎた。多くの投資案件を抱え、東奔西走していた。時に香奈子を同伴し旅行をすることはあっても、西崎は恋愛におぼれてしまうタイプではない。
彼らの関係を支えていたのはメールだった。出会いから香奈子の死という別れまでの3年ばかりの間に香奈子からは643通のメールが届けられていた。
物語ではこのメール文が進行役となって随所にちりばめられている。
常に一緒にいるわけではない関係。しかも、一方は近づく死に苦悶しているなかで、会うこともままならぬ関係。
それを残酷というべきだろうか。
「どんなに大切に思う人でもずっといっしょにいるわけにはいかない」
西崎の思いとして綴られた文章の一節だ。
「ずっとわたしのそばにいることができないからといって、それはわたしを愛していないという意味ではない」ことを、西崎は教師として働きつづけた母親との関係のなかで実感していた。
それと呼応するように、香奈子は西崎あてのメールの最後に「心はあなたのもとに」と書きとめた。
いっしょにはいられなくても、せめて心は愛する人のもとにある。
そういう愛し方を人はやはり残酷というのだろうか。
この物語にはほとんど性の描写はない。交じわうことが恋愛のひとつの型ではあるが、この物語はそのことを丁寧に排除している。
元風俗嬢をヒロインとしながらも肉体からもっとも離れた視点で描かれているといっていい。
ここに描かれた関係は現代人の新しい関係ではないだろうか。
(2011/05/19 投稿)

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