05/26/2011 海炭市叙景(佐藤 泰志):書評「永遠の町」

昨日は南木佳士さんの芥川賞受賞作
『ダイヤモンドダスト』を紹介しましたが
今日紹介する佐藤泰志さんは
芥川賞の候補に5回も選ばれた作家です。
でも、残念ながら
彼は41歳で自らの命を絶ってしまいます。
歴史に「もしも」というのは禁物ですが
もしも、佐藤泰志さんが芥川賞を受賞していたら
彼の人生も大きく変わったのではないでしょうか。
そう考えれば、
芥川賞はひとつの文学賞でありながら
影響力が大きい賞だと思います。
佐藤泰志さんはその死後、
忘れ去られようとしました。
しかし、彼のファンは根強く
今日紹介した『海炭市叙景』は映画化され、
今もたくさんの読者を集めています。
じゃあ、読もう。
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佐藤泰志は41歳で自らの命を絶った作家だ。
その短すぎる生涯において、5度の芥川賞候補になりながら、遂に受賞するには至らなかった。佐藤にとって芥川賞は永遠に見果てぬ夢であった。
そんな佐藤が故郷の函館をモデルに架空の街「海炭市」を作り上げ、そこに生きる人々の人生模様を描いた短編連作集が、本作『海炭市叙景』である。
但し、佐藤の死によって、彼が当初構想していた全体の半分、描かれる季節でいえば、冬と春だけが描かれ、夏と秋は書かれることはなかった。
最初の物語は『まだ若い廃墟』という作品である。海炭市は「元々、海と炭鉱しかない街」で、今はさびれる一方だ。唯一「夜景を見に、夏、観光客がわんさと訪れる」小さな山が観光の目玉となっている。
その山に、元旦、なけなしの小銭を集め、貧しい兄と妹が初日の出を見ようと頂上をめざす。ただ、帰りのロープウエイには一人分が乗れるお金しかなかった。兄は妹にその切符を譲り、冬の真っ暗な山道を徒歩で下山するという。
物語は、ふもとのロープウエイ乗り場で下ってくるはずの兄を待つ妹の視点で描かれている。妹は「深い雪の中で力つきる兄の姿」を自覚している。
「もしも、どこかで道に迷いそこから出てこれなくなったのだとしたら、それは兄さんが自分で望んだ時だけだ」と、妹は思う。
冒頭に書いたように、海炭市は作者佐藤の想像の街である。その街に生きる青年も女たちも、やくざ者も、あるいは小心な公務員も、すべて佐藤のなかに住む人々にすぎない。
しかも、その物語にはじめに遭難する青年はついに姿を見せることはないのだが、彼こそ佐藤自身の姿であったような気がする。
佐藤は現実の生活に「迷い」、架空の海炭市から「出てこれなくなった」のだ。そして、それは佐藤自身が望んだこと、だったのではないだろうか。
この短編連作集の最後の作品『しずかな若者』の終わりに佐藤はこう書いた。
「何かをやめ、何かをはじめる時が来る。」
しかし、佐藤には永遠に「はじめる時」はやって来なかった。
そして、海炭市は永遠の町になった。
(2011/05/26 投稿)

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