いま、おそらく日本で一番熱い町じゃないかぁ、
 青森県八戸は。
 昨日、大阪・忠岡町のゆるきゃら「ただお課長」を紹介したので
 今日は青森・八戸の話題ということで。

 10月23日の東奥日報のコラム「天地人」から引用すると

   今年の八戸は日の出の勢いだ。
   五輪女子レスリングで八戸勢2人が金メダルに輝いた。
   光星学院は甲子園3季連続準優勝。
   今回は「B-1」で待望の「金」。
   何だか朝日がまぶしい。その下に八戸があると思えば。

 このコラム、以前紹介したアプリ「社説リーダー」で読んだもの。
 文中にある「B-1」は、ご当地グルメの祭典「B-1 グランプリ」のことで
 もう有名だから皆さんも知っていますよ。
 その祭典で、八戸の「せんべい汁」が今回ゴールドグランプリを受賞。
 いままでの大会ではいつもいいところまでいくのですが、
 なかなかトップになれなかった。
 今回は遂に勝ちとった栄光です。

【B-1グランプリ公認】マルちゃん カップ 八戸せんべい汁 しょうゆ味 26.5g×6個【B-1グランプリ公認】マルちゃん カップ 八戸せんべい汁 しょうゆ味 26.5g×6個
(2012/10/28)
東洋水産

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 「せんべい汁」は200年ほど前からの八戸の郷土料理で、
 あの固い南部せんべいがお汁の中でとろっととけているのが
 なんともいえず、おいしい。
 私は以前仕事の関係で八戸には何度も行ったことがあって
 「せんべい汁」もおいしく頂きました。
 私がよく行ってた頃は
 東北新幹線の終点の駅でもありました。
 そこに乗り入れているのが
 「青い森鉄道」という第3セクター。
 この鉄道の名前が好きで、
 一度乗ってみたかったのですが、まだ乗れてません。
モーリ
 そのゆるキャラが「モーリー」君。
 緑の森に突然青い色をして生まれた「モーリー」君ですから
 初めはすごく悩んだ。
 でも、青い森鉄道の車掌さんと出会って
 「色はちがって自分は自分」と勇気をもらってからは
 元気になりました。
 その感じはいいですね。
 なんかメルヘン。

 市の中心部には「三春屋」という百貨店があって
 この前で八戸の「えんぶり」という祭も見ました。
 このお店、とにかく生鮮品が充実していて
 町の台所の役目を担っています。
 八戸観光には一度は寄ってみたいお店です。


 そうそう忘れていました。
 八戸は『忍ぶ川』で芥川賞を受賞した三浦哲郎さんが
 生まれた町でもありました。

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 このブログでも何回か書きましたが、
 私は大阪・岸和田で生まれ、育ちました。
 岸和田といえば、今や全国的に有名になった
 「だんじり」まつりのあるところです。
 前々回のNHK朝の連続ドラマ「カーネーション」は
 岸和田が舞台でした。
 中場利一さんの『岸和田少年愚連隊』もそう。

 その岸和田の北で隣接しているのが
 日本一小さい町、忠岡町
 どこに市にもはいらず、一途に町を守っています。
 人口18,000人足らずの小さい町ですが
 とにかく元気。
 私の実家からは歩いて数分。
 何しろ、隣。

 今、この町のゆるキャラが人気を集めています。
 ただお
 名前は「ただお課長」。
 忠岡町、ただおかちょう、ただお課長。
 うーむ。
 さすが大阪のベタのダジャレですが、
 面白い。
 このただお課長の頭にかぶっているのは
 「だんじり」。
 岸和田の「だんじり」が9月の祭りで
 忠岡町の「だんじり」は10月。
 「だんじり」好きの地元の人にとって
 二ヶ月楽しめることになります。

 このただお課長の好物が
 「焼きうどん」というのもいい。
 性格は「やんちゃ」「がんばりや」それに「目立ちたがり」。
 目標は「日本一元気な忠岡町にしたい」。
 えらいなぁ。
 いま、全国のゆるキャラが一堂に会して
 「ゆるキャラグランプリ2012」を展開しています。
 ゆるキャラ日本一を決める大会。
 皆さんも参加してはどうですか。

   ゆるキャラグランプリ2012」への投票はこちらから。

 ところで、あの広島東洋カープの前田健太投手は
 この忠岡町の出身。
 ただお課長のご自慢です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  私は男の子でしたから、
  もちろん今でも男ですが、
  少女漫画雑誌を買ったことがありません。
  子どもの頃には
  今日の書評にも書きましたが
  楳図かずおさんの『へび少女』が載っている
  「少女フレンド」などを同級生の女の子に
  見せてもらっていました。
  結婚してから、子どもが生まれ、
  二人とも娘だったので
  娘が買った「りぼん」なんかをチラチラと
  読んでいました。
  その頃は水沢めぐみさんの「姫ちゃんのリボン」なんかを
  楽しみにしてました。
  今日紹介するのは
  その「りぼん」で活躍した三人の漫画家による
  『同期生』という一冊。
  一条ゆかりもりたじゅん弓月光
  この名前だけでうれしくなった人も
  多いのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

同期生 「りぼん」が生んだ漫画家三人が語る45年 (集英社新書)同期生 「りぼん」が生んだ漫画家三人が語る45年 (集英社新書)
(2012/09/14)
一条 ゆかり、もりたじゅん 他

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sai.wingpen  表紙絵をみるだけでときめく人もいるでしょう                   

 少女漫画には「花の24年組」と呼ばれる集団がある。
 昭和24年生まれの女性たちで、70年代の少女漫画をリードした漫画家たちだ。萩尾望都、竹宮恵子、大島弓子と、綺羅星のような名前がつづく。
 彼女たちと年齢が近いがここにははいらない漫画家の中でも人気作家が多い。
 この本で紹介されている三人もそうだ。「砂の城」の一条ゆかり、「キャー!先生」のもりたじゅん、「甘い生活」の弓月光だ。
 彼らは、少女漫画誌「りぼん」が主催した「第一回りぼん新人漫画賞」で入賞した「同期生」なのだ。
 彼らが入賞したのが1967年(昭和42年)だから、45年の月日が過ぎたことになる。普通の社会人であれば十分働いた勘定になる。それでも、彼らはいまだに走りつづける。

 三人は「同期生」であるが、漫画のタッチがちがうように、それぞれの個性はばらばらだ。
 一条ゆかりはストイックに漫画道を歩んでいるし、もりたじゅんは人気漫画家本宮ひろ志夫人として自身の作家活動からは退いているが本宮の制作活動を支えている。弓月光は男性でありながら少女漫画でデビューし、今は青年誌の連載で確固たる人気ぶりを発揮している。
 ちなみに男性漫画家といっても、かつての手塚治虫や石ノ森章太郎、赤塚不二夫といった錚々たるメンバーも少女漫画を描いている。楳図かずおなどは少女漫画雑誌に発表した怪奇もので大人気だった。当時子どもながらに女の子は怖いものが好きなんだと感心したものだ。

 三人の中でも一条さゆりの漫画に対する執念には感服する。
 一条はデビューしてまもないうちに自身の将来像をこう描く。新人としての三年間はがむしゃらに働く。中堅になったら、これが自分の漫画というちゃんとした形の仕事をする。そして、40年経ったら、「極める」のだと。
 この時彼女はまだ高校を卒業したばかり。
 特に最初は「失敗しても「まだ新人ですから」と許されるし、色んなことに挑戦することで、一つ一つ手に入るものがあるはず」と思っていたから、根性がちがう。
 最近の新入社員に一条のような心意気はあるだろうか。

 「同期生」三人の、それぞれの生き方。そして、漫画に対する愛情。
 彼らの伴走者として、ともに走りつづけた元「りぼん」編集者の石原富夫氏の証言も少女漫画史の一齣である。
  
(2012/10/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  以前仕事で山形に行くことが
  多くありました。
  そんな時、よくそばを食べていました。
  山形にはそば街道と呼ばれるところも
  あるくらい。
  板そばという名物そばもあります。
  そういうそばどころを
  民話の形にしたのが
  今日紹介する
  『てんぐのそばまんじゅう』。
  作者は深山さくらさん。
  絵は大好きな長谷川義史さん。
  長谷川義史さんの絵は
  この作品でも本領を発揮。
  てんぐを描くのは得意みたいですよ。
  こういう絵本を読んでから
  山形のそばを食べたら
  たぶん、
  もっとおいしいのでは。

  じゃあ、読もう。

てんぐのそばまんじゅうてんぐのそばまんじゅう
(2010/09/01)
深山 さくら

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sai.wingpen  山形名物いろいろあれど                   

 山形県と秋田県の県境に位置する神室(かむろ)山は「花の百名山」の一つに数えられています。
 この絵本はそんな神室山が舞台になっています。
 「むかし、かむろというやまんなかに、じいさまとばあさまがすんでおった」という書き出しは昔話のはじまりのようですが、山形県新庄市が主催した「新・昔話」で受賞したお話がもとになっています。
 つまり、とっても新しい、でも昔話、ということです。

 さて、お話はというと、かむろの山の中に住んでいたおじいさんとおばあさんは春のある日、裏の林の中で大きな物音をききます。行ってみると、花びらが一面に散らかって、大きなやつでのはっぱが一枚落ちていました。
 おばあさんはそのはっぱうちわにしようと家に持ってかえるのですが、その日からずっと空は曇ったまま。
 夏が来ても、暑くもなりません。
 うちわを使うどころか、生活に必要な食べ物もとれません。

 ある晩。二人の家の戸をたたくものがいます。なんとそれはてんぐです。
 てんぐって知っていますか?
 赤い顔をして鼻がピノキオのようにのびた妖怪? みたいなもの。手には大きなやつでのうちわを持っているのが、てんぐのスタイルです。
 やつでのうちわだって? そう、おばあさんが拾ったのは、てんぐのうちわだったのです。
 しかも、このてんぐ、大けがをしていて、そのせいで天気がよくならかったようです。
 おばあさんは一生懸命にてんぐの看病をします。
 それで、ようやく傷の癒えたてんぐはお礼に「そばの実をみっつ」くれたのです。
 おじいさんとおばあさんのそのそばの実のおかげで厳しい冬を越すことができました。

 そういえば、山形はそばのおいしいところです。うんと昔、やさしいてんぐがくれた「そばの実」が育った名物かしらん。
 そういえば、神室山には天狗(てんぐ)森というところもあるそうです。

 絵は長谷川義史さんが担当。
 「強そうなやつ」は、長谷川さんの「得意分野」らしいですが、このてんぐは強いだけじゃなくやさしい。その点も長谷川さんならではの、いい絵です。
  
(2012/10/28 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した川本三郎さんの
  『いまむかし東京町歩き』は
  過去の文学作品や映画の場面で
  今は消えてしまった東京の町々を
  描いたエッセイですが、
  当然向田作品も引用されています。
  向田邦子さんほど
  昭和の東京にふさわしい作家はいないのでは
  ないでしょうか。
  言葉がいい。
  もう使われなくなった言葉とか
  風俗とか
  今向田作品でしか出会えない
  貴重なものがあります。
  今回は「向田邦子全集<新版>」の
  7巻め、エッセイ『無名仮名人名簿』です。
  職人さんという言葉が
  作家に合うのかどうか
  わかりませんが、
  まさに職人芸、しかも名工。

  じゃあ、読もう。

向田邦子全集〈7〉エッセイ3 無名仮名人名簿向田邦子全集〈7〉エッセイ3 無名仮名人名簿
(2009/10)
向田 邦子

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sai.wingpen  昭和を走り抜けた作家魂                   

 向田邦子の魅力は、昭和のそれなのかしらん。
 昭和といっても戦後の、昭和30年代や40年代であるが、それだ。そんなに遠くないのに、消えてしまったものがたくさんある時代。
 風景だけでなく、言葉も風俗も、そして人の気質も。
 向田はさすが文章を書くことを生業にしているから、言葉で巧みに描く。それは映像では出せない魅力だ。

 「向田邦子全集<新版>」の第7巻めの「エッセイ三」は、『無名仮名人名簿』。
 昭和54年から55年にかけて「週刊文春」に連載された人気エッセイである。ちょうど直木賞を受賞する直前で、文筆家としても油ののっている頃だ。
 だから、どの作品も面白い。
 「無名仮名」というように、このエッセイでは自身のこと、向田作品ではおなじみの頑固で融通のきかない父親のこと、家族のこと、向田の友人のこと、隣人もしくは仕事でのつながりをもった人、それに向田が愛してやまなかった猫のことなど、名はないが人として息づく、そんな人物のあれこれを描いている。
 名がないから、普遍な、昭和の人物像ともいえる、人々が、向田の達者な筆によって描かれている。
 きっと週刊誌連載の時から人気が高かったにちがいない。

 昭和を代表する作家はたくさんいる。それを戦後という枠に狭めてもたくさんいる。しかし、向田ほど短期間に書き、しかも昭和の匂いの濃い作家は珍しいだろう。
 そういう意味ではどんな大御所よりも向田の作家寿命は長いような気がする。
 昭和という時代が遠くなればなるほど記憶が薄れていく作家は多い。数多くあった著作もどんどん廃刊になっていく。
 その一方で、向田は昭和を生きた人がいるかぎり、いつまでも愛される作家だ。あるいは、あの時代を生きた人がいなくなっても、あの時代を感じられる作家として評価されるにちがいない。
 ブラウン管テレビに映る白黒画面の映像が何故か今新鮮なように、向田邦子の文章もまたいつまでも私たちの心をうって新鮮だ。
  
(2012/10/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  川本三郎さんの『いまむかし東京町歩き』という
  本を紹介します。
  書評にも書きましたが
  今東京の話を書かせたら
  川本三郎さんが一番ではないでしょうか。
  いい仕事をされている。
  今回学生時代に住んだ世田谷池尻の話を
  少し書きましたが、
  当時バス停の案内板を動かしたり
  渋谷の交差点の前で
  大声をはりあげて
  騒音を調べる音量計の数値をあげようとしたり
  けっこう色々していることを
  思い出します。
  今、バス停は固定されていますし
  渋谷には騒音計はないですよね。
  あるのかなぁ。
  本当にタイムマシンがあったら
  どんなにいいでしょう。

  じゃあ、読もう。

いまむかし東京町歩きいまむかし東京町歩き
(2012/08/24)
川本 三郎

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sai.wingpen  タイムマシンにのって                   

 学生時代に大阪からでてきて初めて住んだのが、世田谷・池尻にあった学生寮だった。いま池尻大橋と呼ばれているところだ。
 ほぼ40年ぶりにそこで働くことになった。当時住んだ学生寮も、よく通った食堂も居酒屋も今はない。
 すっかり街がかわってしまった。今は渋谷から地下鉄が走っているが、当時はバスだけだった。都電はもう走っていなかった。
 その寮を出て、次に住んだのが、西武新宿線の新井薬師だった。
 ここにも最近でかけたが、すっかり表情が変わっていて、昔住んだ下宿先を見つけるのもひと苦労した。
 「東京は世界でも類のない、変化が激しい都市だ。風景が次々と変わる」と、本書の「まえがき」で著者の川本三郎は書いているが、おそらく多くの人の実感としてあるだろう。
 私のように何十年かぶりに昔関係した街にもどってみると特によくわかる。
 昔がよかったというのではない。しかし、少なくとも消えてしまった風景のなかに、過ごした時間があったことはまちがいない。

 川本三郎は文芸評論家や映画評論家といったさまざまな顔をもっている。特に近年東京に関する著作も多い。だから、このエッセイ集では文学作品や映画作品がとらえた街を核にして語られている。
 たとえば、「葛飾区柴又」の項では、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズや夏目漱石の『彼岸過迄』(この作品に今でも続く老舗料理店「川甚」が出てくる)、北原白秋に島津保次郎監督の昭和9年の映画「隣りの八重ちゃん」が紹介されているといったように。
 特に映画の場合は映像として残っているので、昔の街を語る時には欠かせない。そういう点からいっても、今こういう仕事ができるのは川本三郎しかいないような気がする。

 取り上げられている街の表情は昭和30年代のものが多い。
 東京オリンピックという一大イベントを前に、東京という大都会は大きく変貌した証しだろう。また、その時代、映画という産業が活発であったことで多くの風景が記録されることになった。

 まるでタイムマシンのような一冊だ。
  
(2012/10/26 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  読書の秋には
  じっくり長編小説を読むか
  しっとり短編小説を読むか。
  どちらも捨てがたい。
  今日紹介する
  江國香織さんの『犬とハモニカ』は
  川端康成文学賞を受賞した表題作を収めた
  短編集ですが
  江國香織さんは実にうまい。
  この人の作品を読んだあとは
  いつも感心してしまいます。
  文章のきれ、人物描写、風景の表現、
  どれひとつとっても
  いうことはない。
  表紙の民野宏之さんの上品な装画も
  この小説の雰囲気を
  うまく伝えていて、
  いい本はどこをとっても
  いい。
  この秋のおすすめ。

  じゃあ、読もう。

犬とハモニカ犬とハモニカ
(2012/09/28)
江國 香織

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sai.wingpen  読書の秋に最高の短編を                   

 第38回川端康成文学賞受賞作。(2012年)
 この賞は日本で初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成の業績を長く後世に伝えるために設立されたもので、賞金などは川端のノーベル賞賞金を基に運営されている。
 対象となるのはその年でもっとも完成度の高い短編小説で、新潮社が後援している。
 過去の受賞作をみると、開高健の『玉、砕ける』や大江健三郎の『河馬に噛まれる』など新人やベテランに限らず受賞の対象となっている。短編の名手といわれた三浦哲郎は第17回『じねんじょ』、第22回『みのむし』と二回受賞している。

 江國香織のこの作品は、空港の国際線ロビーを舞台にしてそこで交差する人々の姿をまとめあげた好編だ。
 表の顔と裏の表情が自己と他者のそれぞれの視点で描かれている。
 もともと日本、中国、韓国の文芸プロジェクトの一環として(領土問題が起こる以前でよかったというべきか)、「旅」をテーマに書かれた作品。
 江國の作家としての巧さは定評があるが、この作品でもそのうまさがひかる。
 何もないような光景の裏で人間たちの心が織りなす綾。そこには人だけでなく、場所さえ何かを語っているような気さえする。
 社会人ボランティアとして日本にやってきた外国の青年。離婚を宣告された妻と娘を出迎える男。外国で暮らす娘の家から帰国した老婆。賑やかな大家族。別々の人生ながら、ここで彼らの視線が絡まり合う。そういう場所を描いたともいえる。

 人は何もない空間を生きるのではない。生きていく場所がある。
 多くは私的なところだが、空港ロビーのように公共と呼ばれる場所でも生きざるをえない。そこには常に他者がいる。見知らぬ他者であっても、そこにいる限り、自己に関わってくる要素は高い。
 混沌というほどでなくとも、渦のようなものがそこに起こる。
 江國はそれを描いたともいえる。

 本書にはそのほか5つの短編が収録されているが、五年越しとの恋人との別れを描いた『寝室』は、受賞作以上にいい。巧いというしかない作品だ。
  
(2012/10/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  書評のタイトルをどうつけるかは
  毎回悩みます。
  けれど、けっこう楽しい作業でもあります。
  今日紹介する
  『松下幸之助からの手紙』の書評には
  「がんばれ!家電メーカー」と
  大それたタイトルをつけましたが
  経済記事を読んでいると
  家電各社の厳しい状況が伝えられて
  大変だなぁと思います。
  かつて私が働いていた会社もそういう苦境に直面しましたから
  きっと今そこで働く人も
  大変だと思います。
  けれど、一人ひとりがしっかりした考えで
  この局面に向かって欲しいと
  思います。
  今こそ、松下幸之助さんのメッセージを
  深く自分のものにして下さい。

  じゃあ、読もう。

松下幸之助からの手紙―大切な人たちへ―松下幸之助からの手紙―大切な人たちへ―
(2012/09/08)
松下幸之助

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sai.wingpen  がんばれ! 家電メーカー                   

 昔の文人たちの、たとえば漱石や太宰といった、全集を読むと、必ずという程書簡集があります。彼らの時代の伝達手段として「手紙」がとても重要だったことのあらわれでしょう。
 現代ではなかなかそうはいかない。電話とかメールとかで用事を済ましてしまうことが多くなった。今の文人たちの全集が出る頃にはメール集なんて編まれるのでしょうか。

 本書は『松下幸之助からの手紙』となっていますが、残念ながら書簡集ではありません。
 「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助が八十歳を過ぎた頃、1970年代後半から80年代にかけて、幸之助の考えに賛同した人々に向けて、その折々に自分の思いや考えをその機関誌に発表したものを集めたものです。
 純粋な意味では「手紙」ではありませんが、ここに収められた幸之助からのメッセージを自分に送られたものとして読めば、「手紙」と呼んでも差し支えないでしょう。

 「手紙」をもらって一番うれしいのは、気持ちが落ち込んでいる時かもしれません。そういう時にもらった心温まる「手紙」ほどうれしいものはありません。
 今大手の家電メーカーほど、例えば松下幸之助がつくった会社もそうですが、落ち込んでいる産業はないかもしれません。希望退職、工場閉鎖といった記事が続々と続いています。
 かつて日本経済の屋台骨でもあったこれらの家電メーカーがこれほどに落ち込むとは考えられないことです。暗澹たる思いの人たちもたくさんいるでしょう。
 まさにそういう時、松下幸之助から届いた「手紙」がどれだけ勇気を与えることか、ぜひ多くの働く人たちに読んでもらいたいと思います。

 「政治はもとよりのこと、経済にしても社会情勢にしても、まさに混迷、大混乱とでも申しましょうか」と始まる「手紙」は、2012年のものではもちろんありません。1977年1月の「手紙」です。
 幸之助はそんな時代にあって、大事なことは「人間同士の信頼の絆をさらに深めあうこと」と書いています。
 ここが大切ですが、これは松下幸之助だからできたことではないはずです。
 現代の経営者も、あるいはこの時代に働く多くの人たちもできうることです。
 私たちは松下幸之助にはなれないかもしれないが、幸之助の思いを共有することはできるはずです。
 混迷、苦悩な時代だからこそ、そのことを忘れてはいけないのではないでしょうか。
  
(2012/10/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先月たまたまBS放送で
  シルビア・クリステルの「エマニエル夫人」を
  観たばかりだったから、
  彼女の訃報には驚きました。
  しかも60歳の若さですからね。

エマニエル夫人 無修正版 [DVD]エマニエル夫人 無修正版 [DVD]
(2001/02/23)
シルヴィア・クリステル、クリスチーヌ・ボワッソン 他

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  「エマニエル夫人」が公開されたのが
  1974年ですから、
  私が19歳。
  シルビア・クリステルさんはこの時、22歳ぐらいでしょうか。
  若かった。
  だから、あのような少年のようなかっこうができたのでしょうね。
  でも、あの映画、けっこう刺激的な場面もあって
  女性たちが大勢つめかけたというけど
  どう感じたのでしょうね。
  みんなで観れば、怖くないっていうことかな。
  今回紹介する「百年文庫」は
  「」というタイトルがついています。
  男女の関係を描いた3篇が収録されています。
  シルビア・クリステルさんは
  そういった男女の性愛を女性たちにも
  考えさせた女優として記憶されてもいい。
  まさに、

   さよならエマニエル夫人

  である。

  じゃあ、読もう。

肌 (百年文庫)肌 (百年文庫)
(2011/01)
丹羽 文雄、古山 高麗雄 他

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sai.wingpen  どうしてこんなことするの?                   

 10月17日、女優のシルビア・クリステルさんが亡くなった。というより、「エマニエル夫人」が亡くなったといった方がわかりやすいかもしれない。
 1974年に公開されたこの映画は日本でも大ヒットをしたから覚えている人は多いだろう。
 当時配給会社で宣伝を担当した原正人さんは新聞の取材にこう答えている。「観客は圧倒的に女性が多く映画館に入りきれなかった。当時は女性の意識の変革期で、時代の風とあっていた」。
 この映画の原作はエマニュエル・アルサン。性愛小説というジャンルにくくられる。
 小説のジャンルはさまざまあるが、官能小説が直接的に性描写を描くが、性愛小説はあくまでも文学として描かれ、直接的にそれが書かれることはない。
 「エマニエル夫人」が大ヒットした背景にはあたかもファッショナブルに性の世界を描いた点にあるし、シルビア・クリステルが女性というよりも中性的な雰囲気をもっていたからだろう。
 「百年文庫」の60巻めは、男女の不思議な性愛の姿を描いた三篇が収録されている。丹羽文雄の『交差点』、舟橋聖一の『ツンバ売りのお鈴』、古山高麗雄の『金色の鼻』である。

 三篇を性愛小説というには性の匂いがはなはだ乏しい。
 例えば、古山高麗雄の二十年一緒に暮らして別れることになった男女を描いた『金色の鼻』では、突然別れを切り出した妻の性格をあらわす文章に、「はじめて抱いたとき」「どうしてこんなことするの? どうして?」と妻がいったと描く程度だ。
 この夫婦は二十年一緒に暮らして、数えきれないくらい性行為をしながら、妻のこの性格は変わらない。妻とは実態があるようで、ない。

 その点、舟橋聖一の『ツンバ売りのお鈴』の主人公、旅館で女中をしている鈴音という女性はしたたかだ。
 著者らしい主人公のお金をくすね、それがばれると自分自身を売ろうとさえする。男女の機微というより、底辺に生きる人間のしたたかさが鋭い。

 丹羽文雄の『交差点』も貧しい下宿屋の隣の部屋に住む少女のような容姿の友子という娘との交流を描いた短編だ。
 主人公の川上は中年男性だが、落ちぶれ、この下宿に逗留している。仮住まいという心持である。ところが、いつしか友子と逢瀬をかさねるようになる。最後は彼女を捨ててしまう。

 三篇の女性たちは「エマニエル夫人」のようにはでやかではない。生活の匂いをはがせない、これは男女の物語だ。
  
(2012/10/23 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今回の「芥川賞を読む」は
  先日亡くなった丸谷才一さんの
  受賞作『年の残り』を紹介します。
  1968年、第51回の受賞作です。
  この時の選評を読むと
  すでに丸谷才一さんの評価が定まっていると
  見送られても仕方がなかった気配も
  あります。
  実際、先に候補にあがった時も
  そうやって見送られたようです。
  このあたりが受賞の機微というか
  丸谷才一さんにとってそれがどうかは
  わかりませんが、
  もしかしたら村上春樹さんのように
  芥川賞の七不思議になったかもしれません。
  今回の書評の中に引用した
  池澤夏樹さんの文章は
  10月16日の朝日新聞朝刊に掲載されていた
  追悼文からのものです。
  「ゴシップ通して」という
  池澤夏樹さんの見解に
  丸谷文学の骨格を感じました。

  じゃあ、読もう。

年の残り (文春文庫)年の残り (文春文庫)
(1975/01)
丸谷 才一

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sai.wingpen  ゴシップほど楽しいものはない                   

 第59回芥川賞受賞作。(1968年)
 10月13日にこの作品の著者である丸谷才一さんが亡くなって、新聞各紙はさまざまな記事を掲載していた。その中のひとつに、どの新聞であったかは忘れたが、今年のノーベル文学賞を有力視されていた村上春樹さんの才能を最初に認めたのが丸谷さんであったというものがあった。
 村上春樹さんが芥川賞を受賞していないのは有名だが、二度候補にあがっている。一度目はデビュー作の『風の歌を聴け』(1979年)。この時、丸谷さんは芥川賞の選考委員をしていて、この作品を「アメリカ小説の影響を受けながら自分の個性を示さうとしてゐます」と受賞作にと薦めたといいます。
 かつ、「作品の柄がわりあひ大きいやうに思ふ」と、村上春樹の長編作家としての資質を見破っていた気配がします。
 結局この回で村上さんは芥川賞を受賞しませんでしたが、丸谷さんの功績? として残ったわけです。

 丸谷さん自身、長編作家としての資質を持った作家でした。
 どちらかといえば、短編は得意でなかったのではないかしらと思います。
 受賞作となったこの作品でも、還暦を過ぎた病院医院長上原を中心に、大学時代の同窓の英文学教授や銀座の老舗菓子店店主たちの生活を描きながら、知的でかつゴシップ的な筋立ては、丸谷さんが終生変わらなかった組立ですが、英文学教授の妻の自殺や老舗菓子店店主の自殺といった側面はもっと広がりをもてただろうにと惜しまれます。
 長編をむりやりに短編仕立てにしたとみられても仕方がないかもしれません。

 この作品の選評で永井龍男委員は、「(老舗菓子店)主人の奇癖にいたっては、私などには鼻持ちならなかった」と書いていますが、奇癖というのは性行為のあとで女性器を水彩画で書き残すということを指しています。
 これなど、丸谷さんが得意としたゴシップで、池澤夏樹さんが丸谷文学を称して「ゴシップ通し市民描く」の一例だといえます。
 おそらく永井龍男にとって丸谷さんの文学的才能は相容れなかったのでしょう。
 池澤夏樹さんは丸谷さんの日本文学への最大の貢献は、「身勝手な自分語りではなく、一歩離れて人と人の仲を書いた」ことだとしています。
 芥川賞受賞作であるこの作品でもそれを感じることができるでしょう。
  
(2012/10/22 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した
  落合恵子さんの『自分を抱きしめてあげたい日に』には
  何冊かの絵本が紹介されています。
  その最初に書かれていたのが
  キャロル・オーティス・ハーストさんの
  『あたまにつまった石ころが』です。
  落合恵子さんの本を読んで
  読みたいなぁと思った絵本です。
  そして、読んでよかったなぁと思えた一冊です。
  この絵本では
  石が大好きな子どもが出てきます。
  子どもの頃に石に興味を持つというのは
  けっこうありますね。
  どこにでもある石、
  珍しい石、
  昆虫採集のように石を集める子どもたちだって
  たくさんいます。
  彼らにとってその石は
  ダイヤモンドにも匹敵するほど
  貴重なものなのにちがいありません。
  それが年を重ねると
  普通の石ころに変わってしまう。
  人間って、不思議ですよね。

  じゃあ、読もう。
  
あたまにつまった石ころがあたまにつまった石ころが
(2002/08)
キャロル・オーティス ハースト

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sai.wingpen  生きるとはこういうことでありたい                   

 この絵本の著者キャロル・オーティス・ハーストさんのお父さんは、アメリカにあるスプリングフィールド科学博物館の館長でした。
 そのお父さんのことを描いたのがこの絵本で、娘のキャロルは「父ほど幸福な人生を送った人を、わたしはほかに知りません」と書いています。
 娘から最大級の賛辞を受けた父親とはどんな人だったのでしょうか。

 彼は「あたまのなかに石ころがつまっている」と家族にも町の人にも友人たちにも馬鹿にされるほど、石ころが大好きな人でした。
 小さい頃から石集めに夢中になって、青年になってもその習慣はやみませんでした。
 世の中が不況になって職をなくしても、彼の頭の中は石ころでいっぱい。
 仕事がなくて雨が降っている日には、彼が後に働くことになる博物館にでかけていきました。そこにはたくさんの石が展示されていましたから、彼は一日いても飽きません。

 ある日、彼に声をかけた女性がいます。博物館の館長だったグレースです。
 彼女は彼の才能を見いだしていました。彼女は博物館に必要な人材は、あたまのなかに石ころがいっぱいつまっている人だということがわかっていました。だから、彼を博物館で雇い、「鉱物学部長」という肩書を与えます。
 彼女が退職したあと、この博物館の館長になったのが、「あたまのなかに石ころがつまった」彼だったのです。

 彼のような人が生きるには、あまりにも生きにくい世の中だと思います。
 彼のことを馬鹿にした人の気持ちの方はよくわかるといっていいでしょう。きっと誰もが「石ころじゃあ、金にならんぞ」と思うでしょう。
 でも、彼は誰になんといわれても平気でした。だって、彼のあたまのなかは石ころでいっぱいだったのですから。
 人は好きなことだけしているわけにはいきません。
 実話だといえ、彼のような事例はすごくまれでしょう。でも、すごくまれではあるが、本当にいるのです。
 彼のように極端ではなくてもいいが、頭の中がいっぱいになる何かを捨ててしまうのは惜しくありませんか。
この絵本はそのことを声高でなく教えてくれます。
 千葉茂樹さんの訳も読みやすい、いい訳です。
  
(2012/10/21 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  この季節、
  街角でふっと鼻をくすぐる芳香。
  きんもくせいの香り。
  まずは香り。
  それから、この香りはどこからと
  そのあたりをきょろきょろする。
  すると、きんもくせいの花が
  咲いている。

   金木犀ふりむく季節来てをりぬ  森川光郎

  そんな出会いと同じように
  人は言葉と出会うのでしょうか。

   …ことばって、何だと思う?
   けっしてことばにできない思いが、
   ここにあると指さすのが、ことばだ。…
      長田弘花を持って、会いにゆく

  今日紹介する
  落合恵子さんの『自分を抱きしめてあげたい日に』の
  冒頭で紹介されている言葉です。
  秋の日に素敵な言葉に出会うのも
  いいですよ。

  じゃあ、読もう。

自分を抱きしめてあげたい日に (集英社新書)自分を抱きしめてあげたい日に (集英社新書)
(2012/08/17)
落合 恵子

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sai.wingpen  信頼に足る言葉たち                   

 東京青山にある、子どもの本の専門店「クレヨンハウス」で教えられることが多い。
 各シーズンごとに足を運ぶようにしているが、そこでさまざまな絵本に出会える。楽しい絵本、悲しい絵本、好きな絵本作家の新刊、未知の絵本作家。
 そんな絵本の話をしながら、地下にあるオーガニックレストランで食事するゆったりとした時間の、なんと贅沢なことか。
 それらを主宰するのが、この本の著者落合恵子さん。
 この本の中でまだ読んでいない絵本にめぐりあえて、さっそく読もうと心に決めている。

 落合さんといえば、亡き母との二人三脚での闘病生活や女性への優しい視線、最近では反原発活動など行動派としても有名だ。
 そんな落合さんが日々の生活のなかでめぐりあった言葉の数々を紹介しているのが本書。
 「テーマそのものもむろん大事だが、その中のちょっとした表現が心の凝りをほぐしてくれる」と落合さんはいう。だから、「読書はやめられない」と。

 私たちは社会的な動物だから、けっしてひとりでは生きていけない。同時に、生まれてくるのも死んでいくのも一人きりだ。
 最近では「無縁社会」という言葉が流行るといったように、「孤立」「孤独」という社会のありようが問題になっている。しかし、落合さんはそんな社会にあって「信頼できるひとたちと、信頼に足る言葉たちと、あらゆる状況を越えて繋がっていこう」と考えている。
 「絆」というのは、あまりにも使われ過ぎた言葉ではあるが、おおもとはそういう繋がりをしめす言葉だった。

 信頼に足る言葉たち。それを見分けるのは私たちひとりひとりだ。
 でも、なかなかそれを見つけられないという人はいるだろう。そんな時、「信頼できるひと」が薦める、「信頼できるひと」はけっしてそれを無理強いはしない、たださしのべるだけ、言葉が参考になる。
 ちょうど、落合恵子さんがそのなかの一人であるように。
  
(2012/10/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  東海林さだおさんの新しい本、
  『さらば東京タワー』。
  おなじみ「オール讀物」に連載されていた
  「男の分別学」を
  まとめた一冊。
  表紙は、東京タワーのゆるキャラマスコット
  ノッポンくん。
  うーん。
  なんか微妙。
  あやしい。
  まだ実物は見たことはありませんが。
  そういえば、
  まだスカイツリーには行っていません。
  今のところ
  行く予定もありません。
  東京タワーももう何年も行っていません。
  今のところ
  行く予定もありません。
  ノッポンくんに会いたいかといえば
  今のところ
  会いたいことはありません。

  じゃあ、読もう。

さらば東京タワーさらば東京タワー
(2012/09/14)
東海林 さだお

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sai.wingpen  東海林さだおはお得                   

 東海林さだおはお得だ。
 月刊誌「オール讀物」に「男の分別学」として連載されて単行本となったこの本を読むと、そのお得感がよくわかる。
 まずは、東海林さんの本来の職業である漫画を楽しめること。しかも、ここに掲載されている一口漫画は文章との合わせ読みで一気に面白さが増す。
 例えば、天ぷらフルコース攻めに怒り心頭の東海林さんは天ぷら職人や仲居のおばさんの顔を「仮名ならぬ仮顔」で描いているのだが、はたして実名ならぬ実顔はどうであったのか。仮顔と書きつつ実は実顔ではないのかといった想像さえしたくなる、面白さ。

 漫画だけでも面白いが、本書にあってはそれは一つの要素でしかない。
 東海林さんお得意の食の話だけでなく、今や世の中に評判のお掃除ロボットの話や書家(というより哲学者?)相田みつをの書をめぐる話、さらには本書の表題にもなったスカイツリーに人気をさらわれた東京タワーの話といったように、これはお好み珍味の詰め合わせだ。
 フタをとって、中身は生もの、乾きもの、さらには珍菓などがはいっていたら、誰でも「お、得した」と思うでしょ。
 東海林さんの本は、その「お、得した」感。

 さらに、仏文学者鹿島茂さんやエッセイストの平松洋子さんとの対談まではいっていて、いったいどこまで詰めるつもりかと、他人事ながら、この原価はどうなっているのだ、と心配になってくる。
 もちろん、食する(エート、読書するということですが)方とすれば、お得であるに越したことはない。
できれば、アイドルグラビアでもあればいいのですが、それは東海林さんの描くボリューム満点の女性像漫画で我慢してもらう。

 東海林さんの文章は題材だけでなく、その鋭い視点にも感服することが多いが、この本の中でも相田みつをを評して「時代に先駆けたツイッター」って書いているが、これはもう脱帽するしかない。
 東海林さんはいつも見てますよ。
 その怖さも、お得なうちの一つかもしれません。
  
(2012/10/19 投稿)

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 「ホントノキズナ

 これは来週27日から始まる読書週間(~11月9日)の
 今年の標語です。

 ポスター

それを前に、朝日新聞が「読書」をテーマにしたアンケート結果が
 10月13日の朝日新聞朝刊に載っていたので
 今日は、その話を。

 みなさんは一年で何冊くらい本を読んでます?
 あ、ここでは漫画や雑誌以外ということで。
 アンケートによれば、
 一番多かったのが「1~5冊」で、38%。
 次が「6~9冊」で、17%。
 私は100冊以上読みますが、
 そういう人はわずか1%。
 奇人変人の類かな。
 まったく読まないという人は12%います。
 こちらの方が普通の人かも。

 好きな作家の1位は、ダントツで東野圭吾さん。
 次が司馬遼太郎さんというのが、朝日新聞らしい。
 ノーベル賞をとるかどうかで話題となった村上春樹さんは5位。
 昔の人でいえば
 夏目漱石も健闘の9位。
 これも朝日らしいといえば朝日らしい。

 今回のアンケートでは
 電子書籍についてのものもあって
 「読んでいる」人は5%。
 話題性はありますが
 まだまだ浸透していませんね。
 紙の本たち、ここは油断せずにがんばって。
 なにしろ、これから電子書籍を使ってみたいという若い人は
 4割近くいるそうですよ。
 では、10年後の読書の形はどうなっていると思いますか。
 約6割の人が「紙」媒体と答えています。
 でも、あっというまに普及するのが
 ITの世界。
 紙の本たち、くれぐれも油断めされぬな。

 最後に本の情報をどのようにして入手するかは
 「大型書店」が68%で一番。
 一方、私のようなブログの評判はごくわずか。
 いかん、いかん。
 もっと面白くしないとね。
 これからもよろしく。

 「ホントノキズナ」をめざして。

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プレゼント 書評こぼれ話

  デパートが好きという人は
  たくさんいます。
  スーパーではダメなの、という人も
  います。
  どちらがどうということではなくて
  まったく違う小売の形態と思えば
  いいのです。
  それでいえば、
  コンビニ大好き人間も
  たくさんいて、
  棲み分けというのでしょうか、
  利用内容によって
  わければいいのです。
  ところが、ついデパート側も弱腰になって
  スーパーみたいにしちゃう。
  これがいけない。
  デパートはデパート。
  デンと構えないと。
  今日紹介するのは
  作家の長野まゆみさんが書いた
  『あのころのデパート』。
  作家になる前は
  デパートで働いていたこともある
  長野まゆみさん。
  デパートへの愛が
  いっぱいの一冊です。

  じゃあ、読もう。

あのころのデパートあのころのデパート
(2012/08/22)
長野 まゆみ

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sai.wingpen  長野まゆみはデパートが大好き                   

 かつてデパートは夢の国だった。
 かつて、というのはいつの頃かといえば、昭和30年から40年のことで、この本のタイトルの「あのころ」というのもそのあたりのことをいう。
 本書の中にこんな表現がある。「昭和四十年代のデパートとは、おとなも子どもも、それなりのおしゃれをして出かけるところだった」。この気分がわかる世代も今ではもう50過ぎだろう。
 私もそうだった。大阪の郊外で生まれた私にとって、たまの日曜日に連れていってもらうデパートは、少しばかりのおしゃれをして、屋上遊園地のささやかな遊具で遊べて、大食堂でのごちそうに満足するところだった。
地方都市の随所にデパートが誕生したのもその頃だ。(そして、その多くが閉店もしくは青色吐息で営業している)

 この本には、もうひとつの「あのころ」がある。
 著者で作家の長野まゆみさんは80年代デパートにつとめていた。つまり、実際著者が経験したデパートの裏事情も描かれている。
 これも私事だが、著者がいた銀座のP百貨店の親会社だった大手スーパーDにつとめていたことがあって、もしかしたら著者とはどこかですれちがっていたかもしれない可能性もあり、それはそれでうれしかった。
 生活の場というのは単に住居だけでなく、働くものにとっては会社なりお店、あるいは関係するグループ会社も含めてあるもので、「同じ釜の飯」を食べた気分はなんともいい。
 よく、同時代とかいわれるが、それって平たくいえば、「同じ釜の飯」感だろう。

 かつて夢の国だったデパートは、甦ることができるのだろうか。
 著者は本書の最終章に「あのころにはもどれない」とつけているが、そのとおりだろうが、少なくとも街の顔としてのデパートは残りつづけてもらいたい。
 そこにいけば何か叶えられるような、そこにいけば何かに出会えるような、そんな場所。
 常に未知がある、そんなところ。
 この本には懐かしさがあるが、そればかりでなくこれからのデパートがどう進めばいいかの、著者なりの考察もある。
 つまり、長野まゆみはデパートが大好きなのだ。
  
(2012/10/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  秋の夜長はじっくりと読める
  作品を楽しみたいものです。
  うってつけの一冊を
  今日は紹介します。
  直木賞作家葉室麟さんの『千鳥舞う』という
  時代小説。
  ここで描かれているのは
  静かな恋の世界です。
  大人の作品といってもいいですね。
  こういう作品は
  読む時間を忘れてしまいます。
  気がつけば
  もう寝る時間。
  通勤途中で降りる駅では
  困るような本です。
  時々、電車を降りながら
  本を読んでいる人を見かけますが
  きっと面白くて
  とまんなくなったんでしょうね。
  でも、危ないからよしましょうね。

  じゃあ、読もう。

千鳥舞う千鳥舞う
(2012/07/12)
葉室 麟

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sai.wingpen  埋み火                   

 「埋(うず)み火」という、美しい日本語がある。
 辞書的にいえば、火鉢などの灰に埋めた炭火ということになるのだろうが、消えない思いを胸の奥にひそませる恋の言葉として使われることが多い。
 直木賞作家葉室麟の『千鳥舞う』は、そんな「埋み火」のような長編小説である。

 博多の女絵師里緒は、三年前江戸からやってきた狩野派の絵師杉岡外記とともに鳥を題材にした絵を描くうちに心惹かれていく。
 やがて妻ある外記と恋におち、師から破門を言い渡される。外記もまた江戸に戻され、苦悩の日々を過ごすことになる。
 そんな里緒のもとに博多の景勝を絵にして欲しいという注文がはいる。師からの許しもでた。ふたたび絵筆をとる里緒の心には、また彼女の元に戻ると云いおいて去った外記への思いが埋み火のようにある。
 この物語は里緒が「博多八景」を描こうとめぐり歩いた場所場所で出会ったさまざなな哀しみをつづっていく。
男と心中する遊女、若い頃に駆け落ちしたいとまで思った男の最後を看取る人妻、役者としての辛い生き方に耐える兄弟、若き頃の里緒に恋恋慕する男、そして帰らぬ外記を待ち続ける里緒。
 「誰もが。せつなさを胸に納め、懸命に自らの道を求めて歩んでいる」。
 そのひたむきさが胸をうつ。

 もちろん物語の中心には里緒の恋がある。
 ある時、彼女はふっとこう言葉をもらす。「忘れようとしても、忘れられないのが、ひとへの想いなのかもしれませんね」。
 そんな想いを多くの人が抱えているから、この物語が胸をうつのかもしれない。
 みのらなかった初恋。通りすぎた想い人。亡くなった母や父。去っていった友人たち。
 「埋み火」というほどの切なさはないにしても、忘れられない人への想いは誰にだってある。アルバムをひろげるように人の心のおもてに水の紋をたてていく、そんな想い。

 葉室の文章は激せず、静か。ゆるやかにたよやかに寄せ来る海のようだ。
  
(2012/10/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日の朝の驚きの余韻のまま。
  書評に書いたように、昨日の朝 訃報を知って
  毎日新聞を買いに行った。
  丸谷才一さんが作った「今週の本棚」も
  読みたかった。
  生みの親である丸谷才一さんの死を
  「今週の本棚」が見送った形になった。
  それにたまたま、次に読もうとしていたのが
  今日紹介する
  丸谷才一さんと池澤夏樹さん編による
  『愉快な本と立派な本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選』だったというのも
  因縁めくが、
  もっと楽しく読みなさいと
  丸谷才一さんに励まされているようだ。
  この本は、三巻立てになるようだ。
  丸谷才一さんは亡くなったが
  丸谷才一さんのたくさんの本が
  残った。
  じっくり、また読んでいく。
  そんな楽しみを残して、逝かれたのだ。

  じゃあ、読もう。  
  
愉快な本と立派な本  毎日新聞「今週の本棚」20年名作選(1992~1997)愉快な本と立派な本 毎日新聞「今週の本棚」20年名作選(1992~1997)
(2012/05/25)
丸谷 才一、池澤 夏樹 他

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sai.wingpen  追悼・丸谷才一さん - 書評は文明批評そのもの                   

 10月13日、丸谷才一さんが87歳で亡くなった。突然の訃報だった。
 次の日の日曜の朝、駅売りで毎日新聞の朝刊を買った。いつもは朝日新聞と日本経済新聞を読んでいるが、この日は毎日新聞を特別に買った。
 「日本の書評の質をよくするのが僕の晩年の仕事の大きな柱です」というのが丸谷才一さんの口癖だったそうだが、その丸谷さんが20年前に当時の毎日新聞編集局長であった斎藤明氏に請われて始まったのが、毎日の「今週の本棚」だった。(当時のやりとりは、この本の冒頭にある「三ページの書評欄の二十年」に詳しい。筆者はもちろん丸谷さん)
 丸谷才一さんは「朝日を追い越せ」という毎日側の期待によく応えて、実に読み応えのある書評欄をこしらえた。
 その毎日新聞は丸谷さんの死を一面のコラム「余禄」だけでなく、社説や社会面、はたまた本書をともに編んだ池澤夏樹氏の寄稿文と、丸谷さんに大きな花束のような記事で見送っている。

 丸谷さんは「書評はそれ自体、優れた読み物でなければならない」と言い続けてきた。
 そのためにも、一つ一つの書評を読み応えのある長さにした。また書評する人の名前を本の著者よりも大きくして、書評家の位置を高めた。それは書評名作選でもある本書でも踏襲されている。
 さらに、書評する側に自由に本を選んでもらった。そうすることで、書評に勢いが出た。本書の中でもそういうお気に入りの本を書評家たちが生き生きと書いているのがわかる。
 本書は「20年名作選」というだけあって、どの書評も読みごたえ十分だ。

 「在来の大新聞の書評欄はとかく暗くて陰惨な感じのものになりがちだつたから、あの雰囲気を排除するにはこの人の力を借りるしかない」と、やたらに暗くて深刻ぶった態度を生涯嫌った丸谷さんは、イラストレーターの和田誠氏を採用して、読書のイメージを変えようとした。
 もちろん、これも大いに成功した。
 和田誠氏といえば、丸谷さんの小説、随筆、批評集といった多くの本の装丁を担当している。
 そんな氏でありながら、丸谷さんの死についてのインタビューで、「愛読者としての楽しみが失われて、寂しいです」と短すぎるコメントを毎日に寄せている。
 その短さに深い悲しみが凝縮されているかのようだ。

 丸谷才一さんが読書人に残した功績はあまりに大きい。そのことを無駄にせず、本を読むことをこれからも愉しみたい。
 それが、丸谷さんの願いだったはずだ。
  
(2012/10/15 投稿)

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 日曜の朝、
 最初に飛び込んできた、悲しい報せ。

   <丸谷才一さん死去>深い教養とユーモア 「考える快楽」描く

 これは丸谷才一さんさんが終生力をいれた新聞書評を書き続けた
 毎日新聞の記事から。

   小説、評論、エッセー、翻訳と多彩なジャンルで縦横無尽に活躍した作家、
   丸谷才一さんが13日、死去した。

 さらに、記事は丸谷才一さんの新聞書評にふれ、

  「書評はそれ自体、優れた読み物でなければならない」との信念に基づいた紙面作りは
  「程度の高い案内者が、本の内容を要約して読者への道案内をする」という、
  新しい書評となって結実した。

 と、書いています。

 私にたくさんのことを教えてくれた、丸谷才一さん。
 言葉に言い尽くせない悲しみにあふれます。

 ご冥福をお祈りします。

 ありがとうございました。

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日はR18の作品を紹介しましたが
  今日はいつもの日曜日で
  絵本の紹介です。
  私の頭はどうなっているのか
  このブログをお読みの人も
  不思議に思うでしょうが
  それだけ本の世界が広いということで
  ご勘弁をいただきたく。
  今日は
  イギリスのクエンティン・ブレイクさんが書いた
  『マグノリアおじさん』を
  紹介します。
  訳は谷川俊太郎さん。
  今日の書評は
  少し遊びをいれてみました。
  そんなふうに遊びたくなる、
  楽しい絵本です。

  じゃあ、読もう。

マグノリアおじさん (クエンティン・ブレイクの絵本)マグノリアおじさん (クエンティン・ブレイクの絵本)
(2012/02/16)
クエンティン・ブレイク

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sai.wingpen  お大事に。                   

 この絵本は、次のような人に効用・効果があります。
 気分がすっきり晴れない人。好きな人がこちらを向いてくれなくて落ち込んでいる人。親がちっともわかってくれない人。子どもがいうことをきいてくれない人。学校でいじめにあっている人。学校でいじめをしている人。とにかくむしゃくしゃしている人。
 そして、くつをかたっぽなくした人。この絵本に登場するマグノリアおじさんのように。

 用法。
 成人(15歳以上)はできれば何度も。お子様もできれば何度も、読んでみてください。
 なるべく雨の日はさけてください。
 なぜって?
 マグノリアおじさんのように、水たまりを飛びはねたくなるから。

 この絵本は、次の注意を守って読んでください。
 まずは、声を出して読んでください。
 谷川俊太郎さんはこれまでにもたくさんの海外の絵本を訳してきた、美しい日本語の使い手です。美しさだけでなく、言葉のリズムを大切にする人です。
 この言葉は、黙読、だまって読むこと、では楽しくないし、魅力半減です。
 できれば、谷川さんの詩集とあわせて服用すると、もっと効果があります。
 
 ふたつめは、服用後、できるだけ早く寝てください。
 もしかすると、夢の中で軽快にはねるマグノリアおじさんに会えるかもしれません。もちろん、素敵な色がついた夢にまちがいありません。
 みっつめは、服用に関しては、裏表紙折り返しの作者・クエンティン・ブレイクさんの紹介文をよく読んでください。
 なにしろ、ブレイクさんは児童文学の国イギリスを代表する児童文学作家なのですから。

 さいごに。この絵本はすぐ手のとどくところに保管してください。
 だって、おちこむことってよくありますよね。そんなとき、すぐマグノリアおじさんに会うには、りっぱな本棚に保管しても仕方ありませんもの。

 では、お大事に。
  
(2012/10/14 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日はおとなのブログです。
  R18かな。
  なにしろ、今日紹介するのは
  第2回団鬼六賞受賞作ですから
  官能小説です。
  うかみ綾乃さんの『蝮の舌』。
  蝮はまむしって読みます。
  蛇のまむし。
  ふと思ったのですが
  蛇って虫へんなんですね。
  あれは
  虫に見えませんが。
  フロイト的には
  男性の持ち物ってことに
  なるのかな。
  蚯蚓。
  これは、みみずって読みます。
  やっぱり蝮の方が
  凄そうですね。

  じゃあ、読もう。

蝮の舌 (小学館クリエイティブ単行本)蝮の舌 (小学館クリエイティブ単行本)
(2012/07/24)
うかみ 綾乃

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sai.wingpen  あぁ、あぁ、あ、あ、ああー                   

 第2回団鬼六賞受賞作。(2012年)
 世の中にはどのくらいの数の文学賞があるのだろうか。伝統ある芥川(龍之介)賞や直木(三十五)賞のように、著名な文学者の名前を冠にした文学賞は多い。その中の一つとして、この団鬼六賞も数えていいのだろうが、団鬼六という作家が生前描いてきたのがSMであったり官能ばかりであったことを思えば、かなりマイナーな賞だと思う。
 けれど、官能小説という文学ジャンルがあるかぎり、そこに生きた団鬼六という作家はこれからも読まれるべき作家だし、、その名前がこういう賞という形で残ることはいいことだ。
 ぜひ、賞は継続してもらいたい。

 今回の受賞作『蝮の舌』を書いた、うかみ綾乃は若い女性作家である。
 作品は自身が生田流箏曲師匠でもあるうかみが、地方都市の伝統の祭の箏演奏にまつわる打算や欲望、嫉妬などを若く美しい姉妹を主人公にして描いたものだ。若く、しかも女性であるうかみであるが、その官能描写は激しく、とどまるところはない。
 官能小説であるから、官能場面の描き方はとても重要だ。しかも、団鬼六という冠を抱く賞を受賞するくらいだから、生半可なものであるはずもない。この作品はその点は満足する。
 団鬼六の官能小説がただその場面を描くのではなく、女性の羞恥をたくみに描いて、興奮度を高めていたように、この作品でも、姉と妹というそれぞれの個性をうまく書き分け、特に姉には着物という衣装を身にまとわせることで、羞恥をあおって、団が得意とした作風に近い。

 うかみは官能小説の魅力をあるインタビューで官能小説評論家の永田守弘の言葉を引用し、「官能小説ってやることはひとつなのに、そこまでどう持っていくか、官能シーンをどう表現するか、その言葉の豊饒さが素晴らしい」と語っている。
 確かに、うかみがこの作品に描いた女性たちの吐息もさまざまだ。
 ささいな言葉の使い方で女性たちの内面まで描く技術は、深刻な文学賞よりも上かもしれない。
  
(2012/10/13 投稿)

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  まずは、残念なニュースから。
  ノーベル文学賞は今年も村上春樹さんの受賞は
  叶いませんでした。
  きっと村上春樹さんならこういうでしょうけど。

   やれやれ。

  さて、今回の「芥川賞を読む」は
  芥川賞史上、もっとも衝撃的な作品、
  石原慎太郎さんの『太陽の季節』を
  紹介します。
  この作品を読むのは
  たぶん、40年ぶりぐらいでしょうか。
  高校時代に読んだことがあります。
  このあと、
  しばらく石原慎太郎さんの作品を
  続けざまに読みました。
  40年ぶりの『太陽の季節』は
  どうだったかというと
  それはそれなりに面白かった。
  この小説を風俗とか通俗小説とか
  当時云った人がいますが、
  今では特に通俗という感じはしません。
  むしろ、
  現在東京都都知事の石原慎太郎さんの方が
  通俗的な感じがしないでも
  ありません。
  とにかくも
  芥川賞はこの作品を抜きにして
  語れません。

  じゃあ、読もう。

太陽の季節 (新潮文庫)太陽の季節 (新潮文庫)
(2010/12)
石原 慎太郎

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sai.wingpen  これは事件でした!                   

 第34回芥川賞受賞作。(1955年)
 いうまでもなく、現在(2012年)の東京都都知事である石原慎太郎の記念すべき作品で、この作品がなければ今の都政も存在しなかったかもしれないし、石原裕次郎というスターも誕生しなかったかもしれない。
 あるいは、芥川賞自体が今でも社会的な出来事として取り上げられるのは、この作品があったおかげである。
それほどに、当時(昭和30年)の日本にとって、この作品がもたらしたものは大きい。
 戦後という、あるいは昭和という歴史を論じる場合であっても、この作品、あるいはこの作品があらわにした風俗を避けてはとおれない。

 受賞時の選評を読むと、石川達三委員が「危険を感じながら」推薦し、舟橋聖一委員は「ハッタリや嫌味があっても、非常に明るくはっきりしている」と絶賛する一方、佐藤春夫委員は「風俗小説」と断じ、「この当選に連帯責任は負わない」とまで言い切っている。もう一人の反対者宇野浩二委員も「一種の下らぬ通俗小説」としている。

 では、この作品が「風俗小説」あるいは「通俗小説」であったかといえば、昭和30年という時代背景を考えると、ここに書かれた青年たちの行動は先鋭な階級たちのめぐまれたものといえる。
 大学に通い、ヨットを持ち、毎夜ナイトバーに出入りする若者。当時、どれだけの人がそういう世界を共有していただろうか。
 多くの庶民はまだまだ貧しい生活を強いられていた。中学を出て働く若者はたくさんいた。
 だとすれば、当時この作品が読まれたのは、まだ見ぬ世界をのぞかせてくれる映画的な世界の延長としてあっただろうし、階級を越えて充足されない青春期の苛立ちの共有としてあったのだと推測される。

 この作品の発表から60年近い年月が経ち、現代の若者たちがこの作品をつまらないと評するのは短絡的すぎる。この作品が発表された当時の社会のありかたを想像さえできれば、それを取り除けばあまりにも純粋な青春小説として読むことは可能だ。
 作者である石原慎太郎は2012年芥川賞の選考委員を「刺激がない」と辞任したが、石原の受賞作が「刺激があった」とすれば障子を突き破った陰茎ぐらいかもしれない。それほどに、この作品の根底にあるのは、常に変わらぬ青春期の彷徨だといえる。
  
(2012/10/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から
  今日で1年7ケ月。
  復興はどのくらい進んでいるのでしょうか。
  一方で、原発事故によって
  生まれ故郷をでるしかなかった人々は
  今でも避難生活を余儀なくされています。
  「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」は
  室生犀星の詩の一節ですが
  今回被害にあった福島の人たちにとって
  あまりにも切なすぎる響きかもしれません。
  今日は松本猛さんと松本春野さん親子による
  『ふくしまからきた子』という絵本を
  紹介します。
  こういう絵本を通じて
  家族で原発のこと、放射能のこと、
  福島のこと、広島のことを
  話し合うのもいいと思います。
  子どもたちが
  自分のふるさとは福島だと
  胸をはっていえることを
  願っています。

  じゃあ、読もう。

ふくしまからきた子 (えほんのぼうけん)ふくしまからきた子 (えほんのぼうけん)
(2012/03/08)
松本 猛、松本春野 他

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sai.wingpen  七代先の子どもたちへ                   

 自分の先祖を順番に並べたら、たかだか5人ぐらい前で江戸時代あたりの先祖になるのだろうか。
 私の前が父母で、その前には祖父祖母、その前が曾祖父母。このあたりになるとすでにどんな人だかわからない。
 人類の歴史などと大仰にいっても、その程度なのだ。
 本書の作者で、画家いさわきちひろの子どもである松本猛さんがこの絵本の終わりに、「七代先のことを考えて判断しなさい」というアメリカ先住民の言葉を紹介しているが、七代先とは言葉でいえば簡単だが、実は途方もないくらいの年数ということだ。

 ヒロシマやナガサキの原爆からでもせいぜい三世代前といえる。
 たったそれだけの年数なのに、この国は原子力発電を容認し、拡大していったわけである。そして、東日本大震災による東京電力福島原発での事故。
 それは、「まさか」であったのか、「やっぱり」であったのか。
 高度成長期のこの国は豊かさを国民にもたらしたが、その一方で「七代先のことを考える」ことはしなかったのだ。

 松本猛とその娘である松本春野の共作となったこの絵本は、原発事故によって福島から広島に避難してきた一人の少女と同級生となったサッカー好きの少年の物語だ。
 ひとり仲間にはいらない「ふくしまからきた子」、まや。
 彼女のことが気になるだいじゅ少年は家で彼女の事情をきいてみる。
 放射能、原爆、避難。ヒロシマとフクシマ。
 その夜、少年は母の背にしがみついて泣くまやの姿を見る。

 子どもたちに罪はない。
 「七代先のことを考え」なかった大人たちの責任だそのことをきちんと伝えていくことが、今の私たちの大きな課題といっていい。
 物語であれ、ノンフィクションであれ、本書のような絵本であれ、子どもたちに、「七代先」の子孫たちに、伝えていくことがどんな大事なことか。

 そういえば、この絵本で絵を担当した松本春野はいわさきちひろから二代めにあたる。祖母ちひろの柔らかなやさしさを受け継いでいるようなタッチの絵が、いい。
  
(2012/10/11 投稿)

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  いい小説を読むと
  仕合せになる。
  西川美和さんの『その日東京駅五時二十五分発』は
  久しぶりに静かな感動、
  というより仕合せを味わった作品です。
  作品もいいし、「あとがき」もいい。
  書評にも書きましたが、
  この作品には東日本大震災のことなど
  少しも書かれていないのですが
  どこか底流であの日と同じ気持ちが
  流れているように感じます。
  西川美和さんといえば
  映画監督としても有名ですね。
  現在、松たか子さん主演の「夢売るふたり」は
  西川美和さんの最新作。
  古い言葉かもしれませんが
  才媛ですね。
  話を戻すと、
  この作品は本当にいい。
  今のところ、私の今年一番の作品です。

  じゃあ、読もう。

その日東京駅五時二十五分発その日東京駅五時二十五分発
(2012/07/31)
西川 美和

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sai.wingpen  悲しみの炎がちろちろと燃えている                   

 「戦争を知らない子供たち」世代、特に1974年の生まれともなれば、そう呼ばれた歌の存在よりもあとの世代である西川美和にとって、先に日本が経験した戦争を描くことは、戦争という歴史上の事実以上に、抽象的な背景なのかもしれない。
 それは集団の中の個人を描くもの、パニックの中の行動を描くもの、使命と個人の生き方の関連を描くもの、といった文学テーマをして、たとえ「戦争を知らない子供たち」であっても描きつづけるべきものといっていい。

 西川美和は映画監督としてすでに有名である。 
 2009年に発表した「ディア・ドクター」はその年のキネマ旬報ベストワンに輝くなど、評価は高い。作家としても、直木賞候補として名を連ねるなど、マルチ的に活動する女性だ。
 8月15日の終戦の日、故郷の広島に帰ろうとする一人の若き兵士を主人公に、東京からの広島までの列車の時間とこの日にいたるまでの日本の青年としての心の姿を描いたこの作品は、西川自身の伯父の体験がもとになっている。
 西川は「一発の銃弾も放たず、辛く厳しい軍隊生活もそう長くは強いられず、劇的なことは何も起こらないままに帰ってきてしまった」この伯父の話を聞いた時、「ふわふわとしたファンタジーのように」感じたという。
 一見不謹慎のような言葉であるが、1974年生まれの西川の正直な感想だろう。
 しかし、この物語には「ふわふわとしたファンタジーのよう」なものは感じられない。
 戦争が終わったことを知っている主人公とそのことをまだ知らない列車の乗客とは不思議な緊張の糸でからめられている。また、主人公には今という時間につながる兵士としての記憶は生々しい。
 すっきりとした文章は清潔であり、淡々としている。その奥に、悲しみの炎がちろちろと燃えている。

 この本の「あとがき」の中で、この小説の執筆と東日本大震災とが重なったことが、そしてあの大きな悲しみがなければ、「全く別のものに仕上がっていた」だろうと、西川は書いています。
 震災の悲劇と対峙して小説を書いている自分。
 その大きな世界の隔たりを、西川はこの作品に描いたといえます。
 深読みすれば、東日本大震災が起こった2011年3月11日を描いた、もっとも真摯な作品といってもいいでしょう。
  
(2012/10/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  やりました!
  京都大学の山中伸弥教授が
  今年のノーベル医学生理学賞
  受賞しました。
  おめでとうございます。
  山中先生はまだ50歳。
  今日紹介する川北義則さんの
  『55歳から始める最高の人生』は
  まだまだ必要ないでしょうが、
  私は57歳ですから
  もう2年遅れています。
  この本の副題が
  「定年後の20年間を“悔いなく過ごす"」で、
  そのための事前準備期間として
  5年くらいは必要だということでしょうね。
  私自身は少し遅れたけれど
  まだ十分に間に合うかな。
  若い頃は
  57歳といえばもうりっぱなおじ(い)さんだと
  思っていたものですが、
  いざ自分がその年になってみると
  まだまだ若いと思っているところがあります。
  いやはや。
  けれど、まちがいなく
  体力は衰えているはずで、
  気分とのギャップに驚くことも
  あります。
  少なくとも、
  素敵なシニアになりたいものです。
  ところで、村上春樹さんは
  ノーベル文学賞を受賞するのかな。
  期待で今週は楽しみです。

  じゃあ、読もう。

55歳から始める最高の人生: 定年後の20年間を“悔いなく過ごす55歳から始める最高の人生: 定年後の20年間を“悔いなく過ごす
(2012/05/09)
川北 義則

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sai.wingpen  55歳からの「ありがとう」                   

 先日みかけた出来事である。
 たくさんの商業施設がはいっているビルのエレベーターに駆け込んできた六十過ぎの男性がいた。入り口付近にいた青年が扉の「開」を押して待ってあげて、男性は乗ることができた。その時、男性は「ありがとう」と口にした。
 光景としては悪くはないが、少し違和感が残った。
 人生の折り返し点を通過した50代の男性のこれからの生き方を書いたこの本の中にも「(「ありがとう」という)言葉が自然にいえないと、年を取ってからの日常生活に差し支えるかもしれない」と書かれている。私が見た男性はきちんと「ありがとう」と言ったのだから、問題がないようにも見える。
 だが、この場面では「ありがとう」ではなく、「ありがとうございます」ではないか。
 男性は扉を開けてくれた青年の上司ではない。まったく他人だ。その他人に向かって、「ありがとう」はないのではないか。
 この男性がどのような経歴の持ち主であるかはわからないが、会社人生が長く、引退前にはそこそこの地位にいた人かもしれない。その時の、上からの目線が言葉になって出てきたのだろうか。
 55歳からの「ありがとう」は、「ありがとうございます」の方が美しい。

 「人生八十年時代、退職後は二十年もあるのだ」。
 二十年といえば、誕生してから成人にいたるまでの長い期間だ。まさに会社を辞めてからの人生は、もうひとつの人生を生きるということだ。
 自分もそういう年になってくると、どう生きべきかを考えてしまう。私たちの人生は常に未知との出会いだ。手探りで進むしかない。
 ただ一つ、本を読むことで先人たちの叡智を知ることができる。手探りではなく、それは懐中電灯にもなったり地図にもなったりする。
 人生の後半の生き方はそれ以外にも今まで歩んできた生き方がある。それはそれでしっかりとした杖にはなるだろう。

 しかし、今までの生き方を継続していれば、「ありがとうございます」というべきところを「ありがとう」みたいになってしまう。
 新しい生き方には「ありがとうございます」が似合う。
 この本の根本にはそういうことが書かれている。
  
(2012/10/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話
  
  今日は体育の日
  お休みの人も多いでしょうね。
  体育の日って10月10日じゃなかったの?
  なんて、ぼやいてる? 人もまだいるのでしょうね。
  私がその一人。
  東京オリンピックの開催日だったはず。
  三連休はうれしいけど、
  やっぱり体育の日は10月10日がいい。
  今日は祝日にぴったりの絵本、
  長田弘さん文、荒井良二さん絵の
  『空の絵本』を紹介します。
  書評の中にも書きましたが、
  荒井良二さんは
  先週から始まったNHKの朝の連続ドラマ「純と愛」の
  オープニングタイトル画を担当しています。
  最初見たとき、
  うれしくなってしまいました。
  ドラマもなんだか面白そうだし、
  今後が楽しみですね。

  じゃあ、読もう。

空の絵本 (講談社の創作絵本)空の絵本 (講談社の創作絵本)
(2011/10/12)
長田 弘、荒井 良二 他

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sai.wingpen  朝、空をみあげると                   

 第87作目となるNHK朝の連続ドラマ「純と愛」のオープニングタイトル画を担当しているのが、絵本作家の荒井良二さん。
 あの番組で初めて荒井さんの絵に触れた方は、なんだ子どもの絵みたいじゃないか、と思われているかもしれませんが、数多くの賞も受賞している人気絵本作家です。
 「純と愛」、約(つづ)めれば「純愛」となんとも恥ずかしくなるような題名をわざわざつけて、はてさて主人公の女の子純と不思議な青年愛はこれからどうなるのかというドラマですが、それでももしかすると荒井さんの絵のように、ほんわかする魔法の国の物語になるのか楽しみにもしています。
 絵の力。
 あの番組で荒井さんの絵に興味をもった人が荒井さんの絵本を開いてみたらいいのになあ。

 この絵本では荒井さんは、絵の担当。文は詩人の長田弘さん。
 朝ドラのオープニングタイトル画とは少し感じが違うのでとまどう人もいるかもしれませんが、この絵をみると、荒井さんの絵の実力がわかるはず。
 けっして子どもの絵ではない。
 緑深い森の空もようがあやしくなってきて、雨がつよくなる。「だんだん 青いいろが 灰いろになり だんだん みどりいろが 灰いろになり」、いつしか風も強まってきます。雷も落ちてきます。森の小さな花たちにも雨はうちつけます。
 やがて、雨は遠ざかって、空に明るさが戻ってきます。空気全体が綺麗に澄みきって、草花の上には「水晶みたい」なしずくがこぼれます。
 日が沈みます。そして、夜になります。空にはたくさんの星がきらめいています。
 荒井さんの絵をよくみると、その星々はカメだったり電話だったり、さまざまな形をしています。

 長田さんの詩のような文だけを読むのも、荒井さんの力のはいった絵だけを見ていくのもいいですが、当然ふたつの才能を一緒に楽しむのが一番いい。
 朝、この絵本の表紙に描かれた空をみていると。「おーい」と呼びかけたくなります。
  
(2012/10/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日村田喜代子さんの
  芥川賞受賞作『鍋の中』を
  紹介しましたが、
  今日はその村田喜代子さんが
  初めて書いた絵本『もりへぞろぞろ』を
  紹介します。
  『鍋の中』から25年。
  村田喜代子さんの世界が
  絵本となって
  子どもたちにも広がります。
  この絵本で興味を持った子どもたちには
  ぜひ『鍋の中』も
  読んでもらいたいと思います。
  あの作品は
  中学生であれば読めるでしょう。
  そのように文学の世界に
  ふれていくというのも
  大切なことだと思います。

  じゃあ、読もう。

もりへぞろぞろもりへぞろぞろ
(2012/06/02)
村田 喜代子

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sai.wingpen  森の力                   

 『鍋の中』で第97回芥川賞を受賞した村田喜代子さんが初めて手掛けた絵本です。
 最近の絵本事情をみると、宮部みゆきさんや沢木耕太郎さんといった一流の作家たちが絵本の執筆をするケースが多くなっています。
 文章の巧さを求められているのか、意外性が請われているのか、それだけ書き手の幅が広がるのはいいことだと思います。
 一読者としてはそんな作家たちが、基本的に子どもが読者層である絵本の世界で、子どもに媚びることなく、どこまで作家たちの作品系譜にはまり込んでいるのかを楽しんでいるといっていいでしょう。

 山の中で一頭のいのししが病気になってしまいました。きつねやあなぐまやうさぎといった、たくさんの山の仲間たちが心配になって集まります。
 山のずっと奥に病気の治る森があるそうです。
 そこで動物たちは、病気の仲間たちを連れて、その森に行くことを決めます。みんなで「もりへぞろぞろ」です。
 でも、その森は暗くて、なんだか怪しい雰囲気が漂っています。動物たちはぶるぶる震えながらも、奥へ奥へとはいっていきます。
 森の奥にはいのちの水が流れています。病気のいのししも夢中になって飲みます。さらには周りの木からは気持ちのいい風まで吹いてきました。
 この森は昔からずっと、このようにしていのちを守りつづけてきたのです。

 素朴だけれど忘れてはいけない伝承話を私たちはどこかに置き忘れてきたのかもしれません。
 文明だ、開発だ、と声高に叫んで、森が、そしてこの星がもっている力を忘れてしまっています。村田さんは、そんな物語を描きたかったのではないでしょうか。

 近藤薫美子さんの緻密な絵が物語によくあっています。ところどころに遊びもあって、かまきりのつぶやきなどを見つけるのも面白いですよ。
  
(2012/10/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日直木賞の作品を紹介したので
  今日は芥川賞の作品を紹介しましょう。
  第97回芥川賞受賞作の
  村田喜代子さんの『鍋の中』。
  村田喜代子さんは
  今でも話題作を発表している
  作家です。
  地味だけど
  その足取りは確かです。
  村田喜代子さんがこの作品で
  芥川賞を受賞したのが
  1987年ですから、
  もう25年になります。
  今回久しぶりに読み返したですが
  すっかり忘れていましたが
  とってもいい作品でした。
  けっして作品としても
  古びていません。

  じゃあ、読もう。  

鍋の中 (文春文庫)鍋の中 (文春文庫)
(1990/08)
村田 喜代子

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sai.wingpen  私たちは鍋の中で生きている                   

 第97回芥川賞受賞作。(1987年)
 静かだが、胸に沁みる作品。
 ひと夏、80歳のおばあさんの住む田舎に四人の孫が同居することになる。19歳の縦男と17歳のみな子、そして同い歳のたみ子と中学生の信次郎の姉弟。四人はいとこ同士だ。
 おばあさんのところにハワイに住む弟の病気が伝えられ、四人の親はハワイに出かけることになった。子どもたちがおばあさんのところに預けられたのだ。ところが、おばあさんはその弟のことを知らないという。13人いたおばあさんの兄弟たちの12人までは名前は覚えているのだが、この弟の名前だけは出てこない。
 さらに、おばあさんは精神に異常をきたして座敷牢においやられた弟や駆け落ちをした兄弟の話をし、子どもたちを不安にさせる。それが真実かどうかも疑わしい。
 まるでおばあさんの頭の中は「鍋の中」のようにいろいろなものでごった煮になっている。
 おばあさんが語る一族の話は、すでにフォークロア(伝承)なのかもしれない。

 四人の子どもたちのそれぞれの性格がうまく描かれている。特に主人公であるたみ子の、しっかりはしているが、この年頃の不安感やいじわるなど、女性作家ならではの造形だ。
 手の甲の皮をつまんでできる富士山の形。たみ子はおばあさんの背中に大きな富士山の姿を想像する。若々しい女性と年を重ねた女性。水をはじく肌と水にもぐってしまう肌。
 見事な対比である。

 当時の選考委員のひとり吉行淳之介は「予想を上まわる力を見せた」と絶賛し、「登場してくる人物も風物も、そして細部もすべていきいきしている」と評している。
 同じく日野啓三委員は「話の運びの計算されたしなやかさ、文章のとぼけたようなユーモア」に感心している。
 ところで、この作品は黒澤明監督の「八月の狂詩曲」の原作でもあるが、あまりにも大きく改変されているため、この原作の良さは映像化されていない。そういう意味では、この作品は映像ではなく言葉で満足する文学作品だといえる。
  
(2012/10/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  石田衣良さんの直木賞受賞作4TEEN』を
  蔵出し書評で紹介します。
  石田衣良さんといえば
  今やTVとかでそのお顔を
  拝見することも多く、
  たくさんの女性ファンがいる作家の一人です。
  その一方で、
  官能的な作品も書かれています。
  清潔感や真面目一方よりも
  石田衣良さんぐらいの
  くだけかたがもてる秘訣なのかもしれませんね。
  あやからないと。
  この『4TEEN』という作品は
  書評にも書いているように
  いい作品です。
  子どもたちのことを
  わかるためにも
  こういう作品を詠んでおきたいですよね。

  じゃあ、読もう。
  

4TEEN (新潮文庫)4TEEN (新潮文庫)
(2005/11/26)
石田 衣良

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sai.wingpen  たまねぎの皮をむけば                   

 第129回直木賞受賞作品。
 ほとんどの選考委員が絶賛した作品である。選考委員の井上ひさしが「活字がさわやかな風となって吹き込んでくるかのようだ」と選評に書けば、同委員の田辺聖子は「この作品のように、ページを繰るたび、新鮮な<愉しみ>がピチピチ跳ねているというのは、珍重に値する」と手放しの褒めようである。
 四人の十四歳の中学生を主人公にした八つの物語を読み終われば、ほとんどの選考委員と同じように、彼らの生き方に素直に感動している自身がいるだろう。
 私も、そうだったように。

 平岩弓枝は「作者の計算の上に違いない」とことわりながら「作品の舞台を月島界隈にとったのも成功している」と評した。
 平岩が「はからずも、現代の東京の縮図のようなもの」と書いたように、この物語の舞台は、都会の代名詞でもある銀座に数分でたどりつける月島という街だ。
 超高層超高級マンション群と中規模の中級マンション、そして昔ながらの木造長屋と「街の様子はきれいに三つに分かれ」ている。それは貧富の象徴でもあり、過去現在未来といった時代の姿でもある。そこはあまりにも記号化された街でもある。
 舞台が記号化されるように、実はこの物語の主人公たちも、十四歳という年令で記号化された少年たちでもあるのだ。

 携帯。コンビニ。マウンテンバイク。援助交際。拒食症。今風の風俗をまとうことで、あたかも少年たちは「今どきの中学生」として描写されている。
 しかしながら、井上ひさしが選評で書いているように「風俗の泡の中に呑み込まれているかの見える少年たちが、じつは真っ当な、古典的ともいえる友情にもとづいて行動している」昔ながらの少年でもある。
 そして、そのことで大人である選考委員は安堵しているとも思えなくもない。

 昔こんななぞなぞをして遊んだことがある。
 「たまねぎの皮をむいたら、出てくるのは何?」
 なぞなぞだから、生物的な回答がでるはずもなく、答えは「涙」だった。
 このなぞなぞのように、四人の十四歳の少年たちから風俗という皮をむけば、涙がでるような懐かしい青春群像が現れるかもしれない。
 しかし、現実の十四歳の少年たちは、どんなに皮をむいたとしても常に十四歳という姿で顔を出すにちがいない。皮をむかれるたびに、痛みで泣き出す子もいるだろう。
 むけども、むけども、十四歳の少年のままだ。
 懐かしさは大人たちの感傷だ。そのことをこの連作集は表現できただろうか。
 さわやかさという言葉で表現できない地点に、現実の少年少女がいるように思えてならない。
  
(2003/09/10 投稿)

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 先日このブログで
 スマートフォンのことを書きましたが、
 さっそく私が楽しんでいるアプリを紹介します。
 まずは、クイズから。
 以下の言葉は何だと思います?

   春秋
   余禄
   卓上四季
   あぶくま抄
   照明灯
   金口木舌


 わかります?
 わからない人のために最大のヒント。

   天声人語

 もうおわかりですよね。
 これは各新聞紙に掲載されているコラムのタイトルです。
 ちなみに、答えは
 日本経済新聞、毎日新聞、北海道新聞、福島民報、神奈川新聞、琉球新報
 天声人語はもちろん、朝日新聞です。
 各紙ともこのコラムには力がはいっています。
 選り抜きの名文筆記者が担当しています。
 でも、なかなか地方紙までとなると
 読めませんよね。

朝日新聞社 天声人語学習用ノート 360021朝日新聞社 天声人語学習用ノート 360021
()
朝日新聞社

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 そこで、今日紹介するのが
 「社説リーダー」というアプリ。
 私は昼休みとかに楽しんでいます。
 ふるさとの新聞だったり、
 関係する地方の新聞とか
 全国紙にはない雰囲気がいいですよね。
 私は以前お世話になった福島民報とか河北新報とかのコラムを
 追いかけています。
 それに、行ったことはないですが
 琉球新報のものとか。
 本土の視点ではない、
 沖縄独自のものをウォッチするのは
 いいですね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昨日につづいて
  「精選女性随筆集」。
  第8巻は川上弘美さん選による
  「石井桃子/高峰秀子」集。
  石井桃子さんは埼玉県浦和の生まれ。
  私が今住んでいるところと近いところで
  石井桃子さんが生まれたと思うと
  感慨ひとしお。
  浦和周辺の、あのあたりだろうか
  このあたりだろうかと
  思いめぐらすのも楽しい。
  もう一人、高峰秀子さんは
  「二十四の瞳」などで有名な女優さん。
  もちろん、この随筆集に収録されるくらいですから
  文章もうまい。
  自身子役の頃から人気ものでしたから
  なかなか学校にも行けなかったそうです。
  今、子役さんのブームですが
  学校に行けないということは
  さすがにないでしょうが、
  子役というのも
  なかなか大変ですね。

  じゃあ、読もう。

精選女性随筆集 第八巻 石井桃子 高峰秀子精選女性随筆集 第八巻 石井桃子 高峰秀子
(2012/08/05)
石井 桃子、高峰 秀子 他

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sai.wingpen  断片をあつめて人生を読む                   

 川上弘美さんと小池真理子さんという現代を代表する二人の女性作家の選による「精選女性随筆集」であるが、ラインナップから二人の担当の作家たちをみると、幸田文、有吉佐和子、宇野千代などと並ぶと、川上弘美さんらしさがでているような気がする。
 第8巻めにあたる、「石井桃子/高峰秀子」集も、やはり川上さんならではの作家たちであり、その作品のゆったり感は川上さんが好みそうな作風といえる。
 「彼女らのエッセイは、断片ではないのだ。一篇一篇はかけらだとしても、それらが集まった一冊は、彼女たちの人生をそのまままるごと担っている」と川上さんは巻頭のエッセイで書いているが、それはそっくりそのまま川上さんのエッセイの特徴ともいえる。

 石井桃子は日本の児童文学にあってもっとも有名で、もっとも大切な作家である。本書ではそんな石井の幼い頃の思い出を綴った名作『幼ものがたり』を核として編まれている。
 『幼ものがたり』には石井がまだ四、五歳の頃の思い出も描きとめられている。その記憶が石井の児童文学での大きな支えとなっている。
 例えば、「成長」ということについて、石井は小学校に通い始めた頃の姉の姿を描きながら、こう書いている。「子どもは、だれも、自分で切りぬけなければならない、そういう心の問題をもっているのだろうし、もつべきなのだろう」、それが「成長」だと。
 幼い頃みた姉の姿、それをみている幼い自身、そして成長したくさんの子どもたちと触れ合う大人の石井。それはひとつながりとしてある。

 もう一人の収録作家、高峰秀子はいうまでもなく日本映画界の大スターである。
 彼女の略年譜を見ると、そんな高峰が55歳という年齢で女優を引退していることに気づく。予想外に早い。それでも高峰が多くの日本人に愛されたのは、小さい時から名子役と呼ばれたほど、芸歴が長いからだ。
 高峰には女優のほかに『わたしの渡世日記』などエッセイストの顔がある。本書ではこの作品を核にして編まれているが、子役時代の苦労をあっけらかんと表現する文章力は素晴らしい。
 こんな文章を書く人が小学校もほとんど出席していないのだから驚く。文章を書く力は学校での勉強ではなく、いかに対象物をしっかり見ているかということの見本のような作品である。

 川上さんがいうように、この随筆集をきっかけにして、もっと深く、石井桃子や高峰秀子の世界をたずねる人が増えればどんなにいいだろう。
  
(2012/10/03 投稿)

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