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プレゼント 書評こぼれ話

  10月30日、作家の藤本義一さんが亡くなった。
  そこで、今日は
  藤本義一さんが第71回直木賞を受賞した
  『鬼の詩』を紹介します。
  藤本義一
  もうずいぶん以前に読んだ記憶があるが
  今回改めて読むと
  そのうまさに驚きます。
  おそらく受賞時には
  すでに作家としてできあがっていたのだろう。
  藤本義一さんが亡くなったあと、
  毎日新聞の11月1日のコラム「余禄」で
  「直木賞作家として、
  西鶴や織田作之助らの大阪の町人文化の
  流れをくむ文芸の伝統を掘り起こした
」と
  して紹介された藤本義一さん。

  座右の銘は自身の名前義一にかけた
  「蟻一匹炎天下」だったという。
 
  ご冥福をお祈りいたします。

  じゃあ、読もう。

鬼の詩 (講談社文庫)鬼の詩 (講談社文庫)
(1976/12)
藤本 義一

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sai.wingpen  追悼・藤本義一さん - 道頓堀のあかりが涙でぬれている                   

 第71回直木賞受賞作(1974年)。
 この作品は、10月30日に79歳で亡くなった藤本義一さんの直木賞受賞作である。
 大阪の人といえば声が大きく、荒っぽいイメージだが、藤本さんの大阪弁は静かで柔らかく、船場の大店の主人のような落着きがある。大阪にもああいう人はいる。
 藤本さんといえば、やはり昭和40年代の深夜放送「11PM」の司会者として有名だ。
 東京では大橋巨泉さん、大阪では藤本さんが担当した。子どもにはめったに見れない番組だったが、親が寝てからこっそりとテレビのスイッチをいれるのが楽しみだった。もちろん、お目当ては藤本さんではなく、お色気場面だったが、藤本さんにはちっともいやらしさがなかった。スマートだった。
 そんな藤本さんが直木賞を受賞した作品で描いたのは、芸のためなら馬糞まで食べたといわれる、明治末期の大阪芸人桂馬喬(ばきょう)の壮絶な半生だ。
 藤本さんと馬喬とは遠い地平にある。
 しかし、おそらく藤本さんにも馬喬のような風狂があったからこそ描けたのだろうし、藤本さんはそんな芸人魂をこよなく愛した。
 藤本さんの死に大阪の芸人たちが泣き笑いで見送ったのは、藤本さんの愛情があったからこそだ。

 受賞回の選評ではほとんどの委員が藤本さんを推薦している。
 同じ関西の作家として先輩にあたる司馬遼太郎委員は「ぬきんでた作品」と絶賛し、主人公の奇行を「人間の問題のきわどさが、この作品によってよくわかる」と評した。これは司馬氏がいうように、芸人としてのおかしみではなく、人間全体に通じるものといえる。
 また柴田錬三郎委員は「ようやく器用貧乏を脱して、自分独自の鉱脈を発掘した」と、拍手を送っている。
 藤本さんはテレビの司会者という立場からじっと芸人の姿を見つめていたに違いない。そして、芸人のすさまじい生きざまと自身の作家としての生きざまを重ね合わせたのが、この作品に結実したといえる。

 最後は流行り病で崩れた顔に煙管の雁首をぶらさげてまで笑いをとろうとした馬喬。そんな姿を藤本さんはなんと暖かな目で見つめていたことか。
 藤本義一さんの死に、道頓堀のあかりが涙でぬれている。
  
(2012/11/07 投稿)

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