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プレゼント 書評こぼれ話

  人は必ず死ぬ。
  それはどうあっても人間の運命です。
  女優森光子さんが11月10日に92歳で亡くなったのも
  定命でしょう。
  でも、と人は思います。
  あんなに美しく、明るかった森光子さんが亡くなるなんて。
  それほどに森光子さんは
  美しかった。
  たくさんの賞をもらって
  森光子さんの年令がわかるたびに
  すごいなぁと思いました。
  この明るさで70歳?!
  この元気さで80歳?!
  森光子さんを見ていると、
  こんなふうに老いたいものだと
  思いました。
  なんと美しい人生でしょう。
  今日は森光子さんを偲んで
  『あきらめなかった いつだって』という
  本を紹介します。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

あきらめなかった いつだって (100年インタビュー)あきらめなかった いつだって (100年インタビュー)
(2011/05/21)
森 光子

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sai.wingpen  追悼・森光子さん - 緞帳がおりていきます                   

 11月10日亡くなった女優の森光子さんの訃報がニュースで流れた日、野田首相が衆議院を解散すると明言した日でもありました。そのせいで、翌日の新聞各紙のコラムは「衆議院解散」関連で占められました。
 森さんの女優としての功績が語られることがないのかと残念でしたが、その次の日、新聞各紙のコラムは森さんの記事で埋まりました。
 たくさんの人々から愛された森さんに捧げられた、言葉の花束だといえます。

 「あいつより 上手いはずだが なぜ売れぬ」。
 有名な森さんの川柳です。
 2008年にNHKで放映されたインタビュー番組を単行本化したこの本でも、第一章のタイトルにこの川柳が使われています。この川柳だけでなく、森さんが多くの含蓄のある言葉を残していることを新聞各紙のコラムや記事で知ることができます。
 印象に残ったのは「平成はなじめない」とよく語っていたという日本経済新聞の記事でした。
 森さんは大正9年に京都に生まれましたから、大正、昭和、そして平成の時代を生きたことになります。中でも陰影の濃い昭和を愛したといいます。それが先の言葉になるわけです。
 森光子という女優は、昭和がもっとも似合っていたかもしれません。

 森光子の名を不動のものにした舞台『放浪記』の初演は昭和36年でした。森さんが41歳の時です。この舞台は平成になっても続きます。2000回という偉業を達成したのは平成21年でした。
 また森さんが「日本のお母さん」と称されるきっかけとなったTV番組「時間ですよ」は、昭和元禄と呼ばれた昭和45年のことです。
 まさに昭和とともに歩いた人生でした。

 先の川柳にもあったように、森さんは長い間売れない女優でした。
 そんな人生が転変するのが、奇跡ともいえる菊田一夫との出会いです。
 でも、もしこの時、彼女が売れないことに腐っていたら、チャンスは訪れなかったでしょう。
 この本のタイトルのように、「あきらめなかった」から、森さんは見事に成功したといえます。
 この本の最後で森さんはこんな言葉を残しています。
 「かんたんにあきらめず、投げず、焦らず、そして人への感謝を忘れなければ、きっとバラ色の未来が開けるはずです」。

 緞帳がたくさんの拍手に送られながら、今おりていきます。
  
(2012/11/20 投稿)

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