12/31/2012    年送る - おまけ
 今年、2012年の大きなイベントといえば
 ロンドンオリンピック
 日本選手の活躍が元気をくれましたね。
 私は中でも開会式が印象に残りました。
 あのなかで、007ことジェームズ・ボンド
 エリザベス女王を迎えにいく場面がありました。
 なんと粋な演出でしょう。
 日本ではまず考えられない。
 そんなことをさらりとやってしまうところに
 英国人のすごさを感じました。

 しかも今年は映画「007」シリーズが誕生して
 50周年の記念の年。
 1962年にテレンス・ヤング監督で「ドクター・ノオ」が作られてから
 今公開中の「スカイフォール」まで
 全23作。
 ジェームズ゙・ボンド役はショーン・コネリーから
 現在のダニエル・クレイグで6代め。

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不明

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 今年、その「007」シリーズを全て観ました。
 最新作の「スカフォール」は、年末の大掃除を抜け出して。
 衛星放送のIMAGICAが22作全部を放映してくれたからできた快挙。
 全部観ると、「007」シリーズの魅力がよくわかります。
 肉体を駆使した作品だということがその魅力。
 ボンドガールたちの肉体も魅力ですが、
 ここではボンドが体力の限界に挑戦していることで
 書きました。
 本当かな。
 うふふ。

 初期の頃は、列車を使ったアクション(これは最新作の「スカイフォール」でも変わりません)や
 スキーのアクションが多いですね。
 それと、ヘリや飛行機を使ったものやカーアクション。
 そういう動くものが「007」のスピード感を高めています。
 今のダニエル・グレイグもよく走ります。
 それがとてもかっこいい。

 おまけなのに長くなりますが、
 ボンドガールも魅力だし、脇役のキャラクターもいい。
 MとかQとか。
 最新作では若いQが登場しますよ。
 それに、Mに重大事件が・・・。
 これ以上は書きませんね。

 ということで、
 私にとっての2012年は
 「007」の年でもありました。

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 今年、2012年
 個人的にもいろいろあった年でした。
 でも、それって
 振り返ってみれば誰にも「いろいろ」あるんでしょうね。
 「いろいろ」ない年なんてあまりないんじゃないかな。

   人人に年惜しめやと鼓打つ  松本たかし

 今年の初風呂は
 兄と二人で老いた父をいれました。
 それからひと月もせずに父は亡くなりました。
 あの時の父の背中が最後でした。

  初風呂や小さき父の背にしゃぼん  夏の雨

 春先に思いもなく病気になって
 にっちもさっちもいかなくなりました。
 なんとか回復はしましたが、
 12月に同年代の中村勘三郎さんが亡くなって
 自分もけっして若くはないことに
 胸をつかれた感じがします。

 そういえば、今年はたくさんの有名人が亡くなった年でもありました。
 丸谷才一さんの死もつらい。
 丸谷さんの新しい書評を読むことはもうないのですが
 丸谷さんが教えてくれた多くのことを
 忘れないようにしないといけません。

 2012年に私が読んだ本は276冊。
 今年もたくさんの本と出会いました。
 そのたびに
 やはり救われてきたのかもしれません。
 「いろいろ」なことから。
 そんな本たちの中から
 ベスト1をあげるとすれば、
 病気になった時読んだ
 角田光代さんの『幾千の夜、昨日の月』でしょうか。
 夜ばかりの日々にあって
 夜もまたあっていいのだと
 この本で教えてもらいました。
 この時に書いた書評をいま読みかえすと、
 やはりつらかったなぁ、
 でも、やはり夜は明けるんだと思います。
 ほかには、西川美和さんの『その日東京駅五時二十五分発』、
 葉室麟さんの直木賞受賞作『蜩ノ記』が
 印象に残ります。
 皆さんはどんな本が印象に残ったですか。

幾千の夜、昨日の月幾千の夜、昨日の月
(2011/12/22)
角田 光代

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 このブログを
 今年も一年間毎日読んでいただいて
 ありがとうございました。
 皆さん、よい新年をお迎えください。
 そして、来年も
 本のある豊かな生活でありますように。

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プレゼント 書評こぼれ話

  2012年最後の日曜日、
  たのしい絵本を見つけました。
  しかも、年末年始にぴったりの絵本。
  みきつきみさん(この方は男性です)が文を担当、
  柳原良平さんが絵を担当しています。
  柳原良平さんは
  サントリーの宣伝部にいて
  あの「アンクルトリス」を描いた人です。
  お酒を飲むと、だんだん顔が赤くなるキャラクター。
  開高健さんや山口瞳さんたちと
  サントリー宣伝部の黄金期を
  築いた人です。
  『十二支のしんねんかい』という題の
  十二支の絵本。
  なんだかめでたいでしょ。
  今年もあと二日。
  書評は今日で最後で
  明日は毎年恒例の「ベスト本」を
  紹介します。
  お楽しみに。

  じゃあ、読もう。

十二支のしんねんかい十二支のしんねんかい
(2012/11)
みき つきみ、柳原 良平 他

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sai.wingpen  さよなら辰年、ようこそ巳年                   

 別にその年に生まれた人に恨みはないですが、辰も巳も好きではありません。
 どうもあのにょろにょろ感が苦手です。
 辰といえば、竜ですよね。巳といえばへび。大きさがちがうものの、やはり同じ系統でしょ、にょろにょろ系。
 ほかの干支(えと)が哺乳類や鳥類なのに、この二つの干支だけは毛色がちがいます。
 それなのに、お隣どうしというのもいかがなものか。せめて、三年くらい離してもいいのに。

 サントリーのアンクルトリスで有名な柳原良平さんが絵を担当したこの絵本は、楽しい干支のお話。文はみきつみきさんが書いています。
 十二支のはじまりである子からそれぞれの特徴が見開き2ページで紹介されています。
 例えば、来年の干支の巳であれば、「みをくねらせてにょろにょろり/(中略)/みればえんぎのいいしるし」という具合です。
 ほらね、やっぱり「にょろにょろり」でしょ。
 柳原さんは白蛇を描いています。この蛇は愛嬌があってかわいいですが。
 最後はそんな十二支が集まって新年会です。めでたい、めでたい。

 そういえば、十二支はいつごろ覚えるものでしょうか。
 柳原さんは5才の頃から知っていたそうです。私はそんなに早くないな。もう少しあと。でも、覚えたきっかけはまるで記憶にありません。
 この絵本のような十二支を扱った本なんてなかったですし。
 現代の子どもたちは十二支をちゃんといえるのでしょうか。
 私の「十二支の思い出」といえば、若い頃に成人映画をこそっと観に行って、窓口の人に「何歳?」と訊かれて「二十歳」(何しろ成人映画ですから)と答えたところ、「何どし?」といわれて答えられなかった思い出があります。
 年令をごまかして入場しようとしても、干支まではさすがにわからなかった。
 なんだか、若い頃からみっともないことをしてる。

 来年は「にょろにょろり」の巳年。
 はてさて、どんな年になりますやら。
  
(2012/12/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  あーあ、今月もまた
  終り近くになってしまいました。
  私は向田邦子さんとちがって
  反省をよくするのですが
  なかなか改まれないというか
  またやっちゃったという感じです。
  何がいいたいかというと、
  毎月「向田邦子全集<新版>」を一冊ずつ
  読んでいるのですが
  いつも月の最後になっての
  駆け込みになってしまうこと。
  先月も確かに反省したはずなのに
  今月も最後になってしまいました。
  すみません。
  誰にというわけではありませんが。
  今月紹介するのは
  第9巻めの「エッセイ五」の『夜中の薔薇』。
  来月こそ、もっと早く掲載したいと思いますが、
  期待しないでお待ちください。

  じゃあ、読もう。

向田邦子全集〈新版〉 第九巻向田邦子全集〈新版〉 第九巻
(2009/12/15)
向田 邦子

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sai.wingpen  箸休め                   

 作家山口瞳は、直木賞の選考の際に向田邦子を強く推したことを生涯悔やんでいたという。
 もし、向田が直木賞を受賞しなければ飛行機事故などにあわなくてすんだかもしれないし、51歳で亡くなることもなかったのではないか。
 山口瞳の悔悟はわからなくもないが、それが向田邦子の定命であったと思わざるをえない。
 向田邦子は短い命であったし、遺された作品も多くはない。小説にいたってはわずかな数だ。
 それでも、いまだに多くのファンがいることを思えば、それこそ向田らしい数といえる。
 満腹にならない程度がちょうどいい。

 箸休め、という美しい日本語がある。
 食事の途中で気分を変えたり口をさっぱりするための、ささやかな料理のことだ。
 料理好きであった向田邦子は、そういう箸休めの料理も自分で作ったほどだし、向田の文章そのものが箸休め的である。
 この「向田邦子全集<新版>」の九巻めに収められた『夜中の薔薇』というエッセイ集は、実際に向田が箸休めで作った料理の紹介(「早いが取柄手抜き風」)や旅好きの向田らしい紀行文など、新聞や雑誌に箸休め的に掲載された文章ができている。

 旅好きだった向田は、その土地土地での料理にも舌づつみをうつ。
 味を食し、人を食し、おそらく向田自身は満腹であったろうが、その文章となるといくらでも腹におさまるのだから不思議だ。
 向田の死が台湾旅行中であったというのも、旅行好きの彼女らしい。また、料理好きが高じて、妹の和子とともに小料理屋「ままや」を始めたのも向田らしい。
 あるいは、向田の作家人生を決定づけた直木賞受賞後の騒動(「直木台風」)などもこのエッセイ集にはあって、向田邦子という人を知るためには、欠かせない一冊といっていい。

 そんな箸休め的エッセイの中で、がつんとくる一篇のエッセイがあります。
 「手袋をさがす」と題された作品です。
 この中で向田は自身の性格をじっとみつめています。若い時に書くことを選んだ向田。反省せずに前に進む向田。そのことで、結婚すら彼女は選びませんでした。彼女はずっと「手袋をさが」してきたのです。
 おそらく、この作品は向田の決意表明のような、重要な一篇だろうと思います。
  
(2012/12/29 投稿)

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  今日紹介する
  桜野道さんの『人間という名の旅』は
  特別な本です。
  この本は、
  桜野道さんからこのブログを通じて
  献本をいただいたものです。
  実は、私は桜野道さんのことを
  まったく知りません。
  でも、この「ほん☆たす」と通じて
  未知の本を手にすることの
  なんとうれしいことでしょう。
  おそらく(もし間違っていたら桜野道さんすみません)
  自費出版された本かと思いますが
  そういう貴重な本を
  読ませて頂いたことに
  感謝しています。
  もし、私のような書評でよければ
  こういう機会がふえればと
  思います。
  もちろん、出版社の方でも
  いいですよ。

  じゃあ、読もう。

人間という名の旅人間という名の旅
(2012/03/01)
桜 野道

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sai.wingpen  大木に耳をあて、生命の音を静かに聴くように、                   

 「言霊」という言い方をする。
 言葉に込められた霊的な力をいうらしいが、霊的なものでなくても人は時にその感情を言葉として発することを願うものだ。それが悲しみであれ、喜びであれ、言葉にすることで時に癒され、時に励みとなる。
 本書に収められた120篇の詩もまた、名もなき著者による、心の声といっていい。それを「言霊」と呼んでなんの不都合があるだろうか。
 私たちは、その詩にそっと寄り添うだけでいい。大木に耳をあて、生命の音を静かに聴くように、「言霊」に耳をすます。

 著者のことはほとんど知らない。
 巻末のプロフィールや「まえがき」によれば、1958年生まれの男性で、貿易業を営みながら詩作を続けているらしい。10年前に三男を16歳で亡くして、その悲しみの中から多くの詩を詠んできた。その数、400篇を超えたという。
 本書はそんな詩の中から選りすぐった120篇を収めているが、幼き子どもを亡くした親としての悔恨の詩など胸をうつものがある一方で、50歳という年令を迎えた壮年の男子としての詩の数々が同年令の読者としては共感するものが多かった。
 特に、「下天の一日」と題された章の詩の大半に、なんだ50歳を過ぎれば誰もが立ち止まって足元を見るものなんだと癒された。

 「どれくらい歩いて往けば辿り着くのだろう/人間という名の旅の終点に」。
 これは表題となった「人間という名の旅」の一節であるが、こういう思いは人生のおそらくは折り返し点を過ぎたものでしか味わえない思いだろうし、それに続く、「人に肩を借り励まされ/今の一歩を踏み出せば/一時一時そのものが自分の旅」という言葉の発露は、まだまだ現役で旅を続ける者の使命感のようなものを感じる。

 そして、何よりも奥さんの支えがなければ、この詩集は生まれなかったかもしれない。
 「もっとなんと言えばいいのか/フウセンとかシャボン玉とか/そういう軽い感じの詩はかけないの/と女房がいう」(「フウセンとかシャボン玉とか」)のに著者はそんな「詩が かけるか!」と憤然とする、微笑ましい詩があるが、まったくいい読者をもったものだとうらやましくもある。
 著者の「言霊」を一番理解しているのは、奥さんなんだろう、きっと。
  
(2012/12/28 投稿)

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  文芸誌、例えば「新潮」だとか「文学界」だとか、の
  新人賞というのは
  時々話題を提供してくれることがあります。
  作品というより
  作者の性別とか年令とかで
  話題になることが
  多いですが。
  今日紹介する『おしかくさま』も
  作者で話題になった文藝賞受賞作です。
  作者は52歳の谷川直子さん。
  しかも、谷川直子さんは
  あの高橋源一郎さんの元妻。
  これだけあれば
  異色新人としては合格。
  さらに、受賞作であるこの作品は
  お金がテーマですから
  さらに異色かな。
  次の芥川賞の候補ぐらいには
  なるかも。

  じゃあ、読もう。

おしかくさまおしかくさま
(2012/11/09)
谷川 直子

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sai.wingpen  ATMにお参りしましょう                   

 「おしかくさま」という奇妙な題名が印象的な、第49回文藝賞受賞作である。
 「おしかくさま」とはお金の神様のこと。
 怪しい宗教に翻弄される一家の姿をコミカルに描いた作品だが、経済小説ではなく、お金の話を題材にした小説は少ないのではないだろうか。
 日本文学は夏目漱石の主人公のような「高等遊民」を是として、お金を卑しきものとみてきたように感じる。生活臭を感じる作品が少ないのはそのせいだと思うし、それはバブル期以降拝金主義的な社会的背景で育った若い作家たちにもいえることだ。
 その点、この作品はお金を粗末にしない。何しろ「神様」なのですから。

 文藝賞といえばかつて17歳の堀田あけみが最年少受賞して話題を呼んだ老舗の新人賞だが、この作品の作者は52歳になる谷川直子さん。
 二十代で作家の高橋源一郎さんと結婚。その後、離婚を経て、心機一転、作家としてデビューしたのが、この作品である。
 さすがこのお年になると、お金は大事にするべきものと心得ている。しかも、そのことでバラバラだった家族をなんとかつなぎとめてしまうのであるから、50代女性りっぱだ。

 主人公は離婚後うつ病となって精神的に不安のあるミナミという49歳の女性。その父親はもと高校教師で、最近女性の家に立ち寄っているらしいという噂から物語は始まる。
 すわ、浮気かと心配する母とミナミとアサミの姉妹だが、その家には「おかくしさま」の信者である四人のおばあちゃんたちが集まっていたのだ。父親は彼女たちに「おしかくさま」の遣いと勘違いされているという。
 はたして、これは新たな宗教か、はたまた新種の詐欺か。
 ついにはミナミまでもが「おしかくさま」の信者みたいになって、「おしかくさま」に会おうとまですることに発展する。

 風刺とも喜劇とも読めるし、家族劇とも読めるのだが、細工ばかりが目立ってしまうのは残念でもある。
 ATMが「おかくしさま」の御社というのはいかにもと面白かったが。
  
(2012/12/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年の年末年始休暇は
  暦まわりがよくて
  長い人で9日間もあるそうです。
  帰省する人、旅行する人、
  いやまだ何も予定のない人、
  さまざまでしょうが、
  せっかくの長い休暇、
  本でも読んで過ごしてみては
  どうでしょう。
  そんな人に
  今日紹介する
  『精選女性随筆集 第九巻 須賀敦子』は
  おすすめです。
  須賀敦子さんの美しい日本語の文章に
  堪能すること
  間違いありません。
  それに川上弘美さんの選ですから
  すべていい作品です。
  TVもいいけど
  本もうんといい。

  じゃあ、読もう。

精選女性随筆集 第九巻 須賀敦子精選女性随筆集 第九巻 須賀敦子
(2012/10/07)
須賀 敦子、川上 弘美 他

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sai.wingpen  須賀敦子という幸福                   

 「精選女性随筆集」の九巻めは、川上弘美さん選による、「須賀敦子」集です。
 全十二巻のシリーズでも一番楽しみにしていた巻でもあります。
 このシリーズではそれぞれの巻に、選者による短い巻頭エッセイがあります、この巻でいえば川上弘美さんが「幸福」という題名で書いています、が、加えて研究者による「解説」と著者の略年譜がついています。
 須賀敦子さんの場合、略年譜によれば、61歳の時に『ミラノ 霧の風景』を初めて出版した、翻訳を担当した本はその少し前に出していますが、遅咲きの作家だったことがわかります。
 69歳で亡くなるまで、須賀さんの活躍された時間のあまりの短さに驚くばかりですが、その濃厚な文章はそれまでのイタリアを主な生活の場所とした暮らしが生み出した奇跡といっていいでしょう。

 活躍の時間の短さは作品の出来とは関係ありません。
 須賀さんの文章の姿勢のよさ、人を描きとる観察力、心に沈殿している愛情の発露、そのどれひとつとっても、須賀作品の魅力といっていいでしょう。
 年譜でいえば、それは須賀さんの晩年ではありますが、これらの文章を残すために須賀さんのいのちがあったのではないかと思えるほどです。
 なんという遺産でありましょう。

 「須賀敦子が、まだこれから幾つもの文章を書いてくれるに違いないという時期に亡くなったことに、今でもわたしは茫然としてしまうのだけれど。文章をこうして残してくれたこと自体が。すでに幸福なことだった」と、選者の川上弘美さんは巻頭エッセイ「幸福」の中で綴っています。
 その「幸福」感は、ひとり川上弘美さんだけのものでなく、須賀敦子の文章に魅せられた読者のものですし、できればまだ須賀敦子を読んでいない人にも感じとっていただきたいものでもあります。

 その手始めとして、この本からはじめるのもいいでしょう。
 須賀敦子の代表作ともいえる『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『遠い朝の本たち』などといった作品から選ばれた珠玉の数々が、霧の中にさっと射し込んでくる陽光のように、須賀作品への道を指し示すように感じます。
  
(2012/12/26 投稿)

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  今年は有名人の訃報が多いように
  感じるのは
  私だけではないと思います。
  先日亡くなった中村勘三郎さんが
  最後かなと思っていたら
  小沢昭一さんの訃報が飛び込んできました。
  12月10日でした。
  小沢昭一さんは癖のある脇役が多かったですが
  すたれていく芸能にも
  愛情をそそいだ人として
  これからも語られ続けると思います。
  著書もたくさんあります。
  その一方で、
  変哲という俳号まで持った俳句好きとしても有名で
  今日紹介する
  『句あれば楽あり』は俳句の本です。
  俳句を楽しむという姿勢の
  すばらしいこと。
  俳句好きでなくても
  生き生きとした文章が絶品です。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

句あれば楽あり句あれば楽あり
(1997/02)
小沢 昭一

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sai.wingpen  追悼・小沢昭一さん - 俳句とハーモニカ                   

 12月10日に83歳で亡くなった俳優の小沢昭一さんは、「変哲」という俳号までお持ちの俳句好きでも知られていました。
 この俳号は小沢さんの父親が川柳をしていた時から使っていたという由緒ある? 号ですが、小沢さん自身「変態の変に哲学の哲」なんていう、意味不明の答えをしていたようです。

 小沢昭一という役者は怪しい役柄の脇役を演じることが多かったのですが、この本の中にも書いていますが、井上ひさし作による『芭蕉通夜舟』で俳聖松尾芭蕉役も演じています。
 俳句好きの小沢さんにとって、してやったりの主役だったのではないでしょうか。
 小沢さんの俳句好きは、友人たちの句会「東京やなぎ会」の発足にさかのぼります。
 落語家の扇橋さんや小三治さん、米朝師匠に、永六輔さん、江國滋さんといった錚々たる、といっても俳句よりも浮世話が大好きな、メンバーが、落語の長屋噺のようなご愛嬌で始まった句会です。
 それでも、この句会はもう半世紀続いているのですから、世の中わかりません。

 好きこそものの上手なれ、とも、下手の横好き、とも世間ではいいますが、小沢さんの俳句はどうだったでしょう。
 年をおうごとに、そのエロさも渋さをまして、色気という日本古来のものにまで高まってきたといえば、小沢さん、あの顔をデレーッといつものようにのばされるかもしれませんね。
 それでも、好きな俳人は久保田万太郎に中村草田男というのも、小沢さんらしい好みといえばいえなくもない。本妻と愛人、ともに愛す、とでもいおうか。
 この本では、そんな俳句愛が思う存分書かれています。
 かしこまるわけでもなく、乱れるばかりでもない。俳句好きならではの、俳句本といっていいでしょう。
 こういう本を読めば、ひとつ俳句でも、と思う読者も生まれるにちがいありません。

 小沢さんには「ハーモニカが欲しかったんだよ」で始まる、敗戦時の切ない青春を唄った「ハーモニカ・ブルース」という歌があります。
 多分、そこに唄われている内容は今の私たちにはもう理解できないものでしょうが、小沢さんはあの頃の時代の匂いを持ち続けた役者であったと思います。
 「秋の夜に吹かむ吾等がハーモニカ」。
 これが、変哲さんこと小沢昭一さんの俳句の匂いでもあります。
  
(2012/12/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は クリスマス・イブ

   この出逢ひこそクリスマスプレゼント  稲畑汀子

  今年は暦の関係で
  今日がお休みの人も多いでしょうから
  素敵なクリスマス・イブになりましたね。
  先に引用しました稲畑汀子さんの俳句も
  いいですね。
  こんなクリスマスプレゼントなら
  最高ですね。
  ということで、
  今日もクリスマスの素敵な絵本を
  紹介します。
  クレメント・ムーアさんの
  『あしたはたのしいクリスマス』。
  今日読むなら
  この一冊しかないでしょうという
  素敵な絵本です。
  しかも、ここに書かれているのは
  アメリカで最も愛されてきた
  クリスマスの詩。
  ぜひ、愛する人と
  お読みください。

  じゃあ、読もう。

あしたはたのしいクリスマス―The Teddy Bears’ NIGHT BEFORE CHRISTMASあしたはたのしいクリスマス―The Teddy Bears’ NIGHT BEFORE CHRISTMAS
(2000/12)
クレメント・クラーク ムーア、モニカ スティーブンソン 他

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sai.wingpen  サンタクロースのトナカイの名前、いえますか?                   

 この絵本は原題『The Teddy Bears’ NIGHT BEFORE CHRISTMAS』のとおり、「テディ・ベア」が登場する「クリスマスのまえのばん」の物語です。
 絵本にはよく「文・絵」とありますが、この本では「詩・写真」となっています。
 テディ・ベア演じる子どもたち、お父さん、お母さん、それにサンタクロースの写真を撮ったのが、モニカ・スティーブンソンさんという人で、「クリスマスのまえのばん」の様子がとても幻想的な作品で表現されています。なんとすてきな夜だこととうっとりしてしまいます。写真だけ見ていても飽きることはないでしょう。
 モニカさんは1960年生まれですが、詩を書いたクレメント・クラーク・ムーアさんは1779年生まれ。
 実はムーアさんのこの詩こそ、サンタクロースのイメージをつくり、八頭のトナカイの名前を生み出し、アメリカ中で200年以上も愛されてきたものなのです。

 当時神学校の先生だったムーアさんが自分の子どもたちが楽しそうにクリスマスの飾りつけをしているのを見て、書き上げたのが、この「あしたは たのしい クリスマス/あのこも このこも ねずみのこまで/しずかで いいこで まってます」で始まる、この詩だったのです。
 おそらくモニカさんも小さい頃からムーアさんの詩を口ずさんでいたのでしょう。詩の精神がテディ・ベアの写真に生きています。

 サンタクロースには赤い服に白いひげ、それに太った人というイメージがありますが、そのイメージはこのムーアさんの詩から生まれたといいます。
 今や世界中でもっとも有名人の一人となったサンタクロースですが、そこには200年近い歳月が流れているのです。
 ムーアさんはサンタクロースがのっている橇をひくトナカイたちにも名前をつけました。
 「ダッシャー、ダンサ ー、プランサー、ビクスン、コメット、キューピッド、ドンダー、ブリッツェン」。
 アメリカの子どもたちは、トナカイたちの名前までいえるそうですから、さすが本場の国の重みを感じます。
 でも、それってとても夢があっていいですね。

 『魔女の宅急便』を書いた角野栄子さんの翻訳もいいですが、この絵本には英語による詩の原文がついていますので、自分なりに訳してみるのも楽しい、クリスマスのすてきな絵本です。
  
(2012/12/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

   クリスマスの思い出を
  もたない子どもはかわいそう。
  いまみたいに
  色とりどりのクリスマスシーズンではなかった
  私の子ども時代でも
  不思議といまでも覚えている
  クリスマスの思い出があります。
  朝起きたら、
  兄の枕元にりっぱなギターが。
  それは覚えているのに
  この時自分が何をもらったのか
  まったく覚えていないのは
  どうしてだろう?
  私の娘たちも
  あの時これをもらった、
  それからあれももらったと
  今でも話すことがあります。
  子どもたちには
  いいクリスマスの思い出を
  差し上げてください。
  今日紹介する絵本は
  二宮由紀子さんの『どうしてクリスマスには…』という
  クリスマス絵本。
  ぜひ、お子さんに
  読んであげてください。

  じゃあ、読もう。

どうしてクリスマスには… (えほんのもり)どうしてクリスマスには… (えほんのもり)
(2007/10)
二宮 由紀子

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sai.wingpen  どうしてクリスマスは待ち遠しいのか知ってる?                   

 先日。東京青山にある児童書専門店「クレヨンハウス」に行ってきました。
 この季節の、つまりはクリスマスが何日かに迫った季節ということですが、「クレヨンハウス」はクリスマスの絵本がずらりと並んで、さながらサンタさんの大きな袋から色とりどりのプレゼントがあふれだした、そんな感じがします。
 絵本がとってもよく似合う季節です。

 二宮由紀子さんの『どうしてクリスマスには・・・』はとても楽しいクリスマス絵本です。
 「どうしてクリスマスには」ではじまる、クイズというかなぞなぞというか質問というか、そういう問いかけがたくさん並んでいます。
 たとえば、「どうしてクリスマスには、まちのあちこちにもクリスマスツリーがかざられてるかしってる?」なんていう問いかけです。
 10秒考えてみてください。もちろん、30分考えてみても構いませんよ。
 「クリスマスだから」なんていう単純な答えでは、子どもたちは納得しませんよ。
 ページをめくると、その答えが。
 でも、ないしょ。
 答えがわかったクイズというかなぞなぞというか質問というか、そういう問いかけほど面白くないものはありませんもの。
 そんな愉快な問答にふさわしく、木曽秀夫さんの軽妙な絵がまた楽しい。

 クリスマスにはそういうなんでもない箱から飛びだす、驚きとかうれしさとか喜びとかのあふれる期待感があります。
 目をつぶれば、サンタさんがそっとプレゼントを置いていってくれる。
 その姿を一度は目撃したいのに、クリスマスの夜にはつい眠ってしまうのは、どうしてでしょうね。

 どうしてクリスマスには眠ってしまうのか知ってる?
 それはね、眠らないとパパもママも眠れなくなるから。

 おっと、クリスマスの夢をこわしてはいけません。
  
(2012/12/23 投稿)

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  藤子不二雄という漫画家は
  私たちにとっては
  いつもふたりでひとりの
  漫画家でした。
  今の人には、
  それって藤子・F・不二雄のこととか
  藤子 不二雄Aのこととか
  思うでしょうが、
  二人は、ふたりでひとりの
  漫画家だったのです。
  今日紹介する
  『いつも明日見て…夢追い漫画家60年』は
  そのうちのひとり、
  藤子不二雄Aさんのインタビューを
  単行本化したものです。
  藤子不二雄Aさんの代表作といえば
  「怪物くん」。
  最近、嵐の大野くん主演で
  TVや映画化で再ブレークしましたから
  知っている人も多いですね。
  昔はアニメでもありました。
  初期では「忍者ハットリくん」。
  これも実写で昔TV放映されました。
  そのあと、アニメになったんじゃないかな。
  とにかく、
  藤子不二雄Aさんも
  藤子・F・不二雄さんも
  人気作が多いですよね。
  でも、
  やっぱり私にとっては
  ふたりでひとりの漫画家です。

  じゃあ、読もう。  

いつも明日見て・・・夢追い漫画家60年 (100年インタビュー)いつも明日見て・・・夢追い漫画家60年 (100年インタビュー)
(2012/11/21)
藤子 不二雄A

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sai.wingpen  夢を信じられた時代人から夢をみれなくなった世代へのメッセージ                   

 一度だけ、この本の著者藤子不二雄A(正しくは丸の中にAと表示)を見かけたことがあります。
 朝日新聞社主催の手塚治虫文化賞の授賞式でした。
 私はもちろん一般参加者。開式を待っていると、先生がはいって来られました。
 「あ、藤子先生だ」。しばらく目が離せませんでした。すでに藤子・F・不二雄さんは亡くなっていました。そういう意味では最後の巨匠といってもいいでしょう。
 昭和30年代の世代にとって、藤子不二雄というのは漫画界のビッグネームでした。それが二人の合作のペンネームというのも有名でしたから、そのことに何の違和感も持ちませんでした。
 ところが、突然二人は別々の道を歩くことを決めます。
 その時のことはこの本でも書かれていますが、「お互いもうトシになったので、それぞれ独立して好きにやろうじゃないか」ということだったようです。
 二人の漫画少年が一人の漫画家として歩んだのは、33年にも及びました。

 二人の代表作を比べてみると、違いがよくわかります。
 「ドラえもん」のようにいつまでも児童漫画の王道を歩いた藤子・F・不二雄さん。青年漫画の潮流にのった藤子不二雄Aさん。
 おそらくそれぞれのファンはそのタッチや内容に思い入れがあるでしょうから、どちらが優っているとか劣っているとかということではないと思います。
 分かれてみて(ここでは別れてという漢字はふさわしくありません)それぞれの作品の良さがわかるといっていいでしょう。

 本書はNHKの「100年インタビュー」を単行本化したものですが、藤子さんはたびたび「夢」の話をしています。 自分の将来に対する夢、漫画に対する夢、そのどれもが欠けていても藤子さんの漫画はなかったでしょう。もっといえば、藤子・F・不二雄さんの漫画もなかったかもしれません。
 「夢」があったからこそ、「ドラえもん」も「怪物くん」も誕生したのです。

 そして、その「夢」を共有した仲間たち。有名な「トキワ荘」に集まった漫画家たちの姿も語られていますが、なんと「夢」のあった時代だったのでしょう。
 今はなかなか「夢」をもつことさえできない、「うす暗い時代」ですが、だからこそ藤子不二雄Aさんのメッセージは貴重です。
  
(2012/12/22 投稿)

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  今日は冬至

   ややゆらぐいのちとなりて冬至の日  和知喜八

  もちろん、昼が一番短くて、
  夜がいちばん長い日。
  今日はかぼちゃを食べたり
  ゆず湯にはいったり。
  これから忘年会やクリスマスで
  飲む機会も増えますね。
  先日、飲んだ次の日に
  猛烈な胃痛になって苦しみました。
  突然吐いたりして
  ノロか食中毒かと思いましたよ。
  でも、どうやら私一人だけでしたから
  いまだに原因不明。
  しばらくあまり飲んでいなかったからでしょうか。
  気をつけないと。
  今日紹介するのは
  「精選女性随筆集」の第10巻。
  「中里恒子・野上彌生子」です。
  長い夜に
  じっくりと読む、そんな一冊です。

  じゃあ、読もう。

精選女性随筆集 第十巻 中里恒子 野上彌生子精選女性随筆集 第十巻 中里恒子 野上彌生子
(2012/10/07)
中里 恒子、野上 彌生子 他

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sai.wingpen  匂う眉                   

 「精選女性随筆集」の十巻めは、小池真理子さん選による「中里恒子・野上彌生子」である。
 文学好きな人はこの二人の女性作家を当然ご存じだろうが、若い人にはなじみが薄いかもしれない。
 中里恒子は『乗合馬車』によって第八回芥川賞を、女性として初めて受賞した作家である。晩年、『時雨の記』という作品で話題になった(1977年)。
 野上彌生子は夏目漱石最後の門人とも称される女性作家で、『迷路』や『秀吉と利休』といった代表作をもつ。1971年には文化勲章を受章し、百歳にあと二か月という早春に亡くなった。
 この二人の女性はまったく違う。
 中里が女性特有の柔らかさをもっているとすれば、野上は男性に近い硬質さがある。しかし、それはある意味では、女性たちがともに憧れる資質ではないだろうか。
 男性に愛される柔らかさ、男性を凌駕する知性。それをどう持ちうるか。それこそ女性の生き方としての課題であるだろう。
 一見異質なものの組み合わせにみえて、これほど巧みなものはないともいえる。

 「いい毛糸のように、眉は柔かく匂ってほしい」。これは中里恒子の「眉」という随筆の書き出しである。
 男性読者としてはドキッとする文章だ。こういうものは男性には書けない。視点がちがう。女性ならではの官能といってもいい。
 こういう文章を書ける中里に強く女性を感じる。
 あるいは「女の手の仕事の喜びは、女の生活の象徴である」(「仕事の楽しみ」より)も、女性の手のやわらかさ、たよやかさを見事に活写している。
 男のごつごつとした手とはちがった女性の手ならではものが、中里は「生活の象徴」と書く。
 贅沢でないその暮らしぶりを文章に綴りながら、それでもなんという上質であろうと感じるのは、身の丈にあった生活の品といってもいい。

 一方、野上彌生子の随筆は硬質なペンによって綴られる。 
 そんないくつかの随筆の中で、興味をひいたのは「この頃ひそかに憂うること」と題された一文である。
 これは関東大震災の経験を忘れていないかと書かれた警告書のようなものだ。
 この中で野上は「真剣に国土を守る百年の計は、(中略)絶えず惜しみない金を注ぎこんで地震学を進展させ、事前のたしかな予知から、退避の処置、方法まで合理的に研究しておくことではなかろうか」と書いている。
 もちろん、東日本大震災の悲劇は、野上のこの警告を無視した結果ともいえる。
  
(2012/12/21 投稿)

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  先日恒例の今年の漢字が
  発表されました。
  「」。
  オリンピックの金メダルとか金環日食とかで
  票を集めたようですが
  どうもすっくりきませんね。
  漢字の「金」には罪はないですが
  イメージが悪い。
  私なら、「」かな。
  政治の迷走はいうまでもなく
  領土問題、オスプレイ問題、経済不況
  どれひとつとっても
  道筋が見えてこないという
  一年だったように思います。
  今日紹介する「百年文庫」は
  「」。
  こんな漢字が今年の漢字に選ばれる時が
  きたらいいですね。

  じゃあ、読もう。

惚 (百年文庫)惚 (百年文庫)
(2011/06)
斎藤 緑雨、尾崎 紅葉 他

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sai.wingpen  あんたに惚れたよ、なって一度は云ってみたい                   

 「惚れる」というのは「好きになる」のとは、少しニュアンスがちがうように感じる。
もっと心の奥底にある思いとでもいえばいいだろうか。
最近の若い人は「惚れる」というより、とにかく「好きだ」を口にするようだが、「惚れる」という言葉もそのうちに死語になるかもしれない。
 まずは口にすることが美徳のようにいわれるが、口にだせない想いも捨てがたい。
 「百年文庫」の82巻めは、その「惚」を表題にして、斎藤緑雨の『油地獄』、田村俊子の『春の晩』、そして尾崎紅葉の『恋山賊』の三篇を収める。

 斎藤緑雨は明治時代の評論家である。
 『油地獄』は真面目な学生貞之進がある会合で出会った芸姑小歌に惚れていくさまを描いた短編である。
 お酒を飲むことも他人と会話することも苦手な青年がたまたまそばにきた芸姑の優しい一言におぼれていく。身のつかない遊びともいえるが、青年はいたって真面目である。
 「縁が不思議なものなら、ほれるは一層不思議だ」とある。「ほれられた其者が即ち美になる」とつづく。
 この貞之進という青年の感情は「好き」というのとはやはり少しちがう。身を持ち崩してまで小歌のもとに通いつめる心根はおよそおろかだが、誰が笑うことができようか。
 
 田村俊子の『春の晩』にもほとんどしゃべらない青年が登場する。 
 そんな青年繁雄が惚れているのは幾重という女性。まじめな繁雄に苛々する女性の機微が描かれていく。
 物語の後半、幾重は女の友人京子の家をたずね、そこで甘い恋情を匂わせる。
 女性作家ならではの官能が、春の夜の甘酢っぽさとともにある。
 
 もう一編の『恋山賊』の作者尾崎紅葉は、あの「熱海の海岸散歩する~」お宮と貫一の物語『金色夜叉』で一世を風靡した作家である。
 収録されている作品は短いながらも二部構成のような作品で、前半部分では裕福な娘と彼女に仕える女中たちの他愛もない会話を、後半ではその娘に恋恋慕する山の男の無骨な恋情を描いている。前半部分の他愛のなさが後半にいきた短編である。

 このように読んでみると、やはり「惚れる」という感情は現代ではなかなか通用しないように思える。
 「好き」とか「愛してる」ではなく、「あんたに惚れたよ」なんて、男なら一度は云ってみたいせりふだ。
  
(2012/12/20 投稿)

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 総合誌「文藝春秋」が創刊されたのは
 1923年(大正12年)の1月。
 実際にはその一か月前に発売されたようですね。
 創刊者はもちろん菊池寛
 つまり、創刊90周年になります。
 そこで、今回の「雑誌を歩く」は
 その記念号となった「文藝春秋」新年特別号(文藝春秋・900円)を
 歩いてみます。

文藝春秋 2013年 01月号 [雑誌]文藝春秋 2013年 01月号 [雑誌]
(2012/12/10)
不明

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 「文藝春秋」はグラビアのコーナーもいいのは、定評です。
 もちろんアイドルとかお色気むんむん(この表現も最近はあまり使いませんね)は
 ありませんが、
 実に知的でいい。
 特に今回は「日本の顔ベストショット」で、
 日本を代表する錚々たる人たちのとっておきの一枚。
 司馬遼太郎さんは書棚の前でくいいるように本を読み、
 田中角栄さんはヒゲのお手入れ。
 松本清張さんと井伏鱒二さんの将棋対決もいい。
 若き日の小澤征爾さんの鋭い眼光。

 もうひとつ、「文藝春秋」のグラビア名物コーナーは
 「同級生交歓」。
 今回は芥川賞・直木賞にしぼって集められています。
 若い石原慎太郎さんの足の長いことといったら、
 隣の席の新田次郎さんがかわいそう。
 そんな写真が満載。

 グラビアだけでこんなに書いたらあとが大変。
 いそぎましょう。
 「文藝春秋」でここだけは読むという読者も多い、
 「巻頭随筆」はまさに傑作選。
 向田邦子さん、瀬戸内晴美さん(寂聴さんになる以前)、松下幸之助さん等々と
 いいのでしょうか、こんなに惜しげなく。
 さらに驚いたのは
 俳句の欄。
 西東三鬼高浜虚子中村草田男、と
 今や俳句の神様と称される面々が続きます。
 なお、短歌でいえば、
 今号の企画で「新・百人一首 近現代短歌ベスト100」という
 すばらしいものが掲載されています。

 「巻頭随筆」につづいて
 「特別寄稿」。
 阿川弘之さん、山崎豊子さん、そして塩野七生さん。
 いずれも「文藝春秋」を語るにははずせない。
 さて、なんといっても今号の大型企画は
 「激動の90年、歴史を動かした90人」。
 いったい誰を紹介したらいいのかと
 迷ってしまいます。
 中でも、価格破壊の推進者だった中内功さんが
 取り上げられているのがうれしい。

 もうどこまでいっても書きたらない。
 「本田圭佑独白」もあれば、
 「書評委員が選ぶわたしのベスト3」もある。
 そして、最後はドーンと
 沢木耕太郎さんの渾身のノンフィクション
 「キャパの十字架」。
 309枚一挙掲載、という太っ腹。
 どんとこい、です。

 年末年始は「文藝春秋」新年特別号さえあれば
 おつりがきますよ。

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  先日紹介した白石一文さんの
  『火口のふたり』は
  かなり激しい性描写があったが
  所詮この世は男と女。
  官能にしろ性愛にしろ
  避けて通れません。
  だから、辞書にだってさまざまな言葉が
  載っています。
  今日紹介する本は
  永江朗さんの『男と女の日本語 (広辞苑の中の掘り出し日本語2)』です。
  この企画、永江朗さんが考えたのか
  編集者が思いついたのか
  知りませんが、
  いい企画ですね。
  企画の勝利です。
  これだとしばらく続けられますものね。
  それほど「広辞苑」の中身が濃いともいえるし
  「広辞苑」というブランドイメージが
  高いともいえます。
  こういう本を読むと
  最近辞書開いてないなぁと
  反省しきりです。

  じゃあ、読もう。

男と女の日本語 (広辞苑の中の掘り出し日本語2)男と女の日本語 (広辞苑の中の掘り出し日本語2)
(2012/09/25)
永江 朗

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sai.wingpen  ヘタな官能小説よりうんと興奮するかもしれない                   

 前作『広辞苑の中の掘り出し日本語』が大ヒットして、それではと満を持して出版されたのがこの本である。
テーマは「男と女の日本語」。
続編にしては、いいテーマを選んだものだと妙なところで感心したりしている。
なにしろ24万項目が収録されている(第六版)という「広辞苑」であるから、テーマで大くくりしても何冊も刊行できるにちがいなく、次のテーマは「健康の日本語」なのか「グルメの日本語」なのかと人ごとながら楽しく想像している。
 ただ、「広辞苑」の言葉を類型することは時間さえあればできるだろうが、その言葉をどう読ませるか。永江朗さんの文章に香る昭和の雰囲気はなかなか出せないのではないかしらん。

 そういえば、「広辞苑」そのものがいまや昭和のモノのような感じがする。
 いまはもっぱら電子辞書やインターネットでの検索に頼っている人が多いのではないだろうか。
 この一年、辞書を開いた記憶はせいぜい数十回あるかなしやの私が書くのもおかしいが、要はてっとり早く調べるためには情報機器を駆使してしまう。
 もちろん、「広辞苑」の電子版も存在する。
 それでも、あの重厚な印刷版の「広辞苑」を開くのは、永江さんにいわせると、「読む楽しみ」だという。
 それはよくわかる。
 検索機能が発達したおかげで書店でも図書館でも全体を歩くということがなくなった。そのせいで、目的の本の横にある見も知らない本を見つける楽しみが減ったのは事実だ。同じことが辞書にもいえる。
 便利さは反面楽しみを奪ってしまう。
 昭和と平成の違いと似ていないか。

 それにしても、「広辞苑」には「男と女の日本語」の随分あることか。
 ヘタな官能小説よりうんと興奮するかもしれない。
 そもそも男は女のことがわからないし、女は男が理解できないのだから、辞書を頼りにそれを解明しようとすることはまっとうだ。もちろん、意味がわかってもそれがどんなものかわからないから、ますます妄想が広がる。  これこそ官能の極意ではないか。
 ただ、あのブ厚い「広辞苑」を開いてまで官能な気分に浸りたいという人も少ないと思うが。
  
(2012/12/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  いやあ、あまりの自民党の圧勝に
  この国の国民の
  その時その時の感情の揺れに
  危惧さえ感じてしまいます。
  ここ何年かの選挙が
  国民のヒステリーのような投票結果に
  揺れています。
  今回は自民党が勝ったのではなく
  民主党が負けたというのは
  簡単ですが、
  三年前に政権交代を願った国民は
  単なるだまし討ちにあったのでしょうか。
  結局、あらたなものに
  政権をとらせても
  変わるものなどなかったのでしょうか。
  こういう時、
  いつも思うのは
  もし司馬遼太郎さんが存命であれば
  「この国のかたち」をどう評価されたでしょうということ。
  はてさて、これからどうなるのでしょうか。
  少なくとも今より少しでも
  よい方向に進むことを願うしかありません。
  今日紹介するのは
  小川洋子さんの新しい本、『ことり』。
  せめて政治の世界も
  この作品のように
  馥郁たるものでありますように。

  じゃあ、読もう。

ことりことり
(2012/11/07)
小川 洋子

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sai.wingpen  馥郁たる、静謐な作品                   

 馥郁たる、というすてきな言葉があるが、小川洋子さんの『ことり』はこの言葉にぴったりな上質な作品だ。
 「小鳥の小父さん」と呼ばれる一人の男の物語。何故男が「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになったか、それはまだ男が少年だった時代までさかのぼる。
 男には兄がひとりいた。その兄は、少なくとも私たちが日常使う言葉をうしない、ポーポー語という誰にも理解できないものを話す人であった。
 唯一男だけが兄の言葉を理解した。そして、近くの幼稚園にあった鳥小屋の鳥たちと。
 
 両親がなくなったあと、男と兄の二人暮らしは長く続いた。それは静かな日々であった。
 兄がなくなって、男は一人取り残された。兄とともに通った幼稚園の鳥小屋だけが男の慰安であった。
 誰にいわれるのでもなく、男は鳥小屋の清掃を始める。鳥たちのフンを流し、水をかけ、エサを与えた。
 いつしか園児たちは男のことを「小鳥の小父さん」と呼ぶようになった。

 私たちの言葉をなくした兄のように「小鳥の小父さん」も他者と関わることを嫌った。
 鳥のさえずりとはばたきだけが男のまわりにあった。そんな男にある時転機が訪れる。
 図書館の司書。まだあどけなさが残るほどの若い娘。男を「小鳥の小父さん」と呼んだ。
 彼女は男が貸し出す本がどれも鳥に関するものだと気がついた、たった一人の理解者。男を異端視することもなく、その姿勢を評価した。
 男は司書に魅かれたが、叶うはずはない。
 切ない、小さなものがたり。小鳥のちいさなはばたき。

 この長編小説は鳥小屋のようなもの。
 さまざまな小さな小鳥たちでできあがっている物語といっていい。
 「小鳥の小父さん」と「司書」の恋の物語は、手のひらにおさまるような小ささだけど、確かな温みと生きる鼓動を伝えてくる。
 兄との生活も鳥の影。兄が、そして男が通った小さな商店も小鳥の姿といっていい。
 そして、男に忍び寄る幼児へのいたずら犯の嫌疑は、小鳥たちをねらう獰猛な獣の眼。
 男はそうして幼稚園の鳥小屋から追い出されてしまう。

 この物語には特定の名前をもった人はでてこない。
 「小鳥の小父さん」であり「兄」であり、「司書」であり「園長先生」である。名前をもたないことで物語は普遍という翼をもつ。切なさというさえずりをもつ。
 馥郁たる、静謐な作品だ。
  
(2012/12/17 投稿)

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  今日はなにより
  選挙の日。
  衆議院総選挙
  先日誕生日を迎えた娘に
  お祝いのメッセージと
  選挙には必ず行くようにと伝えました。
  すると、
  娘からあたりまえじゃない。
  と、頼もしい返信が
  ありました。
  選挙はいつも若い人にとっての
  明日の道しるべです。
  まずは選挙に行くところから
  始めませんか。
  今日の絵本、
  本田カヨ子さんの『とのさまサンタ』は
  選挙から帰ってから
  お読みください。
  まだクリスマスまで日はあります。

  じゃあ、選挙にいこう。

とのさまサンタとのさまサンタ
(2000/04)
本田 カヨ子

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sai.wingpen  こんな時代もメリー・クリスマス                   

 クリスマスに絵本はよく似合います。
 書店に行っても児童館に行っても、たくさんのクリスマスの絵本が並んでいます。
 その中では、この『とのさまサンタ』は異色だと思います。
 なにしろこの絵本の舞台は、頭にちょんまげをのせていたおさむらいさんの時代。
 遊ぶのが大好きなおとのさまが主人公です。
 外国から来たお客様がおとのさまにクリスマスの本をあげたものですから、おとのさまはすっかりクリスマスに夢中になってしまいます。

 まず、お城をクリスマス・ツリーに仕上げます。
 次にサンタさんがはいってこれるようにと煙突をたくさんたてます。そのたびに家来たちは大変です。
 つづいて、サンタさんのプレゼントをいれる靴下。でも、おさむらいさんの時代に靴下はありませんから、大きな足袋(たび)を作ります。
 準備万端揃いましたが、さすがにおとのさまでもできないことがありました。
 クリスマスまでまだ何日もあります。
 困ったおとのさまはカレンダーまでやぶって、無理矢理クリスマスにしてしまうのです。
 まったく困ったおとのさまです。

 サンタさんは当然やってきません。
 そこでみずからサンタさんを探しにでることにしました。そこでみつけた大きなつつみをさげた男。おとのさまはサンタさんを見つけたとばかりに、家来たちにつかまえさせます。
 なんとその男は泥棒だったのです。どうりで大きなつつみを背負っていたはずです。

 こんなふうに、クリスマスもサンタさんも時代と場所が変わると、とてもコミカルになってしまいます。
 でも、このおとのさまの気持ちはよくわかります。
 誰だってクリスマスが楽しみ。だから、クリスマスの絵本がたくさんあるのでしょうね。
 こういう楽しい絵本をみながら、クリスマスを待つのもいいものです。
 今年、どんなプレゼントがサンタさんから届くでしょう。
  
(2012/12/16 投稿)

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  今日は白石一文さんの一番新しい本、
  『火口のふたり』を
  紹介します。
  まず、表紙の写真にひかれました。
  結構ドキドキしますね。
  女性の背中の美しさ。
  物語もこの表紙のような
  官能場面がたくさん出てきます。
  けっして下品ではなく。
  ただそれにどういう意味があるのか
  もうひとつわかりませんでした。
  その分、書評もわかりづらいかもしれません。
  困った。
  失敗作のような気がしないでも
  ありませんが、
  皆さんはどうですか。

  じゃあ、読もう。

火口のふたり火口のふたり
(2012/11/09)
白石 一文

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sai.wingpen  これは近未来小説                   

 この小説は現代小説風ですが、近未来小説だ。
 東日本大震災から三年たったという想定で、もちろん、私たちはまだその日を経験していない。ここに描かれたことが起こるのかどうか誰もわからない。
 もっというなら、この物語の主人公のように就職した銀行をある不祥事をきっかけに辞め、妻子と別れ、そのあと立ち上げた会社も震災の影響でたちゆかなくなり、九州のふるさとに従妹の結婚でもどることになることも、主人公でなくともわからない未来なのだ。

 主人公の賢治は41歳。従妹の直子は36歳。二人は兄妹同然に育った仲のいい親戚だ。
 しかし、以前二人には肉体的な関係があった。それもかなり深く。
 今度の賢治の帰省はそんな直子の結婚式の参列だった。
 しかし、賢治には過去の関係の余熱はない。直子と別れてから、賢治は結婚し、娘をもうけ、そして破綻した。直子とのことは遠い日々だ。
 直子は違った。賢治をいまだに愛している。そして、一度だけの関係を求める。

 この物語には過激な性描写がある。獣のような激しい官能。
 一度だけの約束は、結婚式までにと変えられ、二人はかつての日々のように泥沼のような性を繰り返す。
 繰り返すが、これは近未来小説だ。
 まだ来ない日々だ。
 だとしたら、この物語すべてが賢治か、もしくは直子の妄想かもしれない。あるいは、願い。
 未来から過去へ、二人の官能はいとも簡単に行き来する。

 読み手(私もふくめ)は、とても混乱する。作者の意図がわからない。
 題名が表すように、火山の火口で危うい均衡をたもっている恋愛は、あることをきっかけにしてその大地の熱に堕ちていくのではないか。
 いや、火口は、愛するものだけは持ちうる熱情の出口なのか。

 誰もが不安を感じるいま。
 私たちの足元の大地がふたたび大きく揺れる不安を秘めているように、男と女の関係もまたふたたび火をはなつこともある。
 繰り返すが、これは近未来小説なのだ。
  
(2012/12/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昨日につづいて
  マンガです。
  今や何を書いても大ヒットする
  西原理恵子さんの『いけちゃんとぼく』。
  実は
  私は西原理恵子の初読みなんです。
  それに西原理恵子さんの絵が
  苦手でもあります。
  どうも、私は手塚治虫さんの漫画の影響を
  つよく受けすぎたかもしれませんね。
  どうも西原利恵子さんのマンガのタッチに
  なれないのです。
  でも、これだけたくさんのファンがいるのですから
  きっと西原理恵子さんのマンガが
  大好きという人の方が多いのでしょうね。
  好き嫌いは
  賛成多数で解決できませんが。
  それにしても
  昨日の益田ミリさんといい
  西原理恵子さんという
  女性漫画家は元気です。

  じゃあ、読もう。
  
いけちゃんとぼく (角川文庫)いけちゃんとぼく (角川文庫)
(2011/11/25)
西原 理恵子

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sai.wingpen  原題は「ぼくの わたしの まえのこと。」                   

 マラソン競技を見ていると時々ペースメーカーと呼ばれる人が走っていることに気づく。彼らは高水準の記録をもたらすために選手をひっぱる役割をもっているそうだ。
 一冊の本にかかる編集者もそんなペースメーカーによく似ている。時に本のタイトルも決めるとか聞いたことがある。
 西原理恵子の代表作のひとつでもあるこの本の場合はどうだったのだろう。
 もともと雑誌に連載されていた時は『ぼくの わたしの まえのこと。』というタイトルだったらしいが、どういう経緯か『いけちゃんとぼく』というものに変わった。
 すっきりした印象があるが、まるで「ドラえもん」と「のび太くん」みたいで、私は原題の方が好きだ。
 もちろん「ドラえもん」はとてもすてきな漫画だと思うし、ダメな「のび太くん」をいつも助ける「ドラえもん」の世界観はあれでできあがっている。

 西原のこの作品における「いけちゃん」は、ずっと前から「ぼく」のそばに「なんとなく」いる。「ときどきなぞ」である。形状は人魂のような幽霊形であるが、よくわからない。
 「ぼく」は弱虫なくせに時々きれるあたり「のび太くん」によく似ている。「いけちゃん」が「ぼく」を助けるのも、「のび太くん」と「ドラえもん」の関係に似ている。
 しかし、「いけちゃん」は「ドラえもん」とはまったくちがう。

 「いけちゃん」は「ぼく」の未来の「さいごの恋人」から生まれた恋情といっていい。
 短い恋、漫画の中では年老いた男女が描かれているから、「ぼく」の最後の恋だったのだろう。
 その彼女が子どもの頃の「ぼく」に会うために過去にやってきた、それが「いけちゃん」だ。
 西原のこの漫画は原題のとおり、『ぼくの わたしの まえのこと。』なのだ。
 前半のペーソスは後半には深い恋愛物語となっていく。
 若い女性たちは単に「いけちゃん」がかわいいだけでこの漫画に夢中になったのではなく、後半の切なすぎる恋愛に引き込まれたのではないだろうか。

 かつて恋人だった相手の成長していく姿を誰もがみたいと願う。
 しかし、それは誰にでもできることではない。もし、それがあるとすれば、母と子どもの関係かもしれない。
 愛するものを母はじっと見ている。
  
(2012/12/14 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近漫画をめったに読まなくなった。
  すごく反省しています。
  これからの時代、
  シニアと呼ばれている人たちも
  もっと漫画を読むようになるでしょうから、
  敬老漫画、シニアマンガが生まれてもいいでしょう。
  いつまでも「サザエさん」でもないし。
  今日は漫画の紹介です。
  益田ミリさんの『ふつうな私のゆるゆる作家生活』。
  いつも感じるのですが
  益田ミリさんの漫画にある
  「間」というのは絶品です。
  全体の空気にある「間」です。
  こういう漫画家をもっている女性の皆さんは
  仕合せですよね。
  益田ミリさんの漫画だったら
  敬老マンガもアリでしょうね。

  じゃあ、読もう。

ふつうな私のゆるゆる作家生活ふつうな私のゆるゆる作家生活
(2009/03)
益田 ミリ

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sai.wingpen  益田ミリができるまで                   

 司馬遼太郎は「小説の言語」というエッセイ(『この国のかたち三』所載)の中で、夏目漱石をもって「情趣も描写でき、論理も堅牢に構成できるあたらしい文章日本語が、維新後、五十年をへて確立した」と書いている。
 漢字、ひらがなといった文字を当然あったが、それだけでは表現できないのが文章の難しさだし、文章もまた進化していることを短く的確に読み解いたものだ。
 美文調ではなかなか論理を表現することは難しかったようだ。
 同じことが、漫画にもいえる。
 「漫画の神様」手塚治虫はそれまでの漫画表現を大きく変えた漫画家だし、それに続く石ノ森章太郎はさらに進化させた一人といっていい。
 しかし、現代はもっと多様化している。漫画がマンガ、あるいはMANGAに変わったことの意味は大きい。
 おそらく手塚治虫の時代では益田ミリの描くような作品は漫画として認識されなかったのではないか。これを採用する媒体もなかったと思う。
 文章日本語でしか描かれなかったものが、いまはこうしてマンガとして流通していることに感嘆する。

 この作品では今や女性たちに絶大な支持を受ける益田ミリがどのように誕生したかが、描かれている。
 文章でいえば自伝のようなもの。日本経済新聞の人気コーナー「私の履歴書」のマンガ版というと、大げさかな。
 「しょっちゅうカンニングばかりしていた」高校時代、コピーライターをめざした「短大時代」、自分の意見もいえなかった「会社員時代」と、益田ミリの半生は反省と後悔の連続だったようだ。それでいて、これはこの人の天性のようなものだろうが、真剣に悩んでいるふうでもない。
 このあたりが、益田ミリ人気の素だと推測する。

 世の中うまい話ばかりではない。成功している人ばかりではない。どうして自分はダメなんだろうと誰もが思う。
 そういう人にとって、益田ミリは「同類見つけた」の対象だ。等身大の自分。会社や学校で嫌なことがあっても、益田ミリのマンガに慰められるのはよくわかる。
 こういうマンガが人気を集めること自体、マンガの表現方法が進化したといえるだろう。
 手塚治虫が生きていたら、どう評価しただろう。
  
(2012/12/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  12月5日、突然飛び込んできた
  歌舞伎役者十八代中村勘三郎さんの訃報。
  私は中村勘三郎さんの舞台も
  歌舞伎も観たことはありません。
  トーク番組やドラマで拝見しただけです。  
  それでも、中村勘三郎さんは
  私の同い年ということが
  すごく応えました。
  57歳。
  どう考えても若すぎますよね。
  そのことが無性に切ない。
  と同時に
  私の年令であれば
  死というのはそんなに遠いことではないと
  いうこと。
  今日は、
  十八代中村勘三郎さんがその襲名前に
  本にした聞き書き、
  『襲名十八代―これは勘三郎からの恋文である』を
  紹介しますが、
  中村勘三郎さんがいまいないということを
  思うと、
  あまりにも悲しい一冊です。

  心よりご冥福をお祈り申し上げます。

  じゃあ、読もう。

襲名十八代―これは勘三郎からの恋文である襲名十八代―これは勘三郎からの恋文である
(2005/04)
中村 勘三郎

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sai.wingpen  追悼・十八代中村勘三郎さん - 何かの手違いだと云ってよ、神様。                   

 人のいのちに優劣はない。いのちの重さはみんな同じだ。
 だけれど、12月5日に57歳で亡くなった歌舞伎役者十八代中村勘三郎さんのことを想うと、神様やっぱりそれはないでぇと云いたくなる。
 どうしてあんなに才能ある人をこんなに早くあっちの世界に連れていかなければならないんだ。
 何かの手違いだと云ってよ、神様。

 この本は2005年、当時勘九郎と称していた十八代勘三郎さんがその襲名披露前にスポーツニッポン新聞に掲載された聞き書きを収めたものだ。たった7年前のことだ。
 誰も、もちろん勘三郎さん自身、この後わずか7年でその生涯を終えるなんて思ってはいない。
 夢だったニューヨーク公演を「平成中村座」として成功し、若者の街渋谷のシアターコクーンでの「コクーン歌舞伎」や劇作家野田秀樹と組んだ演目など、次から次へと挑戦し、高揚する勘三郎さんの姿が肉声のように伝わってくる。
 伝統芸としての歌舞伎を守りながらも新しいものに挑戦する姿は多くの世代を魅了した。
 そして、十八代の勘三郎の襲名。この時、勘三郎さんは涙ながらに口上を述べたという。

 4歳で初舞台を踏んだ勘三郎さんは厳しい父が大好きだった。
 この本の中にも先代の父勘三郎の思い出がたくさん出てくる。
 父は越えるもの、けれど敬愛するもの。
 勘三郎さんはやんちゃ坊主の一面を持っていたし、この本でもお酒での失敗とか思わず吹き出す事件? とかたくさん話しているが、父に対しては愛情以外の何ものも持ち合わせていないことがよくわかる。
 同じように友達を愛した人でもあった。
 若い時に共演して以来ずっと付き合いのあった大竹しのぶさん、同い年の仲間江川卓さんや明石家さんまさん、役者仲間の渡辺えり子さん。そして、たくさんの歌舞伎仲間たち。
 勘三郎さんが愛したように、誰もが彼を愛した。

 十八代中村勘三郎さんの死を多くの人が惜しんだ。
 しかし、もっとも悔しかったのが、勘三郎さん自身だったにちがいない。
 「夢はね、70歳になったら(妻と)二人のんびり暮らすこと。本当かって・・・本当ですよ」と語っていたこの時の勘三郎さんは、57歳で自分がいなくなるなんて考えてもいなかったはず。
 それが悔しい。

 12月11日、十八代中村勘三郎さんの密葬があった。
 冬空に無数の紙吹雪が舞い、「中村屋~!」「十八代目!」の掛け声がとんだという。
 また、ひとつ、緞帳が静かにおりた。
  
(2012/12/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から今日で1年9ヶ月
  先日起こった強い地震に
  あらためてあの日のことを思い出しました。
  この時、一緒にいた何人かは
  福島の原発は大丈夫だろうかと
  声にしたのが印象的でした。
  東日本大震災で壊れた原発は
  いまたくさんの人々の手によって
  廃炉への道をたどっています。
  しかし、もし先の東日本大震災のような
  大きな地震がきたら
  どうなるのでしょうか。
  十分な備えはできているのでしょうか。
  まさかまた「想定外」なんていわないでしょうね。
  今日紹介するのは
  その原発のある福島の子どもたちが書いた作文をまとめた
  『ふるさとはフクシマ 子どもたちの3.11』です。
  絵本作家たちが絵をつけて
  絵本のような形で出版されたものです。
  今後この国は原発をどう選択するのか。
  今回の衆議院選挙のテーマでもありますが、
  実のある議論にしてもらいたいと
  思います。
  ふくしまの子どもたちのためにも。

  じゃあ、読もう。

ふるさとはフクシマ 子どもたちの3.11 (えほんのもり)ふるさとはフクシマ 子どもたちの3.11 (えほんのもり)
(2012/10)
元気になろう福島

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sai.wingpen  「ふくしま」というきれいなひらがなが子どもたちの故郷                   

 12月7日の夕刻、東北から関東にかけて地震が起こりました。2011年3月11日の東日本大震災のことを思い出した人も多かったのではないでしょうか。
 今回の地震速報の際にはNHKではアナンサーが「東日本大震災を思い出してください」「命を最優先にしてください」などと強い口調で避難を誘導したといわれています。あの日の教訓がこういうところにも生かされています。
 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざがある通り、私たちはどんな苦しいこと悲しいことがあっても忘れてしまいます。それは一面生きるための知恵のようなものです。
 しかし、忘れることで油断が生まれます。
 東日本大震災の大きな被害も油断がそれを拡大したともいえます。
 今回の地震は東日本大震災の余震だったそうですが、これで終わりとも思えません。
 私たちはあの日の悲しみを忘れず、いつかくる災害に備えなければならないのです。

 この絵本は東日本大震災と原発事故で被災した福島の子どもたちが書いた作文や詩に、16人の絵本作家や画家たちが絵を提供してできたものです。
 浜田桂子さんや和歌山静子さんたちがそれぞれのタッチで子どもたちの文章に込められた思いを絵にしています。
 ひとつの出来事ですが、子どもたちが感じた思いはさまざまです。
 津波で家をなくした子、親戚の人や友達をなくした子、原発事故で故郷から避難しなければならなくなった子、友達とさよならした子。
 長い文章を書いた子、たんたんと思いをつづった子、詩で書くしかできなかった子、といったように、表現する対象も方法もまちまちです。それに合わせて、絵本作家たちの表現もちがいます。
 共通しているのは、命の尊さです。
 それが、この絵本に込められた願いでしょう。

 福島は地震や津波の被害に加えて原発事故によって他の被災地とはまったく違う悲しみと苦しみを背負いました。
 福島に住む人たちにそれはあまりにも過酷です。
 だからといって、福島は特別ではありません。そこで生まれた人たちにとって、故郷であることに変わりはないのです。
 そのことを奪う権利は誰にもないはずなのに、避難を続けるしかない。
 せめて、彼らの悲しみや苦しみを忘れないことが大切ではないでしょうか。

 いい絵本ですが、福島を「フクシマ」とカタカナ表記されていたのが残念です。
 「ふくしま」というきれいなひらがなが子どもたちの故郷だから。
  
(2012/12/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は今年直木賞を受賞した
  辻村深月さんの『鍵のない夢を見る』を
  紹介します。
  辻村深月さんは1980年生まれですから
  まだお若い。
  今秋映画化されて話題となった
  『ツナグ』も辻村深月さんの作品ですね。
  直木賞を受賞したのは
  短編集で、
  5つの作品が収録されています。
  そのどれもが女性が主人公。
  おそらく辻村深月さんと
  同年代の女性たちです。
  結婚とか出産とか
  仕事とか友情とか
  とても大変な年代だし、
  しかも女性という立場ですから
  多くの女性読者は
  この作品に共鳴するところが
  多いのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

鍵のない夢を見る鍵のない夢を見る
(2012/05/16)
辻村 深月

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sai.wingpen  地方は都会の夢を見る                   

 第147回直木賞受賞作。(2012年)
 直木賞は芥川賞と違い、この作品のように短編集である一冊の作品を対象にすることもある。
 この短編集には名前のない地方都市を舞台にした5つの作品が収められている。
 選考委員の何人かが作品がもっている「地方色」に注目しているし、作者自身「受賞の言葉」の中で「地方を描く」という観点からも評価してもらえたことを喜んでいる。
 しかし、これらの作品に描かれている「地方」は少しだけ都会とずれているだけで、主人公たちは都会に出ることは容易だ。それでいて、都会の雑踏を巧妙に避けているのは、作者の巧さといっていい。
 それぞれが殺人や窃盗や放火といった事件性を持ちながら、それらが起こるのが地方ということは、そこに住む人々の眼が新鮮だということだろう。
 都会では埋もれてしまう事件であっても、地方では記憶に残る大事件となる。
 そういった視点を作者は大事にしているともいえる。

 何人かの選考委員が好きな短編を記している。
 桐野夏生委員は「美弥谷団地の逃亡者」と「芹葉大学の夢と殺人」。伊集院静委員が「仁志野町の泥棒」。宮部みゆき委員が「美弥谷団地の逃亡者」、阿刀田高委員が「君本家の誘拐」といったように。
 おそらく書籍名の『鍵のない夢を見る』に一番近い作品は「芹葉大学の夢と殺人」だろうが、私は「君本家の誘拐」が面白かった。
 これは育児ノイローゼとなった主人公が子どもを誘拐されたと騒ぎ出す場面から始まる。
 そこから、彼女の結婚観、妊娠願望、マイホーム、そして出産とつづく、女性ならではの悩みと願望が丁寧に描かれている。
 出産後、だんどん育児ノイローゼにはまっていく主人公。ついには、子どもを叩いてしまう自分に怖れさえ持つようになる。
 彼女の子どもは本当に誘拐されたのか。
 これは「夢」なのか。
 それが「鍵のない夢」なら、いったい誰が彼女の夢をあけるのだろう。
 現代人の恐怖が巧みに描かれている。

 この作品でもそうだが、主人公をじっと視ている他者がいる。
 それは都会ではありえない他者かもしれない。
 この短編集では、その分、主人公たちは常に名前をもった具象である。
 最後に書きくわえておくと、渡辺淳一委員は「受賞作なし」を主張したという。
  
(2012/12/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は私の大好きな
  酒井駒子さんの一番新しい絵本を
  紹介します。
  『はんなちゃんがめをさましたら』です。
  表紙絵でもわかるように
  酒井駒子さんが得意とする
  小さな女の子のお話です。
  酒井駒子さんの描く
  小さな子供は
  本当にかわいいですよね。
  私は大好き。
  無垢という言葉が
  ぴったり。
  それと
  夜の取り合わせが素晴らしい。
  街のイルミネーションも素敵な季節。
  クリスマスが近くなって
  子供たちの夢も
  ふくらんでいるでしょうね。

  じゃあ、読もう。

はんなちゃんがめをさましたらはんなちゃんがめをさましたら
(2012/11/05)
酒井 駒子

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sai.wingpen  おやすみなさい、はんなちゃん                   

 「ロリコン」というのは、ウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』からとられているのは有名な話だ。これは別に外国の特権ということではなく、わが『源氏物語』でも「若紫」の巻ではこの時わずか10歳ばかりの少女を光源氏が見初める場面がある。この少女はのちに紫の上となって源氏の妻となる。源氏もまた18歳ほどの青年だから、ロリコンと呼ぶこともないだろうが、少女愛にはちがいない。
 なぜ、こういう話から始めたかというと、酒井駒子の描く少女がかわいくてたまらないからだ。
 念のために断っておくと、私はロリコンではない。
 でも、酒井の描く少女がかわいくて、ついほっぺをつっつきたくなる。

 この『はんなちゃんがめをさましたら』の主人公はんなちゃんはいくつぐらいだろう。まだ、指をくわえて眠ってしまうくらいだから、小学校にあがる前だろう。
 ある日、はんなちゃんが目を覚ますと、まだ部屋の中は真っ暗。隣のおふとんではお姉さんがぐっすり眠っている。
 起きてきたのは猫のチロだけ。
 仕方がないので、はんなちゃんはチロとふたりしてトイレでおしっこ。
 大きな便器に座るはんなちゃんのかわいいことといったら。
 ここからは、はんなちゃんの夜の冒険だ。
 だって、誰も起きてこないんだもの。

 小さな子にとっては夜はいつもたくさんの魅力がいっぱい。月も空気もぴんとはりつめている。
 世界上で起きているのは、もしかすると自分ひとりではないかと錯覚してしまう。
 目も耳も自分から離れて、じっと夜をみつめている。
 そんなときめくような気分が少女をどこかしら大人にしてしまうよう。
 気がついたら、窓の外は少しずつ白んできた。
 はんなちゃんは「まぶたがおもくなってきて・・・」、いつしかお姉さんのおふとんのはしっこで眠ってしまった。
 最後のページの指をくわえて眠る、はんなちゃんのかわいいことといったら。
 くれぐれも断っておくと、私はロリコンではありません。

 酒井駒子の黒の魅力と少女の魅了が思う存分発揮された絵本といっていいでしょう。
 誰もが、はんなちゃんにおふとんをかけてあげたくなると思う。
 おやすみなさい、はんなちゃん。
  
(2012/12/09 投稿)

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 昨日紹介した『退職貧乏父さんにならない6つの方法』の
 書評の中で
 退職後のお金の勉強はできれば40歳代からすべき、と
 書きましたが、
 まさにそんな特集記事を組んだのが
 今週発売された「週刊ダイヤモンド」12/8号(ダイヤモンド社・690円)。
 題して、

   老後破綻を避ける 40代からの「お金」の強化書

 ね、すごく興味があるでしょ。
 今回の「雑誌を歩く」は、「週刊ダイヤモンド」を歩きます。

週刊 ダイヤモンド 2012年 12/8号 [雑誌]週刊 ダイヤモンド 2012年 12/8号 [雑誌]
(2012/12/03)
不明

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 まず、この特集記事のリード文から。

   誰もがいずれは迎える老後。漫然とした不安を抱いても何の解決にもならない。
   将来の暮らしをイメージして、足りないお金を今からためるしかない。

 正直、私は老後が心配です。
 私の老後のイメージは、
 好きな読書三昧、映画三昧としたいのですが、
 それだけで、
 つまりは収入がないと暮らしていけないし、
 年金がどこまではいるかわからないし、
 もっといえば、
 私は何歳まで生きるのかがわからない。
 そんないくつものわからない中で
 いったいどれくらい貯金があればいいの?

 今号の「週刊ダイヤモンド」は
 まず、「安心の老後に必要な資金と貯蓄戦略」という記事の中で、

   老後にかかるお金を徹底解剖
   3000万円を蓄えよ

 としています。
 でも、これは年金支給額次第で変わりますし、
 老後、あの時「週刊ダイヤモンド」がそういったじゃないって嘆いても
 仕方がありませんよ。

 その他、老後の定番課題ともいうべき
 「医療費と保険」「介護費用」「老後の住まい」「葬儀・墓」といった記事が
 並んでいます。
 面白かったのは、
 「スマホを駆使してかんたん節約!」。
 「週刊ダイヤモンド」の面白いところは、
 こういう記事でもトレンドをはずさないこと。

 今、衆議院選挙の真っ最中ですが、
 現役老人の皆さんは「老後対策」が気になるところでしょうが、
 今の若い人が老人になった時、
 この国が一体どんな国になっているのか
 それを誰に、どの党にまかせたらいいのかといった
 長期的な視点で選択することが
 大事なような気がします。

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日家電メーカーの苦境について
  少し書きましたが、
  あれらの会社で働いている人たちは
  わずか数年でこんなことになるなんて
  想像すらしなかったのではないでしょうか。
  一寸先は闇。
  突然早期退職を勧告されたら
  どうします?
  誰だった迷います。
  出るのも地獄、残るのも地獄です。
  もし、早期退職を考えているのであれば
  まずこの本を読んでみては
  どうでしょう。
  今日は
  『退職貧乏父さんにならない6つの方法』を
  紹介します。
  誰だって、
  「退職貧乏父さん」にはなりたくありません。
  退職してからでは
  遅すぎます。
  退職までにじっくりと「勉強」しておくことが
  大切です。

  じゃあ、読もう。

退職貧乏父さんにならない6つの方法退職貧乏父さんにならない6つの方法
(2012/09/24)
日経マネー

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sai.wingpen  一生勉強                   

 退職したら、あれもやりたい、これもしたいと、多くの人は思う。
 今まで働いてきたご褒美として、定年後の時間があると。
 しかし、現実は厳しい。
 年金支給年はこれから順次繰り上がっていく。いいや、将来支給されないかもしれない。
 不安の暗雲がこれから退職を迎えようとする人たちにのしかかる。
 もしかした、自分も「退職貧乏父さん」になるかもしれない。少なくともならないという保証はない。
 そんな人のために、この一冊。
 しかも早くから、できれば40代から服用(読んでおく)のがいいかもしれない。

 一番心配なのが、死ぬまでにどれだけお金が必要かということ。
 ところが、これには答えがない。
 第一に、いつ死ぬなんて誰にもわからない。その時間がわからない限り、必要な金額などでるはずはない。平均寿命は確かに目安になるだろうが、それより長生きすることだって十分考えられる。
 本書でも参考になる数字はでているが、それは参考でしかない。
 ましては、人それぞれ生活水準や環境がちがう。
 できれば、まずそのことから整理しないといけない。

 この本で紹介されている「6つの方法」は、ビジネスの現場で充分に学んだ方法といっていい。
 まず、目標を定め、ゴールの期限を置く。この過程で自分や家族の価値観を整理できる。ちょうど会社で中長期の計画を策定するようなものだ。
 それと、活用できるお金の洗いだし。どんな事業でもそうだが、今手元にどれだけの資金があるのかわからないと計画も実現しない。
 会社で働いていた時に、資産とか負債とか習ったと思うが、その知識を使えばなんとかなる。(本書ではそのほかに保険もはいっている)。
 また、投信に対する考え方も紹介されている。
 私の経験からいうと、リスクの程度がわからない金融商品には手を出さないことだ。もっとも、そうなると、リータンも望めないのだが。
 だから、「退職貧乏父さん」にならないためには、まず「勉強」。

 社会人になって、「勉強」から解放されると思ったら、実は社会人こそ「勉強」しないとついていけない現実がある。
 では、定年になったら今度こそ「勉強」しなくてもいいかといえば、それも無理。

 人間、死ぬまでお金の苦労が絶えないように、「勉強」から解放されることもない。
  
(2012/12/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  ソニーにシャープ、
  それにパナソニック。
  かつて日本の産業を支えた
  大手家電メーカーが苦境に立たされている。
  株価低迷、リストラなんていう
  言葉を聞くと
  どうしてこんなにも急速に悪化したのかと
  茫然となります。
  今日紹介するのは
  『松下幸之助 ビジネス・ルール名言集』という本ですが
  もちろん松下幸之助さんは
  現在のパナソニックの創業者です。
  書評では紹介できませんでしたが
  こんな言葉を
  書きとめておきます。

   反省すべき点は、他に求めず、自分にあると考える。

  とても深い言葉です。
  苦境に立った会社で働くのは
  大変ですが、
  負けないでがんばって下さい。

  じゃあ、読もう。

松下幸之助 ビジネス・ルール名言集 (PHPビジネス新書)松下幸之助 ビジネス・ルール名言集 (PHPビジネス新書)
(2012/08/18)
PHP研究所

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sai.wingpen  賢者の言葉                   

 家電メーカーの苦境が続いている。
 それでも、というか、だからこそというか、家電メーカーの雄パナソニック(旧名松下電器産業)の創業者松下幸之助人気は衰えることはない。
 こういう不況時にもし「経営の神様」と呼ばれた松下翁が存命であればどうだったろうか。
 さすがの松下翁でもこの不況を脱することはできないとい諦念派、いや松下翁であればなんとか脱出できるのではないかという期待派さまざまだろう。
 ひとつだけいえるとすれば、それは歴史上の「もし」でしかないということだ。
 いまここにある危機を乗り越えるのは、松下翁ではない。
 私たち自身なのだ。

 松下翁はこんな言葉を残している。「不況とは、ちょうど大暴風雨にさらされているようなもので、まったく濡れないでいくうまい方法はない」と。
 やはり、松下翁でも不況には勝てないかもしれない。
 しかし、松下翁はそんな中でも「慌てず。うろたえないこと」を求めている。さらに、「辛抱するから、技術なり仕事なりが身につく」と教える。
 もちろん、松下翁が生きた時代と現代ではあまりにも情報のスピードが違いすぎるし、株主たちが早急な結果を求めすぎる。
 「辛抱」がたらなくなったのは、社会や経済だけでなく、私たちだ。

 私たちは三十年前と同じ時間を生きているわけではない。
 1日は24時間、1時間は60分は変わらないが、実態は大きく違っている。
 松下翁と同じことを現代の経営者に求めることはできない。そういう点では現代の経営者は酷である。
 それでも、松下翁のこんな言葉を現代の経営者はいえるだろうか。
 「世間を信頼して正しいことを行なっていく限り、必ず受け入れられるのだ」。

 もし自分が苦境の企業の経営者だったらどう舵取りをするだろうか想像しながら、「経営の神様」松下幸之助の言葉を紹介したこの本を読むのもいい。
 あるいは、松下翁の部下として厳しい叱責を浴びた時、自分ならどう行動するだろうか考えるのも、いいだろう。
 賢者の言葉をないがしろにすべきではない。
  
(2012/12/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  このブログも5年めにはいったわけですが
  今までこのブログでは
  再録書評とか蔵出し書評は載せてきましたが
  再読の本の紹介は
  ほとんどしてきませんでした。
  4年もたてば
  もう一度読んでみたいという本も
  でてきます。
  今日はそんな一冊、
  川本三郎さんの『いまも、君を想う』を
  紹介します。
  以前読んだのが2010年6月ですから
  もう1年半経っています。
  今回書評を書くにあたっては
  前回の書評は読み返さずに書きました。
  気分はちょっっと似ていますが。
  皆さんはどちらが好みでしょうか。

   前回の書評はこちらからお読みいただけます。

  今年もあとわずか。
  父が亡くなったのが1月ですから
  もうすぐ1年になります。

  じゃあ、読もう。

いまも、君を想う (新潮文庫)いまも、君を想う (新潮文庫)
(2012/10/29)
川本 三郎

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sai.wingpen  極月や 今朝も一通 喪のはがき                   

 今年一月、父を亡くした。
 最後となった正月、歩くのもおぼつかなくなった父を、兄と二人でお風呂にいれた。それからわずか二十日ばかりの命であった。
 それが、最後の親孝行になった。
 母は父よりも二年ばかり早い早春亡くなった。
 誕生日が目前だったので、病室でささやかなお祝いをした。本人のたっての希望だった。
 その夜、母は亡くなった。
 思えば、それも、最後の親孝行だった。

 母を先に亡くした父は寂しかったにちがいない。
 それまで何かと母を頼りにする父であったから尚更だった。
 こんなことをいうのは酷かもしれないが、二年ばかりで父が逝ったのは幸福だったと思う。
 それでよしとする。
 父も母もともに八十を過ぎて、人生として十分であったと思うが、この本に描かれた映画評論家であり文芸評論家である川本三郎さんの奥さん恵子さんの場合、まだ五十七歳という若さである。
 川本さんとは七歳年下になる。
 その悲しみをこらえて、川本さんが亡き妻に捧げたのが、この作品である。

 書くことをためらう川本さんに「なるべく楽しかったことを」と担当編集者は励ましたという。
 それに応えるように川本さんは「感傷的にだけはなるまい」と、二人の楽しかった思い出や恵子さんの明るい面を描いていく。
 それでいて、死期がせまった最後の日々で恵子さんがふっともらす言葉や吐息が、読む者の胸をうつ。
 この夫婦は幸せだったろう。
 だから、最後の時まで、幸せな表情をしている。

 よく読んでいくと、この追想記には恵子さんだけでなく、さまざまな人の死が描かれている。
 自身の長姉、恵子さんの父、友人で写真家の稲越功一さん、その他名もなき人まで。
 考えてみれば、私たちの周りにはたくさんの死がある。そして、それと同じだけの悲しみがあり、思い出がある。
 川本さんは「あとがき」に結婚式にも参列してもらった作家の井上ひさしさんの死にもふれている。
 そして、その末尾に恵子さんの葬儀に弔辞をよんだ丸谷才一さんに謝辞を記しているが、その丸谷さんも今年亡くなった。
 何度読んでもじんとくる一冊である。

  極月や今朝も一通喪のはがき  夏の雨

  
(2012/12/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  おかげさまで、今日

  「本のブログ ほん☆たす」は4周年を迎えました。

  この間、たくさんの人に応援頂き、
  感謝してます。
  途中、何度かやめようとか
  休もうとか
  思わないでもなかったですが、
  待ってくれている人が一人でもいるかもしれないと
  やめることができませんでした。
  毎日このブログを訪問してくれる人、
  毎週欠かさず一度は開いてくれる人、
  たまに訪問してくれる人、
  来てくれたけどがっかりしてもうさよならする人、
  人さまざまですが、
  たったひとつでも
  皆さんの心に残る書評が
  書けてればいいのですが。
  そんな記念日に
  ぴったりの一冊を今日は
  紹介します。
  斉藤孝さんの
  『10分あれば書店に行きなさい』。
  できれば、
  5分あれば「ほん☆たす」を読みなさい、と
  いいたいところですが。

  応援ありがとうございます。
  そして、これからもよろしくお願いします。

  じゃあ、読もう。

10分あれば書店に行きなさい (メディアファクトリー新書)10分あれば書店に行きなさい (メディアファクトリー新書)
(2012/10/29)
齋藤孝

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sai.wingpen  書店は人生の「宝島」                   

 「本のブログ ほん☆たす」という書評ブログを立ち上げて、丸4年になりました。
 もともと本好きでしたから、本を読むこと、それを書きとめておくことは習慣になっていましたが、ブログを始めて読書量は飛躍的に増えました。
 最初の一年はともかく休まず掲載しようと決めていましたが、そのうちにやめられなくなって、丸4年休まず、読みつづけ、書きつづけています。
 長続きのコツでもありますが、読みたい本がどんどん出てくるから不思議です。
 本たちが「おいで、おいで」をして待ってくれるのです。

 ですから、書店に行く習慣は途絶えることはありません。
 乗り換え駅の構内に小さな書店がありますから、仕事からの帰りは毎日立ち寄ります。
 書店の魅力を書いているこの本の中で、著者の斎藤孝さんは「書店は刺激に満ちている」と書いていますが、その通りだと思います。
 仕事をしている人だけでなく、若い人にも、主婦にも、書店ほど面白いところはないのではないでしょうか。
 ところが、どうも最近ではそうでもない。
 世の中にあまりに刺激があふれすぎていますし、本よりうんと簡単にその刺激を享受できるものが氾濫しています。

 本というのは読むのに時間がかかります。
 それよりももっと簡単にというのが今の人の嗜好かもしれません。
 でも、実は本の魅力というのはそういう時間を共有できるところにもあるような気がします。
 時間を共有することで自分自身が磨かれていく感じがあります。
 その時間をとどめておくために、ブログを書いているといってもいいくらいです。

 ただ本を好きになること、本を読むようになることには、練習が必要です。
 ほとんどの人が本の中にある文字は読めます。それが一冊の本となれば、読み終えるのも難しくなるのはどうしてでしょう。
 だから、練習が必要なのです。
 書店に行くのも同じ。
 斎藤さんが書いているように、待ち合わせ場所を書店にしたり、10分あれば書店に行くといったように、本になじむことが大事です。
 せっかくの「宝島」に上陸しないのは、人生にとってあまりにももったいなくないですか。

 ちなみに、この本も書店で見つけた一冊です。
  
(2012/12/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  突然ですが、
  みなさん今放映中の
  NHK連続テレビ小説、いわゆる「朝ドラ」の
  『純と愛』見てますか。
  前回の『梅ちゃん先生』とうって変って、
  現代が舞台だし、
  どうも暗そうだしということで
  作品の出来は賛否両論みたいですが、
  私は欠かさず見ています。
  先週あたりからぐんと面白くなってきましたよ。
  初めは見てたんだけど、という人は
  またどうですか。
  主人公の純がとにかく頑張ってますよ。
  というわけで、
  (何が、というわけか、わかりませんが)
  今日は田幸和歌子さんの
  『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』を
  紹介します。
  「朝ドラ」ファンには必読の一冊です。
  それにしても、
  なんとか過去の「朝ドラ」をもう一度見たいもの。
  『おしん』と『ふたりっ子』。
  NHKさん、なんとかなりませんか。

  じゃあ、読もう。

大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた
(2012/09/13)
田幸和歌子

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sai.wingpen  私、「朝ドラ」の味方です                   

 人によってそれはちがうだろうが、私の場合のNHK連続テレビ小説、通称「朝ドラ」初体験は『おはなはん』だったような気がする。
 この作品は1966年放送だから、私が11歳の時だ。
 「朝ドラ」開始から半世紀以上経つが、その中でもこの『おはなはん』という作品は、現代に脈々と続く「朝ドラ」の礎を築いたともいえるもので、私より上の世代の多くは記憶しているのではないだろうか。
 ヒロインを演じた樫山文枝さんの愛くるしさ、印象に残る音楽(今でも口ずさむことができる)など、子どもにも印象深い作品だった。
 だが、残念ながら現代とちがい録画といった方法もなく、1年間(当時の「朝ドラ」は1年間の放送だった)見続けたという記憶はない。
 それからあとの私の「朝ドラ」体験はほとんどない。あの『おしん』でさえ、見ていない。
 「朝ドラ」の時間帯には、学生時代は寝ているか、働きだしてからは通勤途上だ。
 だから、どうしても「朝ドラ」は女性、しかも家で働く女性が対象となっているかもしれない。

 ところが、私の「朝ドラ」事情は、2011年の下半期に放映された『カーネーション』で一変する。
 私の出身の大阪岸和田を舞台にしていたということもあるが、とにかく面白かった。
 この作品は今でも支持する人が多いようで、この本でも「朝ドラの熱狂」という最初の章は「カーネーション」小論となっている。
 今は録画という手段もあるから、毎日仕事から帰ってから見ていた。こんないいドラマを今まで見過ごしてきたのかという悔いも残った。
 それから現在の『純と愛』まで、あまりTVを見ない私としては唯一といえる習慣となっている。

 本書の著者の「朝ドラ」初体験は『マー姉ちゃん』(1979年)だったそうだ。
 これが6歳の頃というから、随分ませた子どもだった。ただ、父親も含めた家族の場での視聴だったようで、「朝ドラ」はそういう家族の絆づくりにも貢献していた。
 そんな著者だから、「朝ドラのヒロイン」「朝ドラの恋愛・結婚」「朝ドラの家族」といった内容はとても充実していた。むしろ、このページ数ではとても語り尽くせないのではないだろうか。
 著者は「日本の親たち・祖父母たちの代弁者として、いつでもたくさんの大切なことを教えてくれた」と「朝ドラ」を評価している。
 「朝ドラ」初心者の私としても、同感だ。
  
(2012/12/03 投稿)

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