プレゼント 書評こぼれ話

  毎月「向田邦子全集<新版>」を
  読みついでいるのですが、
  今月も最後の日の紹介となりました。
  反省しても、
  この11巻が最後の巻。
  あとは別巻2冊を残すばかりです。
  こうして向田邦子の全作品を
  読破して感じるのは
  やはりあまりにも早すぎる死です。
  51歳。
  私などは向田邦子より
  うんと生きているのですが、
  向田邦子なんて足元にも
  及びません。
  やっぱり人はどれだけ生きたではなく、
  どんな風に生きたか、
  なんでしょうね。
  次月は別巻1の紹介です。
  お楽しみに。
  また最後の日にならないよう、
  しっかり読みます。

  じゃあ、読もう。

向田邦子全集〈11〉エッセイ7 男どき女どき向田邦子全集〈11〉エッセイ7 男どき女どき
(2010/02)
向田 邦子

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sai.wingpen  スキーがなければ作家向田邦子は誕生しなかった                   

 「向田邦子全集<新版>」全11巻の、これが最終巻である(このあと、別巻2冊が刊行)。
 この全集が<新版>とあるのは、向田が亡くなって6年後の1987年に三冊ものの「向田邦子全集」が刊行されているからだ。
 それから、20年以上経った2009年、向田の生誕80年を記念して刊行されたのが、この<新版>だ。
 もし、向田が存命であれば、まだ80歳をほんのわずか過ぎたばかりで、作家としても脚本家としても十分現役として活躍していたにちがいない。

 この巻には詳細な「年譜」が収められている。
 それを読むと、向田の活躍がその突然の死からわずか10年ばかりであったことがわかる。
 向田が亡くなったのは、1981年(昭和56年)8月22日。
 年譜には、「台湾旅行中に飛行機事故で死去。享年51。」とある。
 そっけなく、ある。
 おそらく、多くの放送関係者、出版関係者、視聴者、読者が、向田に突然の死に驚いたことだろう。
 しかし、向田のすごいところは、いつまでも生き生きとした作品を私たちに遺したことだろう。
 それは三島由紀夫や川端康成さえもなしえなかった偉業といってもいい。
 彼女の作品はいつまでも現役として、かつての読者を慰撫し、新しい読者を生み出している。

 この巻には、向田が残して未刊行だったエッセイを落穂拾い的に集めて刊行された『男どき女どき(エッセイ)』と、映画雑誌記者として働いていた頃書いた文章が集まられている。
 向田が映画雑誌の記者として勤めだしたのは、1952年(昭和27年)、23歳の時。テレビの脚本を書き始めたのが、29歳だから、それまでは組織の一員として、もしかするとどこにでもいる働く女性のひとりにすぎなかったのかもしれない。
 テレビの脚本を書き始めた際のことを、この巻に収められた「わたしと職業」の中でこう書いている。
 「映画雑誌の編集の仕事をしていたが、なんとも月給が安いのである。当時、私はスキーに凝っていた。冬になると、お小遣いが足りない」、つまりは「スキーにゆきたさに見よう見真似で書いた」のが、向田文学のはじまりだったのだ。

 向田邦子が亡くなって8年後、彼女が生きた昭和が幕を閉じる。
  
(2013/02/28 投稿)

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 芥川賞といえば「文藝春秋」、
 直木賞といえば「オール讀物」と
 決まっています。
 誰が決めたか。
 もちろん、文藝春秋の人たち。
 でも、文藝春秋には「文学界」という純文学誌があるのに
 なぜ、芥川賞は「文藝春秋」なのか。
 世界の、たぶん何十番目かの、不思議に数えられているんじゃないかな。
 今回の「雑誌を歩く」は
 第148回直木賞決定発表号
 「オール讀物」3月号(文藝春秋・1000円)を
 取り上げてみます。

オール讀物 2013年 03月号 [雑誌]オール讀物 2013年 03月号 [雑誌]
(2013/02/22)
不明

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 芥川賞の場合は「文藝春秋」に全文掲載がお決まりですが、
 直木賞の場合は残念ながら一部抜粋掲載となっています。
 今回の受賞作のひとつ、
 安部龍太郎さんの『等伯』は何しろ全2巻の大作ですから
 これは仕方がありません。
 今回の直木賞は、
 皆さんご存知のように、
 朝井リョウさんと安部龍太郎さんのダブル受賞。
 この「オール讀物」では、お二人の自伝エッセイが掲載されています。
 さて、作品から読むべきか、このエッセイに目を通すか
 悩みますね。
 弁当を開いたら、
 卵焼きとウインナーがあってどちらを先に食すべきかと
 同じくらい
 悩みます。
 喩えが悪いかなぁ。

 直木賞関連の記事といえば、

  全国47都道府県 わが故郷の直木賞作家

 も面白い。
 さすがに東京出身の直木賞作家は多いですね。

 今号は直木賞決定発表号ですから
 どうしてもそちらの方で大きく紙面を割いていますが
 その他にも、
 沢木耕太郎さんと角田光代さんの対談、題して

  「ボクシングを見ること、すること、書くこと」

 なんていうのもあったりします。

 さらに、今年は新撰組結成150年だということで
 春日太一さんの「新撰組ドラマの企み」、
 大矢博子さんの「この新撰組小説がすごい!」という
 興味ある記事が
 並んでいます。
 HHKの大河ドラマ「八重の桜」も
 前回新撰組が登場してこれから面白くなりそうですが、
 その前にじっくり新撰組を読みたいという人には
 おススメですね。

 「文藝春秋」でも思うのですが
 あれを一冊読破するのは大変ですよね。
 それと同じように
 「オール讀物」を一冊読み切るのも大変。
 この2冊さえあれば、
 毎日が日曜日なんてことには
 ならないでしょうね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  2月はいつもの月と
  2日か3日ばかり短いだけなのに
  日にち以上に短く感じてしまいます。
  気がつけば、
  2月もあとわずか。
  一年でいえば、
  もう2ヶ月終わったことになります。
  年初めに
  今年はあれをしよう、これもしたいと
  目標を立てた人も多いでしょうが、
  このあたりで進捗チェックをしてみるのも
  いいかもしれませんね。
  今日紹介するのは
  おなじみ小宮一慶さんの
  『ビジネスマンのための「実行力」養成講座』。
  「ディスカヴァー携書」として、
  小宮一慶さんの本は何冊も出ていますが、
  一番新しい一冊です。
  書評の中にも
  小宮一慶さんの言葉を紹介していますが
  書ききれなかったので、
  もう一つ紹介しておきますね。

    信念が、自分を動かす、人を動かすのです。

  高い信念を持っていても
  それを自身の行動が裏切っていたら
  人はついてこないでしょう。
  少なくとも、
  経営のトップたる人は
  それをおろそかにすべきでは
  ありません。

  じゃあ、読もう。

ビジネスマンのための「実行力」養成講座 (ディスカヴァー携書)ビジネスマンのための「実行力」養成講座 (ディスカヴァー携書)
(2012/12/14)
小宮 一慶

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sai.wingpen  Once done is half done.                   

 なでしこジャパンの監督佐々木則夫さんがこんなことを言っている。「成功の反対は失敗ではなく、「やらない」ことだ」。
 実行しなければ、失敗もないが成功もない。何かを変えたいと思えば、やるしかない。
 ただそれが成功するとは限らない。失敗することもあるだろう。
 しかし、それでもやらなければ、成功は絶対にやってこない。

 ビジネス本分野で多くのヒット作を書いている経営コンサルタント小宮一慶さんのこの本は、「実行力」を高めるために書かれたもの。
 では、「実行力」とは何か。
 小宮さんは、「実行力」を「結果を出す行動」と定義し、「まず行動する」「続ける」「結果を出す」という三つのプロセスに分けている。
 「まず行動する」ということでいえば、小宮さんは「Once done is half done.」という言葉をこの本の中で紹介している。
 しばしば、計画ができれば半分は終わったものといわれるが、これもそれに類似している。いったん始めれば半分が終わったも同じ、という意味。
 やるかやらないか。「実行力」を高めるためには「まず行動する」ことが肝心なのは、冒頭の佐々木監督の言葉と同じである。

 小宮さんのいう三つのプロセスで難しいのは、二つめの「続ける」ではないだろうか。
 「継続こそ力なり」と言われるが、続かないのは、「自分の仕事に対してきちんとした「意義」を見出せていないから」と小宮さんはいう。
 誰かからいわれた仕事が中途半端におわるのは、この「意義」が伝わっていないからだろう。
 組織はが大きく複雑になるほど、末端まで「意義」が伝わりにくい。
 組織の中で「実行力」を高めていくには、この「意義」を何度でも確認することが必要になる。

 さらに小宮さんは「できるだけ成功体験が得られるような小さなことから始める」ことを推奨している。
 人間とはけっして強いものではない。失敗すればへこたれる。芽がでなければやめたくなる。始めたものの何も成果がでなければ、投げ出したくなるのは心情だ。
 であれば、まず小さなことでも成功すること、言いかえれば、実現可能なステップをまずはじめにもってくることも重要だろう。

 なかなか前に進めないという人は、まずこの本を読了するところから始めてみてはどうだろう。
 半日あれば、小さな成功体験を経験できるにちがいない。
  
(2013/02/26 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  葉室麟さんの『おもかげ橋』。
  書評にも書きましたが
  青春物語として読めます。
  というか、青春への惜別の書ですかね。
  冒頭に『冒険者たち』というフランス映画のことを
  書きましたが、
  この映画が公開されたのが1967年ですから
  公開当時には観ていないのですが
  名画座とかで
  何度も観た名作です。

冒険者たち [DVD]冒険者たち [DVD]
(2006/06/23)
アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ 他

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  この映画も男2人と女1人を主人公にしていますが
  そんな関係を描いた
  文学や映画は多いですよね。
  物語になりやすいのでしょうか。
  アロン・ドロンなんていう名前を
  久々に書きましたが、
  当時ドロンの人気はすごかった。
  いまでいえば、
  トム・クルーズかな。
  でも、タイプが違いますよね。
  そんなことを書いていると、
  また『冒険者たち』が観たくなってきました。

  じゃあ、読もう。
  

おもかげ橋おもかげ橋
(2013/01/25)
葉室 麟

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sai.wingpen  人はこんなふうにして青春という時代を終えていく                   

 題名はそっけないが、忘れられない青春映画の傑作がある。
 ロベール・アンリコ監督の、1967年に公開された『冒険者たち』がそれだ。
 主演はアロン・ドロンとリノ・ヴァンチュラ。この二人の男たちにからむのが、ジョアンナ・シムカスである。この時の彼女の美しさといったら、ない。
 男二人に女が一人。
 ハンサムなドロンにいかついヴァンチュラ。互いにシムカスを意識しながら、男の友情を壊せない。
 甘酸っぱいといえばそれまでだが、こういう青春映画を最近あまり見なくなった。

 直木賞作家葉室麟の『おもかげ橋』を読み終わったあと、この映画をふっと思い出した。
 人はこんなふうにして、青春という時代を終えていくのだなあ、と。

 物語は弥一という剣術に長けた無骨な男と喜平次という才にあふれた二人の男が主人公である。
 二人はともに九州肥前の藩の出だが、藩内の騒動に巻き込まれ、致仕となり藩を追われた身である。
 それも遠い昔、江戸に出てきて十数年の歳月が流れている。
 弥一は剣術道場を開くが教えを乞うものはほとんどいない。一方喜平次は商人となり妻子を得、まずまずの成功を治めている。
 そんな二人には、若い頃、ともに心を寄せた女性がいた。上司の娘萩乃である。
 その萩乃が江戸に出てきて、助けを求めているという。
 二人の心はときめく。
 藩を出た時から封じ込めていた感情が、まるであの頃の時間をたどるように沸き立つのであった。

 それは荻乃にしても同じだった。
 二人が藩を去ったあと、結婚はしたものの夫となる男や婚家とはうまくいかない。若い頃に接したた弥一や喜平次は、自分にとっては何だったのだろう。
 江戸に出てきて弥一たちと再会した荻乃は、それぞれに思わせぶりな態度をのぞかせる。
 そんな三人の関係を利用して、かねてより弥一たちに恨みを持つ者たちの罠が迫ってくる。

 「弥一は日なたで、わたしたち(喜平次と萩乃)は影法師のよう」と喜平次はいう。
 あるいは、それは逆かもしれない。
 男たちも互いに心に秘め、女もまた自らの心に封印している。
 それは過ぎた時間の想いともいえる。
 この物語は、葉室麟による、青春への惜別の書だ。

 ラスト、おもかげ橋に佇んで藩に帰る荻乃を見送る喜平次の姿が切ない。
  
(2013/02/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  大好きな長谷川義史さんが
  翻訳に挑戦した絵本です。
  ジョン・クラッセンの『ちがうねん』。
  開いて、びっくり。
  書評にも書きましたが、
  大阪弁の訳なんですから。
  それで、つい調子に乗って
  私も大阪弁で書評を書いてしまいました。
  少しは
  この作品の雰囲気、
  というか、
  長谷川義史さんの魅力が
  伝わったのではないかと
  思います。
  この絵本の出版元は
  落合恵子さんのクレヨンハウス
  私が見つけたのも東京青山のクレヨンハウスでした。

  じゃあ、読もう。
  

ちがうねんちがうねん
(2012/11/11)
ジョン・クラッセン

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sai.wingpen  言葉は生きてるんや                  

 言葉は生き物。
 もしかしたら、ぼくの心臓のように、ぱくんぱくんしてるんとちゃうやろか。
 大阪弁で話したらかけっこしてるみたいやし、東北の言葉やったらだるま転がしみたいや。
 東京弁なんて、きどりすぎや。
 ぼく、好かん。

 絵本作家の長谷川義史さんは大阪の生まれやさかい、大阪弁得意や。得意っていうか、それしか喋られへんちゃうか。
 そんな人が翻訳したらどうなるんやろ。
 英語を翻訳したら、東京弁のすました言葉になるんちゃうか。
 ぼく、心配やったんや。
 そやけど、長谷川さん、大阪弁に訳してはった。
 なんやうまいなぁ。

 題名が「ちがうねん」、なんて初めから大阪弁で勝負してる。強気やな。
 小さい魚の頭にちょこんと帽子、「このぼうし ぼくのと ちがうねん。」。 
 雰囲気ようでてる。
 これが、「このぼうし ぼくのとは ちがいます」なんて訳されたら、この小さな魚の気持ち、うまく伝われへん気がする。
 「ちがうねん」がいいんや。
 なんややむにやまれん事情がありそうやない? 大きな魚にはちっちゃすぎる帽子やから、寝てる間に、とってきたんや。
 許したってや、もうちょっと寝ててや、大きな魚はん。

 そやけど、やっぱりあかん。
 大きな魚がめー覚ましやった。追いかけてきやった。
 逃げんかいな、ちっちゃい魚。
 何、もたもたしてんや、つかまるで。
 つかまったら、えらいことになるんちゃうか。
 あーあ、やっぱり・・・。
 ぶくぶく、や。
 どないなったんやろ、ちっちゃい魚。

 ほんま、長谷川義史さんの訳、うまいなぁ。
 言葉が生きてるってこと、よーうわかる。
 生きてんやで、言葉も。
 この絵本読んで、そんなこと、ちっとはわかるんとちゃうやろか。
  
(2013/02/24 投稿)

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  「婚活」というのは
  いつ頃から言われ始めたのでしょう。
  最近はごく自然につかっています。
  昔は女性が適齢期になれば
  村の年寄りがいい相手を見つけて
  紹介したものですが、
  あ、私はそんな経験はないですよ、
  最近はそんな年寄りもいなくなりました。
  他人の生活に干渉することが
  なくなったせいでしょうね。
  だから、必然的に
  結婚相手は自分で探さなくてはいけない。
  恋上手の人はいいですが、
  それが下手な人はなかなか結婚まで
  いかないものです。
  だから、「結婚相談所」なるものまで
  登場する時代です。
  もっと燃えるような恋がしたいと思っている人に
  今回紹介する「百年文庫」71巻の「」は
  うってつけかも。
  スタンダールの『ほれぐすり』ではないですが
  恋に効き目があるやもしれません。

  じゃあ、読もう。
  

娘 (百年文庫)娘 (百年文庫)
(2011/04)
ハイゼ、スタンダール 他

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sai.wingpen  桃色吐息                   

 娘とは何歳ぐらいの女性をいうのでしょう。
 辞書によれば、未婚の女性となっていますが、近年の晩婚化でその意味もどうかと思います。アラサーの娘というのもなんだか。ここは「娘十八、番茶も出花」と言われるようなところで落ち着きたい。
 「百年文庫」の71巻は、その「娘」がタイトル。三作に短編ともにすべて海外文学という珍しい構成です。
 ドイツの作家ハイゼの『片意地娘』、アメリカの作家W・アーヴィングの『幽霊花婿』、それにフランスのスタンダールの『ほれぐすり』と、お国柄も違う三作です。

 海外文学は苦手という人でもスタンダールの名前くらいは聞いたことがあると思います。『赤と黒』や『パルムの僧院』といった大作を書いた作家です。
 ここでは『ほれぐすり』といういささか古風なタイトルの作品が収められています。
 主人公のレオノールという女性はすでに結婚していますから、表題の「娘」というにはあてはまらないかもしれません。
 年上の夫に飽き足らず、若い曲馬師の男に夢中になるほど奔放な女性です。男に騙されているのがわかってもまだ魅かれ続ける愚かな女性でもあります。
 それよりも、そんなレオノールと偶然出くわした男、この小品はこの男にレオノールが打ち明け話をする形態をとっています、の方がもっと愚かしい。そんな女とわかっていて恋情を抱くのですから。
 昔から「恋は盲目」といいますから、それも仕方がないのかもしれません。

 W・アーヴィングの『幽霊花婿』は、まるで落語噺のような面白い作品です。
 本来花婿になる男が旅の途中で死んでしまい、その友人が身代わりになって花嫁の待つ豪邸に出向きます。花嫁の美しさに身代わりの男は一目惚れしてしまいます。でも、本当の花婿でないので、幽霊になりすまして、花嫁をさらってしまうという、突拍子もないことを考えつくのです。
 最後はハッピーエンドの作品ですが、アメリカはかつてこんなにも大らかだったのでしょう。

 ハイゼの『片意地娘』は、この三作の中でも屈指の名篇です。
 ハイゼはドイツ作家として1910年に初めてノーベル文学賞を受賞した、実力派の作家。とにかく、物語の運びの巧さは素晴らしい。
 情景の変化とともに進んでいく物語は、まるで舞台を見ているかのようです。
 ひとつ残念なのは、題名。もう少し、気のきいたつけかたはなかったものでしょうか。
  
(2013/02/23 投稿)

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   今年テレビ放映が始まって
  60年になるそうです。
  1953年2月、NHKが放送を開始します。
  私の年令でいえば
  まさにTVっ子なんですが
  わが家にTVがきたのは
  もっとあと。
  初めは近所の叔父さんの家まで
  TVを見せてもらいに
  行っていました。
  そこで、今日は
  そんな記念年にちなんで
  岩佐陽一さんの『昭和特撮大全―蘇る伝説のヒーローたち』を
  蔵出し書評
  紹介します。
  この本には懐かしい月光仮面など
  まだTVが珍しかった時代の
  ヒーローたちが
  いっぱい登場します。
  TVがお茶の間に浸透する力となったのは
  ここに登場するヒーローたちの
  おかげでもあります。
  
  じゃあ、読もう。

昭和特撮大全―蘇る伝説のヒーローたち昭和特撮大全―蘇る伝説のヒーローたち
(2008/06)
岩佐 陽一

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sai.wingpen  川内康範へのオマージュ                   

  「どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている」という「月光仮面」の主題歌はたぶん今でもソラで歌える。
 番組のはじめに、例えば主人公の探偵祝十郎には<大瀬康一>というように演じる俳優の紹介があるが、月光仮面には<???>とあってそれがなんともうれしくかった。
 だって、「誰もがみんな知っている」のだもの、本当は。

 多分戦後のヒーローは数多くいるが、川内康範氏が造形した「月光仮面」は手塚治虫氏の「鉄腕アトム」と双璧をなすヒーローに違いない。
 TVの黎明期にあって、もし「月光仮面」がいなければ、TVはどのようなヒーローを作り出していっただろう。
 あるいは<正義>のありようも違ったものになったかもしれない。

 本書によれば「月光仮面」がTVで放映されていたのが昭和33年の2月から翌年の7月ということだから、我が家に<テレビが来た日>は正確に覚えていないが、リアルタイムで見ることはなかったと思う。
 我が家に<テレビが来た日>はもっと遅い。
 それでも私の記憶に「月光仮面」が残っているのは小学生の頃夏休みなどに集中的に再放送していたからだ。 「月光仮面」だけでなく、「豹の眼」(これは大好きだった)や「七色仮面」(これも川内康範原作)に夢中になっていた。
 そうして、あの頃の子供たちと同じようにTVのヒーローものにはまっていくことになるのだが。

 本書は『昭和特撮大全』と銘打っているものの「月光仮面」や「隠密剣士」などのようにあまり「特撮」とは言い難い作品も取り上げられているが、そのあたりは大目にみながら、たくさんの当時の場面や撮影現場写真に胸躍らせてもらった。
 「二丁拳銃を構えた月光仮面の全身」写真など見ただけで感動! した、鳥肌ものの一枚である。
 それぞれの作品の、そのような口絵以外に製作年度やキャストや撮影裏話などが細かく記載されてヒーローものの資料としては面白いが、実は本書は2008年4月に亡くなった川内康範氏へのオマージュともいえる一冊なのだ。 本書のあとがきに「天国の川内康範先生に捧げる」とあるように。

 川内康範氏はその最晩年に歌手の森進一と自作の『おふくろさん』の歌詞をめぐって芸能記事的な騒動になったが、その時初めてあの歌が「月光仮面」の作者と同一人物だとわかった人が多いのではないだろうか。
 この書評を書くにあたって川内氏の足跡を調べると、その政治的側面は除いたとしても、その業績のすごさに圧倒される。
 「月光仮面」に始まり、あの「まんが日本昔ばなし」も氏によるものだし、渡哲也の映画「東京流れ者」の原作もそうだ。
 作詞にいたっては数限りない。
 おそらく氏の逝去の際に各マスコミが報じた以上に昭和(あるいはそれは戦後という時代に限ってもいいが)という時代に残した氏の功績は大きいような気がする。
 もし、戦後「月光仮面」というヒーローがあらわれなかったという仮説以上に川内康範氏がいなければ芸能史もちがったありようになっていたかもしれない。
 「特撮」ものの本書にあえて「川内康範と月光仮面」という2004年当時の川内氏へのインタビューを掲載した著者の英断に拍手を送りたい。
 今後川内康範はもっと研究されていい人物のような気がする。

 ちなみに川内康範氏の生まれた函館市に「月光仮面」の像が立っている。
  
(2008/08/12 投稿)

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  今日紹介するのは
  1月22日に亡くなった
  常盤新平さんの直木賞受賞作
  『遠いアメリカ』です。
  多分、受賞後まもない頃
  読んだ記憶がありますが
  なんといっても30年以上前の作品のため
  気分だけが残っています。
  最近さまざまな人が亡くなりますが、
  その分私も年を重ねていることに
  なります。
  これは推測ですが
  常盤新平といっても
  現代の若者にはわからない作家かも
  しれませんね。
  まして、この作品にでてくるように
  ハンバーガーがどんな食べ物か
  わからなかった時代なんて
  想像すらできないのではないでしょうか。
  そういえば、
  私がハンバーバーを食べたのは
  いつだったのか
  ちっとも思い出せません。

  じゃあ、読もう。

遠いアメリカ遠いアメリカ
(1986/08)
常盤 新平

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sai.wingpen  追悼・常盤新平さん - ハンバーガーはおいしかったですか?                   

 第96回直木賞受賞作。(1986年)
 1月22日、作者常盤新平さんの訃報が届いた。
 小さな記事ではあったが、私には懐かしい作家の死であった。
 あれはいくつぐらいの頃であっただろう、常盤さんの作品を続けざまに読んだ時期がある。
 訃報のあと、直木賞受賞作となったこの作品をあらためて手にしたのだが、青春時代の鬱屈とした感情に行き暮れる主人公にきっと強く惹かれたのだと、思いあたる。

 この物語は昭和30年の世相を描きつつ、「何もないし、何も持ってない」と悩む青年の姿を描いた、常盤さんの自伝的小説だ。
 それが昭和61年に発表されたことに、常盤さんのどうしても書かなければ越えられなかった思いを感じる。
 常盤さんはその時すでに早川書房の「ミステリマガジン」の編集長を経て翻訳家として活躍していた。
 それでも、いやだからこそ、翻訳家を目指す大学院時代のさえない自分の姿を書かざるを得なかったのではないだろうか。
 あの時、自分の歩みだした道とは何だったのか、と。

 銭湯の鏡に向かって「僕はどこに行くんだ」と問いかける主人公の姿は、この作品が発表された時21歳だった私に強く重なるものだった。そういう気分で、この作品を読んだと思う。
 それがいつの時代であっても、青春というものは、主人公の悩みは読者のそれであり、対象は違えども主人公の「遠いアメリカ」と同じものを持っているものだ。
 だから、この作品は青春物語としていつまでも在り続ける。

 常盤さんが私淑した山口瞳は直木賞の選評で「稀に見る美しい青春小説になっているのは、ここに常盤さんの万感の思いが籠められているからだ」と絶賛した。
 また、藤沢周平は「ときめきと不安が混在する青春なるもの、ことに昭和三十年代初期という時代の青春を見事に描き出した作品」と評している。
 その一方で、村上元三や渡辺淳一のように「歯ごたえを感じなかった」という評がないわけではない。
 それでもと、常盤さんを弁護するなら、書かずには終われない人生の核のようなものを、私は感じる。

 ハンバーガーがどんなものかもわからなかった時代から今やすっかり時代は変わってしまったが、もしかして常盤さんにとっては、遠いのはアメリカではなく、この日本という国だったのではないだろうか。
  
(2013/02/21 投稿)

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  今日の書評の中で
  深作欣二監督の『仁義なき戦い』のことを
  少し書きました。

仁義なき戦い [DVD]仁義なき戦い [DVD]
(2001/08/10)
菅原文太、松方弘樹 他

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  この映画を最初に観た時は
  体が震えるくらい
  感動したものです。
  特にシリーズ2作めとなる
  『広島死闘篇』は
  ラストの映像美に息をのんだことを
  今でもよく覚えています。
  やくざ映画といってしまえば
  それまでですが、
  生きる者たちの、
  鼓動そのものです。
  日本映画史に燦然と輝く名作だと
  思います。
  中沢啓治さんの『はだしのゲン』4巻めは
  そんな『仁義なき戦い』を彷彿とさせる
  暴力の世界も描かれています。
  
  じゃあ、読もう。
   

はだしのゲン 第4巻 まっすぐ伸びよ青い麦の巻はだしのゲン 第4巻 まっすぐ伸びよ青い麦の巻
(1984/01)
中沢 啓治

商品詳細を見る

sai.wingpen  勇気ある個                   

 深作欣二監督の代表作『仁義なき戦い』は、終戦後間もない広島を舞台にしたやくざ抗争を描いた作品だ。
 鬱積した思いが暴力となって噴き出す男たちの姿は人間のいのちの現れであった。
 鶴田浩二や高倉健たちによって描かれたそれまでのやくざ映画をこの一作が破壊したといってもいい。
 この作品が実際にあった広島のやくざ抗争をモデルにしているのは有名だが、原爆の悲惨さを描いた中沢啓治の『はだしのゲン』にも彼らと同じような暴力が描かれているのは、主人公のゲンが単に漫画の世界にあるのではなく昭和20年原爆を落とされた広島に生きた少年であることを証明している。

 第4巻は、厚木飛行場に降り立つ連合軍司令官マッカーサー元帥の姿から始まる。
 広島にも進駐してくる米軍たちにゲンたちの怒りはおさまらない。それでも、母親の必死の説得でゲンたちは耐えるしかないことを知る。
 それよりも、ゲンたち一家には貧しさが深刻な問題となっていた。
 満足に食べることもできず、栄養失調がじわじわと身体を蝕んでいく。ゲンはともかく、原爆が落とされた日に生まれたまだ幼い妹の友子は深刻だ。
 妹のミルクが欲しい。
 ゲンと弟代わりの隆太は妹のために米軍基地に押し入ることを決心する。そんな二人に近づいてくるやくざな男たち。
 その男たちに敵対するやくざたち。
 いつしかゲンたちはそんな暴力に取り囲まれていく。

 隆太が放つ一発の銃弾はやくざたちに殴打されるゲンを救いたい思いからだった。しかし、そのことで隆太はやくざたちにのみこまれていく。
 映画『仁義なき戦い』も最初は単なる暴力行為だった。
 それが勢いをえ、個から集団となり、裏切りや知恵が交差していく。そして、集団はいつしか個の思いでは制御できなくなる。
 戦争もそうかもしれない。
 あの時代、ゲンの父親のように反対を唱える個はあっても、集団は戦争支持で暴走していた。
 『はだしのゲン』は、そういう集団に対峙する勇気ある個を描いた漫画だといえる。

 どんな悲しみあっても、ゲンは歩きつづけるしかない。
  
(2013/02/20 投稿)

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  高田郁(かおる)さんの
  時代小説は以前一作だけ読んだことが
  あります。
  今回紹介するこの『あい』は
  本屋さんの平台に積まれていたのに
  ひきつけられて、手にしました。
  やはり、「あい」という言葉はいいですね。
  この時代小説は
  四つの章に分かれています。
  それぞれ、「逢」「藍」「哀」、そして「愛」と
  すべて「あい」の章となっています。
  それに、
  この物語は関寛斎という、
  主人公のあいの夫である幕末の医師の人生を
  たどるものでもあります。
  女性の生き方というより
  妻の生き方、母の生き方として
  読まれるべき物語です。

  じゃあ、読もう。

あいあい
(2013/01/09)
高田 郁

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sai.wingpen  あい、なくば                   

 人気シリーズ『みをつくし料理帖』の高田郁(かおる)が、幕末の医師関寛斎の妻あいの生涯を描いた意欲作。
 関寛斎は、司馬遼太郎の幕末の医学者たちの姿を描いた『胡蝶の夢』にも登場する実在の人物である。
 司馬の『胡蝶の夢』には「関寛斎」と小タイトルとついた章がある。その冒頭、「関寛斎は歯がわるく、前歯が二本抜け落ちていた」とその風貌から描かれている。さらに、「まだ三十代の半ば前というのに、老人のような相貌」とも書いている。
 高田の作品では、関の妻あいの視点で書かれているためか、寛斎はいつも若々しく凛々しい男のように読み取れる。あいが初めて見知った少年の頃の寛斎そのままに成人し、年老いていくように。

 関寛斎もあいも「稲作に不向きな土地に暮らし、重い税に喘ぎ、蕪をかじって生き延びるしかない」上総の国の貧農の家に生まれたいとこ夫婦である。それゆえに、貧しさの本質を見、成長した。
 関が医学の道を志し。あいとともに銚子の村で開業したが、清貧の暮らしを続ける。
 その地で関を生涯支え続けた富商の浜口梧陵を知ることになる。
 浜口は関の資質をほれこんで、長崎への留学を支援するなど、寛斎とあいにとっては生涯の恩人であった。

 その後寛斎は阿波徳島藩の侍医となる。
 関東の地から四国へ、請われての赴任であるが、決して名誉や富にひかれたわけではない。
 その際、浜口から言われたのが、この物語の副題になっている「人たる者の本分は、眼前にあらずして、永遠に在り」だった。

 寛斎とあいの暮らしがすべて順調であったということではない。
 二人は12人の子を得るが、その多くを流行り病などで亡くしている。
 そのつど、あいは母親として悲しみ、苦悩する。けれども、「禍に直面しても挫けず、物事の良い面を見つめて難事を乗り越えてしまう」性格で、寛斎を支え続けていく。
 晩年二人は財を投げ打ち、北海道の開拓地へと身を寄せ、その生涯を閉じることになる。

 司馬はその作品の中で、寛斎の「わしにとっては母は神になっている」という言葉を紹介している。
 この母に劣らぬ愛をそそぎ続けた存在として、高田は妻のあいの姿を描いたといえる。
 人という字は支え合う姿だとよくいわれる。
 寛斎とあいもまた、人の字そのものの夫婦といえる。
  
(2013/02/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日、津村節子さんの
  『夫婦の散歩道』の書評に
  「永遠の夫婦」という
  タイトルを付けましたが、
  今日紹介する永田和宏さんの
  歌集『夏・二〇一〇』も
  同じ感慨をもちました。
  奥さんは
  2010年夏に亡くなった
  歌人の河野裕子さん。
  津村節子さんの場合もそうですが
  永田和宏さんも
  残されたものとして
  愛した人を慈しんでいます。
  書評で紹介できなかったのですが
  こんないい歌もあります。

   きみがゐてわれがまだゐる大切なこの世の時間に降る夏の雨

  私はずっと「夏の雨」という
  ハンドルネームを使っていますが、
  こういう歌を読むと
  人にとって
  夏の雨とは癒しの雨なんだなと
  つくづく思い知らされます。

  じゃあ、読もう。

夏・二〇一〇 (塔21世紀叢書 第 200篇)夏・二〇一〇 (塔21世紀叢書 第 200篇)
(2012/07/24)
永田和宏

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sai.wingpen  永遠の夫婦、ここにもまた                   

 吉村昭と津村節子が作家という同じ職業の夫婦であったように、永田和宏と河野裕子もまた歌人という同じ世界に住む夫婦であった。
 夫である吉村を先に亡くした津村が『紅梅』という作品を紡ぎだし、妻の河野を見送った永田もまたこの歌集や河野のとの在りし日々を綴った『歌に私は泣くだろう』という作品を書いた。
 津村にとって亡き吉村との日々をたどることが生きる証しであり、その意味において吉村昭と津村節子は「永遠の夫婦」だと、津村の『夫婦の散歩道』の書評に書いたことがある。
 同じように、河野裕子という妻を喪ったあとも河野の遺した歌をたどり、その日々を詠む永田のことを思うと、永田和宏と河野裕子もまた「永遠の夫婦」といえる。

 「栞紐使はぬままに読み終へし文庫本を書棚に無理やり押し込む」という一首のはいったこの歌集には、二本の色違いの栞紐が使われている。
 永田自身が「いささか若すぎる響きを持つ」と語るタイトルの歌集には、妻であり歌人であった河野裕子が亡くなった2010年の夏を中心にした、568首の歌が収められている。
 余命を生きる妻との生活、「一日過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ」と詠む永田の心境は、もしこの人に歌がなければどれほど辛かっただろうと思われる。
 それはまた、河野裕子も同じであっただろう。
 二人の間には、歌という縁より深いものが毅然としてある。

 河野が亡くなった2010年8月12日、この日付と同じ小タイトルの歌数首は、この世の最後の時間を生きた妻の姿を詠んだ慟哭の歌のかずかずである。
 「われが泣けばわれの頭を抱きよせていつまでも撫で撫でやまざりき」をはじめ、河野の周りにあつまる夫、息子、娘たちの姿は、河野が愛し、詠みつづけた家族そのものといっていい。

 河野裕子の歌には青春期での永田との出会いや発病時の思いだけでなく、子どもが生まれ、育っていく姿詠んでものが多い。
 夫である永田はそんな河野との夫婦関係を歌にこう詠んだ。「いい夫婦であつたかどうかはわからねどおもろい夫婦ではあつたのだらう」と。
 笑いあう相手を喪った者の、深い愛をおもう。
  
(2013/02/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  本というのは
  実に不思議ですね。
  今日の一冊、
  リビー・グリーソンの『みて、ほんだよ! 』を読んで
  ふいに
  昔母親に言われた言葉を思い出しました。
  ずっと忘れていたのに。
  こうして文字で書くと
  母親はとってもいいことを言ってくれたと
  思います。
  どうしてこんな大切なことを
  忘れていたんでしょうね。
  この絵本の表紙見返しに
  こんな言葉がありました。

   本は私たちをどこまで連れてってくれるのだろう?

  こんな素敵な絵本が
  たくさんの人たちのところに届けばいいですね。

  じゃあ、読もう。

みて、ほんだよ!みて、ほんだよ!
(2012/12)
リビー グリーソン

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sai.wingpen  母からもらったちいさな教え                   

 昔、うんと昔、母に本をまたいで歩いてはいけないと叱られたことがあります。
 その理由を聞かなかったのですが、父や母の世代にとって本というのは叡智がつまった大切なものだったのでしょう。
 戦争が終わって、食糧難の時代であっても、本を求めた人がたくさんいたといいます。
 本がなくても生きていけます。しかし、あの時代の人にとって、本は食べものと同じだけの意味を持っていたのではないかしらん。

 この絵本に描かれているのは、貧しい村です。
 壊れた車や板切れ、よれよれの洗濯物が風に吹かれています。
 少年と少女が道に落ちていた、一冊の赤い表紙の本を見つけます。
 「みて、ほんだよ!」。
 くたびれた本ですが、二人は大事にしないといけないと丁寧に手にします。
 置いておくと、ほこりだらけになります。
 犬がきたら、かんでしまいます。
 雨が降ったら、濡れてしまいます。
 だから、二人は本をとってもとっても大事にして、何度もなんども読みます。
 一冊の、赤い表紙の本を。

 そのたびに二人は別の世界を旅します。
 空をとび、海をゆき、たくさんのがらくたの世界も行きます。

 出版不況といわれながら、世界にはたくさんの本であふれています。
 もしかしたら、そのことで本が持っている大切なことを忘れているかもしれません。
 少年と少女が道端で見つけた時の、「みて、ほんだよ!」という感動をなくしているような気がします。
 本が連れていってくれる見たこともない世界のことに気付いていません。

 昔、うんと昔、母が言った、「本の上を跨いではいけない」というちいさな教えは、世界を、私たちが生きているこの世界を大事にしなさいということだったのかもしれません。

 相変わらず、谷川俊太郎の訳は言葉が生き生きしています。
  
(2013/02/17 投稿)

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  昨日につづいて
  今日もエッセイの紹介になります。
  作者は津村節子さん。
  吉村昭さんの奥さんでもあり、
  芥川賞作家でもあります。
  この『夫婦の散歩道』は
  タイトルからわかるように
  吉村昭さんの思い出を綴ったエッセイが
  中心になっています。
  エッセイの中に
  たびたび井の頭公園が登場します。
  東京、というか埼玉に住んで長いのですが
  井の頭公園に行ったことが
  ありません。
  初めて東京に出てきた時、
  太宰治ゆかりの三鷹には
  行ったことがあるのに
  その頃は井の頭公園なんて
  知りませんでした。
  津村節子さんのエッセイを読むと
  無性に行きたくなります。
  暖かくなったら、行ってみようかな。

  じゃあ、読もう。

夫婦の散歩道夫婦の散歩道
(2012/12/11)
津村 節子

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sai.wingpen  永遠の夫婦                   

 作家吉村昭が亡くなって、6年が経つ。
 名作『紅梅』で晩年と死と決然と向き合う夫吉村の姿を描いた、妻で作家の津村節子は小説だけでなくエッセイにも夫の在りし日の姿、夫婦のふれあい、夫亡きあとの日々の様子を描いてきた。
 本作はそんなエッセイを中心にしてまとめられたものだ。

 ビジネスでは夫婦が同じ職場で働くということはほとんどない。夫あるいは妻が同じところで同じような仕事をしているのはやりにくいものだからだ。互いへの配慮ということもある。
 吉村と津村の場合は作家という同じ職業ももった稀有な夫婦といっていい。
 しかも、妻である津村が芥川賞を受賞し、夫である吉村はついにその賞をとることはなかった。
 その時の吉村の心情はどれほどであっただろうか。
 男と女は同じ地平に立つ。それは作家である人間にとって痛い程わかる風景だろう。しかし、嫉妬も焦りもあっただろう。
 吉村はそれを見事に克服する。

 本書にその際の吉村の心情を綴った手紙が見つかったことを描いた、吉村の息子司の短文が収められている。
 それによると、津村の芥川賞授賞式の翌日、吉村はそれまで働いていた会社に退職願を出したという。
 「あと一年間小説に専念してみて、もし家計を全額負担することが出来ないようであれば、筆を折る覚悟」だったのだ。
 そんな決意の、退職願だった。
 司はまた、通勤電車の中で画板に原稿用紙を広げて小説を書く父の姿も描いている。
 作家として妻に先を越された夫の、生計を支えないといけないという夫の、それは鬼気迫る姿だ。
 しかし、何よりも書きたいという思いが、吉村にはあったにちがいない。

 吉村と津村は互いの作品に触れることはなかった。
 津村が吉村の作品に向き合うのは、彼が亡くなってからのことだ。
 津村にとって、吉村昭は作家である以前に夫だった。だから、亡くなったあとも自宅そばの井の頭公園の風景のそこここに夫の気配を感じつづける。
 それでも、いつかその気配もうすれてゆく。
 津村にとってそれは、吉村の作品を読むことだった。
 「読むたびにゆるぎない自分の世界を構築している作品に圧倒され、夫は夫ではなくなり、作家になってしまった」(「一枚の写真」)。

 しかし、読者にとってこの二人は公園の静かな佇まいにそっと肩寄せ合う、仲睦ましい夫婦としてある。
 津村のエッセイはそう語っている。
 
(2013/02/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最後の二つの巻は
  読む順番が逆になりましたが、
  今回紹介する「向田邦子」をもって
  「精選女性随筆集全12巻
  読破したことになります。
  おいしゅうございました。
  と、箸を置く気分です。
  この全集は
  川上弘美さんと小池真理子さんの
  二人が半分ずつ選を行ったという点でも
  ユニークだったと思います。
  どちらがどう作者を選んだのか
  わかりませんが、
  それぞれに合った作者を選んでいるのでは
  ないでしょうか。
  一番すごいと思ったのは
  小池真理子さん選の「倉橋由美子」かもしれません。
  倉橋由美子に夢中になっている小池真理子さんなんて
  いいですよね。
  今日紹介する「向田邦子」は
  川上弘美さんの選でも読みたい気分では
  ありますが。

  じゃあ、読もう。

精選女性随筆集 第十一巻 向田邦子精選女性随筆集 第十一巻 向田邦子
(2012/12/05)
向田 邦子、小池 真理子 他

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sai.wingpen  急ぎ足で駆け抜けた人                   

 「精選女性随筆集」の11巻めは、小池真理子選による「向田邦子集」である。
 向田邦子が多くのエッセイを残しているのは、彼女の全集の半分以上がエッセイで占められていることでもわかる。
 もちろん、向田は直木賞受賞者として作家の顔も持っているが、彼女の短すぎる人生を肩書きでいえば、「脚本家」が最初にきて、次に「エッセイスト」、そして「小説家」と続くのではないだろうか。
 ただ、「脚本家」はテレビドラマという総合的創作の一部だとみれば、未来の人たちは向田邦子という人物を「エッセイスト」として評価するかもしれない。
 それほどに、向田邦子のエッセイは味がいい。口当たりのよさはいつまでも残る。

 本書は全12巻となる「随筆集」では珍しく、発表順の編まれている。
 時代の区切りでいうと、第1部が「1974~77年」、第2部が「1978~79年」、そして第3部が「1980~1981年」である。
 通算にしても、わずか8年だ。
 いかに、向田邦子の作家としての活動期間が短かったかがわかる。
 それでいて、これほどたくさんの作品を残したのだから、驚異的である。しかも、作品の質は高い。

 この年代を向田の略年譜と突き合わせてみる。
 まず、第1部の期間は、向田の代表作となる「寺内貫太郎一家」の放映が開始された時期だ。本書にもそのドラマに関連したエッセイが数篇収められている。
 74年に向田は乳ガンの手術を受け、その次の年から「銀座百点」にエッセイの連載を始めた。それが後に『父の詫び状』としてまとめられる。
 まだ手探りだが、向田の得意な父ものや家族ものが生まれた期間といえる。
 第2部となる2年間は、略年譜にはほとんど記述がない。ただ、79年、向田は50歳という年令を迎えている。

 第3部は、向田の早すぎる晩年期だ。そして、作家としての円熟期を迎えている。
 ひとこと添えるなら、もし向田が不慮の事故で亡くならなければ、一体どれほどすごい作品を残したかわからない。だから、この期間を円熟期というには早すぎるかもしれない。
 80年に直木賞を受賞し、多忙のうちに最後の日を迎える。

 向田のエッセイの魅力を彼女の文章の中に見つけた。
 「思い出はあまりにも完璧なものより、多少間が抜けた人間臭い方がなつかしい」(「隣りの神様」)。
 この巻の冒頭にある選者の小池真理子のエッセイも、その点をよくとらえた佳作といっていい。
  
(2013/02/15 投稿)

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 今日はバレンタイン
 チョコの話を書くと思うでしょう。
 でも、ちがうんだな、これが。
 恒例の芥川賞発表号の「文藝春秋」3月特別号の話。
 今回の第148回芥川賞はなんといっても
 史上最高齢の受賞となった黒田夏子さんの
 『abさんご』ですから、
 きっとこの号は売れるでしょうね。
 一つ気になったのは、
 この『abさんご』はなんと横書き小説なんですね、
 もちろんこれも芥川賞始まって以来初なんですが、
 「文藝春秋」ではどう掲載されるのか。
 期待わくわくで開いてみました。
 全国の黒田夏子ファンの皆さん、
 ご安心ください。
 ちゃんと、横書きで掲載されていましたよ。
 芥川賞作品のことはまたの機会にして、
 今回の「雑誌を歩く」はさっそく
 「文藝春秋」3月号(文藝春秋・890円)を歩いています。
 というか、駆け足になりますね、きっと。

文藝春秋 2013年 03月号 [雑誌]文藝春秋 2013年 03月号 [雑誌]
(2013/02/09)
不明

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 今号で目をひくのは、
 政権奪取後精力的に動いている
 安倍政権について、ですね。
 最近の世論調査でもいい支持率をだしていますね。
 ここでは、「安倍政権大論争」と題して、
 ご存じアベノミクスやTPP、それに安全保障といった問題を
 連続対論の形で検証しています。
 いずれにしても、政治家がしっかり舵取りしてくれることが
 今のこの国には必要ですよね。
 それにしても、民主党はどうしちゃったんでしょうね。
 すっかり影薄くなってませんか。

 さてさて、今年は司馬遼太郎さんの生誕90周年でもありまして、
 「文藝春秋」でもきっちり特集を組んでいます。

   司馬遼太郎が見たアジア

 ね、いいでしょ。
 夫人の福田みどりさんだけでなく、
 ドナルド・キーンさんや宮城谷昌光さんの寄稿もあります。
 いまでも時々思うのですが、
 もし司馬遼太郎さんが生きていたら、
 尖閣とか竹島とかアジアの隣国との問題を
 どう評したでしょうね。
 司馬遼太郎さんが遺したたいまつの火を
 もしかしたら私たちは消してしまっていないでしょうか。

 たいまつではなく、こちらはかがり火ですが

   100の名言 時代のかがり火

 という企画は、
 古今東西の識者の名言を紹介しています。
 ここでは、ひとつ、
 永ちゃんこと矢沢永吉さんの名言を。

   ホントはもう気づいているんだろう、時代のせいばかりじゃないってことを

 さすが、永ちゃん。
 いうことがちがうナァ。

 毎度のことながら、
 「文藝春秋」を歩くのは大変なんです。
 あとは、手にとるしかありませんね。
 チョコをとるか、
 「文藝春秋」をとるか。
 やっぱり、チョコですよね。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  柳内啓司さんの『人生が変わる2枚目の名刺』は
  先日紹介した
  安田正さんの『一流役員が実践している仕事の哲学』と同様、
  出版元のクロスメディアパブリッシングUさんから
  献本いただいたものです。
  ありがとうございます、クロスメディアパブリッシングUさん
  今日の書評の中で
  クラブ活動について書きましたが
  私は中学時代に
  バスケットボール部に所属していました。
  元々運動オンチでしたが
  この3年間で少しはマシになったかな。
  運動部というタイプでないので
  きちんと文化部と向き合えばよかったと
  今頃になって思います。
  もし、もう一度
  あの頃に戻れるなら、
  児童文学研究部なんて
  いいなぁ。
  部員が全員女の子だったら
  どうしよう。
  やれやれ。

  じゃあ、読もう。

人生が変わる2枚目の名刺~パラレルキャリアという生き方人生が変わる2枚目の名刺~パラレルキャリアという生き方
(2013/01/17)
柳内 啓司

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sai.wingpen  うさぎ飛びで校庭を一周した日                   

 副題に「パラレルキャリアという生き方」がありますが、「パラレルキャリア」というのは、本文から引用すると、「本業以外の仕事を持ったり、社会活動に参加したりして、本業と第2のキャリアを両立させる働き方」をいうそうです。
 これを「2枚目の名刺」と表現したのが、本書のタイトルです。
 あれほど隆盛を誇った家電メーカーが軒並み不調に陥ったように、一寸先は闇。そんな不透明な時代を生き抜くためには「複数の活動をしながら、生きがいのリスクヘッジを」と、著者は云います。

 でも、そうはいっても、だとか、成功した人だからこそ云えるのだとか、色々あるでしょうが、そういえばすでに「パラレルキャリア」みたいなことを経験した人が多いのではないでしょうか。
 え? と思った人も、学生時代にクラブ活動をしませんでしたか。
 あれは「パラレルキャリア」だと思いませんか。
 学生時代の本業といえばもちろん勉学ですよね。国語、数学、社会、理科。でも、放課後になれば、部室に駆け込んだりしませんでしたか。サッカー、野球。テニス、陸上。もちろん、文化部なんてものもありましたから、茶道部とか映画研究部とか軽音部とか。
 誰もそのことに違和感を感じなかったと思いますね。
 それで、本業である勉学がおろそかになることはなかった、とはいえませんね、クラブばっかししてなんて親に叱られた経験もあったりします。
 それでも、学校を出てから何十年も経つと、クラブ活動の方が印象に残ったりしています。
 あるいは、夢中になったクラブからそのまま仕事についた人もいるのでは。

 ビジネス書は当然ビジネスの現場で活用するために書かれているので、なかなか実行しにくいという人が多くいます。
 でも、少し視点を変えれば、普段の生活の中で実践できることやすでに体験してきたことが多くあります。
 そうして、実践のハードルをさげることがビジネス書の活用方法だと思います。
 校庭をうさぎ飛び一周する気分で「2枚目の名刺」にチャレンジしてみてはどうでしょう。
  
(2013/02/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  『蜩ノ記』で直木賞を受賞した
  時代小説の達者な書き手、
  葉室麟さんの小説を
  受賞後ずっと追いかけています。
  いま、とても大好きな作家です。
  どの作品でもそうですが、
  主人公のじっと耐える姿が
  いとおしい。
  それは、今日紹介する『蛍草』でも
  同じです。
  主人公の菜々という娘がいいのですが
  彼女のまわりに集まる人たちも
  いい。
  書評には書きませんでしたが
  彼女の従兄にあたる青年もいい。
  彼は菜々のことが好きなのですが、
  自分の方を向かない彼女を
  それでも支えます。
  なかなかできないですよ。
  大満足の一冊でした。

  じゃあ、読もう。

螢草螢草
(2012/12/19)
葉室 麟

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sai.wingpen  鼻の奥の小さな蟲                   

 鼻の奥にどんな小さな蟲が棲んでいるのでしょう。
 その小さな蟲は、物語やドラマのクライマックスに鼻の奥をつんと刺して、涙腺を刺激してきます。涙がにじむのをおさえることができません。
 本を読んでいるのは自身なのに、この小さな蟲もまた物語を追いかけているのでしょうか。

 葉室麟の時代小説の主人公菜々のけなげで一途な姿に、この小さな蟲がむずむずと動いて、物語の終盤にはいつもの「つん」がきて、涙がにじんできました。
 ああ、またやられてしまった。
 小さな蟲はどうしてわかってしまうのでしょう、胸のうちを。

 タイトルの『蛍草』は、「青い花弁が可憐な」露草の別名です。
 盛大な咲きほこる花ではありませんから、人の目にとどまることも少ない、小さな草です。
 俳句の世界では秋の季語として扱われています。
 山頭火の、これは露草で詠んだ句ですが、「つゆ草咲けばとて雨ふるふるさとは」という句は、この植物のもつ儚げな気分をよく表しています。
 主人公は、菜々という十六歳の娘です。
 母を亡くして、城下の風早市之進の住み込み女中として働いています。
 蛍草のことを菜々に教えてくれたのは市之進の妻佐知でした。
 菜々の父は元武士でしたが、藩の謀(はかりごと)を正そうとして逆に罠にかけられ果てたのですが、奇しくもその仇相手の罠が市之進にも伸びてきています。

 ある時、仇を討ちたいと焦る菜々に佐知はこう諭します。
 「女子は命を守るのが役目であり、喜びなのです」と。
 命とは、自分のものではなく、愛する人のそれのことです。
 そんな佐知に菜々は強く惹かれるのですが、病によって短い生涯を閉じてしまうのです。
 残された市之進と二人の幼き子どもたちを佐知に代わって菜々を守ろうとします。
 しかし、謀の罠はついに市之進にものびて…。

 いつの間にか市之進に淡い恋を覚える菜々でしたが、まずは生きることを大事にします。
 そんな彼女に周りに何人もの人たちが集まり出します。それは灯りに吸い寄せられる虫たちのようです。
 菜々の生きる力は蛍のように儚げで小さいですが、それでもその光を強く感じるものたちです。
 生きるということ、愛するというがいかに大事なものかを菜々に教えられました。

 鼻の奥の小さな蟲の「つん」という一刺しは正直です。
  
(2013/02/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から、
  今日で1年11ヶ月になります。
  今日は、昨年の文学作品の中で
  東日本大震災と自身のガンの放射線治療を重ねあわせ
  さまざまな媒体で高い評価を受けた
  村田喜代子さんの『光線』という
  短編集を紹介したいと
  思います。
  戦争にしても原爆にしても
  文学はそれらを通じて
  人間の本質を追及してきました。
  それは
  悲しみをけっしてそのままにしてこない
  人間としての強いまなざしといっても
  いいでしょう。
  あれだけの大きな犠牲をはらった
  東日本大震災もまた
  これからも多くの書き手によって
  人間の問題として
  作品化されていくのだと思います。
  それには、もう少し
  時間が必要かもしれません。
  涙が、まだ乾いていないのです。

  じゃあ、読もう。

光線光線
(2012/07/12)
村田 喜代子

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sai.wingpen  この足元の大地とともに生きる                   

 大きな悲しみや深い嘆き、あるいは行き場のない怒りといったものが文学として昇華されるには、どのような過程をたどるものなのか。
 そのためにはまず文学とは何かという大きな命題を解決することになるが、所詮単なる読者としては何程の答えも用意していない。
 とりとめもなく思うことを書くとすれば、それらの感情を一時的なものとしてではなく、永遠に残るものとして保存しうることが文学としてのありようかと思う。

 芥川賞作家村田喜代子の『光線』は8つの短編小説からなる作品集である。
 そのうち、表題作『光線』を含む4篇が2011年3月に起きた東日本大震災と福島原発事故に誘発されて書かれたものだ。
 この短編集の成立の経緯は「あとがき」に詳しい。
 村田はある文芸誌から「土地の力、地の霊力」といったものを連作として書かないかと薦められる。震災から2年も前のことだ。
 最初に『関門』を書き、続いて中年夫婦の語らいを抒情的に描いた『夕暮れの菜の花の真ん中』(この短編がいい)を書く。
 その後、作者に身体の変調が現れるのと時を同じくして、あの東日本大震災が起きる。
 身体の変調はガンの疑いだったが、放射線治療でなんとか自身の危機を乗り越えた作者は、「ガンが消えた後の私が書くべきものは、原発と放射能治療という奇妙な取り合わせ」だったという。
 原発事故で漏れ出た放射能の恐怖に対峙するように放射能治療での恩恵。
 原発が常にはらんでいただろう二つの顔を、自身の生命の危機を経て描けたのが『光線』である。
 その中で、生きようとする人間の強い意志がそれほど大げさなものではなく、まるで日常の続きのようにしてあることに気づかされる。

 『光線』だけでなく、あの日まったく動きがとれなくなった首都圏での様子を描いた『ばあば神』にしても、当初予定していた連作のテーマ「地の霊力」からまったく外れたわけではない。
 東北の地を襲ったものは、大きな地の揺れとなって、この国を覆い尽くしたのだから。
 それでも、「人間はこの足元の大地が永遠に盤石であることを願うより他にない」と、この短編集の最後に『楽園』という「光あるタイトル」を置いたのは、村田喜代子の願いでもあった。
  
(2013/02/11 投稿)

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  今日紹介する絵本、
  ジーン・ジオンの『どろんこハリー』も
  先週の『おおきなかぶ』に引き続いて
  益田ミリさんの『すーちゃんの恋』に登場した
  絵本です。
  保育園で給食を作っているすーちゃんが
  園児のために工夫をこしらえる話は
  以前書きましたが、
  この『どろんこハリー』を参考にして
  給食を考えるんですね。
  犬の形をしたご飯に
  黒いごまをふりかけてあげるすーちゃん。
  この絵本を知っている子どもたちなら
  大喜びですね。
  知らない子どもたちは
  きっと給食のあとで
  絵本を開いたでしょうね。
  そんな素敵なことを
  思いつきすーちゃんって
  いいなぁ。
  あ、今日はすーちゃんの話じゃなかってですね。
  この『どろんこハリー』は
  すーちゃんに負けないくらい
  素敵です

  じゃあ、読もう。

どろんこハリー (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)どろんこハリー (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)
(1964/03/15)
ジーン・ジオン

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sai.wingpen  あの頃から変わらないもの                   

 この絵本がアメリカで初めて出版されたのは1956年というから、ほとんど私と同年代。(日本では1964年に刊行)
 だから、この絵本にでてくるお父さんやお母さんや家の様子、町の表情などは、TV黎明期に私たちを夢中にさせて「パパは何でも知っている」や「アイ・ラブ・ルーシー」を思い出します。
 あの当時はこの絵本に描かれているような夢のような生活や新しい町をつくっていくアメリカの力に多くの日本人が憧れたものですが、今、土管を並べているような風景は日本でも見かけなくなりました。
 ここに描かれたような犬たちが楽しくどろんこ遊びできる場所はすっかりなくなりました。第一、犬を放し飼いにして遊ばせるなんてとんでもない時代です。
 生活習慣が変われば、人々の心の風景もちがってきます。

 それでも、この絵本はいつまでも子どもたちに人気があります。
 時代背景や舞台と関係なく、この絵本がもっている本質が昔も今も変わらないということだと思います。
 犬が主人公だということもあるでしょう。子どもたちはとっても犬が大好きです。というか、動くものが好きです。
 それにこの絵本では、男の大好きなトラックやクレーン車などがたくさんでてきます。
 女の子はどろんこになったハリーをお風呂にいれる様子が好まれるでしょう。何しろ、女の子はそういうお節介なところが大好きです。
 外で遊びまわるハリーの姿も、子どもたちにとって、自分たちと同じという気持ちがあるでしょう。
 服を汚したりするのが、子どもたちは得意です。
 叱られることもあるでしょうが、この絵本を読めば、それも怖くはありません。

 この絵本はハリーの成長物語でもあります。
 お風呂が大嫌いで逃げ出したハリーですが、あまりにどろんこになって飼い主の家族たちにもわからなくなります。そこでハリーは自らお風呂に飛び込んで、「あらってくださいと ちんちん」とするのです。
 「ハリーが こんなげいとうをしたのは はじめてです」。
 ハリーは自分でおねだりの芸当を覚えてしまったのです。
 そういうところも、この絵本をすすめるお父さんやお母さんにとってはうれしい点です。
 きっと、時代がうんと変わっても、この絵本は子どもたちにも大人たちにも愛され続けるにちがいありません。
  
(2013/02/10 投稿)

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  先日2012年第86回キネマ旬報ベストテン
  発表されました。
  日本映画部門の1位が『かぞくのくに』(ヤン・ヨンヒ監督)、
  外国映画部門の1位が『ニーチェの馬』(タル・ベーラ監督)。
  監督賞は周防正行さん、
  主演女優賞が安藤さくらさん。
  安藤さくらさんは助演女優賞も受賞しています。
  すごいですよね。
  主演男優賞は森山未來さん。
  最近はBS放送とかで映画を観ることが多いので
  このベストテンで私が観たのは
  日本映画の第6位に選出された『わが母の記』だけというのも
  なさけない。
  映画の話から始めたのは
  今日紹介する本が
  吉永小百合さんの『プロマイド写真集 永遠の輝き』だから。
  吉永小百合さんの魅力満載の
  写真集です。
  でも、私は吉永小百合さんの一番の魅力は
  あの声にあると思うのですが、
  みなさんはどうですか。

  じゃあ、読もう。  
  
吉永小百合プロマイド写真集 永遠の輝き吉永小百合プロマイド写真集 永遠の輝き
(2012/10/26)
講談社

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sai.wingpen  プロマイドでたどる彼女の輝き                   

 浅草仲見世に交わる新仲見世商店街の一角に、2011年に創業90周年を迎えたプロマイドの老舗マルベル堂がある。
 通りに面して無数のプロマイドが並べられているから目をひく。
 特に昭和30年代や40年代に青春時代を迎えた人なら、あの頃の懐かしいスター(そういえば、当時はアイドルなんていう言い方はしなかった)たちの笑顔やすまし顔に一時の郷愁を覚えるだろう。
 今と違って情報手段が限られた当時は、憧れのスターたちを身近に感じられるものは少なかった。あるとすれば、『平凡』や『明星』といった芸能雑誌かプロマイドということになる。
 芸能雑誌の表紙にどれだけ登場したかが人気のバロメーターになった時代である。

 マルベル堂のプロマイド売り上げランキングもスターたちの輝き度をはかる目安になるし、そんなスターを支えたファンたちの勢力図がわかる。
 本書に掲載されているランキングは、この写真集が吉永小百合さんだけのプロマイドを扱っているから、吉永さんが1位となっている年度のもので、例えば昭和41年(1966年)でいえば1位が吉永さんで2位に和泉雅子さんがいる。日活全盛の時代だったのだろう。
 昭和43年(1968年)だと、3位と4位に酒井和歌子さんと内藤洋子さんがいる。東宝の清純派女優の二人である。
 個人的にうれしいのは、6位に奈美悦子さんがはいっている。当時中学生の私も奈美さんに憧れていた。ファンレターなるものを書いたのは彼女が初めてだ。
 昭和45年(1970年)になると、2位に吉沢京子さん、4位に岡田可愛さん、6位に岡崎友紀さんと、テレビで人気の出たスターがつづく。
 でも、繰り返すが、これらの年で吉永小百合さんは1位であり続けていた。

 吉永さんといえば清楚というイメージがある。本書に掲載されている全166点のプロマイドをみると、やはり清楚感を醸し出しているものが多い。
 サユリストと呼ばれる吉永さんのファンは彼女にどこに魅力を感じるのだろう。
 少し吊り上った目だろうか、親しみやすい鼻だろうか、それとも柔らかそうな唇か。
 一つひとつでいえば、吉永さんより美しい人はたくさんいるだろう。
 しかし、吉永小百合というスターは彼女のすべてで出来上がっているのだ。

 本書には吉永さんの116本めの映画となる『北のカナリアたち』の撮影風景も数多く収まっている。
 若い頃の吉永さんもいいが、今の彼女の方が私は断然好きだ。
  
(2013/02/09 投稿)

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 今回(第148回)の芥川賞・直木賞は
 最年長の芥川賞受賞作家となった黒田夏子さんとか
 戦後生まれの最年少直木賞作家として注目を集める朝井リョウさんといった、
 おっと安部龍太郎さんもお忘れなく、
 賑やかな受賞で、
 本屋さんの店頭も活況を呈していますね。
 でも、世の中の人はどのくらい文学賞に関心があるかという
 興味ある調査結果が、
 先日(2.4)の日本経済新聞朝刊の「サーベイ」に出ていたので
 「ほんのニュース」で取り上げたいと思います。

 「文学賞に関心は?」という質問に
 「ある」「どちらかといえば関心がある」と答えた人が30%、
 「ない」「どちらかといえばない」という人が
 その倍の64%という
 かなりショッキングな数字となっています。
 この数字、
 出版社や本屋さんにはショックでしょうね。
 世の中にたくさんの文学賞が出回っていますが、
 それで新たな読者を獲得したいという
 関係者筋の企みも効果がないということでしょうか。

 なにしろ、「この1年間で文芸書を何冊読みましたか?」という質問に
 「1冊も読んでいません」という人が
 49.5%もいるのですから、
 そもそもそういう人にとっては
 文学賞があろうがなかろうが、
 読まないのですからちっとも関係ないということです。
 いゃあ、困った。
 さらにいうと、文芸書は文庫本になって読みます派が32%、
 図書館で借ります派が21.9%なのですから
 本屋さんの店頭に並んでも
 多くの人が素通りです。

 この記事の最後はこう締めくくられていました。

   より多様な読者獲得の戦略がなければ、
   文芸書離れは止まりそうにない。

 うーむ。

 私が芥川賞の作品を読むようにしたのは
 まだ20代の頃ですが
 その頃の方が芥川賞にも力があったような気がします。
 ちなみに直木賞を読むようにしたのは
 最近ですね。
 これは今、とっても反省しています。
 でも、受賞作は読まないという天邪鬼な人も
 結構いると思いますね。
 そういう人は、
 きっと横目で本屋さんにうずたかく積まれた受賞作をみながら
 我慢してるんでしょうね。
 我慢は体によくありませんよ。
 読みましょ、読みましょ。

 そういえば、明日2月9日、
 芥川賞の掲載された文藝春秋が発売されます。

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  今日紹介する
  『ぼくらが愛した「カーネーション」』という本のことを
  知ったのはずいぶん前でした。
  へえ、そんな本がでるんだと
  とても楽しみにしていて
  ネットなどで出版情報を追いかけたりしていました。
  ところが、計画より少し出版が遅れたようで
  そのことでさらに楽しみが増しました。
  どんな内容になるのか
  わかりませんでしたが、
  あのNHKの連続テレビ小説「カーネーション」が
  どんな一冊になるのか
  楽しみでなりませんでした。
  実際読んでみて満足の一冊でした。
  「カーネーション」が好きな人なら
  絶対満足するでしょうね。
  特にはじめの「心を震わせた名台詞30」は
  いいですよ。
  ドラマを観ながら感動したその気分を
  追体験できること、
  間違いなし。
  私の中ではまだまだ「カーネーション」の余熱が
  続いています。

  じゃあ、読もう。

ぼくらが愛した「カーネーション」ぼくらが愛した「カーネーション」
(2012/12/08)
宮沢 章夫、ほっしゃん。 他

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sai.wingpen  余熱                   

 放送が終わって1年近くになりますが、まだ余熱の中にいます。
 佐藤直紀さんのテーマ曲を毎晩聴きながら眠りについたりしています。
 2011年の下半期に放送された、NHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」は、そんな私だけでなく、放映後にこうして書籍化されるほど、余熱の中にいる人がたくさんいる、人気番組でした。

 もし、このドラマが私の出身地大阪・岸和田と同じでなければ、きっと観ていなかったと思います。
 それほど朝ドラは私には遠い存在でした。
 たまたま舞台が岸和田であったおかげで、朝ドラ最高傑作とまでいわれたドラマを全話見逃さなかったことは、とても幸運だったといえます。
 とにかく、このドラマは渡辺あやさんの脚本もいいし、佐藤直紀さんの音楽もいい。
 糸子役を演じた主演の尾野真千子さんも、また糸子の晩年を演じた夏木マリさんもよかった。
 あるいは糸子の父を演じた小林薫さん、母親役の麻生裕未さんといった脇役陣の好演もひかった。
 女性の活躍、戦争の姿、子供たちの成長など、そのどれひとつとっても新鮮だった。
 「カーネーション」が放送されていた毎日が、私にとってはドラマでした。

 そんな「カーネーション」をこよなく愛する人たちが集まって生まれたのが、この本です。
 まず、「心を震わせた名台詞30」がドラマの進行にあわせて紹介されています。
 私が好きな台詞は、糸子が幼馴染の勘助の母親からなじられる、「あんたの図太さは毒や!」です。この台詞に打たれた人はたくさんいます。
 本書で対談をしている評論家の宇野常寛さんも「あのひと言があるおかげで、どれだけ「カーネーション」っていう作品の世界が広がったか」と、評価しています。
 正しいと思って行動する主人公を一刺しする台詞ですが、朝ドラの善を良しとしていた視聴者の胸にも突き刺さる台詞だったと思います。

 その他、なぜこのドラマが「それまで朝ドラなんてほとんど見たことがなかった」中年文系男子に受けたのかを分析したコラムニストの石原壮一郎さんの評論や、脚本家渡辺あやさんの手法をみる大学の先生による評論など、いたって真面目に「カーネーション」を読み解いています。
 また中年期の糸子を愛した北村を演じたほっしゃん。さんのインタビューもあったり、余熱を感じさせてくれます。
 できれば、キャスト・スタッフ一覧といった資料編があれば、もっとよかったのですが。
  
(2013/02/07 投稿)

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  今日紹介する角田光代さんの
  『さがしもの』を読むきっかけは
  以前紹介した川上徹也さんの『本屋さんで本当にあった心温まる物語』に
  書かれていたひとつのエピソードです。
  そのエピソードというのは
  女の子がどんな本を読んでいいか困っていると
  本屋さんの女性店員さんが
  その女の子だけのたった一人のフェアを
  即興でしてあげるという話です。
  そんな素敵なフェアをしてあげた
  その女性店員が推薦した一冊が
  この『さがしもの』だったのです。
  この短編集は
  本をめぐる物語で、
  書評の冒頭に書いた私の挿話は
  本当のこと。
  田中栄光の『オリンポスの果実』を
  いま読むのはなかなか難しいですが
  図書館には所蔵されているでしょうから
  興味のある人はぜひ。

  じゃあ、読もう。

さがしもの (新潮文庫)さがしもの (新潮文庫)
(2008/10/28)
角田 光代

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sai.wingpen  本を探しています。                   

 本を探しています。
 太宰治をこよなく愛した作家田中栄光の、ロサンゼルスオリンピックの参加選手に選ばれたボート部員の切ない恋を描いた『オリンポスの果実』です。
 新潮文庫で、現在は絶版になっていると思いますが、出ていました。
 作品の中の「あなたは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか」という文章にひかれ、高校生だった当時、好きだった女の子に渡そうとした一冊です。
 最後にページに主人公と同じような文章を青いインクで記しました。
 その、本を探しています。
 その女の子にそれを手渡すこともできず、いつまでも本棚に残っていた文庫本ですが、あれはいつだったでしょうか、古本屋さんに売ってしまいました。
 だから、もしかしたら、誰かの手に渡っているのだと思います。
 17歳の少年の文字が最後に記された、田中栄光の『オリンポスの果実』。
 そんな文庫本を探しています。

 誰にだって本についてのささやかな思い出はあるものです。
 角田光代さんのこの本は、本をめぐる9つの作品とエッセイが収められた短編集です。
 角田さんは「本は人を呼ぶのだ」と、自身の体験を綴ったエッセイの中に書いています。だから、本をめぐる話はどんなにささやかであっても物語となるのだと思います。
 本好きなものとして、あまりにも切ない物語だといえます。
 好きと言えなかった想いを本に込める。それは彼ができて初めてのバレンタインに本を贈るしかなかった女性を描いた『初バレンタイン』に見事に描かれています。
 少年時代に読みたくてたまらずに万引きをしてしまった思い出を描く『ミツザワ書店』は、本と共有する秘密の匂いに満ちています。けれど、その秘密は希望に満ちています。

 表題作の『さがしもの』をはじめ、『旅する本』『手紙』など9つの物語がすべて甲乙つけがたい好篇です。
 本好きの読者にとっては、どれもが抱きしめたくなるような作品で、「本の一番のおもしろさというのは、その作品世界に入る、それに尽きる」と思っている角田さんの魔術にはまってしまう短編集なのです。
 本と一緒に、あの時なくした思い出のかけらを探したくなるような一冊です。
  
(2013/02/06 投稿)

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  最近有名な人がたくさん亡くなる。
  横綱大鵬さん、映画監督大島渚さん、直木賞作家常盤新平さん、
  芥川賞作家安岡章太郎さん、
  そして柴田トヨさん。
  先日の日曜(2.3)には歌舞伎役者の市川団十郎さんも亡くなった。
  茫然とするにはいとまがない。
  今日は、1月20日に亡くなった柴田トヨさんの
  『くじけないで』を紹介します。
  この本はたくさん売れたので
  読んでいる人も多いと思います。
  けれど少しだけ柴田トヨさんの話をすると
  柴田トヨさんが詩作を始めたのが
  90歳を超えてからというのが
  すごいですよね。
  一つひとつの詩は短いけれど
  さすがにしみじみとした味わいがあります。
  柴田トヨさんの詩が
  どれだけ多くの年とった人たちへの
  励ましになったことか。
  101歳という年令にきっと自身も
  満足されていたでしょうが、
  これかもきっと多くの人たちが
  柴田トヨさんの『くじけないで』に
  励まされるにちがいありません。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

くじけないでくじけないで
(2010/03/17)
柴田 トヨ

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sai.wingpen  追悼・柴田トヨさん - 奇跡の詩人                   

 二十歳の時に五十歳の自分の姿は想像できなかった。いや、そもそもそんなことを思いもしなかったというのが正直な感想だ。
 では、六十歳近くになって百歳の自分が想像できるかといえば、これもまた霧のかなたの遠くにあって現実的ではない。ただ、二十歳の頃よりは少し知恵がついて、思うことはできる。
 実際に柴田トヨさんのように、百一歳まで生きた人がいるのだから、少しは思わないでもない。けれど、実像として結べるものではない。
 百一歳とは、そんな年令なのだ.
 六十歳近くになった私にとっても。

 九十歳で詩を書き始めた柴田トヨさんは、この詩集『くじけないで』で一躍人気詩人となった。
 詩集としては驚異的な売り上げを作った。
 誰もが百歳近い老人がこんな瑞々しい詩を作るとは思わなかったから、驚いた。だから、売れた。
 売れただけではない。柴田さんの詩に多くの人が励まされた。
 表題と同名の詩の一節にこうある。
 「ねえ 不幸だなんて/溜息をつかないで/(中略)/私 辛いことが/あったけれど/生きていてよかった」。
 この時百歳近い柴田さんゆえの、心がこもった詩に、誰もが感動し、心を震わせた。

 2011年下半期のNHK朝の連続ドラマ『カーネーション』の終盤、年老いた主人公がこんなことを話す場面があったのを覚えているだろうか。
 「歳とるちゅうことはな、奇跡を見せる資格がつくちゅうことなんや」。
 渡辺あやさんの脚本のうまさが光る名セリフだと思う。
 それと同じことが柴田さんの詩にはある。
 彼女の詩は、まさに「奇跡」なのだ。

 この詩集に収められた詩の中で好きな詩の一篇はさまざまだろう。
 私は「こおろぎ」という詩が好きだ。
 深夜ひとりこたつにはいって詩を書いている詩人。「私 ほんとうは」と一行だけ書いただけなのに涙があふれた、と詠った。
 この時、柴田さんの脳裏にどんな言葉が続いたのだろう。涙があふれるようなどんな思いが胸に迫ったのだろう。
 そんな柴田さんをこおろぎの声がなぐさめてくれる。小さな虫がすべてを癒してくれる。
 そんな詩だ。

 1月21日、柴田トヨさんは百一歳で亡くなった。
 「奇跡を見せる資格」をもった詩人が静かにいなくなった。
  
(2013/02/05 投稿)

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  今日紹介する
  安田正さんの『一流役員が実践している仕事の哲学』は
  出版元のクロスメディアパブリッシングのUさんから
  献本いただいたビジネス本です。
  このブログを読んでいただいたUさんから
  ビジネス本ですが、とお送りいただきました。
  ビジネス本は以前にも書いたことがあるかもしれませんが
  かなり好きです。
  仕事で落ち込んだ時とか
  行き詰った時など、
  ビジネス本で元気をもらうことが
  よくあります。
  読むビタミン剤。
  読む疲労回復剤。
  献本いただいたから
  いうのでもありませんが
  この本は読みやすく、
  効果もバッチリ。
  今日からまた頑張ろうという
  気分になります。
  今日の書評には「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のことを
  書きましたが、
  あの番組を知らない人も多くなっているかも。

  じゃあ、読もう。

一流役員が実践している仕事の哲学一流役員が実践している仕事の哲学
(2013/01/17)
安田 正

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sai.wingpen  懐かしい欽ドンのテーマ曲にのって                   

 欽ちゃんこと、萩本欽一さんの「欽ドン!良い子悪い子普通の子」は1980年代はじめの超人気TV番組だった。
 視聴者から応募されたギャグをもとにした、父親役の欽ちゃんと三人の息子のやり取りが爆発的に受けた。
 三人の息子は良い子(山口良一)、悪い子(西山浩司)、普通の子(長江健次)とそれぞれ個性があり、それに見合った父親との応答が面白かった。
 三という数字が比較するのにちょうどよかったのだろう。このあと、「良い妻、悪い妻、普通の妻」編や「良いOL・悪いOL・普通のOL」編など続々と作られていく。
 欽ちゃんのそんな人気番組で育った世代にとっては、この本の構成はとても懐かしい感じがする。
 「平社員・部長・役員」といった三人の、それぞれの仕事のやり方の違いをうまくまとめている。

 いま、「欽ドン!平社員、部長、役員」なんていう番組があれば面白そうだ。
 例えば、「出社時間はどうなの?」と訊ねられて、平社員は「始業5分前です、ナハハハ」と答え、部長が「15分前です、もちろん」と答える。最後に登場する役員が「遅くとも1時間前には来ています」と胸をはる。
 こうなると、笑い、というより、視聴者が真剣にメモをとったりしたりするビジネス番組になりそうだ。
 本書にはそれ以外にもたくさんの事例が紹介されていて、それぞれの役職の行動パターンがうまく分類されている。
 さすがにコンサルタントとして多くの一般社員や役職者と接してきた著者ならではの視点である。

 読者がもし平社員の人であれば本書に書かれている自分によく似た行動に満足するのではなく、部長や役員の行動といかに違うかを認識し、習慣を変えることが必要だ。
 著者も「ほんの少し習慣を変えるだけで、何かが見えるようになり、自分を変えることができる」と云っている。
 なぜ、ある人は役員になり、ある人は部長にとどまるのか。
 それは、紙一重の差だ。
 しかし、その紙一重をどう乗り越えていくかで勝敗が分かれる。
 おそらく「この本を読み終わって?」の問いかけには、平社員は「何も感じない」、部長は「読んだことに満足」、役員は「さっそく実践」ぐらいの差があるのではないだろうか。
  
(2013/02/04 投稿)

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   今日は節分

    湯葉供へあり節分の鬼子母神  細見綾子

  最近は「鬼は外、福は内」という声も
  めっきり聞こえなくなりましたが、
  せっかくの日曜日、
  お父さんが鬼になって逃げる、
  そんな光景もいいのではないでしょうか。
  私は大きな声で「鬼は外」と叫びたい一人ですが
  娘たちに毎年嫌な顔されています。
  節分のような行事は
  家庭ではいつまでも続けたいですね。
  家族団らんの秘訣だと思うのですが。
  今日紹介する『おおきなかぶ』も
  家族団らんには欠かせない絵本です。
  おじいちゃんもおばあちゃんも
  お父さんもお母さんも
  男の子も女の子も、
  ペットの犬や猫も一緒になって
  「うんとこしょ どっこいしょ」と声を合わせるのも
  いいですよ。
  きっと、福が来ます。

  じゃあ、読もう。

おおきなかぶ―ロシア民話(こどものとも絵本)おおきなかぶ―ロシア民話(こどものとも絵本)
(1966/06/20)
A.トルストイ

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sai.wingpen  あなたもいっしょに「うんとこしょ どっこいしょ」                   

 益田ミリさんの人気シリーズ「すーちゃん」の新しい巻『すーちゃんの恋』に、この絵本のことがでてきます。
 主人公すーちゃんは保育園の給食係として働いているのですが、子どもたちの中にはどうしても給食を食べない子どももいます。どうしたら楽しんで食べてもらえるんだろうと悩んだすーちゃんは、子どもたちに人気のある絵本を参考にすることを思いつきます。
 それがこの絵本。もちろん、給食の材料はかぶです。
 しかも、園長先生たちに手伝ってもらって、「うんとこしょ どっこいしょ」と寸劇までしてしまいます。

 それほどこの絵本、あるいはこのロシア民話はたくさんの子どもに愛されています。
 話が単純でわかりやすいこと、かぶをひっぱるのに家族や動物たちが力を合わせること、文章がどんどんふくらんでリズミカルなこと、など子どもたちに愛される理由でしょう。
 保育園や幼稚園で読み聞かせる絵本として人気があるのもわかります。
 そんな子どもたちが大人になって、次の子どもたちに「うんとこしょ どっこいしょ」といっている姿は、まるで「おおきなかぶ」をひっぱる人が順番に増えていくのと同じです。
 私たちはそんなふうにしてつながっています。

 この絵本の再話がトルストイとなっていて驚いたのですが、あの『戦争と平和』のトルストイとは別人です。実は勘違いしたのは私。
 こちらのトルストイも作家ですが、アレクセイ・A・トルストイという人です。
 絵は佐藤忠良。え、もしかして日本の彫刻界を代表するあの佐藤忠良さん? と思った人もいるでしょうが、その通り。2011年亡くなられた佐藤さんが絵を担当しているのです。
 よく見ると、そのデッサンの素晴らしさに気がつくと思います。
 おじいさんが力いっぱいかぶをひっぱっている姿の、腕の力のはいりかた、足のふんばりなど、絵を勉強している若い人には絶対見て欲しい作品です。

 絵本『おおきなかぶ』は、かぶに負けないくらい、とっても豪華な作品なのです。
  
(2013/02/03 投稿)

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  『はだしのゲン』の第3巻です。
  こういう漫画をどこまできちんと
  紹介できるか、
  書評を書いていて不安になることも
  ありますが、
  がんばって全10巻読んでみようと思います。
  この『はだしのゲン』の特長は
  その頃巷ではやっていた戯れ唄などが
  書きとめられている点です。
  作者の中沢啓治さんが実際に触れた
  生活の一コマなんでしょうね。
  それにしても
  当時の原爆被災者に対する差別のひどさに
  驚愕します。
  あれからあれから70年近く経ちますが
  福島の被災者に対する仕打ちなどを思うと
  私たちはあまり変わっていないかも
  しれませn。
  原発問題を抱えたままのこの国にあって
  まだまだ『はだしのゲン』が
  提起する問題はつきません。

  じゃあ、読もう。

はだしのゲン 第3巻 麦よ出よの巻はだしのゲン 第3巻 麦よ出よの巻
(1984/01)
中沢 啓治

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sai.wingpen  ふまれても ふまれても                   

 中沢啓治さんの『はだしのゲン』は原爆をテーマにした漫画で、主人公のゲンはさまざまな試練にさらされていきます。読んでいてここまで描かなくてもと思わないでもありません。
 中沢さん自身「描くのはしんどい」と話しています。
 それでも、中沢さんは漫画の特長であるコミカルな面も忘れていません。
 生まれたばかりの妹友子とお風呂にはいる場面。ゲンの顔に友子がおしっこをひっかけます。
 弟の進次によく似た隆太がゲン親子と一緒に住めるようになって喜んで鼻クソを放り投げて食べてしまう場面など、緊張したドラマをふっと休める効果があります。
 漫画という手法だからできる技法といっていいでしょう。

 この3巻めでは母親の友人の家を追い出された場面から始まります。
 雨の中ゲンたちは行くあてもなく途方にくれています。結局、友人の家に戻ることができたのですが、食べるものはほとんどありません。
 そこでゲンはアルバイトを始めます。
 ゲンのように広島で原爆にあい焼けただれた病人の世話をすることになります。このあたりの描写のすさまじさには息をのみます。
 その病人政二は兄の家で療養しているのですが、兄たち一家は寄りつこうともしません。
 ゲンはそんな姿を見、自分だけでもこの病人を助けようと決意します。
 そんなある日、ゲンは死んだ弟にそっくりの少年隆太と再会します。行くあてのない隆太に一緒に暮らそうと勧めるゲン。
 終戦の8月15日を待たずして政二は亡くなります。
 いなくなるものがいれば戻ってくるものもあります。
 ゲンの兄昭が疎開地から戻ってきます。

 この巻では画家志望だった青年政二の悲惨な生活が胸をうちます。
 自暴自棄になる政二。それでも生きよとゲンが叫びます。
 「ふまれても ふまれても 強くまっすぐにのびる麦」に、ゲンの姿が重なります。
 ゲンは歩きつづけます。
  
(2013/02/02 投稿)

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  今日から2月

   林檎の木いまだ幼く春を待つ  菖蒲あや

  暦の上では春になる季節だが
  まだまだ寒い。
  それでも春を待つ気分が
  この季節ならではといっていい。
  先月、といっても昨日までのことだが
  日本経済新聞の「私の履歴書」は
  直木賞作家の渡辺淳一さんが
  担当でした。
  面白く読ませてもらいました。
  そこで、
  今日は渡辺淳一さんが第63回直木賞を受賞した
  『光と影』を紹介します。
  とてもいい作品です。
  選考委員の評価も高い。
  もっと渡辺作品を読んでみたくなりますね。

  じゃあ、読もう。

光と影 (文春文庫)光と影 (文春文庫)
(2008/02/08)
渡辺 淳一

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sai.wingpen  渡辺淳一は女だけを書いてきたのではない                   

 第63回直木賞受賞作。(1970年)
 渡辺淳一といえば、『失楽園』や『愛の流刑地』といった官能的ドラマの名手として人気が高いが、もともとは医学の道を目指した学究の徒であることはよく知られる。医学博士としての肩書もある。
 そんな渡辺が作家の道に専任しようと決意したのは、1968年日本で最初の心臓移植に疑問を感じたゆえのことであることを、自身の半生を綴った日本経済新聞の「私の履歴書」(2013年1月連載)に記している。
 直木賞受賞の際には、まず「この報せを受けるや否や、わたしは札幌にいる母に連絡した」と、初々しい気分を書いている。
 同時に、これからの作品については、「正直いって、わたしは女性が好きである。それをこれからの小説に生かさないという手はない」と、考えたともいう。
 すでにこの時、将来の渡辺作品は孵化しかかっていたのだ。

 この『光と影』は、のちに内閣総理大臣となる寺内正毅の西南戦争時に受けた大きな負傷と同じように傷を受けた男、小武敬介の半生を描いた作品である。女性の姿はほとんど点景にとどめ、現在の渡辺から想像しがたいくらい、骨格のしっかりした歴史小説だ。
 同じ野戦病院で手術を受けた小武と寺内。ただカルテの順番が小武の方が先だったために彼は右腕を失い、あとの寺内は不自由とはいえ右手を残すことになる。片手を失った小武は退役となるが、寺内は軍にとどまりその後国家元首まで上り詰める。
 寺内は「光に向い」、自分が「影になっていく」ことに小武は憤りを感じ、荒んでいく。
 同じ道、もしかしたら自分の方が優秀だったかもしれない道を歩みながら、偶然が男たちの日々を隔てていく。
それは男がゆえの見栄であったり、拘りだともいえる。
 渡辺の筆は、寺内の人生と小武のそれを比べるものではない。淡々と読ませる。

 選考の際に強く推したのは海音寺潮五郎だった。「描写が的確であり、医学的面は作者の職業がら自信に満ちて」いると高く評価している。
 また、あの司馬遼太郎が「感服した」といい、水上勉も「よく二軍人の人生を追跡し、文章も簡略なのがまた効を奏している」と記している。
 作品についてはいうことはないが、ただ題名の『光と影』はあまりにもそっけなく過ぎる。もう少し工夫があってもいい。
 渡辺は現在直木賞の選考委員だが、この題名では受賞作として推挙しないのではないだろうか。
  
(2013/02/01 投稿)

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