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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災は遠くのできごとか。
  毎月11日が来るたびに
  こうして関連の本を紹介していますが、
  もしかしたら、
  もういいのではと感じている人もいるかも
  しれません。
  それでも、できるだけ
  関連本は紹介していきたいと
  思っています。
  戦争の記憶を忘れてはいけないように
  東日本大震災の記憶もまた
  語りつづけないといけない。
  そう思っています。
  今日紹介するのは
  河北新報社編による
  『私が見た大津波』です。
  この本は岩波書店から出版されていますが
  その意味は大きいと思います。
  ぜひ、皆さんにも
  忘れないで頂きたいと思います。

  じゃあ、読もう。

私が見た大津波私が見た大津波
(2013/02/28)
河北新報社

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sai.wingpen  黒い海                   

 記憶は時に嘘をつく。
 小さなものを過大に覚えたり、長いものを短く思いこんだりする。
 もちろん、厳密にいえばそれは嘘ではない。間違いでもない。
 記憶とはあくまでも個人のものだ。その人がそうだと思ったのであれば、それは真実だし、正しい。
 人の数だけ記憶があるといっていい。

 同じようなことがこの本にも書かれている。
 「大震災の現場は被災者の数だけあります」。
 大震災というのは、2011年3月11日に起こった東日本大震災のこと。ここでは津波に焦点をあて、津波で被災された人たちの記憶をその人が描いた絵と文章で再現されている。
 本書は、多くの震災記事を追い続けている地元新聞の河北新報に震災から一ヶ月後から連載が開始された記事がもとになっていて、先の文章に続けて、本書の「まえがき」にこうある。
 「教訓としての大震災は、そうした個々の死と生を記録し、見つめることで初めて意味を持つ」のだと。
 記憶が記録として残される意味を、さすがに河北新聞は身をもって捉えている。

 ここには75人による被災証言が掲載されているが、その人たちの年令も職業も被災した場所もばらばらである。 襲ってきた津波の速度を30~40キロだと感じた人もいれば、新幹線のようだったと証言する人もいる。
 落ち着いて行動した人がいたり、九死に一生を得た人もいる。
 稚拙な絵の人もいれば、本格的な筆づかいの人もいる。
 ただ、一様に証言されているのは、津波の黒い色である。
 記録された映像を見ても、その色が異様に黒いことがわかる。
 被災者にとってはそれまではきれいな海だったはず。自然災害とはいえ、それが豹変したのであるから、恐怖の瞬間だったにちがいない。

 印象に残る証言は仙台市荒浜に住む渡辺アキコさんの証言。車に乗ったまま濁流に流されるのだが、そのそばに9年前に亡くなったご主人の車が寄り添うように流れていたという。沈みかけた車から何とか脱出し救助された渡辺さんは「夫が助けてくれた」と、今でも信じている。
 偶然かもしれないが、その気持ちはわかる。
 これこそ、渡辺さんだけの記憶だろう。そして、その記憶は誰の胸をもうつのだ。
  
(2013/05/11 投稿)

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