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 今日からまた仕事という人
 多いでしょうね。
 私もそうですが、
 急いで夏休みのことを。
 念願の「開高健記念館」に行った話を
 書きとめておきます。
 何しろここ何年間かずっと
 私の中では行きたい記念館ベストワンだったもので。

 それがなかなか行けなかったのは
 地理的な問題。
 「開高健記念館」は神奈川茅ヶ崎にあります。
 埼玉に住んでいる者にとっては
 やはり遠いっていう印象ですね。
 でも、行きたい。
 やっぱり、行こう。
 という訳で今年の夏(8.16)行って来ました。

開高1  ここはもともと開高健の自宅だったところ。
 1974年(昭和49年)から亡くなるまでの15年間、
 ここで住んでいたそうです。

   海岸から三百メートルから四百メートルほどのところで
   ひっそりと暮らしている。

 と、開高健が書いているように
 茅ヶ崎の東海岸の本当にそばにあります。
 記念館の帰り、この海岸に寄ってみたのですが
 あのえぼし岩
 そうです、サザンオールスターズの「チャコの海岸物語」にも歌われているえぼし岩が
 ばっちり見ることができます。

開高2
 そうそう、「開高健記念館」の話でした。
 玄関横には

   入ってきて人生と叫ぶ
   出ていって死と叫ぶ

 と刻された文学碑があります。
 さて、玄関。
 ここはなんと、入館料無料。
 玄関からはいってすぐに開高健のさまざまな著作や
 愛用した品々が飾ってあります。
 ベトナム戦争に従軍した時のヘルメットや
 おなじみにライターなど。
 奥にはいると、開高の書斎が当時のまま
 見ることができます。
 ベランダには開高がくつろいだだろう、
 白い椅子とテーブルが。

 思えば、開高健が亡くなったのは
 1989年(平成元年)、58歳の時でした。
 そうか、開高は今の私の年で亡くなったのか。
 あれほど大きな小説を書き、
 笑い、食べ、そして旅した作家は
 今の私の年令で生涯を閉じたのか。
 なんとも。
 かんとも。

 ベランダから玄関へと続く
 小さな道に
 「哲学の小径」とつけたのは開高でしょうか。
 それとも、この記念館を管理している茅ヶ崎市でしょうか。
 開高はこの小径をどんなことを想いながら
 歩いたのでしょう。

   悠々として急げ

 開高健らしい言葉。
 もし開高が生きていたら、
 どんなにすごい作品を残したでしょう。
 生き急ぎ?
 いえ、いえ、悠々として急げ、です。

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