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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、
  直木賞作家葉室麟さんの
  『月神』という作品を紹介します。
  娯楽作品としての時代小説というよりも
  それぞれの仕事に対して
  どう対峙すべきかを考える一冊として
  読む方がいいように思います。
  2部構成になっていますが、
  後半の部で仕事に挫折し
  その地を去ろうとする主人公に
  かけられる言葉がいいので
  書きとめておきます。

   あなたは正しさを求める、よいひとだが、いる場所を間違えている。
   あなたはあなたのいるべき場所にいなければならない。

  いくらいい人であっても
  いる場所を間違えば、
  どこかで狂いが生じる。
  この言葉の意味は
  重い。

  じゃあ、読もう。

月神月神
(2013/07/13)
葉室 麟

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sai.wingpen  理想を見失った時どうすべきかを問う                   

 宮田昇氏の『図書館に通う』という、現代の図書館のありかたを問うたエッセイ集の中に、この物語の作者葉室麟のことを書いたくだりがある。
 元編集者の友人に「もしかして藤沢周平に代わりうる作家かもしれない」と教えられ、葉室の初期の作品を図書館で借りて読む。「どれも面白く読」み、直木賞受賞作『蜩ノ記』に感心する様子が描かれている。
 葉室のファンは多い。
 葉室作品の根底に流れる、耐えること、忍ぶことに魅了されるのだろう。

 この長編歴史小説は、幕末から明治を舞台にして、葉室の地元福岡藩で月形という姓を名乗る一族を描いたものである。
 前半の「月の章」では坂本竜馬だけではない、薩長連合のもう一人の立役者月形洗蔵の、短くも波乱に満ちた生涯を描き、後半の「神の章」では洗蔵の甥で、明治初期まだ開発途上の北海道で監獄所を造ることになる月形潔の半生を描いている。
 どれほど有名な人なのか、私は知らない。だから、純粋に物語として愉しめたというのが、率直な感想である。
 後半、月形潔が典獄を勤めた監獄に囚人として収監される一人「五寸釘の寅吉」こと西川寅吉も実在の人物である。

 この作品では二部構成になっていると先に書いたが、大筋では時代の先をゆくものの悲哀を描いているといえる。
 「月の章」の中でまだ幼い潔は叔父で尊王攘夷派の洗蔵にこう問いかける場面がある。
 「志士とは何なのでしょう」。
 幼きものの問いに洗蔵はこう答える。
 「志士とは灯りのない暗夜の道を自らの命を燃やす松明をかかげて行く者だ」と。
 残念ながら、そんな洗蔵は明治という新しい時代を見ることはなかった。
 松明は甥の潔に受け継がれた。

 しかし、過酷な北海道の地で監獄の造作という任務を与えられた潔は道半ばで倒れていった洗蔵たち志士たちの思いとは何であったかと悩む。
 明治の世にはなったが、これでいいのか、これが目指したものであったのかと。
 時代が大きく変革する時、理想としたものを人は時に見失うものだ。
 幕末の志士たちも同じであったろう。
 こののち、日本が大きく道を過つことは、周知の事実だ。
 物語の先までも見ると、なんと重いテーマであろうか。
  
(2013/08/20 投稿)

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