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プレゼント 書評こぼれ話

  『切羽へ』で第139回直木賞を受賞した
  井上荒野さんの『それを愛とまちがえるから』を
  今日は紹介します。
  いい題名ですよね。
  「愛とまちがえる」「それ」とは
  なんでしょう。
  なんだっていいのかも。
  人それぞれ、「それ」を持っているような
  気がします。
  登場人物たちの造形が
  少し弱い感じがします。
  その分、共感度が薄れています。
  やはり『切羽へ』には
  届かなかったかな。
  でも、井上荒野さんの描く
  男女はもう少し追いかけてみたいと
  思っています。
  そんな気分にさせる作家の一人と
  いっていいでしょう。

  じゃあ、読もう。

それを愛とまちがえるからそれを愛とまちがえるから
(2013/01/24)
井上 荒野

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sai.wingpen  犬も喰わないもの                   

 夫婦の物語は、時に、滑稽だ。
 問題がある場合は、さらに滑稽になる。
 ありきたりの夫婦など物語にならないせいだろうか、物語にしようとすればするほどに喜劇にしか見えなくなる。それとも、夫婦という関係そのものが喜劇なのだろうか。
 それを深刻ぶるから滑稽感が高まるともいえる。

 雑誌「婦人公論」に連載された井上荒野のこの物語に登場する夫婦もそうだ。
 結婚して15年になる一組の夫婦が主役の物語。夫の匡は42歳、妻の伽耶は41歳。
 3月のある朝、伽耶は夫にこうつぶやく。「あなた、恋人がいるでしょ」。
 なんという書き出し。なかなかこうはいかない。物語の導入部としてはかなりいい。
 伽耶の指摘は正しい。匡には恋人がいる。しかし、実は伽耶にも恋人がいる。
 だから、匡はこう返すのだ。「君にもいるだろう、恋人」。

 物語は匡の恋人朱音や伽耶の恋人誠一郎の登場で、問題が過剰になっていく。
 ついには、4人でキャンプまでしてしまう。しかも、その夜には、それぞれが恋人をさしおいて、夫婦で懐かしいSEXまでしてしまうのだ。
 一体この夫婦は何を求めているのだろうか。
 出合いの時のときめきか。慣れ親しんだ肌のぬくみか。
 夫という役、妻という役を、互いに一生懸命に演じながら、なんとなく違和感をもってしまう、結婚15年めという時間。
 本当は何も語ることがらもないのに、話すことが夫婦というべき関係であると信じているから、すれちがい、その溝は埋まることはない。
 夫婦とはそういうことをことさらにいうべき関係ではないのかもしれない。
 けれど、それを声高にいえば、仮面をつけた役者たちが大げさの仕草で立ち回るしかない。
 すれちがいは滑稽を生む一要素だ。

 「夫婦げんかは犬も喰わない」とよくいう。ただし、「くだらない」ということではないそうだ。犬でさえ見向きもしないということで、放っておけばよいという意味らしい。
 匡と伽耶がその後どうなろうと知ったことではない。
 要は、他人が干渉すべきことではないのだ。
  
(2013/08/30 投稿)

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