プレゼント 書評こぼれ話

  池井戸潤さんの『不祥事』から
  三題噺のように続けます。
  今日は
  多分現代の経営者で人気№1を誇るでしょう、
  稲盛和夫さんの
  日本航空での再建の姿を描いた
  鍋田吉郎さんの『稲盛和夫「仕事は楽しく」』を
  紹介します。
  この本にでてくる
  日本航空の社員の姿を見ていると
  きっと某銀行や某ホテルのレストランで
  働いている人は
  ため息をつくんじゃないかなぁ。
  いえいえ、
  多くの会社員がそうかも。
  もっとも
  ここに書かれていることが
  すべてではないでしょう。
  でも、
  「仕事は楽しく」は
  絶対要件ではないでしょうか。
  働く上において。
  楽しくないから
  よけいに不満や不平が
  たまってくるんでしょうね。
  
  じゃあ、読もう。
  
稲盛和夫「仕事は楽しく」稲盛和夫「仕事は楽しく」
(2013/09/19)
鍋田 吉郎

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sai.wingpen  朝の通勤電車で読んでみてください                   

 一生の間で人はどれだけ働くのだろう。
 ある調査によれば大学を出てから60歳の定年までで計算すると10万時間にもなるという。これに残業でもあるものならもっと増える。
 つまり、人は人生の多くの時間を働いているということになる。しかも、青年期から壮年期までのもっとも充実した時間を働いている。
 もしそれが楽しくなければ、どんなにつらいことだろう。
 この本は現代の名経営者である稲盛和夫が日本航空再建に向け、何を行い、どう変えていったのか。そして、日本航空の社員たちが稲盛の手法にどう向き合ったかという記録である。
 そこから見えてくるものこそ、仕事、あるいは働くという意味の本質といえる。

 「常に明るく前向きに。そして、仕事は楽しく」。
 これは2010年2月に稲盛和夫が日本航空の会長に就任した際、幹部たちに説いた言葉である。
 おそらく稲盛は経営破綻を起こした日本航空の弱点(そして、それは多くの日本の会社にもあてはまる)を見抜いていたのだと思う。
 それはモチベーションの低下である。「動機づけ」や「やる気」と訳される「モチベーション」が低下すると、仕事や職場は面白くなくなる。
 面白くないから言われたことだけをこなすことになる。そこには何の創意工夫もない。

 稲盛の経営手法と向き合った日本航空の社員たちの発言を読むと、いずれもモチベーションが上がっていたことがわかる。自分の意見が採用されれば、人はうれしいに決まっている。あるいは、小さな成功事例が働く喜びをもたらす。
 巻末にある稲盛和夫のインタビューの中で稲盛はこんなことを言っている。
 「今目の前にある、あなたの仕事に必死で打ち込んでみてください。全力を上げて取り組んでみてください。そのためにも、創意工夫をして、どんなにつらいことがあっても不平不満を口に出すのではなく」と、そして日本航空着任の際に口にした言葉を繰り返す。
 「常に明るく前向きに、つまり、「仕事は楽しく」やってください」と。

 こういう本を朝の通勤電車の中で読むのもいい。
  
(2013/10/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日池井戸潤さんの
  『不祥事』という小説を
  紹介しましたが、
  そこにも書いた通り、
  最近の企業の不祥事とその対応をみていると
  りっぱなことを言っている割には
  薄っぺらさを感じてしまいます。
  会見に臨んだ
  企業のリーダーたちの姿をみて
  あんな人になりたいと
  思うでしょうか。
  今日は
  佐々木常夫さんの
  『こんなリーダーになりたい』を
  紹介します。
  佐々木常夫さんは
  リーダーには
  「揺るぎない倫理観」が必要と
  書いています。
  ダメなリーダーは
  自分で「倫理観」を持っていると
  勘違いをしている人。
  そんなリーダーに限って
  人の話を聞かないんですよね。

  じゃあ、読もう。
  
こんなリーダーになりたい 私が学んだ24人の生き方 (文春新書 936)こんなリーダーになりたい 私が学んだ24人の生き方 (文春新書 936)
(2013/09/20)
佐々木 常夫

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sai.wingpen  リーダーこそ倫理観が必要                   

 リーダーとはどういう人をいうのだろう。
 さまざまな「リーダー」本が出版されていてすでに多く語られているはずなのに、例えば国のリーダーともいえる総理大臣でさえも何人も次から次へと変わっている現実をみると、私たちはいまだにこれはというリーダー像を持ち得ていないのかもしれない。
 リーダーを極めて簡単にいえば、組織の長として多くの人を率いていく人をいう。
 あるべきリーダー像は率いられている多くの人がこしらえるものだともいえる。
 方向性を示して欲しいと願っている人にとって、それができないリーダーなどありえないだろうし、景気(あるいは給与)をよくして欲しいと思う人はそれができない人はリーダーではないのだろう。
 率いる人が多くなるほど、リーダーはさまざまな要素を求められる。

 かつて東レという大きな会社で辣腕をふるった著者の佐々木常夫氏は、単に厳しい上司ではなかった。自閉症の子どもを抱え、うつ病で苦しむ妻を看病した経験をもつ。それでも、佐々木さんは現場の第一線で働き続けた。
そんな佐々木氏が学んだという24人のリーダーたち。
 誰もが納得のいく土光敏夫や渋沢栄一、本田宗一郎という経済人だけでなく、西郷隆盛や坂本竜馬といった明治維新の立役者、さらにはチャーチルやリンカーンといった海外の政治家まで幅広い人選となっている。
 佐々木氏が紹介している24人すべてが同じ要素をもったリーダーではない。
 それぞれがそれぞれの個性を持ち、それでも組織の長、あるいは時代の先駆者としての行動した人物といえる。

 今や日本の経営者の雄とされる稲盛和夫氏はその著書『燃える闘魂』の中で、「「命を賭して従業員と企業を守る」という気概と責任感をもった人がリーダー」と書いている。
 佐々木氏は「その人の存在が周りの人たちに勇気と希望を与える人」がリーダーだという。
 言葉は違えど、「揺るぎない信念のある人」がそうなのだろう。
 佐々木氏のあげた24人のリーダーでいえば、太平洋戦争末期、硫黄島での死闘を演じた栗林忠道中将がもっともそのリーダー像に近い。
 要は佐々木氏が最後に書いているように、「揺るぎない倫理観」こそ、リーダーに求められているのだ。
  
(2013/10/30 投稿)

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  人は経験はするが
  どうもそのことを忘れる動物らしい。
  最近の経済ニュースをみていると
  景気回復といわれる中、
  またいくつか企業の不祥事
  話題となっている。
  そこでこのタイミングのよさ。
  今日は
  そのものズバリ、
  『不祥事』という作品を
  紹介します。
  作者ははまりっぱなしの
  池井戸潤さん。
  この作品が書かれたのは
  2004年。
  それから10年近くも経って
  またぞろ世間では
  「不祥事」ですものね。
  しかも、
  その対応の仕方にたくさんの疑問符が
  ついてしまいます。
  きっと居酒屋さんでは
  多くの会社員が
  笑っているんでしょうね。
  いやはや。

  じゃあ、読もう。

新装版 不祥事 (講談社文庫)新装版 不祥事 (講談社文庫)
(2011/11/15)
池井戸 潤

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sai.wingpen  真摯に向かいあうことが大切じゃないですか                   

 「だめだ、だめだ。いつも銀行はそうじゃないか。臭いモノには蓋。外見だけは取り繕い、都合の悪いことはもみ消そうとする」
 まるで最近起きた銀行の不祥事についてのコメントみたいだが、これは銀行員出身の池井戸潤が2004年に発表した
 この作品の表題ともなった「不祥事」という作品の中にでてくる科白である。
 つまり、銀行という体質はその当時と今とあまり変わっていないということだ。
 もちろん、そういう「不祥事」は銀行ばかりではない。
 関西の有名ホテルで起こったレストランの「誤表示」もそうだ。あれを「誤表示」だったなんて納得した人はどれくらいいただろう。
 会社には多くの株主や従業員、それに取引先がいる。それを守るためなら何をしてもいいということではない。
 過去そのように「不祥事」をもみ消そうとして、結局は会社そのものがなくなってしまったケースをたくさん見てきたはずなのに、「不祥事」は消えることはないのはどうしてだろう。

 この作品は長編というより、連作集という方がいい。
 少しぼんやりとしたところのある相馬健はかつて大店で融資係として活躍したこともあるが当時の副支店長とぶつかり一線から退けられてしまう。今は本店の事務部で「臨店」の業務をしている。
 「臨店」というのは、「事務処理に問題を抱える支店を個別に指導し、解決に導くのが主な仕事」だ。
 ある日、そんな相馬に部下がつくことになった。
 それが花咲舞。若いが優秀な人材。しかし、彼女は「上司を上司とも思わない女子行員」で、かつて一緒に働いたことのある相馬はひそかに「狂咲」と呼んでいた。
 そんな二人がコンビを組んで次から次へと難問題を解決していく、痛快エンターテインメント小説である。

 物語の最後にはおっとり役の相馬が鋭いところを見せるかもという期待もむなしく、終始花咲舞の活躍である。
 スーパーレディの花咲であるが、「たまに銀行という組織に、こういう無力感というか、殺伐としたものを感じることがあるのよ」と時に若い銀行員として悩むこともある。
 彼女が難問題を解決していくのは銀行員としての誇りといっていい。
 そういう若い人たちの希望をそがないためにも、「不祥事」には勇気をもって立ち向かってもらいたいものだ。
  
(2013/10/29 投稿)

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  昨日(10.27)から
  秋の読書週間が始まりました。
  今年のテーマは

   本と旅する 本を旅する

  です。
  今日の本は
  そのテーマに誘われた一冊です。
  星野道夫さんの『旅をする木』です。
  再読の一冊です。
  このブログで紹介したのは、2009年。

   その時の書評はこちら

  久しぶりに読んでみて
  あらためて
  星野道夫さんの文章の透明感に
  感激しました。
  こんな文章が書けたら
  どんなにいいでしょう。
  さあ、せっかくの読書週間です。
  皆さんもぜひ
  本と旅してみてはいかがですか。

  じゃあ、読もう。

旅をする木 (文春文庫)旅をする木 (文春文庫)
(1999/03)
星野 道夫

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sai.wingpen  本を旅する                   

 「本と旅する 本を旅する」。10月27日から始まった秋の読書週間の標語を見て、私の頭にすぐに浮かんだ本があります。
 星野道夫さんの『旅をする木』。
 「木」と「本」という一画ちがいで、まるで冗談みたいですが、星野さんのこの本をもう一度読んでみたいなと本棚から取り出すと、たくさんの付箋が貼られていました。
 最初に読んだのはいつのことだったか。
 私が星野さんの作品、それは彼が本来のなりわいとしていた写真展が最初でしたが、と出会ったのは、もう5年以上前のことになります。
 本の貼られてたくさんの付箋がまるであれから育った木々のようにして、今の私の前にありました。
 もう一度、その森に踏み入るようにして、星野さんの世界に入っていく。
 「本を旅する」というのは、こういう瞬間のことをいうのでしょうか。

 星野道夫さんはアラスカに魅せられ、アラスカの自然を撮り続けた写真家です。同時に、静謐な文章を書き続けた文筆家でもあります。
 44歳の時不慮の事故で亡くなる、この作品は直前に書かれたエッセイ集です。

 プロペラの故障でアラスカの原野に閉じ込められた星野とパイロットのドン。歩き始めた二人の前に広がるワタスゲの草原。そして、たくさんのカリブーの群れ。事故がなければ出会うことのなかった光景に、ドンがつぶやく。
 「ギフト(贈り物)だな…」。
 これは「白夜」という文章に綴られたものですが、星野さんの文章こそ、「ギフト」というしかありません。
 こんなにも美しい文章、こんなにもゆったりとした文章に巡り合える幸せは、もちろん星野道夫という一人の人間からのものにはちがいないのですが、それはどこか天からの授かりものとしかいえません。
 その言葉の一つひとつがきらめいているのです。

 このエッセイの最後に「十一月のある晩、吹雪の北極圏で、初めての子どもの誕生を知った」という文章で始まる「ワスレナグサ」という作品があります。
 その子の成長を星野さん自身は見ることはできなかったことを読者は知っています。
 知っているがゆえに、星野さんがその子に伝えたかったこと、「何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい」という思いは、私たちの胸にゆっくりと沈んでいくのです。

 「本と旅する」時間というのも、星野さんのいう「ただ流れてゆく時」のような気がします。
  
(2013/10/28 投稿)

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  私たちの世代でいえば、
  双子といえば
  ザ・ピーナッツとかこまどり姉妹。
  ちょっと古いな。
  少し進んで
  リンリンランラン。
  さらに進んで
  まなちゃんかなちゃん。
  そういえば、
  最近あまり双子のアイドルって
  目にしませんね。
  それとも最近のアイドル事情に
  詳しくないせいかも。
  今日紹介する絵本、
  種村有希子さんの『きいのいえで』は
  双子の姉妹が主人公。
  ちなみに、このタイトルは
  「家で」ではなくて
  「家出」です。
  「きい」というのは主人公の女の子。
  なんとなく、
  内容がうかんできましたか。
  
  じゃあ、読もう。

きいのいえで (講談社の創作絵本)きいのいえで (講談社の創作絵本)
(2013/05/24)
種村 有希子

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sai.wingpen  どんな夢をみるのでしょうか                   

 絵本を選ぶ際には、絵のタッチは重要な要素になります。
 長谷川義史さんのようにパンチの効いた絵も好きですが、反面、いせひでこさんのような静謐な絵に魅かれます。
 ちょうど振り子みたいに、右にふれたり、左にふれたり。
 この絵本を見つけた時は、まず絵の感じに強く魅かれました。
 私には初めての絵本作家でしたが、絵の感じがとても魅力的で、「おいで、おいで」をしていました。
 絵本を選ぶ時の、この絵本自体が呼びよせる感じがとても好きです。

 お話だけで子どもをひきつけることもできるでしょうが、種村有希子さんのこの絵本は絵の力がとても強い作品です。
 例えば、表紙の絵。同じような顔をした(それは当然で、二人、きいとうたという名前です、は双子なのです)女の子がいて、一人は赤いセーターに大きなリュックを背負っている、きい。もう一人は、緑のセーターを着た、うたです。
 きいは、おかあさんに叱られて家出しようとしているのです。
 きいの怒りも、うたのなんだかのんびりした様子も、この表紙ですぐにわかります。
 この絵を見ただけで、お話以上の物語が子どもたちに生まれるような気がします。

 飼い犬のちろをギュツと抱きしめる、きい。もっと強く、弟のよっちゃんを抱きしめる、きい。
 多くは語っていないのに、種村さんの絵はたくさんの言葉をもっています。

 うたの作戦? にまんまとのって、きいの家出はどうも怪しくなってきます。
 きいにとっては、読みかけの絵本も。塗り終えていない絵も、まだ食べていない夕ごはんも、魅力的だったのですから。
 最後の場面で、大きく口を開けて眠る、きいと、いい夢をみているにちがいない、うたがいて、きいの家出がどうなったか、もう言う必要もありません。
 この二人の寝顔を見ていると、こちらまで眠くなってくるようです。

 絵本は最後のページをそっと閉じる時、とても仕合せな感じになります。
 これって、子どもの頃に感じたもの?
 種村さんの絵は、だとしたら、あの頃の夢のようなものかもしれません。
  
(2013/10/27 投稿)

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  今日紹介するのは
  松浦弥太郎さんの
  『しあわせを生む小さな種』。
  表紙絵も素敵でしょ。
  表紙絵を担当しているのは
  阿部真由美さん。
  この表紙では
  バラの花びらが30マイ描かれています。
  一枚一枚
  丁寧にほどかれていった
  花びら。
  こんな絵を見ると、
  バラの花が美しいのは
  一枚一枚の花びらのおかげだと
  いえます。
  私たちのしあわせも
  そうなのかもしれませんね。
  誰かもおかげ、
  それは友人かもしれませんし、
  親兄弟や家族かもしれません。
  いい表紙絵です。

  じゃあ、読もう。

しあわせを生む小さな種 今日のベリーグッドしあわせを生む小さな種 今日のベリーグッド
(2013/09/07)
松浦 弥太郎

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sai.wingpen  あなたの「しあわせの花」                   

 花にしろ野菜にしろ種まきの時期があるそうです。
 いつでもいいとは限りません。
 でも、しあわせの種はいつでも構いません。
 この本には「あなたらしいしあわせの花を咲かせるための種」がいっぱいつまっていますが、読んだら自分でできそうな種からしっかり蒔いてみましょう。
 小さな種ですから、くれぐれも机の引き出しにしまいこんだりしないように。
 仕合せになるためには、行動力が一番かも。

 「暮らしの手帖」編集長である松浦弥太郎さんが読者にくれた、「しあわせを生む小さな種」の数々。
 「家族そろって夕ごはん」だったり、「休日の日はきちんと過ごす」だったり、少しだけ生活を変えるだけでできてしまうことばかり。
 中でもお気に入りは「手を洗うこと」。
 なんだそんなことを思われるでしょうが、松浦さんのオススメは「何か作業をしていてひとつのことが終わるたびに、手を洗う習慣」です。
 手を洗うことで、気持ちを切り替えることができます。
 これはやってみるとわかりますが、本当にすっきりします。松浦さんは書いていませんが、きちんとアイロンのあたったハンカチで拭くと、もっと気持ちがいいかもしれません。

 松浦さんの本が素敵なのは、「あたりまえ」のことしか書いていないこと。
 奇抜なことで人を驚かせるのではなく、これなら大丈夫って読者が思えることしか書かれていません。
 だから、読者は安心できるのでしょうね。
 もしかしたら、「しあわせ」っていうのも、そういう「あたりまえ」のことでできているのかもしれません。
 人と違ったことをして「しあわせ」だと思う人もいるでしょうが、「あたりまえ」のことや昔から人がしていたことを大事にするのは、とても素敵なことなんだと、松浦さんの本を読むと、よくわかります。

 松浦さんは、「しめくくりは「楽しかったね」で終わるようにしたい、と書いています。
 人生の終わりもそうでありたいと思います。
 その瞬間に、たくさんの花が一斉に咲き出すのです。もしかしたら、私たちはその花々を見れないかもしれないけれど、それでも構わないではないですか。
 残された人たちは、きっと見てくれるはずだから。あなたの「しあわせの花」を。
  
(2013/10/26 投稿)

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  団塊の世代というのは
  1947年から49年生まれの人をいうらしい。
  現在の年令でいえば、
  65歳あたりだろうか。
  この世代は人口が多いから
  一口に65歳といっても
  多種多様な世代といっていい。
  日本の高度経済成長を牽引してきた
  世代だから、
  すでに悠々たる年金生活に
  はいっている人も多いだろう。
  漫画「島耕作」や「黄昏流星群」の作者
  弘兼憲史さんも、この世代。
  そして、書いたのが
  『60歳からをどう生きるか』。
  いま、58歳の私にとって
  60代というのは
  とっても気になります。
  厳しいのか
  悠々なのか
  いったいどんな年令なんでしょうね。
  期待と不安。
  両方我にあり。

  じゃあ、読もう。


60歳からをどう生きるか60歳からをどう生きるか
(2013/08/23)
弘兼 憲史

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sai.wingpen  団塊の世代に感謝                   

 「課長島耕作」はこの本の著者弘兼憲史さんの代表作です。
 1983年に連載が始まり、その後、部長、常務、社長を歴任し、現在は「会長島耕作」として今でも人気漫画として連載が続いています。
 主人公の島耕作は1947年生まれと作者の弘兼さんと同年代で設定されていて、今年、66歳になります、団塊の世代です。
 時代とともに漫画の主人公も年令を重ねていく、しかもそれが何十年も続くというのはまれなケースでしょう。だから、「島耕作」シリーズは面白いといえます。
 一方で、「黄昏流星群」という作品も弘兼さんの代表作で人気があります。こちらの方は中高年の男女のふれあいを情感をもって描かれています。
 弘兼漫画の人気の秘訣は読者とともに成長してきた点にあるといっていいかもしれません。

 人が年をとるということは、いつも新しい時間を生きるということでもあります。
 常に未経験の時間に直面するのが、年を重ねるということです。
 ただひとつ、私たちには先人がいます。先人たちが経験してきたことを学ぶことで、未経験の恐怖から免れることができます。
 この本もそういった類の本だといえます。
 いま、老齢に近付きつつある弘兼さんがこれから60歳になろうとする人々にくれた贈り物なのです。
 そして、読者はそれをまた新しい世代に引き継いでいかなかればなりません。もしかしたら、それは弘兼さんがいう生き方とは別の形かもしれません。
 つまり、それが先人の経験なのです。

 弘兼さんはいいます。「老いは経験したことがありません。だから老いを受け入れ、楽しもうと思っているわけです」。
 この本には「新しい60代になるための」ヒントがたくさん収められていますが、その根底には「楽しむ」ということがあります。
 年をとることは一面苦痛でもあります。特に体力的には落ちていきます。
 それでも楽しく生きることはできる、と弘兼さんは書いています。

 私は団塊の世代から少し遅れた世代です。
 ありがたいことにたくさんの経験を知ることができます。弘兼さんのような生き方だけではないでしょう。それでも、それを知ることでなんとか未経験の年令を知ることができるのです。
 団塊の世代に感謝します。
  
(2013/10/25 投稿)

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  お待たせしました。
  今日は
  第149回直木賞受賞作
  桜木紫乃さんの『ホテルローヤル』の
  紹介です。
  受賞の際に実家がラブホテルを経営していることを
  語った桜木紫乃さんですが、
  実際にはもうそのホテルは
  たたまれているそうです。
  桜木紫乃さんは
  北海道の釧路の生まれ。
  ですから、たびたび故郷を舞台に
  作品を書いています。
  1965年生まれといいますから
  これからもっと円熟してくる作家の
  一人になるのではないでしょうか。
  というか、すでに
  桜木紫乃さんのファンは
  たくさんいますよね。
  今回も芥川賞直木賞と読みましたが、
  女性の活躍が目をひきます。

  じゃあ、読もう。

ホテルローヤルホテルローヤル
(2013/01/04)
桜木 紫乃

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sai.wingpen  危ないから、勢いつけて走るなー                   

 第149回直木賞受賞作。(2013年)
 湿原が見渡せる高台にあるラブ・ホテル「ホテルローヤル」を舞台にして描かれた連作短編集。
 連作短編集は一つひとつの作品も大事だが、一冊の単行本にまとめられるとまるで様相がちがってみえる。
 この作品集でも冒頭の「シャターチャンス」はすでに廃屋となったホテルが舞台だし、それぞれの短編でホテルそのものが時代のさまざまな顔を見せる。最後の作品「ギフト」ではまだホテルもできあがってもいない。
 作者の桜木紫乃さんは直木賞の「受賞のことば」の中で、「時間も人も、すべては流れてゆくのだと思える根拠が故郷であり、出会った人の後ろ姿」と書いているが、この作品こそ、時間と人が「流れてゆく」感覚を巧みに表現している。

 選考委員たちの評価もおしなべて高い。
 特に桜木さんの「安定した筆力と抜群の技術」(桐野夏生)、「文章が安定していて、大きく乱れず」(渡辺淳一)といった、文章力を高く評価する委員が多い。
 反面、宮城谷昌光委員の指摘するように、「桜木氏はすぐれた料理人のようなものでどこにでもある材料で旨い料理をつくりあげてしまう」が、小説とはそれだけではないと、危惧する声もある。
 その答えは、直木賞受賞記念の「自伝エッセイ」の中で、著者の父の言葉としてこう書きとめられていることで充分だろうと思う。
 「危ないから、勢いつけて走るなー」。

 この連作短編集には7つの短編が収録されている。
 一番好きな作品は「バブルバス」。中年の夫婦の物語。
 行き違いでお寺に渡すべきお布施5千円が手元に残った夫婦は、帰宅途中で目にした「ホテルローヤル」の看板に吸い寄せられるように車を寄せる。室内のバブルバスを見て二十年も前の新婚旅行を思い出す妻。「お金がなくても幸せだと錯覚できたあのころの自分が、ひどく哀れ」で、泡にまみれ妻は涙を流す。
 狭いベッドの中で交わり、過ごしたたった2時間ではあるが、中年の域になろうとするこの夫婦に流れた時間をみごとに再現してみせた作品といっていい。
  
(2013/10/24 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日村上春樹さんが訳された
  『恋しくて』という
  海外の恋愛小説集を紹介しましたが、
  作家による翻訳について
  10月19日の日本経済新聞の文化面で
  村上春樹さんや池澤夏樹さんの翻訳に対する評価と
  それが創作の糧になっているという
  記事が掲載されていました。

   文学の翻訳 創作の糧に

  その記事の中で
  村上文学に造詣の深い盛岡大学の風丸教授が
  「(村上氏は)翻訳によって得たものを
  小説に還元する作業を繰り返し、創作の下地になっている」と
  語っています。
  記事では
  かつて作家たちが海外の作品の翻訳を
  数多くしてきたが、
  今は作家が「翻訳家」になることはほとんどまれだと
  しています。

   日本語と他言語を往来し、
   物語の構造や文体を磨く。
   創作の源泉としての作家の翻訳は、
   グローバル化が進む今こそ評価される
   時期だといえる。

 
  と、結んでいる。
  さあ、現代作家の皆さん、
  この提言をいかにお聞きになりますか。
  今日は、
  そういうことで村上春樹さんと柴田元幸さんの
  『翻訳夜話』を蔵出し書評
  紹介します。
  何しろ、この書評を書いたのが
  2002年でもう10年以上も
  前のものになります。
  短いものですみません。

  じゃあ、読もう。

翻訳夜話 (文春新書)翻訳夜話 (文春新書)
(2000/10)
村上 春樹、柴田 元幸 他

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sai.wingpen  翻訳家にはなれなかったが                   

 学生時代、何冊かのペーパーバッグを買ったことがある。
 まるごと英語である。
 そのうちのほとんどが向こうのポルノ小説だった。
 ポルノ小説を買ったのは、自分の興味がある物語だったら翻訳しようという意欲が続くみたいなことを聞いたからだが(そして、大急ぎで自分の名誉のために、一冊だけ真面目な小説があったことを付け加えておこう。サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の原書だ)、もちろんそのことで僕は翻訳家になったわけでもないし、なれもしなかったはずだ。
 たんに気まぐれにすぎなかった。
 でも、この本の村上春樹さんの翻訳についての話を聞いていると、僕の英語の勉強方法はまちがっていなかったと思われる。ただ、根気と運命が、たぶん違っていたのだろう。
 ちなみにサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」は就職してから翻訳本で、しっかり読んだことも付け加えておく。
  
(2002/06/23 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日のノーベル文学賞
  村上春樹さんの前評判が高かっただけに
  残念でしたね。
  また来年を楽しみにしましょう。
  そこで、
  今日は村上春樹さんが訳された
  海外の恋愛小説を集めた
  『恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES』を
  紹介します。
  たまたまこの本には
  今回ノーベル賞を受賞した
  アリス・マンローさんの作品も収録されていて
  残念なのか
  よかったのか
  わからなくなります。
  この本、恋愛小説ということで
  表紙もとってもいいですね。
  装画は竹久夢二
  「黒船屋」という作品です。
  女が抱く黒猫がきいています。
  この表紙を見つめているだけで
  恋にはまりそうになります。

  じゃあ、読もう。

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES
(2013/09/07)
村上 春樹

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sai.wingpen  恋をするのも、やれやれ                   

 「やれやれ」というのは、村上春樹さんの代名詞のようなため息ですが、今年のノ-ベル文学賞も下馬評の高かった村上春樹さんの受賞はありませんでした。やれやれ。
 春樹さん以上に「やれやれ」とため息をついているのは、出版社や本屋さんでしょうが、読者だって発表の当日は速報がはいらないかとヤキモキしていました。
 日本全国、「やれやれ」日和。
 で、今年の受賞はというと、カナダ人の短編作家アリス・マンローさんでしたが、まだ読んだことがないと日本の読者も多いと思います。
 どうすれば、簡単に彼女の作品を読むことができるか。
 皮肉にも春樹さんが編んだ恋愛小説のアンソロジー10篇の中に彼女の作品が収録されているのです。
 さすが春樹さん、自身のライバルでもあるアリスさんの作品を取り上げるのですから、と思いきや、10篇の作品の中で唯一彼女の作品『ジャック・ランダ・ホテル』だけが柴田元幸さんのセレクションだと書いています。
 このあたり、微妙な感じですよね。やれやれ。

 ただ春樹さんはアリスさんの作品を「小説的に見ても恋愛的に見ても、間違いなく上級者向け」とちゃんと評価しています。もっとも、そのあとで「大人の僕にだってよくわかりにくい部分」があって、それは自分がいまだ「上級者」に含まれていないからなんて謙遜している。
 これも、なんだか微妙。
 まさか、「訳者あとがき」を書いた時点で、今年のノーベル文学賞が彼女にいくなんて思ってもいなかったでしょうが。
 そんなふうに読めてしまうこと自体、「やれやれ」後遺症かもしれません。

 この本は春樹さんがたった一人で翻訳をした9つの海外文学の良質な恋愛小説と春樹さんの書下ろし恋愛小説が収録されています。
 私のお気に入りは巻頭に収められた『愛し合う二人に代わって』(マイリー・メロイ)と『二人の少年と、一人の少年』(トバイアス・ウルフ)。
 どちらかといえば、アメリカ映画『おもいでの夏』のような甘酸っぱい作品が好きです。
 春樹さんの作品『恋するザムザ』は、「上級者」向けかな。
 春樹さんがずいぶん楽しく書いている感じはありますが。
 いずれにしても、恋愛そのものは「やれやれ」の連続で成り立っているもの。「やれやれ度」もあった方が親切だったかも。
  
(2013/10/22 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は京セラの名誉会長であり
  最近では日本航空再建の陣頭指揮をとった
  稲盛和夫さんの
  『燃える闘魂』を紹介します。
  この書名については
  書評の中にもふれています。
  表紙の写真は
  篠山紀信さんの激写。
  さすがに迫力が違います。
  この本の中で稲盛和夫さんがいいことを
  書いていますので
  書き留めておきます。

   単に目標を達成せよと命ずるだけでなく、
   従業員の気持ちをリフレッシュさせ、モチベートしながら、
   経営目標を従業員と共有し、
   その達成を目指していくための、
   さまざまな創意工夫がなければならない。

   員が誇りとやりがいをもって、
   生き生きと働けるようにすることこそが
   経営の根幹

  さすが稲盛和夫さん。
  いうことが違います。
  すべての経営者が
  稲盛和夫さんになれるわけではないですが
  少なくとも近づく努力はしてもらいたい。

  じゃあ、読もう。

燃える闘魂燃える闘魂
(2013/09/04)
稲盛 和夫

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sai.wingpen  ひたむきに、只想え、気高く強く、一筋に                   

 『燃える闘魂』とまるでアントニオ猪木氏ばりの書名にいささか違和感がないでもなかったが、日本航空の再建を果たし、数多いこの国の経営者の中でも抜群の支持と人気を誇る稲盛和夫氏の新しいメッセージである。
 「燃える闘魂」についていえば、「事業の目的、意義を明確にする」や「具体的な目標を立てる」といった「稲盛経営12ケ条」の中に、そのものずばり「燃える闘魂」と書かれている。けっしてアントニオ猪木氏を意識したものではない。
 稲盛氏は、「燃える闘魂」、つまりは「負けてたまるか」という強い思いが、この国やこの国の経営者には足らないという。
 稲盛氏は日本航空の会長に就任した際、社員たちにこう語ったそうだ。
 「新しき計画の成就は只不屈不撓の一心にあり。さらばひたむきに、只想え、気高く強く、一筋に」
 言葉とは不思議なものだ。名経営者としての言葉としてはこちらの方が納得がいく読者もいれば、「燃える闘魂」にわかりやすさを感じる読者もいるだろう。
 どう使いわけるのかも、あるいは経営者の手腕かもしれない。

 本書ではまず「八十年周期説」ともいえる明治維新後の日本の社会の盛衰を俯瞰している。
 そのあとで、稲盛氏が実践してきた経営の三つの心得について考えを述べている。一つは本書の書名にもなった「燃える闘魂」であり、「世のため人のため」、「徳をもってあたる」と続く。
 稲盛氏が第二電電(現KDDI)を立ち上げた時、「動機善なりや、私心なかりしか」と自ら問うたという話は有名であるが、多くの経営者はいつの間にか「世のため人のため」という言葉は発してもどこかに自身の欲がこびりついてしまうものだ。
 稲盛氏が多くのビジネスマンに支持されるのは、上辺だけの口上手ではないからだろう。
 鍍金(メッキ)はいつかはがれるということを経営者は学ばなければならない。少なくとも、鍍金がはがれる前に一線を退けるかどうか。もっともそういう経営者の多くは退陣の時期すら逸するのだが。

 日本航空再建の事情は「心を変える」という章で語られ、最後は「日本再生」として自身の再生プログラムを紹介している。
 これは、稲盛和夫という現代日本の名経営者による「辻説法」ともいえる一冊である。
  
(2013/10/21 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  「ロスあま症候群」というのが
  あるらしい。
  つまり、NHK朝の連続小説「あまちゃん」が
  終わってしまって
  その朝の時間をどう過ごしていいか
  わからない症候群のことだ。
  私もその一人だが、
  次の作品「ごちそうさん」で
  なんとか踏ん張っている。
  加えて、
  NHKBSで朝ドラ77作めの「ちりとてちん」が始まり、
  64作目の「ちゅらさん」も再放送されていて
  結構大忙しである。
  これって、朝ドラ症候群かも。
  今日は、「ごちそうさん」にちなんで
  というか、
  こじつけですが
  長谷川義史さんの『はいチーズ』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

はいチーズはいチーズ
(2013/05/31)
長谷川 義史

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sai.wingpen  チーズが? だった頃                   

 チーズを初めて食べたのは、小学校の給食の時間だったと思う。
 長谷川義史さんのこの絵本にでてくる、スティック型のチーズです。この絵本のチーズをよく見ると、縦に赤い線があります。あれで表面を包装しているビニール?を取り除いていくのです。
 それまでチーズなんていう食べ物は知りませんでした。
 そのお味は? というと、絵本の主人公5歳のよしふみ君が感じたように、「ま、まずい!」でした。
 「くさったせっけんのあじ」とはなかなかうまい表現です。
 長谷川さんにもそんな記憶があるのでしょう。

 長谷川義史さんは1961年大阪に生まれました。
 大阪弁の絵本にかけてはこの人の右にでる絵本作家はいません。
 それと同時に、長谷川さんには昭和の匂いがあります。
 昭和36年生まれの長谷川さんの育った大阪は、昭和の匂いがあふれていました。悪くいえば、敗戦後の復興が遅れていたような感じがします。
 それでも、大阪の子どもたちは元気だけが取り柄。
 大人をだましてしまうなんて、へっちゃらです。
 泣きおとしなんて、芸のうち。

 私が母親にねだったのには、納豆があります。
 「納豆食べたことないってアホにされた」「納豆食べたことあるやん」「それ、甘納豆や」
 この絵本の5歳のよしふみ君のようにねだってねだって、遂に買ってもらった納豆ですが、なんでこんな臭くてねばねばしたものをみんな平気で食べれるのかわかりませんでした。
 昭和30年代当時はそんな食生活だったのです。

 もちろん今ではチーズも納豆も大好きです。
 スーパーに行けば、たくさんの種類のチーズも納豆も売っています。
 どちらも「ま、まずい」なんていう子どももいないと思います。
 時代が違うのです。
 でも、チーズが「くさったせっけんのあじ」だった時代は確かにあったのです。

 そういえば、書名の「はいチーズ」。写真を撮る時に必ずいいますが、あれって誰がいいだしたのでしょう。
 昭和の七不思議かも。
  
(2013/10/20 投稿)

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  TBSドラマ「半沢直樹」は終わりましたが、
  私の中の池井戸潤ブームは
  続いていて、
  今回は政治の世界を描いた
  エンターテインメント小説
  『民王』(たみおう)を紹介します。
  企業小説ではない、
  こういう小説を読んでも楽しめるのですから
  池井戸潤さんは
  達者な書き手なんだなぁと
  感心します。
  この作品では徹底的に
  遊んでいるというのが
  よくわかります。
  自身、書いていて
  楽しかったのではないかなぁ。
  こういう物語は
  休みの日に一気に読んでしまうのが
  いいですよ。

  じゃあ、読もう。

民王 (文春文庫)民王 (文春文庫)
(2013/06/07)
池井戸 潤

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sai.wingpen  オレが総理で、総理がオレで                   

 『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞(2011年)し、今年テレビドラマ化された「半沢直樹」シリーズで人気急上昇した池井戸潤が2010年に発表した、奇想天外、痛快政治エンターテインメント小説である。
 この当時実際この国の政治はどんな状況であったかというと、2009年8月の衆議院選挙で野党であった民主党が第一党に躍進し、政権は自民党から民主党にとってかわった時代。
 国民の大きな期待が、直前まで短命内閣であった自民党から民主党に移っていた頃。
 あの頃の期待はまたたく間に地に堕ち、再び自民党が政権を奪回するのは2012年。
 この作品が書かれた背景には、大きな政治不信が国民の間で根強かったといえる。

 奇想天外というのは思いもよらない奇抜なことだが、何しろこの小説では総理の意識とその大学生の息子の意識が入れ替わるのであるから、かなり過激だ。
 しかも、その理由は、CIAの機密が漏えいし、人の頭脳を容易に入れ替えるというから、誰も信用しない。
 そこはエンターテインメント小説だから、どんな説明にしろ、起こった事実を否定するのは野暮というもの。
 誰がなんといおうと、総理の頭脳は漢字も満足に読めない大学生の頭脳と入れ替わってしまったのだ。

 総理の意識と入れ替わった息子はしかも就職試験真っ最中。
 なにしろこの息子(意識は総理)は漢字も読めないような大学生なのだが、目指すは銀行や製薬会社など一流どころで、採用担当とのやりとりがまた面白い。
 特に銀行での面接は、さすが池井戸潤だけあって、「半沢直樹」ばりの応答劇が見ものである。
 一方総理(意識は息子)の方も大臣や盟友の官房長官にもスキャンダルが勃発し、政権維持もあわやという局面に。

 けれど、最後は、息子の頭脳と入れ替わったことで政治を目指していた頃の熱情を取り戻す総理ということで、この手の作品の終わり方としては常套である。
 それがけっしてそれがつまらなく思えないところに、この作品が持つ面白さがあるといっていい。
 こんな作品を読むと、以前政権を担っていた時と違って自信に満ちている現総理の頭脳も、もしかしたら誰かのものと入れ替わっているのではと考えてしまうのは、失礼だろうか。
  
(2013/10/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  ものの形容する場合に
  「東京ドーム何個分」といった表現を
  よく使う。
  例えば、今年の夏のビールの消費量は
  東京ドーム何個分でした、みたいに。
  そうすると、
  うわー、すごく飲んだなぁみたいに
  実感できることがある。
  今日紹介する
  金髙謙二さんの『疎開した四〇万冊の図書』も
  果たして40万冊ってどれくらいの量になるのか
  ぱっと頭に浮かんでこない。
  私の場合でいえば
  よく利用するさいたま中央図書館(浦和)の蔵書数が
  ほぼ同じ40万冊です。
  つまり、さいたま中央図書館まるまる一個分を
  疎開させたということになる。
  このようにあまり大きな数字だと
  理解しにくいが、
  自分の利用している図書館の蔵書数がわかれば
  大体想像がつく。
  一度調べてみるのもいい。

  じゃあ、読もう。

疎開した四〇万冊の図書疎開した四〇万冊の図書
(2013/08/10)
金髙謙二

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sai.wingpen  本はかくして守られた                   

 太平洋戦争時の疎開といえば、本や記録映画で多く紹介されている。
 また上野動物園の動物たちの疎開も「戦時猛獣処分」という悲しい話として伝わっている。
 その一方で、「戦時中の図書館の疎開というのは非常に大きな仕事ではなかったかと思いますが、今までにでている記録によりますと至極簡単にしか書いてありません」と、この本の中で1962年当時の日比谷図書館の館報に掲載された座談会の発言にあるように、きちんと伝わってこなかったきらいがある。
 考えてみれば簡単なことだが、本は紙でできている。建物に火がつけば、本は火力を増す要因ともなるものだ。たちまち灰燼にかす。
 一瞬にして、文化が燃え尽きるのだ。

 この本は「開館以来四〇年にわたって蓄積された貴重な蔵書」を持つ日比谷図書館のおよそ四〇万冊の図書の疎開を丁寧に取材した記録である。
 四〇万冊を疎開させる一方で、手続きの遅れで何十万冊という本が消失している。
 生き残ったもの、消えてしまったものの多さを思うと、ともに目がくらむような数である。
 戦争とは人の命を奪うだけでなく、歴史そのものも奪い去ってしまうのだ。

 四〇万冊もの本が運ばれていった先は、現在のあきる野市や志木市である。
 現在のすっかり住宅地として繁栄している両市だが、当時は辺鄙な農村だったのだろう。このあたりはかなり想像力を要する。
 あるいは、戦時中の交通事情もある。運ぶための車輛もままならなかった時代である。現代のように運送会社がたちまち運んでくれるのとはわけが違う。
 時には学生たちが肩にかついで運んだともいう。本はいうまでもなく、重い。それを四〇万冊も疎開させたのだから、本に対する並々ならぬ思いがあったのだろう。
 しかも、各家庭にも文化財ともいえる本が眠っていた。それを地道に買い上げていった事実も忘れてはいけない。

 本書の中では図書疎開に尽力した中田邦造(当時の日比谷図書館館長)や古書店を営む反町茂雄の人生も紹介されている。
 この二人だけでなく、多くの本を愛する人たちの手によって、本は守られ、歴史はつながったのだ。
 勇気の記録といっていい。
  
(2013/10/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  伊豆大島で大きな犠牲者が出た
  台風26号ですが、
  その接近が伝えられていた10月15日、
  漫画家のやなせたかしさんが94歳で
  亡くなったというニュースが
  伝わってきました。
  やなせたかしさんといえば、
  「アンパンマン」というイメージですが、
  私にとっては
  「てのひらを太陽に」の作詞者ですし、
  今日紹介する
  『やさしいライオン』の作者です。
  この絵本のタッチこそ
  やなせたかしさんが
  終生変えなかったタッチだと
  思います。
  「アンパンマン」はアニメの人気者になりましたが
  絵本のそれは
  この「やさしいライオン」に
  よく似ています。
  いつまでも
  子どもたちに愛され続ける「アンパンマン」。
  その原点が、
  この『やさしいライオン』なのです。

  やなせたかしさんの
  ご冥福をお祈りします。
  

  じゃあ、読もう。
  

やさしいライオン (フレーベルのえほん 2)やさしいライオン (フレーベルのえほん 2)
(1982/01)
やなせ たかし

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sai.wingpen  追悼・やなせたかしさん-てのひらを太陽に                   

 子どもの頃に見たり聞いたりしたことは思いのほか覚えているものだ。
 10月13日、94歳で亡くなったやなせたかしさんが1961年に作詞した「てのひらを太陽に」が私にとっての、忘れられない歌のひとつだ。
 確か小学5、6年生の時だったと思う。運動会でこの歌にあわせて集団ダンスをしたのだ。
 「♪てのひらを太陽にすかせてみれば」で、両手をあげて空をあおぐ。そんなことまで覚えている。
 もっともこの歌がやなせさんの作詞だと知ったのは、うんとあとになってだが。

 この歌には小さな生き物が登場する。ミミズやオケラやアメンボ。今の子どもたちにはどんな生き物かわからないかもしれない、小さい生き物たち。
 やなせさんはそんな小さな生き物たちだって「みんなみんな生きてるんだ/友だちなんだ」とうたう。
 その気持ちは、やなせさんの代表作ともなった「アンパンマン」にも受け継がれている。
 あの作品で描かれているのは、生けるものすべてが友だちということだ。
 あらゆるものに流れている「真赤な血潮」。
 それこそ、いのち。

 もうひとつ、やなせさんを語る上で忘れてはならないのが、この作品、『やさしいライオン』だと思う。
 やなせさんは終生漫画家であり続けたが、絵本作家としての道をひらくきっかけとなったのが、この作品(1975)。
 ブルブルはいつもふるえているみなしごのライオン。そんなブルブルを育てるの雌犬のムクムク。ムクムクの愛情で大きく成長したブルブルですが、ある日、都会の動物園に移されてしまう。
 離ればなれになったブルブルとムクムク。
 ある夜、懐かしいムクムクの子守唄が耳に届いたブルブルは、檻から逃げ出して街中を駆け抜けていく。
 母であったムクムクの元に駆けるやさしいブルブルに人間たちは非情にも銃を放つ。
 ブルブルは自分を育ててくれた母親を、それがたとえ犬であったとしても、慈しむやさしいライオンだったのだ。
 敵であっても困っていれば、自分の顔を犠牲にしてでも差しだす「アンパンマン」にもこのやさしさは受け継がれている。

 やなせさんの代表作になった「アンパンマン」の歌詞に、「なんのために生まれて なにをして生きるのか/こたえられないなんて そんなのはいやだ!」とある。
 きっと子どもの頃に見、歌ったことを、子どもたちは忘れないだろう。
 そして、生きている答えを見つけだすだろう。

 やなせたかしさんは、そんな子どもたちの、やさしいライオンであり続けた。
  
(2013/10/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日はよしもとばななさんの
  新しい本、『スナックちどり』を
  紹介します。
  スナックといえば
  私が一番スナックに行ったのは
  大学生の頃だったかもしれません。
  今思えば、
  親のすねかじりの状態で
  よく行けたものです。
  まだまだカラオケが出始めたばかりの頃かなぁ。
  梓みちよさんの「二人でお酒を」が
  流行っていた頃です。
  なんであんなに通っていたのか。
  そこで酔うほどに飲むわけではないのに、
  この作品の中にあるように
  「行き場をうしなった」一人だったのかも
  しれませんね。
  会社にはいってからは
  スナックというより居酒屋が主(おも)。
  私のスナック時代は
  大学卒業とともに終わったのだといえます。

  じゃあ、読もう。

スナックちどりスナックちどり
(2013/09/27)
よしもと ばなな

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sai.wingpen  胎児の夢                   

 どうして「よしもとばなな」はこうもうまいのだろう。
 イギリスの片田舎を旅する二人の日本人女性。一人は四十歳目前で離婚を決心した「私」。もう一人は、小さい頃から育ててもらっていた祖母をなくしたばかりの「ちどり」。二人は仲のよういとこ。
 ほとんど事件らしいものも起こらない小さな町での休暇。
 なのに、どうしてこうも「よしもとばなな」的世界だろう。

 悪くいえば、いつもの「よしもとばなな」だが、その「よしものばなな」が心地いいのだ。
 それは「よしもとばなな」が読者に見せてくれる夢といっていいかもしれない。
 「よしもとばなな」はまるで病んだ現代人の心に添い寝し、柔らかな夢を見せてくれる。記憶などもちろんあるはずもないが、母の胎内で新しい世界を信じ夢見ていた頃の、そんな夢みたいなものに近い。

 旅での寂しさか、ある夜、二人が身体を寄せ合う官能的な場面がある。
 「私」の体に触れてくる「ちどり」を意識しながら、「私」はこう思う。
 「ふだん人はほんとうの自分を生きているわけではない。相手に合わせたり、その日の気分だったり、体調だったりで使い分けて、いろんな人と溶け合っている。でもその芯にはたったひとつ、いちばん自然な状態でこの世に唯一のその人がいる」。
 そして、文章は続いているのに、不思議とぽんと置かれたように、「ちどりのそれはとても清潔で強く、孤独に耐え、ひとり歩むものだった」と、続く。
 こうして書き写してみるとよくわかるが、「よしもとばなな」の文章の、なんと静謐なことだろう。

 それは死に近いものだともいえる。
 しかし、私は生まれる前の未生の時間と思いたい。
 「私」も「ちどり」も、このイギリスの小さな町で、誕生の瞬間を待っているのだ。

 題名の『スナックちどり』は、「ちどり」が祖母が経営するスナックで育てられたことからつけられてものだが、といっても彼女は日本に戻ってその店をバーに改装するらしいが、「ちどり」は「スナックは、行き場をなくした人たちの心の最後のよりどころ」だと信じている。
 数人座れば満席になるような店内。小さな灯り。カラオケの音。氷の溶けるゆらめき。煙草の煙。
 そこで人は何かに癒されていく。
 それは、まるで「よしもとばなな」の物語と同じだ。
 「よしもとばなな」こそ、スナックそのものではないか。
  
(2013/10/16 投稿)

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 台風26号が首都圏に接近しそうだという
 10月15日、
 台風よりも悲しいニュースが
 日本列島を駆け抜けました。

   やなせたかしさん死去 94歳、「アンパンマン」作者

 このニュースには
 びっくりしました。
 人間いつかは死ぬのですが
 あんなに元気だった
 やなせたかしさんが亡くなるなんて
 考えもしませんでした。
 このブログでも
 やなせたかしさんの著書を
 いくつか紹介しています。
 やなせたかしさんのご冥福を祈って
 2011年11月に掲載した『絶望の隣は希望です! 』の書評を
 再録します。

 やなせたかしさん
 ありがとうございます。

 ご冥福をお祈りします。


絶望の隣は希望です!絶望の隣は希望です!
(2011/09/26)
やなせ たかし

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sai.wingpen  生きるよろこび    

 やなせたかしさんといえば、「アンパンマン」の作者として広く知られています。東日本大震災のあと、「そうだ うれしいんだ 生きるよろこび」と始まるその主題歌が被災された人々を勇気づけたといいます。作詞はもちろん、作者のやなせたかしさんです。
 でも、私にとってやなせたかしさんといえば、昭和39年に始まったNHKの『まんが学校』に出演していた漫画家のやなせさんです。
 当時やなせさんは代表作といえる漫画を描いていたわけではありませんでした。やなせさんが自身の生きてきた道と長寿の秘訣をつづったこの本の中にもその当時のことが書かれていますが、やなせさん自身どうして出演依頼がきたのかわからなかったようです。もしかしたら、漫画雑誌が売れ始めて、人気漫画家たちはテレビに出る時間もなかったほど忙しかったのかもしれません。
 それはともかく、やなせさんはテレビで毎週漫画の指導などしていたわけですから、やなせたかしを知らない子どもたちはいなかったのではないでしょうか。そんな昔のやなせさんを知っている世代にとってはむしろ「アンパンマン」のヒットの方が驚きです。

 それともうひとつ、作詞家としてのやなせさんの大ヒット作が「手のひらを太陽に」という歌です。
 「ぼくらはみんな 生きている」というのが歌いだし。何故、この歌の印象が強いかというと、小学六年生だったと思いますが、運動会の時にこの歌でダンスを踊りました。何度もなんども練習をしたから、いつまでも記憶に残っているのだと思います。「手のひらを太陽に すかしてみれば」というところで両手を上にあげる、そんなところまで覚えています。

 だから、私にとってのやなせたかしはけっして売れない漫画家でも人気のない漫画家でもなかったのですが、この本にもあるように代表作をもたないやなせさんは「アンパンマン」で人気がでるまでけっこう苦悩の日々を過ごしていました。
 そんなやなせさんが「アンパンマン」で人気が出てきたのは50歳を過ぎていました。
 やなせさんのすごさっていうのは、人生の終盤近くなって、あれだけ若々しい漫画を描きだしたことです。それは、生きる強さといってもいいでしょう。
 やなせさんはいいます。「かなしみに まけそうなとき にぎりこぶしを つくりなさい」と。
 「アンパンマン」はけっして強いヒーローではありませんが、逃げない、やなせたかしさんにそっくりなヒーローです。
  
(2011/11/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日、
  吉田篤弘さんの『つむじ風食堂と僕』という
  本を紹介しましたが、
  もちろんその原型は
  吉田篤弘さんの『つむじ風食堂の夜』。
  ということで、
  今日はその『つむじ風食堂の夜』の書評を
  再録します。
  このブログでは
  できるだけ新しい本を紹介していますが
  ブログを始める前に
  当時のbk1書店に投稿したものを
  紹介する時は蔵出し書評
  していますし、
  二度目の読書で書いた書評は
  再読ということにしています。
  読んではいないのですが
  今回のように
  どうしてももう一度紹介したいと
  思った時は
  再録です
  昨日の『つむじ風食堂と僕』を読まれた方は
  ぜひこの『つむじ風食堂の夜』も
  お読みください。 

  じゃあ、読もう。
  
つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)
(2005/11)
吉田 篤弘

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sai.wingpen  つむじ風にひきよせられて         

 ああ、懐かしいな。それは実際に目にした町でもないのに、出会った人たちでもないのに、記憶というような脳のありようではなく、心の奥隅で、この物語に描かれる町も人たちも懐かしくあった。
 ここにあるのは、過ぎてきた時代が冷たく切り捨ててきたものたちかもしれない。

 「月舟町」の十字路の角にぽつんとある<つむじ風食堂>。正式名称ではない。ただ十字路には「東西南北あちらこちらから風が吹きつの」り、それがつむじ風となっていたから、みんながそう呼んだ。
 東西南北から吹く寄せられるのは風だけではない。主人公の人工降雨の研究をしている「雨降り先生」も、古本屋の「デ・ニーロの親方」も、風変わりな帽子屋さんも、主役になれない舞台俳優の奈々津さんも、みんな風のように吹き寄せられて、この物語の町に住んでいる。
 そればかりではない。主人公の思い出もまた、つむじ風のようにしてくるくる回りながら、主人公の心にひきよせられている。

 きっとこんな町はどこにもないだろう。「雨降り先生」たちも存在はしない。
 しかし、どうしてそんなことが言い切れるだろうか。さいわいなことに、読者はもうわかってしまったのだ。何もないものが、きちんとできあがって、しっかりと記憶となり、いつかまた、懐かしくて戻ってくるということがありうることに。
 そして、捨ててしまったものの大事さに。
 やがて、風がまたひとつ思い出を遠くに吹き飛ばしたとしても、それはきっと、つむじ風とともにまたやってくるにちがいない。
  
(2010/01/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は体育の日

    運動会少女の腿の百聖し   秋元不死男

  最近の若い人は知らないかもしれませんが、
  少し前まで体育の日は10月10日だったんですよね。
  そして、その10月10日こそ
  1964年に開催された東京オリンピックの
  開催日だったんです。
  あの日、東京は真っ青な快晴。
  その空に聖火の赤い炎が
  ぱっと燃え上がった瞬間の歓喜は
  10月10日という日付でいつまでも
  記憶されています。
  これから7年後の
  2020年の東京オリンピックは
  7月開催らしいですが、
  その時には
  どんな空なんでしょうね。
  今日は
  そんな東京オリンピックを楽しみにしているだろう
  若い人たちへ。
  吉田篤弘さんの『つむじ風食堂と僕』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

つむじ風食堂と僕 (ちくまプリマー新書)つむじ風食堂と僕 (ちくまプリマー新書)
(2013/08/07)
吉田 篤弘

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sai.wingpen  最初の思い                   

 筑摩書房の「ちくまプリマー新書」が創刊から8年で通巻200点を突破しました。
 「プリマー」というのは「入門書」という意味だそうで、若い人をターゲットとした新書として定着した感があります。
 そもそも新書は専門的な分野の入門編的な意味合いがありましたが、最近の新書ブームで雑駁的で安直な感じがしないでもありません。
 そんな中、「ちくまプリマー新書」はさまざまな分野を網羅しつつ、若者向けである点では一本筋の通った新書です。
 「ちくまプリマー新書」にはもうひとつ特長があります。それが、クラフト・エヴィング商會による美しい装丁です。
 ほとんどの新書が単一のデザインで統一されていて、それぞれの新書の特長になっています。赤い表紙なら岩波新書みたいにはっきりわかります。
 「ちくまプリマー新書」はまさにその逆です。作品ごとに装丁が違うのです。それは新書としてはかなり不利だともいえますが、若者たちにそれぞれの贈り物をする思いで装丁を変えることにしたそうです。
 結果として、200点の作品がそれぞれ別々の輝きをもった顔になったといえます。

 その仕掛け人の一人が、200点めの作品となったこの本の著者吉田篤弘さんです。
 いわずと知れたクラフト・エヴィング商會名義で活躍する装丁家です。
 「ちくまプリマー新書」創刊時のエピソードやこの記念となる200点めの作品を書くことになった経緯は「あとがき」に書かれています。
 吉田さんは自身の代表作である『つむじ風食堂の夜』の番外編として、「どんな仕事をすればいいのか探している少年」リツ君を主人公にしてこの作品を書いています。
 その思いをこう記しています。
 「大事なのは、子供とか大人とかではなく、初心に戻ること、「最初の思い」に戻ることなのかもしれません」と。

 リツ君の住む隣の町、月舟町の十字路の角にある食堂。いつも風が吹いて、道の真ん中で小さなつむじ風になる。だから、この食堂には「つむじ風食堂」というあだ名がついているのです。
 そして、風にあおられるようにしてさまざまな人が集まって、そんな大人たちと交わりながら、リツ君は自分の将来を考えていきます。
 誰もがリツ君だったことがあるはず。リツ君にあうことが、「最初の思い」に戻ることなのかもしれません。
  
(2013/10/14 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先週は
  芥川賞作家の藤野可織さんの『ぼくは』という
  絵本を紹介しましたが、
  今回は映画監督是枝裕和さんの
  『クーナ』という作品です。 
  是枝裕和監督といえば、
  最近スピルバーグ監督との2ショットで
  世間をアッといわせた
  映画監督です。
  「そして父になる」という是枝監督の作品が
  ハリウッドでリメイクされるという
  ニュースです。
  是枝監督もうれしかったでしょうね。
  すごい、すごい。
  私の中では結構
  ビッグニュースでした。
  そういえば、
  最近映画を観ていないなぁと反省しつつ、
  絵本でちょっと、
  がまん。

  じゃあ、読もう。

クーナ (こどもプレス)クーナ (こどもプレス)
(2012/10/17)
是枝裕和

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sai.wingpen  絵本界の「異種格闘技戦」                   

 かつてアントニオ猪木さんが現役の頃「異種格闘技戦」というのがありましたが、最近の絵本の世界もそんな感じがします。
 ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんや芥川賞作家の藤野可織さんといった人たち。そして、この絵本では、ついに映画監督是枝裕和さんです。
 是枝監督といえば、最新作「そして父になる」ではカンヌ映画祭審査員賞を受賞し、スピルバーグ監督との2ショットといううれしいハリウッド映画のリメイク決定といったように、今や日本映画の牽引者でもあります。
 そんな是枝監督が文を担当し、大塚いちおさんが絵を描いたのが、この『クーナ』という絵本です。

 どちらかというと、絵本の王道のような作品です。
 クーナというのは、森に棲んでいる小人。クーナの声は人間には「チルチルチル」なんて聞こえるらしい。一応、神様の仲間らしいというが、どうもなまけものでもあるようです。
 友達が田んぼにいる案山子(かかし)とひきがえる。
 しかも、時々死んだ人にもあわせてくれるようだ。

 そんなクーナの赤い三角帽を森で見つけた「わたし」。小さな女の子。
 女の子らしく、自分のクローゼットにクーナの赤い三角帽をしまっておきました。
 クーナは人間には見えないものも見えたりして、女の子は「せかいは めに みえるものだけで できてるんじゃ ないんだ」っておじいちゃんから聞いた言葉を覚えている。

 ね、王道でしょ。
 誰もが小さい頃に聞いたような、お話。
 せっかく映画監督の是枝さんが書くのであれば、もう少しちがった世界観を子どもたちに見せてくれてもよかったのにと、少し残念です。
 例えば、スクリーンに映し出せれる瞬間の、ワクワクするような感じが、絵本になればよかったのに、なんて思ってしまいます。
 だって、子どもたちにとって、もちろん大人だってそうですが、あの瞬間ほど別の世界がこれから始まるぞっていうときまきはないのですから。

 いろんな職種の人に絵本を書いてもらうのはとってもいいことですが、やはりその人のいいところを生かさないと、「異種格闘技戦」の魅力にはならないように思います。
  
(2013/10/13 投稿)

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 今年も村上春樹さんのノーベル文学賞
 残念でした。
 やはり世界の文学の最高峰ともなると
 難関なんでしょうね。
 海外文学はあまり読まないので
 おおきなことはいえないのですが、
 あ、小さなこともいえませんが、
 海外文学ファンにとって
 新潮社からでている「新潮クレスト・ブック」は
 海外の新しい風を知る上で
 一度は手にしたことがあるのではないでしょうか。

 例えば、キャスリン・ハリスンの『キス』とか、シュリンクの『朗読者』、
 あるいはジュンバ・ラヒリの『停電の夜に』といったように。

 その「新潮クレスト・ブック」が創刊15周年ということで
 20130922_115201_convert_20130922160540.jpg
 今、大きな本屋さんで
 「物語が生まれる場所」という小冊子を配布しています。
 これには、いままで刊行された102冊のカタログがあったり、
 これから刊行される、
 つまり「ただいま翻訳中!」の作品の紹介だけでなく、
 ジュンパ・ラヒリさんのインタビューや
 池澤夏樹さん・津村記久子さん、松家仁之さんの
 対談があったりして、
 ちょっと贅沢な、それでいて無料なんですから
 いうことなしの小冊子です。



 ところで、「新潮クレスト・ブック」は
 読んだことがある人はわかると思いますが、
 その装丁も大変評判が高いシリーズです。
 例えば、最初の刊行となった『キス』は以下のような感じです。

キス (新潮クレスト・ブックス)キス (新潮クレスト・ブックス)
(1998/05)
キャスリン ハリソン

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 ね、すごくインパクトありますよね。
 新潮社のHPには
 「シリーズではあるものの、一冊一冊は独立した本なのですから、
 それぞれにもっともふさわしい顔があるはずです」
 なんて、書かれています。
 自信があるんですよね。

 私たちの青春期は
 海外文学といえば、
 『赤と黒』とか『車輪の下』といった名作揃いでしたが、
 案外今の若い人たちは
 「新潮クレスト・ブック」で育った人も多いのではないかしらん。
 せっかくだから、
 海外文学も読んでみるか。

 なんだかムズムズする、読書の秋です。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  相川祐里奈さんの
  『避難弱者 あの日、福島原発間近の老人ホームで何が起きたのか?』は
  知人のIさんに薦められた一冊です。
  書評の中にも書きましたが
  相川祐里奈さんは
  福島原発の「国会事故調」のメンバーの
  ひとりでした。
  Iさんもその仕事に関係していて
  相川祐里奈さんの相談にも
  のられていたようです。

  東日本大震災から2年7ヶ月。

  私たちにはまだまだ知らないことが
  たくさんあります。
  特に福島原発事故のことは
  科学的な用語などがたくさんでてくるので
  わかりにくくなっています。
  けれど、
  専門用語だけでこの世界は
  動いているわけではないのです。
  あの事故で故郷を失った人たちがいて
  度重なる避難で命をなくされた高齢者がいて
  家族と離れて暮らす人たちがいるということを
  忘れてはいけませんのです。
  Iさん、
  いい本を紹介して頂き、
  ありがとうございました。

  じゃあ、読もう。
  
避難弱者: あの日、福島原発間近の老人ホームで何が起きたのか?避難弱者: あの日、福島原発間近の老人ホームで何が起きたのか?
(2013/08/30)
相川 祐里奈

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sai.wingpen  涙はまだかわいていない                   

 まずはじめに、きちんと書いておくと、本書はノンフィクション作品としてとてもよく書けていて、東日本大震災の際の福島原発事故によって厳しい避難を強いられたさまざまな老人ホームの姿を描いた内容という重いテーマであるにもかかわらず、読書の時を豊かにさせてくれる作品であった。
 おそらくそれは丁寧な取材と著者のゆるぎない思い、そして何よりもあの日とそれにつづく困難な時間を生きた人々の熱い気持ちから生まれたものだろう。
 ひとつの作品ができるまでの、それは美しいハーモニーだ。

 津波にのみこまれていく家々や車、そして人々。灯りの消えた道を歩く帰宅難民。原発周辺の現れた白い防護服に身をつつんだ人々。
 とてつもない被害。数えきれない悲しみ。
 あの日、2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く福島原発事故。
 あの日から私たちは多くの悲しみや終わらない原発問題の多くのことを目にし、耳にしてきたはずだが、まだまだ気がついていないことはたくさんある。
 2012年3月に設置された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」、いわゆる「国会事故調」に参加し、その組織が解散後、「福島原発事故はまだ終わっていない」とフリージャーナリストの道を歩き始めた著者は、「福島の人たちの想いを風化させず、教訓として広く伝えていきたい」と、老人ホームというほとんどおきざりになった「弱者」たちがどのようにあの日とそれにつづく避難生活を送ったかをまとめたのが、この作品である。

 高齢者とともに食事もままならぬ日々を過ごした看護者だけでなく、やはりそこから脱落していく人たちの苦悩もきちんと描かれていて、強い人だけではない、弱い人(というのも適切ではないが)の立場にも理解をしめしている。
 自身の妊娠で、あるいは家族のため、現場を去らなければならなかった人たちもどんなに悲しかっただろう。
 高齢者という「弱者」だけでなく、そのことにかかわる多くの人にこれだけの心的負担を強いたものの本当の姿を、私たちはまだまだ知らないといけない。
 涙はまだかわいていないのだから。
  
(2013/10/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する『初夏の色』の作者
  橋本治さんは、
  私たちの世代にとっては
  東大在学中に

    とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く

  という駒場祭のポスターで有名になり、
  『桃尻娘』という快作を書いた人としての
  記憶がいつまでも残る作家です。
  もちろん、そのあとは
  さまざまな作品や古典訳で
  現代を代表する作家になりましたが、
  原点は『桃尻娘』だと
  私なんかは思っています。
  この『初夏の色』は
  そんな橋本治さんが
  東日本大震災ときちんと向き合った短編集として
  高く評価されるべき作品だと
  思います。

  じゃあ、読もう。

初夏の色初夏の色
(2013/08/30)
橋本 治

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sai.wingpen  東日本大震災をどこかで経験してしまった日本人                   

 あの日。
 2011年3月11日。東日本大震災があった日。
 被災した東北地方の人々だけでなく、この国のたくさんの人が感じただろう思い。それは、老いた人々も若者たちも、男の人も女の人も、重苦しい、逃げることのできないものであっただろう。
 この短編集の著者橋本治は、そのことを「東日本大震災をどこかで経験してしまった日本人」と、書いている。
 私たちは、あの日を経験してしまったのだ。
 そこから逃げることはできない。
 経験してしまったことから、どう歩みだし、どんな日々を生きるか。

 この短編集には6つの作品が収められている。2012年4月に発表された巻頭の「助けて」を始め、ほとんどは震災から1年めの2012年に書かれたものだ。
 「助けて」は同棲中の男女の物語。大学時代からの知り合いだが、強い思いがあるわけではなさそうな博嗣と順子。卒業後放送局のアナウンサーとなった博嗣は東日本大震災のあと、取材で被災地を訪れる。
 取材から帰ってきた博嗣は、被災の現実に追い詰められていた。酒を飲み、涙を流す博嗣の姿に揺れる順子。
 実際に被災したわけではないのに、男は被災者以上に嘆き、悲しんでしまう。
 その姿はあの日を経験した多くの日本人に共通したものだともいえる。
 何もできないことの罪悪感。
 それをいかに受け止め、そこから抜け出すために、主人公たちのようにパスタを食べるしかない。

 唯一の書き下ろしである「団欒」は、まだ来ぬ、あの日から5年後の世界が描かれている。
 大災害で大きな被害のあった酪農家一家。久しぶりに父と母と娘と息子が食卓を囲む。酪農業を黙々と営む父親、そのあとを継ごうと進路を変更する息子。
 「周りが闇でも、明かりが点っているだけでいい。その光が生きる意志で、誰もがそれぞれに意志を持っている。四人で囲む食卓を明るくするのは、そのそれぞれの持つ意志の光だった。」

 それはもしかした、この国の人々に共通する光かもしれない。
 被災した人だけでなく、被災しなかった人も、あの日を「経験してしまった日本人」が持つ「意志の光」こそ、私たちが忘れてはいけないものなのだと、この短編集は教えている。
  
(2013/10/10 投稿)

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  先日叔母の法事があって
  久しぶりに
  大阪の実家に帰りました。
  両親ともにすでに亡くなりましたから
  実家には
  兄夫婦が暮らしています。
  母は生前よくこんなことを
  云っていました。
  「親が健在のうちに何度でも帰っておいで。
  親がなくなったら、帰りにくくなるのやから」
  って。
  両親が生きているうちは
  実家は私の生まれ育った家でもあったのですが
  兄夫婦の住む家になると
  やはりそう心やすく帰るということは
  できなくなります。
  今頃になって、
  母の言葉を実感できるのです。
  それでも、
  故郷はやっぱりあったかかったなぁ。
  久しぶりに交わした兄との会話、
  叔父さん叔母さんの元気な顔、
  従姉妹たちのかわらない笑顔。
  みんなみんな懐かしく、
  温かい掌に戻った感じでした。
  今日紹介する
  重松清さんの『みんなのうた』も
  そんな作品です。

  じゃあ、読もう。

みんなのうた (角川文庫)みんなのうた (角川文庫)
(2013/08/24)
重松 清

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sai.wingpen  家族と故郷はよく似ている。                   

 家族と故郷はよく似ている。
 あったかくて、懐かしくて、それでいて、少しわずらわしい。
 三度の東大受験に失敗し、故郷に帰らざるをえなくなったレイコさんの、一年間の故郷での暮らしを描いたこの物語の中で、こんな文章がでてくる。
 「なにをやってもうまくいかない時に帰りたくなるのがふるさとだと思うし、それを黙って迎えてくれるのが、ふるさとかもしれない」。
 この「ふるさと」を「家族」に言い換えてみても、すとんと胸に届く。
 これは、そんな物語だ。

 故郷といってもレイコの場合は、ほとんど過疎に近い田舎。何年かぶりに帰ってみると、祖父の達爺、祖母のキミ婆、父親の隆造、母の珠代、弟のタカツグといった森原家の家族だけでなく、田舎には似合わないカラオケボックスが待っていた。
 どうやら弟のタカツグを故郷にひきとめる策として、できたものらしい。
 客といっても珠代のカラオケ仲間がほとんどで、採算がとれているやらどうやら。
 しかも、帰省途中で高校の同級生だったイネちゃんとその息子とバッタリ出会ってしまう。
 17歳で結婚して21歳でどうやら子連れのバツイチらしいイネちゃん。
 レイコにしてもイネちゃんにしても、故郷はけっして近くはない。

 レイコにはまだ自分の将来が見えていない。
 このまま故郷にとどまるべきか、もう一度大学受験に挑戦し上京するか。
 覚悟ができていない、というが、レイコにはしっかりと定まった思いがない。あっちへぐらぐら、こっちへぐらぐら。
 その点、イネちゃんは腰が据わっている分、明るい。
 レイコはそんなイネちゃんに引きずられながらも、故郷のよさに気づいていく。それは、同時に家族のあったかみに気づくことでもある。

 「家族みんなが顔を揃えとる幸せを、忘れたらいけん。あたりまえのことでも、それがほんまは、ものすごく幸せなことなんじゃいうんを」。
 キミ婆のこんな言葉がレイコの胸に突き刺さる。
 レイコだけではない。読者の胸にどんとくる。
 そして、思うのだ。
 家族はいいなぁ。故郷はいいなぁ。と。
  
(2013/10/09 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  『私の本棚』という、
  本と本棚にまつわる著名人たちの
  エッセイ集。
  今日の書評に書きましたが、
  最近私が思っているのは
  たった1冊だけの蔵書。
  あとは、もういいかな。
  では、その1冊は何の本にするのか。
  思っているのは
  『茨木のり子全詩集』。
  いつかこの詩集だけが手元にあって
  毎日毎日詩だけを読む暮らし。
  でも、星野道夫も残したい、
  開高健はまだ手元にあった方がいい、
  夏目漱石は・・・
  なんて考え出すと、
  そんなこともできるはずはない。
  なんと、悩ましい。

  じゃあ、読もう。

私の本棚私の本棚
(2013/08/30)
新潮社

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sai.wingpen  本好きの夢                   

 本好きの人なら、おそらく誰もが夢みる光景。天井まである、壁一面に備え付けられた本棚。整然と並べられた万巻の書。
 何年か前に司馬遼太郎記念館を訪れた際に目にしたのが、まさにそんな本棚でした。司馬さんの知の宇宙にただあ然としたことを覚えています。
 実際に一般市民にはそんなことができるはずもなく、精々大きめの本棚があって、いつのまにか増殖した本がすき間をうめている程度。
 それでも、連れあいや子どもの呆れかえった視線に身が縮む。

 この本は作家、書評家、大学の先生、絵本作家といった、本にかかわる職業を生業としている23人の著名人の、本棚にまつわるエッセイが収められている。
 井上ひさしといった横綱級の人は別格としても、本好きでその名を知られた児玉清さんやいまやわからないことはこの人に聞け的な池上彰さんなど、その人の本棚の変遷そのものが人生模様に見えてくる。

 その中で特に強く魅かれたのが、装丁家でイラストレーターの内澤旬子さんの「書棚はひとつだけ」だ。
 内澤さんはこう書いている。
 「私は今持ちたいのは、ただただ自分の愉しみのためだけに読んで、最初の一ページから奥付まで心底ほれぼれ惚れ抜いて、背を眺めるだけでうっとりする本だけを詰め込んだ、私的な書棚である」。
 冊数は「百冊弱。それで十分」という、潔さ。
 それでも、百冊の本がある。一般市民にとっては、それすら多いともいえる。
 そもそも自分が死んだら、たとえ百冊といえ、その始末に困るのは残されたものたちだ。
 おそらく今以上に恨みのこもった視線で、遺影となった我が顔を見るにちがいない。
 だとしたら、究極は、たった一冊の本だけがある書棚になりはしないか。

 もちろん、本好きにそんなことができるはずはない。
 耐え忍んで本棚に空きを作ったとしても、またぞろそこには本が並べられてしまうはず。
 そこをぐっとこらえて、本棚さえ処分してしまえれば、どんなにいいだろう。
 それもまた、夢である。
  
(2013/10/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  久しぶりに
  茨木のり子さんの詩を読みました。
  今日紹介するのは
  「日本語を味わう名詩入門」というシリーズの
  「茨木のり子」篇です。
  茨木のり子さんの詩に
  解説文が添えられた
  詩集です。
  解説文の中で
  茨木のり子さんの作品の
  大きなテーマは
  「ういういしさとは何か」だったと
  書かれています。
  この「ういういしさ」という
  言葉に
  はっとしました。
  私たちはいつのまにか
  「ういういしさ」を忘れていないか。
  茨木のり子さんの詩を読むことで
  忘れていたものを
  呼びもどすことができるかもしれませんね。

  じゃあ、読もう。  

(16)茨木のり子 (日本語を味わう名詩入門)(16)茨木のり子 (日本語を味わう名詩入門)
(2013/06/18)
萩原 昌好

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sai.wingpen  読まれるたびに美しくなる                   

 詩は何度でも編まれ、何度も読まれて、さらに美しい調べとなる。
 それはちょうど水の濾過のようです。。
 Aという詩集に収録されている詩のいくつか、Bという詩集に掲載されている詩の断片、それらを集めてCという詩集になり、はたまた編集の方法で洗練されていく詩たち。
 やがて、それでも残ってどんな詩集にも編まれて、それは人々の記憶になっていく。名詩になっていく。

 この「日本語を味わう名詩入門」シリーズでは、名詩をこう定義しています。
 ひとつは、その詩人にふさわしい個性的な作品であること、二つめは子どもたちにとって適当な長さの作品であること、三つめは朗読・暗唱に活用できることです。
 二つめの定義にあるように、このシリーズは子どもたちに美しい日本語を味わってもらおうと編まれた詩集です。(巻末に「父母と教師のみなさんへ」と題された文章があります)
 大人たちは時に子どもたちの心の中を見誤ることがあります。
 子どもたちは何を求めているのか。大人の眼から見て、それが難しい言葉であっても、子どもたちは時にそんな言葉であっても読みたいと思っているかもしれないのです。

 茨木のり子さんの詩が子どもたちに理解されやすいかといえば、そうではないかもしれません。
 しかし、茨木のり子さんが多くの人たちに願ったものは、これからの日々を生きていく子どもたちにとって欠かせないものだといえます。
 例えば、茨木さんの代表作ともいえる「わたしが一番きれいだったとき」。
 大正15年生まれで青春期を戦争と敗戦の混乱で過ごした茨木さんの言葉の意味を、今を生きる子どもたちに知ってもらうことは大切なことです。
 わからなくてもいい。わかることは難しいでしょう。
 でも、「わたしが一番きれいだったとき/わたしはとてもふしあわせ」と詠んだ詩人の、心の鼓動を聞くことはできるはずです。

 茨木のり子さんの詩は、何度も編まれ、何度も読まれて、もっともっと美しい詩になっていきます。
 虹をひめて、透明な、詩になっていくのです。
  
(2013/10/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  この絵本を
  本屋さんで見つけた時は
  ちょっとびっくりしました。
  書いているのが、
  この夏芥川賞を受賞したばかりの
  藤野可織さんだったからです。
  『ぼくは』という題名の、絵本です。
  私がこの絵本を見つけたのは
  新宿紀伊国屋の児童書のコーナー。
  しっかりと見なかったのですが、
  藤野可織さんの『爪と目』は
  文芸書の平台に山積みになっていたと
  思います。
  何しろ芥川賞受賞作ですから。
  私なら、
  この絵本、その横に並べますね。
  もしかしたら、
  紀伊国屋さんでもそうしていたかもしれませんが
  この絵本は今が売り時です。
  しかも、
  読み時。
  
  じゃあ、読もう。

ぼくはぼくは
(2013/08)
藤野 可織

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sai.wingpen  芥川賞作家をつくったもの                   

 『爪と目』で第149回芥川賞を受賞した藤野可織さんが初めて絵本の文を書いたのが、この作品です。
 絵は高畠純さんが担当しています。
 「自分について考えるきっかけとなる絵本」というのが、宣伝文句ですが、牛乳とかパンが自分をつくっていくように、絵本もまた自分という人間を構成するものだということを、短い文章でやわらかく伝えてくれます。

 藤野可織さんが芥川賞を受賞した時のインタビューが「文藝春秋」9月号に掲載されています。
 タイトルは「世界は恐ろしい、でも素晴らしいこともある」です。副題がついていて、「新芥川賞作家をつくったもの」とあります。それって、この絵本のテーマと重なります。
 そのインタビューの中で藤野さんは小さかった頃の自分を「運動が非常に苦手で。絵本を読んだりするのが好き」だった女の子と振り返っています。
 この絵本の中で、「とおくの ほんやさんから やってきた えほん」に夢中になる男の子が描かれています。
「きみは まいにち ぼくをめくる。ぼくは きみの おきにいり。」と、一冊の絵本を寝ても起きても手離さない男の子の姿は、小さい頃の藤野さん自身だったのかもしれません。

 インタビューで「好きな絵本は?」と聞かれて、武田和子さんの『魔女と笛吹き』と答えた藤野さんは、「何度も読みました。絵も全部浮かんできます」と話しています。
 一冊の絵本が少女の心の中に残したもの、それはきっと目には見えないけれど、まちがいなく藤野可織という人間をつくったひとつだったといえるでしょう。

 小さい頃にそんな素敵な絵本に出会えた子どもの、なんと幸せなことでしょう。
 芥川賞作家にはなれなくても、あなたというたったひとつのかけがえのないものの中に、一冊の絵本があって、それがいつまでも残っているなんて、こんなうれしいことはありません。
 藤野可織さんのこの絵本、『ぼくは』が、そんな一冊になればどんなにいいでしょうか。

 小学生時代にいじめにもあったという藤野さんですが、そんな経験を、新しい絵本で描いてくれることを楽しみにしています。
  
(2013/10/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  ずっと読みたかった小説。
  すでに読んだという人も多いでしょうが、
  やっと読みました。
  さすが、本屋大賞を受賞しただけのことはある。
  読み終わったあとの
  幸福感は最高に気分がいい。
  そう、三浦しをんさんの
  『舟を編む』です。
  この物語にはたくさんのかっこいい
  文章がでてきます。

   辞書は、言葉の海を渡る舟だ。

   死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために、
   ひとは言葉を生み出した。

  そのほかにも
  言葉の魅力が
  多様な表現で語られています。
  そういう言葉に出会うのも
  この物語を楽しむ
  秘訣かもしれません。

  じゃあ、読もう。

舟を編む舟を編む
(2011/09/17)
三浦 しをん

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sai.wingpen  幸福の舟にのって                   

 2012年本屋大賞受賞作。
 男の子にとって、辞書は人生で初めて手にするエロ本かもしれない。
 「ちょっと色っぽい言葉を引いてみたりもしたでしょう」と、辞書編さんの長い日々を描いたこの作品の中で出版社の辞書編集部にいる荒木が語る場面がある。
 作者の三浦しをんさんは女性だから、きっとどこかでそういう話を耳にしたにちがいない。
 荒木が使っていたのは、「岩波国語辞典」。引いたのは、「ちんちん」という言葉。そこには荒木が期待するような語彙は載っていなかったらしいが。
 辞書なら親も安心して買ってくれる。それをいいことに、男の子は「シモがかった言葉」に熱中する。
 言葉があれほど熱かったことはない。

 玄武書房の辞書編集部を舞台に、一冊の新しい辞書が作られるまでの「15年にわたる言葉との格闘」の物語を、各章の主役を入れ替えることで、飽きさせず読ませてしまう三浦さんの巧さに舌を巻く。
 そこに恋愛や友情や仕事に対する熱意といったものをちりばめ、言葉の魅力、言葉の意味を探り、小さな世界のことながらちっともその狭さを感じさせない、なんとも懐の大きな物語といっていい。

 読み終わったあと、きっと読者にはお気に入りの登場人物がいるはずだ。
 新しい辞書「大渡海」を生み出す原動力になる馬締光也(辞書づくりだけが取り柄のような男だが、それに熱中する姿に惚れこむ女性は多いだろう)。女性でありながら日本料理の板前になろうとひたむきな林香具矢(彼女と馬締くんは大恋愛の末に結婚するのだが、結婚後も互いの生き方を尊重しあう姿は若い夫婦のあこがれだろう)か。
 はたまた、女性週刊誌の華やかな世界から辞書編集という地味な世界に配属されながらも、徐々に言葉の魅力にはまっていく岸辺みどり(仕事に夢中になれない若い女性たちにとって彼女の生き方はやはりかっこいいにちがいない)か、軽薄ながらも影で馬締の仕事を支える西岡正志(こういう男性のなんと多いことか。けれど、三浦さんはこういう男性にも温かな眼差しを忘れない)か。

 そう見てくれば、この物語には「悪人」は一人も登場しない。
 幸福になるというのは、こういう物語に出逢うことなんだと思ってはいけないだろうか。
  
(2013/10/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日の一冊は
  本好きにはたまらない。
  なにしろ、全編、
  本屋さん、本屋さん、本屋さん。
  タイトルもずばり
  『本屋図鑑』。
  表紙もいいのに
  今回はイメージがないので
  写真で添付しておきます。

  20130929_181228_convert_20130929181747.jpg

  どうですか。
  表紙もいいでしょ。
  ここにあるのは
  どこにでもありそうな
  皆さんの町の
  本屋さん。
  こんな本屋さんに
  育ててもらったんだと
  うれしくなってしまいます。
  こんな本を片手に
  日本全国旅するのも
  いいなぁ、きっと。

  じゃあ、読もう。


本屋図鑑本屋図鑑
(2013/08)
本屋図鑑編集部

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sai.wingpen  いい本の夢を見れそうだ                   

 いやあ。なんとも楽しい本である。
 本好き、本屋さん好きにとってはたまらない一冊だろう。
 なんといっても、このタイトルがいい。『本屋図鑑』。
 本好きの人は小さい頃に「図鑑」という本に出会った経験があるにちがいない。「図鑑」には今まで知らなかった世界の知恵がつまっている感じをもたなかっただろうか。
 見たことのない蝶。聞いたこともない動物の名前。生涯手にすることがない鉱物。
 そんなたくさんのことを、「図鑑」は教えてくれた。
 本が好きになるまで、もう少し。
 「図鑑」という響きには、本が好きになる少し手前のわくわく感がある。

 ここでは全国47都道府県の本屋さんが紹介されている。
 しかもそれは「駅前にある本屋さん」とか「帰り道にある本屋さん」とか「観光地にある本屋さん」といったようにさまざまな表情をしている、そういう区分も「図鑑」らしいのだが、紹介の仕方なのだ。
 あるいは、「本屋さんの棚」をクローズアップし、「人文書・海事書棚」であったり「文脈棚」といったように、じっくり店内を観察した紹介のやり方もある。
 本屋さんを楽しむには、この「図鑑」にあるように色々な方法があるのだろう。

 紹介の仕方は原則1ページに説明文、という固い内容というよりエッセイ風、があって、手書きのイラストが1乃至2ページそえられている。
 この点も「図鑑」を意識してのことだろう。
 イラストを担当しているのは得地直美さん。手書きで描かれたそれこそ、本屋さんの温かみといえる。
 文章にさりげなくいれられた店主の言葉がまた、いい。
 鹿児島・指宿の「文苑堂」の店主の、「本は過去のことも未来のことも教えてくれる。だから、本屋は地域になくちゃいけないと思う」なんて、感動ものだ。

 それだけではない。
 「本屋さんの歴史」なる解説までついている。冒頭の「書店数の推移」なるグラフをみて、そのあまりにも右肩下りぐあいにあ然とする。
 さらには、「付録」として、「これさえ覚えれば、明日から書店員さん(になれるかも)」と銘打った「知っておきたい本屋さん用語集」まである。

 子どもの頃に買ってもらってあまりにうれしさに、本を抱きしめて眠ったことを、久しぶりに思い出した。
 今夜は、いい本の夢を見れそうだ。
(2013/10/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  あまりタレント本を読むことは
  ありません。
  興味がない、というのが
  本音。
  ところが、壇蜜
  むむむ。
  食指が動きました。
  なにしろ、壇蜜、ですよ。
  知らない人もいるかもしれませんが、
  TBSドラマ「半沢直樹」の前半の大阪編で
  最期は半沢直樹に味方する
  色っぽい女性がいたでしょ。
  彼女を演じていたのが
  壇蜜さん。
  そんな壇蜜さんが書いた
  『蜜の味』を
  今日紹介するのですが、
  タイトルもいいですよね。
  うまい芸名をつけたものです。
  とろーり、蜜の感じが
  彼女の魅力になっています。
  味わうのは
  もちろん、男性諸君。

  じゃあ、読もう。

蜜の味蜜の味
(2013/03/01)
壇蜜

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sai.wingpen  Tバックも載っていない本                   

 「タレント本」というジャンルがある。
 どこかで本当に本人が書いたのか疑っている自分がいる。
 よくいわれるようにゴーストライターという書き手がいて、タレントたちから話を聞いて、そのエッセンスを文章にするそうだ。あるいは、まったく想像で書いてしまうこともあるのだろうか。
 もし、本当に自身で書いているタレントがいたら、タレントという職業ゆえにそういうふうに思われるのは嫌だろうな。
 けれど、好きなタレントが書いているとばかり思って読んでいる読者も、それがわかるともっと嫌だろう。
 誰もそんなことを大きな声でいわないのは、「わかっているでしょう」という大人の世界なんだろうか。

 そんな「タレント本」の書評の、なんと書きにくいことか。
 この人はこんなことを思っているのです、なんて書いても、裏でこっそりゴーストさんが舌を出している図なんて想像したくない。

 さて、壇蜜である。
 今や人気抜群のグラビアアイドル。「エッチなお姉さま」と呼ばれながら、男性だけに人気があるのではなく女性にも好感度をもたれるキャラクター。
 1980年生まれだから30歳を過ぎて、アイドル現役。デビュー前には調理師学校に通ったり、葬儀学校で学んでいたという不思議な経歴の効果(?)もあって、小さな子どもたちも知っているというキャラクター。
 壇蜜というのは、もちろん芸名。「壇」は仏教用語で供物を供える場所をいい、「蜜」は供え物そのものをいうらしい。
 時代に供えられた女性そのものということか。

 少し前に「情熱大陸」というTVの番組で壇蜜が取り上げられていたことがある。
 画面で話す壇蜜はグラビアだけでは読みとることのできないものがあった。
 それは「考えている」ということ。
 彼女の特長のひとつでもあるあの話し方は、考えかんがえ、口からでているように感じた。
 しかも、自身がどのように見られているかよくわかった上で、話をしている。
 それはこの本でもいえる。
 あけすけな性の体験談、SM嗜好、男性との接し方、どれもが壇蜜ならあってもすべて許されるということ、あるいは読者がそれを求めていることを、よく知っている。

 読者としては、もっとグラビアが欲しかったが、「Tバックも載ってない本でゴメンね」という自筆のコメントに免じて我慢しよう。
  
(2013/10/03 投稿)

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