大晦日
 誰もがどんな年だったか振り返る日。

   父祖の血に闇のしづまる大晦日   飯田蛇笏

 私も振り返ると
 2013年は穏やかでした。
 なんとなく、なーんにもない
 いえ、あるにはあったけれど
 それも終わってしまえばなんとやら、ですかね。

 なんといっても
 「あまちゃん」なんていえば
 あまりにも じぇじぇじぇ 過ぎるかもしれませんが
 毎日家に帰って「あまちゃん」見るのが楽しくて。
 2013年は「あまちゃん」年だという人も
 案外多いかも。
 それと、「八重の桜」。
 NHKの宣伝っぽいですが
 この二つのNHKのドラマに夢中になった一年でした。
 やっぱり、なんとなく、なーんにもないですね。

 2013年に私が読んだ本は314冊。
 300冊を超えたのは
 もしかしたら人生で初めてかも。
 自分のことながら
 よく読んだものだと感心します。
 そんな本たちの中から
 ベスト1をあげるとすれば、ということで
 一年のブログを振り返ってみたのですが
 最近読んだ葉室麟さんの『潮鳴り』にします。
 人はどのようにして再生していくのか、
 その姿に感動しました。

潮鳴り潮鳴り
(2013/10/29)
葉室麟

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 今年は「八重の桜」に誘発されて
 戊辰戦争や新選組関連の本もたくさん読みました。
 子母澤寛新選組三部作は印象に残っています。
 それと、昨日も紹介しましたが
 池井戸潤さんの企業小説。
 これもたくさん読みましたね。
 そのほか、印象に残っているのは
 よしもとばななさんの『さきちゃんたちの夜』や
 江國香織さんの『はだかんぼうたち』。
 今年直木賞を受賞した桜木紫乃さんの『蛇行する月』も
 よかった。
 皆さんはどんな本が印象に残りましたか。

 このブログを
 今年も一年間毎日読んでいただいて
 ありがとうございました。
 皆さん、よい新年をお迎えください。
 そして、来年も
 本のある豊かな生活でありますように

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年は池井戸潤さんの作品に
  たくさん楽しませてもらいました。
  そこで年も押し詰まった今日は
  池井戸潤さんの『銀行総務特命』を
  紹介します。
  この年末年始のお休みに
  池井戸潤さんの作品を
  読んでみようと考えている人も
  たくさんいるかと思います。
  それにあわせて
  先日小学館文庫から直木賞受賞作
  『下町ロケット』が新刊で
  でました。
  本屋さんに行けば
  ドーンと積まれていますから
  つい手にとってみたという人も
  多いかと思います。
  読んで損しない名作ですから
  この機会にちょうどいいかも。

  じゃあ、読もう。

新装版 銀行総務特命 (講談社文庫)新装版 銀行総務特命 (講談社文庫)
(2011/11/15)
池井戸 潤

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sai.wingpen  銀行が舞台だから余計に面白い                   

 池井戸潤は時間があると池波正太郎の『剣客商売』シリーズを読むという。
 時代小説と池井戸が描く銀行小説や企業小説とはまったく違う世界のような気もするが、池井戸の作品の本質は時代小説がもっている小気味の良さ、情の深さと一脈通じているともいえる。
 池井戸は2013年大ヒットした「半沢直樹」モノについて、「銀行が舞台という面白さ」といわれることが多いが、実際にはどこの会社でもどこの町内にでもある話だと語っている。
 「半沢直樹」シリーズに先立つ2002年に発表されたこの作品、銀行で起こった不祥事を調査解明する総務部内にある特命担当の職にある指宿修平を主人公に8つの事件を描いた短編集、も銀行を舞台にしているが、確かにどこの会社であっても構わないし、どこの町内でも起こりうる事件だといっていい。
 ただ銀行はお金を扱うところゆえに、憎悪が生まれやすい環境にあるかもしれない。少なくとも、読者はそう思っている。それが「銀行が舞台という面白さ」という意見につながるのだろう。

 8つの事件の中で面白かったのは、銀行の現役女子行員がAVに出演したとして行内で大きな問題となる「官能銀行」という作品だ。
 信用や体面を重んじる銀行だけあって、顔にモザイクがかかっているとしても現役女子行員というAV譲に心穏やかであるはずがない。しかも、週刊誌に行員証まで出てしまう。
 調査を担当するのは指宿修平と人事部調査役唐木玲、彼女はこの作品ののち総務部特命チームに異動となり指宿とコンビを組むことになる、である。
 そんな特命チームにある女子行員を名指しする怪文書が送り付けられる。
 果たして、彼女がAV譲なのか。
 もちろんこんな話は銀行だけにあるのではないが、銀行ゆえにこういう話が事件になりうるともいえる。
 一般の感覚からいって、銀行はやはりお堅い業種である。
 この「官能銀行」という短編は、だから成り立った作品だといえる。

「雨降りの日曜にずっと読んでいたくなるようなもの」を書いてみたいという池井戸潤が、こういう作品に戻ることはあるのだろうか。もしないとすれば、それはそれでなんとも惜しい。
  
(2013/12/30 投稿)

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  今年最後の
  絵本の紹介になります。
  アメリカの児童文学者ポール・フライシュマン
  『マッチ箱日記』。
  今年も残りわずかとなってきましたが
  私にとっては
  読んできた本の数々と
  それを紹介するこのブログが
  日記のようなもの。
  そういえば
  あの時にこんな本を読んだな。
  この人が亡くなって、あんな本も読んだな。
  そういえば
  あの街にも行ったな。
  こんなことで嘆いたな。
  そんなことを
  ずっと書き続けてきました。
  いつも思うのですが、
  読みたい本、開きたい絵本は
  尽きることがありません。
  そういう点では
  なんとも仕合せな時間を
  過ごしていることでしょう。

  じゃあ、読もう。

マッチ箱日記マッチ箱日記
(2013/08)
ポール フライシュマン

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sai.wingpen  宝石のような時間                   

 どうして子どもって小さなものを宝もののようにして集めたがるのだろう。
 小さくなった匂いつきの消しゴム。きらきらひかるスーパーボール。遊園地の半券。鉄腕アトムのシール。ちびた青い色鉛筆。小指の爪ほどの貝殻。そのほか。そのほか。
 机の引き出しの奥深くにそっとしまって、でもいつの間にかなくなってしまう、宝もの。
 もしかしたら、それは思い出だからかもしれない。
 誰にも渡したくない、けれどいつか誰かにそっと話したいような。

 イタリアで生まれた少年は貧しい生活をおくっている。時には食事さえとれないことがあって、そんな時にはオリーブの種をなめることもあった。
 小さくなったオリーブの種。それが少年の最初の「思い出」。
 父親がアメリカに出稼ぎに行った時、少年はまだ赤ん坊だった。少年が知っている父親の顔は一枚の写真。
 それが少年の二番めの「思い出」。
 そして、少年たち一家は父親を追ってアメリカに移住することになる。
 ナポリの町で見つけたのは、マッチ箱。
 字も書けない少年は、その中に「思い出」のものを入れることにした。少年の、いわば日記。
 ナポリでは初めて見た瓶入りの飲み物の王冠をいれた。

 アメリカに着くまでの苦難。アメリカでの迫害。
 けれど、少年はめげることはなかった。
 マッチ箱の日記にはさまざまな思い出が詰め込まれていく。
 魚の骨。新聞の切れ端。折れた歯。初めて見た野球のチケット。
 やがて、少年は字を覚え、印刷工になっていく。
 マッチ箱の日記はもう終わったけれど、別の方法で日々を綴っていく。
 それは、本屋になること。「読んだらその時のことを思い出せる」から。

 今ではすっかりおじいさんになった少年がひ孫の少女に語りかける人生。
 たくさんのマッチ箱は、一つひとつは小さいけれど、少年の「思い出」がうんとつまっている。
 生きていくことは、そのことを誰かに伝えていくこと。それは未来の自分でもあり、自分から続く人々だ。
 「日記」とは、そのためのものともいえる。
 精密な筆と温かな色調のこの絵本もまた、「日記」のようにして誰かに読まれつづけるだろう。
  
(2013/12/29 投稿)

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  今年の暦の関係で
  今日から年末年始のお休みに
  はいっている人も
  多いでしょうね。
  年明けは1月6日からともなれば
  9連休。
  いやあ、いいですね。
  年末には大掃除をする人も
  多いと思います。
  私もしますよ。
  窓ふきは毎年私の担当。
  今年は少し本箱の整理もしようかな。
  そこで今日紹介するのは
  『[図解]トヨタの片づけ』という本。
  整理と整頓の違いってわかりますか。
  そんなことが
  わかりやすくきちんと書かれています。
  大掃除の前には読んで
  いい、片付けをしましょう。

  じゃあ、読もう。
  
[図解]トヨタの片づけ[図解]トヨタの片づけ
(2013/11/12)
OJTソリューションズ

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sai.wingpen  「図解」ならではのわかりやすさ                   

 マーケティングの「4P」(Product・Price・Place・Promotion)とか行動プロセスの「PDCA」(Plan・Do・Check・Action)といったように英語の頭文字をとったビジネス用語は多い。
 ところが、この本のベースにもなっている「5S」は、「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」はローマ字表記した、つまり整理であればSeiriの、頭文字をとっていて、極めて日本的である。
 世界に冠するトヨタの片付けの極意を図解したこの本、もともとは活字の多い単行本だったがタイトルの通り「図解」することでわかりやすく説明した、でも「5S」のエッセンスをまとめたものが「トヨタも片づけ」の文化を作り上げたと書かれている。
 何事にもマメで繊細な日本人の特性が「5S」の中にも生かされているといっていい。

 この本の著者である「㈱OJTソリッージョン」とはそもそも何なのか。
 あのトヨタに40年以上在籍(ということは骨の髄までトヨタマン)のベテラン技術者がトレーナーになってよりよい人材を育て、環境改善に向けて支援するコンサルティング会社のことである。
 つまり、トヨタのノウハウが凝縮された会社だ。ジュースでいえば、濃縮度100%の味わい濃い商品といえる。
 「部下500人分の資料もデスク1つで大丈夫」というインパクトのある惹句よりも、「トヨタ」のブランド力の方が強い。
 「トヨタの片づけ」とはどんな魔法なのか、きっとすごいノウハウがあるのではないか。
 きっと読者はそこに、つまり「トヨタ」というブランドに、ひきつけられるのだ。同じような事例でいえば、ディズニーランドもそうだ。

 「図解」と銘打っているだけに、とてもわかりやすい。
 説明文よりも目にはいってくる「図解」を見れば、片づけの方法やその目的がよくわかる。もし職場で片づけに困っているようであれば、どのページでも構わないが、そっくりそのまま社員の目につく場所に掲示するだけで効果がありそうだ。
 いや、職場だけではない。家庭でも「トヨタの片づけ」はりっぱに機能するだろう。
 というのも、ここに書かれていることは、方法というよりもものの考え方だからだ。
 もともと繊細な国民性があるのだから、「トヨタ」でしかできないということはないだろう。
 一社に一冊、一家に一冊の、常備本といっていい。
  
(2013/12/28 投稿)

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  ようこそのお運びで。
  NHKの朝の連続小説「あまちゃん」に
  夢中になった今年上半期。
  「あまちゃん」が終了して
  さてどうしようと思ったものの
  そのあとの「ごちそうさん」も面白い上に
  再放送となる「ちゅらさん」「ちりとてちん」にもはまって
  毎日朝ドラ3本立ての生活をしている。
  「ちりとてちん」は大阪の落語の話。
  貫地谷しほりさん演じる主人公が
  落語家を目指して
  奮闘する話なのだが
  これが面白い。
  時々落語のあらすじ紹介みたいなミニドラマが
  はいって
  落語好きにはたまらない。
  それにつけても思い出すのは
  桂枝雀の底抜けにおもろい落語。
  ということで、
  今日は小佐田定雄さんの
  『枝雀らくごの舞台裏』という本を
  紹介します。

  しばらくおつきあい願います。

枝雀らくごの舞台裏 (ちくま新書)枝雀らくごの舞台裏 (ちくま新書)
(2013/09/04)
小佐田 定雄

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sai.wingpen  ようこそのお運びで                   

 単身赴任をしていた約2年ばかり、iPodという音楽プレーヤーにいれていたのは桂枝雀の落語だった。寝床にはいって聴いた枝雀はとても面白かった。
 一人布団の中で笑ったものだ。
 桂枝雀が亡くなったのが1999年(平成11年)の4月だから、もう14年経つ。
 iPodで枝雀落語に抱腹絶倒していたのはもう少しあと、枝雀は顔の表情、身体の動き、それこそ全身落語家だったから、記憶の中の枝雀をたどりながら、聴いたことになる。
 「昭和の爆笑王」と呼ばれた桂枝雀。
 そんな枝雀が落語の舞台裏ではどんな姿だったのか。
 この本ではかつて枝雀落語に酔った人だけでなく、その存在すら知らない若い人にも、桂枝雀がどれほどに真剣に落語と向かい合い、時に茶化し、時にそっぽを向いた姿を、落語作家として長年枝雀のそばにいた著者が後世に書き残しておかなければと決意した桂枝雀ガイドである。
 けれど、そこは落語の世界。固い話、深刻な話は抜きにして。

 枝雀はよく「緊張と緩和」という言葉を使っていた。時に高座のマクラでもその話をしていた。
 つまり、場の雰囲気が緊張している時、その緊張を緩和させるとそこに笑いが生まれるということ。関西人がよく使う手でもある。
 枝雀はそういうことを考えつつ、全身落語家となって高座にあがっていた。その持ちネタは60近かったという。
 この本ではそんな持ちネタの中から有名な噺48席を厳選して、その概略とそれにまつわる枝雀のエピソードをまとめていて、どことなく枝雀のいう「緊張と緩和」がここにも生きている。

 例えば「時うどん」。東京では「ときそば」といわれるおなじみの噺。ここでは江戸時代の刻の数え方がサゲになるのだが、枝雀は「説明のためのマクラが好きではなかった」という。
 これは枝雀の師匠である桂米朝の「マクラは説明だけでなく、最後は笑いにつながなくてはいけない」という教えを守ったものだという。
 このようにこの本では師匠である米朝と枝雀のおもろい師弟の関係、枝雀と兄弟弟子たちの愉快な関係もふんだんにある。
 読み終わったあと、枝雀の落語を聴きたくなるにちがいない、おもろい本である。
  
(2013/12/27 投稿)

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  今日紹介するのは
  窪美澄さんの『雨のなまえ』という
  短編集です。
  窪美澄さんといえば
  R-18文学賞大賞受賞者ですから
  お、もしかして官能場面もあるのかと
  期待する人も多いかと思います。
  ありますが、
  けっしてどぎついものではありませんし
  窪美澄さんのファンは
  女性も多いと聞きます。
  官能はいまや男性だけのものではありませんし
  女性作家もたくさん書いています。
  この短編集では
  5つの作品が収められていますが
  最近のものほど
  官能の表現が抑えられているように
  感じます。
  残念ですが。
  
  じゃあ、読もう。

雨のなまえ雨のなまえ
(2013/10/18)
窪 美澄

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sai.wingpen  揺れる                   

 『ミクマリ』(2009年)でR-18文学賞大賞を受賞し、その後『『ふがいない僕は空を見た』(2011年)で第24回山本周五郎賞を受賞。同作は大いに売れた。
 この短編集では、そんなふうに着実に作家としての歩みを重ねる窪美澄の、2篇の書下ろしを含む5つの作品が収められている。。
 表題作となった「雨のなまえ」はR-18文学賞受賞作家ということもあってか、官能の場面も多い。ちなみにいえば、R-18文学賞は女性のためのエロティックな小説の発掘を目論んだ賞で(現在はテーマ性をもっと広くしている)、書き手は女性に限られた新人賞だ。
 この「雨のなまえ」は2010年に雑誌に発表された作品だから、窪への要求もその点だったのだろう。

 冒頭からセックスシーンである。渋谷のラブホテルの一室で悠太郎とマリモが淫らな舌を絡ませている。悠太郎はだらしない母との二人だけの貧しい生活の中で育ったが、結婚相手に選んだのは資産家の娘ちさとだった。
 「一生買うことなんかできないマンション」をちさとの両親に購入してもらえるような生活で、しかも妻ちさとは妊娠、悠太郎にとってはいうことのない生活だった。不思議な魅力をもったマリモに出会うまでは。
 妊娠がわかってから妻とは一度もセックスをしていない悠太郎はマリモとの甘美な性に溺れていく。
 生まれてくる子どもの名前に夢中になる妻。「雨の名前」や「植物図鑑」に載っていそうな名前。そんな生活に悠太郎は何ひとつ満足していない。欠けた部分をマリモとのセックスが埋めていく。
 義父が勝手につけようとした名前を聞いてついに壊れていく悠太郎は家を飛び出すのだが、追いかけるように妻の破水とマリモの自殺未遂の連絡がはいる。
 悠太郎の行き場のない絶望は若者特有のものだといえる。ここではないどこか。そうやってどれほど多くの若者が彷徨しただろう。
 窪の作品は官能的ではあるが、単にエロチックに描くのではなく、性愛もまた揺らぐ心情の表現になっている。

 それが2013年に発表され、あるいは今回のために書き下された作品では官能度は薄まっている。
 窪には女性ならではの官能のきらめきを失ってもらいたくない。
 その点では5篇の短編の中では、表題作の「雨のなまえ」が一番いい。
  
(2013/12/26 投稿)

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  クリスマスの日に
  こんな素敵な作品を紹介できるなんて。
  だから、本を読むのが
  やめられない。
  今日紹介するのは
  葉室麟さんの『潮鳴り』。
  直木賞を受賞した『蜩ノ記』と同じ
  豊後・羽根藩を舞台にした時代小説。
  あの名作『蜩ノ記』を超えられるのかと
  心配していたのですが
  なんのなんの
  それ以上の仕上がり。
  大満足の一作です。
  この作品は
  私が自信をもっておススメします。
  今日の書評の書き出しで
  「傑作」としようかとも思ったのですが
  「絶品」と書きました。
  その方が
  この作品を表現するのに似合っていると
  考えたからです。
  ぜひぜひお読み下さい。

  じゃあ、読もう。

潮鳴り潮鳴り
(2013/10/29)
葉室麟

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sai.wingpen  愛する人の声                   

 絶品である。
 生きることの辛さを描くことにおいて。正義を行うことの困難を描くことにおいて。愛を貫きとおす悲しみを描くことにおいて。
 葉室麟が第146回直木賞を受賞した『蜩ノ記』と同じ舞台豊後・羽根藩を選んだだけのことはある。受賞作を越えたいという作者の熱が伝わってくる長編時代小説だ。

 主人公の伊吹櫂蔵はかつて俊英と呼ばれていたが役目の酒席でしくじり、若くして隠居を命じられる。あとは坂道を転がるように酒におぼれ、身なりに構わず、やがて「襤褸蔵」とまわりから謗りを受けるまでになっていく。
 そんな櫂蔵を暖かく包み込む飲み屋の女お芳もまた、かつて思いを寄せた武士に嘲笑うがごとく捨てられた過去を持つ。
 「落ちた花は二度と咲かぬのか」。
 そんなある日、櫂蔵の異母弟がいわれのない罪により切腹して果てる。自分など生きている意味はないと嘆く櫂蔵は潮鳴りの高まる海へと自らの身を進めるのだが、お芳の必死の思いが寸前で櫂蔵の命を救った。
 ふたたび生きることを決心した櫂蔵は、異母弟と同じ役目で出仕を求められ、彼の死の原因をさぐることになる。
 誰もが襤褸蔵と呼ばれた男の行状を冷ややかに見つめるなか、櫂蔵はお芳を家に迎え、再生の道を歩むことになる。
けれど、異母弟を死に至らしめたものは藩主をも関わる重く暗い闇で、真相に近づく櫂蔵にさらに残酷な仕打ちが待ち受ける。

 櫂蔵は自分たちにとって一番辛いことは死ぬことではなく、「昔のことを忘れられずに、ずっと引きずって生きていくこと」だとお芳から教えられる。
 生きることから逃げるのではなく、じっと耐えながら生き続けること。
 これは東日本大震災で辛いめにあった被災者やいじめで生きる場所から追い詰められている若者たちへの、葉室麟からの熱いメッセージともいえる。

 罠にはめられ死んでしまったお芳の亡骸に涙する櫂蔵が、それでもしっかりと前を向けたのは「生きてください」というお芳の思いだった。
 お芳ほど櫂蔵という落ちた花がもう一度咲くことを願った女はいなかった。
 櫂蔵は生きることを選ぶ。

 「生きよ」という潮鳴りを誰もが耳にしたはずだ。
 それこそ、愛する人の声だ。
 葉室麟のこの作品はそのことを描くことにおいて、絶品である。
  
(2013/12/25 投稿)

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  今日は クリスマス・イブ
  かつてサンタクロースだった私には
  この日の夜の思い出話が
  たくさんあるのですが
  サンタクロースの頃のお話は
  してはいけないことになっています。
  誰が決めたかって?
  サンタクロース協会かな。
  3日連続で紹介してきました
  クリスマス絵本の
  今日は最終日。
  安野光雅さんの『サンタクロースのふくろのなか』という
  絵本を紹介します。
  前にも書きましたが
  安野光雅さんは大人向けの作品も
  たくさん描いていますが
  絵本となると
  また違った安野光雅さんの魅力が
  でてきます。
  この絵本では
  安野光雅さんの創作の秘密みたいなものが
  垣間見えたりして
  大人の安野光雅さんファンにも
  楽しめる作品に仕上がっています。
  皆さんに
  サンタクロースが訪れますように。

  じゃあ、読もう。

サンタクロースのふくろのなかサンタクロースのふくろのなか
(2006/10)
安野 光雅

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sai.wingpen  安野光雅さんの創作の秘密をのぞいてみる                   

 サンタクロースといえば、太った体躯にまっ白な長い髭。赤いコートに赤い帽子。そして、背中にかついだ大きな袋。
 もちろん、その袋には子どもたちへのプレゼントがいっぱい。
 もし、そんなサンタさんがこっくりこっくり居眠りしていたら、やっぱりのぞいてみたいって子どももいるだろうし、それを叱るお姉さんもいたりする。
 でも、本当にサンタクロースの袋の中はどうなっているのでしょうか。
 そういう好奇心を、安野光雅さんが描いた絵本が、この一冊です。

 安野さんといえば、大人向きの絵もたくさん描いていますし、絵本もいっぱい描いています。
 細かくて精緻で、色合いは淡やかで、その画風は子どもから大人の人までとても人気のある絵描きさんです。
 この絵本では、そんな安野さんの創作の魔術が披露されています。
 最初のページ(この絵本は見開きごとに絵が完成していくようになっています)では、まだ全体がどんな風になるのかわかりません。輪郭も色もぼんやりしています。
 そんなページに安野さんはこんなことを書いています。
 「絵は、自由ですから、なにを描いても、いいのです」。
 実際、どちらか上なのか下なのか、右なのか左なのかもわかりません。
 「だからこの本は、くるくるまわして、みてもいいのです」。

 楽しいものだけでなく、こわいものもいっぱい描かれていきます。
 走っているものもあれば、どんどこ行進しているものもあります。
 何ページめかで、「トナカイと、サンタクロースと、シチメンチョウ」も描かれます。
 でも、すぐには見つかりません。
 宝物を探すように、ページの端から端を探してみます。見つけた時のうれしさは格別です。
 そのうちにページいっぱいにたくさんのものが描かれていきます。
 安野さんは、「この絵本は、サンタのふくろになったのです」と言いますが、でもわかっています。
 一番楽しんでいるのは、作者の安野さん自身なのです。

 安野さんが笑いながら、ひとつずつ描きたし、色を重ねているのが、見ていてわかります。
 最後のお願いに「あかちゃんがほしい」と書いて、「トナカイに 目隠ししていよう」って書いたのは大人の安野さんのユーモアでしょうが、それにしても楽しい過ぎて、ちょっとハメをはずした感じがして、読んでいる大人も苦笑してしまいそうな絵本なのです。
  
(2013/12/24 投稿)

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  今日の書評のタイトルのとおり
  12月は絵本ととても相性がいい。
  だから、毎年この季節には
  青山にあるクレヨンハウスに行きます。
  店内にずらりと並んだ
  クリスマスの絵本を見ているだけで
  うれしくなります。
  私がサンタクロースを待つことも
  サンタクロースになることも
  もうありませんが、
  あ、でも今日紹介する
  佐野洋子さんの『サンタクロースはおばあさん』のように
  天国にいったら
  本当にサンタクロースになれるかも
  しれませんね。
  そんな夢みたいなことも
  12月だから許せるのかな。
  街はいよいよ
  クリスマス一色。
  クレヨンハウスの帰り道は
  いつも心がほかほかにまります。

  じゃあ、読もう。

サンタクロースはおばあさんサンタクロースはおばあさん
(2007/10)
佐野 洋子

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sai.wingpen  12月は絵本と相性がいい                   

 12月は絵本と相性がいい。
 なにしろ、クリスマスというビッグイベントがあるのだから。
 子どもだけでなく、大人だった子どもみたいに贈り物をいったりきたりして喜んでいる。夢を見るなら、できるだけロマンチックに。
 指輪もいいけど、赤いリボンのかかった絵本も素敵だ。
 だから、本屋さんでも図書館でもクリスマスの絵本がたくさん並ぶ。
 クリスマスの絵本はこんなにあるんだと驚くくらいにたくさん並ぶ。
 そんな中で見つけた一冊。
 『100万回生きたねこ』で没後も人気の絶えない佐野洋子さんにもクリスマスの本があるのを見つけられたのも、クリスマスのおかげだ。
 そういう出会いがうれしい、12月。

 サンタクロースがおばあさんなんて、聞いたことがない。
 サンタクロースといえば、白いひげを生やしたでぶっとしたおじいさんと決まっている。
 それをおばあさんに仕立てたところに、佐野さんのユーモアと辛辣な視線を感じる。
 このおばあさん、サンタクロースを募集している神様に向かって、「サンタクロースはおとこだって、だれがきめたんですの」と、ずけずけ言う。これには神様も困っってしまって、おばあさんをサンタクロースに任命してしまうのだ。

 サンタクロースおばあさんは張り切って、一番気の荒いトナカイにのって、一番大きなふくろをさげて、子どもたちのところに向かっていきます。
 おばあさんには目的がありました。
 それはお孫さんの小さな女の子に会うこと。
 そう、おばあさんはもう天国にいるんです。
 天国にいるおばあさんがサンタクロースになってまで女の子に届けたかった贈り物がなんだったか。

 佐野洋子さんも今は天国にいます。(2010年死去)
 でも、こうして佐野さんの素敵なお話を今でも読めるのです。佐野さんこそ、本当のサンタクロースおばあさんなのかも、と思いたくなります。
 佐野さんが子どもたちに届けたかったことは、絵本のお話だけでなく、今は天国にいる佐野さんが見事にやってみせてくれています。
 やっぱり、12月と絵本は相性がいいのです。
  
(2013/12/23 投稿)

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  今日は冬至

   ややゆらぐいのちとなりて冬至の日  和知喜八

  昼の時間が一番短い。
  でも、それはこれから
  また昼がのびていくということでも
  あります。
  南瓜を食べたり、
  柚子湯にはいったり。
  そして、なによりクリスマスまで
  あと少し。
  ということで、
  今日から24日までの3日間
  クリスマスの絵本を紹介していきますね。
  まず、今日は
  ソフィー・クニフキーというフランスの絵本作家の
  『ぼくの村のクリスマス』。
  1991年に出版された
  クリスマス絵本の定番です。

  じゃあ、読もう。  

ぼくの村のクリスマス (リブロの絵本)ぼくの村のクリスマス (リブロの絵本)
(1991/11)
ソフィー クニフキー

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sai.wingpen  家族で過ごすクリスマスが一番かも                   

 クリスマスは子どもにとって一大イベントだ。
 それはどうも世界共通らしい。
 フランスの絵本作家ソフィー・クニフキーのこの作品も、子どもたちがクリスマスを楽しみにしている時間が描かれている。
 主人公はもうすぐ7歳になるレオナールという少年。
 お父さんの仕事の関係で森に住んでいる。
 森は雪の中にうもれている。
 お父さんはクリスマスが近くなれば、森に行ってモミの木を切って、町に運びだす仕事をしている。
 ある日、町で暮らすおばあちゃんを迎えにお父さんとレオナール君は町に出る。
 森と町は大違いだ。
 たくさんのお店が電気のあかりでキラキラして、人もたくさんでている。「おまつりみたいに、にぎやかだ。」
 おもちゃ屋さんにはレオナール君の欲しいものばかり。
 でも、おばあちゃんや家族と過ごす森の家のクリスマスの方が断然楽しい。
 お菓子を作ったり、モミの木の飾りつけをこしらえたり。

 そして、クリスマスの日。
 村のとおりには、荷物をソリにいっぱいつんだサンタクロースもやってくる。
 村は町のような華やぎはないけれど、村じゅうの人がみんなニコニコしている。
 何よりも、家の中にはおばあちゃんやお父さんやお母さんや兄弟や姉妹でいっぱいだ。みんなが迎えるクリスマスってなんといいんだろう。
 「外はさむくてゆきがつもっていても、ぼくたちかぞくはみんな、このクリスマスツリーのまわりにあつまるんだ。」

 ソフィー・クニフキーの絵がなんともいい。素朴だけど彩りがあって、まるでツリーのあかりのように暖かい。
 1991年に日本で刊行された絵本だが、クリスマスの季節になれば、たくさんの子どもたちに読まれてきたこの季節の定番ともいえる作品。
 こういう絵本をたくさんの家族と読めたらどんなにいいだろう。
 でも、やっぱり子どもたちにとってはサンタクロースのプレゼントが一番かな。
  
(2013/12/22 投稿)

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  本を読むっていうのが
  とっても仕合せになる時があります。
  そういう時間をたくさんの人と
  共有したくって
  このブログを始めました。
  例えば、
  今日紹介する『読む時間』という写真集
  作者はアンドレ・ケルテスという写真家。
  一冊まるごと
  本・本・本…。
  もう口でいうのも
  難しいくらい。
  まずは手にとってもらうしか
  ありませんね。
  本を読むって
  なんて幸福なんでしょう。
  巻頭の谷川俊太郎さんの詩「読むこと」の一節に
  こうあります。

   いまこの瞬間この地球という星の上で
   いったい何人に女や男が子どもや老人が
   紙の上の文字を読んでいるのだろう

  そういう時間をご一緒できたら
  どんなに仕合せでしょう。

  じゃあ、読もう。
  
読む時間読む時間
(2013/11/13)
アンドレ・ケルテス

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sai.wingpen  至福の時間をとらえた写真集                   

 ルネサンス期の三大発明といえば、火薬に羅針盤、それと印刷術とよくいわれるが、もし印刷術が発明されなければ本や新聞といったものは当然なかった訳で、そういうことが当たり前の時代に生まれ育ったものからすれば、もしそれらがない生活など想像もできない。
 印刷ができたおかげできっと人類の知識は飛躍的に増加しただろうし、今日情報と呼ばれるもののほとんども印刷術の普及がもたらしたものといっていい。
 情報が進化して紙媒体を必要としない、例えば電子書籍などもそうだが、ツールがもてはやされる時代になったのは事実だが、それでも紙媒体はまったくなくなることはあるまい。
 頁をめくる、紙の匂いを嗅ぐ、活字のちょっとした違いに心打たれる。やはり、そういうことはいつまでもあるだろう。
 人は、そんな時間を喪うことはない。

 この本は、人が活字を読む至福の時間をとらえた写真集である。
 撮影したのはアンドレ・ケルテスというハンガリー出身の写真家(1894~1985)。
 白黒写真に収められているのはすべて本や新聞を読む人たち。そして、本たち。
 一冊の本を食い入るように読んでいる三人の少年。そのうちの二人は裸足だ。貧しい少年たちを夢中にさせているのはどんな物語だろうか。
 枯葉に敷き詰めれた公園で足を投げ出し新聞を読む婦人を無心にさせているのはどんなニュースだろうか。
歩きながら、あるいはベンチで、あるいは彼女と一緒に、カフェの片隅で、下宿の屋上で、人々はさまざまな場所で<読んでいる>。
 きっとそんな姿をカメラに撮られているなんて思いもしないだろう。
 「読む時間」は、彼らをきっと別のところにつれていっている。

 彼らはどんな物語を、あるいはどんなニュースを読んでいるのかしらん。
 気になるのは、あまりにも彼らが無防備だということ。
 他者などは気にはならない。自分さえここにはいない。「読者」は活字の森を彷徨っている。
 その誰もが至福の時間にいることがわかる。
 「読む時間」は、なんて幸福なんだろう。そんなことを思い知らされる写真集だ。

 巻頭に谷川俊太郎の「読むこと」という詩が収められている。
 この詩がまた、いい。
 誰かに贈りたくなるほど、いい。
  
(2013/12/21 投稿)

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  今日は手塚治虫さんの
  「火の鳥」シリーズの6巻め、
  『望郷編』を紹介します。
  書評を読んでもらえれば
  わかりますが
  結構厳しい評価を書いています。
  手塚治虫さんは
  「鉄腕アトム」に代表されるように
  未来漫画をたくさん描いてきましたが
  同時に
  「ブッダ」のような歴史漫画も
  手がけています。
  「火の鳥」シリーズは
  それが交互に描かれて
  シリーズとしての厚みが味わえるのですが
  今回の『望郷編』は
  未来漫画ながら
  どうも説明不足な点が
  散見されます。
  そのあたりが
  どうももうひとつ、
  面白さに欠けたといえます。

  じゃあ、読もう。

火の鳥 (6) (角川文庫)火の鳥 (6) (角川文庫)
(1992/12)
手塚 治虫

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sai.wingpen  地球は青かった、はず                   

 望郷という思いは、空間と時間の二つの軸が合わさったものだ。
 生まれ育った地を思うのは、そこではない別なところにいるからだろう。さらには、その地を離れての年数があって醸し出されるものといっていい。
 手塚治虫の代表作のひとつ「火の鳥」は不老不死という人間が求めてやまないテーマを追求しているが、それは同時に時間性をめぐる深淵なものでもある。
 人間が死を避けれない存在ゆえに、「火の鳥」が提起するものも重い。

 シリーズ第6巻めとなる「望郷編」は、従来の作品と大きく異なるのは、単に時間軸だけでなく空間軸もテーマになっているからだ。
 主人公は一人の地球人。ロミという名の女性。彼女は地球の小さな島で暮らしていたが、ある時恋におち、男とともに地球を抜け出してしまう。向かった先の星、のちにエデン17という名がつく星、には彼ら二人以外は誰も住んでいない。
 二人にとって楽園となるはずだった星だが、男はまもなく不慮の死をとげる。その時、ロミは男の子を宿していた。
 けれど、子孫が繁栄するためには、男と女が必要だ。やむなく、ロミは息子の成長まで待つために冷凍睡眠にはいる。目覚めれば、息子と結ばれ、また子が授かる。
 異常といえばそれまでだが、ロミはそうすることを決めた。

 さらに、その子もまた女を得ず、ロミは冷凍睡眠にはいる。繰り返される悲劇。
 やがて、ロミはその星の女王と崇められるようになる。
 そんなロミだが、地球に戻りたいという思いが捨てきれず、小さなコム(ロミの血とムーピーという異星人の混血)を連れて、故郷地球をめざす。
 果たして地球はまだ美しい星のままなのか。

 物語の前半はエデン17でのロミの苦悩、後半は故郷地球をめざすロミとコムの冒険、さらに終盤では戻った地球でのつらい思いが描かれている。
 大作ではあるが、この作品はあまりにもラフすぎる。
 仕掛けが大きい分、もっと細やかな筋立てと大胆な場面転換が必要なはずだが、この作品の手塚はいささか乱暴である。
 それはストーリーを忠実に追おうとするあまり、ご都合主義的になってしまったともいえる。
 さすがの手塚も、望郷という、空間と時間を扱ったテーマは大きすぎたのだろうか。
 今まで読んできた作品が濃厚ゆえに、悔やまれる作品である。
  
(2013/12/20 投稿)

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  昨日原田マハさんの『おいしい水』という
  ラブストーリーを紹介しましたので
  今日は
  ずばり、『恋歌』。
  これは「れんか」って読みます。
  作者は朝井まかてさん。
  原田マハさんの作品のような
  イメージで読みだすと
  大きな勘違いをしますよ。
  時代小説だし、
  時代背景は幕末。
  しかもたくさんの犠牲者が出た
  水戸の天狗党の乱が描かれています。
  ラブストーリーと
  カタカナ表示すると
  この作品にはあいませんね。
  きっと。
  だから、「恋物語」としておきました。
  しかも、甘くはありませんから
  題名の『恋歌』に
  騙されないで。

  じゃあ、読もう。

恋歌恋歌
(2013/08/22)
朝井 まかて

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sai.wingpen  甘くはない、恋物語                   

 本屋が選ぶ時代小説大賞2013に選ばれた作品。
 主人公は樋口一葉に和歌を教えたことで知られる中島歌子の半生を描く重厚な時代小説である。
 なにしろ舞台は尊王攘夷思想の熱き思想のままに幕末の日本を駆け抜けた水戸藩であるから、女性が主人公といっても熱くならざるをえない。
 この時代の水戸藩は御三家のひとつながら、派閥抗争が絶えず、残忍な処刑と多くの犠牲者を出すことになる天狗党の乱を引き起こすことになる。
 水戸藩士に恋し、その妻となった歌子(若き名は登世)もまた、その紛争に巻き込まれていく。

 タイトルの『恋歌(れんか)』にまどわされて、甘い物語を想像しない方がいい。
 天狗党の乱の悲惨さは筑波山での決起のあと、戦いに敗れ加賀藩まで敗走するものの執拗な幕府軍に捕われ、鯖倉と呼ばれる狭い貯蔵庫に押し込められ多くの犠牲者を生んだことだ。
 また、天狗党に属する藩士の妻子たちも狭い牢屋に押し込まれ、死んでいくものが後を絶たなかったという。
主人公の登世もまたそうした虐げられたものの一人だ。
 恋い焦がれ妻となったものの夫は藩の仕事に奔走し、逢うことさえままならない。しかも、乱以降はその生死さえつかめない。
 それでも夫を信じ、その命を願う登世。
 しかし、時代の波はそんな登世を翻弄していく。

 作品の核に使われるのが、落語「崇徳院」で有名な「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ」である。
 この和歌がもっている思いそのものが登世の夫へのそれである。
 急流は時代に流される登世たち。願わくば、時代が落ち着けばまた逢える。
 明治維新は数かぎりない登世を生んだといっていい。

 作者の朝井まかては女性ながらこの難しい題材に挑戦したといっていい。
 初めに樋口一葉と中島歌子の関係をさりげなくいれながら、病床にある歌子を見舞う女弟子が歌子の書付けを見つける。そこに書かれていたのが、恋する人への想いと水戸での生活という展開もいい。
 甘くはないが、味わい深い作品である。
  
(2013/12/19 投稿)

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  先日原田マハさんの講演会に行った話は
  このブログでも書きましたが
  その際に印象に残った
  原田マハさんが学生時代にアルバイトをしたという
  輸入雑貨のお店。
  そのお店をモデルにして書かれたラブストーリーが
  今日紹介する『おいしい水』。
  神戸にあるそのお店「ONE WAY」に行けば
  原田マハさんのこの本も
  ちゃんと置いてあるそうですよ。
  こういう本が
  岩波書店から出ているというのが
  いいですね。
  見直したぞ、岩波書店
  こういうラブストーリーを
  純粋に読めた時代に
  戻りたくなります。
  きっと10代の女の子なら
  うるうるになってしまうんじゃないかな。

  じゃあ、読もう。

おいしい水 (Coffee Books)おいしい水 (Coffee Books)
(2008/11/06)
原田 マハ、伊庭 靖子 他

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sai.wingpen  切ないラブストーリーは、きれいな風景になる                   

 『キネマの神様』『楽園のカンヴァス』の、原田マハさんの講演に行ってきました。
 軽妙でエピソード満載の原田さんの話は、「創作の原点」と題されていて、彼女がどのようにして文学とアートと出逢ってきたかを語って、時間を忘れさせてくれました。
 その際に話がでたのが、この『おいしい水』。
 原田さんが大学生活を送っていた神戸にあるポストカードや写真集、画集などを売る輸入雑貨の店が舞台になっています。
 このお店(作品中では店名を変えています。この理由も面白くて、作品を書きあげた原田さんが店主のこの本を見せると作品では最後に閉店になってしまうのにホンマの名前使わんといて、と言われたそうで)で実際にバイトをしていた原田さんは、ここで多くの絵や写真と出会います。
 この作品にあるような恋の出会いがあったのかはわかりませんが、大学を出ていくつかの経歴のあとニューヨーク近代美術館で働くようになるのも、このお店と出会ったからだといえます。

 講演の中で原田さんは「アートと文学のある人生でよかった」と話していましたが、この本はまさにアートと文学が融合したような造りになっています。
 伊庭靖子さんという若い画家の絵が使われていて、この本自体がポストカードみたいです。
 恋人との待ち合わせに読んでいたい、そんな本は、物語もまた胸が小さくときめくラブストーリー。
 もし、彼(あるいは彼女)が待ち合わせに来なかったら、そっとテーブルに置いたまま席を離れたくなります。
でも、そういえば、原田さんの講演では恋の話がでなかった。
 あったのはピカソとかルソーに恋い焦がれていた話だけでした。

 神戸の輸入雑貨店でアルバイトしている主人公は店の近くの喫茶店にいつもいる青年ベベに恋をしている。
 恋をしているのだが、話すきっかけがつかめない。ベベが写真に興味があることを知った彼女は、自分のお店で一冊の写真集を買い、彼に渡すことを決める。
 だが、ベベにはどうも不可解な点があって、彼女の恋もおぼろ。
 店主のママからいわれた「そんなに急いで、大人にならんでええ。ゆっくり、いろんなこと、これから知っていくやろから」の言葉が胸にしみる。

 切ないラブストーリーは、きれいな風景にもなる。
  
(2013/12/18 投稿)

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  2020年の東京オリンピック開催が決まった時
  まず読んでみたいと思ったのが
  開高健の『ずばり東京』でした。
  何故かというと
  開高健のこの作品は
  1964年開催のオリンピック開催に向けて
  その当時の東京が
  どんな街であったかを見事に
  描き出した作品だからです。
  ところが、思った以上に
  手ごわくて
  読むのを断念してしまいました。
  これから2020年までに
  再読できたらいいのですが。
  そこで今日は
  大田垣晴子さんの『東京リラックス』という本を
  蔵出し書評
  紹介します。
  書評のタイトルが「49年めの「ずばり東京」」だということで。
  実はこの書評を書いたのが
  2002年で、
  その時のタイトルは「38年めの…」。
  今回タイトルを変えました。
  書いた時から
  もう11経っちゃったんだ。

  じゃあ、読もう。

東京リラックス東京リラックス
(2002/07)
大田垣 晴子

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sai.wingpen  49年めの「ずばり東京」                   

 故開高健の傑作ルポタージュ『ずばり東京』が書かれたのは昭和38年の秋から翌39年の晩秋にかけての一年間であった。
 深夜喫茶や羽田空港、はたまた予備校に「トルコ風呂」と当時の世相を舐めまわすように、開高独特の、芳醇にして軽妙な文体が東京を描ききっている。
 文庫版の「まえがき」で開高はその頃のことをこう書いている。
 「当時のトーキョーは一時代からつぎの時代への過渡期であったし、好奇心のかたまりであってつねにジッとしていられない日本人の特質が手伝って、あらゆる分野がてんわわんやの狂騒であった」。
 そういった時代だったからこそ、開高の饒舌がぴったりはまったともいえる。

 それから49年が過ぎた。
 その開高健ももういない。開高が「超世の慶事」と皮肉った東京オリンピックを一里塚にして、日本経済は高度成長を遂げていく。それが泡沫となっていることさえ気がつかなかったのは、開高の出世作「パニック」の鼠たちそのものであった。
 いったんはじけた泡はそのまま戻ることないまま、失われた一〇年などと気取って云われても、要は不況そのものなのだ。
 そんな時代に書かれたのが大田垣晴子の「東京リラックス」である。

 初出誌が「クレア」という女性誌ということもあって、ここに描かれた世界はエステやリラクゼーションといった女性の世界だが、ここにも時の流れを感じる。
 男の世界から確実に女の世界に変わっている。
 疲弊しているのは男性ばかりで、女性はまだまだ元気だ。大田垣の漫画はそんな女性たちの貪欲さも描いているといえる。
 表現方法もそうだ。
 開高が49年前に「ずばり東京」を描いた時にも、独白体や会話体と文体を変えたが、漫画はさすがに書かなかった。
 表現方法としてまだ完成されていなかったといえる。今では漫画はあらゆることを表現できる文化になった。
 開高がいれば、大田垣の作品をどう評価しただろう。

 開高は「ずばり東京」の最後にこう書いた。
 「東京には中心がない。この都は多頭多足である。いたるところに関節があり、どの関節にも心臓がある」。
 そのことは49年経った今でも変わらない。大田垣が描いたそれぞれの場所が関節であり、心臓でもある。そして、まちがいなく、ずばり東京である。
  
(2002/09/08 投稿)

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  毎年恒例の
  「今年の漢字」が先日
  京都清水寺で発表されました。
  皆さんの予想は
  どうだったでしょうか。
  今年の漢字は

   

  もちろん、今年2020年に東京での開催が決まった
  五輪にちなんだもの。
  二位は東北楽天の優勝にちなんで「」だったそうです。
  東京五輪の2020年決定
  日本を元気にしてくれたことは
  まちがいありません。
  ところが、
  最近都政をにぎわしているのが
  猪瀬都知事のお金の疑惑。
  猪瀬都知事にしてみれば
  今年は天国と地獄を味わっているような
  ものですね。
  まあ、いいお話だけすると
  今日は2020年の東京五輪開催を祝して
  佐藤次郎さんの『東京五輪1964』という本を
  紹介します。
  書名のとおり
  この本は1964年に開催された
  東京オリンピックを描いた
  ノンフィクション作品。
  書評に書いた「9歳の少年」というのは
  もちろん私のこと。
  この時の作文だけは
  いつまでも覚えています。
  なんとも、かんとも、ですが。

  じゃあ、読もう。
  
東京五輪1964 (文春新書 947)東京五輪1964 (文春新書 947)
(2013/10/18)
佐藤 次郎

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sai.wingpen  自分たちのオリンピック                   

 その時、少年は9歳だった。
 1964年.昭和39年。東京で、そして日本で初めて開催されたオリンピックのあった年。
 小学校の宿題の作文に「せい火ランナーのさかいよし則さんはぼくと同じ名前でうれしかったです」と書いた。少年の名前にも同じ「則」の字が使われていた。
 妙なことを覚えているものだ。
 昭和39年10月10日、少年の家のテレビは白黒だったかカラーだったか判然としないが、少年の記憶のあの日の空は真っ青だった。
 この日の記憶だけは色褪せることがない。

 あれから49年。
 9歳だった少年も58歳というりっぱな年令になった、2013年.。それから7年後の2020年のオリンピック開催が東京に決定し、日本中が沸き立った。
 この本、1964年の東京オリンピックの煌めくばかりに日々を大会に模して15日間を一日一テーマで描いたもの、もそれに合わせた企画だろうが、ここには有名な東洋の魔女と呼ばれた女子バレーも男子マラソンで銅メダルを獲った円谷幸吉も書かれていない。
 銅メダルながら女子の活躍ですっかりかすんだ男子バレーであったり、円谷以上に期待されながらも順位をあげられなかった寺澤徹、あるいは柔道のヘーシンクの髪を刈った女性理髪師の話といったように、あまり人に知られていない挿話が並べられている。
 けれど、実は1964年の東京オリンピックはいつまでも記憶に残るのは、こういうさまざまなエピソードが残っているからだといえる。
 「人々にとって東京オリンピックという言葉には特別な響きがあった。それは日本の発展を証明する合言葉のようなものであり、誰もが自分たちのオリンピックなのだという誇りを持つことができた」のだ。

 考えてみれば、1964年の東京オリンピックは戦争が終わってまだわずか19年しか経っていなかった。
 当然のように戦争のことを知っている人も戦争で夫や息子、知人を亡くした人も多かったわけで、そのことを思えば、あの時点で東京オリンピックを開催できた意味は大きい。
 あの時と同じ感動を2020年の東京オリンピックで味わえるかどうかかわからない。あまりにも時代がちがう。今度もまた「自分たちのオリンピック」だという誇りが持てるだろうか。
 それは、これからの私たちにかかっている。
  
(2013/12/16 投稿)

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  イルミネーションを見にいくなら
  家のこたつで暖まりたい方だが
  先日用事があって
  表参道に行く機会があって
  町並木のイルミネーションを見た。
  そのきれいなことをいったら。
  なるほどこれなら
  若い恋人たちが夢中になるのもわかるなぁ。
  でも、なんだかあの東日本大震災の頃の
  計画停電なんて騒いでいたことが
  うんと遠くになってしまったようで
  それはそれで
  少々考えなくもなかった。
  今日紹介するのは
  イルミネーションの話ではなく
  『ゆきのよあけ』という
  冬山の夜のお話。
  かいたのは、いまむらあしこさん。
  絵は、あべ弘士さん。
  冬山の様子って
  都会の夜とはまったく違う。
  イルミネーションが好きな人も
  こんな夜があることを
  知ってもらいたいなぁ。

  じゃあ、読もう。 

ゆきのよあけ (絵本・こどものひろば)ゆきのよあけ (絵本・こどものひろば)
(2012/11/27)
いまむら あしこ

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sai.wingpen  いのちの漲る夜                   

 都会の夜はイルミネーションがきれいだ。
 澄んだ冬の夜を彩る、今や風物詩といっていい。
 恋人たちは愛を語りあい、家族は笑顔にあふれる。仕合せに満ちた季節だ。
 でも、森ではちがう。
 氷つくような寒さの、一面雪景色におおわれた山の夜はまったくちがう。
 小動物たちは冬だといって安心はできない。夜だといって心休まるわけではない。
 雪の巣穴にうずくまっている野うさぎの子の夜も。

  『あらしのよるに』でさまざまな賞を受賞し、動物絵本で人気の高いあべ弘士さんが絵を担当したこの作品は、さすがあべさんと満足のいく仕上がりだが、それよりもいまむらあしこさんの文がいい。
 冬の山の一夜のできごとを、母うさぎをなくして初めての冬を迎える野うさぎの姿を通じて、動物たちが懸命に生きる姿を活写している。
 それは都会の夜とはまったく違う。それでいて、生きることの重さを痛切に感じる。

 いまむらさんの文章のすごいところは、動物たちの動きを的確に表現している点だ。
 たとえば、野うさぎの子の毛づくろいの場面。
 「耳を かおのまえに ひっぱり、まえあしで、ていねになでつけます」なんて、まるでそこに野うさぎの小さな鼓動が聞こえそうだ。
 だから、夜の雪の森で、野うさぎの子が陸ではきつねから、空からはふくろうに襲われる場面の、胸がどきどきすることといったら、ない。
 「あしをとめた そのときが、のうさぎの子の いのちの、おわりなのです」と書かれたら、応援するしかない。
 この子を助けてあげて!
 くる、くる、きつねが。くる、くる、ふくろうが。
 逃げて、野うさぎ! 駆けて、野うさぎ!
 子どもたちの声援が聞こえてきそうな絵本。大人だって、夢中になるのだから。

 それに加えて、あべさんの絵だ。
 なんとか逃げおおせた野うさぎの子の、朝の光にすくっと立つその姿の凛々しいことといったら。
 いのちの美しさにちがいない。

 都会の冬の夜を彩るイルミネーションはきれいだ。
 けれど、命をかけた冬山の夜は、もっと生き生きとしている。ただ、そのことを知らないだけ。
 この絵本は、そっと、そんないのちの漲る夜を教えてくれる。
  
(2013/12/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日今年のベストセラーが発表されました。
  1位はやっぱりというか
  当然というか
  村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。
  2位は近藤誠さんの
  『医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法』。
  3位は昨年からの勢いそのままの
  阿川佐和子さんの『聞く力』。
  では、今年私のマイブームとなった
  池井戸潤さんはというと
  『ロスジェネの逆襲』で第6位にランクイン。
  さすが半沢直樹。
  でも、池井戸潤さんは半沢直樹だけでは
  もったいない。
  ぜひ、そのほかの作品も
  読んでもらいたい。
  今日紹介する
  池井戸潤さんの作品は
  文春文庫のオリジナルとなった
  『かばん屋の相続』。
  短編集だし読みやすいですよ。
  半沢直樹を読んで池井戸潤ファンになった皆さんに
  はずしてほしくない
  短編集です。

  じゃあ、読もう。
  
かばん屋の相続 (文春文庫)かばん屋の相続 (文春文庫)
(2011/04/08)
池井戸 潤

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sai.wingpen  池井戸潤が華麗な蝶になる瞬間                   

 池井戸潤が『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞したのは、2011年。 あの作品が初めて池井戸潤体験だったものからすると、「銀行ミステリー」を書いていた頃の初期の池井戸の変遷が気になるところ。
 それを考えるのに、うってつけの作品集がこの一冊かもしれない。
 文庫のオリジナル短編集としてまとめられたこの本には、池井戸が2005年から2008年にかけて「オール讀物」に発表した6つに短編が収録されている。
 主人公はいずれも銀行員で、そういう点では初期の池井戸作品の匂いを持っているが、2008年に発表された「妻の元カレ」は銀行ものとしてくくる必要はない。
 単に主人公の職業が銀行員というだけで、それが商社マンであってもかまわないし、教師であってもおかしくない。
 すでにこの時、池井戸はロケットでいえば第二弾のエンジンを噴射しつつあった。

 表題作の「かばん屋の相続」は2007年の終わりに発表されている。
 個性豊かなかばん屋の社長が亡くなるが、それまで父親を助けていた次男には会社は相続されない。父親の仕事を嫌っていた長男に譲ると父親は遺書を残していたという。いわゆる跡目騒動を扱った作品である。
 相続したのが元銀行員というのは池井戸らしいが、それは銀行員がどうとか銀行がどうとかということではない。ここにもすでに『下町ロケット』の下地がある。
 つまりは、中小企業の主としての覚悟の問題である。
 亡くなったかばん屋の社長の言葉として、池井戸はこんな文章を書いている。
 「仕事はゲームだと思え。真剣に遊ぶゲームだ。いつもうまくいくゲームなんかつまらないじゃないか。成功七割、失敗三割。」
 池井戸が銀行よりも強く魅かれていった、中小企業の強さを感じる。

 この短編集の中では「芥のごとく」という作品が好きだ。
 資金繰りに翻弄される大阪の中小企業の女社長の姿を描いたものだ。何度も危機を迎えるがその度に持前の根性で乗り切ってきた女社長。そして、最大の危機がやってくる。読者は最後はハッピーエンドかと思うだろうが、池井戸は突き放すように、女社長の会社をつぶしてしまう。
 「ちっぽけな会社と、その会社に夢を賭したひとりの女がこの日、芥のごとく、世間の荒波に飲み込まれて消えた」、
 最後の文章だが、池井戸の胸にはここから始まる、熱いものがあったにちがいない。
  
(2013/12/14 投稿)

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  今日は手塚治虫さんの
  「火の鳥」シリーズの5巻め
  「復活篇」と「羽衣篇」。
  書評にも書きましたが
  私はこの作品をリアルタイムで
  読んだ記憶があります。
  不思議なことに
  読んでいた部屋のこととかも
  思い出したりします。
  ベッドのあたまのあたりに
  小さな本棚があって
  そこに「COM」を並べていたような。
  映画はこれより少しあと。
  だから、まず漫画に魅かれて
  それから映画に夢中。
  当時、昭和40年後半の若者としては
  きわめて標準的でしたね。
  ちがうかな。
  
  じゃあ、読もう。

火の鳥 (5) (角川文庫)火の鳥 (5) (角川文庫)
(1992/12)
手塚 治虫

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sai.wingpen  「火の鳥」シリーズは実験漫画でもある                   

 この巻には中編「復活篇」と短編「羽衣篇」の2篇が収められている。
 この二つの作品は、私には思い出深い。どちらも月刊誌「COM」に連載された時にリアルタイムで読んでいたからだ。
 発表されたのは1970年10月号から翌年の11月号である。私が15歳の時だ。
 「COM」という雑誌は漫画家を目指す若者向けに、手塚治虫が情熱を傾けた雑誌である。発刊されたのが1967年から1973年のわずか6年間ながら、競合誌「ガロ」とともに伝説の漫画雑誌であった。
 当時どんな思いで「COM」を読んでいたのか忘れてしまったが、漫画家になりたいとでも思っていたのかしらん、それから40年以上過ぎても忘れられない雑誌だ。
 手塚治虫の『火の鳥』だけに夢中になっていたわけではない。けれど、やはり手塚治虫の作品は「COM」の中心的作品だったことは間違いない。

 「復活篇」は2482年の未来が舞台。エア・カーから墜落したが一命を取りとめた少年レオナ。けれど、彼の体のほとんどは人口臓器と人口知能で再生されているに過ぎず、レオナから見れば生きているものはすべてガラクタに過ぎない。
 そんな彼だが、唯一チヒロというロボットだけがまともな女性に見える。やがて、レオナはチヒロに恋心を抱くまでになっていく。
 物語の途中で、実直なロボットロビタの物語が挿入される。「スター・ウォーズ」のR2-D2によく似た型のロビタは人間たちの単純労働を担うために量産されたのだが、ある時、「ワタシハ人間デス」と言い出す。
 レオナとチヒロの物語と、ロビタの物語はどうつながっていくのか。
 「復活篇」というタイトルの通り、いったい死にゆくことが命題である人間の「復活」とはどういうことなのか。
 『火の鳥』の大きなテーマである輪廻転生を、違った意味で問い直す作品として位置付けていい。
 
 「羽衣篇」は、漫画の手法としての大胆な短編である。背景が演劇舞台を模してまったく変化しない。時に照明効果を取り入れ、登場人物も数人。こういう漫画作品はあまり見ることがない。
 『火の鳥』全体としても異色である。あの火の鳥が登場しないのであるから。
 作品の舞台は戦国時代。天女らしき女おときと漁師ズタの物語。オトキという名前が示しているように彼女は未来からやってきた女性のようだ。
 『火の鳥』は手塚のライフワークであるとともに、「羽衣篇」のように漫画の手法にまざまな実験を取り入れた作品でもある。
  
(2013/12/13 投稿)

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  今日は昨日のつづき。
  今日紹介するのは
  昨日紹介しました高橋邦典さんの『「あの日」のこと』の
  続編になる『「あの日」、そしてこれから 』。
  この本を見つけたのは
  先日行った青山・クレヨンハウスでした。
  最初にこの本を見つけて、
  これにはそれに先立つ、
  昨日紹介した『「あの日」のこと』があることを
  知りました。
  この本だけでもよかったのですが
  やはり2冊を読むことで
  見えてくるものが
  ちがうように思います。
  もし、皆さんが読まれるのなら
  2冊とも読んでほしいと思います。
  この本が出たのは2012年11月。
  あれから1年以上経ちましたが
  町は変わったでしょうか。
  人々はもっと元気になったでしょうか。
  それをもまた、
  読みたいと思います。

  じゃあ、読もう。

「あの日」、そしてこれから (単行本)「あの日」、そしてこれから (単行本)
(2012/11/22)
高橋 邦典

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sai.wingpen  どっこい、人間だもの                   

 あれから、一年後、写真家は、カメラとともに被災地に戻った。。
 写真家の名前は、高橋邦典。被災地の仙台で生まれた。
 2011年高橋はリビアでの内戦の取材を切り上げ、生まれ故郷でもある東日本大震災の被災地東北に出向いた。
 その時、撮影した写真と耳にした被災者たちの「言葉」は、『「あの日」のこと』という作品にまとめられた。
 高橋はその取材を終えるにあたって「来年またお会いさせてください」といったという。
 あれから1年。被災地はどう変わったか。あの時カメラにおさまった人たちは元気だろうか。
 この本は、被災地のその後を取材した、記録である。

 前作ではまだ瓦礫が町を覆い尽くしていたが、それから1年経って、この作品の写真には瓦礫はほとんど写っていない。けれど、けっして以前の街並みが再興できたわけではない。
 写真には何も写っていない。見事に何もない。道路が判別でき、電柱が立ってはいるものの、そこはからっぽだ。
 1年というのは、それだけの時間でしかない。
 町は人間が営みをもって、初めて生き生きとしてくる。まだ、この時点で人々がそこで生きていくには難しい。
 どっこい、それでも、人々は懸命に生きている。
 前作で息子のためのわずかな貯金を流されて嘆いていた老婆は寝たきりの夫を看病しながら元気であった。
 成績のよかった夫が自分のようなものを奥さんにしてくれたと感謝しながら、必死に看病をしている。81歳になる老婆は一体いつのことに感謝しているのだろうかと思いつつ、人間というのはこういう「恩返し」の気持ちがあって、生きていくものなのかもしれない。
 誰が悪かったのでもなく、それでも家族や愛する人や住んでいた町をなくした被災者の皆さんに教えられるのは、老婆のいう「恩返し」の言葉にあるような、生きる原点のような言葉だ。

 この老婆だけではない。前作で高橋のカメラにおさまった被災者たちは、この作品では表情が一変している。
 明るくなったというのは失礼だし、そこまでのものはないだろう。けれど、彼らの表情には「生きていく」強さを感じる。
 なくしたものもたくさんあるだろうが、震災があって初めてわかったものもたくさんあった。この人たちは間違いなく、人間としての逞しさを手にしている。
 彼らのような環境におかれた時、はたして私も彼らのように生きていけたら、どんなにいいだろう。
  
(2013/12/12 投稿)

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  東日本大震災から
  今日で2年9ヶ月
  先日12月4日には1000日を迎えた。
  1000日という時間は
  長いようで、短い。
  あれから1000日を
  あっという間だったという人もいれば
  長いと感じる人もいるだろう。
  あの日以降の計画停電や
  明かりの消えた町を見てきたものとすれば
  今、街を彩るイルミネーションを見ると
  これでいいのかと
  いささか思わないでもない。
  1000日とは
  そんな時間の体積だろう。
  今日は
  あの日からそんなに時間が経っていない
  被災地の様子を写真に収めた
  高橋邦典(くにのり)さんの
  『「あの日」のこと』という写真集を
  紹介します。
  きっと忘れてはいけないことが
  この本には
  たくさんあります。

  じゃあ、読もう。

東日本大震災 2011・3・11「あの日」のこと東日本大震災 2011・3・11「あの日」のこと
(2011/06/11)
高橋 邦典

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sai.wingpen  あの日と向き合う                   

 写真家は、カメラとともに被災地に向かった。
 写真家の名前は、高橋邦典。被災地の仙台で生まれた。
 2011年3月11日、高橋は内戦の取材でリビアにいた。彼はこれまでにも多くの紛争地で写真を撮ってきた。
 そこに東日本で大きな地震があったという報が届く。
 高橋はリビアでの取材を切り上げ、日本に戻ることを決心した。報道写真家としての義務のようなものもあったが、「仙台生まれの東北人」として「行かなければ・・・」という強い思いがあった。
 写真家が、そこで見たもの。
 写真家が、そこで聞いたもの。
 これは、震災間もない被災地での、写真と被災者たちの「言葉」の記録である。

 東日本大震災以降、多くの関連本が出版されてきて、何冊も読んできた。
 自分の中で避けてきたつもりはないが、写真のような即物的なものは手にしてこなかった。だから、高橋のこの本を手にしてきた時、活字にはない強烈な力をまざまざと感じた。
 黒く焼けた車や教室の机。瓦礫の中を自衛隊員によって運ばれていく遺体。こけし人形だけを持って歩く女性。墓地に突っ込んだ車輛。もうすぐ卒業式でもあったのだろうか、泥にまみれた晴れ着。
 そして、被災した人々。
 母と妹と弟を亡くした女性。妻を亡くした男性。避難所で肩を寄せる親子。流出した自宅跡に立つ兄と弟。彼らの80歳になる父親は津波の犠牲になっていた。
 印象的なのは、息子のために貯めていたお金を流されてといって嘆く80歳の老婆。彼女は何度も自宅のあった瓦礫の町を歩く。なくしたものはお金だけでなく、彼女の時間であり、彼女の願いだったろう。

 震災が起こって間もない被災地の写真に、ただただあ然とするばかりだった。
 そこに写っている人は疲れ、悲しみ、嘆きの表情をしている。カメラを向けられても、嫌な顔をしなかった彼らの、それでもそれらは隠しようのない思いだったのだろう。
 写真家はこれらの光景を前にし、言葉をうしないながらも、シャッターを押し続けた。
 被災者をそこに立たせ、並ばせ、シャッターを押した。
 写真家はいう。「頁からこちらを見つめる彼らにまっすぐ向かいあってもらいたい」と。
 この本は、「あの日」のことを忘れないための、記録である。
  
(2013/12/11 投稿)

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  今日は食べ物連鎖といいますか
  昨日の平松洋子さんに続いて
  まあ、食べる話ではないのですが
  川上弘美さんが
  雑誌「クウネル」に連載している
  短編をまとめた
  『猫を拾いに』を紹介します。
  川上弘美さんの
  あやしい世界を存分に楽しんで下さい。
  ひとつひとつは
  とても短いですので
  すぅっと読めます。
  それになんといっても
  川上弘美さんは文章がとても
  うまいですから、
  ひきこまれてしまいます。
  でもですね、
  私としては川上弘美さんの
  『センセイの鞄』を再読したくて
  どうも気になったまま。
  来年こそ読むぞ。
  という、早い決意をしています。

  じゃあ、読もう。

猫を拾いに猫を拾いに
(2013/10/31)
川上 弘美

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sai.wingpen  食べることも、眠ることも大事。                   

 この不思議な色合いの短編集は、『ざらざら』『パスタマシーンの幽霊』に続く、雑誌「クウネル」の川上弘美の人気連載小説をまとめたものになる。
 何か主張があるとか、重いメッセージが込められているといったような感じがない、作者の川上弘美さんももちろんうんうんうなりながら書いてはいるのだろうが、そんな感じはさっぱりしない、短編の数々。
 これはもしかして、発表誌である「クウネル」にヒントがあるのだろうか。

 「クウネル」。正式には「Ku:nel」。
 その意味はというと、「食べること(クウ)と眠ること(ネル)など、今の生活を大切に愛おしむ暮らしを探していくとい意味があるそうで。そのまんま。
 スロースタイルを応援、というか応援なんて肩肘を張らない生き方、している雑誌。
 どうも密かに、売れているようです。
 もしかしたら、うんと売れているかもしれません。
 はたしてどんな人がこの雑誌を手にするのか、残念ながら私にはわからないのですが、「食べることと眠ること」を大事にする人だと思うんです。
 そんな人がどんな小説を読むのかといえば、やはり川上弘美さんのこのような不思議な色合いの短編だと、なんとなく思います。

 食べながら読んでも、眠る前にぱらぱらと読んでも構わないような小説。
 それでいて、食事のじゃまをしないし、夢のはしっこに残るような小説。
 ラブストーリーでもなく、未来小説でもない、ましてやホラーでもありません。
 強いていうなら、この短編集に収録されている「旅は、無料」に出てくる女性の魅力を表現する時に使われている「もやもやってしている」感。
 この短編にはそれに先立つ「クリスマス・コンサート」という作品がひとつ前に収録されていて、この短編集で連続ものはかなり異色ですが、その二つともがとってもよくて、この短編集はこの二つの作品が読めただけで大満足なくらいです。

 食べることは大事だし、眠ることも大事。
 あるいは、川上弘美さんがさりげなく作品の中で描いている「ゆるさ」も、おろそかにできません。
 こういう短編集、好きだな。
  
(2013/12/10 投稿)

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  最近赤羽の「まるます屋」さんに
  行くこと、再三再四。
  ここで先日うなぎの肝焼きを食べたが
  それのおいしいことといったら。
  ジャン酎のボトルが安くて、いいし。
  このお店、私に教えてくれたのが、
  といっても私だけではなく読者みんなにですが、
  エッセイストの平松洋子さん。
  『ステーキを下町で』という本の中でした。
  その時、書いた書評で
  「まるます屋」さんも紹介しています。

    まだお読みでない方はこちらを。

  今日はそんなご恩のある平松洋子さんの
  『ひさしぶりの海苔弁』。
  イラストは安西水丸さん。
  題名どおり
  この本も食べ物エッセイですから
  あまりお腹が減っていると
  本まで食べたくなりますから
  ご注意を。

  じゃあ、食べよう。
  
ひさしぶりの海苔弁ひさしぶりの海苔弁
(2013/10/25)
平松 洋子、安西 水丸 他

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sai.wingpen  今や東海林さだおさんに対抗するのは彼女しかいない                   

 おそらく、「週刊文春」の編集長はライバル誌「週刊朝日」を振り回しながら、「東海林さだおの「丸かじり」シリーズに勝てる書き手はいないのか」ぐらいは叫んだにちがいない。その際、「グヤシー」と言った後でそれが東海林さだおさんのギャグだと気づいて、もじもじしたぐらいはあったかもしれない。
 そこで、平松洋子さんの名前が浮かび上がって、当節食べ物エッセイで東海林さんに対抗できるといえばこの人しかいないという選択は正しい。
 「いいなぁ、平松さん」と、「週刊文春」の編集長はほくそ笑んだだろうが、「いやまて、エッセイは平松さんでいいが、イラストはどうするんだ」ぐらいは、追加で叫んだのではないか。
 東海林さだおといえば、いくら食通であれ、それは仮の姿。本来は漫画家。「週刊文春」には東海林さんの「タンマ君」という漫画連載もあるくらい。
 「では、イラスト界の巨匠安西水丸さんでいかがでしょう」。
 平松洋子に安西水丸。
 「これなら、丸かじりに勝てるかもしれない。いや、勝つこと間違いなし」、そこでつけた連載タイトルは、ずばり「この味」。

 本書はそのようにして(といっても読者すなわち私の想像ですが)誕生した「この味」の連載エッセイをまとめたもの。
 東海林さだおVS平松洋子。
 連戦連勝の白鵬に挑む稀勢の里みたい。強い横綱の勝ちっぷりを見たいが、いずれ横綱になるのではないかと期待のホープ稀勢の里にも勝たせてあげたい。みたいな。
 東海林さんがサンバのリズムなら平松さんは日本舞踊。
 一方がチャンチャカなら、もう一方はチリトリシャン。
 ここまで来れば、がっぷり四つの大相撲。
 あとは、読者の好みともいえます。

 ところが、ところが、東海林さんと平松さんは違うように実はよく似ている。
 目のつけどころもよく似ている。
 食材を愛し、珍味に絶賛し、新しき店にいそいそでかけ、さらば自分で拵える。
 平松さんの文章を読んで、これはもしかして東海林さんが密かに書いたのかと思わないでもない。つまり、お二人は目のつけどころがよく似ている。
 どちらが勝ったとか負けたとかいうのではない。読者にとって、「丸かじり」にするか「この味」にするか、贅沢な悩みが続く。
  
(2013/12/09 投稿)

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  今週はブログの5回めの誕生日もあって
  本の話が多かったですが
  今日の絵本も
  本の話の絵本です。
  シュテファン ゲンメルさんの
  『ほんをよむのにいいばしょは?』。
  本を読む場所の話って
  王道ですよね。
  今日の書評にも書きましたが
  私は電車の中が一番本が読めます。
  休みの日より
  平日の方が読書時間は
  長いかも。
  最近の電車では
  スマホをみている人は多いですが
  本を読んでいる人を
  見かけると、
  心の中で「同志よ!」と
  つぶやいていたりします。
  皆さんは
  どこで読まれますか。

  じゃあ、読もう。

ほんをよむのにいいばしょは?ほんをよむのにいいばしょは?
(2013/03)
シュテファン ゲンメル

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sai.wingpen  本を読む一番お気に入りの場所                   

 どこで本を読むかは、読書好きな人にとって重要な問題です。
 ふとんの中、書斎、トイレ、公園のベンチ、コーヒーショップ、さまざまあるでしょうが、私は断然電車の中。仕事に向かう、または仕事から帰る電車の中。
 適度に揺れて、適度に賑やか。案外通勤電車というのは静かなものです。だから、ページが進みます。
 もっとも絵本には適さない。読むスペースの問題で。
 絵本を読む時は、部屋の中。きちんと座って読みます。

 ある日、森の中で一冊の本が落ちているのを見つけた、こねすみのニリィ。
 お話が大好きなニリィはいそいで家に戻って、さっそく本を読もうとします。
 ところが、「ガッタン ゴットン ガガーン」って大きな音が。ニリィの家にはやかましい弟たちがいたのです。
 なんとか彼らを家から追い出して、さあゆっくり読めると安心したニリィですが、今度は台所からおかあさんねずみの晩ごはんの支度の音が。
 生活騒音っていうのでしょうか。思った以上に大きく響くものです。
 仕方なく、森へ行って本を読もうと決めたニリィですが、キツツキの音もアナグマさんのいびきの音も気になって本どころではありません。
 草原には風の音が、池には蛙たちの合唱が。
 どこで本を読むかは、今やニリィにとっては大問題です。
 悩んだ末に、ニリィはいいことを思いつきます。
 音を出して自分のじゃまをするみんなを集めて、おはなし会をすればいいんじゃないかって。

 ニリィの思いつきは自分だけでなく、まわりも幸せにします。
 読書のじゃまをするものを味方につけてしまおうという方法です。
 おとなの人が絵本を読む時、なかなかいい場所がありません。だったら、ニリィのようにおはなし会で読むのも最高です。
 声を出して、みんなの表情を見ながら、絵本の世界に入り込めるなんて。
 ちいさなこねずみに教えられた知恵です。

 本を読む一番お気に入りの場所。
 そんな場所を持っているのは幸せです。
 だって、そこが一番心地いいところなんですから。
  
(2013/12/08 投稿)

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  本の宇宙は広いと
  つくづく思います。
  だから、年令とともに
  読む本のジャンルも変わってきたりします。
  若い頃、
  時代小説なんて読んだことが
  ありませんでした。
  純文学一辺倒でしたから。
  それが
  時代小説もいいかなと思うようになったのは
  40歳を超えたあたりでしょうか。
  それでも、藤沢周平さんどまり。
  司馬遼太郎さんは歴史小説でしたから。
  それが葉室麟さんを読んで
  おお、時代小説もいいじゃないかとなったのは
  ごく最近。
  それまでの日々のもったいないこと。
  今なら時代小説は面白い
  胸がはっていえます。
  今日は
  葉室麟さんの『さわらびの譜』で
  お楽しみ下さい。

  じゃあ、読もう。
  
さわらびの譜 (単行本)さわらびの譜 (単行本)
(2013/10/01)
葉室 麟

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sai.wingpen  弓のようにまっすぐに                   

 弓を習ったことがある。
 といっても、大学の体育の授業の時で、しかもこの授業であれば毎回何本かの矢を放つだけで単位がもらえるという安易な心持ちだったから、たかが知れている。
 ただそれから何十年も経つが、弦を張る時の緊張、矢を放つ際の手首の返し、不思議と記憶に残っている。
 直木賞作家葉室麟のこの作品は弓術を伝える家に育った姉妹の物語である。

 伊也と初音の姉妹は扇野藩の弓術師範を務めたことがある家に生まれた。流派は日置流雪荷派。父将左衛門が勘定奉行に任じられてからは、藩の弓術師範は大和流に移った。
 将左衛門はそれでも我が流派を上の娘伊也に伝承しようと育ててきた。
 在る時、大和流の若手清四郎と伊也とが合いまみえることになる。伊也は敗れるのだが、心の内にほのかに残る思いがあった。
 そんな清四郎と妹の初音の縁談がまとまる。他流派の流れを嫌った父の配慮であった。
 父には父の思いが別にある。藩主の江戸表での遊蕩に藩の将来を憂う将左衛門は藩主の異母兄左近と組んで藩主に改心を迫る。
 伊也と初音の姉妹は、そんな政争に巻き込まれていく。

 「弓矢は古来、悪しきを祓い、この世を守らんがためにこそ、その技を磨いて」きたと、男まさりの伊也は一心に修業に励む。それは、今や妹の許婚である清四郎への思慕を絶たねばという思いでもある。
 葉室はこれまでにもじっと耐える男女の姿をたびたび描いてきた。この作でも伊也の迸る想い、初音の静かな思いは物語の太い糸となって編まれている。
 愛する人を想いながらも、その想いを引きずって生きてはならぬ。伊也も初音も清四郎も、そして左近も、自分の心を鎮めようとするのだが、伊也の矢の飛ぶ道が一筋のように、彼女たちの想いも朽ちることはない。

 弓という古式にのっとった武術に生きる若い男女の姿を描きながら、男女の忍ぶ恋情だけでなく。藩主とその異母兄兄弟愛や伊也と初音の姉妹愛をも描いてしまう葉室麟の力量はさすがである。
 蛇足ながら、「さわらび」とは漢字で書くと「早蕨」となる。芽がでたばかりのすっくと立つワラビのことだ。
  
(2013/12/07 投稿)

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  今日も本つながりです。
  但し、今日紹介するのは
  児童書。
  よくこれだけの本を本当に読んでいるの?って
  訊かれます。
  もちろん、ちゃんと読んでいます。
  これだけの本を読めば
  本代だけでも大変でしょ。
  なんていうことも訊かれます。
  そこは大丈夫。
  図書館を大いに利用させてもらっていますから。
  私は図書館が大好き。
  図書館がないと
  生活のリズムはきっと壊れるに
  ちがいありません。
  それでも
  図書館をフル利用しているかといえば
  もしかしたら
  もっともっと賢い使い方があるのではないかと
  いつも思っています。
  そこで今日は
  図書館の使い方を説明してくれる
  福本友美子さんと江口絵理さんの共著による
  『図書館のトリセツ』を
  紹介します。
  児童書ですが
  大人の人もぜひ読んで下さい。
  そうすれば
  もっと図書館が身近になりますよ。

  じゃあ、読もう。

世の中への扉 図書館のトリセツ世の中への扉 図書館のトリセツ
(2013/10/31)
福本 友美子、江口 絵理 他

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sai.wingpen  「トリセツ」は「シンセツ」の派生語?                   

 「取扱い説明書」を略して「トリセツ」。
 これを初めて耳にした時の衝撃は、只々あ然。
 言葉を省略するのが現代の風潮とはいえ、ここまでするか、という驚き。ここまで来ると、日本語って何だろうと考えてしまう。
 日本語の乱れはずっと言われているが、これはもう乱れというより破壊にしか思えない。
 ところが、図書館といえば本の宝庫、その「取扱い説明書」の本のタイトルにも「トリセツ」とは。
 図書館の本たちが泣いているのでは。

 もっとも考えようによっては、今の子どもたちに図書館のことを知ってもらおうとすれば、こういった現代用語を使うのもひとつの方法かもしれない。
 そうでないと、図書館をなかなか利用してもらえない。
 敷居が高い、なんていう表現ももしかしたら子どもたちにはわからないのでは。「敷居」って何? なんてことになる。
 子どもたちに図書館に馴染んでもらうためには、「トリセツ」なる現代用語を使うのも仕方がない。
 それに、「トリセツ」はなんとなく「シンセツ(親切)」に語感が似ている。

 そもそも「取扱い説明書」は名称だけでなく、その内容も判読し難いように出来ている。
 スマートフォンがものすごい勢いで普及しているが、それに付いている「取扱い説明書」を読んだ人はいるだろうか。
 結局は人に聞いたり。自分で工夫したりで、「取扱い説明書」は捨て置かれているのでは。
 もっと簡単な、言葉でいえば「取扱い説明書」ではなく「トリセツ」であればもっと活用しているのではないだろうか。
 図書館にしても同じだ。
 図書館の利用はそれほど難しくはない。そう思っているのは、大人の人だからだ。もっとも大人であっても、近寄り難いと嘆く人はいるだろう。
 もっと簡単に、わかりやすく、図書館を利用してもらいたい。
 だとしたら、「トリセツ」だっていい。

 この本は児童向けに書かれたものだが、大人が読んでもちっともおかしくない。
 むしろ、わからないものはわからないといえる子どもではなく、大人がこっそり読むにはいい本だ。
 「トリセツ」なんて使わない方がいい、と言いながら、そうっとこの本を読んでいる大人になれたら、いい。
  
(2013/12/06 投稿)

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  今日は本つながりです。
  紹介するのは、
  小林秀雄の『読書について』。
  格調高いでしょ。
  なにしろ、小林秀雄
  しかも、ずばり読書について。
  ブログを始める前から
  読書ノートはつけていて
  5歳どころか
  30歳近くなります。
  いつか、読書ノートを始めた頃の
  書評というか感想というか日記というか
  そんな記事も紹介したいと
  思います。
  さて、小林秀雄
  さすがに手ごわい。
  そんな小林秀雄の評論を
  新しい本として刊行した
  中央公論新社
  拍手を送りたい。
  誰かがしないと、
  だったら、私が。
  そんなに売れるとは思えませんが
  それでも刊行する勇気に
  拍手。

  じゃあ、読もう。

読書について読書について
(2013/09/21)
小林 秀雄

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sai.wingpen  小林秀雄を読むために                   

 小林秀雄は偉大なName(名前)だ。
 名前だけで怯んでしまう。
 だからだろうか、小林の著作にはまり込んだことがない。
 それでも、ずっと気にかかるNameであり続けた。

 本書は読書をめぐって書かれた小林秀雄のエッセイを集めたもので、かつて編まれたものの復刻本かと思いきや2013年の秋に出た新刊である。
 小林秀雄自身は1983年に亡くなっているが、作品は今も健在である。
 解説は哲学者の木田元が書いているが、それもまた小林の知性を感じてしまう。
 木田の解説はとてもいいのだが。
 哲学者の木田さえ「小林秀雄と聞いただけで、さっと身構えしてしまう方がおられるかも」と書いている程だが、「ご安心あれ」と続く。「読書について教えをもとめる人たちには、小林秀雄はそれにふさわしい心得を授けてくれる」とある。
 けれど、木田が言うほどには読みやすくはない。
 本書の中では木田の解説が一番読みやすい。

 小林秀雄の文章に触れると、最近の作家や著者たちの文章と大いに違うことに気づく。
 当然文章にも流行があるのだろうが、小林の文章の構築力は重厚だ。
 現代の人にとって小林の著作が読み難いとすれば、それは小林のせいではなく、私たちの読む技術の低下が原因かもしれない。
 小林は表題作の「読書について」の中で「書くのに技術が要る様に、読むのにも技術が要る」と書いている。
 さらに「読む工夫」は「自問自答して自ら楽しむ工夫」と続けている。

 小林は一流の作家の全集を読むのがいいと薦めている。
 何故かといえば、一流と言われた作家が「どんなに色々な事を試み、いろいろな事を考えていたかが解る」からだという。
 ここで大事なことは「一流の作家」だということ。
 たくさんの本が出版されている現在、誰が「一流の作家」であるかを見分けること自体、難しいのだが。

 小林はまた大量の書物が出版される事情を憂いて、そんな中では「これはと思う書物に執着して、読み方の工夫をする方が賢明」としている。
 要は「読む技術」をどう高めていくかということだろう。
 そうすれば、小林秀雄も読めるかもしれない。
  
(2013/12/05 投稿)

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  皆さんの応援のおかげで

  今日からこのブログは
  6年めにはいります。

  ブログを始めたのが2008年12月4日ですから
  今日が 誕生日
  もう5歳です。
  時々更新大変でしょうと
  云われることがありますが
  読みたい本が続々と出てくるので
  大変は大変ですが
  うれしい悲鳴というところでしょうか。
  そんな日に本でつながる本を
  紹介できるって
  それもまたうれしい。
  その本というのが
  柏本湊さんの『本脈』。
  副題は「発見!本と本とのつながり」です。
  皆さんも気がついているかも
  しれませんが
  このブログでも
  本から本へつなげている工夫は
  結構しています。
  うまくつながった時は
  一人ふふふって喜んでいたりします。

  このブログを読んで
  本っていいなぁって思えてもらえたら
  うれしい。

  そんな気持ちで
  これからも書いていきますので
  応援よろしくお願いします。

  じゃあ、読もう。
  
本脈―発見!本と本とのつながり本脈―発見!本と本とのつながり
(2012/12)
柏本 湊

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sai.wingpen  本から本へ                   

 いいタイトルだ。
 「本脈」というのは著者の柏本湊氏の造語らしいが、「一冊の本が別の本に導いてくれる繋がり」をいう。
 本書は読書案内というジャンルになるのだろうが、一冊の本からリレーするように次の本が紹介されていく。どんな本を読んだらいいのかわからないという人は結構多いが、実は一冊の本は次の本に繋がっているということに気がつけば、それはもういい読み手といっていい。
 本書では著者から著者へという形がほとんどだが、本の文脈で繋がることも多い。そこまでいけば、読みたい本は無数にある。

 著者の柏本湊氏だが、本書で二作めとなる書き手である。
  「著者略歴」によると、1968年生まれで某メガバングで勤務の後、2012年に会社を辞め独立とある。
現在の肩書は「生き方研究家・節約家」それに「読書家」。この「節約家」というのがいい。ちなみに、柏本氏の最初の著作は『男の本格節約術』である。
 普通にいえば、「脱サラ」して著述業になったというパターンで、おそらくそうなりたいと思っている人は少なくないと思う。
 しかし、実際に本を上梓するまでにいかない。
 柏本氏の場合、それを見事に実現した。
 本書は読書案内だが、文章のはしばしに柏本氏の努力と夢の実現に向けての心構えがうかがえる。
 仕事を辞め、著述業に入るそのことを「自分が考えた上で取った行動ですから、私は生じる結果の全てを受け入れることができる」とあるのは、まさに起業者精神といえる。
 そう読むと、この本は読書案内とは違った面白さがある。

 では具体的にどのような繋がりが書かれているかというと、脚本家の小山薫堂氏の著作から出版社社長の見城徹氏、さらに五木寛之氏の本へといった具合である。
 どうしてもビジネス本が多くなっているが、最近のビジネス本では仲間内の著作を推薦することがたびたびあって「本脈」として繋がりやすいということもある、ゲーテやドストエフスキー、あるいは漫画家の水木しげる氏が繋がっていることもある。
 本書を読むと、本は一冊の書物として独立しているのではなく、また別の本に繋がっているのだということを実感する。、
 読者もまた別の読者へと繋がっていけたら、どんなにいいだろう。
  
(2013/12/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日原田マハさんの講演のことを
  書きましたが、
  せっかく原田マハさんの話を聞くのだからと
  大慌てで読んだのが
  今日紹介するこの本
  『キネマの神様』。
  キネマというのは映画のこと。
  もう泣けて泣けて。
  母も泣き虫でしたが
  その遺伝なのか
  私も涙もろい。
  TVを見ても
  映画を観ても
  そして、本も読んでも
  泣いてしまう。
  泣くのに一番いいのは
  映画館かな。
  あの暗いなかで
  まわりから鼻をすする音がしてくると
  安心して泣けたりしますよね。
  まさに「キネマの神様」の恩寵です。

  じゃあ、読もう。

キネマの神様 (文春文庫)キネマの神様 (文春文庫)
(2011/05/10)
原田 マハ

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sai.wingpen  涙を流すことは、ちっとも恥ずかしいことではない                   

 涙を流すことは、ちっとも恥ずかしいことではない。
 むしろ、諸々の思いを洗い流す浄化作用があるのではないか。
 ただ本を読んで涙を流すのは人の目がいささか気になるが、映画だと暗い席で思いっきり泣いても平気だ。映画館は泣く人のために暗くなっているのではないか。あるいは長いエンドロールは泣く人のためにいつまでも続いているのではないか。
 ところが、この小説に感涙してしまった。
 映画館のような暗闇でもなく、長いエンドロールもないのに、泣けてしょうがなかった。
 でも、いい涙だった。
 涙を流したあとは仕合せな気分だった。そう、まるで虹のような。

 大企業で新しいシネコンのプロジェクトで活躍していた歩は謂れのない誹謗をうけて会社を辞めることになる。40歳、独身。しかも、彼女の父親はギャンブル狂いの上に心臓に疾患さえもっている。
 彼女が退職した日は発作を起こして病院のベッドにいるという始末。
 父親の唯一の楽しみが映画を観ること。そんな父親に感化されたのか、歩も映画を観る目はしっかりしている。
 そんな彼女に老舗映画雑誌「映友」から誘いがきたのはいいが、この会社どうやら赤字続きらしい。
 起死回生で立ち上げた映画ブログのブロガーに採用されたのが、なんと歩の父親。80歳近くになる父親にはインターネットとは何かというところから説明が必要で、ところがそんな父親が書いた映画評が評判になっていく。

 キネマの神様。映画館にいる神様。
 歩の父親郷直(ハンドルネームはゴウ)は「キネマの神様」の存在を信じているのだが、物語は神様の奇跡のような展開を見せる。
 ゴウがブログに初めて書いた「フィールド・オブ・ドリーム」の映画評の中に「本作は野球賛歌の映画である以上に、家族愛の物語」という一節があるが、それを真似るならこの物語は「映画賛歌の小説である以上に、家族愛の物語」だといえる。
 気がつけば、それぞれの家族がさりげなくつながっている。まるで、生まれたばかりの子どもを囲んで喜び合う家族のように。

 涙が流れるのは、こういう家族愛にほだされるからかもしれない。
 でも、こういう家族っていいと、素直に思っている自分がいる。
 それで、泣いたって、どうして恥ずかしいことがあるだろうか。
  
(2013/12/03 投稿)

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 日本には海のない県がいくつあるか知っていますか?
 答えは8つ。
 そのうちのひとつが、私の住む埼玉県。
 そんな埼玉県にも海があるんですよね。

   サイタマには 情報の海(としょかん)がある

 そんなキャッチコピーのイベントが
 昨日(12.1)、埼玉県桶川にあるさいたま文学館で開かれました。

   みんなが「図書館」でつながる日
   図書館と県民のつどい埼玉2013

原田 この催しは今年で7回め。
 記念講演は、
 『キネマの神様』『楽園のカンヴァス』の
 作家原田マハさん。
 実は原田マハさんの作品は読んだことがなかったのです。
 それでいて、気にかかる作家でしたので
 講演に行ってきました。
 でも、一作も読まずに講演を聴くのも失礼なので
 大あわてで『キネマの神様』を読みました。
 これが思った以上に、いい。
 明日のブログではこの『キネマの神様』を
 取り上げますので、
 しばしお待ちを。

 原田マハさんの講演は
 「創作の原点」という題でした。
 まず、原田さんはこういう言葉から始めました。

   アートと文学のある人生でよかった。

 原田マハさんの略歴をみると
 1962年生まれで大学卒業後、伊藤忠商事やニューヨーク近代美術館の勤務のあと
 2006年作家としてデビューしています。
 最初にアートに出会ったのは3歳の時の「モナリザ」。
 そのあと、ピカソ東山魁夷、そしてアンリ・ルソーと出会います。
 一方、文学はというと
 宮沢賢治にぞっこん、「ドリトル先生」シリーズに夢中、といった子ども時代を経て
 大学で日本文学を学びます。
 作家としての原田マハさんの経歴は2006年デビューですから
 まだ長くはありません。
 けれど、山本周五郎賞を受賞した『楽園のカンヴァス』に描かれたアンリ・ルソーへのこだわりは
 25年以上だといいます。
 人は強い思いがあれば
 夢が実現する。
 原田マハさんの『楽園のカンヴァス』はそんな作品です。

 講演で印象的だったのは
 何もかもうまくいかず落ち込んでいた原田マハさんが
 ピカソの「盲人の食事」と対面して
 涙を流したというエピソード。
 人の胸をうち、苦しむに寄り添い、そして励ます。
 絵画の力といっていいでしょう。
 原田マハさんが最後に言った言葉が
 印象的でした。

   アートと文学は、人生の友だち。

 90分の時間があっと言う間の
 素晴らしい講演でした。
 しばらく、原田マハさんにはまりそうです。

 では、明日、原田マハさんの
 『キネマの神様』で会いましょう。

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