プレゼント 書評こぼれ話

  4月もおしまいですが
  この春から始まった 
  NHK連続テレビ小説花子とアン」は
  好調らしい。
  私も毎回楽しみに見てます。
  最初の頃は
  まるで「おしん」のようでもあったし
  美輪明宏さんのナレーションにも違和感があったのですが
  今はむしろはまっている感じです。
  主役の花子を演じている吉高由里子さんもいいし
  寮母さん役の浅田美代子さんのいい。
  そこで今日は
  もっと「花子とアン」を楽しむための
  とっておきの本を
  紹介します。
  村岡恵理さんの『『赤毛のアン』と花子: 翻訳者・村岡花子の物語』です。
  書評では紹介できなかったのですが
  女学校の卒業式で
  ブラックモア校長(ドラマではブラックバーンという名前)の
  いい式辞が紹介されています。
  ドラマではどうなるのか
  今から楽しみです。

  ごきげんよう。さようなら。

『赤毛のアン』と花子: 翻訳者・村岡花子の物語 (ヒューマンノンフィクション)『赤毛のアン』と花子: 翻訳者・村岡花子の物語 (ヒューマンノンフィクション)
(2014/03/11)
村岡 恵理

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sai.wingpen  「花子とアン」をより楽しむために                   

 この春から始まった、第90作めとなるNHKの連続テレビ小説は「花子とアン」で、滑り出しは好調のようだ。
 主人公が『赤毛のアン』の訳者村岡花子ということもあって、書店でも『赤毛のアン』だけでなく村岡花子の関連本が多くに並んでいる。
 この本は児童向けに書かれているとはいえ、そんなうちの一冊といっていい。
 著者は花子の孫にあたる村岡恵理で、児童書とはいえ、しっかり書かれているといえる。
 連続テレビ小説で村岡花子に興味をもった人はまず手始めにこの本を読むのもいい。できれば、お子さんと一緒に。
 そして、夏休みには『赤毛のアン』に挑戦してもらいたいものだ。

 村岡花子は明治26年(1893年)、山梨県甲府で生まれた。
 ドラマでは山梨の小作の家で貧しい生活が描かれているが、この本によれば5歳の時に「一家で上京」とある。歴史上の人物を描いたからといって、そのあたりはドラマの妙だといえる。
 10歳の時に厳しいミッション系の女学校にはいったのは、ドラマの通りで、そこで生涯の「腹心の友」となる柳原あき子と出会っている。
 ドラマでは名前こそ違え、重要な役どころといっていい。
 これから先はドラマを楽しみにしている人もいるだろうし、紹介はしないが、ドラマのこれからが気になる人にはうってつけの読本といえる。

 本書は児童書の伝記ものの一冊である。
 伝記ものは児童書の中でも人気の高いジャンルだろう。
 人は人から学ぶことが多い。読書の楽しみのひとつは、他人の歴史をなぞれることだ。
 そんな一人に村岡花子という女性がはいったのは、ドラマの影響とはいえ、うれしい。
 まして、『赤毛のアン』を愛読してきた人にとっては、快哉だろう。

 児童書だけあって、図版も丁寧だ。
 村岡花子の写真だけでなく、女学校の校長先生や「腹心の友」あき子のそれも載っている。さらには『赤毛のアン』の花子の翻訳原稿と、充実している。
 この本を読めば、連続テレビ小説がますます楽しみになること、間違いなし。
  
(2014/04/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は昭和の日
  昭和生まれの人にとっては
  天皇誕生日という方が
  なじみがあるかも。
  角川文庫の『第四版 俳句歳時記』を見ても
  季語として掲載されているが
  例句は載っていない。
  これから詠まれていくのだろうか。
  そこで、今日は
  昭和という時代を振り返って
  瀬戸川宗太さんの『懐かしのテレビ黄金時代』を
  紹介します。
  瀬戸川宗太さんの本でいえば
  先日『思い出のアメリカテレビ映画』という作品を
  紹介しましたが
  今日の本はそれより以前に出版されていますから
  読む順番が逆になりました。
  これから読もうと思われた方は
  今日の本から読む方が
  口あたりはいいかもしれません。
  昭和30年生まれの私にとっては
  思いっきり懐かしいテレビ番組の
  オンパレードでした。
  昭和という思い起こす日に
  うってつけの一冊です。

  じゃあ、読もう。

懐かしのテレビ黄金時代 (平凡社新書)懐かしのテレビ黄金時代 (平凡社新書)
(2012/10/17)
瀬戸川 宗太

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sai.wingpen  懐かしさだけでなく                   

 昭和の64年という長い期間を、戦争という痛ましい事実があったにしろ、昭和30年までの期間とそれ以降の期間を大きく隔てるものとして、テレビの存在があげられるだろう。
 日本でテレビ放映が始まったのは昭和28年(1953年)だが、一般家庭に普及するまでにはもう少し時間が必要だ。
 昭和30年代生まれの人にとっては、何歳ぐらいでテレビと遭遇したか重要である。
 テレビ草創期にどんな番組を見ていたか、テレビ番組が自己の形成にどれだけ影響しているかわからないが、少なくとも、あの当時の自身を振り返るには好材料のひとつであることは間違いない。

 昭和27年(1952年)生まれの映画評論家瀬戸川宗太は「テレビっ子第一世代」と自任しているが、そんな著者が昭和30年(1955年)から昭和45年(1970年)までのテレビ番組を振り返ったのが、本書である。
 タイトルには「黄金時代」とあるが、「草創期」から「黄金期」のテレビ番組クロニクルといっていい。
 出版側には団塊の世代という多くの読者へ向けた回顧ものという意図があったかもしれない(タイトルに「懐かし」がついているのはそのあたりの事情か)。
 著者的にいえば、現在のテレビ界の危機的状況を過去を振り返ることで抜け出してもらいたいという願いがあるようだが、どうしても読者としては「懐かし」の比重が高くなってしまうのは仕方がない。
 それほどに、当時のテレビは面白かった。

 著者のいう、テレビと漫画との関係は鋭い。しかも、漫画の多くは少年向きのものだったという点だ。
 「テレビの国産ヒーロードラマや映画は、(中略)当時少年漫画がもっていた絶大な影響力なくしては存在しえなかった」と、著者は分析している。
 これは当時の視聴者の主役は男子少年だったということである。
 専業主婦が多かった時代でありながら、母親たちはテレビを見ている余裕はなかったのであろう。まだ家事が女性たちに重くのしかかっていた時期といっていい。
 家事から解放される夜の時間帯にホームドラマ群が花開くのは、そういう事情だろう。

 そういう風に読み解いていくと、本書が「懐かし」ということではなく、昭和という時代の後半期の社会の貌を描いたものだということがわかってくるのである。
  
(2014/04/29 投稿)

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  昨日漫画家高野文子さんの
  絵本『しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん』を
  紹介しましたが
  そもそも高野文子さんが
  どんな漫画を描いているのか
  知らない人のために
  高野文子さんの代表作ともいえる
  『黄色い本』を
  蔵出し書評で紹介します。
  書いたのが
  2003年ですから
  もう10年以上前の書評です。
  娘との
  掛け合いのように書いているのが
  懐かしいというか
  考えたというか
  10年前も
  書評を書くのに苦心していたのが
  わかります。
  この漫画のテーマになっている
  『チボー家の人々』は
  今でも若い人たちに
  読まれているのでしょうか。

  じゃあ、読もう。

黄色い本 (アフタヌーンKCデラックス (1488))黄色い本 (アフタヌーンKCデラックス (1488))
(2002/02/20)
高野 文子

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sai.wingpen  娘の言い分父の言い分                   

 父は今までアタシに漫画を読むなと云ったことがない。
 父が子供だった頃、よく漫画ばかり読んでと叱られたそうだ。
 漫画はけっして悪いものではないのに、と父はずっと思っていた。だから、娘のアタシから漫画本を取り上げることはしなかった。
 それどころか、アタシが読んでいる漫画を父が読むこともある。
 父は今でも漫画が好きなのだ。
 そんな父がアタシに読んでごらんと勧めてくれたのが、高野文子さんの「黄色い本」だった。
 でも、アタシにはどうもわかりづらかったので、「難しいよ、これ」って父に返したら、父は「そうか」と少し悲しそうな顔をした。

 娘の部屋にいっぱい並んだ漫画本を見ると、私の時代との違いを感じる。
 なんだか原色だけでつくられた世界のようだ。
 私の子供時代の漫画はもっとゆったりしていたような気がするし、教科書や文学書にはない独特の世界観があったようにも思う。
 「名探偵コナン」も「ヒカルの碁」もすごく上手な漫画だと思うが、文学や詩に匹敵するとは言い難い。
 私が読んできた真崎守や永島慎二の漫画はもっと深く心に残ったように思う。
 高野文子の「黄色い本」はそういう点では、現代漫画の中では稀有な作品だろう。
 娘は読めないと私に返してきたが、なんだかそれもわかる。
 今の漫画世代には重過ぎる作品かもしれない。

 父は「黄色い本」の題名の謂れでもある『チボー家の人々』を学生時代に読んだことがあるらしい。
 箱入りの五巻本は、箱から出すと本当に黄色い本だったそうだ。
 「どんな本だったの?」と訊くと「よく覚えていない」と云う。
 そんなの読んだことにならないよ。
 父は恥ずかしそうに、高野さんの「黄色い本」をぱらぱらとめくった。

 2第7回手塚治虫文化賞の「マンガ大賞」に「黄色い本」が選ばれた。
 そして、同賞の「新生賞」が娘の好きな「ヒカルの碁」だった。
 選考委員の一人である荒俣宏氏が高野の作品を「現代の日本マンガにおける一方の極北」と評しているが、「ヒカルの碁」と比べると荒俣氏が云おうとした意味がよくわかる。
 娘には「ヒカルの碁」こそ漫画なのかもしれない。
 しかし、「黄色い本」が描こうとした世界もわかってほしいと、私は思う。
 今の娘と同じ年令の頃読んだ『チボー家の人々』のことはほとんど覚えていないが、それでも私はその本を読むことで何かをつかもうとしていた。
 そんなことを、父さんはこの本を読んで思い出していたんだよ。
  
(2003/06/08 投稿)

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  今日紹介する絵本は
  『しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん』。
  書いたのは高野文子さんという漫画家の人。
  最近絵本の世界では
  沢木耕太郎さんが書いたり
  映画監督の是枝裕和さんが書いたり
  異文化の人の参入が目立ちます。
  異種格闘技的ですね。
  高野文子さんの場合、
  漫画の世界ですから
  それほど遠いこともありません。
  馬場のぼるさんとか
  やなせたかしさんとかも
  漫画家ですが
  絵本の作品としても
  いい作品をたくさん残しています。
  高野文子さんの場合、
  漫画作品もそんなにたくさん書かれていませんが
  若い漫画家たちに影響を与えた人として
  人気も高い人なんですよ。

  じゃあ、読もう。

しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん (幼児絵本シリーズ)しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん (幼児絵本シリーズ)
(2014/02/05)
高野 文子

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sai.wingpen  漫画家が描くのは変ですか                   

 この絵本の作者高野文子さんは漫画家です。
 2003年には『黄色い本』で手塚治虫文化賞を受賞するなど、多作ではないが、漫画ファンにとって欠かせない漫画家の一人といえます。
 そんな高野さんが初めて絵本を描いたのが、この作品です。

 高野さんの漫画は子ども受けをする作品ではないのですが、この絵本は「幼児絵本シリーズ」の一作としてつくられています。
 どういうきっかけだったのかわかりませんが、高野さんと絵本というのはなかなかユニークな組み合わせだと、私などは思ってしまいます。
 しかも、この作品の題材が、敷ぶとんに掛けぶとん、それに枕というのですから、変わっています。
 はてさて、どんな絵本なのかしら。

 敷ふとんや枕といった日常的に使うもの、といっても最近の子どもたちはベッドで寝るのが多いでしょうから、ふとんと敷くということもわかりにくいかもしれませn。
 幼い子どもに読み聞かせる時には、少々アレンジしてあげてもいいでしょう。
 敷きふとんたちの役目をいいリズムの文でつづっています。
 特に気にいったのは、「まくらさん」のお役目。子どもが枕に「おっかないゆめ」を見ないように頼みます。
 「まかせろ まかせろ おれに まかせろ」、枕はもし頭に「おっかないゆめ」がわいてでてきたら、鼻息で吹っ飛ばしてあげると、頼もしいかぎりです。
 これは大人の私でも頼みたい。
 「おっかないゆめ」を見るのは、子どもばかりではないのですから。

 絵の線はいかにも高野さんらしい、ちょっとためらいのある線です。高野さんの漫画が好きな人はこの線がいいのではないかと思います。
 それに色使いもいい。
 初めて絵本を描いてみて、そういうところに心を配ったのではないかしら。
 眠る前にこういう絵本を読んでもらったら、きっといい夢を見るのだろうなぁ。
 そして、この絵本を読んだ子どもたちが大きくなって、高野さんの漫画を読むんだと思ったらら、それもなんだか少しばかりうれしい気分になるものです。
  
(2014/04/27 投稿)

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  若い頃に
  時代小説なんかはそっぽもむけなかった。
  これは反省しきり。
  もっと若い時から
  読んでいればよかった。
  そうすれば
  平岩弓枝さんの「御宿かわせみ」の
  刊行とともに
  年をとれたのに。
  悔やんでも仕方のないことだけど。
  そんなところに、
  朗報!
  文春文庫から
  「御宿かわせみ」の傑作選
  全3冊で
  出たのです。
  さっそく読んでみました。
  これが面白い。
  結構きわどい場面なんか
  あったりして、
  これも、またいい。
  TVドラマも観たかった。
  ということで、
  今日は「傑作選」の一巻目め
  『初春の客』を
  紹介します。

  じゃあ、読もう。

御宿かわせみ傑作選 1 初春の客 (文春文庫)御宿かわせみ傑作選 1 初春の客 (文春文庫)
(2014/02/07)
平岩 弓枝

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sai.wingpen  こんな宿に泊まりたい                   

 ある時、平岩弓枝の時代小説『御宿かわせみ』を読もうかと思い立ったものの、その膨大な作品に怖れをなして、すごすごとその前を立ち去った苦い経験がある。
 何しろ連載のはじめが1973年(昭和48年)だという。
 これで、永遠に『御宿かわせみ』を読むことはないかとあきらめていたところに、この春、文庫本で「傑作選」3巻がでた。
 運がいい。

 その一巻めがこの『初春の客』である。
 このシリーズは販売累計が1000万部を超えているという国民的ベストセラーだし、テレビなどでも人気を博した作品だけに、たった三冊でこの作品の面白さがわかってたまるかという読者も多いだろうが、やはりこうしてその人気の秘密の一端でもわかるとすれば、やはりうれしいものだ。
 そう、まるで、この本の題名『初春の客』のように、めでたくもある。

 舞台は江戸の大川端の小さい旅宿「かわせみ」。そこの美貌の女主人るいが主人公だ。
 彼女の亡き父親が八丁堀の定廻り同心で、るいもその血をひいたのか、人情派のおせっかいで、事件が起きるたびにむずむずしてくる役どころである。
 るいの恋人の神林東五、その兄の町奉行吟味方役人の通之進や東五の友人の畝源三郎といった男性陣の配役もいい。
 この「傑作選」の1巻めでは、東五の兄通之進の初恋模様を描いた「白萩屋敷の月」や源三郎の祝言を描いた「源三郎祝言」といった作品も収められている。

 この巻にはタイトルになった「初春の客」や先の2篇の作品を含め、7篇の作品が収録されている。
 中でも気になったのが、「岸和田の姫」。
 大阪・岸和田の出身である私にとって、故郷の姫の登場で、うれしくなった。
 岸和田というのは、五万三千石の岡部の殿さまの藩だったことはさすがに知ってはいたが、その姫君がこの人気シリーズに登場し、しかもオードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』のアン王女のように描かれているのだから、この地の出身ものとして満足しないわけがない。

 蓬田やすひろのカラー挿絵もうれしいし、巻末には平岩弓枝による書き下ろしエッセイも収められている。
 まさに、いい宿屋でくつろいだ気分だ。
  
(2014/04/26 投稿)

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  貧乏な叔母さんに
  会ったこと、あります?
  うんうん、いるいる
  という人もあれば
  会ったことないな、という
  人もいると思います。
  探し人コーナーで探すにしても
  ただ貧乏な叔母さんでは。
  どうしてこんな話から書きはじめたかというと
  村上春樹さんの小説『貧乏な叔母さんの話』に登場する
  お話が
  今日の本『注文の多い注文書』に出てくるのです。
  この本は
  小川洋子さんと「クラフト・エヴィング商會」による
  合作創作集。
  ありもしないものを探してくるという
  奇妙な世界の本なのです。
  この本に
  理屈はいりません。
  楽しむしかないでしょう。

  じゃあ、読もう。

注文の多い注文書 (単行本)注文の多い注文書 (単行本)
(2014/01/23)
小川 洋子、クラフトエヴィング商會 他

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sai.wingpen  ないもの、あります                   

 「注文の多い」とくれば、ほとんどの人は宮沢賢治の『注文の多い料理店』を頭に浮かべるだろう。
 賢治の代表作のひとつだ。
 同時に賢治の生前出版された本として同名のものと詩集『春と修羅』だけだったという話もある。ところが、この本はほとんど売れなかったともいわれている。
 そんな本でも初版本となると、きっと今では驚きような高値になっているだろうし、そもそも市場に出回ってもいないのではないかしらん。
 それでも探したいとなれば。
 もしかすれば、「ないもの、あります」と看板に謳い文句が書かれている、「クラフト・エヴィング商會」に行けば、見つけてくれるかも。
 「クラフト・エヴィング商會」って、どこにあるのかといえば、「東京の片隅からいきなり本の中の異国の時間へ連れ去られた」、そんなところに、あるっていうのもいい。

 作家小川洋子が「昔、読んだ本に出てきた」不思議なものを注文し、「クラフト・エヴィング商會」の「女性の店主」吉田浩美と「番頭にして書記」吉田篤弘の二人がそれに応えるという、不思議な物語である。
 最初の注文は川端康成の最後の未完の作品『たんぽぽ』に描かれていた人体欠乏症の治療薬ともいえる「蚊涙丸」を手にいれたいという、難しいもの。
 本当にそんな薬あるの?
 ところが、さすが「ないもの、あります」という「クラフト・エヴィング商會」だけあって、「納品書」が届く。
 しかも、写真付き。
 それを受けて、「受領書」なるものが小川の手によって、完結する仕掛けになっている。

 あまりにも簡単に「注文の多い注文書」に応える「クラフト・エヴィング商會」に対抗意識を燃やして、小川の注文はさらに難しくなっていくのも面白い。
 面白かったのは、村上春樹の『貧乏な叔母さんの話』に出てくる「貧乏な叔母さん」を探して欲しいという「注文」。
 さすがにこれには「クラフト・エヴィング商會」も困ったか、「時間差郵便」なる『ドラえもん』ばりの小道具までひっぱりだして、これに応えている。

 一流の本読み小川洋子と装丁の魔術師「クラフト・エヴィング商會」による、なんともおしゃれな一冊だ。
  
(2014/04/25 投稿)

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  今日は
  やなせたかしさんの『わたしが正義について語るなら』を
  紹介します。
  書評にも書きましたが
  私がやなせたかしさんを知ったのは
  子どもの頃。
  NHKの「漫画学校」という番組が
  たぶん最初。
  結構えらい漫画家だと
  思っていました。
  でも、漫画誌にはやなせたかしさんの漫画は
  けっして掲らなかったですね。
  NHKの人は
  どうしてやなせたかしさんを抜擢したのか
  わかりませんが、
  いい選択だったですね。
  まさかあのやなせたかしさんが
  「アンパンマン」をもって
  手塚治虫さん以上の
  人気漫画家になるなんて
  誰も思っていなかったかも。
  バイキンマンもびっくり! です。

  じゃあ、読もう。

(011)わたしが正義について語るなら (ポプラ新書)(011)わたしが正義について語るなら (ポプラ新書)
(2013/11/06)
やなせたかし

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sai.wingpen  愛と勇気だけがともだちさ                   

 やなせたかしの代表作である『アンパンマン』はもともと絵本『あんぱんまん』(1973年)だということを、やなせの死後、その足跡をたどるNHKの番組で初めて知った。
 その時のことが、この本の中にも触れられている。
 出版当時、「顔を食べさせるのは残酷」といった悪評ばかりだったという。
 けれど、実はそこにやなせのこだわりがあった。やなせは戦争体験から飢えた子どもを助けることがまず大事と考えるようになっていた。そのことが絵本『あんぱんまん』につながっていく。
 大人に大不評だった『あんぱんまん』(のちにカタカナ表記の『アンパンマン』になる)だったが、小さな子どもたちには好評だった。
 そして、アニメ化されるとまたたく間に子どもたちのヒーローになっていく。

 やなせはこの本の「はじめに」で、ちなみにこれは2009年秋に書かれたもの、「アンパンマンを書くようになって、ぼくがはっきり伝えたいと思ったのは本当の正義」だったと書いている。
 アンパンマンはヒーローであることは間違いないが、やなせのいう「正義」は単に強いということではない。
 そこがスーパーマン型のヒーローと違うところだ。
 やなせのいう「正義」とは、他者に対する慈愛のようなものだ。
 だから、アンパンマンの歌の中に「愛と 勇気だけが ともだちさ」という一節がはいっている。
 東日本大震災のあと、「アンパンマンのマーチ」がたくさんの人たちによって歌われたという。
 誰もが、生きることの意味を問い、「正義」であろうとしたのだと思う。
 人はたかが絵本、アニメというかもしれないが、『アンパンマン』の「正義」は深い。

 この本では「正義」だけでなく、やなせの半生も語られている。
 幼くして父を亡くし、母がいなくなって叔父一家に育てられた頃から、漫画家をめざすものの一流にはなれなかった苦難の時代。
 手塚治虫や宮城まり子との運命的な出会い。
 やなせにとって、そんな厳しい時代であったが、私はその頃やなせの出演したNHKの「漫画学校」も見ていたし、やなせの作詞による「手のひらを太陽に」を歌っていた。
 『アンパンマン』で超人気作家になったやなせだが、私にとっては遅れてきたヒーローだったのだ。
  
(2014/04/24 投稿)

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  東京の桜は終わって
  桜前線は北上中のようです。
  この間の日曜には
  福島・三春の枝垂れ桜が満開だったそうで。
  今年はやや散りかけの頃に
  千鳥ヶ淵の桜 を見てきました。
  ここは何度か行きましたが
  いつ見ても綺麗。
  桜といえば、
  一度は京都の桜を愛でたいもの。
  せめて
  物語の世界だけでも。
  ということで
  おなじみ花房観音さんの
  『寂花の雫』を
  今日は紹介します。
  花房観音さんの作品は
  着実に読み続けています。
  私と波長があうのかしらん。
  京都が舞台というにもいいし
  女主人公の京都弁も
  好きですね。

  じゃあ、読もう。
    
寂花の雫 (実業之日本社文庫)寂花の雫 (実業之日本社文庫)
(2012/08/04)
花房 観音

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sai.wingpen  桜は終わったけれど、官能の花は満開                   

 「平安京の地相は、「四神相応之地」といわれるが、白虎にあたるとされるものは何か」。
 「ア.船岡山 イ.山陰道 ウ.鴨川 エ.巨椋池」、四択の問題である。
 答は、「イ.山陰道」。
 これは、第10回の「京都・観光文化検定試験2級」に出題された問題だ。なかなか難しい。
 女性官能作家花房観音はバスガイドの経験もあるくらいで、この資格をもっているという。
 京都の地に詳しいのも頷ける。

 この作品では京都大原が舞台となっている。
 大原といえば、健礼門院徳子ゆかりの寂光院や三千院といった女性の人気の観光地だ。
 その健礼門院の悲劇に沿うような形で物語は描かれている。
 主人公は、大原の山里で一日一組しかお客をとらない民宿を営む36歳の珠子。四年前に交通事故で夫と父を亡くして、 そのあと一人でこの民宿を経営している。
 春、珠子の民宿に一組の男女のお客がやってくる。
 珠子は偶然この男女の性愛の声を耳にする。珠子の身体の奥から夫とのそれの痺れが押し寄せてきても、一人耐えるしかない。
 その男九郎に引き寄せられいく珠子。しかし、所詮は一夜の泊り客でしかなかったはずが。

 珠子と夫との関係、夫にかつていた女性の出現、そして、ふたたび珠子の前に現れる九郎。
 性愛場面が随所にちりばめられてはいるが、けっして嫌らしくはない。
 夫の真実の愛に気がつかないまま、夫の不実だけを憎んできた女性の悲しみが滲み出た作品だ。
 もちろん、春に始まり春で終わる京都大原の四季がうまく物語を彩っている。
 花房観音作品ならではといっていい。

 この作品は文庫書き下ろし作品だが、「解説」を直木賞作家桜木紫乃が書いている。
 その中で桜木は花房の経歴をたどりつつ、「花房観音は、どん底でいったい何を見てきたんだろう」と綴っている。花 房の「どん底」とは男に騙され、京都を離れざるをえなくなったことを指しているが、最後に桜木は騙した男がいなければ花房観音は誕生しなかっただろと、「騙した男に感謝」すらしている。
 桜木紫乃さえうならせる花房観音の世界は、どこまで開花するのだろう。
  
(2014/04/23 投稿)

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  今年のGW(ゴールデン・ウィーク)は
  どこかに出かけるという計画もないまま
  迎えそうだが、
  世田谷文学館で開催されている
  「茨木のり子展」には
  行ってみようと
  思っている。
  群馬県の土屋文明記念文学館まで
  その展覧会を見に行ったのは
  2010年の
  暑い夏の日だった。
  それから茨木のり子の展覧会は
  開かれていないよう。
  これは絶対行きたい。
  それに合わせるように
  出版されたのが
  今日紹介する岩波文庫の『茨木のり子詩集』。
  最近岩波文庫は詩集にも力をいれているのが
  よくわかるラインナップだ。
  もうその時の気分は
  書評に書いたとおりです。
  ここはぜひ、
  石垣りんさんの詩集も
  岩波文庫に組み入れてもらいたい。
  一読者の願いとして。

  じゃあ、読もう。

茨木のり子詩集 (岩波文庫)茨木のり子詩集 (岩波文庫)
(2014/03/15)
谷川 俊太郎

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sai.wingpen  茨木のり子詩集が岩波文庫になったという幸福について語れば                   

 岩波文庫の一冊に茨木のり子の詩集がはいった。
 わぁーつと思って、詩集のことを書くのにこの言葉の貧弱なこと、本屋に走った。
 谷川俊太郎の詩集が岩波文庫になった時も、わぁーつと思ったけれど、茨木のり子の場合は半音以上高い。
 本棚に贅沢な『茨木のり子全詩集』(花神社)があるにもかかわらず。
 岩波文庫はそれだけ権威というか、重さというか、本が本としての価値を持っているとすれば、岩波文庫というだけで何かしらの価値がある。
 茨木のり子なら、なんというか知らないけれど。

 この本はしかも谷川俊太郎選となっていて、冒頭に谷川による「初々しさ」という短い文章が収められている。
 「茨木さんの詩を選ぶことは難しいことではありませんでした」という書き出しから、さすが詩人の言葉はうまいものだと感心する。
 何故、谷川が選に困難を見出さなかったかといえば、「心の中ですでに決まっていたから」だという。
 さらに、谷川は自分以外の読者の意見にも耳を傾けて「選び直した作」もあったとしているが、谷川の選からもれて、再びこの詩集に載ったのはどの詩であろうかと、これはまったくの興味本位だが、思ってしまう。

 茨木のり子の詩業は『歳月』、これは茨木の死後刊行された詩集、によって「成就」したと谷川は書いているが、私もそれに賛成だ。
 茨木のり子は「現代詩の長女」だと呼ばれているらしいが、「わたしが一番きれいだったとき」にしろ「自分の感受性くらい」にしろ「倚りかからず」にしろ背筋のとおった凛とした姿はまさに長女そのもので、それでも女性のもっている柔らかさや秘めかさが滲み出ている『歳月』は、この詩人の美しさを全うさせたと思う。
 突飛かもしれないが、向田邦子とそれはよく似てはいないか。
 ちなみにいえば、茨木は1926年生まれで、向田は1929年生まれである。

 この詩集には詩以外に茨木と大岡信による対談「美しい言葉を求めて」と、小池昌代の長文な解説、それに甥である宮崎治による「茨木のり子略年譜」が収められている。
 最後にこれだけは読んでもらいたい一篇として、「りゅうりぇんれんの物語」という長い詩をあげておきたい。
  
(2014/04/22 投稿)

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 朝日新聞に昨日(4月20日)から
 夏目漱石の新聞小説「心(こころ)」の連載が始まりました。
 えーっ!!
 夏目漱石ってもうずっと昔に亡くなってますよ、
 お札の顔にもなっているくらいですよ、
 それがどうして??
 その疑問ごもっとも。
 実は、100年前の1914年(大正3年)4月20日に連載が始まったのを記念して、
 その当時の雰囲気そのままに連載しようという
 粋な企画なんですよ。

 漱石の『こころ』といえば
 中高生の夏の読書感想文なんかで
 読まれる本のトップになるくらい有名な小説。
 私も何度か読んだことがあります。
 岩波書店の創業100周年事業で
 「読者が選ぶこの一冊」でも
 岩波文庫で堂々の1位にもなっています。

 書き出しはこう。

   私はその人を常に先生と呼んでいた。

 思い出しました?
 私は全然ダメでした。
 けれでも、これから毎週月曜から金曜に
 朝日新聞に連載されていくのですから
 思い出すこともあるかな。
 それよりも、
 手元の岩波文庫
 この機会に読むのが早いかも。

20140420_131337_convert_20140420154252.jpg  ところで、
 タイトルの『こころ』ですが
 今ではどの本でもひらがな表記ですが
 朝日新聞連載時には
 漢字表記の『』、これにひらがなのルビが
 はいっています。
 もしかしたら、漢字表記のままだったら
 こんなにも
 読まれなかったかもしれません。
 おそるべし、ひらがな。

 朝日新聞では小説の連載以外に
 作品にからめた明治末期の風景や
 漱石のことなどが
 紹介されていくようです。

 楽しみが、ひとつ、増えました

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する絵本、
  瀧村有子さんの『ちょっとだけ』は
  以前紹介した
  柳田邦男さんの『生きる力、絵本の力』で見つけた
  一冊です。
  絵本を見つけるのに
  絵本ガイドのようなものは
  とても助かります。
  特に柳田邦男さんの紹介エッセイは
  参考になります。
  この絵本の絵を担当しているのが
  鈴木永子さん。
  この絵が素敵なんですよね。
  娘の子供の頃を
  つい思い出してしまいました。
  この年頃の子どもたちは
  まさに天使ですよね。
  表紙の絵を見ているだけで
  仕合せな気分になりませんか。

  じゃあ、読もう。

ちょっとだけ (こどものとも絵本)ちょっとだけ (こどものとも絵本)
(2007/11/15)
瀧村 有子

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sai.wingpen  おねえちゃんだって抱きしめてほしい                   

 ふたつちがいの弟がいた。
 残念ながら、弟が生まれた時のことは覚えていない。少しだけ、おにいちゃんになったはずなのに。
 けれど、自分の娘の場合はちがう。
 ふたつ遅れて、妹が生まれてきた時の、上の娘のことはよく覚えている。
 それまであまり甘える子ではなかったが、妹が生まれてから甘えだした。忙しいママに構ってもらえなくなって、指吸いが始まった。この癖はそのあと、なかなか治らなかった。
 そういうことで彼女なりに心のもっていき場をさがしていたのだと思う。

 この絵本は、なっちゃんという女の子のおうちにあかちゃんがやってきたところから始まる。
 ママと手をつなぎたいのだけれど、あかちゃんを抱っこしていてママの手はふさがっている。しかたがないから、なっちゃんはママのスカートを「ちょっとだけ」つかんで、歩く。
 牛乳を飲みたいのに、ママはやっぱりあかちゃんのことで忙しい。なっちゃんは一人で冷蔵庫から牛乳を取り出して、初めて一人でコップにいれる。テーブルの上には、こぼれた牛乳が。
 パジャマも一人で着ないといけないし、髪の毛だって、自分でくくる。
 いつも「ちょっとだけ」うまくいく。
 つまり、その残りはママほどにうまくいかないということだ。

 遊んだあとは、ちいさいなっちゃんはまだ眠くなってしまう。
 そして、とうとう、「ママ、”ちょっとだけ”だっこして・・・」とせがみます。
 この時のママの答えが、いいのです。
 「”ちょっとだけ”じゃなくて、いっぱい だっこしたいんだけど いいですか?」
 なっちゃんの、とびきりの笑顔が光ります。

 文を書いた瀧村有子さんは実際の生活でも三児のおかあさんだそうです。この視点はおかあさんだからこそ生まれたものともいえます。
 絵本はこの作品が初めてだそうですが、やさしくて簡潔な文章は余韻を残します。
 また、鈴木永子さんの絵がとてもいいのです。なかでも、ママに「いっぱいだっこしたいんだけど」と言われたあとの、さっちゃんの笑顔の素晴らしいこと。
 文と絵の、おみごとな調和は「ちょっとだけ」ではありません。
  
(2014/04/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  池井戸潤さんの作品だから
  何でも面白いというわけでありません。
  やはり作品の面白さは
  作品の完成度によるのだと思います。
  今日紹介するのは
  2002年に刊行された『MIST ミスト』です。
  この題名も
  あまりよくないですね。
  あえてこの作品では銀行モノの色を
  薄めようとしたのだと
  思いますが、
  おかげに散漫になったしまっているようで
  残念です。
  まあこの作品にかぎっていえば
  池井戸潤さんもこのような作品を
  書こうとしたのだと
  知ることも
  作家を知る楽しみのひとつでしょう。
  まだまだ
  池井戸潤作品を読んでいきますから
  これからもお楽しみに。

  じゃあ、読もう。

MIST (双葉文庫)MIST (双葉文庫)
(2005/07)
池井戸 潤

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sai.wingpen  孵化寸前の池井戸潤作品                   

 銀行を舞台した作品、企業を舞台にした作品が人気の高い池井戸潤だが、『果つる底なき』(1998年)で第44回江戸川乱歩賞を受賞しデビューしただけあって、初期の作品はミステリー系のものが多い。
 2002年に発表されたこの作品は純粋にミステリー作品で、金融関係の小道具はほとんど使われていない。
 この時期池井戸はミステリー作家として生きようとしていたというより、その方面での需要があったということだと思う。
 今の読者にとっては、異色の池井戸作品といえる。

 舞台は中部地方にあるU県塔野町紫野。名前のとおり、優雅な趣きのある高原だが、近隣の噂があっという間に広がる人口数千人の町だ。
 ある日、そんな町をヤクザ風の男が二人やってくる。間もなく、資産家として名の通っていた男が不審死。
 農薬の服毒、けれど喉もとには切りつけられた深い傷がついていた。
 駐在所勤務の上松五郎は事件の渦中に巻き込まれていく。
 五郎にはほのかに恋ごころを寄せる女性がいた。中学校教員の阿川菜月である。しかし、彼女には不倫相手の同僚教師貴船がいる。

 殺された資産家は金融業者から多額の借金があった。
 保健金目当ての殺人か。けれど、物証もない。
 追い打ちをかけるように、小さな町で第二の殺人事件が起こる。犠牲者は新聞記者。
 彼は五年前に東京で起こった、自殺サイトをめぐる不可解な事件の取材を続けていた。中野「霧」事件と名づけられたその事件は真犯人の出ないまま、忘れさられようとしていた。
 その時に起こった紫野での殺人事件。
 同じ手口、そして中野「霧」事件を取材していた記者の死。
 二つの事件は関係があるのか。

 デビュー間もない池井戸にとって力が入り過ぎている感は否めない。
 さらに事件を複雑にするあまり、構成が乱れてしまってもいる。もう少し焦点を絞るべきだったろう。
 けれど、これは今の池井戸の作品ではない。作家とはいえ、書きつづけることはいつだって困難だし、書き続けている日々の果てに完成されるものも生まれてくる。
 孵化寸前の池井戸潤の作品として、読む方がいい。
  
(2014/04/19 投稿)

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  いよいよ手塚治虫さんの「火の鳥」シリーズの
  最終巻、13巻めの『エジプト編・ギリシャ編・ローマ編』です。
  角川文庫版で読んできたことは
  何度か書きましたが、
  もし皆さんがこれから「火の鳥」を
  読まれるなら
  できるだけ大きな判型の方が
  いいと思います。
  特に老眼のすすんできた方は
  大きな判型を薦めます。
  手軽という点では
  文庫版はいいのですが
  手塚治虫さんの漫画の場合
  たくさんの人を同時に描く手法をよくとっているため
  小さな文庫本では
  いささかきついですね。
  今回全作を読了したのですが
  初めて読む編もあって
  それはそれで楽しかった。
  またこんな機会があれば
  いいのですが。

  じゃあ、読もう。

火の鳥 (13) (角川文庫)火の鳥 (13) (角川文庫)
(1992/12)
手塚 治虫

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sai.wingpen  『火の鳥』こそ手塚治虫                   

 手塚治虫の代表作といっても、さすが「漫画の神様」と呼ばれる人だけにその数は多いし、読者によっても意見が分かれるだろう。
 けれど、手塚のライフワークとなれば、誰もが『火の鳥』をあげるにちがいない。
 それだけにさまざまな判型でさまざまな出版社から刊行されているが、角川文庫版でいうと、全13巻となる。
 最後の13巻めには、1954年から「漫画少年」に連載が始まったものの未完となった「黎明編」と1956年から57年に「少女クラブ」に連載された「エジプト編・ギリシャ編・ローマ編」が収められている。
 『火の鳥』を論じている多くの論考では「漫画少年」の連載開始から、最後の作品「太陽編」が完結する1988年までを数えることが多い。

 もっとも、角川文庫版の第一巻めとなる「COM」連載の「黎明編」からのシリーズが主たる『火の鳥』といってもいい。
 ストーリーの組み立て、絵のタッチともに、1966年から発表した『火の鳥』と、この巻に収められたものとはかなり相違する。
 特に、「少女クラブ」連載のものは、不老不死の描き方も舞台背景としてはあるが、どちらかといえばクラブという青年とダイアという少女のラブストーリーの色合いが濃い。
 また、「漫画少年」に連載された「黎明編」も、連載時の「はしがきにかえて」を読むと、日本人の祖先について手塚の興味があったとも見える。
 「COM」以降の『火の鳥』が輪廻転生や不老不死だけではなく、宇宙の生命までたどるものであったことを思えば、手塚自身の中でまだ『火の鳥』は未成だったのだろう。

 「COM」で「漫画少年」と同じ名前の「黎明編」を連載し始めた時、手塚は38歳。まさに油が乗り切っている頃といっていい。
 だから、さまざまな実験的手法を取り入れつつ、作品のテーマ性は大きい。
 手塚治虫は生涯「生命の尊さ」(「ブラック・ジャック」など)「異物との融和」(「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」など)を描いてきた。
 中でも、『火の鳥』シリーズはそのどれをも網羅しているといえる。
 『火の鳥』こそ、手塚治虫自身そのものだ。
  
(2014/04/18 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した稲盛和夫さんの
  「経営問答」シリーズは
  確か以前読んだことがあるはずと
  探してみれば
  やはりありました。
  『人を生かす』。
  読んだのが、2008年10月。
  今日は蔵出し書評
  紹介します。
  久しぶりに読み返してみて
  書き出しにびっくりしました。
  今回紹介するのに
  カットしようかとも思ったのですが
  まあそれもまたよしと
  そのまま紹介しています。
  書評にあるように
  2008年の初夏、
  30年働いた会社を辞めました。
  その時に読んだ一冊がこの本というわけです。
  このあと、「無所属の時間」をやめてしまいましたが
  今度は定年という
  本当の「無所属の時間」が待っています。
  さて、どうやることやら。

  じゃあ、読もう。

[実学・経営問答]人を生かす[実学・経営問答]人を生かす
(2008/07/15)
稲盛 和夫

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sai.wingpen  経営者も人、社員もまた人                   

 会社を辞めて四ヶ月が過ぎた。
 せっかく「無所属の時間」を得たのだからと、いわゆるビジネス書といわれるジャンルを自然と遠ざけてきた。
 今回その禁を破って本書を読んだのには理由がある。
 まず、稲盛和夫氏の著作であったこと。
 それと具体的事例としての経営問答であったこと。
 その中から自分が過ごしてきたことの、そしてこれから行うであろうことの、何らかの道筋がみえてくるのではないかという期待があった。

 この本を読むと、経営者といわれる人々がいかに悩んでいるかがひしひしと伝わってくる。
 「硬直化した組織を立て直すにはどうすればよいのか」「経営不振を払拭し、社員の心をまとめていくにはどうすればよいのか」「社員の経営マインドを高める方法はあるのか」といった16の問いに対して稲盛氏が答えるという形式をとっているのだが、いずれも経営者も「オレはここまでやっているのに、どうして社員はわかってくれないのだろう」という嘆きのようにも聞こえる。
 たぶん、その一方で社員たちは「うちの社長は何もわかっていない」とこれも嘆き、悩んでいるにちがいない光景が見えるようだ。
 企業を経営する側と企業で働く側の、こういった心の不一致こそ不幸というしかない。

 そういうなかで、稲盛氏は時に経営者の悩みの欺瞞を咎め、時に経営者を激励する。
 稲盛氏が多くの経営者に支持されるのは、その時々の判断の軸がぶれないことだろう。
 人はそれを氏の「経営哲学」と賛辞するが、稲盛氏だけでなくどの経営者であっても「哲学」を持つことは重要である。
 そして、その「哲学」は本来その経営者が自らの経験と知識から構築したものであるべきはずなのに、本書で問いを発する経営者の多くは稲盛氏の「哲学」をなぞっただけであるのは情けないどころか悲しくさえある。
 これではマインドコントロールされた邪宗の信者に等しい。
 「社長、また稲盛さんにはまっているよ」と社員に馬鹿にされるのがおちだ。
 だからといって、社員がすべて正しいのではもちろんない。経営者の言うことを理解しようとしない社員たちのなんと多くいることか。

 本書は実は経営者が読むのではなく、社員と呼ばれる人たちが経営というものがいかに困難であるかを理解するために読むべきものかもしれない。
 誰もが経営者になれるわけではない。
 しかし、少なくとも企業にあって同じ方向に進むべきだと思えば、経営者がいわんとすることを理解しようとする姿勢はあってもいい。
 その上で自分たちの経営者が稲盛氏の実践してきた、「事業の目的・意義を明確にし、部下に指し示すこと」や「誰にも負けない努力をする」や「常に創造的でなければならない」といった「リーダーの役割一〇ヵ条」からはみ出したり、不足している時、NOといえばいい。
 まずは互いに理解することから始めるべきだ。経営者も人、社員もまた人。だからこそ経営とは難しいのだが、その一方で、だからこそ理解しあえると信じる。

 「無所属の時間」はある意味、心地よい時間だ。
 しかし、これからの時間が所属するにしろ所属されるにしろ、人間として必要な、緊密な時間かもしれないというのが、「無所属の時間」を四ヶ月過ごしたものの感想である。
  
(2008/10/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  経営者というのは
  そういう資格免許があるわけではない。
  経験をつみながら
  なっていくものだと思います。
  今日紹介する『稲盛和夫の経営問答 従業員をやる気にさせる7つのカギ』の著者
  稲盛和夫さんさえ
  京セラ創業時には
  その心得が間違っていたという。
  稲盛和夫さんの目を開かせてくれたのは
  従業員だった。
  稲盛和夫さんがえらいのは
  そんな従業員の声をきちんと聞いたことだ。
  その時、
  不満ばかりいう従業員を悪しざまにいっていれば
  今の稲盛和夫さんは
  存在しなかったにちがいない。
  できないことを他人のせいにするなと
  よく経営者の方はいう。
  けれど、もしかしたら
  一番他人(従業員)のせいにしているのは
  自分かもしれないということを
  経営者なら考えるべきだろう。

  じゃあ、読もう。

稲盛和夫の経営問答 従業員をやる気にさせる7つのカギ稲盛和夫の経営問答 従業員をやる気にさせる7つのカギ
(2014/02/25)
稲盛 和夫

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sai.wingpen  経営者の「美しい心」                   

 稲盛和夫氏のファンは多い。
 京セラを創業し、さらには第二電電(現KDDI)の設立、最近では破綻した日本航空を再建した名経営者ゆえに、ファンというより、尊敬という言葉の方がふさわしいかもしれない。
 また稲盛氏は「盛和塾」という経営塾の塾長として、若手経営者たちの育成にも力を注いでいる。
 その塾生は約9000名にものぼるという。その中で行われてきた「経営問答」。
 本書はその「経営問答」をまとめたもので、シリーズとしては『高収益企業のつくり方』『人を生かす』に続く三冊めとなる。
 冒頭には、「経営の原点に立ち返る」と題された文が収められていて、副題に「従業員をやる気にさせる7つの要諦」とある。これが本書のタイトルになっている。

 稲盛氏のいう7つのカギとは何か。
 一つめは、「従業員をパートナーとして迎え入れる」ことで、「従業員に心底惚れてもらう」と続く。
 京セラ創業時に従業員から待遇改善を迫られた稲盛氏がそこで初めて経営の本質をさとったことは有名な逸話だ。このあと、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という理念につながっていく。
 7つのカギの三つめは「仕事の意義を説く」、さらに「ビジョンを高く掲げる」、「ミッションを確立する」と続いていく。
 最初の2つを置き去りにして「ビジョンを高く掲げ」ても意味はない。
 そのことをはき違えている経営者の、なんと多いことだろう。
 さらにいえば、6つめのカギ、「フィロソフィを語り続ける」には、7つめのカギ「自らの心を高める」しかないはずなのに、そのことをおろそかにしてしまっている。
 経営者であれ人間だから、大事なことを忘れることもあるだろう。その時にきちんと反省できるかどうか、原点に戻れるかどうかではないだろうか。

 「経営問答」の中に稲盛氏はこんなことを書いている。
 「経営でも人間性が大事です。生真面目な人間性と、社員のため、世のため、人のためにという美しい心が必要です」と。
 厳しい競争社会に「美しい心」はなじみにくいかもしれないが、「美しい心」のない経営者はついていく従業員はいないはずだ。
 天は知る、のだ。
  
(2014/04/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は『あの日の歌』という本を
  紹介します。
  私と同世代の人にとって
  涙ものの一冊です。
  書評にも書きましたが
  1970年代のフォークソング
  今でもカラオケで歌うことが
  あります。
  当時好きだったのは
  残念ながらこの本には
  収録されていませんが
  小坂恭子さんの「想い出まくら」、
  それと
  西島三重子さんの「池上線」。
  特に「池上線」は
  その線ではありませんでしたが
  好きだった女の子が私鉄沿線に住んでいたので
  よく一人で
  歌ったものです。
  やはり、青春時代そのものでした。

  じゃあ、読もう。
  
あの日の歌あの日の歌
(2014/02/26)
あの日の歌製作委員会、重松清 他

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sai.wingpen  フォークソングという玉手箱                   

 18歳、大学受験に失敗して予備校に行ったり行かなかったりをしていた浪人の夏、高校卒業とともに東京に引っ越した同級生から一枚のはがきが届いた。
 当時流行っていた井上陽水の「心もよう」の歌詞が、青いインクでしたためられていた。
 次の春、彼女を追いかけるように東京に出たものの、あえなく失恋。
 70年代なかば、街にはフォークソングがあふれていた。

 そんなあの頃のフォークソングの代表作を紹介したこの本を読むと、まるで過ぎ去った時間から送り届けられた手紙のような気持ちになるのは、どうしてだろう。
 「おーい、何十年後の俺は元気かい」、そんなメッセージを感じてしまうのは、どうしてだろう。
 「サルビアの花」を泣きながら歌ったのはいつの夜だっただろう。「なごり雪」の情景で友だちと言い争ったのは冬だったろうか。
 「「いちご白書」をもう一度」を聞きながら、就職前の休みを過ごしたっけ。
 思い出は尽きないけれど、詞を声に出してみると、なんともいえない気分になるのは、あの頃の歌がまるで自分の心を切りとったみたいだからだ。

 歌の間あいだに収められている1963年生まれの重松清の短い物語『タクローさんのコンサート』にこんな一節がある。
 「歌詞がいいんだ、あの頃の歌は」と話す60歳になったばかりのタクローさんに奥さんの由香里さんが援護射撃してこう言う。
 「歌詞がいいから、みんな、聴くだけじゃなくて自分でも歌いたかったの」。
 だから、歌える、あれからたくさんの水が橋の下を流れたけれど、まだ歌える。
 カラオケに行っても、歌詞など見ずに歌えるのは、あの頃の歌ばかりだ。

 この本の装画を担当しているのは、1944年生まれの矢吹申彦。70年代の初め、「ニューミュージック・マガジン」という雑誌の表紙絵を担当していたイラストレーター。
 その絵にも懐かしさがある。
 「戦争を知らずに」育った私たちは、こんな絵と歌に囲まれて、おとなになっていったのだ。
  
(2014/04/15 投稿)

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  作家であり劇作家であった井上ひさしさんが
  亡くなったのは
  2010年4月9日のことでした。
  今日紹介する『少年口伝隊一九四五』が
  2013年刊行のように
  井上ひさしさんの本がその死後も
  こうして私たちの手に届くことの
  どんなにうれしいことか。
  この本は広島の原爆という重いテーマを描いたものですが
  被災後の悲惨な光景の描写など
  井上ひさしさんの真剣さが
  伝わってくる作品です。
  この中でこんな表現があります。

    なくなった人たちは
    たくさんのことを知っています。
    でもそれを語る術もなく
    ゆっくりと揺れています。

  私にはまるで
  東日本大震災で犠牲になった人たちのことを思って
  井上ひさしさんが書いた文章のように
  思えてしかたがありませんでした。
  若い読者向けに編集された一冊ですが
  大人の人たちにも
  ぜひ読んでもらいたい一冊です。

  じゃあ、読もう。

少年口伝隊一九四五少年口伝隊一九四五
(2013/06/26)
井上 ひさし、ヒラノ トシユキ 他

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sai.wingpen  なくなった人たちにかわって                   

 井上ひさしさんが亡くなって4年が経つ。
 2010年4月9日のことだった。
 次の春に発生した東日本大震災を知らずに逝ったのは、東北を愛してやまなかった井上さんにそのあまりに大きな悲しみを見せまいとした神様の配慮だったような気がする。
 その一方で、井上さんが生きておられたら、どんな希望の作品を描いただろうかとも思う。
 井上さんは日本の先の戦争で起こった悲劇をさまざまな戯曲として書いてきた。特に早すぎる晩年には『父と暮らせば』に代表される広島に落された原爆を扱った作品が目をひく。
 この本は原爆をテーマにした作品の一つである『少年口伝隊一九四五』を年少読者向けに一部表記を改めて刊行されたものだ。
 絵は、井上さんの文章に寄り添うようなこの絵がいい、ヒラノトシユキさんが描いている。

 「口伝隊」というのは、原爆投下により新聞の印刷がとまった中国新聞社に対し、軍が口頭でニュースを伝えるべき結成されたものだという。東日本大震災の場合も新聞社が手書きの壁新聞でニュースを伝えたということもあった。
 それを題材にして、この作品には三人の少年が登場する。
 英彦、正夫、勝利である。ともに国民学校の六年生。
 三人は学校こそ違ったが、京橋川でいつも一緒に泳いでいた仲間だった。
 原爆が落とされた日、昭和20年8月6日、三人は別々に被災する。そして、家族を失うのである。

 そんな三人が「口伝隊」として伝えたニュースは情報を求める人々には歓迎されたが、一人の老人だけはいつも質問をし、三人は答えることができない。老人は哲学を教えている大学教授だった。
 そして、8月15日、少年たちが伝える「今日の正午、重大放送があります」、その「重大放送」によって戦争が終わる。
 戦争が終わっても広島の人たちの苦しみがきれいさっぱり忘れられることはない。
 さらに追い打ちをかけるように、9月にのちに昭和三大台風の一つに数えられる巨大台風(枕崎台風)が広島を襲い、ここでもまた多くの犠牲者がでている。
 「もうええが」と泣き叫ぶ英彦に、老教授はそれでも生きよと命じる。「こいから先は、のうなった子どものかわりに生きるんじゃ」と。
 この作品の井上さんの目線はけっして穏やかではない。最後に三人の墓碑銘が配されるのは過酷とさえ感じる。
 けれど、その強さがなかれば生きていけない、伝えることができないと、井上さんは教えてくれているのだと思っている。
  
(2014/04/14 投稿)

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  今日紹介する
  ケイト・バーンハイマーさんの『さみしかった本』は
  アメリカの絵本です。
  東京青山の「クレヨンハウス」で見つけました。
  絵が、もちろん物語もですが
  とても静かでやさしくて
  いいんですよね。
  本屋さんの店頭でぐっと惹きつける力を
  持っています。
  クリス・シーバンさんが絵を担当しています。
  翻訳者は福本友美子さん。
  「としょかんらいおん」などを訳されています。
  元公共図書館勤務というぐらいですから
  図書館の話には
  心が通うのでしょうね。
  図書館といえば
  3月下旬にさいたま市図書館協議会がありました。
  26年度の計画とか
  指定管理者制度について話しあいました。
  図書館の本が
  「さみしかった本」にならないと
  いいですよね。

  じゃあ、読もう。
 
さみしかった本さみしかった本
(2013/09/10)
ケイト バーンハイマー

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sai.wingpen  本は誰にも読まれなかったら、どんなにさみしいだろう。                   

 本は誰にも読まれなかったら、どんなにさみしいだろう。
 だって、本は誰かに読まれるために生まれてきたのだから。
 それは人もおなじ。
 誰からも愛されなかったら、どんなにさみしいだろう。
 だって、人は誰かに愛されるために生まれてきたのだから。

 素敵な絵本に出会いました。
 「森の女の子がかいてある うぐいすいろの本」のことが描いてある、この絵本のことです。
 「森の女の子がかいてある うぐいすいろの本」が図書館にやってきたところから、物語は始まります。この本はたくさんの子どもたちに読まれます。それは本にとっても、子どもたちにとっても、とっても仕合せな時間でした。
 でも、しばらくたつと、子どもたちは新しい本に夢中になって、この本のことを忘れていきます。
 「森の女の子がかいてある うぐいすいろの本」は、さみしくなります。

 それでも、素敵な出会いはあります。
 アリスという小さな女の子が「さみしかった本」を見つけてくれました。
 アリスは少し古ぼけて傷んだ本を大切にしてくれます。何度も何度も読んでくれました。
 しかし、そんな仕合せな時間は長くは続きませんでした。
 「森の女の子がかいてある うぐいすいろの本」は図書館の本ですから、アリスの手元から図書館の倉庫に行っていまいます。
 また「さみしかった本」に逆戻りです。

 この絵本は本の物語です。
 同時に、出会ったち別れたりする人間の物語でもあります。
 人間が出会うのは人間だけではありません。犬や猫にも出会います。大好きになる人形や車ともめぐりあうことがあります。そして、素敵な本にも。
 子どもの頃に出会った本をずっと大切に持っている人は大勢います。愛する人と別れるのがつらいように、愛する本と別れるのもかなしい。
 本は人間の大切な友だちなのです。

 「さみしかった本」は図書館の倉庫からセールとして売りに出されます。
 傷んだ本に買い手はなかなか現れません。しかも、雨まで降ってきて、「さみしかった本」の表紙に描かれている女の子の涙のようになっています。
 「さみしかった本」は、もう誰にも出会わないのでしょうか。

 最後はとっても仕合せになれる本。
 こんな本と出会えるのが、うれしくてたまりません。
  
(2014/04/13 投稿)

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 週刊誌はほとんど読みません。
 だから、買うこともありません。
 電車の吊り広告などで面白い記事があれば
 コンビニで立ち読みはしますけれど。
 そんな私が「週刊朝日」4月18日号(朝日新聞出版・410円)を
 買いました。
 どうしてだろうって思うでしょ。

 「決定版 3294高校 東大、京大、…合格者数高校別総覧」なんていう
 特集があったから?
 ハ・ズ・レ。
 この季節、週刊誌によっては
 こういう記事もあるのですが
 どんな人がこれを読むのでしょうか。
 我が母校は東大に今年もこれだけはいったとかいって
 読むのかな。
 おい、今週号の「週刊朝日」みたか。
 俺たちの学校から京大入学10人だってよ。
 よし、来年は11人めざそうや、
 なんて、読むのかな。
 私は、チラと我が母校の後輩たちがどんな大学にはいったか
 見ましたよ。
 でも、チラですよ。

 そんなので「週刊朝日」を買ったのでは
 ありません。
 この号の表紙を見て下さいよ。

週刊朝日 2014年 4/18号 [雑誌]週刊朝日 2014年 4/18号 [雑誌]
(2014/04/08)
不明

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 わかりました?
 この号の「週刊朝日」は
 3月19日に亡くなったイラストレーターの安西水丸さんを
 しっかり特集しているんですよね。
 どうして「週刊朝日」なの?
 と、思われた人もいると思います。
 それは、村上春樹さんとのコンビで人気を博した
 「村上朝日堂」の連載誌だったからです。
 なんと、この号では
 「村上朝日堂」の特別編として
 一回限りの復活篇まで掲載されているのです。

 題して、
 「描かれずに終わった一枚の絵 -安西水丸さんのことー」。
 村上春樹さんが安西水丸さんの訃報をうけて
 特別に書かれた作品です。
 その中で安西水丸さんの死の直前まで
 交流のあった姿が描かれています。
 春樹さんもつらいだろうな。
 最近春樹さんんは安西水丸さんに
 一枚の絵をお願いしたそうです。
 でも、それは描かれることはなかった。

    人の死はあるときには、描かれていたはずの一枚の絵を
    永遠に失ってしまうことなのだ。

 これが春樹さんの
 安西水丸さんに送る
 万感の文章のしめくくりです

 この号の「週刊朝日」では
 その他にも
 角田光代さんとか南伸坊さんといった
 仲間たち14人が語り尽くす
 安西水丸さんの姿が収められています。

 やっぱり水丸さんの絵は
 いいな。
 「週刊朝日」4月18号の表紙を
 何度も何度も見ながら
 さびしくなっています。

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から3年1ヶ月。
  最近あの日に大きな被害を受けた建物の
  取り壊しのニュースが
  続々とはいってきます。
  大きな悲しみは伝え続けなければなりませんが
  そこのとどまっているだけでは
  いけないのだと
  思うだけの歳月が過ぎたのです。
  それでも、
  本の世界では
  読んでいない東日本大震災の記録や
  新しい事実を描いたものが
  たくさんあります。
  これからもこの11日には
  それらを読み継いでいこうと
  思います。
  今日紹介するのは
  並河進さんの
  『ハッピーバースデイ3.11』。
  「あの日、被災地で生まれた子どもたちと家族の物語」と
  副題にあるように
  あの日誕生した小さな命の
  誕生記録です。
  東日本大震災関連書としては
  異色かもしれませんが
  あの日を知るためには
  大切な記録だと思います。

  じゃあ、読もう。

ハッピーバースデイ3.11 あの日、被災地で生まれた子どもたちと家族の物語ハッピーバースデイ3.11 あの日、被災地で生まれた子どもたちと家族の物語
(2012/03/03)
並河進

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sai.wingpen  あの日が誕生日                   

 正直に書くと、最初この本のタイトルを目にした時、少し違和感を感じました。
 タイトルにある「3.11」は、もちろんこれはが約2万人にも死者・行方不明者を出した東日本大震災が起こった2011年3月11日のことを指しています。
 その日付に「ハッピーバースデイ」と付けられていることの、違和感。
 この本は、あの日新しい命がどのような環境下で生まれたかを取材した記録です。
 理解はできるのです。毎日新しい命がこの地上に誕生し、同じようにその命が終えることがあることは。
 それがあの日だというのは、辛すぎます。
 けれど、この本で紹介されている新しい11の命を誰が責めることがありましょう。
 彼らは彼らの道を見つけ、歩き始めただけなのです。もし、私に違和感があるとすれば、それは彼らの問題ではないでしょう。私の問題です。
 あれだけの大きな悲しみを私がどう受けとめ、その日そのこととはまったく違う新しい命がこの世に生まれた。
 あるのは、ただ、人として生きること死ぬことの摂理だけなのです。

 彼らがこの世界に生まれて初めてみた光景はどんなに過酷だったでしょう。
 ある子は地震や津波が起こる前に生まれました。しかし、その病院は震災をはさんで野戦病院のようになりました。
 ある子は生まれた直後に大きな揺れを経験しました。その命を守ろうと、助産婦さんたちが覆いかぶさって守ってくれました。
 ある子は地震で避難した駐車場の車の中でうぶ声をあげました。
 ある子は病院の受付の急ごしらえの診察台で誕生しました。
 どの子も生まれるさだめをもって生まれたのです。この世界は大きな悲しみに満ちてはいるけれど、きっとその子たちが生き、見るべき世界だから、生まれたのです。

 ある母親はこう語っています。「この子の誕生日が来るたびに、震災の日のことを思い出すんだろうな」と。
 どの親たちもその胸中は複雑だろうと思います。
 けれど、一人の母親のこんな言葉に強さと光を感じます。
 あの日、たくさんの犠牲者が出たことを悲しみつつ、「でも、私は、3月11日、この子のお祝いをしてあげたいと思うんです。この子にとっては、お誕生日だから」
 母親が強いのではありません。
 生きることこそが、強いのだと思います。
 この本は、明日へとつなぐ、命の一冊なのです。
  
(2014/04/11 投稿)

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  昨日紹介した瀬戸川宗太さんの『思い出のアメリカテレビ映画』に続いて
  今日も昭和の匂い満載の一冊。
  佐藤利明さんの『寅さんのことば』。
  寅さんといえば
  渥美清さんの代表作でもあり
  山田洋次監督の代表作でもある
  「男はつらいよ」の主人公
  車寅次郎のこと。
  寅さんには名せりふ、迷せりふが
  数多くあります。
  それにしても
  渥美清さんが亡くなって20年近くになるのですね。
  最近でも宇津井健さんとか
  蟹江敬三さんとか
  実力派個性派の役者さんんが亡くなって
  惜しいなぁ。
  時代時代に映画やTVを彩った俳優さんがいて
  そういう役者さんは
  思い出の中で
  いつまでも息づいていきつづけるのだと
  思います。

  じゃあ、読もう。


寅さんのことば  風の吹くまま 気の向くまま寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま
(2014/01/20)
佐藤利明

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sai.wingpen  「男はつらいよ」はスルメと同じ                   

 渥美清さん演じる『男はつらいよ』のシリーズ最後の作品となった「寅次郎紅の花」が公開されたのが1995年12月だから、それから20年近い歳月が過ぎた。
 概して娯楽作品というのは時代のあぶくのように消えていくものだが、『男がつらいよ』にかぎっていえば、時代が変わっても、こうして本にもなるくらい、人気は衰えていない。
 映像的には昭和の色が濃いが、渥美の演じた車寅次郎という主人公やその故郷で葛飾柴又に住む妹さくらたちの人情は平成の世になっても変わらないものだ。
 まして、未婚率が当時より数段上昇したとはいえ、人を愛する寅さんの気持ちは今でも多くの人の心をうつ。
 著者の佐藤利明氏は1963年生まれで、小さい頃から父親に連れられて映画館で『男はつらいよ』を観ていたという。それが高じて、今やラジオ番組で『男はつらいよ』を今でも語るパーソナリティまでしている。
 好きがそのまま文章になったのだから、面白くないはずはない。
 全編、これ寅さん大好き、『男はつらいよ』大好きの、一冊だ。

 構成はまず寅さんの「ことば」があって、その「ことば」が登場する作品のことや関連することがらが2ページでまとめられている。
 その中には撮影現場でもエピソードや、脇役俳優のこと、上映後はじめの「夢の場面」のことなど、さまざまなことが記されている。
 『男はつらいよ』を知るには、ちょうどいい。

 寅さんの「ことば」で好きなのが、シリーズ21作「寅次郎わが道をゆく」のこの「ことば」。
 「夏になったら啼きながら、必ず帰ってくるあの燕(つばくろ)さえも、何かを境にぱったりと帰って来なくなることもあるんだぜ」。
 この「ことば」に著者は父親と一緒に観た思い出を綴っているのも印象的だ。
 スルメは噛めば噛むほど味がじわっと出てくるものだが、寅さんの「ことば」もよく似ている。
 何度も声に出して読んでみれば、気分はすっかり寅さんかもしれない。

 「めぐりあいが人生ならば、素晴らしき愛情にめぐりあうのもこれ人生であります」なんていう「ことば」、どこかで使いたいものだが、その機会はそうあるものではない。
  
(2014/04/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介するのは
  瀬戸川宗太さんの『思い出のアメリカテレビ映画』。
  昭和30年生まれの私にとって
  もう懐かしい番組名がぞくぞく出てきて
  うれしい限りの一冊です。
  今回の書評に書きましたが
  我が家にテレビがやって来たのはいつかということですが
  この本で紹介されている番組から推測すると
  1961年か62年あたりだと思われます。
  6歳頃かな。
  フジテレビ系(大阪では関西テレビ)で
  放映された『テレビ名画座』の記憶があるからです。
  この番組が始まったのが
  1961年だそうです。
  あるいは
  これは国産ですが、『忍者部隊月光』。
  これは1964年放映。
  この番組はよく覚えているから
  この時にはテレビはあったのは間違いないと思います。
  この年は東京オリンピックの開催された年。
  生まれてからずっとテレビがあった世代と違い、
  このあたりどういう生活ぶりであったかも含め
  自分史ではとても
  重要ですよね。

  じゃあ、読もう。

思い出のアメリカテレビ映画: 『スーパーマン』から『スパイ大作戦』まで (平凡社新書)思い出のアメリカテレビ映画: 『スーパーマン』から『スパイ大作戦』まで (平凡社新書)
(2014/02/17)
瀬戸川 宗太

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sai.wingpen  テレビっ子はアメリカテレビ映画に夢中                   

 昭和20年あるいは30年代に生まれた世代にとって、自分の家にテレビがやって来るのは、一大事件だった。
 さて、昭和30年生まれの私にとって自分の家にテレビがやって来たのはいつだったか、記憶が覚束ない。
 近所に住む叔父さんの家にテレビを見に行っていたことは覚えている。
 ちょうど大相撲の栃若時代隆盛の頃かしら、私の好みの力士は胸毛の隆々とした先代朝潮で、ところがこれがよく負けた。兄たちにそのことでからかわれては、よく泣いて帰ったことを覚えている。
 この本は副題に「『スーパーマン』から『スパイ大作戦』まで」とあるように、テレビ映画の黄金期だった1950年代から60年代に昭和の子どもたちを夢中にさせたアメリカテレビ映画が年代順に綴られている。
 著者の瀬戸川宗太氏は1952年生まれだから、私より3歳ほど年上だが、驚くべき記憶力にあ然とさせられることしばし。
 しかも、ここでは映画とテレビの関係や俳優たちの浮沈といったことも語られているが、当時のことを思い出しながら、楽しく読める一冊に仕上がっている。

 当時アメリカテレビ映画は日本での放映は制作したアメリカの公開よりも2~3年遅かったという。それでも続々と放映されたのは、日本で自前の作品がなかなか作れなかったからだ。その分、テレビ草創期の子どもたちは現代の感覚以上にアメリカ文化に影響された世代といっていいかもしれない。
 おそらく、その当時の昭和の子どもなら誰もが覚えているといえるのが、ジョージ・リーヴスが演じた『スーパーマン』だ。
 この作品が初めて放映されたのは1954年だというから、私が見たのは再放送だったかもしれない。
 それでも、風呂敷を背中にしょってスーパーマンごっこをした記憶もある。
 ジョージ・リーヴスはのちに銃で自殺をするのだが、スーパーマンも死ぬんだと不思議な感じを持ったくらい、この人の印象は深い。

 『名犬ラッシー』や『名犬リンチンチン』といった大型犬が主人公だったドラマがヒットすると、町にコリー犬やシェパード犬があふれだしたのも、昭和という時代の匂いがする。
 この本一冊昭和そのもの。なんとも懐かしい。
  
(2014/04/09 投稿)

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  今日は渡辺淳一さんの
  『いつまでも男と女』というエッセイの
  紹介です。
  「老いかたレッスン」がシリーズ全体の
  タイトルなようです。
  書評では
  真面目に? 家の話しか書いていませんが
  実際の本では
  渡辺淳一さんらしく
  男と女の話がふんだんにありますから
  そちらに興味のある方も
  一読あれ。
  その中で
  渡辺淳一さんは
  男の人は年を重ねたら
  もっとおしゃべりにならないといけないと
  何度も書いています。
  これから高齢者が増えていきますが
  確かに女の人はいつまでも元気。
  その源は、おしゃべりにあると
  渡辺淳一さんは力説されています。
  「男は黙って・・・」という時代では
  なくなったのかも。

  じゃあ、読もう。

いつまでも男と女: 老いかたレッスンいつまでも男と女: 老いかたレッスン
(2014/02/21)
渡辺 淳一

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sai.wingpen  年を重ねることはいつも未知                   

 家を持つというのは、人生の中で大きな出来事だ。
 だから、一戸建てにするのかマンションにするのか悩むし、そもそもが賃貸で生涯暮らすという選択もある。
 バブル期の高騰時期が終わったばかりの頃、それでも何十年越しのローンを抱える大きな買い物となる家の購入時に私が悩んだのも一戸建てかマンションかの選択だった。
 出せるお金にも限りがあり、狭い土地に建てられた一戸建ての多くは三階家屋。かなり魅かれたが、年をとったら三階までの階段は大変だろうと、あきらめて、マンションにした。その頃、40歳なかばにさしかかっていた。
 もし、もう少し若ければ、三階であろうと苦にはしなかったかもしれない。
 少しは老いが視界にはいっていたからの選択だったといえる。

 何故こんな話から書き始めたかというと、週刊誌に連載当時80歳だった著者の渡辺淳一氏が高齢者向け、あるいはこれは誰もがそうなのだが高齢者予備軍向けに書いた「老いかたレッスン」の第2弾めにあたる本書にそのことが書かれていたからだ。
 タイトルは「老いても住めるか」と「自らの老いを覗き見る」。
 このエッセイそのものが著者の経験による「老活術」指南書の意味合いが強いのだが、「老いても住めるか」で渡辺氏は「階段のある家は、なるべく作らないように」と書き、そのあとのエッセイで自宅の階段で転げ落ちた自身の姿を描いている。
 階段での危険性、「若いときには、こんな単純なことに気がつかない」と書く。
 「老いても住めるか」というエッセイは、「人間、年齢をとってみなければわからないことは、無数にある」と結ばれている。

 年を重ねるということは、自身にとっていつも経験したことのない日々を生きるということだ。
 それは若くても同じだ。16歳の人にとって17歳になることは初めての経験だ。
 59歳の人は60歳の自分を生きたことはない。
 しかし、すでに17歳を生きた人もいれば、60歳を生きた人もいる。
 人は先人から多くのことを学ぶ。
 本はそのためのすぐれた媒体だ。

 もちろん渡辺淳一氏のことだから、家のことだけでなく高齢者の恋愛のこともたくさん書かれている。
 高齢者になることは、案外面白いかもしれない。
  
(2014/04/08 投稿)

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  NHKの大河ドラマ軍師官兵衛」を
  まだ続けてみています。
  主役の黒田官兵衛役の岡田准一さんだけでなく
  官兵衛の主家である小寺藤兵衛を
  演じている片岡鶴太郎さんの
  熱演もいいですね。
  片岡鶴太郎さんに
  一度会ったことがあります。
  会ったのは
  会津の鶴ヶ城。
  TVのお仕事をされていた片岡鶴太郎さんの
  そばまで行って
  ちょうど持っていたノートにサインを
  もらったのですが
  そのノート、
  どこかへいってしまいました。
  もう7年以上前のことです。
  片岡鶴太郎さんは
  絵も巧くて
  各地に鶴太郎さんの絵画の記念館が
  あります。
  司馬遼太郎さんの『播磨灘物語』を読みながら
  片岡鶴太郎さんを動かしています。
  今日は『播磨灘物語(二)』です。

  じゃあ、読もう。

新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)新装版 播磨灘物語(2) (講談社文庫)
(2004/01/16)
司馬 遼太郎

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sai.wingpen  この男のおかしさ                   

 司馬遼太郎さんが黒田官兵衛を描いた、今年のNHK大河ドラマの主人公である、『播磨灘物語』を読み継いでいる。
 全四冊の二冊めとなるこの巻では、時代の新星となりつつある、けれど周辺との戦いに苦しんでいる織田信長に初めて謁見する官兵衛から、信長の家臣荒木村重の謀反の勃発までが描かれている。
 「天下布武」を掲げた信長に対し、官兵衛は「新時代が出現しつつあるというまぶしさ」を持って接した。当時官兵衛のいた播州は西に毛利氏という大藩があったから、新興勢力でかつ石山本願寺との戦いで門徒を敵にしていた信長に味方するという選択はかなり勇気がいったことは容易に察する。
 実際官兵衛の主家である御着(ごちゃく)の小寺家も迷いに迷っている。黒田官兵衛はその一家老に過ぎないのだから、もし小寺藤兵衛がもっと力の強い人物であれば官兵衛の意見は通らなかったかもしれない。
 羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が播州に軍を進めた際には官兵衛は自分の城である姫路城をまるまる差し出したという挿話にしても、小寺藤兵衛だけでなく周辺の地方大名にも奇行に見えたに違いない。
 後の歴史から見れば、そういった官兵衛の行動のさまざまはのちに「軍師」と呼ばれるに価いすることだろうが、その一事をもってしても官兵衛という男の不思議を感じる。
 司馬さんは別の稿(「官兵衛と英賀城」という1992年に書かれた小文)で、「このあたりにこの男のおかしさがある」と書いている。

 さて、その小文のことだが、「私(司馬さんのこと)の先祖は、黒田官兵衛孝高の敵だったはず」と書き起こされている。司馬さんの先祖は播州英賀ノ浦の英賀城に籠っていた衆の一人だったという。
 司馬さんはこの小文の中で『播磨灘物語』の中で英賀のことをあまり書かなかったと書いているが、実際にはこの二巻めに「英賀(あが)の浦」という章がある。
 官兵衛の挿話としての有名な、農民を擬兵させ毛利の水軍を破った戦いが描かれている。
 その小文には官兵衛のことを「物にとらわれるよりも、画家が絵を描くように、構図のほうに熱中した」と表現されている。
 そんな官兵衛の姿は、さらに続いていく。
  
(2014/04/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日の春分の日に
  兄夫婦とその息子家族とで
  上野動物園に行きました。
  上野動物園なんて実に久しぶり。
  その前に行ったのが
  いつなのかも覚えていません。
  ちょうど3連休の初日ということで
  混んでいましたね。
  パンダもちゃんと見れましたし。
  今回の目的は
  甥っ子の一人娘に動物園を
  体験させること。
  彼女、今1歳半。
  一番興味をしましたのが
  ぞうさん。
  動いていましたからね。
  あまり動かないものには
  結構動物園には動かない動物いますよね、
  興味をしめしませんでした。
  彼女にこの絵本を
  プレゼントしてあげれば
  よかったなぁ。
  それが今日紹介する
  かがくいひろしさんの『だるまさんが』です。
  この絵本100万部を突破したという
  すぐれもの。
  今日は真面目に
  それを考察してみました。

  じゃあ、読もう。

だるまさんがだるまさんが
(2007/12)
かがくい ひろし

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sai.wingpen  「・・・!」                   

 「泣く子も笑う絵本」として人気の高いかがくいひろしさんの「だるまさんが」シリーズで、2008年の発売からわずか6年で100万部を突破したといいます、
 一体この絵本にどんな魅力があるのでしょうか。
 そこで、60歳近い私がその解明に乗り出したのです。

 二ページで開きで、ゆらりゆらり揺れるだるまさんが描かれています。
 「だ・る・ま・さ・ん・が」、ひらがなで6文字。
 右に左に揺れるだるまさんが6体。
 次のページを開くと。・・・!
 その次のページも、ひらがな6文字と揺れるだるまさん6体。
 次のページを開くと。・・・!!

 この「・・・!」を書きたいところなのですが、書くとつまらなくなるので書きません。
 では、この「・・・!」がこの絵本の魅力なのかというと、それもありますが、それだけではないと思います。
 それは揺れる6体のだるまさんと次のページの「・・・!」の間に潜んでいるのだと睨みました。
 ページをひっくりかえしても何も出てきません。
 ページをめくるその行為そのものが、面白い空間であり、時間なのではないでしょうか。

 思いがけないものに出会った時の面白さ。
 それを楽しめるのは子どもだけの特権かもしれません。
 おとなは先に何が起こるか、経験で知っています。
 だから、揺れる6体のだるまさんに何が起こるのか、だいたいは想像がつく。
 経験は知恵でしょうが、面白さを半減しているともいえます。
 赤ちゃんと遊んでいると面白いのは、彼らが何をするかわからないからです。
 突然泣き出したり、かと思えば笑い出す。
 あっちに行ったり、こっちにハイハイしたり。

 かがくいひろしさんの「だるまさんが」の魅力は、予測できない(ここでは赤ちゃんにとってですが)面白さといっていいでしょう。
 子どもが素晴らしいのは、予測できないものをもっているからです。
 この絵本そのものがかわいい赤ちゃんなのです。
  
(2014/04/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  春の新番組で
  もっとも期待しているのが
  日本テレビ系で放映される
  「花咲舞が黙ってない」だ。
  4月16日の水曜夜10時スタート。
  この原作が
  池井戸潤さんなのだ。
  主演を演じるのが
  NHK朝の連続小説ごちそうさん」で
  主人公を熱演したさん。
  さんは今大注目の女優さん。
  それ以外にも
  半沢直樹を放映したTBS系
  「ルーズ ヴェルト・ゲーム」も
  ドラマ化されます。
  これも原作は池井戸潤さん。
  これも、見なくちゃ。
  別にTV小僧でもないので
  困った、困った。
  本もまだまだ池井戸潤さんが
  続きます。
  今日紹介するのは
  『銀行仕置人』。
  まったくマイブームですよね。

  じゃあ、読もう。

銀行仕置人 (双葉文庫)銀行仕置人 (双葉文庫)
(2008/01/10)
池井戸 潤

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sai.wingpen  大事な歯車                   

 池井戸潤の人気が続いている。
 2014年春の新ドラマでも何本か池井戸潤原作の作品がある。今から楽しみにしている。
 この『銀行仕置人』はそんな池井戸潤の2005年の作品。
 1998年に『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞受賞したあと、しばらく銀行を舞台に作品を発表し続けていた池井戸だが、その世界観を広げた『空飛ぶタイヤ』を発表したのが2006年だから、作品的には銀行ものとして後期のものにあたる。
 だから、書き方は安定しているし、長編ではあるが、先へ先へと読むことができる娯楽長編といえる。

 舞台は関東シティ銀行の、通称「座敷牢」と呼ばれる事務所の一角。
 そこで元営業部次長だった黒部一石が人事部付として行員名簿の整理という閑職に追いやられている。
 この部屋には電話すらない。
 何故黒部がそんな閑職に追いやられたのか。
 かつて与信担当次長として黒部が稟議を書いた融資先が倒産し、焦げ付いたからだ。
 しかし、黒部にも言い分はあった。彼はその融資には反対していたのだ。しかし、上司はそれを進め、焦げ付きが発覚したあとは、その責任を黒部一人に押し付けた。
 それは黒部を陥れる罠だったことに彼が気づいた時には、すでに人事部付の辞令がでたあとだった。

 エンターテイメント小説だから、黒部がそのままということはない。
 黒部のことを理解する人事部長の計らいで、黒部を陥れた常務の悪だくみを暴こうとする。
 常務が何らかの形でかかわった証拠を得るために、支店臨店指導という名目で動く黒部。
 そのうちに、彼を助ける行員も現れる。
 そのうちの一人が、北原有理という女性。
 エンターテイメントには女性は欠かせない。
 女性の存在があって、黒部のような男が輝きだすともいえる。
 しかし、そんな黒部に黒い手が徐々に近付いて。
 果たして、黒部は自身の身の潔白を証明できるのか。

 最後の黒部の台詞も決まっている。
 「どうせ行員なんぞは歯車だからな」。
 それに有理が応える。「またとない大事な人材です」。
 「せいぜい大事な歯車の間違いだろ」。
 読了後、後味はいい。
  
(2014/04/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日のこぼれ話で
  高校時代の友人と
  再会した話を書きましたが
  その頃夢中になっていたのが
  映画の試写会めぐり。
  当然読んでいたのは
  「キネマ旬報」という
  映画雑誌。
  当時は
  「スクリーン」とか「ロードショー」という
  映画雑誌もあったのですが
  高校生なんだから
  女優さんのグラビアよりも
  もっと芸術を
  みたいな気分で
  「キネマ旬報」を読んでいましたね。
  今から思えば
  幼かったですね。
  でも、雑誌には
  そういう思い出と重なるところがあって
  面白いですね。
  今日は
  出久根達郎さんの『雑誌倶楽部』という本を
  紹介します。
  この表紙絵いいでしょ。
  昭和11年の『令女界』という雑誌から
  とっているようです。  

  じゃあ、読もう。

雑誌倶楽部雑誌倶楽部
(2014/02/06)
出久根 達郎

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sai.wingpen  雑誌ほど時代に敏感なものはない                   

 雑誌を読むのが苦手だ。
 本は最初から最後まできちんと読まなければという思いがあって、雑誌はそれにそぐわないからだ。
 どんな雑誌にしても、端から端まで読むことはない。
 極端にいえば、興味のある記事だけ読んでほっぽりだすことはよくある。
 それに、雑誌はすぐに増殖する。週刊誌だけでなく、月刊誌であっても、気がつけば至る所に散逸している。
 それでも、雑誌が次々と出てくるのは、面白いからだ。
 この本の著者出久根達郎氏曰く、「雑の大切さを教えてくれるが、雑誌」なのだ。
 さすがに古書店店主らしく、この本では明治大正昭和の雑誌で、雑誌の面白さを検証していく。
 それだけでなく、その時々の時代の匂いも綴られている。
 雑誌ほど、時代に敏感なものはない。

 どういう雑誌が紹介されているかというと、『少女の友』『新青年』『漫画読本』『旅』『あまとりあ』『平凡』『主婦之友』といったように、今も続くものもあれば名前すら聞いたこともないものをあって、全36冊が紹介されている。
 出久根氏はその中の記事だけでなく、グラビアや広告にも言及している。
 特に広告は、「雑誌の楽しみは、一つに広告にある」と書いているぐらいで、「どんな広告が載っているか、それを見るだけで、時代の空気が読みとれる」という。
 そこで紹介されているのが、昭和9年7月号の『日本少年』(時代を感じる誌名だ)。
 この雑誌に載っているのは、通信教育の広告だという。そういった広告がいくつもあることを出久根氏は列記する。
 この章につけられたタイトルが「独学独習の勧め」。
 そういえばと思い出したのだが、昭和40年代の頃、寝てる間に記憶できるというバンド(名前は忘れた)の広告をよく雑誌で見かけたものだ。
 あるいは、身長が高くみえるマジック靴みたいなものだとか。
 あれは効果があったのだろうか。

 残念ながら、最近の雑誌のことにはあまり触れられていないが、続編で平成生まれの雑誌も取り上げてもらいたいものだ。
 もっとも個性ある雑誌はなかなかないかもしれないが。
  
(2014/04/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先週、高校時代の友人と
  久方ぶりに会いました。
  ともにあと1年後には
  60歳になっているということで
  今年の初めから
  声をかけて
  実現しました。
  会うのは何十年ぶりかです。
  顔をみた時
  さすがに年令を感じましたが
  時間とお酒がまわると
  高校時代とちっとも
  変わらないことが
  うれしくもあり、
  驚きでもありました。
  またの再会を約束して
  もちろん指切りげんまんなんてしませんよ
  別れました。
  今日紹介する
  西原理恵子さんの
  『よりぬき毎日かあさん』と
  まったく関係のない
  こぼれ話でした。

  じゃあ、読もう。

よりぬき毎日かあさんよりぬき毎日かあさん
(2013/12/11)
西原 理恵子

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sai.wingpen  西原理恵子さんの漫画の力                   

 西原理恵子さんの漫画の力はすごい。
 はっきりいって、けっしてうまくない。それなのに何故こんなに力があるのか。
 あるいは、ぐっと胸にせまってくる静かな思いがあぶくのように浮かんでくるのか、わからない。
 わからないから、力という言葉でしか表現できないのかもしれないが、それってすごい。
 西原さんの代表作のひとつである『毎日かあさん』は、2002年に「家庭という現場をルポする」というコンセプトで毎日新聞に連載が始まったもので、このコンセプトそのものが新聞社らしいのだが、それが以来延々と連載が続くということは、この漫画が多くの読者に好評だという証しでもある。
 さらには、この作品、アニメ化も映画化もされているのだ。

 そんな長期連載作品の中から「よりぬき」の漫画を集めたのが、この本。
 西原さん自身語っているが、この「よりぬき」という言葉は長谷川町子さんの「サザエさん」から頂戴したようだ。
 そこで『毎日かあさん』の「おかん」キャラが長谷川町子さんの「いじわるばあさん」を意識していることを告白? している。
 さらに「いじわるばあさん」の底流にあるブラックな笑いを求めたとある。
 西原さんがいう「子供ってウソをつくし、ひきょうだし」というのは正しいし、そんな子どもを描きながらもそれをしっかり受け止めている母親の姿が人気の秘密ではないだろうか。

 これまでもこの漫画が大好きだった人だけでなく、私のように初めてこの漫画を読む人にも、連載開始時から成長していく息子と娘、それにおかあさんの姿に、時に笑い、時に涙する、ダイジェスト版として読みやすい。
 もちろん長年の読者にとってははずしてほしくなかった作品もあるだろうが、それも仕方がない。
 私の一番好きな作品は、「みえますか」。
 ご主人だった鴨志田穣さんの死後に書かれた作品で、息子と娘の成長した姿を描いたあと、「毎日はそれだけで楽しくて」「悲しいのは遠くの花畑のよう。」と2コマがはいる。

 西原理恵子さんの漫画の力は、ここにあると思う。
  
(2014/04/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東京・青山にある子どもの本の専門店
  「クレヨンハウス」には
  年に何回か行きます。
  できれば
  季節毎にいって
  絵本の季節感を味わいたいと
  思っています。
  3月のおわり頃
  行ったのですが
  もっと新入生とか
  春だとか
  そういう絵本が並んでいるかなと
  思ったのですが
  意外に少なかったのが
  残念でした。
  でも、
  たまに絵本だらけの世界に
  包まれるのはいいですね。
  今日紹介するのは
  柳田邦男さんの
  『生きる力、絵本の力』。
  そうなんですよね、
  絵本には力があるのです。

  じゃあ、読もう。
 
生きる力、絵本の力生きる力、絵本の力
(2014/01/30)
柳田 邦男

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sai.wingpen  いい絵本に出会った人は幸福                   

 ノンフィクション作家の柳田邦男さんには絵本についての著作も数多くある。
 この本もその中の一冊。
 柳田さんは「絵本は人生に三度」とよく言っている。
 一度めは子どもの時、二度めは子どもを育てる時、三度めは人生の後半にさしかかった時だと、言う。
 多くの人にとっては絵本は子どもの読むものだと思いがちだが、柳田さんが言うようにけっしてそんなことはない。
 この本の中でも柳田さんが書いているように、「絵本は、生きることや人生や対人関係やいのちについて、基本的に大事なことを忍ばせている表現ジャンル」だ。
 ましてや、絵本の世界でもいつも新しい名作が誕生する。
 子どもの頃にしか絵本を読まないとすれば、新しい名作に接することなく人生を終えることになるのはもったいない。
 実際私もいせひでこさんや長谷川義史さんの作品に感銘したのは、50歳を超えてからだ。

 絵本についてのエッセイを集めたこの本で、柳田さんは多くの絵本を紹介している。
 そのうちの何点かはすでに読んだ作品だし、有名な作品もある。
 いせひでこさん(いせさんは柳田さんの奥さんでもある)の『まつり』という絵本が、柳田さんの生まれ故郷である栃木県鹿沼の祭りを題材にしているのを、この本で初めて知った。さらに、いせさんの作品が東日本大震災で被災した子どもたちへの支援へとつながっていることも、その文章の中で記されている。
 そういった作品だけでなく、こんな絵本があるんだと教えられることも、この本には多く教えられた。
 その中の一冊が瀧村有子さんの『てのひら』だ。
 柳田さんは東京荒川区で「親子で絵本を読んで感想の手紙を柳田さんに送ろう」という活動をしている。
 この絵本はその中で寄せられた感想にあったものだ。
 「絵本は人生に三度」の二度めの子どもを育てる時、おかあさんが出会った一冊として紹介されている。
 そこには、絵本を読んで気づかされた思いが正直に綴られている。
 いい絵本に出会った人は、幸福だ。

 絵本の意味を知る一冊としてというだけでなく、未読の絵本をさがすガイドブックとしてもふさわしい。
  
(2014/04/02 投稿)

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04/01/2014    今年はハングル講座
 今日から4月
 いろいろなものごとが始まる月です。
 なんといっても、
 消費税の増税
 昨日まで5%だった消費税が
 一夜明ければ8%になるのですから。
 どうやってこれをやりすごすか、
 家計を預かる奥様方の知恵の見せ所です。

 ここ何年かはまってしまった
 NHKの朝の連続テレビ小説
 『赤毛のアン』の翻訳者で有名な
 村岡花子さんをモデルにした
 「花子とアン」が昨日から始まりました。
 前作「ごちそうさん」が好評だっただけに
 主演の吉高由里子さんも
 大変でしょうね。
 私、しっかり見ますよ。

    大学にポスター多き四月かな  宇佐美敏夫

 大学に新入生がはいってきて
 クラブや同好会の勧誘のポスターが
 所狭しと貼られている光景を詠んだ句です。
 学校だけでなく
 NHKの語学番組も新しく開講されます。
 やはり、この時期
 私の勉強ごころがむずむずしてきます。
 本屋さんに並べられた
 NHKのテキストコーナーについ足が向きます。
 そんな私が
 この春挑戦しようと決めたのが
 「テレビでハングル講座」。
 毎週月曜の夜10時から25分番組です。

NHK テレビ テレビでハングル講座 2014年 04月号 [雑誌]NHK テレビ テレビでハングル講座 2014年 04月号 [雑誌]
(2014/03/18)
不明

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 どうして、ハングル? なんて聞かないで。
 これは、かなり気分。
 けっして生徒役の磯山さやかさん目的では
 ありません。

 ハングル語は以前にも挑戦したことがあったのですが
 この時はあえなく沈没。
 その時はラジオでしたから
 今回はテレビで再挑戦です。
 今は日韓関係はよくありませんが
 やはりお隣の国ですから
 仲良くしたいですよね。
 その時のために
 少しは話したい。

 皆さんは
 どんなことから始めますか?

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