プレゼント 書評こぼれ話

  平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』に
  はまっています。
  たまたまこの春に文春文庫から刊行された
  「傑作選」のうちの2巻を読んだだけなのですが。
  3巻めを紹介する前に
  『「御宿かわせみ」読本』という本を
  紹介したいと思います。
  これでますます
  「御宿かわせみ」のファンになってしまいましたが
  TVドラマを見そこねたのは
  重ね重ね残念ですね。
  最近でこそ
  池井戸潤さん原作のドラマとか見ているのですが
  ちょっと前は
  TVドラマはほとんど見ませんでした。
  それも、また残念。
  それにしても
  『御宿かわせみ』のファンの多いこと。
  書評のタイトルではなりませんが
  その末席に座らせてもらえれば
  うれしいのですが。

  じゃあ、読もう。

「御宿かわせみ」読本 (文春文庫)「御宿かわせみ」読本 (文春文庫)
(2003/04/10)
平岩 弓枝

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sai.wingpen  末席で構いませんので                   

 書誌的に書けば、そのこと自体親から子、孫に至る三代に亘るファンには申し訳ないが、平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』は昭和48年に『小説サンデー毎日』に連載が始まり、その後『オール讀物』で連載が再開され、今に続く国民的時代小説である。
 書籍としての販売部数は累計で1000万部を超えているという。
 最近、その「傑作選」全4巻が文春文庫で刊行された。
 この本は、まるごと「御宿かわせみ」で構成されている。この本自体、もともとは平成13年刊行されたものだ。
 今更何を、という多くのファンがいることを承知でお願いしたい。
 せめて、末席で構わないので、「御宿かわせみ」の愛読者の列に加えて頂きたい。

 この本では昭和63年と平成11年に収録された、作者平岩弓枝のインタビュー記事が掲載されている。
 前者で興味深いのは、まだ主人公の神林東吾とるいの結婚が実現されていないことで、平岩さん自身そのことにやきもきされている点だ。
 二人の結婚の模様は、名作「祝言」で描かれていることは、遅れてきた愛読者の特権で知っているだけに、この時の作者の悩みがおかしくもある。
 後者のインタビューでは、平成11年当時の「読者が選んだベスト30」が載っている。
 ちなみにこの時の1位は東吾の兄である通之進の切ない初恋を描いた「白萩屋敷の月」が選ばれている。

 登場人物を簡潔に紹介した「人名録」が役立つだろうし、主人公るいの顔立ちはどんな風であったかといった「ここが知りたい!」は、これから「御宿かわせみ」を読むという人には、最適なブックガイドになっている。
 「「御宿かわせみ」全タイトル」というのも、資料編としてはいいが、できれば初出誌と掲載日は載せて欲しかった。
 さらに欲をいえば、このあたりはファンのわがままとして聞いてもらえばいい、挿絵を担当している蓬田やすひろさんの記事を充実させて欲しかった(この本ではミニコラムの扱いである)。
 何はともあれ、本書を読めばさらに作品を面白く楽しめることはまちがいない。
  
(2014/05/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日(5月14日)
  リクルートがこの秋を目途に
  株式を上場するというニュースが報道されて
  注目を集めました。
  最近にない大型案件です。
  そこで今日は
  リクルートという会社がどういう会社なのか
  かつてリクルートで働いたことのある
  藤原和博さんが書いた
  『リクルートという奇跡』という本を
  蔵出し書評で紹介します。
  実は大学生の就活シーズンに
  リクルートの会社説明に行ったことがあります。
  独自の農家だったか牧場だったかで
  社内研修があるといったような
  説明があって
  それだけで恐れをなして逃げ出したのですが
  あの時
  もっとしっかり聞いていればよかった。
  もしかしたら
  株式上場で億万長者になったかもしれない??

  じゃあ、読もう。
  

リクルートという奇跡 (文春文庫)リクルートという奇跡 (文春文庫)
(2005/09/02)
藤原 和博

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sai.wingpen  ビジネスという物語                   

  「私はいい仕事をする人は、いい文章が書ける人だということを疑っていない」

 株式会社リクルートは、今や1000億円の利益を稼ぎだす優良会社(2002年当時)である。
 誰もが一度ぐらいリクルートの情報誌を手にしたことがあるのではないだろうか。それは進学であったり、就職だったりする。あるいは、転職しようと悩んだ時かもしれないし、彼女と結婚しようと決めた日かもしれない。家を買おうと決断した時も、自動車が欲しいと思った時も、リクルートの情報誌のページを開いたのではないかしら。
 こう見てくると、リクルートという会社がとってきた戦略が見えてくる。
 すなわち僕たちの人生の、主要な場面に情報を提供しているということだ。
 最初の読者が、その成長のステージと共にいつまでも読者であり続ける。その点が他の情報誌を寄せ付けない強みといえる。

 そんなリクルートが脚光を浴びている。
 それは会社の規模でもなければ事業内容でもない。
 リクルートという会社が生み出した人材(そして、彼らの多くは藤原氏のように会社を去っているのだが)そのものに興味が集まっているといえる。
 何故リクルートは優秀な人材を輩出できるのか。
 松永真理さんの「iモード以前」もそうだし、藤原氏のこの本も、そんな人々の熱い視点で読まれているに違いない。

 藤原氏のこの本に、少なくとも大きなヒントがある。
 それは、彼らリクルートマンが仕事を楽しんでいるということだろう。
 藤原氏自身七〇年後半にリクルートに入社し、その成長を支えた。<リクルート事件>とそれに続く<ダイエーショック>にも負けることはなかった。
 その二〇数年の、なんと面白いことか。
 この本自体が、まるで冒険小説を読んでいるかのように、読み手を離さない。リクルートの強みとは、そんな風にビジネスを物語にしてしまう多くの人材を生み出してきたことだと思う。

 「人間が一線を越える決断をするには、感動ビタミンが必要だ」。

 この本こそ、そんな感動ビタミンであり、多くのビジネスマンに勇気を与える一冊である。
  
(2002/10/27 投稿)

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  今日はおなじみ
  小宮一慶さんの新しい本
  『人生と経営はタクシー運転手が教えてくれる』を
  紹介します。
  さっそく、この本から
  これはと感じた文章を書きとめておきますね。

    経営者というのは「特権」ではなく「役割」であり、
    「責任」だと思える人が成功するのです。

  この文章で大切なのは
  経営者というのも役割にすぎない
  いうことだと思います。
  
    自分でコントロールできないことには悩まない。

  例えば、お天気。
  雨が降ったら売上げが落ちるなと心配しても
  お天気は自分ではどうしようもありません。
  お天気そのものにやきもきすうのではなく
  そのための対策を考えることです。
  さすがに
  小宮一慶さんはいいことを書いています。
  実はこの本には
  小宮一慶さんのお母様が亡くなった時の様子も
  書かれています。
  忙しいスケジュールの中で
  どう小宮一慶さんが対応されたか
  ちょっと感動もののエピソードです。

  じゃあ、読もう。

人生と経営はタクシー運転手が教えてくれる人生と経営はタクシー運転手が教えてくれる
(2014/04/21)
小宮一慶

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sai.wingpen  メーター倒してから読みましょう                   

 街角ウオッチングを趣味にしている人もいるでしょう。
 街のさまざまな事象を観察することで、経済の実態や人と人の交流を発見しようという試み。
 「どんな人も、どんな状況も、自分にとって気づきと学びのきっかけ」という経営コンサルタントの小宮一慶氏が選んだのは、タクシー運転手さん。
 いってみれば、タクシー運転手さんウオッチング。
 仕事の関係で年間のべ200台ほどのタクシーに乗り、これまで出会ったタクシー運転手さんは2000人以上という著者ならではの、異色の経営論であり、ビジネス書だといえます。

 小宮氏はタクシーに乗れば、必ずタクシー運転手さんに話しかけるといいます。
 最近の経済(いってみれば、超ミクロ経済です)のこと、個人の経歴のこと、現在の生活のこと、実にさまざまです。
 もちろん、取材ではありませんから、タクシー運転手が会話を拒む時は深く追いかけたりはしないようです。
 そこから見えてくるものは、実は経営コンサルタントとして著者が日々話していることや感じていることと同じです。
 「小さなことをおろそかにする人にプロはいない」「志はやる気の親分」「お金も時間も使うもの」「どんな成功者も、人に言えない心の荷物を背負っている」等々。
 これはこの本の目次からの抜粋です。
 けっして経営者に取材しての言葉ではありません。
 著者が接したタクシー運転手との会話がヒントになって、著者が言葉としてまとめたものです。

 冒頭にあげたように、どんなところにもビジネスでヒントになることがひそんでいます。
 それをどう掬い取るかでしょう。
 「気づき」は「学び」となるのです。
 私はタクシーを利用しないという人もいるでしょうが、駅や車輛での風景にビジネスのヒントがたくさん眠っているのです。
 「人生と経営は○○が教えてくれる」、その「○○」を埋めるのは、読者自身といってもいいでしょう。
 もしかすると、小宮氏のこの本の一番重要なことは、そのことへの「気づき」なのかもしれません。
  
(2014/05/29 投稿)

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  新潮社が新しいシリーズの刊行を
  始めました。
  児童書を新訳で紹介していこうというもの。
  「新潮モダン・クラシックス」といいます。
  第1回めの配本が
  生物学者の福岡伸一さん訳の『ドリトル先生航海記』と
  今日紹介する
  阿川佐和子さん訳の『ウィニー・ザ・プー』です。
  『ウィニー・ザ・プー』は
  もちろん『くまのプーさん』のこと。
  日本語訳でいえば
  石井桃子さんで有名。
  すでに石井桃子訳で
  読まれた方も多いと思います。
  それよりも
  ディズニーの映画で
  知っている人は
  もっと多いはず。
  そんな人は
  ぜひこの機会に
  活字で読んでもらいたいと思います。
  今回挿絵を担当しているのが
  100%ORANGEさん。
  このプーもかわいい。

  じゃあ、読もう。

ウィニー・ザ・プー (新潮モダン・クラシックス)ウィニー・ザ・プー (新潮モダン・クラシックス)
(2014/03/28)
A.A. ミルン

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sai.wingpen  100%ORANGEのプーもかわいい                   

 海外の古典が新しい人の新訳で翻訳される潮流が続いている。
 新潮社が今春刊行を始めた「新潮モダン・クラシックス」も、そのひとつ。
 最初の2冊は児童書というのもうれしいし、訳者も馴染みのある人をあてている。
 2冊のうちの一冊が、タレントでエッセイストの阿川佐和子さんが訳したこの本である。
 もちろん、石井桃子さんの訳の『くまのプーさん』で、広く読まれてきた作品だ。
 今も岩波少年文庫の代表作として、人気が高い。

 しかし、『くまのプーさん』は新潮社としてもゆかりのある作品だ。
 新潮社の看板でもある新潮文庫の一冊として昭和17年(1942年)に刊行されているのだ。新潮文庫版の訳者は、石井桃 子さんではなく、松本恵子さん。タイトルは『小熊のプー公』だったそうだ。
 「○○公」という言い方に時代を感じる。
 そんな新潮社から出た阿川新訳の題名は、カタカナ表記になっている。
 あまりにも『くまのプーさん』というタイトルが浸透しているから、カタカナ表記にするとそれが石井桃子さんが訳した同じ原作のものとは思わないかもしれない。
 新訳ということで新しさを強調したかったのだろうが、ここは『くまのプーさん』でよかったのではないだろうか。

 こういう新訳がでた場合、特に旧訳があまりに有名な時は、この言い方が違うとかあのニュアンスが合わないとかつい言いたくなるものだ。
 けれど、そういう読み方は普通の読者はあまりしない。
 阿川佐和子さんが訳した『くまのプーさん』を純粋に楽しめば、それでいいのではないだろうか。
 ずっと以前に、それは昔といってもいいくらいの歳月だが、石井桃子さん訳の『くまのプーさん』を読んだが、そのなかの一文一句を覚えていることはない。
 まったく新しい物語として、阿川佐和子さん訳の『くまのプーさん』を楽しむべきだ。

 先に書いてしまえば、とても面白かった。
 これも変な既視感だが、挿話ひとつひとつにディズニーのアニメの一場面が目に浮かんだのも、読書として幸福であったかどうかはわからない。
 ただ、この物語がいつ読んでも誰の訳であれ、ユニークで晴朗なものだというのは、やはり原作の力だと思う。
 『くまのプーさん』、ここでは『ウィニー・ザ・プー』はそれほど面白い物語なのだ。
  
(2014/05/28 投稿)

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  お待たせしました。
  村上春樹さんの待望の新刊
  『女のいない男たち』です。
  今回は短編集ということですが
  私は村上春樹さんの短編集は
  長編小説よりも好きかも。
  この短編集には6つの短編が収録されています。

    ドライブ・マイ・カー/イエスタデイ/独立器官
    シェエラザード/木野/女のいない男たち

  村上春樹さんの作品の書評を書く時
  いつもどんなタイトルをつけようか
  悩みます。
  結構楽しく考えています。
  今回は
  「明日僕らがどんな夢を見ようと」としましたが
  もう一つの案は
  「つながっていそうで、つながっていない短編集」という
  オーソドックスなもの。
  もう一つあって、
  これは「シェエラザード」という作品の中の一節で
  「女が衣服を身につけていく動作は、それを脱ぐときの動作より興味深いかもしれない
  というもの。
  最後のものは
  いまでも未練あるんですが。
  みなさんは
  どれがいいと思います?

  じゃあ、読もう。

女のいない男たち女のいない男たち
(2014/04/18)
村上 春樹

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sai.wingpen  明日僕らがどんな夢を見ようと                   

 『東京奇譚集』(2005年)から9年ぶりとなる村上春樹さんの短編集には、珍しく「まえがき」が、といっても短編集成立の過程のような「業務報告」と村上さんは記しているが、ついている。
 長編小説が好きな村上さんがどのようにして短編小説を書き始め、それを一冊の本としてまとめていくかといった「極意」のようなものが書かれていて、村上春樹研究者、今やどれだけ多くの研究本が出ているかしれない、にとっては垂涎のような「業務報告」といっていい。
 村上さんは短編集を作るにあたって「特定のテーマなりモチーフ」を設定するのだという。
 村上さんの全作品でいえば、初期の短編群が好きなものとしては、これはやや意外であった。
 さらにそれがわかったとして、例えばこの9年ぶりの短編集の6つの作品を読んで、「女のいない男たち」という「特定のモチーフ」をもった作品集であるということを意識するには、あまりにもそれぞれの短編の文体も雰囲気もちがうような気がする。
 村上さんがしばしばやるように、これらがどこかでこれから書かれるであろう、あるいはかつて書かれた長編の断片のような感じがして、一つひとつの作品を分断して、6冊の本としてあったとしてもおかしくない。
 つながっていそうで、つながっていない。
 村上春樹さんの短編集、あるいは短編小説をそんなふうに思っている。

 6つの作品の中でどの作品が好きかというのはオーソドックスな問いかけである気がするが、短編集という複数の短編を集めた媒体ではやむをえない問いかけでもあると思う。
 それはどこか性格診断のような問いかけでもある。
 Aという作品が好きな読者はこんな性格で、Bという作品を嫌う読者の深層心理はこうで、みたいなものだ。
 それでもあえて答えるなら、私なら「イエスタデイ」だ。
 東京生まれにも関わらず純粋な大阪弁を喋る青年と<僕>の、ほの苦い青春の日々。
 どことなくあの『ノルウエイの森』を彷彿させる文章。あるいは、セピア色のアメリカ青春映画のような気分。
 どうかこの作品を選んだ読者の性格はなんて、言わないでほしい。

 「イエスタデイ」の最後の文章のように、「明日僕らがどんな夢を見るのか、そんなこと誰にもわからない」ように、村上春樹さんの短編集でどの作品が一番好きだなんて「そんなこと誰にもわからない」のだから。  
  
(2014/05/27 投稿)

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  今日は葉室麟さんの新作
  『紫匂う』を紹介します。
  とても美しいタイトルです。
  村田涼平さんの装画も美しい。
  表紙を見るだけで
  読む期待が高まるといえます。
  その期待は
  はずれることはありませんでした。
  いい作品です。
  この作品には
  覚書として残したい美しい文章も
  たくさんあります。

    自らの命をおのれの思い通りにできると思うたら大間違いじゃ。
    そなたを大切に思うひとびとよりの預かり物と思わねばならぬ。

  なんていうのも
  いいですね。
  書評にも書いた、

    おのれに心に問うてみる

  も、いい言葉です。
  私たちはそんな簡単なことさえ
  忘れてしまっていることばかり。

  じゃあ、読もう。

紫匂う紫匂う
(2014/04/16)
葉室 麟

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sai.wingpen  おのれに心に問うてみる                   

 「紫のにほへる妹(いも)を憎くあらば 人妻ゆゑに吾恋ひめやも」という万葉集にある大海人皇子の歌が、この物語の中に何度もでてくる。
 その一節がタイトルにもなっているように、子も生した妻額田王が自分の兄にあたる天智天皇の愛する人となったあと、それでもとばかりに詠んだ慟哭の歌の、この物語での意味するものは大きい。
 歌は「紫草の紫色のように美しいあなたのことを憎いと思っているとしたら、恋をしてはいけない人妻だというのにどうして私はあなたのことをこんなにも恋しく思うのでしょうか」という意味らしい。
 けれど、直木賞作家葉室麟の物語はこの歌の意味を大きく変えていく。

 葉室麟の描く女性は可憐であるも、芯のまっすぐな人が多い。
 この作品の主人公澪もまた同じだ。
 ただ違うとすれば、彼女が人妻でありながら恋に惑うということだ。
 澪には幼い頃からともに魅かれあった笙平という若者がいた。ある時、二人は切ない契りを結んでしまう。いずれは結婚という夢があればこその契りであっても、それは匿さざるをえない恋だ。
 だが、笙平に江戸詰め、上司の娘との結婚話が持ち上がる。やむなく澪もまた、自身の結婚話を受けてしまう。
 歳月が流れ、夫蔵太との間に二人の子も生した澪の前に、かつての恋人笙平が家老黒瀬の企みにより罪を強いられ江戸から逃げ落ちてくる。
 笙平を前にして心の揺らぐ澪。
 笙平もまたかつて万葉集に大海人皇子が詠んだ歌のように、澪を求める。
 家老の放つ追っ手から逃げる笙平にもとに駆けつける澪。しかし、そんな妻を助けようと夫蔵太もまた二人のもとに。
 そして、澪をやっと夫蔵太の真実の愛を知ることになる。

 かつての愛に揺らぐ妻を前にしても自身の思いを変えることのない蔵太という男の姿に感動する。
 それは葉室が常に描いてきた男の耐える姿といっていい。
 自身の中に迷いがあったとうなだれる澪は夫にこう問う。「どうすればひとは迷わずに生きられるのでしょう」と。
 「迷ったら、おのれの心に問うてみること」、それが夫のこたえであった。
 澪の夫への愛もまた、澪自身の心の答えであったのではないだろうか。
 これは、葉室麟の描く夫婦愛の物語である。
  
(2014/05/26 投稿)

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  今日紹介する
  ジョン・バーニンガムの絵本
  『いつもちこくのおとこのこ―ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー』の書評に
  落語「寿限無」のことを書きましたが
  関西では同じ内容のものであっても
  「長名」と呼ぶそうです。
  あ、これ、書評とあまり、というか全然関係ありませんね。
  長い名前というのは
  貫禄があってよさそうですが
  やはり名前を呼ばれる時は大変でしょうね。
  私が知っている名前で
  長かったのは
  「長三郎」くん。
  漢字三文字ですが
  ひらがなにすると
  「ちょうざぶろう」と倍以上になってしまいます。
  そういえば
  この絵本の訳者でもある
  「谷川俊太郎」さんも
  ひらがなでは「たにがわしゅんたろう」って
  長くないますね。

  じゃあ、読もう。
  

いつもちこくのおとこのこ―ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー (あかねせかいの本)いつもちこくのおとこのこ―ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー (あかねせかいの本)
(1988/09)
ジョン・バーニンガム

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sai.wingpen  じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ                   

 長いタイトルです。長すぎるので引用しません。
 数えると、33文字もあります。
 そのうち、「-」以下は、この絵本の主人公の少年の名前です。名前だけで21文字あります。
 これはイギリスの物語ですが、日本にも長い名前の子どもがいます。
 「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょの・・・」と、まだまだ続きます。でも、これは落語の「寿限無」というお話。
 この落語でもそうですが、長い名前を呼ぶのにリズムが必要。早口の技術です。
 この絵本で繰り返し出てくる「ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー」という男の名前を読む時も、リズムが必要です。 これは結構難しい早口言葉といえます。
 (もし、お父さんやお母さんとこの絵本を読むのだったら、もっと「早口で!」とせがんでみるのも面白いと思います)

 ここでは短く「ジョン」くんと書きます。
 だって、「ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー」くんなんて書いていたら、それだけで終わってしまいそう。
 「ジョン」くんはまじめな男の子。いつも「おべんきょうしに」歩いています。
 ところが、「ジョン」くんは不幸な男の子でもあって、途中でワニにあったり、ライオンに咬みつかれたりします。だから、いつも遅刻をしてしまうのです。
 先生に遅刻の理由を言っても信じてくれません。
 たしかに、ワニにあったりライオンに咬みつかれたりはめったにしないもの。
 先生は「ジョン」くんに罰として、「もうわにのうそはつきません」と300回書くように言います。
 「ジョン」くんが書いたたくさんの「もうわにのうそはつきません」が、表紙裏に載っています。これを見るだけで、「ジョン」くんがかわいそうになってしまいます。

 この絵本のおわりには、「ジョン」くんの遅刻の理由を信じようとしなかった先生に起こる不幸が描かれていて、「ジョン」くんとともに読者の気持ちもスッキリするようにできています。
 だって、読者は「ジョン」くんの遅刻の理由がワニにあったり、ライオンに咬みつかれたりしたことを知っているのですもの。
 ジョン・バーニンガムの素敵な絵本、もちろん谷川俊太郎さんの訳もいい。
  
(2014/05/25 投稿)

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  本が本でつながることほど
  うれしいことはありません。
  昨日、和田誠さんの『装丁物語』を
  紹介しましたが
  今日は和田誠さんのアトリエが紹介されている
  『絵本作家のアトリエ 3』を紹介します。
  こういう本でつながるなんて
  本の神様の粋なおはからいですよね。
  しかも
  この本に『こんとあき』の作者である
  林明子さんも紹介されているのですから
  うれしいったら。
  林明子さんは1945年生まれですから
  私よりちょうど10歳年上です。
  でも、なんと若々しいか。
  もう絵本を作らないというのは残念ですが。
  林明子さんの心変わりを
  待つしかありません。

  じゃあ、読もう。

絵本作家のアトリエ3 (福音館の単行本)絵本作家のアトリエ3 (福音館の単行本)
(2014/04/18)
福音館書店母の友編集部

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sai.wingpen  みんな、いいかお                   

 イラストレーターの和田誠さんの肩書は多種多様だ。
 装丁家、エッセイスト、映画監督、そして絵本作家。
 こと絵本だけに話を限ると、谷川俊太郎さんの絵本の挿絵をたくさん描いているが、自身『あな』や『ねこのシジミ』といった作品をもつ絵本作家でもある。
 絵本の絵について、和田さんの『装丁物語』の中にこんなくだりがでてくる。
 「絵本はおおむね全ページ、フルカラーで絵を描きますので、表紙まわりも中身のつづきという気持で、あまり装丁という意識をしないことが多いですね」。
 絵本全体が絵のかたまりということ。
 そんな人のアトリエってどんなところなのか興味がわく。
 絵本作家のアトリエ風景を豊富な写真で紹介しつつ、それぞれの絵本作家たちの絵本に対する気持ちを綴ったのが、この本。
 シリーズ化され、この本が三冊目となる。

 シリーズ3では絵本作家和田誠さんも紹介されている。
 壁一面に並べられた本、本、本。そこに和田さんのアイデアがつまっているかのよう。
 和田さん以外にもこのシリーズ3では人気絵本作家がたくさん紹介されている。
 うれしいのは、林明子さん。『はじめてのおつかい』や『こんとあき』の絵本作家だ。
 アトリエは長野県軽井沢にあって、広く取られた窓からは軽井沢の新緑が映っている。
 ただ残念なことに、林さんはもう絵本を作ることはないようだ。「絵本を作っている間、丸ごと人生捧げているようで、しみじみ生きていない気がする」と、林さんは絵本創作の苦しみを吐露している。

 そんな林さんとかつて同じ職場で働いていたという五味太郎さんも、このシリーズ3で紹介されている。
 絵の印象とはちがう五味さんの姿にいささか驚かないでもない。
 絵の印象とはちがうという点では、佐々木マキさんもそうだ。佐々木マキさんといえば漫画雑誌「ガロ」で人気が出た漫画家でもあるが、絵本デビューのエピソードがなかなかいい。
 その他にも、片山健さんやさとうわきこさんといった方々が紹介されている。
 さらには、『さむがりやのサンタ』を描いたレイモンド・ブリッグズや『ティッチ』のパット・ハッチンスといった海外の有名絵本作家の紹介があるのも、うれしい。
  
(2014/05/24 投稿)

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  昨日山藤章二さんの『自分史ときどき昭和史』を
  紹介しましたが
  だったら和田誠さんの本を紹介しないわけには
  いかない。
  で、今日は和田誠さんの『装丁物語』を
  紹介します。
  和田誠さんの絵は知っていますよね。
  私のブログでも
  和田誠さんの装丁のこととかも
  いっぱい書いていますからね。
  特にこの『装丁物語』は
  和田誠さんの装丁作品のオンパレードですから
  うれしいかぎり。
  それに、この本の表紙絵も
  いいでしょ。
  本好きにはたまらない絵です。
  昨日の山藤章二さんにしろ
  今日の和田誠さんにしろ
  もしお二人がいなかったら
  この国の出版事情もちがったものになって
  いたでしょうね。
  それだけお二人の功績は大きい。

  じゃあ、読もう。

装丁物語 (白水uブックス)装丁物語 (白水uブックス)
(2006/12)
和田 誠

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sai.wingpen  和田誠=志ん朝説は正しいか                   

 イラストレーターの山藤章二さんは自著『自分史ときどき昭和史』の中で、「和田誠は古今亭志ん朝を思わせ、山藤は立川談志を連想させる」という目からウロコの自説を紹介している。
 「ひたすら観客をいい気持にさせる」と、和田誠さんのイラストを評価し、「ゆるぎない信念と自信は天才のもの」と書いている。
 談志が志ん朝のことをどう思っていたかわからないが、若いのにもかかわらず風格を感じさせる振る舞いに苛立ちのようなものを感じていたのではないか。
 あるいは、志ん朝がいればこそ、談志は自分の位置を明確に見つけられたのではないか。
 それは、和田誠さんと山藤章二さんにもいえると思う。
 「和田誠=志ん朝、山藤章二=談志」説は、いうなれば、山藤さんの本音の告白ではないだろうか。

 個人的には山藤さんより和田さんのイラストの方が好きだ。
 若い頃に和田さんの『お楽しみはこれからだ』に触れたからだともいえる。映画のワンシーンでありながら、和田さんのイラストはそれすら超越して、和田誠の世界を作りだしているように思える。
 それは、この本に書かれているように、和田さんが作ってきたたくさんの本の装丁についてもいえる。
 丸谷才一の本、村上春樹の本、谷川俊太郎の本、といったように当然書き手はさまざまなのに、やはり装丁には和田さんの表情が浮かんでいる。

 和田さんは「本の中身の気分をどれだけ装丁で表わすことができるか」、それが大事と書いているが、そうであればこそ、和田誠というイラストレーターが前面に出ることはない。ただそこに和田さんの手ざわりや温もりが残っているというのがいい。
 和田さんの装丁でいえば、和田さんの個性が強くでた作品(例えば『お楽しみはこれからだ』)もいいが、これも和田さんの装丁だったんだというようなものもいい。
 『村上春樹全作品』の装丁がそうで、和田さんによる装丁とは思えなかった。

 「内容も外側も一緒になった本の総体が好き」という和田さんらしく、この本の装丁は本好きにはたまらないのではないだろうか。
 和田さんの装丁が素晴らしいのは、根っこに和田さんが本好きだということだ。
  
(2014/05/23 投稿)

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  なんだか今週はドラマに関連した本ばかり書いていますね。
  TVの見過ぎという声が聞こえそうです。
  そこで今日は趣きを変えて
  イラストレーターの山藤章二さんの話題作
  『自分史ときどき昭和史』を
  紹介します。
  山藤章二さんの絵は知っていまよね。
  知らない?
  そんなことはないと思いますよ。
  どこかで山藤章二さんの絵にふれているはず。
  「週刊朝日」のおしまいのページにある「似顔絵塾」の
  塾長でもあるんだけどな。
  この本でもほんの少しだけ
  載っていますが
  ほんのちょっぴりなので
  期待しないで
  本屋さんで開いてみて下さい。
  あ、それよりコンビニで「週刊朝日」を
  開く方が早いかな。

  じゃあ、読もう。

自分史ときどき昭和史自分史ときどき昭和史
(2014/02/21)
山藤 章二

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sai.wingpen  よって後悔するところみじんも無し                   

 現代の戯れ絵師を自認するイラストレーターの山藤章二さんの「自分史」である。
 山藤さんは昭和12年(1937年)生まれ。喜寿を迎えるにあたって「自分史を書いておこう」だったという。
 山藤さんほどの経歴があれば、大手新聞社の人気コラム「私の履歴書」で半生を綴ってもおかしくはないが、やはり毒がありすぎるのか、自前の「自分史」とこれまでの来し方を綴ったのが、本書である。
 とはいっても、大手老舗出版社岩波書店からの刊行であるから、さすがに山藤さんは大物だ。
 五か月ほどかけて書かれたという「自分史」には絵との出会い、イラストレーターとして自立するまでの日々、さまざまな人との出会い、「ブラック・アングル」「似顔絵塾」といった人気連載の秘訣、そして奥様への愛情がつまっている。
 タイトルにある「ときどき昭和史」の方は、最初はかなり意識していたようだが、途中から記述が減っているのはご愛嬌か。
 というよりも、山藤さんがこれまで描いてきた「ブラックアングル」そのものが「昭和史(および平成史)」なのだから、それはそれで十分補えている。

 「私の選んだ道は風刺であり、皮肉であり、滑稽である」と、山藤さんは書いている。
 けれど、山藤さんのイラストを見て、腹が立つということはないはずだ。もっとも、題材を提供した政治家や芸能人本人はどうであったかわからないが。
 それでも、時間が経てば、「うまいこと描きやがって」ぐらいは感心したかもしれない。
 そういう逃げ口をどこかでこしらえているところに、山藤さんのやさしさがあるし、漫画・イラストと呼ばれる表現方法の魅力といっていい。

 山藤さんは「ブラック・アングル」の連載開始が1976年だったことが「大いなる幸運」だったという。
 時まさに当時の田中角栄首相の金権問題に揺れていて、大衆の関心も大いに盛り上がっていた。それを題材にした山藤さんの「風刺」の視点は拍手と笑いをもって受け入れられた。
 「時の利と人の利を得」たと、振り返っている。

 「よって後悔するところみじんも無し」と、最後に記された「自分史」ほど幸福なことはない。
  
(2014/05/22 投稿)

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  みなさん、
  水曜の夜10時から日本テレビ系で放映されている
  「花咲舞が黙ってない」を見てますか。
  見てない?
  それは惜しい。
  何しろこのドラマ、今や大人気の池井戸潤さんの
  原作なんですよ。
  一話完結ですから
  今日から見ても大丈夫。
  面白いですから。
  主演はNHK朝の連続小説ごちそうさん」でブレークした
  さん。
  彼女、今、ノッてますよね。
  ところでこの「花咲舞が黙っていない」には
  原作が2つあります。
  ひとつは『不祥事』(これはまだ読んでいません)、
  もうひとつは『銀行総務特命』。
  そこで今日は
  『銀行総務特命』を再録書評で紹介します。
  原作では
  ここで登場するのは唐木玲という女性になっています。
  彼女が花咲舞に変身するのかな。

  じゃあ、読もう。

新装版 銀行総務特命 (講談社文庫)新装版 銀行総務特命 (講談社文庫)
(2011/11/15)
池井戸 潤

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sai.wingpen  銀行が舞台だから余計に面白い                   

 池井戸潤は時間があると池波正太郎の『剣客商売』シリーズを読むという。
 時代小説と池井戸が描く銀行小説や企業小説とはまったく違う世界のような気もするが、池井戸の作品の本質は時代小説がもっている小気味の良さ、情の深さと一脈通じているともいえる。
 池井戸は2013年大ヒットした「半沢直樹」モノについて、「銀行が舞台という面白さ」といわれることが多いが、実際にはどこの会社でもどこの町内にでもある話だと語っている。
 「半沢直樹」シリーズに先立つ2002年に発表されたこの作品、銀行で起こった不祥事を調査解明する総務部内にある特命担当の職にある指宿修平を主人公に8つの事件を描いた短編集、も銀行を舞台にしているが、確かにどこの会社であっても構わないし、どこの町内でも起こりうる事件だといっていい。
 ただ銀行はお金を扱うところゆえに、憎悪が生まれやすい環境にあるかもしれない。少なくとも、読者はそう思っている。それが「銀行が舞台という面白さ」という意見につながるのだろう。

 8つの事件の中で面白かったのは、銀行の現役女子行員がAVに出演したとして行内で大きな問題となる「官能銀行」という作品だ。
 信用や体面を重んじる銀行だけあって、顔にモザイクがかかっているとしても現役女子行員というAV譲に心穏やかであるはずがない。しかも、週刊誌に行員証まで出てしまう。
 調査を担当するのは指宿修平と人事部調査役唐木玲、彼女はこの作品ののち総務部特命チームに異動となり指宿とコンビを組むことになる、である。
 そんな特命チームにある女子行員を名指しする怪文書が送り付けられる。
 果たして、彼女がAV譲なのか。
 もちろんこんな話は銀行だけにあるのではないが、銀行ゆえにこういう話が事件になりうるともいえる。
 一般の感覚からいって、銀行はやはりお堅い業種である。
 この「官能銀行」という短編は、だから成り立った作品だといえる。

 「雨降りの日曜にずっと読んでいたくなるようなもの」を書いてみたいという池井戸潤が、こういう作品に戻ることはあるのだろうか。もしないとすれば、それはそれでなんとも惜しい。
  
(2013/12/30 投稿)

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  みなさん、
  NHK大河ドラマ軍師官兵衛」を見てますか。
  途中で挫折した人もいるかと
  思いますが
  私はまだ見てますよ。
  黒田官兵衛の人生の中でも
  暗くてつらい幽閉の時間にはいっていきます。
  荒木村重の生きざまも含め
  これから面白くなりそう。
  ドラマと同じ頃のことが読めるのが
  司馬遼太郎さんの『播磨灘物語』の3巻め。
  この巻で
  司馬遼太郎さんは黒田官兵衛の思いとして
  こんなことを書いています。

    人のよろこびや悲しみを素直に感じとれる感受性で物事を考えればほぼあやまちがない

  いい言葉ですね。
  最近「人のよろこびや悲しみを素直に感じとれる感受性」をもった人が
  少なくなったかも。

  じゃあ、読もう。

新装版 播磨灘物語(3) (講談社文庫)新装版 播磨灘物語(3) (講談社文庫)
(2004/01/16)
司馬 遼太郎

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sai.wingpen  司馬遼太郎の鳥の目                   

 大河ドラマ「軍師官兵衛」の主人公黒田官兵衛の生涯を司馬遼太郎が描いた長編小説の第三巻め。
 司馬遼太郎の口癖ともいえる「以下、余談ながら」は人気作『竜馬がゆく』から始まった手法だといわれている。
 若い頃の坂本竜馬は決して時代の表舞台にあった訳ではなく、竜馬だけの記述では時代全体の表現ができないゆえの苦心の表現だったそうだ。
 この物語の主人公である黒田官兵衛は、竜馬の比ではない。
 織田信長の家臣で官兵衛のいた播磨の東に接していた摂津伊丹の主荒木村重の謀反から始まるこの巻で、改心の説得にあたった官兵衛は自身の主家である御着藤兵衛の策略により村重の城に幽閉されてしまうのだから。
 官兵衛の生涯でいえばおよそ1年に及ぶこの日々はまったく描きようのない時間といっていい。
 しかし、それでは物語は動きようはない。
 しかも、村重を攻略する信長勢の動きは、牢屋でほとんど身動きもとれない官兵衛に関わらず動いている。
 それは誰もの人生である。
 個人という一面では時代は読み取れない。
 信長であれ秀吉であれ同じだ。信長の人生の中に官兵衛の幽閉は点景以下であろう。
 だから、歴史作家は時に鳥のような眼が必要となる。
 司馬遼太郎はそんな眼を大切にした作家であった。

 官兵衛のいる牢屋の外では、当然荒木村重の謀反に対する信長の過酷なまでの攻撃が続いている。
 この時の村重の心境はいかばかりであったか。その後の進展を含め、興味ある時代の光と影だ。
 この時、読者もまた信長のように官兵衛を捨て置くしかない。
 主人公とはいえ、官兵衛は狭い牢屋の中で動けないのだから。
 かといって、この時期を描いた物語が面白くないわけではない。むしろあれほどに抵抗しながらも最後は自城まで捨てて生き延びようとした村重の生き方そのものが面白い。

 歴史上の通り、主人公の官兵衛はこの幽閉から九死に一生を得て生還するのだが、彼の言葉として「人間の命の尊いのを知らぬか」と司馬さんは書いている(もちろんそれは司馬さんの創作であろうが)。
 案外、その辺りが黒田官兵衛という人間の性格を言い得ているともいえまいか。
  
(2014/05/20 投稿)

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  みなさん、
  NHKの連続テレビ小説カーネーション」を見てますか。
  え!?
  「カーネーション」って終わったでしょ、
  今は「花子とアン」じゃないですか。
  なんて言っている人いませんよね。
  今、NHKのBSプレミアム
  朝7時15分から再放送中なんです。
  なにしろ、このドラマ
  私がNHKの連続テレビ小説をかかさず
  見るきっかけとなった記念すべき作品。
  2011年の下半期に放映された
  連続テレビ小説第85作めの作品。
  今回が2度めの視聴になるのですが
  いいものはいい。
  渡辺あやさんの脚本にはほれぼれするし
  佐藤直紀さんの音楽もいい。
  もちろん、主役の糸子役の尾野真千子さんもうまい。
  いやあ、ほんとにこの作品はいい。
  ということで、
  今日は『ぼくらが愛した「カーネーション」』という本を
  再録書評で紹介します。
  
  じゃあ、読もう。

   おまけです
   昨日家の近くの与野公園でやっていた
   バラまつりに行ってきました。
   カーネーションの写真ではありませんが
   バラの写真を。

   バラ


ぼくらが愛した「カーネーション」ぼくらが愛した「カーネーション」
(2012/12/08)
宮沢 章夫、ほっしゃん。 他

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sai.wingpen  余熱                   

 放送が終わって1年近くになりますが、まだ余熱の中にいます。
 佐藤直紀さんのテーマ曲を毎晩聴きながら眠りについたりしています。
 2011年の下半期に放送された、NHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」は、そんな私だけでなく、放映後にこうして書籍化されるほど、余熱の中にいる人がたくさんいる、人気番組でした。

 もし、このドラマが私の出身地大阪・岸和田と同じでなければ、きっと観ていなかったと思います。
 それほど朝ドラは私には遠い存在でした。
 たまたま舞台が岸和田であったおかげで、朝ドラ最高傑作とまでいわれたドラマを全話見逃さなかったことは、とても幸運だったといえます。
 とにかく、このドラマは渡辺あやさんの脚本もいいし、佐藤直紀さんの音楽もいい。
 糸子役を演じた主演の尾野真千子さんも、また糸子の晩年を演じた夏木マリさんもよかった。
 あるいは糸子の父を演じた小林薫さん、母親役の麻生裕未さんといった脇役陣の好演もひかった。
 女性の活躍、戦争の姿、子供たちの成長など、そのどれひとつとっても新鮮だった。
 「カーネーション」が放送されていた毎日が、私にとってはドラマでした。

 そんな「カーネーション」をこよなく愛する人たちが集まって生まれたのが、この本です。
 まず、「心を震わせた名台詞30」がドラマの進行にあわせて紹介されています。
 私が好きな台詞は、糸子が幼馴染の勘助の母親からなじられる、「あんたの図太さは毒や!」です。この台詞に打たれた人はたくさんいます。
 本書で対談をしている評論家の宇野常寛さんも「あのひと言があるおかげで、どれだけ「カーネーション」っていう作品の世界が広がったか」と、評価しています。
 正しいと思って行動する主人公を一刺しする台詞ですが、朝ドラの善を良しとしていた視聴者の胸にも突き刺さる台詞だったと思います。

 その他、なぜこのドラマが「それまで朝ドラなんてほとんど見たことがなかった」中年文系男子に受けたのかを分析したコラムニストの石原壮一郎さんの評論や、脚本家渡辺あやさんの手法をみる大学の先生による評論など、いたって真面目に「カーネーション」を読み解いています。
 また中年期の糸子を愛した北村を演じたほっしゃん。さんのインタビューもあったり、余熱を感じさせてくれます。
 できれば、キャスト・スタッフ一覧といった資料編があれば、もっとよかったのですが。
  
(2013/02/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先週『ほうれんそうはないています』という
  絵本の書評で
  長谷川義史さんの絵の魅力を
  書きましたが
  今週も長谷川義史さんの絵本を
  紹介します。
  『パンやのろくちゃん  げんきだね』です。
  この絵本はシリーズ化されていて
  以前にも
  『パンやのろくちゃん だからね』という
  絵本を紹介しています。
  今回は
  商店街の話のことを
  書評に書きましたが
  全国にも元気な商店街はまだまだたくさんありますよね。
  そんな商店街に
  ろくちゃんのような子どもが
  いるのかなと想像するだけで
  楽しくなります。

  じゃあ、読もう。

パンやのろくちゃん げんきだね (おひさまのほん)パンやのろくちゃん げんきだね (おひさまのほん)
(2014/02/27)
長谷川 義史

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sai.wingpen  商店街は大きなおうち                   

 商店街というのはとっても楽しい。
 なんといっても、いろんなお店が並んでいるのですから。
 それって、スーパーといっしょ?
 スーパーにはいろんな商品が並んでいますが、お店は並んでいません。
 魚屋さん、八百屋さん(野菜とか果物を売っているお店のこと)、酒屋さん、クリーニング屋さん、カレー屋さん、それにそれにパン屋さん。
 それぞれが別々の家で、そこにはおじいさんがいたり、おばあさんがいたり、おとうさんもおかあさんもいる。
 もちろん、子どもだっている。
 お店の名前も別々だし、着ている服もちがう。
 それでも、商店街のみんなでいろんなことと助け合っています。
 難しい言葉でいえば、共同体。
 でも、商店街はお店のことだけで共同体ではないんです。

 長谷川義史さんの楽しい絵本「パンやのろくちゃん」はそんな商店街が舞台になっています。
 「かおがパンパン」のパンやのろくちゃんが主人公。
 絵本では珍しいかもしれませんが、絵本雑誌で連載されている作品です。
 この絵本には「じてんしゃにのりたいよのまき」「おとしものをとどけたらのまき」「テレビにでちゃったよのまき」「はいしゃさんにいくのまき」の四本の作品が載っています。

 商店街の共同体のお話でしたね。
 それがよくわかるのは、「じてんしゃにのりたいよのまき」かな。
 自転車に乗れないろくちゃんがお店の定休日でお休みのお父さんと自転車に乗る特訓をしています。
 でも、ろくちゃん、乗れないんですよね。
 そこに酒屋のおじさんが来て、アドバイス。それでも、乗れません。
 次はクリーニング屋のおじさん、さらにはカレー屋のおじさん、まだまだいます、うどんやのおにいさん、花屋のおねえさん、肉屋の大将、まだまだ。
 ろくちゃんはパン屋の子どもですが、商店街みんなの子どもでもあるのです。
 つまり、商店街は大きなおうちみたいなもの。
 困った時には助け合ったり、うれしい時にはみんなで喜んだり。

 こういう場所は今はなかなかありません。
 みんなひとりひとり別々になってしまって、余計なことには口をはさまなくなってしまいました。
 それって、なんだかさびしくないですか。
 ろくちゃんや商店街の人たちをみてると、うらやましくて仕方がありません。
  
(2014/05/18 投稿)

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  60歳定年まで
  あと10ヶ月をきりました。
  長い人生の
  10ヶ月といえば
  あっという間です。
  準備はできているのと
  自問すれば
  大きな声で「はい!」というところまで
  至っていないかも。
  そんな気持ちがあればこそ
  『定年がやってくる』というタイトルに
  惹かれるのも無理がありません。
  著者は青木るえかさん。
  といっても
  私も初めての書き手でしたから
  ただただタイトルに惹かれただけ。
  読んでみてびっくり。
  まあ、これぐらいの元気がないと
  定年後の人生なんて
  生きられないかも。

  じゃあ、読もう。

定年がやってくる: 妻の本音と夫の心得 (ちくま新書)定年がやってくる: 妻の本音と夫の心得 (ちくま新書)
(2014/04/07)
青木 るえか

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sai.wingpen  老後が心配な人へ                   

 真面目な話をしていてもすぐに茶化す人がいる(私が、そうです)。
 話している人は大層真面目ですから、むっとします。
 反対に話をしかかって、聞く人があまりに真面目な顔をしているので茶化してしまう人もいます(私が、そうです)。
 聞いている人は大層真面目ですから、こちらもむっとします。
 真面目な時はできるだけ真面目にしないといけません(私も、反省しています)。
 この本もなんだかそんな気分にさせられます。

 題名が真面目です。
 シニア世代が増えてきて、「定年」と言う言葉に過敏になっている人も多いと思います。
 私もあと一年で定年、まさしく「定年がやってくる」年齢です。
 それにつけられた副題が「妻の本音と夫の心得」とくれば、真面目に興味がわくというもの。
 しかも、ぱらぱらとページをくれば、「世帯主の年齢階級別1世帯当たりの貯蓄・負債、年間収入、持家率」といった真面目な図表が目にはいるではないですか。
 こちらは真面目そのもの。
 ところが、ところが、これはもう「大阪のおばさん」のノリそのものの茶化しの連続。
 著者紹介をよくよく読めば、「マヌケ主婦の本音をテーマにした著作多数」とあるではないですか。
 真面目に聞こうなんて考えた読者(私、です)が悪い。
 青木るえかという著者を知らなかった読者(私、です)がいけない。

 そもそもが「定年」という言葉に敏感になりすぎたのです。
 著者のように、あくまでもおおらかに、最後はクソ度胸のようなもので迎えるしかないのです。
 それに、この本は夫婦のこととか親のこととか書いてはありますが、著者が本当に言いたかったのはまさかとは思いますが、「猫」のこと。
 「老夫婦がいかに老後をやりすごすか」、その答えが「猫」なんて。
 でも、案外この答えは当たっているかもしれません。子どもと一緒にいると大人の経験では子どもの行動が読めないそうで、それが脳の活性化には良いと聞いたことがあります。
 多分「猫」だったら、子どもの比ではないはず。
 いつまでも、元気はつらつに過ごせるのでは。

 茶化されたら、茶化し返す、それぐらいの大らかさがないと、老後が心配。
  
(2014/05/17 投稿)

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  今日は
  平岩弓枝さんの「御宿かわせみ」傑作選
  2巻め『祝言』を
  紹介します。
  小説を読んで
  深い思いをするのもいいですが
  この小説のように
  あったかい気持ちになるのは
  もっといいですね。
  書評の中で
  兄弟のことにふれていますが
  私にも兄が一人います。
  これは「御宿かわせみ」に出てくる
  通之進のように優秀で
  小さい頃はよく比較されて
  つらかったことがあります。
  けれど
  いつも私のことを心配してくれて
  なにかと面倒をみてくれるのも
  兄です。
  「御宿かわせみ」を読みながら
  そんな兄に感謝していました。

    俺の兄上は、やっぱりたいしたものだと思うよ

  主人公神林東吾のせりふですが
  私も同じ気分です。

  じゃあ、読もう。

御宿かわせみ傑作選 2 祝言 (文春文庫)御宿かわせみ傑作選 2 祝言 (文春文庫)
(2014/02/07)
平岩 弓枝

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sai.wingpen  「御宿かわせみ」は家族小説でもある                   

 「御宿かわせみ」傑作選の2巻め。
 シリーズ全34巻最大の人気作といわれる「祝言」、痛快ミステリー(読了後の感想でいえば人情噺ともいえる)「矢大臣殺し」、主人公神林東吾の友人で医者の天野宗太郎とかつて東吾を慕っていた七重夫妻の長女花世の幼い冒険譚「花世の冒険」など7篇が収められている。
 ちなみに、この巻は宗太郎と七重の結婚を描いた「忠三郎転生」から始まっているのだから、その夫婦に花世という子どもの姿まで描いた作品が同時に読めるのであるから、傑作選とはありがたいものだ。

 表題作になっている「祝言」は主人公の東吾と「御宿かわせみ」の女主人であるるいとの永い春に決着をつける祝言の模様から始まる。
 シリーズのファンにとって、長い間この二人がどうなるかやきもきしたはての挿話であるから、人気が高いのも頷ける。
 それにもまして、素直にいいなあと感じたのは、東吾と兄の通之進の兄弟愛である。
 学問が好きで和歌や詩文にも秀でていた通之進は、父親が亡くなったあと、若くして吟味方与力の職に就き、同僚や上司の受けもすこぶるよい、優秀な兄である。
 一方の東吾は次男の気軽さで自由奔放に生きてきた。身分等に縛られないるいとの恋愛も、そうであろう。
 そんな弟の性格と将来を思い、通之進は東吾の妻にぬいをふさわしいと決断したのだ。
 新婦のために神林家の家紋を染め抜いた結婚装束まで用意し、ぬいもまた通之進の配慮に涙が流れてやまない。
 祝言のあと、ぬいと二人きりになった東吾の言葉がいい。
 「俺の兄上は、やっぱりたいしたものだと思うよ」。
 弟を想う兄、兄を尊敬する弟。
 こういう兄弟もなかなかいないだろうが、それをさらっと描いてしまうのが、平岩弓枝の巧さだろう。

 「御宿かわせみ」シリーズの人気はこのような兄弟愛や夫婦愛(東吾とぬいの夫婦だけでなく、このシリーズでは通之進と香苗夫婦や宗太郎・七重夫婦など数多くの夫婦が描かれている)あるいは市井の人たちの人情など、現代では廃れいく人としても心の機微が描かれているからである。
 心地よい江戸の風にしばし吹かれている。
  
(2014/05/16 投稿)

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  人気が高まってから
  追いかけている作家というのが
  やはりあって
  原田マハさんもそんな一人です。
  今一番新しい本が
  今日紹介する『太陽の棘(とげ)』。
  本屋さんの平台で見つけて
  飛びつきました。
  表紙の肖像画を目を惹きました。
  原田マハさん得意の
  絵画小説なのが
  うれしいですね。
  『太陽の棘』というタイトルも
  いい。
  こういう小説を
  書き続けてもらいたい。
  それにしても
  表紙装丁の肖像画は
  力強いですね。
  実はこの本、
  裏表紙もいいのですよ。
  ぜひ、本屋さんで表も裏も
  ごらん下さい。

  じゃあ、読もう。
  

太陽の棘(とげ)太陽の棘(とげ)
(2014/04/21)
原田 マハ

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sai.wingpen  棘のように心にとどめよ                   

 あなたは玉那覇正吉という画家を知っているだろうか。
 原田マハのこの作品に出合うまで、私は知らなかった。
 玉那覇正吉は1918年生まれ(1984年没)。沖縄にロダン以降の近代彫刻を持ち込んだ画家・彫刻家である。
 インターネットで調べると、「沖縄戦直後の首里に興った「ニシムイ美術村」での制作を皮切りに美術界をリードし、ひめゆりの塔のレリーフなど数多くの記念碑を残した」といった記事が出てくる。
 この本の裏表紙の装丁に使われているのが、玉那覇正吉の「自画像」の一部である。
 強い意志を感じる眼光の強さの一方で優しげな表情をのぞかせている。
 表紙の絵は、戦後の沖縄で正吉と親交があり絵の手ほどきも受けたアメリカ軍の軍医スタンレー・スタインバーグ氏の肖像画だ。
 これは、このスタンレー・スタインバーグ氏を主人公として、終戦後間もない沖縄の地に生きた芸術家ったちの悲しみと生命の逞しさ、かつての敵味方を超えた男たちの友情を描いた物語である。

 終戦後間もない沖縄は「そのへんをほじくり返せば、新鮮な人骨が出てくる。そういう土地」と駐留を始めたアメリカ兵たちに揶揄されたところだった。
 スタインバーグ氏はそこに精神科の軍医と赴任してくる。本国に婚約者と家族を残して。
 そんな土地を知るために休日に沖縄の村々に出かけた氏は、偶然沖縄出身の芸術家たちが集団で暮らす「ニシムイ美術村」を見つける。
 氏にはかつて絵画を愛したあたたかい時間があった。
 その村のリーダーが正吉である。

 美術を愛するもの同士の心の交流であっても、アメリカ軍によって故郷を「人骨」だらけにされたという思いが沈殿している正吉はある時、スタインバーグ氏に激しい言葉を投げつける。
 「さっさと本国へ帰っちまえ!」
 それでも、二人の友情は一枚の肖像画を仲立ちにして途切れることはなかった。
 戦争という悲劇がなければ、正吉たちの活動はもっと陽のあたるものになったかもしれない。
 しかし、その悲劇を超えて、沖縄の男とアメリカの男が出会ったのも絵画というものがあったからだ。

 絵画の持つ魅力をよく知る原田マハだからこそ描けた、物語ともいえる。
  
(2014/05/15 投稿)

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  昨日のブログで
  4月30日に亡くなった渡辺淳一さんの
  追悼書評を書きましたが
  渡辺淳一さんといえば
  確かに男女小説を極めた作家ですが
  やはりそれだけではないので
  今日は2013年の2月に紹介した
  直木賞受賞作光と影』の
  再録書評を掲載します。
  書評のタイトルを
  「渡辺淳一は女だけを書いてきたのではない」としたように
  この作品には渡辺文学の特長である
  男女の情愛は描かれていません。
  もしかすると
  昨日紹介した『告白的恋愛論』に登場する
  女性との関係があって
  渡辺淳一さんは
  男女小説を書かなければと
  思い立ったのかもしれません。

  じゃあ、読もう。

光と影 (文春文庫)光と影 (文春文庫)
(2008/02/08)
渡辺 淳一

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sai.wingpen  渡辺淳一は女だけを書いてきたのではない                   

 第63回直木賞受賞作。(1970年)
 渡辺淳一といえば、『失楽園』や『愛の流刑地』といった官能的ドラマの名手として人気が高いが、もともとは医学の道を目指した学究の徒であることはよく知られる。医学博士としての肩書もある。
 そんな渡辺が作家の道に専任しようと決意したのは、1968年日本で最初の心臓移植に疑問を感じたゆえのことであることを、自身の半生を綴った日本経済新聞の「私の履歴書」(2013年1月連載)に記している。
 直木賞受賞の際には、まず「この報せを受けるや否や、わたしは札幌にいる母に連絡した」と、初々しい気分を書いている。
 同時に、これからの作品については、「正直いって、わたしは女性が好きである。それをこれからの小説に生かさないという手はない」と、考えたともいう。
 すでにこの時、将来の渡辺作品は孵化しかかっていたのだ。

 この『光と影』は、のちに内閣総理大臣となる寺内正毅の西南戦争時に受けた大きな負傷と同じように傷を受けた男、小武敬介の半生を描いた作品である。女性の姿はほとんど点景にとどめ、現在の渡辺から想像しがたいくらい、骨格のしっかりした歴史小説だ。
 同じ野戦病院で手術を受けた小武と寺内。ただカルテの順番が小武の方が先だったために彼は右腕を失い、あとの寺内は不自由とはいえ右手を残すことになる。片手を失った小武は退役となるが、寺内は軍にとどまりその後国家元首まで上り詰める。
 寺内は「光に向い」、自分が「影になっていく」ことに小武は憤りを感じ、荒んでいく。
 同じ道、もしかしたら自分の方が優秀だったかもしれない道を歩みながら、偶然が男たちの日々を隔てていく。
それは男がゆえの見栄であったり、拘りだともいえる。
 渡辺の筆は、寺内の人生と小武のそれを比べるものではない。淡々と読ませる。

 選考の際に強く推したのは海音寺潮五郎だった。「描写が的確であり、医学的面は作者の職業がら自信に満ちて」いると高く評価している。
 また、あの司馬遼太郎が「感服した」といい、水上勉も「よく二軍人の人生を追跡し、文章も簡略なのがまた効を奏している」と記している。
 作品についてはいうことはないが、ただ題名の『光と影』はあまりにもそっけなく過ぎる。もう少し工夫があってもいい。
 渡辺は現在直木賞の選考委員だが、この題名では受賞作として推挙しないのではないだろうか。
  
(2013/02/01 投稿)

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  渡辺淳一さんの訃報には
  驚きました。
  5月5日の夕方速報で流れましたが
  実際には4月30日に亡くなられています
  渡辺淳一さんの小説に
  一時はまったことがあって
  多分『失楽園』がベストセラーになった
  1995年頃だと思います。
  その頃、
  渡辺淳一さんの作品は
  映画化やドラマ化もたくさんされていて
  一番華やかな時代であったと思います。
  もう一度読んでみたい
  というかはまってみたいという表現が
  ぴったりする作品群だといえます。
  今日は小説ではなく
  渡辺淳一さんの女性遍歴を綴ったエッセイ
  『告白的恋愛論』を
  紹介します。
  そういう男性を毛嫌いする女性も
  多いと思いますが
  そういうことも含めて
  渡辺文学の世界と
  考えてみて下さい。

  渡辺淳一さんのご冥福を
  お祈りいたします。

  じゃあ、読もう。

告白的恋愛論告白的恋愛論
(2009/12/11)
渡辺 淳一

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sai.wingpen  追悼・渡辺淳一さん - 男が一人女がひとり                   

 作家の渡辺淳一さんの訃報(4月30日逝去)に多くのマスコミが「男女の愛と性を赤裸々に描いた」(朝日新聞デジタル版)といったような形容をつけていました。
 それほどに渡辺さんの描いた『ひとひらの雪』や『失楽園』といった男女小説は人気が高かったといえます。
 「洛陽の紙価を高める」ということわざを覚えたのは、1995年日本経済新聞に『失楽園』が連載されていた時で、毎朝の話題がこの小説のことだったのを覚えています。
 実際には『失楽園』以前から渡辺さんは男女小説を執筆されていて、『失楽園』はそれまでの作品の究極にある結晶体だといえます。

 そんな渡辺さんが晩年自らの半生を語ることが多くなりました。
 日本経済新聞の人気コラム「私の履歴書」を連載したのが2013年1月で、わずか1年前のことです。また『いくつになっても』というタイトルで書籍にもなった「週刊現代」連載の半生記も2013年5月からのことで、まるで自身の死を意識していたと思える執筆活動だったといえます。
 それにしてもあれだけの男女小説を書いてきた渡辺さんにしてはいづれにしても上品で物足りなさを感じていたのですが、かつて関わった女性のことはこの『告白的恋愛論』ですでに「告白」していたことに気づきました。

 この「告白」は1995年から2年間にわたって全集の月報に綴られていたものです。
 新聞や雑誌とちがってあまり多くの人の目にふれないということもあったでしょうが、渡辺さん自身「よくここまで書いたものと、正直、自分で驚き呆れてもいる」とあるように、いくら名前や職業を変えているとはいえ、生々しい。
 ここには渡辺文学の原点ともいえる『阿寒に果つ』のモデルとなった加清純子を始め9人の女性が登場します。
 もちろんそれぞれタイプが違いますが、渡辺さんの人生の時々に影響を与えた女性たちだったことはにまちがいありません。
 渡辺さん自身、「現在のわたしがこれまで出会ってきたさまざまな女性たちによって形づくられ、育まれてきた」と書いているように、彼女たちとの恋愛を後悔することなく、ひたすら感謝している姿は、やはり渡辺さんらしいといえるでしょう。

 この世には男と女しかいません。
 しかし、その関係はひとつではありません。
 渡辺淳一という作家は、そのことをひたすら描こうとしていたのではないでしょうか。
  
(2014/05/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  私は以前
  仕事の関係で福島市に数年住んでいたことがあります。
  その時
  今日紹介する門田隆将さんの
  『記者たちは海に向かった』で描かれた
  福島民友新聞さんにも
  大変お世話になりました。
  書評にも書きましたが
  福島県には「福島民友」と「福島民報」という
  2つの新聞社があります。
  福島駅をはさんで
  西と東に本社があって
  二つの本社とも
  たびたびおじゃまさせて頂きました。
  そのひとつ
  福島民友新聞社東日本大震災のあと
  どのように苦境を脱したかが
  この本に描かれています。
  福島在中時にあれだけお世話になりながら
  これだけの苦境にあった人たちに
  何の支援も励ましの声も出せないかったことを
  いまはただ恥ずかしさとともに
  悔いています。
  いまは
  この本をたくさんの人に読んでもらえればと
  そのための一助になればと
  願うしかありません。

  じゃあ、読もう。

記者たちは海に向かった  津波と放射能と福島民友新聞 (ノンフィクション単行本)記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞 (ノンフィクション単行本)
(2014/03/07)
門田 隆将

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sai.wingpen  魂をゆさぶるノンフィクション作品                   

 福島県には「福島民友新聞」と「福島民報新聞」という2つの地方新聞をもつ珍しい県である。
 本作はそのうちのひとつ「福島民友新聞」が、2011年3月11日の東日本大震災のあと、どのようにして「紙齢」と呼ばれる創刊以来の新聞社の歴史が途絶える危機を乗り越えていったかを、そしてそれを支えた記者たちの仕事に対する姿勢と苦悩を描いた渾身のノンフィクション作品だ。

 東日本大震災は福島県に津波と福島原発事故という二重災害をもたらした。特に福島原発事故による風評被害はもしかすれば直接の被害よりも福島の人々の心を痛めた「人災」であったといえる。
 さらにはいまだに故郷に戻れない多くの人々もいるし、東北の被災各県の中でもガレキ処理が大きく遅れている。
 だからこそ、地元紙である2紙の責任と存在は大きい。
 本書では「福島民友新聞」が舞台となっているが、新聞というメディアにおいては変わりはない。
 報道に携わる人たちの勇気や心意気は同じだろう。
 あるいは、福島に生きる人たちの思いもそうかもしれない。
 「福島民友新聞」の、2011年3月12日の社説の、「私たち福島県民にとって」という書き出しこそ、「福島民友新聞」の、福島で報道する人間にとっても、福島で生きるものすべての人の、強い思いであったと思うのだ。

 本作には地震のあと「海に向かった」地元支局の記者たちの姿を描かれている。
 そのうちの一人が犠牲となった。また別の一人は、津波にのまれそうになる老人と子どもを助けられなかったことにその後も悩み続ける。
 さらには地元の人間としてなじんでいた原発のある光景と記者として東京電力の人間と交わりのあった記者が記者会見の後ともに涙を流す姿も書かれている。
 記者とはいえ、一人の人間である。もし、そこから逃げ出したとして、誰が非難できようか。
 それでも「海」をめざした記者がいた。
 避難家族を乗せたまま、放射能避難区域に車を走らせた記者がいた。

 著者の門田隆将は「はじめに」でこう書いた。
 「ジャーナリストである私には、この悲劇の中で挫けず闘いつづけた人々のことを「後世の日本人」に残すことしかできない」と。
 東日本大震災で犠牲になった多くの人たちとそれを乗り越え生きていくもっと多くの日本人に捧げられた、これは魂の一冊である。
  
(2014/05/12 投稿)

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  東日本大震災から3年2ヶ月。
  くしくも今日は母の日です。
  あの日
  お母さんを亡くした子もいれば
  子供を亡くしたお母さんも
  いるでしょう。

    母の日やそのありし日の裁ち鋏  菅裸馬

  この句のような
  思いをもっている被災者の人も
  たくさんいると思います。
  そんな人にもひとしく
  母の日がこうして
  やってきます。
  母という言葉にふれるだけで
  なんだかほっとします。
  私の母ももういませんが
  遠くの空から
  がんばってるかい、と
  いつも見守っていてくれる気がします。
  今日紹介する絵本は
  鎌田實さんが文を書き
  長谷川義史さんが絵を描いた
  『ほうれんそうは ないています』です。
  福島原発事故で
  放射能の被害をうけたものたちを
  描いた絵本です。
  お母さん。
  ぜひ子供たちと一緒に
  読んで下さい。

  じゃあ、読もう。

ほうれんそうは ないています (ポプラ社の絵本)ほうれんそうは ないています (ポプラ社の絵本)
(2014/03/10)
鎌田 實

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sai.wingpen  この絵は長谷川義史さんしか考えられなかった                   

 長谷川義史さんは大阪出身の絵本作家です。
 長谷川さんの絵本には大阪人のおおらかさがつまっています。
 パワー全開の「おばちゃん」パワー。幼気で純な「おじさん」気質、大口を開けて笑いころげる吉本芸人なみのあほらしさ。
 マイナスをプラスに変えてしまう、これこそ人間力といっていいものが、長谷川義史さんの絵本にはあります。

 1995年に阪神大震災が起こりました。
 倒壊した高速道路や燃え上がる街、たくさんの死傷者。
 それはとても悲しく、つらい光景でした。
 けれど、街は見事に復興していきます。
 マイナスをプラスに変えてしまう、関西人の力といってもいいかもしれません。
 長谷川さんの絵本には、阪神大震災から復興した関西人の血が流れています。
 
 2011年3月11日の東日本大震災は阪神大震災の規模さえ超えて大きな災害となりました。さらには、福島原発事故という、未来のこの国に重い宿題まで残すことになってしまいました。
 この絵本は福島原発事故で福島の人たちとそこに生きる食物や動物、魚にいたる生きとし生けるものがどれだけの苦しい思いをしたかを、医師で文筆家の鎌田實さんがやさしい言葉で、けれど言葉の怒りは大きい、描いたものです。
 絵は、長谷川義史さんが描いています。

 鎌田さんは「絵は絶対に長谷川義史さんに描いてもらいたい」と思ったそうです。
 「イキモノたちのくやしい思いを表すべく」、「こどもたちに正面から伝わるように」、鎌田さんの願いを長谷川さんは力強いタッチで描いています。
 怒りのパワーはすごいけれど、それでも長谷川さんの絵には「負けるなよ」というメッセージが込められています。
 表紙のほうれんそう畑、最後のページの青々とした山の連なり、そして海。
 長谷川さんは美しい自然をはじめとおわりにもってきました。
 それは、鎌田さんの、そして長谷川さんの願いそのものといえるでしょう。
 
 「この絵は長谷川さんしか考えられなかった」と、鎌田さんは書いています。
 私もそう思います。
 この絵本を読んで、長谷川さんの生きる力を感じてもらいたい。
  
(2014/05/11 投稿)

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  明日で
  東日本大震災から3年2ヶ月になります。
  そこで、今日は
  岩波書店編集部による
  『3.11を心に刻んで 2014』という本を
  紹介しまう。
  すでにこのシリーズは三冊めになります。
  このブログでも紹介したことが
  あります。
  書評にも書きましたが
  こういう継続する力こそ
  復興につながる本当の支援では
  ないでしょうか。
  さすが岩波書店です。
  私もこうしてブログで書きつづけていますが
  けっしてえそれは大きな力ではないと
  思っています。
  けれど、小さい力であっても
  それが私のできること。
  だから、これからも
  続けていきます。

  じゃあ、読もう。

3.11を心に刻んで 2014 (岩波ブックレット)3.11を心に刻んで 2014 (岩波ブックレット)
(2014/03/05)
岩波書店編集部

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sai.wingpen  みんなちがう。だから、いい。                   

 岩波書店のホームページを開くと、東日本大震災から3年以上経った今でも「3.11を心に刻んで」というコンテンツがある。
 多くの新聞雑誌がほとんど報道をしなくなった今でもそのことを続けている意義は大きい。
 それはけっして岩波書店が大手出版社であるとか老舗であるといったことではなく、出版に携わるものの使命として、ある。
 頭がさがる。

 震災後2ヶ月が経った2011年5月からホームページ上で連載が始まったという。
 この本ではその連載の2013年3月から2014年2月までのものを収録している。
 はじめに、本や実際に耳にした言葉の引用があり、各界の著名人が文章を綴るという形式になっている。
 この巻では作家の田口ランディや作曲家の大島ミチル、あるいは落合恵子や津村節子、さらにはNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で音楽を担当した大友良英といった方々が執筆している。

 「チエあればチエを、力ある奴は力を!」。絵本作家のかこさとし(加古里子)が引用した言葉である。
 かこがかつて川崎セツルメント子ども会という活動をしていた時、一人の少年が発した言葉らしい。
 実際にはこの言葉のあとに、「…(力を出して)助けあうんだ」となる。
 人はすべて同じものをもっているとは限らない。歌のうまい人もいれば、文章がうまい人もいる。頭脳明晰な人もいれば、体力だけは誰にも負けないという人もいる。
 足の速い人もいれば、背の高い人もいる。
 同じ人なんてどこにもいない。それが個性だ。
 みんながちがう。だから、いいのだ。
 この本に書かれている文章だって、あたりまえだが、同じものなど一つもない。

 支援の仕方だってそうだ。
 義援金を差し出す人もいれば、被災地で消費して地元の活性化になればという人もいるだろう。
 それのどれが正しいのかなんて、ない。
 いえるとすれば、3年が経とうが、5年になろうが、あの日のことを忘れないことだ。
 そのことだけは、皆ひとしく言えるのではないだろうか。

 だからこそ、岩波書店のこの取組みの意義は大きいのだ。
 本書には、被災地の地元新聞「河北新報社」の記者たちの現地ルポ「歩み」も併録されている。
  
(2014/05/10 投稿)

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  久しぶりの「百年文庫」です。
  ゴールデンウィークが終わって
  そのあとで「」というのも
  おかしな趣向になりました。
  ちなみにいえば
  秋の長い連休は
  シルバーウィークと呼ばれていて
  実は来年2015年の9月には
  5連休が実現しそうだとか。
  「百年文庫」の話に戻ると
  94巻めのこの巻には
  堀田善衞小山いと子川崎長太郎といった
  実力派作家の作品が
  収録されています。
  こういう作品を読むと
  現代の短編が薄っぺらに思えて
  仕方がないのも
  残念です。
  こういう短編を読めるのがうれしい
  「百年文庫」です。

  じゃあ、読もう。

銀 (百年文庫)銀 (百年文庫)
(2011/09)
堀田 善衞、川崎 長太郎 他

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sai.wingpen  「銀」とはあるが黄金級                   

 黄金週間が終わって、漢字一文字をタイトルにしている「百年文庫」から「銀」というタイトルの巻を選んだのは偶然なのだが、黄金に続く「銀」みたいな読書体験になった。
 もっともここでの「銀」は海の銀波をあらわす色としてとらえられている。
 全100巻の「百年文庫」の94巻めにあたるこの巻には、堀田善衛の『鶴のいた庭』、小山いと子の『石段』、それに川崎長太郎の『兄の立場』の三篇が収められているが、どの作品も現代ではなかなか出合えない重厚な短編といえる。
 若い作家たちはこういう作品を読むことはあまりないのかもしれないが、ものの描写にしろ心情の描き方にしろ、現代のものよりうんと深い。
 あるいは現代の読者もこういう短編を読むことで、作り手側の質をもっと求めるべきではないだろうか。

 中でも、「広場の孤独」で第26回芥川賞を受賞した堀田善衛の『鶴のいた庭』は絶品である。
 日本海に面した港で今は没落したものの、かつては望楼まであった廻船問屋を営む生家のありし日の姿と、その家とともに命の残り火を閉じていく曾祖父を描いて、人生の流転ともいえる儚さをなんともいえない作品。
 タイトルにあるように二羽の鶴まで飼っていたというのがシンボリックだし、その鶴を飼育する「けっつあ老人」もかつての栄華を体現した存在として、うまく描かれている。

 小山いと子は「執行猶予」で第23回直木賞を受賞した実力派だが、この巻に収録されている「石段」はどちらかといえば純文学系の作品といえる。
 旅先の佐渡で出会った不躾で足の悪い男。そんな父を羞じる姉と弟。妻であり母である女の姿は見えない。
 そんな奇妙な家族と行き先々で一緒になる「私」はすっかり滅入ってしまう。帰りのバスにも同乗するはめになる。その途中、縁結びの神を祀る神社で男は突然バスを降りて、長い石段を昇り始める。どういう事情か、帰ってこない妻が早く戻ってくることを願って。足をひきずりながら石段を昇る父親。それを見つめる姉弟。
 「私」の視点はいつしか読者のそれに同化していく。
 最後の「兄の立場」を書いた川崎長太郎は私小説作家として人気が高い。貧しい一家の、それでも温かな兄弟の姿を描く短編である。

 「銀」とはあるが、黄金級の三篇といっていい。
  
(2014/05/09 投稿)

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  今年の連休は
  結局世田谷文学館の「茨木のり子展」に
  出かけただけで
  終わってしまいました。
  そんななか、
  5月5日の夕方
  作家の渡辺淳一さん死去のニュースが
  とびこんできて
  驚きました。
  渡辺淳一さんといえば
  3月のおわりに自伝的な『いくつになっても』を読んだばかり。
  あるいは、
  日本経済新聞に「私の履歴書」を連載したり
  ご自身の死を想っていたのでしょうか。
  渡辺淳一さんの作品に
  一時はまったことがあります。
  ちょうど『失楽園』がブームの頃です。
  また機会があれば
  もう一度読んでみようかな。
  今日は
  平松洋子さんの『本の花』という書評本を
  紹介しますが、
  ちょっと渡辺淳一さんのことが
  書きたくなったので 書きました。

  じゃあ、読もう。

本の花本の花
(2013/12/05)
平松 洋子

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sai.wingpen  満腹の書評本                   

 エッセイスト平松洋子さんの守備範囲は広い。
 得意とする食についてもものだけでなく、食のエッセイでは東海林さだおさんの後継者は平松さんしかいないと思っている、暮らし全般についてもいい文章を書く。
 それに加えて、書評家としての評価も高い。
 先に刊行した『野蛮な読書』という本にまつわるエッセイで第28回講談社エッセイ賞を受賞したくらい。
 けれど、たぶん平松さんと本との関係はずっと以前からのものであって、そういう素地があればこそ食とか暮らしのエッセイが書けたのだと思う。
 いうなれば、始めに本ありき、であったのではないか、平松洋子さんにとっては。

 この本はそんな平松さんが新聞や雑誌、はたまた文庫本の解説などで書いてきた書評をまとめたものだ。
 本好きである平松さんが原稿を書いたり料理をしたりお酒を飲んだりする傍らで、というより本を読んでいる傍らでそれらのことを行っているともいえる。
 そのあたりの事情は、本書のための書き下ろしの「夏の本」「秋の本」に詳しい。
 箸でページを繰るみたいな。
 行儀が悪いが、それが平松流ともいえる。

 書評本であるこの本は四つの章に分かれている。
 一つめは平松さんが得意とする「食の本棚」、ここでは向田邦子の『嘘つき卵』や今話題の北尾トロとえのきどいちろうの「山田うどん」本などが紹介されている。
 二つめは「物語の本棚」で。倉橋由美子の『暗い旅』といった懐かしい本から橋本治の『初夏の色』といった新しい物語まで。ここでは書評家平松さんの実力に圧倒される。
 三つめは「暮らしの本棚」。星野博美さんの『戸越銀座でつかまえて』や森山大道の写真集まで幅広いジャンルの本が網羅されている。
 いったい平松さんはどんな惑星から来た宇宙人であろうかと驚愕する。
 最後は「買って、読んで」と、手あたり次第の読書三昧。
 いや、はや。

 食を文章に紡ぐ人は語彙が多くないとやっていけないと思うが、平松さんの場合も並はずれている。
 あまりに豊富な言葉の氾濫に圧倒される。
 おなかいっぱい本を読んだ気分にされてしまう。
 これこそ、満腹の書評本である。
  
(2014/05/08 投稿)

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  昨日世田谷文学館
  「茨木のり子展」のことを書きましたが
  その余韻のまま
  今日は茨木のり子さんの
  『人名詩集』という詩集を
  紹介します。
  詩集というのは
  今日の本のように
  単独で編まれて私たちの手元に
  届きます。
  そのうち
  詩人の代表作が何篇か集められ
  詩人の名前を冠にした詩集が
  編まれます。
  私たちが手にするのは
  そういう場合が多いのでは
  ないでしょうか。
  でも、こうして
  最初に陽の目をみた詩集の形で読むと
  その並びとかその時々の詩人の気持ちを
  感じることができます。
  そういう楽しみも
  いいのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

人名詩集―茨木のり子詩集人名詩集―茨木のり子詩集
(2002/06)
茨木 のり子

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sai.wingpen  死してもなお凛と                  

 茨木のり子の第四詩集である。
 とはいっても、2006年に亡くなった茨木のり子は豪華版の「全詩集」(花神社)も出ているし、先だっては岩波文庫にも収録されたくらいだ。
 この『人名詩集』はもともとは1971年に刊行されたが、この童話屋の版は2002年に復刊出版されたもの。タイトル通りの詩はない。
 詩の中に「人名が多く出てくる」というので、このタイトルになったと、茨木自身が「あとがき」に書いている。

 19篇の詩が収録されている。
 中でも「吹抜保」という詩が面白い。
 詩人が散歩の途中で見つけた「一軒の表札」。そこには「吹抜保」の文字が。
 「吹抜保 いい名前だ 緊張がある」と詩人は書く。そして、「年はわからないが/たもっちゃん/ながく ながく 保っておれ」と、詩人の目はやさしい。
 「一軒の表札」を前にそれを見上げる詩人の姿に、微笑ましいものを感じる。
 名前がはいった詩ということでは「四月のうた」もいい。
 「富山のことを富山(とみやま)県といっていた進は/歯医者になった」という文で始まるこの詩には、たどたどしくもあどけない子どもが成長し、「いっぱしの大人」になったことを冷静な目で詠っている。

 茨木のり子には「凛とした」という言葉がよく使われる。
 そんな彼女らしい詩が「くりかえしのうた」だ。
 日本の高校生が在日朝鮮高校の生徒に乱暴したという事件をとりあげ、「父母の世代に解決できなかったことどもは/われらも手をこまねき/孫の世代でくりかえされた 盲目的に」と続く。
 そして、茨木はこう詠わずにはいられない。
 「分別ざかりの大人たち/ゆめ 思うな/われわれも手にあまることどもは/孫子の代が切りひらいてくれるだろうなどと/いま解決できなかったことは くりかえされる/より悪質に より深く 広く/これは厳たる法則のようだ」
 この詩を読んで、福島原発の事故のことを思った。あれこそ、私たちが起こした問題だ。
 あるいは、この国の財政問題にしてもそうだ。
 この詩は茨木の警告であったのだ。
 「分別ざかりの大人たち」は、茨木のり子のこの詩を、ゆめ忘れてはならない。
 詩人は死してもなお、凛としている。
  
(2014/05/07 投稿)

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 詩集を読む人が、今
 どれだけいるかわからないが
 詩集とは詩を一つひとつを読むだけでなく
 頁の余白や詩の並び、
 あるいは表紙の絵柄、その手ざわり、
 全体を読むということだと思います。
 物語を読むのとは
 大きな違いがあるのではないかしらん。
 そんな詩集を一冊読んだような
 展覧会に昨日(5.5)行ってきました。
 茨木1
 東京・世田谷文学館で開催されている
 「茨木のり子展」です。
 展覧会全体が
 詩人・茨木のり子さんという人生の詩集であるかのような
 センスがあって、気高く、上品で
 美しい。
 そんな展覧会でした。



 まず、入り口でパンフレットをもらいます。
 谷川俊太郎さんが撮ったという茨木のり子さんの写真の表紙。
 これが四種類あるのです。
 茨木2
 中は展覧会の内容を紹介をしているのは同じ。
 でも、表紙の写真が違います。
 「どうぞ、全種類お持ち下さい」と
 受付嬢さんのやさしい言葉に、
 ありがたく頂きました。

 展覧会全体の構成は
 茨木のり子さんの人生の順に作られていますが、
 壁に一篇の詩が印字されていたり
 贅沢な造りです。
 茨木のり子さんの日記や手紙、
 それぞれの詩集の初版本など
 たくさんの展示が続きます。
 ご主人の望みで買った
 スウェーデン製の椅子や
 愛用の眼鏡などもあります。

 最後のコーナーは
 薄い白の布に覆われて、
 そこに茨木のり子さんが遺した
 「Yの箱」が展示されています。
 茨木のり子さんは
 2006年2月17日に自宅で亡くなりましたが
 発見されたのは2日後の19日でした。
 それを独居老人の孤独な死と受け止めるかどうかわかりませんが
 私にはなんとも静かな時間にように
 思えてなりません。
 その後、見つかったのが「Yの箱」です。
 そこにはのちに詩集『歳月』としてまとめられる詩稿や
 草稿などと一緒に
 茨木のり子さんが49歳の時に死別した
 夫・三浦安信さんとの写真も数葉はいっていました。
 「Yの箱」の「Y」とは
 夫・安信さんの頭文字です。

 どこにでもある小さな箱
 そして数々の詩片。
 白い壁。
 そこに浮かびあがる詩。
 そこにいるだけで胸が震えるような
 感動を覚えました。
 そこには茨木のり子さんはいないけれど
 茨木のり子さんが私たちに遺してくれた
 時間がうんとつまっています。
 ここを閉じないと
 茨木のり子という詩人の人生の
 詩集はおわらない。

茨木3  出口で展覧会の図録を購入。(1200円)
 思わず、「よかったですね」と声がでました。
 「茨木のり子展」は6月29日まで開催されています。
 入場料は700円。
 詩集をまるごと読めたとしたら
 うれしい料金です。

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  今日はこどもの日

    子供の日小さくなりし靴いくつ   林翔

  せっかくなので
  絵本のエッセイ集『あのとき、この本』を
  紹介します。
  71人の著名人の絵本にまつわるエッセイが
  収録されたこの本には
  こうの史代さんの漫画も
  ついています。
  連休のなかば
  こういう本を読みながら
  子どもたちと過ごすのも
  悪くはありません。
  そして、
  今日は立夏でもあります。
  暦の上では、
  というよりここ数日の天気そのままに
  夏。
  何度か紹介しましたが
  立夏といえば
  やはりこの俳句。

   おそるべき君等の乳房夏来る  西東三鬼

  短詩ながら
  大いなるドラマを観ているような
  俳句です。

  じゃあ、読もう。  

あのとき、この本あのとき、この本
(2014/03/20)
不明

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sai.wingpen  絵本を読む楽しさ                   

 子どもの頃に絵本をたくさん読んだ人は幸福だと思う。
 残念ながら、そんな記憶がない人にとっては、うらやましい。
 子どもと一緒に絵本をたくさん読んだ人は幸福だと思う。
 残念ながら、そんな体験がない人にとっては、うらやましい。
 人生の少し先が見えてきた時にたくさんの絵本に出逢う人は幸福だと思う。
 これなら、まだ間に合う。
 人生に三度絵本と出合う、と柳田邦男さんは言っているが、本当はいつでも出合えるのが絵本ではないかしらん。
 そんなことを、この本を読んで思った。
 何しろこの本には71人の絵本好きがとっておきの大好き絵本を紹介しているのだから。

 どんな人たちがいるかといえば、天野祐吉、谷川俊太郎、松谷みよ子、安西水丸、佐々木マキ、林明子、井上荒野、高野文子、吉田戦車、長田弘と、71人全員を紹介できないのがもどかしくなるくらい。
 絵本作家と呼ばれる人もそうでない人も、子どもの頃にたくさん絵本を読んだことのある人もそうでない人も、懐かしい思い出話や固い絵本論みたいな話もあって、人それぞれに絵本への愛は違うのだと感じた。
 どんな絵本が紹介されているかといえば、『わたし』があって『だるまちゃんとてんぐちゃん』があって『いない いない ばあ』があって『こんとあき』がある。星野道夫の『アラスカたんけん記』もある。
 幼児向きから中学生向けの図鑑まで、人それぞれに大好き絵本が違う。
 この絵本は読んだけど、これは知らなかったという絵本もたくさんある。
 けれど、その人なりのその絵本に対する思いが文章に際立っている。

 この本がさらに贅沢なのは、それぞれの文章に『夕凪の街 桜の国』で知られる漫画家こうの史代の四コマ漫画がそえられている。
 しかもテーマは女の子と本なのだから、本好き絵本好きにはたまらない。
 読み始めた時にこうの史代の漫画だけ先に読もうかと思ったが、この四コマ漫画が71人のそれぞれの文章に呼応していて、文章と漫画を合わせて読むのがいいだろう。
  
(2014/05/05 投稿)

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  今日はみどりの日
  そして、
  歌人でもあり俳人でもあり演出家でもあった
  寺山修司の命日でもあります。
  季語の「修司忌」というのもあります。

   木にやどる滴もみどり修司の忌  成田千空

  実はそれを知ったのはまったくの偶然。
  今日紹介するレイン・スミス
  『グランパ・グリーンの庭』を読んで
  フッと
  寺山修司の名前と五月という言葉が浮かんで
  調べてみると
  今日が寺山修司の命日と
  知ったという具合。
  こういう出会いはなかなかありません。
  自分でも
  かなり驚いています。

  じゃあ、読もう。

グランパ・グリーンの庭グランパ・グリーンの庭
(2012/05)
レイン スミス

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sai.wingpen  われに五月を                   

 歌人でもあり詩人でもあり演出家でもあった寺山修司が亡くなったのは、1983年5月4日だった。
 寺山が初めて作品集を出版したのは1957年で、そのタイトルは『われに五月を』。
 その一節。
 「二十才 僕は五月に誕生した/僕は木の葉をふみ若い樹木たちをよんでみる/いまこそ時 僕は僕の季節の入り口で/はにかみながら鳥達たちへ/手をあげてみる」
 若き寺山の感情を高揚させたものに包まれて、寺山のその生涯を閉じたといえる。

 そんな季節にぴったりの絵本。
 緑あふれる表紙から、すべてのページに緑の木々が続く。
 この絵本は新緑あふれる公園で読むのが一番いい。
 目をあげて、寺山が詠った「僕の季節の入り口」を見、ページを開いて、そこにも季節を感じる。
 なんとも幸福な、絵本。

 グリーンおじいちゃんは庭師で、トピアリー作りの名人。
 トピアリーというのは、樹木や低木を刈り込んで作られたオブジェで、動物の形をしたものを公園などで見かけることも多い。
 おじいちゃんが作ったトピアリーは、おじいちゃんの人生そのもの。
 あかちゃんから初めてのキス、戦争体験、奥さんとの出会い、そして結婚。そして、たくさんの子どもに孫が生まれて。
 ひ孫にあたる少年がおじいちゃんの庭の案内役。
 トピアリーとともに、少年はおじいちゃんの人生をたどっていく。
 最近は「ときどき、いろんなことをわすれる」。でも、大丈夫。
 「庭が、ぜんぶ、おぼえてるから」。(この文があるページは2ページすべてが緑、緑、緑)
 そんな人生って幸せだなぁ。

 木々は話はしないけれど、唄いはしないけれど、私たちといつもある友だち。
 時に励まし、時に悲しみ、時に笑う。
 もし、私たちのそばに一本の木もなかったら、どんなに殺伐とした光景だろう。
 それって、まるで家族のようなものだといえないか。
 そして、五月が新しい木々たちが誕生する美しい季節。
 人生の目盛がひとつ、また動く。

 寺山修司はそんな五月を出口に選んで、遠くに逝ってしまった。
  
(2014/05/04 投稿)

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  今日は憲法記念日

   憲法記念日天気あやしくなりにけり  大庭雄三

  という俳句がありますが
  どうやらゴールデンウィークの後半は
  いい天気になりそう。
  この連休に
  東京ディズニーランドに行く計画をたてている人も
  多いのではないかしらん。
  そんな人のために
  東京ディズニーランドガイド本の紹介も
  面白かったのですが
  少し角度を変えて
  経営コンサルタントの草地真さんが書いた
  『ディズニー“おもてなし”の伝え方』という本を
  紹介します。
  ぜひランドやシーに行った際には
  キャストと呼ばれるスタッフから
  どんな「おもてなし」を受けたか
  メモしてみて下さい。
  そして、職場に戻った時に
  それを実行してみて下さい。
  あなたがディズニーのどんな魔法にかかるのか
  楽しみです。

  じゃあ、読もう。

ディズニー“おもてなしディズニー“おもてなし
(2014/03/21)
草地真

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sai.wingpen  お・も・て・な・し                   

 経済ニュース的なことから書くと、東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドの収益は相変わらず好調のようである。
 特に開園30周年だった2014年3月期は入場者数も3129万人(ランドとシーの合算)と初めて3000万人を突破し、三期連続の増収増益だったという。
 この勢いのまま今後10年間で5000億円の投資をし、テーマパークの充実を行うことも発表した。
 これだけ好調な東京ディズニーランドにあって、勝ち組に対する妬みや中傷がほとんど聞こえてこないというのも、珍しいことかもしれない。
 それどころか、今でも続々とその管理体制やキャストたちの「イイ話」が公開されている。
 典型的な正のスパイラル経営といえる。

 この本もタイトルに「ディズニー」と付いているように、その関連の一冊といっていいが、ここでは「おもてなし」ということに重点が置かれているので、ディズニランド以外にも有名旅館「加賀屋」や「ザ・リッツカールトンホテル」といった事例も紹介されている。
 特にディズニーランドでは「おもてなし」が出来ているゆえに、ゲストのほとんどはリピーターになり、これだけの入場者数を達成できているのだから、サービス業に携わる多くの人には興味のある一冊だろう。

 「おもてなし」というのは、2013年のオリンピック招致のプレゼンで使われて以来、脚光を浴びている言葉だ。
 流行語になった際に気をつけないといけないのは、言葉が一人歩きをする点だ。「おもてなし」にしてもそうで、実際には「サービス」との相違すら理解されていないといっても過言ではない。
 本書では「おもてなし」(ホスピタリティ)は「顧客側の視点」、「サービス」は提供者側の視点と定義されている。
 「お客様のために」という言葉をしばしば耳にするが、そのほとんどは提供者側の視点に立ったもので、その多くにお客様側は満足していないのが現状だ。

 本書では「おもてなしとは何か」という説明から入って、ディズニーランドでのその正体、そこでは何故よく伝わっていくのか、あるいはその人材の育て方まで収められいる。
 2020年の東京オリンピック開催時には、「おもてなし」が看板倒れにならないようにしたいものだ。
  
(2014/05/03 投稿)

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  「007」映画がすべて観た私にとって
  今日紹介するこの本のタイトルを
  本屋さんの平台で見つけた時、
  むむむ、と食指が動きました。
  『ジェームズ・ボンドは来ない』。
  作者は松岡圭祐さん。
  しかも、事実に基づいているというのですから
  さらに、むむむ。
  「007」映画で日本ロケが敢行されたのは
  「007は二度死ぬ」(1967年)で
  この時は若林映子さんらが
  ボンドガールに抜擢されています。
  この時の話かと思いきや
  実は2000年以降にも
  日本に、しかも香川県直島という小さな島に
  誘致活動があったというのです。
  知らなかったなぁ。
  それが物語の骨格になっていますが
  これは青春物語でもあります。
  読後感も清々しい、
  いい作品です。
  舘山一大さんの装丁も素敵です。

  じゃあ、読もう。

ジェームズ・ボンドは来ない (単行本)ジェームズ・ボンドは来ない (単行本)
(2014/04/01)
松岡 圭祐

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sai.wingpen  この作品の映画化を望みます                   

 「この小説は実話に基づいています」と、まずある。
 「実話」というのは、世界的に有名なあの「007」映画を香川県の直島という小さな島にロケ誘致するというもの。
 2000年の始めに実際にあったというが、そのニュースは知らなかったので、驚いた。
 この物語で重要な舞台の一つになっている「007「赤い刺青の男」記念館」は今でも現存するようで、香川県公式観光サイトにもちゃんと紹介されている。
 残念ながら、タイトルの通り、「007」映画のロケ誘致は失敗に終わるのだが、それに奮闘する島の人々の姿に、強く胸を打たれたのも、事実だ。

 主人公は遥香という島の少女。
 この少女が最初に登場するのが、まだ胎児の時なのだから、導入部からして引き込まれる。
 1987年島の集会の途中で母の志帆が産気づいて、島外の大きな病院に連れていかれる。この島には病院がない。そうして生まれた遥香が成長して、島を出るべきか残るべきかで悩む始める高校生の頃に、「007」の新作小説が発表され、直島がその舞台になっていたところから、映画のロケ誘致活動が始まっていく。
 やがて、遥香もその活動に積極的にはいっていくことになる。
 小さな直島に「ジェームズ・ボンドが来る」ことを願って。

 島民たちはほとんど手作りで「007「赤い刺青の男」記念館」を作り、「ボンドガールはうちや! コンテスト」を実施していく。
 島民たちの活動がどこかコミカルなのが、いい。
 考えてみれば、色々な市民活動は真面目な表情をしつつ、どこかに滑稽さがあるものかもしれない。
 それがあるから、生き生きとしているといってもいい。
 誰かの詩ではないが、「人間だもの」だ。

 県を巻き込んだ大きな活動になりかけた時、その実現が難しいという現実に突き当たる島民たち。
 挫折の物語ながら、読み終わったあとの清々しさはどうしてだろう。
 遥香という女子高校生を主人公にして、これは青春小説といっていい。
 ちょうど、嵐が抜けたあとの青空を見るような感じである。

 ジェームズ・ボンドは来なかったが、もしかして、この作品の映画化があったとすれば、それもまた、夢のような気分だ。
  
(2014/05/02 投稿)

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