プレゼント 書評こぼれ話

  熱帯夜が続いて
  毎日寝苦しい。

    手と足と分からなくなる熱帯夜   五島 高資

  私が子どもの頃は
  こんなでもなかった。
  もちろん、夏は暑かったですが
  夕方になると
  庭木に水やりをすれば
  そこそこ涼しくなったものです。
  夏休みになると
  水やりは子どもの仕事でした。
  大きくなって
  そういう庭とも縁がなくなって
  せいぜい小さなベランダのプランターに
  水をあげても
  涼しくもならない。
  クーラーに頼ってしまう毎日です。
  この先、正真正銘のシニア世代になれば
  もっと暑さもこたえるかも。
  できれば、弘兼憲史さんの『黄昏流星群』に登場する
  元気なシニアになりたいもの。
  そんなことを想いながら
  熱帯夜をやりすごしています。

  じゃあ、読もう。

黄昏流星群(3) (ビッグコミックス)黄昏流星群(3) (ビッグコミックス)
(2013/02/01)
弘兼憲史

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sai.wingpen  人生の最後のステージをよりよく生きるために                   

 「定命」というのは、仏教の世界で、人が生れ落ちる前に定められた寿命のことをいう。
 平均寿命とかよくいわれるが、それはあくまでも平均であり、100歳まで生きる人もあれば若くして亡くなる人もいる。
 まだ50歳なのだからとか、もう70歳なのだからという言い方は、だから、あてはまらない。
 人は自身の「定命」を生きるだけだ。

 弘兼憲史がシニア世代の恋愛模様を描いた漫画「黄昏流星群」の3巻めにあたるこの巻には、「星より秘かに」と「星よりの使者」の2つの中編が収められている。
 特に「星よりの使者」は、77歳になる老人が息子の遊び心で引き合わせた女性と性愛まで重ね、婚姻までしてしまうという驚愕の話である。
 「回春」という言葉があるが、この物語の主人公77歳の老人もまた性の再びの春を謳歌することとなる。
 その年齢で性愛が営まれるかどうか、これも人それぞれだろう。
 77歳だから何もできないと誰がいえよう。
 けれど、結婚してわずか間もなく老人は他界する。
 残された女性はやはり財産めあてであったのか。
 老人の遺書を開けることなく、息子たち家族の前から去っていく女性。
 最後に息子のこんな独白がある。
 「親父は、人生の最後のステージを、素晴らしい女と過ごして夜空の星になった」。
 彼女こそ、そんな老人を慰安すべく遣わされた「星よりの使者」だったのだろう。

 この老人のように「人生の最後のステージ」を謳歌できればどんなにいいだろう。
 もしかしたら、それは50歳でめぐりあう人かもしれない。
 あるいは、この物語の主人公のように77歳にして出合う人かもしれない。
 「定命」が人それぞれ違うようにように、巡り合いもまた、違う。
 この物語はシニアの人にとってはファンタジーだろう。
 こういうことはそうそうない。
 けれど、まったくないと誰が断言できるだろう。
 この漫画は漫画ではあるが、誰も否定できないからこそ、人気が高いのだ。

 もう一編の「星より秘かに」も、アイドルに横恋慕した男性を描いて切ない。
  
(2014/07/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  桜木紫乃さんの新しい本、
  『星々たち』を紹介します。
  書評にも書きましたが
  桜木紫乃さんはやっぱり巧いですね。
  その巧さに感服します。
  こういう作品を読むと
  ドラマ化したら誰が主役を演じるのかと
  考えたりしませんか。
  最近満島ひかりさんという女優のことを
  知ったのですが、
  きっと、え、今頃という人も多いでしょうが
  満島ひかりさんはいい個性を
  出していますね。
  この『星々たち』の主人公の千春役には
  ぴったりじゃないかな。
  千春のお母さんの咲子と
  一人二役も
  いいかもしれない。
  皆さんなりの女優さんを探してみると
  物語ももっと面白くなりますよ。

  じゃあ、読もう。

星々たち星々たち
(2014/06/04)
桜木 紫乃

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sai.wingpen  女は、長い長い物語だった                   

 桜木紫乃は、やっぱり巧い。
 桜木が得意とする連作集だが、彼女の巧さは一つひとつの短編ともいえる作品に破綻がなく、それがこうして一つの作品となるとさらに重厚な仕上がりとなっている。
 この作品では塚本千春という大きな胸が唯一の取柄ともいえる女性を核にして、彼女と関わる、それは彼女を生んだもののほとんど育児を捨てた母であったり、まだ若い頃の彼女を妊娠させた大学生であったり、結婚し子をなした夫であったりとさまざまなのだが、人たちの視点からそれぞれの短編が生み出されている。
 結果として、全体を通して読むと、塚本千春の数奇な人生がくっきりと浮かびあがるようにできている。

 ここでは9篇の物語が描かれている。
 長編小説であれば、その視点は主人公である塚本千春のものとして描かれるだろうが、桜木はその手法を使わない。
 中学生の千春を描く「ひとりワルツ」の主人公は母である咲子だ。高校生になった千春が登場する「渚のひと」は隣の家の主婦育子が主人公だ。ちなみにこの時千春は妊娠し、堕胎している。
 三作めの「隠れ家」では、ストリップの踊子になろうとしている千春が登場する。主人公はその先輩ストリッパー。四作めの「月見坂」は千春に恋心を抱く男が主人公だし、続く「トリコロール」では子供をもうけた千春の義母となる女が描かれる。
 「逃げてきました」に登場する千春は文学にめざめた女性として描かれる。この作品では彼女を指導する初老の男が主人公だ。「冬向日葵」はもう一度千春の母である咲子が登場する。
 「案山子」ではそんな千春の一生に興味を持った元編集人の男の視点で描かれている。
 最後の「やや子」にはもう千春はいない。ただ一人の娘やや子が描かれる。

 最後の作品には塚本千春はいない。
 いないけれど、まだその光はそこのある。
 桜木はこう書いた。「消えた星にも、輝き続けた日々があった」。
 読者はそこかしこに千春の人生のかけらを拾い続ける。そして、読者の手によって千春の人生は紡がれていくのだ。
 「女は、長い長い物語だった」、作中のこのひとことが、この物語を的確に表現している。
  
(2014/07/30 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日『稲盛和夫の仕事入門』という本を
  紹介しましたが
  稲盛和夫さんは
  今もっとも人気の高い経営者の
  一人です。
  最近ではローソンの社長だった
  新浪剛史さんがサントリーホールディングの社長に
  なったりして
  経営者という職業も
  昔と様変わりしてきた感があります。
  今日紹介する
  小宮一慶さんの『経営戦略』は
  若い経営者あるいは
  経営を学んでこなかった経営者の人たちにも
  読んでもらいたい一冊です。
  経営者はいってみれば
  誰にもなれる職業です。
  自分で会社を立ち上がれば
  いつでも社長になれます。
  しかし、
  社長だからといって
  いい経営者になれるかどうかは
  別のものです。
  この本を足掛かりにして
  経営者さんにもしっかり
  勉強してもらいたいと
  思います。

  じゃあ、読もう。

経営戦略 (PHPビジネス新書)経営戦略 (PHPビジネス新書)
(2014/06/19)
小宮 一慶

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sai.wingpen  意味のある60分                   

 「経営戦略」と一口にいっても難しい。
 そのためにはまず、企業としてどういうビジョンを持っているかがないと、「戦略」さえたてられない。
 10年後自分の会社はどのような姿になりたいのか、それがなければ、やること為すことすべてその場しのぎの策となる。
 経営コンサルタントの小宮一慶氏はこれまで様々なビジネス書で経営者に対し経営者が心得なければならないことを説いてきた。
 本書はそれをさらに進め、「戦略」までを簡単に、それこそ「60分」である程度のことが理解できるところまでを図解をいれながら、説明している。
 もちろん、「60分」で「戦略」の何ほどがわかるということはないだろう。
 本書を読んで興味を持った読者は、さらに詳しい本を読まなればならない。
 できれば、参考となる関連書索引が付いていれば、よかったのだが。

 本書はまず経営者が知っておかなければならない、というよりも知識ではなく身の内のものにしておく必要がある、3つの本質から説いている。
 小宮氏のこれまでの著作の中にもしばしば書かれているが、一つが「企業の方向付け」であり、二つめが「資源の最適配分」、三つめが「人を動かす」である。
 小宮氏はこれこそ経営者に求められることだと言い続けてきた。
 これら三つの本質は、経営者しか描けないものだ。
 それらを受けて、組織の人間がそれぞれの立場で動いていく。

 本書には「経営戦略」の方策である「外部環境」と「内部環境」を分析する「SWOT分析」や「PPM理論」、あるいは「リレーションシップ・マーケティング」などが要約されて書かれている。
 それらを実行するのは経営者でなくともいいだろう。
 しかし、その結果を読み解き、采配をふるうのは、経営者だ。

 経営者はその場その場のことにこだわり過ぎてはいけない。
 あまりにも近視眼的な経営者は、しばしば失敗する。
 そもそも近視眼的な経営者に「経営戦略」など描かれのだろうか。
 そんな経営者にはまずは本書を読むことをお勧めする。
 わずか、60分のことである。
  
(2014/07/29 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  遅い梅雨が明けたと思ったら
  猛烈な暑さ。
  クールビズでよかったとつくづく
  思います。
  それにしても
  最近の人材不足は企業の損益にも
  影響しはじめて
  深刻な様相になってきましたね。
  つい何年か前までは
  仕事をしたくても
  仕事がない状態でしたのに。
  そんな中、
  就職戦線もいまがピーク。
  売り手市場ですが
  こういう時こそ
  しっかりと見定めて欲しいと思います。
  そんな若い人にも読んでもらいたいのが
  今日紹介する『稲盛和夫の仕事入門』。
  若い人には
  大きな企業、有名な会社というだけでなく
  自分の仕事への考え方を
  もってもらいたいと思います。

  じゃあ、読もう。

稲盛和夫の仕事入門 (稲盛アカデミー選書)稲盛和夫の仕事入門 (稲盛アカデミー選書)
(2014/05/20)
神田 嘉延

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sai.wingpen  若者たちの仕事感                   

 最近の大学では職業訓練や職業実践に取り組むところが多い。
 就職率の高い大学に人気が集まる傾向もあり、キャリア教育に力を注いでいる大学ほど志願者が多いという。
 私が大学に入ったのはもう40年近くになる昔だが、その頃の新入生とてけっして四年後の自分の将来設計があったわけではない。いざ就職が近くなると、名前の通った大手企業や銀行・生保といった業種が人気があった。
 それはそれで批判があったように記憶している。
 ただ現在と大きく違う点は、新卒後の離職率ではないだろうか。
 私たちの時代は定年まで働くのが当然のように受けとめられていたし、日本経済の強さの一つは終身雇用であった。
 日本経済の調子に変調を来たしたあと、終身雇用は否定的にとらえられていった。
 就職しても定年までそこで働けないかもしれないとしたら、若者たちはまた違った人生設計をせざるをえない。
 若者たちの仕事に対する考え方、あるいは人生の考え方は、単に若者たち側の考え方の変化だけでなく、もっと大きな視野に立って考えるべきだと思う。

 現在おそらくもっとも人気の高い経営者の一人である稲盛和夫氏は昭和30年に鹿児島大学を卒業している。
 そういった関係で、鹿児島大学では「稲盛アカデミー」という教養教育を設立し、実践的人間力を養成し、若者たちに社会生活の中での力となる学問を提供している。
 本書はそんな「稲盛アカデミー」がどのようにして学生たちに教えてきたかの教育内容そのものであり、その成果報告となっている。

 本書は5つの章に分かれている。
 第一章が「何のために働くのか」、さらに「仕事を好きになるとはどういうことか」、「人生を素晴らしいものにする働き方①②」、そして「感謝が仕事も人生も豊かにしていく」と続く。
 面白いのは、経営者に格段の人気を誇る稲盛氏の考え方に学生たちがもろ手を挙げて賛同しない点だ。稲盛氏はけっして自分ではない、とクールに見ている学生が多い。
 そのことをけっして良しとすべきではないが、そういう学生たちが多いという現実を直視しべきだし、それ学生自身に問題があるのではなく、そういう社会構造になっているかもしれないと考えるべきことかもしれない。
 変えるべきは学生たちではなく、社会の構造だとすれば、対処の仕方はもっと違うところにあるともいえる。
  
(2014/07/28 投稿)

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  今日も
  先週に続いて
  長谷川集平さんの絵本を紹介します。
  『大きな大きな船』です。
  今回の書評では
  中島みゆきさんの「時代」という歌の
  歌詞からいくつか引用しました。
  この歌は
  いい歌であることはまちがいないのですが
  カラオケで歌うと
  とっても難しくて
  うまく歌えません。
  中島みゆきさんの歌は
  この「時代」のほかにも
  たくさんいい歌があって
  一時期朝も夕も聴いていたことがあるのですが
  それでも
  歌えない。
  それがとっても悔しい。
  中島みゆきさんの歌の中では
  「宙船」というのも好きです。
  「エレーン」という初期の頃のものも
  大好きです。
  なんだか、長谷川集平さんの話でなくて
  ごめんなさい。

  じゃあ、読もう。

大きな大きな船 (おとうさんだいすき)大きな大きな船 (おとうさんだいすき)
(2009/08/04)
長谷川 集平

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sai.wingpen  時代という船、家族という船                   

 中島みゆきの「時代」を初めて聴いたのは、いつだったろうか。
 発表されたのが1975年だから、もう40年近くも前のことになる。
 二十歳の青年も還暦を迎える年になった。
 「そんな時代もあったねと/いつか話せる日が来るわ」なんていう歌詞は、あの時よりも今の方が実感としてあるはずなのに、あの時も何故か胸にじーんと響いたものだ。
 長谷川集平の父と息子の、二人だけの生活を描いたこの絵本の中にこんな会話がある。
 「父さん、今の時代を好き?」「好ききらいは言えないのさ、ぼくらは。ぼくらはみんな、大きな大きな船に乗ってるんだ。時代という船にね」
 こういう会話は女性はしないのではないだろうか。現実的でないから。
 この父親の耳の奥に、中島みゆきの「時代」が流れていなかっただろうか。

 父にとっての妻、息子にとっての母である女性はここにはいない。
 「時代」という「大きな大きな船」を降りてしまっている。
 父は母にもなろうとするが、息子は父だけで構わないという。
 そして、仕事で度々家をあけていた父に父の知らない母のことを話す息子。ここにはいない母はよく口笛で吹いていたという歌、「ラ・メール」を聴いて、父は涙をこぼす。
 その時、父は「ラ・メール」だけを聴いていたのではないかもしれない。
 中島みゆきの「時代」が流れていなかっただろうか。
 「今日は別れた恋人たちも/生まれ変わってめぐりあうよ」

 家族というのも、「大きな大きな船」だ。
 父と母で漕ぎ出して、いつか子どもという乗客を乗せる。一人きりかもしれないし、二人め三人めと乗客が増えるかもしれない。
 この絵本の物語のように、誰かは下船してしまうこともある。
 最後にたった一人で航海しないといけないこともあるだろう。
 それを「時代」といってしまえば、家族こそ自分の「時代」の証しともいえる。
 長谷川集平は、この絵本を水彩の青と黄と赤の3色で描いたそうだ。
 もっともシンプルだけど、そこから生まれる色は多彩だ。
 それが家族、それが時代。
 「めぐるめぐるよ時代はめぐる/別れと出会いをくりかえし」。
 中島みゆきの歌が流れている。
  
(2014/07/27 投稿)

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  上手いか下手かを別にすれば
  俳句の良さはその短さであり、
  ゆえにさらりと創ってしまえるところに
  あるのではないでしょうか。
  寝る前に
  一日を振り返って
  さらりと詠んでしまえる。
  猛暑の日にも、雨の日にも詠めちゃう。
  もっとも、

    炎天へ打つて出るべく茶漬飯    川崎 展宏

  なんていう句は
  さすがに詠めませんが。
  今日紹介するのは
  102歳でまだまだお元気な
  日野原重明さんの句集『百歳からの俳句創め』。
  書評の中で
  「決して上手とはいえない」なんて
  えらそうに書いて、すみません。
  日野原重明さんのファンは
  怒っているでしょうね。
  私なんか
  もっとひどいものです。
  俳句の難しさは
  もしかして、その短さかも
  しれません。

  じゃあ、読もう。

百歳からの俳句創め―日野原重明句集百歳からの俳句創め―日野原重明句集
(2014/03/10)
日野原 重明

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sai.wingpen  百歳は私のゴールではない                   

 「俳句療法」というのがあるらしい。
 「心の文化」を取り戻すために俳句を活用しようという取り組みらしいが、短詩としての俳句は肉体的にもさほど負担にはならないだろうから、高齢者向きかもしれない。
 現在聖路加国際病院の名誉院長で多くのファンを持つ日野原重明氏は今年102歳になる。そんな日野原氏の句集である。
 正直に書くと、俳句としての出来としては決して上手とはいえない。
 何しろ、日野原氏が俳句を始めたのが98歳(この年にも驚くが)だという。
 2013年の正月に詠んだのは、こんな句であった。
 「お正月俳句の齢は四年生」。

 それでも日野原俳句のすごいところは、日々の行動を短詩として詠みとっていることだろう。
 まして、日野原氏の場合、普通の人なら経験することがない百歳の日々なのだから。
 しかも、日野原氏の活動は日本に留まらず、海外にも及んでいるのだから、頭が下がる。
 「イギリス行二日ステイのとんぼ返り」なんていう句もある。
 俳句というより、そんな行動力に感心する。
 ここまでくれば、俳句の良し悪しはあまり関係がないのかもしれない。
 日々の営むを記憶として残していくのに、短詩としての俳句は、日野原氏の例をまたずして、有効なのだろう。
 日野原氏の年齢に感心するのではなく、その行動力を真似しないといけない。

 「人生の半ばに至らぬ団塊の徒」という俳句は、日野原氏でしか詠めない句だ。
 さらには、「私には余生などないよこれからぞ」なんて詠まれると、たじたじとするしかない。
 そんな日野原氏も奥さんの臨終にはこんな慟哭の句を詠んでいる。
 「声掛くも眼をば開かぬ手を握る」。

 日野原氏の俳句を詠むと、上手い下手ではないことに気づかされる。
 要はその時々の自分がどのように日々のことがらと向かい合っているかだと思う。
 それを俳句という表現を使って、心の外に出すことが大切なのだろう。
 特に年齢を重ねて、日々の時間の一つひとつが重要になってくればそれは余計に必要になってくるのかもしれない。
「百歳は私の関所ゴールでなく」、そんな心境にはまだまだ遠い。
  
(2014/07/26 投稿)

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  夏休みにはいった子どもたちも
  多いと思いますが、
  夏の恒例の「青少年読書感想文コンクール課題図書」は
  今年第60回めとなります。
  本屋さんには
  夏の文庫フェアとともに
  課題図書に選ばれた本がたくさん並んでいます。
  その中の一冊に
  ポール・フライシュマンの『マッチ箱日記』があったので
  再録書評で紹介します。
  この本は絵本のような形態をしていますが
  小学校高学年向きの課題図書
  選ばれています。
  読みやすい本ですから
  この本を手にする子どもたちも多いかも。
  でも、
  内容はとっても深いですから
  感想文を書く時はたいへんかも。
  くれぐれも
  私の書評を書き写したりしないように
  して下さいね。

  じゃあ、読もう。

マッチ箱日記マッチ箱日記
(2013/08)
ポール フライシュマン

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sai.wingpen  宝石のような時間                   

 どうして子どもって小さなものを宝もののようにして集めたがるのだろう。
 小さくなった匂いつきの消しゴム。きらきらひかるスーパーボール。遊園地の半券。鉄腕アトムのシール。ちびた青い色鉛筆。小指の爪ほどの貝殻。そのほか。そのほか。
 机の引き出しの奥深くにそっとしまって、でもいつの間にかなくなってしまう、宝もの。
 もしかしたら、それは思い出だからかもしれない。
 誰にも渡したくない、けれどいつか誰かにそっと話したいような。

 イタリアで生まれた少年は貧しい生活をおくっている。時には食事さえとれないことがあって、そんな時にはオリーブの種をなめることもあった。
 小さくなったオリーブの種。それが少年の最初の「思い出」。
 父親がアメリカに出稼ぎに行った時、少年はまだ赤ん坊だった。少年が知っている父親の顔は一枚の写真。
 それが少年の二番めの「思い出」。
 そして、少年たち一家は父親を追ってアメリカに移住することになる。
 ナポリの町で見つけたのは、マッチ箱。
 字も書けない少年は、その中に「思い出」のものを入れることにした。少年の、いわば日記。
 ナポリでは初めて見た瓶入りの飲み物の王冠をいれた。

 アメリカに着くまでの苦難。アメリカでの迫害。
 けれど、少年はめげることはなかった。
 マッチ箱の日記にはさまざまな思い出が詰め込まれていく。
 魚の骨。新聞の切れ端。折れた歯。初めて見た野球のチケット。
 やがて、少年は字を覚え、印刷工になっていく。
 マッチ箱の日記はもう終わったけれど、別の方法で日々を綴っていく。
 それは、本屋になること。「読んだらその時のことを思い出せる」から。

 今ではすっかりおじいさんになった少年がひ孫の少女に語りかける人生。
 たくさんのマッチ箱は、一つひとつは小さいけれど、少年の「思い出」がうんとつまっている。
 生きていくことは、そのことを誰かに伝えていくこと。それは未来の自分でもあり、自分から続く人々だ。
 「日記」とは、そのためのものともいえる。
 精密な筆と温かな色調のこの絵本もまた、「日記」のようにして誰かに読まれつづけるだろう。
  
(2013/12/29 投稿)

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  今日紹介するのは
  丸谷才一さんの業績を評価する
  『書物の達人 丸谷才一』です。
  丸谷才一さんを語るには
  とてもいいタイトルだと思います。
  そもそもこの本は
  東京・世田谷文学館の連続講演の
  記録なんですよね。
  世田谷文学館のことは
  このブログでも何度か
  紹介していますが
  いい展示企画をしてくれるので
  私のお気に入りの文学館でもあります。
  展示企画にあわせて
  作られる図録も
  とてもいいですね。
  この本のまとめ役である
  文芸評論家の菅野昭正さんは
  世田谷文学館の館長さんでも
  あります。
  現在は
  「日本SF展」をしています。
  秋には「水上勉展」らしいですよ。
  来春にはぜひ
  「丸谷才一展」の企画をお願いします。

  じゃあ、読もう。

書物の達人 丸谷才一 (集英社新書)書物の達人 丸谷才一 (集英社新書)
(2014/06/17)
川本 三郎、湯川 豊 他

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sai.wingpen  本の人                   

 丸谷才一さんが亡くなったのが2012年10月ですから、もう2年近くになります。
 小説、随筆。書評。翻訳さらには連句の世界と幅広い活躍をされた丸谷さんですから、本当は現在刊行中の全集12巻では収まりきらない。
 なんとか全容の全集を考えてもらいたい。
 本書は2013年の6月から約半月かけて東京の世田谷文学館で開催された連続講座を活字化したもので、講演者は川本三郎、湯川豊、岡野弘彦、鹿島茂、関容子の各氏である。
 本書で「はじめに」を執筆しているのは文芸評論家で世田谷文学館の館長でもある菅野昭正。
 世田谷文学館はいつも興味ある企画展を開催しているが、この連続講座もいい企画だ。

 丸谷さんは挨拶の達人でもあるのは有名だが、いつも原稿を用意されていたらしい。
 何故そうしていたかといえば、間違いをしないこともそうだが、文章にすることで話の出来上がりが違うということであった。
 この講座でもそうで、きっとじかに各氏の声を聞いていた受講者達はそれはそれでいい勉強ができただろうが、こうして文章でまとめられれば手を加えただろうし、言い間違いや言葉足らずのところも修正されているだろう。
 その点では、やはり活字化されて残されるのはいいことだ。

 中でも湯川豊氏が、講演当日は体調を崩して休講になったらしいが、本書の出版にあたって筆をおこした「書評の意味 -本の共同体を求めて」は、書評家としての丸谷さんの功績を評価した、いい書き下ろしとなっている。
 特に湯川氏は丸谷さんの「批評家としての実践的な面」を高く評価している。
 丸谷さんは書評について色々な注文要請を出しているが、それを週刊誌や新聞に文化として残された。
 批評する人は実践家でなくてはならない、という丸谷さん自身の考えとも一致する。
 湯川氏は「丸谷さんは、真の意味で本の人でありました」と書いているが、丸谷さんは行動する本の人でもあった。

 芥川賞受賞だけでなく小説家としても丸谷さんはたくさんの小説を書いているが、面白いのはそれぞれの講演者は一番いいという作品が違う点だ。
 本というのはそれでいいし、好きな作品読みたい作品ならばこそいい書評が書けるはず。
 それも丸谷さんが遺した考えだ。
  
(2014/07/24 投稿)

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  今日紹介する
  『昭和40年代ファン手帳』の著者
  泉麻人さんは
  かつてテレビの番組で昔のテレビの紹介などを
  していた頃からのファンでしたが
  その泉麻人さんと
  こわもて顔の自民党石破茂幹事長が
  高校の時に同級生だったとは
  知りませんでした。
  その石破茂さん、あんな顔をしていますが
  キャンデーズファンでもあって
  なかなかかわいいキャラクターなんですよね。
  ところで
  この『昭和40年代ファン手帳』ですが
  私のような世代にとっては
  もう懐かしさの連続で
  一気に読んでしまいました。
  昨日紹介した「あしたのジョー」も
  昭和40年代の漫画です。
  書評の中で
  日活ロマンポルノのことを書いて欲しかったと
  書きましたが、
  それ以外にも
  高野悦子さんの『二十歳の原点』のことについても
  書いて欲しかった。
  高校時代、
  あの本を読んだ人は多かったのでは
  ないかしら。
  まあ、
  良き青春時代といってしまえば
  そうなのですが、
  この国自体も元気に満ちていたのではないでしょうか。
  そう思いません?
  石破茂さん。

  じゃあ、読もう。

昭和40年代ファン手帳 (中公新書ラクレ)昭和40年代ファン手帳 (中公新書ラクレ)
(2014/06/09)
泉 麻人

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sai.wingpen  そうだったよな、の世界                   

 自民党の石破茂幹事長がキャンディーズのファンであることは有名だ。
 しかし、石破氏がコラムニストの泉朝人氏と高校時代の同窓生であったということはあまり知られていない。
 泉氏が昭和31年生まれ、石破氏が昭和32年の早生まれである。
 そんな二人が37年ぶりに雑誌「中央公論」誌上で再会の対談を行ったことがきっかけとなって、この本が誕生したという。
 昭和40年代といえば、二人にとって中学から高校という、多感な青春期だった。

 人工的にいえば二人よりも先に生まれた、いわゆる団塊の世代の人が多いだろうが、団塊の人たちにとって昭和30年代の生まれの人などは世話の焼ける、そしてなんにもわかっていない弟世代だろう。
 団塊の世代にとっての昭和40年代にとっては、泉氏が本書で生き生きと描いたエピソードとはまた別の風景が展開するのだろう。
 けれど、泉氏と同世代のものにとっては、東京の出身者である泉氏ならではの視点はあるとはいえ、もう懐かしくてたまらない事柄ばかりだ。
 ちなみに、読者である私は昭和30年生まれだ。

 今でこそ相撲人気は衰えているが、昭和40年代は実に人気の高いスポーツだった。そのことが現代の人には驚くことかもしれない。
 本書にはたくさんの力士名が登場する。そういうことが共有できる世代が泉氏たち、すなわち私たちの世代といっていい。
 今のサッカー人気のように、相撲も人気があったのだ。
 だから、本書は世代論的に読むべきかもしれないが、あまりにも原風景すぎて、ちょうど高校時代の卒業アルバムをひっくりかえしてる感じなのだ。
 もう一つひとつが、そうだったよな、の世界なのである。

 もちろん本書で落ちてしまったネタもたくさんある。
 どうしても書いて欲しかったのは、日活ロマンポルノのこと。日活ロマンポルノの登場したのは昭和46年11月。まさに昭和40年代のどまんなかである。
 せっかくこの年に奈良林祥のハウツーセックス本の記述があるのだから、ここは一単元として記述してもらいたかった。
そういう個人的なうらみがきっとこの本にはたくさんあるような気がする。
 それだけ、本書が面白いということだ。
  
(2014/07/23 投稿)

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 海の日の昨日
 東京・練馬にある練馬区立美術館に行ってきました。
 この美術館はまったく初めて。
 有楽町線の中村橋という駅そばにある
 美術館です。
 練馬
 左の写真が、入口の風景。
 大きくはないけど
 街になじんでいる風情がいい。
 そこに何があるかというと、
 7月20日から9月21日の企画展として
 「あしたのジョー、の時代展」が開催されているのです。



ジョー1
 この展覧会、いいタイトルですよね。
 「あしたのジョー展」ではなく、
 「あしたのジョー、の時代展」というのがいい。
 高森朝雄さん原作、ちばてつやさん絵の
 漫画「あしたのジョー」が
 少年マガジンに連載されたのが
 昭和42年(1967年)の暮れから昭和48年(1973年)まで。
 今、振り返るとしたら
 「・・・、の時代展」になるんでしょうね、やっぱり。



 「我々は明日のジョーである」と声明文を出して世間を驚かせた
 赤軍派によるよど号ハイジャック事件が起こったのは
 昭和45年(1970年)。
 三島由紀夫の割腹事件も同じ年。
 そういう時代に
 「あしたのジョー」は多くの若者たちを夢中にさせていたのです。
 それは、
 ひとつの時代を表現しているといってもいい。
 たかが漫画かもしれないけれど
 「あしたのジョー」は時代とともにあったといえます。

ジョー2
  左の写真は館内にあったポスターですが
 この展覧会では
 ちばてつやさんの100点以上に及ぶ原画や
 「あしたのジョー」が表紙を飾った少年マガジン
 力石徹の死後(漫画の中ですよ)、
 寺山修司が中心となって行って世間の注目を集めた
 力石徹の祭壇まで展示されている
 念のいれよう。
 さらには、
 この時代のアングラやサイケ、
 あるいはフォークソングのレコード盤まで
 展示されています。
 この展示を企画された人は
 やはりこの時代に
 青春を過ごされたのかな。
 そういえば
 当時の懐かしのCMなんかも
 放映されていました。
 やっぱり、
 「・・・、の時代展」なのです。
 それはもしかしたら
 「僕らの時代展」といってもいい。

 いい展覧会でした、
 やるな、練馬区立美術館
 しかも、入場料も
 一般が500円というのもいい。
 中学生以下は無料。
 夏休みにお父さんの時代はこうだったんだよと
 お子さんを連れていくのも
 いいかもしれません。

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 今日は海の日

    海の日の国旗疎らに漁夫の町    千田 一路

 そして、今年も夏の文庫祭りがやってきました。
 本屋さんに行くと
 イベントコーナーにずらりと並んでいます。
 当然、子どもたちが長い夏休みになるので
 この季節、しっかりと
 文庫本を読んでもらおうという
 出版社の企画です。
 でも、文庫本を出している出版社は多いですが
 目だった企画をしているのは、3社。
 文庫14
 新潮文庫角川文庫集英社文庫
 あとの文春文庫とか講談社文庫とか岩波文庫
 そういったことは
 あまりしていません。
 すればいいのに。

 その三つの文庫本では
 キャッチコピーやキャラクター、
 あるいはキャンペーン用の小冊子と気合がはいります。

 なかでも
 なんといっても新潮文庫
 おなじみの

   新潮文庫の100冊

 として、今年の夏もがんばります。
 「ようこそ、宇宙よりも広い世界へ 新潮文庫の100冊へ」というのが
 今年のキャッチコピー。
 今年はパンダのキャラクターはありません。
 小冊子には、極めつけの一行が
 紹介されています。
 夏休みの定番ともいえる宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』からは

   どこまでもどこまでも一緒に行こう。

 この企画、とってもいいですね。
 名作の中から自分のお気に入りの一行をさがしてみるのは
 面白い。
 だから、新潮文庫のこの小冊子そのものが
 面白い。
 本屋さんに行けば無料で手にはいりますので
 ぜひ。

 角川文庫にいきましょう。
 今年のキャッチコピーは

   本を開けば、始まるよ。

 老舗の新潮社に対抗して
 最近の話題作なんかもラインナップにしている角川文庫
 新潮文庫と比べて
 見劣り感があります。

 それとよく似ているのが集英社文庫

   心に、冒険を。

 が、今年のキャッチコピー。
 今年の夏公開の『るろうの剣心』で主演する
 佐藤健さんがイメージキャラクター。
 集英社文庫の小冊子もよくできています。
 それぞれの作品に
 「この本のポイント」がついています。
 例えば、太宰治の『人間失格』には
 ① 恥の多い人生 ② 太宰の遺書 ③ 心刺す自意識
 と、あります。
 読む時のヒントになればということかな。

 それぞれの文庫が
 特長のあるラインナップと工夫をこらした小冊子で
 この夏もがんばっていますが、
 やはり新潮文庫
 今年の夏も一番かな。
 みなさんはどうでしょう。
 本屋さんで見比べてはどうでしょう。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  長谷川集平さんの絵本を紹介するのですが
  これまでに何冊か
  長谷川集平さんの絵本を紹介してきて
  とても大事なことを忘れていることを
  この絵本、『はせがわくんきらいや』で
  教わった気がします。
  この『はせがわくんきらいや』は
  長谷川集平という絵本作家を世に出した
  作品ですが、
  ここに描かれているのは
  長谷川集平さんにとっても
  とても大事なことです。
  書評にも書きましたが
  皆さんは「森永ヒ素ミルク事件」を知っていますか。
  ちょうど私と同じ昭和30年生まれの赤ちゃんたちが
  犠牲となった事件です。
  この絵本はそのことを題材にしています。
  長谷川集平さん自身、ヒ素のはいった粉ミルクを飲んでいたそうです。
  しかし、この絵本は
  そのことを糾弾しているのではありません。
  そんな事実を忘れないで欲しいという
  長谷川集平さんの願いのようなものが
  込められた作品です。

  じゃあ、読もう。

はせがわくんきらいやはせがわくんきらいや
(2003/07/01)
長谷川 集平

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sai.wingpen  昭和30年生まれの子供たちのこと                   

 「森永ヒ素ミルク事件」のことを知っている人も覚えている人も少なくなったかもしれません。
 ウィキペディアからの引用になりますが、「森永ヒ素ミルク事件」は「昭和30年6月頃から主に西日本を中心としてヒ素の混入した森永乳業製の粉ミルクを飲用した乳幼児に多数の死者、中毒患者を出した食中毒の事件」とあります
 同年に生まれた私は幸いにして母乳で育ったおかげで無事でした。
 しかし、同年の人に被害にあわれた人がいたし、この事件そのものがごく普段の生活の中にあったことはよく覚えています。

 この絵本の作者長谷川集平さんはこの作品で第三回創作えほん新人賞を受賞(1976年)し、本格的に絵本作家になっていくのですが、それが「森永ヒ素ミルク事件」を題材にしたものとは知らなかったし、長谷川さん自身が、長谷川さんも昭和30年生まれで、このヒ素ミルクを三缶飲んだということも知りませんでした。
 だから、この絵本は衝撃でした。
 事件そのものを思い出したということもありますが、「生まれつきのほそいからだとやはりこのモリナガぬきに今の私は語れません」と「あとがき」に書いた長谷川さんのこともそうだし、何よりも絵本がこういう事件も作品にできるということも衝撃です。

 物語の主人公はせがわくんはおそらく「森永ヒ素ミルク」の被害者となった子どもです。幼稚園の入園の時には乳母車に乗せられてお母さんとやってきます。
 成長がうまくできなかったのです。
 小学生になっても痩せた身体でうまく歩くこともできません。
 そんなはせがわくんを大嫌いといいつつ、めんどうをみる少年の視点でこの絵本は書かれています。
 少年のまっすぐな視線は、何をしてもうまくできないはせがわくんをじっと見ています。森永の粉ミルクを飲ませたはせがわくんのお母さんのことも「わからへん」といいます。
 少年ははせがわくんのお母さんのことを責めているのではありません。
 本当であればはせがわくんだって、元気に遊べる友だちだったはずなのに、それができない。しかも、それは理不尽な事件によって起こったもの。
 少年は「はせがわくんきらいや」といいつつ、はせがわくんを捨てることはありません。
 はせがわくんは少年の生きた時代そのものだからです。
  
(2014/07/20 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日からの三連休が終われば
  夏休みはもうそこ。
  うれしいですよね。
  でも、宿題がありますから
  喜んでばかりはいられないかな。
  夏休みになると
  図書館も混みだします。
  家にいると暑いし
  図書館に行けばクーラーだってはいっています。
  公共施設に涼みに行くのか、って
  昔なら怒られたかもしれませんが
  今はこれもりっぱなエコ。
  みんなが集まってそこだけ冷やす。
  一軒一軒がクーラーを使うより
  ずっといいんですよ。
  それに
  家にいたらおかあさんがうるさいし
  それについなまけてしまう。
  だったら、図書館へ、という心理、
  よーくわかります。
  私もそうでしたから。
  せっかく図書館に行くなら
  そこで調べ物もしてみましょう。
  そんな時に役立つのが
  今日の本、
  赤木かん子さんの『お父さんが教える図書館の使い方』。
  涼んでばかりいないで
  しっかり勉強もしましょう。

  じゃあ、読もう、

お父さんが教える 図書館の使い方お父さんが教える 図書館の使い方
(2014/06/12)
赤木 かん子

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sai.wingpen  図書館は一人でも行けますよ                   

 私の父は小さな呉服商を営んでいました。
 営むといっても店もなく、数反の着物地をもっての行商です。
 NHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」の主人公の父親のように商売は決して上手な人ではありませんでした。父の不器用な分、社交的な母が助けていました。
 そんな両親のもとで育ちましたが、そのことに少し不満はあっても、それは仕方のないことだと思っていました。休日にどこかに連れていってもらうことはほとんどありませんでしたし、逆にたまに動物園などに家族で行ったことが思い出に残っています。
 だから、父と図書館に行ったなんてことはありません。
 父がその人生で図書館に行ったということもほとんどないのではないかと思います。

 この本は「お父さんが教える」シリーズの一冊ですが、お父さんが子どもに何かを教えるということはあまりないのではないでしょうか。
 この本のお父さんのように図書館に連れていくなんていうことは、それは実際そうであればいいでしょうが、この本がすべてではありません。
 お父さんが図書館のことを教えてくれるというのは、あまりないでしょう。
 お父さんが図書館のことを教えてくれないからといって泣いたりすねたりしないで下さい。
 この本は、図書館に子どもを連れていってあげれないお父さんに代わって、図書館のことを教えてくれているのです。

 この本では学校で宿題を出された小学校5年生の男の子がそれを解くためにお父さんと図書館に出かけるという物語形式になっています。
 男の子は図書感をどのようにして使って宿題をしていくか、お父さんがどんな助言をしていくかを通じて、図書館をどう使っていけばいいかが書かれています。
 図書館にはたくさんの本があるのは言うまでもありません。
 絵本や物語もたくさんあります。そんな本を貸し出してくれるのも図書館ですが、この本では調べ物をどのようにしていくかを主眼に書かれています。
 図書館にはさまざまな機能があります。
 この本の男の子のように調べ物もできますし、物語本を借りることもできます。
 本当はそんなさまざまなことをお父さんに教えてもらえるといいのですが。
 もちろん、お父さんに教えてもらわなくとも、自分の足と手と目でそれが見つかればどんなにいいでしょう。
  
(2014/07/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  イラストレーターの和田誠さんには
  『お楽しみはこれからだ』という名著があります。
  この本は映画の中の名せりふを紹介したもので
  和田誠さんの似顔絵もすてきな作品です。
  この本は結構売れたはずですが
  文庫本にはなっていません。
  イラストがはっきりわかるサイズでないと
  その本の良さが失われてしまいます。
  なんでもかんでも文庫本にするのは
  どうなのでしょうね。
  その点、『お楽しみはこれからだ』が文庫本にならないのは
  りっぱです。
  今日紹介する『ほんの数行』は
  『お楽しみはこれからだ』の書籍バージョンともいえる一冊。
  しかも、その本がすべて和田誠さんの
  装丁した本からのものなんです。
  ですから、おのずと和田誠さんの装丁も
  楽しめるのですから
  こんなありがたい本はありません。

  じゃあ、読もう。

ほんの数行ほんの数行
(2014/05/21)
和田 誠

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sai.wingpen  お楽しみはこれからだ、は映画だけじゃない                   

 本好きな人は本を読みながら赤い線を引いたり、付箋を貼ったりする。
 気になる文章や好きな言葉を忘れないためだ。
 たくさん線が引かれる本もあれば、まったく線の跡さえ残らないものもある。
 古今東西の名作に限らず、そういった文章や言葉を紹介しつつ、読書案内をする趣向の書物は珍しいことではない。
 けれど、その本たちが自分が装丁したものに限るとすれば、そうそうはない。
 人気イラストレーターにして数々の装丁をしてきた和田誠さんしかできないことかもしれない。

 「ぼくが読んだ本の中の数行を紹介して、あれこれ語ろう」という試みは、「ほんの数行」の紹介だけでなく、その作品の著者と和田さんとの交友録にもなっている。
 装丁を引き受けるということは装丁家が著者を必ずしも知っているということではないようだ。
 会ったこともない人から装丁を頼まれることがある。そのあとで、交友が始まる人もいれば、そうでない人もいる。
 和田さんの場合、和田さんの人柄でもあるのだろうが、その後交友が続くことが多いようだ。
 だから、そのエッセイはほのぼのとして温かい。
 なぜなら、友だちになるって、その人のいいところが共鳴しあうことだから。
 しかし、和田さんはそんな友人との別れも経験してしまう。
 この本で紹介されている著者のうち、初出の雑誌連載途中で何人もの友人を見送ることになる。
 その点ではまるで追悼文の文集のようでもある。
 和田さんはそんな悲しみを直接的に書くことはないが、文章を読むと悲しみが滲み出てくるのは、和田さんらしい。

 それにしても、なんとたくさんの装丁をしてきたのだろう。
 きっと和田さんの装丁とは気がつかないうちに、その本を手にしてきたことか。
 この本では色刷りではないが、紹介されている本の表紙図版も載っていて、その面でも十分楽しめる。
 せっかくだから、和田さんに倣って、この本から「ほんの数行」を紹介しよう。
 「自分の親父の数行を採り上げるのも厚かましいけれど」。
 これは連載の最後に和田さんのお父さんの言葉を紹介した際の、和田さんの言葉。
 こういう照れが和田さんらしい。
  
(2014/07/18 投稿)

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 今夜、
 第151回芥川賞と直木賞の選考委員会がありました。
 決まりましたね、芥川賞直木賞。
 朝日新聞のデジタル版から。

   芥川賞に柴崎友香さん 直木賞に黒川博行さん

 というわけで、
 今回もちゃんと受賞者があって
 出版社とか本屋さんはほっとしていることかと
 思います。

 今回芥川賞を受賞した柴崎友香さんのことは
 何年か前にこの人いいよって
 教えてもらったことがあって、
 ずっと気になっていた作家です。
 この機会にきちんと読んでいきたいと思います。

 そうそう、お二人の作品は
 柴崎友香さんが『春の庭』、
 黒川博行さんが『破門』。
 明日の朝から、本屋さんも大忙しでしょうね。

 まずは、
 柴崎友香さん、黒川博行さん
 おめでとうございます。 

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は講談社文庫から。
  表紙の写真でおわかりのように
  この春テレビ放映された
  「花咲舞が黙っていない!」の原作、
  池井戸潤さんの『不祥事』です。
  文庫本の表紙は
  結構変わるのですよね。
  特にこの作品のように
  テレビドラマになると
  それだけで売上げが違うでしょうから、
  出版社の方の力の入れ方も
  違います。
  そのドラマの方ですが
  日本テレビでの放映でしたが
  かなりコミカルにできていました。
  もしTBSで制作していたら
  イメージが違ったかもしれませんね。
  どうだろう。
  同じ原作を複数のテレビ局が作ったら
  面白いかも。
  実はこの本、
  2013年10月29日にも
  書評を書いています。
  興味ある方は
  そちらもお読み下さい。

  じゃあ、読もう。

新装版 不祥事 (講談社文庫)新装版 不祥事 (講談社文庫)
(2011/11/15)
池井戸 潤

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sai.wingpen  池井戸潤は黙っていない                   

 この春、人気女優杏によって演じられたテレビドラマ「花咲舞が黙っていない」の原作本だ。
 最終回では同じ原作者によるドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」を押さえ、堂々の高視聴率で幕を閉じた。
 まだまだ池井戸潤の原作は視聴者をひきつけるようだ。
 特に「花咲舞は黙っていない」は、社会現象ともなった「半沢直樹」とともにキャラクターの魅力がドラマを盛り上げたといえる。

 物語は「遠慮のない性格、ずけずけとモノをいうが、誰もが実力を認める花のテラー」だった花咲舞が、銀行の支店で元上司だった相馬健のいる本店事務部事務管理グループ臨店班に配属されるところから始まる。
 どこかぼんやりとした相馬と舞の臨店コンビが次々と銀行が抱える問題を解決していく様子が、全8話の連作となって描かれている。
 花咲舞はどちらかといえばスーパーウーマンである。誰もがそういう女性がいたらいいだろうと考えるにちがいない。
 けれど、作者の池井戸はこんな舞のような銀行員は「いませんよ」と笑う。「現実にはできないことをキャクターがやってしまうところに、面白さがある」と、冷静に舞のことを見ている。
 その上で、この作品が「漫画的なエンタメ作品」という。
 だからこそ、ドラマになっても面白い作品に仕上がっているといえる。

 物語の面白さは、特にエンターテイメントものでいえば、主人公のキャラクターによるところが大きい。
 その点この作品の女性主人公花咲舞は、いささか女性的な魅力に欠けるにしても申し分ない。
 さらに相棒となる相馬の大きな組織の中でうまく生きようととするとぼけた感じが、舞の暴走をいっそう引き立てている。
 ただ、この相馬という男性はもっとカッコよく描こうと思えばできたのではないか。そういった糊代をテレビドラマの方がうまく描いていたように思う。

 ドラマを見てから原作を読むか、原作を読んでからドラマを見るか。
 どちらが面白いかは議論が分かれるだろうが、この作品に限っていえば、ドラマを見てから原作本を読んだ方が主人公たちが生き生きとして面白いかもしれない。
  
(2014/07/17 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日紹介した
  河合香織さんの『帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件』は新潮文庫でしたが
  今日の桜木紫乃さんの『硝子の葦』も
  新潮文庫です。
  なんだか新潮文庫が続きますが
  仕方がないですよね。
  たまたま。
  でも、さすが老舗文庫だけのことはあります。
  読みたいと思わせる作品が
  そろっているのですから。
  さて、桜木紫乃さんのこの作品ですが
  直木賞を受賞した『ホテルローヤル』と
  同じ場所の設定です。
  さすがに
  内容は違いますが。
  桜木紫乃さんは物語巧者ですから
  長編であっても読ませますよね。
  こういう人には
  どしどし書いてもらいたいものです。

  じゃあ、読もう。

硝子の葦 (新潮文庫)硝子の葦 (新潮文庫)
(2014/05/28)
桜木 紫乃

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sai.wingpen  同じ名前のホテルながら                   

 『ホテルローヤル』で2013年に第149回直木賞を受賞した桜木紫乃だが、2010年に同じ名前のラブホテルを舞台にした長編ミステリーを書いている。
 それがこの作品だが、舞台は同じでも登場人物はちがっているし、『ホテルローヤル』が連作短編集でそれぞれに登場してくる人間が巧みに描かれていたことを比べると、この作品はまだ未熟であるといえる。
vわずか3年ばかりで、桜木が大きく成長したことが窺える。

 ミステリーは導入部が大事だ。
 読者の興味をひっぱるには、いかに事件が起こり、その犯人を捜し出すか、あるいはその動機を見つけるか。
 残念ながらこの作品ではその部分が弱い。
 一体何が事件なのかよくわからないまま物語が始まる。
 桜木はこの作品にあえてそんなミステリーを求めなかったかもしれない。
 実の母と関係のあった「ホテルローヤル」の経営者幸田喜一郎から求婚されそれを受けた節子はその時働いていた会計事務所の所長澤木と関係を持っていた。
 そんな複雑な男女の関係に、節子の歌友である倫子の家庭の複雑な事情が絡まってくる。
 ちなみに、題名の「硝子の葦」は節子が自費出版した歌集の名前である。

 ここには複雑な家族が何組も描かれている。
 節子とその母。幸田と彼の実の娘梢。義理の母節子と梢。倫子とその娘まゆみ。
 それらはまるで相似形のようにしてそれぞれの家族を射る。節子の過去は倫子の娘まゆみに重なり、節子の過去を読者に彷彿させる。
 唯一澤木だけがその外にいる。だから、進行役として物語には欠かせないのかもしれない。
 あるいは、それらの家族をもっと大きなもので囲い込む男女の恋愛として、澤木と節子の愛があるともいえる。
 だから、ラストの場面が生きているともいえるし、物語は終着駅を用意できたともいえる。

 桜木志乃には道東釧路のラブホテルのありようが重要だったのかもしれない。
 それは実際に桜木の父親が経営していたという以上に、その場所がさまざまな人間模様を描くところだったからではないだろうか。
 この作品では霧にかすれているその愛の巣は、直木賞受賞作として晴れやかな空に浮かぶまでもう少しだ。
   
(2014/07/16 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日の本は
  河合香織さんの『帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件』は
  以前紹介した角田光代さんの
  『ポケットに物語を入れて』で紹介されていた
  一冊。
  書評を読んで
  面白そうだと感じる、
  それってやはり書評の巧さでしょうね。
  角田光代さんの書評は
  新潮文庫版で読めますので
  興味のある方は
  そちらでどうぞ。
  今日の書評に
  「シベールの日曜日」という映画のことを
  書きましたが
  ずっと昔に観た映画ですが
  とても印象に残っています。
  名作の一篇です。
  興味のある方は
  こちらもどうぞ。

  じゃあ、読もう。

帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件 (新潮文庫)帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件 (新潮文庫)
(2010/05/28)
河合 香織

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sai.wingpen  少女はシベールだったか                   

 「シベールの日曜日」というフランス映画があった。
 1962年にアカデミー賞外国映画賞を受賞し、翌年日本でも公開された。
 ハーディ・クリューガーが主役の戦争で記憶を失った青年役を熱演しているが、なんといってもこの映画の映画の魅力はそんな青年を夢中にさせる美少女フランソワーズを演じたパトリシア・ゴッジだろう。
 映画は少女と戯れる青年を変質者として決めつけた社会による制裁という悲しい結末を迎えるのだが、この映画が今なお名作として評価されるのは、この青年と少女の関係を観客は極上の愛を認めたからだ。
 河合香織による2004年に起こった実際の事件の真相を追ったノンフィクション作品を読み終わって、思い出したのがこの「シベールの日曜日」だった。
 一方は愛の名画として評価され、一方は謎めいた事件ながら男の有罪判決で結審した事件。
 何がちがっていたのだろうか。

 47歳のうだつのあがらない男は10歳の少女を沖縄まで連れ去った罪で逮捕される。
 その時、少女は「(家に)帰りたくない」と言ったというのだ。
 それではまるで「シベールの日曜日」ではないか。
 けれど、男は裁判で有罪の判決を受ける。
 著者の河合はこの「ふたりの世界の深淵には、何か得体の知れない闇が潜んでいるのではないか」と、取材を開始する。
 獄中の男と何度も文通し、少女の周辺の大人たちにもインタビューを申し入れる。
 それを巧みに構成してできあがったのがこの作品である。

 実の親は少女を放りだし、そのあと少女を育てた母親側の祖父母は自由奔放な少女をほとんど顧みることをしない。
少女は少女で、自分よりうんと年上の男の部屋に出入りしたりしている。
 そんな時、47歳の男と出合う、男もまた二度の離婚の経歴をもって、少女と出会った時は誰も構うものはいなかった。
 そんな二人が出合い、やがて男は少女を連れて沖縄へと逃避行を実行する。
 孤独な心が求めあうように出会った。そんな「シベールの日曜日」のようなことを河合は求めたかもしれない。
 けれど、実際は、そんな河合の思いを裏切ることが発覚する。

 最初フランソワーズと名乗っていた少女は終盤自分の本当の名前はシベールと話す。それが映画のタイトルになっている。
 果たしてこの事件に本当のシベールはいるのだろうか。
 そんな漠としたことを思って、何かやりきれなさが残った。
  
(2014/07/15 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日村上春樹さん訳の
  『ポテト・スープが大好きな猫』という
  素敵な絵本を紹介しましたが、
  今日は村上春樹さんつながりで
  『さんぽで感じる村上春樹』という
  村上春樹さんの作品に描かれた場所を
  紹介するガイド本を
  紹介します。
  書いているのは、
  ナカムラクニオさんと道前宏子さん。
  二人とも東京・荻窪のブックカフェ「6次元」の
  運営者です。
  ここでは「村上春樹の読書会」などが
  行われていたりします。
  そういう人たちが
  村上作品に描かれた場所を訪ねるのですから
  見ているだけで楽しくなります。
  村上作品をまた読んでみたくもなります。
  だから、村上春樹ファンには
  とってもうれしい一冊ではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

さんぽで感じる村上春樹さんぽで感じる村上春樹
(2014/04/25)
ナカムラ クニオ(6次元)、道前 宏子(6次元) 他

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sai.wingpen  くれぐれも車にはご注意を                   

 角田光代さんは旅に出る時は旅のガイド本ではなく、その地のことを書いた文学作品を持っていくのだという。
 例としてあげていたのが、開高健の『輝ける闇』。ベトナム戦を題材とした純文学。ベトナムに行った際に、この作品を持って行ったそうだ。角田さんがベトナムを旅した時は当然戦争は終わっていたが、それでも開高の作品にはベトナムを味わうに十分な空気が流れていたのだろう。
 それと反対のこともいえるかもしれない。
 作品をもっと楽しむために、作品に描かれている場所を「さんぽ」すること。
 実際作者が見たであろう、あるいは肌で感じたであろう風景を体験することで、作品をよりよく知ることになる。

 本書は村上春樹の小説で描かれている場所を「さんぽ」したガイド本だ。
 「はじめに」で、こう書かれている。
  「村上春樹の小説は、五感で楽しむエンターテインメントです」と。
五感、すなわち「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」だが、村上春樹の小説によく音楽が描かれているのは有名だ。最近では新作が発表されるたびに、そこで描かれた音楽CDもヒットしたりする。
 あるいは、作品の中で書かれた料理のレシピ本が作られたりする。
 だとしたら、物語の現場となった場所に行ってみたいと思うのは、気分としてよくわかる。

 最近の作品でいえば、『1Q84』で主人公の青豆が高速道路をタクシーで渋谷に向かう途中で車から降りて非常階段を使って脱出する有名な場面、あの非常階段が実際に存在しているのに、少し感動した。
 本書には写真も掲載されている。こうして具体的に目にすると、やはり物語の深みが変わってくる。
 文学作品は言うまでもなく文字だけでできている。
 それを読者は自分なりに想像するわけだが、実際その場所でしか味わえないものがあるとすれば、「さんぽ」効果は絶大のような気がする。

 村上春樹本を持って、渋谷や青山の街を歩くと、また街の様子がちがってみえるかもしれないし、作品も生き生きとしてくる。
 そんな時、本書は役に立つだろうが、くれぐれも車には注意が必要だ。
  
(2014/07/14 投稿)

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  今日紹介する絵本は
  村上春樹さんが翻訳した絵本、
  『ポテト・スープが大好きな猫』です。
  このタイトル、
  村上春樹さんぽくないですか。
  私は好きだな、このタイトル。
  村上春樹さんは
  文学作品の翻訳だけでなく
  絵本の翻訳もたくさんしていて
  そのこと自体面白い村上春樹現象だと
  思います。
  絵本ですから
  長い原文ではないでしょうが
  それを日本語に翻訳する時は
  それはそれで苦労するのでしょうね。
  村上春樹さんの場合
  長編小説の合間あいまに
  そういう作業をいれられているのでは
  ないかしらん。
  それにしても
  絵本の世界でも「村上春樹 訳」なんてはいっているだけで
  ひきつけられるのですから
  すごいものです、春樹さんは。

  じゃあ、読もう。

ポテト・スープが大好きな猫ポテト・スープが大好きな猫
(2005/11/29)
T. ファリッシュ

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sai.wingpen  絵本が大好きな村上春樹さん                   

 村上春樹さんはいうまでもなく現代の日本を代表する作家ですが、小説以外にもエッセイも書くし、翻訳もします。それに絵本の翻訳もたくさんしています。
 村上さん自身は自分を長編小説向きの作家だと考えているようですし、その合間あいまに短編小説を書くことでエネルギーの蓄積がなされています。
 翻訳もそうだし、絵本の翻訳もそうです。
 長編小説に固まった肩とか背中とか、脳もそのひとつです、をほぐすのにそれらがどれだけ寄与していることか。
 この絵本は、絵本というには文章は多めです、2005年11月に刊行されていますから、『1Q84』の執筆の準備をしていた頃かと思われます。
 『1Q84』という作品にこの絵本が影響があったかはわかりません。
た だ、ここでは時期的なお話をしただけです。

 絵本の「あとがき」で村上さんはこの絵本を偶然アメリカの街の本屋さんで見つけたと書いています。
 表紙の絵と題名に魅かれたといいます。
 確かに、これの、少し長めの題名は村上さんの作品に共通するものがあります。
 それ以上に村上さんが気にいったのは、この絵本に登場する年とった雌猫でした。
 村上さんも猫好きということで、中でもこの絵本に登場する雌猫の性格、「すぐムッと腹を立てるのだけれど、感情が細やかで、(きげんの良いときには)とても心優し」彼女がお気に入りのようです。

 絵本ではこの雌猫と一緒に暮らすおじいさんの、仲睦ましい生活ぶりが描かれています。
 釣りに出ても小さな魚しかとれないおじいさんに反発して、雌猫は自分の手で大きな魚を捕ってくる、そんな物語です。
 けれど、それが何か大きな事件かというと、そうは感じさせないところが面白いといえます。
 大きなことも、小さなことも、何が変わるというのでしょうか。
 年とったおじいさんと年とった雌猫には普段と変わらない日常としか思えません。
 あえていうなら、少しばかり、眉を少し上げたぐらいの、変化しかありません。

 おじいさんが買ってくれた電気毛布の、それは少しも変わらない温度によく似ています。
 そんな普通の生活に、村上さんは魅かれたのかもしれません。
 きつい長編小説を書く前にして。
  
(2014/07/13 投稿)

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  それぞれの文庫には
  その文庫が自慢とする作家とかシリーズを
  あったりします。
  例えば
  新潮文庫三島由紀夫なんかがずらりと揃っています。
  文春文庫でいえば
  この平岩弓枝さんの「御宿かわせみ」シリーズや
  東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズなど
  いいシリーズものがはいっています。
  さて、
  平岩弓枝さんの「御宿かわせみ」傑作選も
  この4巻めで完結。
  なるほど、シリーズで抱えていれば
  こういう傑作選の類の刊行も
  できるのですね。
  そして、新たな読者を発掘していく。
  東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズも
  傑作選でないかな。
  「御宿かわせみ」のように
  長いシリーズともなれば
  こういう傑作選の形で読むのもいいですよね。
  もっと読みたい気分にもなります。
  傑作選の4冊には
  とても楽しませてもらいました。
  文春文庫さん、
  ありがとうございます。

  じゃあ、読もう。

御宿かわせみ傑作選4 長助の女房 (文春文庫)御宿かわせみ傑作選4 長助の女房 (文春文庫)
(2014/04/10)
平岩 弓枝

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sai.wingpen  読者を大切にする物語                   

 文庫版での『御宿かわせみ傑作選』の完結編にあたるこの巻の、表題作にもなっている「長助」とおいうのは深川の蕎麦屋長寿庵の主人で岡っ引のことである。
 これまでにも何かと主人公の神林東吾やその兄の通之進らを助けてきた名脇役だ。
 この人気シリーズでは長助のほかにも「かわせみ」で働く嘉助やお吉など読者それぞれがお気に入りの脇役がいる。
 このシリーズが長年愛されてきた秘密は彼ら脇役たちをはじめとした、登場人物たちの層の厚さといってもいい。

 この『傑作選』四でも、先ほどの長助だけでなく、「長助の女房」というタイトルの通り、この作品では長助の女房のおえいが主役であったりする。
 それ以外にも「かわせみ」の女中お石にいたっては、収録作8篇の内3篇までもが彼女が主役であるのだから、驚く。
お石が初めて登場した作品が「大力お石」である。
 主人公の東吾に「足柄山の金太郎みたい」と笑われるお石だが、その人柄の良さがはっきりとこの作品ではでている。
 文庫版の『傑作選』では蓬田やすひろのカラー挿絵の収録が売りにもなっているが、蓬田の描くお石はまんまると太って、東吾のいう「金太郎みたい」に描かれている。

 そんなお石も月日を重ね、いつしかお嫁入りに話が持ち上がる年になっている。
 このシリーズは登場人物がうまく年をとっていく。読者もまた年を重ねることを思えば、長寿シリーズだからできる物語の深みといっていい。
 読者は登場人物たちとともにしっかりと月日を重ねていく。
 それは我が子の成長を見守る親の心境といっていいかもしれない。
 「金太郎みたい」なお石であっても、かわいい子どもと思い込めば、その成長が気にかかる。

 作者の平岩弓枝はそういった読者の心情にしっかりと応えるべく、「代々木野の金魚まつり」と「十三歳の仲人」という作品を用意している。
 大工の小源といろいろあったりにしろ見事に祝言をあげさせた平岩は、作者であるとともに読者の代表でもあるといえる。
 ついでに蓬田も同じで、後半の適齢期にはいったお石の美しい容姿もまた、読者の代表という視点で描かれた挿絵だろう。
 『御宿かわせみ』シリーズが面白いのは、そういった読者を大切にする物語作りだともいえる。
  
(2014/07/12 投稿)

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  東日本大震災から3年4ヶ月
  今日紹介するのは
  こうの史代さんの『日の鳥』。
  漫画というジャンルにはいるのでしょうか
  それとも漫画エッセイというジャンルでいいのか
  迷うところです。
  東北の被災地のあれからの風景が
  こうの史代さんの独特な筆タッチで
  描かれています。
  あの日のことを風化させてはいけないと
  私は考えています。
  こうの史代さんがこういう形であの日と
  それに続くあれからを
  描くのは
  とても素晴らしいことだと思います。
  日々新しいニュースが
  私たちのところに届きます。
  悔しい話、悲しい話、理不尽な話、
  もちろん楽しい話や愉快な話もあります。
  それらはすごい勢いで
  交代していきます。
  でも、それらのなかで
  絶対忘れてはいけない話もあるのです。
  あるいは
  忘れないために繰り返し話しつづけないといけないことが
  あるのです。
  東日本大震災のことは
  忘れてはいけない、話なのです。

  じゃあ、読もう。

日の鳥日の鳥
(2014/04/25)
こうの 史代

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sai.wingpen  復活の鳥                   

 東日本大震災は映画であったり文学であったりノンフィクションであったり、さまざまなジャンルのたくさんの作品で描かれてきた。
 漫画でもそうだ。
 最近話題になった福島第一原発の作業員の竜田一人の「いちえふ」もそうだし、『夕凪の街 桜の国』で数々の賞を受賞したこうの史代のこの本もそうだ。
 ただ、この本を漫画というストーリー性をもった表現方法にくくっていいかは難しい。
 あえていうなら、震災後の東北の各地をめぐる記録エッセイ漫画という方が正しい。

 もちろん、主人公らしきものがいる。
 妻を探している一羽のにわとりである。ただそこには物語がない。彼とともに被災地の様子が作者の細かいペンタッチに描かれているだけだ。
 そこに、彼の思いが、それはもちろん作者の思いなのだが、綴られている。
 詩のようにして。
 例えば、2013年の4月のある日、大きな被害をうけた田老地区の真崎展望台のスケッチに添えられた文章の冒頭はこうだ。
 「こんなにきらきら輝いたりするから非情なんだと忘れてしまう」。

 写真は多くの真実を伝える。
 映像は大きな衝撃を与える。
 では、漫画はどうか。あるいは、この作品のようなスケッチはどうか。
 大きな衝撃はないが、じわじわと染み込んでくるものが、ここにはある。
 それはこうの史代という漫画家の魅力といっていい。

 それにしても作者はどうしてこの作品に『日の鳥』とつけたのだろう。
 おそらく手塚治虫の『火の鳥』への思いがあったのではないだろうか。つまりは、何度焼かれてもそのつど復活する不死鳥である。
 作者はそういう姿を被災地と重ね合わせたかったにちがいない。
 けれど、手塚の作品をそのままにタイトルにするわけにもいかなかったのであろう。
 それが『日の鳥』となったというのは思いすぎだろうか。
 つまり、この漫画は「復活」がテーマなのだ。

 「2年後の東京」というページに中野区にある明治寺の境内が描かれている。
 いっけん東日本大震災と関係ないが、ここには雷にうたれて復活したイチョウがあるという。
 こうの史代はそれを描くことで、被災地の人々を激励しようとしたのであろう。
 これは、そんな漫画だ。
  
(2014/07/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  お正月恒例の歌会始
  時々テレビのニュースとかで
  見ることがあります。
  あれに選ばれるってすごいことなんでしょうね。
  入選したらどんなことになるのかな。
  やっぱり皇居に行くのかな。
  そうしたら着て行く服とかが
  大変でしょうね。
  女の人はやっぱり着物を新調しないと。
  散髪にもいかないと。
  来年の歌会始のお題は、「」。
  BOOKとしての「本」だけでなく
  「ぽん」とか「もと」でもよいそうです。
  皇室の方々も
  一生懸命作られているのでしょうね。
  やはり私たちとはちがって
  格式とかあるのでしょうか。
  今日紹介するのは
  画家の安野光雅さんによる
  『皇后美智子さまのうた』という本。
  天皇陛下や皇后陛下のうたが
  安野光雅さんの文章と絵で紹介されています。
  さすがに
  お二人のうたは格式があって
  重みがちがうように感じました。
  来年、お二人が「本」に
  どのような思いを込められるのか
  楽しみです。

  じゃあ、読もう。

皇后美智子さまのうた皇后美智子さまのうた
(2014/06/06)
安野光雅

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sai.wingpen  満開の桜の如く                   

 東日本大震災のあと被災地を見舞われた天皇皇后両陛下が避難所で厳しい生活をされていた被災者に対し、自ら腰を折り、被災者の目線で励まされるお姿に感動した人は多いと思う。
 天皇制という悩ましい問題はあるとしても、両陛下のお姿を拝見していると、そういう問題よりも何よりお二人がこの国の多くの人々の心のよりどころであると感じ入る。
 画家の安野光雅氏が皇后美智子様や天皇陛下の御製を紹介しつつ、お二人に対する思いを綴ったこの本の中にも、東日本大震災の悲しみを詠んだ歌が紹介されている。
 「今ひとたび立ちあがりゆく村むらよ失せたるものの面影の上に」。
 これは皇后美智子様の歌である。
 震災後、どんなに悲惨で悲しい思いをしただろう被災者がそれでも前へと向かう姿を詠んだ歌だ。
 天皇はこんな風に詠んだ。
 「被災地の冬の暮らしはいかならむ陽の暖かき東京にゐて」。

 この本には天皇と皇后美智子様が詠まれた歌133首が収めらている。
 主として本書のタイトルのとおり、皇后美智子様のうたが多いのだが、天皇の歌の素朴さがより胸を打つ。
 平易ながらもそこにすっとはいっていける歌は、一読素人の感じさえあるが、実に洗練されている詠み方である。
 その一方で皇后美智子様の歌はいにしえより続くこの国の歌の伝統を見事に継承なされている。
 そのことにさえ皇后美智子様が歩まれて道の厳しさが彷彿されるのではあるが。

 安野氏は画家としてこの本にいくつもの花の絵を添えた。
 表紙の満開の桜のなんと見事なことだろう。
 安野氏にとって天皇皇后両陛下の歌というよりもその生き方そのものが満開の桜と思えたのではないか。
 歌をじゃますることなく安野氏はそっと花を描く。
 「彼岸花咲ける間の道をゆく行き極まれば母に会ふらし」、これは平成8年の皇后美智子様が詠まれた歌だが、これに添えられた安野氏の「ヒガンバナ」のなんと美しいことか。
 美しさは派手さではない。
 そこに凛々しくあることではないか。
 皇后美智子様の歌もまさにその美しさが立ち上がってくるようだ。
  
(2014/07/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  夏にはいると
  食が細くなりますが
  私の故郷大阪では
  おいしいものがたくさんあります。
  なんといっても
  水ナス
  これは岸和田の名産品として
  だんじりとともに最近では全国区となった
  食材です。
  東京で買えば
  結構いい値段します。
  昔はごく当たり前のようにして
  食べていたんですが。
  それともう一品。
  鱧(はも)の湯引き
  これは父親の大好物でした。
  梅肉につけて食べたら絶品。
  これも東京ではあまり
  見かけません。
  大阪は食道楽といわれるだけあって
  おいしい料理がありますよね。
  今日の百年文庫
  そんな料理のおいしさを小説にした
  「」という巻を紹介します。

  じゃあ、読もう。

(049)膳 (百年文庫)(049)膳 (百年文庫)
(2010/10/13)
矢田津世子、藤沢桓夫 他

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sai.wingpen  おいしい短編                   

 食を表現するのは難しい。
 美食家の誉れの高い開高健や丸谷才一であっても、食や美味を文字として表すことに豊穣すぎる言葉を用いたほどだ。
 物語にしても、食欲をそそるほどに表現するのは容易ではない。池波正太郎や平岩弓枝はおいしさを表現できる作家として世評は高い。彼らの技まで達するのは至難だ。
 百年文庫49巻めは「膳」というタイトルのあるとおり、食を巧みに表現した、矢田津世子の「茶粥の記」「万年青」、藤沢恒夫の「茶人」、上司小剣の「鱧の皮」の、短編4篇が収録されている。
 藤沢と上司の作品がいずれも大阪が舞台になっているのは、さすがくいだおれの町大阪といえる。

 坂口安吾の恋人と噂のあった矢田は第3回芥川賞候補にもなったことがある。惜しむらくは37歳の若さで亡くなったことだ。
 ここに収録されている「茶粥の記」と「万年青」は亡くなる数年前に書かれた作品だ。
 「茶粥の記」は食べ物の話などを雑誌に寄稿していた夫が亡くなり、義母とともに故郷に戻ろうとする妻の姿を描いた短編である。
 想像力で食べたこともない料理をさもおいしそうに話す夫の、生前の姿を思い浮かべる妻。死後夫が書いた最後の短文が見つかり、そこに「鰹のたたき」のことが出ている。それに「嘘ばっかり」と詰る妻であるが、不思議と「つばが出てきて仕方がなかった」。
 矢田の文章の巧さだろう、確かに夫の語る料理のうまそうなこと。
 矢田のもうひとつの作品「万年青」は、念のために書いておくと<おもと>と読む。

 藤沢恒夫は大阪に生まれ、その地を離れることのなかった生粋の大阪人である。
 かつては司馬遼太郎や田辺聖子が藤沢のもとに集まって「大阪文壇」の潮流を築いたという。
 この「茶人」は大阪人の気性をよくとらえた短編である。
 まるで上方落語に登場するような吝嗇(この作品では「しぶちん」とルビがふられている)家のご隠居の、茶会にまつわる話。
 上司小剣という作家はまったく知らなかったが、「鱧の皮」という短編はあの織田作之助の『夫婦善哉』が描かれた法善寺横丁が舞台となっている。
 上司のこの作品の方が織田の作品よりも早い。
 ちなみに、「鱧」は<はも>と読む。
 夏場の鱧の美味しさは関西ならではの風物詩といっていい。
  
(2014/07/09 投稿)

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 せっかくというのは
 漢字で書くと、角を折る、折角。
 意味は、「いろいろの困難を排して事をするさま」と
 なります。
 仕事をお昼で半休して
 出かけたのに
 ほとんど見るべきものがなかった今年の「第21回東京国際ブックフェア」。
 やっぱりこういう時は
 折角行ったのに、となるのでしょうね。

20140704_144451_convert_20140706155624.jpg
  ここ何年か毎年行っている
 「東京国際ブックフェア」ですが
 年ごとにどんどん縮小している感じがします。
 今年はさらに縮小していました。
 すでに会期が終わっていますから
 行けなかった人もいるでしょうが
 何年か前の「東京国際ブックフェア」を知っている人なら
 今年の内容はどんなに貧弱に
 見えたことか。
 まさに、折角出かけたのに、です。

 毎年書いているかもしれませんが
 大手出版社の姿がどんどん減っています。
 あるいは出展していても
 気合いがないというか
 本好きの足をとめる
 そんな展示になっていないのが
 寂しいですね。
 新潮社さん、文藝春秋さん、筑摩書房さん
 どうして出展されないのですか。
 講談社さん、恐竜の展示や漫画関係だけでいいのですか。
 角川書店さんにはもっとたくさんいい本が
 あるでしょうに。

 それほど
 出版業界は大変なのでしょうね。
 本好きの人も
 減っているのでしょうか。
 本好きとしては
 毎年こういう光景を見るのは忍びない。
 出版社さんや本屋さんが頑張ってくれないと
 読者もそうそう増えないのではないでしょうか。
 出展には色々費用がかかることは
 理解できますが、
 折角(ここにも出てきました)
 「東京国際ブックフェア」なる大層な名前がついているのですから
 ここは赤字覚悟でがんばってほしいと
 思います。

 折角(またまた)
 仕事を半休して出かけたのですから
 ええい、
 ここは赤羽のまるますやに行って
 一杯やるしかないと
 早々に引き上げました。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は七夕

     希ふこと少なくなれり星祭     品川鈴子

  星祭は七夕のこと。
  でも、七夕は秋の季語ですから
  気をつけてくださいね。
  昔の人は
  星を見てどんなにロマンを
  かきたてられたのでしょうか。
  昔は今より
  うんと星もきれいに見えていたでしょうし。
  今日紹介するのは
  黛まどかさんの『うた、ひとひら』。
  黛まどかさんは女性俳人ですが
  この本では俳句だけでなく
  日本語のこと、詩やら短歌のことが
  書かれています。
  そういえば、
  朝日新聞に以前連載されていた
  大岡信さんの「折々のうた」で
  どんなに美しい日本語を教えられたことか。
  そんなことも
  なつかしい。

  じゃあ、読もう。 

うた、ひとひらうた、ひとひら
(2014/05/21)
黛まどか

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sai.wingpen  この国のうたの伝統                   

 「七夕」は間違いやすいのですが、秋の季語です。
 旧暦の七月七日の行事で、現在は新暦でいいますから夏の季語のように思われがちです。
 この季語にはたくさんの傍題があります。
 「星祭」「星の恋」「星今宵」「願いの糸」「鵲(かささぎ)の橋」・・・。
 最後の「鵲(かささぎ)の橋」は「鵲が翼を広げて天の川に橋をかけて」織姫と彦星の逢瀬を助けたという伝説によるものです。
 この言葉のことは、この本の第二章「美し言の葉」の中に書かれています。

 この本の著者黛まどかさんは女性俳人です。
 黛さんが「B面の夏」という俳句50句で角川俳句奨励賞を受賞したのは1994年。もう20年も前のことになります。
 その時の俳句に「旅終へてよりB面の夏休」というのがあります。
 その後の黛さんの活躍は多岐にわたっています。特に女性のみの俳句結社「東京ヘップバーン」を立ち上げたのは有名です。
 本書は句集ではありません。第一章「俳句ひとひら」では黛さんの作品だけでなく、芭蕉や一茶、あるいは虚子や中村草田男の句をとりあげ、それに黛の短い文章がつけられています。
 第二章は冒頭で書いたような美しい日本語が黛のエッセイで紡がれています。
 「星の恋」「虎が雨」「片便り」「木守柿」といった美しい言葉がたくさん紹介されています。
 第三章は「ことばの力」。ここでは俳句だけでなく、短歌や詩などといった作品に黛さんの想いがそえられています。
 紹介されているのは、茨木のり子さんの「六月」やアポリネールの「ミラボー橋」といった詩、岡本かの子や若山牧水の歌などです。

 こうして読んでいくと、この国のうたの伝統は深くて広いものであることがわかります。
 それは美しい季節を持った国だったからともいえるでしょうし、その光景を言葉にする力が豊富だったからだと思います。
 著者は「亀鳴くや手相と運を異にして」という鈴木真砂女に俳句に「俳句は、懸命に日々を生きる庶民の傍にいつもある」と書いていますが、俳句だけでなく短歌も詩もそうなのです。
 この国のそんな素晴らしい魅力を忘れてはいけません。
  
(2014/07/07 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は長谷川義史さんの
  『なわとびしましょ』という絵本を
  紹介します。
  書評にも書きましたが
  私は運動オンチでしたから
  なわとびもへたでした。
  あの、「おはいんなさい」という掛け声で
  なわの中にはいる遊びが
  そもそもできなかった。
  なわのタイミングに
  身体がついていけなかったんでしょうね。
  子どもたちは今でも
  なわとび遊びをしているのかしら。
  子どもたちが遊ぶ時間帯に
  町に出ることはないから
  見かけないだけかもしれませんが
  どうなのでしょう。
  でも、なわとびって
  どちらかというと女の子が遊んでいたように
  思います。
  なわを跳ぶ女の子のスカートがはらりとめくれあがって、
  それを喜んでいたのは
  私?

  じゃあ、読もう。

なわとびしましょなわとびしましょ
(2014/05/17)
長谷川義史

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sai.wingpen  なわとび、苦手でした                   

 この絵本は2008年に発表されたものの復刻版。
 一般書では文庫化で作品が二度本屋さんに並ぶことが多いが、絵本の世界でもこういうようにしてつながっているのですね。
 長谷川義史さんは人気の高い絵本作家ですから、作品化したいと考えている出版社も多いでしょうから、そういうこともあるのかもしれません。
 そんな事情は子どもたちに、もちろん大人にも関係ありません。
 いい本が手軽に入手できればいいと思います。

 この絵本は実にシンプル。
 シンプルといえば、なわとびそのものがシンプルな遊びですよね。
 縄が一本あればなんでもできる。
 この絵本のように端と端をもって、「ペッタン ペッタン」揺れるなわを踏まないようにして跳んで遊ぶというものから、ぐるりのまわしたなわを潜り抜けるもの、あるいは端と端をつなげて電車ごっこというのもありました。
 あるいはひとりでびゅんびゅん跳んで、その回数を競いあったり、二重跳び三重跳びなんていうのもありました。
 小さい頃、運動おんちでしたから、なわとびも苦手でした。
 いつもひっかえるのは、私。
 この絵本を読むながら、そんな苦い記憶がよみがえってきました。
 恥ずかしい。

 長谷川さんのなわとびにはいってくるのは、たけしくん、おじいちゃんのせいぞうさん、おばあちゃんのひでこさん、さかなやさんのまさきちさん、さらにどんどんはいって、おさむらいさんやろくろっくびのお姫さま、さらには宇宙人まで。
 なわの世界が長谷川さんの自由な空間になっていきます。
 長谷川さんの絵本の魅力は大胆は筆づかいの絵。さらには、この絵本のような自由さです。
 長谷川さんのなわとびにはいるのは、自由。
 読みながら、身体が上下に跳ねていく感じがします。
 そういう感じになれば、そこはもう長谷川さんの世界です。

 最後になわをひっかけてしまう人がいます。
 さてさて、それは誰でしょう。
 足元をよーく見ながら読んで下さい。
  
(2014/07/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

   今、土曜日の夜NHKで
  5回連続で村上龍さん原作の
  『55歳からのハローライフ』が
  放映されています。
  今夜の放送が4回めになります。
  そこで今日は
  『55歳からのハローライフ』の再録書評です。
  このドラマは
  まず主演陣が豪華なんですよね。
  「キャンピングカー」という作品ではリリー・フランキーさんが主演、
  奥さん役は戸田恵子さんが演じていました。
  「ペットロス」には風吹ジュンさん。
  私は風吹ジュンさんが好きです。
  上手に年を重ねてきた女性という印象があります。
  年を重ねるごとにきれいになっているような気がします。
  「結婚相談所」と言う作品は原田美枝子さん。
  この人も素敵ですね。
  ここまでがすでに放映されています。
  今夜は第4回めで
  「トラベルヘルパー」。
  主演は小林薫さん。
  いうまでもなく、朝の連続ドラマ「カーネーション」で
  父親役を熱演した名優です。
  見ていない人は
  今夜からでも。
  ぜひ。

  じゃあ、読もう。

55歳からのハローライフ55歳からのハローライフ
(2012/12/05)
村上 龍

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sai.wingpen  限りなく憂鬱に近いグレイ                   

 この本を本屋さんの店頭で見かけた時、てっきり「55歳からのハローワーク」だと勘違いしてしまった。何しろ村上龍さんには大ヒットした『13歳のハローワーク』という作品があるくらいだ。
 ハローワークっていえば、13歳よりは55歳の方が現実的である。だからといって、あまりにも短絡的な勘違いだった。
 笑えるが。
 この本、ちゃんといいますね、『55歳からのハローライフ』は中高年の男女を主人公にした連作中編集だ。
 村上龍さんが『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を受賞したのが1976年だから、それからおよそ40年近くなる。あの作品で若者の風俗を描いた村上さんだが、こうして中高年の姿を描くようになった、そのことに感慨深いものがある。
 当時村上さんがこのような作品を描くなど、誰が想像しただろう。
 時代は変わった。
 変わったというのが妥当かどうか、少なくとも村上さんの、この国の、橋の下をたくさんの水が流れたことは確かだ。

 夫と離婚し新たな相手を探そうとする女性を描いた『結婚相談所』、ホームレスになる不安を持った男がホームレス状態のかつての同級生と出会う『空を飛ぶ夢をもう一度』、早期退職で会社を辞めたもののそれ以降の生活や転職活動に悩む男の姿を描いた『キャンピングカー』、会社をやめ家にいる夫とそりが合わず愛犬に愛情を注ぐ女性の切ない姿の『ペットロス』、中高年の淡い恋を描く『トラベルヘルパー』の、5篇。
 そのどれもが現在(いま)の中高年が迎えている危機であり、苦悩ともいえる。
 夫がいて、妻がいて、息子や娘たちは独立し始めている。年金の支給時期が延長され、再雇用制度で若い年下のものから指図される。早期退職という誘惑にはまったものの、隠居するにはまだまだ元気だ。
 それが現在(いま)の平均的な中高年の姿かもしれない。
 その姿を憐れむのでもなく、同情するのでもない。淡々と描きうる作家としての力量は、経済問題にも詳しい村上さんならではこそといえる。

 一番身につまされたのが『キャンピングカー』という作品だった。
 会社を辞めたあと夫婦でキャンピングカーに乗って日本中を旅したいと夢みていた主人公。しかし、その夢は相棒だったはずの妻から拒否される。夫は長年の暮らしの中で妻にも別箇の人格があることを見失っている。「誰にも自分の時間を持っている」という簡単な事実。
 中高年の端くれとして、この作品集は重い。
  
(2013/01/19 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近の男性週刊誌、
  特に「週刊ポスト」と「週刊現代」は
  シニア向けのSEX記事が多い。
  60歳向きなんてかわいいもので
  最近は70歳80歳までがターゲットになっているような
  感じさえします。
  その一方で
  今日紹介する大場真代さんの『モンスターウーマン』のように
  女性向けに書かれたSEX現状報告のようなものも
  多くみられます。
  この本でも
  若い人のSEX事情だけでなく
  結婚している女性、結婚していない女性といった
  アラサー、アラフォーの女性にまで
  取材範囲は広がっています。
  高齢化社会は
  労働環境だけでなく
  SEXといった個人的な事情にまで
  色々な問題が生まれてきているような
  気がします。
  さらには
  情報化社会がそれに拍車をかけているのでは
  ないかしらん。

  じゃあ、読もう。

モンスターウーマン ~「性」に翻弄される女たち (宝島社新書)モンスターウーマン ~「性」に翻弄される女たち (宝島社新書)
(2014/05/23)
大場 真代

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sai.wingpen  SEXと時代                   

 タイトルにもなっている「モンスターウーマン」という言葉、「セックスに翻弄され、闇を抱えている女性たち」ということで著者の大場真代の命名らしい。
 女性と性(あるいは男性と性といってもいいが)の関係は時代とともに変遷してきた。
 この本は平成という時代も四半世紀を超えた今の女性たちの性に対する考え方や行動を多くの女性たちとの面談を通して記録されたものだ。
 もしかすれば、平成も50年を過ぎれば、あの時代の女性たちはこんなことで悩んでいたのかということになるやもしれない。

 この本でも紹介されているが、最近面白いデータが発表された。
 「若者のセックス体験率」だ。
 今まではセックスの若年化が常に問題視されてきたが、2011年の調査では女子高校生の体験率が2割強まで減少したというデータだ。
 1974年に調査開始されて初めて体験率が低下したという。
 それらのデータを踏まえて、著者は女性の性志向が二極化しているとしている。
 男性の経験数が何百という女性もいれば、30歳になっても処女という女性もいる。
 かつてセックスは男女の恋愛を結びつけるものであったが、どうもそうではなくなっているような気がする。
 それでいて、セックスレスの問題も顕在化しているのも事実だ。
 ただし、現在セックスを男女のつながりの一つの方法とみなさない若者たちが結婚し、年を重ねたとすればもはやセックスレスが問題になることもなくなるのかもしれない。
 何故なら、セックスがあろうがなかろうが、そのことに重きをおかない人たちが成長するのだから。

 この時代の記録という言い方を冒頭に書いた。
 では、この時代とはなんだろう。著者の言葉で引用すると、「セックスや性的なものが日陰の存在でなくなった時代、情報はいくらでも手に入る」時代だ。
 もしかすると、女性たち(あるいは男性も)翻弄されているのはセックスではなく、情報なのかもしれない。
 あるいは今までは潜在的であったさまざまな事柄を自ら発信できるようになったがゆえに、顕在化してきたともいえる。
 「情報がいくらでも手に入る」時代は、情報がいくらでも発信できる時代でもある。
 後世の人たちは、はたしてこの本をどう読むのだろうか。
  
(2014/07/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する『平凡』は
  角田光代さんの最新の短編集です。
  タイトルが平凡すぎて
  読むのをためらっている人がいるかもしれませんが
  絶対読んだ方がいいですよ。
  とってもいい短編集ですから。
  書評にも書きましたが
  今生きている世界とは別の世界があるかもしれないという
  妄想はいつもあります。
  もしあの時にふられていなかったら
  結婚した相手だって違ったかもしれないし、
  もしあの時別のことを言っていたら
  けんかもしていなかったかもしれない。
  それは後悔かもしれないし
  別の世界へのあこがれかも
  しれません。
  そういうふうに思うこと、ありませんか。
  もし、そんな世界があったとして
  そこに生きる私がいたら
  聞いてみたいですよね、
  「今、仕合せかい」って。

  じゃあ、読もう。

平凡平凡
(2014/05/30)
角田 光代

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sai.wingpen  ここではないところ                   

 もう40年以上の前のことになる。
 大江健三郎の『個人的な体験』を読んで、もっとも印象に残ったのは主人公のバードに火見子という女性がいうこんな言葉だった。
 「死と生の分岐点に立つたびに、人間は、かれが死んでしまい、かれと無関係になる宇宙と、かれがなお生きつづけ関係をたもちつづける宇宙の、ふたつの宇宙を前にするのよ」。
 今いる世界と別の世界で、もう一人の自分がいる。
 それはいくつも枝分かれして、自分には自分も知らないさまざまな世界が存在するのだということに、青年期の私はとても胸をうたれた。
 角田光代の6つの短編を集めたこの作品集にも、その時の気分が満ちている。
 あの時、成就しなかった恋の相手と本当はうまくいっていたかもしれない自分。あの時、窓を開けなかったら仕合せに暮らしていただろう自分。
 もしかしたら、この世界は岐路で選ばれなかった世界に生きる自分で溢れかえっているのではないか。

 表題作でもある「平凡」(このタイトルがいいかどうか別にして)は、小さな地方都市の土産物店で働く平凡な主婦紀美子が高校時代の友人で今は人気料理研究家の春花と再会する物語だ。
 実は二人には同時に好きになった大学生がいた、春花がふられ、紀美子が付き合うことになった。そのあと、春花は東京に出て今の地位をつかむ。紀美子は平凡な主婦となった。
 もし、あの時大学生が春花を選んでいたら、今の立場は逆転していたかもしれない。
 「こともなし」という作品の主人公聡子は、別れた恋人が別れたあと不幸であってほしいのか幸福であってほしいのか、夫と別れたあとも考え続けている。
 聡子は「無数にいる、今の私とは違うところに立っているだろう「私」のだれよりも」今の自分が幸福であることを願っていることに気づく。
 あるいは「どこかべつのところで」の主人公庭子は自分の失策で飼い猫を失い、その時の行動をいつまでも悔やんでいる。あの時、窓さえあけなかったらと。
 聡子は同じような境遇の女性に対し、「いつか、会いたいと思いますか、もうひとりに」と訊ねたい衝動にかられる。

 この短編集は大江健三郎が描いた世界をさらに深くみつめたものだ。
 誰にでもある、もうひとつ別の世界。
 そんな世界にい生きる私は仕合せだろうか、
  
(2014/07/03 投稿)

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