プレゼント 書評こぼれ話

  今日で8月もおしまい。
  というか、夏休みもおしまいといった方が
  いいかな。
  夏休みの宿題おわっていますか。
  おわっていない子どもたちにとっては
  大変な日曜日かな。
  今年の8月も暑かったですね。
  突然の豪雨にびっくりした人も
  たくさんいると思います。
  広島県ではたくさんの人が
  亡くなりました。
  水につかったり家も、押し流されたりした家も
  あります。
  いつにもまして
  天候が不順だったという印象が
  今年の夏にはあります。
  そんな8月の最後の日曜日に
  ベンジー・デイヴィスという人の『あのひのクジラ』という
  絵本を紹介したいと
  思います。
  ちょっとしみじみと
  夏を送りたくなる絵本です。
  では、
  夏休みの宿題が終わっていない子どもたち、
  しっかりがんばってください。

  じゃあ、読もう。

あのひのクジラあのひのクジラ
(2014/01)
ベンジー デイヴィス

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sai.wingpen  去りゆく夏にぴったりな一冊                   

 夏が終わっていくのはさみしい。
 来年になったら、また夏が来るのはわかっているのだけれど、去っていく夏は、やっぱりさみしい。
 だから、波の音も、鳥たちの鳴き声も、さみしそうだ。
 そんな季節にぴったりの絵本だ。

 作者のベンジー・デイヴィィスはイギリスの絵本作家。
 これまでも何冊か絵本の絵を描いていたそうですが、文と絵の両方を書いたのは、この絵本が最初だそうです。
 とてもやさしい絵を描く人です。
 とてもやわらかな言葉を紡ぐ人です。
 海の絵もたくさん出てきますが、静かな海、荒れ狂う海、雨の海、それぞれに表情がちがいます。
 そんな海の絵を見ていると、今年の夏に出会った海のことを思い出すのではないでしょうか。
 ちょうど、この絵本の主人公ノイが、嵐で迷子になった子クジラと出会って、別れたあと、思い出すように。

 ノイは海のそばの家でおとうさんと6ぴきのねこと一緒に暮らしています。
 おとうさんはさかなつりの仕事で毎日いそがしく働いています。
 ノイが海辺で迷子の子クジラを見つけた日も、おとうさんは仕事でいませんでした。
 だから、小さなノイはとってもがんばって、子クジラを家に連れて帰ります。
 子クジラといっても、浴槽をいっぱいにしてしまうくらい大きいのです。
 おとうさんにはないしょにしようとしていたのですが、さすがに見つかってしまいます。
 でも、おとうさんはそんなノイを叱りませんでした。
 ノイとおとうさんは黄色いレインコートを着て、子クジラを海に戻そうと、雨の海にボートを漕ぎだします。

 ノイにとって、子クジラと出会ったことも、海に還したことも、思い出になったことでしょう。
 そして、その記憶にはいつもおとうさんの姿があるにちがいありません。
 思い出って、いつも大切な人がそばにいるものかもしれません。
 その大切な人と別れることも、思い出になっていく。
 この絵本にはそんなことは描かれていないのですが、そんなことを考えてしまう一冊といえるでしょう。

 翻訳をしているのは、絵のタッチが似ている絵本作家の村上康成さんです。
  
(2014/08/31 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  さて、今日は
  第151回直木賞を受賞した
  黒川博行さんの『破門』を
  紹介します。
  ヤクザものということで
  読む前は少し抵抗があったのですが
  純粋に娯楽小説として読めば
  それも気になりません。
  ヤクザが職業にあたるかどうかはわかりませんが
  銀行員が主人公になる小説もあるのですから
  ヤクザが主人公だって
  おかしくはありません。
  それにこの小説では
  ヤクザを賛美しているのでも
  ないので。
  まあ昔の東映映画を観るような感じで
  読むのもいいかもしれません。
  読み終わったら、
  あなたも大阪弁でしゃべっているかも。
  そもそも本は
  これくらい面白くないとという
  見本のような
  直木賞受賞作をお楽しみください。

  じゃあ、読もう。

破門 (単行本)破門 (単行本)
(2014/02/01)
黒川 博行

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sai.wingpen  直木賞は芥川賞よりうんと大人                   

 第151回直木賞受賞作。
 受賞作の報道があった時、少し残念な感じが正直あった。ヤクザものと呼ばれる系統であったこと、シリーズの何作目かの作品であったことなどが、嫌な気分にさせた。
 しかし、それらの気分は読了後一掃された。
 娯楽小説の面白さにどっぷりはまってしまった。
 ヤクザものの小説であることはまちがいない。
 ただし、主人公のヤクザ桑原の暴力性は、彼の話す大阪弁で見事に融和されていて、暴力の描写はあるものの嫌悪感はほとんどない。
 また、桑原とコンビを組む建設コンサルタントの二宮のおとぼけぶりもいい。
 漫才コンビでいう、ボケとツッコミの話術が、主人公の二人を新しいヒーローに仕上げている。

 一方のシリーズものであるという点も、作品の中で桑原や二宮の性格、造型がうまく語られて、シリーズ作品であっても、その中でこの作品だけを読んだとしても違和感のない書き方になっているのが、読者にはうれしい。
 ちなみこのシリーズは第一作めの『疫病神』(直木賞候補作)のタイトルから「疫病神」シリーズと呼ばれているが、その二作め『国境』(これも直木賞候補作となった)の評判も高い。
 今回の作品の中にもたびたび登場する北朝鮮での体験話はこの二作めで描かれているそうだ。
シリーズはこのあと『暗礁』『螻蛄』と続いて、この受賞作へとつながっている。

 この作品では映画制作にかかる出資金をだまし取られた桑原がその事件に絡んで組織から「破門」を受けそうになる姿をマカノのカジノまで登場する国際的スケール(これはやや大げさだが)で描いている。そこにむりやり連れ込まれていくのが、二宮の役どころだ。
 選評の中で東野圭吾委員は「黒川博行さんの集大成」と表現している。同時に、桑原と二宮のやりとりを「多重に練り込まれたやりとり」は漫才と比べるまでもないと評している。
 宮部みゆき委員は、ヤクザものだからといって読まないと、「ここ十年でいちばん愉快で愛嬌のある小説を読み逃してしまう」とまで、まるでこちらの心を先回りしたような選評を寄せている。

 なにはともあれ、直木賞の作品の幅の広さ、ふところの深さには驚くとしかいいようがない。
  
(2014/08/30 投稿)

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 昨日第151回芥川賞を受賞した
 柴崎友香さんの『春の庭』を
 紹介しましたが、
 一方の直木賞ですが
 こちらは黒川博行さんの『破門』。
 作品自体は明日紹介するとして
 今日はその発表号となった
 「オール讀物」9月号(文藝春秋・1000円)を
 ちょっと歩いてみたいと思います。

オール讀物 2014年 09月号 [雑誌]オール讀物 2014年 09月号 [雑誌]
(2014/08/22)
不明

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 直木賞は「オール讀物」。
 芥川賞は「文藝春秋」。
 これは定番のようになっていますが
 出版の方法としては実に巧いですよね。
 芥川賞は「文学界」ということも考えられるのですが
 やはり「文藝春秋」でないと
 様にならないというか
 腰が落ち着かない。
 このあたりは
 菊池寛が考えたのかしらん。
 菊池寛さんという人は
 作家としてよりも
 そういう企画というか編集というか
 そういう才能がとてもあった人だったのではないでしょうか。
 そういえば
 石井桃子さんを最初に見出したのも
 菊池寛でした。

 「オール讀物」9月号は
 直木賞の発表号だけあって、
 巻頭グラビアも黒川博行さんだし、
 受賞記念の「自伝エッセイ」(これが面白い)や
 東野圭吾さんとの「受賞記念対談」と
 黒川博行さん一色。
 もちろん、受賞作の『破門』も
 「抄」ではありますが
 載っています。
 ちなみに
 「抄」というのは長い文章の一部を抜き出すことという意味。
 なにしろ受賞作の『破門』は
 400頁を越える長編です。
 さらには、
 黒川博行さんのことをよく知らない読者のために
 私もそうで、だから大変ありがたかった記事が
 大矢博子さんの
 「何はさておき娯楽小説 ~黒川小説の魅力」です。
 黒川博行さんの今までの作品のことも
 コンパクトにまとまっています。
 直木賞受賞を機に黒川作品を読んでみたいという人
 必読です。

 その他
 「時代小説残暑見舞い」と題して
 杉本章子さんや朝井まかてさんといった時代小説家たちの
 競作短編もあったりします。
 そうそう、
 新作『銀翼のイカロス』を発表したばかりの
 池井戸潤さんのインタビュー記事
 「半沢直樹、十年の進化」というのも
 興味深い。

 ですが、何よりも「オール讀物」9月号は
 直木賞。
 黒川博行さんの世界を堪能あれ

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プレゼント 書評こぼれ話

  お待たせしました。
  今日は第151回芥川賞受賞作
  柴崎友香さんの『春の庭』を
  紹介します。
  最近の芥川賞受賞作は
  こねくりまわしたような
  芸術一辺倒な作品は
  ほとんど見かけなくなりました。
  表現も簡潔明瞭だし、
  やわらかい。
  口当たりがいいデザートみたいです。
  でも、物語としては
  どうなのかな。
  メイン料理にはなっていないという
  感じなんですよね。
  柴崎友香さんのこの作品にも
  そんな印象だけが残りました。
  長引いた選考会だったようですが、
  無理して受賞作を選ばなくても
  よかったかも。

  じゃあ、読もう。

春の庭春の庭
(2014/07/28)
柴崎 友香

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sai.wingpen  ポストバブル世代ってなんだ?                   

 第151回芥川賞受賞作。
 受賞作が掲載されている「文藝春秋」9月号の広告文に「ポストバブル世代が見た幸福感の行方」とあった。
 1973年生まれの柴崎友香はぎりぎり「ポストバブル世代」になるのだろうか。
 実際には両親ともに戦後生まれだということや青年期にバブル経済を体験していないことやインタ-ネットなどのツールがごく普通に生活にあった世代のことを指すらしい。
 そもそも世代論は大きなくくりとしては成立するが、なべて人は多様である。
 ましてや、受賞作となったこの作品に、むしろ感じたのはバブル期のような風景である。

 東京の世田谷という街にありながら、ひっそりと廃屋になろうとしているアパートの一室に住む青年太郎。
 ある日、太郎は隣の屋敷を凝視している同じアパートの住人西という女性の姿を見つける。
 西はかつて写真集にもなった程の隣の屋敷に異常な程の興味を持っている。
 そこに住む家族に近づき、やがて家にまで入り込む西。
 主人公の太郎はあくまでも西に引きずられる目でしかない。
 隣人の引越しが決まって、空き家となった屋敷にこっそりと忍び込む太郎ではあるが、何かが起きることはない。せいぜいドラマの殺人事件の撮影現場ぐらい。

 今回の芥川賞選考会は「長い時間を要した」が、「スリリングではなかった」(村上龍委員)ようだ。各委員の選評を読んでも、どこか投げやりで、作品に対する強い思いが感じられなかった。
 その中で村上龍委員の「どの作品からも、切実さが感じられなかった。この「生きづらい社会」で、伝えるべきこと、つまり、翻訳すべき無言の人々の思いが数多くあると思うのだが」という選評に、少なくとも柴崎の作品もそうであるように思った。

 もちろん柴崎のこの作品に共鳴する読者も多くいるだろう。
 「ポストバブル世代」であるなら、柴崎の描きだした光景そのものに納得したということも十分考えられる。
 芥川賞の選考委員さえ感知されない(実際には受賞作なのだから十分機能したともいえる)共鳴がこの作品には潜んでいるやもしれない。
  
(2014/08/28 投稿)

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 NHKのEテレビというのは
 私たちの世代でいうと教育テレビの方が
 なじみがあります。
 「100分 de 名著」というのは
 そのEテレビで毎週水曜の夜11時から11時25分まで
 放映している教養番組。
 えー、それじゃあ25分しかないじゃない、と
 思った人もいるでしょうが
 安心して下さい。
 それが4回連続しますから
 合わせて100分。
 つまり、一ヶ月に一冊、
 名著とよばれる作品を紹介しようという試みなんです。

 今まで放映されたのが
 ドラッガーの『マネジメント』、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』、
 パンセの『パスカル』、アランの『幸福論』など
 多彩なラインナップとなっています。
 今までも少しは気になっていた番組なのですが
 やっと見ているのが
 8月放送の『アンネの日記』です。
 今夜の放送が最終回になりますので
 見たかったという人は
 せめてテキストを購入してみては
 いかがでしょう。

『アンネの日記』 2014年8月 (100分 de 名著)『アンネの日記』 2014年8月 (100分 de 名著)
(2014/07/25)
小川 洋子

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 今回講師をしているのが
 作家の小川洋子さん。
 自身『アンネの日記』にすごく感銘されて
 『アンネ・フランクの記憶』という
 エッセイ本もあるくらい。
 そんな小川洋子さんは
 『アンネの日記』について
 こんなことを話しています。

    『アンネの日記』が本来持っている文学的な豊かさについて、
   真正面から考えてみたいと思います。

 そして、第1回めが「潜伏生活の始まり」、
 第2回めが「思春期の揺れる心」
 第3回めが「性の芽生えと初恋」
 そして、今夜の最終回は「希望を抱きながら」となっています。

 『アンネの日記』は
 第二次世界大戦の時に虐待をされたユダヤ人の少女
 アンネ・フランクが書き遺した日記です。
 1942年6月12日からわずか2年ばかりの日記ですが
 隠れ家での狭い生活の中で
 13歳、14歳という多感な季節を生きた
 少女の記録でもあります。
 私が『アンネの日記』を読んだのも
 中学生の時だったと思います。
 その頃つけていた日記は
 『アンネの日記』に影響されて
 「キティ」(アンネは日記にこう名前をつけています)みたいな
 確か、何かの名前をつけていた記憶があります。

 この番組は実に要領よくまとめています。
 この夏休み、『アンネの日記』にチャレンジした人も
 まだ読んでいない人も
 あるいは私のようにずっと昔に読んだ人も
 この番組、といっても今日が最終回ですから
 このテキストを読み返すと
 またちがったアンネに出会えるのでは
 ないでしょうか。

 ちなみに、今回の放映で
 『アンネの日記』の部分部分の朗読は
 女優の満島ひかりさんが担当しています。
 これもよかった。

 もうひとつ、ちなみに
 来月の内容は
 『般若心経』です。
 これも見ようと思っています。

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日尾崎真理子さんの
  『ひみつの王国 評伝石井桃子』という本を
  紹介したので
  今日は
  石井桃子さんが埼玉の浦和で過ごした
  幼年時代をふりかえった
  『幼ものがたり』を
  再録書評で紹介したいと思います。
  この本を読んだのは
  2009年ですから
  石井桃子さんが亡くなって1年めのことです。
  たまたまさいたま市で
  講演会があってその時のテキスト的に使われたのが
  この『幼ものがたり』。
  この本での石井桃子さんはまだかわいい幼児期。
  ここから、
  石井桃子さんの物語が始まっていくのですね。

  じゃあ、読もう。

幼ものがたり (福音館文庫)幼ものがたり (福音館文庫)
(2002/06/14)
石井 桃子

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sai.wingpen  読んだところからはじまる本              

 児童文学者石井桃子は百一歳という長寿をまっとうし、昨年(2008年)春亡くなった。その石井が七十四歳のときに書いた自伝的物語がこの『幼ものがたり』である。
 書かれている内容がほとんど小学にあがるまでのことがらであることを思えば、石井の記憶力といえばいいのだろうか、創作力といえばいいのだろうか、老いてもなお彼女が現役の作家であったといえる証左ではないだろうか。(石井はこのあとも『幻の朱い実』という作品を書き、読売文学賞を受賞する)

 この作品の「まえがき」に「若い、または幼いきょうだいに囲まれて育ったころの、ある日、あるときおこったできごとが、六十何年かたって、はっきり思いだせるのは、どういうわけだろう」と、石井は書いている。
 つまり、石井にとっても人間の生としての不思議であったのかもしれない。
 また「どんなことが、どんな拍子に、子どもの心に深く跡を残すかということは、私には見当もつかない」としながらも、「たいへん興味をそそられる」と児童文学者としての石井が顔をのぞかせる。
 石井は晩年こんなメッセージを子どもたちに書いたことがある。
 「おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは子ども時代の「あなた」です」(2001年)。
 まさに老境にさしかかった石井を支えたのは子ども時代の「桃」だったのだろう。

 この作品の創作にあたり「まるでもう一人の私が、自分を外がわから見ていたように、あたりの情景もろとも、心に描ける」としている。
 この作品が石井の幼い頃の「日常茶飯事」やともに暮らした人々の姿を描写した自伝的物語でありながら、どこか突き放した印象が残るのは、作者自身が他者の目で幼い「桃」を見ているせいかもしれない。
 だから、自伝を読むというよりも、囲炉裏ばたで年老いた人の「ものがたり」をきいているような、懐かしくもあり、またそれが新たな自身の「ものがたり」へと広がる豊かさを感じる。

 この作品を石井とともに作り上げていった元福音館書店編集者の菅原啓州氏はこの作品を評して「読んだところからはじまる本」という。端的にこの本の魅力をいいあらわしている。
 もし、加えることを許されるなら、「読んだところから、あなたのものがたりがはじまる本」とでもいえばいいだろうか。
  
(2009/04/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  児童文学者の石井桃子さんが亡くなったのは
  2008年4月。
  七回忌にあたる。
  最近石井桃子さんの関連本が
  多数出版されているのも
  そのせいでしょうか。
  なかでも
  今日紹介する尾崎真理子さんの
  『ひみつの王国 評伝石井桃子』は
  読み応え十分の一冊である。
  これから児童文学あるいは
  石井桃子さんを勉強される若い人も
  多く出てくるだろうが
  この本抜きにして
  語れないのではないだろうか。
  ページ数にして
  600ページ近くある本だが
  実に丹念にできあがっている。
  こういう作品を労作というのでしょうね。

  じゃあ、読もう。

ひみつの王国: 評伝 石井桃子ひみつの王国: 評伝 石井桃子
(2014/06/30)
尾崎 真理子

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sai.wingpen  石井桃子という大きな木                   

 おそらくこれからも児童文学者石井桃子の研究はなされるだろうが、この大部の労作は常にひとつの基準となるにちがいないということを、まず書いておきたい。
 石井桃子が亡くなったのは2008年の4月2日。101歳という長い人生であった。
 それまで石井桃子という名前は絵本の翻訳(この時はいしいももことひらがな表記されることが多い)と戦後ベストセラーになった『ノンちゃん雲に乗る』の作者ということでしか知らなかった。しかし、実際は子ども図書館の活動に積極的に取り組んだ活動家という面や、「岩波少年文庫」創刊に密接に関わった編集者という面ももっている、多面体の人であった。
 しかも、戦争をはさんでの長い人生である。
 著者の尾崎真理子氏は、実に丹念に石井の生涯を追いかけている。

 ベースとなったのは、石井への長時間のインタビューであり、石井が友人たちに出した手紙であり、さらにはその友人たちの聞き取りで、さらに濃密な石井の人生の一端が見えてくる。
 生涯独身を通した石井に意中の男性がいたのかといった、おそらく石井自身秘密にしておきたかったことにまで踏み込んでいる。
 あるいは、石井の戦争とのかかわりなど、周辺の取材もしっかりとなされている。

 石井の生涯をのぞきみると、戦後宮城県の村で農業に従事した期間がある。そのことを石井は晩年激しく悔やんでいる。実際に牧場を訪問した著者にもいやな顔をしたほどだ。
 何故石井はそれほどに悔いたのか、この本でも明らかになっていない。
 石井のような有名人であっても、その人生のすべてが明らかになることはない。どんなにたどっても、どこかに秘密がある。
 しかし、それでいいのではないだろうか。
 人の一生こそ、「ひみつの王国」なのだから。

 石井桃子という人は「日本の子どもたちに本物の幸せな物語」を戦後の子どもたちに届ける道を歩み続けた。
 どれほど多くの子どもたちが石井のもたらした作品に道を照らされたかわからないくらいだ。
 作品はこれからも残りつづけるだろうか、その時「いしいももこ」という名前はでしゃばることなく、そっとそこにあり続けるにちがいない。
  
(2014/08/25 投稿)

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  先週に引き続き
  C.V.オールズバーグさんの絵本を
  紹介します。
  訳はもちろん、村上春樹さん。
  絵本のタイトルは
  『名前のない人』。
  原題は「The Stranger」なんですが、
  これを「名前のない人」と訳するのは
  とっても難しいと思います。
  このあたりが
  村上春樹さんの翻訳のセンスなのかも
  しれません。
  この作品も
  村上春樹さんが訳していることで
  読まれる人も多いと
  思います。
  翻訳者次第で
  読まれる数が変わってくるのも
  おかしいですが
  そんなものなんでしょうね、
  出版の世界って。

  じゃあ、読もう。

名前のない人 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)名前のない人 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)
(1989/09/01)
村上 春樹、Chris Van Allsburg 他

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sai.wingpen  ミステリアスでエニグマティック                   

 「どれだけ長く眺めていても飽きるということはない」。
 これはC.V.オールズバーグの絵本についての、村上春樹さんのコメントです。
 そういう絵本にめぐりあった村上さんのおかげで、私たち読者もオールズバーグの独特な色彩の世界を楽しむことができたのですから、本というのは巡りめぐるものだと、つくづく感じます。

 この作品は、村上さんが『西風号の遭難』『急行「北極号」』につづいて翻訳をした作品です。
 「ミステリアスでエニグマティック」な作品だと村上さんは評しています。
 「エニグマティック」というのは、「謎めいた」という意味でしょうか。
 原題は「The Stranger」。
 表紙の黄色い服、デニムのつなぎを着ている男が、その人物です。
 スープをみつめる表情にして、少し「エニグマティック」です。

 ある日、お百姓のベイリーさんが車で事故を起こしてしまいます。
 はねたのが、この男。事故のせいか、ベイリーさんが何をたずねてもわからない様子。
 やがて、元気になった「名前のない人」ですが、どうも普通の人とは違うようです。
 ベイリーさんの農作業を手伝っても汗ひとつかかないのですから。
 しかも、この男のまわりに不思議な現象が起こりだす。
 いつまでも夏が続いて、秋が来ないのです。
 まわりの村や山々は秋の色づきにそまっているのに、ベイリーさんの村だけは、いつまでも夏なのです。
 この男は、いったい何者?
 やがて、男はいなくなります。途端に、ベイリーさんの村にも秋がやってきました。
「 エニグマティック」は、こんな時に使うのでしょうね。

 最後までこの男のことは解き明かされません。
 私たちは秋の装いに包まれたベイリーさんの家をじっと見つめるだけです。
 めぐる季節のことは科学的には説明できます。でも、本当はこの男のように、不思議な自然のなぞなのかもしれないとい うことを、私たちはすっかり忘れてしまっているような気がします。
 「The Stranger」とは、自然そのもののことかもしれません。
  
(2014/08/24 投稿)

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  せんだっての書評の中で
  「八月は悲しみの月」と書いたが
  今日紹介する「百年文庫」の97巻めは
  死を描いた短編3編を収めた「」です。
  この「百年文庫」のシリーズの素晴らしいところは
  今ではなかなか読めなくなった作家たちの
  作品を読めるところも
  その一つ。
  このシリーズを編集した人たちの
  見識の見事さに
  いつも感心します。
  この巻でも宇野浩二とか
  松永延造といった作家は
  ほとんど読んだ人がいないのでは
  ないでしょうか。
  書評にも書きましたが、
  今回の中では
  洲之内徹の「赤まんま忌」が
  抜群にいい。
  これだけでも読んでもらいたい。

  じゃあ、読もう。
  

惜 (百年文庫)惜 (百年文庫)
(2011/10)
宇野 浩二、洲之内 徹 他

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sai.wingpen  人の死はどうしてこんなに悲しいのだろう                   

 人の死はどうして悲しいのでしょう。
 それまでそこにあった命が、そしてそれがいつか死によって終わってしまうということを理解していたとしても、それがいつまでも続くと意識しないまでも思っているからでしょうか。
 思っている。それすらない。命があり続けることが当然なのに、理不尽にも死を迎えることにっ戸惑いがある。その戸惑いを隠すために、涙が流れるのかしらん。
 「百年文庫」の97巻めは、死に向かい合ったものたちの想いを描いた短編3編が収められている。
 宇野浩二の「枯木のある風景」、松永延造の「ラ氏の笛」、そして洲之内徹の「赤まんま忌」。
 つけられた漢字一文字のタイトルは、「惜」。

 3編の短編のうち、洲之内徹の「赤まんま忌」がよかった。
 洲之内は『気まぐれ美術館』などで有名な美術評論家だが、この「赤まんま忌」では交通事故で亡くした三男を見送った日のことがらが、まるで絵画を読み解くようにして描かれている。
 病院の安置所で横たわる三男の姿、突然の訃報に動顛する妻の動作、冷静にそれをみている著者であるが、亡くなってから迎えた一人の夜に物干台で慟哭する。
 「死んだ者を思う苦しさは、死んだ者への心残りの苦しさだが、ろくでなしの父親の私には、なにもかもが心残りなのであった」。
 肉親の死を描いて、文学作品の高みまで昇りつめた、いい短編だ。

 宇野浩二は長く芥川賞の選考委員と務めたほどの文壇の重鎮であったが、近年あまり読まれることはないのではないか。
 私もこの集に収録された「枯木のある風景」が初めての宇野浩二体験だった。
 画家の突然な死を描きながら、絵画の論じる内容は極めて知的な作品である。この作品は画家の小出楢重がモデルともいわれているそうだ。小出のことも知らない人が多いだろうが、明治から大正にかけて活躍した画家である。岩波文庫から随筆集も出ていた。
 松永延造のことはもっと知らない。この集の解説によれば「日本の風土に生まれたドストエフスキー」だという。
 「ラ氏の笛」という作品はラオチャンドというインド人が日本の地で病となり死んでいく話。しみじみと心に沁みてくる短編である。
  
(2014/08/23 投稿)

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  今日は
  五木寛之さんの『ゆるやかな生き方』という
  エッセイ集を紹介します。
  何年か前に五木寛之さんの講演を聴きに行ったことが
  あります。
  このブログにもその時のことを
  書いています。

    講演会の様子はこちらから。

  あれから5年ばかり経ちますが、
  そのあとも五木寛之さんは
  どんどん新しい本を出版されています。
  つまり、80歳を越えて
  今なおバリバリの現役なんですね。
  もちろん、
  五木寛之さんのファンが多いということも
  あるのでしょうが
  五木寛之さんの文章が
  とても読みやすいということもあるし、
  私たちの年齢の読者にとって
  五木寛之という名は
  やはりひとつの憧れでもありましたから。
  五木寛之さんは
  いつまでも、カッコいいのです。

  じゃあ、読もう。

ゆるやかな生き方ゆるやかな生き方
(2014/07/10)
五木 寛之

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sai.wingpen  「デラシネ」になれなかった                   

 本書の著者五木寛之さんは1932年生まれだから、今年82歳になる。
 1967年に『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞、『青春の門』など数多くの話題作を生み出してきた。
 ちょうど五木さんが活躍していた頃青春期を迎えたものにとって、五木さんの文学は若々しくもあり、あこがれでもあった。
 そんな五木さんが老齢ともいえる年になったのだから、読者であるこちらも年をとったものだ。
 ぎらぎらとした日々ではなく、「ゆるやかな生き方」を求める、そんな世代になったわけだ。

 本書は2004年から2013年にかけていくつかの雑誌に掲載されたエッセイの中から既刊本に未収録であったものを抜粋し、再構成されたものだ。
 五木さんはこれらの文章を「エッセイ」と呼ぶことに「なにがしかの抵抗感」があるという。そういうところが五木さんらしい。
 では、これらの文章を何と呼んだらいいか。
 五木さんはロシア語の「フェリエトン」という言葉を使っている。日本語にすれば、「雑文」となる。このあたりも五木さんらしい言い方だ。
 昔、五木さんのエッセイ集『風に吹かれて』で「デラシネ」という言葉に出会った。
 根無し草という意味で、流浪する人という使われ方だったと思う。
 その時と同じような思いが、「フェリエトン」にあるし、「雑文」にもある。
 五木さんはそういう点ではあまり変わっていないような気がする。

 「いまの世の中で老いていくことは悲惨なことだと思う。」という文章が、この本の中にある。
 その前に「本来なら、生き難い世を必死で生きてきた人たちすべてに、ご褒美があっていいはず」とあって、そんな世の中になっていないことを、五木さんは憤っている。
 年金などの社会福祉の問題だけではない。これは、心のありようだと思う。
 あくせくと生きて、年を重ねて、気がつけば心は痩せ細っている。豊かになるものをどこかに置き忘れてきたのか。
 五木さんが『風に吹かれて』に書いた「デラシネ」など、結局はなれはしなかったのは何故だろう。
 もしかしたら、この本の「ゆるやかさ」こそ、若い時代に必要だったのかもしれない。
  
(2014/08/22 投稿)

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 先日(8月13日)の朝日新聞朝刊一面に
 興味深い記事が出ていました。

   夏目漱石が親友の俳人・正岡子規にあてた書簡が
     東京都内の古書店で見つかった。

 しかも、その書簡には未発表句が2句もあったという。

 書簡は1897年(明治30年)のものだそうで、
 見つかった俳句の一つは、

    京に二日また鎌倉の秋を憶(おも)ふ

 で、
 これは病気の奥さんを思って詠んだものらしい。
 ちなみに、
 夏目漱石には
 すでに岩波文庫で『漱石俳句集』なる一冊がでているくらいで
 正岡子規から教えられ、
 さらには病床の子規を励まさんと数多くの俳句を
 詠んだことで知られている。

漱石俳句集 (岩波文庫)漱石俳句集 (岩波文庫)
(1990/04/16)
夏目 漱石

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  『漱石俳句集』の1897年の俳句には

    菫ほどな小さき人に生まれたし

 という有名な句もある。
 さらには、

    来て見れば長谷は秋風ばかりなり

 という句もある。
 実は今回見つかったもう一つの句が

    禅寺や只秋立つと聞くからに

 で、この句の前書きに
 「円覚寺にて」とある。
 たぶん、この時期漱石はしばしば
 鎌倉を訪れていたのでしょう。
 記事は最後にこんな風に書かれている。

    漱石と子規は東大予備門で出会い、友情を結んだ。
    漱石は子規から俳句の教えを受け、
    留学中も子規に俳句を送っていた。
    生涯に約2400の俳句を残したという。


 夏目漱石正岡子規
 明治の、近代日本の大いなる魂が
 俳句という文芸で交差し合ったことの
 不思議さを、
 今回の記事はよく伝えている。
 正岡子規が亡くなったのは1902年(明治35年)の9月19日。
 子規の訃報を英国で聞いた漱石は
 こんな句を詠んで
 友を偲んだ。

    手向くべき線香もなくて暮の秋

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日もビジネス本。
  昨日、高橋政史さんの『頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか?』という本を
  紹介しましたが、
  今日もそれに近いかも。
  ノートの使い方ではないですが。
  『1分間問題解決』という本の
  蔵出し書評です。
  サブタイトルが
  「目標と現実の「ギャップ」を埋める4つのステップ」。
  この本を読んだのは
  2002年ですから
  もう12年も前のこと。
  40代の後半にさしかかった頃で
  当時はこういう本を
  一生懸命読んでいたんだなと、
  自分のことながら
  ちょっと感心しています。
  今はどうかな。
  これで
  夏休みの気分一新のビジネス本の
  紹介はおわりにしますが
  もう、大丈夫でしょうか。

  じゃあ、読もう。

1分間問題解決―目標と現実の「ギャップ」を埋める4つのステップ1分間問題解決―目標と現実の「ギャップ」を埋める4つのステップ
(2002/10)
K. ブランチャード、ジム ロビンソン 他

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sai.wingpen  最後から読まないで下さい                   

 ヒッチコック監督の映画「サイコ」(1959年)が封切られた時、上映中の入場はしないで下さいという宣伝文句が評判になった。あるいは推理小説を語る時犯人を話すのはルール違反とよく云われる。
 そうだとすれば、この本のようなビジネスのハウツー本で著者が書いている答えを書くのも不味いのかしら。本屋さんで要点の部分だけを立ち読みするのも如何なものか。
 それだと一分間といわず、一〇秒間問題解決なんだけど。

 本書は、コールセンター(日本でいうとカスタマーセンターにあたる)を舞台にして、目標と現実の「ギャップ」を埋める四つのステップについて、物語風に書かれた経営本だ。
 その四つのステップが問題解決の答え(ヒントといった方がいいかもしれないが)になっている。
 四つて何? と興味深々の人は、ぜひ本書をお読み下さい。
 くれぐれも最後から読まないで下さい。結論を急いではいけない、とこの本にも書かれているように。

 それでも気になる人にヒントをさしあげましょう。
 「ギャップ」って四文字ですよね。それぞれの頭文字から始まる文章が答えになっている。
 でも、早まらないで。
 原作は日本語ではないのだから。
 つまり「GAPS」の四文字が四つのステップを示す文章の頭文字という訳。
 もっとヒント。
 二つめの「A」はANALYZE(分析)の頭文字。

 さあ、気になる人はさっそく本屋さんに行って下さい。
 でも、答えだけ読むのはルール違反ですよ。
  
(2002/10/27 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  長い休暇のあとは
  なかなか仕事モードに戻しにくい人のために
  今日もビジネス本の紹介です。
  ちなみに
  私の今年の夏休みは短かったので
  そんなことはありません、念のため。
  やっぱり休みは長い方がいいかな。
  今日の本でした。
  高橋政史さんの『頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか?』です。
  この本、いま、とても売れているようで
  本屋さんの平台にも
  たくさん積まれています。
  それにしても
  ノート活用法のような本は
  何年かにベストセラーになっているような
  気がします。
  その点ではダイエット本によく似ています。
  つまりは、
  それほど効果が出ないということかも。
  だから、次々と新しい手法が読まれるのですから。
  やはり、
  自分に合ったノートを見つけるのが
  一番の方法ではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか?頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか?
(2014/05/26)
高橋 政史

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sai.wingpen  ジャポニカ学習帳が一番いい                   

 ノートは文房具に分類されるのだろうが、使い方を含め奥は深い。
 『情報は1冊のノートにまとめなさい』(奥野宣之)という本がベストセラーになったのは2009年だったと思うが、この時A6サイズのノートを購入した人は多いと思う。
 私もその一人だ。
 それから、5年、今度はそのA6サイズ以下の「小さいノート」は「あなたの能力にフタをする」とうたった本が売れているという。
 それが、この本だ。
 今回はあわてて「方眼ノート」を購入するということには至らなかったが、買った人も大勢いるはずだ。
 それが悪いということはない。ただ、たくさん買ったA6ノートが余っていないだろうかと心配している、他人事ながら。

 こういう啓蒙書にしばしば使われる言葉。「マッキンゼー」「外資系」「東大合格者」。
 彼らはこの本では「頭がいい人」と総称され、「みんな、「方眼ノート」を使っています」なんて書かれると、つい焦ってしまう気分になるのは、自分(読者)も本当は「頭がいい人」なのだが、ノートの使い方をまちがっていたために、東大にも入れなかったし、外資系コンサルタントにもなれなかったし、高給を稼ぎ出すこともできなかったという、大いなる幻想のもとで、この本が読まれているのような気がしないでもない。
 そういう人はジャポニカ学習帳の域を出ていないのではないかしらん。

 成功者が実践したことを真似ることはけっして悪くはないだろうが、A6ノートにしろこの方眼ノートにしろ、使えばバラ色の人生が開けるということはない。
 しないよりはする方がいいだろうが、それで成功できると思わないことだ。
 要は自分に合ったノートを見つけること。
 そして、そこに何を書くかが、問題だ。
 あくまでも、本書はそのための補助線だと思えばいい。
 本書で書かれている、方眼ノートのメリットや、「見出し」をつける意味や、「事実→解釈→行動」の「3分割」の、本当の意味を理解しないといけないだろう。

 もしかしたら、ジャポニカ学習帳が一番いい、なんてことも、あるかもしれない。
  
(2014/08/19 投稿)

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  お盆休みを終わり、
  今日からまた仕事という人も多いでしょう。
  緩んだ気持ちを高めるために
  今日は稲盛和夫さんの『京セラフィロソフィ』という本を
  紹介します。
  600ページを超す本ですが、
  一項目ずつでも構わないので
  読んでみて下さい。
  本を読みながら感銘したところには
  付箋を付けているのですが、
  この本にはたくさん付箋が付きました。
  その一部を紹介しておきます。

    「素直な心」とは、自分のいたらなさを認め、そこから
    努力する謙虚な姿勢であり、それこそが成功の鍵

    精進するということは
    真面目に一生懸命に努めるということ

    能力が進歩しないのは磨かないからであって、
    今からでも磨く努力をすればいい

  この本はビジネス書にくくられるでしょうが、
  読み方によっては
  人生訓ともいえる一冊です。
  萎えた心を奮い立たせるためにも
  ぜひ一読あれ。

  じゃあ、読もう。

京セラフィロソフィ京セラフィロソフィ
(2014/06/04)
稲盛和夫

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sai.wingpen  人間として何が正しいか                   

 日本航空が経営破綻し、その再建の舵取りを京セラの名誉会長である稲盛和夫氏に委ねられた時、その後の再建がこんなにも早く実現するとは多くの人は予想していなかったのではないだろうか。
 「男をあげる」という言い方をするが、まさに稲盛氏は男をあげたといっていい。
 もちろん、再建放棄や従業員のリストラなど稲盛氏だからこそできたということばかりではないだろう。あるいは、その再建があたかも稲盛氏の手腕にのみ脚光を浴びるのが適切かどうかわからないが、少なくとも日本航空はあの時点で現在この国でもっとも信頼のおける経営者である稲盛氏をトップにしたことで、何かが大きく変わったといえる。
 その要因の一つが、「フィロソフィ」だろう。
 再建に至るドキュメントにしばしば登場する「フィロソフィ」。稲盛氏は京セラにあったそれを日本航空に持っていって、従業員の意識改革の道具とした。
 従業員の意識を変えた「フィロソフィ」とは、どのようなものなのか。
 本書は「京セラフィロソフィ」の内容をコンパクトにまとめたものに稲盛氏が一項目ずつ解説しものだ。
 ここに、経営のヒントがあるし、働くという意味の答えがあるといっていい。
 少なくとも稲盛和夫という経営者を知るための絶好の参考書といえる。

 稲盛氏の著作の中にもしばしば出てくる有名な方程式がある。
 「人生・仕事の結=考え方×熱意×能力」である。
 この方程式のうち、特に稲盛氏は「考え方」に重点を置いている。これにはマイナスからプラスまでの幅があって、「考え方」がマイナスであればどれほど「熱意」や「能力」があっても、答えはマイナスにしかならないというのだ。
 だからこそ、「フィロソフィ」(哲学)が重要な意味を持ってくるのだ。
 もちろん、その「フィロソフィ」がまちがったものであれば、そもそもが役には立たないし、経営者がそれをないがしろにすれば、それもまた砂上の楼閣に終わってしまう。
 稲盛氏は「会社を立派にし、自分の人生をすばらしいものにしようと思えば、自分の人間性を高め、人格を磨いていく、それ以外にはありません」という。
 経営者だけでなく、働くものすべての人が、すばらしい人生を歩むことができるよう、この一冊を強く推す。
  
(2014/08/18 投稿)

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  今日で夏季休暇が終わるっていう
  人も多いかも。
  明日からの仕事のために
  今日はゆっくりしますと考えている
  あなたにぴったりの絵本を
  紹介します。
  C・V・オールズバーグの『魔法のホウキ』です。
  村上春樹さんの翻訳です。
  村上春樹さんファンにとっては
  ゆっくり読めて
  夏季休暇の最後の日には
  うってつけ。
  しかも、C・V・オールズバーグの絵が
  いいんですよね。
  モノトーンで
  大人の味わいとはこのこと。
  絵本といっても
  子どもだけが読むには
  惜しい一冊です。

  じゃあ、読もう。

魔法のホウキ (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)魔法のホウキ (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)
(1993/06/26)
クリス・ヴァン・オールズバーグ

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sai.wingpen  村上春樹さんはオールズバーグが大好き?                   

 村上春樹さんは絵本の翻訳もたくさんしていて、それはそれで春樹研究の一単元になるのではないかというくらい。
 村上さんの絵本の研究がなされたからといって、例えば彼の長編小説の構成のありかたとか文章の成り立ちとかがわかるかといえば、それはどうでしょう。
 むしろ、村上さんは長編小説の合間あいまに絵本の翻訳をしながら、音符で言えば休符記号みたいに、絵本の翻訳を楽しんでしるのではないかと考えているのですが。
 だって、絵本というのは文章が少なくて、翻訳といっても、けっこう短時間にできるのではないでしょうか。あとはゆっくり言葉を丁寧に育てたり、刈り取ったり。

 さらにいえば村上春樹さんにはお気に入りの絵本作家があって、その一人がこの絵本の作者C・V・オールズバーグです。
 オールズバーグの作品は何冊も翻訳しています。
 きっと春樹研究者だったら、そのあたりから、村上文学の特長とかをもっともらしい文章で綴るのでしょうが、私はもちろん春樹研究者でもないので、その理由はわかりません。
 ここからはなんとなくですが、村上さんはオールズバーグの文章もさることながら、彼の絵がお気に入りではないかしらん。
 村上さんといえば、その作品性だけでなく、コンビを組んだ多くの、といっても無条件にその嗜好が広がることはありません、イラストレーターといい関係を築いてきた、日本でも稀有な作家の一人といっていいでしょう。
 まじめな春樹研究家だと、「村上春樹とイラストレーターの親密な関係」ぐらいの論文を書いてしまいそうです。
 その研究をまつまでもなく、村上さんは絵をとても楽しんできた作家といえます。

 オールズバーグの絵の魅力といったら。
 この作品はモノクロームですが、細部に神が宿る、といってもいいくらい、ページの端から端まで神経が行き届いています。
 魔女が主人公の後家(! この言葉をどうして村上さんが使ったのかも謎です。春樹研究者であれば・・・)に置いていった「魔法のホウキ」の、なんと生き生きしていることでしょう。
 まさか村上さんが「魔法のホウキ」を欲しがったということはないと思いますが、これも春樹研究者の今後の研究結果にゆだねたいと思います。
  
(2014/08/17 投稿)

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  夏休みも半分を過ぎて
  宿題をためこんでいる子どもたちも
  多いのではないでしょうか。
  読書感想文という
  夏休みの定番の宿題は
  進んでいるのかな。
  今年は『赤毛のアン』を読む子どもが
  多いのではないかな。
  もちろん、NHKの朝の連続テレビ小説花子とアン」の
  影響で。
  というか、それに影響を受けたお母さんが
  『赤毛のアン』を薦めているのではないかと
  推測しています。
  お母さんも若い頃にアンに影響されて、
  なんて。
  NHKの朝の連続テレビ小説
  私も毎回楽しみにしています。
  特に今週
  花子の一人息子の死を描いた場面には何度も泣かされました。
  最初はナレーションの美輪明宏さんの
  「ごきげんよう。さようなら。」に
  とまどいがあったのですが
  今ではそれを聞かないと
  一日が過ぎた感じがしません。
  これからドラマも後半。
  さて、どんな展開になるやら。
  今日は
  子ども向けに書かれた
  『アンを抱きしめて―村岡花子物語』を
  紹介します。
  
  ごきげんよう。さようなら。

アンを抱きしめて―村岡花子物語アンを抱きしめて―村岡花子物語
(2014/03/20)
不明

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sai.wingpen  子どもたちこそ腹心の友                   

 『赤毛のアン』の翻訳で有名な村岡花子の半生を描いたNHKの朝の連続テレビ小説「花子とアン」が好評だ。
 中盤以降は花子の女学校時代の「腹心の友」であった柳原燁子(のちに白蓮の名で歌人となる)をモデルとした蓮子の駆け落ち事件が話題となって、週刊誌も多くの記事を載せるほどの人気だ。
 そんな村岡花子の物語を子ども向けに描いたのが、この本である。
 文はドラマの原案にもなっている花子の孫の村岡恵理さんが担当し、絵はわたせせいぞうさんが描いている。
 わたせさんのイラストは若い人に人気が高く、その独特な画法はわたせワールドともいえるもので、わたせさんが描くと花子の半生そのものが青春の光にみなぎっているように見えてくる。

 しかし、花子の半生はけっして常に光に溢れていたわけではない。
 特に関東大震災以降の花子にはたくさんの試練が訪れる。あるいは戦争になって、その戦火の下で生涯の本となる『赤毛のアン』の翻訳に力を注ぐ姿は、並大抵ではなかったであろう。
 それでも、花子は「書物は私たちの友である。わが行く道を照らす灯である」の信念で、『赤毛のアン』の出版にこぎつける。
 わたせさんのイラストでさまざまな出版社から出ている『赤毛のアン』が描写されていて、そこにつけられた文章にはこうある。
 「日本じゅうにアンの「腹心の友」ができました」。

 村岡花子が亡くなったのは昭和43年10月25日。
 75歳の生涯だった。
 主のいなくなった書斎に吹く風をわたせさんは描きとめている。まるで村岡花子が子どもたちに吹いた心地よい風であるかのように。
 村岡花子の生涯は一本のまっすぐな道ではなかった。
 突然曲がり角にぶつかり、どうしようか悩むこともあった。
 それでも、「曲り角のさきにも素晴らしい出会いがあり、美しい景色が広がっています。どうぞ理想を失わず、勇気をもって進んでください」と記した。

 もし、この本で、あるいは朝の連続テレビ小説で村岡花子に興味をもったら、次は『赤毛のアン』のページを開いてみてもらいたい。
  
(2014/08/16 投稿)

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  今日は終戦記念日

    いつまでもいつも八月十五日   綾部 仁喜

  そして、お盆のまっさかり。
  イラストレーターの安西水丸さんが亡くなったのは
  今年の3月19日。
  このお盆が初盆ですね。
  今日紹介するのは
  そんな安西水丸さんの魅力満載の一冊、
  『水丸劇場』。
  4コママンガとか小説とか
  へええ、こんなことにも挑戦していたのかと
  驚くばかり。
  でも、やっぱり一番いいのは
  安西水丸さんのイラストだというのは
  まちがいありません。
  多分これからも
  安西水丸さんのファンは
  増えていくのではないかな。
  だって、この本、
  とっても楽しいのですから。

  じゃあ、読もう。

水丸劇場水丸劇場
(2014/06/28)
安西 水丸

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sai.wingpen  安西水丸さんの魅力がいっぱい                   

 静物画といえばセザンヌ、美人画といえばモディリアーニ、まあそれも好みの問題ですが、でももしかして2014年3月に急逝した安西水丸さんのイラストレーションの方がすごいかもと思いたくなる時がある。
 ヘタウマの絵と評された安西さんだが、その絵の余白がもたらすものは秀逸だ。
 静物画にしても美人画にしても、安西さんの絵が一番いいというファンは多い。
 安西さん自身が一番、というファンはもっと多いかもしれない。
 つまり、安西さんそのものが、人の気持ちを受け入れる余白を持った人だったのだと思う。
 そんな安西ファンが集まって、安西さんのことを思い出し、いいことわるいこと、懐かしいこと悔やむことを一冊の本にしたのが、本書である。

 この本にはイラストレーターとしての安西さんの作品ではなく、「4コマシアター」(つまりは「4コマ漫画」のことらしい)や、辛辣に世の中のことを語ったエッセイや、小説めいた「フィクション」など、安西さんの活動の広さを証明するジャンルの作品が収められている。
 そのいずれもが、完璧ではないのだ。
 オチがあるようでない「4コマシアター」、ここまで怒っていいのと心配になるエッセイ、物語の続きが読みたくなる「フィクション」といったように、安西さんは読者に最後の一筆をまかせている。
 そのことは安西さんの性分だったのかもしれない。
 そして、読者はだからこそ安西さんの作品が大好きだったのだろう。
 安西さんの早すぎる死もまた、安西さんらしいといえば不謹慎かもしれないが、こんなにも安西さんのことを語る余白を残してくれたと考えると、残念ではあるが、納得する。

 本書はアートディレクターであり安西さんの旧知の友であった長友啓典氏が編集長を務める「クリネタ」の発表されたさまざまな作品とともに友人後輩同僚たちから送られたメッセージで構成されている。
 メッセージを書いたのは、和田誠、黒田征太郎、大橋歩、南伸坊といったイラストの世界の大御所だけでなく、安西さんに教えを乞うた若い人まで多彩だ。
 どんなに語っても、安西水丸という人は完成しない。
 それが、安西水丸さんのすごさなのだから。
  
(2014/08/15 投稿)

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 8月に発売されるのに
 9月号とは、これ如何に。
 雑誌の号数の付け方にいつもおかしいなと思いつつ
 それが習慣化されてくると慣れるもの。
 先日発売された「文藝春秋」もそうで
 9月特別号となっています。

文藝春秋 2014年 09月号 [雑誌]文藝春秋 2014年 09月号 [雑誌]
(2014/08/09)
不明

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 そして、これもお決まりですが
 この号は芥川賞の発表号
 今回第151回芥川賞を受賞した
 柴崎友香さんの「春の庭」が
 全文掲載となっています。
 芥川賞受賞作のことは
 また今度作品を読んだあとで
 紹介するとして、
 今回は「雑誌を歩く」として
 「文藝春秋」9月号(文藝春秋・920円)を
 じっくり歩いてみたいと思います。

 まず、記事をさておいても書いておかないといけないのが
 この号から活字が一回り大きくなったこと。
 「文藝春秋」の読者というのは
 やはりシニア世代が多いのでしょうか
 小さい活字ではなかなか読み難いということは
 あると思います。
 もっとも、活字が大きくなって
 あれ?! 大きいなぁ、っていう感じはありません。
 すうっーと読めるのは
 私がすでにシニア世代に近づいているせいかも
 しれません。
 表紙の感じもすごくちがいます。
 印刷技法のことはよくわかりませんが
 なんとなくツルツルといいますか
 手触りも光沢もいいんですよね。
 女性誌のような感じといったら
 わかってもらえるでしょうか。

 でも、中身はやっぱり「文藝春秋」ですよ。
 最初の特集が

    安倍信三 アベノミクス第二章起動宣言

 だし、大型特集は

    これだけは知っておきたい 戦争の真実

 さすが、「文藝春秋」です。
 それに、
 NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」で話題となった
 白蓮の関連記事として

    白蓮に逃げられた炭鉱王の遺言

 と今や村岡花子以上に人気を集めた白蓮や、

    小保方晴子 三つの顔

 といったように
 STAP細胞をめぐる騒動をきっちりフォローしているのは
 さすがというしかない。

 もちろん、
 これだけの記事では収まりきらないのが
 「文藝春秋」で
 これは連載135回となる
 「人声天語」という連載記事で
 坪内祐三さんが
 「名画座はもはや滅び行く空間なのだろうか」という記事が
一番読む気に誘われたというのも
 おかしい話ですが。

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プレゼント 書評こぼれ話

  お盆の帰省が
  本格的に始まりました。
  いつも思うのですが
  この時期とかゴールデンウィークとかお正月とか
  渋滞するのがわかっていて
  車で動くのは何故なんでしょうね。
  やはり家族で一緒に動くと
  電車代とか高くつくからでしょうか。
  電車も混んでますし
  指定席がとれなかったら
  それはそれでかなり悲惨ですし。
  でも、運転している隣で
  例えば今日紹介する
  東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズなんか
  読まれて、
  ゲラゲラ笑われたら嫌でしょうね。
  「ねえねえ、パパ、この漫画見てよ」なんて
  いわれても
  こちらは運転してるんだなんて
  怒りたくならないのでしょうか。
  まさか、一緒にゲラゲラできないし。
  くれぐれも
  運転中には
  東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズは
  読まないように
  して下さい。

  じゃあ、読もう。

ゆで卵の丸かじり (文春文庫)ゆで卵の丸かじり (文春文庫)
(2014/07/10)
東海林 さだお

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sai.wingpen  文庫解説の書評 - 久住昌之さん、ごめんなさい                   

 申し訳ありません。
 と、まず謝っておきますが、東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズの一冊『ゆで卵の丸かじり』の文庫解説を担当している久住昌之さんのことをまったく存じあげていないのです。
 文庫にある肩書きによれば、「マンガ家・ミュージシャン」となっているのですが、描かれた漫画も歌われた楽曲も知らないのです。
 しからばと、ネットで調べてみたのですが、「野武士のグルメ」とか「孤独のグルメ」といった作品があるようで、それはそれで食べ物エッセイである「丸かじり」シリーズに適任の漫画家さんのようです。
 でも、知らないというのは、申し訳ありません。

 しかも、久住さんが師とする赤瀬川原平さんのことはうんうんわかるわかる、となれば、これほど失礼なことはありません。
 それでも構わず強引に話を進めるとすれば、「丸かじり」シリーズの文庫版も33弾めともなれば、さてさて今回は誰に解説を頼もうかと編集部の人も悩まれて、「食べ物」とか「漫画」とか「人脈」みたいなキーワードをもとに探されるのでしょう。
 それに、「丸かじり」シリーズはどんな無敵の解説者をもってしても、本文の面白さ、ユニークな視点、漫画としても絶品の挿絵に、勝てるはずがないのです。
 だから、久住さんも解説文の最後では「解説になっていなくて、失礼しました。これが限界です」なんて書いちゃってます。

 久住さんが悪いのではありません。
 文庫編集部が悪いのでもありません。
 罪はひとえに東海林さだおさんにあります。
 食べ物をこんなに面白い文章にした東海林さだおさんが悪いのです。
 ちなみにこの巻では、2010年5月から2011年1月まで「週刊朝日」に連載されたエッセイが収められているのですが、ちょうどこの頃、「食べるラー油」が流行っている頃で、東海林さんも「ラー油を食べる?」というタイトルで、みごとに笑わせてくれています。
 この時代性こそ、久住さんがいう「東海林さんと同じ時代に生きて読めるシアワセ」の基かもしれません。

 久住さん、読むところはしっかり読んでいます。
  
(2014/08/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  私は
  今日紹介する山崎ナオコーラさんが
  芥川賞に一番近い作家だと
  思っていた時期があって
  このブログでも山崎ナオコーラさんを
  たびたび応援してきました。
  芥川賞を受賞できなかったこと
  さまざまなバッシングあったこと
  などは、詳しいことは知りませんが
  今日紹介する『太陽がもったいない』の中にも
  書かれていますから
  結構落ち込んでいたのだと
  思います。
  書評にも書きましたが
  そんなことにめげないで
  山崎ナオコーラの世界を
  追い求めてもらいたいものです。
  あ、これだよ
  山崎ナオコーラの世界だと
  みんなにいわしめる作品を
  待っていますから。

  じゃあ、読もう。

太陽がもったいない (単行本)太陽がもったいない (単行本)
(2014/07/12)
山崎 ナオコーラ

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sai.wingpen  山崎ナオコーラでしか描けない物語が、この世界にはいっぱいある                   

 賞というのは時に人生を大きく左右する。
 芥川賞というのは単なる文学賞だが、作家にとってはやはり大きな賞であることはまちがいない。
 その賞の候補に四度も候補になりながら、山崎ナオコーラはいまだに受賞できないでいる。
 しかも、候補作の選評では選考委員からかなり手厳しい評価を受けてきた。
 賞を受けるのも時の運があるのだろうが、もし彼女が芥川賞受賞作家になっていれば、どんな作品を書き上げていただろう。
 もちろん、まだ芥川賞と縁が切れてしまったわけではない。
 山崎ナオコーラって、いいじゃない、といわせてもらいたいものだ。

 この本は、そんな彼女の「独身時代から新婚時代にかけて、震災の前後を、小さなベランダでじっと植物を見ながら過ごした時間」を綴った「ガーデニングエッセイ」である。
 ここで「震災」とあるのは2011年3月11日の東日本大震災のことで、その年の夏節電の掛け声とともに街中に見られた「緑のカーテン」のことも「ガーデニングエッセイ」だから書かれているが、けっしてほのぼのとした趣味の本ではない。
 山崎はこの時期さまざまなバッシングを受けて、結構めげていたようで、それに対する恨みがこのエッセイにはにじんでいるのである。
 そんなこと書かなければいいのにと思わないでもないが、それが山崎ナオコーラの特長ともいえるので、ひやひやしながら読むしかない。
 あるいは、「書いた作品が、何かしらの文学賞を受賞したり」なんていう文章を目にすると、やはり山崎は芥川賞に未練があるのだろうか、なんて思ったりする。
 まるで、芥川賞が欲しいとねだった太宰治みたいだ。

 それが作家の個性といわれればその通りだが、やはり山崎のようにストレートにいう人を嫌う人もたくさんいるだろう。
 できれば、ただひたすらに作品を書く作家でいてもらいたい。
 山崎でしか描けない物語が、この世界にはいっぱいあるのだから。

 植物にたとえて、「駄目なときは、今まで持っていたものを全部捨てて、黙って過ごせばいい」と書く山崎ナコーラにこそ、 新しい芽がでてくることを待っている。
  
(2014/08/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から3年5ヶ月。
  またお盆の季節を迎えました。
  犠牲となった人々を偲んで
  あらたな涙が流れることを思うと
  やはりあの日のことは忘れてはいけないのだと
  あらためて思います。
  今日紹介するのは
  香山リカさんの『そこからすべては始まるのだから』。
  副題は「大震災を経て、いま」です。
  書評では紹介できなかったのですが
  こんな一節が印象に残りました。

    会いたい人には、なるべくそう思ったときに会っておく。

  そのあとの文章で

    「『そのうち会いましょう』を3回繰り返す前に、
    『じゃ、いつにしましょうか』ってメールしてみなきゃ」。
    それくらいなら、できそうだ。
 
  とあります。
  帰省で故郷に帰る人も多いでしょうが
  昔の友だちに会ってみるのもいいかもしれませんね。

  じゃあ、読もう。

そこからすべては始まるのだから 大震災を経て、いまそこからすべては始まるのだから 大震災を経て、いま
(2011/10/07)
香山リカ

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sai.wingpen  ここからもう一度、歩き始める                   

 八月は鎮魂の月だ。
 広島・長崎の原爆の日。終戦記念日。御巣鷹山の飛行機事故。それらはいつまでも記憶に残っている。
 実際にその時いなかったのに、それでもその時の悲しみや心の痛みを共有できる。
 八月はそんな月だ。
 すべてが正しく伝わってきたかはわからないが、それでも私たちは原爆の悲惨さ戦争の残酷さ、飛行機事故の驚きを今も知ることができるのは、それらを伝えてくれた人たちがいたからだろう。
 もし伝えることをやめてしまったら、これらの悲しみはつながっていかない。
 同じように、東日本大震災での悲しみも伝えていかなければならない。
 それは、いまを生きる私たちの責任だろう。

 この本は震災後半年ほどして書かれた精神科医香山リカさんの、その時点でのメッセージだ。
 それから3年近く経って、その時のメッセージはメッセージとしての強さは減少しているかもしれないが、そのことを改めて読むことで、記憶を確かなものにできるのではないだろうか。
 本書の中で香山氏は時間についてこんなことを書いている。
 「時間の流れは一方向で、誰にも止めたり戻したりすることはできない。人間や動物が生まれて、年を取って、そして衰えていくのも、誰にも止められない」。
 東日本大震災のような大きな悲しみは、そんな時間の本質を私たちに教える契機となったのではないかという。
 そして、「何かを避けることではなく、受け入れることでしか湧いてこない力が、私たちの中にあるはず」だという。

 原爆で壊滅的な打撃を受けた広島も長崎も復興した。
 空襲で灰燼と化した多くの年も立ち直った。
 それらは前に進もうと願い、行動した先人たちの力がなしえたものだ。
 東日本大震災で被災した東北の町々も人々も、同じだ。
 悲しみを乗り越え、前へ、復興への道を歩み続けている。

 その時何が起こったのか、を伝えることとともに、それからあとどのように立ち直っていったかを伝えることも重要だ。
 震災から半年後書かれたこの本で、香山氏は「震災があったからこそ、気づいたこと、手に入れた考え方、見えてきた新しい道なども、きっとあるはず」と書き、こう締めくくっている。
 「ここからもう一度、歩き始める」。

 八月は悲しみの月だ。
 けれど、もう一度歩き始める、新生の月でもある。
  
(2014/08/11 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  この季節にぴったりの一冊、
  デブラ・フレイジャーさんの『海へさがしに』という
  絵本を紹介します。
  書評を書いていて
  ちょっとすべった感じで書いた
  島崎藤村の「椰子の実」という童謡のことを
  思い出したので
  書いておきます。
  これ、小学校か中学校の時の
  音楽の授業で習った一曲です。

    名も知らぬ 遠き島より
    流れ寄る 椰子の実ひとつ

  歌ったでしょ。
  結構好きだったな、私は。
  さすが、藤村っていう感じ。
  そういえば、
  島崎藤村って
  島崎さんと藤村さんの共同ペンネームだと思った人がいるっていう
  笑い話があったっけ。
  そんなことをいえば
  この絵本の翻訳をしている
  井上荒野さんも
  井上さんと荒野さんのように見えなくもない。

  じゃあ、読もう。

海へさがしに (福音館のかがくのほん)海へさがしに (福音館のかがくのほん)
(2002/04)
デブラ フレイジャー

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sai.wingpen  海はお母さん                   

 子どもの頃、昭和30年代の終わりですが、近くの海はまだ泳げていました。それがどんどん汚れて、そのうちに遊泳禁止になりました。
 それでも電車に乗って何駅かいけば、浜寺公園という地名に残っているようなまだ泳げる海もありました、大阪湾にも。
今はどうなんでしょうね。
 海が汚れて、そのうちにみんながきれいな海を取り戻そうみたいな気分になったから、きれいになっているのではないでしょうか。

 私は海で泳ぐのが怖くて仕方がありませんでした。
 だって、沖にいけば足が届かないのですよ、海は。
 だから、浪打ぎわで蟹と戯れ派かな。貝殻拾ったり。海藻投げ合ったり。砂の城を作ったり。
 この絵本はそんな子どもの頃の記憶がよみがってくる一冊です。
 さまざまな形の貝殻、青や緑の宝石のようなガラス片、ペリカンのはね、遠い国の木靴、手紙のはいったビン、ヤシの実(そういえば、島崎藤村作詞の「椰子の実」という童謡がありましたね)、ウミガメの頭の骨(これはちょっとこわい)、こんがらがったロープ・・・。
 作者のデブラ・フレイジャーさんはそれらをフロリダの海で集めたそうです。
 海ってなんでも生み出す、お母さんなんです。

 そんな海からの贈り物を少女とお母さんがさがしている様子がスケッチ風に書かれています。
 お母さんは娘に「おおきすぎて いえにもってかえれない」大事なものがあることを教えます。
 それって何かわかりますか。
 おひさまです。水です。波の音です。夜明けの浜辺です。
 それらは、海の贈り物よりもっと大切なものかもしれません。
 当たり前すぎて、忘れてしまうほど。

 貝殻拾いに夢中になりすぎて、海に落ちる夕日が大きいのを見逃していないでしょうか。
 砂の城作りに夢中になって、海の匂いはとってもしょっぱいのを忘れていないでしょうか。
 海はたくさんのことを教えてくれます。
 だから、お母さんなのです。

 日本語訳はまだ直木賞を受賞する前の井上荒野さん。
  
(2014/08/10 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  さいたま市図書館協議会委員に任命されたことは
  以前このブログにも
  書いたことがありますが
  すでに何回か協議会に出席しています。
  議事録もさいたま市のホームページに
  アップされていますから
  閲覧することができます。
  いま結構熱く議論されているのが
  「指定管理者制度」のこと。
  この制度については
  なかなかわかりにくい点も多いのですが
  はたして図書館にこの制度がふさわしいかどうか。
  最近では
  九州の佐賀県武雄市の図書館が
  指定管理者にTUTAYAの会社を指名したことで
  注目を集めたことは
  有名です。
  そのことが成功なのか失敗なのかは
  もう少し様子を見た方がいいかと
  思いますが、
  その当事者である武雄市の市長樋渡啓祐さんが
  書いたのが、
  今日紹介する『沸騰! 図書館』です。
  これだけ読むと
  図書館に「指定管理者制度」をいれて何故悪いと
  なってしまうかもしれませんが
  それぞれの市町村の状況もありますから
  武雄市の成功事例がそのまま
  他の都市でも可能かどうかは
  よおく議論すべき点だと
  思います。

  じゃあ、読もう。

沸騰! 図書館 100万人が訪れた驚きのハコモノ (ワンテーマ21)沸騰! 図書館 100万人が訪れた驚きのハコモノ (ワンテーマ21)
(2014/05/08)
樋渡 啓祐

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sai.wingpen  話題になった図書館の話をまじめに読む                   

 「指定管理者制度」というのをご存じだろうか。
 従来地市町村が行っていた公の施設の管理・運営を民間などに委託し行うというもので、サービスの向上やコストの削減が目途となる。
 普通に考えてよくわからないのが、行政ではできなくて民間だとできるという理由だ。
 例えば、施設の開館時間の延長とかよくいわれるが、どうして行政管轄であればそれはできないのだろうか。法律的な縛りでもあるのか、そういう点を議論しなければ、「指定管理者制度」のそもそものところがわからなくなる。
 最近話題になるのが、公立の図書館への「指定管理者制度」の導入である。
 その時に引き合いに出されるのが佐賀県武雄市の図書館だ。
 本書は武雄市市長である樋渡氏が武雄図書館に「指定管理者制度」を導入した際の騒動の記録を、当事者の視点からまとめたものである。

 武雄図書館の「指定管理者制度」の導入が多くの耳目を集めたのは、委託業者がTSUTAYAを運営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)だったことが大きい。
 そのことが大きく出てしまい、本来の図書館に「指定管理者制度」がなじむかどうかという議論が霞んでしまった印象がないでもない。
 樋渡市長がいうように最近の図書館では司書の活躍の場面が極めて少ない。
 図書館の機能としてレファレンス業務はとても重要だし、それは司書がやるべき業務といっていい。しかし、貸出業務等で司書は多くの時間を割かられているのが現状だ。
 そういう改善も含めて、武雄図書館が「指定管理者制度」を活用したことは事実だろう。
 しかし、それは「指定管理者制度」を導入しない限り、実現できないことなのか。
 行政管轄であれば実現できないというのであれば、まずそのことを改めるべきではないだろうか。

 それと図書館とその他の施設、例えばスポーツ施設や公民館のようなもの、を同じ次元で議論していいのかどうかも、重要である。
 図書館は単に施設そのものをいうのではない。そこにある蔵書や記録なども含めて図書館という機能があるのだと思う。
 図書館という施設の考え方をもっと議論すべきではないだろうか。
 本書は武雄図書館の「指定管理者制度」導入の記録ではなるが、これを基に多くの自治体で考える材料になればいい。
  
(2014/08/09 投稿)

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  ついに出会えましたね。
  どんなにこの日を楽しみにしていたことか。
  そんな本を
  今日は紹介します。
  原田マハさんの『楽園のカンヴァス』です。
  新潮文庫の新刊として発売されました。
  しかも、さっそく
  新潮文庫の100冊にはいっています。
  新潮文庫の100冊の小冊子は
  その本からのとびきりの一行が紹介されていますが
  この本の一行は、

    とうとう、みつけたわね。

  です。
  どこにこの一行があるか、
  新潮文庫でさがしてみて下さい。
  この作品で
  原田マハさんは直木賞を取り逃がしましたが、
  山本周五郎賞を受賞しました。

  じゃあ、読もう。

楽園のカンヴァス (新潮文庫)楽園のカンヴァス (新潮文庫)
(2014/06/27)
原田 マハ

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sai.wingpen  とうとう、みつけたね。                   

 原田マハはこの作品で第147回直木賞(2012年)の候補となったが、受賞には至らなかった。この時受賞したのは、辻村深月の『鍵のない夢を見る』だった。
 原田のこの長編小説は多くのファンを持つ画家アンリ・ルソーの最晩年の作品「夢」とほとんど同じ構図を持つ幻の作品が真作(ほんもの)かいなかを二人の研究者が評価する様子をミステリー仕立てに作られたもので、その作品名は「夢を見た」となっている。
 辻村の受賞作に「夢を見る」という言葉がはいっていることと合せてみると、なんとも皮肉な言葉とも思える。直木賞という「夢を見た」のは、原田マハであった。

 実のこの回の選考会で原田のこの作品を強く推した委員がいる。
 宮部みゆきだ。
 宮部は選評の中でこう書いている。「日常の繊細な、悪くいえばちまちました感情の呪縛から飛翔し、思い切って贅沢な設定と大胆な謎を作品の核に据え、一幕の知的冒険劇を観せてくれました。この作品が今、エンタテイメント読書界に登場してきたことの価値は、計り知れないほど大きい」。
 ほとんど絶賛に近い。
 しかし、残念ながら、「登場人物に深みがないため、どうしても物語全体が幼く感じられてしまう」という桐野夏生の選評に代表されるように、その他の委員の多くはこの作品を評価していない。

 けれど、この枚数に詰め込むにはあまりにもスケールが大きすぎたともいえるし、できうるならばさらに長編として自由に書いた方が作品の構造はもっと豊かになったと思う。
 冒頭主人公の不思議な家族構成を紹介し、その謎が回想の中で明かされていく。そのこと自体はよしとしても、主人公の娘の描き方が中途半端だといえなくもない。
 それでも、この作品の面白さは抜群だ。
 画家アンリ・ルソーを語る書物なり研究物は多い。おそらく原田はそれを読むとともにルソーの絵をじっと見つめただろう。キュレーターという職業に身を投じたこともある経歴を生かして、読み応えのある知的冒険話に仕上げている。

 この作品で直木賞がとれなかった原田だが、次の機会があるとすれば、この作品以上のものが求められるであろう。
 「夢を見た」ではなく、今度こそ原田には夢を見てもらいたいものだ。
  
(2014/08/08 投稿)

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  今日は「百年文庫」の
  95巻めとなる「」を紹介します。
  この中に
  吉村昭さんの『少女架刑』という作品が
  はいっています。
  私は吉村文学が好きですが
  どちらかといえば初期の作品の方が
  好きです。
  初めて吉村文学に出会ったのが
  高校生から大学生の頃というのもあったのですが
  その頃まだ
  吉村昭という作家は
  自身の生と死のはざまを生きた体験を
  作品にする人だと思っていました。
  『少女架刑』もそのようにして
  読んだ作品です。
  この作品と出会って
  40年近い時間が流れていますが
  とても懐かしい気分で
  読みました。
  その時の感想なりが残っていないのが
  残念ですが。

  じゃあ、読もう。

架 (百年文庫)架 (百年文庫)
(2011/10)
火野 葦平、吉村 昭 他

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sai.wingpen  作者の創造力が試される作品群                   

 「百年文庫」シリーズの特長の一つに、そのタイトルがある。
 いずれの巻も漢字一文字で表わされている。収録されている短編がいずれもその漢字と何らかな関係をもっている。
 95巻めとなる本書のタイトルは「架」。
 十字架の、「架」であるし、架空の「架」でもある。
 この漢字の読みはもちろん「か」であるが、その意味は「上にかけ渡す」だそうだ。つまり、「架空」というのは、字の如く空中に架け渡すことだが、そこから「根拠がないlこと」を指す言葉になったのだろう。
 この巻では、そんな「根拠がない」短編3篇、火野葦平の「伝説」、ルゴーネスの「火の雨」、それと吉村昭の「少女架刑」、が収められている。

 「百年文庫」で珍しく、吉村昭は新しい作家である。2006年に亡くなっているから、このシリーズに収録されたのであろう。
 「少女架刑」は吉村の作品の中でも初期のものである。
 吉村が作家を志していた頃、自身の左胸部の肋骨切除により死から逃れたという体験からなかなか抜け出せないでいた。それらの作品群はけっして嫌いではない。
 むしろ私が吉村を知ったのは、そういう生と死との際どさが魅力だと感じてもいた。
 「少女架刑」はその頃の作品である。
 物語を語るのは、すでに死人となった少女である、彼女の視点で、死人となったあとの自分が語られていく。献体として病院で刻まれていく少女。そのことを冷静の語る少女は、かつて死と隣り合わせだった吉村の心のありようを体現した存在といえる。
 吉村昭という作家を知るためには、このような初期作品は見逃せない。

 「伝説」の火野葦平は戦争中に『糞尿譚』で芥川賞を受賞した作家であるが、芥川賞受賞作よりも『花と竜』『麦と兵隊』で知られている。また、河童が好きで、河童をテーマに多くの作品も残している。
 収録されている「伝説」も河童を主人公にした摩訶不思議な作品だ。
 河童は架空の生き物としての人気も高い。
 もう一編は、アルゼンチンの作家ルゴーネスの「火の雨」。町に突然火の雨が降り注ぐという物語だが後にスペイン語圏におけるSFファンタジーの先駆けといわれた作品だけあって、面白い。

 いずれの作品とも現実(リアル)な作品ではない分、作者の創造力が試される作品である。
  
(2014/08/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  暦の上では、というのは
  とても便利な言葉ですが
  夏の暑さのなか、もう秋ですよといわれても
  なんか嫌になりますね。
  今日は立秋

    そよりともせいで秋立つ事かいの    鬼 貫

  昨日森本順子さんの『わたしのヒロシマ』という
  絵本を紹介しました。
  今日は井上ひさしさんの『父と暮せば』を
  再録書評で紹介します。
  昨年この本を紹介した際に
  この作品が新潮文庫の100冊にはいっていないのは
  おかしいと書きましたが
  残念なことに今年の新潮文庫の100冊にも
  はいっていません。
  何度でも書いておきますが
  この『父と暮せば』はもっと読まれていい
  一冊です。
  新潮社の文庫担当の編集者さん。
  ぜひ考え直してください。
  本来文庫本は
  若い人たちにも読みやすい価格で
  名作や古典を読むのに
  優れた出版形態だと思います。
  ところが、
  最近では売れる作品だけを文庫本として
  売ろうとしている傾向があるような感じが
  しないでもない。
  各社がすべて夏目漱石をそろえなくてもいいでは
  ありませんか。
  井上ひさしさんは夏目漱石に負けない作家だと
  私は思うのですが。

  じゃあ、今年も読もう。

父と暮せば (新潮文庫)父と暮せば (新潮文庫)
(2001/01/30)
井上 ひさし

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sai.wingpen  井上さんからの遺言                   

 演劇を観る機会はなかなかない。
 その点映画は映画館に行くことは減っても、レンタルしたりTV鑑賞という手段はいくらでもあります。
 実際、井上ひさしさんのこの作品に初めて接したのは、映画でした。
 2004年に封切られた、黒木和雄監督作品。主人公の美津江を宮沢りえさんが好演していました。それ以上に父親役の原田芳雄さんが素敵でした。
 黒木監督も原田芳雄さんももう鬼籍にはいられているのが信じられません。
 映画から受けた印象はとても深いものでした。宮沢さんや原田さんが話す広島弁がなんといってもよくて、原爆という重いテーマでありながら、どこかに笑いを含んでいるのは、その方言のおかげといってもいいでしょう。

 映画よりももっとしばしば接することができるのが、本です。
 この作品、文庫本にしてわずか126頁。しかも、解説文をいれてです。
 読もうと思えば、毎日でも読めます。
 しかも、これは井上さんの戯曲ですから、自分の心の中の配役が広島弁を巧みに操るのです。
 読者が東北の出身であろうと大阪の出身であろうと、この本を読んでいる時間は広島弁ワールドといっていいでしょう。
 そんな世界を、本は身近に体現してくれるのです。こんないいことはありません。

 舞台は昭和23年7月の広島。
 雷に美津江が「おとったん、こわーい!」と家に逃げ帰ってくる場面から始まります。
 押入れの奥から顔を出す父竹造。誰もが仲のいい親子関係だと思います。
 さりげない導入部ですが、芝居が進むにつれて、父はすでにこの世の人でないことに気付きます。
 父竹造は恋をした美津江が生み出した虚像。原爆で独り生き残った美津江には自分だけが幸福になってはいけないという負い目があります。けれど、恋をしたもう一人の自分がいます。
 それが父となって現れたのです。
 ためらう娘。
 はげます父。
 恋したものだけが知る葛藤といえます。
 それに、原爆の悲劇が重なります。
 井上さんは原爆の悲劇を悲劇のまま終わらせようとはしません。それは悲しい事実だけれど、生き残ったものはそれを乗り越えて生きていかなければならないのです。

 「人間のかなしいかったこと、たのしいかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが」という父竹造のせりふ。
 それは、井上さんが自身に向けたものであり、読者にゆだねられた井上さんからの遺言のようなものだと思えるのです。
  
(2013/08/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は、広島原爆の日

    子を抱いて川に泳ぐや原爆忌   林 徹

  中沢啓治さんの『はだしのゲン』は漫画で広島の原爆を
  描いた作品です。
  井上ひさしさんの『父と暮せば』は戯曲で広島の原爆を
  描いた作品です。
  今日紹介する
  森本順子さんの『わたしのヒロシマ』は絵本で広島の原爆を
  描いた作品です。
  ヒロシマ
  手法や表現方法はちがっても
  伝えていきたいという思いは同じだろうと
  思います。
  この絵本は1988年に刊行されています。
  この絵本からすでに四半世紀の時間が
  過ぎています。
  でも、こうして私の手に届きました。
  だから、私もこの絵本のことを
  しっかりと伝えていかないといけないのです。
  出版が古いため
  表紙の画像がありません。
  仕方がないので写真にしました。
  中央に描かれた原爆雲が禍々しい。
  でも、そんなことも
  しっかりと伝えていかないと。
  今日はそんな日なのです。

  じゃあ、読もう。

わたしのヒロシマわたしのヒロシマ
(1988/08)
森本 順子

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sai.wingpen  命のたいまつ                   

 記憶は忘れても仕方がないところがある。忘れるから新しいものをまたしまえる。
しかし、忘れてはいけない記憶はある。
 近いところでは、東日本大震災のこと。忘れてはいけないのではなく、忘れられない人たちがたくさんいる。
 広島や長崎に原爆が落とされた日もそうだ。
 1945年8月6日、広島に原爆が落とされた日。
 すでに半世紀以上経って、記憶もおぼろげになっている。そのことを知らない戦後生まれの人も多くなった。
 けれど、忘れてはいけない記憶だ。
 だから、そのことを記録にとどめようとする人たちがいる。
 この絵本を描いた森本順子さんも、そんな一人だ。

 森本さんは13歳の時、爆心地から1700メートルの自宅で被爆した。幸いにも一命をとりとめたが、数日して喉の腫れ、高熱といった症状に苦しめられたという。
 この絵本には13歳の少女が見たその時の広島の光景が描かれている。
 「めくれたうでのひふを、つめのさきから、ぼろきれのように、ぶらさげた人びと」の姿も描かれている。
 子どもの絵本としては残酷な絵かもしれない。
 しかし、それが真実だとしたら、それを伝えていくしかない。
 だから、親たちがしっかり子どもたちに寄り添い、読んでもらいたい。

 「あとがき」には、「父母と教師のみなさんへ」という副題がついている。
 森本さんはこの絵本が子どもたちだけでなく、父母や教師たちが一緒になって読むことを願ったにちがいない。
 その中で、「戦争も原爆も、決して遠い昔話や別世界のできごとではないことを、「わたし」という平凡なひとりの子どもの生活を通して、この絵本を見る子どもたちに感じ取ってもらえるなら幸いである」と書かれている。
 記憶を伝えることは大変なことだ。
 しかし、森本さんのこの絵本があるのだから、私たちでもヒロシマのことは伝えることはできる。さらに、子どもたちは大きくなって、また新しい子どもたちへと伝わっていけばいい。
 ヒロシマの火は生きることの尊厳の火。それをたいまつとして、つなげていってもらいたい。
  
(2014/08/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  最近漫画をとんと
  読まなくなりました。
  青年誌であれ
  少年誌であれ
  読んでいる人を見かけても
  読みたいなぁと思わなくなりました。
  唯一読んでいるとしたら
  益田ミリさんの漫画ぐらいかなぁ。
  漫画ファンからしたら
  益田ミリさんの作品は漫画ではないと
  いうかもしれませんが、
  私もどちらかというと
  漫画以外のエッセイ的なものにひかれているのだと
  思います。
  今日紹介するのは
  益田ミリさんの『みちこさん英語をやりなおす』。
  やっぱり漫画とは
  いいにくい作品です。
  では、何かといえば
  やっぱり漫画なんでしょうね。
  この本で
  もしかしたら英語が上達するとしたら
  参考書? 
  それも違うような気がします。

  じゃあ、読もう。

みちこさん英語をやりなおす (am・is・areでつまずいたあなたへ)みちこさん英語をやりなおす (am・is・areでつまずいたあなたへ)
(2014/01/30)
益田ミリ

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sai.wingpen  This is a pen.                   

 最初に英語を習ったのは、中学一年の時だった。
 確か、This is a pen. だったのではないかしらん。
 それから、幾星霜。
 半世紀近くなるが、まだ喋れない。読めない。書けない。
 毎年春になると、今年こそ英語をマスターするぞと思うのだが、どうも動機が弱い。
 以前、英会話教室に通った時(そんなこともした)、外国の人と話したいからなんて自らをいい聞かせていたが、どうもそうではなかったようだ。
 できれば、外国の人と話したくない。外国の人が近づいてきたら、逃げたい。
 それが本音だ。
 そんな人に英語がマスターできるはずはない。

 けれども、やはり話したいという思いがどこかにあって、益田ミリがいつもの調子のコミックエッセイで英会話の本らしきものを出版したというので手にしたのが、この本である。
 益田ミリのコミックエッセイは等身大の生活が描かれているから人気が高い。
 この本でも同じだ。
 英語で話したいけど、いつも挫折している40歳の主婦みちこさんが主人公。
 みちこさん、今までにも数々のレッスンに挑戦してはその都度挫折してきた人。ところが、近くニューヨークに旅行の予定があるらしい。
 そこで、家庭教師をつけて、英語を一から勉強しようと一念発起したという訳。

 家庭教師に選ばれたのは、出版社の編集者。この機会を利用して、初心者向けの「英語本」でも作れればいいかもなんて考えてる。
 そんな二人が主語とか述語とか、一人称とか三人称とか、単数とか複数とか、どうして日本語と考え方が違うのだろうとか、掛け合い漫才のようにして勉強していく。
 ほとんどみちこさんと家庭教師の編集者の場面であるから、益田さんの漫画も動きがない。
 ふきだしだらけのコミック本といっていい。

 それでいて、これは明らかに益田ミリの世界だ。
 そもそも益田さんの漫画に動きはほとんどない。それを文章で補っているのが、益田ミリ流コミックエッセイの神髄だ。
 この作品では、それが極みとなっている。
 それでいて、感心するのは、みつこさんにしろ家庭教師の編集者にしろ、英語を学びながら、言葉とか日本語とか学習についてもっともなことをいうことだ。
 さりげなく教えられることこそ、益田ミリさんの魅力だ。
 もっともそれで英語ができるかどうかは、別だけど。
  
(2014/08/05 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  ときどきだけど、
  土曜の朝の7時30分から
  TBSで「サワコの朝」というトーク番組を
  見ることがあります。
  私は時々だけど
  きっとあの番組が大好きという人も多いと思います。
  だって、
  面白いですもの。
  「サワコの朝」のタイトルの通り
  阿川佐和子さんが司会で
  毎回ゲストの方とトークするというもの。
  いわば、
  黒柳徹子さんの長寿番組「徹子の部屋」の
  阿川佐和子版。
  それにしても
  土曜の朝と阿川佐和子さんって
  よく合います。
  今日はゆっくりするぞ、という感じ。
  うーん、どんな感じが伝わりました?
  せかせかしていない、
  気が張っていない、
  適当に見ていれる(これ、ほめ言葉です)、
  みたいな。
  今日みたいな月曜の朝ではありませんね、
  阿川佐和子さんて。
  そんな阿川佐和子さんの本を
  今日は紹介します。
  ベストセラーになった『聞く力』の続編、
  『叱られる力』です。

  じゃあ、読もう。

叱られる力 聞く力 2 (文春新書)叱られる力 聞く力 2 (文春新書)
(2014/06/20)
阿川 佐和子

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sai.wingpen  受け身が身を守る                   

 中学校の体育の時間で柔道を習った。初めに教えてもらうのは、受け身。かっこいい投げ技を楽しみにしていた生徒もいたが、全員受け身から教わる。
 受け身を覚えれば怪我をしないということだったと思う。なんだ、投げられる方か。
 実際には受け身が十分でなく、怪我をする生徒もいたりする。
 大ベストセラーとなった阿川佐和子さんの『聞く力』であるが、あれだけ売れればパート2を出したくなるのは、出版社として当然だ。それに挑戦しようとしない編集者なんかいないだろう。
 そして、書かれたのがこの本である。
 注目したいのは、「叱る力」ではないこと。「叱られる力」なのだ。
 中学生の柔道ではないが、受け身を習得することで、安全でいられる。あくまでも、「叱られる」だ。この力をもてば、安全でいられるか。

 『聞く力』は何故あそこまで読まれたか。
 多くの人がコミュニケーション力を大事だと言いつつ、実はコミュニケーションをどのようにとっていいのかわからない。だから、あの本が読まれたのだと思う。
 だから、この本でも本質的にはコミュニケーションのための本だ。
 「叱る」ことができないっていうのは、実はコミュニケーション力に欠如があるからだし、「叱られる」ことの耐性が弱いということもコミュニケーション力にどこか欠陥があるということだといえる。

 阿川さんはご存じの通り大作家の阿川弘之の娘さんだ。
 この本では子ども時代に父親から受けた理不尽ともいえる怒りに耐え忍ぶ自身の姿がコミカルに描かれている。
 子どもをきちんと叱る父親として弘之氏を評価する読者もいるだろうが、それに耐えた佐和子さんがえらいのであって、もしかして家庭崩壊、親子断絶だってあったかもしれない。
 それこそ「叱られる力」が阿川さんにあったというか、父親との戦いの中で会得した力といえる。
 受け身をまず習ったものは、怪我がない。
 「叱られる」ことから逃げてはいけないのだ。人生、理不尽なことはたくさんある。うまくいかないことの方が多いともいえる。
 阿川さんの文章は軽快だから、そんなふうに感じさせないが、「叱る」「叱られる」はかなり重いテーマだ。
 まずは、この本で受け身を学んで欲しい。人間関係で怪我をしないためにも。
  
(2014/08/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今年はどうも
  しっかりと夏休みがとれそうもありません。
  お盆の頃には
  帰省とか旅行とか計画されている人も
  多いでしょうが、
  うらやましいけど仕方がないと
  あきらめています。
  せめて旅の気分を絵本で味わうべく
  安野光雅さんの『旅の絵本』を
  紹介します。
  この絵本には
  文がありません。
  物語は自由につくって構わないのです。
  旅というのも
  そうかもしれません。
  同じところに行っても
  見るところも
  聞くところも
  味わうところもちがうものです。
  今年の夏はどこにも行けないけれど
  来年はどこかゆっくりと
  旅したいものです。

  じゃあ、読もう。

旅の絵本 (1) 中部ヨーロッパ編 (安野光雅の絵本)旅の絵本 (1) 中部ヨーロッパ編 (安野光雅の絵本)
(1977/04/15)
安野 光雅

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sai.wingpen  旅は自由                   

 子どもの頃に教科書の端っこに少しづつ違う絵を描いて、それをパラパラとめくると絵が動くのを愉しんだことがある。
 正しくはなんのいうのか知らないが、パラパラ漫画と呼んでいた。
 アニメーションの原型みたいなものだ。
 絵が動くのは、それだけで心が躍るような気分になる。
 手塚治虫さんもそうだったのだろうか。

 安野光雅さんのこの絵本はパラパラ漫画ではない。
 しかし、ページをめくるたびの映像が動いているように見えてくる。
 ページまるごとパラパラ漫画みたいだ。
 この絵本には文章はない。それでいて、たくさんの音があるのも不思議だ。
 海の音、馬のひづめ、子どもたちの歓声、あひるの鳴き声、教会の鐘。
 それらはすべて、絵から生まれてくる。
 そして、流れるような映像。
 なんと想像力にあふれた世界だろう。

 ナレーションは読者である、あなた。
 物語の作者も読者である、あなた。

 言葉は自由だ。
 読者が勝手に作ればいい。
 だから、日本だけでなく、海外でもこの絵本は人気が高いそうだ。
 言葉という国境がないのだから、それも当然だろう。
 もし、この絵本のような世界が広がれば、戦争だって今より多くはなかったのではないだろうか。
 通じ合えない言葉が苛立ちとか恨みとか妬みを生み出す。そんなことから、この絵本は自由だ。

 1977年に初めて刊行されたこの絵本、私が読んだ2013年版には作者の安野さんによる親切な解説が付いている。
 だけど、これって本当に必要なのだろうか。
 解説があることで、絵に意味づけがなされてしまう。自由な想像は、もはや自由とはいえない。
 だから、もしこの絵本を読むとしたら、解説は絶対前には読まないで下さい。読まなくても、いいくらい。
 だって、旅は自由だし、読者であるあなたの思いも自由なのだから。
  
(2014/08/03 投稿)

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