プレゼント 書評こぼれ話

  今日は
  高杉良さんの『勁草の人』という
  経済小説を紹介します。
  副題に「戦後日本を築いた財界人」とあるように
  この作品では
  元日本興業銀行の頭取だった
  中山素平さんを採り上げています。
  この作品は
  2013年4月から2014年3月まで
  総合誌「文藝春秋」に連載されていたものです。
  「文藝春秋」の読者が好みそうな
  題材だと思います。
  「文藝春秋」も読者層が高齢化しているのではないでしょうか。
  そうすれば
  高度成長期の日本の記憶が
  やはりあって、
  そんな時代で銀行ではどのようなやりとりがあったのか
  興味が尽きないと思います。
  そんな時代を描いた経済小説が
  この作品だと思います。
  過ぎさったものを懐かしむのではなく
  これからを生きるために
  あの時代の人たちのことを
  知ることは
  大事ではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。

勁草の人 戦後日本を築いた財界人勁草の人 戦後日本を築いた財界人
(2014/07/11)
高杉 良

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sai.wingpen  もうひとつの「坂の上の雲」                   

 タイトルの「勁草(けいそう)」というのは、「風雪に耐える強い草」のことをいう。転じて、「思想や節操の堅固なさま」を意味している。
 そんな人は誰なのか。
 城山三郎が『運を天に任すなんて』という作品でその素描を描き、多くの友人たちから「そっぺいさん」という愛称で信頼を寄せられた中山素平が、この物語の主人公である。
 作者の高杉良はかつて『小説日本興業銀行』で中山素平を書いたことがある。
 その高杉が何故もう一度中山のことを書こうとしたのか。これは推測だが、アベノミクスという安倍総理の強い経済政策が戦後の日本経済の復興と重なったからではないだろうか。
 バブル崩壊後衰退した日本経済がいまふたたび、戦後の日本経済のように再生していくか、その期待と不安があって、あの時代に生きた中山素平という財界人を描こうと考えたと思える。

 この作品を読む前に二つのことをさらっておく方がいい。
 まず、「戦後日本を築いた財界人」として描かれる中山素平のことである。
 中山は明治39年3月生まれ。亡くなったのは、平成17年であるから、ほぼ百歳近くまで生きた銀行員である。
 次に中山のいた日本興業銀行のことだ。日本興業銀行は今はない。2000年の銀行再編の大嵐の中で、三行統合という決断のあと、みずほ銀行と姿を変えている。
 もともとは都市銀行とは異なって国の経済政策に密接に関わってきた銀行である。
 中山はその日本興業銀行で頭取、会長を歴任した。
 冒頭で田中角栄総理が登場し、中山のことを「財界の鞍馬天狗」と絶賛する場面が描かれているが、それほどに多くの経済案件を彼の叡智と人間味で解決してきたということだ。

 本書では多くの経済事件が描かれている。
 30年代以降の昭和史にあって今でも印象に残る石油危機であったり、国鉄の分割化であったりする。
 社会的にも大きな話題を呼んだロッキード事件やリクルート事件も描かれる。
 そんなところにも中山を頼る人たちがいたのである。
 あるいはディズニーランド創業時の秘話など、表面的には見えてこないところも、銀行の融資ということになれば別の形で浮かびあがってくるものもある。

 最後は銀行の統合によって終わるが、中山素平が生きた時代は日本経済はさまざまな試練があったとはいえ、生き生きとしていたともいえる。
 私たちはまたふたたび、そんな時代を迎えることができるだろうか。
  
(2014/09/30 投稿)

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  本を読むことは
  私にとって食べることとか眠ることと
  同じくらいの日常になっています。
  それでも
  本を1ページも読まないという日が
  年に2、3度はあります。
  もったいない。
  本がそんなに面白いかと聞かれれば
  ごはんを食べることと同じと
  答えたくなります。
  今日は
  齋藤孝さんの『大人のための読書の全技術』という本を
  紹介しますが
  ごはんを食べるのも本当は技術がいるのです。
  そんなことも思わないくらい
  習慣化しているのです。
  本も同じです。
  この本で「読書の全技術」をマスターして
  本を読むことは
  食べることと同じくらいに
  なってもらいたい。
  この本の中で齋藤孝さんはこんなことを
  書いています。

     役に立つ、役に立たないなんて当人ですらわからない。
     それが読書の凄味です。

  じゃあ、読もう。

大人のための読書の全技術大人のための読書の全技術
(2014/07/31)
齋藤 孝

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sai.wingpen  本当の「読書人」をめざして                   

 日本の識字率は99%で、世界でもトップレベルだ。
 ということは、ほとんどの人が本を読むことができるということなのだが、読書となると年間に1冊も読まない人が数多くいる。
 文字が理解できることと読書とは違うということだろう。
 まして、本を読んだとして、文字が理解できるのであるから本は読める、自分を高める力にまでなっているかというと、甚だ怪しい。
 読書というのは、単に字面を追いかけることではない。
 だから、技術が必要となる。
  この本でじゃ現代の有数な読書家である齋藤孝氏が、自身の持っている「本物の読書術」を惜しげもなく披露している。

 齋藤氏がどれだけの読書家かというと、最終章に齋藤氏が推薦する「社会人が今、読んでおくべき50冊」のリストを見てもらいたい。
 のっけから『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス著)が登場する。続いて、『知の逆転』、『宇宙は何でできているか』となる。
 齋藤氏の専門は教育学であるが、ここにあげられているのは物理学、経済学、社会学と多彩である。題名だけを見ても、ひいてしまいそうな本ばかりだ。
 それらの本を「社会人が今、読んでおくべき」だと、齋藤氏は言っている。
 それほど齋藤氏が求める「読書力」は高い。

 「読書のライフスタイルを確立する」という第1章に始まり、「読書の量を増やす」という第2章では「速読の全技術」が語られ、第3章「読書の質を上げる」では「精読の全技術」が説かれている。
 「速読」と「精読」について、齋藤氏は「本によって、また求める読書内容によって、その二つを上手に使いわけることが重要」と書いている。
 続く第4章では「読書の幅を広げる」と題して「本選びの全技術」が紹介されている。
 読書が苦手な人はどんな本を読んでいいのかわからないとよくいう。そういう人はこの章をしっかり読み込むといい。
 第5章はいよいよ「読書を武器にする」となる。「アウトプットの全技術」だ。
 「アウトプット」というと何か本でも出版するイメージがあるが、齋藤氏は実際の社会でのコミュニケーションに読書は欠かせないとしている。

 本当の「読書人」をめざして、欠かせない一冊だ。
  
(2014/09/29 投稿)

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  NHKの朝の連続テレビ小説花子とアン」が
  昨日で終わってしまいましたね。
  同時に再放送していた「カーネーション」も
  終わってしまいました。
  「カーネーション」が私の連続テレビ小説の
  はまりの始まりでしたが
  再放送で見ても
  これはよかった。
  いい作品は何度見てもいい。
  ここまで書いて
  今日紹介するC.V.オールズバーグの『ハリス・バーディックの謎』と
  どういう関係があるのだろうかと
  多くの人が思うでしょうが
  まったく関係のない書き出しなんです。
  ごめんなさい、C.V.オールズバーグさん。
  そして、この絵本もまた翻訳された、村上春樹さん。
  C.V.オールズバーグの絵本を何冊も書いているので
  こぼれ話のネタがなくなったというのが
  正直なところ。
  やれやれ。
  書きついでに書いておくと
  明日から始める連続テレビ小説は「マッサン」。
  朝ドラ史上初の外国人ヒロインです。
  これも楽しみにしています。

  じゃあ、読もう。

ハリス・バーディックの謎 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)ハリス・バーディックの謎 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)
(1990/12/01)
クリス・ヴァン・オールズバーグ

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sai.wingpen  物語は読者の手の中にある。                   

 物語はひとつのきっかけから始まる。
 一本の電話。食べかけのスープ。開きかけた扉。風に揺らめく灯り。
 そこから何百何千何万文字の物語が始まる。
 C.V.オールズバーグのこの絵本を読むと、そのことがよくわかる。
 ここにある14枚の絵と題名、そして短すぎる説明文は、読むものに物語を予感させる。
 ここから始まる。
 そして、その物語はすべてあなたの物語だ。

 14枚の絵は、30年前に出版社に預けられたものだという。
 持ち込んだのは、ハリス・バーディックという男。
 そんなことが本の「はじめに」で書かれている。
 ここからすでにC.V.オールズバーグの魔法が始まっている。彼の物語に誘われたといっていい。
 そして、1枚めの絵。
 ベッドで眠っている男の子。開いた窓からいくつかの光がはいってきている。
 付けられた題名が「天才少年。アーチー・スミス」。
 短い説明文はこうだ。「小さな声が言った。「あの子がそうなのかい?」」
 さあ、あなたならどんな物語を紡ぎだすだろう。
 続く、2枚めの絵。
 ぽっこり膨れた絨毯に向かって、椅子を振り上げている頭髪の薄くなった男性。
 付けられた題名が「絨毯の下に」。
 「二週間後にまたそれが起こった。」と説明文がある。
 果たして絨毯の中には何かいるのだろうか。読者の想像を掻き立てる。
 3枚めの絵は、水辺の少年と少女が描かれている。きらきらと水面に光が跳ねて。
 題名は「七月の奇妙な日」、これだけでも十分ミステリアスだが、「彼は思い切り投げた。でもみっつめの石は跳ねながら戻ってきた。」なんて書かれると、一体このあと何が起こるのか気にかかる。
 いや、物語は読者の手の中にある。
 このあと、少年と少女に何が起こるのか、すべては読者に委ねられている。

 だが、生きていくということは、C.V.オールズバーグのこの絵本に似ていないだろうか。
 日々のちょっとしたことが物事を動かしていく。
 そして、それがその人の物語を作っていく。
 そんなことを教えてくれる、素敵な絵本だ、この本は。
  
(2014/09/28 投稿)

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  今日は丸谷才一さんの
  『思考のレッスン』を紹介します。
  私にとっては再読になります。
  再読といっても
  前に読んだのは
  単行本が出た1999年。
  そのあと、読みたい、読まないとと思いつつ
  なかなか機会がなくて
  今になってしまいました。
  機会なんて
  いつでも作れるのに。
  つまりは、怠慢。
  読みたい本はその時に読まないと
  のがすことが結構あります。
  だから、そう思った時は
  買ってしまうことが
  読書の極意のようです。
  装丁は和田誠さん。
  丸谷才一さんと和田誠さんのコンビは
  黄金コンビといっていいですね。
  さて、次にこの本を開くのはいつになるか、
  それを考えるのも楽しみ。

  じゃあ、読もう。

思考のレッスン (文春文庫)思考のレッスン (文春文庫)
(2002/10/10)
丸谷 才一

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sai.wingpen  丸谷才一の脳内を歩く                   

 本を読むなら、たくさん読むのがいい。
 それで、これはという本を見つけたら、何度でも読めばいい。
 それが漱石かもしれないし、『赤毛のアン』かもしれない。哲学の本だったり音楽の本であったりしてもいい。
 丸谷才一のこの本は、そういう本だといっていい。
 なにしろ、たくさんの薀蓄エッセイを書いてきた丸谷だけに、その思考はどのようにして生まれるのかをインタビュー形式で書かれている直伝の一冊なのだから。

 レッスンは6つに分かれている。
 レッスン1と2は丸谷才一誕生秘話とも読める少年時代の頃の話と丸谷の考え方を励ました先輩友人の話。
 これはこれで面白いが、レッスン3からいよいよ本格的に「思考のレッスン」が始まる。
 レッスン3はまず準備。その中で丸谷はまず本を読めと、読書を薦めている。
 「読書の効用は何ですか」と訊ねられて、丸谷は3つ挙げている。
 「情報を得られること」「考え方を学べること」、そして「書き方を学ぶ」である。
 そのあとには、丁寧にも「本をどう選ぶか」といったことまで話が進む。
 その中でこんなことを丸谷は言っている。
 「孤立した1冊の本ではなく、「本の世界」というものと向き合う、その中に入る」。

 レッスンは準備段階を経て、いよいよ佳境にはいっていく。4では「本を読むコツ」、5では「考えるコツ」、そして最後のレッスン6では「書き方のコツ」。
 「読書の効用」にピタリとはまる構成になっている。
 そんな丸谷が読書についてこんな意見も述べている。
 「本というのは、全部読まなきゃならないものもあるけれど、必要なところだけを読めばいい本もある」。
 読書人丸谷からこういう意見をもらうと、安心してしまう。
 読書には最後まで読まなくてはという強迫観念があるもの。これで安心した人も多いはずだ。

 レッスンの構成に乱れはないが、丸谷の話はあっちへいったりこっちにいったり。
 さしずめ、丸谷の脳内を歩くがごとくである。
 方向を示す磁石はないが、けっして迷子になることはない。
 案内役の丸谷がいいからだ。
 「言うべきことを持てば、言葉が湧き、文章が生まれる」。
 この本の最後の、丸谷の言葉だ。
  
(2014/09/27 投稿)

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  ダイエーがイオンの完全子会社に。
  ダイエーの屋号が消える。

  ここ何日か、
  流通業界に激震が走りました。
  流通業界のかつての雄
  ダイエーがついにその名前を
  店舗から消すことになったのです。
  ダイエーがその1号店を大阪・千林にオープンしたのが
  1957年ですから
  ほぼ60年の歴史に幕を閉じることとなった。
  私も来年60歳。
  そうか、
  ダイエーと私は同じ時代を生きていたのだな。
  定年を迎える私と
  看板から名前を消すダイエー
  かつて私たちの生活を支えてきてくれた
  ダイエーに感謝したい。
  今日紹介するのは
  2004年にダイエーが破綻、産業再生機構の支援が決まった際に
  刊行された
  『ダイエー落城』という本の蔵出し書評です。
  ですから、
  内容はその時のままです。
  それから10年、
  ダイエーにとって「空白の10年」と
  なりました。
  書評で書いたように
  「For the Customers」の精神は
  実を結びませんでした。
  それもまた時代なのかもしれません。

  じゃあ、読もう。

ドキュメント ダイエー落城ドキュメント ダイエー落城
(2004/12/07)
日本経済新聞社

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sai.wingpen  For the Customers                   

 2004年の年の瀬も押し迫った12月28日、株式会社産業再生機構は大手流通業株式会社ダイエーへの支援を決定した。
 本書はそれに先立つ数ヶ月前、まだ猛暑の余熱が続く秋の初めの日本で多くの人々の耳目を集めたダイエーの支援要請をめぐる経済ドキュメントである。
 自主再建を模索するダイエー、再生機構による支援によりダイエー向け債権を正常化したい金融機関、不良債権の象徴といえるダイエーを債権することによって構造改革を一挙に進めたい行政機関。
 支援要請に至るまでに何があったのか、実は本書を読んだ後でも、答えは「藪の中」である。

 産業再生機構のホームページにダイエーの支援申込みに至った経緯が記載されている。
 それによると、依然として巨額な債務を抱えながら小売業の抜本的な収益力の回復力に至っていない状況にあって「過剰債務を解消するとともに、事業の見直しを行い事業の再生を図るべく、産業再生機構に支援申込をするに至った」とある。当事者たちの思惑がどうあったにしろ、またそれが官主導のものでも民主導のものであっても、ダイエーという城が「落城」した背景には小売業が立ち直らなかったという「お家事情」がある。

 そのことについて、産業再生機構は四つの窮境原因を挙げている。
 「自社保有方式」「全国展開へのこだわり」「事業多角化・拡大路線」「低価格路線への過度の依存」。
 ダイエーが戦後の日本経済の歴史の中で果たした役割は大きい。
 そして会社が拡大していくうちに、ダイエーは本来小売業が目指すべき道を少しずつ踏みはずしていく。
 それが機構がいう四つの窮境原因に集約されている。
 創業者中内が当初目指したものは顧客の視点に立ったものだった。
 だから、多くの人々は「流通革命」を支持した。だが、顧客のための視点がいつの間にか自分たちの会社の視点にすりかわっていたことにダイエーは気がつかなかった。

 ダイエーのお店に行くと店員たちの胸に名札がついている。
 そこにはダイエーの企業理念である「For the Customers」という言葉がはいっている。
 しかし、顧客のためにとこだわったはずの低価格路線がいつの間にかそれに見合うコスト削減で買い物をするという顧客の心理的満足をそいでいったことに気がつかなかったことにダイエーが「落城」に至る本当の原因があるように思う。
 今後ダイエーという城が再建できるとすれば、ダイエー自身が真の(そしてそれは新にもつながるだろう)「For the Customers」を見つけられた時にちがいない。
  
(2005/01/30 投稿)

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  還暦といわれる60歳まで
  私もあと半年をきりました。
  私の同級生は
  すでに60歳を迎えた人もいます。
  ですから、
  還暦同窓会の花盛り。
  中学、高校と同窓会の案内が
  続いています。
  さすがに大阪にたびたび行くのもあれなんで
  高校の同窓会に絞りました。
  11月の中旬です。
  60歳を機会に会社を辞めた人もいるでしょうし、
  まだまだ働くという人もいるでしょう。
  どんなこれからが待っているのか。
  今日はそんな私にぴったりの一冊です。
  三輪裕範さんの『50歳からの知的生活術』。
  書評にも書きましたが
  たくさんの引用もあって
  タメになりました。
  書評では長くなるので引用できませんでしたが、
  こんな言葉も印象に残りました。
  『告白』『エミール』で有名な思想家ジャン・ジャック・ルソー
  言葉です。
  出典は『孤独な散歩者の夢想』。

    人生という競技の終わりも近いのに、
    馬車を操縦する技術を向上させても仕方ない。
    コースからの「退場」の仕方こそが大事だ。


  その「退場」の仕方が難しい。

  じゃあ、読もう。

50歳からの知的生活術 (ちくま新書)50歳からの知的生活術 (ちくま新書)
(2014/08/05)
三輪 裕範

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sai.wingpen  定年といわれる60歳はまだまだ通過点でしかない                   

 公的年金の支給が従来の60歳から65歳に延長されたことで、定年を延長しようという動きが活発だ。
 何しろ今や人生80年から90年という時代である。
 一般的にいっても60歳代は健康的にも支障は少ない。働けるうちは働きたいという人がいても不思議はない。
 その一方で定年を40歳にして雇用の流動化を図りたいという動きもある。
 いずれにしても定年というラインを越えた時、果たして自分はどう生きたいのかという考え方次第だと思う。
 経済的な事情で働かなければならない人であっても従前の会社で働くかそれとも新しい場所を探すか、あるいは経済的には不自由ではあってももっと自由な選択をするか、それは人それぞれだ。
 自分の命がいつ終わるかなんてわからないように、定年を迎えたあとの生き方に正解などないのかもしれない。

 本書は「定年後の一つの生き方として、精神的にも充実した、ゆとりのある知的生活」を送るための提案である。
 いってみれば、高齢化社会となった今、最終のゴールに向かってどう生きていくべきかを描いた本だ。
 60歳というひとつの区切りまであと半年となった私にはとても示唆に富んだ内容だった。
 あるいはこうもいっていい。
 本好きの私にとっては、これからの生活の視界を広げてくれた一冊だといえる。

 著者の三輪裕範氏は定年前に準備しておくこととして、「読書習慣を身につける」ことと「自分の関心テーマ・分野を見つけ出す」ことの二つをあげている。
 いってみれば、本書はこの二つのことをまとめたものといっていい。
 章立てのいくつかは「テーマを見つける」「五〇歳からの読書術」となっている。
 さらに著者は要所要所に関連した参考図書や名言、例えばパスツールのこんな言葉「チャンスは準備された知性に降り立つ」といったようなもの、が随所に織り込まれていて読者をひきつける工夫がなされている。
 というのも、本書の最終章は「五〇歳からの知的アウトプット」で、本書のこういう書き方そのものがアウトプットの参考事例になっている。

 けれど、これだけはいえる。
 定年といわれる60歳はまだまだ通過点でしかない。
  
(2014/09/25 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  先日作詞家であり直木賞作家でもあった
  山口洋子さんが
  9月7日に亡くなっていたという
  訃報があった。
  山口洋子さんといえば
  五木ひろしさんの名付け親としても知られている。
  また五木ひろしさんの多くの楽曲に
  作詞を提供している。
  1970年代の頃だ。
  いまでもカラオケとかで
  山口洋子さんの歌詞の歌を唄う人は
  多い。
  そして、今日紹介したように
  第93回直木賞を受賞した小説家でもあった。
  この受賞が昭和60年の時。
  書評の中で
  山口洋子さんが作詞家から小説家に転身した
  思いを推測したが
  もちろん実際のところはわからない。
  77歳の生涯を
  山口洋子さんはどんな思いで
  閉じたのだろう。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

演歌の虫 (文春文庫)演歌の虫 (文春文庫)
(2012/09/20)
山口 洋子

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sai.wingpen  追悼・山口洋子さん - あー誰にも故郷がある                   

 「♪あー誰にも故郷がある 故郷がある」。
 NHKの朝の連続テレビ小説の77作めの「ちりとてちん」でしばしば登場したのが、五木ひろしが歌う「ふるさと」だった。
 作詞は山口洋子。
 この楽曲が発表されたのは1973年で、この頃山口の作詞家としての活躍は目を見張るものがあった。
 「よこはま・たそがれ」「夜空」「うそ」「ブランデーグラス」・・・、まだ音楽界で演歌というジャンルが人気のあった頃、誰もが山口の歌詞の歌を口ずさんだのではないだろうか。
 その山口洋子が9月6日亡くなった。
 またひとつ、あの時代を牽引した人がいなくなった。

 この作品集は1985年に第93回直木賞受賞作となった『演歌の虫』『老梅』を収録した短編集である。
 この当時、山口は作詞家から小説家へと方向転換していた時期で、直木賞受賞は大きな励みになったにちがいない。
 特に『演歌の虫』は自身がモデルとも思われる作詞家が見た音楽ディレクターの男の生き様を描いた中編小説で、仕事に生きる男の哀愁がよく描けている。山口も同じような男を何人も見てきたにちがいない。
 またもうひとつの受賞作の対象となった『老梅』は大物政治家の年老いた愛人の姿に重ねながら、中年男のもとを去っていく愛人の女の潔さを描いて、受賞時には『演歌の虫』よりも評価が高かった短編だ。

 選考委員のひとり、山口瞳が「現在の酒場の経営者で有名作詞家とくれば色目で見られるかもしれないが」と断った上で、「洋子さんは意外にも純情な人ではないかという気がする。こういう人は伸びると見た」と選評に綴っている。
 山口瞳のいう「酒場の経営者で有名作詞家」は多くの人が思ったことだろう。何をいまさら小説家などに。
 しかし、だからこそ、山口は小説を書きたかったのではないだろうか。
 『演歌の虫』にこんな一節がある。
 「レコードが発売されたほんの短い一時期の後は、どれほど流行った歌も十把ひとかげらになって、ナツメロと呼ばれてしまう」。
 そんな世界から見れば、小説の世界は強固に見えたのだろう。

 しかし、実は小説の世界も同じである。数年もすれば人は忘れる。
 山口のこの受賞作もおそらくほとんどの人は目にすることはないのではないか。
 そんな淋しさをひきずりながら、山口洋子は逝ってしまったような気がする。
  
(2014/09/24 投稿)

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 今日は秋分の日

    秋分や午後に約束ふたつほど    櫂 未知子

 「暑さ寒さも彼岸まで」とよくいいますが、
 今年の夏は思った以上に早く過ぎて
 すっかり秋めいてきました。
 芸術の秋、とよくいったもので
 都内の美術館で大きな企画展が目白おし。
 美術が好きな人には
 たまらない季節です。

 先日の土曜、
 上野の森美術館
 「ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎」を鑑賞しに
 行ってきました。
 20140920_122728_convert_20140920183159.jpg
 北斎というのは
 もちろん葛飾北斎のことです。
 実は北斎の名画の数々は
 アメリカのボストン美術館に所蔵されていて
 今回約140点の作品が里帰りをしてきたのです。

 浮世絵は美術の教科書とか日本史で習いましたが
 あまり実際の作品を観ることがありませんでしたので
 今回の展覧会のポスターを見つけた時は
 無性に行きたいと思った展覧会でした。
 なにしろ、有名な「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」だとか
 「赤富士」と呼ばれる「凱風快晴」の本物が観れるのですから
 この機会を逃す手はありません。
 思った以上に小さな絵ですが
 赤富士の見事なことといったら。

    秋分や赤富士の雲変わらずに    夏の雨

 なんて駄句も詠みたくなる気分です。

 残念ながら
 「蛸と海女」はありませんでしたが
 妖怪や幽霊を描いた「百物語」はなかなか見ごたえが
 ありましたね。
 江戸時代の水木しげるですね、まるで。
 北斎といえば
 どうしても「冨嶽三十六景」を思い浮かべますが
 植物画はとてもいい作品があって
 北斎の魅力を再確認しました。

 会場の半ばに
 北斎の作品を紹介するビデオコーナーが
 あります。
 約15分程度ですから
 ここはぜひ立ち寄ってみて下さい。
 作品のことがよくわかって
 後半の作品鑑賞にはうってつけです。

 今日がお休みという人も多いかと思いますが
 「北斎」展に行くのも
 いいのではないでしょうか。
 入場料は一般1500円
 価値ある1500円だと思いますよ。

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は岸惠子さんの
  『わりなき恋』を紹介します。
  2013年3月に単行本として刊行された時には
  成熟した男女の性愛まで描かれて大反響を呼んだ作品です。
  なにしろ、
  主人公の女性は70歳。
  この年齢での性愛を描いた作品は稀ではないでしょうか。
  しかも、そんな作品を書いた岸惠子さんも
  今は80歳を越えています。
  そのことに驚きすら覚えます。
  そんなことで
  読書人をびっくりさせた作品です。
  その時は読む気持ちがあまり起こらなかったのですが
  今回幻冬舎文庫になった機会に
  読んでみようと手にした作品です。
  解説は山田詠美さんが担当していますが
  この解説は面白い。
  文庫本ならではですから
  これからこの作品を読もうと思う方には
  文庫版の方をおすすめします。
  秋は恋愛物語にはまるのもいいですね。

  じゃあ、読もう。

わりなき恋 (幻冬舎文庫)わりなき恋 (幻冬舎文庫)
(2014/08/05)
岸 惠子

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sai.wingpen  どんなに燃えるような愛を重ねてもいつかは                   

 女優岸惠子といっても若い世代は人気絶頂の頃の岸の主演作品を銀幕で観たことはないだろう。
 昭和30年生まれの私たちの世代にしても、萩原健一と共演した齋藤耕一監督の『約束』が印象に残るくらいだ。(この作品のことは文庫版の解説で山田詠美も少し書いているが若いチンピラの男と中年の模範囚の女の刹那の愛の物語で名作といっていい)
 もちろん、スター女優がマドンナ役を務めることで有名だった山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズにも出ていたり、往年の名作『君の名は』で馳せた名声は今に至るも健在といっていい。

 女性の年を書くのはルール違反だろうが、岸は昭和7年生まれである。
 この物語の主人公である伊奈笙子は作中で70歳の誕生日を迎える国際的なドキュメンタリー作家であるが、どうしても岸との姿に二重写しとなってしまう。
 物語はそんな笙子がパリへと向かう飛行機の中で出会ったビジネスマン九鬼兼太との恋を描いている。
 九鬼にしても還暦間近の中年男性である。
 こんな二人の恋愛物語だが、上品で静かな大人のそれではない。他愛もないことで嫉妬し、何度も別れようと悩み、それでもまた身を摺り寄せあう、まるで中学生のような恋愛である。
 人間は70歳になってもこんなに狂おしく純粋な恋愛をするものなのか、それは70歳の女性のセックスを描いている以上に、些か驚きであった。

 「わりなき恋」の意味について、物語の中でこんな記述がある。
 「理屈や分別を超えて、どうしようもない恋。どうにもならない恋、苦しくて耐えがたい焔のような恋」。
 恋のなんたるかをわかっているはずの熟年の男女が、それでも「わりなき恋」に堕ちて行くさまを、岸はくどいほどの挿話を重ね描いてみせた。
 そして、あまりにも鮮やかなのがラストの場面である。
 この時九鬼は75歳になっている。物語からすでに10年以上経った「エピローグ」だ。
 かつて笙子の家があった場所はすでにない。生きていれば80歳を越えている笙子の存在はこの家の不在とともに、ない。
 どんなに燃えるような愛を重ねてもいつかは終わる。
 映画であれば、静かにエンドロールが始まっていくのだろう。
  
(2014/09/22 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  しばらく村上春樹さん翻訳の
  C.V.オールズバーグの絵本が続いたので
  絵本絵本した絵本が読みたくなって
  手にしたのが
  今日の絵本です。
  石井桃子さんの『ちいさなねこ』。
  石井桃子さんがこんな絵本も
  書いていたなんて
  知りませんでした。
  表紙を見ただけで
  あ、これ絵本って感じますよね。
  でも、初出はとっても古くて
  昭和38年の作品です。
  こういう作品にも
  昭和の匂いを感じます。

  じゃあ、読もう。

ちいさなねこ(こどものとも絵本)ちいさなねこ(こどものとも絵本)
(1967/01/20)
石井 桃子

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sai.wingpen  むかし、むかし、あるところに・・・                   

 第二次安倍内閣の重要課題に「元気で豊かな地方の創生」が掲げられ、地方創生大臣が誕生しました。
 高齢化、少子化、そして産業の空洞化で地方が疲弊していることは従来からいわれていて、そこにスポットライトをあてたのは適切な判断だろうと思います。。
 どう結果を導き出していくか、石破地方創生大臣の腕のみせどころでしょう。
 街は、地方だけでなく、確実に変化しています。
 昭和30年代の風景を探すのは至難のわざです。
 だから、映画評論家の川本三郎さんは昭和30年代の日本映画は文化資料としても貴重だといっています。
 それと同じことが絵本の世界にもいえます。

 石井桃子さんが文を、横内襄さんが絵を担当しているこの絵本は、昭和38年に「こどものとも」に掲載され、昭和42年に絵本になっています。
 だから、ここで描かれている街や車はその当時のものです。
 おおきなへやからとびだしたちいさなねこのお話ですが、ちいさなねこがとびだした蔵のある街など最近ではみかけなくなりました。
 ちいさなねこは自動車に轢かれそうになるのですが、今ならまちがいなく轢かれています。車の量がちがいます。

 そのあとちいさなねこは大きな犬と出合いますが、これも昭和ならではの風景です。
 今なら首輪でつながれているでしょう。こんな大きな犬が首輪もなく街を歩いていたら、まちがいなくおまわりさんが飛んできます。

 大きな犬に追いかけられて樹にのぼったちいさなねこですが、ちゃんとおかあさんねこが見つけてくれて無事に家に戻ることができました。
 微笑ましい母子ねこのお話ですが、文化資料としての価値が高い作品といえます。
 いまの若いお父さんお母さんの知らない街の風景ですから、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に読んでみるといいですね。
 それこそ、「むかし、むかし、あるところに・・・」の昔話になってしまいそうですが。
  
(2014/09/01 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  『弔辞の実例事典』は
  先日も紹介した「本が好き!」というサイトからの
  献本の一冊です。
  このサイトのレビュアーには
  級というのがあって
  投稿した本の数とかそれに賛同してもらった数とかの総数で
  2級とか3級とかにランキングされます。
  私は今1級です。
  たくさんの書評が掲載されていますから
  本好きの皆さんは
  ぜひ一度のぞいてみてはどうでしょう。
  今日の本ですが
  弔辞の事例とかがたくさん載っていたので
  書評もそれらしく
  してみました。
  弔辞の中に書評があるのも
  この本らしいのでは。
  私の印象に残っている弔辞に
  開高健の死去に
  司馬遼太郎が弔辞を読んだものがあります。
  とても違和感があって
  そのことが逆に記憶に残る
  弔辞となりました。

  じゃあ、読もう。

弔辞の実例事典 心のこもったお別れの言葉と丁寧な喪主のあいさつ弔辞の実例事典 心のこもったお別れの言葉と丁寧な喪主のあいさつ
(2014/09/09)
暮らしの情報研究会

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sai.wingpen  悲しみを言葉にするのは難しいけれど                   

 弔辞。
 M君、あなたの突然の訃報に言葉もありません。それなのに、こうしてあなたに話しかけています。おそらくこれがあなたとの最後の語らいだから。
 そして、M君は生前もし俺が死んだら弔辞を頼むよなと言っていたことをご家族の皆さんが聞き及んでいたからでしょう。
 「弔辞なんて出来るわけないじゃないか」。
 その時、君にこう言いましたよね。そうしたら、君はいつものちょっと皮肉っぽい笑みを浮かべながら、そういう時こそ、『弔辞の実例事典』を読めばいいじゃないかと、いとも簡単に答えました。
 そんなことが本当に来るなんて、その時はちっとも思わなかった。

 でも、M君、あなたの助言はこうして生きています。
 あなたへの弔辞が最初のそれになるなんて思いもしませんでしたが。
 この本にはさまざまな文例が収められています。
 旧友の死、それも病死であったり自死であったり事故死であったりとさまざまです。
 あるいは恩師、あるいは職場の同僚後輩部下先輩、もちろん家族、父であったり母であったり子どもであったり、弔辞を捧げる相手もさまざまです。
 すべてのケースがあるかどうかはわかりません。でも、ほとんどの弔辞はこの本で網羅されているのかもしれません。
 もちろん、M君と私のような表裏一体ともいえる関係の弔辞というのはなかなかありません。
 あなたは私であり、私はあなたなのですから。

 文章の流れはよく起承転結といわれます。
 弔辞の場合、「始めの言葉」に始まって、「驚き・悲しみ」と続くそうです。
 さらに「故人のエピソード」となりますが、このあたりが「起承転結」の「承」にあたるのでしょうか。
 次に「故人へのメッセージ」となります。
 M君、私もあなたに言いたい。あなたは私に弔辞を読ませたくてこの本のことを教えてくれたのですか。それとも、それはまったくの偶然だったのですか。
 こういう語りかけのメッセージがいいですよね。
 M君、これで納得してくれましたか。

 最後は「冥福を祈る」とあります。
 葬儀には外せないマナーがあって、この場に立つまでもかなり大変でした。
 でも、M君、あなたが薦めたくれたこの本にはそういった葬儀にまつわるさまざまなことの記載もあって助かりました。
つくづく生前のあなたの交誼に感謝します。
 ゆっくりお休み下さい。
 そちらで、再会できることを楽しみにしています。
  
(2014/09/20 投稿)

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  今日は子規忌

    叱られし思ひ出もある子規忌かな  高浜 虚子

  この俳句の作者高浜虚子
  正岡子規の第一の弟子でした。
  子規は虚子に自分のあとを託そうとしましたが
  虚子はそれを拒みます。
  このあたりが子規のつらいところだったと思います。
  そんな子規を偲んでというわけでもありませんが
  今日は俳句の本を
  紹介しましょう。
  堀本裕樹さんの『富士百句で俳句入門』という本です。
  この中には富士山を詠んだ俳句は百句収められています。
  もちろん、正岡子規の句もあります。

    ぼんやりと大きく出たり春の不二

  「不二」というのは富士山のことです。
  ちなみに、高浜虚子の掲載句は

    汽車の窓に鮓(すし)買ふ駅や富士見えて

  これも平凡なようですが
  いい句です。
  せっかくの子規忌
  ひとつ俳句でもひねってみませんか。

  じゃあ、読もう。


富士百句で俳句入門 (ちくまプリマー新書)富士百句で俳句入門 (ちくまプリマー新書)
(2014/08/05)
堀本 裕樹

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sai.wingpen  俳句でも富士山はよくやっています                   

 我が家から富士山が小さく見えます。
 小さくとも、富士山は日本一の山だし、世界遺産に変わりはありません。
 正月などの空気が澄み渡った日などは特にくっきりと望むことができます。思わず手を合わせたくなるのは、日本人の血かもしれません。
 そんな富士山を「まるで、風呂屋のペンキ画だ」と書いたのは太宰治ですが、それは太宰特有の照れの表れですぐさま「富士は、やっぱり偉い、と思った。よくやっている、と思った」と書き記しています。有名な『富獄百景』という作品の一節です。
 太宰だけでなく、多くの日本人が富士山を「よくやっている」と思っているのではないでしょうか。
 だから、さまざまな芸術で富士山は表現されています。
 俳句の世界でもそうです。

 この本は「俳句を通して富士を知る」形をとっています。四季折々の富士山が登場しますし、海側から見える富士山だけでなく裏富士と呼ばれる山梨の方から望める姿も紹介されています。
 それだけではなく、俳句の入門書としての側面もあって、「富士を通して俳句を知る」ようにも構成されています。
 これから俳句をしてみたいという読者にもおすすめの一冊です。

 ところで、俳句は年寄りのするものと思っている読者もいるかもしれません。けっしてそんなことはありません。
 この本の著者堀本祐樹氏は1974年生まれですから、年寄りというにはほど遠い若さです。
 正岡子規が俳句を作っていたのも20代です。
 俳句であれ、若い人の感性が大事です。
 ちなみに1974年生まれの著者のお気に入りの句は松本たかしが詠んだこの作品、
 「山山を統べて富士在る良夜かな」です。
 この句に著者は「最も富士山の壮美をとらえ、その山容の華麗さを余すところなく詠ったもの」という文章を寄せています。
 俳句という短詩の世界を味わうにしても若い人の読み方は新鮮だし、力強いものがあるように感じます。

 私は気にいったのは、岡本眸の「仰ぐとは胸ひらくこと秋の富士」です。
 「胸ひらく」という表現に清々しさを感じました。それが「秋の富士」に合っています。
  
(2014/09/19 投稿)

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  昨日白石一文さんの『愛なんて嘘』という
  短編小説集を紹介しましたが、
  夫婦の間でも「愛なんて嘘」みたいな関係が
  あるんでしょうね。
  白石一文さんの作品の中にも
  恋愛途上の男女だけでなく
  夫婦が主人公になっている作品も
  ありましたからね。
  でも、夫婦の間で「愛なんて嘘」といわれると
  夫婦でいる意味がないでしょうに。
  夫婦というのも
  さまざまな問題を抱えているのも
  事実です。
  しかもやっかいなことに性の問題が
  関わってきます。
  最近はセックスレスの夫婦も多くなっているそうですが。
  今日は夫婦の性について
  重松清さんが描く短編集『愛妻日記』を
  紹介します。
  官能度が高いですから
  R18かな。
  重松清さんだから安心ということではありませんので
  ご注意を。
  この作品はずっと以前に読んだことがあって
  今回は本当に久しぶりにページを開いたのですが
  十分楽しめました。
  こんな世界も
  重松清さんにはあるのだと
  あらためて見直した官能小説集です。

  じゃあ、読もう。

愛妻日記 (講談社文庫)愛妻日記 (講談社文庫)
(2007/04/13)
重松 清

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sai.wingpen  重松清は官能小説を書いてもうまい                   

 家族のことや子どものこと、いじめのこととか親子の問題を書かせたら、当代きっての作家だろう重松清が書いた官能短編集。
 なんて書けば、落胆する重松清ファンもいるかもしれない。
 実際2003年に単行本として刊行された際には「裏切られた気がする」と抗議の手紙が届いたと、「文庫版のためのあとがき」に重松自身が書いている。
 それほどにこの官能短編集の濃度は高い。
 これもその「あとがき」にあるのだが、雑誌に掲載された当時、いまは物故者となった大御所作家K氏が言った一言、「勃ったぁ」というほどに。

 ここには「セックスのことばかり書いて、書くことで探った、六組の夫婦の物語」が収録されている。
 中でも官能度が高いのは、冒頭の「ホワイトルーム」だ。もちろん、読者それぞれの性向性があるだろうから、別の作品がそれであっても構わないのだが。
 この作品の舞台は白を基調にしたおしゃれなマンション。二年近く売れ残っていたその一室を手にいれたのは結婚して3年になる30歳の夫婦。新婚と呼ぶにはいささか恥ずかしくもあるが、まだ新鮮な夫婦といえる。
妻の早智子は「セックスに対してひどく淡泊」で、夫である「わたし」は少し寂しく感じていた。
 彼らが買ったマンションが実はアダルトビデオの撮影現場であったことが判明し、それを契機に「わたし」はそれまで性におくてであった妻を組していく。そして、妻もまた。
 性愛描写が続くが、そのことで彼ら夫婦の心の垣根が取り外されていくのがよくわかる。
 性のわだかまりが本当の夫婦への障害になっていた。
 それは重松の想像する夫婦だからだろうか。
 おそらく違う。
 色々な夫婦の形があって、性に関することは多く秘されている。そのことで心から夫婦、つまりは生涯のパートナーとして、になりえない人たちも多いのではないだろうか。

 この短編集には六つの作品が収められいるが、その多くはそれまで秘されていた感情が官能とともにあらわれてくる内容になっている。
 「夫婦という関係の根っこにはセックスが確かに息づいている」と重松は書いているが、だからこそそこから逃げないで官能小説を書き綴った重松に拍手をおくりたい。
  
(2014/09/18 投稿)

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  今日は白石一文さんの新しい本
  『愛なんて嘘』を
  紹介します。
  このタイトルで読んでみたいと思った一冊です。
  「愛なんて嘘」なんて
  なかなか言えませんよね。
  そんな勇気、私にはありません。
  表紙絵は、エゴン・シーレ
  19世紀から20世紀初めのオーストリアの画家です。
  クリムトと同様シーレも人気の高い
  画家ですから
  表紙の絵を見てピンときた人も
  多いのではないでしょうか。
  題名がわかりません。
  でも、シーレのこの雰囲気が
  そのまま白石一文さんの作品に
  あります。
  だから、これは装丁を担当した新潮社装丁室
  お手柄ですね。
  このタイトル、
  この表紙に魅かれて
  読む人も多いでしょうね。
  きっと。

  じゃあ、読もう。

愛なんて嘘愛なんて嘘
(2014/08/22)
白石 一文

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sai.wingpen  嘘から逃げ出そうとして、また嘘の糸に絡めとられていく。                   

 タイトルに魅かれた。
 「真実の愛」とかいう言葉はよく耳にするが、「愛なんて嘘」と言われると、たじろぐ。
 言ってしまっていいの、と思ってしまう。
 「王様は裸だ」と叫んだアンデルセンの童話の中の少年がいたが、まさに白石一文もそうであった。
 「愛なんて嘘」だ。

 6つの短編を収める短編集。6つの作品に「愛なんて嘘」という作品はない。
 しかし、どれもがそんな叫びをあげている。
 冒頭の作品「夜を想う人」は会社の特許に貢献し莫大な報奨金を得、エリートとしての道を歩みながらもどこか理解できないものをもった与田。
 そんな彼と付き合っていた美緒子は、彼の別れた妻が離婚後も与田の家に訪問していることを知る。一体この女性は何を考えているのか。またそれを許す与田にはどんな負い目があるというのか。
 偶然にも街でジャングラーをしている元妻と再会し、話し合う美緒子。そして、明かされる与田の本当の姿。
 ここには追いかけてもおいかけても真実の姿を見せない陽炎のようなものが立ち上がっている。

 また別の作品では、優秀なデザイナーに求婚されながらかつてふいに自分の前からいなくなった同棲相手に拘泥する女性の姿を描いた「河底の人」や家庭内暴力から逃げ出し真面目な男と結婚したものの飼い猫の扱いから本当に愛していた相手が誰であったかを悟る女性の困惑を描いた「わたしのリッチ」など、6つの作品のどれもが過去の日々と向き合い、真実をむき出しにされていく。
 どこに真実があり、どこに嘘があるのか。
 愛という今が嘘なら、捨ててきた時間が真実なのだろうか。

 「河底の人」にこんな一節がある。
 「この世界は何もかも全部、嘘で成り立っている。私たちは、自分や他人がついた嘘の中で生きていかなくてはならない」。
 今の男よりも、そう思っているだろう過去の男に魅かれていく主人公。
 しかし、と思う。
 主人公たちが選択した道も、所詮嘘なのではないか。
 嘘から逃げ出そうとして、また嘘の糸に絡めとられていく。
 それが私たちなんではないか。
 何しろ、「愛なんて嘘」なんだから。
  
(2014/09/17 投稿)

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  今どこの本屋さんに行っても
  平台にドーンと積まれているのが
  今日紹介する
  池井戸潤さんの『銀翼のイカロス』です。
  何しろ超人気番組となった「半沢直樹」シリーズの
  第4弾ということで
  読者の期待も高い作品です。
  期待はずれ?
  やっぱり「半沢直樹」!
  評価がそれぞれあるでしょうが
  私は一面では期待はずれでしたし
  一面では楽しく読ませてもらいました。
  ここでは
  「半沢直樹」の名語録のいくつかを紹介しておきます。

    従うより、逆らうほうがずっと難しい。

  いいですね。
  真実をついているというか
  働いていると実感としてよくわかります。

    欲にも、身の丈ってものがある。身の丈に合わない欲を掻くから、面倒なことになる。
    人もそうだし、実は会社だってそうだと思いますね。

  これもよくわかります。
  身の丈では成長も危うい。
  だから、身の丈以上のことをしようとする。
  それもわかります。
  しかし、所詮は身の丈のことしかできない。
  だとしたら、
  徐々に成長して身の丈をあげていくしかありません。
  きっとあなたのこれはという言葉を
  見つけられるのではないでしょうか。
  「倍返し」だけではありません。

  じゃあ、読もう。

銀翼のイカロス銀翼のイカロス
(2014/08/01)
池井戸 潤

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sai.wingpen  「倍返し」効果はここでも有効か                   

 バブル経済が崩壊したあと、多くの企業が倒産の危機に見舞われた。それまでもっと も信頼のおけた銀行も同じであった。
 2000年代にはいって、銀行にも合併の嵐が吹きすさぶ。
 それによってそれまで都市銀行13行と呼ばれていたものが、4大メガバンクへと集約されていく。
 若い人にはかつての呼び名の銀行名をいっても実感はないかもしれない。
 たくさんの水が橋の下を、堅牢なはずの銀行の下を、流れていった。

 半沢直樹シリーズの4弾めのこの作品は、大手航空会社の再建計画に乗り出した半沢直樹の活躍を期待する読者を多いだろう。
 大手航空会社といえば日本航空の破たんと再建がすぐさま頭に浮かぶ。リアルな情報でいえば、稲盛和夫という現代の日本の経営者ではトップといえる経営者を配し、見事に再離陸したことは周知である。
 しかし、これは小説である。
 しかも、半沢直樹というスーパーヒーローが主人公である。
 半沢がどう再建させるのか読者の期待はどうしてもそこに集まるだろう。
 その点では、読者は肩透かしを蒙るだろう。
 そして、違う面で溜飲をさげるのではないか。
 この作品では合併で巨大化した、半沢が勤める東京中央銀行そのものが問われている。

 東京中央銀行は東京第一銀行と産業中央銀行が合併して誕生した。小説の中では10年前となっている。
 体質の違う二つの銀行が合併したことで軋轢が生じ、合併後の頭取たちは行内融和という難問に立ち向かわざるをえない。
 ひとつの企業で向く方向が違えば、計画や実行に支障が出ることは自明だ。企業を大きく前進させるのは、そこで働く人たちの結束といっても過言ではないだろう。
 政治家も介入してくる大手航空会社の再建に、いまなお、かつての銀行が背負っていた負の遺産が大きく覆いかぶさってくる。
 半沢直樹や金融庁の黒崎といったシリーズならではの登場人物を配しつつ、この作品では合併から10年の歳月を経ながらも苦悩する銀行マンの姿がもっとも胸を打つ。

 お馴染みの「倍返し」もこの作品ではカタルシスを喚起するほどの力はない。
  
(2014/09/16 投稿)

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  今日は敬老の日

     敬老の日のわが周囲みな老ゆる    山口 青邨(せいそん)

  高齢化社会が進んできて
  この俳句の気分がよくわかりますね。
  祝日ですので
  お休みの人も多いと思います。
  気候もいいし行楽地に出かけている人もいるでしょうし
  いやいや仕事ですという人もいるでしょう。
  はたまた家でのんびりという人も。
  たまには図書館にでかけるのもいいのではないでしょうか。
  そんな人のために
  今日は『図書館の役割を考えてみよう』という本を
  紹介します。
  この本は「図書館のすべてがわかる本」全4冊の中の一冊。
  やみくもに図書館に行っても
  ただボーッとするのがいいところ。
  せっかく行くのですから
  その役割を理解してから出かけてみませんか。
  きっといつもとちがう
  図書館に出会えると思います。

  じゃあ、読もう。

図書館の役割を考えてみよう (図書館のすべてがわかる本)図書館の役割を考えてみよう (図書館のすべてがわかる本)
(2012/12/19)
不明

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sai.wingpen  図書館の「役割」を知ることで、図書館のことがうんと身近になる                   

 孟母三遷の教えというのを聞いたことがある人は多いと思います。
 孟母、すなわち中国の偉い哲人孟子のお母さんです、が最初墓地のそばに住んでいると息子の孟子が葬式のまねばかりしている。これでは教育によくないと街の中心に引っ越したところ商売のまねばかりする。
 これにも困って孟母は学校のそばに引っ越します。すると、息子はまじめに勉学に勤しんだという、教えです。
 その教えに近いのかどうか、図書館のそばに住みたいとずっと思ってきました。
 今は徒歩で行ける図書館が二つ、自転車(普通は電車で一駅)で行ける図書館が一つのところに住んでいます。
 図書館にはよく行きます。孟母三遷の教えにならったということもありませんが。

 図書館をよく利用しますが、図書館のことを習ったということはありません。
 利用しながら、図書館のことがわかっていきました。
 その点、現代の子どもたちは情報社会に生きていますから、図書館のこともこの本が詳しく教えてくれます。でも、本当は図書感を利用しながら覚えていく方がいいのでしょうが。

 この本は「図書館のすべてがわかる本」全4巻の、2巻めにあたります。
 2012年12月の刊行ですから、情報としても新しい方といえます。
 図書館がどのような機能を持って、どのようなサービスを提供しているかは、近年大きく変化しています。図書館の本だからといって少しばかり古い本だと間違った情報になってしまいます。
 この本は大丈夫です。
 「自動貸出機」とか「自動返却機」といった、このサービスはまだすべての図書館に導入されていません、最新型のサービスにも触れています。
 最近ではカード目録を使った本の管理方法も見かけなくなりましたが、そういったことにも触れています。

 抜粋とはいえ「図書館法」の記述もあります。
 あるいは、図書館で働く人たちがどのような仕事をしているのかであったり、図書館の組織図みたいなものも説明されています。
 そういった図書館の「役割」を知ることで、図書館のことがうんと身近になるように工夫されています。
 児童向けの本ではありますが、図書館のことを習ったことのない人にもうれしい一冊といっていいでしょう。
  
(2014/09/15 投稿)

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  今日の絵本も
  C.V.オールズバーグの絵本、もちろん翻訳は
  村上春樹さん。
  『ベンの見た夢 』。
  一人の作家の作品を
  連続して読んでいくと
  その作家の幅なり奥行なりが見えてきて
  より立体的になるものです。
  絵本だけでなく
  本全般にいえるのではないでしょうか。
  村上春樹さんの本も
  そうやってほとんどの作品を
  読んできました。
  長編小説、短編小説、エッセイ、翻訳
  そして絵本の翻訳。
  一人の作家を立体的に読むのも
  楽しいものです。

  じゃあ、読もう。

ベンの見た夢 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)ベンの見た夢 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)
(1996/04/06)
クリス ヴァン・オールズバーグ

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sai.wingpen  色彩を持たないオールズバーグと、彼の巡礼の年                   

 翻訳者である村上春樹氏に「字が一字もなくてもこの絵本は成立してしまう」とまで言わしめてしまうC.V.オールズバーグの絵本ですが、この作品はモノクローム。
 しかも、ほとんど文字がないので、村上春樹さんのいうことを実践するのに適した一冊です。
 これがなかなかいい。
 昔のモノクロームの映画が見ている感じがします。
 最近の映画はちょっと色が跳ねすぎて、目が疲れます。
 その点、この作品はそうではない。

 この作品で良くわかるのが、動きです。
 とても動きのある絵が続きますから、まるでアニメーションを見る感じで読めます。
 はじめにこの物語の主人公の二人、ベンとマーガレットが自転車をこいでいます。
 最初は野球をしようと思っていた二人ですが、マーガレットが明日の地理のテスト準備で家に帰るというので、ベンもつまらないので家に帰って地理の教科書を広げます。
 ベンの夢がここから始まります。

 絵本というのは、書かれている言葉にこだわらなくてもいいと思っています。
 読んであげる人が自由に言葉を変えてもいいのではないか。
 相手の表情や心に合わせて、言葉を変えていいのではないでしょうか。
 特にこの絵本のようにほとんど文字がない作品は、その自由度が増えます。
 だから、読み聞かせなんかにはとてもいい。

 村上さんが「字が一字もなくてもこの絵本は成立してしまう」といった気持ちがよくわかります。
 字がない分、絵をいっぱい楽しむことができます。隅々まで楽しめます。
 この絵本には最後に絵をいっぱい楽しんだ人にしかわからない仕掛けがあります。私は残念ながらページを逆戻りして、その仕掛けを見つけるはめになりましたが。

 そういえば、村上春樹さんの最近の長編小説といえば『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』でしたが、まさかこのオールズバーグの絵本がヒントになったってこと、ないですよね。
 村上春樹さんの小説のファンだったら、翻訳絵本も絶対はずせません。
  
(2014/09/14 投稿)

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  先週川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』という
  記録文学を紹介しましたが
  今日は
  甘糟りり子さんの
  『産む、産まない、産めない』という
  出産小説を紹介します。
  出産といっても
  その人たち固有のさまざまな思いがあります。
  私には娘が二人いますが
  二人とも出産の場面は
  同じではありませんでした。
  上の娘の時は
  初めての子どもだったので
  誕生のあと彼女の指の数を
  数えたことを覚えています。
  下の娘の時は
  帝王切開になりました。
  もちろん子どもを授からない人もいますし
  子どもができても
  育てるのは大変なことです。
  産む、とか、
  産まない、とか
  産めない、とか
  まったく同じではないのだということを
  わかることが大切なのではないでしょうか。

  じゃあ、読もう。
  

産む、産まない、産めない産む、産まない、産めない
(2014/07/31)
甘糟 りり子

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sai.wingpen  出産は女性だけでするのではない                   

 子どもは女性だけで産むものではない。
 精子と卵子が出合い、受胎して初めて命が宿る。
 それでも、子どもを産むということは女性に多くのことを委ねることになる。
 どんなに男性が妊娠、出産、育児のことを背負ったとしても、それには限りがある。限るがあるからもっと男性はそのことをわかって欲しいと女性はいうのだろうが。
 甘糟りり子のこの短編集はタイトルの通り、八つの出産についてのシーンをあつめたものだ。
 高齢出産、不妊治療、男性の育児休暇、死産、若年者の妊娠、そして障害児。
 扱っているテーマは重いが、甘糟の筆はけっして深刻にも感傷に流されることもない。むしろ、軽いくらいの語り口が清々しいといえる。

 「最後の選択」は働くことに生きがいを感じていた40歳になる桜子が主人公。その手腕を買われて執行役員の打診を受けた。しかし、自分より年下の男性と過ごしたわずかばかりの時間で、彼女は妊娠してしまう。中絶をすればおそらく彼女は二度と子どもを出産することはないだろう。
 執行役員という地位か、出産か。
 高齢出産というテーマとともにここでは仕事と出産の選択に悩む女性の姿が描かれれいる。
 男性にはこの選択で悩むことは少ないかもしれない。
 出産の負担は働く女性にとって重いテーマであることにまちがいない。

 同じような問題を男性側から描いたのが、「次男坊の育児日記」という作品。
 妊娠した妻から育児休暇を取ってもらいたいと頼まれた化粧品会社で働く雄二だが、なかなかそのことを上司に言いだせないでいる。
 男性の育児休暇は人事制度としてあるが、それをとる男性はほとんどいない。
 最近でこそ女性の育児休暇は浸透してきたが、男性となるとまだまだ広がりはない。
 雄二の周辺の人たちの思いもけっしてそのことに賛成しているわけではない。
 多分現実はこの短編のようにうまく事が運ぶわけではない。
 それだけに、この二つの短編が提示する男性と女性の仕事観、育児観は今の社会にどう受けとめられるだろうか、興味深い。
  
(2014/09/13 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日は「百年文庫」の48巻め
  「」を紹介します。
  書評の冒頭に
  茨木のり子さんの「水の星」という詩の一節を
  紹介していますが
  こんな一節もあります。

    生まれてこのかた
    なにに一番驚いたかと言えば
    水一滴もこぼさずに廻る地球を
    外からパチリと写した一枚の写真

  この感受性には感服します。
  地球の写真を見て
  なかなかそこまで思う人は
  いないんじゃないかな。
  この巻では
  八木義徳の「劉廣福」が収録されていますが
  この作品は第19回芥川賞受賞作です。
  八木義徳が受賞の報を知ったのは
  戦地での行軍の途中だったと
  いいます。
  芥川賞受賞作といっても
  今ではなかなか読めない作品ですので
  ぜひこの機会に読んでみては
  いかがでしょうか。

  じゃあ、読もう。

(048)波 (百年文庫)(048)波 (百年文庫)
(2010/10/13)
菊池寛、八木義徳 他

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sai.wingpen  いのちの豊饒を抱えながら                   

 海は地球の7割をしめている。
 「いのちの豊饒を抱えながら/どこかさびしげな 水の星」というのは、茨木のり子さんの詩「水の星」の一節だ。
 「いのちの豊饒」ながら、時には津波や水害などの厄災をもたらすのも、また海。
 けれど、私たちの営みに欠かせないのも、海といっていい。
 波に象徴されるように、海は生きている。大きな波、静かな波、寄せるもの、ひくもの。
 だから、それを人生に喩えることも多い。「運命の波に翻弄された」みたいな言い方もする。
 「百年文庫」48巻めのタイトルは、「波」。
 海を舞台にしたものもあるが、ここでは人生の「波」と読んでいいだろう。
 菊池寛の「俊寛」、八木義徳の「劉廣福」、シェンキェヴィチの「燈台守」の3篇の短編が収められている。

 八木義徳の「劉廣福」は第19回芥川賞受賞作(1944年)。
 戦時中の工場を舞台に無骨な中国人の主人公劉廣福がその誠実な人柄で次第に人々の信頼を得ていく姿を描いている。
 劉に大きな人生の波があるようには見えない。どんな仕事であれまじめに努める彼の生き方は静かだ。
 波というのがあれば、そんな彼を妬んで同僚が彼を窃盗犯に仕立て上げようとしたことと工場の火災を消しとめるために大やけどをおった時ぐらいであろうか。
 そんな時でも「たいしたことはない」という劉の人間の大きさに打たれる作品だ。

 菊池寛の小説は最近ではあまり読む機会がないが、この巻に収録されている「俊寛」を読むとその巧さに感服する。
 大衆小説のコツをしっかりつかんだ筆運びだ。
 俊寛は後白河上皇の側近で平家打倒と目論んだ歴史上の人物。企みが発覚して俊寛は鬼界ヶ島に流刑となったが、菊池寛はこの島での俊寛の生き方を短い作品ながら重厚に描いている。
 芥川賞と直木賞を創設した菊池寛だが、自身はどちらの作品の方が好きだったのだろう。

 もう一つの作品「燈台守」はシェンキェヴィチという人の作品。
 シェンキェヴィチはポーランドの国民的作家で、1905年にノーベル文学賞を受賞している。
 この作品は孤独な仕事である燈台守の職を得た初老の男がたまたま手にした一冊の本からかつての故郷への思いで規則正しくおこなっていた仕事を怠ってしまう物語。
 こういう作品はなかなか読めないが、それを読めるのも「百年文庫」の魅力の一つだ。
  
(2014/09/12 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  東日本大震災から3年6ヵ月。
  今日は『ドキュメント 震災三十一文字(みそひともじ)』という
  本を紹介します。
  書評にも書きましたが
  今年の夏は
  各地で水害が起こりました。
  特に広島の土砂災害はたくさんの犠牲者が出た
  痛ましいものでした。
  ボランティの人たちが
  全国から駆けつけた様子が
  ニュースで報じられていましたが
  その中に東日本大震災で被災された東北の人たちも
  たくさんいました。
  あの時助けてもらったから。
  そういった心の連鎖が
  こういう時にはとても大切なのでしょうね。
  広島だけでなく
  各地で被害にあわれた皆さん、
  がんばってください。

  じゃあ、読もう。


ドキュメント 震災三十一文字(みそひともじ)―鎮魂と希望ドキュメント 震災三十一文字(みそひともじ)―鎮魂と希望
(2012/04/19)
NHK「震災を詠む」取材班

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sai.wingpen  歌を作ることで自分を治す                   

 2014年の夏は異常気象の夏として記憶されるくらい、台風や集中豪雨、落雷の被害が各地で相次ぎました。
 とりわけ、8月の終わりに起きた広島の土砂災害は死者の数が70人を超える大きな災害となり、土砂に流された家々、泥に埋まった車、避難所での人たちの生活といったニュース映像を見るたびに、被災された人たちにとっては、どれほどの言葉をもってしても悲しみや苦しみ、嘆きがほどけるものではないのではないかと、心が痛みました。
 東日本大震災のあの時の光景が、ふたたびめぐりきたかのような、2014年の夏でした。

 本書は2011年3月11日に起こった東日本大震災から8ヶ月ばかりたった秋に仙台で開かれた歌会「震災を詠む」をきっかけにして出会った人たちの、あの日の体験とその後の日々、歌に込めた思いをまとめたドキュメントです。
 この歌会には三人の選者がいましたが、そのうちの一人永田紅さんは歌人の河野裕子さんの娘で歌人です。永田さんは会場で癌で亡くなった河野さんのこんな言葉を紹介したといいます。
 「歌を作ることで自分を治す」。
 闘病生活で心身ともに疲れていた河野さんはそれでも歌を詠むことをやめなかったそうです。
 それがこの言葉になっています。
 歌を詠むことで救われるものがあった、前に行く力がわいてきた。
 それは河野さんのような歌人だけではありません。
 本書で紹介されている被災された人たちの歌にもそんな力を感じました。

 強く生きることだけではありません。
 本書にこんな歌が載っています。
 「大地震に頑張り方がわからない 罅入りしままの北側の窓」。
 この歌を詠んだ方は友人を震災で亡くしています。そのことで心がふさぐ日々が続きます。
 苦しい時にがんばるだけでなく、ふっと息をもらすようにありのままの姿をさらけだすこと。それは勇気かもしれないし、希望につながる瞬間かもしれません。
 この方の掲載歌は「「じゃあまたね」いつもの声を留守電に 残して友は逝ってしまいぬ」です。
 きっとこの歌が詠まれるまでたくさんの涙がこぼれたことでしょう。

 わずか31文字の歌だからこそ、あふれるものがあるのかもしれません。
 この夏悲しい思いをした人たちにもそんな31文字が詠まれる日が来ることを願わずにはいられません。
  
(2014/09/11 投稿)

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 今年の夏、
 生まれて初めて座禅体験をしちゃいました。
 そもそも仏教徒ではないので
 お経とか座禅はなじみが薄いのですが
 その時に「般若心経」を唱和しました。
 唱和っていうのかな。
 なかなかいいものでしたね。
 たまたまなのですが、
 NHKのEテレで毎週水曜午後11時から放送している
 「100分de名著」の今月の一冊が
 この「般若心経」。

『般若心経』 2014年9月 (100分 de 名著)『般若心経』 2014年9月 (100分 de 名著)
(2014/08/25)
佐々木 閑

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 この放送は2013年1月に放送されたものの
 アンコール放送らしいので
 司会の伊集院光さんなどが冬服なのはご愛嬌として
 指南役は花園大学の佐々木閑先生。
 このテキストの表紙にもあるように
 「般若心経」というのは
 262文字でできあがっているのですね。
 400字詰め原稿用紙の1枚にもみたない。
 ちなみに、この記事のここまでの文字数が
 だいたい260文字。
 そんな短さなんですね。

 「般若心経」は
 『西遊記』のモデルとなった玄奘三蔵さんが
 インドから持ち帰った大乗仏教の経典のひとつ。
 ということは、
 先週の放送の中で説明がありました。
 玄奘三蔵さんは音の感覚をとても大切にしたそうです。
 「般若心経」の最後の方で

   掲諦掲諦    (ぎゃーてーぎゃーてー)
   波羅掲諦    (はらぎゃーてー)
   波羅僧掲諦   (はらそーぎゃーてー)
   菩提薩婆訶   (ぼじそわかー)

 と、有名な一節がありますが、
 この「ぎゃーてー」という音の響きが
 なんともいえないですよね。
 怪獣「ぎゃーてー」なんかの鳴き声なんていったら
 お釈迦様に叱られるでしょうが。

 そういう冗談とか雑念を振り払うために
 「般若心経」。
 だいたい私は雑念が多すぎるタイプ。
 ここは精進して、
 「ぎゃーてー」「ぎゃーてー」です。

 番組は今夜が2回め。
 「世界は”空である」。
 有名な「色即是空」がでてきます。
 今夜も真面目に勉強します。
 それでは
 「ぎゃーてー」「ぎゃーてー」。

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日東海林さだおさんの『猫大好き』という
  エッセイを紹介しましたが
  世の中には猫派と犬派がいるようですね。
  どちらの方が与党で、どちらが野党なのかな。
  となると、少数野党とうのもあって
  これは金魚派とか鳥派とか
  ハムスター派ということになるのかな。
  つまりはペット界は乱立しているのですね。
  私は猫派でも犬派でもありません。
  子どもの頃に犬派になりかけたことがありましたが
  すぐさま転向。
  それ以来、無党派です。
  猫派といえば
  和田誠さんが有名。
  そこで、昨日のつづきではありませんが
  今日は和田誠さんの『ねこのシジミ 』という絵本を
  再録書評で紹介します。
  この本を読むと
  猫派の支持率は5%ぐらい
  上昇するのじゃないかしら。
  がんばれ! 犬派。

  じゃあ、読もう。

  
ねこのシジミ (イメージの森)ねこのシジミ (イメージの森)
(1996/09)
和田 誠

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sai.wingpen  しあわせなまいにち 

 イラストレーターの和田誠さんちの飼い猫の名前は「シジミ」。
 「とってもちいさくて、貝のシジミのからのもよう」によく似ていたから、ついた名前です。
 シジミのことは和田さんのライフワーク的業績でもある「週刊文春」の表紙画を集めた『表紙はうたう』という画集の中にも「猫に思い入れが深いのは家族に加わっていた年月が長いせいだろう。(中略)長男が小学生の時に公園で拾ってきたシジミが思い出深い」と書いています。
 ということは、シジミは「週刊文春」にも登場した、有名な猫でもあります。(「週刊文春」の表紙を飾ったシジミは写実的に凛々しく描かれていますが、この本ではとても優しそうな柔らかい表情です)
 この絵本は、そんなシジミの視点で日常を描いた絵本です。
 第三回日本絵本賞も受賞(1997年)しています。

 和田さんが夏目漱石の『我輩は猫である』を意識されたかどうかはわかりませんが、冒頭の文章「ぼくはねこです。なまえはシジミ」っていうのは、やはり漱石の「我輩は猫である。名前はまだ無い」を彷彿させ、くすんと笑えます。
 和田さんは漱石のようにお髭をはやされていませんが、もしあったら、この文章のあとで、すこうしお髭を撫ぜたりしたかもしれません。そんな書き出しです。
 シジミがどろぼうをつかまえるきっかけになった「事件」のことも書かれていますが(この時の奥さんとシジミのツーショットのさしえがとてもいいんです)、これなども漱石風の「事件」で、きっとこのお話を書かれたあともお髭があれば、二度くらいは撫ぜたと思います。

 この絵本のおしまいは年老いたシジミがトランクの中で眠っているさしえです。
 そして、「このごろぼくは、あそんでいるじかんより、ねているじかんのほうがおおくなりました」という文章がはいります。
 シジミのそんな「しあわせなまいにち」がこちらにも伝わって、幸福な気分にしてくれます。
 残念ながら、シジミはもういません。
  
(2009/04/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  昨日の日曜日
  朝から全米オープンの錦織圭選手の
  日本人初の決勝進出のニュースに
  日本中が沸きましたね。
  テニスというスポーツはよく知らないのですが
  1試合4時間とか5時間なんていう話を聞くと
  ハードなスポーツだと
  びっくりしました。
  ここまできたら
  ぜひ優勝してもらいたいものです。
  優勝しちゃったら
  国民栄誉賞かな。
  今日紹介するのは
  東海林さだおさんの『猫大好き』。
  「男の分別学」シリーズの
  最新刊です。
  書評の中で
  東海林さだおさんに文化勲章を、って
  書きましたが、
  錦織圭選手とのダブル受賞なんかになれば
  ビッグすぎますよね。

  じゃあ、読もう。

猫大好き猫大好き
(2014/07/30)
東海林 さだお

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sai.wingpen  東海林さだおさんに文化勲章をあげたいなぁ                   

 春と秋は勲章の季節だ。
 とりわけ、秋の文化勲章は勲章の中でもエラいのではないか。
 文化勲章というだけあって、科学技術や芸術などの文化の向上に努めた人が選ばれる。例えば司馬遼太郎さんとか森繁久弥さんとか丸谷才一とか。
 そういえば2013年には高倉健さんも受賞して、文化勲章も粋なことをすると思ったものですが、ならばぜひ東海林さだおさんにも文化勲章をあげたいものだ。

 東海林さだおさんがどれだけ日本の文化に貢献してきたかをあげてみたいと思う。
 まずなんといってもサラリーマン漫画の草分けであるということ。
 東海林さんの漫画に世のサラリーマン族はどんなに慰められ、励まされてきたことか。東海林さんの漫画がなければ、現代の日本経済の発展はなかったといっても過言ではない(ちょっと言い過ぎだが)。
 次に食文化への貢献だ。
 長年続く東海林さんの「丸かじり」シリーズは、日本の食を支え続けた。和食が世界無形遺産に登録されたのも、東海林さんの「丸かじり」シリーズがあってのことかと、勝手に推測している。
 そして、この本がそうなのだが、「男の分別学」なるものを確立したのも東海林さんだといっていい。
 東海林さんが「分別学」をものにしなければ、今頃、世の中は牙をむいた男たちが徘徊していたのではないだろうか。そんな街は歩けませんよね。
 そうはいっても、夜の繁華街は十分怖いとご意見もあるでしょうが、これは東海林さんの「男の分別学」がまだまだ十分に読まれていないから。
 きっと東海林さんが文化勲章を受章した暁にはこのシリーズももっと読まれて、男は分別のある生き物と定義づけされることはまちがいありません。

 では、東海林さんの「男の分別学」にはどんなことが書かれているかを、この本で検証していくと、「ラーメン店の七不思議」や「なぜ餃子にはヒダがあるの?」(これは対談)といったさすが食の伝道師といったものから「内臓とわたし」や「もし僕が、がんになったら」(これも対談)といった健康についてのものまで幅広い。
 極めつけは「蛸と日本人」。これこそ日本人の根幹にかかわる文明的論考? といっていい。
 こんな東海林さだおさんが文化勲章を受章しないのは、おかしいのではないかと、私は思うのですが。
  
(2014/09/08 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  NHKの朝の連続テレビ小説「花子とアン
  見てます?
  私はしっかり見ていますよ。
  先週ついに花子が一冊の本と出会いました。
  のちに『赤毛のアン』となる
  一冊です。
  翻訳者と原作本というのは
  魅かれ合うというのでしょうか、
  やはりこの作品には
  この翻訳者でないと、というものが
  たくさんあります。
  たとえば、
  『赤毛のアン』と村岡花子
  『くまのプーさん』と石井桃子
  『ドリトル先生』と井伏鱒二
  といったふうに。
  C.V.オールズバーグの絵本といえば
  村上春樹さん。
  これも不動の組み合わせですね。
  今週も
  このコンビの一冊『西風号の遭難』を
  紹介します。
  この作品で
  このコンビが誕生した記念すべき
  作品です。

  じゃあ、読もう。

西風号の遭難 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)西風号の遭難 (The Best 村上春樹の翻訳絵本集)
(1985/09/30)
クリス ヴァン・オールズバーグ

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sai.wingpen  色彩の魔術師の魅力を堪能ください                   

 翻訳者が小説家ということであれば、それがたとえ絵本であれ、小説家は絵本につけられた文章が気にいったのだと思いがちだ。
 そういうこともあるにちがいないが、この絵本に限っていてば、翻訳者の村上春樹はショートストーリー程度の文字数をもった文章が「極端に言ってしまえば、字が一字もなくてもこの絵本は成立してしまう」とまで、「あとがき」に書いている。
 もし、字が一字もなくなれば、翻訳者は必要なのだろうか。
 村上春樹は翻訳者としての自身の存在さえ消えてしまっていいと言っているのに等しい。
 それくらい、村上春樹はC.V.オールズバーグの絵に魅了されたということだ。

 表紙の折り返しにニューヨーク・タイムズの批評が掲載されている。
 その中で、「浮揚するイメージはマグリットのそれに匹敵する」とある。
 マグリットというのは、20世紀を代表するシュルレアリスム画家のルネ・マグリットのことだ。
 空に浮かぶ巨大な岩とか、鳩のからだに青空が浮かびあがる絵とか、誰もが一度はマグリットの作品を目にしたことがあるにちがいない。
 ニューヨーク・タイムズはC.V.オールズバーグの絵がそのマグリットと同じくらいの価値をもっているというのだ。
 たしかにC.V.オールズバーグの絵の巧すぎる絵にはなんともいえない肌ざわりがある。
 落ちつかない色づかいといっていいかもしれない。
 ましてや、この作品では海に浮かぶべきヨットが空に浮かぶのだという。
 そういう空中でのありさまが、巧すぎる絵全体を不安にさせているといっていい。
 そして、その不安感、それは重心のなさともいえる、は現代社会に生きる私たちの心のありようだともいえる。

 村上春樹は「オールズバーグの絵は我々にひとつの風景を示すと同時に、その風景を通じて我々自身の心の扉を内側に向けて押し開いている」と書いている。
 そういう絵がもたらすものに村上春樹が共鳴したとすれば、村上春樹の作品もまた「心の扉が内側に」開くことを目論んではいないだろうか。
  
(2014/09/07 投稿)

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  今日は映画の本の紹介です。
  著者は川本三郎さんと筒井清忠さん。
  昭和30年前後に活躍した映画監督を紹介した
  『日本映画  隠れた名作』です。
  副題に「昭和30年代前後」とあります。
  書評には
  先日亡くなった日活ロマンポルノ
  多くの作品のメガホンをとった
  曽根中生監督について
  少し書かせてもらいました。
  日活ロマンポルノのことは
  もっと語られていいような気がしています。
  映画史の中のあだ花かもしれませんが、
  あの時の熱さは
  ちょうど私の青春期と重なっていたせいか
  忘れることができません。
  映画とは青春の狂おしいまでの熱情に支えられているところが
  あります。
  そういう点では
  詩とか文学によく似ています。
  この場を借りて
  曽根中生監督のご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

日本映画 隠れた名作 - 昭和30年代前後 (中公選書)日本映画 隠れた名作 - 昭和30年代前後 (中公選書)
(2014/07/09)
川本 三郎

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sai.wingpen  いつかみんな忘れられていく、その前に                   

 映画監督曽根中生を知っている人はきっと映画好きの人だろう。
 1970年代に数々の名作を生み出した日活ロマンポルノの立役者といわれる映画監督だ。代表作に「嗚呼!!花の応援団」シリーズや「博多っ子純情」、「天使のはらわた 赤い教室」などがあるが、日活ロマンポルノの監督といえば、神代辰巳とか田中登といった名前があがるが、曽根の名前を一番にあげる人は多くはないはずだ。
 そんな曽根中生が8月26日に亡くなった。
 やがて曽根の映画監督としての名前も薄れていくかもしれないが、日本映画史に日活ロマンポルノという軌跡があるかぎり、曽根のことは思い出されるのではないか。
 曽根中生はそんな映画監督だった。

 日本映画の監督といえば、黒澤明や小津安二郎ばかりではない。
 篠田正浩だったり大島渚であったり北野武といった巨匠たちが多くいる。
 けれど、映画人口が最大であった昭和33年当時、数多く撮られた映画を支えたのはこれらの巨匠たちではない。
 ピークとなった昭和33年には実に11億人以上の人が映画館に足を運んだという。そんな人々を魅了した作品を作りつづけた映画監督たちにスポットをあてたのが、本書である。
 映画評論家の川本三郎氏と日本近現代史の先生である筒井清忠氏の二人による対談の形をとりつつ、昭和30年代に活躍し、その後埋もれてしまった映画監督たち20人を紹介している。
 その中には田坂具隆とか野村芳太郎といったどちらかといえば名の通った監督たちもいるし、中村登や沢島忠、堀川弘道、西河克巳といった比較的知られた監督たちもいる。(西河克己は山口百恵の作品を多く撮っているからその点では得をしている)

 ちなみに書くと、川本氏が昭和19年筒井氏が昭和23年生まれだから、昭和30年代には映画館に潜り込んでいたことはいうまでもない。
 それにしても、二人の博学には頭がさがる。
 特に川本氏には昭和30年代の日本映画が映してきたものこそ昭和の風景というこだわりがあるから、映画論だけでなく、昭和30年代論にもなっているのが、いい。

 この時代のあと映画が斜陽となっていく。
 冒頭の曽根中生はそんな残り火のような時代にあって、メガホンを撮り続けた監督である。
 もし、本書の続編が編まれるとしたら、曽根中生まで取り上げてもらいたい。
  
(2014/09/06 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  芥川賞作家川上未映子さんによる
  妊娠・出産・育児の記録文学
  『きみは赤ちゃん』を
  今日は紹介します。
  この本を読んで身につまされる女性も多いと
  思いますが、
  もっと身につまされるのは
  男性ではないでしょうか。
  きっと世の中の女性の多くは
  男性の育児に対する態度を
  こんなふうにとらえているのではないでしょうか。
  ですので、
  この本は女性というよりも
  男性必読の書なのです。
  かといって、
  男性が出産できるはずもありませんので
  どこまで女性の気持ちをわかってあげられるかどうかだと
  思います。
  それにしても
  母は強し、です。

  じゃあ、読もう。

きみは赤ちゃんきみは赤ちゃん
(2014/07/09)
川上 未映子

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sai.wingpen  それにくらべて、父親はどうよ。                   

 記録文学のジャンルがあって、戦争ものだとか災害にまきこまれた体験とか、闘病記もこのジャンルにはいるのだろうし、記録に重点を置くか文学に重心があるかはあるとしても、読者の琴線に触れる作品は多くある。
 この作品がそれにあたるかどうかはあるにしても、自身の妊娠、出産そして育児の体験を綴ったこの本は記録文学として金字塔となる傑作に仕上がっている。
 さすが芥川賞作家川上未映子というべきか、さすが中原中也賞を受賞した詩人川上未映子というべきか、文学としての完成度も高い。

 私は男だし、子育てもずっと前に終えているのだが、それでも著者の一言ひとことが身に染みてきた。
 今更反省しても仕方がないが、出産当時の妻の心境などこれっぽっちもわからなかったのだと、この本で気づかされた。
 今妊娠している人、出産をひかえている人、育児に悩んでいる人がいたら、どれほど励まされるだろう。
 最後のくだりなど、涙なしに読めないのではないか。
 泣けることが文学的価値を高めるわけではないが、泣けるだけの言葉の力を持った作品に仕上がっているということはいえる。

 この本は芥川賞作家同士の結婚と騒がれた川上未映子(旦那さんは阿部和重)の妊娠発覚から無痛分娩を選択しながらも帝王切開にいたる「出産編」と育児に追われる怒濤の日々を描いた「産後編」に分かれるが、そのどちらも夫に対する批判というか罵倒はすさまじいものがある。
 そういう罵倒に根拠があるか、おそらく育児真っ最中の男性には気がつかない女性の、あるいは母親の、心理状態というものがあるだろうが、この本を読めば、出産をひかえた女性がどれだけ不安を抱え、育児中の女性がどれほどに疲労困憊しているか、わかるはずだ。
 「同志」としての女性だけでなく、男性こそ、この記録文学を読むべきかもしれない。
 赤ちゃんを生んだ女性の実情に対して、「それにくらべて、父親はどうよ。」と凄まれれば、なすところはない。

 それでもこの本には希望がある。「生まれてきてくれて、ありがとう」と、赤ちゃんの明日に託す愛がある。
 それは間違いなく、母親である女性の方が強い。
 それにくらべて、父親は、残念ながら、どうよ、である。
  
(2014/09/05 投稿)

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  今日は
  最近すっかりとりこになった
  花房観音さんの短編官能小説集
  『やすらいまつり』を
  紹介します。
  ここ何冊かは
  官能の度合いが低かった花房観音さんですが
  この『やすらいまつり』で
  俄然挽回しています。
  R15くらいかな。
  この作品集でも
  京都の街が効果的に使われているのは
  さすが花房観音さん。
  デビュー以来、
  こんなにしっかりと追いかけている作家も
  なかなかいません。
  しかも、官能小説家だし。
  官能小説は長編小説というのが
  割に多いのですが
  短編小説もいいものです。
  それにしても
  秋の京都なんか歩くと
  花房観音さんの世界に幻惑されそうで
  こわいですね。

  じゃあ、読もう。

やすらいまつり (光文社文庫)やすらいまつり (光文社文庫)
(2014/07/10)
花房 観音

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sai.wingpen  ひとたび花房観音という「路地」に迷い込めば                   

 どんなに上品に気取ってみせても、官能小説に情愛描写が少ないとつまらない。
 当然文学のひとつのジャンルであるから、読ませる技巧は必要だし、あの場面の濃密感を言葉で高める技術は欠かせない。
 花房観音のこの官能短編集は、6つの短編から成り立っているが、官能度は極めて高い。
 短くても満ちている。
 つまりは、昂ぶる。
 女性の読者であれば、男性はこんな情愛の場面に息を荒げるのかと思うかもしれないが、少なくとも花房観音はそのことをわかった上で仕掛けているのだろう。

 そのひとつが、各作品に登場する女性たちの服装だ。
 京都観光文化検定2級の資格を持つ花房観音だから、京都を舞台にした作品の巧さに定評があるし、この短編集では京都のまつりが情愛の背景として巧く使われている。
 急いで書きとめておくと、この短編集の6つの作品はいずれも京都のまつりが題名になっている。
 そして、女性たちの服装がすべて和服だということだ。
 「しゅるしゅると音がして、花緒の帯が床に落ちる。玉村が少し身体を離すと、花緒は自ら腰ひもを外し着物を脱ぎ、桜色の襦袢を露わにした」。
 これは表題作でもある「やすらいまつり」の一場面だ。
 これから主人公たちが情愛にはいっていこうとするところだ。
 この時間が読者の気をひくことを、花房観音はよく知っている。
 「じらし」のテクニックといっていいかもしれない。
 読者は早く情愛の場面が始まらないかと思っている。けれど、手戯れの花房観音はゆっくりと帯を解くところから始める。
 しかし、一旦襦袢をとれば、そこからは速度を増す。
 女主人公たちの多くは下着をつけていない。一気呵成に行為が始まる。
 女たちによって官能の火をつけさせられた男たち同様、読者も花房観音の世界に取り込まれていくしかない。

 この短編集には京都の路地が巧みに使われている。
 それらは女に取り込まれていく男たちの心理にかぶさっていく。
 「祇園まつり」という作品の中にこうある。
 「一度迷い込むと出られないような錯覚を覚えることもある。路地は昼間でも薄暗く、果てが見えない」。
 花房観音という「路地」に迷い込んだのかもしれない。  
  
(2014/09/04 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日紹介する
  外山滋比古(しげひこ)さんの
  『リンゴも人生もキズがあるほど甘くなる』は
  「書評でつながる読書コミュニティ 本が好き!」という
  サイトからの献本です。
  このサイトの編集部の方から
  私のブログに「書評を書いてみませんか」と
  お誘いがあって、
  今はこのサイトにも投稿をしています。
  このサイトでは
  献本もあって、
  抽選でこの本が当たりました。
  ただし、その本の書評を書かなければいけないことに
  なっています。
  ちょうどこの本は
  読みたいと思っていた一冊でしたから
  よかったです。
  書評のサイトというのも
  さがせば結構あるものです。
  それに
  書評を書いている人もたくさんいます。
  新しい出会いがあれば
  いいですね。

  じゃあ、読もう。

リンゴも人生もキズがあるほど甘くなるリンゴも人生もキズがあるほど甘くなる
(2014/07/24)
外山 滋比古

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sai.wingpen  大切なのは自分の頭で考えること                   

 今年の夏の高校野球は大阪桐蔭高校が優勝して、3917校の頂点に立った。
 ということは、地区予選から始まって甲子園での敗退まで実に3916校の高校球児たちが負けを経験したことになる。
 『思考の整理学』などの著作のある外山滋比古氏は90歳を越えてなお意気軒昂で、この本の中にこう記されている。
 「失敗ほどつらいことはないが、成功のもとだと考えて歓迎する」。
 この言葉の前には、こうある。「単純な人は、スポーツは勝つためにあると誤解するが、実は、負ける経験をするのがスポーツである」。
 この大会で敗れた高校球児たちはきっとそのことを一番理解しているにちがいない。
 彼らは次の大会には勝とうと練習を始めているだろう。

 時には辛辣の言葉も振り返れば激励のそれであったことに気づくことがある。
 最近の人たちは自分の一言が相手を傷つけるのではないかと口ごもることが多い。
 父親の失権とよく言われるが、自信を失った父親たちは言葉を発することさえしなくなった。それは職場における上司も同様だ。
 その点、外山氏ははっきりしている。
 この本にはそんな外山氏の歯に衣を着せない意見が詰まっている。

 例えば、書名に関連して、こんな風に書いている。
 「キズなどない方がいいにきまっている。キズがあってかえっていいこともあるのが人間の不思議」だと。
 まさに90年生きてきた人ならではの言葉だろう。

 そんな話が34話収められたこの本の中で特に印象に残ったのは、勉学の必要性についての記述だ。
 「心を映し出す、合わせ鏡がほしい」という稿の中に、こうある。
 「心の世界にまで、みずからの姿を見る鏡がほしい。幼いときからの勉学はその鏡をこしらえるものであると言ってもよい」。
 最近教養を求める出版物が多く出回っている。もしかしたら、社会全体が「心を映し出す」合わせ鏡の必要を感じているのかもしれない。
 どこかで失ってしまった心の合わせ鏡のことを、外山氏も気になっているのであろう。

 この本の最後に「大切なのは人間としてあるべきことを自分の頭で考えること」とある。
 90歳を越えた外山氏からの応援メッセージにこたえるのは、私たちだ。
  
(2014/09/03 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  8月26日、俳優の米倉斉加年さんの訃報がはいってきました。
  米倉斉加年さんの名前はなかなか読めないと思いますが
  「よねくらまさかね」と読みます。
  私も今日の記事を書くまでは
  「さいかね」みたいに読んで、
  恥ずかしいですから心の中で
  読んでいました。
  今日紹介した『おとなになれなかった弟たちに・・・』は絵本ですが
  米倉斉加年さんが描かれたものです。
  書評にも書きましたが
  米倉斉加年さんは絵もとても上手い人でした。
  この絵本のことは
  日本経済新聞の「春秋」というコラムで
  知りました。
  この絵本を読めてよかったと思います。
  私にとって
  米倉斉加年さんはNHKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」の
  おじいちゃん役が印象に残っています。
  このおじいちゃんのせりふに
  こんなものがありました。

    人の人生も塗り箸と同じ。
    塗り重ねた物しか出てこない。
    それは最後にきれいな模様になって見えてくる。

  米倉斉加年さんの人生も
  きれいな模様ができていました。
  享年80歳の素敵な人生だったと思います。

  ご冥福をお祈りします。

  じゃあ、読もう。

おとなになれなかった弟たちに…おとなになれなかった弟たちに…
(1983/10)
米倉 斉加年

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sai.wingpen  追悼・米倉斉加年さん - 俳優だけでなく絵本作家としても本物だったあなたへいいたい、「ありがとう」と                   

 俳優の米倉斉加年(よねくらまさかね)さんが、8月26日に亡くなった。
 米倉さんの演技には定評があって、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズにも何作も登場している。 
 なかでもシリーズ10作めとなる「寅次郎夢枕」では寅さんとマドンナを奪い合う大学助教授役で出演し、インテリと寅さんのいつもの関係を巧みに演じている。
 米倉さんにはどちらかといえばそういうインテリっぽい役が似合ったような気がする。
 印象に残っているのは、HNKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」(2007年)の主人公の祖父役。
 がんこな箸職人の役だが、主人公に向かって「おまえはこれからぎょーさん笑え」というその表情、言い回しが見ている側にも伝わってくるいい演技であった。
 そういえば、米倉さんはその喋り方がとても素敵な役者であった。

 役者以外に絵もたいへん上手で、余技の域を越えていた。
 ボローニャ国際児童図書展でグラフィック大賞を受賞したくらいだから、絵師としても本物であった。
 米倉さんが遺した絵本もいくつかあるが、1983年に出版されたこの作品はのちに中学1年の国語の教科書にも採用されたほどだ。
 米倉さんは戦争中に小さな弟を亡くされている。この絵本はそのことを描いたものだ。
 小さな弟は栄養失調で亡くなったとある。戦争が終わるわずか15日ばかり前のことだ。

 この作品の中で、まだ赤ん坊だった弟が飲むためのミルクをぬすみ飲みしたと書いてある。おそらく実際にそうであったのだろう。
 そのことで弟は亡くなった訳ではないが、米倉さんには深い後悔が残ったにちがいない。
 そして、それは戦争に対する強い嫌悪となった。
 また、空襲がひどくなって引っ越しの相談をしようと母と一緒に訪れた親戚の家でまるで物乞いをしにきたかのようにあしらわれた際の、母の毅然とした態度が少年だった米倉さんの胸を打つ。
 「強い顔でした。でも悲しい悲しい顔でした。ぼくはあんなに美しい顔を見たことはありません」と、米倉さんは書いている。

 米倉さんの戦争中の悲しくてつらい思いを忘れることはなかっただろう。
 一人の俳優の死ではあるが、そういう思いを忘れなかった日本人の死でもあった。
  
(2014/09/02 投稿)

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プレゼント 書評こぼれ話

  今日から9月
  関東では先週秋めいた気候が続いたが、
  まだ残暑は厳しいでしょうか。

    書肆の灯にそぞろ読む書も秋めけり   杉田 久女

  それでも、この句にあるような気分に
  なってくる季節です。
  読書の秋ともいうくらいですから
  この秋に読みたい本を
  すでに物色している本好きの人も
  いるのではないでしょうか。
  今日紹介するのは
  そんな本好きの人に最適の一冊。
  中江有里さんの『ホンのひととき』。
  中江有里さんといえば
  以前NHKBSで放映されていた「週刊ブックレビュー」に
  出演されていて、
  読書好きでも有名な女優さん。
  さすがに本好きな中江有里さんですから
  本に対する愛情に満ち溢れた内容になっています。
  こういう本を読むと
  またまた秋に読みたい本が増えて
  困ってしまうのですが。

  じゃあ、読もう。

ホンのひととき 終わらない読書ホンのひととき 終わらない読書
(2014/05/30)
中江 有里

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sai.wingpen  児玉清さんからつながる本への思い                   

 書名の『ホンのひととき』は、あえてカタカナ表示されているところは、本に掛けた言葉になっています。つまり、「本のひととき」。
 本についてのエッセイ集です。
 著者は女優をおもな生業にしていますが、本好きには今や伝説のテレビ番組となった「週刊ブックレビュー」で司会を務める程、本好きとしても名を馳せた中江有里さん。
 「週刊ブックレビュー」といえば、2011年5月に亡くなった児玉清さんの名司会を思い出しますが、著者はそのそばで児玉さんの静かな語り口、本に対する愛情を学んでいたのだと思います。
 過剰でなく、激しくもなく、それでいて本への愛情に満ちた語り口。
1 973年生まれの中江さんがそこまでの文章を書けるのは、そういう先輩たちがそばにいたからではないでしょうか。
 そして、何よりも、本が中江さんを育んでくれたのだと思います。

 本は「心の栄養剤みたい」と、中江さんはいいます。
 そして、読書というのは「力」が必要だとも書いています。多くの人はどんな本でも読むことはできます。けれど、読書となると、多くの人が一冊の本を読まないという統計があります。
 だから、「力」が必要なのです。
 中江さんは「読書力」は、「持続力」「集中力」「想像力」の三つの力が合わさったものだといっています。
 誰でも簡単にできるけれど、本当は本を読むのは、結構大変なものなのかもしれません。

 けれど、一旦「読書力」が身につけば、あとは本の方からどんどん近づいてきます。
 この本の、中江さんの「読書日記」を読むと、読む本のジャンルの広さに圧倒されます。それを無理して読んでいるのではなく、とても自然に手にとり、ページを開いているのは、中江さんの「読書力」そのものです。
 そんな中江さんだから、「良い本は、頭だけでなく体にも良い」なんていう名言が生まれるのだと思います。

 「どんな本を読んでいいのかわからない」という人は多くいます。あるいは、読書が苦手だという人も。
 そんな人にはまずこの本を読んでみることをおススメします。
 それも児玉清さんから中江さんとつながる系譜かもしれません。
  
(2014/09/01 投稿)

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